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特許7589143神経可塑性を誘導するための方法および組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-15
(45)【発行日】2024-11-25
(54)【発明の名称】神経可塑性を誘導するための方法および組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/10 20060101AFI20241118BHJP
   A61K 38/16 20060101ALI20241118BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20241118BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241118BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20241118BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20241118BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20241118BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20241118BHJP
   C07K 14/46 20060101ALN20241118BHJP
【FI】
A61K38/10 ZNA
A61K38/16
A61P25/00
A61P43/00 105
A61P43/00 107
A61P25/28
A61P9/10
A61P27/02
C12N15/13
C07K14/46
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021512444
(86)(22)【出願日】2019-08-29
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-12-27
(86)【国際出願番号】 US2019048698
(87)【国際公開番号】W WO2020051051
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2022-08-29
(31)【優先権主張番号】62/727,420
(32)【優先日】2018-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】597138069
【氏名又は名称】ケース ウエスタン リザーブ ユニバーシティ
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100202751
【弁理士】
【氏名又は名称】岩堀 明代
(74)【代理人】
【識別番号】100208580
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 玲奈
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】シルバー,ジェリー
(72)【発明者】
【氏名】ルオ,ユ
(72)【発明者】
【氏名】ルオ,フーチェン
【審査官】伊藤 良子
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-516391(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象において神経損傷後の予備の神経細胞における代償性可塑性を促進することによって神経損傷を治療するのに使用するための組成物であって、
前記組成物は、
配列番号1~25および32からなる群より選択されるアミノ酸配列を含む治療用ペプチドと、
前記治療用ペプチドに連結されており、細胞による前記治療用ペプチドの取り込みを促進する、輸送部分と、
を含み、
神経損傷後の予備の神経細胞における代償性可塑性を促進することは、有効量の前記組成物を前記対象に投与することを含み、
前記神経損傷は脳にあり、前記神経損傷は、脳の限局性虚血、脳の全体的虚血、悪性脳卒中、急性虚血性脳卒中、慢性脳卒中疾患、血栓、または塞栓症によって引き起こされるものであり、
前記治療用ペプチドは、前記脳の予備の神経細胞において代償性神経突起伸長を誘導する、
組成物。
【請求項2】
前記予備の神経細胞が、神経幹細胞であり、
前記予備の神経幹細胞は、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)および/またはグリア前駆細胞(GPC)を含んでもよい、
請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記予備の神経細胞が、ニューロンである、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
(a)前記神経突起伸長は、前記予備の神経細胞における軸索発芽を含む;または
(b)前記神経突起伸長は、前記予備の神経細胞における樹状突起の発芽もしくは分岐を含む;
請求項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
前記治療用ペプチドが、前記神経損傷に向かう前記予備の神経細胞の代償性遊走を誘導する、請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
記組成物は、上肢の感覚運動機能および/または認知機能を改善する、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
前記輸送部分が、HIV Tat輸送部分であり、
前記輸送部分は、ペプチドリンカーによって前記治療用ペプチドに連結されていてもよい、
請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
治療薬が、配列番号35~61からなる群から選択されるアミノ酸配列を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
治療薬が、損傷後7日以内に投与され、
前記治療薬は、断続的または持続的な送達によって投与されてもよい、
請求項1~8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
前記対象が、ヒトまたは他の非ヒト哺乳動物である、請求項1~9のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項11】
前記組成物は、前記対象に全身投与、髄腔内投与、または硝子体内投与される、請求項1~10のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
この出願は、2018年9月5日に出願された米国仮出願第62/727420号の利益を主張し、その開示は、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。
【0002】
配列表に関する記述
この出願に関連する配列表は、紙のコピーの代わりにテキスト形式で提供され、参照により本明細書に組み込まれる。配列表を含むテキストファイルの名前はCWR026868WOORD.txtである。テキストファイルは24KBであり、2019年8月28日に作成され、明細書の出願とともにEFS-Web経由で提出されている。
【背景技術】
【0003】
神経損傷は神経組織の機能不全または死をもたらし、多種多様な症状および影響を示す。損傷は、外傷性脳損傷もしくは虚血状態などの外部事象、脳卒中、動脈瘤、脳出血、血栓、もしくは塞栓症などの内部事象、または多発性硬化症などの慢性神経変性疾患によって引き起こされる可能性がある。
【0004】
実例として、脳卒中は脳への血流が遮断されたときに発生し、神経組織の死と局所神経障害を引き起こす。兆候と症状は、脳卒中の場所と程度によって異なる場合がある。米国では、すべてのタイプの脳卒中が年間80万件近くあり、虚血性脳卒中がこれらの脳卒中の約80%を占めている。Roger et al.(2011)Circulation 123(4):e18-e209。欧州では、脳卒中の推定年間発生率は110万を超えており、米国と同様の割合で、約80%が虚血性脳卒中である。Heuschmann et al.(2009)Stroke 40(5):1557~1563。
【0005】
急性脳卒中患者の評価と治療のガイドラインは、再灌流療法、および脳卒中を悪化させるか、または臨床経過を複雑にする可能性のある要因に焦点を当てている。急性虚血性脳卒中の診断は、局所虚血および結果として生じる神経障害と一致する病歴および身体検査の組み合わせによって行われる。コンピュータ断層撮影(CT)または磁気共鳴画像法(MRI)のいずれかの脳画像法を使用して、出血およびその他の限局性病変を除外し、虚血の初期兆候を考証する。
【0006】
脳卒中は慢性疾患と見なすこともできる。慢性脳卒中疾患の症状には、認知障害、嚥下障害、歩行障害などがあり、急性増悪は、嚥下もしくは歩行の代償不全、またはせん妄の形をとることがある。すべての慢性疾患と同様に、慢性脳卒中疾患の患者では、さらに急性脳卒中のリスクが高くなり、同じ年齢と性別の一般集団における最初の脳卒中のリスクよりも約6倍高い再発性脳卒中のリスクを伴う。
【0007】
神経損傷に対する多くの治療的アプローチは、損傷したニューロンの機能を取り戻すための修復戦略に取り組んでいる。しかし、機能の完全な喪失および/または神経死の前に介入する時間枠は短い。したがって、多くの神経損傷に対処する技術の進歩にもかかわらず、機能を回復し、および/または神経損傷後の負の影響を改善するための効果的かつ柔軟な治療の必要性が残っている。本開示は、これらのおよび関連する需要に対処する。
【発明の概要】
【0008】
この要約は、以下の詳細な説明でさらに説明される簡略化された形式で概念の選択を紹介するために提供されている。この要約は、特許請求された主題の主要な特徴を特定することを意図しておらず、特許請求された主題の範囲を決定する際の補助として使用されることも意図されていない。
【0009】
本開示は、一般に、それを必要とする対象における外傷性脳損傷(TBI)、虚血、脳卒中(例えば、虚血性脳卒中、および/または慢性脳卒中疾患)、動脈瘤、脳出血、血栓、塞栓症、多発性硬化症(MS)、またはアルツハイマー病によって引き起こされる神経損傷などの神経損傷を治療する治療薬、化合物、および方法、ならびに対象の神経系におけるグリア瘢痕形成および/またはコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)に関連する疾患または障害の治療方法に関する。
【0010】
一態様では、本開示は、神経損傷後の予備の神経細胞の代償性可塑性を促進する方法を提供する。この方法は、予備の神経細胞を、予備の神経細胞におけるPTPσの触媒活性、シグナル伝達、または機能のうちの1つ以上を阻害する有効量の治療薬と接触させることを含む。いくつかの実施形態では、治療薬は治療用ペプチドを含み、治療用ペプチドが、配列番号32に対して少なくとも70%の同一性または配列番号33に対して少なくとも70%の同一性を有するアミノ酸配列を含む。
【0011】
別の態様では、本開示は、対象の神経損傷を治療する方法を提供する。この方法は、治療用ペプチドを含む有効量の治療薬を対象に投与することにより、神経損傷後の予備の神経細胞の代償性可塑性を促進することを含み、治療用ペプチドが、配列番号32と少なくとも70%の同一性を有する、または配列番号33と少なくとも70%の同一性を有するアミノ酸配列を含む。
【0012】
これらの態様の様々な実施形態では、予備の神経細胞は、神経幹細胞であり得るか、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)および/またはグリア前駆細胞(GPC)を含み得るか、またはニューロンであり得る。いくつかの実施形態では、代償性可塑性は、軸索の発芽または樹状突起の発芽もしくは分岐など、予備の神経細胞の神経突起伸長に現れる可能性がある。いくつかの実施形態では、代償性可塑性は、神経損傷に向かう予備の神経細胞の代償性遊走に現れる可能性がある。いくつかの実施形態では、神経損傷は、脳などの中枢神経系にある。いくつかの実施形態では、神経損傷は、外傷性脳損傷(TBI)、多発性硬化症(MS)、アルツハイマー病、虚血、脳卒中、動脈瘤、脳出血、血栓、または塞栓症によって引き起こされる。
【0013】
いくつかの実施形態では、治療薬は、さらに、治療用ペプチドに連結された輸送部分を含み、細胞による治療用ペプチドの取り込みを促進する。いくつかの実施形態では、輸送部分は、HIV Tat輸送部分である。いくつかの実施形態では、治療薬は対象に、全身的に、髄腔内的に、または硝子体内的に投与される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
本発明の前述の態様および付随する利点の多くは、添付の図面と併せて解釈される場合、以下の詳細な説明を参照することによって本発明の前述の態様および付随する利点はよりよく理解されるので、より容易に理解されるであろう。
【0015】
図1】動物モデルでPTPσの細胞特異的欠失を実装するアプローチの例を概略的に示す。
図2A-2C】:図2Aは、T2強調MRIスキャン画像を示し、図2Bは、治療が脳卒中後24時間で開始する前に、ビヒクルおよびISP治療群が、一過性近位中大脳動脈閉塞(tMCAO)手術によって誘発された、脳卒中後18時間での同じ梗塞サイズを有することを示すグラフを示す。図2Cは、脳卒中後の継続的なISP治療により、脳卒中動物(67.742%)の生存率が経時的に増加したのに対し、ビヒクル治療を受けた脳卒中動物は経時的に(44.828%)増加したことをグラフにより示す。
図3A-3C】コンピュータ自動運動オープンフィールド分析の結果をグラフにより示し、脳卒中後の連続ISP治療マウスにおける、総距離、水平活動、および垂直活動それぞれのパラメータについて、脳卒中後2週間後から4週間後の運動活動の強化を示す。n=7~12、*<p<0.05、**、p<0.01、ANOVA。
図4】脳卒中後のISP治療は、粘着物除去試験で測定した脳卒中の影響を受けた手足の感覚運動機能を改善することをグラフにより示す。
図5A-5B】脳卒中後のISP治療が、バーンズ迷路の標的穴を見つけるための時間(図5A)およびエラー試行回数(図5B)によって測定される、脳卒中マウスの認知機能を改善することをグラフにより示す。
図6A-6C】コンピュータ自動運動オープンフィールド分析の結果をグラフにより示し、脳卒中後4週における総距離(図6A)、水平活動(図6B)、および垂直活動(図6C)それぞれのパラメータにおいて、遅延した(脳卒中後7日目)脳卒中後のISP治療マウスにおける運動活動の強化を示す。各グループにおいてn=7、*、p<0.05および**、p<0.01、ANOVA。
図7A-7F】ISP治療が神経芽細胞形成と皮質脊髄路軸索発芽の両方を増強することを示す。図7A~7Cは、脳卒中後のISP治療が、側脳室の近くと隣接する線条体組織の両方で脳卒中後のマウスのDCX+神経芽細胞を増強したことを説明する画像およびグラフである。*p<0.05、n=4。スケールバー=100μm。図7D~7Fは、それぞれ概略図、画像、およびグラフであり、脳卒中後のISP治療が対側皮質脊髄路からの軸索発芽を促進することを示す。対側皮質BDAトレースによってラベル付けされた頸髄(矢印)で交差したCST繊維。(p<0.01、スチューデントのt検定、各グループでn=3)。
図8A-8F】条件付き(誘導可能な)KOマウスにおけるPTPσ遺伝子のNSC特異的欠失の生成と特性評価、およびトマトレポーターの同時標識を示す。図8Aは、同時標識を用いてPTPσ遺伝子の誘導可能な/条件付きKO(cKO)を生成する手順を概略的に示す。図8Bおよび8Cは、誘導ありまたは誘導なしの場合の、条件付きおよび組換え対立遺伝子を確認する電気泳動画像を示す。PTPσ遺伝子組換えは、成体NSC+ニッチ(図8B)および濃縮された初代成体NSCニューロスフェア(図8C)のみで観察された。図8D~8Fは、のSVZまたはSGZ由来の成体生まれの線条体内トマト+細胞(図8D)およびDG(図8E)、および海馬のCA3領域へのそれらの投影(図8F)を示す画像である。スケールバー=100μm。
図9A-9H】神経修復の軸索発芽メカニズムにおけるPTPσ欠失を評価するための戦略を示す。図9Aは、条件付きPTPσマウスにおけるAAVを介した成体ニューロン特異的なPTPσ遺伝子の欠失とトマトレポーターの同時標識を生成する手順を概略的に示す。図9Bは、対象のマウスの組織における条件付きおよび組換えされた対立遺伝子を確認する例示的な電気泳動分析の画像である。図9Cは、トマトレポーターによってラベル付けされた誘導PTPσ欠失の画像であり、皮質ニューロンのトマトレポーターラベル付け(dとしてラベル付け、図9Dの倍率で)および線条体へのそれらの投影(eとしてラベル付け、図9Eの倍率で)、脳梁(fとラベル付けされている、図9Fの倍率で)と対側皮質(gとラベル付けされている、図9Gの倍率で)の交差、を示す。図9Hは、皮質脊髄路(CST)と、トマトレポーターが皮質脊髄路(CST)のラベル付けにも成功したことを示す画像を示す。スケールバー=50μm。
図10A-10E】成体神経幹細胞培養の確立と特徴づけを示す図である。図10Aは、wtまたはcKOマウスからの成体神経幹細胞(NSC)培養の確立を概略的に示す。図10Bおよび10Cは、成体NSCがCSPGを生成し(図10B)、ネスチン陽性であること(図10C)を確認する画像である。図10Dは、wt NSC(ネスチン陽性、矢印)がCS56免疫染色(緑色)によって視覚化された外側のCSPGリムを貫通できない勾配スポットアッセイの画像である。対照的に、図10Eは、cKO NSCがCSPGリムに侵入できることを示す画像であり、それらではPTPσ機能が失われていることを示す。スケールバー=100um。
図11A-11E】アグレカン基質コーティングは成体NSCの遊走を減少させ、cKO NSC細胞のPTPσ遺伝子の欠失(wtと比較して)は基礎レベル(アグレカンコーティングなし)とアグレカンコーティングの両方で遊走の促進をもたらすことを示す。図11Aは、アグレカン基質コーティングなしの野生型NSCの代表的な画像である。図11Bは、アグレカン基質コーティングなしの代表的なcKO NSCの画像である。NSCがそれ自体でCSPGを生成することを考慮すると、PTPσの削除または阻害がアグレカン基質コーティングなしでNSCの遊走を促進する理由を説明する。虚血性脳では、反応性星状細胞グリアが病変の周囲の基質内に追加のCSPGを生成するため、余分なアグレカン基質コーティングの存在下でのNSCの遊走も試験された。図11Cは、アグレカン基質コーティングを施した代表的な野生型NSCの画像であり、追加のアグレカンコーティングがWT NSCの遊走を阻害し、cKO細胞のPTPσを欠失すると、追加のアグレカンコーティングがあってもcKO細胞の遊走を促進できることを示す。図11Dは、アグレカン基質コーティング有する代表的なcKO NSCの画像である。スケールバー=50um。(E)に示す遊走の定量化。**および***は、wt細胞と比較してp<0.01およびp<0.001を示し、#および###は、アグレカンコーティング条件がない場合と比較してp<0.05およびp<0.001を示す(二元配置ANOVA、テューキーの事後比較)。
図12A-12B】ISPによるCSPGs-PTPσ経路の薬理学的阻害が遺伝的PTPσ欠失と同様の結果を示したことを示す。図12Aは、アグレカンコーティングを有して、または有さずに培養された対照およびISP処理細胞の遊走を示す一連の画像である。示されるように、アグレカンコーティングは成体NSCの遊走を減少させ、ISP処理はNSCの遊走に対するCSPGの阻害を軽減する。図12Bは、図12Aに示されている様々な条件下での細胞の正規化遊走指数をグラフにより示す。二元配置ANOVA、**および***は、対照処理されたNSCと比較してp<0.01およびp<0.001を示し、#はアグレカンコーティングされていない状態と比較してp<0.05を示す。スケールバー=100um。
図13A-13C】一次PTPσ cKO成体NSCは、アグレカン基質上の野生型NSCと比較して、神経突起伸長が増加することを示す。図13Aおよび13Bは、それぞれ野生型およびcKO NSCにおけるMAP2免疫染色の代表的な画像であり、インビトロで5日間分化させた。スケールバー=50um。図13Cは、偏りのないイメージングと50個の分化した神経細胞の定量化によって実行された神経突起の長さの定量化をグラフにより示す。**は、スチューデントのt検定、p<0.01を示す。
図14A-14B】ISP処理がWT初代NSC細胞における神経突起伸長を増強することを示した。図14は、5日間インビトロで分化した野生型NSCにおけるMAP2免疫染色の一連の代表的な画像である。神経突起の長さの定量化は、偏りのないイメージングと各条件での50の分化した神経細胞の定量化によって実行された。図14Bは、対照、スクランブルペプチドで処理された細胞、およびISPペプチドで処理された細胞で観察された神経突起の長さをグラフにより示す。対照とスクランブルペプチド処理細胞の間に有意差はなく、**は、対照またはスクランブルペプチド処理細胞と比較して、ISP処理細胞でp<0.01を示す。一元配置ANOVA。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示は、一般に、治療を必要とする対象における外傷性脳損傷(TBI)、虚血、脳卒中(例えば、虚血性脳卒中、および/または慢性脳卒中疾患)、動脈瘤、脳出血、血栓、塞栓症、多発性硬化症(MS)、またはアルツハイマー病によって引き起こされる神経損傷などの神経損傷を治療する治療薬、化合物、および方法、ならびに対象の神経系のグリア瘢痕形成および/またはコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)に関連する疾患または障害の治療方法に関する。いくつかの実施形態では、本開示は、神経損傷後の予備の神経細胞の代償性可塑性の促進に関する。
【0017】
この開示は、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)が、動物およびヒトの脳卒中患者の両方の慢性期を通して梗塞周辺領域のグリア瘢痕に蓄積または調節できるという本発明者らの発見に部分的に基づいている。脳卒中の慢性期における梗塞周辺領域でのCSPGのこの蓄積は、脳卒中後の神経可塑性再編成の阻害に関係しており、これには、新しい局所回路の形成、半球間接続、および皮質脊髄路軸索発芽が含まれ、脳卒中の動物およびヒト患者の回復に潜在的に制限を引き起こす。以下でより詳細に説明するように、本発明者らは、神経細胞におけるPTPσ触媒活性、シグナル伝達、および/または機能を阻害または調節する全身ペプチド治療(例えば、細胞内σペプチド(ISP)治療)がCSPG障壁を克服し、一般的な運動機能、特定の上肢の感覚運動機能、および認知機能を含む、マウス脳卒中モデルの機能回復の複数の側面を著しく改善することを発見した。回復のメカニズムの調査中に、神経細胞におけるPTPσシグナル伝達のISP調節が、負傷したニューロンの存在に対して機能を補償することを可能にする損傷(例えば、無傷のニューロン)から免れた神経細胞の遊走および発芽活動を誘発することによって回復のいくつかの側面に寄与することが決定された。これにより、神経損傷後にISP治療が遅れた場合でも、最終的には改善効果の誘導が可能になった。さらに、全身ペプチド治療は、脳卒中後の脳の慢性萎縮の減少につながる、PTPσ触媒活性、シグナル伝達、および/または機能を阻害または調節した。したがって、神経損傷の近位および遠位にある予備の(例えば、損傷していない)神経細胞の可塑性を促進するこの実証された能力は、悪性脳卒中などの損傷が起こった後の回復および生存を促進する治療に非常に関連する。
【0018】
上述によれば、一態様では、本開示は、神経損傷後の予備の神経細胞の代償性可塑性を促進する方法を提供する。この方法は、予備の神経細胞を、予備の神経細胞におけるPTPσの触媒活性、シグナル伝達、または機能のうちの1つ以上を阻害または調節する有効量の治療薬と接触させることを含む。この方法は、有効量の開示された治療薬または組成物を対象に投与することによって、神経損傷後の予備の神経細胞における代償性可塑性を促進することによって、対象の神経損傷のさらなる治療方法に適用可能であり、これもまた本開示に含まれる。いくつかの実施形態では、治療薬は治療用ペプチドを含む。治療用ペプチドは、配列番号32に対して少なくとも70%の同一性または配列番号33に対して少なくとも70%の同一性を有するアミノ酸配列を含むことができる。
【0019】
本明細書で使用される場合、「治療する」という用語は、対象(例えば、ヒトまたは他の霊長類、ウマ、イヌ、ブタ、マウス、ラット、モルモット、ウサギなどのヒト以外の哺乳動物)の疾患、障害、または状態(例えば、神経損傷)の医学的管理を指す。治療は、疾患または状態(例えば、神経損傷)の治療または改善における何らかの成功の兆候を含み得、これには、症状の減少、寛解、軽減、または疾患もしくは状態を患者にとってより許容できるようにする、退化または衰退の速度を減速する、または退化をより衰弱させないようにするなどの任意のパラメータが含まれる。症状の治療または改善は、医師による検査の結果を含む、客観的または主観的なパラメータに基づくことができる。例えば、本明細書で言及される「NIHSSスケール」は、脳卒中によって引き起こされる機能障害のレベルを測定するために一般的に使用されるスケールである(Kasner S E.Lancet Neurol.2006;7:603~12)。したがって、「治療する」という用語は、疾患または状態(例えば、神経損傷)に関連する症状または状態の発症を軽減するか、または阻止または阻害するための本開示の組成物の投与を含む。さらに、この用語には、緩和治療、つまり、疾患、病的状態、または障害の治癒ではなく、症状の緩和のために設計された治療;予防的治療、すなわち、関連する疾患、病的状態、または障害の発症を最小限に抑えるか、部分的または完全に阻害することを目的とした治療;支持療法、すなわち、関連する疾患、病的状態、または障害の改善に向けられた別の特定の療法を補足するために採用される治療、を含む。
【0020】
「治療効果」という用語は、対象における疾患もしくは状態、疾患もしくは状態の症状、または疾患もしくは状態の副作用の一般的な改善、軽減、または排除を指す。
【0021】
「治療的に有効な」という用語は、容易に決定することができる、予備のニューロンにおける誘発された代償性可塑性および/または増加した運動機能、感覚運動機能、または認知などの治療効果をもたらす組成物の量を指す。本明細書で定義される治療薬の有効量は、対象の病状、年齢、および体重、ならびに対象において所望の応答を誘発する治療薬の能力などの要因に応じて変化し得る。投与レジメンは、最適な治療反応を提供するように調整することができる。有効量はまた、治療的に有益な効果が活性化合物の毒性または有害な効果を上回る量である。
【0022】
「代償性可塑性」という用語は、損傷した神経細胞の喪失または悪化を補償する神経機能に寄与する、健康な神経細胞における表現型の変化の誘導を指す。健康な神経細胞は「予備の」神経細胞と呼ばれ、この方法で対処された神経損傷で直接損傷を受けていないことを示す。
【0023】
いくつかの実施形態では、予備の神経細胞は神経幹細胞である。神経幹細胞は多能性の未分化神経細胞であり、最終的には神経系のニューロンとグリアに分化することができる。他の実施形態では、予備の神経細胞は、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)および/またはグリア前駆細胞(GPC)を含むことができる。さらに他の実施形態では、予備の神経細胞はニューロンである。ニューロン、または神経細胞は、神経組織内の細胞であり、体の一部に沿って(例えば、軸索に沿って)電気インパルスを伝達し、細胞を分離する小さなシナプス空間への神経伝達物質の放出を介して他の細胞との通信に影響を与える。本開示に包含されるように、ニューロンは、特定の細胞マーカーの発現によって神経幹細胞と区別可能である。具体的には、ニューロンは通常、ネスチン-およびDCX+(未成熟ニューロンの場合)またはネスチン-およびNeuN+もしくはapt2+(成熟ニューロンの場合)である。対照的に、神経幹細胞は通常、ネスチン+およびDCX-である。
【0024】
以下でより詳細に説明するように、PTPσの触媒活性シグナル伝達および/または機能の阻害が、神経損傷(例えば、脳卒中)後の予備の神経細胞における神経突起伸長を誘導することが確立された。したがって、いくつかの実施形態では、治療薬/ペプチドは、予備の神経細胞の代償性神経突起伸長を誘導する。神経突起伸長は、予備の神経細胞における軸索の発芽に現れる可能性がある。軸索の発芽は、細胞体からの軸索、すなわち神経線維の伸長発達、または成長である。軸索は通常、電気インパルスを神経細胞体から別の細胞に向けて伝導するように機能する。他の実施形態では、神経突起伸長は、予備の神経細胞における樹状突起の発芽に現れる可能性がある。樹状突起は、他の神経細胞から受け取った電気化学的刺激を細胞体に伝播する、神経細胞の分岐した原形質の伸長である。いずれの実施形態でも、神経突起の発芽は、軸索の発芽または樹状突起の発芽もしくは分岐のいずれであれ、隣接する、周囲の、またはさらには離れた神経細胞とのシナプス接触の増加をもたらす。特定の理論に限定されることなく、シナプス接触の増加は、他の細胞の損傷によるシナプス接触の喪失を補う。神経突起の発芽による代償性シナプスの増加に伴い、代替接続またはバイパス接続を確立できるため、損傷した神経細胞の喪失または悪化後に機能を回復するのに役立ち得るシグナル伝達経路を再ルーティングできる。
【0025】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の神経突起伸長は、神経損傷部位の近位、または損傷部位の遠位にある予備の神経細胞で起こり得る。「近位」または「遠位」という用語は、相対距離を示す用語であり、状況に応じて異なる距離を示すことができる。場合によっては、部位神経損傷の近位にある予備の神経細胞は、損傷部位に近いかそうでなければ近くにある細胞であり、例えば、損傷した神経細胞に直接接触するか、または損傷した細胞から細胞の長さもしくは幅で測定可能な距離内にある。対照的に、神経損傷部位の遠位にある予備の神経細胞は、脳の異なる組織または領域、あるいは脊髄などの中枢神経系の他の領域など、遠く離れている可能性がある。例えば、いくつかの実施形態では、治療薬/ペプチドは、対側皮質脊髄路の位置など、神経損傷の部位の遠位にある予備のニューロンにおいて神経突起伸長を誘導する。
【0026】
他の実施形態では、治療薬/ペプチドは、神経損傷に向かって予備の神経細胞の代償性遊走を誘発する。いくつかの実施形態では、代償性遊走を示す予備の神経細胞は神経幹細胞である。他の実施形態では、代償性遊走を示す予備の神経細胞は、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)および/またはグリア前駆細胞(GPC)である。いくつかの実施形態では、治療薬/ペプチドは、神経損傷部位の近位にある予備の神経細胞の代償性遊走を誘発する。本開示は、予備の神経細胞が神経損傷の部位に入る結果となる予備の神経細胞の代償性遊走を含む実施形態を包含するが、本開示はそのように限定されない。本開示はまた、予備の神経細胞の代償的遊走が、治療薬/ペプチドの投与前よりも予備の神経細胞を神経損傷の部位に近づける結果となる実施形態を包含する。いくつかの実施形態では、遊走する予備の神経細胞は、CSPGのリングを横切る。
【0027】
開示された方法は、中枢神経系で発生する神経損傷に対処する。いくつかの実施形態では、神経損傷は脳にある。以下でより詳細に説明するように、脳卒中モデルを使用して、神経損傷後に予備の神経細胞の誘発された可塑性を確立した。増強された可塑性の効果が、損傷部位の遠位にある神経細胞を含む予備の神経細胞で生じたことを考慮すると、本開示は脳卒中の例だけでなく、他の形態の神経損傷を含みうることが当業者によっても理解されるであろう。したがって、神経損傷は、神経細胞が損傷する脳震とうなどの外傷性脳損傷(TBI)、多発性硬化症(MS)などの神経変性疾患、アルツハイマー病、虚血(例えば、限局性虚血または全体的虚血)、脳卒中(例えば、虚血性脳卒中、および/または慢性脳卒中疾患)、動脈瘤、脳出血、血栓、塞栓症などによって引き起こされる可能性がある。
【0028】
本明細書で「脳虚血(cerebral ischemia)」、「脳虚血(brain ischemia)」、または「脳血管虚血」とも呼ばれる「虚血」という用語は、代謝要求を満たすのに脳への血流が不十分である状態である。これは、不十分な酸素供給または脳低酸素症につながり、したがって、「虚血性脳卒中」とも呼ばれる脳組織の死または脳梗塞につながる。「虚血性脳卒中」は脳卒中のサブタイプであり、通常、脳動脈の閉塞による脳への血液供給の中断の結果である。「脳虚血」および「虚血性脳卒中」という用語は、本明細書では交換可能に使用し得る。
【0029】
脳虚血には2つのタイプ、つまり脳の特定の領域に限定される「限局性虚血」および脳組織の広い領域を包含する「全体的虚血」がある。通常、脳虚血は、患者が次の症状のうちの1つ以上を示すことを特徴とする:話すことと理解することの問題、顔、腕または脚の麻痺またはしびれ、片方または両眼で見ることの問題、頭痛および歩行の問題。脳卒中の種類と最も適切な治療法を決定するために、緊急チームは脳卒中の種類と脳卒中の影響を受ける脳の領域を評価する必要がある。また、脳腫瘍または薬物反応など、症状の他の考えられる原因を除外する必要がある。脳卒中の種類を決定するために一般的に使用されるいくつかの検査がある:身体検査、血液検査(グルコースレベル、血液細胞のカウント、ナトリウム、カリウムまたはカルシウムなどの血清電解質、コレステロール、総脂質、HDL、LDLまたは抗トロンビンIII、プロテインC、プロテインS、ファクターVIIIなどの凝固因子、活性化プロテインC耐性、特に関連するのは凝固因子と血小板の測定)、コンピュータ断層撮影(CT)スキャン、磁気共鳴イメージング(MRI)、頸動脈超音波、脳血管造影図、および心エコー図。虚血性脳卒中の診断に関する総説については、Am Fam Physician.,2015, 91(8):528~36を参照されたい。虚血性脳卒中の急性期は、本明細書では「急性虚血性脳卒中」と呼ばれ、発症から4時間以内と定義される。脳卒中または虚血性脳卒中の慢性期は、本明細書では慢性脳卒中疾患と呼ばれ、虚血性脳卒中の急性期の後に発生する。
【0030】
次に、予備の神経細胞におけるPTPσの触媒活性、シグナル伝達、または機能のうちの1つ以上の阻害、およびこの目的のための治療薬についてここで説明する。
【0031】
PTPσの活性、シグナル伝達、および/または機能は、以下を含むいくつかの方法で抑制、阻害、および/または遮断することができる:PTPσの細胞内ドメインの活性の直接阻害(例えば、小分子、ペプチド模倣物、抗体、イントラボディ、またはドミナントネガティブポリペプチドを使用することによって);PTPσの細胞内ドメインの活性、シグナル伝達、および/または機能のうちの1つ以上を阻害する遺伝子および/またはタンパク質の活性化(例えば、遺伝子および/またはタンパク質の発現または活性を増加させることによって);PTPσの下流メディエーターである遺伝子および/またはタンパク質の阻害(例えば、メディエーター遺伝子および/またはタンパク質の発現および/または活性を遮断することによって);PTPσの活性、シグナル伝達、および/または機能のうちの1つ以上を負に調節する遺伝子および/またはタンパク質の導入(例えば、組換え遺伝子発現ベクター、組換えウイルスベクターまたは組換えポリペプチドを使用することによって);または、例えば、PTPσの低形質変異体による遺伝子置換(例えば、相同組換え、組換え遺伝子発現またはウイルスベクターを使用した過剰発現、または突然変異誘発によって)。
【0032】
PTPσの活性、シグナル伝達、および/または機能のうちの1つ以上を阻害または低減する治療薬は、PTPσの活性、シグナル伝達、および/または機能を低減および/または抑制する治療薬を含むことができる。そのような治療薬は、細胞内に送達することができ、細胞内に送達されると、対象の運動機能、感覚運動機能、または認知のうちの少なくとも1つを増強する。
【0033】
いくつかの実施形態では、PTPσの活性、シグナル伝達、および/または機能のうちの1つ以上を阻害または低減する治療薬は、PTPσの細胞内ドメインに結合しおよび/またはそれと複合体を形成する治療用ペプチドまたは小分子、特に、PTPσの活性、シグナル伝達、および/または機能を阻害するための細胞内くさび形ドメインを含む。したがって、予備の神経細胞(例えば、神経幹細胞、OPC、GPC、ニューロン、および/またはグリア細胞)のPTPσの細胞内ドメインに結合しおよび/または複合体を形成する治療用ペプチドまたは小分子を使用して、これらの細胞の代償性可塑性を促進する代償性細胞増殖、運動性(例えば、遊走)、神経突起成長、生存または他の特性を促進することができる。
【0034】
いくつかの実施形態では、治療薬は、例えば、参照によりその全体が本明細書に組み込まれるWO2013/155103A1に記載されるような、PTPσの細胞内触媒ドメインのくさび形ドメイン(すなわち、くさびドメイン)のペプチド模倣物であり得る。細胞(例えば、ニューロンおよび/またはグリア細胞)で発現されるか、細胞内輸送部分に結合した場合のPTPσのくさびドメインのペプチド模倣物は、予備の神経細胞で発現されるくさびドメインに結合および/またはカメラに結合し、その結果、細胞の成長、運動性、および生存を促進するために、予備の神経細胞におけるPTPσシグナル伝達の廃止をもたらす。例えば、これらの治療用ペプチドのPTPσインタクトくさびドメインへの結合は、(i)PTPσがホスファターゼ標的などの標的タンパク質と相互作用する能力を妨害し、(ii)PTPσと、触媒的に不活性な第2ホスファターゼドメインD2などのPTPσに含まれる別のドメインとの間の分子間相互作用を促進する活性を妨害し、(iii)活性ホスファターゼ部位へのタンパク質のアクセスを防ぎ、(iv)くさびドメインの通常のインタラクターを打ち負かし、および/または(v)ホスファターゼ活性を立体的に阻害することができる。
【0035】
上に示したように、いくつかの実施形態では、治療薬は、PTPσのくさびドメインのアミノ酸配列の約10~約20個の連続するアミノ酸部分と少なくとも約70%、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、または100%同一の約10~約20個のアミノ酸配列を含む治療用ペプチドを含み、本質的に治療用ペプチドからなり、および/または治療用ペプチドからなり得る。いくつかの実施形態では、約10~約20個の連続するアミノ酸部分は、N末端αヘリックスの連続するアミノ酸およびくさびドメインの4アミノ酸ターンを含む。いくつかの実施形態では、PTPσの参照くさびドメインは、ヒトPTPσ配列である。いくつかの実施形態では、治療用ペプチドは、配列番号32に対して少なくとも約70%、少なくとも約78%、少なくとも約85%、少なくとも約92%、または100%の同一性を有するアミノ酸配列を含む。他の実施形態では、治療用ペプチドは、配列番号33に対して少なくとも約70%、少なくとも約78%、少なくとも約85%、少なくとも約92%、または100%の同一性を有するアミノ酸配列を含む。
【0036】
以下に開示するように、細胞質ゾル担体を有するPTPσのくさびドメインに対応するかまたは実質的に同一であるペプチド(例えば、治療用ペプチド)は、脳卒中後の神経可塑性再編成のCSPG媒介阻害を軽減することができ、運動機能、感覚運動機能、または認知のうちの少なくとも1つを増強する。有利なことに、治療用ペプチドは全身投与することができる。
【0037】
表1に示すように、PTPσのくさびドメイン配列は高等哺乳動物間で高度に保存されており、ヒトからマウスおよびラットへの単一のアミノ酸変化(6位のスレオニンからメチオニン)のみが100%の相同性を妨げている。
表1:くさびドメインタンパク質配列のアラインメント。
【表1】
【0038】
表1に示すように、PTPσのくさびドメインの1番目のαヘリックスにはアミノ酸1~10が含まれ、ターン領域にはアミノ酸11~14が含まれ、2番目のαヘリックスにはアミノ酸15~24が含まれる。例えば、ヒトPTPσのくさびドメイン(配列番号25)の1番目のαヘリックスは、DMAEHTERLK(配列番号29)のアミノ酸配列を有し、ターンはANDS(配列番号30)のアミノ酸配列を有し、2番目のαヘリックスはLKLSQEYESI(配列番号31)のアミノ酸配列を有する。
【0039】
くさびドメインは、LARファミリーの他のメンバーであるLARおよびPTPδとも配列相同性を共有する。これらのアミノ酸は、くさびドメインの全体的な構造に必要である可能性がある。保存されたアミノ酸には、1番目のαヘリックスの終わりとターンの開始を示す13位のアラニンが含まれているため、一般的なくさびのサイズと構造に必要になる可能性がある。
【0040】
くさびドメインの一般的な二次および三次構造はほとんどの受容体PTPを通じて一貫するため、PTPσくさびドメインを標的とする治療用ペプチドにいくつかの保存的置換を行って同様の結果を得ることができる。保存的置換の例には、イソロイシン、バリン、ロイシンまたはメチオニンなどのうちの1つの非極性(疎水性)残基の別のものへの置換、アルギニンとリジンの間、グルタミンとアスパラギンの間、グリシンとセリンの間など1つの極性(親水性)残基の別のものへの置換、またはリジン、アルギニン、またはヒスチジンなどのうちの1つの塩基性残基を別の残基に置換すること、および/または、アスパラギン酸またはグルタミン酸などのうちの1つの酸性残基を別の残基に置換することが含まれる。
【0041】
これらの保存的置換は、αヘリックスまたはターンのいずれかの非固有ドメイン、具体的には1番目のαヘリックスの1~3および7~10位、ターンの12と13位、2番目のαヘリックスの15、16、18~24位で発生する可能性がある。これらのアミノ酸は、くさびドメインの全体的な構造に必要である可能性があるが、くさびのPTPσへの結合の特異性は必要ない。
【0042】
PTPσに固有のアミノ酸、特にPTPσとLARで差次的に発現するアミノ酸は、くさびドメイン結合の特異性に必要であることがわかった。これらには、1番目のαヘリックスの4位と5位のEHドメインと、それに続く6位のスレオニンまたはメチオニン(ラットとマウスの置換)が含まれる。ターンには、すべての高等哺乳類の14位に固有のセリンがある。最後に、2番目のαヘリックスの17位に固有のロイシンがある。これらの固有のアミノ酸の潜在的な役割については、以下で説明する。
【0043】
14位のターンのセリン残基は、くさびドメインに位置するため、特に注目される。αヘリックスの間のターンに位置するこのアミノ酸は、PTPσの一般的な二次および三次構造からわずかに拡張されており、結合相互作用に利用できるようになっている。さらに、セリンは、そのヒドロキシル基とそれに含まれる極性のために、隣接するセリン間の水素結合など、いくつかの同種親和性および異種親和性の結合事象を促進することが知られている。セリンはまた、リン酸化などの様々な修飾を受けることが知られており、特異性の必要が高くなる可能性がある。くさびドメインのターンに焦点を合わせ、保存されたセリンを含む小さなペプチドは、同様の機能でより大きな安定性を提供する可能性がある。このようなペプチドはループとして合成でき、両端にシステインがあり、ジスルフィド結合が形成される。
【0044】
1番目のαヘリックスの固有のアミノ酸には、4位のグルタミン酸と5位のヒスチジン、6位のスレオニンまたはメチオニンが含まれる。ヒスチジンはコンセンサスくさびドメインに関与するが、LAR、PTPδ、PTPμまたはCD45には見られない。これらの3つのアミノ酸はすべて荷電または極性のいずれかであるため、PTPσくさびの特異性にはこの配列またはその成分のうちの1つが必要である可能性がある。
【0045】
さらに、2番目のαヘリックスには17位に固有のロイシンが含まれている。ロイシンは、ロイシンジッパーの三次元構造に重要な粘着分子として関係する。くさびドメインと構造的に類似するこれらの分子では、約7つの間隔で配置された反対のαヘリックスのロイシンが反対側のαヘリックスの疎水性領域と相互作用する。9番目の位置にある1番目のαヘリックスにもロイシンがあるため、この固有のロイシンは、PTPσくさびの全体的な3次元構造の完全性に必要であると考えられている。
【0046】
したがって、いくつかの実施形態では、治療用ペプチドは、約14~約20のアミノ酸を含むか、本質的にそれからなるか、またはそれからなり得、アミノ酸配列EHX1ERLKANDSLKL(配列番号32)(ここで、XはTまたはMである)を含み得る。配列番号32を含む治療用ペプチドは、治療用ペプチドが、配列番号32と少なくとも約70%、少なくとも約78%、少なくとも約85%、少なくとも約92%、または100%同一であるアミノ酸配列を有する少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、少なくとも4つ、または少なくとも5つの保存的置換を含み得る。
【0047】
いくつかの実施形態では、保存的置換は、配列番号32のアミノ酸残基4E、5R、6L、7K、9N、10D、12L、または13Kであり得る。非限定的な例として、アミノ酸残基4EをDまたはQで置換することができ、アミノ酸残基5RをH、L、もしくはKで置換することができ、アミノ酸残基6LをI、V、もしくはM、アミノで置換することができ、酸残基7KはRもしくはHで置換することができ、アミノ酸残基9NはEもしくはDで置換することができ、アミノ酸残基10DはEもしくはNで置換することができ、アミノ酸残基12LはI、V、もしくはMで置換することができ、および/またはアミノ酸残基13Kは、RもしくはHで置換することができる。得られる配列が上記の同一性パラメータを達成する限り、示された置換のいずれか1つ以上を任意の組み合わせで実施することができる。
【0048】
治療用ペプチドの説明の多くの態様は、一般に、配列番号32の文脈で本明細書に提示され、本開示は、治療用ペプチドが、配列番号33に記載のくさびドメインのバリアントを含む実施形態も包含する。本明細書に記載されている治療用ペプチドの他のすべての側面および特徴もまた特に明記しない限り、この変形実施形態にも適用されることが理解されるであろう。したがって、他の実施形態では、治療用ペプチドは、約14~約20のアミノ酸を含むか、本質的にそれからなるか、またはそれからなり得、アミノ酸配列DMAEHXERLKANDS(配列番号33)を含み得、ここで、XはTまたはMである。配列番号33を含む治療用ペプチドは、治療用ペプチドが、配列番号33と少なくとも約65%、少なくとも約70%、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、または少なくとも約95%同一であるアミノ酸配列を有するように、少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、少なくとも4つ、または少なくとも5つの保存的置換を含むことができる。
【0049】
いくつかの実施形態では、保存的置換は、配列番号33のアミノ酸残基7E、8R、9L、10K、12N、または13Dのものであり得る。例として、アミノ酸残基7EはDまたはQで置換することができ、アミノ酸残基8RはH、L、またはKで置換することができ、アミノ酸 残基 9LはI、V、またはMで置換することができ、アミノ酸残基10KはRまたはHで置換することができ、アミノ酸残基12NはEまたはDで置換することができ、アミノ酸残基13DはEまたはNで置換することができる。
【0050】
いくつかの実施形態では、治療用ペプチドは、配列番号1~25、32、33からなる群から選択されるアミノ酸配列を含む。
【0051】
本明細書に記載の治療用ペプチドは、他の様々な変更、置換、挿入、および欠失の対象となる可能性があり、そのような変更は、その使用において特定の利点を提供する。この点で、PTPσのくさびドメインに結合および/または複合体を形成する治療用ペプチドは、1つ以上の変更が行われ、PTPσ機能の1つ以上の活性、シグナル伝達、および/または機能を阻害または低減する能力を保持する、引用されたポリペプチドの配列に対応するか、または実質的であるが不完全な同一性を有することができる。
【0052】
治療用ペプチドは、アミド、タンパク質とのコンジュゲート、環化ポリペプチド、重合ポリペプチド、類似体、フラグメント、化学修飾ポリペプチドおよび同様な誘導体を含む様々な形態のポリペプチド誘導体のいずれかであり得る。
【0053】
保存的置換はまた、そのようなペプチドが必要な結合活性を示すという条件で、非誘導体化残基の代わりに化学的に誘導体化された残基の使用を含み得ることが理解されるであろう。
【0054】
本明細書で使用される場合、「化学誘導体」という用語、またはその文法的変形は、官能性側鎖の反応によって化学的に誘導体化された1つ以上の残基を有する対象ポリペプチドを指す。そのような誘導体化分子には、例えば、遊離アミノ基が誘導体化されてアミン塩酸塩、p-トルエンスルホニル基、カルボベンゾキシ基、t-ブチルオキシカルボニル基、クロロアセチル基またはホルミル基を形成する分子が含まれる。遊離カルボキシル基は、誘導体化されて、塩、メチルおよびエチルエステル、または他のタイプのエステルまたはヒドラジドを形成し得る。遊離ヒドロキシル基を誘導体化して、O-アシルまたはO-アルキル誘導体を形成することができる。ヒスチジンのイミダゾール窒素は誘導体化されて、N-im-ベンジルヒスチジンを形成し得る。20の標準アミノ酸のうちの1つ以上の天然に存在するアミノ酸誘導体を含むポリペプチドが化学誘導体にも含まれる。例えば、4-ヒドロキシプロリンをプロリンの代わりに使用でき、5-ヒドロキシリシンはリジンの代わりに使用でき、3-メチルヒスチジンはヒスチジンの代わりに使用でき、ホモセリンはセリンの代わりに使用でき、オルニチンはリジンの代わりに使用できる。本明細書に記載のポリペプチドはまた、必要な活性が維持される限り、その配列が本明細書に示されるポリペプチドの配列に対して1つ以上の付加および/または欠失または残基を有する任意のポリペプチドを含み得る。
【0055】
本明細書に記載の治療用ペプチドの1つ以上のペプチドはまた、翻訳後プロセシングなどの自然のプロセスによって、および/または当技術分野で知られている化学修飾技術によって修飾することができる。修飾は、ペプチド骨格、アミノ酸側鎖、およびアミノ末端またはカルボキシ末端を含むペプチドで起こり得る。同じタイプの修飾が、所与のペプチドのいくつかの部位で同じ程度または異なる程度で存在し得ることが理解されるであろう。修飾には、例えば、アセチル化、アシル化、アセトミドメチル(Acm)基の付加、ADP-リボシル化、アミド化、フィアビンへの共有結合、ヘム部分への共有結合、ヌクレオチドまたはヌクレオチド誘導体の共有結合、脂質または脂質誘導体の共有結合、ホスファチジルイノシトールの共有結合、架橋、環化、ジスルフィド結合形成、脱メチル化、共有架橋の形成、シスチンの形成、ピログルタミン酸の形成、ホルミル化、γカルボキシル化、グリコシル化、ヒドロキシル化、ヨウ素化、メチル化、ミリストイル化、酸化、タンパク質分解プロセシング、リン酸化、プレニル化、ラセミ化、セレノイル化、硫酸化、アルギニル化およびユビキチン化などのタンパク質への転移RNA媒介アミノ酸の付加(参考のために、Protein-structure and molecular properties,2nd Ed.,T.E.Creighton,W.H.FreemanおよびCompany,New-York,1993を参照されたい)が含まれるが、これに限定されない。
【0056】
本明細書に記載のペプチドおよび/またはタンパク質はまた、例えば、生物学的に活性な変異体、バリアント、フラグメント、キメラ、および類似体を含み得、フラグメントは、1つ以上のアミノ酸のトランケーションを有するアミノ酸配列を包含し、トランケーションは、アミノ末端(N末端)、カルボキシ末端(C末端)、またはタンパク質の内部に由来し得る。本発明の類似体は、1つ以上のアミノ酸の挿入または置換を含む。バリアント、変異体、断片、キメラおよび類似体は、LARファミリーホスファターゼの阻害剤として機能する可能性がある(本例に限定されない)。
【0057】
本明細書に記載の治療用ポリペプチドは、当業者に知られている方法によって調製することができる。ペプチドおよび/またはタンパク質は、組換えDNAを使用して調製することができる。例えば、1つの調製物は、細胞内のペプチドおよび/またはタンパク質の発現をもたらす条件下で宿主細胞(細菌または真核生物)を培養することを含み得る。
【0058】
ポリペプチドの精製は、親和性法、イオン交換クロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー、疎水性、またはタンパク質精製に通常使用される他の精製技術によって行うことができる。精製工程は、非変性条件下で実施することができる。他方、変性工程が必要とされる場合、タンパク質は、当技術分野で知られている技術を使用して復元され得る。
【0059】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の治療用ペプチドは、ポリペプチドが他のポリペプチド、タンパク、検出可能な部分、ラベル、固体マトリックス、または担体に都合よく連結および/または固定され得る「リンカー」を提供する目的で、ポリペプチドのいずれかの末端に付加され得る追加の残基を含み得る。
【0060】
アミノ酸残基リンカーは通常少なくとも1残基であり、40残基以上、より多くの場合1~10残基であり得る。連結に使用される典型的なアミノ酸残基は、グリシン、チロシン、システイン、リジン、グルタミン酸およびアスパラギン酸などである。さらに、主題のポリペプチドは、末端NHアシル化、例えばアセチル化、またはチオグリコール酸アミド化によって、末端カルボキシアミド化、例えば、アンモニア、メチルアミンなどの末端修飾によって修飾される配列によって異なり得る。よく知られているように、末端修飾は、プロテイナーゼ消化により感受性を低下させるのに有用であり、したがって、溶液、特にプロテアーゼが存在する可能性のある体液中のポリペプチドの半減期を延長するのに役立つ。これに関して、ポリペプチド環化もまた有用な末端修飾であり、環化によって形成される安定な構造のために、そして本明細書に記載されるような環状ペプチドについて観察される生物学的活性の観点からも特に好ましい。
【0061】
いくつかの実施形態では、リンカーは、治療用ペプチドを他のポリペプチド、タンパク質、および/または検出可能な部分、標識、固体マトリックス、または担体などの分子に連結する柔軟なペプチドリンカーであり得る。柔軟なペプチドリンカーは、長さが約20アミノ酸以下であり得る。例えば、ペプチドリンカーは、約12以下のアミノ酸残基、例えば、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、および12のアミノ酸残基を含むことができる。場合によっては、ペプチドリンカーは、グリシン、セリン、アラニン、およびスレオニンのうちの2つ以上のアミノ酸を任意の組み合わせで含む。いくつかの実施形態では、ペプチドリンカーは、システイン残基を含まない。
【0062】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の治療用ペプチドを含む治療薬は、複合タンパク質の形態で提供され得るか、または薬物送達構築物は、治療用ペプチドに連結される少なくとも輸送サブドメインまたは部分(すなわち、輸送部分)を含む。輸送部分は、哺乳動物(すなわち、ヒトまたは動物)の組織または細胞(例えば、神経細胞)への治療用ポリペプチドの取り込みを促進することができる。輸送部分は、治療用ペプチドに共有結合することができる。共有結合は、ペプチド結合または不安定な結合(例えば、容易に切断可能であるか、または内部の標的細胞環境において化学変化を受けやすい結合)を含み得る。さらに、輸送部分は、治療用ポリペプチドに架橋され得る(例えば、化学的架橋、UV架橋)。輸送部分はまた、本明細書に記載の連結ポリペプチドを用いて治療用ポリペプチドに連結することができる。
【0063】
輸送部分は、治療薬中で複数回繰り返すことができる。輸送部分の繰り返しは、所望の細胞によるペプチドおよび/またはタンパク質の取り込みに影響を与える(例えば、増加させる)可能性がある。輸送部分はまた、治療用ペプチドのアミノ末端領域またはそのカルボキシ末端領域または両方の領域のいずれかに位置し得る。
【0064】
いくつかの実施形態では、輸送部分は、輸送部分に一度連結された治療用ポリペプチドが受容体非依存性メカニズムによって細胞に浸透することを可能にする、少なくとも1つの輸送ペプチド配列を含むことができる。本開示に包含されるTat配列の例は、配列番号34に記載されている。例えば、例示的で非限定的な実施形態では、輸送ペプチドは、少なくともTat媒介タンパク質送達配列および配列番号1~25、32、および33のうちの1つと少なくとも70%同一の配列を含む合成融合ペプチドである。特定の例示的な実施形態では、Tat媒介タンパク質送達配列が、配列番号1~25、32、および33のうちの1つのくさびドメイン配列に1つの残基のペプチドリンカーで連結されている場合、融合ペプチドは、それぞれ、配列番号35~61のアミノ酸配列を有し得る。配列番号35~59のそれぞれに示されるXaa(および配列番号60および61のそれぞれに示される最初のXaa)は、グリシン、チロシン、システイン、リジン、グルタミン酸およびアスパラギン酸などの任意のアミノ酸残基であり得る。いくつかの実施形態では、示されたリンカーアミノ酸(Xaaで示される)は、グリシン、セリン、アラニン、またはスレオニンである。いくつかの実施形態では、示されたリンカーアミノ酸(Xaaで示される)は、システインではない。配列番号35~61は、それぞれ単一のリンカーアミノ酸残基を有する配列を開示すが、2つ以上のアミノ酸残基を含むより長いペプチドリンカーを有する他の実施形態もまた、この開示に含まれることが理解される。より長いペプチドリンカーは上に記載されている。
【0065】
本開示に包含される既知の輸送部分、サブドメインなどの他の例は、例えば、カナダ特許文書第2,301,157号(アンテナペディアのホメオドメインを含むコンジュゲート)ならびに米国特許第5,652,122号、第5,670,617号、第5,674,980号、第5,747,641号、および第5,804,604号に記載されており、これらはすべて、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。そのような例には、Tat HIVタンパク質のアミノ酸を含むコンジュゲート、単純ヘルペスウイルス-1 DNA結合タンパク質VP22、長さが4~30のヒスチジン繰り返しの範囲のヒスチジンタグ、または受容体に依存しないプロセスによる活性カーゴ部分の取り込みを促進できるその変異誘導体または相同体が含まれる。
【0066】
アンテナペディアホメオドメインの3番目のαヘリックスの16アミノ酸領域は、タンパク質(融合タンパク質として作成)が細胞膜を通過できるようにすることも示されている(PCT国際公開第WO99/11809号およびカナダ出願第2,301,157号)。同様に、HIV Tatタンパク質は細胞膜を通過できることが示された。
【0067】
さらに、輸送部分は、活性剤部分(例えば、細胞内ドメイン含有フラグメント阻害剤ペプチド)に共有結合した塩基性アミノ酸に富む領域を有するポリペプチドを含むことができる。本明細書で使用される場合、「塩基性アミノ酸に富む領域」という用語は、アルギニン、ヒスチジン、アスパラギン、グルタミン、リジンなどの塩基性アミノ酸の含有量が高いタンパク質の領域に関する。「塩基性アミノ酸に富む領域」は、例えば、15%以上の塩基性アミノ酸を有し得る。場合によっては、「塩基性アミノ酸に富む領域」は、15%未満の塩基性アミノ酸を有し、なおも輸送剤領域として機能し得る。他の例では、塩基性アミノ酸領域は、30%以上の塩基性アミノ酸を有するであろう。
【0068】
輸送部分は、プロリンに富む領域をさらに含み得る。本明細書で使用される場合、プロリンに富む領域という用語は、その配列中に5%以上(最大100%)のプロリンを有するポリペプチドの領域を指す。場合によっては、プロリンに富む領域に5%~15%のプロリンが含まれていることがある。さらに、プロリンに富む領域は、天然に存在するタンパク質(例えば、ヒトゲノムによってコードされるタンパク質)で一般的に観察されるものよりも多くのプロリンを含むポリペプチドの領域を指す。本願のプロリンリッチ領域は、トランスポート剤領域として機能できる。
【0069】
一実施形態では、本明細書に記載の治療用ペプチドは、形質導入剤に非共有結合することができる。非共有結合したポリペプチド形質導入剤の例は、Chariotタンパク質送達システムである(その全体がすべて本明細書に参照により組み込まれる米国特許第6,841,535号;J Biol Chem 274(35):24941~24946、およびNature Biotec 19:1173-1176を参照)。
【0070】
本明細書に記載の治療薬は、修飾することができる(例えば、化学的に修飾できる)。そのような修飾は、分子の操作または精製を容易にし、分子の溶解度を増加させ、投与を容易にし、所望の位置を標的とし、半減期を増加または減少させるように設計することができる。そのような修正の多くは当技術分野で知られており、熟練した開業医が適用することができる。
【0071】
一実施形態では、本明細書に開示される治療方法において、治療有効量の治療薬が、慢性脳卒中疾患に関連する慢性機能を有する対象に投与される。治療薬を含む製剤は、例えば、脳卒中の検出または発症時から、脳卒中の検出または発症後の数日、数週間、数ヶ月、および/または数年までの期間に、対象に1回または複数回投与することができる。
【0072】
治療薬は、例えば、局所投与および/または全身投与を含む、任意の適切な経路によって対象に送達することができる。全身投与には、例えば、非経口投与が含まれ得る。「非経口投与」という句は、経腸および注射に代表される局所投与以外の投与様式を指し、静脈内、筋肉内、動脈内、髄腔内、脳室内、被膜内、眼窩内、心臓内、皮内、腹腔内、気管内、皮下、表皮下、関節内、被膜下、くも膜下、脊髄内および胸骨内の注射および注入を含むが、それに限定されない。いくつかの実施形態では、全身投与は、筋肉内、静脈内、関節内、動脈内、髄腔内、硝子体内、皮下、または腹腔内投与を含む。治療薬はまた、経口、経皮、局所、吸入(例えば、気管支内、鼻腔内、経口吸入または鼻腔内滴下)または直腸から投与することができる。いくつかの実施形態では、治療薬は、注入ポンプを使用する静脈内投与を介して対象に投与されて、治療薬の毎日または毎週の用量を送達することができる。
【0073】
局所投与の望ましい特徴は、治療薬の効果的な局所濃度を達成すること、ならびに治療薬の全身投与による潜在的な有害な副作用を回避することを含み得る。一実施形態では、治療薬は、対象の脳に直接導入することができる。
【0074】
治療薬の薬学的に許容される製剤は、水性ビヒクルに懸濁し、従来の皮下注射針を介して、または注入ポンプを使用して導入することができる。
【0075】
注射の場合、治療薬は、液体溶液、通常はハンクス液またはリンゲル液などの生理学的に適合性のある緩衝液に製剤することができる。さらに、治療薬は、固体形態に製剤され、使用直前に再溶解または懸濁され得る。凍結乾燥形態もまた提供される。注射は、例えば、治療薬のボーラス注射または持続注入(注入ポンプを使用するなど)の形でもよい。
【0076】
任意の動物またはヒトの対象に投与される治療薬の量、体積、濃度、および/または用量は、対象のサイズ、体表面積、年齢、投与される特定の組成物、性別、投与の時間と経路、一般的な健康状態、および同時に投与される他の薬物を含む多くの要因に依存することが理解されよう。上記の量、体積、濃度、および/または治療薬の用量の特定の変動は、以下に記載される実験方法を使用して当業者によって容易に決定され得る。
【0077】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の治療用ペプチドなどの治療薬は、それを必要とする対象に、約0.1μモル、約1μモル、約5μモル、約10μモル、もしくはそれ以上、または治療される対象のまたは約0.0001mg/kg、約0.001mg/kg、約0.01mg/kg、約0.1mg/kg、または約1mg/kg~約5mg/kgまたは10mg/kgの用量または量で局所的および/または全身的に投与することができる。治療薬は、自発運動、感覚運動、および/または認知障害が最大限に回復するまで、毎日、毎週、隔週、毎月、またはそれより少ない頻度で投与することができる。
【0078】
治療薬は、1~1000mg IV、例えば、100~600mg IVの間、例えば、200~400mg IV、例えば、約300mg IVの固定単位用量で投与することができる。皮下投与される場合、治療薬は、通常、1mg~100mgSC(例えば、75mg)の用量で投与される。それはまた、1~10mg/kg、例えば、約6.0、4.0、3.0、2.0、1.0mg/kgの用量でボーラスで投与することができる。場合によっては、例えば皮下ポンプを介した連続投与で適応され得る。
【0079】
いくつかの実施形態では、予備の神経細胞は、損傷後7日以内、例えば、神経損傷が発生してから約1、約2、約3、約4、約5、約6、および約7日以内に治療薬と接触する。
【0080】
対象の治療の実施形態では、対象は、損傷後7日以内、例えば、神経損傷が発生してから約1、約2、約3、約4、約5、約6、および約7日以内に治療薬を投与される。例えば、いくつかの実施形態では、治療薬、例えば、治療用ペプチドは、脳卒中などの神経損傷の発症後12時間以上、例えば、13、14、15、16、17、18、19、10、21、22、23または24時間以上後に対象に投与される。例えば、治療薬は、急性脳卒中後、または脳卒中の発症から約12時間以上後に投与することができる。
【0081】
別の実施形態では、治療薬は、静脈内注射によって全身的に、または損傷部位に局所的に、通常、神経損傷、例えば、脳卒中が発生したの場合の約24時間、約48時間、約100時間、または約200時間以上後に対象に投与することができる。
【0082】
他の実施形態では、治療薬を投与するために使用される薬学的に許容される製剤はまた、対象への活性化合物の持続的送達を提供するために製剤化され得る。例えば、製剤は、対象への最初の投与後、少なくとも1週間、2週間、3週間、または4週間を含めて、活性化合物を送達することができる。例えば、本明細書に記載の方法に従って治療される対象は、治療薬で少なくとも30日間治療することができる(反復投与または持続送達システムの使用、あるいはその両方による)。
【0083】
持続送達のための手法には、ポリマーカプセル、製剤を送達するためのミニポンプ、生分解性インプラント、または移植されたトランスジェニック自家細胞の使用が含まれる(米国特許第6,214,622号を参照)。埋め込み型輸液ポンプシステム(例、INFUSAIDポンプ(Towanda,PA));Zierski et al.,1988、Kanoff,1994を参照されたい。)および浸透圧ポンプ(Alza Corporationによって販売されている)は市販されており、あるいは当技術分野で知られている。別の投与モードは、埋め込み型の外部プログラム可能な輸液ポンプを介したものである。輸液ポンプシステムおよびリザーバーシステムは、例えば、米国特許第5,368,562号および第4,731,058号にも記載されている。
【0084】
医薬組成物は、代償性神経可塑性、例えば、強化された運動機能、感覚運動機能、および/または認知に現れる可塑性の有益な効果を経験することができる任意の対象に投与することができる。本明細書に記載の実施形態はそのように限定されることを意図していないが、そのような動物の中で最も重要なものはヒトである。
【0085】
示されるように、記載された治療薬は、対象の神経損傷を治療する方法で使用することができる。この方法は、それを必要とする対象に、本明細書に記載の治療有効量の治療薬を投与することを含むことができる。治療有効量は、予備の神経細胞の代償性可塑性、例えば、対象の運動機能、感覚運動機能、または認知のうちの少なくとも1つに現れることができる可塑性を増強するのに有効な量(用量)を含み得る。
【0086】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の治療薬は、治療薬の投与なしの対象における神経細胞の量、例えば、NSC、ニューロン、および/またはグリア細胞の量と比較して、少なくとも5%、10%、20%、25%、30%、40%、50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、95%100%、110%、120%、130%、140%、150%、160%、170%、180%、190%、200%、250%、300%、350%、400%、450%、500%、550%、600%、650%、700%、750%、800%、850%、900%、950%、または1000%のニューロンの量の増加によって、および/またはグリア細胞の生成によって、対象の中枢神経系における神経細胞、例えば、NSC、ニューロン、および/またはグリア細胞の生成を増強するのに有効な量で投与することができる。
【0087】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の方法によって治療される対象は、急性中大脳動脈(MCA)の虚血性事象または脳卒中、例えば、虚血性脳卒中を患っている。虚血性脳卒中は、血栓症(例えば、静脈血栓症)、塞栓症、または全身性低灌流によって引き起こされる虚血(グルコースおよび酸素供給の欠如)による脳への血液供給の障害による、急速に発達する脳機能の喪失である。その結果、脳の患部が機能できなくなり、体の片側で1つ以上の手足を動かすことができなくなるか、言葉を理解または発話できなくなるか、または視野の片側が見えなくなる。
【0088】
急性中大脳動脈(MCA)の虚血性事象または虚血性脳卒中の症状には、例えば、半身麻痺、顔の感覚および筋力低下、しびれ、感覚または振動感覚の低下、臭覚、味覚、聴覚または視覚の変化(全体または部分的)、まぶたの垂れ下がり(ptosis)と眼筋の衰弱、反射の減少、バランスの問題と眼振、呼吸と心拍数の変化、頭を片側に向けることができない鎖乳突筋肉の衰弱、舌の衰弱(突出させることができないおよび/または左右に移動できない)、失語症、失行症、視野欠損、記憶障害、半側空間無視、無秩序な思考、混乱、性的過剰ジェスチャー、病態失認、歩行障害、運動協調の変化、およびめまい、ならびに/または平衡異常が含まれる。
【0089】
虚血性事象または脳卒中、例えば、虚血性脳卒中では、発症時間は、利用可能な任意の方法によって決定することができる。例えば、対象は、例えば本明細書に記載されるように、脳卒中の様々な症状に関して、例えば医師によって、脳卒中の発症のおおよその時間を特定するために質問され得る。被験者が脳卒中で目覚めたとき、または症状の開始が検出できない場合など、脳卒中の発症時間を特定するのが難しい場合がある。そのような場合、脳卒中の発症は、対象が最後に健康であることがわかった時刻、例えば、最後にわかった正常(LKN)を識別することによって決定することができる。場合によっては、脳のMRIを使用して、被験者の発症時間および/または脳卒中期間を決定できる(例えば、Petkova et al.;Radiology(2010) MR imaging helps predict time from symptom onset in patients with acute stroke: implications for patients with unknown onset time,257(3):782-92、その全体が参照により本明細書に組み込まれる)。
【0090】
いくつかの実施形態では、それを必要とする対象における神経損傷を治療する方法は、本明細書に記載されるように、神経損傷のための追加の治療を施すことをさらに含む。別の言い方をすれば、現在開示されている治療方法は、神経損傷に対処する際の併用療法の一部となり得る。例えば、脳卒中を治療するための追加の治療法はまた、例えば、血栓溶解(例えば、組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA))、血栓摘出、血管形成術およびステント留置、治療的低体温、および薬物療法(例えば、アスピリン、クロピドグレルおよびジピリダモール)を含み得る。いくつかの実施形態では、追加の治療は、例えば、血栓溶解剤、神経保護剤、抗炎症剤、ステロイド、サイトカイン、または成長因子である。使用される血栓溶解剤は、組織プラスミノーゲン活性化因子またはウロキナーゼであり得る。使用される神経保護剤は、N-メチル-Dアスパラギン酸受容体(NMDA)、α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソキサゾールプロピオン酸受容体(AMPA)、グリシン受容体、カルシウムチャネル受容体、ブラジキニンB2受容体およびナトリウムチャネル受容体、またはブラジキニンB1受容体、α-アミノ酪酸(GABA)受容体、およびアデノシンA1受容体からなる群からからなる群から選択される受容体に対するアゴニストであり得る。使用する抗炎症剤は、インターロイキン-1および腫瘍壊死因子ファミリーのメンバーであり得る。
【0091】
神経学的回復の標準試験(例、国立衛生研究所脳卒中スケール(NIHSS)、バーセル指数、修正ランキンスケール(mRS)、グラスゴー転帰スケール、モントリオール認知評価(MoCA)、脳卒中影響スケール(SIS-16))は、有効性を判断するために熟練した技術者によって使用することができる。NIHSSは、質問に答え、意識レベル、言語、視野喪失、眼球外運動、運動能力、運動失調、構音障害、感覚喪失、消滅および不注意に関連する活動を実行する対象の能力に基づいて、脳卒中の重症度を分類する。15の項目があり、各項目の評価は3~5の評点であるスコア付けされ、0は正常であり、すべての項目に対する最大重症度スコアは42である。1~4のNIHSSは、軽度の脳卒中を示す。5~15のスコアは中等度の脳卒中を示し、16~20のスコアは中等度から重度の脳卒中を示し、21-42のスコアは、重度の脳卒中を示す。
【0092】
一般的な定義
本明細書で特に定義されない限り、本明細書で使用される科学的および技術的用語は、当業者によって一般的に理解される意味を有するものとする。開業医は、当技術分野の定義および用語に関しては、特にAusubel, F.M., et al.(eds.),Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons,New York(2010)、Coligan, J.E., et al.(eds.),Current Protocols in Immunology,John Wiley & Sons,New York(2010)、Mirzaei, H. and Carrasco, M.(eds.),Modern Proteomics - Sample Preparation, Analysis and Practical Applications in Advances in Experimental Medicine and Biology,Springer International Publishing,(2016)、Comai, L, et al.,(eds.),Proteomic: Methods and Protocols in Methods in Molecular Biology,Springer International Publishing,(2017)、Alberts, B., et al.Molecular Biology of the Cell,W. W. Norton & Company;Sixth edition(2014)、およびKandel, E.R., et al.Principles of Neural Science,McGraw-Hill Education/Medical;5th edition(2012)に関する。
【0093】
便宜上、本明細書、実施例および特許請求の範囲で使用される特定の用語がここで提供される。定義は、特定の実施形態を説明するのを助けるために提供され、発明の範囲は特許請求の範囲によってのみ制限されるので、特許請求される発明を制限することを意図するものではない。
【0094】
文脈上別段の必要がない限り、単数形には複数形が含まれ、複数形には単数形が含まれるものとす。特許請求の範囲または明細書において「含む」という単語と併せて使用される場合、「a」および「an」という単語は、特に明記しない限り、1つ以上を示す。特許請求の範囲における「または」という用語の使用は、代替物のみを指すように明示的に示されない限り、または代替物が相互に排他的である場合を除き、「および/または」を意味するために使用されるが、開示は、代替物および「および/または」のみを指す定義を支持する。
【0095】
文脈上明確に別段の定めがない限り、説明および特許請求の範囲全体を通じて、「含む(comprise)」、「含む(comprising)」などの用語は、「含むがこれに限定されない」という意味で排他的または網羅的な意味ではなく、包括的な意味で解釈されるべきである。単数形または複数形を使用する単語には、それぞれ複数形および単数形も含まれる。「本質的にからなる」という用語は、参照される組成物が追加の要素、変異、および/または配列を含み得るが、その追加の要素、バリエーション、および/または配列が示された組成物の機能に有意に寄与しないことを示す。
【0096】
「約」という単語は、例えば、数量、レベル、値、数、頻度、パーセンテージ、寸法、サイズ、量、重量、または長さを示す、記載された参照される数の上または下のわずかな変動の範囲内の数を示す。例えば、「約」は、示された参照される数の上または下の10%、9%、8%、7%、6%、5%、4%、3%、2%、または1%の範囲内の数を指すことができる。
【0097】
本明細書で使用される場合、「ポリペプチド」または「タンパク質」という用語は、モノマーが、アミド結合を介して一緒に結合されたアミノ酸残基であるポリマーを指す。アミノ酸がαアミノ酸である場合、L-光学異性体またはD-光学異性体のいずれも使用することができ、L-異性体が好ましい。本明細書で使用されるポリペプチドまたはタンパク質という用語はまた、任意のアミノ酸配列を含み、糖タンパク質などの修飾配列を含む。ポリペプチドという用語は、天然に存在するタンパク質、ならびに組換えまたは合成的に産生されるタンパク質を網羅することを特に意図する。「ペプチド」という用語は、単に、比較的短いポリペプチドポリマー、例えば、最大約20、約30、約40、約50、約60、約70、約80、または約90のアミノ酸長を指す。タンパク質またはペプチドの文脈における「キメラ」または「融合」という用語は、ポリペプチドをコードする第1のアミノ酸配列と、外来であり最初のポリペプチドのドメインと実質的に相同ではないドメイン(例えば、ポリペプチド部分)を定義する第2のアミノ酸配列との融合を指す。キメラタンパク質は、生物に見られる(異なるタンパク質ではあるが)外来ドメインを提示し、これも最初のタンパク質を発現するか、または異なる種類の生物によって発現されたタンパク質構造の「種間」、「遺伝子間」などの融合である可能性がある。
【0098】
当業者は、単一のアミノ酸または配列中のアミノ酸のパーセンテージを変更、追加、または削除するペプチド、ポリペプチド、またはタンパク質配列への個々の置換、削除、または追加が、変更の結果、アミノ酸が化学的に類似したアミノ酸に置換される「保存的に改変されたバリアント」であることを認識するであろう。機能的に類似したアミノ酸を提供する保存的アミノ酸置換表は、当業者によく知られている。次の6つのグループは、相互に保存的に置換されていると考えられるアミノ酸の例である。
(1)アラニン(A)、セリン(S)、スレオニン(T)、
(2)アスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)、
(3)アスパラギン(N)、グルタミン(Q)、
(4)アルギニン(R)、リジン(K)、
(5)イソロイシン(I)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、バリン(V)、および
(6)フェニルアラニン(F)、チロシン(Y)、トリプトファン(W)。
【0099】
配列同一性への言及は、タンパク質配列などの2つのポリマー配列の類似性の程度を指す。配列同一性の決定は、認められたアルゴリズムおよび/または技術を使用して当業者によって容易に達成され得る。配列同一性は、通常、比較ウィンドウ上で2つの最適に整列された配列を比較することによって決定され、比較ウィンドウ内のペプチドまたはポリヌクレオチド配列の部分は、参照配列(これは追加または削除を含まない)と比べて2つの配列の最適なアラインメントのための追加または削除を含み得る。パーセンテージは、両方の配列で同一のアミノ酸残基または核酸塩基が出現する位置の数を決定し、一致する位置の数を算出し、一致する位置の数を比較ウィンドウ内の位置の総数で割り、結果に100を掛けて、配列同一性のパーセンテージを算出する。そのような比較を実行するためのBLAST NまたはBLAST Pなどの様々なソフトウェア駆動型アルゴリズムが容易に利用可能である。
【0100】
「野生型」(または「wt」)という用語は、タンパク質またはその一部をコードする天然に存在するポリヌクレオチド配列、またはタンパク質配列またはその一部をそれぞれ指し、通常はin vivoで存在する。
【0101】
本明細書に記載の方法で使用される治療薬、化合物、組成物などは、それらを使用する前に精製および/または単離されると考えられる。精製された材料は、典型的には「実質的に純粋」であり、これは、核酸、ポリペプチドまたはそれらのフラグメント、または他の分子が、それに自然に付随する成分から分離されていることを意味する。典型的には、ポリペプチドは、それが天然に関連するタンパク質および他の有機分子を含まず、少なくとも60重量%、70重量%、80重量%、90重量%、95重量%、または99重量%である場合、実質的に純粋である。例えば、実質的に純粋なポリペプチドは、天然の供給源からの抽出によって、通常はそのタンパク質を発現しない細胞における組換え核酸の発現によって、または化学合成によって得ることができる。「隔離された材料」は、自然の場所および環境から除去されている。単離または精製されたドメインまたはタンパク質フラグメントの場合、ドメインまたはフラグメントは、天然に存在する配列においてタンパク質に隣接するアミノ酸配列を実質的に含まない。
【0102】
ポリペプチドを指す場合、「部分」、「フラグメント」、「バリアント」、「誘導体」および「類似体」という用語は、本明細書で言及される少なくともいくつかの生物学的活性(例えば、結合などの相互作用の阻害)を保持する任意のポリペプチドを含む。本明細書に記載のポリペプチドは、ポリペプチドが依然としてその機能を果たす限り、限定されることなく、部分、フラグメント、バリアント、または誘導体分子を含み得る。本発明のポリペプチドまたはその一部は、タンパク質分解フラグメント、欠失フラグメント、および特に、動物に送達されたときに作用部位により容易に到達するフラグメントを含み得る。
【0103】
開示された方法および組成物に使用できる、組み合わせて使用できる、準備に使用できる、または製品である材料、組成物、および構成要素が開示される。これらの材料の組み合わせ、サブセット、相互作用、グループなどが開示される場合、これらの化合物のすべての単一の組み合わせおよび順列への特定の言及が明示的に開示されていないとしても、様々な個々のおよび集合的な組み合わせのそれぞれが具体的に企図されることが理解される。この概念は、説明された方法のステップを含むがこれに限定されない、本開示のすべての側面に適用される。したがって、前述の実施形態の特定の要素は、他の実施形態の要素と組み合わせるか、または要素の代わりとすることができる。例えば、実行できる様々な追加のステップがある場合、これらの追加のステップのそれぞれは、開示された方法の任意の特定の方法ステップまたは方法ステップの組み合わせで実行でき、そのような各組み合わせまたはサブセットの組み合わせは具体的に企図されており、開示されていると見なされるべきでことがあるが理解される。さらに、本明細書に記載の実施形態は、本明細書の他の場所に記載されているものまたは当技術分野で知られているものなどの任意の適切な材料を使用して実施できることが理解される。
【0104】
本明細書で引用された刊行物およびそれらが引用されている主題は、参照によりその全体が具体的に本明細書に組み込まれる。
【0105】
以下は、特定の例示的な実施形態の説明であり、本発明者らは、細胞内σペプチド(ISP)治療が神経損傷のモデルにおける回復を促進することを実証した。具体的には、例えばISP治療によるCSPG誘導PTPσのシグナル伝達の阻害がCSPG障壁を克服し、一般的な運動機能、特定の上肢感覚運動機能ならびに認知機能など、マウス脳卒中モデルの機能回復の複数の側面を改善することが示された。回復のメカニズムも調べた。PTPσシグナル伝達のISP変調は、損傷を受けたニューロンの存在を補償する機能を可能にする損傷から免れた神経細胞(すなわち、損傷を受けていないニューロン)の遊走と発芽活動を誘発することによって回復のいくつかの側面に貢献した。これにより、神経損傷後にISP治療が遅れた場合でも、最終的には改善効果の誘導が可能になった。
【0106】
最初に、C57BL/6マウスにおける脳卒中後のISP治療の有効性を、近位中大脳動脈閉塞(pMCAO)モデルを使用して試験した。マウスの3つのコホート(n=59)は、線条体と皮質組織の両方に大きな脳卒中を誘発するためにMCAO手術を受け、人間にとって致命的となる傾向がある人間の「悪性」脳卒中を模倣した。脳卒中マウスは、脳卒中損傷のサイズを決定するためにT2加重MRIスキャンにかけられ、脳卒中発症後24時間から6週間の毎日のビヒクル(5%DMSO)または毎日のISP(20μg/マウス/日または30μg/マウス/日SC注射)のいずれかの治療を受けた2つの均等に分布したグループに盲目的にグループ化された。
【0107】
脳卒中後24時間で治療を開始する前に、マウスはMRIによって特徴づけられた。データは、2つのグループの動物がMRIスキャンによる虚血性損傷の程度に差がないことを示した(例えば、図2Aおよび2Bを参照)。脳卒中の24時間後に開始されたISP治療(脳卒中発症から4.5時間の脳卒中rtPAの治療期間に対する唯一のFDA承認治療と比較して)は、脳卒中動物の生存率を有意に改善することができた(例えば、図2Cを参照)。これはおそらく、脳卒中の急性期の脳の炎症反応と腫れ反応を最終的に打ち消す抗CSPG効果の効果によるものである。
【0108】
コンピュータで監視された自動オープンフィールド分析を使用して、生き残ったすべてのマウスで、脳卒中後のISP治療により、脳卒中後2~4週間で、複数のパラメータ(つまり、総移動距離、総水平活動および総垂直活動、それぞれ図3A、3B、3Cを参照)で脳卒中マウスの運動機能が有意に増加することがわかった。
【0109】
脳卒中後の最も一般的な機能障害は対側上肢の運動障害であり、人間の脳卒中生存者の90%以上が感覚障害を経験すことを考え、脳卒中後のISP治療が感覚運動行動試験における脳卒中マウスのパフォーマンスに及ぼす影響(すなわち、粘着テープ除去試験)も検討された。この試験では、マウスは影響を受けた前足と影響を受けていない前足に付着したテープを除去する必要がある。データは、ISP治療により、マウスが影響を受けた足のテープを除去することができる速度が大幅に改善されたことを示した(影響を受けていない手足に明らかな影響はない)。これは、ISP治療の結果が、脳卒中によって誘発される感覚および運動機能の障害に特に関連することを示す(図4)。
【0110】
認知機能の低下は、脳卒中生存者の障害の主な原因でもある。したがって、脳卒中マウスの認知機能に対するISP治療の効果も調べた。マウスの学習/記憶機能を評価するためにバーンズ迷路試験を使用した。データは、脳卒中後4週間でISPがマウスを治療した場合、バーンズ迷路の逃げ穴を見つけるために使用する時間が大幅に短縮され、エラー試行も少なくなることを示した(図5Aを参照)。
【0111】
これらのデータは、全身ISP治療が、一般的な自発運動機能、特定の上肢感覚運動機能、および認知機能を含む、脳卒中マウスの機能回復の複数の側面を改善することを示す。これらのデータは、ISP治療が脳卒中後の脳の慢性萎縮を減少させることも示唆する(図5Bを参照)。生存マウスにおける急性期生存率と慢性機能の改善は、神経損傷患者に利益をもたらす可能性のある少なくとも2つの可能なメカニズムを示唆しており、したがって、悪性脳卒中などの損傷後の生存率を促進し、傷害生存者の長期的な機能回復を促進するための魅力的で目的となりうる経路を提供する。
【0112】
傷害の時間に対するISP投与のタイミング、および回復に対する対応する効果を試験するために、成体のC57bl/6J雌および雄マウスを上記のように一過性の近位MCAO手術(35分)に供した。動物は、脳卒中前および脳卒中後7日でベースライン行動試験を受け、治療開始前に2つのグループの動物に違いがないことを確認した。脳卒中後7日で開始されたISPの脳卒中後遅延治療の有効性が試験され、これはSVZおよびSGZ NSCが活性化された時点である。マウスは、ISP(1mg/kg/day)またはビヒクルを3週間連続して毎日注射される。脳卒中後4週間まで毎週、オープンフィールド移動試験と粘着テープ除去試験を実施した。図6A~6Cは、遅延ISP治療パラダイムが、4週目までのオープンフィールド移動試験で、複数のパラメータ(つまり、それぞれ総距離、水平活動、垂直活動)のパフォーマンスの向上に大きな効果をもたらしたことを示す。ここに示されている脳卒中後7日間は、現在のFDA承認のtPA治療期間よりも大幅に広い治療期間を提供するため、これは顕著に臨床的にトランスレーショナルな衝撃を及ぼす。
【0113】
マウス脳卒中モデルを使用して、ISP治療はまた、神経芽細胞形成と損傷の遠位の位置での皮質脊髄路軸索発芽の両方を強化することが示された。図7A~7Fを参照されたい。示されているように、これらのアッセイは、脳卒中後のISP治療が、側脳室の近くと隣接するストラドル組織の両方の脳卒中後のマウスのDCX+神経芽細胞を増強することを示した。脳卒中後のISP治療は、対側皮質脊髄路領域からの軸索発芽を強化した。これは、脳卒中後のISP治療が対側皮質からの皮質脊髄路投射を増加させ、誘発された可塑性と予備の神経細胞のメカニズムを確立する最初の証明である。
【0114】
ISP治療によって誘発された、神経損傷からの上記のこの顕著な機能回復の根底にあるメカニズムをさらに調査するために、誘導可能な条件付きPTPσノックアウトモデルが生成された。図1は、PTPσの細胞特異的欠失を実装するためのアプローチを概略的に示す。PTPσ floxマウス、ネスチン-CreERT2-PTPσ条件付きノックアウトマウス(神経幹細胞特異的cKO)、および皮質ニューロン特異的cKO(PTPσ floxマウスにAAV-hSyn-creウイルス注射を使用)を作製した。3世代の交配後、ネスチン-CreERT2-PTPσ条件付きノックアウトマウス(cKO)が得られた。cKOマウスは、成体NSCのPTPσを希望の時間に条件付きで削除することができる。さらに、これらの条件付きKOマウスの対側または傍梗塞部位へのAAV-hSyn1-cre注射により、対側または梗塞周囲部位の成熟発芽ニューロンのPTPσ遺伝子を特異的に可能にするであろう。
【0115】
条件付きKOマウスは、予想されるメンデルの法則の比率で生まれ、遺伝子組換えを誘発せずに、flox対立遺伝子がcKOマウスの正常な発達と生存に影響を与えなかったことを確認した。皮質ニューロンPTPσマウスは、AAV-hSyn-creウイルスをPTPσ floxマウスの運動皮質および体性感覚皮質に注射することによって生成された。flox対立遺伝子の標的化および対立遺伝子の組換えの成功は、NSC特異的cKOの脳領域を含む成体NSCのcKOマウス、およびAAV-hSyn-cre注射マウスの皮質特異的組換えで確認された(図1、8A~8F、および9Aから9Hを参照)。
【0116】
図8A~8Fは、条件付きノックアウトマウスが神経新生におけるCSPG-PTPσ経路の役割と、脳卒中などの神経損傷後の機能回復への寄与の研究を可能にすることを示す。図9A~9Hは、条件付きノックアウトマウスが、AAV-hSyn-creを傍梗塞領域および対側皮質領域に注入して意図した時間に既存の成熟ニューロンの遺伝子を欠失することにより、軸索発芽メカニズムに対するPTPσ調節の効果の研究を可能にすることを示す。このモデルの梗塞周囲注射と対側皮質注射により、近位投射(梗塞周囲ニューロンの発芽)と任意の遠位投射(対側皮質ニューロンの発芽)の寄与を区別することができる。
【0117】
初期の結果が、ISP処置が梗塞ゾーンに向かって遊走するDCX+細胞の数を高めることを示すため(上記の図7A~7Fを参照)、野生型またはcKO PTPσマウスからのSVZ NSCの遊走を調べた。成体の野生型およびNSC-cKOマウスSVZから、成体の神経幹細胞(NSC)ニューロスフェア培養物が確立された(図10A)。遊走アッセイは、ネスチン(+)NSCがCSPGを生成することを示した(図10Bおよび10C)。CSPGスポットアッセイでは、以前の研究と一致して野生型NSCがCSPGリングの縁を越えることができないことが実証された(図10D)。非常に対照的に、cKO NSCはCSPGリングの外縁を横切ることができ、cKO NSCでのPTPσ機能の廃止に成功したことを実証した(図10E)。
【0118】
さらに、CSPG誘導性PTPσシグナル伝達は、成人のNSCにおける遊走と神経突起の成長の調節に重要であることが初めて実証された。アグレカン基質コーティングは、成体NSCの遊走の減少をもたらし、cKO NSC細胞におけるPTPσ遺伝子の欠失は、基礎レベル(アグレカンコーティングなし)およびアグレカンコーティングの両方での遊走の増強をもたらす(図11A~11Eを参照)。ISPによるCSPGs-PTPσ経路の薬理学的阻害は、遺伝的PTPσ欠失と同様の結果を示した(図12Aおよび12Bを参照)。さらに、成人のcKO NSCにおけるPTPσの遺伝的欠失とISPペプチドによるPTPσの薬理学的阻害の両方が、分化したNSCにおける神経突起伸長の一貫した増加をもたらすが、スクランブルされたISPペプチドは効果がなかった(図13A~13C、14A、および14Bを参照)。
【0119】
要約すると、PTPσ条件付きノックアウトマウスから得られたこれらのデータは、成体NSCを含む神経損傷後の予備の神経細胞の基本的な生物学におけるPTPσの明確な機能的重要性を実証した。観察された機能には、神経分化、神経突起伸長および遊走が含まれ、これらは、基礎条件下での神経新生ならびに脳卒中などの損傷後の可塑性に関与する重要な細胞メカニズムである。重要なことに、脳卒中後7日でも開始されたISP治療は、機能回復を促進するのに依然として効果的であることが実証された。脳卒中患者の急性治療期間(薬理学的に6時間、外科的に24時間)を過ぎて現在利用できる治療法がないため、この結果は非常に重要である。
【0120】
CSPG-PTPσ経路の役割は、脊髄損傷(SCI)モデルの損傷ニューロンで以前により研究されてきたが、これは、神経新生がSCIの神経修復の主要な要因ではないためである。ただし、DCX+神経芽細胞の神経新生と遊走は、脳卒中後の回復に機能的に寄与することが示されている。現在のデータは、成人NSCにおけるPTPσの遺伝的欠失およびISPによるPTPσの薬理学的阻害が、新たに分化した神経芽細胞における神経突起伸長およびこれらの細胞の遊走の両方を一貫して増強することを実証する。
【実施例
【0121】
以下の例は、本開示を限定するものではなく、説明する目的で提供されている。
【0122】

開示の様々な実施形態の実践のための材料と方法
1.動物
C57BL/6マウスはJackson研究所から購入し、Case Western Reserve大学の動物施設に収容した。マウスは12時間の明/暗サイクルで維持され、自由に餌を与えられた。すべての動物プロトコルは、Case Western Reserve大学の施設内動物管理使用委員会によって承認された。この研究では、10~12週齢のC57BL/6雄マウスを使用した。
【0123】
2.一過性限局性虚血のマウスモデル
一過性中大脳動脈閉塞(tMCAO)は、シリコーンゴムでコーティングされたモノフィラメント(Cat.602212PK10Reおよび602312PK10Re、Doccol Corporation)を使用して左MCAを45分間管腔内閉塞することにより、雄C57BL/6マウス(12週齢、25-30g)で誘発された。一時的に、マウスをイソフルランスで麻酔した。体温は恒温ブランケットコントロールユニット(Harvard apparatus)によってモニターされ、37±0.5℃に維持された。動物の痛みを最小限に抑えるために、マウスにブプレノルフィンを皮下注射した。頭蓋冠の上にある皮膚に正中切開を行い、皮膚を横方向に引っ張って、マウスの左頭頂頭蓋骨の表面(ブレグマの後方0.5mmおよび横側3.5mm)に柔軟なマイクロチップを固定した。次に、マウスの左総頸動脈(CCA)、外頸動脈(ECA)、および内頸動脈(ICA)を分離するために、首の正中線を切開した。シリコーンゴムでコーティングされたモノフィラメントは、ECAの動脈切開を介して導入され、Longaの方法に従ってICAを介してMCAの起点に向かってゆっくりと進めた。MCAを一貫して首尾よく確実に遮断するために、レーザードップラー流速計(PeriFluxシステム5000、Perimed、Sweden)によってすべての脳卒中動物の局所脳血流を監視した。切開を閉じた後、マウスに1mlの温かい生理食塩水を皮下投与し、回復するまで加熱した動物の集中治療室に置いた。
【0124】
3.磁気共鳴画像法(MRI)
梗塞体積は、脳虚血の誘発の23時間後に、3cmの鳥かごコイル(Bruker Inc.、Billerica,MA)を備えた水平バイオスペック9.4Tスキャナーを使用して測定された。MRIスキャン手順の間、マウスは1.5%イソフルラン/酸素混合物で麻酔され、腹臥位でクレードルに置かれた。マウスの体温は、フィードバック制御システム(SA Instruments、Stony Brook,NY)を介してスキャナーに暖かい空気を吹き込むことによって33℃に維持した。実験中、呼吸数もモニターした。虚血性浮腫の体積を定量化するために、マルチスライスT2強調軸画像は、次のパラメータでリラクゼーションエンハンスメント(RARE)シーケンスを使用した高速取得を使用して取得された。TE/TR、15/2000ms;RAREファクター、8;NAV、4;マトリックスサイズ、256x256;スライス厚、1mm;スライス数、13;視野、2.4x2.4cm。画像の再構成と分析は、学内で開発されたMATLABベースのソフトウェア(Natick,MA,USA)を使用して実行された。虚血性浮腫のボリュームと脳組織のROIは、T2強調画像から抽出された。したがって、虚血性梗塞体積のパーセンテージは、次の式として計算された:Σ(対側領域-同側非梗塞領域)/Σ対側領域X100%。
【0125】
4.ペプチドの調製
ペプチドはCS-Bio(CA,USA)から純度>98%のものを購入した。凍結乾燥ペプチドを滅菌水に溶解し、使用するまで-80℃で保存した。ペプチド配列は次のとおりである。
ISP:GRKKRRQRRRCDMAEHMERLKANDSLKLSQEYESI
(配列番号62)
スクランブルISP(SISP):GRKKRRQRRRCIREDDSLMLYALAQEKKESNMHES(配列番号:63)
【0126】
5.全身ペプチド治療
最初に、10%DMSOのビヒクル溶液(23.73ml滅菌生理食塩水中1.25ml DMSO)を各マウス用に調製した。次に、適切なISPペプチドをビヒクル溶液に添加し、1.5mlエッペンドルフチューブ(それぞれ1匹のマウスの1日量に対応)に分注し、-80℃で凍結した。最終的なISPペプチド濃度は0.3μg/μlであった。MRIスキャン後、虚血性マウスは、脳卒中損傷のサイズに応じて2つの均等に分散されたグループにランダムにグループ化された。虚血後24時間およびその後6週間毎日の午後に、マウスにISP(30μg/日、100μl)またはビヒクル(生理食塩水中の5%DMSO、100μl)を皮下注射した。実験は盲検的様式で行われた。
【0127】
6.脳卒中動物の脳萎縮の定量化
脳卒中後の6週間の脳切片(25μm)をPLLコーティングされたスライドにマウントした。切片を10分間、KHPO緩衝液(pH4.5)中で再水和し、次いで42℃で30分間、予熱した10%ギムザ溶液で染色した。KHPOバッファーで簡単にすすいだ後、切片を無水エタノールで脱水し、キシレンで汚れを取り、Histosealでマウントした。一連の切片の組は、Path Scan Enabler IVスライドスキャナーによって画像化された。対側および同側の脳領域は、ImageJソフトウェアを使用して定量化された。萎縮率の計算式は次のとおりである。 Σ (対側脳領域-同側脳領域)/Σ反対側の脳領域X100%。
【0128】
7.軸索発芽の順行性追跡および定量化
tMCAOの4週間後、マウスを1.5%イソフルラン/酸素混合物で麻酔し、定位固定フレームで安定させた。1.5μlのビオチンデキストランアミン(BDA、MW10,000;PBS中10%、invitrogen)を傷害反対側の皮質の3つの部位に注射した(座標:1.A/P0.0mm、M/L-2mm、D/V-1mm;2.A/P0.5mm、M/L-1.5mm、D/V-1mm;3.A/P0.5mm、M/L-2mm、D/V-1mm、)。2週間後、PBS、続いて4%パラホルムアルデヒドで心臓を灌流した後、脳と頸髄を採取した。4%パラホルムアルデヒドで一晩後固定し、20%および30%スクロースで凍結保護した後、冠状脳切片および横脊髄切片を30μmの厚さに切断した。BDAを検出するために、切片を0.1M PBですすぎ、0.3%H2O2で30分間インキュベートして内因性ペルオキシダーゼを不活性化し、続いてVectastain(登録商標)ABCキット(Vector Laboratories,Burlingame,CA,USA)で2時間インキュベートした。染色は、2,3’ジアミノベンジイン四塩酸塩(0.1M PB中0.5mg/ml)で展開された。正中線を横切るBDA+繊維の数と長さを、盲検法で評価した。切片はImageJソフトウェアで分析された。
【0129】
8.神経行動アッセイ
すべての行動試験は、盲検的様式で明期に実施された。ストレスを軽減するために、試験開始の1時間前にマウスを行動試験室に順応させた。マウス間の本能的な匂いを避けるために、すべての装置を75%エタノールで洗浄した。
【0130】
8.1運動機能
マウスの運動活動は、前述のように、tMCAOの1日前、3、7、14、21、35、42日後にAccuscan活動モニター(Columbus,OH,USA)を使用して評価した。このモニターには、16個の水平赤外線センサーと8個の垂直赤外線センサー(間隔2.5cm)がある。各マウスを42x42x31cmのPlexiglasオープンボックスに1時間入れ、餌と水を供給した。観察者の偏見を避けるために、この運動試験はコンピュータとソフトウェアによって自動的に監視された。自発運動活性は、自動化されたVersamaxソフトウェア(Accuscan、Columbus,OH,USA)によって計算された。次の変数が測定された。(A)水平活動(水平方向のセンサーで発生したビーム遮断の総数)。(B)総移動距離(cm、動物が移動した距離);(C)垂直活動(垂直方向のセンサーで発生したビーム遮断の総数)。
【0131】
8.2バーンズ迷路試験
虚血性マウスの空間記憶は、tMCAOの28日後にBarnes迷路(Stoelting Company,WoodDale,IL,USA)を使用して調べられた。迷路は、周囲に20個の穴がある直径91.5cmの円形プラットフォームで構成されている。マウスは、プラットフォームの上の吹き付けファンおよび明るい光で、ぶらぶらと遊ばないようにした。0日目に、開始チャンバーを除去した後、マウスを穏やかに誘導してターゲットの穴に入らせた。1日目に、ターゲットの穴の下に配置された脱出トンネルを見つけるために、2回のセッションで4回の試行でマウスを訓練した。マウスがターゲットの穴に入ると、穴が覆われ、マウスはそこに2分間留まることができた。マウスが5分以内にターゲットの穴を見つけることができなかった場合、マウスは観察者によって標的の穴に入るように導かれた。2日目に、マウスがターゲットの穴に入るまで、またはマウスがターゲットの穴を見つけることができなかったときは5分で停止させられるまで、1つの試行が実行され、ビデオテープに記録された。逃げる穴を見つけるのに費やした時間と、マウスによって作られた隠れ穴を見つける際のエラー数を、観察者が盲検的様式で測定した。
【0132】
8.3粘着物除去試験
この試験は、感覚運動障害を調べるために、脳卒中後7、14、21、28、35、42日目に実施された。各マウスは、1分間の馴化期間中に透明なシリンダー(直径15cm)に入れられた。その後、2つの異なる色の粘着ラベル(パンチで作られた直径2.5mm、Tough Spots)が各マウスの前足に等しい圧力で適用された。粘着ラベルを除去するのに必要な時間は、最大2分で測定された。最適なレベルのパフォーマンスを達成するには、手術前にマウスを4日間トレーニングする必要がある。
【0133】
9.神経幹細胞培養
初代幹細胞は、5週齢のC57BL/6Jマウスから得られた。安楽死後、脳全体を直ちに採取し、顕微鏡下で解剖して、脳室下帯(SVZ)組織を得た。スタブナイフで機械的に解離した後、組織片をトリプシンを用いて処理し、増殖因子(上皮成長因子および塩基性線維芽細胞増殖因子)(NBM-GF)添加神経基礎培地中に10細胞/cmの密度で個々の細胞として再懸濁した。その後の細胞の継代は、細胞が生存可能系を確立するまで7日ごとにaccutase(登録商標)(innovative#AT-104、CA,USA)を使用して行い、継代ごとに細胞破片が自然に減少した。各継代の4日目に、増殖スフェアにNBM-GFを供給した。この研究では、継代P3~P8でニューロスフェアを使用した。
【0134】
10.CSPG勾配交差アッセイ
CSPG勾配を、前述のようにカバースリップ上で作成した。簡単に説明すると、24ウェルガラスカバースリップをポリ-L-リジンとニトロセルロースでコーティングし、700ug/mlアグレカン(A1960)と10ug/mlラミニン(11243217001、Sigma)の混合物をコーティングされたカバースリップにスポットした。乾燥後、コーティングされたカバースリップをラミニンとともに37℃で3時間インキュベートした。トランスフェクトされた神経幹細胞を、10個の細胞/カバースリップの密度で播種し、NBM-GF培地で培養した。7日後、ウェルを4%パラホルムアルデヒドで室温で15分間固定し、染色するまで4℃でリン酸緩衝生理食塩水に保存した。
【0135】
11.CSPG上での神経幹細胞の遊走
インビトロでの神経幹細胞の遊走に対するCSPGの効果を決定するために、平底48ウェルプレートを最初にポリ-L-リジンで一晩コーティングし、続いて水で濯いだ。アグレカン(A1960、シグマ)を滅菌水で希釈した1ug/mlおよび10ug/mlの濃度で48ウェルプレートに一晩コーティングした後、水ですすいだ。対照ウェルには、ポリ-L-リジンのみが含まれた。2.5μM ISPペプチドまたはスクランブルペプチドを含むNBM-GF培地の各ウェルに同じサイズのニューロスフェアを播種し(条件ごとに7ウェルにn=7ニューロスフェア)、プレートを37℃で21時間インキュベートした。その後、Leica DMi8広視野顕微鏡を使用して各ウェルの画像を撮影した。遊走活動は、ニューロスフィアの総面積をニューロスフィアの内部面積で割ったものとして定義された。ニューロスフェアの内部面積と総面積は、ImageJソフトウェアによって測定された。距離測定は、観察者が盲検的様式で行った。
【0136】
12.神経幹細胞分化アッセイ
簡単に説明すると、未処理の24ウェルプレートのガラスカバースリップをポリオルニチンとラミニンでコーティングした。継代時のニューロスフェア分割後、個々の細胞を500μlのNBM-GFに10細胞/cmの密度で播種した。1日おきに250μlの培地を各ウェルから除去し、300μlの新鮮なNBM-GFを添加した。付着した細胞が約70%のコンフルエンシーに達したとき(約5日目)、各ウェル内のすべてのNBM-GFを穏やかに除去し、ISPペプチド(2.5μM)またはスクランブルペプチド(2.5μM)を含むが成長因子を含まない神経基礎培地(NBM)と直ちに交換した。250μlの培地を除去し、ISPまたはスクランブルペプチドを含む300μlの培地を加えることにより、各ウェルに毎日給餌した。NBM-GFを完全に交換してから5日目に、ウェルを4%パラホルムアルデヒドで室温で15分間固定し、染色するまで4℃でリン酸緩衝生理食塩水に保存した。
【0137】
13.免疫組織化学
マウスをアベルチンで麻酔し、PBSおよび4%パラホルムアルデヒド(PFA)で灌流した。脳を解剖し、4%PFAで4℃で一晩後固定し、20%スクロースと30%スクロースで平衡化した。厚さ25μmの切片を4%BSA/0.3%Triton-x100で1時間インキュベートした。ブロッキング後、切片を一次抗体と4℃で一晩インキュベートし、続いてAlexa蛍光488または594と結合した適切な二次抗体とインキュベートした。以下の一次抗体を使用した:5-HT(1:500、Immunostar、Hudson,WI)およびCS56(1:500、C8035、Sigma)。各染色について、少なくとも3匹の個々の動物/グループを検査し、画像を蛍光顕微鏡で撮影した。染色は、Image Jソフトウェア(US National Institutes of Health,USA)を使用して定量化された。
【0138】
14.免疫細胞化学
カバースリップ上で培養した細胞を4%PFAで15分間固定し、0.1%Triton-X100で10分間透過処理した後、10%正常ヤギ血清で1時間インキュベートした。その後、細胞を希釈した一次抗体中で4℃で一晩インキュベートし、続いてAlexa Fluor 488または594(1:1000、Invitrogen)と結合した適切な二次抗体ヤギ抗マウスまたは抗ウサギIgMもしくはIgGでインキュベートした。ガラスカバースリップは、DAPI(Sigma、St.Louis,USA)を含むMowiolの顕微鏡スライドにマウントされた。次の一次抗体を使用した:MAP2(1:500、AB5622、Millipore)、ネスチン(1:500、NB100-1604、Novus)、およびCS56(1:500、C8035、Sigma)。条件ごとに3つのカバースリップを分析した。各カバースリップのフィールドのランダムな選択は、Stereo Investigator Software(MBF Bioscience、Williston、VT,USA)によって選択および画像化され、定量的データはNIH ImageJソフトウェアを使用して取得された。
【0139】
15.統計分析
すべての研究は、GraphPad Prism 6.00ソフトウェアを盲検的様式で使用して分析された。データは、平均±平均の標準誤差として示されている。統計的有意性はp<0.05に設定された。統計分析は、両側不対スチューデントのt検定、一元配置またはテューキーの多重比較検定、ダネットの多重比較検定、またはシダックの多重比較検定による事後分析を伴う一元配置ANOVAによって実行された。サンプルサイズを事前に決定するために統計的検定は使用されなかったが、サンプルサイズは本分野で一般的に使用されているものと同様である。
【0140】
例示的な実施形態が例示および説明されてきたが、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、その中で様々な変更を行うことができることが理解されよう。
図1
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図3C
図4
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図7C
図7D
図7E
図7F
図8A
図8B
図8C
図8D
図8E
図8F
図9A
図9B
図9C
図9D
図9E
図9F
図9G
図9H
図10A
図10B
図10C
図10D
図10E
図11A
図11B
図11C
図11D
図11E
図12A
図12B
図13A
図13B
図13C
図14A
図14B
【配列表】
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