(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-15
(45)【発行日】2024-11-25
(54)【発明の名称】初代培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20241118BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20241118BHJP
【FI】
C12N5/07
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2023065826
(22)【出願日】2023-04-13
(62)【分割の表示】P 2019537631の分割
【原出願日】2018-08-21
【審査請求日】2023-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2017158901
(32)【優先日】2017-08-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 祐生
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
(72)【発明者】
【氏名】片山 量平
(72)【発明者】
【氏名】長山 聡
【審査官】三須 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-115254(JP,A)
【文献】特開2007-186492(JP,A)
【文献】特開2007-222155(JP,A)
【文献】国際公開第2016/031824(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12Q
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から採取した組織に含まれている細胞をインビトロで初代培養する初代培養方法であって、
カチオン性緩衝液中で、少なくとも間質を構成する細胞を含む細胞と強電解質高分子と細胞外マトリックス成分とを混合して混合物を得る工程(a)と、
前記工程(a)により得られた前記混合物を、細胞培養容器中に播種する工程(b)と、
前記工程(b)の後、前記細胞培養容器中に、少なくとも間質を構成する細胞を含む細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程(c)と、
により、単層の又は2以上の細胞層が厚み方向に積層されている細胞構造体を構築した後、前記細胞構造体の天面に、生体から採取した組織中の細胞を播種し培養
し、
前記細胞構造体の厚みが5μm以上である、初代培養方法。
【請求項2】
前記生体から採取した前記組織の細片化物、前記生体から採取した前記組織の酵素処理物、又は前記生体から採取した前記組織から回収された細胞を、前記細胞構造体の前記天面に播種し培養する、請求項1に記載の初代培養方法。
【請求項3】
前記細胞構造体が、前記間質を構成する細胞として、線維芽細胞、周皮細胞、内皮細胞、及び免疫細胞からなる群から選択される1種以上を含む、請求項1又は2に記載の初代培養方法。
【請求項4】
前記内皮細胞が、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞からなる群から選択される1種以上である、請求項3に記載の初代培養方法。
【請求項5】
前記細胞構造体が、脈管網構造を備える、請求項1~4のいずれか一項に記載の初代培養方法。
【請求項6】
前記細胞構造体の厚みが150μm以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の初代培養方法。
【請求項7】
前記生体から採取した前記組織が腫瘍組織を含む、請求項1~
6のいずれか一項に記載の初代培養方法。
【請求項8】
前記生体から採取した前記組織を細片化した後、得られた細片化物からがん細胞を選別し、
選別された前記がん細胞を、前記細胞構造体の前記天面に播種し培養する、
請求項
7に記載の初代培養方法。
【請求項9】
前記細片化物から前記がん細胞を選別する際に、フローサイトメトリー、磁気分離、誘電泳動、サイズ分画、及び密度勾配分画からなる群から選択される1種以上の手法によって前記がん細胞を選別する、請求項
8に記載の初代培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体から採取された組織中の細胞を初代培養する方法に関する。本発明は、特に、がん患者の腫瘍組織由来のがん細胞を初代培養する方法に関する。
本願は、2017年8月21日に日本に出願された特願2017-158901号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
従来、がん研究では、培養に最適化した条件で継代培養され確立された細胞株を用いた実験が主流であった。しかし、長年にわたり生体外で維持され培養され続けているがん細胞株は、もとの患者腫瘍組織と性質が変化しており、生体内での挙動を十分に反映できているとはいえない可能性がある。そこで、より精度の高い抗がん剤開発や、患者ごとに最適な治療の選択のために、がん細胞の初代培養が有望視されている。
【0003】
例えば、非特許文献1では、初代培養細胞を用いたCD-DST(Collagen gel droplet embedded drug sensitivity test)法が紹介されている。この試験法は、患者から単離された組織又は細胞を、コラーゲンゲル内にて包埋培養して検証する薬剤感受性試験である。しかしながら、初代培養細胞については、培養法が確立しているとは言い難く、培養成功率の低さが課題である。
【0004】
患者腫瘍組織からがん細胞を初代培養する方法として、細胞分散に伴う細胞死(アポトーシス)を阻害するために、ROCK阻害剤であるY-27632を培地に添加する方法(非特許文献2)や、細胞間接着を維持したままの一定のサイズの細胞塊を得て浮遊培養する方法(特許文献1)が提案されている。これらの培養法では、幹細胞用の無血清培地に血清代替物や各種増殖因子を添加した培地が用いられる。しかし、一般に、幹細胞用無血清培地は高額であることに加えて、人為的に増殖因子が大量に加えられた生育環境では、実際の生体内とは異なるシグナル経路が亢進又は抑制されている可能性がある。そのような環境下では、特に分子標的薬を用いた感受性試験などで、実際の生体内とは異なる結果が得られてしまう懸念がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Takamura et al.,International Journal of Cancer, 2002,Vol.98,p.450-455.
【文献】Zhang L et al.,PLOS ONE,2011,vol.6, p.18271.
【文献】Nishiguchi et al., Macromol Bioscience,2015,vol.15(3),p.312-317.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、特別に増殖因子や何らかの阻害剤を加えることなく、一般的な細胞培養に用いられる培養培地を用いて、生体から採取された組織(生体組織)中の細胞を初代培養する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決しようと鋭意検討を重ねたところ、生体から採取された組織中の細胞を細胞外で培養する場合、培養の初期において間質の存在が重要であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
[1] 本発明の第一態様に係る初代培養方法は、生体から採取した組織に含まれている細胞をインビトロで初代培養する初代培養方法であって、間質を構成する細胞を含み、単層の又は2以上の細胞層が厚み方向に積層されている細胞構造体の天面に、生体から採取した組織中の細胞を播種し培養する。
[2] 前記生体から採取した前記組織の細片化物、前記生体から採取した前記組織の酵素処理物、又は前記生体から採取した前記組織から回収された細胞を、前記細胞構造体の前記天面に播種し培養してもよい。
[3] 前記細胞構造体が、前記間質を構成する細胞として、線維芽細胞、周皮細胞、内皮細胞、及び免疫細胞からなる群から選択される1種以上を含んでいてもよい。
[4] 前記内皮細胞が、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞からなる群から選択される1種以上であってもよい。
[5] 前記細胞構造体が、脈管網構造を備えていてもよい。
[6] 前記細胞構造体の厚みが5μm以上であってもよい。
[7] 前記細胞構造体の厚みが150μm以上であってもよい。
[8] 前記生体から採取した前記組織が腫瘍組織を含んでいてもよい。
[9] 前記生体から採取した前記組織を細片化した後、得られた細片化物からがん細胞を選別し、選別された前記がん細胞を、前記細胞構造体の前記天面に播種し培養してもよい。
[10] 前記細片化物から前記がん細胞を選別する際に、フローサイトメトリー、磁気分離、誘電泳動、サイズ分画、及び密度勾配分画からなる群から選択される1種以上の手法によって前記がん細胞を選別してもよい。
[11] カチオン性緩衝液中で、少なくとも間質を構成する細胞を含む細胞と強電解質高分子と細胞外マトリックス成分とを混合して混合物を得る工程(a)と、前記工程(a)により得られた前記混合物を、細胞培養容器中に播種する工程(b)と、前記工程(b)の後、前記細胞培養容器中に、少なくとも間質を構成する細胞を含む細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程(c)と、により、前記細胞構造体を構築してもよい。
[12] 本発明の第二態様に係る初代培養細胞含有細胞構造体は、間質を構成する細胞を含み、単層の又は2以上の細胞層が厚み方向に積層されている間質細胞層の天面に生体から採取した組織に含まれている細胞から形成された細胞層を備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様に係る初代培養方法は、生体組織中の細胞を、間質を模した細胞構造体の天面で培養するため、従来の初代培養のような大量の増殖因子や特殊な阻害剤を使用せずとも、培養細胞株の培養に汎用されている一般的な培養培地を用いた場合でも、高い成功率で初代培養を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施例1において、2週間培養した後のPKH標識したがん細胞株JC004の蛍光画像である。
【
図2】
図2は、実施例2において、培養開始から5日目、7日目、10日目、及び13日目のPKH標識した患者腫瘍組織由来JC-115細胞の蛍光画像である。
【
図3】
図3は、実施例3において、D-MEM培地(10%FBS)で2.5週間培養した後の患者腫瘍組織由来JC-121細胞の蛍光画像である。
【
図4】
図4は、実施例3において、Y-27632含有StemPro培地で2.5週間培養した後の患者腫瘍組織由来JC-121細胞の蛍光画像である。
【
図5】
図5は、実施例4において、患者腫瘍組織由来JC-052-3-liv細胞を、細胞構造体を構築していない24穴Transwellセルカルチャーインサート内に播種して5日間培養したサンプルの5日後増殖率(播種数比)の測定結果を示した図である。
【
図6】
図6は、実施例4において、患者腫瘍組織由来JC-052-3-liv細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種して5日間培養したサンプルの5日後増殖率(播種数比)の測定結果を示した図である。
【
図7】
図7は、実施例4において、患者腫瘍組織由来JC-052-3-liv細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種して5日間培養したサンプルの総細胞数に対するEpCAM陽性細胞の比率(細胞数比、%)の測定結果を示した図である。
【
図8】
図8は、実施例4において、患者腫瘍組織由来JC-052-3-liv細胞を、細胞層数が10層又は20層の細胞構造体で培養したサンプルについて、選別回収前後の全細胞数に対するEpCAM陽性細胞数の比率(%)の測定結果を示した図である。
【
図9】
図9は、実施例4において、細胞培養容器に直接播種したJC-052-3-liv細胞を抗EpCAM抗体による蛍光免疫染色した蛍光画像である。
【
図10】
図10は、実施例4において、NHDFとHUVECとから形成された20層の細胞構造体を抗EpCAM抗体による蛍光免疫染色した蛍光画像である。
【
図11】
図11は、実施例5において、(1)患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、4種の培地をそれぞれ用いて14日間培養したサンプルと、(2)患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を、細胞構造体を構築していないコラーゲンコート6穴プレート内に播種し、4種の培地をそれぞれ用いて14日間培養したサンプルと、における14日後増殖率(播種数比)の測定結果の比較を示した図である。
【
図12】
図12は、実施例5において、(1)患者腫瘍組織由来JC047-2-Liv細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、4種の培地を用いてそれぞれ14日間培養したサンプルと、(2)患者腫瘍組織由来JC047-2-Liv細胞を、細胞構造体を構築していないコラーゲンコート6穴プレート内に播種し、4種の培地を用いてそれぞれ14日間培養したサンプルと、における14日後増殖率(播種数比)の測定結果の比較を示した図である。
【
図13】
図13は、実施例6において、構成する細胞構造体の3D組織の層数を変化させた場合に、患者腫瘍組織(大腸がん原発巣)由来JC406-1-TT細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、3種の培地をそれぞれ用いて14日間培養したサンプルにおける14日後増殖率(播種数比)の測定結果を示した図である。
【
図14】
図14は、実施例6において、2種の細胞構造体(NHDFから形成され血管網構造を備えていない細胞構造体、または、NHDFとHUVECから形成され血管網構造を備える細胞構造体)の3D組織の層数を変化させた場合に、患者腫瘍組織(大腸がん肺転移巣)由来JC247-2-PUL細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、14日間培養したサンプルにおける14日後増殖率(播種数比)の測定結果を示した図である。
【
図15】
図15は、実施例7において、構成する細胞構造体の血管内皮細胞の含有率を変化させた場合に、患者腫瘍組織(大腸がん原発巣)由来JC406-1-TT細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、14日間培養したサンプルにおける14日後増殖率(播種数比)の測定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る初代培養方法は、生体から採取した組織に含まれている細胞をインビトロで初代培養するための培養方法であって、間質を構成する細胞(間質細胞)を含み、単層の又は2以上の細胞層が厚み方向に積層されている細胞構造体の天面に、生体組織中の細胞を播種し培養する。本実施形態において用いられる細胞構造体は、間質細胞を含み、間質組織を模した構造体である。生体組織中の細胞を、通常の培養基材表面ではなく、間質を模した細胞構造体の天面で培養することにより、培養細胞株の培養に汎用されている一般的な培養培地を用いた場合でも、高い成功率で初代培養を行うことができる。
【0013】
本実施形態に係る初代培養方法では、間質組織を模した細胞構造体の天面で、培養培地として過剰な増殖因子や人工的な阻害剤を使用することなく初代培養できる。この結果、間質を構成する細胞を含み、単層の又は2以上の細胞層が厚み方向に積層されている間質細胞層の天面に生体から採取した組織に含まれている細胞から形成された細胞層を備える、初代培養細胞含有細胞構造体が得られる。つまり、本実施形態により得られる初代培養物(初代培養細胞含有細胞構造体)は、より生体内に近しい環境下で得られた培養物である。このため、本実施形態により得られた初代培養物は、より生体内に近いセルベースアッセイを行うための試料として非常に有用である。
【0014】
<細胞構造体>
本実施形態において使用される細胞構造体(以下、「本実施形態に係る細胞構造体」ということがある。)は、少なくとも間質細胞を含み、単層の又は2以上の細胞層が厚み方向に積層されている。間質細胞を立体的に構築することにより、間質組織を模した細胞構造体を構築できる。なお、本実施形態及び本明細書において、「細胞構造体」とは、少なくとも間質細胞を含む平面的又は立体的な細胞集合体を意味し、「細胞構造体の厚み」とは、当該構造体の自重方向の長さを意味する。自重方向とは、重力のかかる方向であり、厚み方向ともいう。「細胞層」とは、厚み方向と直交する方向に存在し、厚み方向に対して細胞核が重ならないで存在する一群の細胞および間質によって構成される層のことを意味する。
【0015】
本実施形態に係る細胞構造体を構成する間質細胞等の細胞は特に限定されなく、動物から採取された細胞であってもよく、動物から採取された細胞を培養した細胞であってもよく、動物から採取された細胞に各種処理を施した細胞であってもよく、培養細胞株であってもよい。また、市販の細胞を用いてもよく、患者由来の細胞を用いてもよい。動物から採取された細胞の場合、採取部位は特に限定されず、骨、筋肉、内臓、神経、脳、骨、皮膚、血液などに由来する体細胞であってもよく、生殖細胞であってもよく、胚性幹細胞(ES細胞)であってもよい。また、本実施形態に係る細胞構造体を構成する細胞が由来する生物種は特に限定されなく、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の動物に由来する細胞を用いることができる。動物から採取された細胞を培養した細胞としては、初代培養細胞であってもよく、継代培養細胞であってもよい。また、各種処理を施した細胞としては、誘導多能性幹細胞細胞(iPS細胞)や、分化誘導後の細胞が挙げられる。また、本実施形態に係る細胞構造体は、同種の生物種由来の細胞のみから構成されていてもよく、複数種類の生物種由来の細胞により構成されていてもよい。
【0016】
本実施形態に係る細胞構造体を構築する間質細胞としては、例えば、内皮細胞、線維芽細胞、周皮細胞、免疫細胞、神経細胞、肥満細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。免疫細胞とは、免疫に関与する細胞である。具体的には、リンパ球、マクロファージ、樹状細胞などが挙げられる。リンパ球には、T細胞、B細胞、NK細胞、形質細胞等がある。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる間質細胞は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる間質細胞としては、線維芽細胞、周皮細胞、内皮細胞、及び免疫細胞からなる群から選択される1種以上を含むことが好ましい。
【0017】
本実施形態に係る細胞構造体中の間質細胞の数は、特に限定されないが、より間質組織を模した細胞構造体が形成されることから、本実施形態に係る細胞構造体を構成する全細胞に対する間質細胞の存在比(細胞数比)が、30%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、70%以上であることがさらに好ましく、80%以上であることがよりさらに好ましい。
【0018】
血管網構造やリンパ管網構造は、本実施形態に係る細胞構造体が生体内の間質組織に類似した機能を発現するために重要であると考えられる。このため、本実施形態に係る細胞構造体は、脈管網構造を備える細胞構造体が好ましい。すなわち、本実施形態に係る細胞構造体としては、脈管を形成していない細胞の積層体の内部に、リンパ管及び/又は血管等の脈管網構造が三次元的に構築され、より生体内に近い組織を構築している細胞構造体が好ましい。脈管網構造は、細胞構造体の内部にのみ形成されていてもよく、少なくとも脈管網構造の一部が細胞構造体の表面又は底面に露出されるように形成されていてもよい。また、脈管網構造は、細胞構造体全体に構築されていてもよく、特定の細胞層にのみ形成されていてもよい。なお、本実施形態及び本願明細書において、「脈管網構造」とは、生体組織における血管網やリンパ管網のような、網状の構造を指す。
【0019】
脈管網構造は、間質細胞として脈管を構成する内皮細胞を含むことにより形成させることができる。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる内皮細胞としては、血管内皮細胞であってもよく、リンパ管内皮細胞であってもよい。また、本実施形態に係る細胞構造体に含まれる内皮細胞は、血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞との両方を含んでいてもよい。
【0020】
本実施形態に係る細胞構造体が脈管網構造を備える場合、当該細胞構造体中の内皮細胞以外の細胞としては、内皮細胞が本来の機能及び形状を保持する脈管網を形成しやすいことから、生体内において脈管の周辺組織を構成する細胞であることが好ましく、生体内の間質組織及び生体内の間質組織の近傍の環境とより近似させられることから、内皮細胞以外の細胞として少なくとも線維芽細胞を含む細胞がより好ましく、血管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞、リンパ管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞、又は血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞がさらに好ましい。なお、細胞構造体に含まれる内皮細胞以外の細胞としては、内皮細胞と同種の生物種由来の細胞であってもよく、異種の生物種由来の細胞であってもよい。
【0021】
本実施形態に係る細胞構造体中の内皮細胞の数は、脈管網構造が形成されるのに充分な数であれば特に限定されなく、細胞構造体の大きさ、内皮細胞や内皮細胞以外の細胞の細胞種等を考慮して適宜決定することができる。例えば、本実施形態に係る細胞構造体を構成する全細胞に対する内皮細胞の存在比(細胞数比)を0.1%以上にすることによって、脈管網構造が形成された細胞構造体を調製できる。内皮細胞以外の細胞として線維芽細胞を用いる場合、本実施形態に係る細胞構造体における内皮細胞数は、線維芽細胞数の0.1%以上であることが好ましく、0.1~5.0%であることがより好ましい。内皮細胞として血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞の両方を含む場合、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞の総細胞数が、線維芽細胞数の0.1%以上であることが好ましく、0.1~5.0%であることがより好ましい。
【0022】
特に、本実施形態に係る初代培養方法により得られた初代培養物を、薬剤感受性試験などのセルベースアッセイに用いる場合には、用いる細胞構造体は、より生体内の間質に近しい構造体であることが好ましい。このため、当該細胞構造体としては、脈管網構造が形成された細胞構造体が好ましく、脈管網構造が形成され、かつ線維芽細胞を含む細胞構造体がより好ましい。
また、がん細胞をより多く得たいという需要に応えるためには、脈管網構造を有するのが好ましい。
【0023】
本実施形態に係る細胞構造体の大きさや形状は、特に限定されない。より生体内の間質組織に近い状態の細胞構造体が形成可能であり、より生体内に近しい環境下での初代培養が期待できることから、当該細胞構造体の厚さは、5μm以上が好ましく、30μm以上がより好ましく、100μm以上がさらに好ましく、150μm以上がよりさらに好ましい。当該細胞構造体の厚さとしては、また、500μm以下が好ましく、400μm以下がより好ましく、200μm以下がさらに好ましい。本実施形態に係る細胞構造体の細胞層の数としては、1~60層程度が好ましく、2~60層程度がより好ましく、5~60層程度がさらに好ましく、5~20層程度がよりさらに好ましい。
【0024】
なお、細胞構造体が2層以上の細胞層が積層された立体構造である場合、細胞構造体を構成する細胞層数は、三次元構造を構成する細胞の総数を、1層当たりの細胞数(1層を構成するために必要な細胞数)で除することにより測定される。1層当たりの細胞数は、細胞構造体を構成させる際に使用する細胞培養容器に、予め細胞をコンフルエントになるように平面的に培養して調べることができる。具体的には、ある細胞培養容器に形成された細胞構造体の細胞層数は、当該細胞構造体を構成する全細胞数を計測し、当該細胞培養容器の1層当たりの細胞数で除することにより算出できる。
【0025】
一般的に、本実施形態に係る細胞構造体は、細胞培養容器中に構築される。当該細胞培養容器としては、細胞構造体の構築が可能であり、かつ構築された細胞構造体の培養が可能な容器であれば特に限定されない。当該細胞培養容器としては、具体的には、ディッシュ、セルカルチャーインサート(例えば、Transwell(登録商標)インサート、Netwell(登録商標)インサート、Falcon(登録商標)セルカルチャーインサート、Millicell(登録商標)セルカルチャーインサート等)、チューブ、フラスコ、ボトル、プレート等が挙げられる。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、構築された細胞構造体をそのまま初代培養に用いることができるため、ディッシュ又は各種セルカルチャーインサートが好ましい。
【0026】
本実施形態に係る細胞構造体は、間質細胞を含む単層又は多層の細胞層から形成された構造体であればよく、細胞構造体の構築方法は特に限定されない。例えば、一層ずつ構築して順次積層させて構築する方法であってもよく、2層以上の細胞層を一度に構築する方法であってもよく、両構築方法を適宜組み合わせて多層の細胞層を構築する方法であってもよい。
また、本実施形態に係る細胞構造体は、各細胞層を構成する細胞種が層ごとに異なる多層構造体であってもよく、各細胞層を構成する細胞種が、構造体の全層で共通する細胞種であってもよい。例えば、細胞種毎に層を形成し、この細胞層を順次積層させることによって構築する方法であってもよく、複数種類の細胞を混合した細胞混合液を予め調製し、この細胞混合液から多層構造の細胞構造体を一度に構築する方法であってもよい。
【0027】
一層ずつ構築して順次積層させて構築する方法としては、例えば、日本国特許第4919464号公報に記載されている方法、すなわち、細胞層を形成する工程と、形成された細胞層をECM(細胞外マトリックス)の成分を含有する溶液に接触させる工程と、を交互に繰り返すことにより、連続的に細胞層を積層する方法が挙げられる。例えば、当該方法を行うに際し、予め、細胞構造体を構成する全ての細胞を混合した細胞混合物を調製しておき、この細胞混合物によって各細胞層を形成することによって、構造体全体に脈管網構造が形成されている細胞構造体が構築できる。また、各細胞層を、細胞種ごとに形成することによって、内皮細胞から形成された層にのみ脈管網構造が形成されている細胞構造体が構築できる。
【0028】
2層以上の細胞層を一度に構築する方法としては、例えば、日本国特許第5850419号公報に記載されている方法が挙げられる。当該方法は、予め細胞の表面全体をインテグリンが結合するアルギニン-グリシン-アスパラギン酸(RGD)配列を含む高分子と前記RGD配列を含む高分子と相互作用をする高分子によって被覆しておき、この接着膜で被覆された被覆細胞を細胞培養容器に収容した後、遠心処理等によって被覆細胞同士を集積させることにより、多層の細胞層から形成された細胞構造体を構築する方法である。例えば、当該方法を行うに際し、予め、細胞構造体を構成する全ての細胞を混合した細胞混合物を調製しておき、この細胞混合物に接着性成分を添加することによって調製された被覆細胞を用いる。これにより、1度の遠心処理によって、細胞組成が構造体全体で均質な細胞構造体が構築できる。
【0029】
本実施形態に係る細胞構造体は、下記工程(a)~工程(c)の工程を有する方法により構築することもできる。
工程(a):カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分とを混合して混合物を得る工程(a)と、
工程(b):前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程(b)と、
工程(c):前記工程(b)の後、前記細胞培養容器中に細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程(c)。
【0030】
工程(a)においては、細胞を、カチオン性物質を含む緩衝液(カチオン性緩衝液)及び細胞外マトリックス成分と混合し、この細胞混合物から細胞集合体を形成することにより、内部に大きな空隙が少ない立体的細胞組織を得ることができる。また、得られた立体的細胞組織は、比較的安定であるため、少なくとも数日間の培養が可能であり、かつ培地交換時にも組織が崩壊し難い。また、本実施形態においては、工程(b)において、細胞培養容器内に播種した細胞混合物を当該細胞培養容器内に沈降させることを含み得る。細胞混合物の沈降は、遠心分離等によって積極的に細胞を沈降させてもよく、自然沈降させてもよい。
【0031】
工程(a)において、細胞をさらに強電解質高分子と混合することが好ましい。細胞をカチオン性物質、強電解質高分子及び細胞外マトリックス成分と混合することにより、工程(b)において遠心分離等の細胞を積極的に集合させる処理を要することなく、自然沈降させた場合であっても、空隙が少なく厚みのある立体的細胞組織が得られる。
【0032】
前記カチオン性緩衝液としては、例えば、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス-緩衝液、又はHEPES等が挙げられる。当該カチオン性緩衝液中のカチオン性物質(例えば、トリス-塩酸緩衝液におけるトリス)の濃度及びpHは、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中のカチオン性物質の濃度は、10~100mMとすることができ、40~70mMであることが好ましく、50mMであることがより好ましい。また、当該カチオン性緩衝液のpHは、6.0~8.0とすることができ、6.8~7.8であることが好ましく、7.2~7.6であることがより好ましい。
【0033】
前記強電解質高分子としては、例えば、ヘパリンや、コンドロイチン硫酸(例えば、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸)、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸等のグリコサミノグリカン;デキストラン硫酸や、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、及びポリアクリル酸、又はこれらの誘導体等が挙げられるが、これらに限定されない。工程(a)において調製される混合物には、強電解質高分子を1種類のみ混合させてもよく、2種類以上を組み合わせて混合させてもよい。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、強電解質高分子はグリコサミノグリカンであることが好ましい。また、ヘパリン、デキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸、及びデルマタン硫酸のうち少なくとも1つを用いることがより好ましい。本実施形態で用いられる強電解質高分子はヘパリンであることがさらに好ましい。前記カチオン性緩衝液に混合する強電解質高分子の量は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。
例えば、カチオン性緩衝液中の強電解質高分子の濃度は、0mg/mL超(0mg/mLより高く)1.0mg/mL未満とすることができ、0.025~0.1mg/mLであることが好ましく、0.05~0.1mg/mLであることがより好ましい。また、本実施形態においては、前記強電解質高分子を混合せずに前記混合物を調整し、細胞構造体の構築を行うこともできる。
【0034】
前記細胞外マトリックス成分としては、例えば、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、プロテオグリカン、又はこれらの改変体若しくはバリアント等が挙げられる。プロテオグリカンには、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカン等が挙げられる。工程(a)において調製される混合物には、細胞外マトリックス成分を1種類のみ混合させてもよく、2種類以上を組み合わせて混合させてもよい。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンを用いることが好ましく、コラーゲンを用いることがより好ましい。細胞の生育及び細胞構造体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の細胞外マトリックス成分の改変体及びバリアントを用いてもよい。前記カチオン性緩衝液に混合する細胞外マトリックス成分の量は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中の細胞外マトリックス成分の濃度は、0mg/mL超(0mg/mLより高く)1.0mg/mL未満とすることができ、0.025~0.1mg/mLであることが好ましく、0.05~0.1mg/mLであることがより好ましい。
【0035】
前記カチオン性緩衝液に混合する強電解質高分子と細胞外マトリックス成分の配合比は、1:2~2:1である。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、強電解質高分子と細胞外マトリックス成分の配合比が、1:1.5~1.5:1であることが好ましく、1:1であることがより好ましい。
【0036】
工程(a)~工程(c)を繰り返す、具体的には、工程(c)で得られた細胞構造体の上に、工程(b)として、工程(a)で調製した混合物を播種した後、工程(c)を行うことを繰り返すことにより、充分な厚みの細胞構造体を構築することができる。工程(c)で得られた細胞構造体の上に新たに播種する混合物の細胞組成は、既に構築されている細胞構造体を構成する細胞組成と同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0037】
工程(a)~工程(c)を繰り返す場合に、工程(c)の後、工程(b)を行う前に、得られた細胞構造体を培養してもよい。培養に用いる培養培地の組成、培養温度、培養時間、培養時の大気組成等の培養条件は、当該細胞構造体を構成する細胞の培養に適した条件で行う。培養培地としては、例えば、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等が挙げられる。
【0038】
工程(a)の後に、(a’-1)得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る工程、及び(a’-2)細胞集合体を溶液に懸濁する工程を行い、工程(b)へ進んでもよい。上述の工程(a)~工程(c)を実施することで所望の組織体を得ることができるが、工程(a)の後に工程(a’-1)及び工程(a’-2)を実施し、工程(b)を実施することで、より均質な組織体を得ることができる。
【0039】
また、工程(a)の後に、前記工程(b)に代えて、下記工程(b’-1)及び工程(b’-2)を行ってもよい。工程(b’-1)及び工程(b’-2)を行うことによっても、より均質な組織体を得ることができる。工程(b’-2)においても、工程(b)と同様に、細胞培養容器内に播種した細胞混合物を当該細胞培養容器内に沈降させることを含み得る。細胞混合物の沈降は、遠心分離等によって積極的に細胞を沈降させてもよく、自然沈降させてもよい。本実施形態及び本願明細書において、「細胞粘稠体」とは、非特許文献3に記載されるようなゲル様の細胞集合体を指す。
工程(b’-1):工程(a)で得られた混合物を細胞培養容器内に播種した後、混合物から液体成分を除去し、細胞粘稠体を得る工程と、
工程(b’-2):細胞培養容器内に細胞粘稠体を溶媒に懸濁する工程。
【0040】
細胞懸濁液を調製するための溶媒としては、細胞に対する毒性がなく、増殖性や機能を損なわない溶媒であれば特に限定されず、水、緩衝液、細胞の培養培地等を用いることができる。当該緩衝液としては、例えば、リン酸生理食塩水(PBS)、HEPES、Hanks緩衝液等が挙げられる。培養培地としては、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等が挙げられる。細胞懸濁液を調製するための溶媒として、細胞の培養培地を用いる場合には、後述する工程(c)において液体成分を除去することなく細胞を培養することができる。
【0041】
前記工程(c)に代えて、下記工程(c’)を行ってもよい。
工程(c’):基材上に細胞の層を形成する工程。
【0042】
工程(c)及び工程(c’)において、播種した混合物から液体成分を除去してもよい。工程(c)及び工程(c’)における液体成分の除去処理の方法は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されず、液体成分と固体成分の懸濁物から液体成分を除去する方法として当業者に公知の手法により適宜行うことができる。当該手法としては、例えば、吸引、遠心分離処理、磁性分離処理、又はろ過処理等が挙げられる。例えば、細胞培養容器としてセルカルチャーインサートを用いた場合には、混合物を播種したセルカルチャーインサートを、10℃、400×gで1分間の遠心分離処理に供することによって、細胞混合物が沈降するので、吸引によって液体成分を除去することができる。
【0043】
<生体組織に含まれる細胞>
本実施形態において培養される細胞は、生体組織に含まれる細胞である。本実施形態に係る初代培養方法においては、生体組織に含まれている複数種類の細胞を同時に初代培養してもよく、生体組織に含まれている細胞のうち特定の種類の細胞のみを単離して初代培養してもよい。
【0044】
本実施形態において培養される細胞が由来する生体組織は、いずれの生物種の動物から採取された組織であってもよい。例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の動物から採取された生体組織を用いることができる。
【0045】
本実施形態において培養される細胞が由来する生体組織は、固形の組織であってもよく、液体の組織であってもよい。固形組織としては、例えば、上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織、間質組織、粘膜組織を外科的に切除採取したものが挙げられる。液体組織としては、例えば、血液、リンパ液、胸水、腹水、髄液、涙、唾液、尿等の体液が挙げられる。
これらの組織は、例えば、手術や内視鏡検査等において、メスやレーザー等で摘出したり、注射器、スワブ等で採取することができる。ヒトの生体組織としては、例えば、臨床検査のために採取された組織を用いることができる。
【0046】
本実施形態において培養される細胞は、正常組織に由来する生体組織であってもよく、病変組織のように何等かの機能不全が生じているであってもよい。例えば、本実施形態に係る初代培養方法により、がん患者から採取された腫瘍組織に含まれているがん細胞を効率よく初代培養することができる。なお、がん細胞とは、体細胞から派生して無限の増殖能を獲得した細胞である。本実施形態に係る初代培養方法においては、がん患者から採取された腫瘍組織に含まれているがん細胞以外の細胞と共にがん細胞を初代培養してもよく、がん細胞のみを単離して初代培養してもよい。
【0047】
本実施形態に係る初代培養方法によって、がん患者から採取されたがん細胞のような、各種疾患の罹患者から採取された疾患関連細胞を、高い成功率で初代培養でき、得られた疾患関連細胞の初代培養物は、特に、セルベースアッセイに好適である。また、本実施形態に係る初代培養方法は、患者から採取された疾患関連細胞の培養株の構築にも有用である。例えば、本実施形態に係る初代培養方法によって患者腫瘍組織に含まれている細胞を初代培養することにより、通常の細胞株よりも元の患者腫瘍の特性、例えば増殖能等を反映した、患者由来がん細胞株を効率的に樹立することができる。
【0048】
本実施形態において初代培養するがん細胞の由来となるがんとしては、例えば、乳がん(例えば、浸潤性乳管がん、非浸潤性乳管がん、炎症性乳がん等)、前立腺がん(例えば、ホルモン依存性前立腺がん、ホルモン非依存性前立腺がん等)、膵がん(例えば、膵管がん等)、胃がん(例えば、乳頭腺がん、粘液性腺がん、腺扁平上皮がん等)、肺がん(例えば、非小細胞肺がん、小細胞肺がん、悪性中皮腫等)、結腸がん(例えば、消化管間質腫瘍等)、直腸がん(例えば、消化管間質腫瘍等)、大腸がん(例えば、家族性大腸がん、遺伝性非ポリポーシス大腸がん、消化管間質腫瘍等)、小腸がん(例えば、非ホジキンリンパ腫、消化管間質腫瘍等)、食道がん、十二指腸がん、舌がん、咽頭がん(例えば、上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん等)、頭頚部がん、唾液腺がん、脳腫瘍(例えば、松果体星細胞腫瘍、毛様細胞性星細胞腫、びまん性星細胞腫、退形成性星細胞腫等)、神経鞘腫、肝臓がん(例えば、原発性肝がん、肝外胆管がん等)、腎臓がん(例えば、腎細胞がん、腎盂と尿管の移行上皮がん等)、胆嚢がん、胆管がん、膵臓がん、肝がん、子宮内膜がん、子宮頸がん、卵巣がん(例、上皮性卵巣がん、性腺外胚細胞腫瘍、卵巣性胚細胞腫瘍、卵巣低悪性度腫瘍等)、膀胱がん、尿道がん、皮膚がん(例えば、眼内(眼)黒色腫、メルケル細胞がん等)、血管腫、悪性リンパ腫(例えば、細網肉腫、リンパ肉腫、ホジキン病等)、メラノーマ(悪性黒色腫)、甲状腺がん(例えば、甲状腺髄様がん等)、副甲状腺がん、鼻腔がん、副鼻腔がん、骨腫瘍(例えば、骨肉腫、ユーイング腫瘍、子宮肉腫、軟部組織肉腫等)、転移性髄芽腫、血管線維腫、隆起性皮膚線維肉腫、網膜肉腫、陰茎癌、精巣腫瘍、小児固形がん(例えば、ウィルムス腫瘍、小児腎腫瘍等)、カポジ肉腫、AIDSに起因するカポジ肉腫、上顎洞腫瘍、線維性組織球腫、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、慢性骨髄増殖性疾患、白血病(例えば、急性骨髄性白血病、急性リンパ芽球性白血病等)等が挙げられ、これらに限定されない。
【0049】
<初代培養>
本実施形態に係る初代培養方法では、本実施形態に係る細胞構造体の天面に、生体組織中の細胞を播種し培養する。具体的には、本実施形態に係る細胞構造体の培養溶液中に、生体組織中の細胞を添加する。これにより、生体組織中の細胞が細胞構造体の天面に接着し、生体組織中の細胞が細胞構造体の天面に接着された状態で培養される。
【0050】
培養に使用される培養培地としては、StemPro培地のような初代培養において一般的に使用される培養培地のように増殖因子やROCK阻害剤等を含有する培地であってもよいが、培養細胞株の培養に汎用されている一般的な培養培地であることが好ましい。
培養細胞株の培養に汎用されている一般的な培養培地としては、例えば、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等や、これらにCS(ウシ血清)、FBS(ウシ胎児血清)、HBS(ウマ胎児血清)等の血清を1~10容量%程度になるように添加した培地が挙げられる。
【0051】
また、その他の培養条件は、一般的な動物細胞の培養条件と同様に適宜設定できる。例えば、培養温度は、好ましくは約30~40℃であり、最も好ましくは37℃である。また、CO2濃度は、好ましくは約1~10容量%、最も好ましくは約5容量%である。その他、O2濃度を大気よりも低い濃度となるように制御した環境下で培養することもできる。
【0052】
生体組織が固形組織の場合、内部の細胞が細胞構造体の天面に効率よく接着して培養が開始できるように、予め細片化しておくことが好ましい。生体組織の細片化には、ハサミ、ナイフ、メス、ピンセットなどを用いた機械的な手法が好適に用いられるが、特にこれに限定されない。生体組織は、より効率よく内部の細胞を取り出すことができるため、例えば、約5mm以下に細片化することが好ましい。
【0053】
細片化された生体組織は、そのまま初代培養に用いることもできるが、酵素処理を行うことも好ましい。酵素処理により、細片化物の内部に存在している細胞が表面により露出しやすくなるため、この酵素処理物を細胞構造体の培養培地に添加した場合に天面に接着しやすくなる。酵素処理は、生体組織が液体組織の場合に行ってもよい。例えば粘性が高い場合のように、単に生体組織を細胞構造体の培養培地に添加しただけでは、当該生体組織に含まれている細胞が、細胞構造体の天面に接着し難い場合もある。このような生体組織には、予め酵素処理を行うことが好ましい。
【0054】
生体組織又はその細片化物に対する酵素処理に用いる酵素は、特に限定されないが、タンパク質、糖、脂質、核酸等を分解する酵素が好適に用いられる。生体組織の細片化物の酵素処理に用いる酵素は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。本実施形態においては、トリプシン、コラゲナーゼ、ディスパーゼ、エラスターゼ、パパイン、及びヒアルロニダーゼからなる群から選択される1種以上の酵素を用いることが好まく、コラゲナーゼ又はコラゲナーゼを含む2種類以上の酵素を用いることがより好ましく、コラゲナーゼ及びディスパーゼを、必要に応じてその他の酵素と共に用いることがさらに好ましい。なお、使用する酵素は目的の酵素活性を有する酵素であれば特に限定されなく、いずれの生物種由来の酵素であってもよく、天然に存在する酵素を改変した人工酵素であってもよい。また、各種細胞から抽出・精製した酵素であってもよく、化学的に合成された酵素であってもよい。
【0055】
生体組織の細片化処理又は酵素処理においては、細片化処理中又は酵素処理中に溶解された細胞から放出されるDNAの影響によって細胞が塊状に凝集するのを防ぐために、DNaseIを併用してもよい。使用するDNaseIとしては、DNaseI活性を持つ酵素であれば特に限定されない。タンパク質等の生体成分の分解酵素とDNaseIとを含む市販の酵素ミックスとしては、リベラーゼブレンザイム1(登録商標)(ロシュダイアグノスティックス社製)やTumor Dissociation Kit(ミルテニーバイオテク社製)が挙げられる。
【0056】
酵素処理の処理温度は、使用する酵素が酵素活性を発揮し得る条件であればよいが、生体組織の細片物中の細胞に対する影響が抑えられることから、30~40℃であることが好ましく、37℃であることがより好ましい。また、酵素処理の処理時間は、特に限定されなく、例えば、10~90分間とすることができ、30~60分間が好ましい。
【0057】
生体組織の酵素処理物は、本実施形態に係る細胞構造体の天面へ播種する前に、細胞数を計測しておくことが好ましく、特に、生細胞の細胞数を計測しておくことが好ましい。細胞数の計測、生細胞数の計測は、常法により行うことができる。例えば、生細胞数の計測は、トリパンブルーを用いた染色法等が挙げられる。
【0058】
生体組織の細片化物は、酵素処理に先立って、緩衝液又は培養培地を用いて洗浄してもよい。洗浄に用いる緩衝液としては、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液、PBSなどを用いることができる。また、洗浄に用いる緩衝液又は培養培地中に抗生物質を添加することもできる。特に好ましくは、ペニシリンG(200U/mL)、ストレプトマイシン硫酸(200μg/mL)、及びアムホテリシンB(0.5μg/mL)を含有するPBSで組織の洗浄を行うことができる。洗浄の回数は、採取した生体組織の由来によって適宜決定できるが、3~8回が好適である。また、緩衝液又は培養培地を用いた洗浄は、酵素処理の後にのみ、又は酵素処理の前後に行ってもよい。
【0059】
生体組織中の特定の細胞のみを細胞構造体の天面で培養する場合、生体組織又は生体組織の酵素処理物から、目的の細胞種の細胞のみを選別した後、この選別された細胞を細胞構造体の培養培地に添加する。例えば、腫瘍組織の酵素処理物からがん細胞を選別した後、がん細胞のみを細胞構造体の培養培地に添加する。生体組織又は生体組織の酵素処理物からの特定の細胞の選別方法は、特に限定されなく、一般的に細胞の選別に使用される各種の方法の中から適宜選択して用いることができる。例えば、フローサイトメトリー、磁気分離、誘電泳動、サイズ分画、及び密度勾配分画からなる群から選択される1種以上の手法によって特定の細胞を選別することができる。
【0060】
がん患者由来の生体組織又は生体組織の酵素処理物からがん細胞のみを選別して、選別されたがん細胞を細胞構造体の天面で培養する場合、がん細胞の選別に先立ち、生体組織又は生体組織の酵素処理物中に含まれているがん細胞量を確認してもよい。がん細胞特異的なタンパク質の発現や酵素活性の上昇をがんマーカーとして、がん細胞を選別することができる。がんマーカーとしては、特に限定されなく、例えば、EpCAMやCEA、Cytokeratin、HER2などのがん細胞において特異的に発現しているタンパク質をがんマーカーとした場合、これらに対する抗体を利用した免疫組織化学(IHC)染色や免疫蛍光(IF)染色によって、がん細胞を可視化することができる。また、がん細胞で上昇しているγ-グルタミルトランスペプチダーゼやβ-ガラクトシターゼの酵素活性をがんマーカーとした場合、これらの酵素活性を、ProteoGREEN(登録商標、五稜化薬)やGlycoGREEN(登録商標、五稜化薬)などの蛍光プローブを利用して測定することができる。
【0061】
がん細胞の選別は、フローサイトメトリー、磁気分離、誘電泳動、サイズ分画、密度勾配分画などの手法によって行うことができ、当該選別手法は、元の患者腫瘍の由来臓器や臨床的背景、先行する各種検査結果などから適宜決定できる。フローサイトメトリーを用いる場合、IFや蛍光プローブを用いて染色した後に、染色処理陽性の細胞を分取することで、がん細胞の選別が可能である。また、フローサイトメトリーでは、前方散乱光及び側方散乱光の値から生細胞と死細胞を判定することもできるため、より効率的に生きたがん細胞を選別して回収可能である。また、磁気分離を用いる場合、抗体を用いて細胞を磁気標識するが、標識したがん細胞を磁気によって回収するポジティブセレクション方式と、標識した間質細胞を磁気によって除去するネガティブセレクション方式と、任意の方式を選択することができる。また、誘電泳動及び/又は密度勾配分画を用いる場合は、予め間質細胞の構築に用いた細胞種の誘電特性及び/又は密度勾配特性を把握しておくことが好ましい。
【0062】
また、細胞構造体の天面で培養する前に、生体組織中の細胞は、予め蛍光物質等により標識しておいてもよい。生体組織中の細胞全てを標識してもよく、初代培養を行う目的の特定の細胞のみを標識してもよい。細胞の標識方法は特に限定されなく、当該分野で公知の様々な標識方法の中から適宜選択して用いることができる。例えば、生体組織中のがん細胞を初代培養する場合、生体組織中のがん細胞の標識には、セルトラッカー(登録商標、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)やPKHセルリンカーキット(シグマ-アルドリッチ社)による蛍光標識などが好適に利用できる。がん細胞の標識は、生体組織自体に対して行ってもよく、生体組織の細断物や生体組織の細断物の酵素処理物に対して行ってもよい。また、生体組織又はその酵素処理物からがん細胞を選別する場合、選抜処理後のがん細胞を標識してもよい。
【実施例】
【0063】
以下、実施例を用いて本発明の上記実施形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で多くの変形が当該分野において通常の知識を有する者により可能である。
【0064】
以下の実施例において、特に説明がない限り、コラーゲンとしてコラーゲンIを用いた。
【0065】
[実施例1]
間質細胞を含む細胞構造体の天面でがん患者から採取された腫瘍細胞から樹立された細胞株を培養し、通常培養培地と初代培養用培地で培養した場合とを比較した。
【0066】
<がん細胞株>
がん細胞株は、大腸がん患者由来細胞株(公益財団法人がん研究会にて手術検体より樹立)JC-004を用いた。当該患者由来がん細胞株は、以下の通りにして構築された。
まず、がん患者から採取された腫瘍組織を機械的に細片化した後、細片化物をコラゲナーゼ/ディスパーゼ(ロシュダイアグノスティックス社製)及びDnase I(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて処理した。次いで、得られた酵素処理物を、ROCK阻害剤であるY-27632を添加した幹細胞用の無血清培地であるStemPro培地(登録商標、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)で培養することで樹立した。樹立後のがん細胞株は、本実験に用いるまで、当該培地を用いて培養した。
【0067】
<細胞構造体の構築>
血管網構造を含む細胞構造体を、ヒト新生児由来皮膚線維芽細胞(Normal Human Dermal Fibroblasts:NHDF)(Lonza社製、製品番号:CC-2509)、ヒト臍帯静脈内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cell:HUVEC)(Lonza社製、製品番号:CC-2517A)の2種類の細胞を用いて構築した。細胞培養容器としては、トランズウェルセルカルチャーインサート(Corning社製、製品番号:#3470)を用い、培養培地としては、10容量%FBS(Corning社製、製品番号:#35-010-CV)及び1容量%ペニシリン/ストレプトマイシン(和光純薬社製、製品番号:168-23191)含有D-MEM(和光純薬社製、製品番号:043-30085)を用いた。
【0068】
まず、NHDFとHUVECを、ヘパリンとコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.05mg/mL ヘパリン、0.05mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁し、細胞懸濁液を調製した(工程(a))。この細胞懸濁液を、室温、1200rpmで3分間、遠心処理し、上清を取り除いた後、適量の培養培地で再懸濁した(工程(a’-1)、工程(a’-2))。次いで、この細胞懸濁液を、細胞層数が20層となるように、トランズウェルセルカルチャーインサート内に播種した後(工程(b))、当該トランズウェルセルカルチャーインサートを室温、400×gで1分間、遠心処理した。その後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに、適量の培養培地を追加した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて24時間培養した(工程(c))。これにより、20層の細胞層から形成され、脈管網構造が形成された細胞構造体が構築された。
なお、本実施例においては、NHDFが2×106個/wellとなり、HUVECがNHDF総数に対して1.5%となるように細胞構造体を作成した。
【0069】
<がん細胞の播種>
まず、患者由来細胞株JC-004を、PKH67セルリンカーキットを用いて蛍光標識した。その後、PKH26標識JC-004を適量のD-MEM培地(10%FBS)又はY-27632含有StemPro培地で懸濁し、24穴Transwellセルカルチャーインサート内に構築した細胞構造体の天面に播種した。その後、適宜培地交換を行いながら2週間培養した。対照として、細胞構造体を構築していない24穴Transwellセルカルチャーインサート内に、適量のD-MEM培地(10%FBS)又はY-27632含有StemPro培地で懸濁したPKH26標識JC-004を播種し、培養した。
【0070】
<形態評価>
培養後のがん細胞を蛍光顕微鏡にて観察し、生育を確認した。各がん細胞の蛍光画像を
図1に示す。
図1において、「間質なし」がカルチャーインサート上に直接播種して培養したサンプルである。
また、
図1において、「3D組織上」が細胞構造体の天面に播種して培養したサンプルである。
また、「DMEM」はD-MEM培地(10%FBS)で培養したサンプルであり、「ES培地」はY-27632含有StemPro培地で培養したサンプルである。
その結果、カルチャーインサート上に直接播種して培養したサンプルでは、Y-27632含有StemPro培地では問題なく生育していたものの、D-MEM培地(10%FBS)ではカルチャーインサート上に細胞がほとんど残っていなかった。一方で、間質細胞を含む細胞構造体の天面へ播種して培養したサンプルでは、培地によって形態的な差異はみられたものの、どちらの培地でもがん細胞が生育していることが確認できた。
【0071】
[実施例2]
手術にて摘出された患者腫瘍組織中のがん細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面で、通常培養培地で培養した。培養培地は、10%FBS含有D-MEM培地を用いた。
【0072】
<患者腫瘍組織中のがん細胞>
患者腫瘍組織中のがん細胞は次の通りにして調製した。まず、公益財団法人がん研究会にて大腸がん患者から摘出された腫瘍組織(JC-115)を、機械的に細片化した後、実施例1と同様にしてコラゲナーゼ/ディスパーゼ及びDnase Iにて酵素処理した後、コンタミネーション防止のために十分に洗浄した。次いで、得られた酵素処理物中のがん細胞(患者腫瘍組織由来JC-115細胞)を、PKH67セルリンカーキットを用いて蛍光標識した。
【0073】
<細胞構造体の構築>
NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える細胞構造体と、NHDFのみから形成され、血管網構造を備えていない細胞構造体と、1層のHUVECのみから形成された細胞構造体(二次元培養物)とを、それぞれ、培養基材上(細胞培養容器内)に構築した。細胞培養容器、NHDF、HUVEC、及びこれらの培養培地は、実施例1と同種のものを用いた。
【0074】
NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える20層の細胞構造体は、実施例1で構築した細胞構造体と同様にして構築した。
NHDFのみから形成された20層の細胞構造体は、細胞懸濁液の調製を、NHDFをヘパリンとコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.05mg/mL ヘパリン、0.05mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁して行った以外は、実施例1で構築した細胞構造体と同様にして構築した。
【0075】
1層のHUVECのみから形成された細胞構造体は、ヘパリンとコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.05mg/mL ヘパリン、0.05mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁したHUVECを、細胞層数が1層となるように、直接24穴Transwellセルカルチャーインサート内に播種して培養することにより構築した。
【0076】
<がん細胞の播種>
蛍光標識した患者腫瘍組織由来JC-115細胞を、適量のD-MEM培地(10%FBS)にて懸濁し、24穴Transwellセルカルチャーインサート内に構築した細胞構造体の天面に播種した。その後、適宜培地交換を行いながら2週間培養した。対照として、細胞構造体を構築していない24穴Transwellセルカルチャーインサート内に、適量のD-MEM培地(10%FBS)で懸濁した蛍光標識JC-115細胞を播種し、培養した。
【0077】
<形態評価>
培養後のがん細胞を、培養開始から5、7、10、及び13日目に、蛍光顕微鏡にて観察し、生育を確認した。同一サンプル中のがん細胞を経時的に観察した蛍光画像を
図2に示す。
図2において、「間質なし」がカルチャーインサート上に直接播種して培養したサンプルである。
図2において、「Hのみ1層」が1層のHUVECのみから形成された細胞構造体の天面で培養したサンプルである。
図2において、「Nのみ 20層(血管なし)」はNHDFのみから形成された20層の細胞構造体の天面で培養したサンプルである。
図2において、「N+H20層(血管あり)」はNHDFとHUVECから形成された20層の細胞構造体の天面で培養したサンプルである。
【0078】
同一サンプルを経時的に観察した結果、間質なしのサンプルでは、播種した後の一定期間は蛍光標識細胞が確認できるものの、徐々に減少していることが判った。
また、二次元培養HUVEC上に播種したサンプル(
図2における「Hのみ1層」のサンプル)では、培養期間が長くなるにつれ、間質なしと同程度にまで蛍光標識細胞が減少していたが、培養5日の時点では間質なしよりも多くの蛍光標識細胞が確認できた。即ち、二次元培養HUVECは、初代培養がん細胞の増殖を亢進する効果には乏しいものの、培養初期の細胞接着を助ける効果はあると言える。
NHDFを含む20層の細胞構造体の天面に播種したサンプルでは、血管網構造が構築されている細胞構造体(
図2における「N+H20層(血管あり)」のサンプル)と、血管網構造が構築されていない細胞構造体(
図2における「Nのみ20層(血管なし)」のサンプル)と、の両方とも、培養5日の時点で間質なしよりも多くの蛍光標識細胞が確認できた。
さらに、血管網構造が構築されている細胞構造体と、血管網構造が構築されていない細胞構造体と、の間で、培養5日から2週間の間で蛍光標識細胞の顕著な増減は認められなかった。
即ち、間質細胞を含む立体的な細胞構造体の天面で培養することにより、初代培養がん細胞の生育に正の影響が及ぼされたこと、培養初期の細胞接着を助ける効果と初代培養がん細胞の増殖を亢進する効果の両方が得られることが示唆された。
【0079】
[実施例3]
手術にて摘出された患者腫瘍組織中のがん細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面において培養した。培養培地は、10%FBS含有D-MEM培地又はY-27632含有StemPro培地を用いた。
【0080】
<患者腫瘍組織中のがん細胞>
患者腫瘍組織中のがん細胞は次の通りにして調製した。まず、公益財団法人がん研究会にて大腸がん患者から摘出された腫瘍組織(JC-121)を、機械的に細片化した後、実施例1と同様にしてコラゲナーゼ/ディスパーゼ及びDnase Iにて酵素処理した後、コンタミネーション防止のために十分に洗浄した。
【0081】
<細胞構造体の構築>
NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える20層の細胞構造体を、実施例1で構築した細胞構造体と同様にして構築した。
【0082】
<がん細胞の播種>
患者腫瘍組織由来JC-121細胞を、適量のD-MEM培地(10%FBS)又はY-27632含有StemPro培地にて懸濁し、24穴Transwellセルカルチャーインサート内に構築した細胞構造体の天面に播種した。その後、D-MEM培地(10%FBS)又はY-27632含有StemPro培地にて適宜培地交換を行いながら2.5週間培養した。
【0083】
<形態評価>
培養後の細胞構造体から培地を除去した後、PBSにて洗浄し、10%中性緩衝ホルマリンを用いて固定した。その後、サンプル中のがん細胞を、大腸がんのマーカーによって可視化し、評価した。具体的には、抗非リン酸化(活性化)β-カテニン抗体、抗CD31抗体を用いて免疫蛍光染色を行い、さらにDAPIによる核染色を行った。非リン酸化β-カテニンは、がん細胞に特異的に蓄積するタンパク質であり、CD31は、血管内皮細胞の特異的に発現しているタンパク質である。染色後の細胞構造体を蛍光顕微鏡にて観察した。
図3にD-MEM培地(10%FBS)で培養した細胞構造体の染色像を示す。
また、
図4にY-27632含有StemPro培地で培養した細胞構造体の染色像を示す。
【0084】
図3及び
図4に示すように、どちらの培養培地で培養した細胞構造体でも、正常細胞では見られない非リン酸化β-カテニンの蓄積が認められたことから、がん細胞が確かに存在していることが確認できた。即ち、患者腫瘍組織由来の細胞のうち、線維芽細胞だけではなく、がん細胞も増殖していることが確認された。
【0085】
[実施例4]
手術にて摘出された患者腫瘍組織中のがん細胞を、他の細胞と共に又はがん細胞のみ選別回収した後、細胞層数の異なる複数の細胞構造体の天面でそれぞれ培養した。培養培地は、10%FBS含有D-MEM培地を用いた。
【0086】
<患者腫瘍組織中のがん細胞>
患者腫瘍組織中のがん細胞は次の通りにして調製した。まず、公益財団法人がん研究会にて肝臓がん(大腸がんからの転移巣)患者から摘出された腫瘍組織(JC-052-3-liv)を、機械的に細片化した後、実施例1と同様にしてコラゲナーゼ/ディスパーゼ及びDnase Iにて酵素処理した後、コンタミネーション防止のために十分に洗浄した。
【0087】
<細胞構造体の構築>
NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える20層の細胞構造体を、実施例1で構築した細胞構造体と同様にして構築した。また、細胞層数が1、5、又は10層となるようにした以外は同様にして、NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える細胞構造体を構築した。
【0088】
また、NHDFから形成され、血管網構造を備えていない20層の細胞構造体を、実施例2で構築した細胞構造体と同様にして構築した。また、細胞層数が1、5、又は10層となるようにした以外は同様にして、NHDFから形成され、血管網構造を備えていない細胞構造体を構築した。
【0089】
<がん細胞の播種>
患者腫瘍組織由来JC-052-3-liv細胞を、適量のD-MEM培地(10%FBS)にて懸濁し、24穴Transwellセルカルチャーインサート内に構築した細胞構造体の天面に播種した。その後、D-MEM培地(10%FBS)にて適宜培地交換を行いながら5日間培養した。
対照として、細胞構造体を構築していない24穴Transwellセルカルチャーインサート内に、適量のD-MEM培地(10%FBS)又はY-27632含有StemPro培地で懸濁したJC-052-3-liv細胞を播種し、培養した。
【0090】
<酵素処理及びEpCAM陽性細胞の計測>
培養後の細胞構造体から培地を除去した後、PBSにて洗浄し、Tumor Dissociation Kit(ミルテニーバイオテク社製)に付属の酵素を用いて処理し、当該細胞構造体を構成する細胞を分散させた。その後、酵素処理物を抗EpCAM抗体によって免疫蛍光染色に供し、蛍光フィルタ付の自動セルカウンターを用いて、EpCAM陽性細胞の割合を計測した。
【0091】
各細胞構造体について、培養開始前の(細胞構造体の天面に播種した)JC-052-3-liv細胞数を1とした場合の培養後の相対細胞数を、JC-052-3-liv細胞の増殖率として算出した。
図5に細胞構造体を構築していない24穴Transwellセルカルチャーインサート内に播種したサンプルの算出結果を示す。
図6に、細胞構造体の天面に播種したサンプルの算出結果を示す。
図5において、「DMEM」はD-MEM培地(10%FBS)で培養したサンプルである。
図5において、「ES」はY-27632含有StemPro培地で培養したサンプルである。
また、
図6において、「血管あり」は、血管網構造を備える細胞構造体の結果を示す。
図6において、「血管なし」は、血管網構造を備えていない細胞構造体の結果を示す。
さらに、細胞構造体の天面に播種したサンプルについて、総細胞数に対するEpCAM陽性細胞(抗EpCAM抗体で染色された細胞)の割合(%)を
図7に示す。
【0092】
図5に示すように、細胞培養容器内に直接播種した場合には、JC-052-3-liv細胞は、Y-27632含有StemPro培地では増殖できたものの、D-MEM培地(10%FBS)では増殖できなかった。これに対して、
図6に示すように、D-MEM培地(10%FBS)中で細胞構造体の天面で培養した場合、血管網構造を備える細胞構造体では、5層以上の細胞構造体で培養した場合に、5日後の増殖率が1以上であり、播種した細胞の増殖が認められた。血管網構造を備えていない細胞構造体では、20層の細胞構造体で培養した場合に、5日後の増殖率が1以上であり、播種した細胞の増殖が認められた。
【0093】
図7に示すように、細胞構造体の天面で培養したサンプルでは、細胞層数にかかわらず、EpCAM陽性細胞が認められた。この結果から、間質細胞を含む細胞構造体の天面で培養することにより、D-MEM培地(10%FBS)中で初代培養がん細胞が生育していることが確認された。
【0094】
<磁気分離処理後のEpCAM陽性細胞の計測>
更に、Tumor Cell Isolation Kit(ミルテニーバイオテク社製)を用いて、当該酵素処理物中のNHDF及びHUVECを磁気標識した後、磁気標識された細胞をネガティブセレクションによって除去し、NHDFとHUVEC以外の細胞を選別回収した。その後、前記自動セルカウンターを用いて、選別回収された細胞中のEpCAM陽性細胞の割合を計測した。細胞層数が10層及び20層の細胞構造体で培養したサンプルについて、選別回収後の全細胞数に対するEpCAM陽性細胞数の比率(%)の計測結果を
図8に示す。
比較のため、選別回収前の結果も同時に示す。この結果、選別回収の前後でEpCAM陽性細胞の割合が上昇した。この結果から、初代培養がん細胞を濃縮して回収することが可能であることが示された。
【0095】
<患者腫瘍組織由来JC-052-3-liv細胞の抗EpCAM抗体による染色>
細胞構造体を構築していない24穴Transwellセルカルチャーインサート内に播種し、D-MEM培地(10%FBS)で5日間培養したJC-052-3-liv細胞について、前記と同様にして抗EpCAM抗体による蛍光免疫染色を行った。染色結果を
図9に示す。この結果、EpCAM陽性細胞が確認されたことから、患者腫瘍組織由来のがん細胞であるJC-052-3-liv細胞がEpCAM陽性細胞であることが明らかである。
【0096】
<NHDF及びHUVECの抗EpCAM抗体による染色>
NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える20層の細胞構造体について、前記と同様にして抗EpCAM抗体による蛍光免疫染色を行った。染色結果を
図10に示す。この結果、NHDFとHUVECは、抗EpCAM抗体で染色されないことが確認された。
【0097】
[実施例5]
大腸がんからの転移巣(肝臓がん)由来の患者腫瘍組織由来細胞(PDC)を用いて、DMEM以外の種々の「一般的な培地」を用いた場合においても、初代培養がん細胞の生育が可能か検討を行った。
大腸がんからの転移巣(肝臓がん)由来の患者腫瘍組織由来細胞を、他の細胞と共に又はがん細胞のみ選別回収した後、細胞層数が20層の細胞構造体の天面で培養した。
【0098】
<患者腫瘍組織中のがん細胞>
患者腫瘍組織由来細胞(PDC)は次の通りにして調製した。
まず、公益財団法人がん研究会にて肝臓がん(大腸がんからの転移巣)患者から摘出された腫瘍組織(JC039-2-Liv)を、機械的に細片化した後、実施例1と同様にしてコラゲナーゼ/ディスパーゼ及びDnase Iにて酵素処理した後、コンタミネーション防止のために十分に洗浄した。
同様に、公益財団法人がん研究会にて肝臓がん(大腸がんからの転移巣)患者から摘出された腫瘍組織(JC047-2-Liv)を、機械的に細片化した後、実施例1と同様にしてコラゲナーゼ/ディスパーゼ及びDnase Iにて酵素処理した後、コンタミネーション防止のために十分に洗浄した。
【0099】
<細胞構造体の構築>
実施例1で構築した細胞構造体と同様にして、NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える20層の細胞構造体(NHDF:2×106個/well、HUVEC:NHDF総数に対して1.5%)を構築した。
【0100】
<がん細胞の播種>
患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を、適量のD-MEM培地(10%FBS)にて懸濁し、24穴Transwellセルカルチャーインサート内に構築した細胞構造体の天面に播種した。その後、D-MEM培地(10%FBS)にて適宜培地交換を行いながら14日間培養した。
D-MEM培地に代えて、以下の3つの培地をそれぞれ用いて、患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を14日間培養した。
なお、D-MEM培地に代えて、以下の3つの培地のいずれか一つの培地を用いた他は、上記D-MEM培地を用いた場合と同様に、患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を培養した。
・RPMI-1640培地(哺乳類細胞に広く使用できる高栄養培地として使用される培地である。)
・McCoy’s5A培地(リンパ球の培養用に開発され、がん細胞株でも良く用いられる培地である。)
・ES培地(本実施例では、Y-27632含有StemPro培地を用いた。がん臨床検体の初代培養によく用いられ、患者由来細胞株の樹立・維持に使用される培地である。)
なお、細胞構造体に播種した患者腫瘍組織由来の細胞数は1×104個/wellとした。
【0101】
上記患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞の場合と同様に、患者腫瘍組織由来JC047-2-Liv細胞を細胞構造体の天面に播種し、D-MEM培地(10%FBS)、RPMI-1640培地、McCoy’s5A培地、ES培地の4種類の培地を用いて、それぞれ14日間培養した。
なお、細胞構造体に播種した患者腫瘍組織由来の細胞数は1×104個/wellとした。
【0102】
対照として、細胞構造体を構築していない、コラーゲンコート6穴プレートに、適量の上記4つの培地(D-MEM培地、RPMI-1640培地、McCoy’s5A培地、またはES培地)を用いて、それぞれ患者腫瘍組織由来細胞(JC039-2-Liv細胞、または、JC047-2-Liv細胞)を播種し、培養した。
なお、コラーゲンコート6穴プレートに播種した患者腫瘍組織由来細胞の細胞数は1×105個/wellとした。
【0103】
<酵素処理及びEpCAM陽性細胞の計測>
実施例4と同様の手法により、培養後の細胞構造体、または、細胞構造体を構築していないコラーゲンコート6穴プレートから培地を除去した後、PBSにて洗浄し、Tumor Dissociation Kit(ミルテニーバイオテク社製)に付属の酵素を用いて処理し、当該細胞構造体を構成する細胞を分散させた。その後、酵素処理物を抗EpCAM抗体によって免疫蛍光染色に供し、蛍光フィルタ付の自動セルカウンターを用いて、EpCAM陽性細胞の割合を計測した。
【0104】
各細胞構造体について、培養開始前の(細胞構造体の天面に播種した)細胞数(JC039-2-Livの細胞数、または、JC047-2-Livの細胞数)を1とした場合の培養後の相対細胞数を、細胞(JC039-2-Liv細胞、または、JC047-2-Liv細胞)の増殖率として算出した。
図11には、間質細胞を含む細胞構造体の天面に患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を播種し、上記4種の培地を用いて、それぞれ14日間培養したサンプル(
図11中3Dと示し、三次元構造を有する細胞構造体を用いた例である)の増殖率の算出結果を示す。
また、対照として、
図11には、細胞構造体を構築していないコラーゲンコート6穴プレート内に患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を播種し、上記4種の培地を用いて、それぞれ14日間培養したサンプル(
図11において2Dと示し、間質なしに対応する)の増殖率の算出結果を示す。
換言すれば、
図11は、実施例5において、(1)患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、4種の培地をそれぞれ用いて14日間培養したサンプルと、(2)患者腫瘍組織由来JC039-2-Liv細胞を、細胞構造体を構築していないコラーゲンコート6穴プレート内に播種し、4種の培地をそれぞれ用いて14日間培養したサンプルと、における14日後増殖率(播種数比)の測定結果の比較を示した図である。
【0105】
図12には、間質細胞を含む細胞構造体の天面に患者腫瘍組織由来JC047-2-Liv細胞を播種し、上記4種の培地を用いて、それぞれ14日間培養したサンプル(
図12中3Dと示し、三次元構造を有する細胞構造体を用いた例である)の増殖率の算出結果を示す。
また、対照として、
図12には、細胞構造体を構築していないコラーゲンコート6穴プレート内に患者腫瘍組織由来JC047-2-Liv細胞を播種し、上記4種の培地を用いて、それぞれ14日間培養したサンプル(
図12において2Dと示し、間質なしに対応する)の増殖率の算出結果を示す。
すなわち、
図12は、実施例5において、(1)患者腫瘍組織由来JC047-2-Liv細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、4種の培地をそれぞれ用いて14日間培養したサンプルと、(2)患者腫瘍組織由来JC047-2-Liv細胞を、細胞構造体を構築していないコラーゲンコート6穴プレート内に播種し、4種の培地を用いてそれぞれ14日間培養したサンプルと、における14日後増殖率(播種数比)の測定結果の比較を示した図である。
【0106】
図11、および、
図12に示したように、2種類の患者腫瘍組織由来細胞(JC039-2-Liv細胞、JC047-2-Liv細胞)のいずれを用いた場合にも、三次元構造を有する細胞構造体を用いた際(
図11、
図12における3D)では、4種のいずれの培地でも増殖率が1.0を超えた。
すなわち、三次元構造を有する細胞構造体を用いてがん細胞を培養した際には、D-MEM培地以外の一般的な培地を用いた場合にも、がん細胞の増殖が確認された。
一方、細胞構造体を構築していない2D(「間質なし」の場合)には、ES培地以外の培地を用いた場合には、播種した細胞数よりも回収細胞数が少なくなり、患者腫瘍組織由来のがん細胞が一般的な培地では増殖しない傾向にあることを確認した。
本実施例により、上記実施形態に係る細胞構造体を用いた場合には、患者腫瘍組織由来のがん細胞が、D―MEM培地以外の「一般的な培地」を用いた場合にも生育されることを確認できた。
換言すれば、本実施例により、上記実施形態に係る細胞構造体を用いた場合には、培地によらず、初代培養がん細胞を培養できる可能性が示された。
【0107】
[実施例6]
次に、初代培養の腫瘍細胞を用いて、細胞構造体における3D組織の厚さや血管網の有無と増殖率の関係、がん種による影響を検討した。
【0108】
<患者腫瘍組織中のがん細胞>
患者腫瘍組織中のがん細胞は次の通りにして調製した。
【0109】
・大腸がん原発巣由来がん細胞の試料調製
まず、公益財団法人がん研究会にて大腸がん患者から摘出された腫瘍組織(大腸がん原発巣、JC406-1-TT)を、機械的に細片化した後、実施例1と同様にしてコラゲナーゼ/ディスパーゼ及びDnase Iにて酵素処理した後、ポアサイズ100μmのフィルタで分画した後に得られた通過画分を得て、コンタミネーション防止のために十分に洗浄した。
【0110】
・肺がん由来がん細胞の試料調製
また、公益財団法人がん研究会にて肺がん(大腸がんからの転移巣)患者から摘出された腫瘍組織(大腸がん肺転移巣、JC247-2-PUL)を、機械的に細片化した後、実施例1と同様にしてコラゲナーゼ/ディスパーゼ及びDnase Iにて酵素処理した後、ポアサイズ100μmのフィルタで分画した後に得られた通過画分を得て、コンタミネーション防止のために十分に洗浄した。
【0111】
<細胞構造体の構築>
・血管網構造を備える細胞構造体
NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える20層の細胞構造体を、実施例1で構築した細胞構造体と同様にして構築した。また、細胞層数が1、5、又は10層となるようにした以外は同様にして、NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える細胞構造体を構築した。
【0112】
・血管網構造を備えていない細胞構造体
また、NHDFから形成され、血管網構造を備えていない20層の細胞構造体を、実施例2で構築した細胞構造体と同様にして構築した。また、細胞層数が1、5、又は10層となるようにした以外は同様にして、NHDFから形成され、血管網構造を備えていない細胞構造体を構築した。
【0113】
<がん細胞の播種>
・大腸がん患者腫瘍組織由来JC406-1-TT細胞の播種
上記分画により得られた大腸がん患者腫瘍組織由来JC406-1-TT細胞を、適量のD-MEM培地(10%FBS)にて懸濁し、24穴Transwellセルカルチャーインサート内に構築した20層の細胞構造体(NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える細胞構造体)の天面に播種した。その後、D-MEM培地(10%FBS)にて適宜培地交換を行いながら14日間培養した。
また、同様の方法により、大腸がん患者腫瘍組織由来JC406-1-TT細胞を、D-MEM培地に代えて、RPMI-1640培地を用いて、それぞれ14日間培養した。
さらに、同様の方法により、大腸がん患者腫瘍組織由来JC406-1-TT細胞を、D-MEM培地に代えて、McCoy’s5A培地を用いて、それぞれ14日間培養した。
同様に、層数が、1層、5層、10層の細胞構造体のいずれにおいても、3種の培地をそれぞれ用いて、JC406-1-TT細胞の培養を行った。
【0114】
・肺がん患者腫瘍組織由来JC247-2-PUL細胞の播種
また、上記分画により得られた肺がん患者腫瘍組織由来JC247-2-PUL細胞を、適量のD-MEM培地(10%FBS)にて懸濁し、24穴Transwellセルカルチャーインサート内に構築した20層の細胞構造体(NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える細胞構造体)の天面に播種した。その後、D-MEM培地(10%FBS)にて適宜培地交換を行いながら14日間培養した。
同様に、層数が、1層、5層、10層の細胞構造体(NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える細胞構造体)のいずれにおいても、D-MEM培地(10%FBS)にて適宜培地交換を行いながら14日間、肺がん患者腫瘍組織由来JC247-2-PUL細胞を培養した。
また、NHDFから形成され、血管網構造を備えていない細胞構造体(1層、5層、10層、20層)についても同様に、D-MEM培地(10%FBS)にて適宜培地交換を行いながら14日間、肺がん患者腫瘍組織由来JC247-2-PUL細胞を培養した。
【0115】
<酵素処理及びEpCAM陽性細胞の計測>
実施例4、実施例5と同様の手法により、培養後の細胞構造体から培地を除去した後、PBSにて洗浄し、Tumor Dissociation Kit(ミルテニーバイオテク社製)に付属の酵素を用いて処理し、当該細胞構造体を構成する細胞を分散させた。その後、酵素処理物を抗EpCAM抗体によって免疫蛍光染色に供し、蛍光フィルタ付の自動セルカウンターを用いて、EpCAM陽性細胞の割合を計測した。
【0116】
各細胞構造体について、培養開始前の(細胞構造体の天面に播種した)細胞数(JC406-1-TTの細胞数、または、JC247-2-PULの細胞数)を1とした場合の培養後の相対細胞数を、細胞(JC406-1-TTの細胞数、または、JC247-2-PULの細胞数)の増殖率として算出した。
図13は、3種の培地(D-MEM培地、RPMI-1640培地、McCoy’s5A培地)をそれぞれ用いた場合において、NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える細胞構造体の層数(3D組織の層数)の変化に対する、JC406-1-TT細胞の2週間後増殖率(%)の変化を示す。
換言すれば、
図13は、実施例6において、構成する細胞構造体の3D組織の層数を変化させた場合に、患者腫瘍組織(大腸がん原発巣)由来JC406-1-TT細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、3種の培地をそれぞれ用いて14日間培養したサンプルにおける14日後増殖率(播種数比)の測定結果を示した図である。
【0117】
また、
図14は、実施例6において、2種の細胞構造体(NHDFから形成され血管網構造を備えていない細胞構造体、または、NHDFとHUVECから形成され血管網構造を備える細胞構造体)の3D組織の層数を変化させた場合に、患者腫瘍組織(大腸がん肺転移巣)由来JC247-2-PUL細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、14日間培養したサンプルにおける14日後増殖率(播種数比)の測定結果を示した図である。
【0118】
このように、初代培養の腫瘍細胞を用いて、細胞構造体における3D組織の厚さや血管網の有無と増殖率の関係を確認したところ、
図13に示すように、いずれの培地でも、3D組織の層数の増加に従い、がん細胞の増殖率が向上する傾向にあった。
また、
図14に示すように、本実施例により、上記実施形態に係る細胞構造体を用いた場合には、実施例1~5に示したような大腸がん(大腸がん原発巣)、肝臓がん(大腸がんからの転移巣、肝臓転移症例)に加えて、肺がん(大腸からの転移巣、肺転移症例)でも同様にがん細胞を培養可能であることが確認された。また、肺がん細胞においても、大腸がん細胞と同様に、細胞構造体における3D組織の層数の増加に従い、がん細胞の増殖率が向上する傾向にあった。
さらに、
図14に示したように、NHDFから形成され血管網構造を備えていない細胞構造体と、NHDFとHUVECから形成され血管網構造を備える細胞構造体と、の比較により、線維芽細胞のみで構成された細胞構造体よりも血管内皮細胞を含む組織上のほうが、細胞の増殖率が高い傾向を示すことが明らかになった。
なお、
図14に示すように、NHDFから形成され血管網構造を備えていない細胞構造体と、NHDFとHUVECから形成され血管網構造を備える細胞構造体と、の両者ともに、細胞構造体における3D組織の層数の増加に従い、細胞の増殖率が向上する傾向は同様であった。すなわち、細胞構造体における3D組織の層数の増加に従って細胞の増殖率が向上する傾向は、血管網の有無にかかわらず、同様であった。
【0119】
[実施例7]
本実施例では、初代培養の腫瘍細胞を用いて、3D組織中の血管内皮細胞の割合と、がん細胞の増殖率と、の関係を確認した。
【0120】
<患者腫瘍組織中のがん細胞>
患者腫瘍組織中のがん細胞は次の通りにして調製した。
まず、公益財団法人がん研究会にて大腸がん(大腸がん原発巣)患者から摘出された腫瘍組織(JC406-1-TT)を、機械的に細片化した後、実施例1と同様にしてコラゲナーゼ/ディスパーゼ及びDnase Iにて酵素処理した後、コンタミネーション防止のために十分に洗浄した。
【0121】
<細胞構造体の構築>
NHDFとHUVECから形成され、血管網構造を備える20層の細胞構造体(NHDF:2×106個/well、HUVEC:NHDF総数に対して1.5%)を、実施例1で構築した細胞構造体と同様にして構築した。
また、3D組織中の血管内皮細胞の割合を変化させるように、細胞構造体におけるHUVECのNHDF総数に対する含有率(以下、HUVEC含有率ということがある)を変化させて、HUVEC含有率が0%、0.5%、5.0%、15%とした細胞構造体(20層)を構築した。
換言すれば、本実施例では、HUVEC含有率が0%、0.5%、1.5%、5.0%、15%とした5種類の細胞構造体(20層)を構築した。
【0122】
<がん細胞の播種>
患者腫瘍組織由来JC406-1-TT細胞を、適量のD-MEM培地(10%FBS)にて懸濁し、24穴Transwellセルカルチャーインサート内に構築した細胞構造体(HUVEC含有率1.5%)の天面に播種した。その後、D-MEM培地(10%FBS)にて適宜培地交換を行いながら14日間培養した。
また、同様に、患者腫瘍組織由来JC406-1-TT細胞を、HUVEC含有率を0%、0.5%、5.0%、15%とした細胞構造体の天面に播種し、D-MEM培地(10%FBS)にて適宜培地交換を行いながら14日間培養した。
なお、細胞構造体に播種した患者腫瘍組織由来の細胞数は1×104個/wellとした。
【0123】
<酵素処理及びEpCAM陽性細胞の計測>
実施例4~6と同様の手法により、培養後の細胞構造体から培地を除去した後、PBSにて洗浄し、Tumor Dissociation Kit(ミルテニーバイオテク社製)に付属の酵素を用いて処理し、当該細胞構造体を構成する細胞を分散させた。その後、酵素処理物を抗EpCAM抗体によって免疫蛍光染色に供し、蛍光フィルタ付の自動セルカウンターを用いて、EpCAM陽性細胞の割合を計測した。
【0124】
各細胞構造体について、培養開始前の(細胞構造体の天面に播種した)細胞数(JC406-1-TT細胞数)を1とした場合の培養後の相対細胞数を、細胞(JC406-1-TT細胞)の増殖率として算出した。
図15には、HUVEC含有率を0~15%の間で変化させた間質細胞を含む細胞構造体の天面に患者腫瘍組織由来JC406-1-TT細胞を播種し、D-MEM培地を用いて14日間培養したサンプルの増殖率の算出結果を示す。
換言すれば、
図15は、実施例7において、構成する細胞構造体の血管内皮細胞の含有率を変化させた場合に、患者腫瘍組織(大腸がん原発巣)由来JC406-1-TT細胞を、間質細胞を含む細胞構造体の天面に播種し、14日間培養したサンプルにおける14日後増殖率(播種数比)の測定結果を示した図である。
【0125】
図15に示すように、本実施例によれば、NHDFのような線維芽細胞のみから形成された細胞構造体(3D組織)よりも、HUVECのような血管内皮細胞を含む組織のほうが、がん細胞が高い増殖率を示すことが明らかになった。
すなわち、本実施例によれば、細胞構造体が血管内皮細胞を含む場合には、細胞構造体における血管内皮細胞(HUVEC)の割合にかかわらず、がん細胞の増殖の観点から好ましい結果が得られた。
また、本実施例によれば、線維芽細胞に対する血管内皮細胞の割合が0.5%~5.0%の範囲内にある際に、特にがん細胞の増殖率が高くなる傾向にあった。
本実施例によれば、がん細胞をより多く得たいという観点においては、血管内皮細胞を細胞構造体に含めて、脈管網構造を形成させるのが好ましい可能性が示された。
【0126】
以上に、本発明の実施形態を説明したが、実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、及びその他の変更が可能である。また、本発明は実施形態によって限定されない。