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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-18
(45)【発行日】2024-11-26
(54)【発明の名称】エンジンの燃焼室構造
(51)【国際特許分類】
   F02B 23/10 20060101AFI20241119BHJP
   F02F 3/26 20060101ALI20241119BHJP
【FI】
F02B23/10 V
F02B23/10 P
F02B23/10 M
F02B23/10 310B
F02F3/26 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021035985
(22)【出願日】2021-03-08
(65)【公開番号】P2022136397
(43)【公開日】2022-09-21
【審査請求日】2023-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100127797
【弁理士】
【氏名又は名称】平田 晴洋
(72)【発明者】
【氏名】今村 悟志
(72)【発明者】
【氏名】福馬 真生
(72)【発明者】
【氏名】山口 直宏
(72)【発明者】
【氏名】和田 好隆
(72)【発明者】
【氏名】上村 匠
(72)【発明者】
【氏名】山本 啓介
【審査官】稲本 遥
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-079038(JP,A)
【文献】特開2003-027978(JP,A)
【文献】特開2005-256675(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02B 1/00-23/10
F02F 3/00- 3/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンの冠面と、前記ピストンが摺動可能に収容されるシリンダの内壁面と、シリンダヘッドに形成されたペントルーフ型の天井面とによって区画される燃焼室と、
前記天井面に配置され、前記燃焼室内において火炎伝搬燃焼を実現させる点火部と、を備え、
前記冠面の中央領域には、球冠状に凹設されたキャビティが形成され、
前記天井面には、前記燃焼室に吸気を供給する吸気ポートの開口と、前記燃焼室から排気を排出する排気ポートの開口とが形成されているエンジンの燃焼室構造であって、
前記吸気ポートが配設される側を吸気側、前記排気ポートが配設される側を排気側とするとき、
前記点火部は、シリンダ軸に沿った断面視において、前記キャビティの形成領域の上方であって、前記シリンダの中心線よりも前記排気側にオフセットした位置に配置され、
シリンダ軸に沿った断面視における前記キャビティの中心点は、前記シリンダの中心線よりも前記吸気側にオフセットした位置に配置されており、
前記点火部の前記排気側へのオフセット量は、前記キャビティの中心点の前記吸気側へのオフセット量よりも大きい、エンジンの燃焼室構造。
【請求項2】
請求項1に記載のエンジンの燃焼室構造において、
前記吸気ポートから前記燃焼室に供給される吸気を過給する過給機をさらに備える、エンジンの燃焼室構造。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のエンジンの燃焼室構造において、
前記燃焼室に燃料を噴射する燃料噴射部が、前記燃焼室の前記吸気側に配設されている、エンジンの燃焼室構造。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のエンジンの燃焼室構造において、
前記エンジンは、直列に配置された6つのシリンダを備え、当該6つのシリンダの配列方向が前記エンジンの搭載される車両の前後方向に沿うよう配置される縦置きエンジンである、エンジンの燃焼室構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペントルーフ型の天井面及びキャビティ付きのピストン冠面にて区画される燃焼室を備えたエンジンの燃焼室構造に関する。
【背景技術】
【0002】
熱効率の改善、燃費性能の向上等の目的で、エンジンの燃焼室の構造、とりわけピストンの構造について日々研究がなされている。例えば特許文献1には、ペントルーフ型の天井面を備えた燃焼室において、ピストン中心線に対してペントルーフ頂点及び点火プラグを排気側にオフセットさせた燃焼室が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-241922号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ペントルーフ型の天井面を有する燃焼室では、一般に吸気ポートはタンブルポートとなる。当該燃焼室において熱効率の改善並びに燃費性能の向上を図るには、タンブル流を圧縮行程後半まで維持させ、混合気の燃焼速度を速くすることが肝要となる。しかしながら、この要請をより高いレベルで達成する燃焼室構造は、未だ提案されていないのが実情である。
【0005】
本発明の目的は、ペントルーフ型の天井面を備えた燃焼室において、タンブル流を活用して燃焼速度を速くすることが可能なエンジンの燃焼室構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一局面に係るエンジンの燃焼室構造は、ピストンの冠面と、前記ピストンが摺動可能に収容されるシリンダの内壁面と、シリンダヘッドに形成されたペントルーフ型の天井面とによって区画される燃焼室と、前記天井面に配置され、前記燃焼室内において火炎伝搬燃焼を実現させる点火部と、を備え、前記冠面の中央領域には、球冠状に凹設されたキャビティが形成され、前記天井面には、前記燃焼室に吸気を供給する吸気ポートの開口と、前記燃焼室から排気を排出する排気ポートの開口とが形成されているエンジンの燃焼室構造であって、前記吸気ポートが配設される側を吸気側、前記排気ポートが配設される側を排気側とするとき、前記点火部は、シリンダ軸に沿った断面視において、前記キャビティの形成領域の上方であって、前記シリンダの中心線よりも前記排気側にオフセットした位置に配置され、シリンダ軸に沿った断面視における前記キャビティの中心点は、前記シリンダの中心線よりも前記吸気側にオフセットした位置に配置されており、前記点火部の前記排気側へのオフセット量は、前記キャビティの中心点の前記吸気側へのオフセット量よりも大きいことを特徴とする。
【0007】
この燃焼室構造によれば、ペントルーフ型の天井面に吸気ポートが形成されるので、タンブル流が形成される燃焼室となる。ピストンの冠面にはキャビティが凹設されているので、タンブル流は、キャビティ部分においては排気側から吸気側へ向かう流動となる。このような燃焼室において、点火部はシリンダの中心線よりも排気側にオフセットした位置に配置されている。この構成により、キャビティ部分を流動するタンブル流の上流側で混合気に点火し、当該タンブル流に火炎を乗せることができる。また、キャビティの中心点は、シリンダの中心線よりも吸気側にオフセットしている。これにより、排気側で発生した火炎は、タンブル流によって吸気側へより向かい易くなる。従って、燃焼速度を速くすることができ、熱効率を改善すると共に燃費性能の向上を図ることができる。
【0008】
上記の燃焼室構造において、前記点火部の前記排気側へのオフセット量は、前記キャビティの中心点の前記吸気側へのオフセット量よりも大きいことが望ましい。
【0009】
この燃焼室構造によれば、キャビティ部分を流動するタンブル流の、より上流側で火炎を発生させ、吸気側へ火炎を伝搬させることができる。従って、より燃焼速度を速くすることができる。
【0010】
上記の燃焼室構造において、前記吸気ポートから前記燃焼室に供給される吸気を過給する過給機をさらに備えることが望ましい。
【0011】
この燃焼室構造によれば、過給機の動作により吸気量を増大させてトルクを向上させつつ、燃焼速度を速くすることによる燃費性能の向上の効果も得ることができる。
【0012】
上記の燃焼室構造において、前記燃焼室に燃料を噴射する燃料噴射部が、前記燃焼室の前記吸気側に配設されていることが望ましい。
【0013】
この燃焼室構造によれば、燃料噴射部から噴霧された燃料を、燃焼室内で循環するタンブル流に乗せ易くなり、均質な混合気を燃焼室内に形成させることができる。
【0014】
上記の燃焼室構造において、前記エンジンは、直列に配置された6つのシリンダを備え、当該6つのシリンダの配列方向が前記エンジンの搭載される車両の前後方向に沿うよう配置される縦置きエンジンであることが望ましい。
【0015】
この燃焼室構造によれば、直列6気筒の縦置きエンジンについて、燃焼速度を速くし、燃費性能を向上させることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ペントルーフ型の天井面を備えた燃焼室において、タンブル流を活用して燃焼速度を速くし、燃費性能を向上させることが可能なエンジンの燃焼室構造を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明に係るエンジンの燃焼室構造が適用される直列6気筒の縦置きエンジンの本体の概略斜視図である。
図2図2は、図1のエンジン本体を備えるエンジンシステムの概略構成図である。
図3図3は、前記エンジン本体が備える1つのシリンダの構造を示す、燃焼室付近の断面図である。
図4図4は、ピストンの斜視図である。
図5図5は、図3の要部拡大図である。
図6図6は、シリンダ軸と、点火位置及びキャビティ中心点との関係を説明するための模式図である。
図7図7は、燃焼室の模式図であって、タンブル流による火炎の伝搬を説明するための図である。
図8図8(A)及び(B)は燃焼室の平面図にして、火炎の伝搬状況を模式的に示す図であって、(A)は比較例の燃焼室構造の場合を、(B)は実施例の燃焼室構造の場合を各々示す。
図9図9は、ピストンの冠面の平面図である。
図10図10は、図9のX-X線断面図である。
図11図11は、図9のXI線方向の矢視図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[エンジンの外観]
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態に係るエンジンの燃焼室構造を詳細に説明する。図1は、本発明の実施形態に係る燃焼室構造が適用されたエンジン本体1の外観を示す概略斜視図である。ここに示されるエンジン本体1は、自動車等の車両の走行駆動用の動力源として前記車両に搭載される、ターボ過給機付き4サイクル直列6気筒のガソリンエンジンである。
【0019】
図1には、エンジン本体1が搭載される車両の前後方向に合わせた方向表示が付記されている。エンジン本体1が具備する6つのシリンダは、車両の前後方向に配列されている。すなわち、エンジン本体1は、車両に縦置きで配置される。当該車両のパワートレインのレイアウトは、例えばFRレイアウトとすることができる。各シリンダは、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式にて、吸気系及び排気系と接続されている。図1には、第1吸気ポート6A及び第2吸気ポート6Bのペアからなる吸気ポート6が6セット、車両の前後方向に配列されている様子が表出している。
【0020】
エンジン本体1の燃焼形式は、燃焼室内の混合気に強制的に点火することにより開始する火炎伝搬を伴うSI(Spark Ignition)燃焼である。エンジン本体1は、SI燃焼と、混合気を圧縮自己着火させるCI(Compression Ignition)燃焼とを組み合わせたSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition)燃焼を実行するものであっても良い。
【0021】
[エンジンの全体構成]
図2は、図1に示すエンジン本体1を備えるエンジンシステムEの概略構成図である。エンジンシステムEは、上述のエンジン本体1と、エンジン本体1に空気(吸気)を導入する吸気通路50と、エンジン本体1から外部に排気を排出する排気通路60と、排気の一部を吸気通路50へ還流するEGR装置70とを備えている。さらにエンジンシステムEは、前記吸気を過給するターボ過給機59を備えている。
【0022】
エンジン本体1は、シリンダブロック2、シリンダヘッド3及びピストン4を備える。シリンダブロック2は、直列に配置された6つのシリンダ20を有する。なお、図2には、一つのシリンダ20だけが示されている。シリンダヘッド3は、シリンダブロック2の上面に取り付けられ、シリンダ20の上部開口を塞いでいる。ピストン4は、各シリンダ20に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッドを介してクランク軸15と連結されている。ピストン4の往復運動に応じて、クランク軸15はその中心軸回りに回転する。
【0023】
ピストン4の上方には燃焼室5が形成されている。燃焼室5にはガソリンを主成分とする燃料が、後述するインジェクタ11からの噴射によって供給される。供給された燃料と空気との混合気が燃焼室5で燃焼され、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン4が上下方向に往復運動する。シリンダ20の幾何学的圧縮比、つまりピストン4が上死点にあるときの燃焼室5の容積とピストン4が下死点にあるときの燃焼室5の容積との比は、11以上13以下の範囲に設定される。因みに、通常のターボ過給機付きエンジンの圧縮比は10.5程度であり、上記の圧縮比は通常よりも高圧縮比である。
【0024】
シリンダヘッド3には、燃焼室5と連通する吸気ポート6及び排気ポート7が形成されている。吸気ポート6は燃焼室5に吸気を供給するポート、排気ポート7は燃焼室5から排気を排出するポートである。シリンダヘッド3の下面で構成される燃焼室天井面5U(天井面)には、吸気ポート6の下流端である吸気側開口と、排気ポート7の上流端である排気側開口とが形成されている。シリンダヘッド3には、前記吸気側開口を開閉する吸気弁8と、前記排気側開口を開閉する排気弁9とが組み付けられている。なお、吸気弁8を駆動する吸気弁駆動機構18には、吸気弁8の開閉時期を変更する吸気開閉時期変更機構18aが付設されている。
【0025】
燃焼室5に臨むように、点火プラグ10(点火部)及びインジェクタ11(燃料噴射部)が組付けられている。点火プラグ10は、燃焼室天井面5Uに配置され、燃料と空気とが混合された混合気に点火し、燃焼室5内において火炎伝搬燃焼を実現させる。後記で詳述するが、点火プラグ10は、シリンダの中心線に対して、吸気ポート6が配設される吸気側にオフセットした位置に配置される。
【0026】
インジェクタ11は、図略のフューエルシステムから供給される燃料を燃焼室5に噴射する。インジェクタ11は、燃焼室天井面5Uの周縁であって、吸気側に配置されている。このような配置とすれば、インジェクタ11から噴霧された燃料を燃焼室5内で循環するタンブル流に乗せ易くなり、燃焼室5内全体に燃料が行き渡り易くなる。つまり、均質な混合気を燃焼室5内に形成させることができる。
【0027】
吸気通路50は、吸気ポート6と連通し、各シリンダ20の燃焼室5に吸気を供給する経路である。吸気通路50の上流端から取り込まれた空気は、吸気通路50及び吸気ポート6を通して燃焼室5に導入される。吸気通路50には、その上流側から順に、エアクリーナ51、コンプレッサ52(ターボ過給機59)、インタークーラ53、スロットルバルブ54及びサージタンク55が配置されている。
【0028】
エアクリーナ51は、吸気中の異物を除去して吸気を清浄化する。コンプレッサ52は、軸回りに回転し、吸気を過給する。インタークーラ53は、ターボ過給機59により圧縮された吸気を冷却する。スロットルバルブ54は、図略のアクセルの踏み込み動作と連動して吸気通路50を開閉し、吸気通路50における吸気の流量を調整する。サージタンク55は、複数のシリンダ20に吸気を均等に配分するための空間を提供する。
【0029】
排気通路60は、排気ポート7と連通し、燃焼室5で生成された既燃ガス(排気ガス)を車両の外部に排出する経路である。排気通路60には、タービン61及び触媒コンバータ63が配設されている。タービン61は、排気通路60を流れる排気流により回転する。触媒コンバータ63は、排気ガス中に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を浄化するための三元触媒等が内蔵されている。
【0030】
ターボ過給機59は、上述のコンプレッサ52及びタービン61と、両者を連結する共通の回転軸とを含んで構成されている。ターボ過給機59は、燃焼室5に導入される吸気を過給(圧縮)しつつ吸気通路50の下流側へ送り出す。コンプレッサ52は、排気流によりタービン61が回転することで回転し、過給動作を行う。
【0031】
本実施形態では、ツインスクロールターボ過給機を例示している。エンジン本体1が備える6つのシリンダ20のうち、第1~第3シリンダ20の排気は第1排気マニホールド64aで、第4~第6シリンダ20の排気は第2排気マニホールド64bにて、それぞれタービン61に導かれる。また、排気通路60には、タービン61をバイパスするためのバイパス通路65と、第1及び第2排気マニホールド64a、64bにて導出された排気をバイパス通路65に流入させるウエストゲートバルブ66とが配設されている。なお、本実施形態では排気圧を動力源とするターボ過給機59を例示しているが、これに代えて、エンジン自体を動力源とするスーパーチャージャーや、電動スーパーチャージャーを用いても良い。
【0032】
EGR装置70は、いわゆる高圧EGRを実現する装置であって、EGR通路71、EGRクーラ72及びEGR弁73を含む。EGR通路71は、排気通路60と吸気通路50とを接続する。EGRクーラ72は、EGR通路71を通して排気通路60から吸気通路50に還流される排気ガス(EGRガス)を熱交換により冷却する。EGR弁73は、EGR通路71を流れる排気ガスの流量を調整する。
【0033】
エンジンシステムEは、各種のセンサを含む。図2には、エンジン回転数センサSN1、エアフローセンサSN2及び過給圧センサSN3を例示している。エンジン回転数センサSN1は、シリンダブロック2に取り付けられ、クランク軸15の回転角度に基づきエンジン回転数を検出する。エアフローセンサSN2は、エアクリーナ51の下流に配置され、吸気通路50を流通する吸気の流量を検出する。過給圧センサSN3は、過給後の吸気の圧力を検出する。
【0034】
[燃焼室及びピストンの詳細構造]
図3は、エンジン本体1が備える1つのシリンダ20の構造を示す、燃焼室5付近の断面図である。図4は、ピストン4の斜視図である。シリンダ20の内壁面は、シリンダライナ21によって構成されている。シリンダ20を取り囲むように、シリンダブロック2の内部にはウォータージャケット22が備えられている。ピストン4は、シリンダライナ21に対して摺動可能に、シリンダ20内に収容されている。
【0035】
燃焼室5は、シリンダ20の内壁面(シリンダライナ21)と、ピストン4の冠面40と、シリンダヘッド3の底面に形成された燃焼室天井面5U(吸気弁8及び排気弁9の各バルブ面を含む)とによって区画されている。燃焼室天井面5Uは、上向きに凸のペントルーフ型の形状を有する天井面である。ペントルーフ型の燃焼室天井面5Uには、吸気ポート6の開口と、排気ポート7の開口とが形成されている。本実施形態の吸気ポート6は、タンブル流Ft(図5)を形成可能なタンブルポートである。
【0036】
図3図4及び他の図には、XYZの方向表示が付されている。Z方向はシリンダ軸AX方向、X方向はクランク軸15の延伸方向であるエンジン本体1の前後方向、Y方向はZ方向及びX方向の双方と直交する方向に各々相当する。以下の説明において、エンジン本体1の設置方向におけるフロント側、リア側という意味においてF側(+X)、R側(-X)、吸気ポート6が配設される側という意味において吸気側(IN側;+Y)、排気ポート7が配設される側という意味において排気側(EX側;-Y)、シリンダ軸AX上の上側、下側との意味において上(+Z)、下(-Z)ということがある。
【0037】
点火プラグ10は、燃焼室天井面5Uから点火部10Aが燃焼室5内へ突出するように、シリンダヘッド3に上下方向に組付けられている。インジェクタ11は、その先端の燃料噴射ヘッドが吸気側から燃焼室5に臨むように、シリンダヘッド3に略水平な状態で組付けられている。
【0038】
ピストン4は、ピストンヘッド4Aと、ピストンヘッド4Aの下側(-Z側)に連設されたスカート部4Bとを含む。ピストンヘッド4Aは円柱体からなり、燃焼室5の壁面の一部(底面)を構成する冠面40を上面に備える。冠面40の中央領域には、球冠状に凹設されたキャビティ80が形成されている。また、ピストンヘッド4Aは、シリンダライナ21に摺接する側周面4Cを備える。側周面4Cには、ピストンリングが嵌め込まれるリング溝が複数備えられている。スカート部4Bは、ピストンヘッド4Aの+Y側及び-Y側に配置され、ピストン4の往復運動の際の首振り揺動を抑制する。スカート部4BのY方向の中央には、X方向に延びるピン孔を区画するピストンボス4Dが設けられている。ピストンボス4Dには、コネクティングロッド12との連結のためのピストンピンが挿通される。
【0039】
冠面40は、燃焼室天井面5UとZ方向に対向する略円形の面である。冠面40は、排気側底部41、吸気側底部42、排気側傾斜面43、吸気側傾斜面44、平面45、リセス間平面46、F側側壁47及びR側側壁48を含む。これらに加えて冠面40には、-Z方向に積極的に凹没させた部分として、キャビティ80及び小キャビティ90を備えている。キャビティ80の部分を除いて、排気側底部41及び吸気側底部42は、冠面40において+Z方向の高さが最も低いベース面であり、平面45及びリセス間平面46が+Z方向の高さが最も高い頂面である。
【0040】
排気側底部41及び吸気側底部42は、シリンダ軸AXと直交するXY方向に延びる平面であり、Z方向に同じ高さ位置にある。なお、排気側底部41及び吸気側底部42は、前記XY方向に対して若干の傾きを持つ面、若しくは、僅かな凸又は凹曲面を持つ面であっても良い。排気側底部41は、冠面40のEX側(-Y)の端縁付近に配置されている。吸気側底部42は、冠面40のIN側(+Y)の端縁付近に配置されている。
【0041】
排気側底部41は、冠面40の-Y側外周縁(側周面4C)を弧とし、X方向に延びる直線を弦とする弓形の平面である。吸気側底部42は、冠面40の+Y側外周縁を弧とし、X方向に延びる直線を弦とする弓形の平面である。排気側底部41及び吸気側底部42は、ピストン4が圧縮上死点に向かう際、スキッシュ流が形成されるスキッシュエリアである。本実施形態では、排気側底部41の表面積よりも吸気側底部42の表面積の方が広面積に設定されている。
【0042】
排気側傾斜面43は、排気側底部41から冠面40のY方向中央部(冠面40の径方向中央部)に向けて徐々に上昇する傾斜面である。排気側傾斜面43の下端は排気側底部41の+Y端縁に連なり、上端は平面45及びリセス間平面46の-Y端縁に連なっている。排気側傾斜面43は、+X側と-X側とで一対のリセス部431と、これらリセス部431に位置するリセス間部432とを含む。リセス部431は、一対の排気弁9との干渉を避けるための略半円型の窪みである。リセス間部432は、一対のリセス部431間に位置する略三角形の部分であって、リセス部431よりも一段高い部分である。リセス部431及びリセス間部432の、Y方向に対する傾斜角は同一に設定されている。なお、前記傾斜角は、若干相違していても良い。
【0043】
吸気側傾斜面44は、吸気側底部42から冠面40のY方向中央部に向けて徐々に上昇する傾斜面である。吸気側傾斜面44の下端は吸気側底部42の-Y端縁に連なり、上端は平面45の+Y端縁に連なっている。本実施形態では、吸気側傾斜面44がリセスを具備しない傾斜平面として例示されているが、吸気弁8との干渉が生じる場合には、排気側のリセス部431と同様なリセス部が設けられる。
【0044】
平面45は、冠面40のY方向中央部においてシリンダ軸AXと直交するXY方向に延びる平面である。平面45は、排気側傾斜面43の上端と吸気側傾斜面44の上端との間に連なっている。平面45は、-Y側の側辺としてEX端縁451を、+Y側の側辺としてIN端縁452を有している。EX端縁451は、一対のリセス部531の各上端に繋がっている。IN端縁452は、吸気側傾斜面44の上端に繋がっている。キャビティ80が冠面40の径方向中央領域に存在することから、平面45は+X側と-X側とに分断されている。なお、平面45は、タンブル流Ftの流動を実質的に阻害しない範囲において、XY方向に対して僅かな傾きを持つ面、若しくは、僅かな凸又は凹曲面を持つ面であっても良い。
【0045】
リセス間平面46は、排気側傾斜面43の一対のリセス部431間の上端付近に挟まれるように配置された平面である。リセス間平面46も、XY方向に延びる平面であり、平面45と同一平面内に存在する平面、つまり平面45と同じZ方向高さに位置する平面である。リセス間平面46は、平面45のEX端縁451のX方向の中心付近から-Y方向に延びている。
【0046】
F側側壁47は、平面45の+X端縁から下方に延びる側壁である。R側側壁48は、平面45の-X端縁から下方に延びる側壁である。F側側壁47及びR側側壁48は、排気側傾斜面43及び吸気側傾斜面44の+X端縁、-X端縁に各々跨がっている。
【0047】
図9に示す冠面40の上面図も参照して、キャビティ80は、平面45に球冠状に凹設され、少なくとも平面45の領域において上面視で円形の開口縁を備えている。キャビティ80は、冠面40においてX方向の中央に位置しているが、Y方向においては+Y側に偏心した位置に配置されている。すなわち、平面45はY方向の中央においてX方向に延在しているが、キャビティ80は若干+Y方向にオフセットした位置にある。キャビティ80のEX側端縁81は平面45のEX端縁451とほぼ同一位置にあるが、IN側端縁82はIN端縁452よりも+Y側に突出し、吸気側傾斜面44の上端部分に差し掛かっている。このオフセットについては、後記で詳述する。
【0048】
小キャビティ90は、キャビティ80の+Y側に配置された、キャビティ80よりも小規模の窪みである。小キャビティ90は、キャビティ80のIN側端縁82並びに吸気側傾斜面44の上端付近を椀型に窪ませて形成されている。つまり、小キャビティ90は、キャビティ80の吸気側に連設された小凹部であり、冠面40の吸気側に偏在した位置に配置されている。なお、小キャビティ90は、X方向においては、冠面40の中央に位置している。小キャビティ90の上面視の形状は、略楕円形である。
【0049】
小キャビティ90は、外周縁として、-Y側のEX側周縁91と、+Y側のIN側周縁92とを含む。上面視において、EX側周縁91は-Y側に凸の第1曲線を有し、IN側周縁92は+Y側に凸の第2曲線を有している。EX側周縁91の第1曲線の曲率よりも、IN側周縁92の第2曲線の方が大きな曲率を有している。つまり、IN側周縁92の+Y側への膨出度合いの方が、EX側周縁91の-Y側への膨出度合いよりも大きい。このような曲率に設定することで小キャビティ90は、IN側周縁92からEX側周縁91に向けて筒内流動経路を絞り込むことが可能な形状を有している。
【0050】
[点火部及びキャビティのオフセット]
続いて、図5及び図6を参照して、点火プラグ10の点火部10A及びキャビティ80のオフセット構造について説明する。図5は、図3の要部拡大図、図6は、前記オフセット構造を説明するための模式図である。図5及び図6には、シリンダ20の軸心であるシリンダ中心線C1と、点火部10Aによる混合気への点火位置C2と、キャビティ80の開口縁の径中心であるキャビティ中心点C3とが示されている。本実施形態では、キャビティ80は球冠状の凹部であるので、キャビティ中心点C3はキャビティ80の最深部でもある。
【0051】
また、図5には、燃焼室5を流動するタンブル流Ftが示されている。タンブル流Ftは、ペントルーフ型の燃焼室天井面5Uの吸気ポート6の開口から燃焼室5内に流入する。タンブル流Ftは、流入方向に沿って一旦排気側に向かい、その後に流動方向を反転させて、キャビティ80上において排気側から吸気側へ向かう。そして、タンブル流Ftは、キャビティ80の吸気側端部から燃焼室天井面5Uへ上向きに流動し、続いて排気側に戻る。以後、同様な縦渦流動が繰り返される。
【0052】
点火位置C2(点火部10A)は、シリンダ軸AXに沿った断面視において、シリンダ中心線C1よりも排気側にオフセットした位置に配置されている。但し、点火位置C2は、キャビティ80の形成領域内の上方において、燃焼室天井面5Uに配置されている。一方、キャビティ中心点C3は、シリンダ軸AXに沿った断面視において、シリンダ中心線C1よりも吸気側にオフセットした位置に配置されている。なお、点火位置C2及びキャビティ中心点C3は、シリンダ中心線C1を通り吸気側と排気側とを結ぶ直線上に配置されている。
【0053】
図5及び図6において、シリンダ中心線C1に対する点火位置C2のオフセット量をd1、シリンダ中心線C1に対するキャビティ中心点C3のオフセット量をd2で各々示している。本実施形態では、点火位置C2の排気側へのオフセット量は、キャビティ中心点C3の吸気側へのオフセット量よりも大きい。つまり、d1>d2の関係を満たすように、点火位置C2及びキャビティ中心点C3のオフセット量が設定されている。なお、図6ではd1とd2の関係が誇張して描かれている。一例を挙げれば、ボア径=100mm程度のシリンダ20で、d1=3.7mm、d2=3.4mmである。
【0054】
次に、点火部10A及びキャビティ80のオフセット構造の利点について説明する。図7は、燃焼室5のシリンダ軸AXに沿った断面の模式図であって、タンブル流Ftによる火炎の伝搬を説明するための図である。ピストン4の冠面40にはキャビティ80が凹設されている。燃焼室5内に形成されるタンブル流Ftは、キャビティ80の壁面(底面)に沿って流れる部分に着目すると、図5に示したように排気側から吸気側へ向かう流動となる。点火プラグ10の点火部10Aは、燃焼室5内の混合気に強制着火し、当該点火部10Aの近傍に火炎球31を作る。この火炎球31にタンブル流Ftが作用することで、図7中に矢印F1で示すように、火炎が吸気側へ伝搬してゆく。
【0055】
このような燃焼室5において、点火部10Aによる点火位置C2はシリンダ中心線C1よりも排気側にオフセットしている。このため、キャビティ80部分を流動するタンブル流Ftの上流側で混合気に点火して火炎球31を作り、当該タンブル流Ftに火炎を乗せて吸気側へ伝搬させることができる。また、キャビティ中心点C3は、シリンダ中心線C1よりも吸気側にオフセットしている。これにより、排気側で発生した火炎は、タンブル流Ftによって吸気側へより向かい易くなる。つまり、オフセット分だけキャビティ80に沿って火炎が吸気側に向かうことができる領域が長くなり、速やかに火炎を吸気側に伝搬させることができる。従って、燃焼速度を速くすることができ、熱効率を改善すると共に燃費性能の向上を図ることができる。
【0056】
また、d1>d2の関係を満たすように、シリンダ中心線C1に対する点火位置C2及びキャビティ中心点C3のオフセット量が設定されている。このため、キャビティ80部分を流動するタンブル流Ftの、より上流側で火炎球31を発生させ、吸気側へ火炎を伝搬させることができる。従って、より燃焼速度を速くすることができる。
【0057】
図8(A)及び(B)は燃焼室の平面図にして、火炎の伝搬状況を模式的に示す図である。これらの図では、クランク角=380degにおける火炎伝搬状況を示している。図8(A)は、シリンダ中心線C1に対して点火位置C2及びキャビティ中心点C3をオフセットさせていない、比較例の燃焼室構造の場合の火炎伝搬状況を示している。ここでは、燃焼室5の周縁に向かって伝搬している火炎32が描かれている。火炎32のうち、吸気側へ向かう吸気側伝搬部分33に着目すると、図中の点線で示す基準円の付近までしか火炎が伝搬していないことが判る。
【0058】
これに対し、図8(B)は、シリンダ中心線C1に対して点火位置C2及びキャビティ中心点C3を図5に示す通りにオフセットさせた、実施例の燃焼室構造の場合の火炎伝搬状況を示している。図8(B)には、図7に示す火炎球31を火種とした火炎34が、燃焼室5の周縁に向かって伝搬している状態が示されている。火炎34のうち、吸気側へ向かう吸気側伝搬部分35に着目すると、図中の点線で示す基準円の位置を越えて、より吸気側に火炎が伝搬していることが判る。このことは、タンブル流Ftによって火炎34が速やかに吸気側へ伝搬したことを示す。つまり、実施例の燃焼室構造では燃焼速度が速くなることが実証されたものである。
【0059】
[ピストン冠面の形状的工夫について]
以上説明したような火炎伝搬の実現には、タンブル流Ftの貢献が不可欠である。すなわち、点火部10Aによる混合気への点火後に至っても強いタンブル流Ftが燃焼室5に残存していること、つまりタンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させることが肝要となる。本実施形態のピストン4の冠面40には、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させるため、及びこれに付随する種々の形状的工夫が施されている。以下、この形状的工夫について、上掲の図に加えて、図9図11を参照して説明する。図9は、ピストン4の冠面40の平面図、図10は、図9のX-X線断面図、図11は、図9のXI線方向の矢視図である。
【0060】
<冠面の山高さ、キャビティの深さ、径の関係>
図9及び図10には、冠面40の形状に関するパラメータとして、山高さH、キャビティ深さD及びキャビティ径φが示されている。山高さHは、冠面40においてシリンダブロック2側に凸設された隆起部の高さである。本実施形態では山高さHは、冠面40の-Y側又は+Y側の外縁部であって最下面である排気側底部41又は吸気側底部42から、最上面となる平面45(及びリセス間平面46)までのZ方向高さである。
【0061】
キャビティ深さDは、キャビティ80の底面83における最深部から冠面40の頂面である平面45までの距離である。本実施形態では、キャビティ中心点C3におけるキャビティ80の深さである。キャビティ径φは、冠面40を上面視した場合における、球冠状のキャビティ80の外周円の径である。図9に示すように本実施形態では、キャビティ80の+Y側のIN側端縁82は、吸気側傾斜面44に差し掛かっており、また、小キャビティ90も配置されている。このため、キャビティ80の上面視の外周円は+Y側で単純な円形状を為していない。このような場合、キャビティ径φは、本来の外周円の形状が表れる平面45の領域において、キャビティ中心点C3を通過し、一端側の円弧から他端側の円弧に至る直線とする。
【0062】
上述の通り、燃焼室5の幾何学的圧縮比は11以上13以下の範囲に設定される。この圧縮比の範囲において、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させて燃焼速度を速めるという観点から、冠面40の山高さH、キャビティ深さD及びキャビティ径φの関係は、次の通りに設定することが望ましい。
【0063】
先ず、山高さHとキャビティ深さDとの比であるD/Hについては、
0.3<D/H<1.9
の関係を満たすことが望ましい。より望ましくは、圧縮比=12付近において、
0.75<D/H<1.71
の範囲に設定される。
【0064】
山高さHが低ければ低いほど、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ易くなる。しかし、山高さHが低すぎると、高圧縮比化を図ることができない。キャビティ深さDは、深ければ深いほど、タンブル流Ftがキャビティ80内で流動する領域(時間)が長くなる。このため、キャビティ80の内面に対するタンブル流Ftの接触抵抗等により、タンブル流Ftが弱体化する傾向が発現する。また、キャビティ深さDが深すぎると、圧縮比が低下してしまう。しかし、D/Hを上掲の関係に設定することにより、高圧縮比を達成しつつ、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ、燃焼速度を速めることができる。従って、燃費性能を向上させることができる。
【0065】
次に、キャビティ深さDとキャビティ径φとの比であるφ/Dについては、
5.0<φ/D<32.0
の関係を満たすことが望ましい。より望ましくは、
5.0<φ/D<15.0
の範囲に設定される。
【0066】
キャビティ径φは、大きければ大きいほど、タンブル流Ftをキャビティ80の内周面に沿って流動させることができるため、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ易くなる。但し、キャビティ径φが大きすぎると、圧縮比が低下してしまう。キャビティ深さDについては、上述の通りである。しかし、φ/Dを上掲の関係に設定することにより、高圧縮比を達成しつつ、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ、燃焼速度を速めることができる。
【0067】
<キャビティのオフセットの態様>
キャビティ80は、IN側(+Y)にオフセットするように、冠面40に配置されている。詳しくは、キャビティ80のEX側端縁81が、排気側傾斜面43の上端(平面45のEX端縁451)と一致するように、キャビティ80が冠面40に配置されている。一方、キャビティ80のIN側端縁82は、平面45のIN端縁452よりも+Y側に突出し、吸気側傾斜面44の上端部分に差し掛かっている。なお、EX側端縁81は、排気側傾斜面43の上端よりも吸気側に位置する態様としても良い。
【0068】
冠面40へのキャビティ80の凹設により、タンブル流Ftは圧縮行程後半に至ってもキャビティ80の空間を利用してその流動を維持することが可能となる。従って、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ易くなる。タンブル流Ftは、キャビティ80の部分においては排気側から吸気側へ向かう流動となる(図5参照)。ここで、冠面40の排気側傾斜面43にキャビティ80のEX側端縁81が差し掛かっていると、排気側傾斜面43にキャビティ80の窪みに応じた凹部が表出する。この場合、圧縮行程後半までタンブル流Ftが残存していると、前記凹部から当該タンブル流Ftがキャビティ80内に勢い良く入り込んでしまう。このタンブル流Ftの勢いによって、排気側において燃焼室5の径方向外側に向かう火炎伝搬が阻害されることがある。結果として、燃焼室5の排気側で未燃ガスの自着火が生じ、ノッキングが発生することがある。
【0069】
しかし、本実施形態では、キャビティ80のEX側端縁81が、排気側傾斜面43の上端と一致するように、キャビティ80が冠面40に配置されている。このため、排気側傾斜面43にはキャビティ80の一部が表出する前記凹部は形成されず、排気側傾斜面43がキャビティ80へのタンブル流Ftの流入の規制壁となる。従って、排気側からキャビティ80内に向かう勢い付いたタンブル流Ftは形成されず、排気側において径方向外側へ向かう火炎伝搬は阻害されない。その結果として、未燃ガスの自着火に起因するノッキングが抑制される。
【0070】
また、キャビティ80のIN側端縁82が、吸気側傾斜面44の上端部分に差し掛かるように、キャビティ80が冠面40に配置されている。このため、吸気側傾斜面44の上端部分に差し掛かる分だけ、キャビティ80を大きいサイズで設定できる。これにより、よりタンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ易くなる。また、結果的にキャビティ80が冠面40の吸気側へ偏心した位置に配置されることになるため、キャビティ80に沿ってタンブル流Ftを吸気側へ導き易くなる。これにより、火炎球31を起点とする吸気側への火炎伝搬を促進でき、燃焼速度を速めることができる。従って、熱効率を改善すると共に燃費性能の向上を図ることができる。
【0071】
<小キャビティの配置>
本実施形態の冠面40には、キャビティ80に加えて小キャビティ90が配置されている。小キャビティ90は、キャビティ80のIN側端縁82並びに吸気側傾斜面44の上端の領域を椀型に窪ませることによって形成されている。既述の通り小キャビティ90は、外周縁として、-Y側に凸の第1曲線を有するEX側周縁91と、+Y側に凸の第2曲線を有するIN側周縁92とを含む。
【0072】
EX側周縁91は、キャビティ80のIN側端縁82からキャビティ80の内側(-Y側)に入り込んでいる。一方、IN側周縁92は、IN側端縁82(吸気側傾斜面44の上端付近)から吸気側傾斜面44の中段付近まで+Y側に膨設されている。上面視において、EX側周縁91の第1曲線の曲率よりも、IN側周縁92の第2曲線の方が大きな曲率を有している。なお、図11に示すように、IN側周縁92は、側面視において下向き(-Z)に凸に湾曲している。EX側周縁91も同様である。
【0073】
本実施形態によれば、小キャビティ90がキャビティ80のIN側端縁82に連設された構造となるので、冠面40が具備するキャビティの窪みが吸気側へ延在された態様となる。このため、キャビティの大サイズ化を図ることができ、よりタンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ易くなる。
【0074】
さらに、小キャビティ90のIN側周縁92が有する第2曲線は、EX側周縁91が有する第1曲線よりも曲率が大きい構成を備える。このため、小キャビティ90は吸気側へより大きく突出した形状となる。これにより、混合気の火炎は、タンブル流Ftによって吸気側へより向かい易くなる。従って、燃焼速度を速くすることができ、熱効率を改善すると共に燃費性能の向上を図ることができる。
【0075】
[変形例]
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、次のような変形実施形態を取ることができる。
【0076】
(1)上記実施形態では、シリンダ中心線C1に対する点火部10Aの排気側へのオフセット量(d1)を、キャビティ中心点C3の吸気側へのオフセット量(d2)よりも大きく設定した例を示した(図6;d1>d2)。この態様は一例であり、点火部10Aが排気側へ、キャビティ中心点C3が吸気側へオフセットしている限りにおいて、d1とd2との関係には制限はない。例えば、d1=d2、若しくは、d1<d2に設定しても良い。
【0077】
(2)上記実施形態では、キャビティ80の上面視における外周の形状が、IN側端縁82の部分を除いて円形である球冠状のキャビティ80を例示した。本発明でいう球冠状のキャビティとは、上面視の外周形状が円に限定されるものではなく、例えば円に近似する形状や楕円形状も含む。キャビティ80が円形ではない形状の場合は、その近似円の中心をキャビティ中心点C3と扱うことができる。また、楕円形の場合は、その長軸と短軸との交点をキャビティ中心点C3と扱うことができる。
【0078】
さらに、キャビティ80の窪み形状も、完全な球冠形状に限定されず、椀型に窪んだ形状であれば良い。例えば、キャビティ80の底面83の一部がフラットな形状であっても良いし、底面83の最深部がキャビティ中心点C3からシフトした位置にある形状としても良い。
【0079】
(3)上記実施形態では、キャビティ80のEX側端縁81が、排気側傾斜面43の上端(平面45のEX端縁451)と一致するように、キャビティ80が冠面40に配置される例を示した。上述の通り、EX側端縁81をEX端縁451よりも吸気側(+Y側)に位置させても良いし、逆に、EX側端縁81をEX端縁451よりも排気側(-Y側)に位置させても良い。また、IN側端縁82が、吸気側傾斜面44の上端(平面45のIN端縁452)と一致するように、キャビティ80を冠面40に配置しても良い。
【0080】
(4)上記実施形態では、キャビティ80のIN側端縁82に小キャビティ90を連設する例を示した。これに代えて、小キャビティ90を設けない態様としても良い。小キャビティ90を設ける場合にあっても、上面視において、EX側周縁91の第1曲線の曲率とIN側周縁92の第2曲線の曲率とを同一に設定する、或いは、前記第1曲線の曲率の方が前記第2曲線の曲率よりも大きく設定するようにしても良い。
【符号の説明】
【0081】
1 エンジン本体
11 吸気弁
12 排気弁
15 インジェクタ(燃料噴射部)
16 点火プラグ(点火部)
20 シリンダ
4 ピストン
40 冠面
5 燃焼室
5U 燃焼室天井面(ペントルーフ型の天井面)
59 ターボ過給機(過給機)
6 吸気ポート
7 排気ポート
80 キャビティ
81 EX側端縁
82 IN側端縁
AX シリンダ軸
C1 シリンダ中心線
C2 点火位置
C3 キャビティ中心点
Ft タンブル流
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11