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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-18
(45)【発行日】2024-11-26
(54)【発明の名称】COPD指標値の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20241119BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20241119BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20241119BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/50 A
G01N27/62 C
G01N33/68
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020546037
(86)(22)【出願日】2019-09-10
(86)【国際出願番号】 JP2019035557
(87)【国際公開番号】W WO2020054722
(87)【国際公開日】2020-03-19
【審査請求日】2021-11-25
【審判番号】
【審判請求日】2023-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2018170955
(32)【優先日】2018-09-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】507236258
【氏名又は名称】学校法人聖路加国際大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤本 宏隆
(72)【発明者】
【氏名】青木 豊
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 孝明
(72)【発明者】
【氏名】木村 武志
(72)【発明者】
【氏名】増田 勝紀
(72)【発明者】
【氏名】平家 勇司
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 一彦
(72)【発明者】
【氏名】宇山 静香
(72)【発明者】
【氏名】浅見 まり子
(72)【発明者】
【氏名】浦山 ケビン
(72)【発明者】
【氏名】林 邦好
【合議体】
【審判長】加々美 一恵
【審判官】宮澤 浩
【審判官】萩田 裕介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/002173(WO,A1)
【文献】CHEN,Q.et., Serum Metabolite Biomarkers Discriminate Healthy Smokers from COPD Smokers, PLOS ONE, 2015年12月16日, Vol.10,No.12, pp.1-20, e0143937
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC G01N33/00-33/46
G01N33/48-33/98
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者から採取された生体試料に含まれる慢性閉塞性肺疾患関連疾患の有無と関連する代謝物の量をCOPD指標値として測定するステップと、
前記被検者とは異なる、COPD関連群に属する喫煙者と正常群に属する喫煙者とCOPD関連群に属する非喫煙者と正常群に属する非喫煙者のそれぞれから採取された生体試料に含まれる、前記COPD指標値である代謝物の量を測定するステップと、
前記COPD関連群に属する喫煙者と正常群に属する喫煙者とCOPD関連群に属する非喫煙者と正常群に属する非喫煙者のそれぞれから採取された生体試料に含まれる、前記COPD指標値である代謝物の量に基づいて、閾値を設定するステップと、
前記COPD指標値と前記閾値を比較するステップと
を含み、
前記生体試料が血液試料であり、
前記COPD指標値がミオイノシトールの量である、COPD指標値の測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載のCOPD指標値の測定方法において、
前記COPD指標値が、ミオイノシトールの量と、アラビノース、オルニチン、キヌレニン、2-アミノアジピン酸、シスチン、ベータ・アラニン、マンノース、チロシン、尿酸のうちの少なくとも1種の代謝物の量である、COPD指標値の測定方法。
【請求項3】
請求項1に記載のCOPD指標値の測定方法において、
前記COPD指標値が、ミオイノシトールの量と、エリスリトール、オルニチン、トレイトール、2-アミノアジピン酸、キヌレニン、フコース、アラビトール、アラビノース、フェニルアラニンのうちの少なくとも1種の代謝物の量である、COPD指標値の測定方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載のCOPD指標値の測定方法において、
前記COPD指標値が、前記生体試料をクロマトグラフMS分析することによって得られたデータに基づき測定された代謝物の量である、COPD指標値の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液や尿等の生体試料に含まれる物質のうち慢性閉塞性肺疾患の発症に関連する物質の量を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性閉塞性肺疾患(COPD:chronic obstructive pulmonary disease)は、非可逆的な進行性の気流閉塞を特徴とする疾患であり、主にタバコ煙等の有害粒子を長期にわたり吸入曝露することによって引き起こされるといわれている(非特許文献1)。COPDは世界における慢性罹病率や死亡率が高い疾患のひとつであり、COPD罹病者は肺ガンになるリスクが高い(非特許文献2)。例えば、2004年のWHOの調査では、COPDは死因の第4位(総死亡の5.1%)に位置し(非特許文献3)、本邦においても2013年の死因の第9位に位置している(非特許文献4)。COPD罹病者は今後も増加が予想されることから、本疾患の予防や対策は急務で重要な課題となっている。
【0003】
COPDは、一般的に、気管支拡張剤を投与した後のスパイロメータを用いた呼吸機能検査(スパイロメトリー)において、1秒率(1秒量/努力肺活量(FEV1/FVC))が70%未満であることに基づき診断される。ここで、「1秒率」とは、深く息を吸って一気に吐き出した量(努力肺活量)に対する最初の1秒間の吐出量の割合(%)をいう。1秒率は、肺の弾力性や気道の閉塞の程度を反映しており、1秒率が70%未満であることは、被検者に閉塞性換気障害(気流閉塞により起こる呼吸機能障害)が生じていることを表している。
【0004】
しかしながら、閉塞性換気障害は、喘息や肺線維症のような、COPD以外の肺疾患の罹病者でもみられるため、スパイロメトリーにおいて1秒率が70%未満であった場合でも、直ちにCOPDであると診断することはできない(非特許文献5)。また、従来は、COPDの代表的な病態は気流閉塞であると考えられてきたが、近年では複合した種々の病態の集合体であると考えられており、COPDの疾患概念が、肺局所の炎症性疾患から全身性炎症性疾患(虚血性心疾患、糖尿病、脂質異常症、骨粗しょう症などを併発する疾患)へと変化しつつある。そこで、1秒率に基づく診断に代わり、被検者から採取された血液や血清、血漿などの生体試料中の特定の成分をバイオマーカとしてCOPDを診断する方法が考えられている(特許文献1~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-526684号公報
【文献】特開2013-152236号公報
【文献】特開2015-507196号公報
【文献】特開2015-509596号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】GOLD: Global Initiative for chronic Obstructive Pulmonary Disease: Global strategy for the diagnosis, management, and prevention of chronic obstructive pulmonary disease update 2006. National Institute of Health, National Lung and Blood Institute. 2006.
【文献】Tockman MS, Anthonisen NR, Wright E, et al.,: Airway obstruction and the risk of lung cancer. Ann Int Med 1987; 106: 512-8.
【文献】World Health Organization: The global burden of disease: 2004 update. Geneva. WHO Press 2008.
【文献】図説 国民衛生の動向 2015/2016. 53ページ、一般財団法人厚生労働統計協会.
【文献】COPD診断と治療のためのガイドライン第4版:第II章 診断A、診断基準、p.28
【文献】Svanes C, Sunyer J, Plana E, et al: Early life origins of chronic obstructive pulmonary disease. Thorax 2010; 65: 14-20.
【文献】Postma DS, Kerkhof M, Boezen HM, et al: Asthma and chronic obstructive pulmonary disease: common gene, common environments? Am J Respir Crit Care Med 2011; 83: 1588-94.
【文献】De Marco R, Accordini S, Marcon A, et al. Risk factors for chronic obstructive pulmonary disease in a European cohort of young adults. Am J Respir Crit Care Med 2011; 183: 891-7.
【文献】Snider GL; Chronic obstructive pulmonary disease: risk factors, pathophysiology and pathogenesis. Annu Rev Med 1989; 40: 411-29.
【文献】Lundback B, Lindberg A, Lindstrom M, et al: Not 15 but 50% of smokers develop COPD?-Report from the Obstructive Lung Disease in Northern Sweden Studies. Respir Med 2003; 97: 115-22.
【文献】American Thoracic Society: Cigarette smoking and health. Am J Respir Crit Care Med 1996; 153: 861-5.
【文献】Fletcher C, Peto R: The natural history of chronic airflow obstruction. Br Med J. 1977; 1: 1645-8.
【文献】Laurell CB, Eriksson S: The electrophoretic alpha-1-globulin pattern of serum in alpha-anti-trypsin deficiency. Scand J Clin Lab Invest 1963; 15: 197-205.
【文献】Serum Metabolite Biomarkers Discriminate Healthy Smokers from COPD Smokers. PLoS ONE 2015 10(12): e0143937.
【文献】Biomarker Development for Chronic Obstructive Pulmonary Disease. Am J Respir Crit Care Med. 2015; 192:1162-70.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1~4に記載の方法では、主に、COPDの発症経路や発症機構に関与すると考えられているタンパク質やペプチド群、遺伝子をバイオマーカとし、これらバイオマーカの血液中に含まれる量を測定することによりCOPDを診断している。ところが、上述したように、COPDは種々の病態の集合体であり、その発症経路や発症機構には不明な点が多い。
【0008】
例えば、COPDの最大の危険因子は喫煙である(非特許文献6~8)。COPD患者の約90%には喫煙歴があり、その発症率は年齢や喫煙の曝露量とともに増加し、高齢の喫煙者では約50%に、喫煙指数が60pack-years以上の重喫煙者では約70%にCOPDが認められている(非特許文献9、10)。なお、喫煙指数pack-yearsは、(1日あたりの平均喫煙本数/20本)×総喫煙年数を表す。その一方で、喫煙者全体におけるCOPDの発症率は15~20%程度にすぎない(非特許文献11)。また、20pack-yearsの喫煙者のCOPD発症率は約19%であり、60pack-years以上の重喫煙者の約30%は呼吸機能が正常であるという報告もある(非特許文献11、12)。
【0009】
このため、喫煙者におけるCOPDの発症のし易さには喫煙感受性の存在が疑われており、これまでCOPD関連候補遺伝子の検索(ゲノミクス)が行われてきたが、標本の大きさや均一性が不十分であること、人種差を考慮する必要があること等により、単一の遺伝子異常としてのα1-アンチトリプシン欠損症を除いて、COPD関連遺伝子の解明は未だ完全に行われていないのが現状である(非特許文献13)。
【0010】
さらに、COPDの発症のし易さの解明のために従来行われてきたゲノミクスは、個体特有の遺伝子の検討に限定されている。前述したように、COPDの発症には遺伝的要因だけでなく、喫煙という環境因子や、加齢や感染、栄養状態などの生体内で起こりうる様々な状態変化が影響を及ぼす。従って、COPDは、前述したように全身性炎症性疾患と考えられ、COPDを正確に診断するためには、COPDの発症経路や病態、個体の遺伝的・環境的背景等、様々な角度からCOPDに影響を及ぼす因子を検討する必要がある。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、慢性閉塞性肺疾患関連疾患に関連すると考えられる物質の量を測定することにより、その測定結果を慢性閉塞性肺疾患関連疾患の診断に役立てることである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明は、
被検者から採取された生体試料を分析することで得られたデータに基づき、前記生体試料に含まれる複数種の代謝物のうち、慢性閉塞性肺疾患関連疾患に関連する代謝物の量をCOPD指標値として測定する方法であり、
前記COPD指標値が、24種の代謝物であるグルタル酸、αケトイソカプロン酸、ホスホグリセロール、ヒドロキシ酪酸、アラビノース、アセト酢酸、オルニチン、ヒドロキシプロリン、ノルバリン、イソクエン酸、エリスリトール、ミオイノシトール、トレイトール、2-アミノアジピン酸、キヌレニン、フコース、フェニルアラニン、アラビトール、キシロース、シスチン、チロシン、尿酸、マンノース、ベータ・アラニンから選ばれる少なくとも1種の代謝物の量であることを特徴とする。
【0013】
本発明において、慢性閉塞性肺疾患関連疾患(COPD関連疾患)とは、COPDの他、COPDの前段階の疾患、COPDによって併発される疾患(例えば虚血性心疾患、糖尿病、脂質異常症、骨粗しょう症など)をいう。
本発明者は、多数の被検者から採取した血液試料をクロマトグラフ質量分析装置を用いて分析し、該血液試料に含まれる多数の代謝物の量を網羅的に測定した結果を包括的に解析することにより、上述した24種の代謝物がCOPD発症に大きく関連することを見出した。このような解析手法はメタボロミクスといわれており、この手法を用いることにより、COPDに関連する複合的な病態の変化を包括的にとらえることができる。
【0014】
上述した24種の代謝物は、生体試料に含まれる多数の代謝物のうち堅牢な135種の代謝物の測定値について、COPD関連群と正常群の2群について統計解析を行った結果、COPD関連群に高い相関関係が見られた代謝物である。表1に135種の代謝物のリストを示す。表1に示す代謝物名に含まれる「-nTMS」、「-nTMS(m)」、「-メチルオキシム-nTMS」、又は「-メチルオキシム-nTMS(m)」(n及びmは自然数)は、ガスクロマトグラフ質量分析装置による分析時に添加された試薬に起因するものである。したがって、例えば表1中の「アスパラギン-2TMS」と「アスパラギン-3TMS」は同一の代謝物(アスパラギン)に由来する。前記24種の代謝物の測定値はいずれもCOPD指標値として単独でCOPDの診断に利用することができる。なお、2群比較の際のCOPD関連群は、スパイロメータを用いた呼吸機能検査による1秒率(FEV1/FVC)の値に基づき判定することができる。
【0015】
【表1】
【0016】
これまでも、メタボロミクスを用いたCOPDのバイオマーカ探索により、23種の代謝物(ミオイノシトール、フマル酸など)をバイオマーカ候補とする報告がなされている(非特許文献14)。しかし、現時点では、COPD患者から採取された生体試料に含まれる代謝物が単独でCOPDの診断や病状(症状や呼吸機能など)の把握に有用なバイオマーカとなり得るとの報告はなされていない(非特許文献15)。
【0017】
ここで、「被検者から採取された生体試料」とは、該生体試料に含まれる代謝物の量を測定することができるものであれば血液、生体組織、糞便、尿等、どのようなものでも良いが、試料の採取のし易さ、代謝物の含有量の多さを考慮すると血液(全血、血清、又は血漿)が好ましい。血清としては、全血に対して抗凝固剤を添加せずに血球成分を凝固させてから得られる液性成分を使用することができる。また、血漿としては、全血に対して抗凝固剤を添加して血球成分を凝固させずに得られる液性成分を使用することができる。
【0018】
また、生体試料の分析手法としては、クロマトグラフ質量分析(クロマトグラフMS分析)に限らず、核磁気共鳴(NMR)分光法、酵素結合免疫吸着検定法(ELISA)及びラジオイムノアッセイ(RIA)等の免疫学的分析法などを用いることができるが、定量的に生体試料に含まれる代謝物の量を測定することができる点でクロマトグラフMS分析が優れている。クロマトグラフMS分析とは、ガスクロマトグラフ、又は液体クロマトグラフと、これらクロマトグラフで分離された試料の検出装置としての質量分析装置を用いた分析をいう。質量分析装置としては、トリプル四重極型質量分析装置、Q-TOF型質量分析装置、TOF-TOF型質量分析装置、イオントラップ質量分析装置、又はイオントラップ飛行時間型質量分析装置が挙げられる。これらの質量分析装置を用いると、分析対象物(代謝物)以外の夾雑物を多く含む試料であっても高感度な分析が可能であり、分析安定性が向上するため、高い再現性で生体試料に含まれる代謝物の量を定量的に測定することができる。
【0019】
上記COPD指標値としては、アラビノース、オルニチン、キヌレニン、2-アミノアジピン酸、シスチン、チロシン、ミオイノシトール、尿酸、ベータ・アラニン、マンノースのいずれかの測定値を用いることができる。
上記10種の代謝物は、135種の代謝物の測定値について、COPD関連群と正常群の2群間でt検定を行ったところ、COPD関連群と正常群との間に有意な差が認められたものである。従って、上記10種の代謝物の量をCOPD指標値として測定し、該COPD指標値と所定の閾値との比較により、COPD関連疾患の有無を診断することができる。所定の閾値は、多数の被検者について、前記10種の代謝物の生体試料中に含まれる量を測定したときの平均値や中央値等とすることができる。
【0020】
また、上記COPD指標値としては、グルタル酸、ヒドロキシプロリン、キシロース、ホスホグリセロール、オルニチンのいずれかの測定値を用いるようにしても良い。
上記5種の代謝物は、従属変数としてCOPD関連疾患の有無に加えて、調整因子として年齢、性別、喫煙歴を投入したモデルについて135種の代謝物の測定値のロジスティック回帰分析を行ったところ、P値が0.05よりも小さく、COPD発症の有無との間に高い相関関係が見られた代謝物である。従って、これら5種の代謝物の測定値をCOPD指標値として測定し、これと所定の閾値との比較により、COPD発症の有無を診断することができる。
【0021】
また、上記COPD指標値としては、エリスリトール、オルニチン、ミオイノシトール、トレイトール、2-アミノアジピン酸、キヌレニン、フコース、フェニルアラニン、アラビトール、アラビノースのいずれかの測定値を用いることが好ましい。
上記10種の代謝物は、従属変数としてCOPD関連疾患の有無において、135種の代謝物の測定値についてROC解析し、そのAUC値を求めたところ、その値が大きかった代謝物である。従って、これら10種の代謝物の測定値をそれぞれCOPD指標値として測定し、これと所定の閾値との比較により、COPD発症の有無を診断することができ、しかも、誤診断を少なくすることができる。
【0022】
また、上記COPD指標値としては、グルタル酸、αケトイソカプロン酸、ホスホグリセロール、ヒドロキシ酪酸、アラビノース、アセト酢酸、オルニチン、ヒドロキシプロリン、ノルバリン、イソクエン酸のいずれかの測定値を用いることが好ましい。
上記10種の代謝物は、従属変数としてCOPD関連疾患の有無、調整因子として年齢、性別、喫煙歴を投入したモデルについて135種の代謝物の測定値についてC統計量を求めたところ、その値が大きかった代謝物である。従って、これら10種の代謝物の測定値をそれぞれCOPD指標値として測定し、これと所定の閾値との比較により、COPD発症の有無を診断することができ、しかも、誤診断を少なくすることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明では、メタボロミクスの解析手法を用いてCOPD関連疾患との相関が強い代謝物を探索することによって見出した代謝物の生体試料中の量をCOPD指標値として測定するため、該COPD指標値を、COPD関連疾患の診断に役立てることができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者は、被検者から採取した生体試料(血清)をクロマトグラフ質量分析装置(クロマトグラフMS)を用いて分析し、該生体試料に含まれる多数の代謝物の量を網羅的に測定した。そして、それらの測定値を様々な手法を用いて解析することにより、COPD関連疾患の有無に大きく関連すると思われる代謝物を探索した。表2にCOPDの発症に関連する代謝物を探索するための生体試料を採取した被検者のベースライン特性を示す。表2のベースライン特性を示す被検者の抽出方法、生体試料の調製及び分析方法、代謝物の測定方法、測定結果の解析等について以下に説明する。
【0025】
【表2】
【0026】
<被検者の抽出>
研究倫理委員会の承認のもと、2015年10月から2016年9月までの1年間に聖路加国際病院附属クリニック予防医療センターを訪れた人間ドック受診者(約4万5000人)の中から約1万人の受診者をランダムにサンプリングし、そのうち本実験への不参加を表明した者、測定データが欠損している者、及び除外基準を満たす者を除外した残りの6610人の対象者を被検者とした。なお、除外基準は、喫煙を開始してから20年が経過した頃から発症し始めるという先行研究の知見から、人間ドックの受診時に40歳以下であることとした。
【0027】
聖路加国際病院附属クリニック予防医療センターは東京都中央区にあり、人間ドック受診者の多くの居住地域は東京近傍にある。従って、今回の被検者のCOPDに関連する外的要因(大気汚染等の環境要因)は略均一である。また、今回の被検者は全て日本人とすることで、民族的要因も均一にした。
【0028】
6610人の被検者の集団の中央値年齢は54歳(四分位範囲47~63歳)であり、そのうち3467名(52.5%)は女性であった。また、被検者集団の喫煙率は37.1%であり、1秒率が70%未満の被検者は692人(10.5%)であった。以下、1秒率が70%未満の被検者集団をCOPD関連群、1秒率が70%以上の被検者集団(5918人)を正常群という。表2から分かるように、COPD関連群は女性よりも男性の方が統計的に有意に多かった。また、年齢及び喫煙率は、ともに、COPD関連群の方が正常群よりも高かった。
なお、臨床検査では、気管支拡張剤投与後のスパイロメータを用いた呼吸機能検査による1秒率の値が70%未満の患者をCOPDであると判定しているが、本実験では気管支拡張剤投与を行っていない。従って、上記COPD関連群には、実際にCOPDを発症している被検者だけでなくCOPD関連疾患がある被検者が含まれる。
【0029】
<試料の調製>
(1)前処理
6610人の被検者から採取された血液を、所定時間放置した後、遠心分離し、上澄み(血清)を採取した。採取した血清は分析までの間、-80℃で保管した。なお、被検者から血液を採取してから血清を冷凍するまでの時間は血清中の代謝物の測定値に影響を及ぼす。そこで、今回は、血液を採取してから冷凍するまでの時間が5~8時間であった被検者が全体の約半数を占めるように、当該被検者を選定した。
【0030】
(2)本処理
-80℃で保存されていた血清を25℃、5分で解凍した。解凍後の血清を、10,000×g, 4℃, 1minで遠心分離した後、氷上静置し、これに、第1混合液(メタノール/水/クロロホルム、2.5:1:1)250μLに、内部標準溶液(2‐イソプロピルリンゴ酸:0.1mg/mL)6μLを添加し、ボルテックスミキサーを用いて混合して第2混合液を得た。
【0031】
その後、血清と前記第2混合液を、37℃、30分間、1,200rpmで振盪した後、25℃、5分間、16,000×gで遠心分離し、上清150μLを、水140μLを予め加えたチューブに添加し、ボルテックスミキサーを用いて混合して、第3混合液を得た。
次に、上記第3混合液を、25℃、5分間、16,000×gで遠心し、その上清180μLを新しいチューブに回収した。これを、室温、60分間、スピードメモリを「7」に設定して遠心エバポレーターで濃縮した。
濃縮した第3混合液の上清(濃縮液)を-80℃、30分で凍結した後、これをオーバーナイトで乾燥したものをサンプルとした。得られたサンプルは分析までデシケーターで保存した。
【0032】
<試料のGCMS分析>
デシケーターで保存されていたサンプルに、メトキシアミン溶液(20mg/mL /ピリジンで溶解)80μLを添加した後、これを37℃、30分間、1,200 rpmで振盪した。続いて、N-メチル-N-トリメチルシリルトリフルオロアセトアミド40μLを添加し、37℃、30分間、1,200 rpmで振盪した後、25℃、5分間、16,000×gで遠心分離し、その上清50μLをガラスバイアルに入れ、このバイアルをGCMSのオートサンプラーにセットした。
【0033】
GCMSには、株式会社島津製作所製のトリプル四重極型ガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS-TQ8040)を用いた。GCMSの分析条件を以下に示す。
(1)カラム:DB-5((5%-フェニル)-メチルポリシロキサン、無極性)、長さ30m、内径0.25mm、膜厚1.00μm
(2)カラムオーブン温度:80℃
(3)インジェクション温度:280℃
(4)インジェクションモード:スプリット
(5)ヘリウムガス流量:39cm/sec
(6)カラム温度:0-2.5min;80℃、2.5-18.5min;80-280℃に上昇、18.5-23.0min;280℃
(7)MSイオン源温度:200℃
(8)インターフェイス温度:250℃
(9)検出器電圧:0.2kV
(10)質量範囲:m/z 85-500
【0034】
<データ解析>
<代謝物の測定>
試料のマススペクトルからピークを網羅的に検出し、それらのピーク情報(質量電荷比及び信号強度)をMSライブラリに格納されている多数の代謝物に特異的な物質の質量電荷比と比較することで、代謝物を同定し、135種類の代謝物の測定値(以下、MSデータという。)を求めた。
【0035】
<統計解析>
MSデータを取得した被検者について、統計解析に必要な臨床情報、検査データを、聖路加国際病院の研究倫理委員会の承諾のもと、聖路加国際大学情報システムセンターから入手し、臨床情報、検査データとMSデータの突合わせを行った。被検者の臨床情報及び検査データは全て被検者を表す管理番号で管理されており、データの突き合わせの際に、被検者が特定されないようにした。
【0036】
統計解析には、単変量解析として対応のないt検定、多変量解析としてロジスティック回帰分析を用いた。診断能力の評価には、各代謝物単独のモデルでは、ROC曲線より算出されたAUC値を用い、調整因子を用いた多変量解析モデルでは、C統計量を用いた。
【0037】
表3は、135種の代謝物の測定値について、COPD関連群と正常群のt検定を行った結果を示している。表3には、COPD関連群と正常群の間で統計学的に有意な差が認められた10種の代謝物(オルニチン、キヌレニン、2-アミノアジピン酸、シスチン、チロシン、ミオイノシトール、尿酸、アラビノース、マンノース、ベータ・アラニン)のP値及びt統計量を、P値が小さいものから順に列挙している。なお、表3において、「mEn(mは実数、nは整数)」は「m×10」を意味する。例えば「4.14E-14」は「4.14×10-14」となる。
【0038】
【表3】
【0039】
表3に示すように、10種の代謝物は、いずれもP値が小さいほどt統計量の絶対値が大きく、いずれも負の値であったことから、COPD関連群よりも正常群の被検者の方が代謝産物の量が少なかったことが分かる。
以上の結果から、上記10種の代謝物の測定値はCOPD指標値として有用であり、いずれも測定値と所定の閾値とを比較し該閾値よりも大きいときはCOPD関連疾患であると診断することができる。
【0040】
表4は、従属変数としてCOPD関連群/正常群、調整因子として年齢、性別、喫煙歴を投入し、COPD関連群と135種の代謝産物の測定値との関連を、ロジスティック回帰分析で検討した結果を示している。表4には、ロジスティック回帰分析の結果、P値が小さかった5種の代謝物(グルタル酸、ヒドロキシプロリン、キシロース、ホスホグリセロール、オルニチン)を回帰係数、標準誤差、P値とともに列挙している。表4に示すように、5種の代謝物のうちグルタル酸のP値が最も小さく、グルタル酸とCOPD関連疾患との間に強い相関が認められた。表4にはあわせて、調整因子での調整を行わなかった時の順位、t統計量、及びP値を記載した。このように調整因子で調整を行うことで指標としての有用性が増す。
【0041】
【表4】
【0042】
次に、各代謝物の測定値をCOPD指標値としたときの、その診断能力(つまり、COPD関連疾患の診断精度の高さ)を検討するため、従属変数をCOPD関連群/正常群として、135種の代謝物についてROC解析(Receiver Operating Characteristic analysis)を行った。その結果、10種の代謝物(エリスリトール、オルニチン、ミオイノシトール、トレイトール、2-アミノアジピン酸、キヌレニン、フコース、フェニルアラニン、あら日トール、アラビノース)がCOPDの診断に有用であることが分かった。表5は、COPDの判定に有用な10種の代謝物のROC曲線(ROC curve)のAUC値を示している。
【0043】
【表5】
【0044】
ROC曲線(ROC curve)は、縦軸を真陽性率、つまり感度、横軸を偽陽性率、つまり「1-特異度」を尺度としてプロットしたものである。すなわち、COPD関連群の被検者全体に対する、陽性と判断された被検者の割合より感度を計算し、正常群の被検者全体に対する、陽性と判断された被検者(非COPD)の割合より偽陽性率を計算する。同様にして他のカットオフ値での感度と偽陽性率を計算し、このようにして求めた値をグラフにプロットすることによりROC曲線が得られる。AUC値はROC曲線と横軸で囲まれた部分の面積の値である。AUC値が大きいほどCOPD関連疾患の有無を診断する精度が高いと判断することができる。ROC曲線からAUCを求めた結果、AUCの大きかった代謝物はエリスリトール(AUC=0.616)、オルニチン(AUC=0.594)、ミオイノシトール(AUC=0.590)であった。
【0045】
一方、表6は、表5に示す結果が得られたROC解析と同じ従属変数に、調整因子として年齢、性別、喫煙歴を投入したモデルについて135種の代謝物のROC解析を行った結果、C統計量が高かった10種の代謝物を示している。C統計量はROC曲線と横軸とで囲まれた面積の大きさ(AUC)に相当し、C統計量が1に近づくほど診断能力が高いことを示している。表6には、135種の代謝物のうちC統計量が多い順に10種の代謝物(グルタル酸、α-ケトイソカプロン酸、ホスホグリセロール、ヒドロキシ酪酸、アラビノース、アセト酢酸、オルニチン、ヒドロキシプロリン、ノルバリン、イソクエン酸)のC統計量を列挙している。これら10種の代謝物の測定値はいずれも、COPD関連疾患と統計学的に相関しており、COPD関連疾患の有無を判定する指標として有用であり、特に、C統計量が最も大きかったグルタル酸(C統計量:0.751)の測定値は、COPD発症との間で強い相関がみられ、COPD発症の可能性の有無を判定する指標として優れているといえる。表6にはあわせて、調整因子での調整を行わなかった時の順位、及びAUC値を記載した。このように調整因子で調整を行うことで指標としての有用性が増す。
【0046】
【表6】
【0047】
このように、被検者の生体試料に含まれる24種の代謝物の量を測定した結果は、被検者におけるCOPDの有無の診断に利用することができる。
すなわち、COPDの診断方法は、被検者から採取された生体試料を分析装置で分析すること、前記分析装置で得られたデータから、24種の代謝物であるグルタル酸、αケトイソカプロン酸、ホスホグリセロール、ヒドロキシ酪酸、アラビノース、アセト酢酸、オルニチン、ヒドロキシプロリン、ノルバリン、イソクエン酸、エリスリトール、ミオイノシトール、トレイトール、2-アミノアジピン酸、キヌレニン、フコース、フェニルアラニン、アラビトール、キシロース、シスチン、チロシン、尿酸、マンノース、ベータ・アラニンから選ばれる少なくとも1種の代謝物の量であるCOPD指標値を求めること、前記COPD指標値を所定の閾値と比較した結果に基づき、前記被検者におけるCOPDの有無を診断すること、を含む。
【0048】
また、COPDを診断する別の方法は、
被検者において被検者から採取された生体試料をクロマトグラフ質量分析装置で分析すること、
前記クロマトグラフ質量分析装置で得られたデータから、24種の代謝物であるグルタル酸、αケトイソカプロン酸、ホスホグリセロール、ヒドロキシ酪酸、アラビノース、アセト酢酸、オルニチン、ヒドロキシプロリン、ノルバリン、イソクエン酸、エリスリトール、ミオイノシトール、トレイトール、2-アミノアジピン酸、キヌレニン、フコース、フェニルアラニン、アラビトール、キシロース、シスチン、チロシン、尿酸、マンノース、ベータ・アラニンから選ばれる少なくとも1種の代謝物の量であるCOPD指標値を求めること、前記COPD指標値を所定の閾値と比較した結果に基づき、前記被検者におけるCOPDの有無を診断すること、を含む。