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  • 特許-膵癌のバイオマーカー 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-18
(45)【発行日】2024-11-26
(54)【発明の名称】膵癌のバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6886 20180101AFI20241119BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20241119BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20241119BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20241119BHJP
【FI】
C12Q1/6886 Z ZNA
G01N33/53 M
G01N33/574 Z
G01N33/48 B
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020010122
(22)【出願日】2020-01-24
(65)【公開番号】P2021114934
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】505210115
【氏名又は名称】国立大学法人旭川医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】517448489
【氏名又は名称】合同会社H.U.グループ中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 賢治
(72)【発明者】
【氏名】犬塚 達俊
【審査官】三須 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-158545(JP,A)
【文献】Biol. Chem.,2013年10月,Vol.394, No.10 (pp.1253-1562),pp.1-19
【文献】Oncotarget.,2016年07月05日,Vol.7, No.27,pp.41929-41947
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
G01N
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトから得られた細胞外小胞中の細胞外小胞由来LOC100507412 RNA量を解析すること、
当該RNA量を基準値と比較すること、および
当該RNA量が基準値以上のとき、被験体は、膵癌の可能性が高いと判定し、当該RNA量が基準値未満のとき、被験体は、膵癌に罹患している可能性が低いと判定すること
を含み、
基準値は、膵癌に罹患していない群及び膵癌に罹患している群を鑑別できるように設定されたカットオフ値である、
膵癌の検査方法。
【請求項2】
膵癌に罹患していない群が、健常人、および/または膵管内乳頭粘液腫瘍患者である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
以下(a)~(c)を含む、請求項1又は2記載の方法:
(a)ヒト血液サンプルから細胞外小胞を回収すること;
(b)細胞外小胞からRNAサンプルを調製すること;および
(c)RNAサンプルにおいて細胞外小胞由来LOC100507412 RNA量を解析すること。
【請求項4】
細胞外小胞の回収が免疫沈降により行われる、請求項3記載の方法。
【請求項5】
免疫沈降が、CD9もしくはCD63、またはその双方に対する親和性物質を用いて行われる、請求項4記載の方法。
【請求項6】
細胞外小胞の回収が超遠心分離により行われる、請求項5記載の方法。
【請求項7】
ヒト血液サンプルが膵癌患者の血液サンプルである、請求項3~6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
膵癌の検査方法が、健常人と膵癌患者との鑑別のための方法、または膵管内乳頭粘液性腫瘍患者と膵癌患者との鑑別のための方法である、請求項1~7のいずれか一項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵癌のバイオマーカー、膵癌の検査方法、および膵癌の診断試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、癌の診断のため、様々な技術が開発されている。特に、被験体の負担を減らすため、低侵襲性で癌を簡便に診断できる技術の開発が所望されている。
【0003】
膵癌は、非常に悪性度が高いことが知られている。また、膵癌に関連し得る腫瘍として、膵管内乳頭粘液腫瘍(Intraductal Papillary Mucinous Neoplasm:IPMN)が知られている。IPMNは、膵発癌の危険因子と位置づけられており、IPMN罹患患者は年率1~2%程度の割合で膵癌を発症することが知られている。健常人と膵癌患者の鑑別、および膵管内乳頭粘液腫瘍患者と膵癌患者との鑑別は、臨床上重要であることから、このような診断を可能にする低侵襲性かつ簡便な技術の開発が所望されている。
【0004】
特許文献1では、健常人と膵管内乳頭粘液腫瘍患者又は膵癌患者とを簡便に鑑別できる低侵襲性の技術として、複数のlong non-coding RNA(lncRNA)量の解析が報告されている。lncRNAは、200個以上のリボヌクレオチド残基から構成される機能性RNAであるが、lncRNAの多くは、その機能が不明である。
【0005】
ところで、lncRNAの1つとして、LOCUS番号:NR_038958で特定されるゲノムDNA(配列番号1)から発現するLOC100507412 RNAがデータベースに登録されている。しかし、本発明者らが把握する限り、LOC100507412 RNAについて、その配列情報以外の知見は、特に報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-158545号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、低侵襲性で膵癌を簡便に診断できる技術を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討した結果、ヒト細胞外小胞中のLOC100507412 RNAが膵癌の指標となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕LOC100507412 RNAからなる、膵癌のバイオマーカー。
〔2〕膵癌のバイオマーカーが、健常人と膵癌患者との鑑別のためのバイオマーカー、または膵管内乳頭粘液性腫瘍患者と膵癌患者との鑑別のためのバイオマーカーである、〔1〕のバイオマーカー。
〔3〕ヒトから得られた細胞外小胞中のLOC100507412 RNA量を解析することを含む、膵癌の検査方法。
〔4〕以下(a)~(c)を含む、〔3〕の方法:
(a)ヒト血液サンプルから細胞外小胞を回収すること;
(b)細胞外小胞からRNAサンプルを調製すること;および
(c)RNAサンプルにおいてLOC100507412 RNA量を解析すること。
〔5〕細胞外小胞の回収が免疫沈降により行われる、〔4〕の方法。
〔6〕免疫沈降が、CD9もしくはCD63、またはその双方に対する親和性物質を用いて行われる、〔5〕の方法。
〔7〕細胞外小胞の回収が超遠心分離により行われる、〔4〕の方法。
〔8〕ヒト血液サンプルが膵癌患者の血液サンプルである、〔4〕~〔7〕のいずれかの方法。
〔9〕膵癌の検査方法が、健常人と膵癌患者との鑑別のための方法、または膵管内乳頭粘液性腫瘍患者と膵癌患者との鑑別のための方法である、〔3〕~〔8〕のいずれかの方法。
〔10〕LOC100507412 RNA量の解析手段を含む、膵癌の診断試薬。
〔11〕LOC100507412 RNA量の解析手段が、逆転写酵素、1個以上のプライマーおよびプローブからなる群より選ばれる1以上の手段である、〔10〕の診断試薬。
〔12〕細胞外小胞の回収手段をさらに含む、〔10〕または〔11〕の診断試薬。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、低侵襲性で膵癌を簡便に診断することができる。本発明はまた、健常人または膵管内乳頭粘液性腫瘍患者と膵癌患者との鑑別に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、long non-coding RNA(lncRNA)の一つであるLOC100507412(LOCUS番号:NR_038958)をコードするゲノムDNA配列である。実施例で採用されたPCRのプライマーは、583~610位のヌクレオチド領域(下線部)、および700~717位のヌクレオチド領域(下線部)に対応するように設計された。PCRの増幅断片は、613~630位のヌクレオチド領域(斜体)に対応するプローブで検出した。
図2図2は、健常人(Control)、膵管内乳頭粘液性腫瘍患者(IPMN)、および膵癌患者(PDAC)の各20例の血清から調製された細胞外小胞由来RNA(EV RNA)におけるLOC100507412 RNA量の解析を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、LOC100507412 RNAからなる、膵癌のバイオマーカーを提供する。
【0013】
LOC100507412 RNAは、LOCUS番号:NR_038958で特定されるゲノムDNA(配列番号1)から発現するlong non-coding RNA(lncRNA)である。本発明で用いられるLOC100507412 RNAは、人種間および/または個人間において天然で生じる1個以上のヌクレオチド残基の変異(例、置換、挿入、欠失)を有していてもよい。このような変異におけるヌクレオチド残基の個数としては、例えば1~100個、好ましくは1~50個、より好ましくは1~20個、さらにより好ましくは1~10個、特に好ましくは1個、2個、3個、4個又は5個であってもよい。
【0014】
従来、LOC100507412 RNAについては、その配列情報以外の知見は特に報告されておらず、当該RNAの機能および用途は一切不明であった。しかし、今回、本発明者らは、LOC100507412 RNAが膵癌の診断に有用であることを見出したことから、当該RNAの有用性が初めて明らかとなった。例えば、LOC100507412 RNAは、健常人または膵管内乳頭粘液性腫瘍患者と膵癌患者との鑑別に有用である。また、健常人と膵管内乳頭粘液性腫瘍患者とを鑑別できる他の技術と本発明を併用することで、被験体が、健常であるか、膵管内乳頭粘液性腫瘍を有するか、または膵癌に罹患しているかのいずれかを判別することもできる。
【0015】
本発明はまた、ヒトから得られた細胞外小胞中のLOC100507412 RNA量を解析することを含む、膵癌の検査方法を提供する。
【0016】
細胞外小胞は、種々の種類の細胞から分泌される、膜構造を有する微小な小胞である。細胞外小胞としては、例えば、エクソソーム、エクトソーム、およびアポトーシス胞が挙げられる。好ましくは、細胞外小胞は、エクソソームである。細胞外小胞はまた、そのサイズにより規定することができる。細胞外小胞のサイズは、例えば、30~1000nmであり、好ましくは50~300nm、より好ましくは80~200nmである。細胞外小胞のサイズの測定は、NanoSight(Malvern Instruments社製)により行うことができる。
【0017】
細胞外小胞はまた、細胞外小胞マーカーにより規定することができる。このような細胞外小胞マーカーとしては、例えば、細胞外小胞の内部マーカーおよび表面マーカーが挙げられる。細胞外小胞の内部マーカーとしては、例えば、癌胎児性抗原(CEA)、CA125、CA15-3、アクチンファミリー、TSG101、ALIX、Charged multivesicular body protein(CHMP)ファミリー、Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)、poly(ADP―ribose)polymerase(PARP)ファミリー、AFP、CA19-9、CA125、Flotillin-I、Flotillin-II、Rabタンパク質、programmed cell death(PDCD)6、phospholipid scramblase(PLSCR)ファミリー、シトクロムCオキシダーゼ(COX)ファミリー、ラミンファミリー、増殖細胞核抗原(PCNA)、チューブリンファミリー、TATA結合タンパク質(TBP)、電位依存性アニオンチャネルタンパク質(VDAC)、アミロイドベータ、タウタンパク質が挙げられる。細胞外小胞の表面マーカーとしては、例えば、テトラスパニン膜タンパク質(細胞外小胞膜特異的4回貫通膜タンパク質、例、CD9、CD63、CD81)、細胞外マトリクスメタロプロテアーゼ誘導物質(例、CD147)、熱ショックタンパク質(HSP)70、HSP90、主要組織適合性複合体(MHC)I、リソソーム関連膜タンパク質(LAMP)1、細胞間接着分子(ICAM)-1、インテグリン、セラミド、コレステロール、ホスファチジルセリン、Annexins、Caveolin-I、EpCAMが挙げられる。細胞外小胞マーカーは、好ましくは細胞外小胞表面マーカーであり、より好ましくはテトラスパニン膜タンパク質であり、さらにより好ましくはCD9および/またはCD63である。
【0018】
本発明で用いられる細胞外小胞は、ヒトから得られるものである限り、特に限定されない。このような細胞外小胞としては、ヒトサンプルから回収されたものを用いることができる。ヒトサンプルとしては、LOC100507412 RNAを含有する細胞外小胞を含む任意のサンプルを用いることができる。好ましくは、ヒトサンプルは、ヒト血液サンプルである。ヒト血液サンプルとしては、ヒト全血サンプル、ヒト血漿サンプル、およびヒト血清サンプルが挙げられるが、ヒト血清サンプルが好ましい。
【0019】
本発明の方法は、例えば、以下(a)~(c)を含む方法により行われてもよい:
(a)ヒト血液サンプルから細胞外小胞を回収すること;
(b)細胞外小胞からRNAサンプルを調製すること;および
(c)RNAサンプルにおいてLOC100507412 RNA量を解析すること。
【0020】
(a)における回収は、ヒト血液サンプルから細胞外小胞を回収できる任意の方法により行うことができる。このような方法としては、例えば、グアニジン塩化セシウム超遠心分離法、AGPC(AcidGuanidinium-Phenol-Chloroform)法が挙げられる。
【0021】
また、(a)における回収は、ヒト血液サンプルから細胞外小胞を高効率で回収できる方法を用いてもよい。例えば、このような高効率の回収方法としては、細胞外含有試料をキレート剤で処理し、次いで、キレート剤で処理された細胞外含有試料から細胞外小胞を分離することを含む方法を利用することができる(国際公開第2018/070479号)。
【0022】
キレート剤は、金属イオンとの配位結合が可能である配位部分を有する化合物またはその塩である。配位部分の数は、好ましくは2個以上、より好ましくは3個以上(例、3個または6個)である。配位部分としての配位原子としては、例えば、酸素原子、リン原子、窒素原子、硫黄原子、および塩素原子が挙げられる。配位原子は、好ましくは酸素原子又はリン原子であり、より好ましくは酸素原子である。配位部分としての配位基としては、例えば、上記配位原子を有する基が挙げられる。配位基は、好ましくはカルボン酸基またはリン酸基であり、より好ましくはカルボン酸基である。
【0023】
キレート剤としては、例えば、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、エチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)(EDTMP)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(EGTA)、並びにそれらの塩が挙げられる。塩としては、例えば、金属塩(例、ナトリウム塩、カリウム塩等の一価の金属塩、およびカルシウム塩、マグネシウム塩等の二価の金属塩)、無機塩(例、フッ化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物等のハロゲン化物塩、およびアンモニウム塩)、有機塩(例、アルキル基で置換されたアンモニウム塩)、および酸付加塩(例、硫酸、塩酸、臭化水素酸、硝酸、リン酸等の無機酸との塩、および酢酸、シュウ酸、乳酸、クエン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸等の有機酸等の塩)が挙げられる。
【0024】
キレート剤はまた、臨床検査用の採血管中に含まれる成分として汎用されるキレート剤であってもよい。このようなキレート剤としては、例えば、EDTA、EGTA、NTA、HEDTA、EDTMP、HIDA、クエン酸およびそれらの塩が挙げられる。本発明では、このようなキレート剤の使用もまた、臨床応用の観点から望ましい。
【0025】
本発明では、1種のキレート剤を単独で使用してもよいし、複数種(例、2種、3種、4種)のキレート剤を併用してもよい。
【0026】
キレート剤をヒト血液サンプルに作用させる際のキレート剤の濃度は、ヒト血液サンプルからの細胞外小胞の回収量を向上できる濃度である限り特に限定されない。本発明では、ヒト血液サンプルをキレート剤と混合することにより、細胞外小胞およびキレート剤を含む混合液が生成されることに照らすと、キレート剤をヒト血液サンプルに作用させる際のキレート剤の濃度は、このような混合液中のキレート剤の濃度と同じである。したがって、本発明では、キレート剤をヒト血液サンプルに作用させる際のキレート剤の濃度は、このような混合液中のキレート剤の濃度として規定することもできる。このような濃度は、キレート剤と併用される他の成分の種類および濃度等の因子によっても変動するが、例えば、10mM~1000mMである。好ましくは、キレート剤の濃度は、20mM以上、30mM以上、40mM以上、50mM以上、60mM以上、80mM以上、または100mM以上であってもよい。このような濃度はまた、800mM以下、600mM以下、500mM以下、450mM以下、400mM以下、350mM以下、または300mM以下であってもよい。より具体的には、キレート剤の濃度は、20~800mM、30~600mM、40~500mM、50~450mM、60~400mM、80~350mM、または100~300mMであってもよい。
【0027】
ヒト血液サンプルからの細胞外小胞の回収は、例えば、免疫沈降、または超遠心分離により行うことができる。ヒト細胞外小胞の回収後にLOC100507412 RNA量の解析をすることで、当該RNAの検出を阻害し得る物質の潜在的混入を防止でき、また、ヒトサンプル間の差異(例、ヒト血液サンプル中に存在する夾雑物)の影響を軽減できる。好ましくは、回収は、免疫沈降により行うことができる。回収を免疫沈降により行う場合、上記潜在的混入をより防止でき、また、上記差異の影響をより防止できる。
【0028】
ヒト血液サンプルからの細胞外小胞の回収が免疫沈降により行われる場合、免疫沈降は、細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質を用いて行うことができる。
【0029】
細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質としては、例えば、上述した細胞外小胞表面マーカーに対する抗体、アプタマー、ホスファチジルセリン結合タンパク質、セラミド結合タンパク質が挙げられる。本発明では、細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質として、単一の物質、または複数種(例、2種、3種、4種)の物質を用いることができる。
【0030】
好ましくは、細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質は、細胞外小胞の表面マーカーに対する特異性の確保、および調製の簡便さ等の観点より、細胞外小胞の表面マーカーに対する抗体であってもよい。抗体としては、例えば、全長抗体(例、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体)およびその抗原結合性断片が挙げられる。抗原結合性断片は、対象とする細胞外小胞表面マーカーに対する結合性を維持している抗体断片であればよく、Fab、Fab’、F(ab’)、scFv等が挙げられる。本発明では、単一の抗体、または複数種(例、2種、3種、4種)の抗体を用いることができる。
【0031】
細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質(好ましくは、抗体)は、細胞外小胞の分離を容易にするための固相に固定されていてもよい。固相としては、例えば、ビーズおよび粒子(例、セファロースビーズ、アガロースビーズ、磁性ビーズ(磁性粒子))、支持体(例、プラスチックプレート等のプレート、メンブレン)が挙げられる。固相への物質の固定は、任意の方法により行うことができる。このように固相に固定された、細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質を、細胞外小胞を含む混合液と混合し、細胞外小胞表面マーカーに結合する物質と細胞外小胞の複合体を形成させ、この複合体を混合液から分離することで、細胞外小胞を混合液から分離することができる。例えば、固相としてビーズ又は粒子を用いる場合は、複合体の形成後に遠心分離し、上清を除くことで、細胞外小胞を混合液から分離することができる。固相として磁性ビーズを用いる場合は、複合体の形成後に集磁し上清を除くことで、細胞外小胞を混合液から分離してもよい。固相として支持体を用いる場合は、複合体の形成後に混合液を除くことで、細胞外小胞を混合液から分離することができる。
【0032】
細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質は、好ましくは、テトラスパニン膜タンパク質に対する親和性物質であり、さらにより好ましくはCD9および/またはCD63に対する親和性物質である。
【0033】
ヒト血液サンプルを細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質と混合する温度は、細胞外小胞と親和性物質が結合でき、親和性物質を利用して細胞外小胞を回収可能な温度である限り特に限定されない。このような温度は、例えば4~80℃、好ましくは35~60℃であってもよい。ヒト血液サンプルを細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質で処理する時間は、細胞外小胞と親和性物質が結合できる十分な時間である限り特に限定されない。
【0034】
ヒト血液サンプルからの細胞外小胞の回収が超遠心分離により行われる場合、超遠心分離は、超遠心分離機を用いて行うことができる。超遠心分離で印加される重力は、例えば、10,000×g~200,000×gであり、好ましくは、70,000×g~150,000×gであってもよい。超遠心分離の時間は、例えば、0.5~24時間であり、好ましくは1~5時間である。超遠心分離での温度は、例えば、4~30℃である。超遠心分離は、1回または複数回(例、2回、3回)行ってもよい。
【0035】
(b)における調製は、細胞外小胞からRNAサンプルを調製できる任意の方法により行うことができる。このような方法としては、当該分野において汎用されている任意のRNA抽出方法を好適に用いることができる。
【0036】
(c)における解析は、RNA量を解析できる任意の方法により行うことができる。RNA量の解析方法としては、例えば、遺伝子増幅法、ハイブリダイゼーション法、シ-ケンシング法が挙げられる。遺伝子増幅法としては、例えば、変温遺伝子増幅法(例、PCR)、及び等温遺伝子増幅法(例、LAMP、ICAN)が挙げられる。遺伝子増幅法では、逆転写酵素を併用することができる。ハイブリダイゼーション法としては、例えば、マイクロアレイ、ノザンブロッティングが挙げられる。シ-ケンシング法としては、例えば、特開2017-158545号公報に記載される技術を用いてもよい。
【0037】
LOC100507412 RNA量の解析に基づいて、膵癌の罹患の可能性が判定される。当該RNA量の解析の結果は、基準値と比較するための指標として利用される。膵癌に罹患する被験体群は、膵癌に罹患していない被験体群に比し、LOC100507412 RNA量が有意に高い。したがって、本発明の方法によれば、当該RNA量が基準値以上のとき、被験体は、膵癌に罹患している可能性が高いと判定することができる。また、当該RNA量が基準値未満のとき、被験体は、膵癌に罹患している可能性が低いと判定することができる。
【0038】
上記基準値としては、例えば、膵癌に罹患していない群(健常人、および/または膵管内乳頭粘液腫瘍)及び膵癌に罹患している群を鑑別できるように適切に設定されたカットオフ値を利用することができる。カットオフ値は、その値を基準として疾患の判定をした場合に、高い診断感度(有病正診率)及び高い診断特異度(無病正診率)の両方を満たす値である。診断感度(又は単に感度)は、特定状態を有する被験体のうち、正しく診断される被験体の割合である。特定状態を有する全ての被験体について「陽性」の結果が得られる場合、感度は100%である。診断特異度(又は単に特異度)は、特定状態を有しない被験体のうち、正しく診断される被験体の割合である。特定状態を有しない全ての被験体について「陰性」の結果が得られる場合、特異度は100%である。カットオフ値の算出方法は、本分野において周知である。
【0039】
本発明の方法はまた、LOC100507412 RNA量が基準値以上である患者に対して、膵癌の治療剤(例、膵癌に対する抗癌剤)を投与することを含んでいてもよい。このような投与をさらに含む本発明の方法は、膵癌の治療法として有用である。
【0040】
本発明はまた、LOC100507412 RNA量の解析手段を含む、膵癌の診断試薬を提供する。
【0041】
RNA量の解析手段としては、例えば、逆転写酵素、1個以上のプライマー、プローブが挙げられる。これらの解析手段は、併用されてもよい。例えば、RNA量が測定される場合、逆転写酵素および2個以上のプライマー(および必要に応じてプローブ)を併用して、RT-PCRが行われてもよい。また、プローブを用いて、ハイブリダイゼーション法が行われてもよい。さらに、1個のプライマーを用いて、シ-ケンシング法が行われてもよい。プライマーおよびプローブは、蛍光物質等の標識物質で標識されていてもよい。
【0042】
本発明の診断試薬は、細胞外小胞の回収手段をさらに含んでいてもよい。細胞外小胞の回収手段としては、細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質が挙げられる。細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質は上述のとおりである。細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質は、細胞外小胞の分離を容易にするための固相に固定されていてもよい。あるいは、細胞外小胞の表面マーカーに対する親和性物質が固相に固定されていない場合、本発明の診断試薬は、固相をさらに含んでいてもよい。固相は、上述のとおりである。本発明の診断試薬は、例えば、本発明の方法の迅速かつ簡便な実施に有用である。
【実施例
【0043】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
実施例1:膵癌のバイオマーカーであるLOC100507412 RNA量の解析
RNAは、血液中で複数の様式で存在している。例えば、RNAには、(a)血液中の遊離RNAであるcell-free RNA(cfRNA)、(b)血液中の遊離細胞内に存在するRNA、(c)血液中の因子(例、タンパク質などの安定化因子)と結合しているRNA、(d)細胞外小胞由来RNA(EV RNA)などがある。また、EV RNAとしては、EVの内部および/または表面に存在するRNA、並びに特定のEVに存在するRNA(例、CD9および/またはCD60等のテトラスパニンに陽性であるEVに由来するRNA)などがある。そこで、検出対象として用いるRNAの種類によるバイオマーカーの検出感度の相違等の影響を評価するため、血液サンプルからのRNAの回収方法を検討した。検討した方法は、(1)上記(a)のcfRNAを主要RNA成分として回収できる方法、(2)上記(a)~(d)の各種RNAを回収できるExoQuick(商標)を用いた方法、(3)上記(d)のEV RNAを回収できる方法を検討した。血液サンプルとしては、膵癌患者の5例の血清を用いた。
【0045】
(A)血液サンプルからのRNAの回収
(1)cfRNA(主要RNA成分)
miRNeasy Mini Kit(QIAGEN)を用いて、cfRNAを血清から回収した。まず、300μLの血清に700μLのQIAzol Lysis Reagentを添加し、以後はプロトコールに沿ってRNAを抽出した。本手法は、上記(a)~(d)のRNA成分の混入を許容するものの、主要RNA成分としてcfRNAを抽出することができる。
【0046】
(2)ExoQuick(商標)
ExoQuick(商標)(System Biosciences)によれば、上記(a)~(d)の各種RNAを回収できると説明されている。そこで、ExoQuick(商標)を用いて、各種RNAを血清から回収した。300μLの血清に100μLのExoQuick(商標)を添加し、混和後12時間4℃でインキュベートし、1,500×gで30分間遠心分離した。遠心分離後に上清を廃棄し、ペレットを回収した。このペレットに対してSeraMir Kit(System Biosciences)を用いてプロトコールに沿って各種RNAを抽出した。
【0047】
(3)EV RNA
300μLのEDTA/EGTA/PBS溶液を血清に等量添加(EDTA、EGTA共に最終濃度50mM)し、15,000×gで15分間遠心分離した。遠心分離後の上清を移し、100,000×gで1時間超遠心分離を行った。その後、上清を廃棄し、沈殿をEDTA/EGTA/PBS溶液中に再懸濁して、EV RNA含有サンプルを得た。このEV RNA含有サンプルに対して、(1)と同様の手順でmiRNeasyを用いてEV RNAを抽出した。
【0048】
(B)RNAサンプルにおけるLOC100507412 RNA量の解析
次に、(1)~(3)で抽出した各RNAサンプルにおいて、LOC100507412 RNA量の解析を行った。各RNAサンプルをiScript(BIO-RAD)を用いてプロトコールに沿って、逆転写反応に供し、cDNAサンプルを得た。これらのcDNAサンプルをLOC100507412 RNA量の解析に用いた。LOC100507412 RNA量の解析は、digital PCR(QuantStudio 3D Digital PCR System(Thermo Fisher Scientific))を用いて行った(digital PCRで利用した一対のプライマー及びTaqMan probeの位置については、図1及びその図面の簡単な説明を参照のこと)。結果を表1に示す。単位はcopies/μLである。
【0049】
【表1】
【0050】
その結果、EV RNAでは、LOC100507412 RNA量は増大した(表1)。このことは、LOC100507412 RNAが細胞外小胞に存在することを示す。また、細胞外小胞サンプルがLOC100507412 RNAの測定感度の向上のために有用であることが確認された。
【0051】
実施例2:膵癌のバイオマーカーとしてのLOC100507412 RNAの評価
健常人(Control)、膵管内乳頭粘液性腫瘍患者(IPMN)、および膵癌患者(PDAC)の各20例の血清を用いて、細胞外小胞由来RNA(EV RNA)におけるLOC100507412 RNA量の解析を行った。
先ず、300μLの血清にEDTA/EGTA/PBS溶液を等量添加(EDTA、EGTA共に最終濃度50mM)し、15,000×gで15分間遠心分離した。遠心分離後の上清を移し、100,000×gで1時間超遠心分離を行った。その後、上清を廃棄し、沈殿をEDTA/EGTA/PBS溶液中に再懸濁して、EVサンプルを得た。このEVサンプルに対して、実施例1(A)(1)と同様の手順でmiRNeasyを用いてEV RNAを抽出した。次に、EV RNAにおけるLOC100507412 RNA量の解析を、実施例1(B)と同様にして行った。結果を図2に示す。
その結果、PDACの複数の症例は、ControlおよびIPMNに比し、EV RNAにおけるLOC100507412 RNA量が有意に高かった(図2)。
したがって、LOC100507412 RNAは、膵癌のバイオマーカーとして有用であると期待される。
【0052】
実施例3:LOC100507412 RNAの検出感度の向上によるPDACの判定精度の向上
細胞外小胞の回収方法の種類がPDACの判定精度に影響するか検討した。細胞外小胞の回収方法として、免疫沈降法、および超遠心分離法を比較した。血液サンプルとしては、健常人(Control)、膵管内乳頭粘液性腫瘍患者(IPMN)、膵癌患者(PDAC)の各20例の血清を用いた。
【0053】
先ず、免疫沈降法によりEVサンプルを調製した。300μLの血清にカルボキシセルロース(CMC)/EDTA/EGTA/PBS溶液を等量添加(CMC、最終濃度0.5%、EDTA、EGTA共に最終濃度50mM)し、抗CD9抗体(自社製)または抗CD63抗体(自社製)を固定した Dynabeads M-280 tosylactivated(ライフテクノロジーズ社)を0.26mg/mLとなるように等量添加した。4℃で一晩、回転反応させた後に、PBSで3回洗浄し、EV RNA含有サンプルを得た(IP-EV)。
【0054】
次に、超遠心分離法によるEVサンプルの調製は、実施例2と同様にして行った(UC-EV)。
【0055】
免疫沈降法および超遠心分離法により調製された各EVサンプルに対して、実施例1(A)(1)と同様の手順でmiRNeasyを用いてEV RNAを抽出した。次いで、EV RNAにおけるLOC100507412 RNA量の解析を、実施例1(B)と同様にして行った。結果を表2に示す。単位はcopies/μLである。
【0056】
【表2】
【0057】
その結果、免疫沈降法(IP-EV)および超遠心分離法(UC-EV)の双方において、PDACは、ControlおよびIPMNに比し、EV RNAにおけるLOC100507412 RNA量が有意に高かったものの、特に、免疫沈降法では、LOC100507412 RNAの検出感度の向上に伴い、PDACの判定精度が向上した(表2)。免疫沈降法が超遠心分離法よりもPDACの判定精度に優れる理由は定かではないが、免疫沈降法が超遠心分離法に比し夾雑物を低減できることを考慮すると、免疫沈降法による夾雑物の低減が、LOC100507412 RNAの検出を阻害し得る物質の混入を防止できた可能性がある。
したがって、免疫沈降法により回収された細胞外小胞を用いたRNAサンプルにおけるLOC100507412 RNAの検出は、判定精度に優れる膵癌のバイオマーカーとして有用であると期待される。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、例えば、膵癌の臨床検査に有用である。
図1
図2
【配列表】
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