(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-18
(45)【発行日】2024-11-26
(54)【発明の名称】低カリウムきのこの生産方法
(51)【国際特許分類】
A01G 18/20 20180101AFI20241119BHJP
【FI】
A01G18/20
(21)【出願番号】P 2020184335
(22)【出願日】2020-11-04
【審査請求日】2023-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】397067107
【氏名又は名称】山内 正仁
(73)【特許権者】
【識別番号】520431292
【氏名又は名称】黒田 恭平
(73)【特許権者】
【識別番号】397028016
【氏名又は名称】株式会社日水コン
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山内 正仁
(72)【発明者】
【氏名】黒田 恭平
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 俊郎
(72)【発明者】
【氏名】碇 智
【審査官】吉田 英一
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-150926(JP,A)
【文献】Abdul Wakeel, Muhammad Farooq, Manzoor Qadir, and Sven Schubert,Potassium Substitution by Sodium in Plants,Critical Reviews in Plant Sciences,2011年07月28日,Vol. 30, No. 4,pp. 401 - 413
【文献】Keigo Nakakubo, Kei Kariyazono, Takahiro Watari, Fumio Yagi, Kyohei Kuroda, Masayoshi Yamada, Takashi Yamaguchi, Masahito Yamauchi,A novel cultivation method for growing oyster mushrooms with low potassium content using brewer’s grain, an agro-waste,Environmental Technology & Innovation,2023年06月07日,Vol. 32,pp. 103240.1 - 103240.10
【文献】中久保敬悟、長濱銀正、山田真義、片平智仁、黒田恭平、仮屋園恵、八木史郎、佐々木俊郎、種市尚仁、碇智、山内正仁,食品廃棄物を用いた腎臓病患者に優しい食用きのこの開発,第57回環境工学研究フォーラム講演集,日本,公益社団法人土木学会,2020年12月09日,pp. 4
【文献】中久保敬悟、仮屋園恵、永江優佳、山田真義、黒田恭平、齊藤信雄、碇智、山口隆司、山内正仁,食品廃棄物を用いた低カリウムきのこ栽培技術の開発,第58回環境工学研究フォーラム講演集,日本,公益社団法人土木学会,2021年11月16日,pp. 3
【文献】上田橋克、福山一世、山田真義、山内正仁、山口隆司,低カリウムきのこ培地を用いたセシウムの回収に関する基礎研究,土木学会西部支部研究発表会,2014年03月,pp. 829 - 830
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 18/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地100g
(生重量)当たり20~100mgのカリウム及び10~250mgのナトリウムを含む組成を有する培地を用いて、きのこを栽培することを含む、カリウム含量が低減されたきのこ子実体の生産方法
であって、前記きのこ子実体が2,000mg/100g乾物重量以下のカリウム含量を有し、きのこがヒラタケ類である、方法。
【請求項2】
前記培地の組成がビール粕を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記培地の組成がおが屑をさらに含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記培地の組成が、ビール粕及びおが屑を、乾物重量で培地の90重量%以上となる合計量で含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記培地の組成がカリウム源としてのKCl及びナトリウム源としてのNaClを含む、請求項2~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記培地の組成が培地100g
(生重量)当たり45~60mgのカリウムを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記培地の組成が培地100g
(生重量)当たり40~160mgのナトリウムを含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記培地の組成がオスモライトをさらに含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記培地の組成が培地の水分量の2重量%以上のオスモライトを含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
オスモライトがグリセロール又はグルコースの少なくとも一方を含む、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
培地100g(生重量)当たり20~100mgのカリウム及び1~10mgのナトリウムを含み、かつオスモライトを含む組成を有する培地を用いてきのこを栽培することを含む、カリウム含量が低減されたきのこ子実体の生産方法
であって、前記きのこ子実体が2,000mg/100g乾物重量以下のカリウム含量を有し、きのこがヒラタケ類である、方法。
【請求項12】
オスモライトがグリセロール又はグルコースの少なくとも一方を含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
きのこがヒラタケである、請求項1~
12のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低カリウムきのこの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腎臓病血液透析患者数は2018年末の時点で約33.9万人を超え、増加の一途をたどっている。糖尿病や腎硬化症をはじめとする慢性腎臓病(CKD)患者数は約1,330万人と推定されている。一般にナトリウムの過剰摂取は高血圧の一因になり、その一方でカリウムは血圧を低下させる働きがある。しかしながら、腎機能が低下した場合、カリウムは体内に蓄積され、高カリウム血症を引き起こしてしまう。高カリウム血症は不整脈を起こし急死の原因にもなる。そのため、腎臓病血液透析患者については1日のカリウム摂取量が1,500~2,000mg以下に制限されている。
【0003】
カリウムは葉菜類、果菜類などの野菜や、食用きのこ類に多く含まれているため、カリウム摂取量を上記の制限値の範囲に抑えるのは非常に手間がかかる。そこで、腎臓病血液透析患者や慢性腎臓病患者を対象とした低カリウム食料の生産技術の開発が、近年盛んに行われている。これまでにほうれん草やレタス等に関しては、土耕栽培や水耕栽培においてカリウムの施肥量を制限したり、カリウムの代わりにナトリウムを施肥したりすることによって低カリウム野菜の栽培に成功しているが、小松菜等の別の野菜ではカリウムの欠乏をナトリウム施肥では補えずに生育が低下するという報告もある(非特許文献1)。
【0004】
食用きのこに関しては、子実体を形成させるためにカリウムが大量に必要となることから、カリウムを多く含む米糠やフスマなどの農業副産物を用いた菌床栽培が広く行われており、低カリウムきのこの生産技術の開発は進んでいない。関谷(1999)は、カリウム量が極端に少ないビール粕培地(カリウム含量161.4mg/瓶)では子実体がほとんど形成されなかったことを報告している(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】小川敦史、田口悟、川島長治、「腎臓病透析患者のための低カリウム含有量ホウレンソウの栽培法の確立」、日本作物学会紀事、76(2)、pp.232-237 (2007)
【文献】関谷敦、「ビール粕を主成分とする培地におけるヒラタケ子実体の発生に及ぼすカリウムの添加効果」、日本応用きのこ学会誌、Vol.7、No.2、pp.65-69 (1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、カリウム含量を低減させたきのこ子実体の生産方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、きのこ栽培において、所定のカリウム含量を有する低カリウム培地のナトリウム含量を増加させること、及び/又は所定のカリウム含量を有する低カリウム培地にグリセロールやグルコースのようなオスモライトを配合することにより、カリウム含量が低減したきのこ子実体を良好な収量で生産することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1]培地100g当たり20~100mgのカリウム及び10~250mgのナトリウムを含む組成を有する培地を用いて、きのこを栽培することを含む、カリウム含量が低減されたきのこ子実体の生産方法。
[2]前記培地の組成がビール粕を含む、上記[1]に記載の方法。
[3]前記培地の組成がおが屑をさらに含む、上記[2]に記載の方法。
[4]前記培地の組成が、ビール粕及びおが屑を、乾物重量で培地の90重量%以上となる合計量で含む、上記[3]に記載の方法。
[5]前記培地の組成がカリウム源としてのKCl及びナトリウム源としてのNaClを含む、上記[2]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記培地の組成が培地100g当たり45~60mgのカリウムを含む、上記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記培地の組成が培地100g当たり40~160mgのナトリウムを含む、上記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]前記培地の組成がオスモライトをさらに含む、上記[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]前記培地の組成が培地の水分量の2重量%以上のオスモライトを含む、上記[8]に記載の方法。
[10]オスモライトがグリセロール又はグルコースの少なくとも一方を含む、上記[8]又は[9]に記載の方法。
[11]培地100g当たり20~100mgのカリウム及び1~10mgのナトリウムを含み、かつオスモライトを含む組成を有する培地を用いてきのこを栽培することを含む、カリウム含量が低減されたきのこ子実体の生産方法。
[12]オスモライトがグリセロール又はグルコースの少なくとも一方を含む、上記[11]に記載の方法。
[13]2,000mg/100g乾物重量以下のカリウム含量を有するきのこ子実体が生産される、上記[1]~[12]のいずれかに記載の方法。
[14]きのこがヒラタケである、上記[1]~[13]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、カリウム含量を低減させたきのこ子実体を良好な収量で生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1はグリセロール5.0%添加区及び対照区における子実体の発生状態及び形態の例を示す写真である。A:試験区2)-4、B:試験区2)-12、C:試験区2)-16、D:試験区2)-17(対照区)。
【
図2】
図2はグルコース5.0%添加区又はグルコース10.0%添加区における子実体の発生状態及び形態の例を示す写真である。A:K100_Na0_Glc10%区、B:K100_Na100_Glc5%区、C:K100_Na100_Glc10%区。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、一般的なきのこ培地よりもカリウム量を低減した低カリウム培地を用いたきのこの栽培技術(栽培方法)に関する。より具体的には、本発明は、子実体の収量低下を抑制可能又は子実体の収量を改善可能な組成を有する低カリウム培地を用いてきのこを栽培することにより、カリウム含量が低減されたきのこ子実体を生産する方法に関する。
【0012】
本発明において、きのこの栽培に用いる培地(きのこ培地)の組成(培地組成)は、培地調製時の組成を指す。
【0013】
本発明のきのこ栽培に用いる培地(きのこ培地)は、培地栄養材(栄養材)を含む。培地栄養材は、特に限定されないが、カリウム含量が相対的に低いものが好ましい。あるいは、培地は、総カリウム含量が所定の範囲に収まる量である限り、相対的に高いカリウム含量を有する培地栄養材を含んでもよい。好ましい培地栄養材の例として、ビール粕、コーンブラン、下水汚泥などが挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0014】
本発明のきのこ栽培に用いる培地(きのこ培地)は、培地基材を含むことが好ましい。培地基材は、特に限定されないが、カリウム含量が相対的に低いものが好ましい。好ましい培地基材の例として、おが屑(おが粉と称される場合もある)、コーンコブ、サトウキビ絞り粕(バガス)、デンプン粕が挙げられるが、これらに限定するものではない。おが屑としては、針葉樹おが屑、広葉樹おが屑等が挙げられるが、これらに限定するものではない。なお培地基材は、培地基材としてだけでなく培地栄養材としても機能するものであってもよい。
【0015】
上記培地は、固形培地、半固形培地、又は液体培地等の任意の形態であってよい。好ましい実施形態では、上記培地は、培地栄養材と培地基材を含む固形培地(菌床培地)である。
【0016】
上記培地の組成は、培地栄養材と培地基材を、乾物重量(乾物重量比)で、培地(培地総重量)の典型的には90重量%以上、好ましくは92重量%以上、より好ましくは95重量%以上又は96重量%以上となる量(培地栄養材と培地基材の合計量)で含むことが好ましい。
【0017】
一実施形態では、本発明で用いる培地の組成は、ビール粕を含む。一実施形態では、本発明で用いる培地の組成は、培地(例えば、培地栄養材と培地基材を含む)の総量に対し、乾物重量比で20~60%の量のビール粕を含んでもよい。一実施形態では、上記培地の組成はまた、おが屑を含む。好ましい実施形態では、上記培地の組成は、ビール粕とおが屑を含み、ビール粕及びおが屑を、乾物重量で、培地の典型的には90重量%以上、好ましくは92重量%以上、より好ましくは95重量%以上又は96重量%以上となる量(ビール粕とおが屑の合計量)で含むことが好ましい。
【0018】
一実施形態では、本発明で用いる培地の組成は、おが屑(例えば、針葉樹おが屑)及びビール粕を、おが屑:ビール粕=40~80:20~60、40~50:40~60、又は44~48:48~52、例えば46:50の乾物重量比で含んでもよいが、この範囲に限定されない。
【0019】
本発明のきのこ栽培に用いる培地は、本発明で規定する培地組成を有する低カリウム培地である。本発明では、ナトリウム量を増加させた所定のカリウム含量を有する低カリウム培地を用いることにより、子実体の収量低下を抑制又は収量を改善しながら、生産されるきのこ子実体のカリウム含量を低減させることができる。具体的には、本発明のきのこ栽培に用いる培地は、例えば、培地100g(生重量)当たり20~100mgのカリウム及び10~250mgのナトリウムを含む組成を有するものであってよい。
【0020】
上記培地の組成は、培地100g(生重量)当たり、10mg以上、典型的には20~100mg、好ましくは30~80mg、より好ましくは45~60mg、例えば45~55mg、30~60mg、45~80mg、又は55~80mgのカリウムを含んでもよい。
【0021】
上記培地の組成は、培地100g(生重量)当たり、500mg以下、典型的には10~250mg、好ましくは20~250mg、より好ましくは30~200mg、さらに好ましくは40~160mg、例えば40~100mg、50~160mg、10~70mg、又は10~160mgのナトリウムを含んでもよい。
【0022】
好ましい実施形態では、上記培地は、培地100g(生重量)当たり20~100mg又は45~80mgのカリウム及び10~160mgのナトリウムを含む組成を有していてもよい。好ましい別の実施形態では、上記培地は、培地100g(生重量)当たり45~60mgのカリウム及び10~250mg又は40~160mgのナトリウムを含む組成を有していてもよい。
【0023】
本発明において「生重量」とは「乾物重量」の対義語であり、水分を含んだままの非乾燥重量を指す。例えば、培地の生重量は、所定の水分率を有する調製時の培地の重量を指す。
【0024】
本発明における培地のカリウム量及びナトリウム量は、培地に含まれるカリウムの合計量及びナトリウムの合計量を意味する。すなわち、上記の培地組成におけるカリウム量及びナトリウム量は、培地栄養材や培地基材に含まれるカリウム量及びナトリウム量に加えて添加剤等に含まれるカリウム量及びナトリウム量をそれぞれ合計した量である。
【0025】
本発明のきのこ栽培に用いる培地は、典型的には、培地栄養材や培地基材などの培地成分に加えて、カリウム及び/又はナトリウムをさらに添加して調製したものであり得る。例えば、上記培地は、培地栄養材や培地基材に、追加のカリウム源としてKClなどのカリウム塩、追加のナトリウム源としてNaClなどのナトリウム塩を添加したものであってよい。但し培地栄養材や培地基材由来のカリウム又はナトリウムのみで上記の所定の量を既に満たす場合には、必ずしもカリウム又はナトリウムを添加する必要はない。上記培地は、バイオマス等の形態で配合されたカリウム及び/又はナトリウムを上記の所定の量で含み、個別の添加剤の形態でのカリウム塩やナトリウム塩を含まないものであってもよい。
【0026】
一実施形態では、上記培地の組成は、培地100g(生重量)当たり0~150mg、20~150mg、20~130mg、25~70mg、25~55mg、15~70mg、25~130mg、又は55~130mgのカリウム塩を添加剤として含んでもよい。上記培地は、培地100g(生重量)当たり40~600mg、80~450mg、100~350mg、100~250mg、175~350mg、40~175mg、又は40~350mgのナトリウム塩を添加剤として含んでもよい。
【0027】
一実施形態では、上記培地は、培地栄養材や培地基材に、培地100g(生重量)当たり0~150mgのKCl及び40~600mgのNaClを添加したものであってよい。その培地の組成は、培地100g(生重量)当たり0~150mgのKCl及び40~600mgのNaClを含む。上記培地の組成は、培地100g(生重量)当たり0~150mg、20~150mg、20~130mg、25~70mg、25~55mg、15~70mg、25~130mg、又は55~130mgのKClを含んでもよい。上記培地は、培地100g(生重量)当たり40~600mg、80~450mg、100~350mg、100~250mg、175~350mg、40~175mg、又は40~350mgのNaClを含んでもよい。
【0028】
好ましい実施形態では、上記培地は、培地100g(生重量)当たり0~150mg又は25~55mgのKCl及び40~350mgのNaClを含む組成を有していてもよい。好ましい別の実施形態では、上記培地は、培地100g(生重量)当たり25~55mgのKCl及び40~600mg又は100~350mgのNaClを含む組成を有していてもよい。
【0029】
本発明において、上記のようにカリウムやナトリウムを添加して調製した培地の組成におけるカリウム量は、添加されたカリウム(例えば、添加剤としてのKCl等のカリウム塩の形態のもの)由来のカリウム量と、培地栄養材や培地基材等の他の培地成分由来のカリウム量の合計値で規定され、ナトリウム量は、添加されたナトリウム(例えば、添加剤としてのNaCl等のナトリウム塩の形態のもの)由来のナトリウム量と培地栄養材や培地基材等の他の培地成分由来のナトリウム量の合計値で規定される。例えば、カリウムやナトリウムを添加して調製した培地が、培地100g(生重量)当たり20~100mgのカリウム及び10~250mgのナトリウムを含む組成を有する場合、20~100mgというカリウム含量は添加したカリウムと培地栄養材や培地基材等の他の培地成分由来のカリウムを含む量であり、10~250mgというナトリウム含量は添加したナトリウムと培地栄養材や培地基材等の他の培地成分由来のナトリウムを含む量である。なおカリウム塩やナトリウム塩を添加した場合でも、カリウム量及びナトリウム量は、カリウム塩やナトリウム塩それ自体の添加量ではなく、カリウム元素、ナトリウム元素に相当する添加量として算出する。
【0030】
上記培地は、きのこ栽培に適した所定のレベルの培地水分率を有することが好ましい。上記培地の培地水分率は、通常は、培地総重量(生重量)に対して、典型的には58~70%(重量%;以下同様)であることが好ましく、65%程度、例えば60~67%又は62~67%であることがより好ましい。培地材料を配合した結果、培地が上記の培地水分率を有しない場合には、水又は水性媒体を加えるか、あるいは水分を除去するなどして、培地の培地水分率を調整すればよい。培地材料を配合した結果、培地が上記の培地水分率を有する場合には、そのまま培地として使用してもよいし、上記の培地水分率を満たす限りにおいて培地水分率をさらに調整してもよい。
【0031】
上記培地はまた、組成中のカリウム量及びナトリウム量が上記基準を満たす限り、きのこ培地に適した任意の他の材料又は成分を含んでもよい。そのような成分としては、例えば、pH調整剤やカルシウム源として利用される貝化石、貝殻(カキ殻、アコヤガイ貝殻等)、消石灰等などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0032】
本発明では、上記培地をきのこ栽培に用いることにより、生産されるきのこ子実体のカリウム含量を、一般的な培地で栽培されたきのこ子実体と比較して、例えば、日本食品成分表(七訂版)に記載のきのこ子実体のカリウム含量、又は培養基材及び培養栄養材として針葉樹おが屑及び米糠のみを使用した対照培地(針葉樹おが屑:米糠=46%:50%(培地に対する乾物重量比))で生産されるきのこ子実体のカリウム含量と比較して、低減させることができ、例えば、20%以上、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上、50%以上、又は60%以上、特に好ましくは65%以上低減させることができる。
【0033】
本発明では、きのこ栽培に上記培地を用いることにより、子実体の収量低下を抑制又は収量を改善しながら、きのこ子実体のカリウム含量を低減させることができる。一般的に、子実体のカリウム含量を低減させるために低カリウム培地を使用すると、子実体の収量が顕著に低下するとされていることから、本発明のそのような効果は驚くべきものである。
【0034】
特に、培地100g(生重量)当たり45~60mgのカリウム及び40~160mgのナトリウムを含む組成を有する培地をきのこ栽培に用いることにより、より高い収量を確保しながら、生産されるきのこ子実体のカリウム含量を、一般的な培地で栽培されたきのこ子実体(上記参照)と比較して、より顕著に低減させることができ、例えば、40%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上、特に好ましくは65%以上低減させることができる。
【0035】
さらなる実施形態では、本発明のきのこ栽培に用いる培地は、低カリウム培地に、オスモライトを添加したものであってもよい。オスモライトは、浸透圧有効物質とも称され、生体内において浸透圧を調節するために用いられる物質である。本発明の好ましい実施形態では、低カリウム培地にオスモライトを添加することにより、子実体の発生及び形成が促進され、子実体の収量が増加し、その結果として一般的な培地を用いる場合と比較して子実体の収量低下を抑制又は収量を改善しながら、生産されるきのこ子実体のカリウム含量を低減させることができる。
【0036】
オスモライトは、きのこ培地への添加に適したものであれば特に限定されないが、有機オスモライトが好ましく、多価アルコール又は糖がより好ましい。オスモライトはまた、窒素不含の物質であることが好ましい。そのようなオスモライトの具体例として、グリセロール、グルコース等が挙げられるが、これらに限定されない。一種又は二種以上のオスモライトを培地に添加してもよい。一実施形態では、オスモライトは、例えば、グリセロール又はグルコースの少なくとも一方を含むものであってよく、あるいは、グリセロール又はグルコースの少なくとも一方からなるものであってよく、グリセロール又はグルコースであってもよい。
【0037】
なお、きのこ培地のC/N比は概ね20~40(栄養成長期で20程度、生殖成長期で30~40程度)が好ましいとされていることから、オスモライトの添加量及び種類はC/N比をこの範囲から大きく変動させないように選択することが好ましい。
【0038】
オスモライト(例えば、グリセロール及び/又はグルコース)は、培地水分量(培地調製時に培地水分率を調整する場合はその調整後の水分量)の0.5重量%以上、好ましくは1重量%以上又は2重量%以上、より好ましくは1~20重量%、さらに好ましくは1~10重量%、例えば2~10重量%、2~8重量%、4~10重量%、2~5重量%、又は4~8重量%の量で培地に添加してもよい。すなわち、本発明においてきのこ栽培に用いる培地の組成は、培地水分量の0.5重量%以上、好ましくは1重量%以上又は2重量%以上、より好ましくは1~20重量%、さらに好ましくは1~10重量%、例えば2~10重量%、2~8重量%、4~10重量%、2~5重量%、又は4~8重量%のオスモライトを含むものであってよい。
【0039】
本発明のきのこ栽培に用いる培地は、バイオマス等の形態で配合されたオスモライトを上記の所定の量で含み、個別の添加剤の形態でのオスモライトを含まないものであってもよい。
【0040】
オスモライトを添加する低カリウム培地は、上記の培地であってよく、例えば、培地100g(生重量)当たり10mg以上、典型的には20~100mgのカリウム及び500mg以下、典型的には10~250mgのナトリウムを含む組成を有するものであってよい。上記の培地の組成、材料、成分、配合等に関する上記の記載は、オスモライトを添加する培地にそのまま適用される。このような培地を用いる場合、上記のようなオスモライトを添加することにより、全体的な傾向として、子実体の収量がさらに増加し、また、生産されるきのこ子実体のカリウム含量もさらに低減する。
【0041】
一実施形態では、本発明の方法は、培地100g(生重量)当たり45~60mgのカリウム及び10~250mg又は40~160mgのナトリウムを含み、かつ、培地水分量の0.5重量%以上(例えば、2~10重量%、2~8重量%、4~10重量%、2~5重量%、又は4~8重量%)のオスモライト(例えば、グリセロール及び/又はグルコース)を含む組成を有する培地を用いて、きのこを栽培することを含む、カリウム含量が低減されたきのこ子実体の生産方法であってよい。そのような培地をきのこ栽培に用いることにより、特に高い収量を確保しながら、生産されるきのこ子実体のカリウム含量を、一般的な培地で栽培されたきのこ子実体(上記参照)と比較して、より顕著に低減させることができ、例えば、45%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上、特に好ましくは70%以上低減させることができる。
【0042】
あるいは、オスモライトを添加する低カリウム培地は、ナトリウム含量が特に低い培地であってもよい。一実施形態では、本発明は、培地100g(生重量)当たり20mg以下、典型的には1~10mg(例えば、1mg以上10mg未満)のナトリウム、並びにオスモライトを含む組成を有する低カリウム培地を用いてきのこを栽培することを含む、カリウム含量が低減されたきのこ子実体の生産方法も提供する。
【0043】
好ましい実施形態では、そのような方法は、培地100g(生重量)当たり20~100mgのカリウム及び20mg以下、典型的には1~10mg(例えば、1mg以上10mg未満)のナトリウム、並びにオスモライト(例えば、グリセロール及び/又はグルコース)を含む組成を有する培地を用いて、きのこを栽培することを含む。このようにナトリウム含量が特に低い低カリウム培地では、通常、子実体が発生しにくいが、上記のようにオスモライトを添加することによって子実体の発生を促し、きのこ子実体の生産を可能にすることができる。
【0044】
一実施形態では、この本発明の方法は、培地100g(生重量)当たり10mg以上、典型的には20~100mg(例えば、20~60mg又は45~60mg)のカリウム及び20mg以下、典型的には1~10mg(例えば、1mg以上10mg未満)又は2~5mgのナトリウムを含み、かつ培地水分量の0.5重量%以上、好ましくは1重量%以上、より好ましくは1~20重量%、さらに好ましくは1~10重量%、例えば2~10重量%、2~8重量%、4~10重量%、2~5重量%、又は4~8重量%のオスモライト(例えば、グリセロール及び/又はグルコース)を含む組成を有する培地を用いて、きのこを栽培することを含む、カリウム含量が低減されたきのこ子実体の生産方法であってよい。あるいは、本発明の方法は、培地100g(生重量)当たり20~30mgのカリウム及び20mg以下、典型的には1~10mg(例えば、1mg以上10mg未満)又は2~5mgのナトリウムを含み、かつ培地水分量の0.5重量%以上、好ましくは1重量%以上、より好ましくは1~20重量%、さらに好ましくは1~10重量%、例えば2~10重量%、2~8重量%、4~10重量%、2~5重量%、又は4~8重量%のオスモライト(例えば、グリセロール及び/又はグルコース)を含む組成を有する培地を用いて、きのこを栽培することを含む、カリウム含量が低減されたきのこ子実体の生産方法であってもよい。そのような培地をきのこ栽培に用いることにより、良好な収量を確保しながら、生産されるきのこ子実体のカリウム含量を、一般的な培地で栽培されたきのこ子実体(上記参照)と比較して、より顕著に低減させることができ、例えば、30%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上又は60%以上、特に好ましくは70%以上低減させることができる。
【0045】
本発明の方法では、上記培地を用いて、きのこの栽培を行う。きのこ栽培には、きのこの種類に応じた栽培手法を用いればよく、特に限定するものではないが、例えば、以下のようにして実施することができる。
【0046】
まず、上記培地を、培養・栽培用の容器に充填する。容器への培地の充填量(瓶詰め重量)は、特に限定されないが、典型的には、200g~1kg、例えば400~600gであってよい。なお、通常は培地水分率を調整してから培地を容器に充填するが、場合により、培地を容器に充填した後に培地水分率を調整してもよい。
【0047】
培養・栽培容器は、きのこ栽培に適した任意の形状及び素材の容器であってよい。そのような容器は、例えば、瓶、袋、チューブ等であってよい。
【0048】
容器に培地を充填した後、滅菌処理を行う。滅菌処理は、きのこ栽培に用いる培地の滅菌に適した任意の滅菌法を用いて常法により行うことができる。そのような滅菌法の例としては、高圧滅菌処理(例えば、121℃で3時間の高圧滅菌処理)、常圧滅菌処理等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0049】
滅菌処理後、必要に応じて冷却後、培地にきのこ菌を接種する。きのこは、任意のきのこであってよいが、食用きのこであることが好ましい。きのこの例としては、ヒラタケ類(ヒラタケ、ウスヒラタケ、ヒマラヤヒラタケ、タモギタケ、エリンギ等)、シメジ類(ブナシメジ、ホンシメジ等)、キクラゲ類(アラキクラゲ、キクラゲ、白キクラゲ等)、エノキタケ、シイタケ、ナメコ、マイタケ、マッシュルーム等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0050】
きのこ菌を培地に接種した後、菌を一定期間にわたって培養する。培養は、用いるきのこ菌に適した培養条件で行えばよいが、典型的な培養条件は、温度18~25℃、湿度70~80%で、20~120日程度である。例えばヒラタケの場合、温度22±1℃、湿度75±5℃、光照射は作業時のみとすることができるが、これに限定されない。培養は、菌糸が培地にまん延するまで(菌周りが完了するまで)又はそれに加えて必要な熟成が完了するまで行うことが好ましい。
【0051】
培養後の培地に対し、必要に応じて、子実体発生処理を行う。子実体発生処理(発生処理)としては、菌掻き及び注水処理を行うことが一般的であるが、それらの操作は必要がなければ行わなくてもよい。子実体発生処理として、光照射、又は低温処理等を行うこともあり得る。あるいは、子実体発生処理は、必要に応じて、培養段階に行ってもよい。
【0052】
発生処理後、子実体形成を促す条件下に置き、生育させる。必要に応じて、生育段階の前に芽出し処理を行ってもよい。生育工程は、きのこの種類に適した生育環境(温度、湿度、光照射条件等)下で行えばよい。例えばヒラタケの場合、温度14±1℃、湿度90±5℃、光照射8時間とすることができるが、これに限定されない。
【0053】
子実体が十分に生長した段階で子実体を収穫する。本発明に関して子実体の収量の調査や成分分析を行う場合には、発生した子実体の8割の個体の傘が開いた段階で行えばよい。ヒラタケの場合、発生した子実体の8割の個体の傘が20~30mm程度まで開いた段階で収穫することができる。
【0054】
このようにして生産される子実体は、一般的な培地で栽培されたきのこ子実体(上記参照)と比較して、顕著に低減されたカリウム含量を有する。
【0055】
本発明の方法では、以下に限定するものではないが、好ましくは2,000mg/100g乾物重量以下、より好ましくは1,800mg/100g乾物重量以下、さらに好ましくは1,700mg/100g乾物重量以下、特に好ましくは1,500mg/100g乾物重量以下のカリウム含量を有する子実体(好ましくは、ヒラタケ)を生産することができる。そのような子実体のカリウム含量は、典型的には、700mg/100g乾物重量以上であるが、それに限定されない。
【0056】
本発明の方法で生産される子実体においては、一般的な培地で栽培されたきのこ子実体(上記参照)と比較して、ナトリウム含量の増加が認められる場合がある。しかしきのこ子実体はもともとナトリウム含量が非常に低いため、増加後のナトリウム含量も、腎臓病血液透析患者におけるナトリウム摂取量の制限値と比較してそれほど高いものではない。さらに、ナトリウム摂取量は調味料の使用量の制限によりコントロールし易いことを考えると、カリウム摂取量とナトリウム摂取量が制限される腎臓病血液透析患者のような患者にとって、本発明の方法で生産されるきのこ子実体におけるカリウム含量の低減は、ナトリウム含量の増加よりもはるかにメリットが大きいと考えられる。したがって本発明の方法は、カリウム摂取量が制限される腎臓病血液透析患者等の患者に適したきのこやきのこ含有食品の製造のためにも有利に使用できる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0058】
[実施例1]培地材料の成分分析
後述の実施例2以降では、ビール粕培地を用いてきのこ栽培を行う。本実施例では、そのビール粕培地の材料として用いる針葉樹おが屑(培地基材)及びビール粕(培地栄養材)の成分分析を行い、各培地材料の成分特性を評価した。
【0059】
具体的には、針葉樹おが屑(長さ5.0~15.0mmの粗おが屑と、長さ0.1~4.0mmの細おが屑を6:4の重量比で配合したもの)、及びビール粕(商品名:ゲンキノコ;キリンエコー株式会社)について、水分率、並びに一般成分(粗蛋白質、粗脂肪、粗繊維、粗灰分、可溶無窒素物)及び無機成分の量を測定した。比較のため、培地材料として一般的に使用される米糠についても同様の測定を行った。
【0060】
水分率は常圧加熱水分法を用いて測定した。粗蛋白質は、ケルダール法(窒素・蛋白質換算係数:6.25)により定量した。粗脂肪はジエチルエーテル抽出法により、粗繊維はろ過法により、粗灰分は直接灰化法により定量した。可溶無窒素物は、以下の式で算出した:100 w/w%-(粗蛋白質量[w/w%]+粗脂肪量[w/w%]+粗繊維量[w/w%]+粗灰分量[w/w%])。無機成分については、リン(P)をバナドモリブデン酸吸光光度法により、カリウム(K)、カルシウム(Ca)、及びマグネシウム(Mg)は原子吸光光度法により定量した。
【0061】
測定結果を表1に示す。針葉樹おが屑は一般成分の約80%がセルロース、ヘミセルロース、リグニン等の粗繊維で占められていた。このことから、栽培期間の短い食用きのこ栽培では、培地材料としての針葉樹おが屑は、培地の通気性、保水性維持のために有用と考えられる。ビール粕は、菌糸の栄養生長に利用可能な粗蛋白質や可溶無窒素物(単少糖類、デンプン等)の量が多いこと、米糠と比較しても蛋白質の量が多いことが示された。
【0062】
無機成分に関しては、針葉樹おが屑及びビール粕のいずれの培地材料においても、カリウム量が、食用きのこ栽培の培地栄養材として利用されている米糠中のカリウム量(17,722mg/kg乾物)と比較して1/20~1/30程度と少ないことが示された。
【0063】
【0064】
関谷(1999)は、広葉樹おが屑99.3g(カリウム(K)量114.4mg)とビール粕79.2g(カリウム(K)量47.0mg)を混合し、水分率65%に調整した培地でヒラタケ栽培試験を実施したところ、カリウム量が極端に少ないビール粕培地(カリウム161.4mg/瓶)では子実体はほとんど形成されなかったことを報告している(関谷敦、「ビール粕を主成分とする培地におけるヒラタケ子実体の発生に及ぼすカリウムの添加効果」、日本応用きのこ学会誌、Vol.7、No.2、pp.65-69 (1999))。後述の実施例2で調製するビール粕培地は、例えば培地水分率65%の場合、針葉樹おが屑及びビール粕由来のカリウムを119.1mg(針葉樹おが屑由来の72.6mg+ビール粕由来の46.5mg)しか含有しないため、カリウム無添加ではきのこ子実体は形成されにくいと考えられた。なお当該ビール粕培地に含まれるナトリウム量は、培地水分率65%の場合、12.6mg/瓶(針葉樹おが屑由来の5.3mg/瓶+ビール粕由来の7.3mg/瓶)である。
【0065】
[実施例2]ビール粕培地を用いたきのこ栽培
実施例1で成分分析を行った針葉樹おが屑及びビール粕、並びに貝化石を、培地乾物重量(総乾物重量)のそれぞれ46%、50%、4%(いずれも乾物重量%)の割合で配合したビール粕培地を調製した。このビール粕培地を、カリウム及びナトリウム無添加で(無添加区 K0_Na0)、又はカリウム(0~500mg)及び/若しくはナトリウム(0~1,000mg)をそれぞれKCl及びNaClの形態で添加して(カリウム/ナトリウム添加区)、きのこ栽培に用いた。合計25の試験区でそれぞれ用いた培地の配合条件を表2に示す。
【0066】
【0067】
具体的には、まず、針葉樹おが屑、ビール粕、及び培地のpHを調整するための貝化石をそれぞれ培地乾物重量の46%、50%、4%となる量で配合し、試験区2~25の培地にはさらにカリウム塩(KCl)及び/又はナトリウム塩(NaCl)を表2に示す量で添加し、これらの資材に水分を加えて培地水分率が65%程度となるように調整した後、850mLのポリプロピレン製の培養瓶(口径58mm、蓋:ウレタン無し)に培地を450gずつ充填し、121℃で3時間の高圧滅菌処理を行った。
【0068】
冷却後、無菌室で、その培地表面に、栽培期間が短く害菌に強いヒラタケ菌(H67号;株式会社キノックス)を瓶当たり約10g接種した。ヒラタケ菌の培養は培養室(温度22±1℃、湿度75±5%)で30日間行い、その後、子実体発生処理として、菌掻き、注水操作を施し、2時間静置後、発生室(温度14±1℃、湿度90±5%)に培養瓶を移し、子実体形成を促した。
【0069】
なお培養室内の蛍光灯の点灯は作業時のみとし、発生室内の蛍光灯の点灯は8時間/日とした。収穫は発生した子実体の8割が傘径20~30mm程度まで生長した段階で行った。次いで、収穫した子実体の生重量、水分率の測定、並びに一般成分、無機成分の分析を行った。なお、子実体の水分率の測定、一般成分、無機成分の分析は実施例1と同様の方法で行った。
【0070】
各試験区で用いた培地について、表1及び表2に基づき算出したカリウム含量及びナトリウム含量を表3に示す。
【0071】
【0072】
表4に上記ヒラタケ栽培試験における子実体産生結果を示す。
【0073】
【0074】
菌接種から子実体収穫までの総栽培日数は、無添加区と比較して、カリウム及び/又はナトリウムを添加した培地(カリウム/ナトリウム添加区)において全体的に短縮される傾向が示された。
【0075】
収量(生)は、無添加区(試験区1)とカリウム無添加区(試験区2~5)で極端に少なかった。培地中のカリウム量とナトリウム量の両方を増加させることにより、子実体収量は大きく増加した。とりわけ、培地にカリウムを100mg添加した試験区12~15(K100区)では、ナトリウムを添加することにより、子実体収量がナトリウム無添加の試験区11(K100_Na0区)に対して1.2~1.5倍に増加した。しかしながら、培地へのカリウム添加量が200mg、500mgと増加するにつれて、ナトリウム添加による子実体の増収促進効果は小さくなった。
【0076】
子実体の発生本数は、全体的な傾向として、カリウム添加量増加に伴い、30~40本程度まで増加した。傘の発育不良は収量が極端に少ないK0区(カリウム無添加区)で認められたが、カリウムを50mg以上添加した試験区では認められなかった。
【0077】
子実体の水分率はナトリウム添加量が多い試験区で低下傾向にあった。このことから、低カリウム培地では、ナトリウム添加量の増加に伴い、培地中の水分の子実体への移動が抑制され易いことが示された。
【0078】
表5に、上記試験で得られた子実体の一般成分、無機成分の分析結果を示す。比較のため、針葉樹おが屑+米糠培地を用いた対照区で同様に栽培したヒラタケ子実体の以前の分析結果、及び日本食品標準成分表(七訂表)に掲載されたヒラタケ子実体の標準的成分値も表5中に示す。
【0079】
【0080】
表5に示す各試験区の結果について、一般成分の量をカリウム添加量間で比較すると、培地へのカリウム添加量が200mg/瓶以下の試験区(試験区6~20)では、培地中のナトリウム量の増加に伴い、子実体中の蛋白質量が減少し、炭水化物量は増加したことが示された。カリウム添加量500mg/瓶の試験区(試験区21~25)では、ナトリウム添加量の増加に伴う子実体の一般成分量の大きな変化は見られなかった。
【0081】
無機成分については、カリウム添加量200mg/瓶以下の試験区(試験区2~20)では、培地中のナトリウム量の増加に伴い、子実体中のカリウム量は減少し、ナトリウム量は増加する傾向にあった。一方、カリウム添加量500mg/瓶の試験区(試験区21~25;K500_Na添加区)では、培地中のナトリウム量に関係なく、子実体中のカリウム量に大きな変化は認められなかったが、ナトリウム添加量の増加に伴って子実体中のナトリウム量は増加した。高カリウム培地を用いた栽培では子実体に優先的にカリウムが取り込まれ、培地中のナトリウム量が増加しても子実体の低カリウム化は難しいが、低カリウム培地を用いた栽培では、子実体へのカリウム取込量を抑制できると考えられた。
【0082】
日本食品標準成分表2019年版(七訂)(本願明細書では、七訂表とも称する)に基づいて算出されるヒラタケ子実体のカリウム、ナトリウム含有量は、それぞれ3,208mg/100g乾物重量、18.9mg/100g乾物重量である。これらの値と、子実体収量が多く子実体中のカリウム量が少なかった試験区13、試験区14の結果とを比較すると、試験区13、試験区14では子実体中のカリウム量が七訂表値よりも60.6~64.7%減少することになる。一方で、試験区13、試験区14における子実体中のナトリウム量は、七訂表値(18.9mg/100g乾物重量)よりも増加した。
【0083】
腎臓病血液透析患者はナトリウムを十分排泄できないため、食品におけるナトリウム含有量の増加は腎臓病血液透析患者にとって好ましくないとも考えられる。そこで、上記培地で生産された子実体のカリウム含有量の減少によるメリットとナトリウム含有量増加によるデメリットのどちらの影響が大きいかについて検討した。腎臓病血液透析患者は一般的に1日のカリウム摂取量を1,500~2,000mgに制限されている(例えば、阿部雅紀、「慢性腎臓病の栄養管理」、日大医誌、78(4)、pp.237-241 (2019);日本腎臓学会編「慢性腎臓病に対する食事療法基準 2014年度版」、日腎会誌、56(5)、pp.553-599 (2014)等を参照されたい)。この上限カリウム摂取量は試験区13、試験区14で得られた子実体(生)100gに含まれるカリウム量(試験区13:164.3mg/100g生重量、試験区14:164.3mg/100g生重量)の9.1~12.2倍量に相当する。一方、腎臓病血液透析患者の一日の食塩摂取量は一般的に5,000~8,000mgに制限されており、これをナトリウム量に換算すると約2,300~3,200mgになる(例えば、上述の阿部雅紀、「慢性腎臓病の栄養管理」(2019)及び日本腎臓学会編「慢性腎臓病に対する食事療法基準 2014年度版」(2014)等を参照されたい)。きのこのナトリウム含量は一般的に低いが、上限ナトリウム摂取量は試験区13、試験区14で得られた子実体(生)100gに含まれる増加したナトリウム量(試験区13:24.1mg/100g生重量、試験区14:35.0mg/100g生重量)と比較してもなお54.8~132.8倍量に相当することから、試験区13、試験区14で得られた子実体でのナトリウム量の増加がナトリウム摂取量制限に及ぼす影響は相対的に低いといえる。カリウムとは異なり、ナトリウムは調味料の使用量の制限により摂取量をコントロールし易いことも考えれば、腎臓病血液透析患者にとって、子実体におけるナトリウム含有量の増加よりも、カリウム含有量の減少の方がメリットは大きいと考えられる。
【0084】
無機成分の中でカリウムに次いで子実体に多く含まれるリンは、カリウム添加量200mg/瓶以下の試験区(試験区2~20)で培地中のナトリウムの増加に伴って減少するなど、カリウムと同様の傾向を示した。子実体中のマグネシウム量は全体的に培地成分の影響は受けにくく、また、カルシウム量は、定量限界値(1.0mg/100g生重量)程度であった。
【0085】
以上の結果から、ナトリウムを添加した所定のカリウム含量の低カリウム培地を用いることにより、低カリウムきのこを高収量で生産できることが示された。
【0086】
[実施例3]オスモライト含有低カリウム培地を用いたきのこ栽培-(1)
実施例2において子実体収量が多くカリウム低減化率が高かったカリウム添加量100mg/瓶の試験区で用いた培地、及び比較のため、カリウム及びナトリウム無添加区(K0_Na0区)で用いた培地に、オスモライトであるグリセロール(C3H8O3)を混合した培地を用いてきのこ栽培を行い、オスモライトが子実体発生及び低カリウムきのこ栽培に与える影響を検討した。オスモライトは調製時の各培地に含まれる水分量(培地水分率の調整後の水分量)の1.0~5.0重量%となる量で添加した。対照区として、オスモライト無添加区及び針葉樹おが屑+米糠区でも同様にきのこ栽培を行った。各試験区で使用した培地の配合条件を表6に示す。
【0087】
【0088】
各培地を850mLのポリプロピレン製の培養瓶に充填した後、実施例2と同様に、培地の滅菌処理、ヒラタケ菌の接種、培養、子実体発生処理、及び収穫を行い、子実体の収量調査後、子実体の水分率の測定、一般成分及び無機成分の分析を行った。なお、菌糸の培養日数は、基本的に30日としたが、基準日(30日目)経過後も菌糸が培地に蔓延していない試験区(菌周り未完了区)についてはさらに培養を継続し、菌周り完了後、子実体発生処理を施した。
【0089】
各試験区で用いた培地について、表1及び表6に基づき算出したカリウム含量及びナトリウム含量を表7に示す。
【0090】
【0091】
表8に、オスモライト含有低カリウム培地でのヒラタケの栽培試験における子実体産生結果を示す。
【0092】
【0093】
表8に示されるとおり、全体的に、グリセロールの添加量が増加すると培地の菌周りは遅くなる傾向にあり、グリセロール5.0%添加区では菌周りが完了した培養35日目に発生処理を施した。
【0094】
子実体収量は、グリセロールを添加した試験区ではグリセロール添加量の増加に伴って増加した。特に試験区2)-12、試験区2)-16では、対応するグリセロール無添加区である試験区2)-9、2)-13と比較して収量がそれぞれ約1.8倍、約1.5倍に増加し、針葉樹おが屑_米糠区(対照区)と同等以上の高収量が得られた。
【0095】
さらに、カリウム及びナトリウム無添加であり子実体発生が見られなかったK0_Na0区の培地においても、グリセロール添加により増収効果が認められた。グリセロール5.0%添加区では、形態的にも特に安定した子実体を発生させることができた(
図1)。
【0096】
実施例1で上述したとおり、極端に低カリウム含量の培地では子実体はほとんど発生しないことが予測されたにもかかわらず(前掲の関谷(1999)を参照されたい)、瓶当たりの培地中のカリウム含量が118.4~127.6mgであった試験区2)-2~2)-4でもグリセロールの添加により子実体の発生が認められたことは驚くべき結果である。
【0097】
表9に、収穫した子実体の一般成分、無機成分の分析結果を示す。比較のため、針葉樹おが屑+米糠培地を用いた対照区で同様に栽培したヒラタケ子実体の分析結果、及び日本食品標準成分表(七訂表)に掲載されたヒラタケ子実体の標準的成分値も表9中に示す。
【0098】
【0099】
一般成分については、オスモライトの添加の有無に関係なく、培地栄養材にビール粕を利用することにより、針葉樹おが屑_米糠区(対照区)や七訂表値よりも子実体中の蛋白質量が多くなり、炭水化物量が少なくなる傾向が示された。
【0100】
無機成分に関しては、子実体中のカリウム量が、グリセロール添加量の増加に伴って減少することが示された。特に試験区2)-12、試験区2)-16では、カリウム量がそれぞれ856mg、843mgとなり、上記対照区、七訂表と比較してぞれぞれ70%、73%もカリウム量が減少した。カリウム及びナトリウム無添加でグリセロール5.0%を培地に添加した試験区2)-4では、上記対照区と比較して、子実体中のカリウム量を56.6%減少させることができ、ナトリウム量は1.6倍程度の増加で抑えることができた。
【0101】
本実施例の結果から、グリセロールを添加した低カリウム培地におけるきのこ栽培により、低カリウム含量のきのこ子実体をより高収量で生産できることが示された。
【0102】
[実施例4]オスモライト含有低カリウム培地を用いたきのこ栽培-(2)
オスモライトとして、グリセロール(Gly)又はグルコース(Glc)を培地水分量の2.0~10重量%に相当する量で培地に添加したこと以外は、実施例3と同様の培地を用いて同様の方法できのこ栽培試験及び子実体の成分分析を実施した。試験区3)-1、3)-8及び3)-12の培地にはオスモライトを添加しなかった。栽培試験及び子実体の成分分析の結果を表10に示す。
【0103】
【0104】
表10に示すように、オスモライトとして、グリセロール又はグルコースを2.0~10重量%の量で培地に添加した場合も、実施例3とよく似た傾向の結果が得られ、オスモライトによる子実体収量を増加させる効果及び子実体中のカリウム量を減少させる効果が示された。
【0105】
オスモライトとしてグルコース(Glc)を培地水分量の5.0重量%又は10重量%に相当する量で添加した培地におけるきのこ栽培試験で生産されたヒラタケ子実体の写真の例を
図2に示す。
【0106】
[実施例5]オスモライト含有低カリウム培地を用いたきのこ栽培-(3)
オスモライトとして、グルコース(Glc)を培地水分量の0.5~10重量%に相当する量で培地に添加したこと以外は、実施例3と同様の培地を用いて同様の方法できのこ栽培試験を実施した。試験区4)-1及び4)-8の培地にはグルコースを添加しなかった。栽培試験の結果を表11に示す。
【0107】
【0108】
表11に示すように、オスモライトとしてグルコースを0.5~10重量%の量で培地に添加した場合も、実施例3とよく似た傾向の結果が得られ、オスモライトによる子実体収量を増加させる効果が示された。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明は、低カリウム含量のきのこ子実体のより効率的な生産技術を提供するために用いることができる。