(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-19
(45)【発行日】2024-11-27
(54)【発明の名称】浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20241120BHJP
【FI】
C12Q1/06
(21)【出願番号】P 2020117729
(22)【出願日】2020-07-08
【審査請求日】2023-05-30
(73)【特許権者】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(72)【発明者】
【氏名】中間 満雄
(72)【発明者】
【氏名】加藤 義直
【審査官】大西 隆史
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-172210(JP,A)
【文献】特開2008-125453(JP,A)
【文献】特開2005-075779(JP,A)
【文献】特開平07-118122(JP,A)
【文献】特開2012-246446(JP,A)
【文献】特開2019-019129(JP,A)
【文献】国際公開第2006/054415(WO,A1)
【文献】特開2007-127444(JP,A)
【文献】TAKENOUCHI, Osamu et al.,The Journal of Toxicological Sciences,2013年,Vol. 38, No. 4,pp. 599-609,DOI: 10.2131/jts.38.599
【文献】NARITA, Kazuto et al.,The Journal of Toxicological Sciences,2018年,Vol. 43, No. 3,pp. 229-240,DOI: 10.2131/jts.43.229
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12N 1/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法であって、(A)
オクタノール/水分配係数が3.5以上である難水溶性被験物質、(B)
スクワラン、(C)
48~69℃に融点を有するパラフィンワックスを70℃以上に加熱溶解させた後に冷却して固型物を得た後、該固型物の上から浮遊系培養細胞の懸濁液を適用し、一定時間放置することを特徴とする、浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法。
【請求項2】
前記(C)48~69℃に融点を有するパラフィンワックスの含有量が、(A)+(B)+(C)の総量に対して50重量%以上である請求項1記載の浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の曝露方法を用いた難水溶性被験物質のin vitro評価法であり、浮遊系培養細胞の一種であるヒト単球性白血病由来(THP-1)細胞上に発現される細胞表面マーカーCD86及びCD54の発現量を指標にした、難水溶性皮膚感作性物質のin vitro評価法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法に関する。
【背景技術】
【0002】
培養細胞へ被験物質を曝露する場合、被験物質を培地へ直接添加するか、あるいは被験物質を水や生理食塩水等の水溶性溶媒に溶解させて培地へ添加する方法がある。また、被験物質が難水溶性の場合、被験物質をジメチルスルホキシド(DMSO)やエタノール等の有機溶媒に溶解させ、培地へ添加する方法がある。しかしながら、これらの有機溶媒は、培地中の濃度が高くなると細胞毒性を呈するため、予め最終濃度の100倍から1000倍になるように被験物質を有機溶媒に溶解し、培地の総量に対して0.1重量%から1.0重量%になるように添加する必要がある。そのため、被験物質の有機溶媒への溶解性が低い場合、最終濃度を高く設定できない場合がある。
【0003】
また、被験物質が水にも有機溶媒にも溶解しない場合は、被験物質を培地に分散させる方法がある。しかしながら、被験物質が培地の上部に浮遊したり、培地の下部に沈んだりする場合、被験物質が細胞と接触しているのかどうかはっきりしない場合がある。特に、浮遊系培養細胞を用いた場合は、被験物質と細胞が共に培地中で一定の位置を保つことができないため、被験物質と細胞が接触しているのかどうか猶更はっきりしない。そのため、浮遊系培養細胞を用いて難水溶性被験物質の安全性評価を行う際、本来は陽性であるものが陰性と判定される場合があり(非特許文献1)、改良が望まれていた。
【0004】
難水溶性被験物質を培養細胞へ曝露する方法としては、これまでに、1分子内に正電荷と負電荷の両方を有する双性イオンを含む培地用添加剤を用いる方法(特許文献1)、可逆的にゲル化可能な生体適合性ゲルに細胞を包埋し、細胞を含むゲルと難水溶性の被験物質を接触させる方法(特許文献2)、温度感受性ハイドロゲル培地に難水溶性被験物質を浸潤させることにより、該被験物質と培地中のヒト単核球細胞を曝露させる方法(特許文献3)、液体パラフィンに難水溶性被験物質を溶解させ、細胞と短時間接触させる方法(非特許文献2)等が提案されてきた。しかしながら、特許文献1の手法は、双性イオンが細胞へ影響することによって評価結果に影響を及ぼす場合があり、特許文献2及び3の手法は、難水溶性被験物質が、培地のゲル化に影響を及ぼし、評価結果に影響を及ぼす場合があった。また、非特許文献2の手法では、液体パラフィンに溶解できない被験物質を適切に評価することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-191623号公報
【文献】特開2010-172210号公報
【文献】特開2008-125453号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】化学物質の試験に関するOECDガイドライン In vitro皮膚感作性:ヒト細胞株活性化試験(h-CLAT)、TG442E、2016年
【文献】Narita K et al、J. Tocicol. Sci.、43(3)、229-240、2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、本発明は、浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法であって、(A)難水溶性被験物質、(B)25℃で液状の炭化水素及び(C)25℃で固型状且つ70℃で液状の炭化水素を70℃以上に加熱溶解させた後に冷却して固型物を得た後、該固型物の上から浮遊系培養細胞の懸濁液を適用し、一定時間放置することを特徴とする、浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法を提供するものである。
【0009】
また、本発明は、(A)難水溶性被験物質のオクタノール/水分配係数が3.5以上である浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法を提供するものである。
【0010】
また、本発明は、(B)25℃で液状の炭化水素がスクワランである浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法を提供するものである。
【0011】
また、本発明は、(C)25℃で固型状且つ70℃で液状の炭化水素が48~69℃に融点を有するパラフィンワックスである浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法を提供するものである。
【0012】
また、本発明は、(C)25℃で固型状且つ70℃で液状の炭化水素の含有量が、(A)+(B)+(C)の総量に対して50重量%以上である浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、上記曝露方法を用いた難水溶性皮膚感作性物質のin vitro評価法であり、浮遊系培養細胞の一種であるヒト単球性白血病由来(THP-1)細胞上に発現される細胞表面マーカーCD86及びCD54の発現量を指標にした、難水溶性皮膚感作性物質のin vitro評価法を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、これまで困難であった浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露が可能となり、難水溶性皮膚感作性物質のin vitro評価を適切に実施することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明における浮遊系培養細胞とは、血液、髄液、リンパ球等の体液中に浮遊して存在している細胞を指し、例えば白血球、骨髄細胞、骨髄幹細胞、造血幹細胞、間葉系細胞等を指す。具体的には、ヒト単球性白血病由来(THP-1)細胞、ヒトT細胞性白血病由来(Jurkat)細胞、ヒトリンパ芽球由来(TK6)細胞、ヒト前骨髄性白血病由来(HL-60)細胞等が挙げられる。
【0016】
本発明における(A)難水溶性被験物質とは、水にもDMSOやエタノール等の有機溶媒にも溶解しない被験物質を指す。本発明は、難水溶性被験物質のオクタノール/水分配係数が3.5以上の場合、特に有用であり、例えば、サリチル酸ヘキシル、N,N-ジブチルアニリン、1-クロロメチルピレン、クロトリマゾール、安息香酸ベンジル等が挙げられる。尚、オクタノール/水分配係数とは、ある化学物質のn-オクタノールおよび水への分配度の比(n-オクタノール相及び水相中における濃度の比)であり、例えばOECDガイドライン107に規定されるフラスコ振とう法、OECDガイドライン117に規定されるHPLC法、あるいは量子化学計算や分子動力学シミュレーション等により算出することができる。
【0017】
本発明における(B)25℃で液状の炭化水素とは、例えばスクワラン、ミネラルオイル、水添ポリイソブテン等が挙げられる。特に、非鉱物油であるスクワランが好ましく用いられる。
【0018】
本発明における(C)25℃で固型状且つ70℃で液状の炭化水素とは、例えばパラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス等が挙げられる。特に、ハンドリングの点から48~69℃に融点を有するパラフィンワックスが好ましく用いられ、例えば、115°(融点約48℃)、130°(融点約56℃)、155°(融点約69℃)等を使用することができる。
【0019】
本発明における固型物とは、(A)難水溶性被験物質、(B)25℃で液状の炭化水素及び(C)25℃で固型状且つ70℃で液状の炭化水素を70℃以上で加熱することにより均一に溶解させた後に冷却することにより得られるものであり、(A)、(B)及び(C)を混合させる順番は特に限定されない。例えば、予め(A)難水溶性被験物質と(B)25℃で液状の炭化水素を均一に溶解させた後、(C)25℃で固型状且つ70℃で液状の炭化水素と混合し、70℃以上で加熱することにより均一に溶解させた後に冷却することにより固型物を得ることができる。固型物を調製するための容器は特に限定されず、例えば、細胞培養用ディッシュ、マイクロプレート、マイクロチューブ等を使用することができる。
【0020】
本発明における浮遊系培養細胞の懸濁液を調製する際に使用する溶液は、細胞を懸濁することができれば特に限定されない。例えば、培地、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等を使用することができる。浮遊系培養細胞へ難水溶性被験物質を長時間曝露する場合は、細胞の生育への影響を最小限にするため、培地を使用するのが好ましい。
【0021】
本発明における浮遊系培養細胞の懸濁液を適用する方法は、特に限定されない。例えば、パスツールピペット、マイクロピペット等を用いて、固型物の上から浮遊系培養細胞の懸濁液を適用する。その後、CO2インキュベーター等に入れ、一定時間放置することにより、自重により浮遊系培養細胞が懸濁液の下部に沈み、固型物の上面と接触する。これにより、固型物中に含まれる難水溶性被験物質と浮遊系培養細胞を効率よく接触させることが可能となる。
【0022】
本発明における一定時間とは、難水溶性被験物質と浮遊系培養細胞を効率よく接触させるために十分な時間のことを指し、特に限定されないが、例えば6時間、24時間、48時間等が挙げられる。
【0023】
本発明における(C)25℃で固型状且つ70℃で液状の炭化水素の含有量は特に限定されないが、冷却後の操作上の点から(A)+(B)+(C)の総量に対して50重量%以上であることが好ましい。
【0024】
本発明における浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露方法を用いることにより、被験物質の細胞毒性、遺伝子発現あるいはタンパク発現を指標にした各種有効性あるいは安全性の評価に応用することができる。
【0025】
本発明における難水溶性皮膚感作性物質のin vitro評価法とは、浮遊系培養細胞の一種であるヒト単球性白血病由来(THP-1)細胞上に発現される細胞表面マーカーCD86及びCD54の発現量の変化を指標にして評価するものである。CD86及びCD54の発現量の測定方法は特に限定されないが、例えば抗ヒトCD86及びCD54抗体を用いて細胞を染色し、フローサイトメーターを用いて測定する方法等が挙げられる。評価方法としては、例えば難水溶性被験物質処理群におけるCD86及びCD54の平均蛍光強度を、難水溶性被験物質未処理群の平均蛍光強度で除して相対蛍光強度を算出し、評価する方法等が挙げられる。
【実施例】
【0026】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲がこれらに限定されるものではない。
【0027】
1.固型物の調製
難水溶性被験物質であるサリチル酸ヘキシル(Fluka社、オクタノール/水分配係数5.06)及びN,N-ジブチルアニリン(富士フィルム和光純薬社、オクタノール/水分配係数5.12)をそれぞれスクワラン(シュガースクワラン、日光ケミカルズ社)に溶解し、難水溶性被験物質のスクワラン溶液を調製した。300mgのスクワラン溶液及び300mgのパラフィンワックス(155°パラフィン、日本精蝋社)を1.5mLのマイクロチューブへ入れ、72℃にて60分間加熱溶解した。その後、室温まで冷却することにより固型物を得た。
【0028】
2.浮遊系培養細胞への難水溶性被験物質の曝露
THP-1細胞を10%ウシ胎児血清(FBS)、0.05mM 2-メルカプトエタノール、100単位/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを添加したRPMI-1640培地を用いて培養し、細胞を回収した後、2.0×106個/mLになるように新しい培地で再懸濁し、細胞懸濁液を得た。500μLの細胞懸濁液を、マイクロピペットを用いて固型物の上に適用した後、37℃、5%CO2環境下で48時間培養した。
【0029】
3.難水溶性皮膚感作性物質のin vitro評価
上記手法にて難水溶性被験物質を曝露した後のTHP-1細胞を回収し、染色用緩衝液で細胞を洗浄した。その後、ブロッキング溶液を加えて4℃にて15分間インキュベートした後、FITC標識抗CD86抗体、抗CD54抗体及びマウスIgG抗体で細胞を4℃にて30分間染色した。CD86及びCD54の発現量は、フローサイトメーターを用いて測定した。即ち、抗CD86抗体及び抗CD54抗体で処理された細胞の平均蛍光強度と、マウスIgG抗体で処理された細胞の平均蛍光強度の差を算出し、被験物質無しの場合の平均蛍光強度を100とした場合の相対蛍光強度を算出した。
【0030】
<判定基準>
CD84の相対蛍光強度が150%以上又はCD54の相対蛍光強度が200%以上の場合を陽性、その他の場合を陰性と判定した。
【0031】
【表1】
被験物質の濃度(重量%)は、(A)の含有量を(A)+(B)+(C)の含有量で除して算出した。
【0032】
表1に示したように、サリチル酸ヘキシルの20重量%、24重量%及びN,N-ジブチルアニリンの12.5重量%及び15重量%において、CD54の相対蛍光強度が200%以上となった。また、N,N-ジブチルアニリンの10重量%において、CD86の相対蛍光強度が150%以上となった。このことから、サリチル酸ヘキシル及びN,N-ジブチルアニリンは、共に陽性と判定された。
【0033】
【表2】
1)Takenouchi O et al、J. Toxicol. Sci.、38(4)、599-609、2013
【0034】
表2に、従来の手法と本発明の手法との判定結果を示した。in vivo評価法の一種である局所リンパ節アッセイ(LLNA)では、サリチル酸ヘキシル及びN,N-ジブチルアニリン共に陽性と判定された。一方、in vitro評価法の一種であるh-CLATでは、サリチル酸ヘキシルは陽性と判定されたのに対し、N,N-ジブチルアニリンは陰性と判定され、偽陰性となった。このことから、本発明の手法を用いることにより、難水溶性皮膚感作性物質のin vitro評価を適切に実施できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によれば、難水溶性被験物質の細胞毒性、遺伝子発現あるいはタンパク発現を指標にした各種有効性あるいは安全性の評価、特に難水溶性皮膚感作性物質のin vitro評価を適切に実施することができ、動物実験代替試験法への貢献も高いことから、化粧品だけでなく、医薬品等にも応用可能である。