(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-19
(45)【発行日】2024-11-27
(54)【発明の名称】半導体素子構造、リングオシレータ、および、位相同期ループ回路
(51)【国際特許分類】
H03L 7/099 20060101AFI20241120BHJP
H03K 3/354 20060101ALI20241120BHJP
H03K 19/003 20060101ALI20241120BHJP
【FI】
H03L7/099 150
H03K3/354 B
H03K19/003
(21)【出願番号】P 2021051658
(22)【出願日】2021-03-25
【審査請求日】2024-03-11
(73)【特許権者】
【識別番号】308005648
【氏名又は名称】キュリアス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100187827
【氏名又は名称】赤塚 雅則
(72)【発明者】
【氏名】▲吉▼河 武文
【審査官】石田 昌敏
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-192912(JP,A)
【文献】特開昭60-256224(JP,A)
【文献】特開2007-317720(JP,A)
【文献】特開2009-038542(JP,A)
【文献】特開平06-112801(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0226487(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03L 7/00- 7/26
H03K 3/354
H03K 19/003
H01L 27/06-27/095
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
NMOSトランジスタとPMOSトランジスタを有するCMOSインバータを備えた半導体素子構造において、
前記NMOSトランジスタと前記PMOSトランジスタのドレイン同士およびゲート同士がそれぞれ接続されており、
前記NMOSトランジスタのソースがグランド電位に、前記PMOSトランジスタのソースが電源電位に、それぞれ接続されており、
前記NMOSトランジスタのドレインの近傍にはn+拡散層が設けられるとともに、このn+拡散層が電源電位に接続されており、
前記PMOSトランジスタのドレインの近傍にはp+拡散層が設けられるとともに、このp+拡散層がグランド電位に接続されていることを特徴とする半導体素子構造。
【請求項2】
請求項1に記載の半導体素子構造を備えたリングオシレータ。
【請求項3】
請求項2に記載のリングオシレータを備えた位相同期ループ回路。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、放射線の照射などの外乱に対する耐性を高めたリングオシレータ、および、それを備えた位相同期ループ回路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の電子機器には、ほぼすべてに半導体集積回路(IC)が搭載されている。半導体ICは、その性能とコストで電子機器の高性能化と小型化を支えてきた。また、電子機器のデジタル化に伴い、最近の半導体ICは大規模のデジタル回路を備えており、様々な演算処理を高速に行えるのである。この演算処理を行うデジタル回路は、半導体内部で生成されるクロックに同期して動作しており、このクロックを高速化することによって高性能なデジタル演算を可能にしてきた。半導体IC内のクロックの生成には、通常は位相同期ループ回路(Phase Lock Loop:PLL)が用いられている。このPLLは、周期的なクロック信号を生成する発振器(オシレータ)を備えており、このオシレータの発振周波数をフィードバック制御によって所望の周波数に調整している。これにより、安定した周波数のクロックをデジタル回路に供給し、高度なデジタル演算処理を実現しているのである。
【0003】
ところで、近年は人工衛星などの宇宙機器にもたくさんの電子機器が搭載されており、その中にICが使用されている。人工衛星は、一度打ち上げると部品の修理は不可能であるので、民生機器以上の信頼性が当然ながら求められる。この宇宙機器における信頼性に関する大きな懸念事項は耐放射線性能であり、宇宙空間での放射線の種類と量の多さから民生機器と比較して非常に高いレベルが求められるのである。
【0004】
放射線照射によるICへの影響の一つに、シングルイベント効果がある。シングルイベント効果とは、高エネルギー粒子がIC内に入射することによって発生する現象である。宇宙空間に存在する陽子、中性子、α線、重イオンなどが発生要因として挙げられる。高エネルギー粒子が半導体IC100に入射すると、
図1(a)に示すように、電離作用により軌跡に沿って電子正孔対が生成され、空乏層の外まで電界が拡がる。そして、
図1(b)に示すように、空乏層内で発生した電子及び正孔は、空乏層電界により拡散領域に収集される。さらに、電界が拡がったことによって空乏層外で発生した電子及び正孔も拡散領域に収集される。この現象をファネリング効果と呼び、高エネルギー粒子による異常電荷収集の最大の原因と考えられている。
【0005】
この電荷の収集においては、空乏層内で正孔が電位の低いところへ、電子が電位の高いところへそれぞれ移動する。
図1(a)(b)は、NMOSトランジスタの例を示しており、生成された正孔は、グランド電位(VSS)に接続されているソースのn+拡散層とp型の基板をVSSに接続しているp+拡散領域(図示せず)に収集される。また、電子は高い電位の方に収集されるため、
図1(b)におけるドレインのn+拡散層に収集される。ソースのn+拡散層は、通常はドレインのn+拡散層より低い電位となるので、電子は主にドレイン拡散層に収集されることになる。
【0006】
なお、ここで言う放射線とは、粒子の流れであるα線、β線、中性子線や、電磁波であるγ線、エックス線を当然に含んでいるが、加えて半導体集積回路内でキャリア(電子および正孔)を発生させる原因となる外乱を広く含む概念である。
【0007】
このキャリアの収集によっておこるシングルイベント効果について説明する。
図2は、NMOSとPMOSのドレインとゲート同士をそれぞれ接続するとともに、NMOSとPMOSのソースをそれぞれVSSと電源に接続したCMOSインバータ101を示している。このインバータ構成は、CMOSデジタル回路のもっとも基本となる素子構造であり、本図では入力(IN)がVSS電位(=0)に、出力(OUT)が電源電位(=1)の状態になっている。この本図に示すように、空乏層内でVSSとドレイン拡散層にそれぞれ移動した正孔と電子は、正孔がVSSに収集され、電子が当該ドレイン拡散層からPMOSのドレイン(p+拡散層)及びゲート下のチャネルを介してPMOSのソース(p+拡散層)に到達し電源に収集される。このキャリアの一連のVSSと電源への移動によって、電源からグランドにドリフト電流が流れる(本図中にグレーで示す太字矢印を参照)。このドリフト電流を、ここでは誘起電流と呼ぶ。この誘起電流が流れることによって、瞬間的にインバータの出力(OUT)が1から0に変化する。これがシングルイベント効果である。このシングルイベント効果によって、一時的にデジタル回路の論理が変わってしまうので、半導体IC内で誤動作が発生してしまうのである。
【0008】
図3にPLL102のブロック図を示す。PLL102は、本図に示すように、次の5つの回路ブロック、すなわち、i)位相周波数比較器(Phase/Frequency Detector:PFD103)、ii)チャージポンプ(Charge Pump:CP104)、iii)ループフィルタ(Loop Filter:LF105)、iv)電圧制御発振器(Voltage Controlled Oscillator:VCO106)、v)分周回路(Frequency Detector:FD107)で構成されている。PLL102は、出力クロックをフィードバック制御することによって、安定した周波数のクロックを生成する。また分周器の比の値を変化させることで出力クロックの周波数を変化させることができる。
【0009】
PLL102の動作は、まずPFD103で基準クロック(CLKref)とフィードバッククロック(CLKdiv)の位相比較を行う。比較した位相差をCP104によって電流(Icp)に変換する。その後、LF105により平滑化し、その平滑化された信号(Vctrl)をもとにVCO106にてクロックとして信号を出力する。また出力クロック(CLKout)は、FD107にて分周されるので、分周回路の比を変えることにより周波数を変化させることができるのである。
【0010】
ここで、放射線のPLL102への影響を検討すると、上記5ブロック中では、VCO106への放射線の照射が最も影響が大きい。なぜなら、VCO106は発振器であり、そこに誘起電流が外乱として印加されると、周波数そのものが変化してしまうからである。
【0011】
VCO106には、一般的にリングオシレータ108が用いられる。リングオシレータ108は、
図4に示すように、奇数段(本図では5段)のインバータ109をリング状に接続し、反転した論理信号をフィードバック入力することで発振を実現している。つまり、1段のインバータ109の遅延時間をτ1とし、段数をN(本図では5)とすると、発振周期Tは、2N×τ1となり、その逆数、1/(2N×τ1)が発振周波数fとなる。また、この発振周波数fは、
図5に示すように、電圧制御発振器(VCO)106におけるリングオシレータ108へ供給する電流Ioscの増減によりインバータ109の遅延時間τ1を変更することにより制御できるようになっており、その制御電流Ioscは、制御電圧Vctrlにより調整可能となっている。これらにより、VCO106においては、制御電圧Vctrlにより周波数fが制御可能となるのである。
【0012】
耐放射線用のPLL102に関しては、下記非特許文献1に記載されたものが、リングオシレータ108の構成として、下記特許文献1に記載されたものがある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【文献】Robert L, Shuler, Jr, “SEU/SET Tolerant Phase-Locked-Loops”, NASA, April, 1, 2010, https://ntrs.nasa.gov/search.jsp?R=20100017265
【特許文献】
【0014】
【0015】
非特許文献1では、
図6に示すように、同一のPLL102を3個用意し、同一周波数で発振させて、それらの出力クロックを後段で適宜選択するようにしている。このようにすると、放射線の照射により、いずれかのPLL102の発振周波数が変動しても、他の2つのPLL102の発振周波数には変化がないため、多数決(Voting)により他の2つのPLL102のクロックが選択されるようにすることによって、放射線の影響を回避できるのである。
【0016】
また、特許文献1には、
図7に示すように、m段(本図では5段)のインバータ109からなるリングオシレータ108をn個(本図では3個)用意し、それらのm×n個の接点間を、位相結合回路110で結合するとともにループ状に構成して位相結合ループ111を形成した多重結合リングオシレータ112が記載されている。この多重結合リングオシレータ112は、位相を微妙に違えたm×n個の多相クロックを出力するためのものであり、耐放射線性能の向上には何ら関係がないが、このように複数のリングオシレータ108を結合させて使用するという概念は、上手く工夫することによって耐放射線性能の向上にも資する可能性はある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
非特許文献1に記載の冗長構成では、チップ内でのPLL102の面積を3倍としてしまうので、コスト的に不利である。しかも、近年では、民間で人工衛星を打ち上げており、宇宙用途といえどもコスト意識が非常に高まっているので、上記のような冗長構成は是非とも避けたい。
【0018】
そこで、この発明は、特許文献1のように複数のリングオシレータ108を結合させることによって、複数のPLL102を用いることなく耐放射線性能を向上させることを模索した。
【0019】
この耐放射線性能の向上について、アプローチを述べる。
図4および
図5に記載の単一リングオシレータ108(多重結合リングオシレータ112との区別のため、このように呼称する。)とVCO106の制御電圧Vctrlと発振周波数fの関係(VF特性)を
図8に示す。このように、制御電圧Vctrlが0.5Vから1.1Vくらいの間では、発振周波数fが顕著に変化するが、1.2V以上だと発振周波数fが飽和してしまう。この状態においては、インバータ109の遅延時間τ1が限界まで短縮されるので、制御電流Ictrl(
図12参照)を増加させても発振周波数fが変わらないのである。
【0020】
上記の誘起電流として、100μAで1nsの電流パルスを印加した場合の発振周波数fの変動幅を
図9に記載する。同図に示すように、制御電圧Vctrlが高い場合は、ほとんど変動が発生しないが、制御電圧Vctrlが低くなるにつれて周波数変動幅が増加している。これは、制御電流Ictrlが小さくなると、誘起電流の影響度合いが増大するからである。
【0021】
これらから考えると、耐放射線性能を向上させるには、リングオシレータ108に供給する制御電流Ictrlを大きくすれば良いことが分かる。しかし、制御電流Ictrlを大きくすれば発振周波数fが高くなるので、高くなりすぎた場合は所望の発振周波数にするためにリングオシレータ108の段数(N)を増加させなければならない。一般的に段数(N)は固定値なので、例えばアプリケーションによってクロック周波数を変える場合は、それに応じて段数(N)を違えたリングオシレータ108のPLL102を複数用意しなければならず、コスト的および設計工数的に望ましくない。
【0022】
そこで、この発明は、制御電流を高く設定したままで段数(N)を変えることなく発振周波数を適宜調整できるようにすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記の課題を解決するために、この発明は、それぞれがm段の遅延素子からなり、平面視ループ形態のn個のリング発振ループと、これらリング発振ループのm×n個の接続点のうちの2点を互いに接続するm×n個の結合素子が平面視ループ状に接続された位相結合ループとを備え、この結合ループが、1周した場合に論理が変わらないように設定してリングオシレータを構成した。
【0024】
前記リング発振ループと前記位相結合ループを有する結合回路の結合強度を可変にしてもよいし、前記結合素子を正転論理としてもよい。
【0025】
また、前記mが奇数で前記遅延素子が反転論理を有し、前記nが偶数で前記結合素子が反転論理を有するようにしてもよい。
【0026】
さらに、前記遅延素子及び前記結合素子の入出力を差動にしてもよい。
【0027】
また、前記遅延素子または前記結合素子の少なくとも一方におけるNMOSトランジスタのドレインの近傍に、そのドレインよりも高い電位を印加した拡散層を配した構成としたり、前記遅延素子または前記結合素子の少なくとも一方におけるPMOSトランジスタのドレインの近傍に、そのドレインよりも低い電位を印加した拡散層を配した構成としたりすることもできる。
【0028】
また、前記リングオシレータを用いて位相同期ループ回路を構成することもできる。
【発明の効果】
【0029】
この発明に係るリングオシレータによれば、n個のリング発振ループが発振するが、それに結合する結合ループが1周した場合に論理が変わらないように設定されているので、リング発振ループの発振を阻害するように働く。これにより発振周波数が低下するので、所望の発振周波数にするのに、より多くの電流をリングオシレータに供給しなければならなくなる。このため、この発明に係るリングオシレータや位相同期ループ回路は、放射線の照射による誘起電流の影響を緩和することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】半導体IC(NMOS)に放射線を照射した状態を示す模式図であって、(a)は電離作用による電子正孔対の発生、(b)は電荷の収集
【
図2】CMOSインバータにおけるシングルイベント効果を示す模式図
【
図6】従来の耐放射線位相同期ループ回路(PLL)の回路図
【
図8】単一リングオシレータにおける電圧制御発振器(VCO)の制御電圧と発振周波数の関係を示すVF特性図
【
図9】単一リングオシレータにおける電圧制御発振器(VCO)の制御電圧と周波数変動幅の関係を示す図
【
図10】この発明に係るリングオシレータの第一実施例を示す回路図
【
図14】この発明の多重結合リングオシレータにおける電圧制御発振器(VCO)の制御電圧と発振周波数の関係を示すVF特性図
【
図15】従来の多重結合リングオシレータにおける電圧制御発振器(VCO)の制御電圧と発振周波数の関係を示すVF特性図
【
図16】外乱電流を印加したときの発振周波数と周波数変動幅の関係を示す図
【
図17】この発明に係るリングオシレータの第二実施例を示す回路図
【
図19】この発明に係るリングオシレータの第三実施例を示す回路図
【
図22】差動方式素子のシングル方式バッファへの置き換えの説明図
【
図23】差動方式素子のシングル方式インバータへの置き換えの説明図
【発明を実施するための形態】
【0031】
図10に本発明の第一実施例を示す。この多重結合リングオシレータ10(以下、単にリングオシレータ10と称することがある。)は、遅延素子11としてインバータ(以下、遅延素子11と同じ符号を付する。)を用いており、このインバータ11をm段(本図では、m=5)でループ状にした単一リングオシレータ12(以下、単にリングオシレータ12と称することがある。)をn個(本図では、n=4)備えている。これらn個のリングオシレータ12のm×n個(本図では20個)の接点における2点間を、結合素子13としてインバータ(以下、結合素子13と同じ符号を付する。)を用いて結合している。この結合に供されるm×n個(本図では20個)のインバータ13は、本図に示すように、ループ状に接続されて位相結合ループ14を形成している。位相結合ループ14は、インバータ13の入出力が逆相関係となっているものの、m×nが偶数(本図では20個)のため1周した場合に論理が変わらないので、発振可能なオシレータを構成しない。
【0032】
また、位相結合ループ14のインバータ13は、
図11に示すように、コントロールビットVc[0:3]により、MOSFETのチャネル幅Wを変更できるようになっており、結合の強さを調整できるようになっている。
【0033】
この多重結合リングオシレータ10を使用した電圧制御発振器(VCO)15を
図12に示す。本図に示すように、4つのリングオシレータ12には、制御電流Ictrlが供給されており、この制御電流Ictrlに応じた周波数で発振する。また、位相結合ループ14は、上述のように20段のインバータ13で形成されているので、それ自体はオシレータを構成せず、4つのリングオシレータ12の発振を阻害する方向に作用する。このことは、従来の多重結合リングオシレータとの大きな違いである。
図13に従来例として、5段の単一リングオシレータ114を3個用いた多重結合リングオシレータ115を示す。この場合は、位相結合ループ116が15個のインバータ113で形成されており、それ自体が15段のリングオシレータとなる。
【0034】
この差異を明確にするために、本発明に係る多重結合リングオシレータ10と従来の多重結合リングオシレータ115とでそれぞれVCO15、106を構成した場合のVF特性(回路シミュレーション結果)を、
図14と
図15に示す。これらに示すように、本発明に係るリングオシレータ10は、同じ制御電圧Vctrl、即ち同じ制御電流Ictrlを供給した場合に、発振周波数fがかなり低下する。これは、位相結合ループ14がリングオシレータを構成しないので、発振ループの発振を阻害するからである。また、コントロールビットVc[0:3]により結合のインバータ13におけるNMOSの総チャネル幅Wを2μm~8μmで、PMOSの総チャネル幅Wを4μm~16μmで変化させ結合強度を調整した場合に、発振周波数fの調整幅が大きくなる。これは、結合強度を強くすると、結合ループの影響度が高まるが、従来の多重結合リングオシレータ115の位相結合ループ116は発振可能であるので、それほど発振周波数が低下しないが、本発明に係る多重結合リングオシレータ10の結合ループ14は発振しないので、発振周波数が大きく低下するのである。
【0035】
このように、本発明に係るリングオシレータ10によれば、所望の発振周波数に設定した場合に、従来より多くの制御電流を供給する状態にすることができる。これにより、放射線の照射による誘起電流の影響を緩和することができる。
【0036】
発振周波数を0.8GHzから1.2GHzとし、発振ループを構成するリングオシレータの1接続点に100μAで1nsの電流パルスを印加した場合の発振周波数の変動幅を
図16に示す。
【0037】
本図に示すように、
図4及び
図5の単一オシレータ108の場合は、1.2GHzの場合でも2.5%くらいの変動幅が発生するが、本発明の多重結合リングオシレータ10にすると、1%以下に抑えることができる。なお、従来の多重結合リングオシレータ115では、1.5%程度であった。
【0038】
このように、実際に回路シミュレーションにおいても、本発明に係るリングオシレータ10の有効性が示されている。
【0039】
この思想は、
図17に本発明の第二実施例を示すように、m段のリングオシレータがn個ある場合に、m×nが従来のように奇数になる場合でも適用できる。この多重結合リングオシレータ20は、遅延素子21としてのインバータ(以下、遅延素子21と同じ符号を付する。)で5段のリングオシレータ22を3個形成したものである。この場合の結合素子23は15個となるが、結合素子23を正転論理の可変バッファ(以下、結合素子23と同一の符号を付する。)で構成しており、位相結合ループ24においては、1周しても論理の反転が起こらない。この可変バッファ23は、
図18に示すように、PMOSとNMOSとをソースフォロワで利用して論理反転しないようにするとともに、それらのチャネル幅WをコントロールビットVc[0:3]により変更することで結合強度を調整できるようになっている。
【0040】
図19に本発明の第三実施例を示す。この多重結合リングオシレータ30は、結合素子33としての可変バッファ23の代わりに可変抵抗(以下、結合素子33と同じ符号を付する。)を用いたものである。この可変抵抗33は、
図20に示すように、PMOSとNMOSとで構成して、コントロールビットVc[0:3]により抵抗値を変えられるようにして、結合強度を調整できる。
【0041】
上記の可変インバータ13や可変バッファ23は、入出力がシングルであったが、
図20に示すように、差動の入出力にすることもできる。このように、遅延素子11、21、31と結合素子13、23、33を差動方式にすれば、接続の正負を変更することによって、正転論理と反転論理を自在に作ることが出来るので、非常に使い勝手が良い。
図21に示すように、入出力の正負を合わせて接続すると、正転論理のバッファ23となる。また、
図22に示すように、入出力の正負を違えて接続すると、反転論理のインバータ13となる。したがって、遅延素子11、21、31や結合素子13、23、33を差動方式にすれば、発振ループの段数mや個数nに制限されることなく本発明の思想を具現化することができる。
【0042】
また、上記の遅延素子11や結合素子13におけるPMOS又はNMOSのドレインの近傍に、別途拡散層を設けたレイアウト構造にするようにしている。例として
図24に、遅延素子11や結合素子13として用いるインバータ11、13の断面図を示す。このインバータ11、13は、
図2に示す通常のインバータ101におけるPMOSとNMOSの各ドレインの近傍に拡散層を設けている。PMOSのドレイン近傍には、p+拡散層を設けるとともにグランド電位(VSS)に接続している。また、NMOSのドレイン近傍には、n+拡散層を設けるとともに電源電位に接続している。
【0043】
このようにすると、放射線の照射によりN-wellやP-well内で発生した電子正孔対が、別途設けた拡散層に収集されるようになる。すなわち、N-well内で発生した正孔は、PMOSのドレインより電位の低いp+拡散層に吸い込まれやすくなるし、P-wellで発生した電子は、NMOSのドレインより電位の高いn+拡散層に吸い込まれやすくなる。したがって、PMOSとNMOSのドレインに収集されるキャリアが減少することとなりシングルイベント効果が抑制されるので、耐放射線性能が向上するのである。
【符号の説明】
【0044】
10、20、30 多重結合リングオシレータ(リングオシレータ)
11、21、31 遅延素子(インバータ)
12、22、32 単一リングオシレータ(リングオシレータ)(リング発振ループ)
13 結合素子(可変インバータ)
14、24、34 位相結合ループ
15 電圧制御発振器(VCO)
23 結合素子(正転論理の可変バッファ)
33 結合素子(可変抵抗)
100 半導体IC(NMOSトランジスタ)
101 CMOSインバータ
102 位相同期ループ回路(PLL)
103 位相周波数比較器(PFD)
104 チャージポンプ(CP)
105 ループフィルタ(LF)
106 電圧制御発振器(VCO)
107 分周回路(FD)
108 リングオシレータ
109 インバータ
110 位相結合回路
111、116 位相結合ループ
112、115 多重結合リングオシレータ
113 遅延素子(インバータ)
114 単一リングオシレータ
117 結合素子(インバータ)