(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-19
(45)【発行日】2024-11-27
(54)【発明の名称】スポット溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/11 20060101AFI20241120BHJP
B23K 11/20 20060101ALI20241120BHJP
【FI】
B23K11/11 540
B23K11/20
(21)【出願番号】P 2020171405
(22)【出願日】2020-10-09
【審査請求日】2021-10-13
【審判番号】
【審判請求日】2023-04-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】松岡 秀明
(72)【発明者】
【氏名】浅田 崇史
(72)【発明者】
【氏名】尼子 龍幸
(72)【発明者】
【氏名】泉野 亨輔
(72)【発明者】
【氏名】中田 光紀
(72)【発明者】
【氏名】関口 智彦
(72)【発明者】
【氏名】小倉 修平
【合議体】
【審判長】本庄 亮太郎
【審判官】刈間 宏信
【審判官】堀内 亮吾
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/181232(WO,A1)
【文献】特開2015-93282(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11 B23K 11/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の板材を重ねた板組の両外表面に圧接させた一対の対向する電極から通電して、抵抗加熱により該板材同士を接合するスポット溶接方法であって、
該板組は少なくとも第1鋼板、第2鋼板およびアルミニウム合金板が順に重ねられてなり、
該アルミニウム合金板を溶融させずに、該第1鋼板と該第2鋼板の対面間で溶融池を生じさせる第1通電工程と、
該第1通電工程後に、該第2鋼板と該アルミニウム合金板の対面間で溶融反応を生じさせる第2通電工程とを備え、
該第1通電工程は、4~10kAの直流電流を25~150ms通電してなされ、
該第2通電工程は、
該アルミニウム合金板を抵抗加熱のみで溶融させ得る溶融電流値よりも小さい15kA以下の直流電流を該第1通電工程より長い時間通電してなされ、
該第1鋼板と該第2鋼板は第1ナゲットを介して接合され、
該第2鋼板と該アルミニウム合金板は該溶融反応により生成された金属間化合物を含む第2ナゲットを介して接合されるスポット溶接方法。
【請求項2】
前記第2通電工程は、10~15kAの直流電流を150~500ms通電してなされる請求項1
に記載のスポット溶接方法。
【請求項3】
前記第2通電工程は、前記アルミニウム合金板に接する前記電極の先端面積で電流値を除して求まる第2電流密度を50~300A/mm
2としてなされる請求項1
または2に記載のスポット溶接方法。
【請求項4】
前記第1通電工程後で前記第2通電工程前に、前記電極が接している前記板組に対して、非通電または該第1通電工程時よりも小さい電流値を通電して、該板組を降温させる冷却工程をさらに備える請求項1~
3のいずれかに記載のスポット溶接方法。
【請求項5】
前記第2通電工程後に接合された前記板組を、焼鈍または焼戻しする熱処理工程をさらに備える請求項1~
4のいずれかに記載のスポット溶接方法。
【請求項6】
前記第2鋼板は、少なくとも前記アルミニウム合金板側に、該アルミニウム合金板よりも融点の低い金属層を有する請求項1~
5のいずれかに記載のスポット溶接方法。
【請求項7】
前記金属層は、亜鉛めっき層からなる請求項
6に記載のスポット溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスポット溶接方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
車体や機体等は、スポット溶接により、複数の板材(被接合材)を多点で接合して製造される。スポット溶接は、ジュール加熱を利用した抵抗溶接の一種であり、重ね合わせた板材の外表面に圧接した電極から大電流を短時間通電してなされる。一般的に、その通電により、重ね合わされた板材(通常は鋼板)同士の接触界面近傍(被接合部)に溶融池が形成され、それが冷却凝固して溶接部(ナゲット)となる。こうして複数の鋼板は、スポット状のナゲットにより多点接合されて構造体(溶接物)となる。
【0003】
ところで、鋼板同士のスポット溶接のみならず、軽量なアルミニウム合金板と鋼板もスポット接合(これらも含めて単に「スポット溶接」という。)されるようになってきた。このようなスポット溶接に関する提案が、例えば、下記の特許文献でなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-289452
【文献】特開2008-105087
【文献】特開2013-78804
【文献】特開2013-27890
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1~3では、1枚の鋼板と1枚のアルミニウム合金板からなる2枚の板材を重ねた板組をスポット溶接している。いずれの特許文献でも、比抵抗値の小さいアルミニウム合金板をその抵抗加熱だけで溶融させ得る大きな通電(15~30kA)を、一つの溶接工程で行っている。
【0006】
特許文献4では、プレ加圧工程、プレヒート工程、冷却工程、溶接工程を順に行って、非めっき鋼板と亜鉛めっき鋼板とアルミニウム合金板からなる3枚の板材を順に重ねた板組をスポット溶接している([0036]~[0054]、表1、
図6等)。
【0007】
プレヒート工程は、電流値を2kAとして、各板材が溶融しない範囲でなされている([0041])。その後の溶接工程では、一度に大きな通電(12.5~15kAとして、)がなされている([0057]、[0067]、
図7、
図8)。ここで特許文献4で用いられている電極は、円柱部(D2):φ16mm(呼び径)、肩部の球状部(R):5mm(曲率半径)、先端部(D1):φ6mmである([0039])。その先端部(先端面積:π×6×6/4≒28.3mm
2)を通じた電流密度は約442~531A/mm
2となる(
図3)。なお、その先端面積は、先端部の投影面積(円面積)とした。
【0008】
特許文献4でも結局、アルミニウム合金板をその抵抗加熱だけで溶融させ得る大きな電流密度の通電を行っている。この一つの溶接工程で、非めっき鋼板とめっき鋼板の接触境界面近傍とめっき鋼板とアルミニウム合金板の接触境界面近傍とを同時に溶融させて、それら一度に接合している([0044]~[0048])。
【0009】
本発明者が調査研究したところ、特許文献4のように、抵抗加熱だけでアルミニウム合金板が直接溶融するような大通電を行うと、鋼板間やアルミニウム合金板と鋼板の間からチリ(爆飛、スパッタの飛散)が発生したり、アルミニウム合金板と電極の間で溶着が生じ易くなった。また、導電率(電気伝導率、電気伝導度)の大きなアルミニウム合金板を抵抗加熱のみで溶融させる程の大電流を通電すると、アルミニウム合金板は全体が急激に軟化して、圧接している電極側に大きな窪み(陥没)を生じた。このようなアルミニウム合金板は溶接後の残厚(溶接部以外の板厚)が過小となり、その溶接スポット(特にアルミニウム合金板部分)を起点に破壊し易くなって、溶接物の接合強度を確保し難かった。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、鋼板とアルミニウム合金板のスポット溶接を安定して適切に行える新たな方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、2枚の鋼板とアルミニウム合金板をスポット接合する際に、少なくとも2段階の通電工程を行うことを着想した。第1通電工程では、アルミニウム合金板を溶融させずに鋼板間だけを溶融させた。第2通電工程では、鋼板側からの伝熱を利用して、アルミニウム合金板が抵抗加熱のみで溶融しない範囲内の通電によりアルミニウム合金板を溶融させた。こうして、異種金属接合となるスポット溶接でも安定的に行えることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成させるに至った。
【0012】
《スポット溶接方法》
本発明は、複数の板材を重ねた板組の両外表面に圧接させた一対の対向する電極から通電して、抵抗加熱により該板材同士を接合するスポット溶接方法であって、該板組は少なくとも第1鋼板、第2鋼板およびアルミニウム合金板が順に重ねられてなり、該アルミニウム合金板を溶融させずに、該第1鋼板と該第2鋼板の対面間で溶融池を生じさせる第1通電工程と、該第1通電工程後に、該第2鋼板と該アルミニウム合金板の対面間で溶融反応を生じさせる第2通電工程とを備え、該第1鋼板と該第2鋼板は第1ナゲットを介して接合され、該第2鋼板と該アルミニウム合金板は該溶融反応により生成された金属間化合物を含む第2ナゲットを介して接合されるスポット溶接方法である。
【0013】
本発明によれば、板材間からのスパッタ(チリ)の発生、板材と電極の溶着、板材の板厚減少や陥没等を抑止しつつ、鋼板とアルミニウム合金板のスポット溶接方法(単に「溶接方法」または「接合方法」ともいう。)を安定して行える。
【0014】
このような優れた効果が得られる理由は次のように考えられる。第1通電工程では、アルミニウム合金板が実質的に溶融しない範囲の電流を通電して、第1鋼板と第2鋼板の間で主に溶融を生じさせる。この第1通電工程は、電流値を抑制してなされるため、第2鋼板とアルミニウム合金板の間は勿論、第1鋼板と第2鋼板の間からもスパッタ発生が発生し難い。
【0015】
第2通電工程では、アルミニウム合金板が抵抗加熱されるのみならず、第1鋼板と第2鋼板の間に既成している溶融池またはその凝固部も抵抗加熱される。従ってアルミニウム合金板は、自身の抵抗加熱と第2鋼板側からの伝熱とにより加熱されて溶融する(
図7参照)。このため、導電率が大きいアルミニウム合金板でも、電流値を抑制した通電により溶融させることができ、第2通電工程でも、各板材間からのスパッタの発生等が抑止される。
【0016】
さらに第2通電工程では、従来よりも電流値を抑制した通電が可能となるため、アルミニウム合金板自体の過熱が抑止され、ひいてはアルミニウム合金板の過度な軟化、変形(電極による窪み等)、残厚減少等が回避される。こうして、異種金属板をスポット溶接する場合でも、所望の強度が確保された溶接物が得られる。なお、第2通電工程中、第1鋼板と第2鋼板の間に既成していた溶融池または凝固部も加熱されて成長・増大する。これにより溶接物の接合強度はさらに向上し得る。なお、第1通電工程で生じた溶融池または凝固部は、第2通電工程後に「第1ナゲット」となる。
【0017】
《スポット溶接物、スポット溶接の制御装置または制御プログラム》
本発明は、上述した方法により得られたスポット溶接物としても把握される。また本発明は、上述した電極に対する通電を少なくとも制御するスポット溶接の制御装置またはその制御プログラムとしても把握される。
【0018】
なお、制御装置や制御プログラムの構成要素では、例えば、上述した方法に係る構成要素「~工程」を、「~手段」または「~部」と読み替えて把握される。また、その「~工程」を「~ステップ」と読み替えて、本発明を制御プログラムをコンピュータで実行する制御方法として把握してもよい。
【0019】
《その他》
(1)第1通電工程で通電される第1電流値や第2通電工程で通電される第2電流値は、被溶接物(各板材の組成、板厚、表面状態等)、他の溶接条件(電極の仕様、加圧力、通電時間等)、溶接物の要求強度等に応じて、所定範囲内で調整される。もっとも、第2電流値(平均値)は、通常、第1電流値(平均値)よりも大きい。また第2電流値は、アルミニウム合金板を抵抗加熱のみで溶融させ得る溶融電流値よりも小さい電流値であるとよい。
【0020】
(2)説明の便宜上、適宜、第1通電工程に関するものまたは第1鋼板側にあるものに「第1」を付し、第2通電工程に関するものまたはアルミニウム合金板側にあるものに「第2」を付す。
【0021】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また、特に断らない限り、本明細書でいう「x~ykA」はxkA~ykAを意味する。他の単位系(A/mm2等)についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図2】スポット溶接に係るタイムチャート例である。
【
図3A】スポット溶接した板組(溶接物)の断面を示す顕微鏡写真である。
【
図3B】アルミニウム合金板と第2鋼板の接合界面近傍の断面を示す顕微鏡写真である。
【
図4】接合強度の評価試験の概要図と、評価例を示すデータ表である。
【
図5】第2通電工程の第2電流値と、第2ナゲット径またはアルミニウム合金板の板厚減少率との関係例を示すグラフである。
【
図6】アルミニウム合金板と電極の溶着に及ぼす第2電流値または電極の先端径による影響をまとめた一覧写真である。
【
図7】スポット溶接の進行過程を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、溶接方法または結果物(溶接物等)の他、制御装置、制御プログラム等にも適宜該当し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0024】
《板材/板組》
少なくとも2枚の鋼板(第1鋼板、第2鋼板)とアルミニウム合金板(単に「Al合金板」という。)を重ねた板組がスポット溶接される。Al合金板の少なくとも一面側にある鋼板群は3枚以上でもよい。またAl合金板の他面側に、少なくとも一枚以上の鋼板があってもよい。Al合金板も複数枚あってもよい。各板材は、スポット溶接に依らずに接合される部位があってもよい。なお、本発明の溶接方法により、1枚の鋼板と1枚のAl合金板とを接合することも可能である。この場合、2枚の鋼板に替わる1枚の鋼板は、Al合金板に対して1.5倍以上の板厚があるとよい。
【0025】
各鋼板は、成分組成、表面処理状態(めっきの有無等)、板厚等が同じ板材でも異なる板材でもよい。鋼板は、例えば、冷間圧延鋼板、熱間圧延鋼板、高強度鋼板、ホットスタンプ鋼板等である。
【0026】
鋼板は表面処理がなされていてもよい。例えば、Al合金板と接合する第2鋼板は、少なくともAl合金板側に、Al合金板よりも融点の低い金属層(単に「低融点金属層」という。)を有するとよい。低融点金属層は、第2通電工程時にAl合金板の基材(Al合金)よりも先行(優先)して溶融し、Al合金板と第2鋼板の被接合面間で濡れ拡がる。これにより第2ナゲットによる接合域が拡張され、それら板材間の接合強度の向上が図られる。
【0027】
鋼板の表面処理として亜鉛めっきが代表的である。亜鉛めっき鋼板は、例えば、溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板等である。なお、合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、アルミニウム-亜鉛合金めっき鋼板(いわゆるガルバリウム鋼板(登録商標))でもよい。金属層(亜鉛めっき層等)は、通常、鋼板の両面にあるが、その片面のみでもよい。なお、第1鋼板は、表面処理がされていても(めっき鋼板等でも)、表面処理がされていなくても(非めっき鋼板等でも)よい。
【0028】
Al合金板には、通常、2000系~8000系、特に5000系または6000系が用いられる。例えば、5000系なら、JISに規定されているA5052、A5083、A5005等に相当するAl合金板が用いられることが多い。また、6000系なら、JISに規定されているA6022、A6016、A6N01等に相当するAl合金板が用いられることが多い。なお、本明細書でいうAl合金板には、A1000系も含めてもよい。
【0029】
各板材の板厚は同じでも異なっていてもよい。鋼板の板厚は、例えば0.4~2.5mmさらには0.6~1.8mmである。Al合金板の板厚は、例えば0.8~3mmさらには1~2mmである。
【0030】
《第1通電工程》
(1)第1通電工程により、第1鋼板と第2鋼板の対面間に溶融池やその凝固部が生成される。直流電流を通電する場合、(第1)電流値は、例えば、4~10kA、6~9.5kAさらには7~9.0kAである。(第1)電流密度は、例えば、10~200A/mm2さらには25~100A/mm2である。電流値または電流密度が過小であると、鋼板間で十分な溶融池または凝固部、ひいては第1ナゲットが生成され難くなる。その電流値または電流密度が過大であると、チリや溶着等が発生し易くなる。
【0031】
電流値が変化するとき、通電時間に対する電流値(絶対値)の積分値を、その通電時間で除した平均値を「(第1)電流値」として採用する。電流密度は、電極の先端面積で電流値を除して求まる。電極の先端面積は、例えば、略円筒状または略円柱状の電極の先端部がフラット形状またはラジアス形状なら、その先端部を投影した円形面積(先端径:D1に相当する面積)として求まる。電極の先端面積は、スポット溶接後に板材にできる圧痕の面積(板材と電極の接触面積)で代替され得る。なお、第1電流密度は、例えば、第1鋼板側にある電極(第1電極)の先端面積(第1先端面積)で第1電流値を除して算出される。これらは、後述する第2通電工程(第2電流値、第2電流密度、第2電極の第2先端面積)についても同様である。
【0032】
(2)第1通電工程の加圧力は、例えば、2~6kNさらには3~5kNである。また、その通電時間は、例えば、25~200msさらには50~150msである。加圧力や通電時間が過小であると、鋼板間の溶融池(凝固部)または第1ナゲットの生成が不安定となり、第2通電工程でチリが発生し易くなる。加圧力が過大になると、板材(特にAl合金板)に深い打痕(窪み、陥没)が生じ得る。通電時間が過大になると、第2通電工程で形成される第2ナゲットが過大になったり、チリが発生し易くなる。
【0033】
ちなみに、第1通電工程で形成される溶融池または凝固部は、第2通電工程においてAl合金板の伝熱による加熱源となる程度の大きさでもよい。その溶融池または凝固部は、第1通電工程終了時に小さくても、第2通電工程で成長して十分な第1ナゲットとなり得る。そこで第1通電工程の(第1)通電時間は、第2通電工程の(第2)通電時間よりも短くてもよい。
【0034】
(3)第1通電工程前に、板組を昇温させて板材間の接触状態を馴染ませるプレ通電工程を行ってもよい。プレ通電工程は、電極が圧接している板組に対して、溶融池を生じさせない通電によりなされるとよい。例えば、プレ通電工程は、第1電流値よりも小さいプレ電流値(時間平均値)を通電してなされる。プレ電流値は、例えば、0.5~3kAさらには1~2kAである。
【0035】
《第2通電工程》
(1)第2通電工程により、第2鋼板とAl合金板の対面間で溶融反応が生じ、第2ナゲットが生成される。直流電流を通電する場合、(第2)電流値は、例えば、11~15kA、11.5~14.5kAさらには12~14kAである。第2電流値は、通常、第1電流値よりも大きく(例えば、2~6kAさらには3~5kA程度大きく)設定される。(第2)電流密度は、例えば、50~300A/mm2さらには100~250A/mm2である。電流値または電流密度が過小であると、第2鋼板とAl合金板の間で、Al合金板の溶融や第2ナゲットの生成が不十分となる。電流値または電流密度が過大であると、各板材間からのスパッタや各板材と電極の間の溶着等が発生し易くなる。なお、既述したように、第2電流密度は、例えば、Al合金板側にある電極(第2電極)の先端面積(第2先端面積)で第2電流値を除して算出される。
【0036】
(2)第2通電工程の加圧力は、例えば、2~6kNさらには3~5kNである。また、その通電時間は、例えば、50~500msさらには150~400msである。加圧力が過小であると、Al合金板と第2鋼板の間からチリが発生し易くなる。加圧力が過大になると、Al合金板に深い打痕(陥没)が生じ易くなる。通電時間が過小であると、Al合金板と第2鋼板の間で、Al合金板の溶融や第2ナゲットの生成が不十分となる。通電時間が過大になると、電極(特にAl合金板側)の溶着や摩耗等が生じ易くなり、生産性も低下し得る。
【0037】
(3)第1通電工程後で第2通電工程前に、板組を降温させる冷却工程を行ってもよい。冷却工程は、通常、板組に圧接されている電極を通じてなされる。冷却工程は、電極への通電を遮断する非通電によりなされてもよいし、第1通電工程時よりも小さい電流値を通電してなされてもよい。
【0038】
冷却工程により板組の電気抵抗値は低下し、所望範囲内に収まる。このため、第2通電工程で大きな第2電流値を通電したときに、少なくとも第2鋼板とAl合金板の間から生じるスパッタ等を抑止できる。
【0039】
《熱処理工程》
第2通電工程後に接合された板組は、さらに焼鈍または焼戻し等の熱処理がなされてもよい。熱処理により、各接合部(ナゲット)またはその近傍(熱影響部)の組織調整や残留応力除去等がなされる。
【0040】
熱処理工程の加熱温度は、例えば、120~250℃さらには150~200℃である。その加熱時間は、例えば、10~180分さらには30~120分である。その加熱方法は、例えば、炉内加熱でも通電加熱でもよい。加熱範囲は、接合された板組の全体でもよいし、スポット溶接された局部でもよい。
【0041】
《電極》
(1)形態
スポット溶接用の電極は、シャンクに着脱できるもの(キャップチップ型)でも、シャンクと一体化したもの(一体型)でもよい。通常、コストを低減するため、キャップチップ型の電極(「チップ」ともいう。)が用いられる。
【0042】
電極(チップ)は、例えば、有底略円筒状の先端部と、その先端部から連なる略円筒状の胴部とを有する。先端部の外表面(圧接面)は、凸状の他、窪んだ凹状でもよい。電極の大きさは問わない。胴部の外径(呼び径/D2)は、例えば、φ10~20mmさらにはφ12~18mmである。先端径(D1)は、例えば、φ6~14mmさらにはφ8~12mmである。
【0043】
電極は、その先端部内側にある内筒部に冷媒(冷却液/冷却水)が導入されるとよい。冷媒が強制的に循環されていると、電極の昇温抑制や電極を通じた板材の冷却を安定して行える。
【0044】
電極(特に凸状電極)の先端部の基本形状は、JIS C9304(1999)に多数規定されている。例えば、平面形(F形)、ラジアス形(R形)、ドーム形(D形)、ドームラジアス形(DR形)、円錐台形(CF形)、円錐台ラジアス形(CR形)等がある。鋼板とAl合金板のスポット溶接には、汎用性の観点から、例えばDR形、R形の電極を用いるとよい。
【0045】
(2)材質
電極(少なくとも先端部)は、熱伝導性、導電性、強度等に優れる材質からなるとよい。例えば、導電率が75~95%IACSさらには80~90%IACSである銅合金からなる電極が用いられる。銅合金は、例えば、クロム銅、ジルコニウム銅、クロム・ジルコニウム銅、アルミナ分散銅、ベリリウム銅等である。
【0046】
なお、鋼板に接する電極とAl合金板に接する電極は、形態(形状、サイズ(径))や材質が同じでも、異なっていてもよい。
【0047】
《その他》
通電工程中または通電工程間において、電流値(電流密度)および/または加圧力は変化させてもよい。例えば、各通電工程の開始時に、通電量を緩やかに増加させる上昇過程(アップスロープ過程)を設けて、電流値の急上昇によるチリの発生等を抑止してもよい。また、各通電工程の終了時に、通電量を緩やかに減少させる下降過程(ダウンスロープ過程)を設けて、電流値の急降下による溶接割れ(溶融池の凝固収縮に伴う凝固割れ、再結晶温度付近で生じ得る熱間割れ等)を抑止してもよい。
【0048】
加圧力も、各工程毎、各工程中または工程間で変化させてもよい。但し、加圧力は、Al合金板が電極による圧痕により過度に板厚減少しない程度であるとよい。通常、加圧力は、工程中や工程間で略一定とすれば足る。
【実施例】
【0049】
二枚の鋼板とAl合金板を順に重ねた板組をスポット溶接により接合する場合を例示しつつ、本発明を具体的に説明する。
【0050】
《概要》
本実施例に係るスポット溶接の概要を
図1に示した。被溶接材は、第1鋼板、第2鋼板およびAl合金板が順に積層された板組である。その両外側を一対の電極で挟持しつつ、通電することによりスポット溶接がなされる。
【0051】
(1)板材
第1鋼板には非めっき鋼板である冷間圧延鋼板(440MPa級/板厚:1.4mm)を、第2鋼板には合金化溶融亜鉛めっき鋼板(270MPa級/板厚:0.8mm)を、Al合金板には(JIS A6022相当の展伸材/板厚:1.2mm)を用いた。なお、亜鉛めっき鋼板には、厚さ約8μmの亜鉛めっき層(金属層)が形成されている。亜鉛めっき層自体の融点は約420℃、Al合金板の融点は約650℃である。
【0052】
各板材は、表面研磨等を行わず、そのままスポット溶接に供した。また、各板材は短冊状(30mm×100mm)に切断加工して用いた。
【0053】
(2)電極
第1鋼板側の第1電極とAl合金板側の第2電極には、同じDR形(JIS C9304)の市販チップ(OBARA株式会社製)を用いた。チップの内側(内円筒部)には強制循環された冷却水(流量:4L/min)を供給して、チップを強制冷却した。電極はクロム銅(Cr:1質量%、Cu:残部)製であり、その電気伝導度は80%IACSであった。
【0054】
電極のサイズは、
図1の拡大図に示すように、チップ径(呼び径D2):φ16mm、先端底部の厚さは12mm、先端肩部の曲率半径(R):8mm、先端面の曲率半径(R1):40mmとし、先端径(D1)は8mm、10mmまたは12mmのいずれかとした。特に断らない場合、先端径(D1):12mmの電極を用いた。
【0055】
(3)溶接条件
スポット溶接はサーボ加圧式スポット溶接機(ARO社製PA235KVAMF)を用いて、
図2に示す通電パターンに沿って行った。具体的にいうと、通電は直流電流を制御して行い、通電開始時と通電終了時の過渡期を除いて、各通電工程中の電流値は一定とした。また加圧力(F)は4kN(一定)とした。第1通電工程は、第1電流値(I
1):9kA、通電時間:100msとした。第2通電工程は、第2電流値(I
2):10~20kA、通電時間:300msとした。なお、第1通電工程前にプレ通電を行って、各板材間または電極と板材の間を馴染ませると、量産時でも溶接物の品質(接合強度)を安定化させ得る。
【0056】
また、第2通電工程の開始前には冷却工程を設けた。冷却工程は、第1通電工程の終了後の200msを非通電状態とした。これにより板組は両電極を通じて冷却され、各板材間(特に第2鋼板とAl合金板の間)の電気抵抗値が、所定範囲まで低下する。この冷却工程により、その後の第2通電工程を安定して行える。
【0057】
《観察》
(1)上述した板組をスポット溶接(第2電流値:13kA、電極の先端径:φ12mm、電流密度:115A/mm
2)した接合部の断面を倒立金属顕微鏡(オリンパス株式会社製GX53)で観察した写真を
図3Aに示した。
図3Aから明らかなように、第1鋼板と第2鋼板はそれらの対面間にある第1ナゲットを介して接合されており、第2鋼板とAl合金板はそれらの対面間にある第2ナゲットを介して接合されていることが確認された。
図3Aから、第1ナゲットは、第1鋼板と第2鋼板が共に溶融した後に凝固して生成されたことがわかる。また
図3Aから、第2ナゲットは、主にAl合金板が溶融凝固して生成されていることがわかる。
【0058】
図3Aからわかるように、第1ナゲットも第2ナゲットも十分な大きさ(径)および厚さ(板厚方向の長さ)を有していた。また、電極によるAl合金板側の圧痕(窪み、陥没)は、深さが約0.3mm程度(板厚減少:約25%)に留まっていることもわかった。
【0059】
(2)第2鋼板とAl合金板の接合界面付近の組織を走査電子顕微鏡(株式会社日立ハイテク製S-3600N)で観察した写真を
図3Bに示した。また、その組織をその顕微鏡に付属のエネルギー分散型X線分光器(EDX)で観察したところ、複数種の金属間化合物、例えば、Fe
2Al
5相、FeAl
3相、Fe-Al-Zn相(主にFe
2Al
5にZnが固溶)またはAl-Zn相が観察された。敢えていうと、第2鋼板側にはAl
5Fe
2相(またはFe-Al-Zn相)が多く、Al合金板側にはAl
3Fe相が確認された。
【0060】
一般的に、金属間化合物層(界面反応層)は脆弱であるため、その厚さは1~2μm以下であると好ましいといわれる。しかし、本実施例の金属間化合物層の厚さは約4.3μmあったが、後述するように、十分な接合強度が確保されていた。
【0061】
《接合強度》
(1)
図4に示すように、スポット溶接(第2電流値:13kA、電極の先端径:φ12mm、電流密度:115A/mm
2)により2種の試験片を作成し、それらの接合強度を評価した。
【0062】
(2)
図4(a)に示すように、引張せん断強度(5回の平均値)は4430Nとなった。
図4(b)に示すように、十字引張断強度(5回の平均値)は1150Nとなった。いずれの場合も、十分な接合強度が確保されていることが確認された。なお、
図4に示した接合強度は破断時の荷重である。
【0063】
《第2電流値》
(1)
図5に示すように、第2電流値を種々変更してスポット溶接(電極の先端径:φ12mm)した。得られた各溶接部の断面を上述した顕微鏡で観察して(
図3A参照)、第2ナゲットの大きさ(単に「第2ナゲット径(d
2)」という。)と、Al合金板の板厚減少率(b/t)を測定した。ここでd
2は第2ナゲットの最小幅とし、bはAl合金板の板厚の最小部から第2ナゲットの厚さを差し引いた厚さである。なお、t=1.2mm(一定)とした。
【0064】
(2)
図5からわかるように、第2電流値が16kA以上(15kA超)になると、Al合金板と第2鋼板の間からスパッタが発生した。それ以降、第2電流値が増加しても第2ナゲット径(d
2)は殆ど増加せず、Al合金板は残存板厚(第2ナゲット以外の厚さ)が急激に減少した。
【0065】
《溶着》
(1)
図6に示すように、第2電流値と電極の先端径を種々変更してスポット溶接した。スポット溶接は1秒間隔で5点行った。打点間隔は35mmとした。スポット溶接後のAl合金板側の電極の先端面をそれぞれ観察した。各電極の写真を
図6に一覧で示した。
図6中には、第2電流値を電極の先端面積(πD1
2/4)で除して求めた電流密度も併せて示した。
【0066】
(2)
図6からわかるように、第2電流値が16kA以上(15kA超)になると、高々5点のスポット溶接でも、銅合金製電極の先端面に、Al合金との溶着が観られた。但し、電極の先端径を大きくして電流密度を低下させると、溶着レベルを低減できることもわかった。
【0067】
一方、第2電流値が13kA(15kA以下)のとき、電極の先端径(電流密度)にかかわらず、溶着を抑止できることもわかった。
【0068】
以上のように、第1通電工程と第2通電工程を行うことにより、第1鋼板、第2鋼板およびAl合金板からなる板組を良好にスポット溶接できることがわかった。また、スパッタの発生や電極の溶着を抑制するために、第2電流値を15kA以下とすると好ましいこともわかった。