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特許7590911熱定着装置、電子写真画像形成装置および積層構造体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-19
(45)【発行日】2024-11-27
(54)【発明の名称】熱定着装置、電子写真画像形成装置および積層構造体
(51)【国際特許分類】
   G03G 15/20 20060101AFI20241120BHJP
   H05B 3/00 20060101ALI20241120BHJP
【FI】
G03G15/20 515
H05B3/00 335
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2021072076
(22)【出願日】2021-04-21
(65)【公開番号】P2021174004
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2024-04-18
(31)【優先権主張番号】P 2020075675
(32)【優先日】2020-04-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【弁理士】
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【弁理士】
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】福島 浩孝
(72)【発明者】
【氏名】小林 純三
(72)【発明者】
【氏名】中山 敏則
(72)【発明者】
【氏名】田中 茂
【審査官】中澤 俊彦
(56)【参考文献】
【文献】特開平7-295409(JP,A)
【文献】特開2019-219649(JP,A)
【文献】特開2015-34980(JP,A)
【文献】特開2009-243619(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G03G 15/20
H05B 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転可能な第一の部材と、
該第一の部材を加熱するヒーターと、
該第一の部材との間で記録材を挟持可能なニップ部を形成する、回転可能な第二の部材と、を有する熱定着装置であって、
該ヒーターは、
該第一の部材の内周面と互いに摺動する面を構成する表面層と、
該表面層を、中間層を介して担持する基材と、を具備し、
該基材は、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、および窒化珪素からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、
該表面層は、ダイヤモンドライクカーボン膜で構成され、
該中間層は、炭化珪素を含み、
該中間層中の、水素原子を除く全ての元素の総数(A)に対する、珪素原子の数(Si)および炭素原子の数(C)の和の比[(Si)+(C)]/Aが0.8以上であり、かつ、
該炭素原子の数(C)に対する、該珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)が1よりも大きいことを特徴とする熱定着装置。
【請求項2】
前記基材の前記中間層に対向する側の面の算術平均粗さRaが、0.13μm~0.35μmである請求項1に記載の熱定着装置。
【請求項3】
前記ダイヤモンドライクカーボン膜中の水素原子の数(H)と、前記ダイヤモンドライクカーボン膜中の炭素原子の数(C’)との和に対する、該ダイヤモンドライクカーボン膜中の水素原子の数(H)の比(H)/[(H)+(C’)]が、0.00以上、0.02以下である請求項1または2に記載の熱定着装置。
【請求項4】
前記中間層を、AlKαを光源としたX線光電子分光法により分析したときの、珪素原子の2p軌道の結合エネルギーのピークトップの位置が、99.0eV超、100.4eV未満に位置する請求項1~3のいずれか一項に記載の熱定着装置。
【請求項5】
前記比(Si)/(C)が2.0以上である請求項1~4のいずれか一項に記載の熱定着装置。
【請求項6】
前記比(Si)/(C)が、2.0以上2.6以下である請求項1~5のいずれか一項に記載の熱定着装置。
【請求項7】
前記第一の部材は、前記内周面を構成する樹脂膜を有し、該樹脂膜はポリイミドを含む請求項1~6のいずれか一項に記載の熱定着装置。
【請求項8】
前記第一の部材の内周面と前記表面層との間に潤滑剤が介在している請求項1~7のいずれか一項に記載の熱定着装置。
【請求項9】
前記第一の部材が、エンドレス形状を有する定着ベルトであり、
前記第二の部材が、加圧ローラーであることを特徴とする請求項1~8のいずれか一項に記載の熱定着装置。
【請求項10】
前記第一の部材が、エンドレス形状を有する定着ベルトであり、
前記第二の部材が、エンドレス形状を有する加圧ベルトである請求項1~8のいずれか一項に記載の熱定着装置。
【請求項11】
前記請求項1~10のいずれか一項に記載の熱定着装置を具備していることを特徴とする電子写真画像形成装置。
【請求項12】
基材、中間層、およびダイヤモンドライクカーボン膜をこの順に有する積層構造体であって、
該基材は、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、および窒化珪素からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、
該中間層は、炭化珪素を含み、
該中間層中の、水素原子を除く全ての元素の総数(A)に対する、珪素原子の数(Si)および炭素原子の数(C)の和の比[(Si)+(C)]/Aが0.8以上であり、かつ、該炭素原子の数(C)に対する、該珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)が1よりも大きい、ことを特徴とする積層構造体。
【請求項13】
前記ダイヤモンドライクカーボン膜中の水素原子の数(H)と、前記ダイヤモンドライクカーボン膜中の炭素原子の数(C’)との和に対する、該ダイヤモンドライクカーボン膜中の水素原子の数(H)の比(H)/[(H)+(C’)]が、0.00以上、0.02以下である請求項12に記載の積層構造体。
【請求項14】
前記中間層を、AlKαを光源としたX線光電子分光法により分析したときに、珪素原子の2p軌道の結合エネルギーのピークトップの位置が、99.0eV超、100.4eV未満に位置する請求項12または請求項13に記載の積層構造体。
【請求項15】
前記比(Si)/(C)が2.0以上である請求項12~14のいずれか一項に記載の積層構造体。
【請求項16】
前記比(Si)/(C)が、2.0以上2.6以下である請求項12~15のいずれか一項に記載の積層構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、熱定着装置、電子写真画像形成装置および積層構造体に向けたものである。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボン(DLC)は、その耐摩耗特性から摺動部材の表面コーティングとして広く使用されている。複写機やプリンターといった電子写真画像形成装置における摺動部材にも使用されている。
【0003】
特許文献1には、熱源によって加熱される回転可能な第一の部材と、該第一の部材との間で記録材を挟持可能なニップ部を形成する、回転可能な第二の部材と、該第一の部材の内部に配置され、該第一の部材の内面との接触面を有し、かつ、該第一の部材を該第二の部材に対して加圧する加圧部材と、を有し、該加圧部材の、該第一の部材の内面との接触面をなしている表面層が特定のダイヤモンドライクカーボン膜(以降、「DLC膜」ともいう)である定着装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-34080号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らの検討によれば、第一の部材の内周面に接して配置されている加圧部材を構成している基材のDLC膜に対向する側の表面の凹凸が大きい場合、該加圧部材を加熱部材として用いた場合においては、定着ベルト内周面とヒーターの表面層との間の熱接触が悪くなり、ヒーターの熱の第一の部材への熱伝導性が低下する場合があった。
【0006】
一方、基材のDLC膜に面する側の表面を平滑化した場合、DLC膜と基材との間の接触面積が減少するため、DLC膜の基材に対する密着性が低下する。その結果、定着装置の使用中に、DLC膜が基材から剥離し、第一の部材と加圧部材との摺動性が低下する場合があった。第一の部材と加圧部材との摺動性の低下は、異音の発生や定着不良を招来する。そこで、本発明者らは、基材へのDLC膜の密着性を、基材のDLC膜形成面の粗さに依存することなしに向上させ得る技術の開発が必要であることを認識した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様は、第一の部材への熱伝達性に優れ、かつ、長期に亘って安定した熱定着性能を発揮し得る熱定着装置の提供に向けたものである。また、本開示の他の態様は、高品位な電子写真画像を安定して形成することのできる電子写真画像形成装置の提供に向けたものである。さらに、本開示の他の態様は、被着面である基材の平滑性に依らずDLC膜の密着性に優れた積層構造体の提供に向けたものである。
【0008】
本開示の一態様によれば、回転可能な第一の部材と、
該第一の部材を加熱するヒーターと、
該第一の部材との間で記録材を挟持可能なニップ部を形成する、回転可能な第二の部材と、を有する熱定着装置であって、
該ヒーターは、
該第一の部材の内周面と互いに摺動する面を構成する表面層と、
該表面層を、中間層を介して担持する基材と、を具備し、
該基材は、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、および窒化珪素からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、
該表面層は、ダイヤモンドライクカーボン膜で構成され、
該中間層は、炭化珪素を含み、
該中間層中の、水素原子を除く全ての元素の総数(A)に対する、珪素原子の数(Si)および炭素原子の数(C)の和の比[(Si)+(C)]/Aが0.8以上であり、かつ、
該炭素原子の数(C)に対する、該珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)が1よりも大きい熱定着装置が提供される。
【0009】
また、本開示の他の態様によれば、記録材上のトナー像を加熱して該記録材に定着させる熱定着装置を備え、該熱定着装置が上記の熱定着装置である電子写真画像形成装置が提供される。
【0010】
さらに、本開示の他の態様によれば、基材、中間層、およびダイヤモンドライクカーボン膜をこの順に有する積層構造体であって、
該基材は、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、および窒化珪素からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、
該中間層は、炭化珪素を含み、
該中間層中の、水素原子を除く全ての元素の総数(A)に対する、珪素原子の数(Si)および炭素原子の数(C)の和の比[(Si)+(C)]/Aが0.8以上であり、かつ、該炭素原子の数(C)に対する、該珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)が1よりも大きい積層構造体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本開示の一実施形態における定着ベルト-加圧ローラー方式の熱定着装置の一態様を示す概略断面図である。
図2】本開示の一実施形態における定着ベルト-加圧ベルト方式の熱定着装置の一態様を示す概略断面図である。
図3】本開示の一実施形態における積層構造体を用いたヒーターの一例を示す概略断面図である。
図4】本開示の一実施形態における電子写真画像形成装置の一例を示す概略断面図である。
図5】本開示の一実施形態における積層構造体中の中間層を形成するための中間層形成装置の一例を示す概略断面図である。
図6】本開示の一実施形態における積層構造体中のダイヤモンドライクカーボン膜形成装置の一例を示す概略断面図である。
図7】実施例1で形成した中間層をXPSにより分析した結果得られた珪素原子の結合状態を示すグラフである。
図8】実施例1で形成した中間層をXPSにより分析した結果得られた炭素原子の結合状態を示すグラフである。
図9】比較例1で形成した中間層をXPSにより分析した結果得られた珪素原子の結合状態を示すグラフである。
図10】本開示に係わる熱定着装置の耐久試験の結果を示すグラフである。
図11】本開示の他の態様に係る積層構造体の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の好ましい実施形態について概略的な図面を参照して詳しく説明する。なお、本開示は、以下の実施形態にのみ限定されるものではなく、本開示の技術的な思想範囲内において種々に応用して実施することが可能である。
【0013】
図1に本開示の一実施形態における積層構造体を有したヒーターを用いた定着ベルト-加圧ローラー方式の熱定着装置の一例の概略的な断面図を示す。図1の熱定着装置は、回転可能な第一の部材と、回転可能な第二の部材と、第一の部材を加熱するヒーターを有する。
【0014】
第一の部材である定着ベルト120はスリーブ状で回転可能である。また、第二の部材である加圧ローラー130は、定着ベルト120との間で記録材141を挟持可能なニップ部Nを形成し、回転可能である。また、加熱部材であり、かつ、加圧部材としても機能するヒーター300は、定着ベルト120の内部に配置され、定着ベルト120の内周面と接触し、かつ定着ベルトを加圧する。定着ベルト120が回転することで、定着ベルト120の内周面とヒーター300の表面層は、互いに摺動する面を構成する。
【0015】
定着ベルト120は、スリーブ状のステンレス基材と、その外周面に被覆されたシリコーンゴム層およびシリコーンゴム層上に被覆されたフッ素樹脂層で構成されている。フッ素樹脂の例としては、例えば、テトラフルオロエチレン(以下、「TFE」と称する。)とパーフルオロアルキルビニルエーテル(以下、「PAVE」と称する。)の共重合体(以降、「PFA」ともいう)が挙げられる。PAVEとしては、例えば、パーフルオロメチルビニルエーテル(CF=CF-O-CF)、パーフルオロエチルビニルエーテル(CF=CF-O-CFCF)及びパーフルオロプロピルビニルエーテル(CF=CF-O-CFCFCF)が挙げられる。以降、フッ素樹脂層を構成するフッ素樹脂の具体例としては、同様にPFAが挙げられる。
【0016】
定着ベルト120は、内周面を構成する樹脂膜を有していてもよい。内周面を構成する樹脂膜は、ポリイミドを含むことが好ましい。定着ベルト120のサイズは、特に限定されないが、例えば、その内径は約55mmである。定着ベルト120の内径が約55mmであるとき、ステンレス基材、シリコーンゴム層、フッ素樹脂層、およびポリイミド膜の厚さは、例えば、それぞれ600μm、300μm、20μm、および1~20μmである。
【0017】
加圧ローラー130は、ステンレス製の芯金131と、その外周面に被覆されたシリコーン層132と、フッ素樹脂層133とで構成されている。加圧ローラー130のサイズは、特に限定されないが、例えば、その直径は約30mmである。加圧ローラー130の直径が約30mmであるとき、シリコーン層132およびフッ素樹脂層133の厚さは、例えば、それぞれ3mmおよび40μmである。
【0018】
ヒーター300は、図3に概略断面構造を示す積層構造体を含む。該積層構造体は、基材311と、中間層316と、ダイヤライクモンドカーボン膜(DLC膜)で構成される表面層315とで構成されている。
基材311は、記録材141の搬送方向(図1中の矢印方向)に直交する方向(紙面に垂直な方向)を長手とした平板短冊形状である。
【0019】
ヒーター300の表面層315は、定着ベルト120の内周面と互いに摺動する面を構成する。すなわち、表面層315の基材311に面する側とは反対側の面が、定着ベルト120の内周面と互いに摺動する面を構成する。また、定着ベルト120の内周面と表面層315との間に潤滑剤が介在させることは、定着ベルトの内周面と表面層との良好な摺動性が得られるため好ましい。潤滑剤としては、例えば、PFPE(パーフルオロポリエーテル)油とPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)を増ちょう剤としたフッ素系グリースや、シリコーン油が挙げられる。
【0020】
ヒーター300は、ヒーターホルダー111によって保持され、ヒーターホルダー111は、断面が逆U字形状を有する補強板金112によって支持されている。即ちり、ヒーター300が固定されたヒーターホルダー111が、補強板金112によって支持されている。ヒーターホルダー111は、例えば、耐熱性の高い液晶ポリマー樹脂で構成され得る。以下、ヒーター300およびヒーターホルダー111および補強板金112をヒーターユニット110とも称する。
【0021】
加圧ローラー130は、その芯金131の両端部が装置フレーム(不図示)に回転可能に軸受支持されている。そして、加圧ローラー130は、定着ベルト120の外周面へ加圧された状態で、モーター(不図示)により図1の矢印方向に所定の速度で回転駆動される。
【0022】
ヒーターユニット110は、その補強板金112の両端部が装置フレーム(不図示)に固定されている。そして、定着ベルト120がヒーターユニット110に外嵌され、ヒーターユニット110は、定着ベルト120の内周面へ加圧された状態となっている。
【0023】
このため、加圧ローラー130の回転に従動して搬送される記録材141を介して定着ベルト120が回転し、加圧ローラー130と定着ベルト120とヒーター300によって、記録材141を挟持するニップ部Nが形成される。そして、この際に定着ベルト120の内周面と摺動するヒーター300の抵抗発熱体312に通電することで、定着ベルト120はヒーター300との摺動面において加熱され、所定の温度に調整される。
【0024】
ニップ部Nに挟持された記録材141は、加圧ローラー130と定着ベルト120の回転によって、図1の矢印の方向へ搬送される。また、この際、記録材141上の未定着トナー142が、加熱された定着ベルト120を熱源として加熱されるため、記録材141に定着される。
【0025】
なお、定着ベルト-加圧ローラー方式の熱定着装置は、図1に示される形態に限定されない。図1に示した形態では、加熱部材であるヒーター300は、定着ベルト120を加圧ローラー130に対して押圧する加圧部材の一部を構成しているが、加圧部材と加熱部材を別個の部材としてもよい。このとき、図1に示す位置とは別の位置でヒーター300を定着ベルト120の内周面と接触させ、定着ベルト120を加熱する。この場合には、加圧部材として、図11に示す、基材311と、中間層316と、ダイヤモンドライクカーボン膜とをこの順に有する、本開示の他の態様に係る積層構造体1101を用いることができる。
【0026】
また、本開示の熱定着装置の他の実施形態として、図2に定着ベルト-加圧ベルト方式の熱定着装置200の一例の概略的な断面図を示す。図2に示す熱定着装置200は、一対の回転可能な第一の部材としての定着ベルト211と回転可能な第二の部材としての加圧ベルト212が圧接されている、いわゆるツインベルト方式の熱定着装置であり、定着ベルト211を加熱するヒーター300を備える。
【0027】
熱定着装置200では、第一の部材としての定着ベルト211と、第二の部材としての加圧ベルト212とが、2つのローラーに張架される。定着ベルト211と加圧ベルト212は、例えばニッケルを主成分とした金属製の可撓性を有する基材と、その外周面に被覆されたシリコーンゴム層およびシリコーンゴム層上に被覆されたフッ素樹脂層で構成されている。また、定着ベルト211は、内周面を構成する樹脂膜を有していてもよい。内周面を構成する樹脂膜は、ポリイミドを含むことが好ましい。
定着ベルト211および加圧ベルト212のサイズは、特に限定されないが、例えば、その直径は55mmである。定着ベルト211の直径が55mmであるとき、可撓性を有する基材、シリコーンゴム層、フッ素樹脂層、およびポリイミド膜の厚さは、例えば、それぞれ600μm、300μm、20μm、および1~20μmである。
【0028】
定着ベルト211の加熱部材は、本開示に係る積層構造体からなるヒーター300である。図2に示すようにヒーター300は定着ベルト211の内部に配置され、定着ベルト211の内周面と接触し、かつ定着ベルトを加熱する。
【0029】
定着ベルト211の表面温度がサーミスタの如き温度検知素子215により検知され、温度検知素子215で検知される定着ベルト211の温度に関する信号が制御回路部216に送られる。制御回路部216は、温度検知素子215から受信した温度情報が所定の定着温度に維持されるように、抵抗発熱体312への供給電力を制御して、定着ベルト211の温度を所定の定着温度に調節する。
【0030】
定着ベルト211は、ベルト回転部材としてのローラー217および加熱側ローラー218によって張架されている。ローラー217と加熱側ローラー218は、それぞれ装置の不図示の左右の側板間に回転自由に軸受されて支持されている。
【0031】
ローラー217は、例えば、外径が20mmで、内径が18mmである厚さ1mmの鉄製の中空ローラーであり、定着ベルト211に張りを与えるテンションローラーとして機能している。加熱側ローラー218は、例えば、外径が20mmで、径が18mmである鉄合金製の芯金に、弾性層としてのシリコーンゴム層が設けられた高摺動性の弾性ローラーである。
【0032】
この加熱側ローラー218は、駆動ローラーとして駆動源(モータ)Dから不図示の駆動ギア列を介して駆動力が入力されて、矢印の時計方向に所定の速度で回転駆動される。この加熱側ローラー218に上記のように弾性層を設けることで、加熱側ローラー218に入力された駆動力を定着ベルト211へ良好に伝達することができるとともに、定着ベルト211からの記録材141の分離性を確保するための定着ニップを形成できる。加熱側ローラー218が弾性層を有することによって、加熱側ローラーへの熱伝導も少なくなるためウォームアップタイムの短縮にも効果がある。
【0033】
定着ベルト211は、加熱側ローラー218が回転駆動されると、加熱側ローラー218のシリコーンゴム表面と定着ベルト211の内面との摩擦によってローラー217とともに回転する。ローラー217および加熱側ローラー218の配置や大きさは、定着ベルト211の大きさに合わせて選択される。例えば上記ローラー217および加熱側ローラー218の寸法は、未装着時の内径が55mmの定着ベルト211を張架できるように選択されたものである。
【0034】
加圧ベルト212は、ベルト回転部材としてのテンションローラー219と加圧側ローラー220によって張架されている。加圧ベルトの未装着時の内径は、例えば55mmである。テンションローラー219と加圧側ローラー220は、それぞれ装置の不図示の左右の側板間に回転自由に軸受させて支持させている。
【0035】
テンションローラー219は、例えば、外径が20mmで、内径が16mmである鉄合金製の芯金には、加圧ベルト212からの熱伝導を少なくするためにシリコーンスポンジ層を設けられている。加圧側ローラー220は、例えば、外径が20mmで、内径が16mmである厚さ2mmの鉄合金製の低摺動性の剛性ローラーである。テンションローラー219、加圧側ローラー220の寸法も同様に、加圧ベルト212の寸法に合わせて選択されたものである。
【0036】
ここで、定着ベルト211と加圧ベルト212との間にニップ部を形成するために、加圧側ローラー220は、回転軸の左右両端側が不図示の加圧機構により、矢印Fの方向に所定の加圧力にて加熱側ローラー218に向けて加圧されている。
【0037】
また、装置を大型化することなく幅広いニップ部を得るために、加圧パッドを採用している。図2に記載の熱定着装置200では、定着ベルト211を加圧ベルト212に向けて加圧する第一の加圧パッドとしてのヒーター300と、加圧ベルト212を定着ベルト211に向けて加圧する第二の加圧パッドとしての加圧パッド213を採用している。ヒーター300および加圧パッド213は、装置の不図示の左右の側板間に支持されている。加圧パッド213は、不図示の加圧機構により、矢印Gの方向に所定の加圧力にてヒーター300に向けて加圧されている。
【0038】
第一の加圧パッドであるヒーター300の表面層315は、定着ベルト211の内周面と互いに摺動する面を構成する。定着ベルト211の内周面と表面層315との間に潤滑剤が介在すると、良好な摺動性が得られるため好ましい。潤滑剤としては、例えば、PFPE(パーフルオロポリエーテル)油とPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)を増ちょう剤としたフッ素系グリースや、シリコーン油等である。また、第二の加圧パッドである加圧パッド213は、パッド基体とベルトに接する摺動シート214を有する。加圧パッド213を加圧ベルト212の内周面と直接接すると、摺擦する部分の削れが大きくな場合がある。その場合には、加圧ベルト212と加圧パッド213の間に、摺動シート214を介在させてもよい。摺動シート214の使用により、加圧パッド213の削れを防止し、摺動抵抗を低減でき、良好なベルト走行性、及びより優れ耐久性を得られる。なお、定着ベルト211には非接触の除電ブラシ(不図示)、加圧ベルトには接触の除電ブラシ(不図示)を各々設けている。
【0039】
制御回路部216は、少なくとも画像形成実行時にはモータDを駆動する。これにより加熱側ローラー218が回転駆動され、定着ベルト211が加熱側ローラー218と同じ方向に回転駆動される。加圧ベルト212は、定着ベルト211に従動して回転する。ここで、ニップ最下流の部分を加熱側ローラー218と加圧側ローラー220のローラー対により定着ベルト211と加圧ベルト212を挟んで搬送する構成とすることで、ベルトのスリップを防止することができる。ニップ最下流の部分は、ニップでの圧分布(記録材搬送方向)が最大となる部分である。
【0040】
定着ベルト211が所定の定着温度に立ち上がって維持(温調ともいう)された状態において、定着ベルト211と加圧ベルト212間のニップ部に、未定着トナー142を有する記録材141が搬送される。記録材141は、未定着トナー142を担持した面を、定着ベルト211側に向けて導入される。そして、記録材141の未定着トナー142が定着ベルト211の外周面に密着したまま挟持搬送されていくことにより、定着ベルト211から熱が付与され、また、加圧力を受けて記録材141の表面に定着される。この際、定着ベルト211の加熱された基体からの熱は、厚み方向の熱伝導性を高めた弾性層を通じて記録材141に向けて効率よく輸送される。その後、記録材141は、分離部材221によって、定着ベルト211と分離して搬送される。
【0041】
なお、定着ベルト-加圧ベルト方式の熱定着装置は、図2に示される形態に限定されない。例えば、図2に示した形態では、加熱部材であるヒーター300は加圧部材である第一の加圧パッドとしても用いられている。すなわち、図2に示した形態では、加圧部材と加熱部材は同一の部材として用いられているが、ヒーター300と第一の加圧パッドを別個の部材としてもよい。このとき、図2に示す位置とは別の位置でヒーター300を定着ベルト211の内周面と接触させ、定着ベルト211を加熱する。この場合、定着ベルト-加圧ローラー方式の熱定着装置と同様に、第一の加圧パッドとして、基材311、中間層316、DLC膜で構成される表面層315をこの順に有する積層構造体を用いてもよい。また、第一の加圧パッドとして、摺動シートが設けられた加圧パッドを用いてもよい。さらに、第二の加圧パッドとして、基材311と、中間層316、DLC膜で構成される表面層315をこの順に有する積層構造体を用いてもよい。
【0042】
図3に、本開示の一実施形態における積層構造体の一例を示す概略的な断面図を示す。積層構造体は、基材311、中間層316、ダイヤモンドライクカーボン膜をこの順に有し、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜が表面層315を構成する。
積層構造体をヒーター300として用いる場合、ヒーター300は、基材311の中間層316が設けられた面とは反対側の面上に、抵抗発熱体312と、温度センサ313であるサーミスタとを有する。また、抵抗発熱体312は、ガラス層314により絶縁被覆される。基材311の材質は、抵抗発熱体312が形成されるため、絶縁材で有る必要がある。また、抵抗発熱体312からの熱が、定着ベルト120へ伝熱しやすいよう熱伝導率が高い方が良い。このため、基材311は、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、および窒化珪素からなる群から選択される1つの化合物を含む。また、基材311は、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、および窒化珪素からなる群から選択される1つの化合物からなることが好ましい。基材311が窒化アルミニウムからなり、例えば約400mm×8mmの平板短冊形状であるとき、窒化アルミニウムはその表面から数百nmの深さまでが酸化されていてもよい。
【0043】
DLCは水素を含有すると硬度が低下する。このため、製造上の不可避成分や膜表面への吸着ガスを除き、表面層315を構成するDLC膜は、水素原子を実質的に含まないDLC膜であることが好ましい。すなわち、重イオンビームによる弾性反跳粒子検出法(ERDA)等の分析装置で分析した場合に、測定誤差以下とすることがより望ましい。このため、ダイヤモンドライクカーボン膜中の水素原子の数(H)と炭素の原子数(C’)に対する水素の原子数(H)の比(H)/[(H)+(C’)]が0.00以上、0.02以下となることが好ましい。
【0044】
表面層315と基材311の間には、炭化珪素を含む中間層316が形成されている。中間層中の水素原子を除く全ての元素の総数(A)に対する、珪素原子の数(Si)および炭素原子の数(C)の和の比[(Si)+(C)]/Aが0.8以上である。また、中間層316中の、炭素原子の数(C)に対する、珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)が1よりも大きい。これらの条件を満たすことで、中間層316は、基材311およびDLC膜との強い密着性を示し、基材311とDLC膜で構成される表面層315の優れた密着層として働く。
【0045】
なお、中間層316をX線光電子分光法(XPS)により分析した場合に、中間層中の珪素原子の2p軌道の結合エネルギーのピークトップの位置が、珪素の結合エネルギーを示すピークトップが出現する99.0eV超、炭化珪素の結合エネルギーを示すピークトップが出現する100.4eV未満に存在すると、中間層316は珪素単体または珪素リッチな炭化珪素を含んだ珪素と、炭化珪素との複合体であることを示す。このような中間層316は、基材311および表面層315との密着性をより高める効果を奏するため好ましい。
【0046】
さらに、中間層316をX線光電子分光法(XPS)により分析した場合に、中間層中の炭素原子の数(C)に対する珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)が2.0以上であると、中間層316は珪素単体または珪素リッチな炭化珪素を含んだ珪素と、炭化珪素との複合体であることを示す。このような中間層316は、基材311および表面層315との密着性を高める効果を奏するため好ましい。また、比(Si)/(C)が2.6以下であることによって、中間層316の膜硬度が低下し、その結果として、DLC膜の密着性の低下をより確実に防止し得る。従って、中間層の比(Si)/(C)は、2.0以上2.6以下であることがより好ましい。
【0047】
上記したような構成を有する積層構造体は、たとえ基材のDLC膜を形成する側の表面が、例えば、算術平均粗さが0.13μm~0.35μmの如き平滑な表面であっても、表面層315の剥離を防止し得る。その結果、熱定着装置の寿命を増加させることができる。すなわち、本開示に係る積層構造体は、熱定着装置の耐久性のより一層の向上に資するものである。
【0048】
図4は、本開示の一実施形態に係る定着ベルト-加圧ローラー方式の熱定着装置100を用いた電子写真画像形成装置の一例である、レーザー露光方式による電子写真フルカラープリンタの概略的な断面図である。プリンター400は、トナー像形成装置411a~d、一次転写装置420、二次転写装置430、熱定着装置100、給紙部441、給紙ローラー442、排紙トレー443、外部ホスト装置(不図示)、露光用レーザー光源(不図示)から成る。外部ホスト装置(不図示)からの入力画像情報に応じて、記録材141の上にフルカラー画像を形成して出力することができる。
【0049】
不図示の外部ホスト装置から入力されたカラー色分解画像信号に基づき、不図示の露光用レーザー光源を用いたレーザー露光方式にて、イエロー、マゼンタ、シアン、ブラックの各色用のトナー像形成装置411a~dに内蔵されたドラム状の電子写真感光体表面上にトナー像が形成される。レーザー露光方式による電子写真作像プロセスについては、公知のため、その説明を省略する。
【0050】
一次転写装置420は、エンドレス形状(無端状)の可撓性の一次転写ベルト421と、一次転写ローラー422、テンションローラー423から成る。
【0051】
各トナー像形成装置411a~dで形成された4色のトナー像は、テンションローラー423と二次転写対向ローラー432により張架、回転されている一次転写ベルト421へ、各一次転写ローラー422によって重畳転写され、一次転写ベルト421上に未定着のフルカラートナー像が形成される。
【0052】
一方、所定の給紙タイミングにて、給紙部441から記録材(紙)141が、給紙ローラー442によって、二次転写ローラー431と二次転写対向ローラー432によって成る二次転写装置430に搬送される。ここで、一次転写ベルト421上の未定着のフルカラートナー像は、紙の如き記録材141上へ転写される。
【0053】
その後、記録材141は熱定着装置100へ搬送され、加熱される。加熱されることで記録材141上の未定着のフルカラートナー像は、溶融混色し、固着像として記録材141上に定着する。
その後、トナー像が定着された記録材(紙)141は、排紙トレー443に排出される。
【0054】
なお、本開示の一実施形態に係る電子写真画像形成装置は、図4に示される形態に限定されず、定着ベルト-加圧ローラー方式の熱定着装置100を定着ベルト-加圧ベルト方式の熱定着装置200とした電子写真画像形成装置も含まれる。
【0055】
以下に、本開示の一実施形態の積層構造体における中間層316および表面層315の成膜方法を例示する。ただし、成膜方法はこれらに限られるものではない。
【0056】
また、図3の中間層316は、SiやSiCターゲットを原料としたスパッタリング法やアーク蒸着法を始めとした物理蒸着法、また炭化水素ガスとシランガスを原料とした化学蒸着法によって形成することができる。不純物やSiやCの組成比や結合状態を制御し易い点から、物理蒸着法がより好ましい。
【0057】
一例として、図5に物理蒸着法の一つであるスパッタリング法を用いた中間層形成装置500を示す。中間層形成装置500は、成膜処理が行われる真空チャンバー510、真空チャンバー510を真空排気するための真空ポンプ(不図示)、膜材料となるターゲット521、ターゲット521に電力印加するための電源523、ターゲット裏面に配置されたマグネット522、ターゲット周辺に配置されたアノード電極524、真空チャンバー510にプロセスガスを導入するガス配管およびマスフローコントローラー531、被成膜基材542が設置される基材ホルダー541、基材ホルダー541を成膜中に移動させるための駆動機構(不図示)、被成膜基材542の膜厚分布を制御するためのマスク551から成る。
【0058】
中間層形成装置500を用いた中間層316の形成は例えば以下に示す方法で行われる。真空ポンプで排気されている真空チャンバー510へ、ガス配管およびマスフローコントローラー531からArガスを導入し、真空チャンバー510の真空度を所望の真空度にする。
【0059】
そして、電源523によってターゲット521に電力を印加すると、ターゲット521とアノード電極524との間において、Arプラズマ放電が形成される。この際、マグネット522による磁力線によりArプラズマ密度がより高められる。
【0060】
形成されたArプラズマ中のイオンによりターゲット521から材料粒子がスパッタリングされる。スパッタリングされた材料粒子は、基材ホルダー541に設置された被成膜基材542に到達し、被成膜基材542上に中間層316が形成される。
【0061】
ターゲット521からスパッタリングされる粒子が被成膜基材542に到達する量は、被成膜基材542の位置によって異なる。そこで、成膜中に被成膜基材542が設置された基材ホルダー541を図5中の矢印の方向に移動させ、被成膜基材542に到達するスパッタリング粒子が多い部分については、ターゲット521と被成膜基材542の間に設置されたマスク551により粒子を一部遮蔽することで、被成膜基材542上に形成される中間層316の膜厚が均一に補正される。
【0062】
用いたターゲットが導電性であれば、ターゲットへ電力印加する電源523に、DC電源を用いることでプラズマ放電を形成できる。絶縁性であれば、ターゲットへ電力印加する電源523は、高周波(RF)電源を用いることでプラズマ放電を形成できる。
【0063】
また、真空チャンバー510に導入されるガスはArに限らず、Arに代えて、またはArに混合してXe、Heの如きガスを用いることができる。
【0064】
表面層315として、黒鉛を原料としたアーク蒸着法やスパッタリング法をはじめとした物理蒸着法や、炭化水素ガスを原料とした化学蒸着法によってダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜を形成することができる。
DLC膜中の水素量を低減し易いことから、黒鉛を原料とした物理蒸着法がより好ましい。
【0065】
一例として、図6にアーク蒸着法を用いたDLC膜形成装置600を示す。DLC膜形成装置600は、成膜処理が行われる成膜チャンバー610、アークプラズマ放電を生成して膜材料を蒸発させるアークプラズマ生成チャンバー620、アークプラズマ生成チャンバー620で発生した膜材料を成膜チャンバー610に輸送するダクトフィルター630から成る。
【0066】
成膜チャンバー610は真空ポンプ(不図示)により真空状態を維持される。被成膜基材612は基材ホルダー611によって成膜チャンバー610に配置される。基材ホルダー611は必要に応じて成膜中に回転や移動をさせることで、被成膜基材612の形状に適した成膜を行うことができる。
【0067】
アークプラズマ生成チャンバー620は、成膜チャンバー610と同様に真空ポンプ(不図示)により真空状態を維持される。アークプラズマ生成チャンバー620には、黒鉛ターゲット621が配置されている。黒鉛ターゲット621にはアーク放電を生成するためのアーク放電電源622が接続されている。黒鉛ターゲット621の上方には、アーク放電を着火するためのストライカー623、およびアーク放電のアノード624が配置されている。
【0068】
ダクトフィルター630には、膜材料を偏向させるための磁界を生成するためのダクトコイル631が配置されている。ダクトコイル631にはダクトコイル631に通電するためのダクトコイル用電源632が接続されている。またダクトフィルター630の先端には膜材料の荷電粒子を走査するための磁界を生成する走査コイル633が配置されている。走査コイル633には走査コイル用電源634が接続されている。また、ダクトフィルター630は、絶縁部材635によって、成膜チャンバー610や、アークプラズマ生成チャンバー620と絶縁されている。また、ダクトフィルター630は、ダクトフィルター用電源636に接続されており、その電位を制御することができる。
【0069】
アーク放電電源622から電力を印加された黒鉛ターゲット621に、アースに接続されたストライカー623が接触、または、ストライカー623が黒鉛ターゲット621から離散する際にアーク放電電源622から電力を印加することで、黒鉛ターゲット621とアノード624との間にアークプラズマを生成することができる。アークプラズマにより黒鉛ターゲット621から膜材料が蒸発させられる。
【0070】
黒鉛ターゲット621がアークプラズマによって蒸発される際に、ドロップレットと呼ばれる数μm程度の微粒子が発生する。このようなドロップレットは、DLCではなくグラファイトである。グラファイトは、膜硬度を低下させる短所がある。このため必要に応じてその数を調整する必要が有る。
【0071】
アークプラズマ生成チャンバー620で発生した膜材料を成膜チャンバー610に輸送するダクトフィルター630は湾曲している。アークプラズマにより蒸発させられた膜材料は荷電粒子となっているため、ダクトコイル631とダクトコイル用電源632によってダクトフィルター630内に形成された磁場により、ダクトフィルター630の軸上に沿って成膜チャンバー610へ輸送される。対して、ドロップレットは中性であることが多いため、ダクトフィルター630内に形成された磁場により偏向されず直進し、ダクトフィルター630の湾曲部に衝突する。このため、成膜チャンバー610へ輸送されるドロップレット量が軽減・調整されることになる。
【0072】
膜材料は、アークプラズマ生成チャンバー620で発生し、ダクトフィルター630を経由して成膜チャンバー610に輸送された後、中間層316が形成された被成膜基材612に衝突し、積層する。
【0073】
また、ダクトフィルター630に接続されたダクトフィルター用電源636により電位を制御することで、膜材料の輸送量やドロップレット量を調整することができる。
形成されたDLC膜で構成される表面層315のERDAによる水素含有量は、通常約0.5原子%となる。
【0074】
また、摺動層としての表面層315と中間層316は、真空状態下で連続して形成することがより望ましい。これは、中間層316の形成から表面層315の形成の間に中間層316が形成された被成膜基材612が大気に暴露されると、中間層316の最表面の一部の酸化や、中間層316の最表面への大気中のガスや水分の吸着により、中間層316と表面層315の密着性が変化する可能性があるためである。このため、図5図6に示される装置のチャンバーが連結された構成の装置を用いることがより好ましい。
【0075】
本開示の一態様によれば、第一の部材への熱伝達性に優れ、かつ、長期に亘って安定した熱定着性能を発揮し得る熱定着装置を得ることができる。また、本開示の他の態様によれば、高品位な電子写真画像を安定して形成することのできる電子写真画像形成装置を得ることができる。さらに、本開示の他の態様によれば、被着面である基材の平滑性に依らずDLC膜の密着性に優れた積層構造体を得ることができる。
【実施例
【0076】
以下に、実施例及び比較例を示し、本開示の一態様に係る熱定着装置等について具体的に説明する。なお、本開示に係る熱定着装置等は、実施例において具現化された構成のみに限定されるものではない。
【0077】
<実施例1>
実施例1として、窒化アルミニウム(以降、「AlN」とも記す)からなる基材の一方の表面上に、図5および図6に示した装置のチャンバーが連結された構成の装置を用いて中間層および表面層をこの順に成膜した積層構造体を製造した。なお、当該基材の表面は、アルミニウムの酸化物(以降、「AlO」とも記す)からなる薄膜で被覆されていた。
【0078】
まず、中間層は、図5に示した中間層形成装置500と同様の構成を有する装置を用いて、算術平均粗さRaが0.13μmである被成膜基材542としての基材上に中間層を成膜した。成膜条件としては、ターゲット521として珪素と炭化珪素を混合した複合ターゲットを用い、電源523による印加電力を550W、成膜中の真空チャンバー510の圧力を0.9Paとした。なお、複合ターゲット中の珪素と炭化珪素の存在比は、中央値で珪素:炭化珪素が1.4:1であった。
【0079】
続いて、図6に示したDLC膜形成装置600と同様の構成を有する装置を用いて、上記で成膜した中間層上に黒鉛ターゲット621を原料としたDLC膜で構成される表面層315を成膜し、積層構造体を製造した。
【0080】
実施例1の製造における中間層の成膜条件と同条件で中間層に相当する層を成膜したシリコンウェハ基板において、一部をマスキングすることで中間層に相当する層が成膜された部分と成膜されていない部分で段差を形成した。その段差の高さを触針式プロファイラー(商品名:P-15、KLA-Tenchore社製)を用いて測定した結果、60nmであった。この結果を実施例1に係る積層構造体における中間層の膜厚とした。
【0081】
実施例1の製造における中間層の成膜条件と同条件で成膜した層について、X線光電子分光分析装置(商品名:Quantera SXM、アルバックファイ社製、光源:AlKα)を用いたX線光電子分光法(XPS)により分析した。シリコンウェハ基板上に中間層に相当する層のみを形成し、その最表面と、XPSの真空チャンバー内でArイオンを用いて最表面から13nmエッチングした部分と、最表面から25nmエッチングした部分と、を分析した。XPSで検出できた元素は、珪素、炭素、および成膜中に混入した不可避不純物と考えられる酸素であった。最表面から13nmエッチングした部分と最表面から25nmエッチングした部分、すなわち中間層に相当する層中の酸素の含有量は4.9原子%であり、中間層に相当する層は、XPSでは検出できない水素を除く全ての元素の総数(A)に対する、珪素原子の数(Si)および炭素原子の数(C)の和の比[(Si)+(C)]/Aは0.95であり、中間層316に相当する層は珪素と炭素で構成されていた。
また、中間層に相当する層中の炭素原子の数(C)に対する珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)は2.02であった。
また、図5および図6に示した装置のチャンバーが連結された構成の装置を用いた本実施形態で示した成膜方法では、DLC膜中への積極的な水素源が無く、チャンバーの残留水分等が水素源となる。DLC膜中の水素原子の数(H)と炭素の原子数(C’)に対する水素の原子数(H)の比(H)/[(H)+(C’)]は0.015であった。このことから、本実施例に係るDLC膜中に含有される水素量は、不可避成分である酸素と同等以下であった。
【0082】
XPSで得られた珪素原子の結合状態を図7に示す。珪素原子の2p軌道の結合エネルギーのピークトップの位置が、珪素の結合エネルギーを示すピークトップが出現する99e.0Vと炭化珪素の結合エネルギーを示すピークトップが出現する100.4eVの中間の位置に見られた。最表面では酸化珪素の結合エネルギーを示すピークが見られたが、これは、成膜後から分析までの間に大気に暴露されることによる酸化や大気中水分の吸着によるものと考えられた。
【0083】
XPSで得られた炭素原子の結合状態を図8に示す。炭素原子の1s軌道の結合エネルギーのピークトップの位置は、炭化珪素の結合エネルギーを示すピークトップが出現する位置に見られた。
よって、XPSの結果より中間層は、珪素と炭化珪素の複合体であることが分かった。
【0084】
また、表面層の膜厚についても、中間層316の膜厚と同様に触針式プロファイラーにて求め、その膜厚は500μmであった。
【0085】
<実施例2>
中間層の膜厚を20nmとした他は実施例1と同様に積層構造体を製造した。実施例1に示す方法と同様にXPSで分析を行い、元素として、珪素と炭素、および成膜中に混入した不可避不純物と考えられる酸素を検出した。中間層316に相当する層中の酸素の含有量は2.8原子%であり、酸素原子およびXPSでは検出できない水素を除く全ての元素の総数(A)に対する、珪素原子の数(Si)および炭素原子の数(C)の和の比[(Si)+(C)]/Aは0.95であり、中間層316に相当する層は珪素と炭素構成されていた。また炭素原子の数(C)に対する、珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)は2.55であった。
【0086】
<実施例3>
表面層の膜厚を650nmとした他は実施例2と同様に積層構造体を製造した。実施例1に示す方法と同様にXPSで分析を行い、中間層316に相当する層中の酸素の含有量および比(Si)/(C)は実施例2と同じであった。
【0087】
<実施例4>
基材として表面の算術平均粗さRaが0.35μmであるものを用いた以外は実施例1と同様に積層構造体を製造した。
【0088】
<実施例5>
中間層に相当する層中の比(Si)/(C)を1.55とした以外は実施例1と同様に積層構造体を製造した。
【0089】
<比較例1>
中間層を形成しなかった他は実施例1と同様に積層構造体を製造した。
【0090】
<比較例2>
ターゲットにチタンターゲットを用いて、膜厚60nmのTiで構成された中間層を形成した。それ以外は実施例1と同様にして積層構造体を製造した。
【0091】
<比較例3>
ターゲットに炭化ケイ素ターゲットを用いて、膜厚60nmの炭化珪素で構成された中間層を形成した以外は実施例1と同様にして積層構造体を製造した。ここで、本比較例に係る中間層のXPSで得られた珪素原子の結合状態を図9に示す。珪素原子の2p軌道の結合エネルギーのピークトップの位置が、炭化珪素の結合エネルギーを示すピークトップが出現する位置に見られた。中間層中の酸素原子およびXPSでは検出できない水素を除く全ての元素の総数(A)に対する、珪素原子の数(Si)および炭素原子の数(C)の和の比[(Si)+(C)]/Aは0.95であり、また、中間層316中の炭素原子の数(C)に対する珪素原子の数(Si)の比(Si)/(C)は0.86であった。
【0092】
表1は実施例1、および比較例1から3の積層構造体について、日本産業規格(JIS)R3255(1997)に準拠したスクラッチ試験によって積層構造体の密着性、堅牢性を評価したものである。先端半径5μmのスタイラスを膜へ押しつけながら走査し、押しつけ荷重を増加させながら膜破壊が起きた時点でのその荷重値(臨界荷重値)から積層構造体の密着性、堅牢性を評価した。
【0093】
比較例1に係る積層構造体は、積層構造体の製造後、スクラッチ試験を実施する前に、DLC膜で構成される表面層の剥離が発生した。また、実施例1の積層構造体は、スクラッチ試験の結果、比較例2および比較例3の積層構造体が示す臨界荷重の2倍以上の臨界荷重を示した。
【0094】
実施例1に係る積層構造体がこのように高い臨界荷重を示す作用機序としては、以下のように考えられる。実施例1に係る中間層は、Si-Cの結合において余剰となった珪素や、珪素単体を含んでいるため、窒化アルミニウムおよびDLCとの密着性が特に高く、また炭化珪素を含んでいるため堅牢性が高くなっていると考えられる。
【0095】
また、実施例1および比較例1~3の積層構造体においては、基材として窒化アルミニウムを用いたが、その最表面は自然酸化被膜も含め、アルミニウムの酸化物で構成されている。このため、基材に酸化アルミニウムを用いた場合であっても、実施例1および比較例1~3の積層構造体と同様な結果を得られると考えられる。
【0096】
また、実施例1に係る積層構造体を用いた、図1に示す熱定着装置の耐久試験を実施した。図10に定着ベルトを回転させるトルクの時間に対する推移を示す。図10に示すように350時間運転しても、トルクの増加や異常は見られなかった。また、定着動作時の異音の発生や定着ベルトを始めとした熱定着装置の部材の破損は見られなかった。定着動作時の異音の発生や定着ベルトを始めとした熱定着装置の部材の破損は見られなかったものを、「耐久性あり」とした。
【0097】
実施例1に係る積層構造体と同様に、実施例2~実施例5に係る積層構造体についても同様にして熱定着装置の耐久試験を実施した。その結果、表2に示すように、実施例1に係る積層構造体と同様に、350時間運転しても、トルクの増加や熱定着装置の部材の破損は起きず、高い耐久性を示し、「耐久性あり」と評価された。
【0098】
【表1】
【0099】
【表2】
【符号の説明】
【0100】
100 熱定着装置
110 ヒーターユニット
111 ヒーターホルダー
112 補強板金
120 定着ベルト
141 記録材
142 トナー
130 加圧ローラー
131 芯金
132 シリコーン層
133 パーフルオロアルコキシアルカン樹脂層
300 ヒーター
311 基材
312 抵抗発熱体
313 温度センサ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11