(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-19
(45)【発行日】2024-11-27
(54)【発明の名称】量子コンピュータ及び量子コンピュータの量子状態制御方法
(51)【国際特許分類】
G06N 10/20 20220101AFI20241120BHJP
【FI】
G06N10/20
(21)【出願番号】P 2021097298
(22)【出願日】2021-06-10
【審査請求日】2024-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】戸丸 辰也
【審査官】多賀 実
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/220122(WO,A1)
【文献】関 優也 外1名,「量子コンピュータと量子アニーリングマシンによる量子シミュレーション」,数理科学,株式会社サイエンス社,2019年01月01日,第57巻, 第1号,pp.40-46
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 10/00-10/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子ビットを保持する量子レジスタと、前記量子レジスタに対して操作を行う制御ゲートと、前記量子レジスタの状態を観測する読み出しの手段を備え、ハミルトニアンH(t)を所定の時間徐々に変化させて、基底状態への縦緩和を繰り返す量子コンピュータであって、
前記制御ゲートにより、各時刻の前記ハミルトニアンH(t)で決まるユニタリ演算を縦緩和時間程度の時間を掛けて実施し、前記縦緩和時間程度の時間ごとに量子状態を緩和させ、基底状態に準備した初期状態を、課題となるハミルトニアンの基底状態に時間発展させることを特徴とする量子コンピュータ。
【請求項2】
ハミルトニアンH(t)で決まるユニタリ演算U = exp[-iH(t)δt]が1量子ビットゲートと複数量子ビットゲートからなる前記制御ゲートにより行われる前記量子コンピュータであって、
パラメタs(t)を利用してハミルトニアンをH(t)= s(t)H
0+[1-s(t)]H
1とし、
前記s(t)を時刻t=t
0からt=t
n=t
0+Tの間にs(t
0)=0からs(t
n)=1に徐々に変化させ、
前記初期状態はH
1の基底状態|ψ(t
0)>とし、
時刻t=t
0からt=t
1=t
0+δt
1ではユニタリ演算U
1 = exp[-iH(t
1)δt
1]を、時刻t=t
1からt=t
2=t
1+δt
2ではユニタリ演算U
2 = exp[-iH(t
2)δt
2]を、…とし、
δt
j(j=1, 2, …, n)は縦緩和時間程度とすると共にT=Σ
j
nδt
jを満たし、
δt
jの時間ごとに状態を緩和させて前記初期状態|ψ(t
0)>を|ψ(t
0+T)>に時間発展させることを特徴とする請求項1記載の量子コンピュータ。
【請求項3】
前記ハミルトニアンH(t)を係数h
jの1量子ビット演算子及び係数J
jkの2量子ビット演算子の和に分解し、
前記係数h
jの1量子ビット演算子で決まるユニタリ演算を前記1量子ビットゲートにより実施し、前記係数J
jkの2量子ビット演算子で決まるユニタリ演算を前記複数量子ビットゲートににより実施し、
ゲート操作により演算を実現することを特徴とする請求項2記載の量子コンピュータ。
【請求項4】
前記係数h
jの演算子及び前記係数J
jkの演算子の和で与えられた前記ハミルトニアンH(t)=Σ
jh
jZ
j+Σ
jkJ
jkZ
jZ
kで決まる時間間隔δtのユニタリ演算U = exp[-iH(t)δt]を、N分割してH(t)の項別にU = Π
q=1
N{Π
j[exp(-ih
jZ
jδt/N)]Π
jk[exp(-iJ
jkZ
jZ
kδt/N)]}
qとし、
前記exp(-ih
jZ
jδt/N)に対応する前記1量子ビットゲートと、前記exp(-iJ
jkZ
jZ
kδt/N)に対応する前記複数量子ビットゲートである2量子ビットゲートの動作により演算を実現することを特徴とする請求項3記載の量子コンピュータ。
【請求項5】
前記|ψ(t
0+T)>はZ基底で測定することとし、前記|ψ(t
0+T)>を得る演算と測定を繰り返し、前記|ψ(t
0+T)>の測定値の頻度分布を得て、それによりハミルトニアンH
0の基底状態を推定可能にすることを特徴とする請求項2記載の量子コンピュータ。
【請求項6】
回転軸別に1量子ビットゲートを分類し、一連の量子回路を、ある回転軸の1量子ビットゲートを基準に区切り、該区切りごとにランダムゲートを選択し、各区切り内のすべてのゲート間に選択した前記ランダムゲートとその逆ゲートを挿入し、前記ランダムゲートとその逆ゲートを別々に当初の回路のゲートと一体化することによりゲートをランダム化することを特徴とする請求項1記載の量子コンピュータ。
【請求項7】
前記ランダムゲートが、前記ある回転軸の1量子ビットゲートと可換であることを特徴とする請求項6記載の量子コンピュータ。
【請求項8】
前記ある回転軸をi軸とし、σ
iをパウリ行列とすれば、前記ランダムゲートは{I, σ
i, σ
i
-1}あるいは{I, σ
i, σ
i
-1 σ
i
1/2, σ
i
-1/2}であることを特徴とする請求項6記載の量子コンピュータ。
【請求項9】
変分関数を|ψ>=Σ
ja
j|j>とし、パラメタa
jの初期値を、|a
j|
2が前記頻度分布に一致するように定めて期待値E=<ψ|H
0|ψ>を算出し、前記パラメタa
jを少しずつ変化させて前記Eを求める計算を繰り返し、前記Eの最低値を与えたa
jを最終解として出力することを特徴とする請求項5記載の量子コンピュータ。
【請求項10】
パラメタλにより変分関数|ψ(λ)>が定まるものとし、|ψ(λ)>を|j>で展開して|ψ(λ)> = Σ
ja
j(λ)|j>とした時に、|a
j(λ)|
2が前記頻度分布に一致するようにパラメタλを決定することを特徴とする請求項5記載の量子コンピュータ。
【請求項11】
前記パラメタλで求まるa
j(λ)をa
jの初期値として、また|ψ>=Σ
ja
j|j>を変分関数として、期待値E=<ψ|H
0|ψ>の最低値を求める変分計算を実施し、前記Eの最低値を与えたa
jを最終解として出力することを特徴とする請求項10記載の量子コンピュータ。
【請求項12】
前記変分関数|ψ>の生成をVQEにより実施することを特徴とする請求項9記載の量子コンピュータ。
【請求項13】
量子ビットを保持する量子レジスタと、前記量子レジスタに対して操作を行う制御ゲートと、前記量子レジスタの状態を観測する読み出しの手段を備え、前記制御ゲートにより前記量子ビットを制御する量子コンピュータの量子状態制御方法であって、
前記制御ゲートで前記量子ビットを制御し、ハミルトニアンH(t)を所定の時間徐々に変化させて、基底状態への縦緩和を繰り返し、
前記制御ゲートにより、各時刻の前記ハミルトニアンH(t)で決まるユニタリ演算を所定時間を掛けて実施して、前記所定時間ごとに量子状態を緩和させ、
基底状態に準備した初期状態を、課題となるハミルトニアンの基底状態に時間発展させる、量子コンピュータの量子状態制御方法。
【請求項14】
前記量子コンピュータがNISQコンピュータである、請求項13記載の量子コンピュータの量子状態制御方法。
【請求項15】
前記所定時間は縦緩和時間相当である、請求項13記載の量子コンピュータの量子状態制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、計算機、特に量子コンピュータの技術に係る。
【背景技術】
【0002】
IT社会では計算機性能への要求は限りがなく、その要求に応えられるものとして量子コンピュータへの期待が大きい。量子コンピュータが注目されるきっかけとなったのはShorによる素因数分解アルゴリズムで、これにより量子コンピュータが古典コンピュータに比べて高速に情報処理可能なことが示された。その後、Shorのアルゴリズムは位相推定アルゴリズムに一般化され、連立方程式を高速に解けるHHLアルゴリズムの考案等にも繋がっている。量子コンピュータへの期待を高めたもう一つのアルゴリズムはGroverの検索アルゴリズムで、これは振幅増幅アルゴリズムに一般化されると共に、位相推定アルゴリズムと融合して振幅推定アルゴリズムに発展している。
【0003】
アルゴリズム的に期待の高い量子コンピュータであるが、これらのアルゴリズムは誤りのない量子コンピュータを前提にしている。しかし、量子コンピュータは|0>状態と|1>状態の線形重ね合わせ状態からなる量子ビットを基本単位とするものであり、その意味でアナログ的であり、その結果、ビット誤りや位相誤りが常に発生し得る。量子誤り訂正により誤り耐性量子コンピュータは実現可能であるが、その実現のためには誤り率が十分に小さい大規模量子コンピュータが実現しなければならず、その実現の目処は立っていない。
【0004】
そこで近年注目されるようになってきた概念がNISQ (Noisy Intermediate-Scale Quantum)コンピュータである。これは中規模量子コンピュータ(量子ビット数が50 ~ 数百程度)を誤り訂正なしで動作させようとするものである。NISQコンピュータが古典コンピュータに比べて高速に処理できる(量子超越性)ことは実証済であるが、実証できたことは量子干渉を経て乱数を生成させることであり、課題としては特殊で実問題を解くものではなかった。即ち、NISQコンピュータにより実問題を解くアルゴリズムは未解決課題である。
【0005】
量子技術を利用したコンピューティングには量子アニールと呼ばれる技術もある。量子アニールと区別するために上述の量子コンピュータをゲート型量子コンピュータと呼ぶこともある。
【0006】
量子アニールは解がハミルトニアンH0の基底状態になるように問題を変換し、初期状態を、容易に基底状態を実現できるハミルトニアンH1の基底状態にし、徐々にハミルトニアンをH1からH0に移行して最終的にH0の基底状態を得る手法である。量子アニールは断熱定理を理論的根拠にしており、量子コヒーレンスの持続が理論的前提である。この手法はハード的にH0の形が決まり、通常はイジングスピン系と呼ばれるハミルトニアンの形を取る。そのために実装しやすい問題は制限され、一般の問題を実装することは極めて複雑で難しい。また、イジングスピンは+1あるいは-1の2状態を取るものであり、解として線形重ね合わせ状態を想定していない。即ち、古典的な解を想定しており、量子力学的な解になる問題には適用できない。
【0007】
量子アニールに類似な方法としてゼノン効果を利用した方法もある。H1の基底状態を出発点にして最終的にH0の基底状態を得ようとする点は量子アニールと同様である。異なる点は繰り返し測定を演算過程で行い各時刻の状態を確定していくことにある。測定法としては位相推定アルゴリズムを基本にしているが、状態を確定するものであれば他の測定でもよい。但し、位相推定アルゴリズム以外の具体的測定法が明確にされている訳ではなく、また時間発展は量子コヒーレンスが持続することを前提にしている。
【0008】
従来の量子コンピュータシステムとしては、例えば、特許文献1では、少なくとも1個以上のキュービットから構成される量子レジスタと、前記量子レジスタに対して操作を行う制御ゲートと、前記量子レジスタの状態を観測する読出しゲートを有する量子部と、古典記憶装置と、前記古典記憶装置にアクセス可能な制御装置とを備え、前記古典記憶装置が前記制御ゲートないしは前記読出しゲートに対する操作命令の列である量子マイクロコードを記憶し、前記制御装置が前記古典記憶装置から前記量子マイクロコードを読み出して前記制御ゲートないしは前記読出しゲートを制御することを特徴とする量子コンピュータシステムを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、NISQコンピュータは実問題を解くアルゴリズムが知られていない。量子アニールはハード的にハミルトニアンの形の自由度がなく、イジングスピン型の場合は量子力学的問題に適用できない。ゼノン効果を利用した方法は繰り返し測定の具体化が為されておらず、理論上の概念に留まる。また、量子アニールもゼノン効果の方法も理論上は量子コヒーレンスを維持することが前提であり、実際の量子技術でこれらを理論通りに実現することは困難である。以上述べたようにいずれの方法も課題があり、一般の問題を扱える手法がない。一般の問題を扱える量子コンピュータを実現することが課題である。
【0011】
そこで、本願発明の目的は、ゲート型量子コンピュータで実問題を扱えるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の好ましい一側面は、量子ビットを保持する量子レジスタと、前記量子レジスタに対して操作を行う制御ゲートと、前記量子レジスタの状態を観測する読み出しの手段を備え、ハミルトニアンH(t)を所定の時間徐々に変化させて、基底状態への縦緩和を繰り返す量子コンピュータであって、各時刻の前記ハミルトニアンH(t)で決まるユニタリ演算を前記制御ゲートにより縦緩和時間程度の時間を掛けて実施し、前記縦緩和時間程度の時間ごとに量子状態を緩和させ、基底状態に準備した初期状態を、課題となるハミルトニアンの基底状態に時間発展させることを特徴とする量子コンピュータである。
【0013】
本発明の好ましい他の一側面は、量子ビットを保持する量子レジスタと、前記量子レジスタに対して操作を行う制御ゲートと、前記量子レジスタの状態を観測する読み出しの手段を備え、前記制御ゲートにより前記量子ビットを制御する量子コンピュータの量子状態制御方法であって、前記制御ゲートで前記量子ビットを制御し、ハミルトニアンH(t)を所定の時間徐々に変化させて、基底状態への縦緩和を繰り返すものであり、各時刻の前記ハミルトニアンH(t)で決まるユニタリ演算を前記制御ゲートにより所定時間を掛けて実施して、前記所定時間ごとに量子状態を緩和させ、基底状態に準備した初期状態を、課題となるハミルトニアンの基底状態に時間発展させる、量子コンピュータの量子状態制御方法である。
【発明の効果】
【0014】
ゲート型量子コンピュータで実問題を扱えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1A】本実施例のハードウェア構成を示すブロック図。
【
図1B】本実施例の原理を示す図。(a)エネルギーダイヤグラムの観点で記載。(b)具体的な量子回路の例。
【
図2】ブロッホ球と量子ビットの関係を示した概念図。
【
図3】本実施例の方法で得られる頻度分布のイメージ図。
【
図4A】
図1B(b)において可換なゲートを交換し、2量子ビットゲートが連続しないようにした回路図。
【
図4B】R
Zゲートの区切りごとにランダムゲートを選択し、区切り内のすべてのゲート間に選択したランダムゲートとその逆ゲートを挿入した回路図。
【
図4C】各ゲートとその前後のランダムゲート及び逆ゲートを一体化してひとつのゲートにした回路図。
【
図4D】R
Yゲートの区切りごとにランダムゲートを選択し、選択したランダムゲートとその逆ゲートを加えた回路図。
【
図4E】各ゲートとその前後のランダムゲート及び逆ゲートを一体化してひとつのゲートにした回路図。
【
図5】R
ZZゲートをR
I,R
Z,R
CZゲートに分解した回路図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。ただし、本発明は以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。本発明の思想ないし趣旨から逸脱しない範囲で、その具体的構成を変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。
【0017】
以下に説明する実施例の構成において、同一部分又は同様な機能を有する部分には同一の符号を異なる図面間で共通して用い、重複する説明は省略することがある。
【0018】
同一あるいは同様な機能を有する要素が複数ある場合には、同一の符号に異なる添字を付して説明する場合がある。ただし、複数の要素を区別する必要がない場合には、添字を省略して説明する場合がある。
【0019】
本明細書等における「第1」、「第2」、「第3」などの表記は、構成要素を識別するために付するものであり、必ずしも、数、順序、もしくはその内容を限定するものではない。また、構成要素の識別のための番号は文脈毎に用いられ、一つの文脈で用いた番号が、他の文脈で必ずしも同一の構成を示すとは限らない。また、ある番号で識別された構成要素が、他の番号で識別された構成要素の機能を兼ねることを妨げるものではない。
【0020】
図面等において示す各構成の位置、大きさ、形状、範囲などは、発明の理解を容易にするため、実際の位置、大きさ、形状、範囲などを表していない場合がある。このため、本発明は、必ずしも、図面等に開示された位置、大きさ、形状、範囲などに限定されない。
【0021】
本明細書で引用した刊行物、特許および特許出願は、そのまま本明細書の説明の一部を構成する。
【0022】
本明細書において単数形で表される構成要素は、特段文脈で明らかに示されない限り、複数形を含むものとする。
【0023】
実施例にて開示される内容の要約を示す。ゲート型量子コンピュータにおいてハミルトニアンH1の基底状態に初期化し、H1からH0へハミルトニアンを徐々に変化させる。各時刻のハミルトニアンは緩和時間程度継続させ、各ハミルトニアンで決まるゲート動作をその間繰り返し、その間に各ハミルトニアンの基底状態へ縦緩和させる(逐次初期化)。以上の、各ハミルトニアンの継続時間ごとの縦緩和を繰り返して目的の基底状態へ導く。これに加えて以下の手法を併用する。
(1)目的の基底状態へ導き測定することを繰り返し、測定値の分布を得る。
(2)得られた測定の分布を実現するような試行関数(変分関数)を設定し、変分法により解精度を高める。試行関数決定には機械学習も併用する。
(3)ランダムゲートとその逆ゲートをハミルトニアンで決まる回路のゲート(元々のゲート)間に挿入し、ランダムゲートを元々のゲートと一体化することにより元々のゲートをランダム化して系統誤差を排除する。
【実施例1】
【0024】
物理系には一般にエネルギーの高い状態から低い状態に遷移しようとする働きが備わっている。これを縦緩和と言う。本実施例は縦緩和を駆動力にして量子コンピューティングを動作させようとするものである。この原理は通常の量子コンピュータと本質的に異なる。通常の量子コンピュータは緩和がなく状態が維持されることを前提にしており(所謂、コヒーレント)、その前提を目指して研究・開発が進められている。
【0025】
前述のように、物理系にはエネルギーの高い状態から低い状態に遷移しようとする性質が自然に備わっている。言い換えれば、本質的にインコヒーレントな性質を物理系は保持している。そのインコヒーレントな性質を上手く活用して量子コンピュータを動作させるのが本実施例である。
【0026】
図1Aに実施例の量子コンピュータのハードウェア構成例を示す。量子コンピュータ1000のハードウェアとしては、例えば特許文献1にも開示のように、量子ビットを保持する量子レジスタ1001と、量子レジスタ1001に対して操作を行う制御ゲート1002と、量子レジスタ1001の状態を観測する読み出しの手段1003を用いて、プロセッサやメモリの機能をさせる。このような量子コンピュータ1000は、一般に古典的コンピュータ2000で制御される。
【0027】
以下、具体例を挙げながら実施の形態を述べる。解くべき問題はハミルトニアンの形に変換し、解がハミルトニアンH0の基底状態になるようにする。解こうとする問題ごとにハミルトニアンが定義される。組合せ最適化問題であればイジングスピン・ハミルトニアンH0= -ΣjkJjkZjZk-ΣjhjZjの基底状態探索問題に変換できる (参照A. Lucas, arXiv:1302.5843v3)。ここで、Zjはパウリのスピン行列のZ成分、Jjkとhjが問題で決まる係数である。また、量子化学や製薬、量子多体系の問題ではそれぞれの系のハミルトニアンH0が与えられており、その基底状態を求めることがやはり基本的な問題である。
【0028】
本実施例では量子コンピュータ1000として、既述の誤り訂正機能を備えていないゲート型量子コンピュータであるNISQコンピュータを用いることにする。出願時公知のNISQコンピュータおよびその概念に含まれるハードウェアにおいて、以下で説明する処理を実行することで、本実施例は実施可能である。
【0029】
H0の基底状態を得るためにまず量子コンピュータ1000の状態をハミルトニアンH1の基底状態にする。H1は例えばH1 =-BΣjXjとする。ここでXjはパウリのスピン行列のX成分、Bは適当な係数である。量子ビットはスピンにより直感的に理解できる。量子ビットの|0>が上向きスピン、|1>が下向きスピンに対応する。H1 = -BΣjXjは横磁場を一様に印加したスピン系に対応しており、Bは横磁場の大きさに対応する。スピンは磁場方向に向いた時が基底状態であり、それを実現するのは容易である。即ち、ハミルトニアンH1の基底状態を実現するのは容易である。これが容易なのは縦緩和があるからである。しかし、H1ではなくH0の基底状態を得ることは容易ではない。一般にH0には局所的な最低エネルギー状態が多数存在し、縦緩和の際にそこに落ち込む確率が高いからである。
【0030】
そこで、まずハミルトニアンH1の基底状態に系を準備し、徐々にハミルトニアンを変化させてその都度ハミルトニアンで決まる基底状態に縦緩和させることを考える。ハミルトニアンを僅かに変化させただけならば基底状態はほとんど同じであり、正しい基底状態へ高い確率で導くことができる。その都度ハミルトニアンで決まる基底状態に縦緩和させることは、その都度初期化するとも言える。
【0031】
なお、特許文献1にも記載されているように、一般的に量子コンピュータ1000での問題設定や制御は、古典的コンピュータ(ノイマン型コンピュータ)2000で実行できる。すなわち、解くべき問題の設定は、量子コンピュータ1000を制御する古典的コンピュータ2000が行う。古典的コンピュータ2000が設定した問題に基づき、量子コンピュータ1000の初期状態設定として、制御ゲート1002によって量子レジスタ1001の量子ビットをハミルトニアンH1の基底状態に準備する。この動作は、古典的コンピュータ2000に実装された制御プログラム2001に基づいてゲートを制御して実現する。古典的コンピュータ2000の構成例については、特許文献1にも記載があるので省略する。
【0032】
図1Bは本実施例の原理を示す図である。
図1B(a)は、エネルギーダイヤグラムの観点で表現しており、
図1B(b)は量子コンピュータの具体的な量子回路の例である。
【0033】
ハミルトニアンをパラメタs(t)を用いてH(t) = s(t)H
0 + [1 - s(t)]H
1と表すことにする。s(t)は時刻t=t
0でs(t
0) = 0、時刻t = t
0+Tでs(t
0+T) = 1とし、s(t)を0から1に徐々に変化させる。t=t
0でのハミルトニアンはH(t
0) = H
1であり、その基底状態を|ψ(t
0)>とする(
図1B(a)参照)。
【0034】
図1Bの回路はハミルトニアンがH(t
j) = s(t
j)H
0 + [1 - s(t
j)]H
1(ここで H
0 = -Σ
jkJ
jkZ
jZ
k-Σ
jh
jZ
j、H
1 = -BΣ
jX
j)の場合である。ハミルトニアンが変われば量子回路も変わることになる。本実施例では、上記ハミルトニアンの場合を例にして説明している。
【0035】
例えば、H
1 = -BΣ
jX
jの基底状態は|ψ(t
0)>=|++…+>である。ここで|+> = (|0>+|1>)/√2である。時刻t=t
0に|ψ(t
0)>に用意された状態を徐々に変化させる。t=t
0からt=t
1=t
0+δt
1の時間間隔ではハミルトニアンをH(t
1) = s(t
1)H
0 + [1 - s(t
1)]H
1に設定して状態を時間発展させる。時間発展を表すユニタリ演算子はシュレディンガー方程式に従いU
1 = exp[-iH(t
1) δt
1]で与えられる。ここでプランク定数はh/2π=1とした。δt
1は縦緩和時間程度に設定する。縦緩和(
図1B(a)の基底状態への緩和100)を通して状態は概ねH(t
1) = s(t
1)H
0 + [1 - s(t
1)]H
1の基底状態|ψ(t
1)>になる。
【0036】
同様にt= t
1=t
0+δt
1からt=t
2=t
1+δt
2の時間間隔ではハミルトニアンをH(t
2) = s(t
2)H
0 + [1 - s(t
2)]H
1に設定して状態を時間発展させる。時間発展を表すユニタリ演算子はU
2 = exp[-iH(t
2) δt
2]で与えられる。δt
2は縦緩和時間程度に設定する。縦緩和(
図1B(a)の基底状態への緩和200)を通して状態は概ねH(t
2) = s(t
2)H
0 + [1 - s(t
2)]H
1の基底状態|ψ(t
2)>になる。以下、これを繰り返す。微小時間δt
jはT=Σ
j
nδt
jを満たすように時間Tがn分割されているものとする。n回の繰り返しの結果、状態は概ねH(t
n) = H(t
0+T) = H
0の基底状態|ψ(t
n)>になる。
【0037】
ハミルトニアンHの変化はそのハミルトニアンに基づくユニタリ演算に反映され、その変化が演算の主体である制御ゲートに反映される。ただし、本実施例で利用する縦緩和はユニタリ演算に伴うものではない。ユニタリ演算を実施しようとしても自然現象として高いエネルギー状態から低いエネルギー状態への移行が加わる。これが縦緩和である。
【0038】
縦緩和時間は対象とする系に依存しており、シミュレーションや実験で得ることができる。縦緩和時間の値は、系が定まれば桁がおおよそ定まるが、系が異なれば桁が異なる量であり、マイクロ秒から数十秒以上までの値があり得る。
【0039】
以上、δtjの時間ごとにハミルトニアンH(tj) = s(tj)H0 + [1 - s(tj)]H1を設定し、ユニタリ演算子Uj = exp[-iH(tj) δtj]で時間発展させることを述べた。
【0040】
要約すれば、パラメタs(t)を利用してハミルトニアンをH(t)= s(t)H0+[1-s(t)]H1とし、s(t)は時刻t=t0からt=tn=t0+Tの間にs(t0)=0からs(tn)=1に徐々に変化させ、初期状態はH1の基底状態|ψ(t0)>とし、時刻t=t0からt=t1=t0+δt1ではユニタリ演算U1 = exp[-iH(t1) δt1]を、時刻t=t1からt=t2=t1+δt2ではユニタリ演算U2 = exp[-iH(t2) δt2]を、…とし、δtj(j=1, 2, …, n)は縦緩和時間程度とすると共にT=Σj
nδtjを満たし、δtjの時間ごとに状態を緩和させて前記初期状態|ψ(t0)>を|ψ(t0+T)>に時間発展させる。
【0041】
次に、量子コンピュータでどのようにゲート動作させていくのかを、
図1B(b)の量子回路図を例にして示す。
図1B(b)は4量子ビット系の場合である。ハミルトニアンの例は前出のH
0 = -Σ
jkJ
jkZ
jZ
k-Σ
jh
jZ
j、H
1 = -BΣ
jX
jである。まず状態を|ψ(t
-1)>=|0…0>に用意し(
図1B(b)の入力状態111)、各量子ビットにY軸回転R
Y(π/2)を作用させて(
図1B(b)のY軸回転ゲート112)、H
1の基底状態|ψ(t
0)> = |++…+> = [Π
jR
Y(π/2)
j]|0…0>にする(
図1B(b)のt=t
0での状態とその位置113)。
【0042】
図2は、ブロッホ球と量子ビットの関係を示した概念図である。Y軸回転R
Y(π/2)は
図2に示すブロッホ球を用いて図的に理解できる。ブロッホ球は北極を|0>、南極を|1>として量子ビットを図示したものである。|+> = (|0>+|1>)/√2は(x,y,z) = (1,0,0)として表される。よって|0>から|+>を得るにはY軸の周りにπ/2回転させればよい。R
Y(π/2)はこの演算を表す。尚、Y軸回転を数式で書けば、Yをパウリのスピン行列のY成分としてR
Y(θ) = exp(-iθY/2)である。同様にR
X(θ) = exp(-iθX/2)、R
Z(θ) = exp(-iθZ/2) 、R
I(θ) = exp(-iθ/2)である。
【0043】
|ψ(t0)> = |++…+>はH1 = -BΣjXjの固有値-Bの固有状態(基底状態)であり、H1|ψ(t0)> = -B|ψ(t0)>である。ハミルトニアンをH1に維持すれば|ψ(t)> = exp[-iBΣjXj(t-t0)]|++…+>のように時間発展する。exp[-iBΣjXj(t-t0)]はブロッホ球上におけるX軸回転に相当し、ベクトル(1,0,0)をX軸回転させても(1,0,0)に留まるので、ハミルトニアンをH1に維持すれば状態は|ψ(t0)>に留まる。
【0044】
さて、本実施例の演算ではt=t0からt=t1=t0+δt1の時間間隔ではハミルトニアンをH(t1) = s(t1)H0 + [1 - s(t1)]H1に設定する。具体的に書けば
H(t1) = s(t1)(-ΣjkJjkZjZk-ΣjhjZj) + [1 - s(t1)](-BΣjXj)
であり、ユニタリ演算子で書けば
U1 = exp(-i{s(t1)(-ΣjkJjkZjZk-ΣjhjZj) + [1 - s(t1)]( -BΣjXj)} δt1)
である。指数関数の引数にはX演算子とZ演算子が入っており非可換であるが、時間間隔δt1をN分割して微小にすれば個別の積に分解できる。即ち
U1 ≒ Πp=1
N{Πjexp(-i[1 - s(t1)]( -BXj) δt1/N) ×Πjexp[-is(t1)( -hjZj) δt1/N] × Πjkexp[-is(t1)( -JjkZjZk) δt1/N]}p
である。
【0045】
θ
t =2[1 - s(t
1)]( -B) δt
1/N、θ
j = 2s(t
1)( -h
j) δt
1/N、θ
jk = 2s(t
1)( -J
jk) δt
1/N、R
ZZ(θ
jk) = exp(-iθ
jkZ
jZ
k/2)とすれば、Π
jexp(-i[1 - s(t
1)]( -BX
j) δt
1/N)は各量子ビットのX軸回転R
X(θ
t)(
図1B(b)のX軸回転ゲート114)、Π
jexp[-is(t
1)( -h
jZ
j) δt
1/N]は各量子ビットのZ軸回転R
Z(θ
j) (
図1B(b)のZ軸回転ゲート115)、Π
jkexp[-is(t
1)( -J
jkZ
jZ
k) δt
1/N]は2量子ビットごとのR
ZZ(θ
jk)をまとめたものになる(
図1B(b)のR
ZZゲート116)。R
ZZゲートはZZ相互作用を直接実現できる系であればそれを利用すればよい。直接実現できない系であれば制御位相ゲートがCZ
jk = I - (I-Z
j)(I-Z
k)/2であることを利用してCZゲートとZ軸回転ゲートを用いて実現できる。
【0046】
このようにU
1をX軸回転ゲート、Z軸回転ゲート、R
ZZゲートに分解できればこれを順番に並べて量子回路を構成できる。
図1B(b)はこれを図示している。以上のように、ハミルトニアンH(t)を係数h
jの1量子ビット演算子及び係数J
jkの2量子ビット演算子の和に分解し、係数h
jの項によるユニタリ演算及び係数J
jkの項によるユニタリ演算をそれぞれ1量子ビットゲート(114,115)及び複数量子ビットゲート(R
ZZゲート116)による演算とした。
【0047】
本実施例では具体的には係数hjの項及び係数Jjkの項の和で与えられたハミルトニアンH(t)=ΣjhjZj+ΣjkJjkZjZkで決まる時間間隔δtのユニタリ演算U = exp[-iH(t) δt]を、N分割して且つH(t)の項別にU = Πq=1
N{Πj[exp(-ihjZjδt/N)]Πjk[exp(-iJjkZjZkδt/N)]}qとし、exp(-ihjZjδt/N)に対応する1量子ビットゲートと、exp(-iJjkZjZkδt/N)に対応する前記複数量子ビットゲートである2量子ビットゲートの動作により演算を実現する。
【0048】
U1ではδt1をN分割しているので同様のゲート動作をN回繰り返す。各ゲート動作を個々に見ればデジタル的であるが時間間隔δt1全体を平均的に見ればハミルトニアンはH(t1) = s(t1)( -ΣjkJjkZjZk-ΣjhjZj) + [1 - s(t1)]( -BΣjXj)になる。δt1は縦緩和時間程度に設定するのでδt1の時間経過で系は概ねH(t1)の基底状態に緩和する。N分割するのはひとつひとつのゲート動作の効果を小さくして系の応答を平均的にするためである。この狙いからNの設定値はN ≒ 10あるいはそれ以上が好ましいが必ずしも厳密なものではなく、系の縦緩和時間や各ゲートに掛かる時間を勘案して決定すればよい。U2, …, Unを実現する方法もU1で行ったことと同様であり、H(t2), …, H(tn)を元に行う。
【0049】
以上のゲート処理を通して|ψ(tn)>を得る。|ψ(tn)>をZ基底で測定すれば|0>, |1>に対応して固有値+1, -1を得る。組合せ最適化問題のように解状態が|0>あるいは|1>になる問題では測定値がそのまま解候補になる。以上の演算及び測定を繰り返せば複数の解候補が得られ、それらの解候補を一つずつ調べて最適解を選択すればよい。
【0050】
量子化学や量子多体系の問題では解は|0>, |1>にならず重ね合わせ状態|ψ(tn)> = Σiai|i>になる。m量子ビット系ならばi = 0, …, 2m - 1である。測定をすれば|ψ(tn)> = Σiai|i>のいずれかの|i>に波束が収縮する。各測定で波束が|i>に収縮するは確率は|ai|2であり、演算と測定を繰り返せば|ai|2の分布が得られる。即ち、|ψ(tn)> = Σiai|i>が大まかに求まる。|ai|2を得ただけなのでaiの位相が求まっていないことになるが量子化学や量子多体系の問題の解には対称性があり、aiの位相を正確に測定できなくても|ai|2が求まれば概ね答えを得たと言える。|ai|2から位相を含めてaiを復元する方法は実施例3で述べる。
【実施例2】
【0051】
実施例1では演算と測定を繰り返し実施する旨を述べた。繰り返し実施することにより解状態が|0>あるいは|1>になる問題では解候補が複数得られ、解状態が|ψ(tn)> = Σiai|i>になる問題では|ai|2の分布が得られた。演算と測定を繰り返すことにはこれに加えて動作誤りの影響を低減する狙いもある。
【0052】
解状態が|ψ(tn)> = Σiai|i>の場合、測定時に|i>のひとつに波束の収縮が起こることになるが、初期化時の誤り、ゲート誤り、測定誤りにより|ψ(tn)> = Σiai|i>の構成要素でない|j>にも波束が収縮する可能性がある。但し、誤りが十分にランダムならばサンプリング数を多くすることにより、平均値として本来の|i>に波束を収縮させることが可能になる。
【0053】
図3にこの様子を示す。解を与えるのはピークのみでピークの幅の部分は動作誤りに基づく。即ち、多数の測定を通して動作誤り分の排除が可能になる。
【0054】
この排除の方法が上手く機能するためには誤りが十分にランダムであると共に、系統的な誤り(コヒーレントな誤り)があってはならない。そこでランダムゲートとその逆ゲートをペアで付加し、系統的な誤りを平均的に排除する。また、ランダムゲートとその逆ゲートは別々に本来のゲートと一体化することによりゲート数の増加を防ぐ。
【0055】
図4A~
図4Eにより、
図1B(b)の量子回路の各ゲートをランダム化するための手順例を示す。
図4Aは、
図1B(b)において可換なゲートを交換し、2量子ビットゲートが連続しないようにした回路図である。
図4Bは、R
Zゲートの区切りごとにランダムゲートを選択し、区切り内のすべてのゲート間に選択したランダムゲートとその逆ゲートを挿入した図である。
図4Cは、各ゲートとその前後に挿入したランダムゲート及び逆ゲートを一体化してひとつのゲートにした図である。
図4Dは、R
Yゲートの区切りごとにランダムゲートを選択し、選択したランダムゲートとその逆ゲートを加えた図である。
図4Eは、各ゲートとその前後に挿入したランダムゲート及び逆ゲートを一体化してひとつのゲートにした図である。
図1B(b)及び
図4A-
図4Eは同じタスクを実施するが、
図4Eの量子回路では系統誤差が平均的に相殺される。
【0056】
手順では次の性質を利用する。ここではパウリ行列σi∈{X, Y, Z}と回転ゲートRi(θ)∈{RX(θ), RY(θ), RZ(θ)}を添え字iを用いてまとめて表記する。σi = iRi(π)、σi
±1/2 = exp(±iπ/4)Ri(±π/2)であり、またσiとRi(θ)は可換である。i≠j≠kの時にσiRj(θ)σi = Rj(-θ)、σi
1/2Rj(θ)σi
-1/2 = Rk(εijkθ)、σi
-1/2Rj(θ)σi
1/2 = Rk(-εijkθ)である。ここでεXYZ=εYZX =εZXY=+1、εXZY=εZYX =εXZY=-1である。
【0057】
手順1:可能な限り2量子ビットゲートが連続して並ばない形にする。
図1B(b)においてはR
ZZ(θ
12)ゲートとR
ZZ(θ
23)ゲート、及びR
ZZ(θ
34)ゲートとR
ZZ(θ
23)ゲートが連続して並んでいる(116)。R
ZZ(θ
23)ゲートと115のR
Z(θ
j)ゲートが可換であることに着目して交換する(
図4AのR
ZZゲート116bとZ軸回転ゲート115’)。
【0058】
手順2:
2.1:回路中のR
X, R
Y, R
Zで最も多いゲートを選ぶ。
図4AではR
XとR
Zが同数である。そこでR
Zを最大数のゲートとする。
2.2:2.1で選択されたゲートをR
j(2.1ではR
Z)とする。回路をR
jごとに区切り、各区切りごとに{I, σ
i, σ
i
-1,σ
j
1/2,σ
j
-1/2}からランダムゲートを選び、各区切り内のすべてゲート間に選んだランダムゲートとその逆ゲートを挿入する。ランダムゲートとその逆ゲートが対になっているのでこの回路は元々の回路と同等である(
図4B)。尚、各R
jによる区切り内に2量子ビットゲート R
ii (i≠j)がある場合はランダムゲート対を{I, σ
j,σ
i
-1}とする。
図4BではR
Zゲートを区切りにしており、例えば115’からZ軸回転ゲート125’までの区切りに存在する2量子ビットゲートはR
ZZゲートでありi=jになる。よって、ランダムゲートは{I, Z, Z
-1, Z
1/2, Z
-1/2}になる。
2.3: 選ばれたランダムゲートとその逆ゲートをそれぞれ後方及び前方の本来のゲートと一体化する(
図4C)。
図4Bの114, 115’, 125’が
図4Cの、X軸回転ゲートとランダムゲートを一体化したゲート114’, Z軸回転ゲートとランダムゲートを一体化したゲート115’’, Z軸回転ゲートとランダムゲートを一体化したゲート125’’になる。
【0059】
手順3:2.1で選ばれなかったR
jの中で最も多いゲートを選び、手順2を同様に実施する。
図4CではR
Xになるはずであるが、限られた紙面上にはR
Xが十分に表示されていない。そこで
図4の例では手順3を省略する。
【0060】
手順4: 2.1及び手順3で選ばれなかった残りのR
jに対して手順2を同様に実施する。
図4ではR
Yになる。R
Yゲートの区切りの中にはR
ZZゲートがある。そのため2.2のランダムゲートは{I, Y, Y
-1}になる(
図4D)。2.3における一体化により
図4Eになる。
図4Dにおける112, 114’, 115’’, 116a, 116bは
図4EではY軸回転ゲートとランダムゲートを一体化したゲート112’, 114’のゲートとランダムゲートを一体化したゲート114’’, 115’’のゲートとランダムゲートを一体化したゲート115’’’, R
ZZゲートとランダムゲートを一体化したゲート116a’ 及び116b’になる。
【0061】
手順5:以上でゲートのランダム化は完了である。手順2-4を繰り返してさらにランダム化しても良い。尚、手順2-4におけるRjの選択はそのままとする。
【0062】
以上の変換を通して
図1B(b)の112, 114, 115, 116は
図4Eの112’、114’’, 115’’’, 116aと116b’になる。両者を比べるとゲートがランダム化されていることが分かる。このランダム化は回路の動作・測定ごとに実施する。その結果、系統的な誤りが平均的に排除される。ゲートのランダム化により、回路自体に系統的な誤りを相殺する働きが埋め込まれたことになるが、動作・測定の度にランダム化を行えば相殺の効果はさらに向上する。
【0063】
系統的誤りが排除されたことにより
図3では正しい位置にピークが得られるようになる。
【0064】
図1B(b)及び
図4A~EはR
ZZゲートが直接実装できる場合の回路図である。R
ZZゲートを直接実装できない場合はCZ
jk = I - (I-Z
j)(I-Z
k)/2の関係式に基づいてCZゲートとZ軸回転ゲートにより実現する。
【0065】
図5は、Z
jZ
k = I+Z
j+Z
k -2CZ
jkに従い
図1B(b)にあるR
ZZ(θ)ゲートを書き改めたものである。恒等ゲートIに基づく位相R
I(θ) = exp(-iθ/2)は測定値に影響しないために回路図では通常省略されるが、回路を実装するに当たってはこの位相も考慮する必要があり
図5には明記した。
【実施例3】
【0066】
実施例1において解が線形重ね合わせ状態|ψ(tn)> = Σiai|i>になる場合にも実施例が適用可能であることを述べた。量子化学や量子多体系では多体電子系の状態を求めることが課題であり、まさに|ψ(tn)> = Σiai|i>を扱うことになる。特に基底状態を求めることが基本的問題である。
【0067】
電子はフェルミ粒子なので量子ビットとは異なる性質を持つが、フェルミ粒子はある状態を占有するかしないかの2種類の状態しかとり得ず、この性質と量子ビットが|0>と|1>の状態しか取り得ないことは類似しており、フェルミ粒子をある変換則に従い量子ビットにより表現することは可能である。
【0068】
その変換則に従えばm個の多体電子系のハミルトニアンは一般に
【0069】
【0070】
の形で書ける(参照A. Kandala, et al., Nature 549, 242 (2017))。ここでfjは電子軌道の重なり等で決まる係数、Pjは m個のI及びパウリ演算子のテンソル積からなる。例えば水素分子の基底状態は2電子系で、2原子それぞれの1s状態を考慮すれば十分な精度になる。量子ビットに変換したときのハミルトニアンはH0 = f0I1I2 + f1Z1Z2 + f2Z1I2 + f3I1Z2 + f4X1X 2である(参照N. Moll, et al., Quantum Sci. Technol.3, 030503 (2018).)。
【0071】
H
0の基底状態を得るにはH
1 = -B(X
1+X
2)として
図1Bに示す手順で演算を実行すればよい。
【0072】
図6は、水素分子の基底状態を得る場合を回路図にしたものである。ここでf
0の項はオフセットを与えるだけなので省略した。R
X(-θ) = Y
-1/2R
Z(θ)Y
1/2の関係からR
XX(θ) = (Y
1
-1/2Y
2
-1/2) R
ZZ(θ) (Y
1
1/2Y
2
1/2)なのでR
XXゲートはR
ZZ演算子に変換できる(R
ZZゲートとY軸回転ゲートにより実現したR
XXゲート117)。
図6はそれに基づく。
図6の回路のランダム化は
図4A~
図4Eと同様にすればよい。また、R
ZZゲートは
図5の場合と同様にさらにCZゲートと回転ゲートに変換できる。
【0073】
図6の回路を用いて複数回の演算を行い|a
i|
2の分布を得た結果、例えば、|a
00|
2 ≒ 0.5、|a
11|
2 ≒ 0.5であったとする。ここで添え字iは2進数表示とした。この場合、解として|ψ> = a
00|00> + a
11|11>が予測できる。そこで期待値E = <ψ|H
0|ψ>が最小になるように変分法を用いてパラメタa
00, a
11を求めれば位相を含めてa
iを決定できる。尚、この例では|a
00| = |a
11|の条件を付けることにより変分パラメタ(演算量)を減らせる。
【0074】
変分法とはパラメタaiを少しずつ変化させてEを計算し、最小のEを与えたaiを最終解として出力する方法である。ここでの例のように少数電子系であれば変分計算も容易であるが、電子数が多くなると変分計算の計算量が多くなる。その場合は量子コンピュータを用いて|ψ>を準備することが効果的であり、Variable Quantum Eigensolver (VQE)と呼ばれる手法がこれに相当する。
【0075】
ここでの例では変分計算の試行関数を|ψ> = a00|00> + a11|11>のように簡単に予測できた。電子数が多くなると試行関数の予測自体が難しい場合もあり得る。その場合は各種機械学習の方法を利用するのも効果的である。例えば、制限ボルツマンマシンと呼ばれる方法では|ψ> = Σiai|i>におけるaiを表現するに当たり、ci, dj, Wijを変分パラメタ、v = (v1, v2, …)を可視層と呼ばれる領域の変数、h = (h1, h2, …)を隠れ層と呼ばれる領域の変数として
E(v,h) = -Σicivi - Σjdjhj - ΣijWijvihj
で決まる仮想的なエネルギー関数E(v,h)を定義し、aiをE(v,h)により表現する。ここでvi, hj = ±1である。分配関数Z = Σvhexp[-E(v,h)]を用いればp(v,h) = exp[-E(v,h)]/Z が(v,h)の出現確率に相当する量になる。隠れ層の変数hに関して跡を取ればa(v) = Σhp(v,h)である。aiのiを2進数表示したものをim-1im-2…i0とし、さらに{0, 1}を{+1, -1}で表示したものをvm-1vm-2…v0とすればa(v)がaiに対応する。即ち、|a(v)|2 = |ai|2になるように変分計算によりci, hj, Wijを決めれば状態|ψ> = Σiai|i>が求まることになる。このようして求まった|ψ> = Σiai|i>を試行関数にしてE = <ψ|H0|ψ>が最小になるようにさらに変分計算を実施すれば精度の高い|ψ> = Σiai|i>が得られる。
【0076】
機械学習の方法をもう少し一般的に記述すれば、「パラメタλにより変分関数|ψ(λ)>が定まるものとし、|ψ(λ)>を|j>で展開して|ψ(λ)> = Σjaj(λ)|j>とした時に、|aj(λ)|2が前記頻度分布に一致するようにパラメタλを決定する」になる。制限ボルツマンマシンの場合で言えば、ci, dj, Wijがλに相当し、aj(λ)がa(v) = Σhp(v,h)に相当する。
【0077】
そして、パラメタλで求まるaj(λ)をajの初期値とし、また|ψ>=Σjaj|j>を変分関数とする。パラメタajを少しずつ変化させてEを求める計算を繰り返すことで、期待値E=<ψ|H0|ψ>の最低値を求める変分計算を実施し、Eの最低値を与えたajを最終解として出力する。
【0078】
図7に一連の過程をブロック図として示す。問題を設定して(S701)回路化し(S702)、
図1B~
図6で説明したようにゲートとランダムゲートを一体化する(S703)。課題となるハミルトニアンH0の基底状態|ψ(t
0+T)>はZ基底で測定することとし、量子レジスタ1001と制御ゲート1002と読み出しの手段1003を操作して、|ψ(t
0+T)>を得る演算と測定を繰り返し(S704)、|ψ(t
0+T)>の測定値の頻度分布を得る(S705)。変分法を用いて計算する場合は、適切な試行関数を定め(S706)、変分計算(S707)によりハミルトニアンH
0の基底状態を推定可能にする。試行関数の決定について機械学習(S708)を用いてもよいことは上述の通りである。
【0079】
本実施例の方法は縦緩和現象を駆動力にして量子コンピューティングを実現するものである。基底状態が正しい状態に、励起状態が誤った状態に相当する。演算途中で起こり得る励起状態への遷移は動作誤りに相当する。励起状態は基底状態に縦緩和するので、動作誤りは自然に誤り訂正される。即ち、物理系に備わった自然な性質に従い誤り訂正が実行される。それ故に、本実施例の方法はNISQコンピュータのような量子誤り訂正を実施しないゲート型の量子コンピュータでも動作する。
【0080】
本実施例によれば、縦緩和を駆動力にした量子コンピューティングによって、誤り訂正機能を具備していないゲート型量子コンピュータ(NISQコンピュータ)で実問題を扱えるようになる。すなわち、動作にノイズのある量子コンピュータを誤り訂正することなしに一般的実問題に適用可能にすることができる。
【0081】
また、ゲート型なので任意のユニタリ演算が可能(ユニバーサル量子コンピュータ)であり、組合せ最適化問題等に限定されずに一般の問題を扱える。さらに(1)測定値の分布を得るので、各量子ビットの解が0,1の2値になる必要はなく、|0>と|1>の線形重ね合わせ状態が解になる量子力学的問題を扱える。(2)変分法や機械学習の併用により解精度を向上できる。(3)系統誤差の排除が可能で、それにより解精度を向上できるなどの効果がある。
【符号の説明】
【0082】
100:基底状態への緩和
111:入力状態
112:Y軸回転ゲート
112’:Y軸回転ゲートとランダムゲートを一体化したゲート
113:t=t0での状態とその位置
114:X軸回転ゲート
114’:X軸回転ゲートとランダムゲートを一体化したゲート
114’’:114’のゲートとランダムゲートを一体化したゲート
115:Z軸回転ゲート
115’:Z軸回転ゲート
115’’:Z軸回転ゲートとランダムゲートを一体化したゲート
116:RZZゲート
116a:RZZゲート
116a’:RZZゲートとランダムゲートを一体化したゲート116b:RZZゲート
116b’:RZZゲートとランダムゲートを一体化したゲート
117:RZZゲートとY軸回転ゲートにより実現したRXXゲート
125’:Z軸回転ゲート
125’’:Z軸回転ゲートとランダムゲートを一体化したゲート
200:基底状態への緩和