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特許7591146水素環境で低温靭性が向上した高強度オーステナイト系ステンレス鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-19
(45)【発行日】2024-11-27
(54)【発明の名称】水素環境で低温靭性が向上した高強度オーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241120BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20241120BHJP
【FI】
C22C38/00 302B
C22C38/58
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023530923
(86)(22)【出願日】2021-11-01
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-12-15
(86)【国際出願番号】 KR2021015496
(87)【国際公開番号】W WO2022108173
(87)【国際公開日】2022-05-27
【審査請求日】2023-05-22
(31)【優先権主張番号】10-2020-0158159
(32)【優先日】2020-11-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】522492576
【氏名又は名称】ポスコ カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】キム,クァン ミン
(72)【発明者】
【氏名】キム,ギョン-フン
(72)【発明者】
【氏名】ノ,ハン-ソプ
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-183412(JP,A)
【文献】国際公開第2020/101227(WO,A1)
【文献】特開2005-179699(JP,A)
【文献】特開2020-196912(JP,A)
【文献】特開昭60-009862(JP,A)
【文献】特開平08-269547(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110499448(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0267107(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.1%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.5~3.5%、Cr:17~23%、Ni:8~14%、N:0.15~0.3%以下、残りのFe及び不純物からなり、選択的にMo:2%以下、Cu:0.2~2.5%、Nb:0.05%以下及びV:0.05%以下のうち少なくとも1つをさらに含み、
微細組織内の平均直径30~1000nm以下の析出物が100μm当たり未満で分布することを特徴とする水素環境で低温靭性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
常温での降伏強度が300MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の水素環境で低温靭性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
300℃及び10MPaの条件で鋼材の内部に水素を装入して測定した-196℃でのシャルピー衝撃エネルギー値が100J以上であることを特徴とする請求項1に記載の水素環境で低温靭性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
-50℃以下の任意の温度で、水素を装入せずに測定した第1のシャルピー衝撃エネルギー値と300℃及び10MPaの条件で水素を装入して測定した第2のシャルピー衝撃エネルギー値の差が30J以下であることを特徴とする請求項1に記載の水素環境で低温靭性が向上したオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素環境で低温靭性が向上した高強度オーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から温室効果ガス(CO、NO、SO)の排出を抑制するため、水素を燃料として使用する燃料電池自動車の開発及び普及が拡大している。このために、水素を貯蔵する容器及び部品として使用される素材の開発が必要となった。
【0003】
水素貯蔵容器は、水素の状態に応じて液化水素貯蔵容器とガス水素貯蔵容器に分けることができる。特に、液化水素貯蔵方式は、ガス状態に比べて貯蔵効率が高いため、今後、様々な分野で使用されるであろう。例えば、液化水素貯蔵方式は、海外から国内に水素を輸送する長距離輸送や水素充填所と水素生産工場で大規模な水素を貯蔵するための方法として適用されるだろう。
【0004】
水素の状態に応じて使用温度が変わるが、気体状態の水素は一般に常温で貯蔵が可能であるが、貯蔵タンクへの充填時に予め-40~-60℃程度に冷却させる。これは充填時のガス温度の上昇を考慮し、予冷器(precooler)を介してガス水素を冷却させて充填による温度の過剰上昇を防止するためである。
【0005】
液化水素は-253℃の極低温環境で貯蔵される。また、液化水素を気化させる装置においても-253℃から常温までの温度範囲に鋼材が露出される。したがって、水素貯蔵タンクの鋼材を考慮すると、常温だけでなく極低温での水素による鋼材の物性低下が鋼材結晶の重要な要因となる。
【0006】
一方、将来の燃料電池自動車を中心とした水素エネルギー社会の普及及び発展のためには、各種機器の小型化による燃料自動車や水素ステーション(hydrogen station)のコスト削減が不可欠である。すなわち、水素環境で用いられる鋼材の使用量を削減しなければならない。このために水素環境で使われる鋼材は、より一層高い機械的強度及び耐食性が求められている。
【0007】
現在、水素ガス及び液化水素環境下で一般的に使用されている素材は、オーステナイト系ステンレス鋼である304Lと316Lである。該鋼材は、温度が下がるにつれて物性が低下する傾向がある。特に、靭性の低下が低温で主に現れる問題点である。これとともに水素環境にさらされると、水素が鋼材の内部に浸透し、水素による鋼材の物性低下が加えられる。したがって、温度による物性の低下と水素による物性の低下を同時に判断しなければならない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】韓国公開特許第10-2013-0067007号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、合金組成の制御を通じて極低温で高い衝撃靭性を確保し、水素環境で低温靭性が向上した高強度オーステナイト系ステンレス鋼を提供しようとする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は重量%で、C:0.1%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.5~3.5%、Cr:17~23%、Ni:8~14%、N:0.15~0.3%以下、残りのFe及び不純物からなり、選択的にMo:2%以下、Cu:0.2~2.5%、Nb:0.05%以下及びV:0.05%以下のうち少なくとも1つをさらに含み、微細組織内の平均直径30~1000nm以下の析出物が100μm当たり未満で分布する。
【0011】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、常温での降伏強度が300MPa以上を満たすことができる。
【0012】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、300℃及び10MPaの条件で鋼材の内部に水素を装入した後に測定した-196℃でのシャルピー衝撃エネルギー値が100J以上を満たすことができる。
【0013】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、-50℃以下の任意の温度で、水素を装入せずに測定した第1のシャルピー衝撃エネルギー値と300℃及び10MPaの条件で水素を装入し、測定した第2のシャルピー衝撃エネルギー値の差が30J以下を満たすことができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、水素脆化特性が向上した高強度のオーステナイト系ステンレス鋼を提供しうる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は重量%で、C:0.1%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.5~3.5%、Cr:17~23%、Ni:8~14%、N:0.15~0.3%以下、残りのFe及び不純物からなり、選択的にMo:2%以下、Cu:0.2~2.5%、Nb:0.05%以下及びV:0.05%以下のうち少なくとも1つをさらに含み、微細組織内の平均直径30~1000nm以下の析出物が100μm当たり未満で分布する。
【0016】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。しかし、本発明の実施形態は、様々な異なる形態に変形されてもよく、本発明の技術思想が以下で説明する実施形態に限定されるものではない。また、本発明の実施形態は、当技術分野において平均的な知識を有する者に本発明をより完全に説明するために提供されるものである。
【0017】
本出願で使用される用語は、単に特定の例示を説明するために使用されるものである。したがって、例えば、単数の表現は、文脈上明らかに単数でなければならないものでない限り、複数の表現を含む。さらに、本出願で使用される「含む」または「備える」などの用語は、明細書上に記載された特徴、段階、機能、構成要素、またはそれらを組み合わせたものが存在することを明確に指すために使用されるものであり、他の特徴や段階、機能、構成要素またはそれらを組み合わせたものの存在を予備的に排除するために使用されるものではないことに留意しなければならない。
【0018】
一方、特に定義のない限り、本明細書で使用されるすべての用語は、本発明が属する技術分野で通常の知識を有する者によって一般に理解されるのと同じ意味を持つものとみなすべきである。したがって、本明細書で明確に定義しない限り、特定の用語が過度に理想的または形式的な意味で解釈されるべきではない。例えば、本明細書において単数の表現は、文脈上、明らかに例外のない限り、複数の表現を含む。
【0019】
また、本明細書において「約」、「実質的に」などは、言及した意味に固有の製造及び物質の許容誤差が提示されるとき、その数値またはその数値に近い意味で使用され、本発明の理解を助けるために正確かつ絶対的な数値が言及された開示内容を非良心的な侵害者が不当に利用することを防止するために使用される。
【0020】
水素環境にさらされた鋼材は、水素環境だけでなく様々な温度範囲にさらされる可能性が高い。このために鋼材を水素環境に適用する場合、重要な要素が温度になりうる。
【0021】
一般に、温度が低くなるにつれて鋼材の靭性が低下し、脆性が現れる。特に、水素雰囲気であれば温度による物性の低下だけでなく水素による脆性が発生して大きな問題を引き起こす可能性がある。したがって、水素環境で使用される鋼材を選択するときは、水素による影響と温度による影響を同時に評価しなければならない。
【0022】
一方、鋼材の強度を増加させる方法は、代表的に冷間加工による方法と析出物による析出強化を用いた方法がある。
【0023】
しかし、冷間加工による方法は、オーステナイトでマルテンサイトの変態が起こり、変態したマルテンサイトによる水素脆性が発生するか、または低温靭性の低下が発生し得るという問題がある。
【0024】
析出物による析出強化を用いた方法は、析出物による極低温靭性の低下が発生するという問題がある。また、析出強化による強度の向上は、析出物生成工程に対する追加費用が発生する。
【0025】
したがって、冷間加工または析出強化による強度向上ではなく、合金組成の制御を通じてオーステナイト組織の高い安定性及び高強度の素材の開発が必要である。
【0026】
本発明は、鋼の合金組成を制御して固溶強化を通じて強度が向上し、水素環境下でオーステナイトの安定化度が増加した水素環境で低温靭性が向上した高強度オーステナイト系ステンレス鋼を提供しようとするものである。
【0027】
本発明の一実施例による水素環境で低温靭性が向上した高強度オーステナイト系ステンレス鋼は重量%で、C:0.1%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.5~3.5%、Cr:17~23%、Ni:8~14%、N:0.15~0.3%以下、残りのFe及び不純物からなり、選択的にMo:2%以下、Cu:0.2~2.5%、Nb:0.05%以下、V:0.05%以下のうち少なくとも1つをさらに含む。
【0028】
以下、前記鋼の成分組成について限定した理由について具体的に説明する。下記の成分組成は、特に記載がない限り、すべて重量%を意味する。
【0029】
炭素(C):0.1%以下
Cはオーステナイト相の安定化、デルタ(δ)フェライトの抑制、固溶強化による強度増加に有効な元素である。しかし、過剰添加時にCr炭化物の粒界析出を誘導して延性、靭性、耐食性などを低下させることができる。したがって、Cの成分範囲を0.1%以下に制御することが好ましい。
【0030】
ケイ素(Si):1.5%以下
Siは耐食性の向上及び固溶強化に有効な元素である。しかし、過剰添加時に鋳造スラブ内のデルタ(δ)フェライトの形成を助長して鋼材の熱間加工性を低下させるだけでなく、鋼材の延性及び靭性を低下させることができる。したがって、Siの成分範囲を1.5%以下に制御することが好ましい。
【0031】
マンガン(Mn):0.5~3.5%
Mnはオーステナイト相の安定化元素として加工有機マルテンサイトの生成を抑制して冷間圧延性を向上させるので、0.5%以上添加する。しかし、3.5%を超えて過剰添加すると硫化介在物(MnS)が増加し、鋼材の延性、靭性及び耐食性が低下することがある。したがって、Mnの成分範囲を0.5~3.5%に制御することが好ましい。
【0032】
クロム(Cr):17~23%
Crは耐食性を確保するために必要な元素として17%以上を添加する。しかし、23%を超えて過剰添加すると、スラブ内のデルタ(δ)フェライトの形成を助長して鋼材の熱間加工性が低下することがある。また、オーステナイトが不安定になり、相安定性のために多量のNiが含まれなければならないため、コスト増加の原因となり得る。したがって、Crの成分範囲を17~23%に制御することが好ましい。
【0033】
ニッケル(Ni):8~14%
Niはオーステナイト相の安定化元素として低温靭性を確保するために8%以上を添加する。ただし、Niは高価な元素として多量添加すると、原料コストの上昇を招くので、その上限を14%とする。したがって、Niの成分範囲を8~14%に制御することが好ましい。
【0034】
窒素(N):0.15~0.3%
Nは添加するほどオーステナイト相を安定化させる効果及び材料の強度を向上させるので、0.15%以上添加する。ただし、Nの過剰添加時に熱間加工性を減少させるので、その上限を0.3%とする。したがって、Nの成分範囲を0.15~0.3%に制御することが好ましい。
【0035】
モリブデン(Mo):2%以下
Moはフェライト安定化元素としていくつかの酸溶液において全面腐食及び孔食抵抗性を高め、素材の腐食に対する不動態領域を向上させる。ただし、Moは過剰添加時にデルタ(δ)フェライトの形成を助長して鋼材の低温靭性が低下することがある。また、シグマ相の形成が助長されて機械的物性及び耐食性低下の原因となるため、その上限を2%とする。したがって、Moの成分範囲を2%以下に制御することが好ましい。
【0036】
銅(Cu):0.2~2.5%
Cuはオーステナイト相の安定化元素として材料の軟質化に有効であるため、0.2%以上の添加が必要である。しかし、Cuは素材コストの上昇だけでなく、過剰添加時に低融点の相を形成し、熱間加工性を減少させて品質を低下させる。したがって、その上限を2.5%とする。したがって、Cuの成分範囲を0.2~2.5%に制御することが好ましい。
【0037】
ニオブ(Nb)、バナジウム(V):0.05%以下
Nb、Vは炭素または窒素と結合する析出硬化型元素である。これらの元素の添加は、冷延焼鈍中の冷却時に発生するCr析出物の形成を抑制しうる。また、溶接部にCr析出物が形成されることを抑制することにより、耐食性の低下を防止しうる。
【0038】
しかし、これらの元素が0.05%を超えて添加されると、鋳造時に溶鋼中で窒化物として晶出して鋳造ノズルの目詰まりを招き、結晶粒度が微細化して熱間加工性を減少させることになる。したがって、Nb、Vの含量を0.05%以下に制御することが好ましい。
【0039】
本発明の残りの成分は、鉄(Fe)である。ただし、通常の製造過程では、原料や周囲の環境から意図しない不純物が不可避的に混入することがあるため、これを排除することはできない。前記不純物は、通常の製造過程の技術者であれば誰でも知ることができるので、そのすべての内容を特に本明細書で言及するものではない。
【0040】
前記の成分範囲を有する本発明の一実施例によるオーステナイト系ステンレス鋼は、微細組織内の平均直径30~1000nm以下の析出物が100μm当たり未満で分布する。本発明において析出物とは、鋼中に析出するすべての析出物を意味し、Cr、Nb、V系単独または複合炭窒化物とCuなどの金属析出物も含む。
【0041】
また、本発明の一実施例によるオーステナイト系ステンレス鋼は、常温での降伏強度が300MPa以上を満たすことができる。
【0042】
物体を一定の大きさの力以上で引っ張った後、力を放すと元の状態に戻れず、さらに長くなる。このとき、元の状態に戻れる時の最大の力を降伏強度という。鋼材の強度を増加させると、同一強度の製品を製造するための鋼材の使用量が低減されるので、製品の原価を低減させることができるという効果がある。
【0043】
また、本発明の一実施例によるオーステナイト系ステンレス鋼は、300℃及び10MPaの条件で鋼材の内部に水素を装入して測定した-196℃以下でのシャルピー衝撃エネルギー値が100J以上を満たすことができる。
【0044】
シャルピー衝撃エネルギー値は、シャルピー衝撃試験を通じて得られる値である。シャルピー衝撃試験とは、材料を10mm程度の厚さの板に作製し、真ん中に小さな溝(notch)を掘った後、試験装置に試片を設置し、温度を異ならせた状態でハンマーで衝撃を加える試験である。
【0045】
また、本発明の一実施例によるオーステナイト系ステンレス鋼は、-50℃以下の任意の温度で、水素を装入せずに測定した第1のシャルピー衝撃エネルギー値と300℃及び10MPaの条件で水素を装入して測定した第2のシャルピー衝撃エネルギー値の差が30J以下を満たすことができる。
【0046】
水素を装入した場合としない場合のシャルピー衝撃エネルギー値の差が30J以下であれば水素による素材物性の低下がほとんどないと考えられ、水素環境での使用において問題はない。
【0047】
以下、実施例を通じて本発明を具体的に説明するが、下記実施例は本発明を例示してより詳細に説明するためのものであり、本発明の権利範囲がこれらの実施例に限定されるものではない。
【0048】
[実施例]
下記表1の組成を有するオーステナイト系スラブを熱間圧延し、熱延鋼板を900~1,200℃の温度で焼鈍を行った。各実施例及び比較例の合金組成は、下記表1のとおりである。
【0049】
【表1】
【0050】
下記表2は、実施例と比較例の水素未装入及び装入したシャルピー衝撃エネルギー値である。シャルピー衝撃エネルギー値は、ASTM E23 type A試片規格を使用して常温(25℃)、-50℃、-100℃、-150℃、-196℃の温度で衝撃試験を通じて得た。水素装入は、300℃、10MPaの圧力環境で鋼種の内部に水素を装入した。
【0051】
-196℃でのシャルピー衝撃エネルギー値が100J以上の値を有する場合、向上した極低温靭性を有するとみることができる。もし、水素を装入した後にも-196℃でのシャルピー衝撃エネルギー値が100J以上であれば、液化水素環境でも高い衝撃靭性を確保しうる。
【0052】
【表2】
【0053】
実施例1~13及び15~20は、水素を装入する前に25℃、-50℃、-100℃、-150℃、-196℃の温度でいずれも100J以上のシャルピー衝撃エネルギー値を示した。また、水素を装入した後もすべての温度区間で100J以上の値を示し、向上した低温及び極低温の衝撃靭性を有する。
【0054】
一方、比較例2~4は-196℃で水素を装入し、100J以下のシャルピー衝撃エネルギー値を示した。これはフェライト安定化元素の過剰添加によりオーステナイト安定化度が減少するためである。比較例5~7は、-196℃で水素を装入しない場合と水素を装入した場合、いずれでも100J以下の低いシャルピー衝撃エネルギー値を示した。
【0055】
下記表3は、実施例と比較例の水素を装入しない場合と水素を装入した場合のシャルピー衝撃エネルギー値の差と、100μmの面積当たりの析出物の個数及び降伏強度である。
【0056】
水素装入の有無によってシャルピー衝撃エネルギー値の差は、水素による鋼材の物性低下を示す。シャルピー衝撃エネルギー値の差が30J以下の場合、水素による物性低下がないとみることができる。
【0057】
析出物の分析は、レプリカ(Replica)抽出法を用いて析出物を採取した後に行った。レプリカ抽出法とは、適当な腐食液で基地(matrix)を先に溶かして析出物や介在物を若干突出させてレプリカを作製し、剥がす前に再び基地だけをさらに腐食させて析出物や介在物がレプリカに付着して落ちるようにし、これを分析する方法である。
【0058】
以後、透過顕微鏡(TEM)を通じて採取した析出物の個数を測定した。析出物の個数は、100μm面積当たり観察される析出物を計測し、析出物は30~1,000nmの大きさを示した。
【0059】
【表3】
【0060】
実施例1~13及び15~20は、300MPa以上の高強度を確保するとともに、微細組織内の平均直径30~1000nm以下の析出物が100μm面積当たり未満で分布した。また、すべての温度範囲で水素を装入せずに測定したシャルピー衝撃エネルギー値と水素を装入した後に測定したシャルピー衝撃エネルギー値の差が30J以下であった。
【0061】
一方、比較例1はオーステナイト組織の不安定性で、すべての温度範囲で水素を装入せずに測定したシャルピー衝撃エネルギー値と水素を装入した後に測定したシャルピー衝撃エネルギー値の差が30Jを超えた。また、比較例1は300MPa以下の低い降伏強度を有しており、水素用素材として適していないことが分かる。
【0062】
比較例5~7は析出物が100μm面積当たり個を超え、これにより300MPa以上の強度は確保できた。しかし、表2を察し見ると、-196℃で水素を装入しない場合と装入した場合、いずれも100J以下の低いシャルピー衝撃エネルギー値を有する。これは析出物による強度向上方法は、低温環境で靭性の低下をもたらすためである。
【0063】
以上、本発明の例示的な実施例を説明したが、本発明はこれに限定されず、当該技術分野において通常の知識を有する者であれば、以下に記載する請求範囲の概念と範囲から逸脱しない範囲内で、様々な変更及び変形が可能であることが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によるオーステナイト系ステンレス鋼は、極低温で高い衝撃靭性を有し、水素環境で低温靭性が向上するので、水素ガス及び液化水素環境用素材として使用することができ、産業上利用可能性がある。