(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-20
(45)【発行日】2024-11-28
(54)【発明の名称】血流評価装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/026 20060101AFI20241121BHJP
【FI】
A61B5/026 120
(21)【出願番号】P 2021008881
(22)【出願日】2021-01-22
【審査請求日】2023-10-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年5月18日に第59回日本生体医工学会大会 プログラム・抄録集(ウェブサイト https://conference-apps-online.net/web/jsmbe2020/)にて公開。(公開の事実(1)) [刊行物等]令和2年5月25日に第59回日本生体医工学会大会 オンライン大会(ウェブサイト https://conference-apps-online.net/web/jsmbe2020/)にて公開。(公開の事実(2)) [刊行物等]令和2年12月7日に、日本生体医工学会関東支部若手研究者発表会2020 プログラム(ウェブサイト http://www.me-kanto.com/index_files_2020/GeneralProgram1206.pdf)にて公開。(公開の事実(3)) [刊行物等]令和2年12月12日に日本生体医工学会関東支部若手研究者発表会2020 オンライン(Zoom)開催にて公開。(公開の事実(4))
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(73)【特許権者】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】矢野 智之
(72)【発明者】
【氏名】辛川 領
(72)【発明者】
【氏名】荒船 龍彦
(72)【発明者】
【氏名】和田 直大
【審査官】▲高▼ 芳徳
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-016691(JP,A)
【文献】特開2020-028721(JP,A)
【文献】特表2010-517601(JP,A)
【文献】特表2009-512527(JP,A)
【文献】特開2014-174174(JP,A)
【文献】特開2015-020012(JP,A)
【文献】特表2015-523132(JP,A)
【文献】特開2008-298860(JP,A)
【文献】特表2015-526708(JP,A)
【文献】特開2019-202002(JP,A)
【文献】特開2017-209315(JP,A)
【文献】特開2008-173237(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/02 - 5/03
A61B 5/06 - 5/22
A61B 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
切り出される前、及び/又は移植後の皮弁を対象とし、
該対象を有彩色で撮像する撮像手段と、
該撮像手段が取得した画像を時系列で記録するとともに、取得した該画像を色空間に正規化する画像処理を行う解析手段と、
該画像処理
の結果を用いて前記対象の血流状態を推定する推定手段とを備え、
該推定手段は、
圧迫されたことにより遮断されていた前記対象の動脈血が、圧迫を開放された後の前記画像の特定の表色に係る色度座標値の時間的変化を表示するとともに、時間的変化量を算出し、
該時間的変化量が負となったときに回復状態に推移したと推定し、
前記開放から前記回復状態までの回復時間を計測し、
前記時間的変化量が正であって、予め設定された所定時間区分での増分が減少したときの前記開放からの時間を計測し、前記開放からの時間を前記回復時間から減じて、血流依存性血管拡張反応時間を算出することを特徴とする血流評価装置。
【請求項2】
前記推定手段が、前記開放から前記回復状態までの間で、前記時間的変化量が予め設定された所定値以下であるときに、信号を発生させることを特徴とする
請求項1に記載の血流評価装置。
【請求項3】
前記撮像手段が取得した画像において特定の形状をマーカーとして
非剛体レジストレーションアルゴリズムを用いて対象の動きを補正することを特徴とする
請求項1又は2に記載の血流評価装置。
【請求項4】
前記対象の近傍に二次元マーカーを設置し、対象の動きに起因するノイズを打ち消しノイズ除去を行うことを特徴とする
請求項1から3のいずれか1項に記載の血流評価装置。
【請求項5】
前記色空間は、RGB色空間であり、
前記特定の表色はRである、ことを特徴とする
請求項1から4のいずれか1項に記載の血流評価装置。
【請求項6】
前記色空間は、HSV色空間を
用い、
特定の表色S
により画像を二値化し、
評価領域と背景領域に画定し、
画定された評価領域についてRGB色空間に基づく解析を行い正規化することを特徴とする
請求項5に記載の血流評価装置。
【請求項7】
足趾を対象とし、
足首に装着され、駆血及び開放するための加圧手段を備え、
該対象を有彩色で撮像する撮像手段と、
該撮像手段が取得した画像を時系列で記録するとともに、取得した該画像をRGB色空間に正規化する画像処理を行う解析手段と、
該画像処理の結果を用いて前記対象の血流状態を推定する推定手段とを備え、
該推定手段は、
圧迫されたことにより遮断されていた前記対象の動脈血が、圧迫を開放された後の前記画像の特定の表色としてRGB空間のRに係る色度座標値の時間的変化を表示するとともに、時間的変化量を算出し、
該時間的変化量が負となったときに回復状態に推移したと推定し、
前記開放から前記回復状態までの回復時間を計測し、
前記時間的変化量が正であって、予め設定された所定時間区分での増分が減少したときの前記開放からの時間を計測し、前記開放からの時間を前記回復時間から減じて、血流依存性血管拡張反応時間を算出し、
前記対象の近傍に二次元マーカーを設置し、
該二次元マーカーをマーカーとして非剛体レジストレーションアルゴリズムを用いて対象の動きを補正することを特徴とする血流評価装置。
【請求項8】
前記推定手段が、前記開放から前記回復状態までの間で、前記時間的変化量が予め設定された所定値以下であるときに、信号を発生させることを特徴とする請求項7に記載の血流評価装置。
【請求項9】
前記色空間は、HSV色空間を用い、
特定の表色Sにより画像を二値化し、
評価領域と背景領域に画定し、
画定された評価領域についてRGB色空間に基づく解析を行い正規化することを特徴とする請求項8に記載の血流評価装置。
【請求項10】
対象の動きを制限するための足の側部を両側から挟み込む治具を備えることを特徴とする請求項7~9いずれか1項記載の血流評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織の血流の状態を検査するための評価装置に関する。特に、再建手術に用いる皮弁の血流や末梢動脈疾患を診断するための血管の状態を評価する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
血流障害は、主に動脈硬化を基盤として生じる疾患であり、末梢動脈疾患(PAD:Peripheral arterial disease)をはじめとする種々の疾患を引き起こす。PADの多くは下肢で発症し、進行すると間欠性跛行、潰瘍、壊死など深刻な症状を引き起こす疾患である。
【0003】
動脈硬化は全身的に進行することから、下肢の動脈硬化は、心臓や脳の動脈硬化にもつながり、狭心症や心筋梗塞、脳卒中などの合併症を引き起こすこともある。PADを重症化させず、さらに合併症を予防するためには、早期発見、早期治療が重要である。
【0004】
さらに、血流障害は、PADのような疾患を引き起こすだけではなく、皮弁を用いた移植手術においても影響を及ぼす。皮弁とは、血流のある皮膚、皮下組織、筋肉、骨、神経など深部組織のことであり、悪性腫瘍の切除によって生じた欠損や、外傷で大きく組織が失われた場合などに用いる組織のことを指す。例えば、乳癌治療において、手術によって腫瘍を摘出した際に生じる乳房欠損部の再建を行うために自己の腹部あるいは背部から採取し移植する組織片のことを言う。移植による再建は、機能の回復に必要なだけではなく、患者の喪失感を和らげ、生活の質(QOL)の向上にも寄与する。
【0005】
皮弁は、動脈及び静脈を含んだ状態で切り出され、移植時に移植部近傍の健常組織の動脈及び静脈と縫合されることによって、移植組織の血流が再開され、移植組織が生着する。血流障害がある場合には、縫合不全、局所感染の原因となり、最悪の場合組織が壊死し、再手術を余儀なくされる。また、乳房再建の自家組織移植の場合には、血流が弱い場合には、縫合不全、局所感染の原因となるだけではなく、移植組織が部分的に硬くなる脂肪硬化や移植脂肪の萎縮の原因となることがあり、再建乳房の質を非常に落とすことにつながる。
【0006】
そのため、再建手術中に移植組織の血流障害を特定することは極めて重要なことである。特に、乳房再建術は移植する皮弁が大きいことから血流の確保は重要であり、移植する皮弁の血流分布状態を確認し、移植を行うことが求められる。従来から、皮弁の血流は蛍光色素インドシアニングリーン(ICG)を注射し、専用カメラでICGの蛍光を確認することにより血流の良好な皮弁を使用する方法が用いられている(非特許文献1、2)。また、改良法について種々の提案がなされている(特許文献1、2)。また、手術後の血流障害を検査する方法として、センサーシートを使用する方法(特許文献3)、マルチセンサを使用し撮像するシステムが提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2011-519589公報
【文献】特表2013-541370公報
【文献】国際公開第2017/026393号
【文献】特表2019-520113号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Pestana, I.A., etal., 2009, Plast. Reconstr. Surg. Vol.123, pp.1239-1244.
【文献】Hembd, A.S. et al., 2020, Plast. Reconstr. Surg. Vol.146, 1e-9e.
【文献】和田 直大 他、2020年、第59回日本生体医工学大会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、簡単な構成で安価であり、前脛骨系、後脛骨系、腓骨動脈系の支配領域についても守備範囲に含め、中枢血管系の疾患の予測を可能とする画像処理を用いた血流評価装置を作製している(非特許文献3)。しかしながら、PAD患者に血流評価装置を適用すると、駆血解除時の足趾の動きが大きく、画像処理に影響を与え、正確に解析を行うことができないという問題が生じていた。
【0010】
また、皮弁の血流を評価する方法として、特許文献1及び2に記載されているICG蛍光法は、専用のカメラ、記録システムを備えた大掛かりなシステムである。さらに、ICG造影は、血流が十分に確保されている蛍光強度が強い部分については、医師の経験にかかわらず判断に問題が生じないが、蛍光強度が薄い部分に関しては、問題なく使用できる範囲を判断することが難しい。現状のICG造影では血管の質までを評価することはできず、質の良い血管を確保できる領域を判断できるシステムの開発が望まれている。
【0011】
また、特許文献3及び4に記載されているセンサを用いる方法は、移植術後の患者の状態をモニターするための方法であり、術後早期に血流障害を検出することは可能であるが、術中に皮弁の血流分布状態を把握することはできない。そのため、血流の十分な皮弁の領域を選択し手術に用い、未然に合併症を防ぐことはできない。
【0012】
本発明は、簡便なシステムを用いて血流を評価するシステムを提供することを課題とする。本発明者らは、PADの診断に用いる血流評価装置を下肢だけではなく皮弁など他の組織の血流も評価可能な装置へ改良した。本システムは、以下の実施態様に記載するPADの診断、皮弁を問わず、どのような組織の血流評価にも対応することが可能な簡便な装置である。また、不随意運動や呼吸性変動など評価対象とする組織の移動によるノイズを除去し正確に評価することを課題とする。
【0013】
さらに、PADに関しては、切断部位の決定、術後の効果判断などの診断を経皮酸素分圧(TcpO2)計測などの大掛かりな装置に代わって計測するシステムを提供することを課題とする。皮弁に関しては、手術中に血流をモニターすることのできるシステムを提供することを課題とする。具体的には、切り出す皮弁の血流分布状態をモニターし、さらに、マイクロサージェリーによって血管を縫合し、患者に移植直後に、血流が十分に確保できているかを評価できる血流評価装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、前記課題を解決するための血流評価装置に関する。
(1)対象を有彩色で撮像する撮像手段と、該撮像手段が取得した画像を時系列で記録するとともに、取得した該画像を色空間に正規化する画像処理を行う解析手段と、前記画像処理結果を用いて前記対象の血流状態を推定する推定手段とを備え、該推定手段は、圧迫されたことにより遮断されていた前記対象の動脈血が、圧迫を開放された後の前記画像の特定の表色に係る色度座標値の時間的変化を表示するとともに、時間的変化量を算出し、該時間的変化量が負となったときに回復状態に推移したと推定し、前記開放から前記回復状態までの回復時間を計測することを特徴とする血流評価装置。
(2)前記時間的変化量が正であって、予め設定された所定時間区分での増分が減少したときの前記開放からの時間を計測し、該時間を前記回復時間から減じて、血流依存性血管拡張反応時間を算出することを特徴とする(1)に記載の血流評価装置。
(3)前記推定手段が、前記開放から前記回復状態までの間で、前記時間的変化量が予め設定された所定値以下であるときに、信号を発生させることを特徴とする(1)又は(2)に記載の血流評価装置。
(4)前記撮像手段が取得した画像において特定の形状をマーカーとして非剛体レジストレーションアルゴリズムを用いて対象の動きを補正することを特徴とする(1)~(3)いずれか1つ記載の血流評価装置。
(5)前記対象の近傍に二次元マーカーを設置し、対象の動きに起因するノイズを打ち消しノイズ除去を行うことを特徴とする(1)から(4)のいずれか1つに記載の血流評価装置。
(6)前記色空間は、RGB色空間であり、前記特定の表色はRである、ことを特徴とする(1)から(5)のいずれか1つに記載の血流評価装置。
(7)前記色空間は、HSV色空間であり、前記特定の表色はSである、ことを特徴とする(6)に記載の血流評価装置。
(8)前記対象が皮弁であり、切り出される前、及び/又は移植後の前記皮弁を測定し、評価するものであることを特徴とする(1)から(7)のいずれか1つに記載の血流評価装置。
(9)前記対象が足趾であり、足首に装着され、駆血及び開放するための加圧手段を備えていることを特徴とする(1)~(7)いずれか1つ記載の血流評価装置。
(10)対象の動きを制限するための治具を備えることを特徴とする(9)記載の血流評価装置。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】皮弁による再建について模式的に示す図。腹部皮弁を用いた乳房再建の例を示す。
【
図2】本発明の一実施形態に係る全体構成図を示す。
【
図3】本発明の一実施形態に係るブロック構成図を示す。
【
図5】実施例における計測の状況を表す図。ICGとの比較を示している。
【
図6】他の実施例における計測の状況を表す図。ICGとの比較を示している。
【発明を実施するための形態】
【実施態様】
【0016】
以下の実施態様で示すように、血流評価装置は、皮弁を有彩色で撮像する撮像手段と、撮像手段が取得した画像を時系列で記録するとともに、取得した画像を色空間に正規化する画像処理を行う解析手段と、画像処理結果を用いて血流状態を推定する推定手段とを備え、推定手段は、圧迫されたことにより遮断されていた動脈血が、圧迫を開放された後の画像の特定の表色に係る色度座標値の時間的変化を表示するとともに、時間的変化量を算出し、その時間的変化量が負となったときに回復状態に推移したと推定し、開放から前記回復状態までの回復時間を計測する血流評価装置である。また、時間的変化量の算出の際に、呼吸性変動などによる測定対象の動きによるノイズを除去する演算方法等に関する。その具体的態様はいかなるものであっても構わない。
【0017】
以下の実施例では、PAD、及び皮弁に関しては乳房再建を例に挙げて説明するが、四肢、頭頚部など皮弁を移植する部位を問わず本技術が使用できることは言うまでもない。また、本実施例で示すように、評価時に下肢や皮弁等の評価対象への血流を一時遮断し、その後開放を行うことにより血流を変化させる。この血流の変化は組織表面の色変化として表出することから、ビデオカメラ等の撮像手段を用いて有彩色で撮像する。撮像した動画像は、画像データをデジタル化するため色空間に正規化処理が行われる。色空間の正規化とは、例えば、色差の最大となる白と黒の距離をMAXとして、その間の色を0~1で数値化することを意味する。なお、撮像する画像の条件を安定させるために、撮像手段には発行素子、受光素子が含まれる構成としてもよい。
【0018】
数値化された色座標値を、例えば、特定の表色に係る閾値を設けて2値化し、閾値以上の座標を含む領域の面積を算出したり、撮像領域全体にわたる座標値の総計を算出することによって、組織表面における色変化の時間的変化量がデジタル化して算出される。血流を遮断して、その後開放したとき、組織表面の色は、通常白っぽい状態から、急に赤味を増し、平常の表面色に戻ることから、推定手段は、例えば赤味について時間的変化量の傾きが負になる(前述した面積の減少や、座標値総計の減少等を意味する)時点を回復状態と推定する。
【0019】
本血流評価装置を用いることによって、血流を変化させ、そして血流遮断後に開放した過程から、血流が良好な領域、あるいは血流が弱い領域を可視化することができる。このように、血流が可視化されるため、PADの診断に用いる場合には、血流の滞る部分を正確に可視化することが可能となる。その結果、重篤なPADにおける壊死部分の切除といった外科的治療の際に血流動態を正確に判断することが可能となり、切除部位の決定を支援することができる。また、皮弁の血流を評価する場合には、移植に適切な皮弁の選定行為を支援することができる。その結果、医師の熟練度に関わらず、移植に適切な皮弁の領域を選択することが可能となる。
【0020】
発明者等は、血流が遮断され、開放から回復に至る過程で、まず血管が急激に広がり(フェーズ1)、続いて広がりの速度は落ちるもののさらに広がり(フェーズ2)、その後通常の血管へと回復することを見出している(
図4参照)。この2段階の血流増加において、フェーズ1は遮断された血管に血液が流入することによる変化であり、フェーズ2は血流依存性血管拡張反応(Flow mediated Dilation:FMD)を反映していると推測される。フェーズ1からフェーズ2への移行のタイミングは、時間的変化量が予め設定された所定値以下となったときであると推定される。本システムによれば、この移行のタイミングを記録することができ、デジタルな時間として血流評価を判断する上での支援を可能としている。その結果、フェーズ1、フェーズ2を測定し、血流が滞っている領域、血流の良好な領域を判定することができる。
【0021】
本評価装置において、どのような色空間を使用してもよいが、例えば、RGB色空間、あるいはHSV色空間を使用することができる。RGB色空間を使用する場合には、特定の表色をRとすることができる。RGB色空間による処理は、例えば、1)R値のみの輝度値変化から最大値、最小値を得て正規化、反転処理を行う、2)そして、R値/(G値+B値)の処理を行い、相対的な(ヒトが認識する)「赤っぽさ(赤味)」の取得値での正規化反転処理を行う等の処理が該当する。RGB色空間は、原色をR(赤、700nm)、G(緑、546.1nm)、B(青、435.8nm)とする表色系であり、色を座標で数値化することができる。前述のように、特定の表色に係る閾値を設けて2値化し、閾値以上の座標を含む領域の面積を算出したり、撮像領域全体にわたる座標値の総計を算出したりすることによって、組織表面の色変化の時間的変化量をデジタル化して算出することができる。なお、RGB色空間に限らず、カラープロファイルとして記録可能な色空間(RGBA,YCbCr,CMYK,Lab color等)であれば、色空間として適用することができることは言うまでもない。
【0022】
また、HSV色空間を使用する場合には、特定の表色をSとすることができる。HSV色空間は、色相(Hue)、彩度(Saturation・Chroma)、明度(Value・Lightness・Brightness)の三つの成分からなる色空間であり、ここで彩度(S)は色の鮮やかさを示す。HSV色空間において、彩度(S)を用いて、画像を二値化することで、画像を評価領域と背景領域とに画定することができる。このため、評価領域以外の色や光による外乱の影響を受けることなく、RGB色空間等によって評価領域の解析を行うことができる。なお、彩度(S)を用いた背景領域の画定は、観察の初期段階に行えばよく、その後は画定された評価領域に基づいてRGB等の色空間に基づき解析を行えば良い。
【0023】
さらに、呼吸性変動、不随意運動、手術時においては医療スタッフが手術ベッドに意図せずぶつかるなど様々な要因により測定中に対象としている領域が動き、画像処理の際にノイズとなり血流動態を十分に可視化できない場合がある。上述のように、時間的変化量を測定し演算を行っていることから、同じ画素には皮膚や組織の同じ位置が映り続けていることを前提としている。したがって、撮影中に対象である皮膚や組織が移動してしまうと、別の皮膚や組織の色が元の位置の色と置き換わってしまい、変化量が間違った値となって強調処理されることにより、画像処理後にノイズとなる。
【0024】
ノイズの要因となるモーションアーチファクトは以下のようにして除去する。撮影の際に二次元バーコードを撮影する部分に載せて、マーカーとして同時に撮影する。皮弁や足趾などの撮影対象のわずかな動きとともに、二次元バーカードも動くことから、二次元バーコードをマーカーとして、非剛体レジストレーションアルゴリズムを用いて動画の特定のフレームの皮弁や足趾の形状に動画の残りの全てのフレームにおいて、画像内の皮弁や足趾の形状をあわせる。その結果、「動きはない」、すなわち形状変化しない、動画を作成し、画像処理を行うことにより、時系列での色調変化を捉えることができる。
【0025】
ここで用いるマーカーは、二次元バーコードであればどのようなものを使用してもよく、QRコード(登録商標)、SPコードなどのようなマトリックス式の二次元コード、あるいはPDF417、Code49などのスタック式の二次元コードを例示することができる。また、皮膚や血液とは異なる色の球体を複数配置してもよい。また、皮弁や足趾などを撮影した画像が十分な特徴量を持つ場合には、撮影された画像に非剛体レジストレーションアルゴリズムを用いて、動画の特定のフレームの皮弁や足趾の形状に動画の残りの全てのフレームの画像において、皮弁や足趾の形状をあわせることで、「動きはない」動画を作成することができる。すなわち二次元マーカーとして使用できるものであればどのようなものであっても使用することができる。このように、非剛体レジストレーションアルゴリズムを用いて「動きはない」が色調が変化する動画を作成することにより、精度良く血流の評価を行うことができる。
【0026】
まず、皮弁における血流評価について説明する。対象となる皮弁について、乳房再建を例に説明を行う。前述のように皮弁とは、血流のある皮膚、皮下組織や深部組織である。移植する部位によって、切り出す組織や量は異なるが、乳房再建を自家組織で行う場合には、腹部、背部等の組織を使用して移植を行う。
図1には腹部より皮弁を採取して胸部に移植する例を模式的に示している。腹部の皮膚、脂肪に血管(動脈、静脈)を付けたまま採取する。皮弁を切り離す前に、血流が十分維持されているか、確認を行う(
図1左)。血流評価装置で測定を行いながら、動脈を血流を遮断するための専用のクリップで挟むことにより圧迫し血流を遮断した後(
図1円内参照)、血流を開放し、血流評価装置の測定結果を参照しながら血流が十分に確保できている領域をマーキングし、胸部に移植する。胸部の動脈及び静脈と皮弁の動脈及び静脈とをそれぞれ縫合する(
図1右)。縫合が完了した時点で、圧迫していた血流を開放し血流を再開させ、血流評価装置で測定を行い、移植した皮弁の血流が十分確保できているか確認を行う。
【0027】
また、呼吸性変動によりノイズが生じる場合には、呼吸による変動を測定するためにマーカーを皮弁の外側に配置する。
図1では皮弁の外側にQRコードを配置した例を示している。呼吸性変動を打ち消すプログラムにより、ノイズの除去を図ることができる。
【0028】
次に血流評価装置の一実施形態について
図2及び
図3を参照しながら説明する。
図2、3に示す本発明の一実施形態に係る血流評価装置1は、移植術中に皮弁を撮影することができるように、撮像手段10と、撮像手段10が取得した画像を時系列で記録するとともに、取得した画像を色空間に正規化する画像処理を行う解析手段20と、画像処理結果を用いて皮弁の血流状態を推定する推定手段30を備えている。さらに推定手段30が推定した結果を表示する表示部40、結果に応じて音や光等の信号を発生する報知部50を備えることができる。
【0029】
血流評価装置1は、皮弁を有彩色で撮像する撮像手段10を備えている。
撮像手段10には、有彩色で撮像できる機器・デバイスであるビデオカメラやCCDイメージセンサ等の撮像素子を適用することができる。撮像手段10が検出する光線は、色空間の分析を行うための可視光となる。しかし、赤外光など、撮像する状況に応じて選択してもよい。撮像する画像の条件を安定させるために、撮像手段には撮像のための受光素子12とともに対象を照射するライト等の発光素子11が含まれる構成としてもよい。
【0030】
解析手段20及び推定手段30は、それぞれマイクロコンピュータで構成されており、演算を行うプロセッサCPU、制御プログラム及び各種データのリスト、テーブル、マップ等の演算・記録に必要なものを格納するROM、及びCPUによる演算結果などを一時記憶するRAMを有する。解析手段20及び推定手段30は、メモリを備えており、必要なデータなどをメモリに保存する。メモリは不揮発性メモリを好ましく用いることができ、書き換え可能なROMであるEEPROM、又は電源がオフにされていても保持電流が供給されて記憶を保持するバックアップ機能付きのRAMで構成することができる。以下では、解析手段20及び推定手段30を個別の手段として説明するが、一つのマイクロコンピュータとして両方の機能を備える構成としても良い。
【0031】
解析手段20は、撮像手段10(受光素子12)が取得した画像を時系列で記録するとともに、取得した画像を色空間に正規化する画像処理を行う。正規化する画像処理とは、撮像した画像データをデジタル化するため、例えば、色差の最大となる白と黒の距離をMAXとして、その間の色を0~1で数値化するものである。正規化することで、画像データを一定のルールに基づいて変形・比較・演算等、利用しやすくすることができる。解析手段20は、例えば、受光素子12から送出されたデータを所定の領域に画定する色空間変換部21と、画定された画像を元に評価する画像を生成する評価画像生成部24を備える構成してもよい。
【0032】
色空間変換部21は、例えば、HSV色空間の彩度(S)を用いて、画像を二値化することで、血流評価する皮弁の評価領域と皮弁の周囲の状況が映り込んだ背景領域とに画定する背景領域画定部23を含む構成とすることができる。このような画定をすることで、評価領域以外の色や光による外乱の影響を受けることなく、その後の皮弁表面における色空間による解析を行うことができる。なお、彩度(S)を用いた背景領域の画定は、観察の初期段階に行えばよく、その後は画定された評価領域に基づいてRGB等の色空間に基づき解析を行えば良い。また、評価に対して外乱や光の散乱等の影響が少ない場合については、背景領域画定部23を備えない構成としてもよい。
【0033】
色空間変換部21は、例えば、背景領域画定部23によって背景が除かれた画像をRGB色空間に正規化する評価領域画定部22が含まれる構成とすることができる。RGB色空間による処理は、血流の「赤味」が表出されることからR値に注目し、R値のみの時系列な輝度値の変化を取得し、その最大値、及び最小値より、その間の色を0~1もしくは8bitの階調で表現する場合には0~255で数値化する(正規化)。輝度最大の赤色は、0~1とした場合、(1,0,0)と表され、0~255とした場合、(255,0,0)と表すことができる。なお、前記したように、RGB色空間に限らず、カラープロファイルとして記録可能な色空間(RGBA,YCbCr,CMYK,Lab color等)であれば、色空間として適用することができることは言うまでもない。さらにそれぞれの色空間を組み合わせ、演算することで、評価部位をより顕在化させることもできる。また、RGB色空間による処理において、血流の状態を顕出させることができれば、赤(R値)のみではなく、他の色である緑、青、もしくは黒、白等の色要素を適宜選択することもできる。
【0034】
評価画像生成部24は、例えば、R値に対して、適当な閾値を設けて2値化し、さらに反転処理を行うことで、評価する範囲を明確にすることができる。また、「赤味」とその他の色との境界が明確にならない場合は、画像のドット単位等でそれぞれの値を総計して、全体的な「赤味」の変化を示すように評価画像生成部24を構成してもよい。評価画像生成部24が処理した画像データは次に推定手段30に送出される。
【0035】
R値の経時的な変化の例を
図4に示す。実線は、血流が維持されている皮弁領域の例、点線は血流が弱い領域の例を模式的に示す。「常態」フェーズは、動脈を圧迫し血流を遮断する前の皮弁の画像データR値であり、同じ値で推移している。そして、「血流遮断」のイベントによって、「血流遮断」フェーズに移行する。血流が遮断されることによって、皮弁に血液が流れないことから、「赤味」が漸減するに伴いR値が減少している。
【0036】
「血流開放」のイベントで動脈の血流の遮断が解除され、皮弁の血流が復活し、「血流開放」に伴い、皮弁の「赤味」が増加して、R値の急激な上昇がみられる。前述のように、発明者は、血流開放から回復に至る過程で、まず血管が急激に広がり、続いて広がりの速度は落ちるもののさらに広がり、その後通常の血管へと回復することを見出した。このように末梢動脈の血流の流量増加は、おおよそ2段階で推移すると考えられ、まず、血管の急激な広がりを表すR値の急激な上昇として「フェーズ1」が観察される。フェーズ1は血流が再開することにより物理的に血管が再開するステップを捉えている。すなわちICG蛍光造影による測定を反映するフェーズであると考えられる。
【0037】
次にR値の経時的な上昇は、多少緩和される、すなわち通常の血管へと回復する「フェーズ2」が観察される。前記のように、発明者等の知見から、フェーズ2の持続時間が生体の血流動態の活性状態、すなわち血流依存性血管拡張を示すと推定されている。フェーズ1における血管拡張によって血管内皮細胞が伸展し、それが刺激となって一酸化窒素が放出され、一酸化窒素の放出がさらに刺激となってさらに血管が拡張すると考えられる。これは、FMD測定機器で測定される現象を捉えているものと考えられる。すなわち、フェーズ2の持続時間が短ければ、血流が十分に維持されている皮弁であると判断しても良く(
図4実線、T3=T2-T1)、逆にフェーズ2の持続時間が長ければ(
図4点線、T3’=T2’-T1’)、血流が滞る状態であって、血流が弱い領域を示している。「フェーズ2」が終了すると、「常態」への回復過程に入り、R値は下降して、血流評価は終了する。
【0038】
推定手段30は、「血流開放」のイベント後の「フェーズ2」から「回復」への移行、すなわち、R値(「赤味」)について時間的変化量の傾きが負になる(前述した面積の減少や、座標値総計の減少等を意味する)時点を回復状態と推定して、回復時間T2を算出する。さらに、推定手段30は、「血流開放」のイベント後の「フェーズ1」から「フェーズ2」への移行、R値の時間的変化量が正であって、予め設定された所定時間区分での増分が減少したときの「血流開放」のイベントからの時間を計測し、この時間を回復時間T2から減じて、血管拡張性反応時間T1を算出する。なお、予め設定された所定時間区分を設けているのは、例えば、想定される血管拡張性反応時間T1と比べて、あまりにも短い時間が推定された場合は、周囲の光・色環境や色空間の設定等に問題が存在し、スパイク状の外乱等によって生じた可能性があるためである。
【0039】
表示部40は、一般的なディスプレイ・モニターであり、解析手段20が解析した
図4に示すような時系列的なR値の推移、及び推定手段30が推定した、回復時間T2、血管拡張性反応時間T1等を表示する。
【0040】
報知部50は、
図4に示すそれぞれのイベントやフェーズを音声や画像によって報知するものである。手術中の医師は検査の経過を確認することができ、血流が維持された皮弁の領域を画像によって確認することができる。また、推定手段30によって得られた推定結果に基づき、皮弁の血流評価の支援として、予め回復時間T2、血管拡張性反応時間T1の閾値を定めて、これらを超える場合に報知する構成とすることもできる。
【0041】
前述のように、
図4では血流状態の良い領域の測定例を実線で、血流の弱い領域の測定例を点線で示している。両者を比較すると、回復時間T2、血管拡張性反応時間T1と比べて、回復時間T2’、血管拡張性反応時間T2’が長くなっている。
【0042】
回復時間T2’、T2’から血管拡張性反応時間T1、T1’を減じたものがフェーズ2の持続時間となる。そして、フェーズ2の持続時間が長ければ、動脈が細い、あるいは動脈硬化などにより血流が制限される状態の血管が多い皮弁領域であると推定することができる。フェーズ2の持続時間の短い、すなわち血流動態の活性状態にある皮弁を移植した場合には、種々の合併症が生じにくいと考えられる。
【実施例1】
【0043】
実際に皮弁の血流を測定した例を以下に示す(
図5)。左側に本実施態様に示した血流評価装置で測定し評価した色調画像を、右側にICGによる造影を示している。血流遮断状態の血流評価装置による色調画像(左上段)から下方に経時的変化を示している。左右に並べた血流評価装置により測定した画像とICG血流画像は、ほぼ同時刻に撮像された画像である。
【0044】
左側の画像は、血流評価装置によって、R値に注目したRGB色空間による処理、すなわちR値のみの時系列な輝度値の変化を取得し、その最大値、及び最小値より、その間の色を数値化し(正規化)、これをさらに反転処理したものである。なお、この例では、画像を血流評価する皮弁の評価領域を関心領域(Region of Interest:ROI)として、選択して評価を行っている。血流遮断中の画像(
図5、左上段)は、ほぼ「赤味」のないことを示す暗い表色として表される。
【0045】
次に血流開放後の計測画像について同様の画像処理を行った評価画像(反転処理)を見ると、「赤味」の部分の面積が多くなっていることが示される。このように、皮弁の色味変化の状況が顕出される。具体的には腹部皮弁において、皮弁中央から徐々に血流が広がっていく特徴的な所見が血流評価装置画像において観察されている。ICG造影画像においても、この皮弁の特徴ともいえる臍の位置を正中としたときに、正中のみが造影される画像が得られていることから、血流評価装置が正確に血流を表示していることが示された。
【実施例2】
【0046】
他の皮弁の血流を測定した例を示す(
図6)。大腿内側皮弁を切り出す前に血流評価を行った例である。左側に血流評価装置で測定し評価した色調画像を、右側にICG造影画像を比較している。血流遮断状態(血流評価装置上段)から下方に経時的変化を示し、左右に並べた血流評価装置画像とICG血流画像は、ほぼ同時刻に撮像された画像を並べている。ICG造影画像上段において点線で示した血流が弱いことを示す造影がやや不良の部分は、血流評価装置画像においても黒く描出されている。
【0047】
以上説明したように、本血流評価装置は、皮弁の血流をICG造影することなく同等の精度で描出できるだけではなく、経時的な変化をグラフ化することにより、血流依存性血管拡張反応を反映したフェーズを捉えることが可能となり、十分に血流が確保できる皮弁を用いて移植を行うことができる。
【実施例3】
【0048】
次にPAD診断への応用について説明する(
図7)。血流評価装置の基本的な構成は同じであるが、PAD診断の場合には、足先の足背部及び足底部を撮像することから、通常2つの撮像手段によって撮像を行うことが好ましい。足首に加圧手段61を装着し、駆血することによって血流を一時遮断し、その後駆血開放して血流の回復を測定することは、皮弁の場合と同じである。加圧手段は駆血帯などを用いればよい。
【0049】
足先の血流を評価する場合には、駆血後の開放時に足部の位置ずれが大きい場合が多く、固定治具62によって、位置を固定することが望ましい。固定治具62はどのような形状であってもよいが、撮影に影響の少ない足の側部を両側から挟みこんで固定するものが好ましい。
図7下段に固定治具の側面模式図を記載しているが、固定パッド63を用いて、足を両側から挟みこみ、ネジ64で固定できるような構成となっている。固定治具は、撮像中に撮影対象である足先部の位置ずれが生じなければ良く、これ以外の形態のものであっても構わない。さらに、二次元バーコードなどの二次元マーカーを貼付して撮影を行うことにより、精度良く血流評価を行うことができる。
【0050】
上述のように、本システムによる測定結果は、ICG蛍光造影とFMD測定機器の2つの器械の測定結果を包括的に確認できると考えられる。したがって、PADの診断、治療に使用する場合には血流の滞っている領域を確認するだけではなく、動脈硬化の状態も総合的に判断することが可能となり、非常に有用なシステムとなる。本システムは、比較的簡単なシステム構成でありながら、PADの診断、皮弁の血流評価など、幅広く血流を評価することが可能である。
【符号の説明】
【0051】
1・・・血流評価装置、10・・・撮像手段、11・・・発光素子、12・・・受光素子、20・・・解析手段、21・・・色空間変換部、22・・・評価領域画定部、23・・・背景領域画定部、24・・・評価画像生成部、30・・・推定手段、40・・・表示部、50・・・報知部、61・・・加圧手段、62・・・固定治具