(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-20
(45)【発行日】2024-11-28
(54)【発明の名称】表面増強ラマン散乱による高感度の標的物質の検出のためのナノゲル若しくはキット及び検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20241121BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20241121BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20241121BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20241121BHJP
【FI】
G01N21/65
G01N33/543 595
G01N33/543 541A
C12Q1/68
C12Q1/04
(21)【出願番号】P 2021001391
(22)【出願日】2021-01-07
【審査請求日】2023-11-28
(73)【特許権者】
【識別番号】304023318
【氏名又は名称】国立大学法人静岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124800
【氏名又は名称】諏澤 勇司
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】朴 龍洙
(72)【発明者】
【氏名】オジョドモ ジョン アチャデュ
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-029400(JP,A)
【文献】特表2007-502716(JP,A)
【文献】特表2007-526999(JP,A)
【文献】特表2010-523983(JP,A)
【文献】特開2016-182123(JP,A)
【文献】特表2013-522648(JP,A)
【文献】特表2005-519622(JP,A)
【文献】特表2007-524087(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0266105(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/74
G01N 33/48 - G01N 33/98
C12Q 1/00 - C12Q 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出のためのナノゲルであって、SERSナノタグを内部に含み、前記ナノゲルの表面に標的物質に対する特異的プローブが結合されており、物理的又は化学的刺激に応じて前記ナノタグを前記ナノゲルの外に放出できる、ナノゲル。
【請求項2】
前記物理的又は化学的刺激が、pH、温度及び光から選択される、請求項1に記載のナノゲル。
【請求項3】
前記標的物質が、タンパク質、核酸、糖、バクテリア及びウイルスから選択される、請求項1又は2に記載のナノゲル。
【請求項4】
前記標的物質がウイルス又はバクテリアである、請求項1~3のいずれか一項に記載のナノゲル。
【請求項5】
前記プローブが、抗体、核酸プローブ、レクチン及びアプタマーから選択される、請求項1~4のいずれか一項に記載のナノゲル。
【請求項6】
尿、便、血液、唾液、
粘液、胃液、腸液、粘膜、毛髪、細胞、及び組織から選択される被検試料中の標的物質を検出するための、請求項1~5のいずれか一項に記載のナノゲル。
【請求項7】
前記SERSナノタグが、表面に4-メルカプト安息香酸が結合した三酸化モリブデン量子ドットである、請求項1~6のいずれか一項に記載のナノゲル。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載のナノゲルと、
表面修飾及び前記標的物質に対する特異的プローブが結合した磁性ナノ粒子と
を含む、表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出のためのキット。
【請求項9】
さらに、表面に六方晶窒化ホウ素でコーティングした2次元基板を含む、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか一項に記載のナノゲル、又は、請求項8又は9に記載のキットを用いた、表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出方法。
【請求項11】
(1)請求項1~7のいずれか一項に記載のナノゲル、及び、表面修飾及び前記標的物質に対する特異的プローブが結合した磁性ナノ粒子を用意する工程と、
(2)前記標的物質を含み得る試料に、前記ナノゲル及び前記磁性ナノ粒子を接触させ、前記標的物質、前記ナノゲル及び前記磁性ナノ粒子を含む反応複合体を形成させる工程と、
(3)磁石を用いて、前記反応複合体を回収する工程と、
(4)前記反応複合体に物理的又は化学的刺激を加え、前記ナノゲルから前記SERSナノタグを放出させ、SERSホットスポットを形成させる工程と、
(5)前記SERSホットスポットが形成された反応複合体をSERS基板においてラマン散乱分析を行い、標的物質の存在を検出する工程と
を含む、請求項10に記載の検出方法。
【請求項12】
前記反応複合体に物理的又は化学的刺激が、pH、温度及び光から選択される、請求項11に記載の検出方法。
【請求項13】
前記SERS基板が表面に六方晶窒化ホウ素でコーティングした2次元基板である、請求項11又は12に記載の検出方法。
【請求項14】
(6)前記標的物質の標準物を用いて予め作成した検量線を参照に標的物質を定量する工程をさらに含む、請求項11~13のいずれか一項に記載の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面増強ラマン散乱による高感度の標的物質の検出のためのナノゲル若しくはキット及び検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物質に光を照射すると、光と物質の相互作用により反射、屈折、吸収などのほかに散乱が起こる。散乱光のなかには入射した光と同じ波長の光が散乱されるレイリー散乱と、分子振動によって入射光とは異なる波長に散乱されるラマン散乱がある。ラマン散乱光における入射光との波長差は、物質が持つ分子振動のエネルギー分に相当するため、ラマン散乱光を分光して得られるラマンスペクトルにより、分子レベルの構造や濃度等を解析できる。すなわち、ラマン分光法による解析である。
【0003】
しかし、ラマン散乱光は不安定であり、レイリー散乱よりも10-6倍ほど微弱な光であるため、それを増強する技術として表面増強ラマン散乱(surface-enhanced Raman scattering:SERS)が開発された(非特許文献1、2)。SERSとは、貴金属ナノ構造体に結合した分子からのラマン散乱光が何億倍にも増強される現象をいう。入射光であるラマンレーザーが貴金属ナノ構造体の表面で表面プラズモンを発生させ、表面プラズモンが結合分子と相互作用することによって、結合分子のラマン信号を大きく増幅させる現象、すなわち、表面プラズモン共鳴を用いる。
【0004】
表面増強ラマン散乱(SERS)分光法は、2/3次元(2D/3D)ナノ構造を含む「ホットスポット」より、病原体の次世代診断の有効なプラットフォームとして知られている(非特許文献1)。SERSに基づく病原体の検出は、標的抗原とSERSナノタグ及び「ホットスポット」領域を作り出すSERS基板の複合系で構成されている(非特許文献1、3)。したがって、SERSに基づくイムノアッセイの感度や再現性は、SERSナノタグ及びSERS基板の安定性に依存する。
【0005】
イムノアッセイでは、試料マトリクスから標的抗原を前処理又は単離することが必須である。臨床試料は、しばしば、SERSナノタグとの非特異的相互作用を引き起こし得る複雑なマトリックスを含む(非特許文献4、5)。ナノタグはまた、高イオン強度溶液中で不安定で再現不可能なシグナルを示す(非特許文献6)。その結果、特に不純物を多く含む臨床サンプルの場合、ナノタグの不安定さ、構造的な凝集及び化学的歪みは、SERSによる検出における重大な欠点として指摘されている。
【0006】
これに対処するために、SERSナノタグは、保護シェル/層として硬質シリカコーティング及びポリマーで覆われていることが提案された(非特許文献7)。その目的は、SERSナノタグが機械的及び化学的な変形を起こさないようにすること、並びに凝集を減少させ、複雑な環境での安定性を保証することによってその完全性を維持することである(非特許文献8~10)。また、SERSナノタグの生体適合性及び非毒性も、この戦略によって改善されている(非特許文献11)。
【0007】
この戦略は、SERSに基づくイムノアッセイ及びイメージングにおいて非常に有用であるものの、保護シェル/層の厚み及び剛性に起因する大きな寸法及び磁気の非透過性は、複雑なカプセル化プロセスと相まって、この戦略の便利な使用を制限している(非特許文献7、12)。さらに、SERSナノタグが厚くて硬い保護層中に固定されるため、ラマン活性に必要な光と物質の相互作用を妨げる傾向があり、その結果、SERSナノタグの性能の効率を制限し得る。
【0008】
一方、3次元ナノゲルは、調整可能なフレームワークと内部空洞を有する軟質ポリマーナノマテリアルである(非特許文献13)。ナノゲルは、典型的には、生物医学的用途におけるインビボ輸送のためのペイロード/保護シェルとして使用される(非特許文献14)。ナノゲルはその柔軟な化学構造のために、特定の刺激(pH、温度又は光)に応答するように調整することができ、それによって、カプセル化(封入)された物質の刺激誘発性放出を可能にする(非特許文献15)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Lee, H.K., Lee, Y.H., Koh,C.S.L., Phan-Quang, G.C., Han, X., Lay, C.L., Sim, H.Y.F., Kao, Y.C., An, Q.,Ling, X.Y., 2019. Chem. Soc. Rev. 48, 731-756.
【文献】Porter, M.D., Lipert, R.J.,Siperko, L.M., Wang, G., Narayanan, R., 2008. Chem. Soc. Rev. 37, 1001-1011.
【文献】Kaminska, A., Witkowska, E.,Winkler, K., Dziecielewski, I., Weyher, J.L., Waluk, J., 2015. Biosens.Bioelectron. 66, 461-467.
【文献】Neng, J., Harpster, M.H., Wilson,W.C., Johnson, P.A., 2013. Biosens. Bioelectron. 41, 316-321.
【文献】Sun, Y., Xu, L., Zhang, F., Song,Z., Hu, Y., Ji, Y., Shen, J., Li, B., Lu, H., Yang, H., 2017. Biosens.Bioelectron. 89, 906-912.
【文献】Tang, H., Zhu, C., Meng, G., Wu,N., 2018. J. Electrochem. Soc. 165, B3098-B3118.
【文献】Wang, Y., Schlucker, S., 2013.Analyst. 138, 2224-2238.
【文献】Liang, Y., Gong, J.L., Huang, Y.,Zheng, Y., Jiang, J.H., Shen, G.L., Yu, R.Q., 2007. Talanta. 72(2) 443-449.
【文献】Ouyang, L., Ren, W., Zhu, L.,Irudayaraj, J., 2017. Rev. Anal. Chem. 36, 20160027.
【文献】Tang, H., Zhu, C., Meng, G., Wu,N., 2018. J. Electrochem. Soc. 165, B3098-B3118.
【文献】Chen, M., Luo, W., Zhang, Z.,Wang, R., Zhu, Y., Yang, H., Chen, X., 2017. ACS Appl. Mater. Interfaces. 9 (48)42156-42166.
【文献】Grubisha, D.S., Lipert, R.J.,Park, H.Y., Driskell, J., Porter, M.D., 2003. Anal. Chem. 75(21) 5936-5943.
【文献】Wang, H., Chen, Q., Zhou, S.,2018. Chem. Soc. Rev. 47, 4198-4232.
【文献】Liu, J., Detrembleur, C.,Mornet, S., Jerome, C., Duguet, E., 2015. J. Mater. Chem. B. 3, 6117-6147.
【文献】Guarrotxena, N.,Quijada-Garrido, I., 2016. Chem. Mater. 28(5) 1402-1412.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来のSERSナノタグの厚くて硬い保護層による問題点を鑑み、表面増強ラマン散乱による高感度の標的物質の検出のためのナノゲル、該ナノゲルを含むキット、並びにこれらを用いた表面増強ラマン散乱に基づく検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、pH応答性ナノゲルを用いて、SERSナノタグを当該pH応答性ナノゲルに封入/放出させることで、SERSナノタグの化学的変形から保護し、さらに、pH応答性ナノゲルの表面に標的物質の特異的抗体を結合されることによって、SERSのための「ホットスポット」を効率よく作り出すことに成功し、それによって標的物質を高感度に検出する方法を見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1]
表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出のためのナノゲルであって、SERSナノタグを内部に含み、上記ナノゲルの表面に標的物質に対する特異的プローブが結合されており、物理的又は化学的刺激に応じて上記ナノタグを上記ナノゲルの外に放出できる、ナノゲル。
[2]
上記物理的又は化学的刺激が、pH、温度及び光から選択される、[1]に記載のナノゲル。
[3]
上記標的物質が、タンパク質、核酸、糖、バクテリア及びウイルスから選択される、[1]又は[2]に記載のナノゲル。
[4]
上記標的物質がウイルス又はバクテリアである、[1]~[3]のいずれかに記載のナノゲル。
[5]
上記プローブが、抗体、核酸プローブ、レクチン及びアプタマーから選択される、[1]~[4]のいずれかに記載のナノゲル。
[5]
尿、便、血液、唾液、その他の体液、粘膜、毛髪、細胞、及び組織から選択される被検試料中の標的物質を検出するための、[1]~[6]のいずれかに記載のナノゲル。
[7]
上記SERSナノタグが、表面に4-メルカプト安息香酸が結合した三酸化モリブデン量子ドットである、[1]~[6]のいずれかに記載のナノゲル。
[8]
[1]~[7]のいずれかに記載のナノゲルと、
表面修飾及び上記標的物質に対する特異的プローブが結合した磁性ナノ粒子と
を含む、表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出のためのキット。
[9]
さらに、表面に六方晶窒化ホウ素でコーティングした2次元基板を含む、[8]に記載のキット。
[10]
[1]~[7]のいずれかに記載のナノゲル、又は、[8]又は[9]に記載のキットを用いた、表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出方法。
[11]
(1)[1]~[7]のいずれかに記載のナノゲル、及び、表面修飾及び上記標的物質に対する特異的プローブが結合した磁性ナノ粒子を用意する工程と、
(2)上記標的物質を含み得る試料に、上記ナノゲル及び上記磁性ナノ粒子を接触させ、上記標的物質、上記ナノゲル及び上記磁性ナノ粒子を含む反応複合体を形成させる工程と、
(3)磁石を用いて、上記反応複合体を回収する工程と、
(4)上記反応複合体に物理的又は化学的刺激を加え、上記ナノゲルから上記SERSナノタグを放出させ、SERSホットスポットを形成させる工程と、
(5)上記SERSホットスポットが形成された反応複合体をSERS基板においてラマン散乱分析を行い、標的物質の存在を検出する工程と
を含む、[10]に記載の検出方法。
[12]
上記反応複合体に物理的又は化学的刺激が、pH、温度及び光から選択される、[11]に記載の検出方法。
[13]
上記SERS基板が表面に六方晶窒化ホウ素でコーティングした2次元基板である、[11]又は[12]に記載の検出方法。
[14]
(6)上記標的物質の標準物を用いて予め作成した検量線を参照に標的物質を定量する工程をさらに含む、[11]~[13]のいずれかに記載の検出方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の柔軟性及び刺激応答性を有するナノゲルによれば、SERSナノタグを内部に捕捉することによって化学的変形から保護でき、そして、標的抗原の分離・濃縮・精製の後に、刺激によってナノゲルからSERSナノタグを放出させ、非常に効果的に「ホットスポット」を生成させることができる。
【0014】
本発明はまた、標的物質-プローブの特異的反応(例えば、抗原抗体反応)を利用したSERSに基づく高感度検出方法を提供することができる。本発明の検出方法において、本発明のナノゲルに加えて、所定の官能基化された磁性ナノ粒子を使うことで、標的物質-プローブの特異的反応の後に、反応複合体を効率よく分離・濃縮でき、さらに、磁性ナノ粒子の官能基とSERSタグと結合することで、「ホットスポット」を生成させることができる。本発明の検出方法が特異性・選択性が高く、また、安定性も高いため、複雑な成分を含む様々な標的物質を高感度に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】(A)は、MoO
3-QD及び4-MBAを用いたSERSナノタグの調製スキームを示し、(B)はチオール-マレイミド親和性を介したナノタグの局在によるImmuno-mal-CmagNPの調製スキーム、及びSERS「ホットスポット」形成スキームの模式図を示す。
【
図2】SERSナノタグ封入/保護のためのナノゲルベースの化学ペイロードシステム(SERS nanotag@NG)の模式図、並びに、SERS「ホットスポット」形成及び標的ウイルスの高感度免疫アッセイ、SERSナノタグのpH誘発性放出、SERS検出のスキームの模式図を示す。
【
図3】(a)はMoO
3-QDのXPSワイドスキャンスペクトルを示し、(b)はMo 3dの高分解能XPSスペクトルを示す。
【
図4】(a)はMoO
3-QDのTEM画像であり、(b)はMoO
3-QDのサイズ(粒子径)分布グラフである。
【
図5】MoO3-QDのUV-vis吸収スペクトルを示す。
【
図6】(a)はpH応答性ナノゲル(NG)を示す模式図であり、(b)はpH7.0での未処理NGのTEM画像であり、(c)はpH7.4でのSERSナノタグを担持したNG(SERS nanotag@NG)のTEM画像であり、(d)はpH4.5におけるSERSナノタグ(4-MBA-MoO
3-QD)の放出を示すTEM画像である。
【
図7】(a)はpH4~9におけるNGの遷移流体力学直径(Dh)の測定結果を示し、(b)はpH4~9におけるNGの流体力学容積(Vh)の測定結果を示す。
【
図8】(a)はSERSナノタグを担持したNG及び未処理のNG(空のNG)のDLSプロットを示し、(b)はSERSナノタグ単独、及びpH7.4でSERSナノタグをNGに封入した場合のUV-visスペクトルを示す。
【
図9】マレイミド官能化CmagNP(mal-CmagNP)又はマレイミド部分を含まないCmagNPの存在で形成されたナノタグのSERSスペクトルを示す。
【
図10】(a)は、異なる濃度のE型肝炎ウイルス様粒子(HEV-LP)を添加した場合の、SERSナノタグを担持したNGを用いたHEV-LP検出の結果(ラマン散乱強度)を示し、(b)は検出プラットフォームとして2D 六方晶窒化ホウ素(h-BN)基板を使用した場合、PBS又はヒト血清中のHEV-LPでの検出の結果(ラマン散乱強度に基づく検量線)を示す(図中のスケールバーはラマン散乱強度10000を示す)。
【
図11】(a)は、ベアガラス基板上のPBS中のHEV-LPの検出結果(ラマン散乱強度に基づく検量線)を示し、(b)は2D h-BN基板又はベアガラス基板を検出プラットフォームとして使用した、臨床試料中のHEV(G7HEV)の検出結果(ラマン散乱強度に基づく検量線)を示す。
【
図12】(a)は感染した患者の糞便サンプル中のノロウイルス(NoV)の、本発明のSERSに基づくイムノアッセイによる検出結果(ラマン散乱強度に基づく検量線)、及び、市販ELISAを用いた検出結果(吸収強度に基づく検量線)を示し、(b)は潜在的干渉生体分子としての他のウイルス及びウイルス様粒子の存在下でのHEV-LPの特異的及び選択的な検出結果を示す。
【
図13】(a)はSERS検出基板(h-BN)の光学画像、及び100個のランダムスポットのマッピングを示し、(b)は2D h-BN及びSi基板の写真を示し、(c)はマッピングされた異なる100個のスポットのSERSシグナル、並びに1098cm
-1でのイムノアッセイのスポット-スポット変動及び再現性を示す相対標準偏差を示すグラフであり、(d)はランダムに分布した100個のスポットにおけるSERSナノタグをオーバーラップしたSERSスペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の検出方法は、表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質-プローブの特異的反応による検出方法である。なお、標的物質-プローブの特異的反応の代表的な例として、抗原抗体反応(免疫反応)が挙げられるが、他の標的物質-プローブの特異的反応も同様に機能するため、以下抗原抗体反応を例に標的物質-プローブの特異的反応を説明する場合がある。SERS検出は、検出感度を高めるために、プラズモン電場強度が高い「ホットスポット」を生じさせることが重要である。本発明の革新的な検出方法は、物理的又は化学的刺激に対する応答性のあるナノゲルを用い、SERSナノタグを封入(保護)及び放出することによって、制御された放出を実現でき、ホットスポットを作り出すことを可能とする。
【0017】
本発明の検出方法は、さらにナノゲルの表面に標的物質の特異的プローブ(例えば、特異的抗体)を結合させ、また、同じ標的物質に対する特異的プローブ(例えば、特異的抗体)を結合した磁性ナノ粒子を用いることを特徴とし、これによって、磁性ナノ粒子とナノゲルの両方が標的物質と結合し、サンドイッチ構造の反応複合体(例えば、免疫複合体)を形成させることができる。反応複合体は、磁気によって簡単に分離し、濃縮できるため、複雑な成分を含む臨床サンプルからでも高感度に検出することを可能とする。
【0018】
本発明の検出方法はさらに、上記磁性ナノ粒子がSERSナノタグに結合できるように官能化されていることを特徴とする。分離・濃縮した反応複合体に物理的又は化学的刺激を与え、ナノゲルからSERSナノタグを放出させ、さらに磁気ナノ粒子と結合させ、ナノゲルの周囲にSERSのホットスポットを形成させ、標的物質を高感度に検出することを可能とする。
【0019】
さらに、本発明はまたSERS検出に適したSERS基板をも提供し、それによって、標的物質の検出感度をさらに向上させることができる。
【0020】
以下、本発明におけるSERSナノタグ、ナノゲル、SERS基板、キット及び検出方法について詳細に説明する。
【0021】
〔SERSナノタグ〕
本実施形態のSERSナノタグが、SERS活性を有するナノタグであればよい。SERSナノタグとしては、表面プラズモン効果のあるものであればよく、例えば金、銀、銅、モリブデン等の金属を含むプラズモン金属量子ドットが挙げられ、好ましくは三酸化モリブデン量子ドット(MoO3-QD)であり、さらに表面に4-メルカプト安息香酸(4-MBA)が結合した三酸化モリブデン量子ドット(MoO3-QD)である。ここで、結合とは架橋などの化学反応によって、4-MBA官能基がMoO3-QDと結合していることを意味する。
【0022】
SERSは、分子について一般的な蛍光よりはるかに狭い特徴を有する指紋様の振動スペクトルを発生するレーザーに基づく光学的分光法である。ラマン散乱は幅広い範囲の波長を使って励起可能で、この波長範囲には単色性遠赤色光または近赤外光が含まれ、その光子エネルギーは非常に小さいため、生体試料の中の固有の背景蛍光を励起しない。ラマンスペクトルは一般に、300~3500cm-1の振動エネルギーをカバーすることが可能である。
【0023】
本発明のSERSナノタグは、300~3500cm-1の振動エネルギー範囲において特徴的な振動スペクトルを示すものであればよく、好ましくは、1000~1700cm-1の振動エネルギー範囲において特徴的な振動スペクトルを示す分子が結合されたプラズモン金属量子ドットである。そのような分子としては、4-MBAを挙げることができる。4-MBAが結合したMoO3-QDは、1098cm-1において4-MBAの特徴的なラマンバンドを有する。このほかに、Rhodamine 6G又は4-aminothiophenolも使用可能である。
【0024】
SERSナノタグの粒子径は、一般的な量子ドットの粒子径を有していればよく、例えば、1nm~100nmであればよく、また、1nm~50nm又は1nm~20nmであってよい。また、粒子径が均一であるものが好ましい。
【0025】
プラズモン金属量子ドットは、既知の方法によって作製することができる。例えば、MoO3-QDの場合、Zuらの方法(Zu, H., et al., 2018. New J. Chem. 42, 18533-18540)に従って合成してもよく、実施例に記載されたように、Zuらの方法の改良として、水熱プロセスを用いて合成してもよい。また、MoO3-QDの表面に4-MBAを結合させる方法は、既知の方法によって作製することができる。例えば、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)及びカルボジイミド化学(EDC/NHS)によるシラン処理を含む2段階手順にしたがって、作製することができる。
【0026】
〔ナノゲル〕
本実施形態のナノゲルは、表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出のためのナノゲルであって、SERSナノタグを内部に含み、ナノゲルの表面に標的物質に対する特異的抗体が結合されており、かつ、物理的又は化学的刺激に応じてナノタグをナノゲルの外に放出できるナノゲルである。ここで、「SERSナノタグを内部に含(む)」ことを本明細書でしばしば「封入される」と表現する。また、ここのSERSナノタグとしては、上述の本発明のSERSナノタグを用いることができる。
【0027】
本実施形態のナノゲルとしては、刺激応答性を有するナノゲルであれば特に限定されない。ここで、刺激応答性とは、物理的又は化学的刺激を受けると、ナノゲルの透過性が変化し得ることを意味する。ナノゲルの透過性が変化することによって、ナノゲルの周囲に存在する物質(SERSナノタグ)をナノゲルの中に封入したり、ナノゲルの中に封入した物質を周囲に放出したりすることができるようになる。そのため、物理的又は化学的刺激を制御することで、SERSナノタグを保護したり、放出させ反応させるタイミングを制御したりすることができる。
【0028】
物理的又は化学的刺激として、制御しやすい観点から、pH、温度及び光から選択されることが好ましい。当業者が、測定対象である標的物質及びその抗体に応じて、適切な刺激応答性ナノゲルを選択することができる。制御しやすい観点から、pH応答性ナノゲルが好ましく用いられる。pH応答性ナノゲルとしては、例えば、pH4~9の範囲における応答性を有するナノゲルが挙げられる。その中に、実施例に記載されているグルタルアルデヒド(GA)マイクロエマルションを架橋して得られたpH応答性ナノゲルが好ましく用いられる。
【0029】
上記pH応答性ナノゲルは、中性(pH7.0~8.0)の範囲において安定であり、このpH範囲であれば、特に生理的なpH(7.4)において、ナノゲルの中の空洞に封入されたSERSナノタグを放出しない。一方で、弱酸性(pH4~5.特にpH4.5)においては、ナノゲルの構造が変化し、ナノゲル中に封入されたナノタグを放出したり、周囲に存在するナノタグを取り込んだりすることができ、ナノゲルを取り込ませた後に、pHを中性に戻すと、ナノタグをナノゲルの中に封入・保護することができる。ナノタグがナノゲルの中に封入されていることを、例えばTEMで確認することができ、また、その放出も同様にTEMで観察することができる。さらに、SERSナノタグがナノゲルに封入されると、その特徴的なラマン散乱がナノゲルによって遮蔽されてしまうため、ラマン散乱解析によってもSERSナノタグが封入されているかどうかを確認することができる。
【0030】
本実施形態のナノゲルの表面に標的物質に対する特異的プローブ(例えば、特異的抗体)が結合されている。これは、ナノゲルと標的物質との特異的反応(例えば、抗原抗体反応)に基づく検出のためである。標的物質に対する特異的プローブは後述のとおりである。ナノゲルに抗体等の特異的プローブを結合させる方法は、既知の方法にしたがって行うことができる。例えば、実施例に記載の方法を挙げることができる。
【0031】
〔磁性ナノ粒子〕
本実施形態の磁性ナノ粒子は、表面修飾及び標的物質に対する特異的抗体が結合した磁性ナノ粒子である。磁性ナノ粒子の表面修飾は、SERSナノタグに結合した分子(例えば、4-MBA)と反応し、結合できる修飾基であることが好ましい。表面修飾した磁性ナノ粒子としては、例えば、マレイミド官能化した磁性ナノ粒子が挙げられる。ここの抗体は、標的物質に対する特異的な抗体であり、ナノゲルに結合した抗体と同じであってもよく、別のものであってもよい。
【0032】
磁性ナノ粒子としては、通常の磁石によって吸着分離できるほどの磁性を有しているものであればよく、例えばFe2O3、Fe3O4、CoFe3O4等の磁性材料からなるナノスケールの粒子であってもよい。また、抗体等のプローブを結合させるために、磁性ナノ粒子が官能化したものであることが好ましく、例えばプローブが抗体である場合、カルボキシル化磁性ナノ粒子であることが好ましい。
【0033】
磁性ナノ粒子の粒子径は、3nm~50nmであればよく、例えば、3nm~20nm、又は3nm~10nmであってもよい。
【0034】
磁性ナノ粒子の作製は、既知の方法に従って行うことができる。また、磁性ナノ粒子のカルボキシル化、及びカルボキシル化磁性ナノ粒子への抗体の結合も既知の方法にしたがって行うことができる。具体的には、実施例に記載の方法が挙げられる。
〔SERS基板〕
本実施形態のSERS基板は、表面に六方晶窒化ホウ素(h-BN)でコーティングした2次元基板(以下、「六方晶窒化ホウ素基板」又は「h-BN基板」と呼ぶ)であることが好ましい。h-BN基板が2次元(2D)基板であることが好ましく、以下「2D h-BN基板」と呼ぶ場合がある。
【0035】
SERS測定は、2D h-BN基板上で行われると、h-BN SERS活性によって、h-BNコーティング無しの基板に比べて、約103オーダーの大きさまで信号を増強されることができる。したがって、標的物質の量がわずかであっても、高感度に検出することができる。
【0036】
2D h-BN基板の調製は、例えばベアグラスにh-BN分散液の滴下及び固定化によって行うことができる。具体的には、実施例に記載の方法が挙げられる。
〔キット〕
本実施形態のキットは、上述の本発明のナノゲルと、上述の本発明の磁性ナノ粒子とを含む、表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出のためのキットである。さらに、本実施形態のキットは、上述の本発明のSERS基板を含むことが好ましい。
【0037】
本実施形態のキットを用いて、後述の検出方法を行うことで、標的物質を高感度に検出することができる。
【0038】
〔検出方法〕
本発明の表面増強ラマン散乱(SERS)に基づく標的物質の検出方法は、本発明のナノゲル、又は、本発明のキットを用いた検出方法である。
【0039】
本実施形態の検出方法は、下記の工程を含んでもよい。なお、検出方法の一例の模式図は
図2に示す。
(1)上述の本発明のナノゲル、及び、表面修飾及び標的物質に対する特異的プローブが結合した磁性ナノ粒子を用意する工程、
(2)標的物質を含み得る試料に、ナノゲル及び磁性ナノ粒子を接触させ、標的物質、ナノゲル及び磁性ナノ粒子を含む反応複合体を形成させる工程、
(3)磁石を用いて、反応複合体を回収する工程、
(4)反応複合体に物理的又は化学的刺激を加え、ナノゲルからSERSナノタグを放出させ、SERSホットスポットを形成させる工程、及び
(5)SERSホットスポットが形成された反応複合体をSERS基板においてラマン散乱分析を行い、標的物質の存在を検出する工程。
【0040】
工程(1)におけるナノゲル及び磁性ナノ粒子は、上述のとおりである。
【0041】
標的物質に対するプローブとしては、特に限定されず、プローブと特異的に結合する物質であればよい。例えば、抗原-抗体、糖-レクチン、リガンド-レセプター、アプタマーの標的物質-アプタマー、核酸-核酸等の、互いに特異的に結合する物質の組の一方を標的物質とし、他方をプローブとして用いることができる。例えば、ウイルス、タンパク質、ペプチド、DNA、RNA、糖、化学物質、ホルモン等を標的物質又はプローブに用いることができる。
【0042】
標的物質としては、タンパク質、核酸(RNA若しくはDNA)、糖、バクテリア及びウイルスから選択されることが好ましく、特にウイルス又はバクテリアであることが好ましい。ウイルスとしては、例えば、特異的な抗体を用いて診断される代表的なヒト又はヒト以外の動物に感染する、肝炎ウイルス(A型、B型、C型、D型、E型、F型、G型、TT型)、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、アデノウイルス、サイトメガロウイルス、ホワイトスポット病ウイルス(WSSV)、ロタウイルス、コロナウイルス、デングウイルス、チクングニアウイルス、日本脳炎ウイルス等が挙げられる。また、プローブとしては、抗体、核酸プローブ、レクチン及びアプタマーから選択されることが好ましい。
【0043】
ウイルスが標的物質である場合、ウイルスに対する抗体としては、ウイルスの表面抗原に対する抗体を挙げられる。既知のウイルスの表面抗原としては、例えば、E型肝炎ウイルス(HEV)のGenogroup 1~7(G1~G7)、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)及びノイラミニダーゼ(NA)、ノロウイルスのGenogroup IおよびGenogroup II等が挙げられる。
【0044】
特異的抗体は、公知の方法により作製することができ、例えば、標的物質に特異的な領域の部分配列ペプチドをマウス、ウサギ、ヤギ等の動物に免疫して抗血清を採取したり、抗体を産生するハイブリドーマを作製したりすることによって、取得できる。また、市販品の抗体を利用してもよい。抗体は、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体又はそれらの機能的断片でもよい。また、標的物質に対する抗体は、一種又は二種以上を用いることができる。
【0045】
標的物質は、液体中に存在していてもよく、固体、粉末、流動体、気体等の中に存在していてもよい。標的物質を含む被験試料としては、例えば、ヒト又はヒト以外の動物から採取される、尿、便、血液、唾液、その他の体液、粘膜、毛髪、細胞、組織等を挙げることができる。血液は全血、血漿又は血清を含む。その他の体液は、粘液、胃液、腸液等を含む。被験試料が液体であることが好ましいため、標的物質が液体以外の試料材料中に存在する場合には、適切なバッファー等に該試料材料を溶解又は懸濁し、試料を液体にすることが好ましい。また、検出感度を挙げるために、試料を事前に精製し、不純物や夾雑物を除くことが好ましい。一方で、本発明の検出方法は実施例にも証明されたように、検出特性及び選択性が高く、複雑な成分を含む被検試料(生体試料)における標的物質の検出であっても高感度かつ特異的に検出することができる。
【0046】
工程(2)において、標的物質を含み得る試料に、ナノゲル及び磁性ナノ粒子を接触させ、標的物質、ナノゲル及び磁性ナノ粒子を含む反応複合体を形成させる。例えば、標記物質に対する特異的プローブが抗体である場合、標的物質に、ナノゲル及び磁性ナノ粒子を接触させる際に、抗原抗体反応を起こさせるため、免疫反応が適切に行える条件(温度、pH、接触時間)で行うことが好ましい。接触は好ましくは液体中に行う。ナノゲル及び磁性ナノ粒子は好ましく過剰量で添加されることが好ましい。得られる免疫複合体は、ナノゲル-標的物質-磁性ナノ粒子のサンドイッチ構造を有する。
【0047】
工程(3)において、磁石を用いて、反応複合体(例えば、免疫複合体)を回収する。磁石によって回収された磁性ナノ粒子には、標的物質及びナノゲルが結合されているものを含む。一方、標的物質に結合しなかった過剰量のナノゲルは回収されない。回収された反応複合体について、工程(4)を行う前に、好ましく洗浄して、非特異的に結合した成分を除去することが好ましい。
【0048】
工程(4)において、反応複合体(例えば、免疫複合体)に物理的又は化学的刺激を加え、ナノゲルからSERSナノタグを放出させ、SERSホットスポットを形成させる。ナノゲルからSERSナノタグの放出は上述のとおりである。ナノゲルから放出されたSERSナノタグは、磁性ナノ粒子の表面修飾と結合し、それによってSERSホットスポットを形成する(
図1、
図2)。
【0049】
工程(5)において、SERSホットスポットが形成された反応複合体(例えば、免疫複合体)をSERS基板においてラマン散乱分析を行い、標的物質の存在を検出する。この際に、使用するSERS基板として、上述の六方晶窒化ホウ素基板であることが好ましい。この際に、磁石をSERS基板の下に配置し、反応複合体をSERS基板上の任意の位置に誘導することもできる。
【0050】
さらに、本実施形態の検出方法は、(6)標的物質の標準物を用いて予め作成した検量線を参照に標的物質を定量する工程をさらに含んでもよい。
【0051】
本発明の検出方法は、高感度な検出を提供できるだけでなく、使用する抗体を変えることで、様々な標的物質に対応でき、非常に汎用性の高い検出方法である。
【0052】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0053】
<測定機器>
共焦点ラマン分光法及びSERS分析は、785nmレーザーを使用して、NRS-7100搭載顕微鏡レーザーラマン分光光度計(JASCO、東京、日本)で行った。測定は、1%のレーザパワー及び2秒の積分時間で100×対物レンズを用いて行った。マルチポイントSERS分析は、2μmのステップサイズ及び2秒の曝露時間を有する、50μm×50μmの領域における高速マッピング機能によって行われた。レーザパワーは1%であり、取得時間は各画素で1秒に設定した。
【0054】
X線光電子分光(XPS)分析は、ESCA1600システム(ULVAC-PHI Inc.,東京,日本)で、Al Kα X線源(1486.6eV)及び半球型アナライザーを用いて行った。
【0055】
基底状態電子吸収(UV/Vis)スペクトルは、フィルターベースのマルチモードマイクロプレートリーダー(Infinite F200M;TECAN,Ltd.,Switzerland,Mannedorf)で記録した。透過電子顕微鏡(TEM)画像は、100kVで動作するJEM-2100Fシステム(JEOL,Ltd.,東京,日本)を用いて得た。動的光散乱(DLS)及びゼータ電位分析は、Malvern Zetasizerナノシリーズ Nano-ZS90システム(Malvern Inst. Ltd., Malvern, UK)を用いて行った。粉末X線回折(PXRD)分析は、Niフィルター及びCu-Kα源を有するRINT ULTIMA XRDシステム(Rigaku Co.,東京,日本)を用いて行った。0.01°/ステップ及び10s/ポイントの走査速度で2θ=10~90°にわたってデータを収集した。
【0056】
フーリエ変換赤外分光法は、ATR PRO610P-S(JASCO)を備えたFT/IR-6300分光計によって行った。
【0057】
酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)実験は、マイクロプレートリーダー(モデル680;Bio-Rad,Hercules,California,USA)を用いて行った。
【0058】
<試薬・材料>
モリブデン酸アンモニウム四水和物、ポリビニルピロリドン(PVP)、及び過酸化水素(30%)は、FUJIFILM Wako Pure Chemical Corporation(大阪)により供給された。グルタルアルデヒド、塩化鉄(III)、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)、無水コハク酸、ポリエチレンイミン(PEI、分岐平均Mw 25,000)、タンニン酸、トリトンX-100、ウシ血清アルブミン(BSA)、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)、N-(3-ジメチルアミノプロピル)-N´-エチルカルボジイミド塩酸塩(EDC)をSigma-Aldrich(St.Louis,USA)から購入した。4-メルカプト安息香酸(4-MBA)及びN-(2-アミノエチル)マレイミド塩酸塩は、東京化成工業(株)から供給された。六方晶窒化ホウ素(h-BN)粉末は、ACS Material,LLC(California,USA)から入手した。すべての実験及び溶液調製は、特に明記しない限り、超純二重蒸留脱イオン(DI)水(>18MΩ・cm)を用いて行った。
【0059】
ヒト血清(ヒト男性AB血漿由来、米国起源、滅菌濾過)は、Sigma-Aldrich(St.Louis,USA)から購入した。ジカウィルスは長崎大学熱帯医学研究所森田教授のご好意により提供された。NoV-LPは、発明者らの従来のプロトコルに従って調製した。インフルエンザウイルスA(H1N1)(New Caledonia/20/99)は、Prospec-Tany TechnoGene Ltd.(Rehovot, Israel)から購入した。臨床的に分離されたインフルエンザウイルスA/Yokohama/110/2009(H3N2)は、横浜市衛生研究所(日本)のC.Kawakami博士のご好意により提供された。ヤギ抗ウサギIgG-HRPは、Santa Cruz Biotechnology(Dallas,Texas,USA)から購入した。デングウイルスcDNAは、Integrated DNA Technologies(Coralville,Iowa,USA)によって合成された。HEV-LP及びウサギ抗G3HEV IgG抗体は、国立感染症研究所の李 天成博士から提供された。G7HEVのRNAコピー数は5.0×108コピー/mLであった。NovのゲノグループIIに特異的で広範に反応するモノクローナル抗体(NS14,経口免疫マウスの脾臓細胞から得たイソタイプ-IgG)をサンドイッチ型免疫アッセイに用いた。ウイルス様粒子調製のための標準プロトコルに従って、GII.4ノロウイルス様粒子(NoV-LPs)を発現させ精製した。胃腸炎に感染した患者の臨床糞便サンプルは、静岡県環境衛生研究所の阿部冬樹様より提供された。検体を前処理し、RT-qPCR法を用いて定量した。
【0060】
NoV検出用の市販のELISAキット-NV EIA「生研」は、日本の東京のDenka Co.Ltdによって供給された。迅速試験のための紙ベースの側方流動NoV抗原キットが、Sekisui Med.Co.Ltd.(日本)によって提供された。
【0061】
〔実施例1 SERSナノタグ、磁性ナノ粒子、ナノゲル及びh-BN基板の作製〕
<MoO3-QDの合成>
プラズモン三酸化モリブデン量子ドット(MoO3-QD)は、水熱プロセスを用いた改良を除いて、Zuらの方法(Zu, H., et al., 2018. New J. Chem. 42, 18533-18540)に従って合成した。
【0062】
具体的には、0.1g(0.08mmol)のモリブデン酸アンモニウム四水和物を、20mLの脱イオン(DI)水及びH2O2(5:3)混合物に溶解した。次いで、PVP(0.5g)を添加し、1時間撹拌した。混合物を、テフロン加工のステンレス鋼オートクレーブに移し、180℃で4時間加熱した。室温まで冷却した後、得られたMoO3-QDをエタノールで4回、次いでアセトンで2回洗浄し、600℃で12時間乾燥した。
【0063】
<SERSナノタグの作製>
図1のAに示すように、4-メルカプト安息香酸(4-MBA)と、上記合成したMoO
3-QDを用いて、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)及びカルボジイミド化学(EDC/NHS)によるシラン処理を含む2段階手順によって、SERSナノタグを作製した。
【0064】
具体的には、2mgのMoO3-QDをエタノールとトルエン(1:1)の混合物中5mLで12時間連続的に撹拌し、次いで2mg/mLのAPTESを混合物に添加し、90℃で12時間還流した。この後、得られたNH2-官能化MoO3-QDを、トルエン、次いでエタノールを使用して繰り返し洗浄し、60℃で真空乾燥した。4-MBAをNH2官能化MoO3-QDに結合させるために、5mg過剰の4-MBAをPBS(pH 7.6)5mL中のEDC(200μL、0.1M)及びNHS(100μL、0.1M)の混合物と共に1時間撹拌して、4-MBAのカルボキシル基を活性化した。次いで、3mgの調製したNH2-官能化MoO3-QDを、得られた混合物に添加し、さらに6時間撹拌して、MoO3-QDの末端NH2を4-MBAのカルボン酸基にカルボジイミド結合させた。最後に、得られた生成物を遠心分離し、エタノールとアセトンの混合物(1:1)で3回洗浄し、60℃で減圧乾燥して、新規なSERSナノタグ(4-MBA-MoO3-QD)を得た。
【0065】
<カルボキシル化磁性ナノ粒子(CmagNP)の合成>
磁性ナノ粒子(Magnetic nanoparticle;magNP)は、Zhangらの方法(Zhang, Z.J., et al., 2014. J. Huazhong Univ. Sci. Technol. - Med.Sci. 34, 270-275)にしたがって調製した。得られたmagNPを、Safaei-Ghomiらの方法(Safaei-Ghomi, J., et al., 2017. Ultrason Sonochem. 38, 488-495)にしたがって、無水コハク酸を用いてカルボキシル化し、カルボキシル化磁性ナノ粒子(CmagNP)を得た。
【0066】
具体的には、調製したmagNP 3mgを反応媒体としての脱水トルエン10mLに溶解し、さらに0.2mgの無水コハク酸を添加し、120℃で6時間還流した。その後、得られたカルボン酸末端を有するmagNP(CmagNP)をトルエン及びジエチルエーテルで3回繰り返し洗浄した。得られたCmagNPを外部磁石によって収集し、60℃で真空乾燥した。
【0067】
<Immuno-mal-CmagNPの作製>
図1のBに示すスキームのように、調製したCmagNPに、1-エチル-3-(-3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド/N-ヒドロキシスクシンイミド(EDC/NHS)カルボジイミド化学を用いて、抗HEV IgG抗体及びマレイミド含有化合物を同時に結合させた。
【0068】
具体的には、PBS(pH 7.6)1mL中のCmagNP 2mgに0.1M(5mL)EDCを混合し、約1時間撹拌して、CmagNPのカルボキシル基を有する活性エステル中間体を生成させた。次いで、2mLの0.1M NHS、5.2μgの抗HEV IgG抗体、及びN-(2-アミノエチル)マレイミド(2mL、0.3mmol)を同時に活性化CmagNPに添加して、CmagNPのカルボン酸と、抗HEV IgG抗体及びN-(2-アミノエチル)マレイミドのアミノ基とのカルボジイミド化学反応を同時に促進した。混合物を4℃で8時間撹拌した後、得られた抗HEV IgG-マレイミド修飾CmagNP(Immuno-mal-CmagNP)生成物を遠心分離により精製し、非結合抗体を除去するために磁気的に分離し、次いで非特異的相互作用を最小限にするために5%BSAと共にインキュベートした。さらに磁気分離を行って、過剰なBSAを除去した。Immuno-mal-CmagNPを、使用されるまでに超純DI水中に再溶解するか、または4℃で冷蔵庫に保存した。
【0069】
ELISAを用いてImmuno-mal-CmagNPの抗HEV IgG抗体の抗原結合能を確認し、タンパク質アッセイを用いて定量した。
抗HEV IgGの代わり、NoV-LPs/NoVを検出するための抗NoV抗体とマレイミド官能基を有するImmuno-mal-CmagNPも同様な手順に従って調製した。
【0070】
<pH応答性ナノゲルの調製>
pH応答性ナノゲル(NG)は、油中水型エマルションプロセスとグルタルアルデヒド(GA)を用いて、架橋剤としてのポリエチレンイミン(PEI)とタンニン酸(TA)との間の静電相互作用により調製した(Zou, Y., et al., 2019. Macromol. Biosci. 19, 1-11)。
【0071】
具体的には、PEI 1mL及びTA 0.5mgをトリトンX-100(2mL)及びトルエン(5mL)の混合物に溶解した。得られた混合物を30分間攪拌した後、生成したマイクロエマルションにGA 0.5mLを加え、さらに12時間穏やかに攪拌した。この後、得られたNGを、アセトンを用いて沈殿させ、次いでエタノールで洗浄した。NGをDI水中に再分散させ、使用されるまで4℃にて保存した(
図6の(a))。
【0072】
<SERSナノタグ-ナノゲルの作製>
Dekaら(Deka, S.R., et al., 2010. Langmuir.26 (12) 10315-10324.)及びLiら(Li, Y., et al., 2018.Biomacromolecules. 19(6) 2062-2070.)の手順に従って、SERSナノタグをpH応答性ナノゲル(NG)内に封入した。
【0073】
PBS(pH 7.0)1mL中の50μg/mLのNG及び0.5mg/mLの4-MBA-MoO3-QDを混合し、数滴の0.01M HClでpHを4.5に調節してNGの膨潤を誘導し、NGの透過性を変化させ、SERSナノタグの封入を可能にした。0.01M NaOHを滴下で添加し、4℃で穏やかに撹拌しながら、1時間インキュベートし、反応媒体のpHを再び7.4までゆっくりと増加させた。pH7.4で、反応液を約1時間放置して、SERSナノタグが封入されたNG(本明細書において、場合によって「SERS nanotag@NG」又は単に「担持NG」と呼ぶ)を安定化した。
【0074】
<Immuno-SERS nanotag@NGの作製>
調製したSERS nanotag@NGに抗HEV IgGを下記の方法に従って結合させた。PBS(pH7.2)1mL中の10.1μgの抗HEV IgG抗体溶液に、2mLのEDC(0.1M)を混合して、周囲温度で約1時間撹拌して、抗体のカルボキシル基を有する活性エステル中間体を生成させた。次いで、活性化された抗HEV IgG抗体に、NHS(0.1M)2mL及び担持NG(2mg/mL)3mLを添加し、混合物を4℃で8時間撹拌した。非特異的結合を排除するために、10%BSA溶液を添加して、抗HEV IgG抗体結合NG(本明細書において場合によって、「Immuno-SERS nanotag@NG」、又は「担持イムノNG」と呼ぶ)の表面を飽和させ、使用されるまでストック溶液を4℃で保存した。抗HEV IgG抗体結合体をELISAにより確認し、ニンヒドリンタンパク質アッセイを用いて、NGの表面に結合した抗HEV IgGの量を決定した。SERSナノタグなしで同様の条件下で処理した抗体結合NG(本明細書において場合によって、「Immuno-NG」と呼ぶ)を、免疫アッセイにおける陰性対照として使用した。
【0075】
HEVの代わりに、20.5μgの抗NoV抗体を用いて、NoVを検出するためのImmuno-SERS nanotag@NGも同様な手順で作製した。
【0076】
<2D六方晶窒化ホウ素SERS基板の作製>
2D六方晶窒化ホウ素(h-BN)の固体基板を、調製したガラススライド上に、h-BN分散液の滴下及び固定化によって調製した。
【0077】
具体的には、μ-石英ガラススライドを10mLの酸性ピラニア溶液(H2SO4/H2O2[30%]の比率3:1)に浸漬し、続いて脱イオン水、次いでエタノールですすいだ。N2ガス流を用いてガラススライドを乾固し、次いで各スライドを70℃で4時間真空オーブンに入れた。その後、h-BN分散物を、オーブンで乾燥した石英スライド上に堆積させ、それをさらに70℃の真空オーブン中に8時間置いて、h-BNコーティングを得た。
【0078】
〔実施例2 アッセイ及び結果〕
<MoO
3-QDの表面化学特性>
合成したMoO
3-QDの表面化学特性は、X線電子分光法(XPS)により評価した。XPSの結果を
図3に示す。
図3の(a)はワイドスキャンXPSスペクトルを示し、(a)からは、236.6eV(Mo 3d)、285.25eV(C 1s)、412.5eV(Mo 3p)及び532.4eV(O 1s)の結合エネルギーを有するピークが確認された。また、
図3の(b)からは、デコンボリューションされたMo 3dピークは、MoのMo
5+酸化状態に帰属される236.42eVに典型的な強いピークを示すことが確認された。一方、MoO
3-QDのMo
6+状態は238.05eVで観測された。
【0079】
MoO
3-QDのサイズはTEMで観察し、TEM画像を
図4の(a)に、サイズ(粒子径)分布を
図4の(b)に示す。
図4から、MoO
3-QDは凡そ3~9nmの範囲内の粒子径(直径)を有するナノスケールドットであること、及び、その平均粒子径が6.05±1.2nmであることが確認された。さらに、動的光散乱(DLS)を用いて記録された流体力学径(Dh)は5.7±3.3nmであり、これはTEMの結果に近い。
【0080】
MoO
3-QDの局在表面プラズモン共鳴(LSPR)の結果を
図5に示す。
図5から、MoO
3-QDは674nmで可視領域に典型的なLSPR吸収を示すことが確認された。
【0081】
<pH応答性NGの特性>
ナノゲル(NG)は、多量の内部空洞を有する3Dフレームワークを有することが知られている。作製したNGの形態をTEMで評価したところ、平均粒子径が約200±35nmであり、NGが球状形態で均一に分散していることがわかった(
図6の(b))。また、水性媒体中のNGの流体力学径(Dh)は、NGが水性媒体中に均一に分散していることを示す0.18の多分散指数値で約257nmのDhを示した。
【0082】
<pHによって制御されるSERS Nanotagsの封入/放出>
SERSナノタグの最適な担持(封入)及び放出条件は、TEMによってモニタリングし、決定した。
【0083】
pH7.4でSERSナノタグをNGと混合した後、pH4.5に切り替え、1時間後、再びpH7.4に戻した後、TEM画像を記録した。
図6の(b)はpH7.0での未処理NG(空のNG)、(c)はpH7.4でのSERSナノタグを担持したNG(SERS nanotag@NG)、(d)はpH4.5における、SERS nanotag@NGから、SERSナノタグ(4-MBA-MoO
3-QD)の放出を示すTEM画像である。
【0084】
pH7.4での未処理のNGが約230nmの粒子径を有する(b)のに対して、SERSナノタグを担持したNGの粒子径は約286nm径まで増大した(c)。また、ナノタグがNGの層内に完全に封入されていることは、(c)の画像からはっきり確認できた。pHを4.5に戻した際のナノタグ担持NGのTEM画像(d)において、NGの粒子径が約360nmまで増大し、ナノタグが外層の周囲に放出及び/又は分散しているのが確認でき、NGのpH応答性挙動を確認することができた。
【0085】
さらに、化学ペイロードシステムとしてのNGを評価するために、pH誘発膨潤及び脱膨潤実験を決定した。そのために、NG溶液のpHを0.01MのHCl又はNaOHを用いて変化させた。得られたNGの懸濁液を種々のpH値で動的光散乱(DLS)を用いて追跡した。各pHにおけるNGの遷移流体力学直径(Dh)の測定結果を
図7(a)に示す。
図7(a)により、NGのDhがその環境pHに厳密に反比例することが確認された。
【0086】
さらに、各pHにおけるNGの流体力学容積(Vh)の測定結果を
図7(b)に示す。
図7(b)によれば、pH8から酸性レベルpH4へのpH媒体の遷移は、NGの内部キャビティの流体力学容積(Vh)におけるラジカルシフトを、約6.0×10
2nm
3から1.2×10
6nm
3への比例した増加で誘導し、流体力学容積(Vh)の約2000倍の増加を示した。4.0~9.0のpH値では、NGの臨界膨潤遷移が観察された。これは、合成に使用されるPEI及びTA前駆体の比によって決定されるNGの表面電荷に依存した。
【0087】
pH応答性のナノタグの封入/放出は、さらにDLS及びゼータ電位分析を用いて観察した。DLSの結果を
図8に示す。pH4.5におけるナノタグ担持NGのDhは350nmであるのに対して、未処理NGが238nmであり、両者の粒子径の差があることが確認された(
図8の(a))。一方、最適な担持pH(7.4)では粒子径が380nmであった。また、NGの表面電荷の動力学を溶液媒体の異なるpHでのゼータ電位解析により調べた結果、NGの表面電荷は環境pHに厳密に依存することが分かった(データを示さず)。
【0088】
ナノタグのpH制御された封入及び放出の決定的な評価は、UV-vis測定を用いて確認された。
図8の(b)に示すように、SERSナノタグ単独で確認された、ナノタグのMoO
3-QDの特徴的なプラズモン吸収は、pH7.4(最適なナノタグ担持pH)でSERSナノタグを担持したNGにおいて殆ど確認できなかった。これは、
図6(c)のTEM画像によって示されるように、ナノタグがNGの空洞内に完全に捕捉・封入されたため、ナノタグが遮蔽されることに起因する。一方、pHを4.5に戻すと、MoO
3-QDの強いプラズモン吸収が観察され、これは、NGのカプセル化層からのSERSナノタグの放出を示す。
【0089】
<標的ウイルスのSERSイムノアッセイ>
(サンドイッチプロトコル)
検出プロトコル、
図2に示される。PBS(pH7.6)又はヒト血清培地中のHEV-LP検出を試みた。免疫磁気的ウイルスの捕捉/単離工程、及び、サンドイッチプロトコルを介して行った。この方法は、特にヒト血清及び細胞培養上清中のHEV検出に非常に有益であった。磁気的に濃縮されたHEV-LP捕捉サンドイッチ免疫複合体を、最適化されたpH制御プロトコルに従うpH誘導SERSイムノアッセイに使用した。SERSナノタグ負荷イムノNGはpH7.0~8.0で安定であり、したがって、生理的pH7.4でサンドイッチ複合体を形成する免疫反応は、封入されたナノタグを放出されなかった。pHを4.5に変化した後、NGはその空洞からナノタグを放出し、その後の2D h-BN基板においてSERS検出を行った。ここで、サンドイッチ構造とは、標的物質であるウイルスを、Immuno-mal-CmagNPにおける抗体と、SERSナノタグ担持NGにおける抗体の両方結合によって形成する複合体をいう。
【0090】
マレイミド官能化CmagNP(Immuno-mal-CmagNP)と、マレイミド部分を含まないImmuno-CmagNP(コントロール)を比較した。PBS(pH7.0)又は50%ヒト血清中において、2mLのSERSナノタグを担持したImmuno-NG(Immuno-SERS nanotag@NG)を1.5mLのImmuno-mal-CmagNPと混合し、これにHEV-LP(具体的な濃度はその都度決めれば良いので、ここのでは明記しなくても良いと思います。実際使用の際0093のように10~106fg/mLの範囲で行っています。)を添加した。コントロールとして、Immuno-CmagNPを用いた。混合液を30分間インキュベートしたのち、外部磁石を用いて、形成されたサンドイッチ免疫複合体を回収した。PBSで3回洗浄した後、得られた免疫複合体を1mLのPBS(pH7.0)の溶液中に再懸濁し、0.1MのHClを添加することによってpHを4.5に変更して、封入されたSERSナノタグを放出させた。次いで、50μLのナノタグ担持Immuno-NG/HEV-LP/Immuno-mal-CmagNP複合体を含む溶液を、SERS測定のために外部磁場に置かれた2D h-BNコーティングガラス基板に移した。
【0091】
Immuno-mal-CmagNP又はImmuno-CmagNPの存在で、形成されたサンドイッチ免疫複合体の4-MBAのSERSスペクトルを
図9に示す。マレイミド官能化CmagNPにSERSナノタグの4-MBAのSERSシグナルが観察されたのに対して、マレイミド部分を含まないCmagNPは、4-MBAのSERSシグナルが観察されなかった。マレイミド部分はSERSナノタグの結合を媒介することが証明された。
【0092】
(E型肝炎ウイルス様粒子(HEV-LP)のSERS検出)
HEV-LPを用いて、SERSに基づくHEV免疫アッセイのための最適なプロトコルを開発した。手順は、上記サンドイッチプロトコルと同じであった。
【0093】
具体的には、PBS(pH7.0)又は50%ヒト血清中において、2mLのSERSナノタグを担持したImmuno-NG(Immuno-SERS nanotag@NG)を1.5mLのImmuno-mal-CmagNPと混合し、この混合液に種々の力価(0(添加なし)、10fg/mL、100fg/mL、1pg/mL、10pg/mL、100pg/mL、1.0ng/mL)のHEV-LPを添加した。混合液を30分間インキュベートしたのち、外部磁石を用いて、形成されたサンドイッチ免疫複合体を回収した。PBSで3回洗浄した後、得られた免疫複合体を1mLのPBS(pH7.0)の溶液中に再懸濁し、0.1MのHClを添加することによってpHを4.5に変更して、封入されたSERSナノタグを放出させた。次いで、50μLのナノタグ担持Immuno-NG/HEV-LP/Immuno-mal-CmagNP複合体を含む溶液を、SERS測定のために外部磁場に置かれた2D h-BNコーティングガラス基板に移した。SERS測定の結果を
図10に示す。
【0094】
図10の(a)から、SERSナノタグ(4-MBAのラマンバンド)のシグナル応答が、HEV-LP濃度依存的にラマンシグナルが増加したことが確認された。より多くのSERSナノタグが放出され、ターゲットHEV-LPの濃度が高くなると「ホットスポット」クラスターを形成したことを示唆した。
【0095】
図10の(a)の結果を基に、1098cm
-1における4-MBAの特徴的なラマンバンドを用いて、SERS強度とHEV-LPの濃度の検量線(SERS強度対HEV-LP濃度のlog変換の較正プロット)を作成した(
図10(b))。HEV-LPの検出限界(LOD)は、PBS中で約6.5fg/mLであり、ヒト血清中で約89fg/mLであると計算された。
【0096】
さらに、コーティングなしのベアグラス基板を用いたSERS免疫アッセイ(PBS中)を行った。その結果を
図11(a)に示す。ベアグラス上のHEV-LPの検出限界(LOD)は2.8pg/mLであると計算された。これは、化学的にSERS活性な2D h-BN基板の分析感度と比較して、10
3のオーダーではるかに低かった。すなわち、6.5fg/mL(2D h-BN基板)及び2.8pg/mL(ベアガラス)のLODは、それぞれ10
2粒子/mL及び10
5粒子/mLのHEV-LP検出能力に対応する。この感度の大きな差異は、プラズモンMoO
3-QD及び2D h-BN基板の相乗的なSERS活性(電磁及び化学メカニズム)に特に起因すると考えられる。この結果は、SERSに基づく検出における化学機構の寄与を介したSERS増強における2D基板材料の重要性を実証した。
【0097】
(臨床試料中の標的ウイルスG7HEVのSERS検出)
開発されたSERSに基づく免疫アッセイ技術の汎用性を実証するために、臨床試料中の標的ウイルスG7HEVの検出を行った。したがって、細胞培養上清から抽出されたG7HEVは、HEV-LPについての最適化された検出プロトコルに従って検出された。
【0098】
SERS分析の前にHEVを濃縮するために、さらなる洗浄工程及び前混合培地における免疫磁気分離/単離が必要であった。細胞培養上清からのG7HEVの検出は、10
2~10
6RNAコピー/mLの濃度範囲内で可能であり、87.3RNAコピー/mLのLODが達成された。異なる濃度のHEVを用いた直線検量線(
図11の(b))のR
2値は0.9929であり、これは2D h-BN基板上での検出のために良好なR
2値である。したがって、臨床試料分析結果は、複雑なマトリックスを有する試料におけるHEV検出の高感度及び選択性をもたらす、開発されたSERSに基づくイムノアッセイの確実性及び干渉のないことが実証された。
【0099】
(ノロウイルス(NoV)のSERS検出)
感染した患者の糞便から抽出された臨床NoV(GII.3)を同様な方法で検出した。10~10
5 RNAコピー/mLの範囲で、10RNAコピー/mLレベルまでNoVを検出できた(
図12の(a))。用いた検体をELISA及びラテラルフローイムノアッセイに基づくNoVアッセイ用の市販キットの感度と比較したところ、それぞれ約10
3RNAコピー/mL、及び約10
5RNAコピー/mL検出した。この結果は、本発明のアッセイが、臨床サンプル中のNoVの検出における大きな進歩であることを示唆した。
【0100】
(標的ウイルスの特異的及び選択的検出)
開発されたSERSに基づくイムノアッセイを用いて、標的ウイルスHEV-LPの検出特異性を調べた。干渉ウイルスとして、インフルエンザウイルスA(H1N1及びH3N2)、Zika、NoV-LP及びデングDNAを別々に免疫アッセイで干渉試験した。その結果、夾雑物の有無に影響されることなく、安定してSERS応答を得ることができた(
図12の(b))。
【0101】
図12の(b)に示された結果は、標的HEV検出は、試験された生体分子又はウイルスRNAの5×10
3コピー/mLまでであっても、干渉なしに行うことができることを示した。
【0102】
(検出の再現性及び安定性の実証)
開発されたSERSに基づくイムノアッセイの再現性のあるSERSシグナルの生成能力をさらに試験し、実証した。
【0103】
2D h-BN基板上のランダムにサンプリングした100以上のスポットから発生したSERS信号の平均強度を収集した(
図13の(a)、(b))。1098cm
-1におけるSERSナノタグの4-MBAのラマンバンドの強度値/増強因子(EFs)を用いて、平均計算強度からのシグナルの相対標準偏差(RSD)を計算した。これをさらに用いて、SERSナノタグシグナルの均一性及び再現性を評価した。
【0104】
その結果は、各スポットが、いくらかのシグナル強度変動を伴うが、強いSERSシグナルを生成できることを実証した(
図13の(c)、(d)。また、計算したRSDは5.95%であり、8%以下の偏差を示し、2D h-BN基板上のSERSナノタグ及び免疫アッセイプロセスの優れたスポット間再現性を示した。さらに、開発されたSERSに基づくイムノアッセイの安定性の試験を1ヶ月間にわたって実施した結果、信頼できるSERSシグナルが、イムノアッセイの3週間以内にその初期出力を損なうことなく依然として得られることが実証された(データ示さず)。
【0105】
上記のように、本発明者らは、インビボ薬物ペイロード/送達システムに類似したナノゲルの技術を、ウイルスなどの標的物質のSERSによる検出に応用した。そのため、新規SERSナノタグとしてプラズモンMoO3-QDを用い、また、E型肝炎ウイルス(HEV)又はノロウイルス(NoV)の検出においてナノゲル(NG)のpH応答性挙動を利用した。ナノゲルに封入されたSERSナノタグのpH誘導性の放出は、ナノタグ-マレイミド結合親和性によって駆動される、操作された局所的なSERS「ホットスポット」領域をもたらした。ウイルスなどの標的物質濃縮のためにmal-CmagNPの磁気特性を利用することにより、2D六方晶窒化ホウ素基板上の磁気プルダウン/作動プロセスが達成され、検出のためのナノタグのSERS活性が増強された。
【0106】
この戦略により、開発された開発されたSERSに基づくイムノアッセイの感度は、使用されたナノタグ/2D基板システムの相乗的な寄与のために、プラズモンMoO3-QD単独(ベアガラス基板上)では到達できない閾値まで大幅に増加した。さらに、この開発されたSERSに基づくイムノアッセイは、臨床試料中のウイルス検出のための再現可能なSERSシグナルを生成できるだけでなく、NG又はmal-CmagNP上の抗体を変えるだけで、様々なウイルスを検出することができる。特に、SERSナノタグに対するナノゲルによる保護戦略は、複雑な環境におけるSERSナノタグの安定性及び安全性を向上させ、また、将来のさらなる安定性及び安全性の向上が期待される。