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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-20
(45)【発行日】2024-11-28
(54)【発明の名称】イオン供給材及びシール用組成物
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/50 20060101AFI20241121BHJP
   E02D 3/12 20060101ALI20241121BHJP
【FI】
C04B41/50
E02D3/12 101
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2024081531
(22)【出願日】2024-05-20
(62)【分割の表示】P 2023003291の分割
【原出願日】2019-08-22
(65)【公開番号】P2024098061
(43)【公開日】2024-07-19
【審査請求日】2024-05-20
(31)【優先権主張番号】P 2018156019
(32)【優先日】2018-08-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】吉田 英一
(72)【発明者】
【氏名】丸山 一平
【審査官】安積 高靖
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-111916(JP,A)
【文献】特開2011-032143(JP,A)
【文献】特開2010-001195(JP,A)
【文献】特表2016-525879(JP,A)
【文献】特開2005-048497(JP,A)
【文献】特開2009-274942(JP,A)
【文献】特開昭64-025100(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107601942(CN,A)
【文献】米国特許第04479503(US,A)
【文献】特開平05-294758(JP,A)
【文献】実開平04-119833(JP,U)
【文献】特開2002-156459(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 41/50
E02D 3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造を形成するための母材とその周囲の岩盤又は地層との間のコンタクト部の空隙を充填するための炭酸カルシウムを形成可能なイオンを含み、供給されたイオンが前記コンタクト部の空隙に拡散して前記空隙に存在する対イオンと炭酸カルシウムを形成することによって前記コンタクト部の空隙を炭酸カルシウムにより充填するためのイオン供給材。
【請求項2】
前記イオンを徐放する
請求項に記載のイオン供給材。
【請求項3】
水に易溶な前記イオンの塩を含む
請求項1又は2に記載のイオン供給材。
【請求項4】
前記イオンは重炭酸イオン、炭酸イオン、及びカルシウムイオンのうち少なくとも1つを含む
請求項1からのいずれか1項に記載のイオン供給材。
【請求項5】
前記イオンとの間で炭酸カルシウムを形成可能な対イオンを供給する
請求項1からのいずれか1項に記載のイオン供給材。
【請求項6】
前記対イオンを徐放する
請求項に記載のイオン供給材。
【請求項7】
構造を形成するための母材とその周囲の岩盤又は地層との間のコンタクト部の空隙を充填するための炭酸カルシウムを形成可能なイオンを含み、供給されたイオンが前記コンタクト部の空隙に拡散して前記空隙に存在する対イオンと炭酸カルシウムを形成することによって前記コンタクト部の空隙を炭酸カルシウムにより充填するためのイオン供給源を含むシール用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はイオン供給材及びシール用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
地上だけでなく、海中や地下などにも、多数の構造物が建造されている。トンネルや放射性廃棄物の地下処分場など、かなり深い地下に建造する必要がある構造物もある。地下の岩盤中には必ず空隙や亀裂が存在しており、地下水を湧出するが、掘削する地下空洞の深度が深くなればなるほど、地下水の間隙水圧の上昇による突発的な湧水などの発生を避けることが困難となる。したがって、地下環境や空洞などを長期にわたって安全に活用するためには、高間隙水圧下においても地下水を長期にわたって止水させる技術が不可欠となる。また、構造物を構成する構造材の耐久性を向上させることも必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平4-1365号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来は、例えば特許文献1に記載されるように、クラック中に形成した注入孔に注入管を挿入し、かつその吐出口をクラックに臨ませて、クラック中に浸透性の良いセメント系などのクラック注入用注入剤を注入し、クラック中で硬化させて止水していた。
【0005】
また、トンネルなどの地下構造物を建造する際に、上面へのコンクリートの打設が不十分であったりコンクリートの硬化や乾燥に伴ってコンクリートが収縮したりすることにより、トンネルなどの地下構造物と地盤との間のコンタクト部(以下、「トンネルコンタクト部」と総称する)に空隙が生じることが避けられないので、セメントやモルタルなどのグラウト材をトンネルコンタクト部に充填して止水や補強を行っていた。
【0006】
しかし、このような従来の技術による止水や、既設の構造物の耐久性が、数十年以上もの長期にわたって維持されるかどうかは十分に検証されていない。止水箇所や構造材の強度や耐久性を長期にわたって維持するための技術の開発が必要とされている。
【0007】
本開示は、このような課題に鑑みてなされ、その目的は、構造物の強度又は耐久性を向上させるための技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本開示のある態様のイオン供給材は、構造を形成するための母材とその周囲の岩盤又は地層との間のコンタクト部の空隙を充填するための難溶性塩を形成可能なイオンを供給し、供給されたイオンがコンタクト部の空隙に拡散して空隙に存在する対イオンと難溶性塩を形成することによってコンタクト部の空隙を難溶性塩により充填するためのものである。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、構造物の強度又は耐久性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】コンクリーションの形成速度を見積もるための形成速度ダイアグラムを示す図である。
図2】実施の形態に係る構造物の例を概略的に示す図である。
図3】実施の形態に係る構造物の例を概略的に示す図である。
図4】実施の形態に係る構造物の例を概略的に示す図である。
図5】実施の形態に係る構造材を模した試料により難溶性塩を形成する実験を行った結果を示す。
図6】実験開始から1週間経過したときの試料の薄片を偏光顕微鏡(透過光)で撮像した写真である。
図7】実験開始から1週間経過したときの試料の薄片を偏光顕微鏡(偏光)で撮像した写真である。
図8】実験開始から1週間経過したときの試料の薄片を走査型電子顕微鏡で撮像した写真である。
図9】実験開始から1週間経過したときの試料の薄片を走査型電子顕微鏡で撮像した写真である。
図10】実験開始から1週間経過したときに試料に形成された炭酸カルシウム結晶のサイズの分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者は、堆積岩の地層中から発見されるコンクリーションと呼ばれる球状の塊について研究している。このコンクリーションは、非常に緻密で硬い炭酸カルシウム(CaCO)の塊であり、多くの場合、内部に化石を含んでいる。コンクリーションは、数万年から数千万年も昔の地層からも発見されているが、周囲の岩盤や地層が長年にわたって自然環境に晒されたことにより風化している場合であっても、ほとんどの場合、風化せずに球状の形状を保っている。内部の化石の保存状態も極めて良好であり、数千万年もの間、ほとんど変質せずに保存されていることが分かっている。
【0012】
本発明者の研究により、コンクリーションは、内部に化石として含まれる生物の体組織を構成していた炭素成分が重炭酸イオン(HCO )として口などから外部に浸出し、濃度勾配によって周囲の地層中に拡散し、地層中に存在していたカルシウムイオンと化学反応を起こし、水に対する溶解度が小さい炭酸カルシウムとして沈殿することにより形成されたものであることが解明された。このメカニズムにより、コンクリーションは、生物の体を構成していた炭素成分が重炭酸イオンとして外部に浸出する器官を中心として急速に球状に成長し、自然環境に晒されても風化しない化学的に極めて安定で緻密なバリアを短期間のうちに生物の周囲に形成し、以降、数千万年もの間、内部の生物の化石を極めて良好な状態で保存するのである。
【0013】
本発明者は、このようなメカニズムを応用して、セメントやコンクリートなどの構造を形成するための母材の外表面に、炭酸カルシウムなどの難溶性塩の表面層を形成することにより、構造材の劣化を抑え、構造物の強度及び耐久性を飛躍的に向上させることができると考えた。
【0014】
すなわち、本開示の実施の形態に係る構造材は、構造を形成するための母材と、母材の内部又は表面に存在し、母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値以下である難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を供給するイオン供給源とを備える。
【0015】
建造から数千年以上経過したコンクリート構造物は存在しないから、既に建造されたコンクリート構造物が今後も長期にわたって耐久しうるのか誰にも分からない。しかし、炭酸カルシウムにより形成された表面層が、数千年以上の長期にわたって自然環境に晒され続けても変質しない耐久性を有していることは、コンクリーションの存在が証明している。コンクリーションと同様のメカニズムにより形成された炭酸カルシウムなどの表面層で構造材を覆うことにより、半永久的に耐久しうる構造物を建造できることが期待される。
【0016】
難溶性塩は、例えば、炭酸カルシウムであり、イオン供給源は、例えば、カルシウムイオンを供給する。この場合、コンクリーションの生成過程とは逆になるが、イオン供給源から供給されるカルシウムイオンが、母材の内部の空隙や周囲に存在する水などを媒質として母材の表面や内部の空隙に拡散し、母材の周囲に存在する重炭酸イオン又は炭酸イオン(CO 2-)と化学反応して炭酸カルシウムを沈殿する。これにより、コンクリーションと同様に、構造材の表面や内部の空隙を炭酸カルシウムなどの難溶性塩により形成される表面層で覆うことができるので、構造材の周囲の水分や、水分に溶解していた酸、塩基、酸化剤、還元剤などの物質が構造材の内部に浸入して構造材が化学的に変質したり、温度変化などの環境条件により構造材が劣化したり、母材を構成する成分が外部へ浸出して失われることにより構造材の強度が低下したりするのを抑えることができ、構造材の耐久性を向上させることができる。また、構造材の表面を硬い難溶性塩の表面層で覆うことができるとともに、構造材の内部の空隙を難溶性塩により充填することができるので、構造材の強度を向上させることができる。コンクリーションの生成過程と同様に、イオン供給源から重炭酸イオンを供給し、構造材の周囲のカルシウムイオンとの化学反応により炭酸カルシウムの沈殿を生成するようにしてもよい。
【0017】
難溶性塩は、構造材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が十分に低く、化学的に安定で、周囲の自然環境を汚染しないものであればよく、例えば、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸鉄(II)(菱鉄鉱、シデライト)などの炭酸塩や、炭酸カルシウムマグネシウム(CaMg(CO、苦灰石、ドロマイト)などの複塩や、硫酸カルシウムなどの硫酸塩などであってもよい。炭酸カルシウムの溶解度は、結晶構造などにも依存するが、20℃で約0.0015[g/100g水]であり、炭酸マグネシウムの溶解度は20℃で0.039[g/100g水]であり、炭酸鉄(II)の溶解度は20℃で0.00006554[g/100g水]であり、硫酸カルシウムの溶解度は20℃で0.24[g/100g水]である。したがって、第1の値は、20℃の水100gに対する溶解度として、例えば0.3であってもよく、より好ましくは0.04であってもよく、更に好ましくは0.002であってもよい。難溶性塩の溶解度は、母材の主成分である化合物の溶解度よりも低ければよい。すなわち、第1の値は、後述する母材の主成分である化合物、例えば水酸化カルシウムや硫酸カルシウムなどの溶解度の値であってもよい。
【0018】
難溶性塩は、構造材が配設される環境に応じて適宜選択されてもよい。例えば、炭酸カルシウムは、二酸化炭素との化学反応により、水に対する溶解度が比較的高い炭酸水素カルシウムに変化しうるので、二酸化炭素の濃度が比較的高い環境に構造材を配設する場合には、炭酸カルシウム以外の難溶性塩を形成するイオンを供給するイオン供給源が構造材に含有されてもよい。また、炭酸カルシウムは、酸との化学反応により溶解しうるので、pHが比較的低い環境に構造材を配設する場合には、水酸化物が水に対して難溶である鉄(III)イオンなどのイオンを供給するイオン供給源が構造材に含有されてもよい。これにより、構造材の周囲に存在する酸によって構造材の表面、内部、又は周囲の炭酸カルシウムが溶解したとしても、炭酸カルシウムにより酸が中和されてpHが上昇し、難溶性の水酸化物が沈殿するので、沈殿した水酸化物により構造材の表面を覆ったり内部又は周囲の空隙を充填したりすることができる。難溶性の水酸化物を形成するためのイオンは、例えば、鉄(III)イオン、アルミニウムイオン、銅(II)イオン、亜鉛イオン、マンガンイオンなどであってもよい。
【0019】
構造材が地下や海底などに配設される場合は、イオン供給源から供給されるイオンが、構造材の周囲の地層や岩盤などに湧出している地下水や、構造材の周囲の海水などを媒質として、構造材の表面から外部へ拡散する。これにより、コンクリーションと同様に、構造材の表面に形成される難溶性塩の表面層が構造材の外部に向かって成長して厚さが増加するので、より一層構造材の耐久性及び強度を向上させることができる。
【0020】
このとき、これらのイオンは構造材の周囲の岩盤や地層などにある空隙や亀裂などにも拡散するので、空隙や亀裂の中でも難溶性塩が形成される。これにより、構造材の周囲の岩盤などにある亀裂や空隙などを難溶性塩で閉塞することができるので、構造材の周囲の岩盤の強度を向上させることができるとともに、周囲の岩盤の亀裂などから湧出した地下水や海水などが構造材に浸入するのを抑えることができる。イオン供給源から供給されるイオンは、そのイオンの濃度勾配によって拡散していくが、通常、構造材の周囲に元々存在していたそのイオンの濃度は低いので、外力などを与えなくても構造材の周囲の岩盤にある空隙や亀裂まで容易にそのイオンを拡散させることができる。また、水に溶解した状態でイオンが拡散していくので、地下深部であっても間隙水圧に関係なく原子・分子レベルの極めて微小な空隙や亀裂などにも容易にイオンを拡散させ、そこで難溶性塩を形成して閉塞することができるので、より確実に構造材の周囲を止水することができる。このような、岩盤から浸入する地下水の長期にわたる確実な止水は、上述した従来技術ではなしえなかったものである。また、難溶性塩が沈殿する量は、陽イオン及び陰イオンの濃度と難溶性塩の溶解度積によって定まるので、過剰量の難溶性塩の沈殿を生じることがない。したがって、充填材を空隙に圧入して閉塞する従来技術において、過剰量の充填材の圧入によって構造材や周囲の岩盤などが圧迫され、亀裂や破壊の原因となりうるという課題も解決することができる。
【0021】
イオン供給源から供給されるイオンが構造材の表面から外部へ拡散する量や速度は、構造材の周囲におけるイオンの拡散係数や、構造材が配設される環境の温度における難溶性塩の水に対する溶解度や、イオン供給源から供給されるイオンの量及び供給速度などに応じて定まる。したがって、構造材の周囲におけるイオンの拡散係数と、構造材が配設される環境の温度における難溶性塩の水に対する溶解度に応じて、イオン供給源から供給されるイオンの量及び供給速度を適切に選択することにより、難溶性塩により構造材の表面に形成される表面層の厚さや、難溶性塩により閉塞される構造材の周囲の空隙や亀裂の範囲などを制御することができる。
【0022】
図1は、コンクリーションの形成速度を見積もるための形成速度ダイアグラムを示す。本図は、ツノガイという生物から形成されたコンクリーションの反応縁の幅から見積もられるコンクリーションの形成速度を見積もるためのダイアグラムであり、縦軸は重炭酸イオンの拡散速度を示し、横軸はカルシウムイオンとの反応による炭酸カルシウムの沈殿に伴う反応速度を示す。重炭酸イオンの拡散速度が遅過ぎると、ツノガイの近傍で炭酸カルシウムの緻密な層が早期に形成され、それ以上外側に重炭酸イオンが拡散できなくなるので、反応縁の厚さは薄くなる。他方、重炭酸イオンの拡散速度が早過ぎると、炭酸カルシウムの沈殿によりコンクリーションが成長する前に、重炭酸イオンがより外側にまで拡散してしまうので、一定程度の厚さまでしかコンクリーションが成長できない。したがって、構造材の周囲の環境におけるイオンの拡散係数に応じて、適切な量のイオンを適切な速度で供給することにより、所望の厚さの表面層を形成することができる。
【0023】
構造材の表面に形成すべき表面層の厚さは、構造材が配設される位置の深さや、構造材の周囲の岩盤の強度及び成分や、構造材の周囲の地下水の量や、構造材の周囲の地下水に溶解している化学物質の成分及び量などに応じて決定されればよい。決定された厚さの表面層が形成されるような量及び供給速度でイオンが供給されるように、イオン供給源の種類や、供給可能なイオンの量や、イオン供給源を配設する位置及び態様などが設計される。
【0024】
イオン供給源は、供給すべきイオンが吸着されたイオン交換樹脂を含んでもよい。この場合、供給すべきイオンの種類や、構造材の周囲の地下水に溶解している化学物質の成分、量、pHなどに応じて、適切な量及び供給速度でイオンを放出するようなイオン交換樹脂を選択又は設計することができる。
【0025】
イオン供給源は、供給すべきイオンを内包して徐放するカプセルを含んでもよい。カプセルに内包されるイオンは、構造材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値よりも大きい易溶性塩として含有されてもよいし、イオンが吸着されたイオン交換樹脂として含有されてもよい。例えばカルシウムイオンを供給するイオン供給源の場合、易溶性塩は、20℃における水への溶解度が74.5[g/100g水]である塩化カルシウム(CaCl)や、121.2[g/100g水]である硝酸カルシウム(Ca(NO)や、16.6[g/100g水]である炭酸水素カルシウム(Ca(HCO)などであってもよい。この場合も、供給すべきイオンの種類や、構造材の周囲の地下水に溶解している化学物質の成分、量、pHなどに応じて、適切な量及び供給速度でイオンを放出するようなカプセルの材質、厚さ、形状などを選択又は設計することができる。イオン供給源がカプセルを含む場合、カプセルは、構造材の内部に埋め込まれてもよい。例えば、構造材の母材となるセメントやコンクリートなどの中に予め混練されてもよい。
【0026】
イオン供給源は、供給すべきイオンを含むシートを含んでもよい。シートに含有されるイオンは、構造材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値よりも大きい易溶性塩として含有されてもよいし、イオンが吸着されたイオン交換樹脂として含有されてもよい。この場合も、供給すべきイオンの種類や、構造材の周囲の地下水に溶解している化学物質の成分、量、pHなどに応じて、適切な量及び供給速度でイオンを放出するようなシートの材質、厚さ、形状などを選択又は設計することができる。イオン供給源がシートを含む場合、シートは、構造材の表面や、構造材が配設される岩盤又は地層などに貼設されてもよい。
【0027】
イオン供給源は、供給すべきイオンの種類や、構造材の周囲の地下水に溶解している化学物質の成分、量、pHなどに応じて、適切な量及び供給速度でイオンを放出するような量及び分布で構造材の内部又は周囲に配設される。供給すべきイオンの種類を決定するために、構造材により構造物を建造する際に、母材が配設される場所又はその周囲に現存する又は将来存在すると予想される物質又は鉱物の組成に関する情報を取得する。イオン供給源は、母材が配設される場所又はその周囲に現存する又は将来存在すると予想される物質又は鉱物の組成に応じた種類又は量で設けられる。例えば、上述したように、周囲のpHに応じて、難溶性の水酸化物を形成する陽イオンを供給してもよい。また、リン酸などのpH調整剤を含有させてもよい。供給すべき種類のイオンが周囲に存在している場合には、供給すべきイオンの量の全てをイオン供給源から供給する必要はないので、周囲に存在するイオンの量に応じて供給すべきイオンの量を減らしてもよい。これにより、大規模な構造物を建造する場合であっても、構造材のコストを抑えることができる。
【0028】
構造材が配設されてから比較的短期間に、イオン供給源から供給されるイオンが水を媒質として構造材の内部、表面、外部へと拡散し、構造材の表面に難溶性塩の表面層が形成される。イオンを拡散させるための媒質となる水は、構造材が地下に配設される場合は、構造材の周囲に湧出する地下水、構造材が海中などの水中に配設される場合は、海水などの水、構造材が屋外に配設される場合は、雨水や空気中の水分、構造材が屋内に配設される場合は、空気中の水分などである。十分な厚さの表面層が構造材の表面に形成されると、以降は、構造材の内部への水分などの浸入が表面層により抑えられるので、構造材の内部の劣化を抑えることができる。
【0029】
表面層が形成された後に、地震、地殻変動、潮流、台風などによる外力などに起因して、表面層や構造材の内部に空隙や亀裂が生じたとしても、構造材に含まれるイオン供給源から供給されるイオンが残っている場合には、イオン供給源から供給されたイオンが表面層や構造材の内部の空隙や亀裂に拡散するので、対イオンと反応することにより沈殿した難溶性塩により空隙や亀裂を充填又は閉塞することができる。このように、本実施の形態の技術によれば、構造材に自己修復機能を付与することができるので、構造材の耐久性を更に向上させることができる。構造材の表面層が形成された後にも、イオン供給源から供給されるイオンが残されるように、イオン供給源が設計されることが望ましい。構造材の配設直後に構造材の表面に表面層を形成するために必要なイオンを供給するように設計されたイオン供給源に加えて、表面層に空隙や亀裂などの損傷が生じるような外力が構造材に印加されたときに、その外力により破断して内容物を放出するようなカプセルなどの容器に、イオンを含む易溶性塩やイオン交換樹脂などを内包させたイオン供給源を表面層の近傍に配設してもよい。
【0030】
構造材が、屋外又は屋内など、難溶性塩を生成するための対イオンが周囲にほとんど存在しないような環境に配設される場合には、難溶性塩を構成する陽イオンを供給する第1のイオン供給源と、対イオンとなる陰イオンを供給する第2のイオン供給源を構造材に含有させ、又は構造材の内部又は周囲に配設してもよい。この場合も、構造材の表面に所望の厚さの表面層が形成されるような量及び供給速度でイオンが供給されるように、イオン供給源の種類や、供給可能なイオンの量や、イオン供給源を配設する位置及び態様などが設計される。第1のイオン供給源から供給される陽イオンの濃度と、第2のイオン供給源から供給される陰イオンの濃度が、表面層を形成すべき位置で溶解度積を超えるように、第1のイオン供給源及び第2のイオン供給源を配設する位置、量、分布などが設計されてもよい。
【0031】
構造材の母材は、難溶性塩を構成する陽イオン又は陰イオンと同種の陽イオン又は陰イオンにより構成され、構造材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値よりも大きい第2の値以下である難溶性化合物を含んでもよい。この場合、イオン供給源は、難溶性塩と難溶性化合物に共通するイオンを供給可能に構成される。例えば、難溶性塩及び難溶性化合物は、カルシウムの難溶性塩であってもよく、より具体的には、難溶性塩は、炭酸カルシウムであり、難溶性化合物は、セメントやコンクリートなどの主成分である水酸化カルシウム又は硫酸カルシウムであってもよい。これにより、地下水や雨水などがコンクリートなどの構造材の内部に浸入したとしても、イオン供給源から供給されるカルシウムイオンにより、構造材の内部における難溶性化合物の溶解平衡を固体側に移動させることができるので、母材からのカルシウムイオンの溶出を抑えることができる。したがって、母材を構成するカルシウムイオンが徐々に外部に浸出して失われ、母材の内部に微細な空隙や亀裂が生じて構造材の強度が劣化するのを抑えることができるので、構造材の強度を長期にわたって維持することができ、ひいては、構造物の耐久性を飛躍的に向上させることができる。
【0032】
水酸化カルシウムの20℃における水への溶解度は、0.173[g/100g水]であり、硫酸カルシウムの20℃における水への溶解度は、0.24[g/100g水]である。したがって、第2の値は、例えば1であり、好ましくは0.5であり、より好ましくは0.25であり、更に好ましくは0.2である。難溶性化合物の溶解度は、イオン供給源に含まれる易溶性塩の溶解度よりも低ければよい。すなわち、第2の値は、上述した易溶性塩の溶解度の値であってもよい。なお、第1の値と第2の値は、1つの構造材に含まれる難溶性塩と難溶性化合物の溶解度の関係を示している。すなわち、ある構造材の母材に含まれる難溶性化合物の溶解度よりも、その構造材に含まれるイオン供給源から供給されるイオンにより形成される難溶性塩の溶解度の方が小さければよい。例えば、硫酸カルシウムを主成分とするセッコウなどを母材として使用する場合、硫酸カルシウムよりも溶解度の小さい炭酸カルシウムなどが難溶性塩として選択されるが、硫酸カルシウムよりも溶解度の大きい化合物を母材として使用する場合、硫酸カルシウムを難溶性塩として選択してもよい。
【0033】
図2は、実施の形態に係る構造物の例を概略的に示す。本開示の技術を利用して産業廃棄物や放射性廃棄物などの地下処分場50を建造することにより、地下処分場50の外壁を確実に閉塞することができるので、地下処分場50からの有害物質や放射能などの漏出を長期にわたって防止することができる。また、本開示の技術を利用してトンネル60などの地下構造物を建造することにより、地下構造物の外壁を確実に閉塞することができるとともに、地下構造物と地盤との間のトンネルコンタクト部の空隙を充填することができるので、長期的な止水が可能となり、地下構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。さらに、地下処分場50やトンネル60などを建造する際に掘削されたボーリング孔10を本開示の技術を利用してシーリングすることにより、長期にわたってボーリング孔10の閉塞を維持することができる。
【0034】
図3は、実施の形態に係る構造物の例を概略的に示す。図3に示した構造物40は、地下に掘削されたボーリング孔10を閉塞するための構造物であり、地盤に接する基礎41と、基礎41に接する棒状の躯体42を備える。基礎41及び躯体42は、本開示の構造材20により形成される。地下処分場50などの地下施設やトンネル60などの地下構造物などを建設する際に、地下の地質や地下水の量などを調査するために、複数のボーリング孔10が掘削される。従来は、セメントなどをボーリング孔10に圧入することによりボーリング孔10を閉塞していたが、完全に閉塞することは不可能であるし、セメントなどの経年劣化により亀裂や空隙が多く生じると、地下水などの移動経路となりうる。地下に放射性処分場などを建設する際には、微小な空隙であっても放射線や放射能が漏出する可能性があるので、ボーリング孔10を長期的により確実に閉塞する必要がある。セメントなどの母材21とイオン供給源22とを備える本実施の形態の構造材20によりボーリング孔10を閉塞すれば、イオン供給源22から供給されるイオンがボーリング孔10の周囲の微細な亀裂12や空隙に拡散し、周囲に存在する対イオンと化学反応して難溶性塩30を形成するので、より確実にボーリング孔10を閉塞することができる。また、母材21であるセメントなどが経年劣化して亀裂や空隙を生じた場合であっても、イオン供給源22から供給されるイオンが亀裂や空隙に拡散し、対イオンと化学反応して難溶性塩を形成するので、生じた亀裂や空隙も閉塞することができ、長期にわたってボーリング孔10の閉塞を維持することができる。
【0035】
セメントなどの母材21を圧入する前に、シート状のイオン供給源22をボーリング孔10の壁面に貼設し、その後、ボーリング孔10の内部にセメントなどの母材21を圧入してもよい。母材21を圧入する前に、イオン交換樹脂又はカプセル状のイオン供給源22を含む液体をボーリング孔10の内部に注入して、ボーリング孔10の壁面にイオン供給源22を塗布し、その後、ボーリング孔10の内部にセメントなどの母材21を圧入してもよい。母材21を圧入する前に、イオン交換樹脂又はカプセル状のイオン供給源22を母材21と混練し、その後、イオン供給源22と母材21を含む構造材20をボーリング孔10の内部に圧入してもよい。シリカ、アルミナ、砂、周囲の岩盤を破砕したものなどを充填材として更に母材21に混練してもよい。これにより、建造のコストを低減させることができるとともに、構造材や難溶性塩のシーリングを酸などから保護し、耐久性を向上させることができる。
【0036】
図4は、実施の形態に係る構造物の例を概略的に示す。図4に示した構造物40は、地下に形成された空洞、地下処分場50などの施設、トンネル60などの空間14と周囲の岩盤16とを隔てる壁面を構成する構造物であり、地盤に接するように地盤上に定設された基礎41と、基礎41に接するように基礎41上に形成されたトンネル状の躯体42を備える。躯体42は、基礎41上に立設された壁面と、壁面の上に設置された屋根体とを備える。基礎41及び躯体42は、本開示の構造材20により形成される。図4の例では、コンクリートなどの母材21により形成された壁面の外側に、シート状のイオン供給源22が貼設されている。これにより、イオン供給源22のシートから外側の岩盤16中にイオンが拡散し、岩盤16中の亀裂12や基礎41と岩盤16との間のトンネルコンタクト部の空隙を難溶性塩30で閉塞することができるので、岩盤16の強度を向上させ、地下水などの湧出を抑えることができる。また、イオン供給源22のシートから内側の母材21にイオンが拡散し、母材21の表面に難溶性塩の表面層を形成することができるので、構造材20の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0037】
コンクリートなどの母材21を壁面に配設する前に、シート状のイオン供給源22をトンネルなどの空間14の周囲の岩盤16に貼設し、その後、シートの内側に母材21を配設してもよい。母材21を配設する前に、イオン交換樹脂又はカプセル状のイオン供給源22を含む液体をトンネルの周囲の岩盤16に塗布し、又は吹き付けてイオン供給源22の被膜を形成し、その後、被膜の内側に母材21を配設してもよい。母材21を配設する前に、イオン交換樹脂又はカプセル状のイオン供給源22を母材21と混練し、その後、イオン供給源22と母材21を含む構造材20をトンネルの周囲の岩盤16に配設してもよい。シリカ、アルミナ、砂、周囲の岩盤を破砕したものなどを充填材として更に母材21に混練してもよい。これにより、建造のコストを低減させることができるとともに、構造材や難溶性塩のシーリングを酸などから保護し、耐久性を向上させることができる。
【0038】
実施の形態に係る構造物は、水中又は屋外に定設される構造物であってもよい。この場合、構造材の外側に地層や岩盤などはなく、水又は空気が存在している。海中に定設される場合は、海水中に含まれるイオンと難溶性塩を形成しうるイオンをイオン供給源から供給すればよいが、屋外に定設される場合は、難溶性塩の表面層を形成するのに十分な量のイオンが空気中や雨水中に含まれない場合がある。また、地下に配設される場合であっても、周囲に存在する地下水の量が少ない場合などには同様である。この場合、上述したように、難溶性塩を構成する陽イオンを供給する第1のイオン供給源と、陰イオンを供給する第2のイオン供給源とを配設してもよい。双方のイオン供給源をシート状に形成し、両者を重ねて構造材の表面に貼設してもよいし、いずれか一方のイオン供給源をシート状に形成し、他方のイオン供給源をシートの内部にカプセル等の形態で含有させてもよい。
【0039】
実施の形態に係る構造材は、母材の表面に難溶性塩の表面層が形成されたものであってもよい。この場合、難溶性塩は、構造材に含有されたイオン供給源から供給されたイオンにより生成されたものであってもよいし、構造材の表面又は構造材が配設される岩盤又は地層の表面に、難溶性塩を構成する陽イオンを含む第1液と、難溶性塩を構成する陰イオンを含む第2液とを塗布し、又は吹き付けることにより生成されたものであってもよい。後者の場合、より簡易な方法で、表面が難溶性塩の表面層により保護された構造材を製造することができ、また、より簡易な工法で、表面が難溶性塩の表面層により保護された構造材により構造物を建造することができる。この場合、構造材にイオン供給源が含有されてなくてもよいし、含有されていてもよい。イオン供給源が構造材に含有されている場合は、構造材の内部の空隙や亀裂を難溶性塩で充填して構造材の強度を向上させることができるとともに、自己修復機能により構造材の耐久性を向上させることができる。
【0040】
実施の形態に係る構造材の構造を形成するための母材の表面に表面層を形成し、又は、母材の内部又は外部の空隙又は亀裂を充填又は閉塞するために、シール用組成物を使用可能である。シール用組成物は、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を構成しうる陽イオン又は陰イオンと、陽イオン又は陰イオンが吸着されたイオン交換樹脂とを含む。このシール用組成物は、イオン交換樹脂の形態でイオン供給源を含有する構造材を形成するために使用される。
【0041】
別の態様のシール用組成物は、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を構成しうる陽イオン又は陰イオンと、陽イオン又は陰イオンとの間で、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値よりも大きい易溶性塩を構成しうる対イオンとを含む。このシール用組成物は、カプセルやシートの形態でイオン供給源を含有する構造材を形成したり、構造材の表面に難溶性塩の表面層を形成するために構造材に塗布又は吹き付けたりするために使用される。
【0042】
更に別の態様のシール用組成物は、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を含む。このシール用組成物は、構造材の表面に表面層を形成し、構造材の表面をシールするために使用される。
【0043】
実施の形態に係る構造材を製造するために、イオン供給材を使用可能である。このイオン供給材は、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を供給する。このイオン供給材は、難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を含むイオン交換樹脂、又は、陽イオンと陰イオンの一方を含み、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値よりも大きい易溶性塩又はイオン交換樹脂を内包するカプセル、又は、易溶性塩又はイオン交換樹脂を含むシートを含む。このイオン供給材は、イオン交換樹脂、カプセル、又はシートの形態のイオン供給源を備える構造材を製造するために使用される。
【0044】
本実施の形態の技術を応用して、既存の構造物の強度及び耐久性を向上させることもできる。既存の構造物を構成する構造材の表面にイオン供給源のシートを貼設したり、構造材の内部にイオン供給源を含む液体を注入したりすることにより、既存の構造物を構成する構造材の内部や周囲に存在する空隙や亀裂などを閉塞することができるとともに、既存の構造物を構成する構造材に自己修復機能を付与することができるので、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。また、既存の構造物の表面に、難溶性塩を構成する陽イオンを含む第1液と、陰イオンを含む第2液を塗布し、又は吹き付けることにより、既存の構造物の表面に難溶性塩の表面層を形成し、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0045】
本実施の形態の技術を応用して、構造材同士を接着することもできる。一方又は双方の構造材の接着面に、イオン供給源のシートを貼設したり、イオン供給源を含む液体を塗布したり、一方又は双方の構造材の内部に予めイオン供給源を含有させたりしてから、構造材の接着面同士を密着させることにより、イオン供給源から供給されるイオンが接着面に拡散し、構造材の間の空隙を難溶性塩で充填することができるので、難溶性塩により複数の構造材を気密かつ液密に接着することができる。構造材同士の接着面にイオン供給源を注入してもよい。例えば、既存の構造物を構成する構造物の接着面や、既設のトンネル60などの地下構造物と地盤との間のトンネルコンタクト部にイオン供給源を注入することにより、接着面やトンネルコンタクト部の密着性を向上させ、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0046】
[実施例]
図5は、実施の形態に係る構造材を模した試料により難溶性塩を形成する実験を行った結果を示す。水100gに、寒天約1gと、炭酸水素ナトリウム(NaHCO)約9gを加え、加熱して溶解させた後、冷却して固化し、約1cm角の立方体の試料を作成した。炭酸水素ナトリウムの溶解度は、20℃の水100gに対して9.6gであるから、この試料には、室温でほぼ飽和状態に近い量の炭酸水素ナトリウムが含まれている。この試料に、地下水と同程度の濃度のカルシウムイオンを含む水溶液、海水と同程度の濃度のカルシウムイオンを含む水溶液、海水の10倍の濃度のカルシウムイオンを含む水溶液、海水の100倍の濃度のカルシウムイオンを含む水溶液、対照実験として塩化カルシウム水溶液を含浸させて、質量の時間変化を測定した。結果を図5に示す。
【0047】
いずれの試料においても、実験開始から数日の間に質量が数%~十数%増加し、10日経過以降は概ね変化がなく一定であった。また、いずれの試料も、実験開始から数日で全体的に白濁し、硬い質感に変化した。この結果から、いずれの試料においても、試料の周囲の溶液中に含まれるカルシウムイオンが試料中に拡散し、実験開始から数日の間に炭酸カルシウムの沈殿が形成され、その後は試料内部への溶液の含浸が抑えられ、質量が変化しないことが確認された。高濃度のカルシウムイオンを含む水溶液だけでなく、地下水や海水と同程度の濃度の水溶液でも炭酸カルシウムの沈殿の形成が確認されたことから、地下水や海水が周囲に存在する環境に実施の形態の構造材が配設された場合に、短期間で炭酸カルシウムの沈殿が生じ、空隙や亀裂が充填されたり、表面層が形成されうることが確認された。
【0048】
図6及び図7は、実験開始から1週間経過したときの試料の薄片を偏光顕微鏡で撮像した写真である。画像の横幅は約0.5mmである。図8及び図9は、実験開始から1週間経過したときの試料の薄片を走査型電子顕微鏡で撮像した写真である。数μmから数十μm程度の炭酸カルシウム結晶の集合体(aggregate)の成長が確認された。
【0049】
図10は、実験開始から1週間経過したときに試料に形成された炭酸カルシウム結晶のサイズの分布を示す。試料に形成された炭酸カルシウムのサイズは非常に揃っており、とくに直径8~12μmの結晶粒子が全体の約9割を占めた。このような粒子サイズの揃った炭酸カルシウム結晶の集合体が媒質中の深部まで成長、形成される産状は、自然界では見られない。自然界では、必ず砂や泥などの他の物質の混入があり、微小サイズの粒子サイズの揃った炭酸カルシウム結晶のみの集合体は存在しない。また、人工の炭酸カルシウムの結晶のみの集合体が、例えば葡萄の房状に濃集するような産状も、自然界では観察されない。
【0050】
媒質中の炭酸カルシウムの結晶は、時間変化とともに持続的に成長し、数週間後には数百μmまでに達する。炭酸カルシウムの結晶成長に伴い、媒質中の炭酸カルシウム結晶の分布密度が増加し、媒質の力学的強度も向上することが確認された。
【0051】
以上、本開示を実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0052】
実施の形態では、難溶性塩により構造材の表面に表面層を形成したが、塩以外の難溶性の化合物により構造材の表面に表面層を形成してもよい。この場合、自身は水に易溶であるが、構造材が配設される環境に存在する他の化合物と化学反応して難溶性の沈殿を生じるような化合物が、構造材の内部又は周囲に配設された供給源から供給されてもよい。例えば、火山の付近の地下に建造する構造物を構成する構造材に、亜鉛イオンを供給する供給源を配設し、周囲に存在する硫化水素との反応により生成される硫化亜鉛の被膜を構造材の表面に形成するようにしてもよい。
【0053】
本開示の一態様の概要は、次の通りである。本開示のある態様の構造材は、構造を形成するための母材と、母材の内部又は表面に存在し、母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値以下である難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を供給するイオン供給源と、を備える。この態様によると、イオン供給源から供給されるイオンにより、母材の表面に難溶性塩の表面層を形成することができるので、構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0054】
イオン供給源は、陽イオンと陰イオンの少なくとも一方が吸着されたイオン交換樹脂を含んでもよい。この態様によると、イオンの供給量や供給速度などを適切に設計することができる。
【0055】
イオン供給源は、カプセルを含み、カプセルは、易溶性塩又はイオン交換樹脂を内包し、易溶性塩は、陽イオンと陰イオンの一方を含む塩であって、母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値よりも大きい塩であり、イオン交換樹脂は、陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を含んでもよい。この態様によると、イオンの供給量や供給速度などを適切に設計することができる。
【0056】
イオン供給源は、シートを含み、シートは、易溶性塩又はイオン交換樹脂を含み、易溶性塩は、陽イオンと陰イオンの一方を含む塩であって、母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値よりも大きい塩であり、イオン交換樹脂は、陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を含んでもよい。この態様によると、イオンの供給量や供給速度などを適切に設計することができる。
【0057】
第1の値は、母材の主成分である化合物の溶解度の値であってもよい。この態様によると、母材の表面に母材の主成分よりも難溶な難溶性塩の表面層を形成することができるので、構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0058】
難溶性塩は、炭酸カルシウムであってもよい。この態様によると、コンクリートやセメントなどを母材とする構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0059】
母材は、母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値よりも大きい第2の値以下である難溶性化合物を含み、難溶性化合物は、難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方と同種のイオンを含んでもよい。この態様によると、母材を構成する難溶性化合物が外部に溶出して構造材の強度が低下するのを抑えることができる。
【0060】
難溶性塩及び難溶性化合物は、カルシウムの難溶性塩であってもよい。難溶性塩は、炭酸カルシウムであり、難溶性化合物は、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、又は硫酸カルシウムであってもよい。この態様によると、コンクリートやセメントなどを母材とする構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0061】
構造材の内部の空隙が難溶性塩により充填されてもよい。この態様によると、構造材の強度を向上させることが出来る。
【0062】
構造材又は母材の表面に難溶性塩を含む表面層が形成されてもよい。この態様によると、構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0063】
イオン供給源は、所定の厚さの表面層を構造材又は母材の表面に形成することが可能な量の陽イオン又は陰イオンを供給可能に構成されてもよい。この態様によると、構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0064】
イオン供給源は、構造材又は母材の周囲における陽イオン又は陰イオンの拡散係数に応じて、所定の厚さの表面層を構造材又は母材の表面に形成することが可能な量の陽イオン又は陰イオンを供給可能に構成されてもよい。この態様によると、構造材が配設される環境に応じて、構造材の表面に形成される表面層の厚さを適切に制御することができる。
【0065】
表面層の形成後に表面層に生じた亀裂又は空隙が難溶性塩により自己修復されてもよい。この態様によると、構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0066】
本開示の別の態様もまた、構造材である。この構造材は、構造を形成するための母材と、母材の表面に形成された、母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値以下である難溶性塩を含む表面層と、を備える。この態様によると、構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0067】
母材は、母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が第1の値よりも大きい第2の値以下である難溶性化合物を含み、難溶性化合物は、難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方と同種のイオンを含んでもよい。この態様によると、母材を構成する難溶性化合物が外部に溶出して構造材の強度が低下するのを抑えることができる。
【0068】
難溶性化合物は、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、又は硫酸カルシウムであってもよい。この態様によると、コンクリートやセメントなどを母材とする構造材の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0069】
本開示のさらに別の態様は、構造物である。この構造物は、基礎と、基礎に接する躯体と、を備え、基礎及び躯体の少なくとも一方は、構造材を含み、構造材は、構造を形成するための母材を含み、母材の表面、又は、母材の内部又は周囲の空隙に、母材が配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩が形成される。この態様によると、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0070】
構造物は、地下に掘削された空洞を閉塞する構造物であってもよい。構造物は、地下に形成された空間の壁面を構成する構造物であってもよい。構造物の周囲の地中の空隙又は亀裂が難溶性塩により閉塞されてもよい。この態様によると、構造物の周囲の地層又は岩盤の強度を向上させることができ、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0071】
構造物は、水中又は屋外に定設される構造物であってもよい。この態様によると、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0072】
本開示のさらに別の態様は、構造物の建造方法である。この方法は、構造材により構造物を建造する方法であって、母材を配設するステップと、母材の内部又は表面にイオン供給源を設けるステップと、を備える。この態様によると、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0073】
イオン供給源を設けるステップは、母材を配設するステップよりも前に、母材にイオン供給源を含有させるステップを含んでもよい。この態様によると、簡易な工法により、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0074】
構造物は、地下に形成された空間の壁面を構成する構造物であり、イオン供給源を設けるステップは、母材を配設するステップよりも前に、母材が配設される空間の周囲の岩盤又は地層の表面にイオン供給源を含む層を形成するステップを含んでもよい。この態様によると、簡易な工法により、地下の構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0075】
構造物は、地下に形成された空間の壁面を構成する構造物であり、イオン供給源を設けるステップは、母材を配設するステップの後に、母材と空間の周囲の岩盤又は地層との間又は構造材の内部にイオン供給源を注入するステップを含んでもよい。この態様によると、簡易な工法により、地下の構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0076】
構造物の建造方法は、母材が配設される場所又はその周囲に現存する又は将来存在すると予想される物質又は鉱物の組成に関する情報を取得するステップを更に備え、イオン供給源を設けるステップにおいて、物質又は鉱物の組成に応じた種類又は量の前記イオン供給源が設けられてもよい。この態様によると、構造物の周囲の環境に応じて適切な種類の難溶性塩を生じさせることができるので、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0077】
本開示のさらに別の態様は、構造物の建造方法である。この方法は、上記の構造材により構造物を建造する方法であって、母材を配設するステップと、母材の表面に、難溶性塩を含む表面層を形成するステップと、を備える。この態様によると、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0078】
表面層を形成するステップは、配設された母材の表面に、難溶性塩を構成する陽イオンを含む第1液と、難溶性塩を構成する陰イオンを含む第2液とを塗布し、又は吹き付けるステップを含んでもよい。この態様によると、簡易な工法により、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0079】
構造物は、地下に形成された空間の壁面を構成する構造物であり、表面層を形成するステップは、母材を配設するステップよりも前に、母材が配設される空間の周囲の岩盤又は地層の表面に、難溶性塩を構成する陽イオンを含む第1液と、難溶性塩を構成する陰イオンを含む第2液とを塗布し、又は吹き付けるステップを含んでもよい。この態様によると、簡易な工法により、地下の構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0080】
構造物の建造方法は、母材が配設される場所又はその周囲に現存する又は将来存在すると予想される物質又は鉱物の組成に関する情報を取得するステップを更に備え、表面層を形成するステップにおいて、物質又は鉱物の組成に応じた種類の難溶性塩を含む表面層が形成されてもよい。この態様によると、構造物の周囲の環境に応じて適切な種類の難溶性塩を含む表面層を形成させることができるので、構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0081】
本開示のさらに別の態様は、シール用組成物である。このシール用組成物は、構造を形成するための母材の表面に表面層を形成し、又は、母材の内部又は外部の空隙又は亀裂を充填又は閉塞するためのシール用組成物であって、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を構成しうる陽イオン又は陰イオンと、陽イオンと陰イオンの少なくとも一方が吸着されたイオン交換樹脂と、を含む。この態様によると、構造材、及び構造材により建造された構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0082】
本開示のさらに別の態様は、シール用組成物である。このシール用組成物は、構造を形成するための母材の表面に表面層を形成し、又は、母材の内部又は外部の空隙又は亀裂を充填又は閉塞するためのシール用組成物であって、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を構成しうる陽イオン又は陰イオンと、陽イオン又は陰イオンとの間で、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値よりも大きい易溶性塩を構成しうる対イオンと、を含む。この態様によると、構造材、及び構造材により建造された構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0083】
本開示のさらに別の態様は、シール用組成物である。このシール用組成物は、構造を形成するための母材の表面に表面層を形成し、又は、母材の内部又は外部の空隙又は亀裂を充填又は閉塞するためのシール用組成物であって、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を含む。この態様によると、構造材、及び構造材により建造された構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0084】
難溶性塩は、炭酸カルシウムであってもよい。この態様によると、安全かつ安価なシール用組成物を提供することができる。
【0085】
本開示のさらに別の態様は、シール用組成物の使用方法である。この方法は、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を構成しうる陽イオン又は陰イオンと、陽イオン又は陰イオンとの間で、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値よりも大きい易溶性塩を構成しうる対イオンと、を含むシール用組成物を、構造を形成するための母材の表面に表面層を形成し、又は、母材の内部又は外部の空隙又は亀裂を充填又は閉塞するために使用する。この態様によると、構造材、及び構造材により建造された構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0086】
本開示のさらに別の態様は、シール用組成物である。このシール用組成物は、構造を形成するための母材の表面に表面層を形成し、又は、母材の内部又は外部の空隙又は亀裂を充填又は閉塞するためのシール用組成物であって、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を含む。この態様によると、構造材、及び構造材により建造された構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0087】
本開示のさらに別の態様は、シール用組成物の使用方法である。この方法は、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を含むシール用組成物を、構造を形成するための母材の表面に表面層を形成し、又は、母材の内部又は外部の空隙又は亀裂を充填又は閉塞するために使用する。この態様によると、構造材、及び構造材により建造された構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【0088】
難溶性塩は、炭酸カルシウムであってもよい。この態様によると、安全かつ安価なシール用組成物を提供することができる。
【0089】
本開示のさらに別の態様は、イオン供給材である。このイオン供給材は、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値以下である難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を供給する。このイオン供給材は、難溶性塩を構成する陽イオンと陰イオンの少なくとも一方を含むイオン交換樹脂、又は、陽イオンと陰イオンの一方を含み、配設される環境の温度における水に対する溶解度が所定値よりも大きい易溶性塩又はイオン交換樹脂を内包するカプセル、又は、易溶性塩又はイオン交換樹脂を含むシートを含む。この態様によると、構造材、及び構造材により建造された構造物の強度及び耐久性を向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本開示は構造物及び構造物の建造方法に利用可能である。
【符号の説明】
【0091】
10 ボーリング孔、12 亀裂、14 空間、16 岩盤、20 構造材、21 母材、22 イオン供給源、30 難溶性塩、40 構造物、41 基礎、42 躯体。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10