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特許7591777HTO含有水溶液中のHTO濃度を低減する方法及び装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-21
(45)【発行日】2024-11-29
(54)【発明の名称】HTO含有水溶液中のHTO濃度を低減する方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   G21F 9/06 20060101AFI20241122BHJP
   G21F 9/02 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
G21F9/06 591
G21F9/02 511P
G21F9/02 511T
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019521240
(86)(22)【出願日】2018-05-29
(86)【国際出願番号】 JP2018020607
(87)【国際公開番号】W WO2018221531
(87)【国際公開日】2018-12-06
【審査請求日】2021-03-16
【審判番号】
【審判請求日】2023-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2017105189
(32)【優先日】2017-05-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(73)【特許権者】
【識別番号】399054321
【氏名又は名称】東洋アルミニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】井原 辰彦
(72)【発明者】
【氏名】山西 弘城
(72)【発明者】
【氏名】野間 宏
(72)【発明者】
【氏名】平 敏文
(72)【発明者】
【氏名】星谷 隆嗣
(72)【発明者】
【氏名】藤本 和也
【合議体】
【審判長】山村 浩
【審判官】波多江 進
【審判官】後藤 孝平
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-128072(JP,A)
【文献】特表2017-504785(JP,A)
【文献】特開2017-72599(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21F 9/00 - 9/12
G21F 9/26
B01D 59/26
B01J 20/10 - 20/28
G21B 1/00 - 1/11
G21C 9/30
C01B 4/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリチウム(HTO)の含有水溶液中のHTO濃度を低減する方法であって、
HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを、細孔径が10Å~500Å範囲にある細孔を有する、ベーマイト皮膜を有したアルミニウムの粉末焼結多孔質体である無機材料多孔質体と連続的に又は断続的に接触させて、HTO含有水溶液のHTOを選択的に前記無機材料多孔質体に吸蔵させ、吸蔵しなかった液体を、HTO濃度を低減したHTO含有水溶液(以下、低HTO含有水と呼ぶ)として得るに当たり、前記無機材料多孔質体を40℃以上、60℃以下に維持して当該無機材料多孔質体と前記水蒸気及び/又はミストとを接触させることを含む、前記方法。
【請求項2】
前記無機材料多孔質体は、比表面積が5~250m2/gの範囲である、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記HTO含有水溶液の水蒸気又はミストを接触させる無機材料多孔質体の温度は、多孔質体の細孔内に吸蔵されたHTOの示差走査熱量測定における昇温時の脱離に基づく吸熱ピーク温度以下の温度に維持される、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
前記HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを、大気圧からHTO含有水溶液の飽和蒸気圧の範囲の圧力で供給して、無機材料多孔質体に接触させ、無機材料多孔質体へHTOを選択的に吸着させ、HTO濃度が低下したHTO含有水溶液(低HTO含有水)は、無機材料多孔質体の下流側を前記HTO含有水溶液の供給側よりも陰圧にして、軽水の無機材料多孔質体表面からの蒸散を優先することで得る請求項1~のいずれかに記載の方法
【請求項5】
前記HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストと無機材料多孔質体との接触は、減圧下で行われる、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記無機材料多孔質体は、複数の無機材料多孔質体からなり、前記HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストは、複数の無機材料多孔質体と順次接触することを含む、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
無機材料多孔質体と接触して得られるHTO濃度を低減したHTO含有水溶液は、多孔質体の数が増えることで、HTO濃度低減率が高くなる、請求項に記載の方法。
【請求項8】
所定量のHTOを吸蔵した無機材料多孔質体を回収し、貯蔵することを含む、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記回収した無機材料多孔質体から吸蔵したHTOを放出させ、放出したHTOを回収することをさらに含む、請求項に記載の方法。
【請求項10】
トリチウム含有水溶液中のHTO濃度を低減するために用いる装置であって、
原料HTO含有水溶液のリザーバー、
前記リザーバー中のHTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを生成する手段、
細孔径が10Å~500Åの範囲にある細孔を有する、ベーマイト皮膜を有したアルミニウムの粉末焼結多孔質体である無機材料多孔質体を格納した吸蔵手段、及び
HTO濃度を低減したHTO含有水溶液を回収する手段
を含み、さらに、
前記水蒸気及び/又はミストを吸蔵手段に移送するための移送手段、及び
前記吸蔵手段から前記回収手段にHTO濃度を低減したHTO含有水蒸気を含む気体を移送する手段
を含み、
前記吸蔵手段が、前記無機材料多孔質体を40℃以上、60℃以下に維持して当該無機材料多孔質体と前記水蒸気及び/又はミストとを接触させるためのヒーターを具備する、前記装置。
【請求項11】
前記無機材料多孔質体は、複数の無機材料多孔質体からなり、前記複数の無機材料多孔質体は、前記吸蔵手段において多段に格納される、請求項10に記載の装置。
【請求項12】
前記無機材料多孔質体は、比表面積が5~250m2/gの範囲である、請求項10~11のいずれかに記載の装置。
【請求項13】
請求項1~のいずれかの方法を実施するために用いられる、請求項10~12のいずれかに記載の装置。
【請求項14】
前記無機材料多孔質体と前記水蒸気及び/又はミストとの接触を、103~105Paに設定して行う、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリチウム水(HTO)含有水溶液中のHTO濃度を低減する方法及び装置に関する。特に本発明は、アルミニウム粉体焼結多孔質体を用いるHTO含有水溶液中のHTO濃度を低減する方法であって、HTO含有汚染水中のHTOの除去に有用な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
福島第1原子力発電所事故によって、現在でも発生し続けている大量の汚染水の処理については東芝製の多核種除去設備(ALPS)が稼働し続けているが、除染対象はトリチウムを除く放射性核種に限られている。それは、汚染水中のトリチウム(大部分はトリチウム水(HTO)として存在)の化学的性質が水と同じであることに基づく。したがって、HTOを含む汚染水の処理が進まず、今日でも毎日貯め続けられ、タンクに保管されている汚染水の総量は80万トンを越えている。詳細は経済産業省ホームページのポータルサイト"廃炉・汚染水対策ポータルサイト"ならびに"トリチウム水タスクフォース報告書"より確認することができる。
【0003】
今日世界で使われているHTO除去方法は、主に1)真空水精留(WD法)、2)電気分解と合わせた水/水素同位体交換反応(CECE法)、3)二重温度水/水素同位体交換反応 (BHW法)、4)水/硫化水素同位体交換反応 (GS法)である(非特許文献1)。しかし、いずれの方法も福島原発汚染水対策として利用するには性能、価格の面で不十分である。現在、ロシアの国営原子力企業「ロスアトム」の2)と3)を組み合わせた手法が高い除染効果があると発表している(非特許文献2)。
【0004】
福島第1原子力発電所において現在タンクに保管されているHTOを含む汚染水は今日でも毎日貯め続けられている。このような状況下、HTO分離除去技術開発が進められている。平成26年10月に報告された三菱総研の資料(非特許文献1)による「トリチウム分離技術検証試験事業」に係る補助事業者採択審査結果として、Kurion, Inc. (アメリカ)、 GE Hitachi Nuclear Energy Canada Inc. (カナダ)、 RosRAO (ロシア)の3件が採択されている。しかし、エネルギー消費量、設備の規模、安全確保の追加装置の必要性、ランニングコストの点で実用性が不十分とされている。
【0005】
非特許文献1:東電ホームページ資料「福島第一原子力発電所のトリチウムの状況について[資料4-1]平成25年4月26日」
(http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/roadmap/images/c130426_06-j.pdf)
非特許文献2:Groval Energy Policy Researchホームページ資料 「水からのトリチウム除去が可能に-ロスアトム」(http://www.gepr.org/ja/contents/20160719-01/)
非特許文献3:平成26年10月に報告された三菱総研の資料(「トリチウム分離技術検証試験事業」に関する)
非特許文献4:J. Plasma Fusion Res., Vol. 85, No. 10 (2009) 726-735
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、実用可能性が高い、HTO含有水からトリチウム水分子(HTO)を分離する新たな方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
Fe2O3上に室温でトリチウム水(HTO)の代わりに重水(D2O)を吸着させたのち、同じく室温でH2Oに暴露し同位体交換を行うと、D2Oの存在状態によって、交換の起こりやすさが異なることが知られている(非特許文献4:J. Plasma Fusion Res., Vol. 85, No. 10 (2009) 726-735)。この知見を基に、本発明者らは、HTOの場合もHTOが相互作用を持ちやすい環境下に吸着させることで軽水(H2O)との同位体交換反応が起こりにくくなり、HTOの選択的吸蔵が可能になるのではないかと推察した。
【0008】
この推察に基づいて、本発明者らは、軽水(H2O)とトリチウム水(HTO)との物理・化学的特性の差異を利用する手段により、トリチウム含有水からHTOを分離する方法を検討した。
【0009】
本発明者らは、金属酸化物や金属水酸化物の微細構造が発達した構造、例えば、層間に水分子が侵入可能な隙間を持つ多孔質構造を用意すれば、表面水酸基密度が高いミクロスケール(2 nm以下)あるいはメソスケール(2~50 nm)の空間を提供でき、そのサイトはHTOの濃縮および吸蔵空間として機能する可能性があると考えた。そこで、注目した材料はセシウムの電気吸蔵(特願2016-027321号)で使用したアルミニウム粉体焼結多孔質体である。この材料はベーマイト処理することで、多孔質内に針状あるいは花弁状のベーマイト結晶(アルミニウムの金属水和酸化物)が成長し、比表面積とともに単位体積あたりの水酸基量が増大する(図1参照)。さらに、ベーマイトは図3に示すように稜線を共有するAlO6の八面体の単位層が積み重なった層状構造で(坂本憲一,軽金属,Vol. 22, No. 4, P.295 (1972))、層間のミクロ空間あるいはメソ空間にHTOが毛管凝縮によって保持することが期待される。なお、このAlO6の八面体中のAlは5つの酸素と1つの水酸基で囲まれており、図3の AlO6の八面体が形成する1枚の層の構造は図4となる。発明者らは、ベーマイト処理したアルミニウム粉体焼結多孔質体が、その成長した結晶表面が比較的低い温度でHTOと比較的強い相互作用を持つことを実験的に見出した。
【0010】
さらに、ベーマイト処理したアルミニウム粉体焼結多孔質体以外の多孔質体で、細孔径が既知の複数の多孔質体を用いてHTOの濃縮および吸蔵作用について検討した。なお、HTOとD2Oは互いに同位体であり、どちらも質量数が20と等しいので、(物理的吸着や物理的脱離に対する)質量による効果はHTOとD2O同じと判断できるとの前提で、この検討にはD2Oを用いた。その結果、細孔径が500Å以下の範囲にある細孔を有する多孔質体を用いることでHTOの分離は可能であり、特に細孔径が4Åより大きく、25Å以下の範囲にある細孔を有する多孔質体を用いることで、ベーマイト処理したアルミニウム粉体焼結多孔質体以外であっても、比較的低温において、多孔質体に吸蔵されたHTOの高効率分離が可能であることを見いだして本発明を完成させた。
【0011】
本発明は以下の通りである。
[1]
トリチウム含有水溶液中のHTO濃度を低減する方法であって、
トリチウム含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを、細孔径が500Å以下の範囲に細孔を有する多孔質体と連続的に又は断続的に接触させて、トリチウム含有水溶液のHTOを選択的に前記多孔質体に吸蔵させ、吸蔵しなかった液体を、HTO濃度を低減したトリチウム含有水溶液(以下、低トリチウム含有水と呼ぶ)として得ることを含み、
前記多孔質体は、ベーマイト処理品である、前記方法。
[2]
前記多孔質体は、細孔径が4Åより大きく、25Å以下の範囲にある細孔を少なくとも有する、[1]に記載の方法。
[3]
前記多孔質体は、無機材料多孔質体である、[1]または[2]に記載の方法。
[4]
前記無機材料多孔質体がゼオライト、γ―アルミナ、シリカゲル、ベーマイト、及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を含む多孔質体である、[3]に記載の方法。
[5]
前記無機材料多孔質体がベーマイト皮膜を有したアルミニウムの多孔質体である、[3]に記載の方法。
[6]
無機材料多孔質体が粉末である[1]~[5]いずれかに記載の方法。
[7]
無機材料多孔質体が粉末焼結多孔質体である[1]~[5]いずれかに記載の方法。
[8]
前記多孔質体は、比表面積が5~250m2/gの範囲である、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]
前記HTO含有水溶液の水蒸気又はミストを接触させる多孔質体は、多孔質体の細孔内に吸着されたHTOの示差走査熱量測定における吸熱ピーク温度以下の温度に維持される、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]
前記多孔質体は、多孔質体の細孔内に吸着されたHTOの示差走査熱量測定における吸熱ピーク温度が60℃~100℃の範囲である、[9]に記載の方法。
[11]
前記HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを、大気圧からHTO含有水溶液の飽和蒸気圧の範囲の圧力で供給して、多孔質体に接触させ、多孔質体へ HTOを選択的に吸着させ、HTO濃度が低下したHTO含有水溶液(低HTO含有水)は、多孔質体の下流側を前記HTO含有水溶液の供給側よりも陰圧にして、軽水の多孔質体表面からの蒸散を優先することで得る[1]~[10]のいずれかに記載の方法
[12]
前記HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストと多孔質体との接触は、減圧下で行われる、[1]~[11]のいずれかに記載の方法。
[13]
前記多孔質体は、複数の多孔質体からなり、前記HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストは、複数の多孔質体と順次接触することを含む、[1]~[12]のいずれかに記載の方法。
[14]
多孔質体と接触して得られるHTO濃度を低減したHTO含有水溶液は、多孔質体の数が増えることで、HTO濃度低減率が高くなる、[13]に記載の方法。
[15]
所定量のHTOを吸蔵した多孔質体を回収し、貯蔵することを含む、[1]~[14]のいずれかに記載の方法。
[16]
前記回収した多孔質体から吸蔵したHTOを放出させ、放出したHTOを回収することをさらに含む、[1]~[15]のいずれかに記載の方法。
[17]
トリチウム含有水溶液中のHTO濃度を低減するために用いる装置であって、
原料HTO含有水溶液のリザーバー、
前記リザーバー中のHTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを生成する手段、
細孔径が500Å以下の範囲にある細孔を有する多孔質体を格納した吸蔵手段、及び
HTO濃度を低減したHTO含有水溶液を回収する手段
を含み、さらに、
前記水蒸気及び/又はミストを吸蔵手段に移送するための移送手段、及び
前記吸蔵手段から前記回収手段にHTO濃度を低減したHTO含有水溶液を移送する手段を含む、前記装置。
[18]
前記多孔質体は、細孔径が4Åより大きく、50Å以下の範囲にある細孔を少なくとも有する、[17]に記載の装置。
[19]
前記多孔質体は、複数の多孔質体からなり、前記複数の多孔質体は、前記吸蔵手段において多段に格納される、[17]または[18]に記載の装置。
[20]
前記多孔質体は、無機材料多孔質体である、[17]~[19]のいずれかに記載の装置。
[21]
無機材料多孔質体は、ゼオライト、γ-アルミナ、シリカゲル、ベーマイト、及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を含む多孔質体である、[20]に記載の装置。
[22]
前記多孔質体は、ベーマイト皮膜を有したアルミニウムの多孔質体である[20]に記載の装置。
[23]
前記多孔質体は、比表面積が5~250m2/gの範囲である、[17]~[22]のいずれかに記載の装置。
[24]
前記多孔質体は、吸蔵手段において脱着自在である[17]~[23]のいずれかに記載の装置。
[25]
[1]~16のいずれかの方法を実施するために用いられる、[17]~[24]のいずれかに記載の装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、比較的低温での吸蔵によるHTOの分離が可能である。HTO吸蔵に利用する材料は、細孔径が500Å以下の範囲にある細孔を有する多孔質体であれば良く、例えば、アルミニウム粉体焼結多孔質体及びその他の市販の無機材料多孔質体であることができ、比較的安価に入手可能である。さらに、吸蔵したHTOは温度を上昇させることで、吸蔵材料から容易に放出させることができ、別途再回収もできる。そのため、核融合反応実験用燃料用等への供給手段としても期待でき、トリチウム経済として成り立てばコストパフォーマンスに優れた除去方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】多孔質アルミニウム材表面に成長したベーマイト結晶の電子顕微鏡写真。
図2】トリチウム吸蔵除去装置の一態様の概略説明図。
図3】ベーマイトの結晶構造を示す。八面体間を結ぶ二重線は水素結合を示す。
図4図3で示した AlO6の八面体が形成するベーマイトの1枚の層の構造を示す。
図5】トリチウム吸蔵除去装置の一態様の概略説明図。
図6】実施例3で得られた疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係。
図7】実施例4で得られた疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係。
図8】実施例5で得られた疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係。
図9】実施例6で得られた疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係。
図10】実施例7で得られた疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係。
図11】孔径が7Å(モルデナイト,HSZ-640)のゼオライトにH2OまたはD2Oを60℃で飽和吸着させた後の昇温によるDSC測定結果を示す。
図12】カラムクロマトグラフ用シリカゲルWakosil C-200(B型,細孔径60 Å)にH2OまたはD2Oを60℃で飽和吸着させた後の昇温によるDSC測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、HTO含有水溶液中のHTO濃度を低減する方法である。この方法は、HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを、細孔径が500Å以下の範囲にある細孔を有する多孔質体と接触させて、HTO含有水溶液のHTOを選択的に前記多孔質体に吸蔵させ、HTO濃度を低減したHTO含有水溶液を得ることを含む。
【0015】
<HTO含有水溶液>
HTO含有水溶液は、生成の過程に応じて、HTO含有濃度が異なるが、例えば、100Bq/L~5MBq/Lの範囲で、HTOを含有する物であることができる。HTO含有水溶液は、福島第1原子力発電所事故によって発生する汚染水や、軽水炉の運転に際して中性子捕獲により生成するHTOを含む水などを例示できる。
【0016】
<多孔質体>
本発明で用いる多孔質体は、細孔径が500Å(50.0nm)以下の範囲にある細孔を有する多孔質体である。前記多孔質体の有する細孔径の下限は、好ましくは4Å(0.4nm)であり、従って、多孔質体は、細孔径が4Å以上、500Å以下の範囲にある細孔を有する多孔質体であることが好ましい。特に細孔径が4Å(0.4nm)より大きく、50Å(5.0nm)以下の範囲にある細孔を有する多孔質体であることが好ましい場合がある。後述する試験例1~4の結果から、細孔径がこの範囲にある多孔質体は、比較的低温での吸蔵によるHTOの分離が可能であることを本発明者らは見いだした。多孔質体は、上記範囲以外の細孔径を有する細孔を有することもできる。本発明における細孔径は、多検体高性能比表面積/細孔分布測定装置 3Flex (島津製)により測定されたものである。
【0017】
細孔径が上記範囲にある多孔質体は、例えば、無機材料多孔質体であることができる。さらに無機材料多孔質体は、例えば、ゼオライト、γ-アルミナ、シリカゲル、ベーマイト、及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を含む多孔質体であることができる。さらに多孔質体は、ベーマイト皮膜を有したアルミニウムの多孔質体であることができる。
【0018】
多孔質体は、さらに比表面積が例えば、5~250m2/gの範囲であることができ、好ましい10~200m2/gの範囲である。
【0019】
ゼオライトは、種々の細孔分布を有する材料が知られており、市販されている物も多い。本発明において多孔質体として用いるゼオライトは、天然品であるモルデナイトがあることが、細孔径及び比表面積等を考慮すると好ましい。但し、モルデナイトに限定する意図ではない。
【0020】
γ―アルミナの細孔系は調製条件によって85Å~150Å程度の範囲で報告されているが、H2OとD2O(又はHTO)を吸着させた試料のDSC測定結果より、H2OおよびD2O(又はHTO)の吸熱ピーク温度に差が現れる細孔径を有するものが好ましい。
【0021】
シリカゲルは、H2OとD2O(又はHTO)を吸着させた試料のDSC測定結果より、H2OおよびD2O(又はHTO)の吸熱ピーク温度に差が現れる細孔径を有するものが好ましい。
【0022】
ベーマイト処理前のアルミニウム粉体焼結多孔質体は、例えば、平均粒子径が1~20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、かつ比表面積が計算値で0.1~1 m2/gの範囲である。ベーマイト処理前品は、アルミニウム以外の成分は、不可避不純物を除いては含有しない。アルミニウムの純度は、好ましくは99.9%質量以上、より好ましくは99.99%質量以上である。ベーマイト処理前品は、平均粒子径D50が1~20μmのアルミニウム粉体を不活性雰囲気下、500~650℃の温度範囲で焼結して製造されるもので、約45~60%の空隙率を有し、かつ高い電気伝導性を保持している。さらに、焼結後、表面は自然酸化により、空隙内部も含めて全体が薄い酸化皮膜で覆われる。この酸化皮膜が、高い化学的安定性と耐環境性を発揮するともに、陽イオンの吸着(吸蔵)サイトとして機能する。
【0023】
このようにして得られるベーマイト処理前品は、比表面積の範囲が計算値で0.1~1 m2/gであり、実測値(方法は後述)もほぼ同等の0.1~1 m2/gの範囲である。比表面積は、焼結に用いるアルミニウム粉体の粒子径と焼結条件により変化するが、比表面積は、計算値及び実測値ともに0.1~1 m2/gの範囲、好ましくは0.15~0.5m2/gの範囲である。焼結後、ベーマイト処理前品をベーマイト処理することでベーマイト処理品が得られる。ベーマイト処理は、例えば、アルミナゲルを温水処理することで微細凸凹形状や花弁状のベーマイト薄膜をガラス基板やポリマー基板上に作成する技術として知られている。本発明では、具体的には、ベーマイト処理は、ベーマイト処理前品を90℃以上、好ましくは95℃以上の温度の水中で1~60分浸漬することで行われる。
【0024】
ベーマイト処理することで、表面にアルミニウム系酸化物被膜を形成する。アルミニウム系酸化物被膜は、γ-アルミナおよびアルミナ水和物から成る群から選ばれる少なくとも1種のアルミニウム系酸化物の被膜である。また、ベーマイト処理することで、比表面積(実測値)が増大する。ベーマイト処理品の比表面積は実測値で5~50m2/gの範囲、好ましく8~16m2/gの範囲、より好ましくは9~16m2/gの範囲、さらに好ましくは10~16m2/gの範囲であり、10m2/gを超える比表面積であることが最も好ましい。ベーマイト処理品は、平均粒子径が1~20μmのアルミニウム粉体の焼結体であり、表面にアルミニウム系酸化物被膜を有し、かつ比表面積が実測値で5~20m2/gの範囲である。比表面積の実測は、窒素分子を用いた流動式比表面積自動測定装置 フローソーブIII2305(島津製)によって行うことができる。
【0025】
ベーマイト処理方法としては上記温水(純水)を用いる方法の他に、アミンやアンモニア等の塩基性化合物を添加した塩基性を示す水溶液を使用する方法を用いることもできる。
【0026】
ベーマイト処理により表面に形成されるアルミニウム系酸化物被膜は、AlOOHあるいはAl2O3・H2Oで表されるアルミナ水和物であり、アルミニウムを沸騰水で処理することにより生成し、耐食性に優れることが知られているが、アルミニウムの陰イオンとしての水酸化物イオンhydroxide ion OH-を含む、一般式Al(OH)n(例えば、n=3)で表される両性水酸化物amphoteric hydroxideを追加で含むことができる。
【0027】
多孔質体は、所定の形状を有することが好ましく、例えば、所定の形状としては、粉末状、円盤状、板状、またはハニカム構造などであることができる。
【0028】
<多孔質体への吸蔵>
HTO含有水溶液は、水蒸気及び/又はミストとして、多孔質体と接触させる。より具体的には水蒸気にする場合には、HTO含有水溶液を加熱し、ミストにする場合には、HTO含有水溶液をネブライザーなどのミスト生成装置に供給する。水蒸気及び/又はミストは、多孔質体と接触し、HTO含有水溶液に含まれるHTOの多孔質体へのダイレクトな吸蔵あるいは既に吸蔵されている軽水(H2O)との間の同位体交換反応によってHTOが選択的に多孔質体に吸蔵される。HTO含有水溶液に含まれるHTOが選択的に多孔質体に吸蔵される理由は、基本的には軽水とHTOとの間の平衡水蒸気圧の差と推察される。
【0029】
HTO含有水溶液に含まれるHTOが選択的に多孔質体に吸蔵される理由は、基本的には水蒸留法の原理に類似した原理に基づくと推察される。水蒸留法とは溶液中の複数成分間の平衡蒸気圧の差を利用し、蒸発、凝縮を繰り返す蒸留操作によって、平衡蒸気圧の低い成分を液相に濃縮する方法である。水蒸留法における装置では蒸留塔を使用し、塔底にボイラーを置いて蒸気を発生し、塔頂に凝縮器を設置し蒸気を水に戻すことで還流を作る。平衡蒸気圧が低いHTOは凝縮器に到達する前に塔壁で凝縮され、還流となって塔底に戻る。軽水は塔頂の凝縮器まで到達するので、HTOの分離と還流水中のトリチウム濃縮が進む。水蒸留法の短所は、塔が高くなるので、大型の装置となることと、蒸留温度を高くするほど軽水とHTOとの分離係数が小さくなるため、蒸発・凝縮の繰り返し回数が多く、減圧での操作が必要となる。実績として石油プラント等で多く利用されている。水蒸留による分離の仕組みを平衡式で表すと以下の式(1)ように表される(J. Plasma Fusion Res., Vol. 85, No. 10 (2009) 726-735)。
【0030】
【化1】
【0031】
すなわち、H2OとHTOの混合溶液を加熱し、一旦両者とも蒸気にしたのち、水に戻りやすいHTOのみを液体に戻すことで分離が行われる。
【0032】
本発明において、基本的には水蒸留法の原理に類似した原理に基づくと推察されるが、従来の水蒸留法と異なる点は、従来の水蒸留法での水から水蒸気への状態変化が気相-液相界面で行われるのに対し、多孔質体を用いた場合は多孔質体の層間のミクロ空間あるいはメソ空間内表面での吸着状態で行われる点である。言い換えれば、本発明はミクロ空間あるいはメソ空間充填による気相-ミクロ/メソ充填液相界面での状態変化を利用した分離技術といえ、H2OとHTOとの分離係数を大きくできるのが特徴である。すなわち、水蒸留法での分離係数αはその温度における水の飽和蒸気圧P(H2O)とHTOの飽和蒸気圧P(HTO)との比P(H2O)/ P(HTO)によって表される、しかし、多孔質体にミクロ孔充填した状態の分離係数α(ad)はP(H2O-ad)/ P(HTO-ad)で表されるが、ミクロ充填による安定化エネルギーがもたらされる程度は水<HTOとなるため、 P(H2O-ad)と P(HTO-ad)との差が顕著となる。したがって、吸着状態の分離係数α(ad)は水蒸留法での分離係数αよりも大きくなると考えられる。この分離機構を考慮すれば、分離はHTOのミクロ空間あるいはメソ空間へのミクロ孔充填(毛管凝縮)が起こりやすい低い温度で行うほうが好ましいが、分離速度を高めるには適度な加温が必要となる。HTO含有水溶液の水蒸気又はミストを接触させる多孔質体は、60℃以下の温度、好ましくは30~60℃の範囲に維持されることが、効率の点で好ましい。
【0033】
前記トリチウム含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを、大気圧からトリチウム含有水溶液の飽和蒸気圧の範囲の圧力で供給して、多孔質体に接触させ、多孔質体へトリチウム含有水(HTO)を選択的に吸着させ、HTO濃度が低下したトリチウム含有水溶液(低トリチウム含有水)は、多孔質体の下流側を前記トリチウム含有水溶液の供給側よりも陰圧にして、軽水(H2O)の多孔質体表面からの蒸散を優先することで得ることができる。
【0034】
前記HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストと多孔質体との接触は、減圧下で行われることができ、好ましくは減圧下で行われる。減圧下で行うことで、温度を比較的低く(例えば、60℃以下)設定することができる。減圧の圧力は、例えば、103~105Paの範囲であり、好ましくは103~104Paの範囲である。
【0035】
前記多孔質体は、複数の多孔質体からなり、前記HTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストは、複数の多孔質体と順次接触することを含むことができる。複数の多孔質体と順次接触することで、水溶液中のHTO濃度は順次低下させることができる。多孔質体と接触して得られるHTO濃度を低減したHTO含有水溶液は、多孔質体の数が増えることで、HTO濃度低減率が高くなる。
【0036】
本発明においては、所定量のHTOを吸蔵した多孔質体を回収し、貯蔵することを含む。あるいは、回収した多孔質体から吸蔵したHTOを放出させ、放出したHTOを回収することもできる。あるいは、所定量のHTOを吸蔵した多孔質体を、HTOを放出しやすい条件にして、HTOを放出させ、放出したHTOを回収することもできる。例えば、吸蔵終了後、HTOを吸蔵した多孔質体を加熱することで吸蔵したHTOを放出させ、放出した、HTOを再び冷却トラップで回収することができる。
【0037】
HTOを放出させた多孔質体は、繰り返し再利用が可能である。
【0038】
<装置>
本発明は、HTO含有水溶液中のHTO濃度を低減するために用いる装置を包含する。この装置は、
原料HTO含有水溶液のリザーバー10、
リザーバー10中のHTO含有水溶液の水蒸気及び/又はミストを生成する手段12、
多孔質体を格納した吸蔵手段20、及び
HTO濃度を低減したHTO含有水溶液を回収する手段30
を含む。さらに、本発明の装置は、
前記水蒸気及び/又はミストを吸蔵手段に移送するための移送手段40、及び
前記吸蔵手段から前記回収手段にHTO濃度を低減したHTO含有水溶液を移送する手段50を含む。
前記多孔質体は、細孔径が500Åの範囲にある細孔を有する多孔質体である。多孔質体は、前述と同様である。
【0039】
本発明の装置の1つの実施態様を図2に基づいて説明する。
原料HTO含有水溶液(TW)を格納するリザーバー10は、温度測定用の熱電対1(11)と、TWの水蒸気を生成するための手段12である乾燥空気の吹込口12aを有する。TWのミストを生成させる場合には、別途ネブライザーを設けることができる(図示せず)。リザーバー10は、マントルヒータ13にセットされ、所定の温度に調節される。
吸蔵手段20は、多孔質体22を格納した反応炉(密閉容器)であることができ、側周面に温度調節用のヒーターを有し、下方及び上方に開口20in及び20outを有する。吸蔵手段20は、多孔質体22付近及び温度を測定するための熱電対22を有する。
リザーバー10と吸蔵手段20は、移送手段40で連通しており、リザーバー10で生成する水蒸気(又はミスト)は、移送手段40により吸蔵手段20に移送される。
吸蔵手段20は、HTO濃度を低減したTWを回収する手段30と移送手段50により連通している。吸蔵手段20で生成したHTO度を低減したTWを回収する。図2の回収手段30は冷却トラップ30a及び30bであるが、冷却トラップに限定される意図ではない。
【0040】
ベーマイト処理多孔質体をTW中のHTO吸蔵材として利用する場合、多孔質体をTW中に長時間浸漬したのでは多孔質体の機械的強度に不安が生じる。そこで本発明では、長時間安定的にHTOを除去するための除去装置の基本的設計としては、多孔質体をフィルター的に使用し、陰圧を利用してTWの蒸気を透過させる方式とすることが好ましい。図2に示す装置は、この方式に準拠した構成を持つ。陰圧の圧力も102 Pa以上の低真空領域で分離が進行するので、装置の各コンポーネントの接続はステンレス配管とステンレス製高真空用継手ではなく、HTO汚染が生じにくいテフロンチューブとテフロン製継手で十分である。装置の構成が非常にシンプルで済むのが大きな利点でもある。
【0041】
実施例で用いた本発明の装置は、厚さ10 mm、直径74 mmの円板状に成形加工したベーマイト処理多孔質体を複数枚重ねて多段にして配置できる反応炉と、疑似汚染水として用いるHTO水を蒸気として気化させるリザーバーおよびマントルヒータ、反応炉を通過した水蒸気を回収する冷却トラップ(PYREX(登録商標)ガラス製)および吸引のための陰圧を発生させるダイアフラムポンプ(KNF、 N813.3 ANE、排気速度13 L/min)と乾燥空気流入部より構成されている。これらは基本的にテフロンチューブ(12 φ)で接続されている。また、反応炉をはじめ、主要な経路はリボンヒーターを巻き、温度制御が可能な仕様とした。乾燥空気は高圧ボンベ入りの高純度品を使用した。
【0042】
前記多孔質体は、複数の多孔質体22からなることができ、複数の多孔質体22は、吸蔵手段20において多段(直列)に格納されることができる。但し、複数の多孔質体22は、多段(直列)ではなく、一部又は全部が並列に吸蔵手段20に格納されることもできる。
【0043】
前記多孔質体は、比表面積が5~250m2/gの範囲であることかできる。
【0044】
前記多孔質体22は、吸蔵手段20において脱着自在である。脱着自在な多孔質体22は、吸蔵手段20から取り外し、別の場所に移送した後、吸蔵したHTOを取り出し及び回収することができる。
【0045】
本発明の装置の別の1つの実施態様を図5に示す。
装置の構成は基本的に図2に示す多孔質の時に用いた装置と同じである。両者の違いは、HTOの吸蔵体が多孔質体を格納する手段を、粉体状の吸蔵体を格納する手段に変更し、かつ、冷却トラップとダイアフラムポンプ以外を恒温層中に配置することで、温度制御の制度を高めた点である。詳細は以下の通りである。
【0046】
この装置は、反応炉(カラム)23、擬似汚染水リザーバー14、冷却トラップ31より構成されており、冷却トラップ31以外を恒温槽内に収めることで、恒温運転が可能となっている。カラム23と冷却トラップ31とは、移送手段60で連絡しているす。カラム23はパイレックス製の円筒状カラム(外径:50mm,高さ:230mm)で、カラムの上下には多孔質体25の粉体が飛び出さないようにガラスフィルター24a及び24bを取り付けている。下側のガラスフィルター24bはカラムに固定しているが、上側のフィルター24aはパッキングでシールし、蓋を締めつけることで密封固定されている。配管は全てテフロンを使用している。擬似汚染水リザーバー14は容量100 mLで、カラム上部からダイヤフラムポンプ(図示せず)によって吸引した際、大気圧の乾燥空気が吹込口15からリザーバー14に流入する構造になっている。
【0047】
カラム上部からダイヤフラムポンプ(図示せず)によって吸引すると、乾燥空気はリザーバー14中の擬似汚染水中にバブリングされ、擬似汚染水は恒温槽に設定された温度における飽和蒸気圧の水蒸気となってカラム23下側からカラム23内に供給される。カラム23には多孔質体が充填されており、流入した擬似汚染水の飽和蒸気を含む空気が吸着材を下から押し上げ、多孔質体層の表面まで浮かび上がり、その間、擬似汚染水中のHTOは吸着剤との無数回の衝突を繰り返すことになり、多孔質体との相互作用が強いHTOよりも相互作用が弱いH2Oが選択的に多孔質体層表面から蒸散する。そのため、カラム下流のトラップにはHTO濃度が低くなった擬似汚染水が回収される。
【実施例
【0048】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明する。但し、実施例は本発明の例示であって、本発明は実施例に限定される意図ではない。
【0049】
<トリチウム実験1>
図2に示した装置の下部に接続した容量100mLの丸底フラスコ(リザーバー)に擬似汚染水として0.5 MBq/Lの濃度に調製したHTOを50 mLとり、反応炉内に予め60℃で6時間減圧乾燥した厚さ10 mm、直径74 mmの多孔質体(80g)を1枚セットした。図2に示した装置において、加熱する箇所は主として多孔質体を備える反応炉とおよび汚染水を入れるリザーバーの2ヶ所である。また、これらと冷却トラップを接続している配管においては結露が起こらないようにリボンヒーターを巻き40℃に加温した。
【0050】
その後、反応炉の温度を任意に設定し(実施例1では60℃、実施例2では100℃)、温度が安定したのを確認し、トラップのデュワー瓶に粉状に粉砕したドライアイスを詰め、疑似汚染水を充填している丸底フラスコ(リザーバー)内に大気圧の乾燥空気を疑似汚染水内に吸引させることでバブリングしながら送り込み疑似汚染水の水蒸気と空気との混合気体を直接反応炉に供給し、除染実験をスタートさせた。多孔質体への疑似汚染水水蒸気の供給量はリザーバーの空気供給からの空気供給速度とともにリザーバーの温度も大きく関わる。ここでは、40℃一定とし、この状態を1時間維持した。ただし、この40℃の温度設定はマントルヒータの温度制御温度であり、リザーバー内の疑似汚染水を直接測定した温度ではない。
【0051】
実験終了後、トラップで回収した水にイオン交換水を加え、総量を5mlとする。この総量を5mlとした回収した水と実験に用いたトリチウム原料水5mlについて液体シンチレーションカウンターによる測定を行い、それぞれの計数率を求めた。回収した水の計数率を試料計数率、トリチウム原料水の計数率を原液計数率とし、それぞれの比放射能 cpm/gを求めた。装置はパッカード社、TRi-CARB 2050CAを使用し、液体シンチレーションカクテルを用いるLSCカクテル法で測定した。トラップで回収した水および実験に用いたトリチウム原料水の比放射能(2546.5 cpm/g)の比較からトラップで回収した水の除染率(%)を算出した。除染率の算出には次の式を用いた。
【0052】
【数1】
【0053】
<実施例1>
多孔質体にベーマイト処理(水温90℃以上純水に10分間浸漬)を行ったアルミニウム粉末焼結多孔質体(ベーマイト処理品、比表面積=11.27m2/g)を用い、反応炉の温度を60℃に設定し、トリチウム実験を実施した。回収した水の量は1.82g、試料計数率は510cpm、比放射能は280.2 cpm/g、結果除染率は89.1%。
【0054】
<実施例2>
実施例1で用いたアルミニウム粉末焼結多孔質体(ベーマイト処理品、比表面積=11.27m2/g)をそのまま用い、反応炉の温度を100℃に設定し、トリチウム実験を実施した。回収した水の量は3.00g、試料計数率4017cpm、比放射能は1339.0 cpm/g、結果除染率は47.3%。
【0055】
<参考例1>
多孔質体が無い状態でトリチウム実験を実施した。回収した水の量は2.54g、試料計数率は6426cpm、比放射能は2530 cpm/g、結果除染率は0.65 % 。
【0056】
【表1】
【0057】
以上の結果より、多孔質アルミニウムによるトリチウム擬似汚染水の除染は、多孔質アルミニウム表面のベーマイト層間にHTOが取り込まれミクロ孔充填されることで機能すると考えられる。ミクロ孔充填は物理吸着であるので、吸着したトリチウムは適度な昇温によって脱離可能であり、再度の回収も可能となる。
【0058】
<トリチウム実験2>
実験操作は、アルミニウム多孔質焼結体を用いた場合のトリチウム実験1と基本的には同様である。図5に示した装置の下部に接続した容量100 mLの丸底フラスコ(リザーバー)に疑似汚染水として0.2MBq/Lの濃度に調製したHTOを50 mLとり、25℃で6時間減圧乾燥したHTO吸蔵材を40g秤りとり、恒温槽内にセットした。冷却トラップに接続している恒温槽外部の配管においては結露が起こらないようにリボンヒーターを巻き40℃に加温した。
【0059】
その後、恒温槽の温度を40℃に設定し、温度が安定したのを確認し、トラップのデュワー瓶に粉砕したドライアイスを詰め、ダイヤフラムポンプを作動させた。それによって疑似汚染水を充填している丸底フラスコ(リザーバー)内に大気圧の乾燥空気が擬似汚染水内に吸引され、バブリングしながら空気とともに疑似汚染水の蒸気を直接カラムに供給し、除染実験をスタートさせた。
【0060】
実験終了後、トラップで回収した水にイオン交換水を加え、総量を5 mLとする。この総量を5 mLとした回収した水と実験に用いたトリチウム原料水5 mLについて液体シンチレーションカウンターによる測定を行い、それぞれの計数率を求めた。回収した水の計数率を試料計数率、トリチウム原料水の計数率を原液計数率とし、それぞれ比放射能cpm/gを求めた。装置はパッカード社、Tri-CARB 2050CAを使用し、液体シンチレーションカクテルを用いるLSCカクテル法で測定した。トラップで回収した水および実験に用いたトリチウム原料水の比放射能との比較からトラップで回収した水の除染率(%)を算出した。除染率の前述と同様の算出式を用いた。
【0061】
<実施例3>
HTO吸蔵材にベーマイト処理(水温90℃以上純粋に300分間浸漬後水熱処理)を行ったアルミニウム粉末(ベーマイト+水熱処理品、比表面積77.11 m2/g)を40g用い、恒温槽の温度を40℃に設定し、トリチウム実験を実施した。カラムを透過した疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係を図6に示す。処理量の積算値が大きくなるとともに除染率は低下する傾向が見られるが、処理量が15gを越えても30%程度の除染率を維持していることがわかる。
【0062】
<実施例4>
HTO吸蔵材にゼオライト(比表面積 30.41 m2/g)を40g用い、恒温槽の温度を40℃に設定し、トリチウム実験を実施した。カラムを透過した疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係を図7に示す。
【0063】
<実施例5>
HTO吸蔵材にγ-アルミナ(比表面積 84.67 m2/g)を40g用い、恒温槽の温度を40℃に設定し、トリチウム実験を実施した。カラムを透過した疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係を図8に示す。
【0064】
<実施例6>
HTO吸蔵材にシリカゲル(カラムクロマトグラフ用球状シリカゲル Wakosil-200、和光純薬製、比表面積 123.28 m2/g)を40g用い、恒温槽の温度を40℃に設定し、トリチウム実験を実施した。カラムを透過した疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係を図9に示す。
【0065】
<実施例7>
HTO吸蔵材に市販のベーマイト(C-06、大明化学製、比表面積 16.86 m2/g)を40g用い、恒温槽の温度を40℃に設定し、トリチウム実験を実施した。カラムを透過した疑似汚染水量(処理量)と除染率の関係を図10に示す。
【0066】
以上、5種類のトリチウム吸蔵材を使用して実験を行ったが、図の各プロットより、最小二乗法によってX軸およびY軸と交差する直線を求め、直線とX軸、Y軸で囲まれた三角形の面積を求め、トリチウム吸着剤1gあたりのトリチウム吸蔵量(吸蔵能力)を求めた。その結果を以下の表2に示す。
【0067】
【表2】
【0068】
【表3】
【0069】
表2の結果を吸蔵能力が高い順に並べると、ゼオライト(83 Bq/g)> γ-アルミナ(58.8 Bq/g)> 水熱処理ベーマイト(55.0 Bq/g)> シリカゲル(47.6 Bq/g)> 市販ベーマイト(42.0 Bq/g)の順である。これらの結果から考えられることは、トリチウム吸蔵能力には多孔質構造が最も重要で、比表面積については大きいほうが好ましいと思われる。
これらの結果から考えられることは、トリチウム吸蔵能力及び除染能力には多孔質構造(特定範囲の細孔径を有する)が最も重要であり、比表面積については大きいほうが好ましいと思われる。シリカゲルについては多孔質であり比表面積も大きいのに拘らずトリチウム吸蔵能力が比較的低いが、これは、用いたシリカゲルの細孔径が60Åと比較的大きいのが原因と考えられる。
【0070】
一方、表3に示す除染率1が高い順に並べると、ゼオライト(82.0%)>水熱処理ベーマイト(77.6%)>γ-アルミナ(69.1%)> 市販ベーマイト(65.8%)>シリカゲル(63.6%)の順である。除染率は、トリチウム吸蔵能力に加えて、細孔中に吸蔵されたH2O 及びHTOの脱離性の差に依存すると考えられる。脱離条件下において、細孔中に吸蔵されたH2O がHTOに比べて容易に脱離する場合、H2Oの脱離が優先的に進行して、細孔中に吸蔵されるHTOの割合は、H2O に比べて多くなり、脱離したH2O中に含まれるHTOの割合は、吸蔵させたH2O 及びHTOの混合物よりも低くなる。その結果、HTOをH2Oから分離することができる。
【0071】
脱離条件下において、細孔中に吸蔵されたH2OがHTOに比べて容易に脱離するか否かは、H2O 又はHTOを吸蔵させた多孔質体の示差走査熱量分析(DSC)により評価することができる。なお、HTOとD2Oは互いに同位体であり、どちらも質量数が20と等しいので、(物理的吸着や物理的脱離に対する)質量による効果はHTOとD2O同じと判断できる。
【0072】
試験例1~2
DSC測定は、100℃で乾燥させた多孔質体試料を室温で飽和蒸気圧を有するデシケータ内に置き、吸着平衡に達した5mgの試料について10℃/分の昇温速度で加熱して行われる。
【0073】
図11に、細孔径が7Å(モルデナイト、HSZ-640)のゼオライトにH2OまたはD2Oを60℃で飽和吸着させた後の昇温によるDSC測定結果を示す。図12にカラムクロマトグラフ用シリカゲルWakosil C-200(B型、細孔径60 Å)にH2OまたはD2Oを60℃で飽和吸着させた後の昇温によるDSC測定結果を示す。A型シリカゲル(細孔径25Å)を用いた場合も、B型シリカゲル(細孔径60Å)の図12の結果とほぼ同様であった。
【0074】
図11の結果では、H2OとD2Oの脱離(蒸散)による吸熱は30℃付近から始まり、その終了温度はいずれもほぼ120℃付近である。ところが、その間の吸熱ピークのプロフィールは明確に異なっている。それぞれの吸熱ピークの温度を比較しますとH2Oが60℃、D2Oが73℃と差が10℃以上開いている。したがって、2つのラインの差が最大となる温度(60℃)での除染がH2O/D2O分離効率を最大にできる物と推察する。そして、H2O/D2Oの蒸散温度に差が生じるためには多孔質吸着剤の細孔径の大きさが重要であり、天然ゼオライト(モルデナイト)の細孔径7Åというのが60℃での細孔からH2Oの選択的脱離という意味で重要と捉えています(径が小さすぎると蒸散温度は100℃以上になり、分離できないし、大きすぎると選択性が消失)。また、D2Oの30℃から80℃にかけての吸熱プロフィール(黒のライン)は、H2O(灰色ライン)と比較して明らかに蒸散が起こりにくくなっている様子を示している。これは、ゼオライト細孔内において、D2O⇔細孔の相互作用の方がH2O⇔細孔の相互作用よりも大きいことを裏付けている。すなわち、これがH2O/D2Oの分離のメカニズムのポイントと推察される。
【0075】
図12の結果では、吸熱ピークの温度を比べるとH2Oは87.5℃、D2Oは90℃と僅かであるが、D2Oの方がわずかに脱離しにくい。したがって、シリカゲルにおいてもH2O/D2O分離作用はそれなりに働くことが示唆される。シリカゲルの場合、細孔径はA型では25Å、B型では60Åと規格化されており(JIS Z 0701 1種および JIS Z 0701 2種)ともに天然ゼオライトの細孔径と比較すると4倍以上大きくなる。ここまで細孔径が大きくなると、細孔内での凝縮がほとんど起こらず、したがって、気相から液相への相転移も起こらず蒸散温度の差を縮小し、H2O/D2O分離が天然ゼオライトに比べて低くなると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、トリチウム含有水溶液の除染方法に関する分野に有用である。
【0077】
特に、福島原発事故によるトリチウム汚染水の平均HTO濃度は1 MBq/L程度と言われている。また、東電では地下水バイパスやサブドレインを通じて汲み上げた地下水を海に放出しているが、その際の基準値は漁協との取り決めによって1500 Bq/Lに設定している。1 MBq/Lの濃度の汚染水を1500 Bq/Lのレベルにまで除染するには99.85%以上の除染率が必要となるが、現状の状態の多孔質体をそのまま使用する場合、多孔質体の枚数を2、3枚重ねて用いることで到達でき、トリチウムの除染方法に関する分野に有用である。
【符号の説明】
【0078】
10、14 リザーバー、
11、22 温度測定用の熱電対、
12 水蒸気及び/又はミストを生成する手段、
12a、15 乾燥空気の吹込口
13 マントルヒータ
20、23 吸蔵手段、
30、31 HTO含有水溶液を回収する手段(コールドトラップ)、
40、50、60 移送手段、
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