(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-21
(45)【発行日】2024-11-29
(54)【発明の名称】ステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 37/04 20060101AFI20241122BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
B23K37/04 D
B23K9/23 B
(21)【出願番号】P 2021059101
(22)【出願日】2021-03-31
【審査請求日】2023-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】浅倉 誠仁
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】実開昭61-046084(JP,U)
【文献】実開昭62-105786(JP,U)
【文献】特開平11-347792(JP,A)
【文献】特開2012-139702(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00-9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚が3mm以下である2つのステンレス鋼板を、それぞれの端部同士が向き合うように配置するとともに、一対の第1拘束具及び一対の第2拘束具によって前記2つのステンレス鋼板をそれぞれ板厚方向から挟んで拘束する準備工程と、
向き合わされた前記ステンレス鋼板の前記端部に対して溶加材を用いることなく突き合わせ溶接を行う溶接工程と、を備え、
前記準備工程では、溶接により形成される溶接部の予測幅をw(mm)とし、前記ステンレス鋼板の板厚をt(mm)とした場合に、前記第1拘束具の端部と前記第2拘束具の端部との間隔を、{w+(40-10t)}mm以上
、2×{w+(40-10t)}mm以下の範囲とするとともに、
前記第1拘束具に拘束される前記ステンレス鋼板の端部と前記第1拘束具の端部との間、及び、前記第2拘束具に拘束される前記ステンレス鋼板の端部と前記第2拘束具の端部との間、を前記第1拘束具の端部と前記第2拘束具の端部との間隔の2分の1を基準として±5%の範囲内に揃える、ステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法。
【請求項2】
前記ステンレス鋼板は、オーステナイト系ステンレス鋼板またはフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板である、
請求項1に記載のステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶加材を用いることなくステンレス鋼板からなる母材同士を突き合わせ溶接すると、溶接線方向の熱収縮が主な原因となって、溶接後の溶接継手において、母材が溶接変形することがある。
【0003】
母材の溶接変形は、溶接トーチ側から見た場合に、溶接線を谷線としてV字状に変形するいわゆる角変形と、溶接線方向に沿って母材が溶接トーチ側に突出するように湾曲する座屈変形とが合成された溶接変形になる場合がある。このような溶接変形は、板厚が薄いステンレス鋼板が母材である場合に発生しやすい。
【0004】
母材の溶接変形を抑制するために、溶接時の母材の拘束位置を、なるべく開先に近い位置に設定することが考えられる。しかし、母材の拘束位置を開先に近づけると、溶接トーチ側から見た場合に、先の角変形とは逆向きに変形する逆角変形と、溶接線方向に沿ってステンレス鋼板が溶接トーチ側とは反対側に突出するように湾曲する座屈変形とが合成された溶接変形が起きることがある。
【0005】
逆角変形と、座屈変形とが合成された溶接変形が起きると、溶接部周辺が複雑な形状になってしまう。また、母材の拘束位置を一定にしたとしても、母材の機械的特性や板厚の変化により、上述のように変形の方向が変わってしまう場合がある。一対の母材をそれぞれ拘束する拘束具の間隔を大きく取ることで変形の方向を一定にすることは可能だが、拘束具の間隔を広げすぎると溶接変形の変形量そのものが大きくなってしまう。
【0006】
このような溶接変形の問題は、フェライト系ステンレス鋼板よりも耐力及びヤング率が比較的低いオーステナイト系ステンレス鋼板において起きやすい。また、オーステナイト系ステンレス鋼板に比べて比較的高強度なフェライト・オーステナイト二相鋼板は、溶接速度が低い場合に、溶接変形の問題が起きやすい。
【0007】
溶接後の溶接継手に矯正を行うことによって、溶接変形が矯正された溶接継手を得ることは可能である。しかし、上記のように、溶接継手において、溶接部周辺が複雑な形状になったり、母材の変形の方向が継手毎に変化したり、変形量が大きくなりすぎたりすると、溶接後の矯正工程において、継手の変形状態に合わせて矯正条件を個別に調整する必要が生じ、矯正工程が煩雑になる問題がある。矯正工程の煩雑化を防止するには、製造した複数の溶接継手において溶接変形の変形方向を一定にさせ、更には変形量自体を小さくさせることが求められる。
【0008】
特許文献1には、異なる板材同士を付き合わせ溶接するために、各板材を載置するステージと、各板材の上面にそれぞれ接触される第1冷却体及び第2冷却体と、各冷却体を押圧する第1押圧部及び第2押圧部と、溶接トーチとを用いる溶接機が記載されている。また、特許文献2には、鋼板を裏当金上で突合せて溶接する際に溶接熱によって発生する変形を防止するために、鋼板の開先部を跨ぐように設ける門形部材と、この門形部材を挿通し鋼板に固着した引き上げ板と、この引き上げ板のほぼ中央部に挿通するテーパーピンとで形成した変形抑制部材を用いた、溶接による角変形を防止する変形抑制方法が記載されている。
【0009】
しかし、これら特許文献1、2に記載された技術によっても、ステンレス鋼板の突き合わせ溶接の際に発生する溶接変形を一定にすることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2016-198822号公報
【文献】特開2012-139702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、溶接継手を量産する場合に、各溶接継手における溶接変形が一定の向きになり、変形量自体を小さくすることが可能な、ステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明は以下の構成を採用する。
[1] 板厚が3mm以下である2つのステンレス鋼板を、それぞれの端部同士が向き合うように配置するとともに、一対の第1拘束具及び一対の第2拘束具によって前記2つのステンレス鋼板をそれぞれ板厚方向から挟んで拘束する準備工程と、
向き合わされた前記ステンレス鋼板の前記端部に対して溶加材を用いることなく突き合わせ溶接を行う溶接工程と、を備え、
前記準備工程では、溶接により形成される溶接部の予測幅をw(mm)とし、前記ステンレス鋼板の板厚をt(mm)とした場合に、前記第1拘束具の端部と前記第2拘束具の端部との間隔を、{w+(40-10t)}mm以上、2×{w+(40-10t)}mm以下の範囲にするとともに、
前記第1拘束具に拘束される前記ステンレス鋼板の端部と前記第1拘束具の端部との間、及び、前記第2拘束具に拘束される前記ステンレス鋼板の端部と前記第2拘束具の端部との間、を前記第1拘束具の端部と前記第2拘束具の端部との間隔の2分の1を基準として±5%の範囲内に揃える、ステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法。
[2] 前記ステンレス鋼板は、オーステナイト系ステンレス鋼板またはフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板である、[1]に記載のステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法によれば、ステンレス鋼板の端部と、第1拘束具及び第2拘束具のそれぞれの端部との間を、第1拘束具の端部と第2拘束具の端部との間隔の2分の1を基準として±5%の範囲内に揃えるとともに、第1拘束具の端部と第2拘束具の端部との間隔を、{w+(40-10t)}mm以上とすることにより、溶接工程時に、拘束されていない部分が溶接トーチとは反対側に変形する余地が生まれ、溶接継手において、溶接トーチ側から見て溶接線を谷線とするV字状の角変形を確実に生じさせることができる。また、このような角変形が生じたことによって、断面中立軸が溶接トーチ側に移動することになり、溶接トーチ側に突出する座屈変形を生じさせることができる。これにより、溶接後の溶接継手における溶接変形の向きを溶接継手毎に一定の向きとし、更に、変形量自体を小さくすることができる。
【0014】
よって、本発明によれば、溶接継手を量産する場合に、各溶接継手における溶接変形が一定の向きになり、変形量自体を小さくすることができる。そして、溶接後の矯正工程では、溶接継手毎に矯正条件を変更することなく矯正を行えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態であるステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法の準備工程を示す断面模式図である。
【
図2】
図2は、本発明の実施形態であるステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法の溶接工程を示す断面模式図である。
【
図3】
図3は、本発明の実施形態であるステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法のよって製造された溶接継手を示す断面模式図である。
【
図4】
図4は、本発明の実施形態であるステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法の準備工程を示す模式図であって、溶接トーチ側から見た平面模式図ある。
【
図5】
図5は、角変形及び逆向きの角変形を説明する模式図である。
【
図6】
図6は、溶接継手の変形量を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態であるステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法について図面を参照して説明する。
【0017】
本実施形態の溶接方法の溶接対象は、ステンレス鋼板である。中でも特に、オーステナイト系ステンレス鋼板またはフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を用いて本実施形態の溶接方法によって溶接継手を量産する場合に、各溶接継手における溶接変形が一定の向きになり、変形量自体を小さくすることができる。なお、本実施形態のステンレス鋼板の溶接方法は、オーステナイト系ステンレス鋼板またはフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板に限定するものではなく、フェライト系ステンレス鋼板など他のステンレス鋼板にも好適に適用できる。
【0018】
また、溶接対象のステンレス鋼板は、板厚が3mm以下の薄鋼板を対象とする。板厚が小さい鋼板は、溶接変形が発生しやすいことから、特に本実施形態の溶接方法の溶接対象として好適に用いることができる。より好ましくは1~3mmの板厚とし、更には1~2mmの板厚としてもよい。板厚を1mm以上にすることで、溶接時の溶接部における板厚方向温度勾配が小さくなりすぎず、座屈変形が複雑にならない。また、板厚を3mm以下にすることで、溶接時の溶け込み深さが十分になり、溶加材を用いることなく溶接が可能になる。
【0019】
溶接対象のステンレス鋼板の端面には開先部が設けられていてもよい。開先部が突き合わされて構成される開先の形状は、I形開先がよい。また、開先加工を行わず、ステンレス鋼板の端面のままとしてもよい。I形開先の場合のルート間隔は0mmとする。
【0020】
本実施形態のステンレス鋼板の溶接方法は、準備工程と、溶接工程とを備えている。以下、各工程について説明する。
【0021】
(準備工程)
図1及び
図4に示すように、準備工程では、2つのステンレス鋼板1、2を、それぞれの端部1a、2a同士が向き合うように配置してから、それぞれのステンレス鋼板1、2を拘束する。なお、上述のように、各端部1a、2aには開先部を設けてもよい。
【0022】
各ステンレス鋼板1、2を拘束するため、本実施形態では、第1拘束具3及び第2拘束具4を用いる。第1拘束具3は、2つのブロック状の拘束体3a、3bが一対になって構成されており、一方のステンレス鋼板1をその板厚方向から挟んで拘束する。第2拘束具4は、第1拘束具3と同様に、2つのブロック状の拘束体4a、4bが一対になって構成されており、他方のステンレス鋼板2をその板厚方向から挟んで拘束する。
【0023】
第1拘束具3及び第2拘束具4は、
図4の平面模式図に示すように、ステンレス鋼板1、2のそれぞれの端部1a、2aの長手方向に沿って延在させる。また、第1拘束具3及び第2拘束具4の鋼板端部側の各端部3c、4cと鋼板の端部1a、2aとが平行になるように、各ステンレス鋼板1、2に対して第1拘束具3及び第2拘束具4を配置させる。
【0024】
第1拘束具3及び第2拘束具4の長さD1、D2は、
図4に示すように、端部1a、2aの長さよりも長くするか、または、端部1a、2aの長さと同じにする。第1拘束具3及び第2拘束具4の長さD1、D2が端部1a、2aの長さよりも短いと、ステンレス鋼板1、2が拘束されない領域が生じてしまい、予定されていない溶接変形が起きてしまうので好ましくない。
【0025】
また、第1拘束具3及び第2拘束具4の幅h1、h2は、ステンレス鋼板1、2をそれぞれ確実に拘束可能な幅を有していればよく、特に制限はない。
【0026】
各ステンレス鋼板1、2はそれぞれ、各ステンレス鋼板1、2の端部1a、2aから離れた位置において第1拘束具3及び第2拘束具4によって拘束される。
図4に示すように、第1拘束具3に拘束される一方のステンレス鋼板1の端部1aの先端と第1拘束具3の端部3cとの間隔L1、及び、第2拘束具4に拘束される他方のステンレス鋼板2の端部2aの先端と第2拘束具4の端部4cとの間隔L2は、第1拘束具3の端部3cと第2拘束具4の端部4cとの間隔(L1+L2)の2分の1を基準とし、この基準の±5%の範囲内に揃える。間隔L1、L2がこの範囲から外れると、溶接後の溶接変形を予定された変形状態に制御することが困難になる。
【0027】
また、準備工程では、次工程である溶接工程において形成される溶接部の予測幅をw(mm)とし、ステンレス鋼板の板厚をt(mm)とした場合に、第1拘束具3の鋼板端部側の端部3cと第2拘束具4の鋼板端部側の端部4cとの間隔Mを、{w+(40-10t)}mm以上とする。間隔Mの上限は、2×{w+(40-10t)}mm以下としてもよい。より好ましくは、第1拘束具3の端部3cと第2拘束具4の端部4cとの間隔Mを、{w+(40-10t)}mm以上とする。また、間隔Mは、1.1×{w+(40-10t)}mm以下としてもよい。最も好ましくは間隔Mを{w+(40-10t)}mmとする。
【0028】
母材となるステンレス鋼板1、2の板厚tが小さくなるほど、溶接入熱を受けた溶接部の板厚方向の温度分布の勾配が小さくなって角変形が起きにくくなる。よって、第1拘束具3の端部3cと第2拘束具4の端部4cとの間隔Mを大きくすることで、予定されていない溶接変形を抑制可能になる。一方、第1拘束具3の端部3cと第2拘束具4の端部4cとの間隔Mを広げすぎると、端部1a、2aにおける第1、第2拘束具3、4による拘束力が弱くなり、変形量が大きくなってしまう。また、第1拘束具3の端部3cと第2拘束具4の端部4cとの間隔Mは、少なくとも溶接部の幅w以上とする必要がある。以上の知見に基づき、本発明者が実験を行った結果、上記の範囲を見出すに至った。
【0029】
第1拘束具3の鋼板端部側の端部3cと第2拘束具4の鋼板端部側の端部4cとの間隔が{w+(40-10t)}mm未満になると、溶接トーチ側から見た場合に、溶接線が山折りになる角変形(逆向きの角変形(
図5(b)参照。))が起こる場合があり、また、溶接線方向に沿ってステンレス鋼板1、2が溶接トーチ側とは反対側に突出するように湾曲する座屈変形が起こる場合もある。このような予定されていない変形が合成することで、溶接線の近傍ではより複雑な変形が起きてしまい、溶接後の矯正が難しくなってしまう。
【0030】
第1拘束具3の鋼板端部側の端部3cと第2拘束具4の鋼板端部側の端部4cとの間隔Mが2×{w+(40-10t)}mmを超えると、第1拘束具3及び第2拘束具4と鋼板の端部1a、2aとの間隔が広がり、これにより端部1a、2aに対する拘束力が弱くなり、溶接変形の変形量が大きくなってしまう。
【0031】
溶接部の予測幅w(mm)は、溶接工程によって形成される溶接部の溶接トーチ側の面における溶接金属の幅の予測値である。この予測幅wは、予備試験を行うことにより決定する。予備試験では、溶接工程における溶接条件と同じ溶接条件とし、材質、板厚及び端部形状を溶接対象のステンレス鋼板と同じにしたステンレス鋼板を用いて溶接を行う。予備試験において形成された溶接部の幅を予測幅wとする。
【0032】
(溶接工程)
次に
図2に示すように、溶接工程では、向き合わされた端部1a、2aに対して溶接トーチ10を対向させ、溶加材を用いることなく突き合わせ溶接を行う。溶接方法はレーザー溶接または非消耗電極式ガスシールドアーク溶接とし、好ましくはTIG溶接とする。溶接施工としては片側溶接とする。その他の溶接条件は特に限定しない。
【0033】
本実施形態では、裏当ては行わなくてもよい。裏当てを行うと、端部1a、2aの周辺が必要以上に強く拘束されてしまい、溶接後の溶接部の熱収縮によって座屈変形が大きくなる場合がある。
【0034】
図3には、溶接終了後の状態を示す。溶接を行うことにより溶接部20が形成される。これにより、ステンレス鋼板1、2が溶接部によって接合されてなる溶接継手30が得られる。なお、間隔Mを決定する際に利用する溶接部20の予測幅wは、前述したように、予備試験によって得られた溶接継手の溶接部の幅に基づいて決定される。参考として、
図3には、予備試験において測定する溶接部の幅の測定範囲を符号wとともに寸法線で示している。
【0035】
本実施形態の溶接方法によって得られる溶接継手30は、第1、第2拘束部3、4による拘束を解除することにより、溶接施工時の溶接トーチ側から見た場合に、溶接線を谷線としてV字状に変形するいわゆる角変形と、溶接線方向に沿って母材が溶接トーチ側に突出するように湾曲する座屈変形とが合成された溶接変形が起こる。この溶接変形は、予定された変形である。そして、本実施形態の溶接方法によって溶接継手30を量産した場合であっても、角変形及び座屈変形の向きが溶接継手毎に変化することはない。更に、それぞれの溶接継手30における変形量も小さくなる。これにより、溶接後に矯正工程を行う際に、溶接継手30の変形状態に合わせて溶接継手30毎に矯正条件を調整する必要がない。
【0036】
以上説明したように、本実施形態のステンレス鋼板の突き合わせ溶接方法によれば、ステンレス鋼板1,2の端部1a、2aと、第1拘束具3及び第2拘束具4のそれぞれの端部3c、4cとの間を、第1拘束具3の端部3cと第2拘束具4の端部4cとの間隔の2分の1を基準として±5%の範囲内に揃えるとともに、第1拘束具3の端部3cと第2拘束具4の端部4cとの間隔Mを、{w+(40-10t)}mm以上とすることにより、溶接工程時に、拘束されていない部分が溶接トーチ10とは反対側に変形する余地が生まれ、これにより、溶接継手30において、溶接トーチ10側から見て溶接線を谷線とするV字状の角変形を確実に生じさせることができる。また、このような角変形が生じたことによって、断面中立軸が溶接トーチ10側に移動することになり、溶接線に沿って溶接トーチ10側に突出する座屈変形を生じさせることができる。これにより、本実施形態では、溶接継手30を量産する場合に、溶接後の溶接継手30における溶接変形の向きを溶接継手30毎に一定の向きとし、更に、変形量自体を小さくすることができる。そして、溶接後の矯正工程では、溶接継手30毎に矯正条件を調整することなく矯正を行えるようになる。
【実施例】
【0037】
長さ200mm、幅75mm及び板厚1.5mmのステンレス鋼板を2枚(鋼種:SUS316L)と、長さ200mm、幅75mm及び板厚2.0mmのステンレス鋼板を2枚(鋼種:SUS316L)と、長さ200mm、幅75mm及び板厚2.0mmのステンレス鋼板を2枚(鋼種:NSSC2351、日鉄ステンレス株式会社製)と、長さ200mm、幅75mm及び板厚2.0mmのステンレス鋼板を2枚(鋼種:NSSC2120、日鉄ステンレス株式会社製)と、を用意した。なお、SUS316Lはオーステナイト系ステンレス鋼板であり、NSSC2351及びNSSC2120はフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板である。
【0038】
次に、準備工程として、2つのステンレス鋼板を、長さ方向に平行な端面(長さ200mmの端部)同士が向き合うように配置してから、それぞれのステンレス鋼板を拘束した。また、溶接対象の2つのステンレス鋼板を配置する際は、それぞれ水平になるように配置した。
【0039】
各ステンレス鋼板を拘束するために、
図1及び
図4に示すような第1拘束具及び第2拘束具を用いた。第1拘束具及び第2拘束具は、
図4の平面模式図に示すように、ステンレス鋼板の長さ方向に平行な端部の長手方向に沿って延在させた。また、第1拘束具及び第2拘束具の鋼板端部側の各端部と鋼板端部とが平行になるように、各ステンレス鋼板に対して第1拘束具及び第2拘束具を配置させた。
【0040】
第1拘束具に拘束される一方のステンレス鋼板の端部と前記第1拘束具の端部との間隔L1、及び、第2拘束具に拘束される他方のステンレス鋼板の端部と第2拘束具の端部との間隔L2は、同じ長さとした。また、第1拘束具の鋼板端部側の端部と第2拘束具の鋼板端部側の端部との間隔は、表1に示す通りとした。
【0041】
次に、向き合わされた端部に対して溶加材を用いることなく突き合わせ溶接を行った。溶接方法はTIG溶接とし、溶接速度および溶接入熱量は表1に記載の通りとした。溶接施工としては片側溶接とした。このようにして、溶接継手を製造した。溶接継手は、条件No.ごとに3個ずつ製造した。
【0042】
なお、裏当ては行わなかった。
【0043】
得られた溶接継手について、角変形の向きを確認した。条件毎に3個ずつ製造した溶接継手のうち、全ての溶接継手が、溶接施工時の溶接トーチ側から見た場合に溶接線を谷線としてV字状に変形した場合を「○」とした。一方、一部または全部の溶接継手が、溶接施工時の溶接トーチ側から見た場合に溶接線が山線になるように逆向きに変形した場合を「×」とした。結果を表1に示す。また、「○」の場合の変形の例を
図5(a)に示し、「×」の場合の変形の例を
図5(b)に示す。
【0044】
また、得られた溶接継手のうち、角変形の向きの評価が「○」だった溶接継手について、溶接後の変形量を評価した。変形量の評価は、溶接継手の長手方向と直交する板厚方向の断面において、溶接部を中心とする変形角度θを計測することで評価した。
図6に変形角度θを示す。変形角度θは、溶接継手を水平面M上に置いた場合の、水平面Mに対する片側のステンレス鋼板の傾斜角度とした。変形角度θが0~2°以下である場合を、変形量が少ないとして「○」とし、変形角度θが2°を超える場合を変形量が大きいとして「×」とした。結果を表1に示す。
【0045】
表1に示すように、拘束具の間隔が本発明を満足する条件で製造された溶接継手は、3つのうち全ての溶接継手が、
図5(a)に示すように、溶接施工時の溶接トーチ側から見た場合に溶接線を谷線としてV字状に変形した。このように、製造条件が本発明を満足する溶接継手は、溶接後の溶接継手における溶接変形の向きを溶接継手毎に一定の向きとなり、また、横曲がりの変形角度θを0~2°の範囲とすることができた。
【0046】
一方、表1に示すように、拘束具の間隔が本発明を満足しない条件で製造された溶接継手は、3つのうちの一部の溶接継手が、
図5(b)に示すように、溶接施工時の溶接トーチ側から見た場合に溶接線を山線となるように変形した。このため、溶接変形の向きが溶接継手毎に異なる向きとなった。
【0047】
このため、溶接継手の変形を矯正するための矯正条件は、発明例の場合にはどの溶接継手であっても一定の矯正条件で矯正できたが、比較例の場合には溶接継手毎に矯正条件を調整する必要が生じてしまい、溶接継手の生産性が低下した。
【0048】
【符号の説明】
【0049】
1…一方のステンレス鋼板(ステンレス鋼板)、2…他方のステンレス鋼板(ステンレス鋼板)、1a、2a…端部、3…第1拘束具、4…第2拘束具、3c…第1拘束具の端部、4c…第2拘束具の端部、10…溶接トーチ、30…溶接継手、M…間隔。