(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-21
(45)【発行日】2024-11-29
(54)【発明の名称】金属異物の混入時期推定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/02 20060101AFI20241122BHJP
G01N 33/2028 20190101ALI20241122BHJP
【FI】
G01N33/02
G01N33/2028
(21)【出願番号】P 2021069966
(22)【出願日】2021-04-16
【審査請求日】2024-01-25
(73)【特許権者】
【識別番号】510115247
【氏名又は名称】株式会社ハウス食品分析テクノサービス
(73)【特許権者】
【識別番号】000111487
【氏名又は名称】ハウス食品グループ本社株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】楠本 隆己
(72)【発明者】
【氏名】生田 昌之
(72)【発明者】
【氏名】野口 憲太郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】天明 裕介
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-342585(JP,A)
【文献】特開2020-129006(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/02
G01N 33/2028
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
飲食品中に混入していた鉄を含有する異物金属の、該飲食品の製造過程及び/又は流通過程における処理履歴の有無を判定する方法であって、
該異物金属の表面の鉄元素量を測定しその値と、鉄を含有する対照金属の表面の同様に測定された鉄元素量の値とを比較する工程を含み、該対照金属は該処理履歴を有するか、もしくは有さないものであり、両者の値が同等である場合には、該異物金属は該対照金属と同じく、該処理履歴を有するもしくは有さないと判定
し、
前記金属がステンレスであり、
前記処理履歴が、加熱処理履歴及び/又は保存処理履歴である、方法。
【請求項2】
前記金属の表面の鉄元素量を、X線光電子分光法、オージェ電子分光法、又は飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて測定する、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
前記金属の表面が、該金属の表層面から10nm以内の深さである、請求項1
又は2に記載の方法。
【請求項4】
さらに、前記金属の表面のクロム元素量及び/又は酸素元素量を測定することを含み、前記鉄元素量の値が、該金属の表面のクロム元素量又は酸素元素量と鉄元素量の比(Cr又はO/Fe値)で表される、請求項1~
3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
飲食品中に異物として混入していた鉄を含有する金属の混入時期を推定する方法であって、
請求項1~
4のいずれか一項に記載の方法により、該飲食品の製造過程及び/又は流通過程における処理履歴の有無を判定する工程、ならびに、
該金属が該処理履歴を有する場合、該金属の混入時期が該飲食品の製造過程及び/又は流通過程であると推定する工程、
を含み、
前記金属がステンレスであり、
前記処理履歴が、加熱処理履歴及び/又は保存処理履歴である方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品中に混入していた金属異物の混入時期を、金属表面の鉄元素量に基づいて推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲食品は、体内に取り入れられるものであり、当然、その安全性が確保されていなければならない。そのため、飲食品製造の品質管理において、異物混入の原因となり得る事項は、徹底的に排除しなければならない。
【0003】
かかる品質管理を徹底するにあたっては、異物混入の実態を正確に把握することが必要であり、そのために、まず、飲食品に混入していた異物が、飲食品の製造過程において混入したものであるのか、あるいは飲食品の製造過程後(例えば、製品開封後)に混入したものであるのか、その異物混入時期についての検証を行うことが重要とされる。
【0004】
そのため毛髪やプラスチック等の異物の混入時期を推定するための様々な方法が開発・報告されている(非特許文献1,2)。
【0005】
金属は一般的に加熱等による腐食に強く、変化が起こりにくいとされ、金属異物の混入時期を推定することは、他の物質と比べて困難なものとなっている。特許文献1には、アルミニウム等の金属片が食品等に混入していた場合、当該金属片の熱蛍光量を測定することによって、その混入時期を推定できることが記載されている。
【0006】
しかしながら、アルミニウム以外の金属が異物として混入し得る可能性もあることから、当該分野においては依然として、金属異物の混入時期を推定することを可能とする新たな手法が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】佐藤元著、「混入毛髪鑑別法」株式会社サイエンスフォーラム発行、2000年
【文献】コンバーテック、2002年11月号、(株)加工技術研究会出版、「CPPフィルムのDSC分析でレトルト熱処理の履歴がわかるスメクチック型からα晶への相転位を利用」(味の素(株)生産技術開発センター)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、飲食品中に混入していた金属異物の混入時期を推定することを可能とする新たな手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
飲食品に接触した金属からは一部の金属元素の溶出が確認されるところ(N.Mazinanian et al.,CORROSION,Vol.72,No.6,p.775-790,June,2016)、本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、飲食品中に混入していた金属異物の表面における元素組成と、当該金属異物が飲食品と共に付された加熱や保存処理等の処理履歴との間には相関関係が存在することを見出した。
【0011】
より詳細には、本発明者らは、飲食品中に混入していた鉄を含有する金属異物の表面における鉄元素量が、飲食品と共に加熱処理や保存処理等の処理に付されている場合には顕著に低下していることを見出し、異物金属の表面における鉄元素量を測定することによって当該異物金属が前記処理に付されたか否か(すなわち、前記処理履歴を有するか否か)を判定することが可能であり、これに基づいて飲食品への当該異物金属の混入時期を推定できることを見出した。
【0012】
本発明は、これらの新規知見に基づくものであり、以下の発明を包含する。
[1] 飲食品中に混入していた鉄を含有する異物金属の、該飲食品の製造過程及び/又は流通過程における処理履歴の有無を判定する方法であって、
該異物金属の表面の鉄元素量を測定しその値と、鉄を含有する対照金属の表面の同様に測定された鉄元素量の値とを比較する工程を含み、該対照金属は該処理履歴を有するか、もしくは有さないものであり、両者の値が同等である場合には、該異物金属は該対照金属と同じく、該処理履歴を有するもしくは有さないと判定する、方法。
[2] 前記金属がステンレスである、[1]の方法。
[3] 前記金属の表面の鉄元素量を、X線光電子分光法、オージェ電子分光法、又は飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて測定する、[1]又は[2]の方法。
[4] 前記金属の表面が、該金属の表層面から10nm以内の深さである、[1]~[3]のいずれかの方法。
[5] 前記処理履歴が、加熱処理履歴及び/又は保存処理履歴である、[1]~[4]のいずれかの方法。
[6] さらに、前記金属の表面のクロム元素量及び/又は酸素元素量を測定することを含み、前記鉄元素量の値が、該金属の表面のクロム元素量又は酸素元素量と鉄元素量の比(Cr又はO/Fe値)で表される、[1]~[5]のいずれかの方法。
[7] 飲食品中に異物として混入していた鉄を含有する金属の混入時期を推定する方法であって、[1]~[6]のいずれかの方法により、該飲食品の製造過程及び/又は流通過程における処理履歴の有無を判定する工程、ならびに、該金属が該処理履歴を有する場合、該金属の混入時期が該飲食品の製造過程及び/又は流通過程であると推定する工程、を含む方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、飲食品中に混入していた金属異物の混入時期を推定することを可能とする新たな手法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、トマトソースに混入させたステンレスSUS304のX線光電子分光法(XPS)による各種金属元素濃度(%)の分析結果を示す。試料は、(a)混入していない異物;(b)開封後に混入した異物;(c)製造工程で混入した異物、をそれぞれ示す。縦軸は金属元素濃度(%)を示し、横軸は金属表面からの深さ(nm)を示す。
【
図2】
図2は、トマトソースに混入させたステンレスSUS420J2のXPSによる各種金属元素濃度(%)の分析結果を示す。試料は、(a)混入していない異物;(b)開封後に混入した異物;(c)製造工程で混入した異物、をそれぞれ示す。縦軸は金属元素濃度(%)を示し、横軸は金属表面からの深さ(nm)を示す。
【
図3】
図3は、ホワイトソースに混入させたステンレスSUS420J2のXPSによる各種金属元素濃度(%)の分析結果を示す。試料は、(a)混入していない異物;(b)開封後に混入した異物;(c)製造工程で混入した異物、をそれぞれ示す。縦軸は金属元素濃度(%)を示し、横軸は金属表面からの深さ(nm)を示す。
【
図4】
図4は、水に混入させたステンレスSUS420J2のXPSによる各種金属元素濃度(%)の分析結果を示す。試料は、(a)混入していない異物;(b)開封後に混入した異物;(c)製造工程で混入した異物、をそれぞれ示す。縦軸は金属元素濃度(%)を示し、横軸は金属表面からの深さ(nm)を示す。
【
図5】
図5は、トマトソースに混入させたステンレスSUS304のXPSによる各種金属元素濃度(%)の分析結果を示す。試料は、(a)混入していない異物;(b)加熱を受けていない異物;(c)加熱を受けた異物、をそれぞれ示す。縦軸は金属元素濃度(%)を示し、横軸は金属表面からの深さ(nm)を示す。
【
図6】
図6は、トマトソースに混入させたステンレスSUS420J2のXPSによる各種金属元素濃度(%)の分析結果を示す。試料は、(a)混入していない異物;(b)加熱を受けていない異物;(c)加熱を受けた異物、をそれぞれ示す。縦軸は金属元素濃度(%)を示し、横軸は金属表面からの深さ(nm)を示す。
【
図7】
図7は、トマトソースに混入させたステンレスSUS304のXPSによる各種金属元素濃度(%)の分析結果を示す。試料は、(a)混入していない異物;(b)短時間混入させた異物;(c)長時間混入させた異物、をそれぞれ示す。縦軸は金属元素濃度(%)を示し、横軸は金属表面からの深さ(nm)を示す。
【
図8】
図8は、トマトソースに混入させたステンレスSUS420J2のXPSによる各種金属元素濃度(%)の分析結果を示す。試料は、(a)混入していない異物;(b)短時間混入させた異物;(c)長時間混入させた異物、をそれぞれ示す。縦軸は金属元素濃度(%)を示し、横軸は金属表面からの深さ(nm)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、飲食品中に異物として混入していた鉄を含有する金属の、当該飲食品の製造過程及び/又は流通過程における処理履歴の有無を判定する方法に関する。
【0016】
本発明において「飲食品」とは、レストラン等で提供される料理や、冷凍、チルド、常温等で流通可能な各種加工飲食品を意味する。加工飲食品としては例えば、カレー、シチュー、スープ、ソース等のレトルト製品、カレー、シチュー等のルウ製品、冷凍飲食品、練りわさび、練りからし、マスタード等の各種スパイス製品、マヨネーズ、ドレッシング等の調味料製品、ヨーグルト、バター、チーズ、アイスクリーム等の乳製品、ゼリー、プリン等のデザート製品、デザート製品を調製するためのデザートベース、チョコレート、クッキー等の菓子製品、お茶、コーヒー、果実飲料、炭酸飲料、ビタミン飲料、清涼飲料水等の飲料製品等を挙げることができるが、これらに限定はされない。
【0017】
本発明において「異物」とは鉄を含有する金属であり、このような金属としては鉄や鉄を含む合金(例えば、ステンレス、鋼等)が挙げられるが、好ましくはステンレス(ステンレス鋼とも称される)である。ステンレスの種類は特に限定されず、オーステナイト系(例えば、SUS304等)、オーステナイト・フェライト系(例えば、SUS329J1等)、フェライト系(例えば、SUS430等)、マルテンサイト系(例えば、SUS420J2等)のいずれであってもよい。
【0018】
本発明によれば、異物として混入していた前記金属が、飲食品と共に加熱処理や保存処理等の処理に付されたものであるか否かを判定することが可能であり、これに基づいて当該異物金属の当該飲食品中に混入した時期、例えば、飲食品の製造過程及び/又は流通過程で混入したものであるか、または飲食品の製造過程及び/又は流通過程の後(例えば、製品開封後)に混入したものであるのかを推定することができる。これは混入していた前記金属の表面の鉄元素量を分析・測定することにより行うことができる。
【0019】
本発明において、分析・測定対象となる「金属の表面」とは、飲食品や金属の種類によって異なり得るが、金属の表層面(深さ0nm)から深さ70nm以内、例えば、60nm以内、50nm以内、40nm以内、30nm以内、又は20nm以内であり、好ましくは10nm以内、より好ましくは5nm以内(例えば4nm以内)、さらに好ましくは3nm以内、2nm以内、又は1nm以内である。例えば、金属がオーステナイト系ステンレス(例えば、SUS304等)である場合、分析・測定対象となる「金属の表面」とは、表層面(深さ0nm)から10nm以内、例えば、5nm以内、又は4nm以内、好ましくは3nm以内とすることができる。また例えば、金属がマルテンサイト系ステンレス(例えば、SUS420J2等)である場合、分析・測定対象となる「金属の表面」とは、表層面(深さ0nm)から60nm以内、例えば、30nm以内、2又は0nm以内、好ましくは10nm以内、5nm以内、又は4nm以内、より好ましくは3nm以内とすることができる。
【0020】
本発明において、「金属の表面の鉄元素量」の分析・測定は、従来公知の物質表面の分析手法を用いて行うことができる。このような物質表面の分析手法としては例えば、X線光電子分光法、オージェ電子分光法、二次イオン質量分析法、飛行時間型二次イオン質量分析法等の質量分析手法が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0021】
X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)は、超高真空下で試料表面にX線を照射し、光電効果により、試料表面から放出される光電子の運動エネルギーを計測することで、試料表面を構成する元素の組成及び化学結合状態を分析することができる。また、ピーク面積比を用いることで元素の定量を行うことができる。さらにイオンエッチング(例えば、Ar+イオンエッチングやC60
+イオンエッチング)の併用により、深さ方向の分析を行うことができる。
【0022】
オージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)は、試料に電子線を照射し、試料表面から放出されるオージェ電子のエネルギースペクトルを解析することで、試料表面を構成する元素の組成を同定することができる(オージェ電子は元素ごとに固有のエネルギーを有するため)。また、ピーク強度比を用いることにより元素の定量を行うことができる。さらにイオンエッチング(例えば、Ar+イオンエッチング)の併用により、深さ方向の分析を行うことができる。
【0023】
二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry:SIMS)は、真空中にてセシウムや酸素等の化学的に活性なイオン(一次イオン)の連続ビームを試料表面に照射することにより、当該表面付近の原子を撹拌し、中性粒子、二次イオン、二次電子を飛び出させ(いわゆる、スパッタリング)、このうち二次イオンを分析(分離)・検出に付すことにより分子量を判定・測定することができる。一次イオンの連続ビームを使用するスパッタリングにより、深さ方向分析を行うことを可能とする(本手法は、「ダイナミックSIMS」とも称される)。一方、真空中にてガリウム、金、ビスマス等のイオン(一次イオン)を試料表面にパルス照射することにより、試料の極表面からフラグメントイオンや分子イオン(二次イオン)を飛び出させ、これを分析(分離)・検出に付してもよい。(本手法は、「スタティックSIMS」とも称される)。本発明における試料断面の分析には、試料最表面の分析を可能とするスタティックSIMSを好適に用いることができる。
【0024】
飛行時間型二次イオン質量分析法(Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry:TOF-SIMS)は、飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectrometry:TOF-MS)と、二次イオン質量分析法(SIMS)とを組み合わせた質量分析法である。TOF-SIMSにおいて、SIMSは上記スタティックSIMSを用いることができる。スタティックSIMSにより、一次イオンのパルス照射により、試料の極表面から飛び出したフラグメントイオンや分子イオン(二次イオン)を、高電圧の電極間で加速させ、高真空無電場領域の管(いわゆる、フライトチューブ)内をイオン検出器に向かって等速度飛行させる。この際、分子量の低いものほどイオン検出器まで早く到達し、分子量の高いものほど、遅くイオン検出器まで到達する。このイオン検出器までの到達時間を測定することによりその分子の分子量を判定・測定することができる。
【0025】
これらの表面分析手法は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法、レーザー脱離イオン化法、スパッタリング(二次イオン放出)法、高速原子衝突法、エレクトロスプレーイオン化法、脱離イオンエレクトロスプレーイオン化法、走査型プローブエレクトロスプレーイオン化法、大気圧化学イオン化法、大気圧直接イオン化法、誘導結合プラズマ法、電子イオン化法、化学イオン化法、電界離脱法等の試料のイオン化手法と適宜組み合わせて用いることができる。
【0026】
本発明においては、飲食品中に混入した鉄を含有する金属(以下、「異物金属」と記載する場合がある)の表面の鉄元素量を測定し、その値を、同じ条件で測定された対照の鉄を含有する金属(以下、「対照金属」と記載する場合がある)の表面の鉄元素量の値と対比することにより、当該異物金属の飲食品の製造過程及び/又は流通過程における処理履歴の有無を判定することができる。
【0027】
本発明において「対照の鉄を含有する金属」又は「対照金属」としては、飲食品中に混入した異物金属と同等、好ましくは同じ種類の金属、あるいは、飲食品中に混入した異物金属の一部であり、これを異物金属が混入していた飲食品に対応する飲食品に添加して処理することにより調製したもの、あるいは当該処理に付していないものであり、当該処理履歴を有するか否かが明らかであるものを用いることができる。「対応する飲食品」とは、異物金属が混入していた飲食品と同等又は同質であることを意味し、当該異物金属が実際に混入していた飲食品であってもよいし、あるいは当該異物金属が実際に混入していた飲食品と同じ飲食品であってもよい。
【0028】
対照金属の調製において、所定の金属が対応する飲食品中にて付される処理とは、異物金属が混入していた飲食品がその製造過程及び/又は流通過程において付される一又は複数の処理を指す。このような処理としては、当該飲食品が製造過程において加熱処理された飲食品である場合には、加熱処理が挙げられる。加熱処理には、加熱調理処理、殺菌処理、発酵加熱処理等が含まれる。例えば、加熱調理処理としては、製造される飲食品に応じて30~120℃にて4分~24時間の条件にて処理することが含まれる。殺菌処理としてはレトルト殺菌(加圧加熱殺菌)が挙げられる。レトルト殺菌は、パウチや容器に入れた飲食品を密封後、一般的に中心部の温度を120℃で4分間加熱する又はこれと同等以上の効力を有する方法で処理することができる。発酵加熱処理としては、20~30℃にて5~24時間の条件にて処理することを含む。また、このような処理としては、所定の温度条件下にて、所定の時間保存する保存処理が含まれる。温度及び時間は、飲食品の製造・流通過程に応じて適宜決定することが可能であり、冷蔵~室温程度(例えば、4℃~40℃)にて、1分~1か月(例えば、10分間、1日間、3日間、5日間、7日間、10日間、15日間、20日間、30日間)とすることができる。これらの処理は、異物金属が混入していた飲食品の製造・流通過程に応じて適宜組み合わせて用いることができ、例えば、加熱処理に付した後、保存処理に付すことができる。例えば、「対照金属」は、異物金属が混入していた飲食品に対応する飲食品に添加した後、添加された当該飲食品と共にレトルト殺菌処理に付された後に保存処理に付すことにより調製することができるし、あるいは添加した後に加熱処理に付すことなく保存処理に付して調製することもできる。
【0029】
対比の結果、対照金属と異物金属の測定結果において、両者における前記「金属の表面の鉄元素量」が同等の値を示している場合には、当該異物金属は対照金属と同じく、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付された履歴を有するか、あるいは当該処理に付された履歴を有さないことを示す。ここで当該値について「同等」とは、両者の差異が2倍以内、好ましくは1.5倍以内、より好ましくは1.3倍以内を意味する。一般的に、飲食品に混入していた異物金属が、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付されていた場合には、当該処理に付されていない場合と比べて、金属表面の鉄元素量の低下が認められる。
【0030】
一方、対比の結果、対照金属と異物金属の測定結果において、両者における前記「金属の表面の鉄元素量」が異なる場合、より詳細には異物金属における金属表面の鉄元素量が対照金属におけるその値と比べて高い場合には、当該異物金属は、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に付されていないこと、例えば、対照金属に付された製造過程及び/又は流通過程における上記処理に付されていないことを示す。ここで当該値について「異なる」又は「高い」とは、両者の差異が2倍を超える、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上を意味する。一般的に、飲食品に混入していた異物金属が、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付されていない場合には、上記処理に付された対照金属と比べて、金属表面の鉄元素量の低下は認められない。
【0031】
本発明においては、異物金属の表面の鉄元素量に加えて、さらに当該表面のクロム元素量及び/又は酸素元素量を利用して、異物金属の上記処理履歴の有無を判定することができる。異物金属の表面のクロム元素量及び/又は酸素元素量の分析・測定は、鉄元素量の分析・測定と同じ手法で行うことができ、得られた各値に基づいてクロム元素量又は酸素元素量/鉄元素量の比(以下、「Cr又はO/Fe値」と記載する)を算出する。その結果を、対照金属より同じ条件で分析・測定して算出されたCr又はO/Fe値と対比することにより、当該異物金属の上記処理履歴の有無を判定することができる。
【0032】
一般的に、飲食品に混入していた異物金属が、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付されていた場合には、当該処理に付されていない場合と比べて、金属表面のクロム元素量及び/又は酸素元素の増加が認められる。一方、異物金属の表面の鉄元素量における変動は上記のとおりであることから、Cr又はO/Fe値を利用することによって、飲食品に混入していた異物金属が、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付されたものであるか否かをより明確に確認することができる。
【0033】
すなわち、Cr又はO/Fe値の対比の結果、対照金属と異物金属の分析結果において、両者の値が同等の値を示している場合には、異物金属は、対照金属と同じく、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付された履歴を有するか、あるいは当該処理に付された履歴を有さないことを示す。ここで当該値について「同等」とは、両者の差異が2倍以内、好ましくは1.5倍以内、より好ましくは1.2倍以内を意味する。一方、Cr又はO/Fe値の対比の結果、対照金属と異物金属の分析結果において、両者の値が異なる場合、より詳細には異物金属のCr又はO/Fe値が対照金属のCr又はO/Fe値より低い場合には、異物金属は、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に付されていないこと、例えば、対照金属に付された製造過程及び/又は流通過程における上記処理に付されていないことを示す。ここで当該値について「異なる」又は「低い」とは、両者の差異が2倍を超える、好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上を意味する。
【0034】
上記のいずれの態様においても、対照金属は、異物金属と同じ条件で、前記金属の表面の元素量を分析・測定する方法に付されるが、対照金属の分析・測定はその都度行っても良いし、予め対照金属の分析・測定のみを行い、得られた値を「基準値」又は「カットオフ値」として取得しておいてもよい。異物金属より得られた値を、予め設けられた当該「基準値」又は「カットオフ値」として対比し、上記判定に利用してもよい。
【0035】
本発明はまた、飲食品に混入していた異物金属の前記処理履歴の有無に基づく、当該異物金属の飲食品への混入時期を推定する方法に関する。
【0036】
上記手法により、異物金属が上記処理履歴を有すると判定される場合には、当該異物金属は飲食品と共に当該処理に付されたことを示唆し、当該異物金属の混入時期が飲食品の製造過程及び/又は流通過程であることが推定される。一方、異物金属が上記処理履歴を有さないと判定される場合には、当該異物金属は飲食品と共に当該処理に付されていないことを示し、当該異物金属の混入時期が飲食品の製造過程及び/又は流通過程の後(例えば、製品開封後)であると推定することができる。
【0037】
以下、本発明を実施例により、更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
実施例1:レトルトのトマトソースに混入していたステンレスSUS304の分析
【0039】
1―1.試料調整
15×15×2mm(#400研磨)のステンレス板SUS304に下記の処理を施し、食品への異なる混入段階を想定した金属試料を作製した。食品はレトルトのトマトソース(カゴメ「基本のトマトソース」)を用いた。試料は、処理後に水とアセトンにより洗浄した。
【0040】
処理:
(a)混入していない異物:未処理のもの(食品に混入させていない)
(b)開封後に混入した異物:30分間食品に混入させたもの
(c)製造工程で混入した異物:オートクレーブで120℃30分間のレトルト加熱を加え、そのまま3日間冷蔵庫で保管したもの。
【0041】
1-2.XPS分析
各試料の表面を、X線光電子分光分析(XPS)装置(ULVAC-PHI社製QuanteraSXM)で測定した。測定はまず、XPSワイドスペクトル測定を行い、検出元素を確認した。測定条件は以下の通りとした。
線源:モノクロAl-Kα
電圧:15kV
出力:25W
ビーム径:100μm
測定範囲:0~1400eV
Pass Energy:280eV
Step Size:1eV
【0042】
ワイドスペクトル測定により検出された元素は、いずれの試料もC、N、O、Cr、Fe、Ni、Pであった。
【0043】
次に、各検出元素のXPSナロースペクトル測定とArスパッタリングを併用し、XPS深さ方向分析を行った。測定条件は以下の通りとした。
Pass Energy:112eV
Step Size:0.1eV
指標ピーク:C1s、N1s、O1s、Cr2p、Fe2p、Ni2p3
【0044】
その測定結果を
図1に示す。いずれの試料も表面から深さ約10nmにかけて、Feの比率が上昇する様子が確認された。また、同じく深さ約10nmにかけて、Oの比率が下降する様子も確認された。
【0045】
また、各試料の元素比率を比較した結果、製造時からの混入を想定した試料(c)では、他の試料(a)(b)と比べて深さ0-3nm付近のFeの比率が低い特徴が確認された。また、深さ0-3nm付近のCrの比率は高くなる特徴が確認された。
【0046】
以上の結果より、食品中に異物として混入していたステンレス板の表面におけるFeの濃度を測定した結果、その濃度が、対照と比べて低下していることが確認された場合、その異物は製品の製造過程における加熱履歴を有し、製品開封前に混入した可能性が高い、と推定できることが明らかとなった。特に、加熱履歴を有するステンレス板の表面におけるCr濃度の増大とFe濃度の減少から、当該表面CrとFeの濃度比(Cr/Fe値)が対照におけるそれと比べて異なる場合(本実施例においては大きい場合)には、その異物は製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができることが明らかとなった。
【0047】
実施例2:レトルトのトマトソース、ホワイトソースに混入していたステンレスSUS420J2の分析
【0048】
2-1.試料調整
15×15×2mm(#400研磨)のステンレス板SUS420J2に下記の処理を施し、食品への異なる混入段階を想定した金属試料を作製した。食品はレトルトのトマトソースとホワイトソース(日清フーズ「ミルクたっぷりのカルボナーラ」)を用いた。試料は、処理後に水とアセトンにより洗浄した。
【0049】
処理:
(a)混入していない異物:未処理のもの(食品に混入させていない)
(b)開封後に混入した異物:30分間食品に混入させたもの
(c)製造工程で混入した異物:オートクレーブで120℃30分間のレトルト加熱を加え、そのまま3日間冷蔵庫で保管したもの。
【0050】
2-2.XPS分析
各試料の表面を、X線光電子分光分析(XPS)装置で測定した。測定は先ず、XPSワイドスペクトル測定を行い、検出元素を確認した。測定条件は実施例1と同様とした。
【0051】
検出された元素は、いずれの試料もC、N、O、Cr、Feであった。また、一部にはPが検出された。
【0052】
次に、各検出元素のXPSナロースペクトル測定とArスパッタリングを併用し、XPS深さ方向分析を行った。測定条件は実施例1と同様とした。
【0053】
その結果、いずれの試料も表面から深さ約10nmにかけて、Feの濃度が低濃度から高濃度に変化する様子が確認された。また、同じく深さ約10nmにかけて、Oの濃度が高濃度から低濃度に変化する様子も確認された。
【0054】
トマトソースの場合(
図2)、各試料の元素比率を比較した結果、製造時から混入していたと想定される試料(c)では、他の試料(a)(b)と比べて深さ0-60nmのFeの比率が低い特徴が確認された。また同じ深さ範囲で、OとCrの比率が高い特徴が確認された。
【0055】
一方、ホワイトソースの場合(
図3)、製造時から混入していたと想定される試料(c)では、他の試料(a)(b)と比べて深さ0-20nmのFeの比率が低い特徴が確認された。また深さ5-20nmの範囲で、OとCrの比率が高い特徴が確認された。
【0056】
なお、食品の代わりに水を用いて(b)(c)のサンプル調整を行った試料では、製造時から混入していたと想定される試料(c)でも、Fe比率の低下は微量であった(
図4)。
【0057】
以上の結果より、ステンレスや食品の種類に関わらず、食品中に異物として混入していたステンレス板の表面におけるFeの濃度、Cr及びOの濃度を用いて、異物の製品製造過程における加熱履歴の有無を判定することができ、異物の製品への混入時期(製品開封前であるか否か)を推定できることが明らかとなった。
【0058】
実施例3:トマトソースに混入して加熱を受けたステンレスと、加熱を受けていないステンレスの分析
【0059】
3-1.試料調整
15×15×2mm(#400研磨)のステンレス板SUS304とSUS420J2を、レトルトのトマトソースに混入させて下記の処理を施し、加熱を受けていない金属異物とレトルト加熱を受けた金属異物を作製した。試料は、処理後に水とアセトンにより洗浄した。
【0060】
処理:
(a)混入していない異物:未処理のもの(食品に混入させていない)
(b)加熱を受けていない異物:混入したまま加熱を加えず3日間冷蔵庫で保管したもの
(c)レトルト加熱を受けた異物:オートクレーブで120℃30分間の加熱を加え、そのまま3日間冷蔵庫で保管したもの。
【0061】
3-2.XPS分析
各試料の表面を、X線光電子分光分析(XPS)装置で測定した。測定は先ず、XPSワイドスペクトル測定を行い、検出元素を確認した。測定条件は実施例1と同様とした。
【0062】
検出された元素は、いずれの試料もC、N、O、Cr、Fe、Pであった。
【0063】
次に、各検出元素のXPSナロースペクトル測定とArスパッタリングを併用し、XPS深さ方向分析を行った。測定条件は実施例1と同様とした。
【0064】
その結果、いずれの試料も表面から深さ約10nmにかけて、Feの濃度が低濃度から高濃度に変化する様子が確認された。また、同じく深さ約10nmにかけて、Oの濃度が高濃度から低濃度に変化する様子も確認された。
【0065】
SUS304の各試料の元素比率を比較した結果、レトルト加熱を受けた試料(c)では、他の試料(a)(b)と比べて深さ0-3nm付近のFeの比率が低い特徴が確認された。また、(b)(c)では、深さ0-3nm付近のCrの比率は高くなる特徴が確認された(
図5)。
【0066】
SUS420J2の各試料の元素比率を比較した結果、レトルト加熱を受けた試料(c)では、他の試料(a)(b)と比べて深さ0-60nmのFeの比率が低い特徴が確認された。また同じ深さ範囲で、OとCrの比率が高い特徴が確認された。また、(b)は(c)に比べ、深さ0-3nm付近のFeの比率が低く、Crの比率は高くなる特徴が確認された(
図6)。
【0067】
以上の結果より、食品中に異物として混入していた時間がたとえ長期であったとしても、ステンレス板の表面におけるFeの濃度、Cr及びOの濃度を用いて、異物の製品製造過程における加熱履歴の有無を判定することができ、異物の製品への混入時期(加熱履歴の有無)を推定できることが明らかとなった。
【0068】
実施例4:トマトソースに短時間混入させたステンレスと、長期間混入させたステンレスの分析
【0069】
4-1.試料調整
15×15×2mm(#400研磨)のステンレス板SUS304とSUS420J2を、レトルトのトマトソースに混入させ、下記の処理を施し、混入させた時間の異なる金属異物を作製した。なお、加熱は加えていない。試料は、処理後に水とアセトンにより洗浄した。
【0070】
処理:
(a)混入していない異物:未処理のもの(食品に混入させていない)
(b)短時間混入させた異物:混入させた状態で30分間静置
(c)長時間混入させた異物:混入させた状態で3日間冷蔵保管。
【0071】
4-2.XPS分析
各試料の表面を、X線光電子分光分析(XPS)装置で測定した。測定は先ず、XPSワイドスペクトル測定を行い、検出元素を確認した。測定条件は実施例1と同様とした。
検出された元素は、いずれの試料もC、N、O、Cr、Fe、Pであった。
【0072】
次に、各検出元素のXPSナロースペクトル測定とArスパッタリングを併用し、XPS深さ方向分析を行った。測定条件は実施例1と同様とした。
【0073】
その結果、いずれの試料も表面から深さ約10nmにかけて、Feの濃度が低濃度から高濃度に変化する様子が確認された。また、同じく深さ約10nmにかけて、Oの濃度が高濃度から低濃度に変化する様子も確認された。
【0074】
SUS304の各試料の元素比率を比較した結果、長時間混入させた異物(c)では、他の試料(a)(b)と比べて深さ0-3nm付近のFeの比率が低く、Crの比率が高い特徴が確認された(
図7)。
【0075】
SUS420J2の各試料の元素比率を比較した結果、長時間混入させた異物(c)では、短時間混入させた異物(b)と比べて深さ0-3nmのFeの比率が低い特徴が確認された。また、短時間混入させた異物(b)では、混入していない異物(a)と比べてFeの比率が低い特徴が確認された。さらに(b)(c)では(a)よりもCrの比率が高い特徴が確認された(
図8)。
【0076】
以上の結果より、食品中に異物として混入していたステンレス板の表面におけるFeの濃度、Crの濃度を用いて、異物の保存履歴の程度や有無を判定することができ、異物の製品への混入期間時期を推定できることが明らかとなった。
【0077】
以上のとおり、本発明によれば、食品中に異物として混入していたステンレス板の表面におけるFeの濃度、Cr及びOの濃度を用いて、異物の製品製造過程や保存過程における処理履歴の有無を判定することができ、異物の製品への混入期間時期を推定することができる。