(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-21
(45)【発行日】2024-11-29
(54)【発明の名称】多波長アレイトラップを備えた量子システム
(51)【国際特許分類】
G06N 10/40 20220101AFI20241122BHJP
B82Y 10/00 20110101ALI20241122BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20241122BHJP
G06E 3/00 20060101ALI20241122BHJP
G06F 7/38 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
G06N10/40
B82Y10/00
B82Y40/00
G06E3/00
G06F7/38 510
(21)【出願番号】P 2023543087
(86)(22)【出願日】2021-07-29
(86)【国際出願番号】 US2021043790
(87)【国際公開番号】W WO2022177599
(87)【国際公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-07-18
(32)【優先日】2021-02-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2021-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】523000950
【氏名又は名称】コールドクアンタ・インコーポレーテッド
【氏名又は名称原語表記】COLDQUANTA,INC.
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ノエル・トマス・ウィリアム
(72)【発明者】
【氏名】サッフマン・マーク
【審査官】真木 健彦
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/142718(WO,A1)
【文献】特表2020-528357(JP,A)
【文献】国際公開第2019/014589(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0064108(US,A1)
【文献】国際公開第2020/236574(WO,A1)
【文献】Loic Henriet ET AL,QUANTUM COMPUTING WITH NEUTRAL ATOMS,ARXIV,2020年09月18日,P.1-34
【文献】Xiaodong He ET AL,COMBINING RED AND BLUE-DETUNED OPTICAL POTENTIALS TO FORM A LAMB-DICKE TRAP FOR A SINGLE NEUTRAL ATOM,OPTICS EXPRESS,2012年01月31日,P.3711-3724
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 10/40
B82Y 10/00
B82Y 40/00
G06E 3/00
G06F 7/38
H01S 5/343
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
方法であって、
原子が、誘引光の強度極大に引き付けられるように、前記誘引光を用いてアレイトラップが形成されている時に、前記原子をアレイトラップにロードし、
前記原子が、
反発光の強度極大から斥けられ
、前記反発光の領域の間の前記アレイトラップ
の領域へ閉じ込められるように、前記反発光を用いて前記アレイトラップが形成されている時に、量子回路を実行すること、
を備え
、
前記原子は、第1共振波長を有し、前記誘引光は、前記第1共振波長よりも長い第1トラップ波長を有し、前記反発光は、前記第1共振波長よりも短い第2トラップ波長を有する、
方法。
【請求項2】
請求項1に記載の
方法であって、さらに、誘引光および反発光を同時に用いて前記アレイトラップが形成されている時に、空きアレイサイトを検出することを備える、
方法。
【請求項3】
量子粒子捕捉システムであって、
真空セルと、
原子を捕捉するためのアレイトラップを形成するために用いられる複数のトラップ波長の電磁放射(EMR)を提供するためのレーザシステムと、
を備え、
前記複数のトラップ波長は、第1トラップ波長および第2トラップ波長を含み、前記第2トラップ波長は、前記第1トラップ波長とは異なり、
前記原子は、第1共振波長および前記第1共振波長とは異なる第2共振波長を有し、
前記第1トラップ波長は、前記第1共振波長よりも長く前記第2共振波長よりも短い、システム。
【請求項4】
方法であって、
第1トラップ波長の電磁放射(EMR)を用いてアレイトラップが形成されている時に、
複数の量子粒子を前記アレイトラップ内に捕捉し、
前記第1トラップ波長とは異なる第2トラップ波長のEMRを用いて前記アレイトラップが形成されている時に、前記
複数の量子粒子を前記アレイトラップ内に捕捉すること、
を備え
、
前記複数の量子粒子は、第1共振波長を有し、前記第2トラップ波長は、前記第1トラップ波長と前記第1共振波長との間にある、
方法。
【請求項5】
請求項
4に記載の
方法であって、前記アレイトラップは、前記第1トラップ波長のEMRおよび前記第2トラップ波長のEMRを同時に用いて形成されている、
方法。
【請求項6】
請求項
4に記載の
方法であって、前記第1トラップ波長の電磁放射(EMR)を用いて前記アレイトラップが形成されている時に、
前記複数の量子粒子を
前記アレイトラップ内に捕捉することは、前記第2トラップ波長の
前記EMRが前記アレイトラップを形成するために用いられていない時に実行される、
方法。
【請求項7】
請求項
4に記載の
方法であって、前記
複数の量子粒子は、第1共振波長と、前記第1共振波長とは異なる第2共振波長とを有し、前記第1トラップ波長は、前記第1共振波長と前記第2共振波長との間にある、
方法。
【発明の詳細な説明】
【他の出願への相互参照】
【0001】
本願は、2021年02月18日出願の「SWITCHING BETWEEN RED-DETUNED AND BLUE-DETUNED ATOM TRAPS」と題する米国仮特許出願第63/150,947号、および、2021年06月21日出願の「QUANTUM SYSTEM WITH MULTIPLE-WAVELENGTH ARRAY TRAP」と題する米国特許出願第17/353,306号に基づく優先権を主張し、これらの出願は共に、すべての目的のために参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
古典的なデジタルコンピュータは情報のビットを扱うが、量子コンピュータは量子ビットを扱う。古典ビットおよび量子ビットは両方とも、2状態キャリアを用いて物理的に表されうる。2状態量子キャリアの例は、スピンアップ状態およびスピンダウン状態を取りうる電子と、基底状態または励起状態のいずれかを取りうる原子内の電子とを含む。古典2状態キャリアは、いつでも2つの状態の内の一方を取り、量子2状態キャリアは、同時に両方の状態のコヒーレント重ね合わせ状態を取りうる。
【0003】
量子コンピュータは、量子ビットを物理的に表すために用いられる基盤技術が様々であり、したがって、基盤技術に応じて、量子状態キャリアは、超電導回路、イオン、冷却中性原子、または、その他の実体でありうる。冷却中性原子またはイオンを用いる利点の1つは、同じ元素および原子量の原子が必然的に同一であることから、製造公差が問題にならないことである(量子ビットが超電導回路の状態で定義された場合には、問題になりうる)。冷却中性原子の別の利点は、例えばイオンと対照的に、相互作用なしに密にパッキングできることである。一方で、隣接する冷却原子は、リュードベリ状態(非常に高い励起状態)にすることによって相互作用させられうる。したがって、冷却原子は、比較的大きい量子ビット数の量子レジスタを容易に提供する。
【0004】
冷却中性原子レジスタにおいて、原子は、一次元、二次元、または、三次元アレイトラップ(例えば、十字交差レーザビームの格子として形成される)に保持される。レーザビームは、「赤方離調」され、すなわち、所与の量子状態遷移に関連する共振波長よりも長い波長を有しうる。この赤方離調の場合、原子は、光強度ピークによって所定位置に引き付けられて保持される。あるいは、レーザビームは、所与の量子状態遷移に関連する波長よりも若干短い波長を有するように、「青方離調」されうる。青方離調の場合、原子は、最大強度によって斥けられ、レーザ光によって囲まれた暗い領域に閉じ込められる。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】赤方離調光および青方離調光の両方を用いて量子レジスタを形成する量子コンピュータシステムを示す概略図。
【0006】
【
図2】赤方離調光、青方離調光、および、赤方離調光かつ青方離調光のアレイトラップを示す概念図。
【0007】
【
図3】共振波長と、
図1の量子コンピュータシステムで用いられる共振波長に対して青方離調または赤方離調されたアレイトラップ波長とのグラフ。
【0008】
【
図4】トラップ波長および共振波長の他の配置を示すグラフ。
【0009】
【
図5】
図1の量子コンピュータシステムで用いられ、青方離調光および赤方離調光の両方の格子を利用する量子計算処理を示すフローチャート。
【0010】
【
図6】埋められていない(赤方離調)光ピンセットアレイトラップを示す図。
【0011】
【
図7】原子で埋められた
図6の光ピンセットアレイトラップを示す図。
【0012】
【
図8】埋められていない(青方離調)ボトルビームアレイトラップを示す図。
【0013】
【
図9】原子で埋められた
図8のボトルビームアレイトラップを示す図。
【0014】
【
図10】ボトルビームおよび光ピンセットを備えた埋められているハイブリッドアレイトラップを示す図。
【0015】
【
図11】光ピンセットと平行青方離調ビームの直交するセットとを備えた埋められているハイブリッドアレイトラップを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、異なる波長の光を用いて形成されたアレイトラップを提供する。共時的な実施形態において、2以上の異なる波長の両方が、同時に用いられてよく、通時的な実施形態において、2以上の異なる波長が、異なる時に用いられてよい。いくつかの実施形態は、異なる時および同時の両方で、異なる波長を用いる。
【0017】
アレイトラップに用いられる波長の切り替えおよび/または組みあわせることに関連して追加される任意の複雑さは、異なる波長の各々に固有の利点を活用することによって十分に相殺されうる。例えば、ロードされている時に原子を斥けようとしている青方離調アレイトラップに原子をロードすることは比較的困難でありうるため、赤方離調波長が、原子でアレイを埋めるために利用されうる。一方、原子は、青方離調アレイトラップにおいて光強度の極小に位置するので、捕捉光の存在に起因する問題(例えば、散乱、加熱、光シフト、および、デコヒーレンス)から守られうるため、青方離調アレイトラップが、動作サイクルの量子回路実行段階に適しうる。最終的に、赤方離調光および青方離調光の両方を用いてトラップ内に原子をよりしっかりと閉じ込めることが可能であり、これは、アレイトラップの空きサイトを調べる際に有利でありうる。
【0018】
図1に示すように、量子コンピュータシステム100は、レーザシステム102、真空セル104、および、読み出しシステム106を備える。レーザシステム102は、アレイトラップ110を確立する際の必要に応じて、同じ波長を有する複数のビームおよび複数セットの異なる波長を有する複数のビームのセットを同時に出力できる。例えば、レーザシステム102は、1セットの赤方離調ビーム112および1セットの青方離調ビーム114を同時にまたは順次に出力できる。利用される波長に応じて、アレイトラップは、引き付ける赤方離調アレイトラップ110R、斥ける青方離調アレイトラップ110B、もしくは、赤方離調および青方離調を組み合わせたアレイトラップ110Cでありうる(
図2参照)。アレイトラップ110(
図1)は、量子レジスタ118を完成させるために、原子(例えば、セシウム133(
133Cs)原子116)で埋められうる。読み出しシステム106は、原子116の量子状態を特徴付けると共にレジスタ118の(例えば、原子の喪失による)任意の空きサイトを検出するために用いられる。
【0019】
量子コンピュータシステム100で用いられる波長が、
図3に示されている。セシウムでは、基底状態からの最低周波数光学遷移は、894.6nmのD1線である。したがって、894.6nmより長い波長の光は、この文脈では「赤方離調」であり、引力捕捉ポテンシャルをもたらす。システム100は、1064nmの光を利用し、この光は、イッテルビウム繊維レーザから容易に利用可能である。
【0020】
原理上、894.6未満の波長の光は、D1共振に関して「青方離調」と見なされうる。しかしながら、852.3nmと894.6nmとの間の波長を有する光は、852.3nmのセシウムのD2共振に関して「赤方離調」され、より近い共振が一般的に大きい影響を及ぼす状態で2つの共振の効果の間の相互作用によって決定されるので、その結果として引き付けるのか斥けるのかを判定することは困難である。実際的に、これらの中間波長は、典型的には、技術的な理由(光散乱、比較的大きいテンソル分極率、など)で利用されない。その代わり、「青方離調」斥力ポテンシャルが、133Cs原子にとって望ましい場合、D2線に関して青方離調された波長の光(すなわち、852.3nmより短い波長の光)が利用されうる。852.3nm未満の任意の近赤外線波長が、原理上利用されうる。システム100において、805nm光は、ガリウム-アルミニウム-ヒ素(GaAlAs)ダイオードレーザから容易に利用可能であり、反発するアレイトラップを形成するために用いられる。セシウムのその他の量子遷移が用いられる場合、あるいは、ルビジウム87もしくはその他の原子部分または分子部分が用いられる場合、他の共振波長およびトラップ波長が用いられてもよい。
【0021】
図3に示すように、赤方離調トラップ波長および青方離調トラップ波長は、共振波長の両側に位置する。ただし、
図4に示すように、多くのその他の配置が可能である。例えば、トラップ波長4T1および4T2は、両方とも共振波長4R1よりも長く、異なる波長として利用されうる。同様に、トラップ波長4T4および4T5は、両方とも共振波長4R2よりも短く、異なるトラップ波長として利用されうる。トラップ波長4T3は、共振波長4R1と4R2との間にあり、4T1、4T2、4T4、および、4T5のいずれか、もしくは、共振波長4R1と4R2との間の他の波長と組み合わせられうる。本発明は、これらの構成すべてついて利用事例を提供する。
【0022】
冷却中性原子を用いる多波長量子計算処理500が、
図5のフローチャートに示されている。アレイアセンブリ段階501が、高強度の赤方離調1064nm捕捉光を用いて、アレイトラップを埋める。アレイアセンブリ段階501は、原子クラウド生成サブ段階、原子クラウド圧縮サブ段階、原子アレイロードサブ段階、ロード後原子アレイ冷却サブ段階、原子アレイ圧密サブ段階、および、アレイ初期化段階など、いくつかのサブ段階を含んでよい。原子アレイ圧密サブ段階は、原子アレイ占有読み出しサブ段階および原子再配列サブ段階からなっていてよく、或る程度の原子加熱を受けうる。したがって、アレイ初期化サブ段階は、高強度の赤方離調1064nm捕捉光を用いて原子を冷却する。量子状態初期化段階502は、原子が初期値に設定されると、低強度の赤方離調1064nm捕捉光を利用する。これは、例えば、すべての原子を初期の基底量子状態に設定することを含みうる。
【0023】
量子回路実行段階503は、量子回路実行中に、低い調整された強度の青方離調805nm捕捉光を用いる。量子回路実行中、原子は、原子が相互作用することを可能にするために、リュードベリ状態に遷移されうる。リュードベリ状態に関連する高い双極子モーメントが、原子を、アレイトラップを形成するために用いられる光に関連する電磁アーチファクトに敏感にさせる。さらに、赤方離調捕捉ポテンシャルは、リュードベリ状態に対して非捕捉的であるが、リュードベリ状態は、青方離調構成に捕捉されたままである。斥ける青方離調アレイトラップを用いると、原子が明格子線から離れてトラップの暗い領域へ入るよう促すため、これは、リュードベリ原子への捕捉光の影響を低減するのに役立つ。青方離調捕捉光に起因する潜在的な摂動は、その強度を低く保つことによってさらに低減される。青方離調トラップの強度は、量子回路の実行を通してコヒーレンスを量子ビット最大化するために、リュードベリ原子および基底状態原子への捕捉の影響を一致させるように調整されてよい。
【0024】
量子状態読み出し段階504は、回路実行の結果を決定する際に原子が調べられる時に、高強度の青方離調捕捉光を用いて原子の位置を固定する。代替実施形態において、(赤方離調光からのさらなる非共振散乱を代償に)より深いトラップを提供し、損失を低減するために、赤方離調捕捉光が、青方離調光に加えて用いられる。原子アレイ占有読み出し段階505は、空きトラップサイトを検出するためにプローブビームが用いられる時に、高強度の赤方離調および青方離調の捕捉光を用いて、原子の位置を固定する。次いで、空きサイトは、新たな量子計算サイクルのために再ロードされうる。
【0025】
図5の例において、以下のように4つの遷移が存在する。遷移512は、赤方離調捕捉光の強度の減少を含み、遷移523は、低強度の赤方離調捕捉光から低強度の青方離調捕捉光への「色」の切り替え(例えば、クロスフェード)を含み、遷移534は、青方離調捕捉光の強度増加を含み、遷移545は、高強度の赤方離調捕捉光を高強度の青方離調捕捉光に追加することを含む。他のシナリオにおいて、以下の遷移が存在しうる。青方離調捕捉光から赤方離調捕捉光への遷移、赤方離調から赤方離調および青方離調捕捉光への直接的な遷移、異なる赤方離調波長の間での遷移、および、異なる青方離調波長の間での遷移。
【0026】
図3に示すように、アレイトラップは、複数の平行レーザビームの直交するセットを用いて形成可能であり、レーザビームは、赤方離調または青方離調されてよい。しかしながら、本発明は、アレイトラップを形成する代替的なアプローチを提供する。例えば、
図6は、光ピンセット602の二次元アレイ600で形成された埋められていないアレイトラップを示している。
図7に示すように、埋められているピンセットアレイは、それぞれのピンセット602によって保持された原子116を含みうる。ピンセットは、必然的に赤方離調されているが、
図8は、青方離調光を用いて形成されたボトルビーム802の埋められていないボトルビームアレイ800を示している。埋められているボトルビームアレイ900は、それぞれの捕捉された原子116と共にボトルビーム802を示している。
【0027】
図10は、(青方離調)ボトルビーム802および(赤方離調)光ピンセット602の両方に捕捉されている原子116で埋められているハイブリッドアレイ1000を示している。
図11は、原子116で埋められた、赤方離調光ピンセット602と青方離調レーザビーム116の直交するセットとを組み合わせた別のハイブリッドアレイ1100を示している。その他のアレイトラップが用いられてもよい(例えば、平行赤方離調ビームの直交するセットで形成された赤方離調アレイと共にボトルビームアレイなど)。
【0028】
2つの主なタイプ(赤方離調および青方離調)の光学トラップが存在する。赤方離調トラップにおいて、光は、引力ポテンシャルを提供し、原子は、高強度の領域に局在化される。青方離調トラップにおいて、光は、斥ける光(反発光)斥け光であり、原子は、強度の極小に局在化される。捕捉光は、光強度および光散乱に比例するエネルギシフトにより原子量子ビットのデコヒーレンスに寄与する。トラップエネルギレベルの量子化を考慮する必要があるほど原子が低温ではないという条件で、光散乱は強度に比例する。これらの理由で、青方離調トラップは、赤方離調トラップよりも引き起こすデコヒーレンスが少ない。この利点は、極大を作り出す際の相対的な単純さと比較して、強度の極小を作り出す際の複雑さの増大を考慮して検討される必要がある。
【0029】
最も単純な赤方離調トラップは、小さいウエストw
0に集束されたTEM
00ガウスビームである。ビームをzに沿って伝搬させるとすると、強度分布は、
【数1】
であり、
ここで、I
0は、ピーク強度であり、
【数2】
は、レイリー長であり、
【数3】
である。赤トラップのアレイは、入力ガウスビームの複数のコピーを生成するための回折ビームスプリッタ、空間光変調器、または、音響光学偏向器を用いて、もしくは、その他の手段によって、容易に準備されうる。
【0030】
参照によって本明細書に組み込まれている、M.SaffmanおよびT.G.Walker「Analysis of a quantum logic device based on dipole-dipole interactions of optically trapped Rydberg atoms」、Phys.Rev.A72,022347(2005)で教示されているように、ばね定数は、
【数4】
であり、
ここで、Uは、トラップ深さである。スカラー原子分極率の最も単純な場合において、トラップ深さは、
【数5】
であり、ここで、αは、トラップ波長での分極率であり、ε
0は、真空の誘電率であり、cは、光の速度である。
【0031】
対応する振動周波数
【数6】
は、
【数7】
である。
【0032】
多くの占有振動モードの温度限界において、原子位置の分散は、
【数8】
である。
【0033】
実際的に、σの直接測定は困難であるが、ωは、パラメトリック加熱によって測定できる。そして、原子の局所化は、以下によって与えられる。
【数9】
【0034】
青方離調捕捉に必要とされる光強度の極小のアレイを準備することは、一般に、強度の多くの極大を準備するよりも複雑である。或るアプローチは、本明細書に参照によって組み込まれている、G.Li,S.Zhang,L.Isenhower,K.Maller,and M.Saffman「A crossed vortex bottle beam trap for single-atom qubits」、Opt.Lett.37,851(2012)で教示されているように、全方向を光によって囲まれている暗いスポットであるいわゆる光ボトルビームを生み出すことである。次いで、ボトルビームは、赤方離調トラップに対してできるのと同じように、回折ビームスプリッタを用いてコピーされうる。
【0035】
別の一般的なアプローチは、規則的な間隔の格子上に極小の二次元アレイを提供する光のパターンを生み出すことである。このアプローチの例は、米国特許第US9,355,750B2号および米国特許第US10,559,392B1号に記載されている。青色トラップのアレイを準備する多くの可能な方法が存在するが、それらは、一般に、所与の捕捉ポテンシャルに対してより多くの光パワーを必要とする。これは、青方離調トラップ内の光分布が非局在化されなければならず、捕捉された粒子をすべての側から囲まなければならないからである。赤方離調の引力ポテンシャルでは、光を一点に集束させれば十分である。したがって、赤方離調トラップにおいて、より小さい光パワーで高強度かつ深い捕捉ポテンシャルを達成できる。
【0036】
非共振光-原子の相互作用は、原子のスカラー分極率の効果によって支配される。光-原子相互作用が引力であるか斥力であるかを決定する分極率の符号は、最も近い原子共鳴に関する光の離調によって決定され、より遠い原子共鳴は従属的な役割を果たす。原子共鳴の赤方離調された(より低い周波数、より長い波長の)光は、正の分極率、ひいては、引力相互作用をもたらす。近傍の原子共鳴の青方離調された(より高い周波数、より短い波長の)光は、負の分極率、ひいては、斥力相互作用をもたらす。
【0037】
赤方離調(引力)ポテンシャルの場合、原子は、光強度が増す方向に引き付けられる。したがって、光強度の三次元空間的な極大が生成された場合、十分に冷たい原子が、結果として生じた捕捉ポテンシャルに捕捉される。青方離調(斥力)ポテンシャルの場合、原子は、光強度の高い領域によって斥けられる。したがって、光強度の三次元空間的な極小が生成された場合、この領域内に存在する十分に冷たい原子が、結果として生じた捕捉ポテンシャルによって捕捉される。
【0038】
青方離調光トラップ内の原子は、光強度の極小に位置するので、捕捉光の存在に起因する問題(散乱、加熱、光シフト、デコヒーレンス)から守られうるため、青方離調光トラップは、動作サイクルのいくつかの部分(例えば、量子回路実行の量子動作部分)に適しうる。しかしながら、赤方離調光を用いて強度極大を生成することは、三次元空間的な光強度極小の生成よりも簡単であり、したがって、青方離調光を用いて強度極小を生成するよりも不具合(収差、不均一性、など)を起こしにくい。また、赤方離調トラップにおけるベクトル光シフトの空間分布は、より簡単に管理することができる。
【0039】
より高いトラップ周波数を生成することは、赤方離調された引き付けるピンセットにおいては実際的に容易でありうる。実際的に、青方離調光を用いるよりも赤方離調光を用いる方が、より深いトラップの生成が容易でありうる。1つのシステム内の赤色トラップおよび青色トラップの両方を利用できることで、サイクルの一部分に対する赤方離調トラップの最適化およびサイクルの別の部分に対する青方離調トラップの最適化の両方に関する様々な要件を緩和できる。例えば、青方離調トラップが、すべての量子動作のために用いられるが、冷却のために用いられず、近振動基底状態の原子だけが青方離調トラップ内に存在する場合、青方離調トラップは、あまり深い必要はなく、これは、システムのコヒーレンス性能をさらに改善するより好ましいレーザ技術および/またはより遠い離調を可能にしうる。赤色トラップが、量子動作中には用いられず、ロード、冷却、および、読み出しの間のみに用いられる場合、より小さい離調を用いる効果は、より簡単に管理可能であり、より深く、より緊密なトラップを可能にし、より良い量子ビットアレイ準備(ロード、再配列、占有測定、運動状態準備、および、いくつかのケースでは、量子状態準備)をもたらし、より良い量子状態読み出し保持性能につながりうる。
【0040】
上述した波長遷移のほとんどは、1つの赤方離調波長と1つの青方離調波長との間の遷移であったが、本発明は、
図4における2つの異なる赤方離調波長4T1および4T2の間の遷移、ならびに、2つの異なる青方離調波長4T4および4T5の間の遷移も提供する。また、或る共振4R2波長に関して赤方離調され、別の共振波長4R1に関して青方離調された波長4T3(例えば、セシウムのD1およびD2共振波長の間の波長)との遷移も提供される。波長をオンおよびオフにする代わりに、同時に存在する波長の相対強度を変える(例えば、クロスフェードさせる)ことを含む遷移によって、2以上の波長をオンにしたままにしてもよい。
【0041】
本明細書において、「量子粒子」とは、二者択一的な量子状態を取ることができる粒子のことである。この文脈において、対象となる粒子量子は、原子および多原子分子を含む。本明細書において、「捕捉」とは、トラップ内に粒子を捕らえ、さらに、トラップ内の粒子がトラップから逃れるのを防ぐことを含む。
【0042】
上で論じた波長は、赤外領域内にある。赤外領域の文脈において、赤色光および青色光は両方とも赤外線波長よりも短い波長を有するので、「赤方離調」および「青方離調」という用語は、一般的には誤称と認められる。可視光スペクトルの文脈において、赤色は最長の波長を有し、青色は最短の波長を有する。その文脈において、「赤方離調」は、何らかの基準に対して長い波長を含み、「青方離調」は、基準よりも短い波長を含むことを意味する。慣習により、可視光の文脈における「赤方離調」および「青方離調」の意味が、赤外光の文脈に移されている。あるいは、「赤方離調」波長は、「引き付ける」波長と呼ばれ、「青色離調」波長は、「斥ける」波長と呼ばれうる。本発明は、可視領域および紫外領域を含む様々な電磁放射(EMR)領域と、赤外領域とにおいて、トラップおよび共振波長を提供する。
【0043】
本明細書において、「従来技術」と表示されている技術があれば、すべて従来技術として認められ、「従来技術」と表示されていない技術があれば、すべて従来技術として認められない。開示されている実施形態、その変更例、および、その変形例は、本発明によって提供され、本発明の範囲は、以下の特許請求の範囲によって規定される。
[適用例1]量子計算処理であって、
原子が、誘引光の強度極大に引き付けられるように、前記誘引光を用いてアレイトラップが形成されている時に、前記原子をアレイトラップにロードし、
前記原子が、斥け光の強度極大から斥けられて前記アレイトラップの比較的暗い領域へ閉じ込められるように、前記反発光を用いて前記アレイトラップが形成されている時に、量子回路を実行すること、
を備える、処理。
[適用例2]適用例1に記載の量子計算処理であって、前記原子は、第1共振波長を有し、前記誘引光は、前記第1共振波長よりも長い第1トラップ波長を有し、前記反発光は、前記第1共振波長よりも短い第2トラップ波長を有する、処理。
[適用例3]適用例1に記載の量子計算処理であって、さらに、誘引光および反発光を同時に用いて前記アレイトラップが形成されている時に、空きアレイサイトを検出することを備える、処理。
[適用例4]適用例3に記載の量子計算処理であって、前記原子は、第1共振波長を有し、前記誘引光は、前記第1共振波長よりも長い第1トラップ波長を有し、前記反発光は、前記第1共振波長よりも短い第2トラップ波長を有する、処理。
[適用例5]量子粒子捕捉システムであって、
真空セルと、
量子粒子を捕捉するためのアレイトラップを形成するために用いられる複数のトラップ波長の電磁放射(EMR)を提供するためのレーザシステムと、
を備え、
前記複数のトラップ波長は、第1トラップ波長および第2トラップ波長を含み、前記第2トラップ波長は、前記第1トラップ波長とは異なり、前記量子粒子は、第1量子粒子を含む、システム。
[適用例6]量子粒子捕捉処理であって、
第1トラップ波長の電磁放射(EMR)を用いてアレイトラップが形成されている時に、第1量子粒子を含む量子粒子を前記アレイトラップ内に捕捉し、
前記第1トラップ波長とは異なる第2トラップ波長のEMRを用いて前記アレイトラップが形成されている時に、前記第1量子粒子を含む前記量子粒子を前記アレイトラップ内に捕捉すること、
を備える、処理。
[適用例7]適用例6に記載の量子粒子捕捉処理であって、前記アレイトラップは、前記第1トラップ波長のEMRおよび前記第2トラップ波長のEMRを同時に用いて形成されている、処理。
[適用例8]適用例6に記載の量子粒子捕捉処理であって、前記第1トラップ波長の電磁放射(EMR)を用いて前記アレイトラップが形成されている時に、第1量子粒子を含む量子粒子をアレイトラップ内に捕捉することは、前記第2トラップ波長のEMRが前記アレイトラップを形成するために用いられていない時に実行される、処理。
[適用例9]適用例6に記載の量子粒子捕捉処理であって、前記第1粒子は、第1共振波長を有し、前記第2トラップ波長は、前記第1トラップ波長と前記第1共振波長との間にある、処理。
[適用例10]適用例6に記載の量子粒子捕捉処理であって、前記第1粒子は、第1共振波長と、前記第1共振波長とは異なる第2共振波長とを有し、前記第1トラップ波長は、前記第1共振波長と前記第2共振波長との間にある、処理。