(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-21
(45)【発行日】2024-11-29
(54)【発明の名称】半凝固スラリーの製造方法、成形体の製造方法および成形体
(51)【国際特許分類】
B22D 1/00 20060101AFI20241122BHJP
B22D 17/00 20060101ALI20241122BHJP
B21D 22/00 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
B22D1/00 C
B22D17/00 311
B21D22/00
(21)【出願番号】P 2023553801
(86)(22)【出願日】2021-10-12
(86)【国際出願番号】 JP2021037768
(87)【国際公開番号】W WO2023062727
(87)【国際公開日】2023-04-20
【審査請求日】2023-10-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000005256
【氏名又は名称】株式会社アーレスティ
(74)【代理人】
【識別番号】110000534
【氏名又は名称】弁理士法人真明センチュリー
(72)【発明者】
【氏名】栗田 大渡
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-044243(JP,A)
【文献】国際公開第2019/181320(WO,A1)
【文献】特開平04-158952(JP,A)
【文献】特開2010-207842(JP,A)
【文献】特開2015-205340(JP,A)
【文献】特開2004-105986(JP,A)
【文献】特開平05-050211(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 1/00-47/00
C22C 9/00
C22C 21/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固相および液相からなる半凝固スラリーの製造方法であって、
金属の溶湯を有底の器に入れる準備工程と、
前記器の中の前記溶湯の
最も固相率の低い部分
における固相率が80%以上になるまで、前記溶湯の中に入れた棒を前記棒の長さ方向に往復運動して前記溶湯を攪拌する攪拌工程と、を備える半凝固スラリーの製造方法。
【請求項2】
前記攪拌工程における前記往復運動は、前記棒の前記長さ方向に直交する位置が、直前の前記往復運動の前記棒の前記長さ方向に直交する位置と異なる請求項1記載の半凝固スラリーの製造方法。
【請求項3】
前記棒の前記長さ方向に直交する断面において、
前記棒は、互いに間隔をあけて複数存在し、
隣り合う2つの前記棒は、一方の前記棒の中心が、他方の前記棒の太さを7倍した長さを半径とし他方の前記棒の中心を中心とする円の中に位置する請求項1又は2に記載の半凝固スラリーの製造方法。
【請求項4】
前記準備工程の後であって、前記攪拌工程よりも前に、又は、前記攪拌工程と同時に、前記器の中の前記溶湯を電磁攪拌によって攪拌する電磁攪拌工程を備える請求項1から3のいずれかに記載の半凝固スラリーの製造方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の半凝固スラリーの製造方法によって、前記半凝固スラリーを得た後、前記半凝固スラリーを加圧して変形させて成形する成形工程を備える成形体の製造方法。
【請求項6】
プレス成形品であり、初晶および共晶からなりファイバーフローが連続して存在する金属製の成形体であって、
加圧された方向に垂直な平面上に投影した外形線の2点を結ぶ線分のうちの最も長い線分を引き、その線分に垂直に交わり、且つ、線分を6等分する複数の切断面で切断した各部分から得られる試料の断面における所定の断面上の視野に現出する前記共晶の面積の、前記視野の面積に対する割合である共晶面積率を前記視野ごと
に測定したときに、前記共晶面積率の標準偏差を前記共晶面積率の平均値で除した変動係数は0.15以下である成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は半凝固スラリーの製造方法、成形体の製造方法および成形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固相および液相からなる金属の半凝固スラリーの製造方法において、特許文献1には、複数の棒を金属の溶湯内で旋回および回転(自転)して半凝固スラリーを生成する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
先行技術では、棒を旋回および回転(自転)し金属の溶湯を攪拌するが、固相と液相とが十分に混ざらず、得られる半凝固スラリーの部位ごとの固相率がばらつくという問題点がある。
【0005】
本発明はこの問題点を解決するためになされたものであり、半凝固スラリーの部位ごとの固相率のばらつきを小さくできる半凝固スラリーの製造方法、結晶粒の大きさのばらつきを小さくできる成形体の製造方法および成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的を達成するために本発明の半凝固スラリーの製造方法は、金属の溶湯を有底の器に入れる準備工程と、器の中の溶湯の最も固相率の低い部分における固相率が80%以上になるまで、溶湯の中に入れた棒を棒の長さ方向に往復運動して溶湯を攪拌する攪拌工程と、を備える。
【0007】
本発明の成形体の製造方法は、上記半凝固スラリーの製造方法によって、半凝固スラリーを得た後、半凝固スラリーを加圧して変形させて成形する成形工程を備える。
【0008】
本発明の成形体は、加圧された方向に垂直な平面上に投影した外形線の2点を結ぶ線分のうちの最も長い線分を引き、その線分に垂直に交わり、且つ、線分を6等分する複数の切断面で切断した各部分から得られる試料の断面における所定の断面上の視野に現出する共晶の面積の、視野の面積に対する割合である共晶面積率を視野ごとに測定したときに、共晶面積率の標準偏差を共晶面積率の平均値で除した変動係数は0.15以下である。
【発明の効果】
【0009】
請求項1記載の半凝固スラリーの製造方法によれば、攪拌工程において、溶湯の中に入れた棒を棒の長さ方向に往復運動して溶湯を攪拌するから、高い固相率であっても溶湯が凝固するときの固相と液相とを均質に攪拌し易い。さらに、溶湯の最も固相率の低い部分における固相率が80%以上になるまで攪拌するから、凝固して固相に成長する液相部分を少なくしながら、固相の周りの液相の分布のばらつきを小さくする。よって得られる半凝固スラリーの部位ごとの固相率のばらつきを小さくし、さらに結晶粒の大きさのばらつきを小さくできる。
【0010】
請求項2記載の半凝固スラリーの製造方法によれば、請求項1記載の半凝固スラリーの製造方法において、棒が往復運動するときの棒の長さ方向に直交する位置が直前とは異なるから、溶湯の棒の長さ方向に直交する複数の位置で、溶湯が凝固するときの固相と液相とを均質に攪拌し易い。よって得られる半凝固スラリーの部位ごとの固相率のばらつきをさらに小さくできる。
【0011】
請求項3記載の半凝固スラリーの製造方法によれば、請求項1又は2に記載の半凝固スラリーの製造方法において、棒の長さ方向に直交する断面において、棒は、互いに間隔をあけて複数存在し、隣り合う2つの棒は、一方の棒の中心が、他方の棒の太さを7倍した長さを半径とし他方の棒の中心を中心とする円の中に位置するから、棒が往復運動する影響を、棒同士の間の溶湯に与えて、溶湯が凝固するときの固相と液相とを均質に攪拌し易い。よって得られる半凝固スラリーの部位ごとの固相率のばらつきをさらに小さくできる。
【0012】
請求項4記載の半凝固スラリーの製造方法によれば、請求項1から3のいずれかに記載の半凝固スラリーの製造方法において、攪拌工程よりも先に、又は、攪拌工程と同時に行う電磁攪拌工程を備えるから、電磁攪拌工程によって、得られる半凝固スラリーの結晶粒の大きさをさらに小さくできる。
【0013】
請求項5記載の成形体の製造方法によれば、請求項1から4のいずれかに記載の半凝固スラリーの製造方法によって部位ごとの固相率のばらつきが小さく、結晶粒の大きさのばらつきが小さい半凝固スラリーを得る。この半凝固スラリーを加圧して変形させて成形するから、いずれの部位においても安定した耐力を持つ成形体を得ることができる。
【0014】
請求項6記載の成形体によれば、加圧された方向に垂直な平面上に投影した外形線の2点を結ぶ線分のうちの最も長い線分を引き、その線分に垂直に交わり、且つ、線分を6等分する複数の切断面で切断した各部分から得られる試料の断面における所定の断面上の視野に現出する共晶の面積の、視野の面積に対する割合である共晶面積率を視野ごとに測定したときに、成形体の共晶面積率の変動係数が0.15以下であるから、共晶面積率と相関のある耐力の部位ごとのばらつきを小さくできる。よって、いずれの部位においても安定した耐力を持つ成形体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】(a)は棒が溶湯から出ているときの器の断面図であり、(b)は棒が溶湯に入っているときの器の断面図である。
【
図2】(a)は
図1(a)とは異なる水平方向の位置で棒が溶湯から出ているときの器の断面図であり、(b)は
図1(b)とは異なる水平方向の位置で棒が溶湯に入っているときの器の断面図である。
【
図3】(a)は
図1(b)のIIIa-IIIa線における器の断面図であり、(b)は
図2(b)のIIIb-IIIb線における器の断面図である。
【
図4】(a)は半凝固スラリーの斜視図であり、(b)は(a)の矢視IVbで示した半凝固スラリーの断面図である。
【
図5】攪拌工程における、溶湯内の固相および液相の動きを表した模式図である。
【
図6】(a)は成形体の斜視図であり、(b)は(a)のA線に垂直な平面上に描いた成形体の投影図である。
【
図8】攪拌方法と共晶面積率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施形態について添付図面を参照して説明する。
図1(a)から
図4を参照して、一実施の形態における半凝固スラリー40の製造方法および成形体100の製造方法について説明する。
図1(a)は棒30が溶湯10から出ているときの器20の断面図である。
図1(b)は棒30が溶湯10に入っているときの器20の断面図である。
図1(a)及び
図1(b)では、紙面上下方向、紙面左右方向および紙面垂直方向を、それぞれ器20の上下方向、左右方向および前後方向という(
図2(a)、
図2(b)及び
図5(a)から
図5(d)においても同じ)。
【0017】
図1(a)に示すように、溶湯10が有底の器20の中に入れられている。溶湯10は、金属が溶融したものであって、例えば、アルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、鉄合金が溶融したものである。溶湯10は、溶融した金属の中に、粉末や繊維を混ぜたものであっても良い。粉末や繊維の材料はSiCやAl
2O
3などのセラミックス、炭素が挙げられる。準備工程において、溶融状態を維持することができる高温の炉(図示しない)の注ぎ口から注がれて、又は、炉内に容器を入れて汲み、容器から器20に注がれて、金属の溶湯10が器20に入れられる。
【0018】
金属は、溶体化処理および時効処理を行うことで、機械的性質(特に耐力)が向上する熱処理合金であることが好ましい。金属は、例えば、アルミニウム合金のA6000系のA6051、A6061、A2000系のA2011、A2017、A2618及びA7000系の熱処理合金である。また金属は、例えば、マグネシウム合金のMg-Zn(-Zr)(ZK系列)、Mg-Zn-Cu(ZC系列)、Mg-Zn-RE(ZEおよびEZ系列;ここでREは希土類元素を意味する)、Mg-Zn-Mn(-Al)(ZM系列)、Mg-Al-Zn(Mn)(AZおよびAM系列)、Mg-Y-RE(-Zr)(WE系列)、Mg-Ag-RE(-Zr)(QEおよびEQ系列)、Mg-Sn(-Zn,Al,Si)基合金などの系に基づいたものであっても良い。金属は、そのほか、銅合金、鉄合金が採用される。本実施形態では、金属は、アルミニウムの熱処理合金である。
【0019】
器20は、溶湯10の温度に対する高温強度を有し、溶湯10に反応しないものであれば、金属製または非金属製のものを用いることができる。器20は、上方が開口し、下方に底21を有して、上下方向に直交する断面が矩形をしている。器20の左右方向および前後方向(以下「水平方向」と称す)は、平面の壁22が右方向、左方向、前方向、後方向に配置され、それぞれ接続している。それぞれの壁22の下端は底21の水平方向のそれぞれの端と接続している。
【0020】
棒30は、互いに間隔をあけて、基部32の一つの面に複数本接続されている。棒30の基部32と接続する反対側の先端には、先のとがった錐状の先端部31を有している。棒30の断面の形状は、円、楕円、四角、三角、多角形および星形が採用される。棒30の断面の形状は、外形に突出する部分が少ない円形状が好ましい。
【0021】
複数の棒30は、互いに平行に配置されている。棒30の長さは、器20に金属の溶湯10を入れた液面11から、器20の底21までの距離よりも長く設定される。準備工程では、棒30は、溶湯10の液面11の外に出ている。
【0022】
棒30は、溶湯10の温度に耐えうる金属または非金属の材料から作られている。少なくとも棒30の表面にはDLC(ダイヤモンドライクカーボン)などのコーティングが施されている。棒30は、コーティングによって、溶湯10との摩擦による損耗および溶湯10の付着を抑制する。
【0023】
図1(b)に示すように、攪拌工程において、溶湯10は、器20に入れられた直後から、又は、器20に入れられた後所定の時間だけ器20を大気中、真空中またはアルゴンガスや窒素ガスなどの不活性ガス中に保持して(曝して)から、棒30が溶湯10の液面11から器20の底21(下方向)に向けて挿入される。その後、棒30を棒30の長さ方向に往復運動させて溶湯10の攪拌を行う。大気中、真空中または不活性ガス中に保持する場合の所定の時間は、溶湯10の量、溶湯10の金属の種類、器20の形状および大きさ、大気、真空または不活性ガスの雰囲気温度などによって適宜設定される。
【0024】
図2(a)は
図1(a)とは異なる水平方向の位置で棒30が溶湯10から出ているときの器20の断面図であり、
図2(b)は
図1(b)とは異なる水平方向の位置で棒30が溶湯10に入っているときの器20の断面図である。
【0025】
図2(a)の棒30の水平方向の位置は、
図1(a)の棒30の水平方向の位置から距離aだけ右方向に移動した位置である。
図1(b)に示すように、棒30は、一度器20の底21に向けて挿入された後、器20の底21から溶湯10の液面11に向けて上昇し、
図1(a)の棒30の位置に戻る。その後、
図2(a)に示すように、棒30は距離aだけ右方向に移動する。
【0026】
次に、
図2(b)に示すように、棒30は、距離aだけ右方向に移動した水平方向の位置から、棒30が溶湯10の液面11から器20の底21に向けて挿入される。その後、さらに器20の底21から溶湯10の液面11に向けて上昇し、
図2(a)の棒30の位置に戻る。
【0027】
図3(a)は
図1(b)のIIIa-IIIa線における器20の断面図であり、
図3(b)は
図2(b)のIIIb-IIIb線における器20の断面図である。
図3(a)及び
図3(b)では、紙面上下方向、紙面左右方向および紙面垂直方向が、それぞれ器20の前後方向、左右方向および上下方向を向いている。
図3(b)では、点線で示した部分は、
図3(a)における複数の棒30の断面のうち代表の4個の断面であって、水平方向へ距離aだけ移動する前の位置を示している。
【0028】
図3(a)に示すように、棒30の長さ方向に直交する断面において、棒30は、互いに間隔をあけて複数存在している。隣り合う2つの棒30は、一方の棒30の中心が、他方の棒30の太さL1を7倍した長さL2を半径とし他方の棒30の中心を中心とする円の中に位置している。隣り合う棒30の太さは、それぞれ異なるものであっても良いし、同じであっても良い。
【0029】
距離aは、棒30の往復運動ごとにその大きさがかわる変数値(同じ大きさを含む値)である。距離aが動作する方向も棒30の往復運動ごとに左右方向、前後方向またはその両方のいずれかの方向に変動する。従って、攪拌工程において、直前の往復運動とは異なる水平方向の位置で棒30が往復運動を行うことができるので、溶湯10の水平方向の複数の位置で、溶湯10が凝固するときの固相50(後述する)と液相60(後述する)とを均質に攪拌し易い。
【0030】
棒30は、溶湯10の任意の部分の固相率が80%以上になるまで、
図1(a)から
図3(b)で示した往復運動が繰り返し行われる。なお、溶湯10の任意の部分の固相率が80%以上になるまでとは、溶湯10の最も固相率の低い部分において固相率が80%以上になることを意味している。
【0031】
図4(a)は半凝固スラリー40の斜視図であり、
図4(b)は
図4(a)の矢視IVbで示した半凝固スラリー40の断面図である。
図4(a)の半凝固スラリー40は、攪拌工程において、溶湯10を攪拌して、上下方向を反対にして器20から取り出される半凝固スラリー40である。半凝固スラリー40は、固相50および液相60が共存している。
【0032】
図4(a)及び
図4(b)に示すように、攪拌工程後の溶湯10、即ち半凝固スラリー40の固相率は、攪拌工程直後の半凝固スラリー40を器20から取り出し、水に入れて急冷し、15か所の断面を金属顕微鏡(200倍)で観察することによって求めることができる。半凝固スラリー40の15か所の各断面は、半凝固スラリー40の上方から下方に向かう上部41、中央部42、下部43の3ヶ所それぞれの器20の壁22と接触していた部分から内側に向かう壁側部44,44、中間部45,45及び中心部46の5ヶ所の計15か所の断面である。急冷されて凝固した部分が半凝固スラリー40の液相60の部分である。固相率(%)は、15か所の各断面において、断面上の視野に現出した固相50の面積を、視野の面積で除して100倍して求めることができる。視野は、縦450μm、横600μmの矩形の領域である。
【0033】
攪拌工程における溶湯10の固相率は、例えば、溶湯10の動粘度と固相率との相関のグラフを予め作成しておき、棒30に粘度測定器を備え、攪拌するときの溶湯10の動粘度を測定することによって、所望の固相率の半凝固スラリー40を得ることができる。また、攪拌時間と固相率との相関のグラフを予め作成しておき、グラフから所望の固相率となる時間まで攪拌することによって、所望の固相率の半凝固スラリー40を得ることができる。
【0034】
先端部31は、とがった先の部分を溶湯10の液面11から器20の底21に向けて配置されている。先端部31は、先がとがっているので、溶湯10が80%以上である高い固相率であっても溶湯10内に棒30を挿入し易い。
【0035】
攪拌工程において、隣り合う2つの棒30は、一方の棒30の中心が、他方の棒30の太さL1を7倍した長さL2を半径とし他方の棒30の中心を中心とする円の中に位置し、固相率が80%以上の高い固相率となるまで攪拌するから、隣り合う棒30同士の中心から中心までの距離が長くても、その間の溶湯10を十分に攪拌できる。
【0036】
次に、
図5(a)から
図5(d)を参照して、攪拌工程における溶湯10内の固相50及び液相60の移動について説明する。
図5(a)は準備工程において、器20の中に金属の溶湯10が入ったときの模式図である。
図5(b)は攪拌工程において、棒30が溶湯10に挿入されたときの溶湯10の状態を表した模式図である。
図5(c)は、
図5(b)から所定時間後の溶湯10の状態を表した模式図である。
図5(d)は、
図5(c)からさらに所定時間後の溶湯10の状態を表した模式図である。
【0037】
図5(a)から
図5(d)の図中において、四角で表された固相50と、三角で表された液相60と、は溶湯10内の固相50及び液相60の分布を模式的に表したものである。
図5(a)から
図5(d)では、溶湯10の液面11の固相50の多い部分は省略されている。また、
図5(b)から
図5(d)では、図を簡略化するため、棒30は1つを除いて省略されている。
【0038】
図5(a)に示すように、炉から器20に入れられた溶湯10は、器20の水平方向の中央部分よりも、器20の壁22及び底21に近い部分から冷やされて、器20の壁22及び底21に近い部分から固相50が多い第1層70が形成される。第1層70の内側には、第1層70よりも液相60を多く含む第2層80が形成されている。第2層80よりもさらに内側には、器20の水平方向の中央部分を含み第2層80よりも液相60を多く含む第3層90が形成されている。第1層70から第3層90までは、いずれも溶湯10の液面11付近(溶湯10の液面11の固相50の多い部分を除いて)を含んでいる。なお、第1層70と第2層80との境界および第2層80と第3層90との境界は、それぞれはっきりとした境界があるものではないが、説明のため境界線を設けている。
【0039】
図5(b)に示すように、溶湯10内の固相50及び液相60を棒30の外側に押しのけながら、棒30が液面11から底21に向かって挿入される。押しのけられた固相50及び液相60は、棒30の周りに存在する。
【0040】
次に、
図5(c)に示すように、棒30を溶湯10の底21から液面11に向けて上昇させると、棒30が溶湯10内に存在していた部分に、固相50よりも流動性が高く移動しやすい液相60が固相50よりも先に流れ込む。液相60は固相50よりも棒30が存在した底21に近い部分に多く早く流れ込むから、底21に近い部分に液相60が多い溶湯10が移動する。
【0041】
その後、
図5(d)に示すように、棒30が存在した部分に、液相60が多い溶湯10が流れ込んだ後に、固相50が多い溶湯10が流れ込む。固相50が多く存在した第1層70の固相50を押しのけ、その部分に液相60が多い溶湯10を流し込むことができるから、固相50と液相60とが混ざりやすくなる。
【0042】
第1層70に移動した液相60が多い溶湯10は、第2層80及び第3層90の位置よりも壁22及び底21に近い第1層70に位置するから、冷やされて固相50になり易い。固相50になり難い第2層80及び第3層90に存在した液相60が多い溶湯10を、固相50になり易い第1層70に移動するから、液相60が多い部分が残らずに、均質に固相50にすることができる。よって、部位ごとの固相率のばらつきの少ない半凝固スラリー40を得ることができる。
【0043】
攪拌工程において、溶湯10は、固相率が80%以上になるまで棒30を往復運動して攪拌されるから、固相50のまわりに存在する液相60を少なくしながら、固相50の周りの液相60の分布のばらつきを小さくする。分布のばらつきの小さい液相60が近くの固相50を核としてさらに固相50を成長させるから、固相50の粒子(結晶粒)の大きさのばらつきを小さくできる。
【0044】
実施形態では、棒30の往復運動の速度は、往復運動の大きさにもよるが、例えば200mm/秒-300mm/秒であって、1秒間に2往復以上行われることが好ましい。1秒間に2往復以上の往復運動が行われるから、それよりも速度が遅い場合と比べて、棒30を溶湯10の底21から液面11に向けて上昇するときの棒30が存在した部分に発生する負圧を大きくして、固相50及び液相60が流れ込むのを促進させる。よって攪拌する時間を短縮できる。
【0045】
棒30が往復運動する水平方向の位置は、直前の往復運動の水平方向の位置と異なるから、往復運動の効果を溶湯10内の水平方向の複数の異なる位置で得ることができる。溶湯10のいずれの水平方向の位置においても、固相50及び液相60が混ざりやすくなり、固相50及び液相60の半凝固スラリー40内の分布が均質になりやすい。よって半凝固スラリー40の部位ごとの固相率のばらつきを小さくできる。
【0046】
溶湯10に触れる前の棒30は、溶湯10よりも表面温度が低い。従って、棒30の表面に触れた溶湯10は、早く凝固しやすい。複数の棒30の表面温度にはほとんど差がないから、器20の水平方向の中心近くにある溶湯10と、器20の壁22近くにある溶湯10とは、溶湯10の壁22までの距離に関係なく冷やされる。よって部位ごとの固相率のばらつきを小さくできる。
【0047】
攪拌工程において、棒30の往復運動のうち棒30を器20の底21から溶湯10の液面11に向けて上昇した時、棒30のうち少なくとも一部が大気などに曝されるので、棒30が冷却される。棒30の大気などに曝された部分および冷却された部分が溶湯10と接触すると固相50を生成するのを促進する。よって、溶湯10を凝固する時間を短縮できる。
【0048】
攪拌工程において、棒30の往復運動のうち棒30を器20の底21から溶湯10の液面11に向けて上昇した時、棒30は、棒30の外形に突出する部分が少ないから、溶湯10が棒30に付着し難い。よって、体積が安定した半凝固スラリー40を繰り返し得ることができる。攪拌工程において、棒30は、往復運動しながら振動していても良い。この場合、棒30を器20の底21から溶湯10の液面11に向けて上昇するときに、振動によって溶湯10が棒30にさらに付着し難くできる。振動する方向は、特に棒30の長さ方向であることが好ましい。また、棒30に溶湯10が付着したとしても、付着した溶湯10をエアなどで容易に吹き飛ばすことができる。 準備工程の後であって、攪拌工程よりも先に、又は、攪拌工程と同時に、溶湯10を電磁攪拌する電磁攪拌工程を行っても良い。攪拌工程よりも先に電磁攪拌を行う場合は、電磁攪拌工程の後、時間をあけずに攪拌工程を行うことが好ましい。
【0049】
電磁攪拌を行うと得られる半凝固スラリー40の固相50の粒子(結晶粒)の大きさが小さくなる。固相50の粒子の大きさが小さくなると、固相50が液相60と接する面積を増やして、固相50間に晶出する共晶を多くできる。
【0050】
次いで、得られた半凝固スラリー40を器20から成形型内にセットする。成形型を閉じ、半凝固スラリー40を加圧して、半凝固スラリー40を変形させて成形体100(後述する)を成形する。成形型を開き成形体100を取り出す。その後、成形体100は、溶体化処理および人工時効処理(合わせて「T6処理」と称す)を行う。
【0051】
半凝固スラリー40の液相60の部分は、成形時に、初晶(固相50)の周りに存在し初晶を成長させる部分と、初晶(固相50)の成分とそのほかの元素とを含む共晶になる部分と、になる。共晶になる部分は、初晶の元素と、初晶とは異なる元素と、を含んでいる。共晶は、初晶以外の元素が初晶の周りに一定程度存在するから、成形体100を成形後、得られた成形体100に溶体化処理および時効処理を行うと、初晶の周りに強化機構である析出相が析出(生成)する。析出相が生成されると、初晶は、粒子間のすべりによる移動が析出相により抑制され、成形体100の機械的性質(特に耐力)を向上させる。
【0052】
得られた成形体100は、固相率が高く、部位ごとの固相率のばらつきの少ない半凝固スラリー40を用いて成形したから、固相50(初晶)間に晶出する共晶の分布のばらつきも少ない。従ってT6処理を行った成形体100は、析出相の分布のばらつきが少なく、機械的性質(特に耐力)の分布のばらつきの少ない成形体100を得ることができる。
【0053】
成形体100は、例えば、ハウジングに用いられるプレス成形品である。プレス成形は、成形型を使用した絞り加工、鍛造加工などが採用される。成形体100は、金属の結晶組織のもつ流れであるファイバーフロー(鍛流線)が連続して存在している。
【0054】
次に、
図6(a)及び
図6(b)を参照して、成形体100の共晶面積率および共晶面積率の変動係数の求め方について説明する。
図6(a)は、成形型内で加圧されて取り出され、T6処理を行った成形体100の斜視図である。
図6(a)のA線は、成形体100が成形型内で加圧される方向に沿った線である。成形体100が加圧される方向は、上面101から下面102に向かう方向、下面102から上面101に向かう方向、又は、上面101、下面102の両方からでも良い。また上面101、下面102は凹凸があっても良いし、上面101の形状と下面102の形状とが異なるものであっても良い。
【0055】
図6(b)は、
図6(a)のA線に垂直な平面上に描かれた成形体100の投影図である。
図6(b)に示すように、まず、成形体100の投影図の外形線103上の2点110,111を結ぶ線分のうち最も長い線分112を引く。次に、線分112に垂直に交わり、且つ、線分112を6等分する
5つの切断面113で成形体100を切断する。その6等分した各部分から得られる試料の断面から各部分の共晶面積率を求めることができる。本実施の形態では、成形体100を切断面113で6等分した各部分の試料の断面から共晶面積率を求めているが、成形体100を6つ以上の切断面113で
7等分以上した各部分の試料の断面から共晶面積率を求めても良い。
【0056】
共晶面積率は、断面上の視野に現出する共晶の面積の、視野の面積に対する割合である。成形体100は、共晶面積率を視野ごとに複数測定したときに、共晶面積率の標準偏差を共晶面積率の平均値で除した変動係数が0.15以下である。成形体100の断面は、成形体100の直交方向において長手方向が存在する場合は、成形体100を長手方向に距離を等分した6か所以上の部分から得られる断面である。断面上の視野は、縦450μm、横600μmの矩形の領域である。
【0057】
成形体100は、共晶面積率の変動係数が0.15以下であるから、共晶面積率の平均値の大きさに対する共晶面積率のばらつきが少ない成形体100を得ることができ、共晶面積率と相関のある耐力の部位ごとのばらつきを小さくできる。よって、いずれの部位においても安定した耐力を持つ成形体100を得ることができる。
【実施例】
【0058】
本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0059】
金属の溶湯10を異なる攪拌方法によって攪拌した半凝固スラリーのサンプル1-3を作製した。金属は、アルミニウムの熱処理合金であるA6061を用いた。金属の溶湯10を入れる器20は、横60mm、縦60mm、高さ50mm、厚さ0.8mmのステンレス製の有底の断面矩形状のものを用いた。サンプル2及びサンプル3において、棒30を動作させる速度は、200mm/秒-300mm/秒で同程度とした。そのほかの条件はすべて同じにした。
【0060】
サンプル1は、準備工程のあと、時間を置かずに10秒間電磁攪拌のみを行った半凝固スラリーである。サンプル2は、準備工程のあと、時間を置かずに10秒間電磁攪拌を行った後、さらに時間を置かずに棒30を30秒間旋回運動させて攪拌して得られた半凝固スラリーである。サンプル3は、準備工程のあと、時間を置かずに10秒間電磁攪拌を行った後、さらに時間を置かずに棒30を30秒間往復運動させて攪拌して得られた半凝固スラリーである。
【0061】
得られたサンプル1-3を水に入れて急冷し、各サンプルの上部、中央部、下部、及び、サンプルの上部、中央部、下部の3ヶ所それぞれの器20の壁22と接触していた部分から内側に向かう壁側部、中間部及び中心部の5ヶ所の計15か所について断面を金属顕微鏡(200倍)で観察して固相率を求めた。急冷されて凝固した部分が各サンプルの液相60の部分である。固相率(%)は、各断面において、その断面上の視野に現出した固相50の面積を、その視野の面積で除して100倍してそれぞれ求めた。視野は、15か所について、それぞれ縦450μm、横600μmの矩形の領域である。
図7は攪拌方法の異なる各サンプルと固相率との関係を示した図である。
【0062】
図7に示すように、サンプル1の固相率は55%-100%の範囲となり、標準偏差が13.51%であった。サンプル2の固相率は36%-100%の範囲となり、標準偏差が19.40%であった。サンプル3の固相率は85.2%-100%の範囲となり、標準偏差は4.10%であった。サンプル3は固相率が最も低い部分においても固相率80%以上であった。
【0063】
次に、サンプル1及びサンプル3を、成形型を備えるプレス機により成形型内で70MPa-140MPa程度の圧力を加えて成形した成形体をそれぞれ得た。得られた成形体に溶体化処理、人工時効処理を行った後、成形体から各6つの引張試験片を作り、0.2%耐力をそれぞれ測定した。各6つの引張試験片は、各サンプルを加圧する方向に直交する直交方向における長手方向に成形体を6等分した各部位から作られた。0.2%耐力の測定はJIS Z2241:2011に準拠した。引張試験片は、JIS Z2241:2011に準拠した14B号試験片とした。サンプル1の0.2%耐力は78MPa-271MPaの範囲となり、標準偏差は81.58MPaであった。サンプル3の0.2%耐力は220MPa-255MPaの範囲となり、標準偏差は8.54MPaであった。
【0064】
次いで、各6つの引張試験片の引張試験における破断面を研磨して、金属顕微鏡(200倍)で観察し、共晶面積率をそれぞれ測定した。具体的には、各6つの引張試験片の破断面のそれぞれ縦450μm、横600μmの矩形の領域を任意に設定し、その領域内の共晶面積率を測定した。
図8は攪拌方法の異なる各サンプルと共晶面積率との関係を示した図である。
【0065】
図8に示すように、サンプル1の共晶面積率は0.4%-1.5%の範囲となり、標準偏差は0.41%、平均値は1.09%であった。サンプル1の共晶面積率の変動係数は0.38であった。サンプル3の共晶面積率は1.1%-1.6%の範囲となり、標準偏差は0.20%、平均値は1.41%であった。サンプル3の共晶面積率の変動係数は0.15であった。
【0066】
サンプル3は、サンプル1及びサンプル2と比較して、棒30が上下方向への往復運動を行うことで、溶湯10内の固相50及び液相60を均質に攪拌することができ、固相率の部位ごとのばらつきが小さくなったものと推察される。
【0067】
サンプル3は、共晶面積率の部位ごとのばらつきが小さいから、初晶間の共晶の分布のばらつきが小さい。初晶間の共晶の分布のばらつきが小さいから、溶体化処理および人工時効処理によって得られる析出相の分布のばらつきが小さくなり、0.2%耐力の部位ごとのばらつきが小さくなったものと推察される。
【0068】
以上、実施の形態および実施例に基づき本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態および実施例に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。
【0069】
実施形態では、器20に入れられる金属の溶湯10は、アルミニウムの熱処理合金A6061の溶湯10である場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではない。金属は、半凝固スラリー40を生成することができるものであれば、そのほかの熱処理合金、非熱処理合金を採用することができる。この場合、金属が非熱処理合金の場合であっても、攪拌工程によって得られる半凝固スラリー40を加圧して成形された成形体100は、初晶間の強化機構である析出相は生成しないが、結晶粒の大きさのばらつきが小さく、且つ、初晶および共晶の分布のばらつきが小さいから、いずれの部位においても安定した耐力の成形体100を得ることができる。
【0070】
実施形態では、器20は、上下方向に直交する断面が矩形のものを説明したが、必ずしもこれに限られものではない。器20は、上下方向に直交する断面が円、楕円、多角形状のものを採用することは当然可能である。
【0071】
実施形態では、棒30は、複数の棒30が互いに平行に配置されているものを説明したが、必ずしもこれに限られるものではない。棒30は、互いに平行でないものであっても構わない。各棒30の配置を器20の形状に合わせて適宜設定することは当然可能である。また、器20の形状に関係なく、設定することも当然可能である。各棒30は、例えば、器20の底21及び壁22に向かうように互いに広がって配置されるものであっても構わない。
【0072】
実施形態では、棒30が複数ある場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではない。棒30が単数であるものでも構わない。
【0073】
実施形態では、攪拌工程において、棒30は、溶湯10の液面11から先端部31がでるまで往復運動の上方への移動を行う場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではない。棒30は、先端部31が溶湯10内に位置したまま上下方向の往復運動を繰り返すことは当然可能である。
【0074】
実施形態では、電磁攪拌工程を攪拌工程よりも先に又は同時に行う半凝固スラリー40の製造方法を説明したが、必ずしもこれに限られない。電磁攪拌以外の攪拌方法と攪拌工程とを組み合わせて攪拌することも当然可能である。電磁攪拌以外の攪拌方法は、超音波振動によって攪拌する方法、溶湯10内にガスを注入して攪拌する方法、高周波誘導によって攪拌する方法、棒30を自転、公転、振動させて攪拌する方法、及び、それらを組み合わせて攪拌する方法などが例示される。
【0075】
実施形態では、成形工程において、半凝固スラリー40は、器20から成形型の型内にセットされ加圧されて成形される場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではない。金属の溶湯10を準備工程において型に直接入れて、攪拌工程により型内で半凝固スラリー40を得た後、そのまま加圧されて成形するものであっても良い。この場合、器20は、金属の溶湯10が入れられる型である。
【符号の説明】
【0076】
10 溶湯
20 器
21 底
30 棒
40 半凝固スラリー
50 固相
60 液相
100 成形体