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特許7592232大規模言語モデルを用いた診断、処方支援システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-22
(45)【発行日】2024-12-02
(54)【発明の名称】大規模言語モデルを用いた診断、処方支援システム
(51)【国際特許分類】
   G16H 10/00 20180101AFI20241125BHJP
   G16H 50/20 20180101ALI20241125BHJP
【FI】
G16H10/00
G16H50/20
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023172400
(22)【出願日】2023-10-04
【審査請求日】2023-10-24
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】502351659
【氏名又は名称】株式会社医療情報技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100196760
【弁理士】
【氏名又は名称】大野 浩司
(72)【発明者】
【氏名】姫野 信吉
【審査官】木村 慎太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-017137(JP,A)
【文献】特開2023-055570(JP,A)
【文献】特表2022-553749(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16H 10/00-80/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大規模言語モデルを併用した電子カルテシステムにおいて、
(1)電子カルテから抽出された診断済み症例の診断名、症状、身体所見、検査結果データを用いて、Attention機構により、個々の症状、身体所見、検査所見などと教師ラベルである診断済み症例の疾患名の間の相互関係性、さらに個々の症状、身体所見、検査所見の間の相互関係性を、各々の相互関係のAttention重みとして求める追加学習を行い、追加学習済大規模言語モデルとする(診断済み症例データによる追加学習済大規模言語モデル作成手段)ための診断用追加学習データ提供手段を備え、
(2)診断未確定症例について得られた電子カルテの症状、身体所見、検査結果データを前記追加学習済大規模言語モデルに提供する「症状、身体所見、検査結果データ提供手段」を備え、
(3)前記追加学習済大規模言語モデルは、前記症状、身体所見、検査結果データ提供手段で得られた症状、身体所見、検査結果データ群の各々のアテンション重み、それらを積算したコンテキストベクトルを用いて、前記症状、所見、検査結果などが得られた途中経過時点での疾患名ごとの確率を計算することで、可能性のある診断名とその確率のリスト、推奨される追加の症状、身体所見、検査のうち少なくとも一つを回答する「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」を備え、
(4)前記「症状、身体所見、検査結果データ提供手段」および前記「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」を繰り返す逐次診断向上手段を備えていることを特徴とした診断、処方支援システム。
【請求項2】
前記「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」において、
電子カルテに対して推奨された検査のオーダーを作成する推奨検査オーダー作成手段を備えていることを特徴とした請求項1記載の診断、処方支援システム。
【請求項3】
前記診断用追加学習提供手段において、
診断済み症例の診断を進めるための、「症状、身体所見、検査所見」のみならず、投与薬剤、注射、リハビリ、手術を含む処置といった治療項目を備えていることを特徴とした請求項1又は2記載の診断、処方支援システム。
【請求項4】
前記追加学習済大規模言語モデルは、前記逐次診断向上手段により得られた確定診断に対して、投与薬剤、注射、リハビリ、手術を含む処置の治療計画の提案をおこなう治療計画提案手段を備えていることを特徴とした請求項1又は2記載の診断、処方支援システム。
【請求項5】
前記治療計画提案手段において提案された投与薬剤、注射、リハビリ、手術を含む処置といった個々の治療オーダーを電子カルテに対して作成する推奨治療オーダー作成手段を備えていることを特徴とした請求項4記載の診断、処方支援システム。
【請求項6】
前記逐次診断向上手段および治療計画提案手段の経過ログを記録する経過ログ作成手段を備えていることを特徴とした請求項4記載の診断、処方支援システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大規模言語モデルを用いて、患者の症状や身体所見から検査計画を立案し、それらの結果から疾患の病名診断を支援し、さらに適切な治療計画の立案を支援する診断、処方支援システムに関する。
【背景技術】
【0002】
医療現場などでは医療上の指示(オーダー)や記録を効率的に記録するためのコンピュータシステム(電子カルテ)が広く用いられるようになってきている。
また、近年人工知能(AI:Artificial Intelligence) の進歩が著しく、とりわけ大量の文献やデータを学習させ自然言語での問い合わせ、回答を可能とした大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)、あるいは生成AI(Generative AI)が注目されている。
この出願に関連する先行技術文献としては次のものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2023-523644号公報
【文献】特開2023-73095号公報
【文献】特許第5484317号公報
【文献】特許第7313757号公報
【文献】特許第6792750号公報
【文献】特許第7284970号公報
【文献】特許第7145367号公報
【0004】
【文献】ChatGPTの頭の中 スティーブン ウルフラム ハヤカワ新書009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
医療の実施に当たっては、患者の症状や診察所見を基に検査計画を組み立て、検査結果に応じて治療計画を立て、治療を実施する。医師や看護師など多様な職種の医療者が関わるため、効率的な医療活動には、電子カルテが有用であることは論を待たない。
患者を診察し、症状や身体所見などからある程度疾患名を絞り込み、検査を実施することで疾患名を確定し、この疾患名に基づき治療計画を立案する必要がある。
ここで、検査や治療などの医療上の指示(オーダー)の組み立ては、医師の手作業で行われている。このためには膨大な作業量が必要になり医師の長時間労働を生んでいる。また、医師ごとの知識や経験レベルの差から誤診や不必要な検査が生じたり、治療効果がばらついたりといった問題が生じている。
【0006】
本発明はかかる従来の問題点を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、大規模言語モデルに大量の診断すみ症例の患者記録を追加学習させておき(追加学習済大規模言語モデル)、来院した診断未確定患者から得られた症状所見から、前記追加学習済大規模言語モデルに診断を確定するための効率的な検査計画を提案させ、得られた検査結果を総合して確定診断を得ることを支援すること、さらに、前記確定診断に基づき適切な治療計画を提案させる診断、処方支援システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するための手段として請求項1記載の診断、処方支援システムでは、 大規模言語モデルを併用した電子カルテシステムにおいて、
(1)電子カルテから抽出された診断済み症例の診断名、症状、身体所見、検査結果データを用いて、Attention機構により、個々の症状、身体所見、検査所見などと教師ラベルである診断済み症例の疾患名の間の相互関係性、さらに個々の症状、身体所見、検査所見の間の相互関係性を、各々の相互関係のAttention重みとして求める追加学習を行い、追加学習済大規模言語モデルとする(診断済み症例データによる追加学習済大規模言語モデル作成手段)ための診断用追加学習データ提供手段を備え、
(2)診断未確定症例について得られた電子カルテの症状、身体所見、検査結果データを前記追加学習済大規模言語モデルに提供する「症状、身体所見、検査結果データ提供手段」を備え、
(3)前記追加学習済大規模言語モデルは、前記症状、身体所見、検査結果データ提供手段で得られた症状、身体所見、検査結果データ群の各々のアテンション重み、それらを積算したコンテキストベクトルを用いて、前記症状、所見、検査結果などが得られた途中経過時点での疾患名ごとの確率を計算することで、可能性のある診断名とその確率のリスト、推奨される追加の症状、身体所見、検査のうち少なくとも一つを回答する「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」を備え、
(4)前記「症状、身体所見、検査結果データ提供手段」および前記「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」を繰り返す逐次診断向上手段を備えていることを特徴とする。
【0008】
請求項2記載の診断、処方支援システムでは、請求項1記載の診断、処方支援システムにおいて、前記「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」において、 電子カルテに対して推奨された検査のオーダーを作成する推奨検査オーダー作成手段を備えていることを特徴とする。
【0009】
請求項3記載の診断、処方支援システムでは、請求項1又は2記載の診断、処方支援システムにおいて、前記診断用追加学習提供手段において、診断済み症例の診断を進めるための、「症状、身体所見、検査所見」のみならず、投与薬剤、注射、リハビリ、手術を含む処置といった治療項目を備えていることを特徴する。
【0010】
請求項4記載の診断、処方支援システムでは、請求項1又は2記載の診断、処方支援シ ステムにおいて、前記追加学習済大規模言語モデルは、前記逐次診断向上手段により得られた確定診断に対して、投与薬剤、注射、リハビリ、手術を含む処置の治療計画の提案をおこなう治療計画提案手段を備えていることを特徴とする。
【0011】
請求項5記載の診断、処方支援システムでは、請求項4記載の診断、処方支援システムにおいて、前記治療計画提案手段において提案された投与薬剤、注射、リハビリ、手術を含む処置といった個々の治療オーダーを電子カルテに対して作成する推奨治療オーダー作成手段を備えていることを特徴とする。
【0012】
請求項6記載の診断、処方支援システムでは、請求項4記載の診断、処方支援システムにおいて、前記逐次診断向上手段および治療計画提案手段の経過ログを記録する経過ログ作成手段を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1記載の診断、処方支援システムでは、診断用追加学習データ提供手段を備えるので、電子カルテから抽出された診断済み症例の診断名、症状、身体所見、検査結果データを用いて前記大規模言語モデルの追加学習を行い追加学習済大規模言語モデルとする(診断済み症例データによる追加学習済大規模言語モデル作成手段)。
「症状、身体所見、検査結果データ提供手段」を備えるので、診断未確定症例について得られた電子カルテの症状、身体所見、検査結果データを前記追加学習済大規模言語モデルに提供する。
「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」を備えるので、可能性のある診断名とその確率のリスト、推奨される追加の症状、身体所見、検査のうち少なくとも一つを回答する。
逐次診断向上手段を備えるので、診断名とその確率のリストが確定診断として十分な精度となるまで、「症状、身体所見、検査結果データ提供手段」および「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」を繰り返す。
【0014】
請求項2記載の診断、処方支援システムでは、推奨検査オーダー作成手段を備えるので、電子カルテに対して推奨された検査のオーダーを作成する。
【0015】
請求項3記載の診断、処方支援システムでは、診断済み症例の診断を進めるための、「症状、身体所見、検査所見」のみならず、投与薬剤、注射、リハビリ、手術などの処置といった治療項目を備えている。
【0016】
請求項4記載の診断、処方支援システムでは、治療計画提案手段を備えるので、逐次診断向上手段により得られた確定診断に対して、投与薬剤、注射、リハビリ、手術など少なくとも一つの治療項目を含む治療計画の提案を行う。
【0017】
請求項5記載の診断、処方支援システムでは、推奨治療オーダー作成手段を備えるので、治療計画提案手段において提案された投与薬剤、注射、リハビリ、手術などの処置といった個々の治療オーダーを電子カルテに対して作成する。
【0018】
請求項6記載の診断、処方支援システムでは、経過ログ作成手段を備えるので、逐次診断向上手段および治療計画提案手段の経過ログを記録する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明のハードウェア構成図である。
図2】大規模言語モデル(LLM)に対して、大量の診断済み症例のデータを用いて追加学習を行い、追加学習済大規模言語モデルを作成する説明図である。
図3】大規模言語モデルの基本学習動作と追加学習の関係を示す。
図4】本発明における追加学習の説明図である。
図5】追加学習済大規模言語モデルを活用して提案を受けながら診断、治療計画を作成する説明図である。
図6】診断、治療立案過程の実例を示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は、本発明のハードウェア構成図の一例である。
追加学習済大規模言語モデルは、巨大なデータ、大量の計算資源を必要とするため、通常クラウド上にあり、インターネット回線からルーターを経由して医療機関内のLAN(Local Area Network)に接続される。
医療機関内には電子カルテのサーバーがある。
医師、看護師などのスタッフは、LANの接続された端末を介して、電子カルテ、大規模言語モデルを利用する。
なお、電子カルテシステムの一部ないし全部をクラウド上に構築しても良い。
また、軽量版であれば追加学習済み大規模言語モデルの一部もしくは全部を医療機関内に設置したりする構成(エッジコンピューティング)も可能である。もしもこれが可能であれば、問い合わせに対する反応を高速化でき、さらに情報漏洩の危険を減少させることができる。
【0021】
図2は、大規模言語モデル(LLM)に対して、大量の診断済み症例のデータを用いて追加学習を行い、追加学習済大規模言語モデルを作成する説明図である。
電子カルテから症状、身体所見、検査結果といった症例データを抽出し(症例データ抽出手段)、すでに得られている確定診断とともに「診断済み症例データ」を作成し、大規模言語モデルの追加学習に供する(診断済み症例データによる追加学習済大規模言語モデル作成手段)。
大規模言語モデルでは、「幻覚」と呼ばれる架空の反応を返すことがあり、問題となっている。「幻覚」は学習済データにない内容を問い合わせることに対して発生する。この問題は、検索の範囲を、学習に用いた大量の診断済み症例のデータに限定することによって防止できる。
可能であれば、自院のみならず、他の病院の診断済み症例データも使用できれば精度の向上が期待できる。
なお、同じ「胸痛」という症状があっても、循環器の専門病院では「狭心症」や「心筋梗塞」を疑うが、整形外科の専門病院では「肋骨骨折」の可能性が高い。このため、適宜、病院ごとの診断済み症例データをグループ分けすることも有用であろう。
【0022】
大規模言語モデルは現在急速に開発が進んでおり、ChatGPT(OpenAI 社の登録商標)をはじめ、BardやLaMDA(Google社の登録商標)、LLaMA(メタ社の登録商標)はじめ多数のモデルが開発されている。
大規模言語モデルでは大量のデータを学習し汎用の言語モデル(基板学習モデル)を構成するが、特定分野の知識は必ずしも深くない。このため、特定分野に関しての知識を集中的に追加学習させて専用モデルが構築される(本発明もその一環である)。
また汎用の基板学習モデルの大規模言語モデルでは、数値計算や論理演算に弱いことが知られている。この弱点を補うため、ウォルフラム アルファ(Wolfram Alpha 非特許文献1)といった専用モジュールがあり、いずれもLLMからのプロンプト問い合わせに反応して回答を返す。
【0023】
また、WEBの検索エンジンに問い合わせて、その回答を取り込むなどが考えられる。
このような課題を解決する手法の一つとして、ファンクションコーリング(Function Calling)が提案されている。これは、大規模言語モデルから、API(Application Programming Interface)を介して、他の検索エンジン、データベースあるいは特定目的に特化したLLMの機能を利用するものである。専用大規模言語モデルなどを並列して使用できれば、回答時間の軽減も期待できる。
さらに、後述するように、電子カルテシステムからの情報参照、電子カルテシステムへの書き込みもできるようにしておけば、Function Callingを用いて、大規模言語モデルから直接電子カルテシステムを制御することができる。
【0024】
図3は、大規模言語モデルの基本学習動作と追加学習の関係を示す。
汎用の大規模言語モデルでは、ウェブ上などから可能な限り大量の文書データを収集する。
収集された文書データに含まれる任意の文書要素(例えば単語)をマスクし、残ったほかの文書要素で予測する学習を行う。この学習の過程で、文書要素間の関係性をAttention機構と呼ばれる方法で把握する。
文書の生成課題では、関連性の高い文書要素と、それまで生成された文書要素群に基づいて、次に来る可能性の高い文書要素を予測し、最も確率の高い文書要素を採用する。
これらは、各文書要素のベクトル表現にアテンション重み(Attention Weight)を乗じたものを、途中まで作成された文書要素列のそれぞれについて積算し、コンテキストベクトルを計算することで達成される。文書要素が追加されると、さらに次の文書要素を予測するといった手順を繰り返すことで、長文の文書の生成も可能としている。
【0025】
従来の学習モデルでは、文書に人手を用いて付与した教師ラベルを付与したもの(コーパス)が大量に必要であった。
お金のかかる前記ラベル付けがネックとなっていたためコーパスの規模に制限があった。大規模言語モデルでは、文書の一部をマスクし、文書の残り部分でマスクした文書要素を予測させる。マスクした文書要素が正解(教師ラベル)となるため、人手を介することなく教師無し文書から大量のコーパスが利用できるようになった。
従来用いられてきたRNN(Recurrent Neural Network)などでは、出力したい文書要素の近傍の文書要素しか用いられず離れた位置の文書要素は「忘れられる」ため、工夫しても数十語を超えると急激に精度が落ちることが知られていた。LLMでは、Attention機構を用いて、離れて位置する文書要素も予測に動員できるようになり、長文の生成も可能となってきている。
【0026】
図4は、本発明における追加学習の説明図である。
大規模言語モデルはあらゆる分野の文書を大量に集め学習しているので、一般的な文書の理解や生成は問題なく行われる。しかし特定分野に関しての精度は必ずしも高くない。このため、当該特定分野に関しての文書を追加学習させ、両者一体として特定分野に適合した追加学習済大規模言語モデルとすることができる。
本発明の強化学習においては、診断の確定している症例の症状、身体所見、検査結果と、当該確定診断を教師ラベルとした教師あり追加学習データとしている。
この際に、特許文献7:特許7145367号公報による電子カルテからタグ情報を用いた情報抽出も有用であろう。
なお、追加学習には基板学習モデルのパラメーターを変えずに出力層のみを追加する「転移学習」と、追加学習データを用いて基板学習モデルのパラメーターを再学習させるファインチューニング(Fine-tuning)がある。いずれも可能であるが、本発明では、ファインチューニングが、より望ましい。
【0027】
Attention機構を用いた学習により、個々の症状、身体所見、検査所見などと教師ラベルである疾患名の間の関係性が得られる。
さらに、個々の症状、身体所見、検査所見の間の関係性も学習されることとなる。
当初得られた症状、身体所見群の各々のアテンション重み、それらを積算したコンテキストベクトルを用いて、幾つかの症状、所見、検査結果などが得られた途中経過時点で疾患名ごとの確率を計算することができる。
即ち、通常の大規模言語モデルでは、すでに生成した文書要素列の最後に最も確率の大きい文書要素を次々に追加してゆくが、本発明では、或る時点での患者で観測された症状、身体所見、検査所見などからAttention機構を用いて、各疾患名の当該時点での確率を計算することとしている。 これは症状、身体所見、検査所見が部分的に得られた後の、可能性のある各疾患名の事後確率に相当する。
【0028】
図4では、説明の便宜上「発熱」や「腹部痛」などを整列させているが、Attention機構で個別の文書要素ベクトル、そのアテンション重みが計算されるので、個々の症状、身体所見、検査所見の出現順番は任意である。
すべての項目のデータが揃っていることは望ましいことではあるが、必須ではない。 不完全データであっても、それなりの情報は含まれているので、出力精度への貢献は可能である。
また、表記の揺れは、例えば図4では「+」だが、「あり」、「陽性」などでも構わない。さらに、LLMは翻訳を得意としており、日本語、英語、フランス語、ドイツ語などの多言語が混在することも可能である。
【0029】
診断を進めるだけであれば、症状、身体所見、検査所見で十分であるが、追加学習済大規模言語モデルからさらに治療計画の提案を受けるには、投与薬剤、注射、リハビリ、手術などの処置といった治療要素も追加学習データに含めておく必要がある(診断治療用追加学習提供手段)。
前記Attention機構により、各治療要素と疾患名の関係性が学習されているので、追加学習済大規模言語モデルによる各治療要素の提案が可能となる。
通常は、疾患名と治療パターンは単純な1:1の対応となっていることが多いが、追加学習済大規模言語モデルを活用した場合、前記Attention機構により、疾患名と各治療要素の関係性のみならず、個々の症状、身体所見、検査所見間の関係性も得られているので、個々の症例の状況に個別化された治療計画の提案が可能となる。
【0030】
図5は、強化学習済み大規模言語モデルを活用して提案を受けながら診断、治療計画を作成する説明図である。
診断未確定患者に対して、症状の聞き取りや身体所見を得て電子カルテに入力する。
前記症状の聞き取りや身体所見を追加学習済大規模言語モデルに投げる。
この際に、特許文献7:特許7145367号公報による電子カルテからタグ情報を用いた情報抽出も有用であろう。
追加学習済大規模言語モデルからは、可能性のある診断名とその確率、診断の確度を挙げるのに有用な追加の症状、身体所見、検査の提案がなされる。
医師は、提案された追加の症状、身体所見を入力し、さらに検査の提案から必要な分を選んで電子カルテの検査オーダーを作成する。
【0031】
追加の症状、身体所見、検査結果が得られたら、それらを追加学習済大規模言語モデルに提示する。追加学習済大規模言語モデルからは、再び可能性のある診断名とその確率、診断の確度を挙げるのに有用な追加の症状、身体所見、検査の提案がなされる。
前記可能性のある診断名とその確率につき、十分に高い確率が得られ、医師が当該診断名に納得したならば、診断名は確定され、電子カルテに登録される。まだ確率が不十分で医師の納得が得られないならば、同様の手順を、診断名が確定するまで繰り返す(逐次診断向上手段)。
診断名が確定したならば、追加学習済大規模言語モデルから適切と思われる投与薬剤、注射、リハビリ、手術などの処置の提案を受け、医師が適切と思われる治療を選択し、電子カルテに治療オーダーを作成する。
ここで、追加学習済大規模言語モデルの提案する診断名や個々の検査や治療オーダーは、あくまで提案に過ぎず、最終的な採用は医師に委ねられる。これは、万一医療事故などの問題が生じた際に最終責任は医師にあるからである。
ここで、前記逐次診断向上手段および治療計画提案手段の経過ログを記録する経過ログ作成手段があれば、どのような根拠で診察、検査を進め診断を得たか、さらにどのようにして治療計画を立てたが検証可能となり、従来のAIで欠如が問題であった「説明可能性」を備えることができる。
【0032】
図6は、図5での診断、治療過程の実例を示したものである。
診断未確定患者が発熱、腹痛で来院した。これだけでは多数の疾患名が考えられるので、咳や嘔吐の有無など、追加の症状、身体所見の有無の確認が提案されている。
また、血液検査やXp CTなどの検査が推奨されている。
医師が必要と認めた検査に関しては、検査オーダーが発行される。得られた追加症状、身体所見、検査結果が追加学習済大規模言語モデルに返答され、胆石症の診断確率が高いとの追加学習済大規模言語モデルの返答がある。この時点で医師が確定診断と判断すると、電子カルテに診断名を登録し、追加学習済み大規模言語モデルに胆石症の治療提案を求める。
鎮痛剤や抗生剤点滴などの提案を医師が妥当と判断すれば、電子カルテに当該治療オーダーを発行する。最後に経過ログを作成する。
【0033】
医師の診察にあたっては、まず問診を行って患者の訴える症状や、症状がおこったきっかけの有無、時間経過などを把握したのち身体所見を取り、疾患名の大体のあたりをつけ、確認するため、あるいは複数の疾患名が疑われるときは鑑別のための血液検査や放射線検査などをオーダーする。検査結果を見て、必要があれば追加の症状、身体所見の確認、追加の検査オーダーを行い、疾患名の診断に確信が持てるまで、必要に応じて繰り返す。
特定の疾患名の可能性が十分に高くなった時点で、その疾患を確定疾患として電子カルテに登録し、当該疾患に必要な治療オーダーを発行する。
前記「疾患名の大体のあたりをつける」にあたっては、過去に経験した多数の症例から、類似した症状、身体所見のパターンを有した症例を想起することが多い。しかし、このままでは診断が属人的であり、医師によって経験が異なるため、客観的な診断による正診率の向上は困難であろう。さらに、いかなる名医といえども、死亡すれば、その知見は失われてしまう。本発明のように、永続的な知見の蓄積が続けば、診断精度は向上し続けることが期待される。
【0034】
客観的な基準によって診断を進めるには、診断が確定している症例データを大量に収集する必要がある。
収集の方法は任意であるが、実務的には、退院時サマリーあるいは、外来終診時の外来サマリーであろう。
また、特許文献7:特許7145367号公報による電子カルテからタグ情報を用いた情報抽出も有用であろう。
事前情報が全くない状況、例えば未知の患者が初診で診察室に入ってきた時点での疾患名の確率は、各疾患名の頻度の比率となる(事前確率)。
ここで症状や身体所見の情報が入ってくると、当該症状や身体所見を有する疾患名の確率(事後確率)は上昇し、当該症状や所見を有さない疾患名の確率は低下する。複数の疾患名が候補として残った際、どの疾患名が正診であるかを、追加の症状、身体所見、検査の結果を総合して決める必要がある(鑑別診断)。
ここで、鑑別診断の根拠として有効なのは、疾患間で陽性/陰性の頻度差の大きい症状、身体所見、検査であることは言うまでもない。疾患間で陽性/陰性の頻度差の大きい症状、身体所見を採り、検査を行い、それらの結果を追加学習済み大規模言語モデルに提供することで、疾患名ごとの事後確率が大きく変化し、確定診断に近づくことができる。
難易度、検査費用も勘案したうえで、次に行う症状、身体所見、検査を進めてゆけばよい。この作業を疾患名の確率が十分高くなるまで繰り返せばよい(逐次診断向上手段)。
【0035】
特許文献5:特許6792750号公報では、診断名、症状、身体所見、検査の結果を大量に集め(事前確率分布)、診断未確定の患者の症状、身体所見、検査の結果の集合演算から診断名を絞り込む(事後確率)診断支援システムが記載されている。
また、特許文献6:特許7284970号公報では、キーバリューストアという大量の記録を記録、高速検索する技術が記載されている。
しかし、問い合わせの際の手順が煩雑であり、大量のデータを集める際の表記の揺らぎの調整が煩雑であり、大量のデータを記録、参照するのに必要な計算資源が膨大となり少なからぬ費用が掛かるなどの問題があった。
大規模言語モデルでは、日常語での問い合わせが可能となり問い合わせの煩雑さが大幅に減少した。
大規模言語モデルで採用されているAttention機構では、マスクされた文書要素の推定学習を通じて文書要素の関係性を学習するが、診断用強化学習データ提供手段で提供されたデータに対しても同様の関係性の学習により追加学習済大規模言語モデルが作成される。この仕組みを利用して、観測された診断未確定患者の症状、身体所見、検査の結果が得られた後の疾患名ごとの事後確率を計算できる。
既に巨大な言語システムが構築されているので、当該言語モデルを活用することで、診断が確定している大量の症例データの記録、処理であっても、比較的安価に行うことができる。
【0036】
以上、実施例を説明したが、本発明の具体的な構成は前記実施例に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
例えば、医療を例にとって説明したが、介護において同様のシステムが利用可能である。LLMとしてChatGPTなどを例に挙げたが、他のシステムでも同様であり、今後新規に開発されるシステムを用いても本発明に含まれる。通常の大規模言語モデルではプロンプトと呼ばれる問い合わせ文を入力し、大規模言語モデルからの回答を得ることが多い。本発明では、このやり方でも良いが、電子カルテと大規模言語モデル間でAPIを介してプロンプト/回答を実行しても良い。
【要約】      (修正有)
【課題】大規模言語モデルに大量の診断済み症例の患者記録を追加学習させておき、来院した診断未確定患者から得られた症状所見から、前記追加学習済大規模言語モデルに診断を確定するための効率的な検査計画を提案させ、得られた検査結果を総合して確定診断を得ることを支援し、さらに、前記確定診断に基づき適切な治療計画を提案させる診断、処方支援システムを提供する。
【解決手段】大規模言語モデルを併用した電子カルテシステムにおいて、可能性のある診断名とその確率のリスト、推奨される追加の症状、身体所見、検査のうち少なくとも一つを回答する「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」と、診断名とその確率のリストが確定診断として十分な精度となるまで、前記「症状、身体所見、検査結果データ提供手段」および「可能性のある診断名、追加症状、身体所見、検査回答手段」を繰り返す逐次診断向上手段を備える。
【選択図】図5
図1
図2
図3
図4
図5
図6