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特許7592436虚血性脳卒中における血栓除去術と併用するアルゴン
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  • 特許-虚血性脳卒中における血栓除去術と併用するアルゴン 図1
  • 特許-虚血性脳卒中における血栓除去術と併用するアルゴン 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-22
(45)【発行日】2024-12-02
(54)【発明の名称】虚血性脳卒中における血栓除去術と併用するアルゴン
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/00 20060101AFI20241125BHJP
   A61K 9/72 20060101ALI20241125BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20241125BHJP
   A61P 7/02 20060101ALI20241125BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20241125BHJP
   A61B 5/055 20060101ALI20241125BHJP
【FI】
A61K33/00
A61K9/72
A61K45/00
A61P7/02
A61P25/00
A61B5/055 380
【請求項の数】 16
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020152684
(22)【出願日】2020-09-11
(65)【公開番号】P2021042205
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2023-07-25
(31)【優先権主張番号】1910063
(32)【優先日】2019-09-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】591036572
【氏名又は名称】レール・リキード-ソシエテ・アノニム・プール・レテュード・エ・レクスプロワタシオン・デ・プロセデ・ジョルジュ・クロード
(73)【特許権者】
【識別番号】520352436
【氏名又は名称】エクス-マルセイユ・ユニベルシテ
【氏名又は名称原語表記】AIX-MARSEILLE UNIVERSITE
【住所又は居所原語表記】58, Boulevard Charles Livon, 13007 MARSEILLE, FRANCE
(73)【特許権者】
【識別番号】505279341
【氏名又は名称】サントル・ナスィヨナル・ドゥ・ラ・ルシェルシュ・スィヤンティフィク
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100108855
【弁理士】
【氏名又は名称】蔵田 昌俊
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100179062
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 正
(74)【代理人】
【識別番号】100199565
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100219542
【弁理士】
【氏名又は名称】大宅 郁治
(74)【代理人】
【識別番号】100153051
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100162570
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 早苗
(72)【発明者】
【氏名】ジェラルディーヌ・ファジョー
(72)【発明者】
【氏名】カトリーヌ・ビロー
(72)【発明者】
【氏名】リオネル・ベリー
(72)【発明者】
【氏名】トマ・ブローシャー
【審査官】今村 明子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/008014(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第03281632(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0312460(US,A1)
【文献】国際公開第2010/035074(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0278942(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0152988(US,A1)
【文献】British Journal of Anaesthesia,2018年,120(3),pp.453-468
【文献】Med Gas Res.,2018年,8(2),pp.64-66
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
後に機械的血栓除去術を受ける必要がある個体における虚血性脳卒中に続く脳損傷を治療する、低減する、又は再吸収する方法に使用するための、アルゴンガス及び酸素ガスの2成分混合物からなる吸入可能なガス状医薬品であって、前記方法は、
(a)前記虚血性脳卒中後の、前記ガス状医薬品の吸入による投与、
(b)その後の、前記虚血性脳卒中に起因する血栓の少なくとも一部の機械摘出による機械的血栓除去術を含み、前記方法におけるガス状医薬品の吸入による投与は、
i)虚血性脳卒中の診断後、できるだけ早く開始し、かつ
ii)前記血栓除去の間、続け
前記アルゴンの体積割合は50~70%である、医薬品。
【請求項2】
前記アルゴンの体積割合は50~65%であることを特徴とする、請求項1に記載の医薬品。
【請求項3】
前記アルゴンガスは35~50%の酸素と混合されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の医薬品。
【請求項4】
前記アルゴンの体積割合は60%で、酸素の体積割合は40%であることを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載の医薬品。
【請求項5】
鼻腔、口腔、又は咽頭経路による吸入投与に好適な形態であることを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載の医薬品。
【請求項6】
前記ガス状医薬品の吸入による投与は、前記虚血性脳卒中に起因する血栓の少なくとも一部の機械摘出に続く再灌流後において続けることを特徴とする、請求項1に記載の医薬品。
【請求項7】
前記ガス状医薬品の吸入による前記投与は、再灌流後、数分間続けることを特徴とする、請求項に記載の医薬品。
【請求項8】
前記ガス状医薬品の吸入による前記投与は、再灌流後、少なくとも10分間続けることを特徴とする、請求項7に記載の医薬品。
【請求項9】
前記ガス状医薬品の吸入による前記投与は、再灌流後、少なくとも30分間続けることを特徴とする、請求項8に記載の医薬品。
【請求項10】
前記ガス状医薬品は加圧ガス容器に詰められていることを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載の医薬品。
【請求項11】
前記個体は成人、青年又は小児であることを特徴とする、請求項1~10のいずれか1項に記載の医薬品。
【請求項12】
前記機械的血栓除去術は前記虚血性脳卒中に起因する全ての血栓の機械摘出を含むことを特徴とする、請求項1に記載の医薬品。
【請求項13】
前記機械的血栓除去術は薬物ベースの血栓溶解と組み合わされることを特徴とする、請求項1又は12のいずれかに記載の医薬品。
【請求項14】
前記方法は脳撮像による虚血性脳卒中の確定診断を含むことを特徴とする、請求項1に記載の医薬品。
【請求項15】
前記方法は、全身又は局所の患者の麻酔を含むことを特徴とする、請求項1に記載の医薬品。
【請求項16】
前記方法は、意識下鎮静法による、患者の麻酔を含むことを特徴とする、請求項15に記載の医薬品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、個体、すなわち、患者において虚血性脳卒中に続く脳損傷を治療する、低減する、又は再吸収するための機械的血栓除去術と組み合わせて用いる、アルゴンガス、特に、アルゴンと酸素の2成分混合物を含有する吸入可能なガス状医薬品に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血性脳卒中は、病気・死亡の主な原因である。さらに、虚血性脳卒中後の神経学的及び機能的回復は、しばしば不完全である。したがって、1年後、生存者の半数は、程度の差こそあれ、運動障害及び神経障害に苦しむ。虚血性脳卒中は、世界的に成人における身体障害の第1の原因であり、死亡の第3の原因である。
【0003】
大半の虚血性脳卒中は、脳の血管を塞ぐ血栓によるもので、これにより血流を遮断し、脳内の灌流及び酸素供与を妨害し、結果として非灌流領域におけるニューロンの衰弱化、次いでニューロン死を招く。
【0004】
このダメージは、脳卒中時に即座に生じるが、このダメージは、脳卒中後、すなわち、機械的血栓除去術による血栓の除去、血栓溶解剤による血栓の除去、又は、これら二つの方法の組合せによる血栓の除去後にも、何時間、何日もの間、広がる。
【0005】
機械的血栓除去術は、血栓の迅速な除去を可能にすることにより、血栓溶解のみの場合と比較して、脳卒中後の予後を大きく改善してきた。しかし、脳卒中後90日間、自律的に生き、脳卒中を克服した患者はその半数に満たず、患者の大多数は、後遺症に苦しむか、又は治療後に亡くなる。
【0006】
現在、脳卒中の全ての治療法は、脳血流を再開させることである。言い換えれば、現行の治療法は、脳卒中の影響、特に、酸素不足、炎症、浮腫、酸化ストレス等により衰弱した脳細胞を治療しない。
【0007】
さらに、様々な、in vitro及びin vivoの脳卒中細胞モデルについて、アルゴンの保護効果に関する研究がある。しかしながら、脳虚血という状況下におけるアルゴンへの暴露の研究は、虚血性脳卒中のヒトの再現性に乏しく、かつ、市販されている医薬品のきっかけになったことがない実験用げっ歯類モデルにおいて行われていた。
【0008】
これは、げっ歯類モデルが、ヒトの脳機能及びヒトの病状の再現に限界を示してきたという事実によって説明される。ヒトの脳とげっ歯類の脳との間の構造的及び機能的な差異はあまりに大きく、そして、実際のところ、現在、げっ歯類において効果を実証してきた、脳虚血により衰弱した細胞の治療法は、ヒトにおいてその効果を再現していない。言い換えれば、げっ歯類においてなされた観察結果は、特に、新たな治療方法及び投薬計画についての正確な様式に関して、この病状にあるヒトに転用可能ではない。
【0009】
このことを考慮すると、1つの課題は、ヒトにおける虚血性脳卒中の治療法を、虚血性脳卒中に続く脳損傷を治療する、低減する、又は再吸収する方法で改善することを可能にすることである。
【発明の概要】
【0010】
本発明に係る解決策は、ヒトのような個体における虚血性脳卒中に続く脳損傷を治療する、低減する、又は再吸収するための機械的血栓除去術と組み合わせて用いる、アルゴンガスを含有する吸入可能なガス状医薬品に関する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
本発明は、添付の図を参照して、非限定的な実例として記載された、アカゲザルにおける研究に基づく以下の詳細な説明により、さらによく理解される。
図1図1は、「アルゴン群」の動物及び「対照群」の動物の、脳の矢状断面、冠状断面及び体軸断面におけるMRI画像から、梗塞(ダークグレー)を白質(ライトグレー)と比較して概略的に表す図である。
図2図2は、「アルゴン群」及び「対照群」における損傷体積の分布を表す図である。
【発明を実施するための態様】
【0012】
本発明は、後に機械的血栓除去術を受ける必要がある個体における虚血性脳卒中に続く脳損傷を治療する、低減する、又は再吸収する方法に使用するための、アルゴンガスを含有する吸入可能なガス状医薬品であって、当該方法は、
(a)虚血性脳卒中後の、ガス状医薬品の吸入による投与、
(b)その後の、虚血性脳卒中に起因する血栓の少なくとも一部の機械摘出による機械的血栓除去術を含み、当該方法におけるガス状医薬品の吸入による投与は、
i)虚血性脳卒中の診断後、できるだけ早く開始し、かつ
ii)当該血栓除去の間、続ける、医薬品に関する。
【0013】
この投与は、機械的血栓除去術後、すなわち、再灌流後において、優先的に続ける。
【0014】
したがって、ガス状医薬品は、虚血性脳卒中に伴う血栓の全て又は一部を排除する目的で後に機械的血栓除去術を受ける必要がある患者における、吸入による投与に適した形態であり、このガス状医薬品の投与は、虚血性脳卒中後、特に、虚血性脳卒中の確定診断後であり、かつ、機械的血栓除去術の開始前に開始し、機械的血栓除去術の間及び優先的には機械的血栓除去術後、すなわち、再灌流後においても続ける。
【0015】
考慮される態様に応じて、本発明のガス状医薬品は、以下の特徴の1つ以上を含んでいてもよい:
-医薬品は、有効体積割合のアルゴンを含有する;
-アルゴンは、かかる医薬品の有効成分である;
-アルゴンの体積割合は、30~79%である;
-アルゴンの体積割合は、40~70%である;
-アルゴンの体積割合は、50~65%である;
【0016】
-アルゴンは、少なくとも21体積%の酸素、好ましくは、少なくとも30体積%の酸素を含有する気体と混合されている;
-ガス状アルゴンは、35~50%の酸素と混合されている;
-医薬品は、アルゴンと酸素との2成分混合物からなる;
-医薬品は、アルゴンと酸素との2成分混合物からなり、アルゴンの体積割合は、およそ60%で、酸素の体積割合は40%である;
-医薬品は、キセノンを含有していない;
【0017】
-医薬品は、機械的血栓除去術の前、間、及び/又は後における吸入による投与に好適な形態である;
-医薬品は、鼻腔-咽頭経路を含む、鼻腔、口腔又は咽頭経路を介した吸入投与に好適な形態である;
-医薬品は、虚血性脳卒中の悪化を防ぐために、虚血性脳卒中の診断後できるだけ早く、すなわち、虚血性脳卒中の診断後1分又は数分以内における吸入による投与に好適な形態である。投与が迅速に行われるほど、すなわち、遅延することなく行われるほど、患者における虚血性脳卒中の有害な影響を低減、すなわち、制限又は最小化することができる;
-医薬品は、機械的血栓除去術後における吸入による投与に好適な形態であり、すなわち、それは、血栓除去に続く再灌流後、数分又は数十分後、再灌流後、好ましくは少なくとも10分間、より好ましくは少なくとも15~20分間、有利には少なくとも30分間、さらに少なくとも60分間、又はさらにより長く維持される;
-個体は、成人、青年又は小児である;
【0018】
-個体は、40歳以上、好ましくは50歳以上の成人である;
-医薬品は、薬物ベースの血栓溶解を伴うか又は伴わない、すなわち、血液を低粘稠化する(thinning)ための、及び血栓の少なくとも一部を破壊するための薬剤の任意の投与を伴う、機械的血栓除去術と組み合わされる;
-アルゴンの割合は、虚血性脳卒中により衰弱した、ペナンブラ領域(penumbral area)の脳細胞に有効に働きかける目的で選択される;
-アルゴンの割合は、ペナンブラ領域の脳細胞の神経可塑性を改善する目的で選択される;
-脳損傷は、炎症、血液脳関門の破裂、細胞アポトーシス、組織壊死、浮腫などである;
【0019】
-機械的血栓除去術は、血管、特に動脈に挿入されたカテーテルによる血栓の機械摘出を含む;
-虚血性脳卒中に続く脳損傷を治療する、低減する、又は再吸収する方法は、少なくとも機械的血栓除去術の間における患者の鎮静、好ましくは、意識下鎮静法と組み合わせて、全身麻酔又は局所麻酔下の患者に機械的血栓除去術を行うことを含む;
-虚血性脳卒中に続く脳損傷を治療する、低減する、又は再吸収する方法は、1つ以上の鎮静剤、鎮痛薬又は麻酔薬、例えば、ハロタン、イソフルラン、デスフルラン、セボフルラン、チオペンタール、プロポフォール、フェンタニル、ミダゾラム、プロポフォール、レミフェンタニル等の投与による患者の鎮静を含む;
-ガス状医薬品は、加圧ガス容器、特に加圧ガスシリンダに詰められている;
-加圧ガス容器からのガスは、好適な呼吸インターフェース、例えば、マスク、鼻腔カニューレ又は気管チューブによる、経鼻口腔経路を含む、鼻腔、口腔又は咽頭、すなわち、気管を介した吸入によって患者に投与される;
【0020】
-加圧ガス容器からのガス状医薬品は、ガスを投与するための医療装置によって、すなわち、ガス状医薬品の自発呼吸に好適な弁か、又は、好ましくは、ガスを投与するための医療装置に接続された好適な呼吸インターフェースを介して、可撓性パイプ等によって患者にガス状医薬品を供給する補助換気装置(若しくは医療用人工呼吸器)のいずれかによって患者に投与される。
【0021】
虚血性脳卒中の、個体、すなわち、患者にアルゴンを投与する方法は、例えば以下のとおりである:
a)60%Ar/40%O(体積%)混合物は、例えばスキャナー(CT)又はMRIの脳撮像による脳卒中の確定診断直後に、鼻腔内、口腔内又は気管内投与に好適な呼吸装置、例えば、呼吸マスク又は気管チューブによって、患者に吸入し;
b)Ar/O混合物の吸入による投与は、上述のとおり、機械的血栓除去術処置の準備の間、典型的には、およそ15~45分間、及び、機械的血栓除去術処置それ自体の間、続け;及び
c)Ar/O混合物の吸入による投与は、好ましくは、機械的血栓除去術処置の後、すなわち、カテーテルによる血栓の除去後、好ましくは、血栓除去術後における数分、優先的には再灌流の少なくとも10~15分後、より好ましくは再灌流の10~60分後、典型的には再灌流のおよそ30分後に、停止する。
【0022】
好ましくは、機械的血栓除去術処置は、血液を低粘稠化し、かつ、血栓を破壊するための薬剤の投与による、薬物ベースの血栓溶解を伴う、すなわち、薬物ベースの血栓溶解と併用する。
【0023】
さらに、機械的血栓除去術処置は、患者の、全身麻酔、局所麻酔(例えば、局所領域の麻酔)又は意識下鎮静を伴う。
【0024】
げっ歯類モデルとは対照的に、非ヒト霊長類は、ヒトと非常に類似した、シワを有する脳構造、血管及び微小血管構造、並びに凝固及び恒常性調節系を有している。結果として、本発明との関係においては、虚血性脳卒中の治療の臨床状態を的確に探るための理想的なモデルを構成するので、霊長類モデルを使用する。
【0025】
このような霊長類モデルは、虚血性脳卒中の治療を研究するために、すなわち、ヒトにおける虚血性脳卒中に続く脳損傷の全て又は一部を治療する、低減する、又は再吸収する効果的な手段を見出す試みのために、これまでに使用されたことはない。
【0026】
この研究に使用された霊長類はアカゲザルであり、ここでは、以下に説明するように、虚血性脳卒中及び機械的血栓除去術によるその再灌流を模倣する、安定かつ再現性のある可逆性虚血モデルを得ることが可能である。
【0027】
動物実験倫理委員会によるプロジェクトの承認後、6匹のアカゲザルを、1群あたり3匹の動物からなる2つの群、すなわち:
-アルゴンで治療された群、又は60%のアルゴン及び40%の酸素(体積%)からなる2成分ガス混合物を延べ90分間吸入した「アルゴン群」(ガスの吸入は、虚血開始の30分後に開始し、血栓除去処置(血栓溶解を伴う又は伴わない)の間及び後まで行った);
-60%の窒素及び40%の酸素(体積%)からなるガス混合物を吸入した「対照群」
に無作為抽出した。
【0028】
右側の中大脳動脈(MCA)のM2セグメントに、「マイクロコイル」と呼ばれる剛性マイクロスプリングが動脈の血流が停止するまで設置された、麻酔下でのMCAの閉塞のみからなる、開頭術を伴わない一過性局所脳虚血モデルにより、実験を行う。
【0029】
虚血性脳卒中の最初の徴候から脳の再灌流までの通常の平均時間である、虚血から90分後に、「マイクロコイル」を除去し、動脈撮影法により血行再建を確認した。この処置は、血栓と機械的血栓除去術による血栓の除去を模している。
【0030】
虚血になった脳体積(すなわち、見かけの拡散係数の制限)及び脳浮腫(すなわち、T2-FLAIR)を定量する目的で、すべての動物を、虚血(3D-T1、3D-T2、3D-FLAIR、DTI、TOF)の数日前及び直後に、高分解能MRI(Prisma 3 Tesla、Siemens社製)によってモニターする。
【0031】
さらに、1匹の対照動物においては急性期に、アルゴン群の2匹の動物においては長期、すなわち、虚血後3か月の経過にわたって、機能的回復をモニターした。臨床的及び機能的な神経学的回復は、細かい感覚運動能力を評価する行動試験を用いて評価した。
【0032】
結果は、図1及び図2に示されており、霊長類モデルの脳虚血は、「対照群」の霊長類の頭頂葉の全てを含み、かつ、側頭葉及び前頭葉にまで及ぶ、5.4±3.3cmの脳梗塞を引き起こしたことを示す。
【0033】
「アルゴン群」では、吸入されたアルゴンへの曝露により、「対照群」と比較して、梗塞した脳の有意な減少(すなわち、83%の減少;P<0.05)及び脳浮腫の有意な減少(すなわち、85%の減少;P<0.05)がもたらされた。したがって、損傷体積は、「対照群」では約5mlであるが、「アルゴン群」では約1mlしかない。
【0034】
MRI画像において、「対照群」の動物では、ヒトの脳卒中時の既知の現象である血液脳関門の破裂が観察されたが、「アルゴン群」の動物では、血液脳関門は保護されていた。
【0035】
言い換えれば、アルゴンは、脳卒中時、血液脳関門を保護し、この破裂により起こり得るダメージから脳を保護する。
【0036】
行動学的な観点からいえば、アルゴンの吸入により治療され、長期間(3か月)モニターされた「アルゴン群」の動物は、虚血後に軽微な一過性の神経脱落症状、すなわち、左脚不全麻痺しか伴わずに急速な回復を示した。行動試験では、ベースラインデータと比較して、虚血後に著しい障害は見られなかった。
【0037】
「対照群」の動物では、回復が遅い、又は存在さえせず、多かれ少なかれ有意な神経脱落症状が持続した。
【0038】
これらの結果は、脳卒中を引き起こした血栓を排除することを目的とした、血栓溶解を伴う又は伴わない、機械的血栓除去術による再灌流の後、すなわち、機械的血栓除去術により虚血性脳卒中を解消する処置の間及び後において投与された、アルゴンの吸入により、脳卒中後虚血の間に衰弱した脳細胞を治療し、したがって、そのような脳卒中の脳損傷の程度及び最終体積を低減させることが可能となることを示す。
【0039】
より具体的には、血栓溶解を伴う又は伴わない機械的血栓除去術によって、虚血性脳卒中を数時間で解消する場合、アルゴンは、ペナンブラ領域、すなわち脳虚血によって衰弱した細胞の領域における神経可塑性を改善することを可能にする。
【0040】
言い換えれば、アルゴンは、神経脱落症状を治療し、さらに、回復を加速させ、したがって正常な生活へのより迅速な復帰を可能にする。
【0041】
霊長類モデルで得られたこれらの結果は、げっ歯類で得られた結果とは対照的に、ヒトへ外挿することができる。
【0042】
これらの観察結果を考慮すると、診断後できるだけ早く、かつ、脳卒中を解消するための処置の間、すなわち、血栓溶解を伴う又は伴わない機械的血栓除去術の間、及び、血栓排除に続く再灌流の後少なくとも30分間、吸入によるアルゴンの投与を開始することが好ましい。
【0043】
アルゴンは、酸素との混合物の状態であるか、又は酸素と同時投与される。有利には、およそ60%のアルゴン及び40%の酸素を含有するAr/O混合物が使用され、この用量が有効であることが実証されたと仮定すると、これは、治療された個体のバイタルのニーズと融和性のある酸素供与を維持することを可能にする。
以下に、本願の出願当初の請求項を実施の態様として付記する。
[1] 後に機械的血栓除去術を受ける必要がある個体における虚血性脳卒中に続く脳損傷を治療する、低減する、又は再吸収する方法に使用するための、アルゴンガスを含有する吸入可能なガス状医薬品であって、前記方法は、
(a)前記虚血性脳卒中後の、前記ガス状医薬品の吸入による投与、
(b)その後の、前記虚血性脳卒中に起因する血栓の少なくとも一部の機械摘出による機械的血栓除去術を含み、前記方法におけるガス状医薬品の吸入による投与は、
i)虚血性脳卒中の診断後、できるだけ早く開始し、かつ
ii)前記血栓除去の間、続ける、医薬品。
[2] 前記アルゴンの体積割合は30~79%であることを特徴とする、[1]に記載の医薬品。
[3] 前記アルゴンの体積割合は40~70%、好ましくは50~65%であることを特徴とする、[1]又は[2]のいずれかに記載の医薬品。
[4] 前記アルゴンは、少なくとも21体積%の酸素、好ましくは、少なくとも30%の酸素を含有するガスと混合されていることを特徴とする、[1]~[3]のいずれかに記載の医薬品。
[5] 前記アルゴンガスは35~50%の酸素と混合されていることを特徴とする、[1]~[4]のいずれかに記載の医薬品。
[6] 前記アルゴンの体積割合は60%で、酸素の体積割合は40%であることを特徴とする、[1]~[5]のいずれかに記載の医薬品。
[7] 鼻腔、口腔、又は咽頭経路による吸入投与に好適な形態であることを特徴とする、[1]~[6]のいずれかに記載の医薬品。
[8] 前記ガス状医薬品の吸入による投与は、前記虚血性脳卒中に起因する血栓の少なくとも一部の機械摘出に続く再灌流後において続けることを特徴とする、[1]に記載の医薬品。
[9] 前記ガス状医薬品の吸入による前記投与は、再灌流後、数分間、好ましくは少なくとも10分間、より好ましくは少なくとも30分間続けることを特徴とする、[8]に記載の医薬品。
[10] 前記アルゴンは加圧ガス容器に詰められていることを特徴とする、[1]~[6]のいずれかに記載の医薬品。
[11] 前記個体は成人、青年又は小児であることを特徴とする、[1]~[10]のいずれかに記載の医薬品。
[12] 前記機械的血栓除去術は前記虚血性脳卒中に起因する全ての血栓の機械摘出を含むことを特徴とする、[1]に記載の医薬品。
[13] 前記機械的血栓除去術は薬物ベースの血栓溶解と組み合わされることを特徴とする、[1]又は[12]のいずれかに記載の医薬品。
[14] 前記方法は脳撮像による虚血性脳卒中の確定診断を含むことを特徴とする、[1]に記載の医薬品。
[15] 前記方法は、全身又は局所の、好ましくは意識下鎮静法による、患者の麻酔を含むことを特徴とする、[1]に記載の医薬品。
図1
図2