(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-22
(45)【発行日】2024-12-02
(54)【発明の名称】歪センサ、機能性フィルムおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
G01B 7/16 20060101AFI20241125BHJP
【FI】
G01B7/16 R
(21)【出願番号】P 2020182216
(22)【出願日】2020-10-30
【審査請求日】2023-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000003964
【氏名又は名称】日東電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安井 智史
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 克則
(72)【発明者】
【氏名】中島 一裕
【審査官】櫻井 仁
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-031633(JP,A)
【文献】特開2019-204874(JP,A)
【文献】国際公開第2019/065740(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/088120(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01B 7/16
C23C 14/06
C23C 14/34
H01C 7/00
H01C 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
可撓性絶縁基材の一主面上に歪抵抗膜を備え、歪センサの作製に用いられる歪センサ用機能性フィルムであって、
前記歪抵抗膜は、
膜厚が150nm以下の窒化クロム薄膜であり、
CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて、2θが43°~45°の範囲の第一ピークの強度I
1に対する、2θが60°~65°の範囲の第二ピークの強度I
2の強度比I
2/I
1が、0.001以上である、
機能性フィルム。
【請求項2】
前記歪抵抗膜のゲージ率が10以上である、請求項1に記載の機能性フィルム。
【請求項3】
前記歪抵抗膜の抵抗温度係数が、-600~600ppm/℃である、請求項1または2に記載の機能性フィルム。
【請求項4】
前記可撓性絶縁基材が樹脂フィルムである、請求項1~3のいずれか1項に記載の機能性フィルム。
【請求項5】
長尺フィルムの巻回体である、請求項1~4のいずれか1項に記載の機能性フィルム。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の機能性フィルムの製造方法であって、
Crターゲットを用い、アルゴンおよび窒素を導入して、スパッタ法により前記歪抵抗膜を成膜する、機能性フィルムの製造方法。
【請求項7】
ロールトゥロールスパッタにより前記歪抵抗膜を成膜する、請求項6に記載の機能性フィルムの製造方法。
【請求項8】
前記歪抵抗膜のスパッタ成膜において、アルゴン導入量100体積部に対する窒素導入量が0.5~15体積部である、請求項6または7に記載の機能性フィルムの製造方法。
【請求項9】
前記歪抵抗膜のスパッタ成膜における成膜圧力が0.20Pa以下である、請求項6~8のいずれか1項に記載の機能性フィルムの製造方法。
【請求項10】
可撓性絶縁基材の一主面上にパターニングされたセンサ配線を備える歪センサであって、
前記センサ配線は、
膜厚が150nm以下の窒化クロム薄膜であり、
CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて、2θが43°~45°の範囲の第一ピークの強度I
1に対する、2θが60°~65°の範囲の第二ピークの強度I
2の強度比I
2/I
1が、0.001以上である、
歪センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可撓性絶縁基材上にパターニングされた薄膜を備える歪センサ、ならびに歪センサの作製に用いられる機能性フィルムおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歪センサは、弾性歪によってセンサ材の電気抵抗が変化する現象を利用するものであり、抵抗変化ΔRに基づいて、歪や応力を算出できる。歪センサの感度は、センサ材のゲージ率Kによって決まる。ゲージ率Kは、縦歪ε=ΔL/Lと、抵抗変化率ΔR/Rとの比であり、下記式により定義される。
K=(ΔR/R)/ε
【0003】
ゲージ率Kが大きいほど、小さな歪みでも抵抗の変化ΔRが大きくなるため、歪センサの感度が高くなる。また、ゲージ率Kが大きい場合は、センサ材の全体抵抗Rが小さい場合でも、歪の検出が可能であるため、センサ配線を短くすることが可能であり、小型化に有利である。一般的な金属材料のゲージ率は2程度であるのに対して、バルクの金属クロムは26~28程度のゲージ率を示し、クロム薄膜も15程度の高いゲージ率を示すことが知られている。
【0004】
歪センサのセンサ材は、ゲージ率が高いことに加えて、温度変化に対する抵抗変化(温度抵抗係数:TCR)が小さいことが要求される。金属クロムはゲージ率が高いものの、TCRが大きく、安定性に欠けている。
【0005】
高いゲージ率を示し、かつTCRが小さい歪センサ材料として、金属クロムに少量の窒素を添加して合金化した窒化クロム(Cr-N合金)が提案されている。特許文献1および特許文献2では、金属クロムターゲットを用い、アルゴンに加えて少量の窒素を導入して、反応性スパッタにより、ガラス基材上に膜厚300~400nm程度の窒化クロム薄膜からなる歪抵抗膜を形成した例が示されている。
【0006】
様々な形状の測定対象への適用を可能とするために、可撓性の絶縁基材上にセンサ配線が設けられた可撓性の歪センサが提案されている。例えば、特許文献3には、厚さが20~200μmのジルコニア基板上に、歪抵抗膜として厚さ500nmの窒化クロム薄膜を設けた歪センサが開示されている。特許文献4には、所定の熱膨張係数を有するポリイミドフィルム上に、下地層としてのチタン薄膜を設け、その上に歪抵抗膜として窒化クロム薄膜を設けた歪センサが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平7-306002号公報
【文献】特開平10-270201号公報
【文献】特開2014-74661号公報
【文献】特開2019-66312号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
絶縁基材上に設けられた薄膜を所定形状の配線にパターニングし、必要に応じてパターニングされた薄膜上にカバー材を設けることにより、歪センサを形成できる。可撓性の絶縁基材を用いる場合、ロールトゥロールスパッタ等の連続成膜方式を採用することにより、膜厚や特性が均一な薄膜を備える機能性フィルムを長尺で提供できるため、生産性が高められ、コスト低減に寄与する。
【0009】
しかし、ロールトゥロール方式により特許文献1~4と同等の膜厚を有する窒化クロム薄膜を形成すると、薄膜にクラックが生じ、歪センサの抵抗膜としての適用が困難である。一方、歪抵抗膜の膜厚を小さくすると、ゲージ率が小さくなり、センサ感度が低下する傾向がある。
【0010】
上記に鑑み、本発明は、可撓性絶縁基材上に、曲げによるクラックが生じ難く、かつゲージ率の高い歪抵抗膜を備える機能性フィルム、および当該歪抵抗膜をパターニングしてセンサ配線を形成した歪センサの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、X線回折チャートにおいて、所定の回折ピークを示す窒化クロム薄膜が、小さな膜厚でも高いゲージ率を示すことを見出し、本発明に至った。
【0012】
歪センサ用機能性フィルムは、可撓性絶縁基材の一主面上に歪抵抗膜を備える。可撓性絶縁基材が樹脂フィルムであってもよい。歪センサ用機能性フィルムは、長尺フィルムのロール状巻回体として提供されてもよい。歪抵抗膜をパターニングすることにより、可撓性絶縁基材上にパターニングされたセンサ配線を備える歪センサを形成できる。
【0013】
歪抵抗膜は窒化クロム薄膜であり、膜厚は150nm以下が好ましい。歪抵抗膜は、CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて、2θが43°~45°の範囲の第一ピークおよび2θが60°~65°の範囲の第二ピークを示す。第一ピークの強度I1に対する第二ピークのピーク強度I2の強度比I2/I1は、0.001以上が好ましい。
【0014】
歪抵抗膜のゲージ率は10以上が好ましい。歪抵抗膜の抵抗温度係数は-600~600ppm/℃が好ましい。
【0015】
歪抵抗膜は、好ましくはスパッタ法により形成される。例えば、Crターゲットを用い、アルゴンおよび窒素を導入してスパッタ成膜を実施することにより、歪抵抗膜(窒化クロム薄膜)が形成される。歪抵抗膜のスパッタ成膜は、ロールトゥロールスパッタにより実施してもよい。
【0016】
歪抵抗膜のスパッタ成膜において、アルゴン導入量100体積部に対する窒素導入量は、0.5~15体積部が好ましい。歪抵抗膜のスパッタ成膜における成膜圧力は0.20Pa以下であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の機能性フィルムは、抵抗膜のクラックが生じ難く、高いゲージ率を有するため、歪センサの形成に適しており、歪センサの高感度化および小型化に寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】機能性フィルムの積層構成例を示す断面図である。
【
図3】被検体に歪センサを実装した様子を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[機能性フィルムの構成]
図1は、歪センサの形成に用いられる機能性フィルムの積層構成例を示す断面図であり、可撓性絶縁基材としてのフィルム基材50の一主面上に歪抵抗膜10を備える。機能性フィルム101の歪抵抗膜をパターニングすることにより、
図2の平面図に示す歪センサ110が得られる。
【0020】
<フィルム基材>
フィルム基材50は、センサ材としての歪抵抗膜10を形成するベースとなる。フィルム基材50は、可撓性の絶縁基材であり、透明でも不透明でもよい。フィルム基材の厚みは特に限定されないが、一般には、2~500μm程度であり、10~300μm、または20~200μm程度であってもよい。
【0021】
フィルム基材50の材料としては、ロールトゥロールスパッタによる薄膜形成に適用可能であることから、各種の樹脂材料または可撓性を有する薄板ガラスが好ましい。樹脂材料としては、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリイミド、ポリオレフィン、ノルボルネン系等の環状ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリエーテルスルフォン、ポリアリレート、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンスルフィド等が挙げられる。耐熱性、寸法安定性、電気的特性、機械的特性、耐薬品特性等の観点から、ポリイミドまたはポリエステルが好ましい。
【0022】
フィルム基材50は、温度変化に伴う寸法変化が小さいことが好ましく、0~60℃の範囲における熱膨張係数は、50ppm/℃以下が好ましく、30ppm/℃以下がより好ましく、20ppm/℃以下がさらに好ましい。
【0023】
フィルム基材は、表面に、ハードコート層(硬化樹脂層)、易接着層、帯電防止層等の機能層を備えていてもよい。また、薄膜との密着性向上等を目的として、フィルム基材の表面には、コロナ放電処理、紫外線照射処理、プラズマ処理、スパッタエッチング処理等の処理を施してもよい。
【0024】
<歪抵抗膜>
フィルム基材50上に設けられる歪抵抗膜10は、歪センサにおいてセンサ材として機能する抵抗体である。歪抵抗膜10は、窒化クロム薄膜である。
【0025】
歪抵抗膜10としての窒化クロム薄膜は、好ましくは、Cr、Nおよび不可避不純物元素からなる薄膜である。不可避不純物元素としては、クロムターゲットに含まれる不純物金属元素、炭素、酸素等が挙げられる。窒化クロム薄膜に含まれるCrおよびN以外の元素の含有量は、1原子%以下が好ましく、0.1原子%以下がより好ましく、0.05原子%以下がさらに好ましい。
【0026】
歪抵抗膜10(窒化クロム薄膜)の膜厚は、150nm以下が好ましい。可撓性フィルム基材上に設けられた窒化クロム薄膜の膜厚が大きい場合、内部応力が大きく、ロールトゥロール搬送等でフィルムが曲げられた際に、薄膜にクラックが生じやすく、センサ材としての適用が困難となる。クラックの発生を低減する観点から、窒化クロム薄膜の膜厚は、120nm以下がより好ましく、100nm以下がさらに好ましい。窒化クロム薄膜の膜厚は、90nm以下または80nm以下であってもよい。
【0027】
窒化クロム薄膜の膜厚の下限は特に限定されないが、一般には5nm以上である。歪抵抗膜の膜厚が大きいほど、ゲージ率が大きくなる傾向があり、歪センサの感度が高められる。そのため、窒化クロム薄膜の膜厚は、10nm以上が好ましく、20nm以上がより好ましく、30nm以上がさらに好ましい。窒化クロム薄膜の膜厚は、40nm以上、45nm以上または50nm以上であってもよい。
【0028】
窒化クロム薄膜は、CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて、2θが43°~45°の範囲および2θが60°~65°の範囲のそれぞれに、回折ピークを有することが好ましい。また、2θが43°~45°の範囲の回折ピークのピーク強度I1に対する2θが60°~65°の範囲の回折ピークのピーク強度I2の比I2/I1が、0.001以上であることが好ましい。2θが60°~65°の範囲に回折ピークを有する場合に、ゲージ率が大きくなる傾向がある。I2/I1は、0.01以上が好ましく、0.05以上がより好ましい。I2/I1は、0.1以上、0.2以上または0.3以上であってもよい。
【0029】
歪抵抗膜として機能する窒化クロム薄膜は、Crのマトリクス中に、CrNおよび/またはCr2Nを含む混晶系である。クロム原子に対する窒素原子の比率(N/Cr)は、0.01~0.1が好ましく、0.02~0.06が好ましい。金属クロムのマトリクス中に少量の窒素原子が含まれることにより、金属クロムの高ゲージ率を維持しつつ、抵抗温度係数(TCR)を0に近い値とすることができる。窒素原子の含有量が過度に大きくなると、ゲージ率が低下する傾向がある。
【0030】
金属Crは、α-Crが安定であり、α-Cr単結晶は、格子定数が0.288nmの体心立方格子(bcc)構造を有する。CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて、2θが43°~45°の範囲(面間隔が0.201~0.210nm)のピークは、α-Crの(110)面の回折ピークと帰属可能であり、2θが60°~65°の範囲(面間隔が0.143~0.154nm)のピークは、α-Crの(200)面の回折ピークと帰属可能である。
【0031】
窒化クロム薄膜は、膜厚が大きいほどバルク特性が大きくなり、これに伴ってゲージ率が大きくなる傾向がある。しかし、前述のように、膜厚の大きい窒化クロム薄膜は、フレキシブル性に欠け、曲げによるクラックが生じやすいために、ロールトゥロール搬送には不向きである。窒化クロム薄膜の膜厚を小さくすると、曲げによるクラックは生じ難いが、一般にはゲージ率が小さくなる傾向がある。これに対して、面間隔が0.143~0.154nmである格子面(α-Crの(200)面と推定される)の回折ピークを有する窒化クロム薄膜は、小さな膜厚でも、高いゲージ率を示す傾向がある。そのため、クラックの抑制と、大きなゲージ率を両立可能である。
【0032】
窒化クロム薄膜のゲージ率は、10以上が好ましく、11以上がより好ましい。ゲージ率は、12以上または13以上であってもよい。ゲージ率の上限は限定されないが、バルクのα-Crのゲージ率は26~28であり、窒化クロム薄膜のゲージ率は、一般にはそれよりも小さい。窒化クロム薄膜のゲージ率は、25以下または20以下であってもよい。
【0033】
窒化クロム薄膜は、温度変化に伴う抵抗の変化が小さいことが好ましい。窒化クロム薄膜のTCRは、-600~+600ppm/℃が好ましく、-500~+500ppm/℃がより好ましい。窒化クロム薄膜のTCRは、-400ppm/℃以上、-300ppm/℃以上、-200ppm/℃以上、-150ppm/℃以上または-100ppm/℃以上であってもよく、400ppm/℃以下、300ppm/℃以下、200ppm/℃以下、150ppm/℃以下または100ppm/℃以下であってもよい。
【0034】
窒化クロム薄膜のTCRは、理想的には0である。窒化クロム薄膜における窒素含有量が5原子%以下の領域では、窒素含有量が多いほど、TCRは負の大きな値となる傾向があり、窒素含有量が少ない場合はTCRが正の値となる傾向がある。
【0035】
窒化クロム薄膜の形成方法は特に限定されず、例えば、スパッタ法、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法(CVD)等が挙げられる。これらの中でも、膜厚均一性に優れた薄膜を成膜できることから、スパッタ法が好ましい。特に、ロールトゥロールスパッタ装置を用い、長尺のフィルム基材を長手方向に連続的に移動させながら成膜を行うことにより、生産性が高められる。ロールトゥロールスパッタにより長尺のフィルム基材上に歪抵抗膜としての窒化クロム薄膜を連続成膜することにより、長尺の機能性フィルムのロール状巻回体が得られる。
【0036】
スパッタ装置内にロール状のフィルム基材を装填後、スパッタ成膜の開始前に、スパッタ装置内を排気して、フィルム基材から発生する水分や有機ガス等の不純物を取り除いた雰囲気とすることが好ましい。スパッタ成膜開始前のスパッタ装置内の真空度(到達真空度)は、例えば、1×10-2Pa以下であり、5×10-3Pa以下が好ましく、1×10-3Pa以下がより好ましい。
【0037】
窒化クロム薄膜のスパッタ成膜には、金属Crターゲットを用い、アルゴン等の不活性ガスに加えて、窒素を導入して、反応性スパッタを実施することが好ましい。窒素導入量は、アルゴン100体積部に対して、0.5~15体積部が好ましく、1~10体積部がより好ましい。スパッタ成膜における成膜圧力は、0.20Pa以下が好ましく、0.15Pa以下がより好ましく、0.10Pa以下がさらに好ましい。成膜圧力は、0.01Pa以上、0.03Pa以上または0.05Pa以上であってもよい。
【0038】
窒素導入量および成膜圧力が上記範囲であり、かつ膜厚が150nm以下である場合に、CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて2θが60°~65°の範囲(面間隔が0.143~0.154nm)の回折ピークを有する窒化クロム薄膜が形成されやすい。同様の条件で成膜を実施しても、膜厚が大きい場合は、2θが60°~65°の範囲の回折ピークはほとんど観測されない。
【0039】
薄膜は、成膜初期は基材との界面の影響が強く、膜厚が大きいほどバルクの特性に近付く傾向がある。そのため、一般には膜厚が大きいほどゲージ率が大きくなる傾向がある。一方、窒素導入量および成膜圧力を制御することにより、成膜初期に特異的な膜成長が起こり、(200)面配向のα-Crが生成すると推定される。窒化クロム薄膜の膜厚が150nm以下、特に100nm以下の領域では、成膜初期の膜特性の影響が支配的となるため、(200)配向性が高く、I2/I1が大きい窒化クロム薄膜が形成されやすいと考えられる。
【0040】
スパッタ成膜時の基板温度は、フィルム基材が耐熱性を有する範囲で適宜設定可能である。基板温度が高いほど、結晶化が促進され、膜特性が安定化されやすい。そのため、基板温度は、30℃以上が好ましく、50℃以上がより好ましく、70℃以上がさらに好ましい。基板温度は、100℃以上、120℃以上、または130℃以上であってもよい。
【0041】
プラズマ放電を安定させつつ、フィルム基材へのダメージを抑制する観点から、放電パワー密度は、0.5~15W/cm2が好ましく、1~10W/cm2がより好ましい。
【0042】
スパッタ成膜時のターゲット表面の磁束密度は10~200mT程度である。磁束密度が高いほど、I2/I1が大きくなり、ゲージ率の高い薄膜が形成される傾向がある。ターゲット表面の磁束密度は、20mT以上が好ましく、30mT以上がより好ましい。ターゲット表面の磁束密度は、40mT以上または50mT以上であってもよい。
【0043】
窒化クロム薄膜を成膜後に、加熱処理を実施してもよい。フィルム基材上の窒化クロム薄膜を加熱することにより、結晶性が高められる傾向があり、膜特性が安定化する場合がある。加熱によるクロムの結晶化が進むと、原子の再配列により格子欠陥が減少すること等が、膜特性の安定化に寄与していると考えられる。
【0044】
加熱処理を行う場合、加熱温度は80℃以上が好ましく、100℃以上がより好ましく、120℃以上がさらに好ましい。加熱温度の上限は、フィルム基材の耐熱性を考慮して定めればよく、一般には200℃以下または180℃以下である。ポリイミドフィルム等の高耐熱性ポリマーフィルムや、薄板ガラス等の無機フィルム基材を用いる場合、加熱温度は上記範囲を上回っていてもよい。加熱時間は1分以上が好ましく、5分以上がより好ましく、10分以上がさらに好ましい。加熱処理を行うタイミングは、窒化クロム薄膜を成膜後であれば特に限定されない。例えば、窒化クロム薄膜をパターニング後に加熱処理を実施してもよい。
【0045】
<付加層>
機能性フィルムは、フィルム基材50と歪抵抗膜10以外に付加的な層を備えていてもよい。例えば、前述のように、フィルム基材50の表面にはハードコート層が設けられていてもよい。例えば、樹脂フィルムの表面にハードコート層が設けられることにより、機能性フィルムの硬度が向上し、耐擦傷性が高められる傾向がある。
【0046】
ハードコート層には微粒子が含まれていてもよい。微粒子の平均粒子径(平均一次粒子径)は、10nm~10μm程度が好ましい。ハードコート層が、0.5μm~10μm程度、好ましくは0.8~5μm程度のサブミクロンまたはμmオーダーの平均粒子径を有する微粒子を含むことにより、ハードコート層の表面、およびその上に設けられる薄膜の表面に、直径がサブミクロンまたはμmオーダーの突起が形成され、機能性フィルムの滑り性、耐ブロッキング性、および耐擦傷性が向上する傾向がある。
【0047】
ハードコート層が、10nm~100nm程度、好ましくは20~80nm程度の平均粒子径を有する微粒子を含むことにより、ハードコート層の表面に微細な凹凸が形成され、歪抵抗膜10との密着性が向上する傾向がある。
【0048】
機能性フィルムは、フィルム基材50と歪抵抗膜10との間に下地層を備えていてもよい。フィルム基材50上に下地層を設け、その上に歪抵抗膜10としての窒化クロム薄膜を形成することにより、窒化クロム薄膜成膜時のフィルム基材50へのプラズマダメージを抑制できる。また、下地層を設けることにより、フィルム基材から発生する水分や有機ガス等を遮断して、窒化クロム薄膜への不純物の混入を抑制できる。クロムは自己酸化膜を形成しやすい性質を有するが、下地層を設けてフィルム基材からの水分や有機ガス等を遮断することにより、歪抵抗膜の酸化を抑制できる。
【0049】
下地層は導電性でも絶縁性でもよい。下地層が導電性の無機材料(無機導電体)である場合は、歪センサの作製時に、歪抵抗膜としての窒化クロム薄膜とともに下地層をパターニングすればよい。下地層が絶縁材料(誘電体)である場合、下地層はパターニングしてもよく、パターニングしなくてもよい。
【0050】
無機材料としては、Si,Ge,Sn,Pb,Al,Ga,In,Tl,As,Sb,Bi,Se,Te,Mg,Ca,Sr,Ba,Sc,Y,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Tc,Re,Fe,Ru,Os,Co,Rh,Ir,Pd,Pt,Cu,Ag,Au,Zn,Cd等の金属元素または半金属元素、およびこれらの合金、窒化物、酸化物、窒酸化物等が挙げられる。
【0051】
下地層は、歪抵抗膜としての窒化クロム薄膜の密着性向上や、窒化クロムの結晶性の制御(例えば結晶化促進)等の作用を有するものであってもよい。下地層の膜厚は特に限定されない。下地層として導電体を設ける場合、その膜厚は歪抵抗膜10よりも十分に小さいことが好ましく、10nm以下が好ましく、5nm以下がより好ましい。
【0052】
下地層の形成方法は特に限定されず、ドライコーティング、ウェットコーティングのいずれも採用し得る。スパッタ法により窒化クロム薄膜を形成する場合は、生産性の観点から、下地層もスパッタ法により形成することが好ましい。また、緻密な膜が形成されやすく、フィルム基材から窒化クロム薄膜への水分や有機物の混入抑制効果に優れることからも、下地層をスパッタ法により形成することが好ましい。
【0053】
機能性フィルムは、歪抵抗膜10上にトップコート層を有していてもよい。トップコート層は、歪抵抗膜の傷付きや腐食を防止するための保護膜としての作用や、リード線との半田接続性向上等の作用を有するものであってもよい。
【0054】
[歪センサ]
機能性フィルムの歪抵抗膜10をパターニングすることにより、歪センサが形成される。
図2は、一実施形態の歪センサ110の平面図である。
図3は、被検体90に歪センサ110を実装した様子を示す断面図であり、
図2のA1-A2線に沿った断面を示している。
【0055】
歪センサ110は、フィルム基材50上に、センサ配線122,123を含むセンサ配線部12と、一対の端子部13a,13bとを備える。センサ配線および端子部は、いずれも機能性フィルムの歪抵抗膜をパターニングすることにより形成される。
【0056】
センサ配線部12は、歪抵抗膜10が細線状にパターニングされたセンサ配線122,123により形成されている。センサ配線は、ストライブ状に設けられた複数の縦配線122が、その端部で横配線123を介して連結されてヘアピン状の屈曲部を形成し、つづら折れ状のパターンを有している。
【0057】
センサ配線部12のパターン形状を形成する細線の線幅が小さく(断面積が小さく)、センサ配線部12のセンサ配線の一端から他端までの線長が大きいほど、2点間の抵抗が大きく、歪に伴う抵抗変化量も大きいため、歪の測定精度が向上する。
図2に示すようなつづら折れ状の配線パターンとすることにより、センサ配線部12の面積が小さく、かつセンサ配線の長さ(配線の一端に接続されている端子部13aから他端に接続されている端子部13bまでの線長)を大きくできる。なお、センサ配線のパターン形状は
図2に示すような形態に限定されず、らせん状等のパターン形状でもよい。
【0058】
センサ配線122,123の線幅、および隣接する配線間の距離(スペース幅)は、フォトリソグラフィーのパターニング精度に応じて設定すればよい。線幅およびスペース幅は、一般には1~150μm程度である。センサ配線の断線を防止する観点から、線幅は3μm以上が好ましく、5μm以上が好ましい。抵抗変化を大きくして歪の測定精度を高める観点から、線幅は100μm以下が好ましく、70μm以下がより好ましい。同様の観点から、スペース幅は3~100μmが好ましく、5~70μmがより好ましい。
【0059】
端子部13a,13bは、センサ配線の両端から延在しており、平面視において、センサ配線122よりも拡幅している。端子部は、歪により生じるセンサ配線の抵抗値の変化を外部に出力するための一対の電極であり、例えば、外部接続用のリード線80等が接合される。
【0060】
歪抵抗膜のパターニング方法は特に限定されない。パターニングが容易であり、精度が高いことからフォトリソグラフィー法によりパターニングを行うことが好ましい。フォトリソグラフィーでは、歪抵抗膜の表面に、上記のセンサ配線および端子部の形状に対応するエッチングレジストを形成し、エッチングレジストが形成されていない領域の歪抵抗膜をウェットエッチングにより除去した後、エッチングレジストを剥離する。歪抵抗膜のパターニングは、レーザ加工等のドライエッチングにより実施することもできる。
【0061】
歪抵抗膜をパターニングしてセンサ配線を形成後、センサ配線部の全体を覆うようにカバー層60を設けてもよい。カバー層60を設けることにより、センサ配線を外部から保護することができ、配線の機械的損傷や、水分やガス等に起因する配線の劣化を防止できる。
【0062】
カバー層60の材料は、絶縁材料であれば特に限定されず、例えば、フィルム基材の樹脂材料として例示した各種の樹脂材料を用いることができる。カバー層60は、熱硬化性または光硬化性の樹脂材料により形成してもよい。例えば、歪抵抗膜をパターニングして配線を形成後、センサ配線部12を覆うように硬化性樹脂組成物を塗布し、加熱や活性エネルギー線の照射により硬化を行ってもよい。センサ配線部12上に、ドライフィルムレジスト等の半硬化膜をラミネートした後、硬化を行ってもよい。カバー層60の厚さは特に限定されないが、例えば、2μm~100μm程度である。
【0063】
図3では、被検体90の表面に適宜の接着層55を介して、歪センサ110のフィルム基材50が貼り合わせられている。端子部13a,13bのそれぞれには、適宜の導電性接着層18を介してリード線80が接続されている。導電性接着層の材料としては、半田が挙げられる。導電性接着材料として、樹脂バインダ中に導電性材料を含む導電性ペーストや導電性接着フィルムを用いてもよい。
【0064】
センサ配線122は、端子部13a,13bおよびリード線80を介して、外部の抵抗測定回路と接続されている。被検体90が変形して歪が加わると、センサ配線部12の抵抗値が変化する。センサ配線部12の抵抗値の変化に基づいて、歪量が算出される。
【0065】
例えば、
図3の二点鎖線で示すように被検体が変形した場合、縦配線122に引張歪が付与されるため、配線の断面積が減少し、センサ配線部の抵抗が大きくなる。逆に、縦配線に圧縮歪が付与された場合は、配線の断面積が増加するため、センサ配線部の抵抗が小さくなる。この抵抗変化量から、歪量が算出される。歪による抵抗の変化は小さいため、一般にはリード線80はブリッジ回路に接続され、電気抵抗の変化を電圧の変化に置き換え、電圧の変化をアンプにより増幅することにより被検体の歪を検出する。
【実施例】
【0066】
以下に、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
[実施例1]
ロールトゥロールスパッタ装置内に、長尺ポリイミドフィルムのロールをセットし、スパッタ装置内を真空度が1×10-3Pa以下となるまで排気した後、下記の条件で、反応性パルスDCスパッタ(パルス幅:1μs、周波数:100kHz)により、膜厚60nmの窒化クロム薄膜を成膜した。
ターゲット:金属クロム(500mm×150mm)
投入電力:5kW(電力密度:6.7W/cm2)
磁束密度(ターゲット表面):100mT
基板温度:150℃
導入ガス:アルゴンおよび窒素
成膜圧力:0.085Pa
【0068】
[実施例2~5、比較例1~3]
基材フィルムの種類、磁束密度、窒素導入量、成膜圧力、および窒化クロム薄膜の膜厚を、表1に示すように変更した。それ以外は実施例1と同一の条件で、フィルム基材上に、スパッタにより窒化クロム薄膜を成膜した。実施例4においては、マグネットを変更して、ターゲット表面の磁束密度30mTの条件で成膜を行った。各実施例で用いたフィルム基材の詳細は下記の通りである。
PI-1:東レ・デュポン製のポリイミドフィルム「カプトン500V」、厚み125μm
PI-2:東レ・デュポン製のポリイミドフィルム「カプトン200V」、厚み50μm
PI-3:東レ・デュポン製のポリイミドフィルム「カプトン200EN」、厚み50μm
PET:東レ製のポリエチレンテレフタレートフィルム「ルミラー 149UNS」、厚み150μm
【0069】
[評価]
<クラック>
窒化クロム薄膜のクラックの有無を目視にて観察した。
【0070】
<X線回折>
粉末X線回折装置(リガク製「SmartLab」)を用い、下記の条件で、out-of-plane測定を実施し、XRDチャートから、2θ=43~45°範囲の回折ピークのピーク強度I1、および2θ=60~65°範囲の回折ピークのピーク強度I2を読み取り、I2/I1を算出した。
X線源:CuKα線(波長:0.15418nm)、9kW
受光PSA:0.114°
スキャン軸:2θ/θ
ステップ幅:0.04°
スキャン範囲:20°~70°
【0071】
<ゲージ率および抵抗温度係数の測定>
(歪センサの作製)
フィルム基材上に歪抵抗膜としての窒化クロム薄膜を設けた試料を、10mm×200mmのサイズにカットし、レーザーパターニングにより、窒化クロム薄膜を線幅30μmのストライプ形状にパターン加工して、
図2に示すパターン形状の歪センサを作製した。
【0072】
(ゲージ率(Gf)の測定)
万能材料試験機(INSTRON製「5967」)により、歪センサを縦配線の延在方向に、変形量(縦歪み)が0.4%となるように引張り、その状態で、高抵抗/低電流電位計(KEITHLEY製「Model 6514 System Electgrometer」)により抵抗を測定し、無負荷状態との抵抗の比から、ゲージ率を算出した。
【0073】
(抵抗温度係数(TCR)の測定)
小型の加熱冷却オーブンで、歪センサを5℃、25℃、45℃とした。端子部13a,13bをテスタに接続し、定電流を流し電圧を読み取ることにより、それぞれの温度における2端子抵抗を測定した。5℃および25℃の抵抗値から計算したTCRと、25℃および45℃の抵抗値から計算したTCRの平均値を、窒化クロム薄膜のTCRとした。
【0074】
[評価結果]
実施例および比較例の機能性フィルムの作製条件(フィルム基材の種類、ターゲット表面の磁束密度、窒素導入量、成膜圧力および膜厚)、ならびに評価結果(クラックの有無、X線回折におけるピーク強度、ゲージ率(Gf)および抵抗温度係数(TCR)を表1に示す。表1におけるN2量は、Ar導入量100体積部に対するN2導入量(体積部)である。比較例1では、窒化クロム薄膜に多数のクラックが発生していたため、センサ特性の評価は実施しなかった。
【0075】
【0076】
フィルム基材上に膜厚180nmの窒化クロム薄膜を成膜した比較例1では、薄膜の全体にクラックが生じていた。比較例1と同一の条件で膜厚120nmの窒化クロム薄膜を形成した実施例5ではクラックが発生しておらず、膜厚60nmの窒化クロム薄膜を形成した他の実施例・比較例においてもクラックはみられなかった。これらの結果から、膜厚を小さくすることにより、柔軟性に優れ、ロールトゥロールでの成膜およびロール搬送を実施した場合でもクラックが発生し難い窒化クロム薄膜を形成できることが分かる。
【0077】
XRDチャートにおいて、2θが60~65°の範囲に回折ピークがみられなかった比較例2および比較例3では、薄膜のゲージ率が10未満であった。比較例2,3に比べて低圧でスパッタ成膜を行った実施例1では、2θが60~65°の範囲に回折ピークがみられ、ゲージ率が10を超えていた。
【0078】
実施例1よりも窒素導入量が少ない実施例2,3では、実施例1よりもI2/I1が大きく、窒化クロム薄膜の膜厚が実施例5の半分であるにも関わらず、実施例5よりも高いゲージ率を示した。実施例1~3では、I2/I1の増大に伴ってゲージ率が上昇する傾向がみられた。実施例3よりも低磁束密度で成膜を行った実施例4では、I2/I1が小さく、ゲージ率が低下していた。
【0079】
以上の結果から、窒化クロム薄膜の膜厚を小さくすることによりクラックの発生を抑制可能であり、成膜条件を調整することにより、2θが60~65°の範囲に回折ピークを示す窒化クロム薄膜が得られ、小さな膜厚でも高いゲージ率を示すことが分かる。
【符号の説明】
【0080】
50 フィルム基材
10 歪抵抗膜(窒化クロム薄膜)
12 センサ配線部
122,123 センサ配線
13a,13b 端子部
55 接着層
60 カバー材
80 リード線
18 導電性接着層
90 被変態
101 機能性フィルム
110 歪センサ