(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-22
(45)【発行日】2024-12-02
(54)【発明の名称】糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤、エピメリ化反応生成物の製造方法およびエピメリ化反応生成物
(51)【国際特許分類】
C12N 9/90 20060101AFI20241125BHJP
C13K 13/00 20060101ALI20241125BHJP
C12P 19/00 20060101ALI20241125BHJP
A23L 33/125 20160101ALI20241125BHJP
A61K 31/7004 20060101ALI20241125BHJP
A61K 31/7016 20060101ALI20241125BHJP
A61K 8/60 20060101ALI20241125BHJP
A23K 20/163 20160101ALI20241125BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20241125BHJP
C12N 15/61 20060101ALN20241125BHJP
【FI】
C12N9/90 ZNA
C13K13/00
C12P19/00
A23L33/125
A61K31/7004
A61K31/7016
A61K8/60
A23K20/163
C12N15/31
C12N15/61
(21)【出願番号】P 2021062775
(22)【出願日】2021-04-01
【審査請求日】2024-01-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000231453
【氏名又は名称】日本食品化工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】金井 研太
(72)【発明者】
【氏名】谷 美生夏
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 貴久
【審査官】齋藤 光介
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-137485(JP,A)
【文献】国際公開第2019/035482(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/090734(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)から(c)のいずれかのタンパク質を含む、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤であって、前記糖がグルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、およびβ-1,4結合を有する二糖からなる群から選択されるいずれかである、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤。
(a)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質。
【請求項2】
以下の(d)から(f)のいずれかのポリヌクレオチドが導入された形質転換細胞の培養上清を含む、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤であって、前記糖がグルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、およびβ-1,4結合を有する二糖からなる群から選択されるいずれかである、糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有する酵素剤。
(d)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(e)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドに対して90%以上の塩基配列同一性を有するポリヌクレオチドであって、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項3】
糖基質に、請求項1または2に記載の酵素剤を作用させて、糖のエピメリ化反応生成物を得る工程を含む、糖のエピメリ化反応生成物の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法を実施して得られた糖のエピメリ化反応生成物を用いて食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品を得る工程を含む、食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤、当該酵素剤を作用させて、エピメリ化反応生成物を得る工程を含む、エピメリ化反応生成物の製造方法および当該製造方法で得られるエピメリ化反応生成物に関する。
【背景技術】
【0002】
マンノースはグルコースの異性体であり、コンニャクなどから抽出されるグルコマンナン、ヘミセルロース、あるいは細胞表面などに存在する糖鎖の構成糖として良く知られている。また、マンノースそのものはクランベリーに含まれることが知られている。
【0003】
マンノースの生体利用性は低く、経口摂取したマンノースのほとんどは速やかに尿中に排出される。尿路感染症の原因菌は、当該菌が有するマンノース結合レクチンと、尿路表面細胞に存在する糖鎖の結合を介して尿路表面へ付着し感染すると考えられている。経口摂取したマンノースは尿中に速やかに排出されるため、排出されたマンノースは当該菌のマンノース結合レクチンと細胞表面糖鎖への結合を阻害することで、尿路感染症を予防する効果が期待されている(非特許文献1)。
【0004】
特許文献1にはマンノース含有糖組成物を有効成分とする有害菌感染抑制剤または有害菌感染防止用飼料に関わる技術が開示されている。特許文献2にはマンノースを有効成分とする飲食品の食感改良剤についての記述がある。
【0005】
マンノースの調製法としては、化学反応法および酵素法が複数知られている。以下に、各調製法について検討する。
第一の化学反応法は、蔗糖を還元することでソルビトールとマンニトールを生成し、マンニトールを分取し、さらにマンニトールを酸化することでマンノースを調製する方法である。しかし、この方法は多段階のステップおよび高温高圧での触媒反応を必要とするため、効率面で問題がある。
【0006】
第二の化学反応法は、グルコマンナンやマンナンを加水分解することでマンノースを調製する方法である。しかし、この方法は、基質が高価でありかつ基質の調製に労力を要するという問題がある。
【0007】
第三の化学反応法は、コプラミールなどのヘミセルロースを加水分解する手法である。しかし、この方法は、構成糖が多様であるためマンノースの収率が悪く、酸加水分解の場合はさらに収率が悪化し精製負荷が大きくなるという問題がある。
【0008】
第四の化学反応法は、グルコースをアルカリ条件下で異性化することでマンノースを調製する方法である。しかし、この方法は、糖の分解が生じるため収率が悪く、精製負荷が大きいという問題がある。
【0009】
第五の化学反応法は、同じくフルクトースをアルカリ条件下で異性化することでマンノースを調製する方法である。しかし、この方法は、第四の化学反応法と同様に収率および精製負荷の点で問題があり、またフルクトースがグルコースに比べて比較的高価である点およびフルクトースが反応系に残存してしまいマンノースとの分離が困難である点も問題がある。
【0010】
第一の酵素法としては、フルクトースにマンノースイソメラーゼを作用させることでマンノースを調製する方法である。しかし、原料となるフルクトースの価格面および反応系に残存するフルクトースの分離の点で問題がある。
【0011】
第二の酵素法としては、グルコースあるいはフルクトースに対してアルドース-ケトースイソメラーゼ(Aldose-ketose isomerase、以下「AKI」と記載する)を作用させることでマンノースを調製する方法である。しかし、この方法は、反応系に残存するフルクトースの分離の点でやはり問題がある。
【0012】
また、セロビオースなどの還元末端糖残基がβ-1,4結合で結合している2つ以上の糖残基からなる糖について、前記還元末端糖残基の2位の水酸基を2-エピメリ化(異性化)する反応、またはその逆反応を触媒する酵素として、セロビオース 2-エピメラーゼ(Cellobiose 2-epimerase、以下「CE」と記載する)が知られている(特許文献3、特許文献4)。当該酵素により、グルコースがβ-1,4結合したセロビオースを4-O-β-グルコシルマンノースへ変換、またはその逆反応を触媒することができる。また、特許文献4には当該CEをグルコースに作用させると、マンノースが得られたことが記載されている(第三の酵素法)。しかし、特許文献4に記載のCEを用いる第三の酵素法では、CEがエピメリ化反応に加えアルドース-ケトース異性化反応も触媒する。そのため、マンノースと共にフルクトースも生成してしまい、副生するフルクトースの分離の点で問題がある。
【0013】
第四の酵素法としては、グルコース、マンノース、ガラクトースおよびタロースの2位の水酸基をエピメリ化する反応を触媒する酵素を用いる方法である(特許文献5、6)。当該方法では、フルクトースおよびタガトースがほとんど副生されない点が第一から第三の酵素法より優れている(特許文献5、6)。しかし、これらの酵素が活性を安定的に保持できる温度は最大で50℃までであり、実製造での使用を考慮すると耐熱性の向上が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特許4694667号
【文献】特開2001-275583号
【文献】特許5092049号
【文献】国際公開2010/090095号
【文献】特開2019-033702号
【文献】特許6657453号
【非特許文献】
【0015】
【文献】Sharma V, Ichikawa M, Freeze HH. Mannose metabolism: more than meets the eye. Biochem Biophys Res Commun. 2014;453(2):220‐228. doi:10.1016/j.bbrc.2014.06.021
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
酵素法によるエピメリ化反応生成物の生産効率は、使用する酵素の特性に依る部分が大きい。工業的規模での利用に適した、より高い耐熱性を有する酵素剤が求められていた。
【0017】
本発明は、副生成物が少なく、より高い耐熱性を有するエピメリ化反応を触媒する酵素剤を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、マンノースに対するエピメリ化酵素の探索を企図し、種々のタンパク質をコードする遺伝子について発現と諸性質の解析を行ってきた。その中で、パルディスファエラ・ボレアリス(Paludisphaera borealis)のゲノム上に存在し、AGE family epimerase/isomeraseと推定されるタンパク質(NCBI Reference Sequence:WP_083712873.1)をコードする遺伝子に着目して発現解析を行った。その結果、当該タンパク質はマンノースとグルコース、ガラクトースとタロースをそれぞれ相互に変換する2-エピメリ化活性を有することを見出した。さらに、β-1,4結合を有する二糖類、すなわち、セロビオース、ラクトース、β-1,4-マンノビオース等に対して作用しエピメリ化反応生成物が得られたことから、このタンパク質はセロビオース 2-エピメラーゼ活性を有することも見出した。
【0019】
また本発明者らは、当該タンパク質が60℃まで安定的であることを見出し、本発明の完成に至った。
【0020】
本発明は以下の通りである。
[1] 以下の(a)から(c)のいずれかのタンパク質を含む、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤であって、前記糖がグルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、およびβ-1,4結合を有する二糖からなる群から選択されるいずれかである、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤。
(a)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質。
[2] 以下の(d)から(f)のいずれかのポリヌクレオチドが導入された形質転換細胞の培養上清を含む、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤であって、前記糖がグルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、およびβ-1,4結合を有する二糖からなる群から選択されるいずれかである、糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有する酵素剤。
(d)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(e)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドに対して90%以上の塩基配列同一性を有するポリヌクレオチドであって、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
[3] 糖基質に、[1]または[2]に記載の酵素剤を作用させて、糖のエピメリ化反応生成物を得る工程を含む、糖のエピメリ化反応生成物の製造方法。
[4] [3]に記載の方法を実施して得られた糖のエピメリ化反応生成物を用いて食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品を得る工程を含む、食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、エピメリ化活性を有する新規な酵素剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1A】
図1Aは、パルディスファエラ・ボレアリス由来の仮想タンパク質のアミノ酸配列(配列番号1)である。下線を付した領域は、シグナルペプチド配列と推定された部分である。
【
図1B】
図1Bは、パルディスファエラ・ボレアリス由来の仮想タンパク質のアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号2)である。下線を付した領域はシグナルペプチド配列に対応する塩基配列である。
【
図1C】
図1Cは、パルディスファエラ・ボレアリス由来の仮想タンパク質のアミノ酸配列(配列番号3)である。配列番号3に示すアミノ酸配列は、配列番号1のアミノ酸配列からシグナルペプチドと推定された部分を削った配列である。
【
図1D】
図1Dは、パルディスファエラ・ボレアリス由来の仮想タンパク質のアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号4)である。配列番号4に示す塩基配列は、配列番号2の塩基配列からシグナルペプチド配列に対応する塩基配列を削除した配列である。
【
図2】
図2は、実施例1で培養して得られたパルディスファエラ・ボレアリス由来のタンパク質(培養上清をフィルターろ過したもの)のSDS-PAGE分析である。パルディスファエラ・ボレアリス由来のタンパク質のバンドを矢印で示す。
【
図3A】
図3Aは、本酵素の反応生成物のTLC分析である。以下に、略称の説明を記載する。Glc:グルコース、Man:マンノース、Gal:ガラクトース、Tal:タロース、Frc:フルクトース、Tag:タガトース、Xyl:キシロース、B:反応ブランク、R:反応サンプル。黒い丸(●)は反応生成物を示す。
【
図3B】
図3Bは、本酵素の反応生成物のTLC分析である。以下に、略称の説明を記載する。Cel:セロビオース、Man2:β-1,4-マンノビオース、Lac:ラクトース、Epi-Lac:エピラクトース、B:反応ブランク、R:反応サンプル。黒い丸(●)は反応生成物を示す。
【
図3C】
図3Cは、空ベクター対照の反応生成物のTLC分析である。以下に、略称の説明を記載する。Glc:グルコース、Man:マンノース、Gal:ガラクトース、Tal:タロース、Frc:フルクトース、Tag:タガトース、Xyl:キシロース、B:反応ブランク、R:反応サンプル。
【
図3D】
図3Dは、空ベクター対照の反応生成物のTLC分析である。以下に、略称の説明を記載する。Cel:セロビオース、Man2:β-1,4-マンノビオース、Lac:ラクトース、Epi-Lac:エピラクトース、B:反応ブランク、R:反応サンプル。
【
図4】
図4Aは本酵素の各反応pHにおける相対活性を示したグラフである。
図4Bは本酵素の各pHで保持した際に相対残存活性を示したグラフである。
【
図5】
図5Aは本酵素の各反応温度における相対活性を示したグラフである。黒丸(●)は反応pH6.0、黒三角(▲)は反応pH7.5の時の相対活性を示している。
図5Bは本酵素の各反応温度で60分間保持した際の相対残存活性を示したグラフである。白丸(〇)はpH6.0、白三角(△)はpH7.5の条件で保持した時の相対残存活性を示している。
【
図6】
図6は、グルコースに対して本酵素溶液および空ベクター対照を、pH6.0、pH7.0およびpH8.0条件下で、それぞれ72時間作用させたときの反応液中のマンノース含有率およびフルクトース含有率を示すグラフである。酵素添加量は、10.3、20.6、41.3、82.5、165.0および330.0μL/g-dsである。黒丸(●)は本酵素溶液を作用させた反応液中のマンノース含有率、白丸(〇)は本酵素溶液を作用させた反応液中のフルクトース含有率、黒四角(■)は空ベクター対照を作用させた反応液中のマンノース含有率、および白四角(□)は空ベクター対照を作用させた反応液中のフルクトース含有率を示す。マンノース含有率およびフルクトース含有率はHPLC分析のピーク面積比より算出した。
【
図7】
図7は、グルコースに対して、本酵素溶液および空ベクター対照を、pH6.0、pH7.0およびpH8.0条件下で、それぞれ作用させたときの反応液中のマンノース含有率およびフルクトース含有率の経時変化を示すグラフである。酵素添加量は330.0μL/g-dsである。黒丸(●)は本酵素溶液を作用させた反応液中のマンノース含有率、白丸(〇)は本酵素溶液を作用させた反応液中のフルクトース含有率、黒四角(■)は空ベクター対照を作用させた反応液中のマンノース含有率、および白四角(□)は空ベクター対照を作用させた反応液中のフルクトース含有率を示す。マンノース含有率およびフルクトース含有率はHPLC分析のピーク面積比より算出した。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に記載する本発明の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書について、糖質の記載は特に明記しない場合はD体を表す。また、「~」を用いて表される数値範囲は「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。本明細書では、数値が「約」の用語を伴う場合、その値の±10%の範囲を含むことを意図する。
【0024】
本発明の酵素による反応生成物の糖組成(%)は、HPLCで検出されたピークの総面積を100とした場合の、各糖類に対応するピークの面積比率(%)として算出したものである。
【0025】
(酵素剤)
本発明は、以下の(a)から(c)のいずれかのタンパク質を含む、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤を提供する。
(a)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質。
なお、本明細書中において、上記(a)から(c)のいずれかのタンパク質を、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質、本タンパク質、または本酵素ということがある。
【0026】
「糖のエピメリ化」または「糖に対するエピメリ化」とは、糖の複数ある不斉炭素のうち、1つの不斉炭素上の立体を反転させる反応であり、具体的には、一例として、糖の2位の水酸基をエピメリ化(異性化)する反応、またはその逆反応を挙げることができる。
【0027】
エピメリ化を触媒する酵素を、通常、エピメラーゼといい、例えば、よく研究されているエピメラーゼとして、セロビオース 2-エピメラーゼ(CE)を挙げることができる。CEは、セロビオースの還元末端グルコース残基をマンノース残基に異性化する反応を触媒する。
【0028】
配列番号1に記載のアミノ酸配列は、パルディスファエラ・ボレアリス(Paludisphaera borealis)のゲノム情報から取得したアミノ酸配列(NCBI Reference Sequence:WP_083712873.1)である。ここで、配列番号1に記載のアミノ酸配列は、AGE family epimerase/isomeraseとアノテーションされているものの、タンパク質として発現させた場合の具体的性質は、本願出願時において知られていなかった。
【0029】
本発明者らは、配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質を、枯草菌発現系による組換えタンパク質として発現させ、その酵素活性を解析したところ、当該タンパク質は、少なくともグルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、セロビオース、ラクトース、エピラクトース、β-1,4-マンノビオースに作用することを発見した。すなわち、本発明者らは、配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質は、グルコース、マンノース、タロースおよびガラクトース等の単糖、並びにセロビオース、ラクトース、エピラクトース、β-1,4-マンノビオースの還元性糖残基における2 位の炭素上の水酸基に対しエピメリ化を触媒する酵素であることを見出した。配列番号3のアミノ酸配列は、配列番号1のアミノ酸配列からシグナルペプチドと推定された部分を削った配列である。
【0030】
パルディスファエラ・ボレアリス由来の配列番号1に記載のアミノ酸配列は、既知のCEが有するアミノ酸配列に対して、一次アミノ酸配列同一性は50%以下であった。具体的には、配列番号1に記載のアミノ酸配列は、メリオリバクター・ロセウス(Melioribacter roseus)由来CE(GenBank:AFN73749.1)に対して37%一次アミノ酸配列同一性を有する(同一性はClustalW(Larkin M. A. et al., 2007, Bioinformatics, 2007; 23:2947-2948)を用いて評価した)。
【0031】
本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、配列番号1または3に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ糖のエピメリ化活性を示すタンパク質であってもよい。一実施態様では、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、配列番号1または3に記載のアミノ酸配列に対して、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ糖のエピメリ化活性を示すタンパク質であってもよい。
【0032】
アミノ酸配列同一性は、比較する2本のアミノ酸配列を整列させ、最大のパーセント配列同一性を得るために必要ならばギャップを導入した後、2本のアミノ酸配列間で同一であるアミノ酸残基のパーセントとして定義される。アミノ酸配列同一性は、例えばBLAST、BLAST-2、ALIGN、またはMegalign(DNASTAR)ソフトウェアのような公に入手可能なコンピュータソフトウェアを使用することにより決定することができる。
【0033】
さらには、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、配列番号1または3に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質からなり、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質であってもよい。本明細書で言う「1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失および/または付加されたアミノ酸配列」における「1もしく数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個程度を意味する。
本発明の酵素剤に含まれるタンパク質の製造方法については、後述の<タンパク質の製造>を参照されたい。
【0034】
本発明は、以下の(d)から(f)のいずれかのポリヌクレオチドが導入された形質転換細胞の培養上清を含む、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤であって、前記糖がグルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、およびβ-1,4結合を有する二糖からなる群から選択されるいずれかである、糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤を提供する。
(d)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(e)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドに対して90%以上の塩基配列同一性を有するポリヌクレオチドであって、かつ糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0035】
配列番号2に示す塩基配列は、パルディスファエラ・ボレアリス(Paludisphaera borealis)のゲノム情報から取得した配列番号1のアミノ酸配列(NCBI Reference Sequence:WP_083712873.1)をコードする配列である。配列番号4に示す塩基配列は、配列番号2の塩基配列からシグナルペプチドと推定された部分をコードする塩基配列を削った配列である。
【0036】
配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであり、かつエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドが導入された形質転換細胞の培養上清も、本発明に含まれる。「配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド」とは、配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖をプローブとして使用し、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、サザンブロットハイブリダイゼーション法等を採用することにより取得できるポリヌクレオチド(例えば、DNA)を意味する。「ストリンジェントな条件」は、例えば、0.7~1.0M塩化ナトリウム存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1~5×SSC溶液(1×SSCの組成:150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウム)を使用し、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNA等が挙げられる(Molecular Cloning: A Laboratory Manual 2nd Ed (Sambrook、 Maniatisら、Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)))。
【0037】
また、配列番号2または4に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドに対して、ポリヌクレオチドの塩基配列が90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の塩基配列同一性を有するポリヌクレオチドであり、かつエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドが導入された形質転換細胞の培養上清も、本発明に含まれる。塩基配列同一性は、比較する2本の塩基配列を整列させ、最大のパーセント配列同一性を得るために必要ならばギャップを導入した後、2本の塩基配列間で同一である塩基のパーセントとして定義される。塩基配列同一性は、例えばBLAST、BLAST-2、ALIGN、またはMegalign(DNASTAR)ソフトウェアのような公に入手可能なコンピュータソフトウェアを使用することにより決定することができる。
【0038】
上記形質転換細胞は、枯草菌(バチルス・スブチリス、Bacillus subtilis)であることが好ましい。また、本発明の培養上清は、細胞を実質的に含まないものであり、細胞はフィルターや遠心分離により除去される。
【0039】
本発明の培養上清は、上記(d)から(f)のポリヌクレオチドの発現産物であるタンパク質を含む。本明細書中において、本発明の培養上清に含まれる、上記(d)から(f)のポリヌクレオチドの発現産物であるタンパク質を、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質、本タンパク質、または本酵素ということがある。
【0040】
本発明の酵素剤に含まれるタンパク質のエピメリ化活性の評価は、グルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトースおよびエピラクトースから選択される何れかを基質として、本タンパク質を作用させ、得られたエピメリ化反応生成物を検出することにより行なわれる。
【0041】
反応生成物は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用い、RI検出器や荷電化粒子検出器などで検出することができる。検出は、薄層クロマトグラフィー(TLC)および高性能イオン交換クロマトグラフィー/パルスドアンペロメトリ検出法(HPAEC-PAD)を用いて行うこともできる。
【0042】
グルコースのエピメリ化によりマンノースが生成され、マンノースのエピメリ化によりグルコースが生成され、タロースのエピメリ化によりガラクトースが生成され、ガラクトースのエピメリ化によりタロースが生成され、ラクトースのエピメリ化によりエピラクトースが生成され、エピラクトースのエピメリ化によりラクトースが生成され、セロビオースのエピメリ化により4-O-β-グルコシル-マンノースが生成され、β-1,4-マンノビオースから4-O-β-マンノシル-グルコースが生成される。
【0043】
本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤は、単糖または二糖の還元性糖残基における2位の炭素に結合した水酸基に対しエピメリ化を触媒するために用いることができる。本発明の一実施態様において、本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤は、これらに限定されないが、少なくともグルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトースおよびエピラクトースから選択されるいずれかの糖のエピメリ化反応を触媒するために用いることができる。本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、少なくともグルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトースおよびエピラクトースに作用するためである。本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、単糖の2位の水酸基およびβ-1,4結合を有する二糖の還元末端の2位の水酸基をエピメリ化することができる。
【0044】
本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤は、糖のエピメリ化反応生成物の製造に用いることができる。具体的には、本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤は、グルコースを基質としてマンノースを製造するために使用することができ、またマンノースを基質としてグルコースを製造するために使用することができる。本発明の一実施態様において、本酵素剤は、グルコースを基質としてマンノースを製造するために使用することが好ましい。グルコースは、工業的に大量生産され安価であることから、工業的製造法に課題のあるマンノースを製造するために、容易に調達できるためである。
【0045】
本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤は、ガラクトースを基質としてタロースを製造するために使用することができ、またタロースを基質としてガラクトースを製造するために使用することができる。本発明の一実施態様において、本酵素剤は、ガラクトースを基質としてタロースを製造するために使用することが好ましい。ガラクトースは、自然界に豊富に存在するラクトースの加水分解等によりに得られることから、希少糖の一つであるタロースを製造するために、容易に調達できるためである。
【0046】
本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤は、N-アシルグルコサミンを基質としてもよいし、実質的に基質としなくてもよいが、好ましくは実質的に基質としない。本明細書において、特定の糖を実質的に基質にしないとは、例えば、マンノースを基質とした活性を100%とした場合に、上記特定の糖を基質とした相対活性が5%以下であることを意味し、好ましくは1%以下であり、より好ましくは0%であり、さらに好ましくは、上記特定の糖を基質とする活性が測定不可であり、特に好ましくは、上記特定の糖を基質とする触媒反応が完全に生じないことを意味する。
【0047】
本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、SDS-PAGEにより測定される分子量が45~55kDaの範囲であるか、または約48kDaである。なお、ここで示す本タンパク質の分子量は、プラスミドに本タンパク質をコードするDNAを挿入し、枯草菌を宿主細胞として発現させたタンパク質の分子量である。実施例1および2において45~55kDaの範囲又は約48kDaと測定された本タンパク質の分子量の理論値は、48.1kDaである。
【0048】
本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、これらに限定されないが、少なくとも、グルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトースおよびエピラクトースに作用し、これらの糖のエピメリ化反応を触媒することができる。
【0049】
従来のセロビオース 2-エピメラーゼには、グルコースからマンノースおよびフルクトースを生成するものがある(特許文献3、特許文献4)。しかし、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、グルコースを主にマンノースに変換することができる。本タンパク質を用いた反応系においては、グルコースから、わずかにフルクトースが生成されることがあるが、微量である。
【0050】
本タンパク質は、マンノースを基質として温度37℃で測定した場合、pH7.5で最大活性を示し、最大活性に対し80%以上の活性となる最適pHは7.3~7.8である。また、本タンパク質は、温度4℃で24時間保持する試験において、pH4.6~8.4で80%以上の残存活性を示し、安定であった。なお、最適pHおよびpH安定性は、グルコース生成量を、実施例3-1項および3-2項に示す条件で測定したものである。
【0051】
本タンパク質は、マンノースを基質としてpH7.5で測定した場合、温度50℃で最大活性を示し、最大活性の80%以上の活性となる最適温度の範囲は40℃~55℃である。また、本タンパク質は、pH6.0で測定した場合において、温度60℃および65℃で活性が高くなる傾向があった。また、本タンパク質は、温度30℃~70℃で60分保持する試験において、本酵素はpH7.5においては50℃以下で90%以上の残存活性を示し安定であり、pH6.0においては60℃以下で90%以上の残存活性を示し安定であった。なお、最適温度および温度安定性は、グルコース生成量を、実施例3-3および3-4項に示す条件で測定したものである。
【0052】
本発明の酵素剤は、上記の糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質以外に、糖のエピメリ化反応を阻害しないものであれば、さらなる成分を含むことができる。これらは、例えば、緩衝液、安定化剤、賦形剤など、通常の酵素製剤に用いる成分であってもよい。このようなさらなる成分は、先行技術より公知であり、また当業者によく知られている。また、本発明の酵素剤は、その形状も特に制限は無く、固体(たとえば、粉末状)や液体であり得る。本発明の酵素剤は、例えば、固体や液体のものを、糖基質の溶液に添加することにより使用することができる。
【0053】
本発明の酵素剤は、例えば、本発明の糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質が固定化担体に固定された酵素剤として提供することができる。固定化された酵素剤とすることで、例えば、高基質濃度および高温において、反応生成物の製造を行うことができ、また、バイオリアクター方式による反応生成物の製造を行うこともできる。
【0054】
上記固定化担体は、特に制限されず、例えば、糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質が吸着または架橋結合され、本タンパク質の活性が保持されるものであれば使用できる。
【0055】
上記固定化担体は、例えば、陰イオン交換担体、陽イオン交換担体、疎水性担体等があげられる。上記固定化担体の具体例は、例えば、イオン交換ゲルである。上記イオン交換ゲルは、例えば、ダイヤイオン(登録商標)SK1B、ダイヤイオン(登録商標)PK212、ダイヤイオン(登録商標)HPA25、ダイヤイオン(登録商標)UBK550、UBK555等のダイヤイオン(登録商標)シリーズ(三菱ケミカル社製);セパビーズ(登録商標)SP-207、セパビーズ(登録商標)SP-850等のセパビーズ(登録商標)シリーズ(三菱ケミカル社製);デュオライトA568、デュオライトPWA7、デュオライトXAD761等のデュオライトシリーズ(住化ケムテックス社製)等があげられる。
【0056】
グルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトースおよびエピラクトース以外の糖であっても、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質がエピメリ化を触媒できるものであれば、本発明の酵素剤を用いることができる。
上記固定化担体の形状は、特に制限されず、例えば、膜、ビーズ、プレート等があげられる。
【0057】
糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質の上記固定化担体への固定方法は、特に制限されず、例えば、緩衝液等の溶媒に本タンパク質と上記固定化担体とを添加し、この混合液を振とうすることで行うことができる。
【0058】
(糖のエピメリ化反応生成物の製造方法)
本発明は、糖基質に、本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤を作用させて、糖のエピメリ化反応生成物を得る工程を含む、糖のエピメリ化反応生成物の製造方法を提供する。
【0059】
糖基質に、本発明の酵素剤を作用させることは、例えば、糖基質の水溶液を調製し、必要に応じてpHを調整した後、当該水溶液に本発明の酵素剤を添加することにより実施することができる。さらには、本発明の糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有するタンパク質を担体に固定して酵素剤とし、当該酵素剤に糖基質の水溶液を接触させることにより実施することができる。本発明の酵素剤を用いた糖のエピメリ化反応は、反応液中で実施することができるためである。
【0060】
糖のエピメリ化反応生成物の製造方法に用いることができる糖基質は、グルコース、マンノース、タロース、ガラクトース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトースおよびエピラクトースから選択されるいずれかであってもよいが、これらに限定されず、これ以外の糖であっても本発明の酵素剤に含まれるタンパク質がエピメリ化を触媒できるものであれば、糖基質として使用することができる。上記糖基質としては、純品を用いても良いが、コスト等の点から他の糖質が含まれる糖組成物を用いてもよい。具体的には、例えば、グルコースを主な基質に用いる場合、グルコースに加えて澱粉の分解で生じるマルトースやマルトトリオースなどを含む糖組成物でもよい。
【0061】
糖基質に、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質を作用させる際の反応温度は、酵素活性が発現する温度域であれば、特に制限はない。本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、実施例記載の通り、pH6.0で反応した場合、温度が65℃以下で反応可能である。従来のエピメラーゼの中には、熱安定性の点から工業的規模での使用について制限があるものがあった。しかし、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、高い耐熱性を示し、工業的規模での使用に適した熱安定性を有している。
【0062】
よって、本発明の酵素剤を作用させる際の反応温度(反応液の液温)を、35~65℃といった幅広い温度域に設定することができる。工業的規模の反応系では正確な温度管理が難しい場合があるが、本タンパク質は、幅広い温度域で安定的に使用できる点で有利である。
【0063】
上記反応温度は、35~65℃の範囲に設定することができるが、pH6.0の場合、50~60℃の範囲に設定することが好ましい。反応温度が50℃以上であれば、糖を栄養分とする混入菌が繁殖しにくく、60℃以下で、本タンパク質は安定するためである。
【0064】
糖のエピメリ化反応生成物の製造方法においては、後述の通り、本発明の酵素剤と、その他の酵素を併用することができる。その他の酵素を併用する場合には、上記反応温度は、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質が安定に作用する温度域であればよい。上記の通り、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は幅広い温度域で安定性を有するため、併用するその他の酵素が安定に活性化する温度を勘案して、反応系で使用するすべての酵素の活性が十分に利用できる範囲に、温度設定ができる場合が多い。
【0065】
反応温度は、反応時間の全体を通して一定である必要はなく、反応時間の初期に併用するその他の酵素の活性を高めることが望ましい場合には、その酵素の活性が高くなる温度域に、反応初期の温度を設定し、反応時間の中期や後期には、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質の活性が高くなる温度域に温度を設定するなど、適宜調整することができる。
【0066】
糖基質に、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質を作用させる際の反応液のpHは、酵素活性が発現するpH域であれば、特に制限はないが、pH5.5~8.5の範囲に設定することができる。本発明の酵素剤に含まれるタンパク質は、実施例記載の通り、少なくともpH4.0~8.5の範囲で反応が可能であるためである。効率よく糖のエピメリ化反応生成物を得るには、本発明の酵素剤に含まれるタンパク質を作用させる際の反応液のpHを、pH6.0~8.0の範囲に設定することが好ましい。反応液のpHの調整は、必要に応じ、酸又はアルカリの添加により行うことができる。
【0067】
糖のエピメリ化反応生成物の製造方法における基質と本発明の酵素剤に含まれるタンパク質の反応時間は、反応温度や基質の濃度、その他の酵素を併用する場合には使用する酵素の特性等を考慮して適宜決定できる。また、本分野の従来技術に基づいて、効率よくエピメリ化反応生成物を製造するための、好適な反応時間を適宜決定することができる。具体的な反応時間の例としては、10分から72時間を挙げることができるが、これに限定する意図はない。反応中、本発明の酵素剤を、適宜添加することができる。
【0068】
反応液中の基質濃度は、特に制限されず、例えば、上記酵素反応が進行可能な範囲において、基質濃度が高いほど経済的に有利である。基質としてグルコースを使用する場合、グルコース濃度は、溶媒100gあたり0.1g~300gの範囲である。上記反応液の溶媒は、特に制限されず、例えば、水、緩衝液等があげられる。なお、選択した基質の溶媒への溶解度が低い場合、例えば、所望の濃度で完全に溶解されない場合がある。バッチ式で酵素反応を行う場合、例えば、反応初期において基質が完全に溶解された状態である必要はなく、酵素反応の終了時に溶解される基質濃度を選択すればよい。一方、固定化された酵素剤を充填したカラムを酵素反応に使用する場合、例えば、カラムの目詰まりによる圧力損失を避けるために、基質が完全に溶解された状態であることが好ましい。また、固定化された酵素剤を充填したカラムを酵素反応に使用する場合、例えば、基質溶液を、上記カラムに還流させて、連続的に通液するのが好ましい。また、本発明の酵素剤を用いて、グルコースを基質としてマンノースを生成する場合、水飴、粉飴、ハイドロール(結晶グルコース製造の際に生ずる分蜜液)などを用いることができる。さらに、例えばデキストリン、澱粉等のグルコースを構成糖として含む糖質を原料とし、本発明の酵素剤と共に加水分解酵素を添加し、原料より基質となるグルコースを生成しつつグルコースからマンノースを製造することができる。
【0069】
本発明の酵素剤を用いるエピメリ化反応生成物の製造は、具体的な例として、基質としてグルコースを用いる場合、固形分濃度1~65%程度のグルコース水溶液を調製し、必要に応じて酸またはアルカリを用いて当該水溶液のpHを6.0~8.0程度に調整し、当該水溶液に本発明の酵素剤を添加し、温度35~65℃の範囲で、約1~72時間保持することでマンノースを製造することができる。
【0070】
また、糖のエピメリ化反応生成物の製造方法において、本発明の酵素剤と、その他の酵素を併用することができる。その他の酵素は、これに制限されないが、本発明の糖のエピメリ化反応を触媒する活性を有する酵素の基質となりうる糖を生成するものであってもよい。例えば、その他の酵素として、乳糖等のガラクトースを構成糖として含む糖質を加水分解する酵素を用いることができる。本発明の酵素剤(すなわち、糖のエピメリ化反応触媒用酵素剤)と、当該加水分解酵素をその他の酵素として併用することにより、乳糖等のガラクトースを構成糖として含む糖質から、加水分解によりガラクトースを生成しつつ、エピメリ化によりガラクトースからタロースを生成することができる。
【0071】
上記製造方法により、エピメリ化反応生成物を含む糖水溶液が得られる。このエピメリ化反応生成物を含む糖水溶液に対し、必要に応じて常法を用いて脱色、脱塩、精製処理などを施すことができる。また、エピメリ化反応生成物を含む糖水溶液に、樹脂分画処理、エタノール等を用いた有機溶媒による沈殿法、クロマト分画法や限外濾過膜による処理等を施すことにより、未反応の基質等を除去し、エピメリ化反応生成物の純度を高めることができる。精製処理は、単独の操作によって、またはいくつかの操作を組み合わせることにより、より効率的にエピメリ化反応生成物を精製することができる。
【0072】
別の実施態様において、本発明は、糖基質に、本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤をpH5.5~7.0条件下で作用させて、糖のエピメリ化反応生成物を得る工程を含む、反応生成物中の副生が、目的エピメリ化反応生成物の5%以下に抑制された、糖のエピメリ化反応生成物の製造方法を提供する。例えば、グルコースに本発明の糖のエピメリ化反応触媒用の酵素剤をpH6.0~7.0条件下で作用させてマンノースを製造することができ、当該方法では反応生成物中のフルクトース副生をマンノースの5%以下に抑制することができる。上記pH条件は、pH6.0~6.5の範囲であることが好ましい。反応生成物中の副生は、目的エピメリ化反応生成物の4.5%以下、4.0%以下、3.5%以下、3.0%以下、2.5%以下、2.0%以下、1.5%以下、1.0%以下または0.5%以下に抑制することが好ましい。
【0073】
本発明は、糖のエピメリ化反応生成物の製造方法を実施して得られた糖のエピメリ化反応生成物を用いて食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品を得る工程を含む、食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品の製造方法を提供する。
【0074】
糖のエピメリ化反応生成物は、上述の糖のエピメリ化反応生成物の製造方法を実施して得ることができる。
【0075】
糖のエピメリ化反応生成物の製造方法を実施して得られた糖のエピメリ化反応生成物を用いて食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品を得る工程では、エピメリ化反応生成物を原料の一つとして、食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品を製造すること、またはエピメリ化反応生成物そのものを適当な形態(粉末、液体など)に調製し、食品、飼料、餌料、化粧料、または医薬品として提供することができる。
【0076】
本発明の方法で製造される食品の例には、限定されるものではないが、各種炭水化物類(パン、麺、米飯、もち)、各種和菓子類(せんべい、あられ、おこし、求肥、もち類、まんじゅう、どら焼き、ういろう、餡類、羊羹、水羊羹、錦玉、カステラ、飴玉)、各種洋菓子類(パン、ビスケット、クラッカー、クッキー、パイ、ドーナツ、蒸しケーキ、プリン、ゼリー、ムース、ババロア、カスタードクリーム、シュークリーム、ワッフル、スポンジケーキ、チョコレート、チューインガム、キャラメル、ヌガー、キャンディー、シロップ類)、各種氷菓(アイスクリーム、シャーベット、ジェラート、かき氷)、各種ペースト状食品(フラワーペースト、ピーナッツペースト、マーガリン、フルーツペースト)、各種飲料(果汁含有飲料、果汁ジュース、野菜ジュース、サイダー、ジンジャーエール、アイソトニック飲料、アミノ酸飲料、ゼリー飲料、コーヒー飲料、緑茶、紅茶、ウーロン茶、麦茶、乳飲料、乳酸菌飲料、ココア、ビール、発泡酒、第三のビール、ノンアルコール飲料、ビール風味飲料、リキュール、チューハイ、清酒、果実酒、蒸留酒、栄養ドリンク、健康飲料、粉末飲料)、果物・野菜加工品(ジャム、マーマレード、シロップ漬、糖果、漬物)、各種乳製品(チーズ、ヨーグルト、バター、練乳、粉乳)、粉末食品(粉末スープ、粉末ムース、粉末ゼリー、粉末甘味料)、栄養食、ダイエット食、スポーツ用栄養食、流動食、半固形流動食、介護食、嚥下食等が挙げられる。
【0077】
本発明の方法で製造される飼料および餌料の例には、限定されるものではないが、家畜、家禽、魚介類、昆虫(ミツバチ、蚕など)用飼料および餌料を挙げることができる。その形態としては、粉体、ペレット、錠剤、練り餌、カプセルなどである。
【0078】
本発明の方法で製造される化粧料の例には、限定されるものではないが、保湿剤および美容剤などを挙げることができる。それらの形態としては、乳液、クリームおよびエマルジョンなどである。
【0079】
本発明の方法で製造される医薬品の例には、限定されるものではないが、例えば抗肥満剤、血糖値上昇抑制剤などを挙げることができ、それらの形態としては、錠剤、粉剤、液剤、カプセル剤などである。
【0080】
<タンパク質の製造>
本発明の酵素剤に含まれるタンパク質の取得方法は、特に制限されず、化学合成により合成したタンパク質であってもよいし、遺伝子組換え技術により作製した組換えタンパク質であってもよい。以下に、遺伝子組換えタンパク質を作製する場合について説明する。
【0081】
配列番号1または3に示されるアミノ酸配列、または配列番号1または3に示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列、および配列番号1または3に記載のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失および/または付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質は、遺伝子工学的手法によって調製することができる。例えば、配列番号1または3のアミノ酸配列をコードする遺伝子は、宿主細胞内で複製可能であるか、あるいは染色体に組み込まれかつ同遺伝子を発現可能な状態で含むDNA分子として、特に発現ベクターに挿入された形態で宿主細胞の形質転換を行い、宿主細胞を培養することでタンパク質を産生させることができる。このDNA分子は、配列番号1または3に示されるアミノ酸配列、配列番号1または3に示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列、または配列番号1または3に記載のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失および/または付加されたアミノ酸配列をコードするDNA断片をベクター分子に組み込むことによって得ることができる。本発明の好ましい態様によれば、このベクターはプラスミドである。本発明におけるDNA分子の作製は、Molecular Cloning:A Laboratory Manualに記載の方法に準じて行なうことができる。
【0082】
本発明において利用できるベクターは、使用する宿主細胞の種類を勘案しながら、ウイルス、プラスミド、コスミドベクターなどから適宜選択できる。例えば、宿主細胞が枯草菌の場合はpJEXOPT2系(特許5126879号を参照)、pHT系のプラスミド、大腸菌の場合はλファージ系のバクテリオファージ、pET系、pUC系、pCold系、pGEX系のプラスミド、酵母の場合はYEp、YCp系、YIp系のベクター、あるいはpLeu4、pPPLeu4、pJPLeu4系(特開平4-218382号公報に記載)などが挙げられるが、これらに限定されない。このプラスミドは形質転換体を選択するためのマーカーを含んでいてもよく、該選択マーカーとしては薬剤耐性マーカーや栄養要求マーカー遺伝子を使用することができるが、これらに限定されない。
【0083】
さらに、本発明で利用できる発現ベクターは、酵素遺伝子の発現に必要なDNA配列、例えばプロモーター、ターミネーター、リボゾーム結合部位、転写終結シグナルなどの転写調節信号、翻訳調節信号などを有することができる。該プロモーターとしては、枯草菌においてはズブチリシン、SPAC等のプロモーター、酵母ではアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)、酸性フォスファターゼ(PHO)、ガラクトース遺伝子(GAL)、グリセルアルデビド3リン酸脱水素酵素遺伝子(GAP)等のプロモーターを用いることができるが、これらに限定されない。シグナルペプチドの付与は、目的酵素が培養上清中に分泌され、精製が容易になるという利点があるので使用することが好ましい。また、シグナルペプチドを枯草菌や酵母由来のもの(例えば、インベルターゼシグナル、酸性フォスファターゼシグナル、λ-ファクターシグナルなど)に置き換えることができる。また、大腸菌においては、一般に慣用されるlacプロモーターやT7プロモーターのほかに、cspAプロモーター等を用いて分子シャペロンを同時に発現させるなど、発現をより効率化する工夫を行うことができる
【0084】
形質転換を行なった宿主細胞の培養は、使用する宿主細胞に関して一般的な方法を用いることができる。通常は、1~4日程度の培養により細胞内または細胞外の培養物中に酵素が生成され蓄積される。培養条件(培地、pH、温度等)に関しては、例えば、細菌では25~37℃、酵母では25~30℃、真核細胞では37℃程度が一般的である。培養条件については、遺伝子発現実験マニュアル(講談社)等を参照することができる。
【0085】
宿主細胞としては、大腸菌、枯草菌等の細菌、カンディダ・ウチリス(Candida utilis)、サッカロミセス・セレビシエ(Saccaromyces cerevisiae)、ピチア・パストリス(Pichia pastoris)等の酵母以外に、リゾプス・ニベウス(Rhizopus niveus)、リゾプス・デルマー(Rhizopus delemar)や高等真核生物(例えばCHO細胞など)を用いることができる。枯草菌であるBacillus subtilisはタンパク質を菌体外へ分泌することが知られており、中にはプロテアーゼを殆ど分泌しない株もあり、このような株を宿主として用いることも好ましい。本発明においては、宿主細胞として酵母、糸状菌または細菌が好ましいが、細菌がより好ましく、特に大腸菌やバチルス・スブチリス(Bacillus subtilis)が好ましい。
【0086】
形質転換体が産生したタンパク質の単離・精製は、公知の分離方法や精製方法を適当に組み合わせて行なうことができる。これらの分離・精製方法としては例えば塩沈殿、溶媒沈殿のような溶解性の差を利用する方法、透析、限外濾過、ゲル濾過およびSDS-ポリアクリル電気泳動のような分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーのような電荷の差を利用する方法、疎水クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーのような疎水性の差を利用する方法、さらに等電点電気泳動のような等電点の差を利用する方法、このほかにアフィニティークロマトグラフィー等が挙げられる。実施例に記載した精製方法のほかに、一般的な分離・精製法に関しては、例えば蛋白質・酵素の基礎実験法(南江堂)等を参照することができる。
【実施例】
【0087】
以下の例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。なお、本明細書において、特に記載しない限り、「%」は質量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。また、操作手順は特に記載しない限り、Molecular Cloning:A Laboratory Manual(Sambrook、Maniatisら、Cold Spring Harbour Laboratory Press(1989))に記載の方法に従った。
【0088】
本実施例では、パルディスファエラ・ボレアリス(Paludisphaera borealis)からAGE family epimerase/isomeraseと推定される機能未確認のタンパク質(NCBI Reference Sequence:WP_083712873.1)をコードする遺伝子をクローニングして組換えタンパク質を得て、その酵素諸性質を評価した。
【0089】
実施例1:枯草菌を宿主とした本酵素の菌体外発現
1-1.発現プラスミドの構築
種々の微生物について新規酵素探索を行い、パルディスファエラ・ボレアリス(Paludisphaera borealis)由来アミノ酸配列(NCBI Reference Sequence:WP_083712873.1)を選出し、機能解析を行った。このアミノ酸配列(配列番号1)およびアミノ酸配列をコードする遺伝子の塩基配列(配列番号2)を、それぞれ
図1AおよびBに示す。
図1Cに示す配列番号3のアミノ酸配列は、配列番号1のアミノ酸配列からシグナルペプチドと推定された部分を削った配列である。
図1Dに示す配列番号4の塩基配列は、配列番号2のシグナルペプチド配列に対応する塩基配列を削った配列である。(以下、配列番号4を目的遺伝子とする)配列番号2および4に示す塩基配列は、枯草菌での良好な発現を企図して、コドン最適化が行われている。
【0090】
目的遺伝子を枯草菌(Bacillus subtilis)で発現させるための発現プラスミドを構築した。まず、pUC57ベクターに配列番号2に記載の塩基配列が挿入されたプラスミドを鋳型として、センス鎖増幅についてはベクターのシグナルペプチド配列の末端と相同な塩基配列を付加したプライマーを用いて、アンチセンス鎖増幅についてはターミネーター配列の一部を付加したプライマーを用いて、目的遺伝子をPCR増幅した。PCR増幅用の反応液の組成を以下に示す。
2×Primestar Max Premix(タカラバイオ) 50μL
10μM プライマー(PbAGE-Fw) 2μL
10μM プライマー(PbAGE-Rv) 2μL
1ng/μL テンプレート 2μL
H2O 44μL
【0091】
【0092】
PCR増幅反応のプログラムは、まず、96℃に1分間保持した後、98℃で10秒間→55℃で5秒間→72℃で10秒間を1サイクルとして35サイクル行った後にさらに72℃で5分間保持した。得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動し、増幅断片(1305bp)に相当するバンドをゲルから切り出し、illustraTM GFXTM PCR DNA and Gel Band Purification Kit(GEヘルスケア)を用いて抽出し精製した。
【0093】
In-Fusion(登録商標)クローニング反応で用いる線状化プラスミドの調製のため、ベクターpJEXOPT2(特許5126879号を参照)を本実施例に最適化するために改変したプラスミドを鋳型として、表2に示したプライマーを用いてPCRを行った。アンチセンス鎖の増幅についてはベクターのシグナルペプチド配列の末端から増幅するように組んだプライマーを用いた。
【0094】
【0095】
PCR増幅の反応液の組成は、プライマーおよび鋳型以外は目的遺伝子の増幅に使用したものと同じであった。PCR増幅反応のプログラムは、まず、96℃に1分間保持した後、98℃で10秒間→55℃で5秒間→72℃で35秒間を1サイクルとして35サイクル行った後にさらに72℃で5分間保持した。得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動し、増幅断片(6、935bp)に相当するバンドをゲルから切り出し、illustraTM GFXTM PCR DNA and Gel Band Purification Kit(GEヘルスケア)を用いて抽出し精製した。目的遺伝子の増幅DNA断片およびベクターpJEXOPT2の増幅断片をIn-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)を用いて連結した。連結反応は50℃にて15分間保持することで行った。
【0096】
連結反応溶液を2.5μL用いてE.coli DH5αを形質転換し、培養した培養液からillustraTM plasmidPrep Mini Spin Kit(GEヘルスケア)によりプラスミドDNAを調製した。得られたプラスミドを「本酵素発現用プラスミド」とした。
【0097】
1-2.組換えタンパク質の発現
上記の本酵素発現用プラスミドをプロトプラスト化した枯草菌ISW1214(タカラバイオ)に導入し、7.5μg/mLテトラサイクリンを含むDM3再生寒天培地(組成:8.1%コハク酸ナトリウム、1%寒天、0.5%カザミノ酸、0.5%酵母エキス、0.15%リン酸2水素カリウム、0.35%リン酸水素2カリウム、0.5%グルコース、0.4%塩化マグネシウム、0.01%ウシ血清アルブミン、0.001%メチオニン、および0.001%ロイシン)にて30℃で2日間培養した。得られたコロニーを用い、前培養を経た後、本培養を72時間培養した(特許5126879号に記載の通り培養したが、培地の組成は改変したものを使用した)。遠心分離(5,000×g、4℃、5分間)行い、上清をポアサイズが0.45μmのフィルター(メルク)で濾過したものを本酵素溶液とした。この本酵素溶液をSDS-PAGEに供し、目的のサイズ(48,150)付近にバンドが出ていることを確認した(
図2)。
【0098】
比較例1:空ベクター対照(陰性対照)の調製
陰性対照として空ベクターで形質転換した細胞の培養上清を調製した。ベクターpJEXOPT2(特許5126879号を参照)を本実施例に最適化するために改変したプラスミドをプロトプラスト化した枯草菌ISW1214(タカラバイオ)に導入し、7.5μg/mLテトラサイクリンを含む再生寒天培地(組成:8.1%コハク酸ナトリウム、1%寒天、0.5%カザミノ酸、0.5%酵母エキス、0.15%リン酸2水素カリウム、0.35%リン酸水素2カリウム、0.5%グルコース、0.4%塩化マグネシウム、0.01%ウシ血清アルブミン、0.001%メチオニン、および0.001%ロイシン)にて30℃で2日間培養した。得られたコロニーを用い、実施例1-2と同様に前培養および本培養を行った。得られた培養液を遠心分離(5,000×g、4℃、5分間)し、上清をポアサイズが0.45μmのフィルター(メルク)で濾過したものを空ベクター対照(陰性対照)とした。
【0099】
実施例2:酵素反応生成物のTLC分析
本実施例では、本酵素が作用する基質を検証した。酵素反応の基質には、グルコース、マンノース、ガラクトース、タロース、フルクトース、キシロース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトース、エピラクトースを用いた。
また、本実施例における本酵素溶液は、Amicon(10K)を用いて50mM NaClを含む20mM MES-NaOH緩衝液(pH6.5)に透析したものを使用した。100mM HEPES-NaOH緩衝液(pH7.0)5μL、100mM 各種基質25μL、本酵素溶液または失活酵素溶液(本酵素溶液を10分間煮沸したもの)を5μLおよび超純水15μLからなる、反応液50μLを37℃にて1日保持し、このうち0.5μLを薄層クロマトグラフィー(TLC)に供した。また、同様の反応操作を空ベクター対照についても行った。
【0100】
展開溶媒は基質ごとに異なるものを使用した。単糖を基質とした場合には、2-プロパノール/1-ブタノール/水の混合液(順に2:2:1の混合比(すべて体積比))を用い、二糖を基質とした場合には2-プロパノール/1-ブタノール/水の混合液(順に12:3:4の混合比(すべて体積比))を用いた。
糖の検出は、呈色剤としてアニスアルデヒド/硫酸/酢酸の混合液(順に1:2:97の混合比(すべて体積比))をTLCプレートに噴霧後、加熱することにより実施した。
【0101】
本酵素の結果を
図3Aおよび
図3Bに示した。グルコース、マンノース、ガラクトース、タロース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトース、およびエピラクトースにおいて、反応ブランク(失活酵素を添加した反応液)と反応サンプル(本酵素を添加した反応液)の糖の移動距離に違いが観察された。グルコースおよびマンノースを基質とした分析では、反応後のサンプル中にマンノースおよびグルコースの移動度と一致するスポットが認められた。ガラクトースおよびタロースを基質とした分析では、反応後のサンプル中にタロースおよびガラクトースの移動度と一致するスポットが認められた。ラクトースおよびエピラクトースを基質とした分析では、反応後のサンプル中にエピラクトースおよびラクトースの移動度と一致するスポットが認められた。パルディスファエラ・ボレアリス由来の本酵素は、少なくともグルコース、マンノース、ガラクトース、タロース、セロビオース、β-1,4-マンノビオース、ラクトース、およびエピラクトースに作用することが明らかとなった。
また、空ベクター対照の結果を
図3Cおよび
図3Dに示した。いずれの基質についても、反応ブランクと反応サンプルの糖の移動距離に違いは見られなかったことから、本酵素溶液に認められた上記基質に対する作用は夾雑酵素によるものではなく、パルディスファエラ・ボレアリス由来のタンパク質によるものであることが示された。
【0102】
実施例3:本酵素の諸性質(pHと温度)
本酵素のpHおよび温度に対する特性を調査するために、マンノースに対する活性をグルコース生成量に基づき、以下の通り測定した。酵素活性単位1Uは、各反応1分間に1nmolのグルコースを生成する酵素量と定義した。
【0103】
3-1.最適pH
500mM マンノース 40μL、100mM ブリトン-ロビンソン緩衝液(pH4.0~9.5)80μL、および適宜希釈した本酵素溶液 80μLからなる反応液200μLを37℃に60分間保持した。希釈溶液には50mM NaClを含む20mM MES-NaOH緩衝液(pH6.5)を用いた。反応60分後に2.0M HClを40μL添加し、100℃にて5分間保持して反応を停止した。これに2.0M NaOHを40μL添加して中和し、16,500×g、4℃にて5分間遠心分離した。遠心後の上清 140μLと発色試薬(154mM Tris-HCl、15.4mM MgCl2、16.7mM Thio-NAD+(オリエンタル酵母)、23.3mM ATP(和光純薬)、6.7U/mL ヘキソキナーゼ(GRADE-I、オリエンタル酵母)及び6.7U/mL グルコース6リン酸デヒドロキナーゼ (東洋紡))60μLを混合し、37℃、20分間保持した。保持後、405nmの吸光度を測定し、反応によって生じたグルコース量を求めた。検量線作成には、100mM マンノースと0~4mM グルコースを含む混合液を用いた。
【0104】
その結果を、
図4Aに示す。本酵素は、マンノースを基質とした場合、pH7.5において、酵素活性が最大となった。また、pH7.3~7.8で最大活性に対し80%以上の活性を示した。なお、
図4ではpH7.5における活性を100%とし、各反応pHにおける活性を相対値として示した。
【0105】
3-2.pH安定性
50mM ブリトン-ロビンソン緩衝液(pH4.5~10.0)40μL、本酵素溶液 10μLからなる溶液50μLを4℃で1日間保持し、残存活性を以下の方法に従って求めた。500mM マンノース 40μL、200mM HEPES-NaOH緩衝液(pH7.5)80μLおよび適宜希釈した本酵素溶液 80μLからなる、反応液200μLを37℃に保持した。希釈溶液には50mM NaClを含む20mM HEPES-NaOH緩衝液(pH7.5)を用いた。反応60分後に2.0M HClを40μL添加し、100℃にて5分間保持して反応を停止した。反応停止以降の操作は実施例3-1に記載の方法と同様に行い、反応によって生じたグルコース量を求め、残存活性を測定した。各pHに保持する前の活性を100%とし、保持後の残存活性を相対値にて表した(
図4B)。本酵素はpH4.6~8.4の範囲において80%以上の残存活性を示し、安定であることが明らかになった。
【0106】
3-3.最適温度
500mMマンノース 40μL、100mM ブリトン-ロビンソン緩衝液(pH7.5または6.0)80μLおよび適宜希釈した本酵素溶液 80μLからなる、反応液200μLを40~65℃に保持した。希釈溶液には50mM NaClを含む20mM HEPES-NaOH緩衝液(pH7.5)または50mM NaClを含む20mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)を用いた。反応60分後に2.0M HClを40μL添加し、100℃にて5分間保持して反応を停止した。反応停止以降の操作は実施例3-1に記載の方法と同様に行い、反応によって生じたグルコース量を求めた。本酵素は反応pH7.5、50℃の条件にて最大活性を示した。反応pH7.5において40~55℃の範囲で最大活性の80%以上の活性を示した。また、反応pH6.0における活性は60℃まで上昇する傾向にあり、反応pH7.5における活性と比較して55℃までは低いものの、60℃および65℃では高い値を示した。なお、
図5Aでは反応pH7.5、50℃における活性を100%とし、各反応条件における活性を相対値として示した。
【0107】
3-4.温度安定性
pHを7.5または6.0に調整した本酵素溶液50μLを30℃~70℃に60分間保持し、保持後の残存活性を以下の方法に従って求めた。500mM マンノース 40μL、200mM HEPES-NaOH緩衝液(pH7.5)80μLおよび適宜希釈した本酵素 80μLからなる、反応液200μLを37℃に保持した。希釈溶液には50mM NaClを含む20mM HEPES-NaOH(pH7.5)を用いた。反応60分後に2.0M HClを40μL添加し、100℃にて5分間保持して反応を停止した。反応停止以降の操作は実施例3-1に記載の方法と同様に行い、反応によって生じたグルコース量を求め、残存活性を測定した。各温度に保持する前の活性を100%とし、保持後の残存活性を相対値にて表した(
図5B)。本酵素はpH7.5においては50℃以下で90%以上の残存活性を示し安定であり、pH6.0においては60℃以下で90%以上の残存活性を示し安定であった。
【0108】
実施例4:マンノース合成試験
1.方法
本酵素溶液を用いて、グルコースを基質としたマンノースの合成試験を実施した。すなわち、10.3~330.0μL/g-dsの本酵素溶液または空ベクター対照、50%グルコース、40mM 各緩衝液(MES-NaOH緩衝液 (pH6.0)、リン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)またはHEPES-NaOH緩衝液(pH8.0))、および0.02%アジ化ナトリウムからなる、反応液1mLを50℃にて24~72時間保持した。各反応時間にて採取した反応液を、pHを4.0以下とし、10分間煮沸することで反応を停止した。その後、反応液10μLと純水800μLを混合し希釈した。
【0109】
グルコースを基質とした本酵素の生成物の糖組成をHPLCで分析した。分析条件はカラム:HILICpak VG-50 4E(Shodex)、HILICpak VG-50G 4A(Shodex)、溶離液:80%アセトニトリル、流速:0.6mL/min、カラム温度:40℃、検出器:荷電化粒子検出器とした。
【0110】
2.結果
グルコースに対して上記の通り本酵素溶液を作用させたときの反応生成物について、その糖組成分析の結果を
図6および7に示す。反応生成物中のマンノース含有率およびフルクトース含有率はHPLC分析のピーク面積比より算出した。
【0111】
本酵素溶液添加区では、pH6.0、7.0および8.0の全ての試験区において、グルコースからマンノースが生成された。一方で、空ベクター対照を添加した試験区では、試験した何れのpHにおいても、マンノースは生成されなかった。
【0112】
本酵素溶液を330.0μL/g-ds添加し、反応温度50℃、72時間保持した条件において、マンノースの含有率はpH6.0では27.0%、pH7.0では27.1%、pH8.0では26.8%であった。
【0113】
pH6.0の試験区では、本酵素溶液、空ベクター対照のいずれを用いた場合も、フルクトースはほとんど検出されなかった (本酵素溶液を用いた場合、0.7%以下)。一方、pH7.0および8.0の試験区では、本酵素溶液および空ベクター対照のいずれを用いた場合もフルクトースの生成が確認された。pH7.0で72時間作用させた場合、本酵素溶液および空ベクター対照のいずれを用いた場合も、フルクトースの含有率は1.1~1.6%であった。pH8.0で72時間作用させた場合、本酵素溶液および空ベクター対照のいずれを用いた場合も、フルクトースの含有率は3.6~7.2%であった。pH7.0およびpH8.0ともに、酵素添加量が多くなると、反応生成物中のフルクトース含有率は低下する傾向がみられた。
【0114】
本酵素溶液を330.0μL/g-ds添加し、pH8.0で72時間作用させた場合、反応生成物中のマンノース含有率は26.8%であり、フルクトース含有率は3.6%であり、反応生成物中のフルクトース副生が、マンノースの約13.4%に相当した。また、本酵素溶液を330.0μL/g-ds添加し、pH7.0で72時間作用させた場合、反応生成物中のマンノース含有率は27.1%であり、フルクトース含有率は1.4%であり、反応生成物中のフルクトース副生が、マンノースの約5.2%に相当した。一方で、本酵素溶液1を330.0μL/g-ds添加し、pH6.0で72時間作用させた場合、反応生成物中のマンノース含有率は27.0%であり、フルクトース含有率は0.7%であり、反応生成物中のフルクトース副生が、マンノースの約2.6%相当であった。
【0115】
これらの結果から、フルクトースは非酵素的な反応(例えば、緩衝液やpHの影響によるグルコースからフルクトースへの異性化等)若しくは夾雑酵素の反応(異性化酵素によるグルコースからフルクトースへの変換)によって生成されたものであることが示唆された。さらにpH7.0以下、特にpH6.0にて反応を行うことで、フルクトースの生成を抑制することができることが明らかとなった。
【配列表フリーテキスト】
【0116】
配列番号1:パルディスファエラ・ボレアリス由来のタンパク質のアミノ酸配列
配列番号2:パルディスファエラ・ボレアリス由来のタンパク質をコードする塩基配列
配列番号3:パルディスファエラ・ボレアリス由来のタンパク質のアミノ酸配列
配列番号4:パルディスファエラ・ボレアリス由来のタンパク質をコードする塩基配列
配列番号5~8:プライマー配列
【配列表】