IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ケメタル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツングの特許一覧

特許7592605固体表面、特に金属表面にシランベースのコーティングを適用するための改善された方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-22
(45)【発行日】2024-12-02
(54)【発明の名称】固体表面、特に金属表面にシランベースのコーティングを適用するための改善された方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20241125BHJP
   B05D 7/14 20060101ALI20241125BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20241125BHJP
   B05D 1/36 20060101ALI20241125BHJP
   B05D 3/10 20060101ALI20241125BHJP
   B05D 5/12 20060101ALI20241125BHJP
【FI】
C23C26/00 A
B05D7/14 P
B05D7/24 302Y
B05D1/36 Z
B05D7/24 303A
B05D7/24 303E
B05D3/10 B
B05D3/10 C
B05D3/10 F
B05D3/10 A
B05D3/10 K
B05D7/24 303B
B05D5/12 B
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2021547385
(86)(22)【出願日】2020-02-07
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-04-27
(86)【国際出願番号】 EP2020053084
(87)【国際公開番号】W WO2020165032
(87)【国際公開日】2020-08-20
【審査請求日】2023-02-06
(31)【優先権主張番号】19156878.1
(32)【優先日】2019-02-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】517284496
【氏名又は名称】ケメタル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】オストロフスキー,イリア
(72)【発明者】
【氏名】ブレーラー,フェロニカ
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/061747(WO,A1)
【文献】特開平06-327971(JP,A)
【文献】特開平08-215637(JP,A)
【文献】特開昭63-143978(JP,A)
【文献】特表2015-511174(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2001/0056141(US,A1)
【文献】特開2013-213181(JP,A)
【文献】LI M; ET AL,ELECTRO-ASSISTED PREPARATION OF DODECYLTRIMETHOXYSILANE/TIO2 COMPOSITE FILMS FOR CORROSION PROTECTION OF AA2024-T3 (ALUMINUM ALLOY),ELECTROCHIMICA ACTA,英国,ELSEVIER,2010年01月13日,VOL:55, NR:8,PAGE(S):3008-3014,http://dx.doi.org/10.1016/j.electacta.2009.12.081
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00-30/00
B05D 1/00-7/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体表面、特に金属表面にシランベースのコーティングを適用するための方法であって、固体表面、特に任意に陽極酸化又は化成被覆した金属表面を:
i) 任意に洗浄、エッチング、及び/又はデスマット処理し、
ii) C-Si結合を介してSiに結合している少なくとも1つの非加水分解性の部位と、C-O-Si基を介してSiに結合している少なくとも2つの加水分解性の部位とを有する、少なくとも1種の加水分解していないシランと接触させて、前記固体表面上に加水分解していないシラン層を形成し、
iii)前記固体表面を水に浸漬することにより、又は前記固体表面に水を噴霧、ロール、又はブラッシングすることにより、水と接触させて、前記シラン層を少なくとも部分的に加水分解し、
iv) 少なくとも部分的に乾燥させて、水及びアルカノールの残留物を前記固体表面から少なくとも部分的に除去し、
v) 任意に加熱し、前記少なくとも部分的に加水分解し且つ少なくとも部分的に乾燥したシラン層を硬化し、及び
vi) 工程v)を行った場合は、任意に塗装する
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記少なくとも1種の加水分解していないシランが、硫黄含有シランからなる群から、好ましくはポリスルファンシラン及びメルカプトシランからなる群から、より好ましくはポリスルファンシランからなる群から選択されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記少なくとも1種の加水分解していないシランが、水ベースの溶液中で全く安定ではなく、有機溶媒ベースの溶液中でのみ安定であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも1種の加水分解していないシランを、少なくとも1種の腐食防止剤、好ましくはベンゾトリアゾールと混合し、それから前記少なくとも1種の腐食防止剤とともに前記固体表面に適用することを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記少なくとも1種の加水分解していないシランを、好ましくはグラファイト、グラフェン、ジルコニウムオキシド、チタンオキシド、シリコンオキシド、シリコンカーバイド及び/又はアルミニウムオキシドを含有する、又はそれらからなる、少なくとも1種の水を含まず且つ水に不溶性の導電性粉末と混合してから、前記少なくとも1種の加水分解していないシランを前記固体表面に適用することを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記少なくとも1種の加水分解していないシランを有機溶媒と混合しないことを特徴とする、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
工程iii)において、前記固体表面を水中に浸漬することにより、前記固体表面を水と接触させることを特徴とする、請求項1から6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
工程iii)における接触時間が、8~330秒の範囲、好ましくは20~270秒の範囲、より好ましくは20~210秒の範囲、より好ましくは20~165秒の範囲、より好ましくは35~145秒の範囲、より好ましくは45~135秒の範囲、及び特に好ましくは55~125秒の範囲にあることを特徴とする、請求項1から7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
工程iv)をエアブロー又はワイプによって、好ましくはエアブローによって行うことを特徴とする、請求項1から8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
工程iii)の後且つ工程iv)の前に、前記固体表面を少なくとも15秒、好ましくは少なくとも30秒、より好ましくは少なくとも45秒及び最も好ましくは少なくとも60秒保持して水を滴下させることを特徴とする、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
工程v)をオーブンによって、好ましくは105~140℃の範囲の温度で20~60分間行うことを特徴とする、請求項1から10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記固体表面、特に金属表面を、1週間以降、好ましくは1ヶ月以降に塗装することを特徴とする、請求項1から11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
C-Si結合を介してSiに結合している少なくとも1つの非加水分解性の部位と、C-O-Si基を介してSiに結合している少なくとも2つの加水分解性の部位とを有する、少なくとも1種の加水分解していないシランを有する、固体表面、特に金属表面にシランベースのコーティングを適用するための、シラン含有組成物であって、
a)前記少なくとも1種の加水分解していないシランは、ウレイド、イソシアナート、チオシアナート、ビニルベンゼン及びポリスルファンからなる群から選択される少なくとも1個の官能基を示す、少なくとも非加水分解性の部位と、メトキシ、エトキシ及びプロポキシからなる群から相互に独立して選択される少なくとも2つの加水分解性の部位とを有し
b)前記シラン含有組成物は、少なくとも1種の腐食防止剤及び/又は少なくとも1種の水を含まず且つ水に不溶性の粉末と
を含有し、
水を含有しないことを特徴とする、組成物。
【請求項14】
請求項1から12のいずれか1項に記載の方法によって得られるシランベースのコーティングを有する固体表面、特に金属表面であって、
前記シランベースのコーティングが、少なくとも100ナノメートル、好ましくは少なくとも500ナノメートルの平均厚さを示し、及び前記シランベースのコーティングは、請求項13に定義されたシラン含有組成物から得られることを特徴とする、固体表面。
【請求項15】
輸送産業又は導電性組立の分野における、請求項14に定義された固体表面の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体表面、特に金属表面に、シランベースのコーティングを適用するための改善された方法に関するものであり、このようなシラン含有組成物及びこのようなシランベースのコーティングを備えた固体表面、特に金属表面、並びに輸送産業又は導電性組立の分野におけるその使用方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属表面処理の分野では、シランベースの腐食保護コーティングがよく知られている。その際、シランは通常、金属表面にわずか数ナノメートルの非常に薄い層を形成するために使用される。このような層は、一方では金属表面との、他方では塗装のポリマー鎖との架橋を示し、塗装を良好に接着させ、それによって良好な腐食保護を示す。シランベースのコーティングを適用するための対応する先行技術の方法は、例えば、米国特許第7,011,719B2号に開示されている。
【0003】
しかしながら、前記の薄い層は、塗装のない金属を保護するために、すなわち、金属にブランク耐食性をもたらすために使用することができない。後者を実現するためには、むしろ、金属表面に厚いシラン層を形成することが必要である。一般に、そのような層は数マイクロメートルの厚さを有するべきであり、これはシランベースのコーティングとしては非常に厚い。さらに、前記の厚い層は、腐食防止剤を含んでいてもよく、バリアー保護だけでなく、積極的な腐食保護及び自己修復効果を提供し、塗装された金属の保護を改善するのにも役立つので、有利である。
【0004】
金属表面との架橋形成を可能にするために、まず、シランを水と混合して所定の処理液にすることにより、事前に加水分解させる。その際、-C-O-Si-基は部分的に加水分解し、-C-OH基及びHO-Si-(シラノール)基になる。その後、処理液を金属表面に接触させると、シラノール基が金属表面の金属ヒドロキシド(HO-M-)基と縮合して、-Si-O-M-基、すなわち架橋を形成することがある。異なるシラン分子のシラノール基が互いに反応してシロキサン(-Si-O-Si-)基となり、二量体、三量体、オリゴマー及び/又はポリマーを形成することもあり、残った、つまりまだ活性であるシラノール基は、金属表面の金属ヒドロキシド基と縮合して厚いバリア層を形成することがある。
【0005】
このような水性処理液中のシランの濃度、つまりシラノール基の濃度が高いほど、シラノール重合の可能性が増し、そして理論的には、得られる層の厚さが増す。しかし、高濃度過ぎるシラン溶液は、縮合及び沈降が原因で安定ではない。そのため、金属表面に厚いシランベースのコーティングを形成することは、まだむしろ満足できるものではない。
【0006】
さらに、シラン又はシランの混合物を金属表面への適用前に事前に加水分解させるたびに、得られるシラン溶液を安定させるため、すなわち溶液の沈降を防ぐため、一定量の有機溶媒が必要である。しかし、有機溶媒、すなわちいわゆるVOC(揮発性有機化合物(volatile organic compounds))は、毒性及び環境への懸念から、今日では避けるべきである。
【0007】
良好な防食特性を示すいくつかのシラン、例えば、マグネシウム、アルミニウム、銅及び他の金属に高い耐食性をもたらすポリスルファンシランは、水ベースの溶液中では全く安定ではない。それらは、有機溶媒ベースの溶液中でのみ安定であり得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】米国特許第7,011,719B2号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って本発明の目的は、一方では厚いシランベースのコーティングを効果的に適用することができ、そして他方では、特に、水ベースの溶液中で安定ではないシランを使用する場合に、有機溶媒の必要量を減らすことができる、金属表面にシランベースのコーティングを適用するための改善された方法を提供することであった。
【0010】
本発明と先行技術との主な違いは、加水分解していないシラン(単数又は複数)を金属表面に適用し、その後適用されたシラン層を(「その場で」)加水分解することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、固体表面にシランベースのコーティングを適用するための改善された方法において、固体表面、特に任意に陽極酸化又は化成被覆した金属表面を:
i) 任意に洗浄、エッチング、及び/又はデスマット処理し、
ii) 少なくとも1種の加水分解していないシランと接触させて、固体表面上に加水分解していないシラン層を形成し、
iii) 水と接触させて、シラン層を少なくとも部分的に加水分解し、
iv) 少なくとも部分的に乾燥させて、水及びアルカノールの残留物を固体表面から少なくとも部分的に除去し、
v) 任意に加熱し、少なくとも部分的に加水分解し且つ少なくとも部分的に乾燥したシラン層を硬化し、及び
vi) 工程v)を行った場合は、任意に塗装する。
【0012】
定義:
本発明による方法の工程i)~vi)は、その番号付けに従った順序で行う。いくつかの場合では、1つ以上の追加の工程、例えばすすぎ工程を行うことが有利なこともある。よって、工程i)~vi)以外の工程の実施を排除すべきではない。しかし、工程ii)とiii)の間、工程iii)とiv)の間、及び工程iv)とv)の間では、追加の工程を行わないことが好ましい。
【0013】
本発明において、「固体表面」とは、事前に加水分解したシラン、すなわちシラノール基と反応することができる基を示すシランを用いて、先行技術の方法でシランベースのコーティングが適用される表面と定義される。
【0014】
本発明において、「金属表面」とは、少なくとも1種の金属を含有する、又は少なくとも1種の金属からなる、好ましくは少なくとも1種の金属からなる固体表面と定義される。
【0015】
ここで、「アルミニウム合金」とは、アルミニウムを50モル%を超えて含有する合金と理解され、一方、「マグネシウム合金」とは、マグネシウムを50モル%を超えて含有する合金と理解される。
【0016】
本発明において、「シラン」とは有機シラン、すなわち、1分子あたり、C-Si結合を介してSiに結合している少なくとも1つの非加水分解性の部位と、C-O-Si基を介してSiに結合している少なくとも2つの加水分解性の部位とを有する有機部位を示すシランと定義される。シランは、1分子あたり1個、2個又はそれ以上のSi原子を含有してよい。
【0017】
ここで、「加水分解していない」シラン/シラン層とは、本発明による方法の工程iii)を行う前に、シラン/シラン層を意図的に水(液体又は気体)と接触させていないこと、好ましくは加水分解性のC-O-Si結合の少なくとも90モル%、より好ましくは少なくとも93モル%、さらになお好ましくは少なくとも96モル%、及び最も好ましくは少なくとも99モル%が、まだ加水分解していないことと定義される。
【0018】
例えば、被覆対象の固体表面は、航空、陸上又は海洋の乗り物、特に飛行機のような航空乗り物に属するものであってもよい。
【0019】
本発明の方法は、金属、プラスチック、ガラス、及び複合材料のコーティングに特に適しており、被覆対象の固体表面は、好ましくは、少なくとも1種の金属、少なくとも1種のプラスチック、少なくとも1種のガラス及び/又は少なくとも1種の複合材料を含有するか、又はそれらからなる。
【0020】
適したプラスチックとして、例えばポリウレタン、ポリアミド及びアクリロニトリルブタジエンスチレンが挙げられ、適したガラスとして、例えば光学ガラス及びサファイアガラスが挙げられる。複合材料としては、金属、プラスチック又はガラスをマトリックスとするあらゆる複合体が適しており、例えば、ガラス繊維で強化されたアルミニウムのような繊維金属積層体、繊維ポリマー複合体及び金属マトリックス複合体が挙げられる。
【0021】
ガラスの場合もプラスチックの場合も、本発明の方法は、接着性結合の調製、機能化粒子、例えばグラフェン粒子を用いたコーティング、及び疎水性コーティングの構築に、とりわけ適している。
【0022】
被覆対象の固体表面は、好ましくは、少なくとも1種の金属を含有するか、又は少なくとも1種の金属からなり(すなわち金属表面であり)、特に、任意に陽極酸化された少なくとも1種の軽量金属を含有するか、又は任意に陽極酸化された少なくとも1種の軽量金属からなる。その際、少なくとも1種の軽量金属は、好ましくは、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム及びマグネシウム合金からなる群から、より好ましくは、アルミニウム及びアルミニウム合金からなる群から選択される。最も好ましくは、被覆対象の固体表面は、少なくとも1種のアルミニウム合金を含有するか、又は少なくとも1種のアルミニウム合金からなる。
【0023】
その際、少なくとも1種のアルミニウム合金は、輸送産業の分野、特に航空宇宙産業の分野で重要な建設用金属である、AA2XXX又はAA7XXXシリーズから選択される高強度アルミニウム合金であることが好ましい。本発明による方法で得られたブランク耐食性は、クロムベースの化学的化成コーティングで得られたものと同等であり、そしてこれまでAA2XXX合金上のクロムを含まない化成コーティング(例えばシランベースのコーティング)では達成されていない。さらになお好ましいアルミニウム合金は、AA2024合金、例えばAA2024-T3である。
【0024】
本方法は、複金属への適用にも適しており、すなわち、少なくとも2種の異なる金属、例えばアルミニウム及びマグネシウムを含有する固体表面に、又は少なくとも1種の金属を含有する少なくとも2種の異なる固体表面に、本方法の工程i)~vi)を変更することなく、シランベースのコーティングを適用するのに適している。
【0025】
少なくとも1種の金属は、化成コーティングを既に示していてもよい。その場合、本発明の方法は、既に化成被覆された少なくとも1種の金属の後処理方法となる。
【0026】
好ましい実施態様によれば、本方法の工程i)を行い、より好ましくは、固体表面を洗浄する。表面は、本方法の工程ii)で適用される少なくとも1種の加水分解していないシランが良好に接着するために、きれいであり且つ湿潤性がなければならない。固体表面が、アルミニウム及び/又は少なくとも1種のアルミニウム合金を含有するか、又はそれらからなる金属表面である場合は、まず表面を洗浄し、次にアルカリ溶液でエッチングし、そして最後にデスマット処理することが好ましい。
【0027】
その際、適した洗浄液はArdrox(登録商標)6490であり、適したエッチング液はOakite(登録商標)160であり、適したデスマット液はArdrox(登録商標)295GDである(すべての製品はChemetall GmbH社、ドイツから入手可能)。
【0028】
本方法の工程ii)では、固体表面を少なくとも1種の加水分解していないシランと接触させて、固体表面上に加水分解していないシラン層を形成する。
【0029】
第1の好ましい実施態様によれば、少なくとも1種の加水分解していないシランは、アミノ、ビニル、ウレイド、エポキシ、メルカプト、イソシアナート、チオシアナート、メタクリラート、ビニルベンゼン及びスルファンからなる群から、より好ましくはアミノ、メルカプト、チオシアナート及びポリスルファンからなる群から、最も好ましくはメルカプト及びスルファンからなる群から選択される、少なくとも1個の官能基を示す少なくとも非加水分解性の部位を有する。前記少なくとも1個の官能基は、その後に適用される塗装内の官能基と反応して、それによって塗装の接着性を向上させるのに役立つ。
【0030】
第2の好ましい実施態様によれば、少なくとも加水分解していないシランは、メトキシ、エトキシ及びプロポキシからなる群から、より好ましくはメトキシ及びエトキシからなる群から互いに独立して選択される、少なくとも2つの加水分解性の部位を有する。
【0031】
第3の好ましい実施態様によれば、少なくとも1種の加水分解していないシランは、アミノ、ビニル、ウレイド、エポキシ、メルカプト、イソシアナート、チオシアナート、メタクリラート、ビニルベンゼン及びスルファンからなる群から、より好ましくはアミノ、メルカプト、チオシアナート及びポリスルファンからなる群から、最も好ましくはメルカプト及びポリスルファンからなる群から選択される少なくとも1個の官能基を示す少なくとも非加水分解性の部位と、メトキシ、エトキシ及びプロポキシからなる群から、より好ましくはメトキシ及びエトキシからなる群から互いに独立して選択される少なくとも2つの加水分解性の部位とを有する。
【0032】
適したシランには、例えば、ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルファン、メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、及びチオシアナトプロピルトリエトキシシランが含まれる。
【0033】
特に好ましい実施態様によれば、少なくとも1種の加水分解していないシランは、硫黄含有シラン、すなわち1分子あたり少なくとも1個のS-原子を有するシランからなる群から、より好ましくはポリスルファンシラン、すなわち少なくとも1つの-S-部位(式中、n=2~18、好ましくはn=2~5である)を有するシラン、及びメルカプトシランからなる群から、さらになお好ましくはポリスルファンシランからなる群から、及び最も好ましくはバイシランである、すなわち1分子あたり2個のSi-原子を有するポリスルファンシランからなる群から選択される。その際、それぞれが1つの-S-部位(式中、平均nは4である)を有するバイシランの特に好適な混合物は、Oxsilan(登録商標)MG-0611(Chemetall GmbH社、ドイツから入手可能)である。前記硫黄含有シランは、AA2024合金の場合、驚くべきことに硫黄がこの合金に対して腐食抑制効果を有するので、特に有利である。
【0034】
本発明によれば、加水分解していないシランは、水ベースの溶液中では全く安定ではなく有機溶媒ベースの溶液中でのみ安定であるシラン、例えばポリスルファンシランであってもよい。ここで、水ベースの溶液とは、10質量%を超える溶媒が水である溶液であり、一方で有機溶媒ベースの溶液においては、90質量%を超える溶媒が有機溶媒である。
【0035】
第1の好ましい実施態様によれば、少なくとも1種の加水分解していないシランを、水を含まない少なくとも1種の他の化合物と混合し、その後、前記少なくとも1種の他の化合物とともに固体表面に適用する。
【0036】
好ましくは、少なくとも1種の加水分解していないシランを、少なくとも1種の腐食防止剤と混合してから、少なくとも1種の腐食防止剤とともに固体表面に適用する。その際、少なくとも1種の腐食防止剤は、好ましくは、ベンゾトリアゾール及びα-アミノ酸、例えば、l-システイン、l-シスチン又はl-セリンからなる群から選択される。特に好ましい腐食防止剤は、ベンゾトリアゾール(例えば、BASF SE社、ドイツからIrgamet(登録商標)BTZとして入手可能)である。
【0037】
任意に、少なくとも1種の加水分解していないシランを、少なくとも1種の加水分解触媒、より好ましくは有機酸及び無機酸からなる群から選択される少なくとも1種の加水分解触媒、特に好ましくは酢酸、特に氷酢酸と混合してから、少なくとも1種の加水分解触媒とともに固体表面に適用する。
【0038】
少なくとも1種の加水分解していないシランを、前述の少なくとも1種の腐食防止剤、及び前述の少なくとも1種の加水分解触媒と、混合することも可能である。
【0039】
固体表面に適用する前に、少なくとも1種の加水分解していないシランを有機溶媒、例えばプロピレングリコールn-ブチルエーテル(Dowanol(登録商標)PnB、Dow社、USA)又はプロピレングリコールメチルエーテル(Dowanol(登録商標)PM、Dow社、USA)のようなグリコールエーテルと混合することも可能である。しかし、少なくとも1種の加水分解していないシランを有機溶媒と混合しないことも可能であり、それが好ましい。既に上述したように、有機溶媒、すなわちいわゆるVOC(揮発性有機化合物)は、毒性及び環境への懸念から、今日では避けるべきである。
【0040】
特に好ましい実施態様によれば、少なくとも1種の加水分解していないシランを、好ましくは、グラファイト、グラフェン、ジルコニウムオキシド、チタンオキシド、シリコンオキシド、シリコンカーバイド及び/又はアルミニウムオキシドを含有する、又はそれらからなる、少なくとも1種の水を含まず且つ水に不溶性の粉末と混合してから、少なくとも1種の加水分解していないシランを固体表面に適用する。
【0041】
例えば、グラファイトは表面の伝導性の改善に使用することができ、一方でグラフェンは、伝導性に加えて機械的な改善及び防食性の改善をもたらす。ジルコニウム及びチタンオキシドのような金属酸化物は、機械的特性の改善をもたらす。
【0042】
好ましくはグラファイト及び/又はグラフェンを含有する、又はグラファイト及び/又はグラフェンからなる、少なくとも1種の水を含まず且つ水に不溶性の導電性粉末を加えることは、金属表面に導電性のシランベースのコーティングを生成するために使用できる。これは、塗装されていない金属表面が、例えば構造物の接地を提供するために電気伝導体として使用されることが多い導電性組立の分野において、特に有利である。
【0043】
本発明の方法は、例えば、航空構造物上の避雷のための、いわゆるタッチアップコーティングを形成するために使用してよい。通常、このような構造物は、ほぼ全面的に塗装されているか、又は陽極酸化されている。塗装又は陽極酸化の際には、ほんのわずかな領域がマスキングされる。その後、マスキングを取り除き、その領域を本発明の方法で処理する。乾燥後、その領域を使用して電気伝導体を取り付け、それから航空機の接地システムに接続する。この方法は、とりわけ、レーダーアンテナ又は搭載コンピュータのハウジングに導電性コーティングを形成するために使用してもよい。
【0044】
第2の好ましい実施態様によれば、少なくとも1種の加水分解していないシランは、純粋な形で、すなわち如何なる他の物質も加えずに適用される。しかし、少なくとも1種の加水分解していないシランは、少なくとも1種のシランの不純物である、及び/又は処理された金属表面及び/又は周囲雰囲気に由来する少量の他の物質を偶発的に含有することがある。
【0045】
本方法の工程ii)において、好ましくは、固体表面を少なくとも1種のシランに浸漬することにより、又は固体表面に少なくとも1種のシランを噴霧、ロール、又はブラッシングすることにより、特に好ましくは、固体表面を少なくとも1種のシランに浸漬することにより、固体表面と少なくとも1種の加水分解していないシランとを接触させる。
【0046】
工程ii)は、好ましくは、10~50℃の範囲の温度、特に好ましくは室温、すなわち15~30℃の範囲、好ましくは20~25℃の範囲の温度で行い、工程ii)の接触時間は、好ましくは、1秒~15分の範囲、より好ましくは2~10分の範囲、及び特に好ましくは4~6分の範囲にある。
【0047】
工程ii)で固体表面に形成される加水分解していないシラン層の厚さは、使用する特定のシラン(単数/複数)及びその/それらの粘度に依存する。しかし、厚さは通常、1~5マイクロメートルの範囲内にある。
【0048】
本方法の工程iii)では、固体表面を水、好ましくは脱イオン水と接触させて、工程ii)で形成されたシラン層を少なくとも部分的に加水分解する、すなわち少なくとも部分的にシラノール層にする。
【0049】
任意に、工程iii)で使用する水は、少なくとも1種の腐食防止剤を含有する。その際、少なくとも1種の腐食防止剤は、好ましくは、バナデート、モリブデート、ビスマス及びα-アミノ酸、例えばl-システイン、l-シスチン又はl-セリンからなる群から選択される。
【0050】
任意に、工程iii)で使用する水は、少なくとも1種の加水分解触媒を含有する。その際、少なくとも1種の加水分解触媒は、好ましくは、有機酸及び無機酸からなる群から選択され、より好ましくは、少なくとも1種の加水分解触媒は、酢酸、特に氷酢酸である。少なくとも1種の加水分解触媒の濃度は、好ましくは体積あたり0.5%~70%の範囲、より好ましくは0.7%~10%の範囲、及び特に好ましくは1%~5%の範囲である。
【0051】
好ましくは、固体表面を水に浸漬することにより、又は固体表面に水を噴霧、ロール、又はブラッシングすることにより、特に好ましくは、固体表面を水に浸漬することにより、固体表面と水とを接触させる。
【0052】
工程iii)は、好ましくは、10~70℃の範囲の温度、特に好ましくは室温、すなわち15~30℃の範囲、好ましくは20~25℃の範囲の温度で行う。
【0053】
特に浸漬の場合、工程iii)における接触時間は、好ましくは、1秒~10分の範囲、より好ましくは5秒~7分の範囲、より好ましくは8~330秒の範囲、より好ましくは20~270秒の範囲、より好ましくは20~210秒の範囲、より好ましくは20~165秒の範囲、より好ましくは35~145秒の範囲、より好ましくは45~135秒の範囲、及び特に好ましくは55~125秒の範囲にある。
【0054】
これらの範囲内の接触時間を選択することで、特にASTM B117規格に準拠する中性塩水噴霧試験において、金属表面のブランク耐食性が明らかに向上することがある。驚くべきことに、長時間水に曝露すると、シラン/シラノール層が少なくとも部分的に除去されるようである。
【0055】
さらに、接触時間によってシラン層の加水分解率を制御することは、非常に簡単である。接触時間が長いほど、加水分解率は高くなる。
【0056】
浸漬の場合は、工程iii)を終了するために、固体表面を所定の水浴から取り出す。
【0057】
工程iv)をエアブロー又はワイプで行う場合、特に工程iii)を浸漬により行う場合は、工程iii)の後且つ工程iv)の前に、好ましくは、固体表面を少なくとも15秒、より好ましくは少なくとも30秒、さらになお好ましくは少なくとも45秒、及び最も好ましくは少なくとも60秒保持して、水を滴下させる。この時間中、シラン/シラノール層を洗い流すことなく加水分解が続けられる。
【0058】
本方法の工程iv)では、少なくとも部分的に加水分解したシラン層を有する金属表面を少なくとも部分的に乾燥させ、工程iii)から生じた水の残留物(シラン層内及びシラン層上の水分)、及び加水分解から生じたアルカノールの残留物、例えばメタノール又はエタノールを、少なくとも部分的に除去する。
【0059】
しかし、完全な乾燥は必須ではない。なぜなら、高粘度で完全な乾燥を伴わない柔軟性のあるシラン/シラノール層は、損傷を受けた場合に向上した自己修復効果(以下も参照)をコーティングにもたらす場合があるからである。従って、工程iv)は、好ましくは、表面からすべての水滴が除去されるまで(これは目視で確認する)しか行わない。
【0060】
工程iv)は、好ましくはエアブロー又はワイプによって行い、特に好ましくはエアブローによって行う。その際、工程iv)は、好ましくは、15~35℃の範囲の温度、特に好ましくは室温、すなわち15~30℃の範囲、好ましくは20~25℃の範囲の温度で行う。表面が大きいほど、そしてその形状が複雑であるほど、表面から水とアルカノールを十分に除去するのに必要な時間は長くなる。
【0061】
好ましい実施態様によれば、本方法の工程v)を行う。工程v)では、固体表面を加熱して、少なくとも部分的に加水分解し且つ少なくとも部分的に乾燥したシラン層を硬化する、すなわちシラノール基間の縮合反応によって重合/架橋し、ポリシロキサン層を形成する。
【0062】
工程v)を行わない場合、すなわち被覆した表面を周囲条件のみで維持する場合、ポリシロキサン層は同様に形成されるが、非常にゆっくりと形成される。
【0063】
工程v)は、表面から水とアルカノールの残留物をさらに除去するのにも役立つ。工程v)を行わない場合、良好な腐食保護の観点から許容できるレベルの乾燥を達成するには数週間を要する。これに対し、工程v)を行った場合、コーティングは1週間後にはほぼ乾燥している。
【0064】
工程v)は、好ましくはオーブンを用いて、好ましくは100~150℃の範囲、より好ましくは105~140℃の範囲、及び特に好ましくは110~130℃の範囲の温度で、15~90分、より好ましくは20~60分、及び特に好ましくは25~35分実施する。
【0065】
或る特定の調節材料(tempered materials)を用いた構造用途(特にAA2XXX及びAA7XXXアルミニウム合金の場合)では、基材の機械的特性の劣化を防ぐために、より高い温度及びより長い加熱時間は避けるべきである。しかし、例えば電子機器のハウジングなどの非構造的な用途では、より高い温度及び/又はより長い加熱時間は、問題にならない。
【0066】
工程v)の後、ポリシロキサン層はまだ十分な柔軟性があり、自己移動してコーティングの潜在的な欠陥を上塗りすることがある。この自己修復効果は数ヶ月間続くことがあり、ポリシロキサン層にまだ存在する加水分解していないシラン分子が大気中の湿気と反応し、新しいシラノール基間の縮合反応によって、加水分解及び、新しい架橋の形成をもたらすことで説明される。これはまた、コーティングの保護性能が経時的に向上することを意味する。
【0067】
本方法の工程vi)において、固体表面が特に金属表面である場合には、固体表面を少なくとも1種の塗装組成物と接触させて、固体表面上に少なくとも1つの塗装層を形成することにより、シランベースのコーティングを示す固体表面を任意に塗装してよく、これはその後、熱又は放射線によって硬化させる。このようにして、輸送産業の分野で一般的であるように、少なくとも2つの異なる塗装層からなる塗装構造を固体表面に提供することも可能である。しかし、工程vi)の実施は、工程v)を事前に実施する場合にのみ可能である。
【0068】
適した塗装は、例えば、粉体コーティングである。金属表面、例えばマグネシウムに対して非常に良好な塗装接着性を示し、それによって非常に良好な腐食保護を示す特に適した塗装は、Rilsan(登録商標)ポリアミド粉体コーティング(Arkema Group、フランスから入手可能)である。
【0069】
しかし、前記ブランク耐食性が原因で、金属表面は塗装される前に保管及び/又は出荷される場合がある。従って、第1の好ましい実施態様によれば、固体表面、特に金属表面は、本方法の工程v)を実施した後、24時間以降、より好ましくは48時間以降、より好ましくは72時間以降、より好ましくは1週間以降、特に好ましくは1ヶ月以降に、塗装する。
【0070】
さらに、第2の好ましい実施態様によれば、固体表面、特に金属表面は、金属表面のブランク耐食性が非常に良好であるので、全く塗装されない。これは、塗装されていない金属表面が、例えば構造物の接地を提供するために電気伝導体として使用されることが多い導電性組立の分野において、特に有利である。
【0071】
本発明は、固体表面、特に金属表面にシランベースのコーティングを適用するためのシラン含有組成物であって、
a) 少なくとも1種の加水分解していないシランと
b) 少なくとも1種の腐食防止剤及び/又は少なくとも1種の水を含まず且つ水に不溶性の粉末と
を含有し、
水を含有しない組成物に関するものである。
【0072】
本発明の組成物は、好ましくは、水も有機溶媒も含有しない。
【0073】
しかし、組成物が「水を含有しない」又は「水も有機溶媒も含有しない」ことは、成分a)及び/又はb)の不純物である、及び/又は周囲雰囲気に由来する少量の水及び/又は有機溶媒を、組成物が偶発的に含有する場合があることを排除すべきではない。好ましくは、組成物は水を全く含有せず、そしてより好ましくは、水を全く含有せず且つ有機溶媒を全く含有しない。
【0074】
第1の好ましい実施態様によれば、本発明の組成物は、少なくとも1種の腐食防止剤、より好ましくはベンゾトリアゾールを含有する。その際、組成物は好ましくは溶液であり、すなわち、溶解した物質のみを含有する。
【0075】
第2の好ましい実施態様によれば、本発明の組成物は、少なくとも1種の水を含まず且つ水に不溶性の粉末を含有し、より好ましくは、グラファイト、グラフェン、ジルコニウムオキシド、チタンオキシド、シリコンオキシド、シリコンカーバイド及び/又はアルミニウムオキシドを含有するか、又はさらにはこれらからなる。
【0076】
本発明の組成物のさらに好ましい実施形態は、本発明の方法の説明で既に上記本明細書に記載されている。
【0077】
本発明はまた、本発明の方法によって得ることができ、そして任意に塗装されている、シランベースのコーティングを有する固体表面、特に金属表面に関するものであり、シランベースのコーティングが、少なくとも100ナノメートル、好ましくは少なくとも500ナノメートル、さらになお好ましくは少なくとも1マイクロメートル、及び最も好ましくは1~5マイクロメートルの平均厚さを示す。
【0078】
最後に、本発明は、本発明の方法で得ることができる本発明の固体表面、特に金属表面の、航空、陸上及び海洋の乗り物を含むがこれらに限定されない輸送産業の分野、特に飛行機を含むがこれらに限定されない航空宇宙産業の分野、又は導電性組立の分野における使用方法に関するものである。
【0079】
以下の実施例および比較例は、本発明の範囲を限定することなく、本発明を説明するのに役立つ。
【実施例
【0080】
実施例では、Chemetall GmbH社(ドイツ)から入手可能な、加水分解していないバイシランの混合物であるOxsilan(登録商標)MG-0611を使用した。
【0081】
特定のシランの水ベースの溶液中における安定性
比較例溶液No.1を製造者の指示に従って調製した。50mlのOxsilan(登録商標)MG-0611を50mlの脱イオン水と混合し、4時間撹拌した。次に、900mlのDowanol(登録商標)PM及びDowanol(登録商標)PnBグリコールエーテル溶媒(Dow、米国)の1:1混合物を、加水分解したシランの溶液に加え、混合した。
【0082】
比較例溶液No.2は、50mlのOxsilan(登録商標)MG-0611を機械的に撹拌しながら950mlの脱イオン水に加えて調製した。
【0083】
両溶液の安定性を目視で確認した。比較例溶液No.1は6ヶ月後もシラン縮合の如何なる証拠もなく依然として透明であったが、比較例溶液No.2は含有されるシランが完全に縮合したため、10分後には既に完全に乳状になった。
【0084】
本発明による溶液の調製
本発明による溶液は、5グラムのIrgamet(登録商標)BTZ腐食防止剤(BASF社、ドイツ)を1リットルのOxsilan(登録商標)MG-0611に加えることにより調製した。得られた混合物は、防止剤が完全に溶解するまで撹拌した。
【0085】
ブランク耐食性
標準的なAA2024-T3のむき出しのアルミニウムパネル(Constellium社、オランダから入手可能)をArdrox(登録商標)6490中で洗浄し、Oakite(登録商標)160中でアルカリエッチングし、Ardrox(登録商標)295GD中でデスマット処理した(すべての溶液はChemetall GmbH社、ドイツから入手可能)。その後、パネルを本発明の溶液に5分間浸漬した。次いで、以下の表1に従ってパネルを脱イオン水に浸漬することによって、得られたシラン層を加水分解した。各バッチで3枚のパネルを処理した。
【0086】
【表1】
【0087】
バッチNo.10を、事前に加水分解させたシラン(上記参照)を含有する比較例溶液No.1に5分間浸漬した。その後の脱イオン水への浸漬、すなわち追加の加水分解は行わなかった。
【0088】
1分間水を滴下させた後、パネルをエアブローして水又は(バッチNo.10の場合は)処理液の残留物を減らし、120℃のオーブンで30分間乾燥させた。
【0089】
その後、パネルを室温まで冷却し、1週間保管した後、ASTM B117規格に準拠した中性塩水噴霧(NSS)試験を行った。試験結果は、MIL-DTL-5541E規格に準拠して評価した。
【0090】
バッチNo.1、2、6、7、8、9は、168時間後に5個を超えるピットを示した。しかし、その腐食は小さな孤立したピットの形でしかなかった。対照パネル(バッチNo.10)は、48時間後には既に著しく腐食しており、試験においては圧倒的に最悪の結果を示した。168時間後には表面の100%が腐食していた。これに対し、バッチNo.3、4、5では、168時間後に5個未満の小さな孤立したピットが見られ、つまり、腐食がないか、ほんのわずかな腐食であることがわかった。
【0091】
このように、加水分解していないシランを含有する本発明の溶液を本発明の方法で適用すると、事前に加水分解させたシランを含有する比較例の溶液を適用した場合に比べて、著しく改善されたブランク耐食性が得られた。
【0092】
さらに、シラン層と脱イオン水との接触時間には、最大の保護を達成するための最適なウィンドウがあった。驚くべきことに、脱イオン水にさらに曝露することで、シラン層が少なくとも部分的に除去されるらしいことがわかった。
【0093】
加水分解したシラン層の「その場」での調査
被覆されていないパネル、及び加水分解させ硬化させたシランベースのコーティングを有するバッチNo.3のパネル(上述のようにして得た)を、赤外反射吸収分光法(IRRAS)を用いて調べた。バッチNo.3のパネルに関しては、スペクトルは約1060cm-1及び約1130cm-1にSi-O-Si(シロキサン)化合物のスペクトルの明確な証拠を示したが、被覆されていないパネルの場合はそうではなかった。
【0094】
本発明による溶液及びバッチNo.3のパネルを、減衰全反射(Attenuated Total Reflection)(ATR)を用いて調査した。バッチNo.3の被覆されたパネルは、約3300cm-1に-OH基のスペクトルの明確な証拠を示したが、これは本発明による溶液では観察されなかった。この結果は、本発明の方法を使用した場合、加水分解が「その場で」起こり、またポリシロキサン層に活性シラノール分子が存在することを証明している。
【0095】
陽極層の封止のための本発明による溶液の使用
本発明による溶液を、実施例「本発明による溶液の調製」に記載の手順に従って調製した。AA2024-T3及びAA7075-T6の5枚のパネル(各合金に対して)を、航空宇宙仕様に準拠した酒石酸硫酸陽極酸化プロセスで陽極酸化し、すすいでから、本発明による溶液に5分間浸漬した。次に、パネルを脱イオン水に1分間浸漬してシラン層を加水分解させた。1分間水を滴下させた後、パネルをエアブローして水の残留物を減らし、120℃のオーブンで30分間乾燥させた。このパネルを、ASTM B117規格に準拠した塩水噴霧チャンバで1008時間試験し、防食性能を評価した。
【0096】
1008時間の試験後、AA2024-T3パネルにはごく小さなピットが少量見られたのみであったが、AA7075-T6パネルには如何なる腐食も見られなかった。
【0097】
この結果は、航空宇宙規格及び/又は封止された陽極層のためのMIL-A-8625規格で要求されている、直径0.031インチ以下の孤立したピットが最大5個である336時間の結果よりもはるかに良好なものであった。
【0098】
グラフェンを添加して得られた防食性能及び電気抵抗
本発明による溶液は、実施例「本発明による溶液の調製」に記載の手順に従って調製した。その後、グラフェン粉末(Talga社より入手可能)25グラムを1リットルの溶液に加えて適切に混合したところ、溶液の色が黄色から黒に変化した。このようにして調製した本発明による溶液の安定性を、2週間後に肉眼で確認した。溶液は黒のままであり、目に見える沈殿物はなかった。
【0099】
AA2024-T3及びAA7075-T6の2枚の標準パネル(各合金に対して)をArdrox(登録商標)6490中で洗浄し、Oakite(登録商標)160中でアルカリエッチングし、Ardrox(登録商標)295GD中でデスマット処理した(すべての溶液はChemetall GmbH、ドイツから入手可能)。その後、グラフェンを含有する本発明の溶液にパネルを5分間浸漬した。その後、パネルを脱イオン水に1分間浸漬することによって、得られたシラン層を加水分解させた。1分間水を滴下させた後、パネルをエアブローして水の残留物を減らし、120℃のオーブンで30分間乾燥させた。パネルを室温まで冷却し、1週間保管した後、ASTM B117規格に準拠した中性塩水噴霧(NSS)試験で168時間試験した。試験後、どちらのパネルにも腐食の兆候は見られなかった。
【0100】
試験結果から、グラフェンを添加することにより、AA2024-T3合金の防食保護が改善されることがわかった。グラフェンのない場合、120時間後には既に、主にパネルの端付近に小さな孤立したピットがあった。AA7075-T6合金の場合、サンプルは、グラフェンなしでも168時間の試験に合格した。
【0101】
次に、同じパネルを、Schuetz GmbH社(ドイツ)製の特別な試験装置MRP29を用いて電気抵抗試験を行った。試験したすべてのサンプルの平均電気抵抗は1000μΩ未満であった。よってこの結果は、導電性コーティングのためのMIL-DTL-5541E規格で要求されている、168時間の塩水噴霧試験後の最大10.000μΩよりもはるかに良好なものであった。