(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】固体高分子形燃料電池
(51)【国際特許分類】
H01M 8/1004 20160101AFI20241126BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20241126BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20241126BHJP
H01M 8/0258 20160101ALI20241126BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20241126BHJP
【FI】
H01M8/1004
H01M4/90 M
H01M4/92
H01M8/0258
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2020175301
(22)【出願日】2020-10-19
【審査請求日】2023-03-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 昌男
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 数馬
【審査官】高木 康晴
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-204664(JP,A)
【文献】特開2008-243378(JP,A)
【文献】Jingxin Zhang他,Effect of Hydrogen and Oxygen Partial Pressure on Pt Precipitation within the Membrane of PEMFCs,Journal of The Electrochemical Society,The Electrochemical Society,2007年,154(10),B1006-B1011
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86-4/98
H01M 8/02
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた固体高分子形燃料電池。
(1)前記固体高分子形燃料電池は、
電解質膜の一方の面にアノード触媒層が接合され、他方の面にカソード触媒層が接合された膜電極接合体と、
前記アノード触媒層の外側に配置されたアノードガス拡散層と、
前記カソード触媒層の外側に配置されたカソードガス拡散層と、
前記アノードガス拡散層の外側に配置されたアノードセパレータと、
前記カソードガス拡散層の外側に配置されたカソードセパレータと、
前記電解質膜の内部に形成された第3触媒層と
を備えている。
(2)前記アノードセパレータ及び前記カソードセパレータは、燃料ガス及び酸化剤ガスを互いに逆方向に流す対向流構造を備えている。
(3)前記第3触媒層は、過酸化水素分解能、水素酸化還元能、及び酸素酸化還元能を持つ第3触媒を含む。
(4)前記第3触媒層は、次の式(2)の関係を満たす。
{0.23(x/L)+0.73}δ≦y≦{0.06(x/L)+0.94}δ …(2)
但し、
Lは、
前記カソードセパレータの酸化剤流路の入口から出口までの総距離、
xは、酸化剤ガスの流れ方向の位置、
δは、前記電解質膜の膜厚、
yは、前記酸化剤ガスの流れ方向の位置がxである時の前記アノード触媒層と前記電解質膜との界面から前記第3触媒層の
アノード側端部までの距離。
【請求項2】
前記第3触媒は、白金又は白金合金を含む請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池に関し、さらに詳しくは、ラジカルによる電解質の劣化を抑制することが可能な固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒層が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。通常、触媒層の外側には、さらにガス拡散層が配置される。ガス拡散層の両面には、さらに、ガス流路を備えたセパレータ(集電体ともいう)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層、及びセパレータを含む単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池の作動中において、アノード触媒層内において過酸化水素が生成し、この過酸化水素がフェントン反応によりOHラジカルとなり、OHラジカルがMEA内の電解質を劣化させることが知られている。電解質の劣化は、燃料電池の耐久性を低下させ、あるいは、燃料電池の発電性能を低下させる原因となる。そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、
電解質膜のアノード触媒層側に、白金含有イオン及び/又は白金含有錯体とプロトン伝導性材料とを備えた混合物層を配設する工程と、
白金含有イオン及び/又は白金含有錯体に含まれる白金を析出させる工程と
を備えた燃料電池の製造方法が開示されている。
【0005】
同文献には、
(A)このような方法により、電解質膜とアノード触媒層との間に白金析出層が配設された燃料電池が得られる点、
(B)電解質膜とアノード触媒層との間に白金析出層がない場合、透過酸素はアノード触媒層内の白金よりもむしろカーボンと接触し、カーボン上において2電子還元されるために、多量の過酸化水素が生成する点、並びに、
(C)電解質膜とアノード触媒層との間に白金析出層がある場合、透過酸素は白金析出層内の白金上において4電子還元されるために、過酸化水素の生成量が抑制され、これによってOHラジカルの生成及びOHラジカルによる電解質膜の劣化が抑制される点、
が記載されている。
【0006】
特許文献2には、
延伸ポリテトラフルオロエチレンの細孔内にイオン交換材料を含浸させたコンポジット膜と、
コンポジット膜の一方の面に形成された電気絶縁性層と、
電気絶縁性層内に分散している白金担持カーボン粒子と
を備えた固体高分子電解質膜が開示されている。
同文献には、電気絶縁性層内に白金担持カーボン粒子を分散させると、電解質膜の寿命が長くなる点が記載されている。
【0007】
特許文献3には、アノード触媒層又はカソード触媒層の少なくとも一方に、水素イオン伝導性高分子電解質でコーティングされた過酸化水素分解触媒が添加された固体高分子型燃料電池が開示されている。
同文献には、
(A)過酸化物は、電解質膜を劣化させるだけでなく、触媒層中の水素イオン伝導性高分子電解質も劣化させる点、及び
(B)触媒層に過酸化水素分解触媒を添加すると、過酸化水素分解性が向上する点
が記載されている。
【0008】
非特許文献1には、燃料電池の作動中に触媒層から溶出し、電解質膜内に析出した白金の内、
(a)高い粒子密度及び高い比表面積を持つ星形粒子及びデンドライト形粒子は、過酸化物の消去及びクロスオーバーしたガスの消費に対して高い触媒活性を持つ(すなわち、電解質膜の耐久性に対してポジティブな効果を持つ)のに対し、
(b)小さく、かつ、分散している立方体粒子は、全く効果がないか、あるいは、電解質膜の耐久性に対してネガティブな効果を持つ
ことが記載されている。
【0009】
さらに、非特許文献2には、電位が低い環境下での酸素還元反応の際に、過酸化水素の生成率が増加する傾向にあることが記載されている。
【0010】
固体高分子形燃料電池の作動中において、カソードに供給された酸素の多くはカソード上で還元されるが、一部は電解質膜内をクロスオーバーし、カソードからアノードへと輸送される。アノードに到達した酸素は、アノード上で還元される。しかしながら、固体高分子形燃料電池の作動中においてアノードは、低電位状態にある。低電位環境下で酸素還元反応が起こると、相対的に多量の過酸化水素が生成する。さらに、生成した過酸化水素がフェントン反応によりラジカルになると、ラジカルが高分子電解質を分解し、電解質膜や触媒層の劣化を進行させるという問題がある。
【0011】
この問題を解決するために、特許文献1には電解質膜とアノード触媒層との間に白金析出層を形成する方法が提案されている。しかしながら、白金析出層は水素リッチ環境(低電位環境)となるため、過酸化水素の生成は避けられず、効果は限定的と考えられる。
また、特許文献3には、触媒層に過酸化水素分解触媒を添加することが提案されている。しかしながら、同文献に記載の方法は、触媒層の劣化をある程度抑制できたとしても、電解質膜の劣化を抑制する効果は限定的と考えられる。
【0012】
また、固体高分子形燃料電池の作動中において、燃料ガス及び酸化剤ガスはそれぞれガス流路の入口から出口に向かって一方向に流れるため、燃料ガス及び酸化剤ガスの流れの下流側に向かうにつれて、燃料(水素)及び酸素の濃度が減少する。その結果、MEAの面内環境に分布が生じ、この面内環境分布に応じて過酸化水素の生成量や生成位置が変化する。そのため、面内環境分布を考慮することなく、MEA内の一定の位置に過酸化水素分解触媒を配置した場合、十分な過酸化水素分解効果は得られない。
さらに、MEAの面内環境分布に応じて適切な位置に過酸化水素分解能、水素酸化還元能、及び酸素酸化還元能を有する触媒が配置された燃料電池が提案された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2006-351320号公報
【文献】特開2017-054819号公報
【文献】特開2003-123777号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】N. Macauley et al., J. Power Sources 299(2015) 139-148
【文献】K. Ke, et al., Rlectrochimica Acta 56(2011) 2098-2104
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明が解決しようとする課題は、MEAの面内環境分布に応じて適切な位置に過酸化水素分解能、水素酸化還元能、及び酸素酸化還元能を有する触媒が配置された固体高分子形燃料電池を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、固体高分子形燃料電池において、過酸化水素に起因する電解質の劣化を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために本発明に係る固体高分子形燃料電池は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(1)前記固体高分子形燃料電池は、
電解質膜の一方の面にアノード触媒層が接合され、他方の面にカソード触媒層が接合された膜電極接合体と、
前記アノード触媒層の外側に配置されたアノードガス拡散層と、
前記カソード触媒層の外側に配置されたカソードガス拡散層と、
前記アノードガス拡散層の外側に配置されたアノードセパレータと、
前記カソードガス拡散層の外側に配置されたカソードセパレータと、
前記電解質膜の内部に形成された第3触媒層と
を備えている。
(2)前記アノードセパレータ及び前記カソードセパレータは、燃料ガス及び酸化剤ガスを互いに逆方向に流す対向流構造を備えている。
(3)前記第3触媒層は、過酸化水素分解能、水素酸化還元能、及び酸素酸化還元能を持つ第3触媒を含む。
(4)前記第3触媒層は、次の式(1)の関係を満たす。
ydown>yup …(1)
但し、
ydownは、前記カソードセパレータの酸化剤流路の下流側における、前記アノード触媒層と前記電解質膜との界面から前記第3触媒層のアノード側端部までの平均距離、
yupは、前記酸化剤流路の上流側における、前記アノード触媒層と前記電解質膜との界面から前記第3触媒層の前記アノード側端部までの平均距離。
【発明の効果】
【0017】
対向流構造を備えた固体高分子形燃料電池において、酸化剤流路の上流側(燃料流路の下流側)では、カソードガス中の酸素分圧(pO2)は高くなり、アノードガス中の水素分圧(pH2)は低くなる。逆に、酸化剤流路の下流側(燃料流路の上流側)では、カソードガス中の酸素分圧(pO2)は低くなり、アノードガス中の水素分圧(pH2)は高くなる。その結果、アノード触媒層/電解質膜界面から、電解質膜内の電位が過酸化水素の生成を抑制できる程度の高電位となる位置までの距離をy0とすると、y0は酸化剤流路の下流側に向かうほど大きくなる。
【0018】
そのため、過酸化水素分解能、水素酸化還元能、及び酸素酸化還元能を有する第3触媒を電解質膜の内部に配置する場合において、
(a)酸化剤流路の上流側ではよりアノードに近い側に第3触媒が配置され、かつ、
(b)酸化剤流路の下流側ではよりカソードに近い側に第3触媒が配置されるように、
第3触媒の位置を酸化剤ガス及び燃料ガスの流れの方向に応じて変化させると、過酸化水素及びラジカルの生成、並びに、ラジカルによる電解質の劣化を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明に係る固体高分子形燃料電池の断面模式図である。
【
図2】第3触媒層の膜厚方向の位置(y)と、電解質膜内の平均過酸化水素濃度との関係を示す図である。
【
図3】第3触媒層の膜厚方向の位置(y)と、第3触媒層の電位との関係を示す図である。
【
図4】酸化剤ガスの流れ方向の位置(x)と、第3触媒層の適切な膜厚方向の位置(y)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 固体高分子形燃料電池]
図1に、本発明に係る固体高分子形燃料電池の断面模式図を示す。
図1において、固体高分子形燃料電池10は、
電解質膜22の一方の面にアノード触媒層24aが接合され、他方の面にカソード触媒層24aが接合された膜電極接合体(MEA)20と、
アノード触媒層24aの外側に配置されたアノードガス拡散層26aと、
カソード触媒層24bの外側に配置されたカソードガス拡散層26bと、
アノードガス拡散層26aの外側に配置されたアノードセパレータ28aと、
カソードガス拡散層26bの外側に配置されたカソードセパレータ28bと、
電解質膜22の内部に形成された第3触媒層32と
を備えている。
【0021】
[1.1. MEA]
[1.1.1. 電解質膜]
本発明において、電解質膜22の材料は、特に限定されない。電解質膜22の材料としては、例えば、
(a)ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)、アクイヴィオン(登録商標)、アシプレックス(登録商標)などのパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマ、
(b)その分子構造内に酸基及び環状構造を含む高酸素透過アイオノマ
などがある。
【0022】
[1.1.2. アノード触媒層及びカソード触媒層]
電解質膜22の一方の面にはアノード触媒層24aが接合され、他方の面にはカソード触媒層24bが接合されている。アノード触媒層24a及びカソード触媒層24bは、電極反応の反応場となる部分である。アノード触媒層24a及びカソード触媒層24bの材料は、電極反応を進行させることが可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
一般に、固体高分子形燃料電池10において、アノード触媒層24a及びカソード触媒層24bには、それぞれ、白金又は白金合金を含む電極触媒と、触媒層アイオノマとの複合体が用いられる。
【0023】
[1.2. アノードガス拡散層及びカソードガス拡散層]
アノード触媒層24aの外側には、アノードガス拡散層26aが配置される。また、カソード触媒層24bの外側には、カソードガス拡散層26bが配置される。アノードガス拡散層26a及びカソードガス拡散層26bは、それぞれ、アノードセパレータ28a及びカソードセパレータ28bから供給される反応ガス(燃料ガス、酸化剤ガス)をアノード触媒層24a及びカソード触媒層24aに供給するためのものである。
【0024】
本発明において、アノードガス拡散層26a及びカソードガス拡散層26bの材料は、反応ガスを触媒層に供給可能なものであり、かつ、触媒層との間で電子の授受が可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
アノードガス拡散層26a及びカソードガス拡散層26bの材料としては、例えば、金属多孔体、炭素繊維不織布などがある。
【0025】
[1.3. アノードセパレータ及びカソードセパレータ]
アノードガス拡散層26aの外側には、アノードセパレータ28aが配置されている。アノードセパレータ28a内には、燃料流路30aが設けられている。
また、カソードガス拡散層26bの外側には、カソードセパレータ28bが配置されている。カソードセパレータ28b内には、酸化剤流路30bが設けられている。
アノードセパレータ28a及びカソードセパレータ28aは、それぞれ、反応ガスをアノードガス拡散層26a及びカソードガス拡散層26aに供給するためのものである。
【0026】
本発明において、アノードセパレータ28a及びカソードセパレータ28bは、燃料ガス及び酸化剤ガスを互いに逆方向に流す対向流構造を備えている。アノードセパレータ28a及びカソードセパレータ28bの構造に関するその他の点については、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構造を選択することができる。
アノードセパレータ28a及びカソードセパレータ28bの材料は、反応ガスの供給と電子の授受が可能なものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な材料を選択することができる。アノードセパレータ28a及びカソードセパレータ28bの材料としては、例えば、ステンレス鋼、チタン、チタン合金などがある。
【0027】
[1.4. 第3触媒層]
[1.4.1. 第3触媒]
本発明において、電解質膜22の内部には、第3触媒を含む第3触媒層32が形成されている。この点が従来とは異なる。
ここで、「第3触媒」とは、過酸化水素分解能、水素酸化還元能、及び酸素酸化還元能を持つ触媒をいう。
【0028】
第3触媒に過酸化水素分解能が求められるのは、MEA20内において副生した過酸化水素を第3触媒層32内において水と酸素に分解するためである。
また、第3触媒に水素酸化還元能及び酸素酸化還元能が求められるのは、第3触媒層32内において、カソード触媒層24bからクロスオーバーした酸素を、アノード触媒層24aから拡散又はクロスオーバーしたプロトン又は水素と反応させ、水に変換するためである。一般に、アノード触媒層24aに到達するクロスオーバー酸素が少なくなるほど、アノード触媒層24aでの過酸化水素の生成量も少なくなる。
【0029】
第3触媒の種類は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。第3触媒としては、例えば、白金、白金合金などがある。
第3触媒は、第3触媒層32内において単独で存在していても良く、あるいは、担体表面に担持された状態で存在していても良い。第3触媒が担体表面に担持されている場合、担体は、必ずしも電子伝導体である必要はなく、絶縁体であっても良い。
【0030】
[1.4.2. 第3触媒層の構造]
第3触媒層32の構造は、
(a)アノード触媒層24aで生成した過酸化水素を有効に分解することができ、
(b)クロスオーバー酸素を有効に還元することができ、かつ、
(c)固体高分子形燃料電池10による発電を阻害しない(すなわち、アノード触媒層24aからカソード触媒層24bへのプロトン輸送を阻害しない)
限りにおいて、特に限定されない。
例えば、第3触媒層32は、微粒子状の第3触媒又は第3触媒を担持した微粒子状の担体が電解質膜22の面内方向に離散的又は連続的に分散している層であっても良い。
あるいは、第3触媒層32は、発電を阻害しない限りにおいて、スパッタ等により形成された第3触媒からなる薄膜であっても良い。
【0031】
[1.5. 第3触媒層の形状及び配置]
[1.5.1. 式(1)]
本発明において、第3触媒層32は、少なくとも、次の式(1)の関係を満たしている必要がある。
ydown>yup …(1)
但し、
ydownは、カソードセパレータ28bの酸化剤流路30bの下流側における、アノード触媒層24aと電解質膜22との界面から第3触媒層32のアノード側端部までの平均距離、
yupは、酸化剤流路30bの上流側における、アノード触媒層24aと電解質膜22との界面から第3触媒層32のアノード側端部までの平均距離。
【0032】
ここで、「酸化剤流路30bの下流側」とは、カソードセパレータ28b内に設けられた酸化剤流路30bの中央から出口までの領域をいう。
「酸化剤流路30bの上流側」とは、カソードセパレータ28b内に設けられた酸化剤流路30bの入口から中央までの領域をいう。
【0033】
後述するように、電解質膜22内の電位は、アノード触媒層24aからカソード触媒層24bに向かうにつれて上昇する。また、アノード触媒層24aと電解質膜22との界面から第3触媒層32のアノード側端部までの膜厚方向の距離(y)がある臨界値を超えると、電解質膜22内の電位は急激に上昇する。電位が急激に上昇する時のyの臨界値を「y0」とすると、y0は、酸化剤流路30bの下流側に向かうほど大きくなる。
【0034】
さらに、第3触媒層32がy0よりもアノード触媒層24a側にある場合、第3触媒層32は低電位環境に曝されるため、第3触媒はむしろ過酸化水素の生成を助長する場合がある。一方、第3触媒層32がy0よりもカソード触媒層24b側にある場合、第3触媒層32は高電位環境に曝されるため、第3触媒は過酸化水素の分解を促進させる。
いずれの電位環境においても、クロスオーバー水素の存在により、第3触媒はクロスオーバー酸素を還元する。
そのため、過酸化水素の生成を抑制するためには、第3触媒層32は、少なくとも式(1)を満たしている必要がある。
【0035】
第3触媒層32の形状及び配置は、式(1)を満たす限りにおいて、特に限定されない。
図1において、第3触媒層32は、厚さが一定の平板状の領域からなり、かつ、酸化剤流路30bの下流側に向かうにつれてyが直線的に増加するように電解質膜22内に配置されているが、これは単なる例示である。
例えば、第3触媒層32は、厚さが不均一な平板状の領域からなり、かつ、酸化剤流路30bの下流側に向かうにつれてyが直線的、曲線的、又は段階的に増加するように電解質膜22内に配置されていても良い。
あるいは、第3触媒層32は、厚さが均一又は不均一な屈曲板状又は湾曲板状の領域からなり、かつ、酸化剤流路30bの下流側に向かうにつれてyが曲線的又は段階的に増加するように電解質膜22内に配置されていても良い。
【0036】
[1.5.2. 電解質膜内での膜厚方向の位置]
上述した臨界値y0は、固体高分子形燃料電池10の運転条件(特に、カソード酸素分圧及びアノード水素分圧)に依存する。しかしながら、酸化剤ガスとして空気を用いる場合、y0が電解質膜22の膜厚δの1/2以下になる可能性は極めて低い。
従って、第3触媒層32は、電解質膜12の膜厚方向の中央からカソード触媒層24bと電解質膜22との界面までの領域内に配置されているのが好ましい。
【0037】
[1.5.3. 最適な位置]
第3触媒層32は、次の式(2)を満たしているのが好ましい。
{0.23(x/L)+0.73}δ≦y≦{0.06(x/L)+0.94}δ …(2)
但し、
Lは、酸化剤流路30bの入口から出口までの総距離、
xは、酸化剤ガスの流れ方向の位置、
δは、電解質膜22の膜厚、
yは、酸化剤ガスの流れ方向の位置がxである時のアノード触媒層24aと電解質膜22との界面から第3触媒層32のアノード側端部までの距離。
ここで、「酸化剤ガスの流れ方向の位置」とは、酸化剤流路30bの入口を原点とし、原点から酸化剤流路30bの出口側の任意の位置までの距離をいう。
【0038】
式(2)は、酸化剤ガスとして空気を用い、かつ、固体高分子形燃料電池10の運転条件を現実的に取り得る範囲で変動させた場合における臨界値y0の変動範囲を表す。この範囲は、第3触媒層32の活性種には依存しない。
換言すれば、「第3触媒層32が式(2)を満たしている」ことは、第3触媒層32の全体が式(2)で表される領域内に配置されていることを表す。第3触媒層32の全体が式(2)で表される領域内にある場合、すべての第3触媒が高電位環境下に置かれるため、第3触媒により過酸化水素の生成が抑制され、かつ、クロスオーバー酸素の還元が促進される。式(2)の導出過程については、後述する。
【0039】
[2. 固体高分子形燃料電池の製造方法]
第3触媒層32を備えた固体高分子形燃料電池10は、種々の方法により製造することができる。
【0040】
[2.1. 第1の方法]
例えば、第3触媒層32を含まない固体高分子形燃料電池10’を作製した後、ストイキ比が1.0~2.0の条件、及び/又は、アノード入口圧>カソード入口圧となる条件下で電位変動を加える。これにより、カソード触媒層24bから電極触媒の成分(例えば、白金)が溶出し、溶出した成分が電解質膜内に析出して第3触媒となる。この時、固体高分子形燃料電池10’の作動条件を最適化すると、式(1)又は式(2)を満たす位置に第3触媒層を析出させることができる。
【0041】
[2.2. 第2の方法]
あるいは、面内方向の厚さが不均一な電解質膜22aを作製する。次いで、電解質膜22aの表面に、スプレー塗布、転写等の方法を用いて、第3触媒層32を形成する。さらに、第3触媒層32の表面に薄い電解質膜22bを積層し、電解質膜22a/第3触媒層32/電解質膜22bの積層体からなる電解質膜22を得る。この時、電解質膜22a、22bの厚さを最適化すると、式(1)又は式(2)を満たす位置に第3触媒層32を配置することができる。
【0042】
このようにして得られた電解質膜22の両面にアノード触媒槽24a及びカソード触媒層24bを接合し、MEA20を得る。さらに、MEA20の両面にアノードガス拡散層26a及びカソードガス拡散層26bを積層し、さらにその外側にアノードセパレータ28a及びカソードセパレータ28bを積層すれば、本発明に係る固体高分子形燃料電池10が得られる。
【0043】
[3. 式(2)の導出]
[3.1. 適切な位置(y0)]
電解質膜内に第3触媒層がある固体高分子形燃料電池を用いて種々の条件下で発電を行った場合において、電解質膜内の平均水素濃度と電解質膜内の第3触媒層の電位を数値シミュレーションにより求めた。
第3触媒は、白金を想定したが、他の活性種の場合にも同じ議論が成立する。第3触媒層は、電解質膜22とアノード触媒層24aとの界面から一定の位置に配置されているものとした。第3触媒層の膜厚方向の位置は、アノード触媒層/電解質膜界面から電解質膜/カソード触媒層界面までの任意の位置とした。さらに、アノード触媒層(aCL)のH2分圧は50kPa又は100kPaとし、カソード触媒層(cCL)のO2分圧は10.5kPa又は21.0kPaとした。
【0044】
図2に、第3触媒層の膜厚方向の位置(y)と、電解質膜内の平均過酸化水素濃度との関係を示す。
図2より、
(a)第3触媒層によって過酸化水素濃度を低減させるためには、一定程度以上カソード触媒層寄りの位置に第3触媒層を形成する必要があること、及び、
(b)第3触媒層を形成する最適位置は、アノード触媒層のH
2分圧とカソード触媒層のO
2分圧に依存すること
が分かる。
【0045】
図3に、第3触媒層の膜厚方向の位置(y)と、第3触媒層の電位との関係を示す。
図3より、
図2の「過酸化水素濃度が低下する領域」は、「第3触媒層の電位が高くなる領域」に対応していることが分かる。これは、電位が高い領域であれば、過酸化水素の生成を抑制できることに起因していると考えられる(非特許文献2参照)。
【0046】
図3の「電位が高くなる領域」は、カソード触媒層から溶出した電極触媒の成分(白金)が析出する位置よりも3%程度カソード触媒層寄りに位置している。
ここで、溶出した白金が析出する位置(δ
Pt)は、参考文献1の手法を用いて、アノード触媒層の水素分圧(p
H2)とカソード触媒層の酸素分圧(p
O2)とから、次の式(3)により簡易的に求めることができる。
[参考文献1]J. Zhang, et al., J. Electrochem. Soc., 154, 10, B1006-B1011 (2007)
【0047】
δPt=KH2pH2δ/(KH2pH2+2KO2pO2) …(3)
但し、
KH2は、電解質膜内の水素の透過係数、
KO2は、電解質膜内の酸素の透過係数、
δは、電解質膜の膜厚。
【0048】
電解質膜が1100EWのパーフルオロスルホン酸(PFSA)膜からなり、電解質膜の温度が80℃である場合、
KH2=3.3×10-13(cm・s・kPa)
KO2=1.6×10-13(cm・s・kPa)
である(参考文献1参照)。
なお、KH2とKO2の値は、電解質膜の種類に依存するが、後述する式(4)の通り、KH2とKO2の比率のみがy0の値に影響する。KH2とKO2の比率は、EWが変わった場合にも大きく変化することがないと考えられるので、式(4)は、1100EWのPFSAに限定されるものではない。
【0049】
第3触媒層の適切な位置(y0)は、δPtより3%程度カソード触媒層寄りであることを用いて、次の式(4)のように表現できる。
y0=1.03KH2pH2δ/(KH2pH2+2KO2pO2) …(4)
【0050】
[3.2. 適切な位置(y0)の面内分布]
[3.2.1. カソード入口圧>アノード入口圧]
まず、カソード入口圧>アノード入口圧となるケースを想定する。このケースは、y0が極端に小さくなるケースに対応している。
【0051】
固体高分子形燃料電池が対向流構造を備えている場合において、
(a)カソード入口側の酸素分圧を0.42atm、
(b)カソード出口側の酸素分圧を0.14atm、
(c)アノード入口側の水素分圧を1.00atm、
(d)アノード出口側の水素分圧を0.50atm
とすると、式(4)より、最適な位置(y0)は、以下のように求まる。
カソード入口(=アノード出口)でのy0=0.73δ
カソード出口(=アノード入口)でのy0=0.96δ
【0052】
上記2点を通る直線は、次の式(2a)のように表せる。
y0={0.23(x/L)+0.73}δ …(2a)
【0053】
[3.2.2. カソード入口圧<アノード入口圧]
次に、カソード入口圧<アノード入口圧となるケースを想定する。このケースは、y0が極端に大きくなるケースに対応している。
【0054】
固体高分子形燃料電池が対向流構造を備えている場合において、
(a)カソード入口側の酸素分圧を0.21atm、
(b)カソード出口側の酸素分圧を0.07atm、
(c)アノード入口側の水素分圧を2.00atm、
(d)アノード出口側の水素分圧を1.00atm
とすると、式(4)より、最適な位置(y0)は、以下のように求まる。
カソード入口(=アノード出口)でのy0=0.94δ
カソード出口(=アノード入口)でのy0=1.00δ
【0055】
上記2点を通る直線は、次の式(2b)のように表せる。
y0={0.06(x/L)+0.94}δ …(2b)
【0056】
[3.2.3. 適切な位置(y
0)の範囲]
式(2a)はy
0が極端に小さくなる条件を表し、式(2b)はy
0が極端に大きくなる条件を表す。従って、式(2a)と式(2b)の間の領域、すなわち、上述した式(2)で表される領域が適切な設計領域であると考えられる。
図4に、このようにして得られた酸化剤ガスの流れ方向の位置(x)と、第3触媒層の適切な膜厚方向の位置(y)との関係を示す。
【0057】
[4. 作用]
対向流構造を備えた固体高分子形燃料電池において、酸化剤流路の上流側(燃料流路の下流側)では、カソードガス中の酸素分圧(pO2)は高くなり、アノードガス中の水素分圧(pH2)は低くなる。逆に、酸化剤流路の下流側(燃料流路の上流側)では、カソードガス中の酸素分圧(pO2)は低くなり、アノードガス中の水素分圧(pH2)は高くなる。その結果、アノード触媒層/電解質膜界面から、電解質膜内の電位が過酸化水素の生成を抑制できる程度の高電位となる位置までの距離をy0とすると、y0は酸化剤流路の下流側に向かうほど大きくなる。
【0058】
そのため、過酸化水素分解能、水素酸化還元能、及び酸素酸化還元能を有する第3触媒を電解質膜の内部に配置する場合において、
(a)酸化剤流路の上流側ではよりアノードに近い側に第3触媒が配置され、かつ、
(b)酸化剤流路の下流側ではよりカソードに近い側に第3触媒が配置されるように、
第3触媒の位置を酸化剤ガス及び燃料ガスの流れの方向に応じて変化させると、過酸化水素及びラジカルの生成、並びに、ラジカルによる電解質の劣化を抑制することができる。
【0059】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る固体高分子形燃料電池は、車載動力源、定置型発電機などに用いることができる。
【符号の説明】
【0061】
10 固体高分子形燃料電池
20 膜電極接合体(MEA)
22 電解質膜
24a アノード触媒層
24b カソード触媒層
26a アノードガス拡散層
26b カソードガス拡散層
28a アノードセパレータ
28b カソードセパレータ
32 第3触媒層