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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】同位体分離装置および分析装置
(51)【国際特許分類】
   B01D 59/34 20060101AFI20241126BHJP
   G01N 21/31 20060101ALI20241126BHJP
   H01S 3/00 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
B01D59/34 A
G01N21/31 610Z
H01S3/00 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020211212
(22)【出願日】2020-12-21
(65)【公開番号】P2022097946
(43)【公開日】2022-07-01
【審査請求日】2023-03-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「マルチチャネルレーザ制御システムの開発、および、チャンバ駆動光学系の小型モジュール化」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柄澤 朋宏
【審査官】河野 隆一朗
(56)【参考文献】
【文献】特公昭48-011911(JP,B1)
【文献】特開平06-154557(JP,A)
【文献】特開2007-219428(JP,A)
【文献】特開平09-029069(JP,A)
【文献】特開昭52-039098(JP,A)
【文献】特開昭63-123428(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 59/00 - 59/50
H01S 3/00 - 3/30
H01J 40/00 - 49/48
G01N 21/00 - 21/01
G01N 21/17 - 21/61
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の同位体が含まれる気体試料から特定の同位体を分離する同位体分離装置であって、
前記気体試料を収容する試料室と、
長手方向を有し、前記試料室から前記長手方向に沿う方向に向けて放出された前記気体試料が通過する内部空間を画定する気体通路と、
前記気体通路の周囲に配置され、前記長手方向に沿って勾配を有する磁場を前記気体通路の内部空間に発生させる磁場発生装置と、
レーザー光源とを備え、
前記レーザー光源は、前記気体通路内に、前記長手方向に沿う方向にレーザー光を照射する、同位体分離装置。
【請求項2】
前記レーザー光源は、前記気体通路内を前記気体試料が進行する向きと反対の向きに、前記レーザー光を照射するように構成され、
前記磁場発生装置が発生する磁場は、前記気体試料が進行する向きに磁場の大きさが増加するような勾配を有する、請求項1に記載の同位体分離装置。
【請求項3】
請求項2に記載の同位体分離装置と、
前記気体通路において前記磁場発生装置を挟んで配置される第1シャッタおよび第2シャッタと、
前記特定の同位体を検出する検出部とを備え、
前記試料室と前記検出部との間には、前記気体通路が配置され、
前記第1シャッタおよび前記第2シャッタを同期して開閉する制御装置をさらに備える、分析装置。
【請求項4】
前記レーザー光源は、前記気体通路内を前記気体試料が進行する向きに、前記レーザー光を照射するように構成され、
前記磁場発生装置が発生する磁場は、前記気体試料が進行する向きに磁場の大きさが増加するような勾配を有する、請求項1に記載の同位体分離装置。
【請求項5】
請求項4に記載の同位体分離装置と、
前記特定の同位体を検出する検出部とを備え、
前記試料室と前記検出部との間には、前記気体通路が配置される、分析装置。
【請求項6】
請求項4に記載の同位体分離装置と、
前記特定の同位体を検出する検出部と、
前記試料室から前記気体通路を介さずに前記気体試料を前記検出部に放出する試料放出用バルブとを備える、分析装置。
【請求項7】
前記気体通路、前記レーザー光源および前記磁場発生装置を複数備え、
複数の前記気体通路は、前記試料室から互いに異なる複数の方向にそれぞれ延在するように配置される、請求項1に記載の同位体分離装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、同位体分離装置および分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
同じ元素(陽子数が同じ原子の集合)であっても中性子数の異なる原子を同位体と呼ぶ。炭素放射性同位体を用いた年代測定といった学術的用途、薬剤に放射性同位体を標識して体内での薬剤の分布や経路追跡を行なう薬物動態検査といった医学検査用途、および、原子炉の燃料や放射性医薬品のための同位体の濃縮といった産業用途など、同位体は幅広く利用されている。
【0003】
このような用途には、同位体分離装置が必要とされる。同位体を分離する手法としては統計的分離と選択的分離とが知られている。
【0004】
統計的分離は、分離能が低いが分離過程を直列に繋げ繰り返す(カスケードを組む)ことで高い収率を実現することができ、同位体の濃縮用途に適している。たとえば、原子炉の燃料および放射性医薬品のための同位体の濃縮といった同位体を大量に扱う用途には統計的分離の手法が用いられる。
【0005】
一方、選択的分離は、高い分離能を有するが濃縮という観点では収量が少ない。自然界に存在する試料、または人工的に生成した試料から特定の同位体を分離する用途には、選択的分離の手法が用いられる。選択的分離の手法を用いる同位体分離装置には、特に、試料に含まれる極微小な同位体を検出する際の前処理装置としての利用が想定される。
【0006】
選択的分離の手法の一例としてレーザー分離法が知られている。レーザー分離法では、レーザー光で原子を選択的に電離およびイオン化し、電極で同位体を収集する。特開2002-126456号公報(特許文献1)には、レーザー分離法を用いた同位体分離装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2002-126456号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
レーザー分離法の特徴は、イオン化の手段にレーザー光を使うことにある。同位体は互いに異なるエネルギー構造を持つため、光を共鳴吸収する波長も異なる。互いに異なる同位体の吸収波長よりも細い線幅を持つレーザー光により、目的の同位体のみ選択的に励起およびイオン化することができ、その後に引き続く何らかの操作により目的の同位体のみ分離することができる。
【0009】
レーザー分離法は原子のエネルギー構造の違いを利用して選択的に分離する方式である。レーザー分離法は、同重体が混在する試料から特定の同位体を分離可能である点で、質量の違いで同位体を分離する他の分離法(たとえば電離的分離法)よりも有利である。
【0010】
一方で、レーザー分離法はレーザーにより原子のイオン化を行なうため高強度のレーザーを必要とする。高強度のレーザー光源としてパルスレーザーが用いられるが、パルスレーザーによる原子のイオン化にはいくつかの欠点がある。
【0011】
1つの欠点は、光強度を増加させるとレーザー線幅を細く保つことの両立が困難であることである。短パルス化により1ショットあたりの光強度は増加するが、不確定性原理により短パルス化するほどレーザー線幅が増加してしまう。レーザー線幅が増加すると共鳴条件を満たす周波数を持つ光子が減るため、イオン化効率が低下してしまう。
【0012】
また、他の欠点は、短パルス化により原子に光照射する時間が低下するため、これによってもイオン化効率が低下することである。つまり、繰り返し率が高いパルスレーザーを使用することにより単位時間あたりのレーザー光の照射頻度は改善されるが、一般にパルスレーザーの繰り返し率を上げると1ショットあたりの光強度は低下してしまう。それに加え、一般に高強度、高繰り返し率のパルスレーザーは大型で消費電力が大きく、同位体分離装置が大型化してしまう。
【0013】
本開示は、上記のような課題を解決するものであって、同重体の干渉を回避し、かつ従来の装置と比べて簡易かつ小型な同位体分離装置および分析装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示の第1の態様は、複数の同位体が含まれる気体試料から特定の同位体を分離する同位体分離装置に関する。同位体分離装置は、気体試料を収容する試料室と、長手方向を有し、試料室から長手方向に沿う方向に向けて放出された気体試料が通過する内部空間を画定する気体通路と、気体通路の周囲に配置され、長手方向に沿って勾配を有する磁場を気体通路の内部空間に発生させる磁場発生装置と、レーザー光源とを備える。レーザー光源は、気体通路内に、長手方向に沿う方向にレーザー光を照射する。
【発明の効果】
【0015】
本開示における同位体分離装置によれば、同重体の干渉を回避し、かつ従来の装置と比べて簡易かつ小型な同位体分離装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施の形態1の同位体分離装置の構成を示す図である。
図2】一般的なゼーマン減速器のイメージを示す図である。
図3】輻射圧の大きさとレーザー周波数の関係を示す図である。
図4】原子のエネルギー準位の印加磁場強度に対する変化(ゼーマンシフト)の例を示した図である。
図5】ゼーマンシフトの原理を説明するための図である。
図6】本実施の形態の同位体分離装置の適用対象を説明するための図である。
図7】実施の形態2の同位体分離装置の構成を示す図である。
図8】実施の形態2の同位体分離装置の原理を説明するための図である。
図9】実施の形態3の同位体分離装置の構成を示す図である。
図10】実施の形態4の同位体分離装置の構成を示す図である。
図11】実施の形態4の変形例の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0018】
[実施の形態1]
本実施の形態は、同重体の干渉を回避し、かつ従来の装置と比べて簡易・小型な同位体分離技術を提供するものである。本実施の形態ではレーザー冷却技術の1つであるゼーマン減速器を応用する。ゼーマン減速器とは、レーザーによる輻射圧を利用して原子に一方向の力を加えて原子を減速させる装置である。
【0019】
図1は、実施の形態1の同位体分離装置の構成を示す図である。図1に示す同位体分離装置1は、複数の同位体が含まれる気体試料から特定の同位体を分離する装置である。同位体分離装置1は、気体試料を収容する試料室2と、試料室2から放出された気体試料が通過する気体通路6と、気体通路6の少なくとも一部分の周囲に配置され、気体通路6の一部分の延在方向に沿って勾配を有する磁場を気体通路6に発生させる磁場発生装置5と、レーザー光源8とを備える。レーザー光源8は、気体通路6内に、少なくとも気体通路6の一部分の延在方向に沿う方向にレーザー光13を照射する。
【0020】
好ましくは、レーザー光源8は、気体通路6内を気体試料が進行する向きと反対の向きに、レーザー光13を照射するように構成される。図1の場合にはミラー14を使用してレーザー光13の向きを気体試料が進行する向きと反対の向きにしている。磁場発生装置5は、たとえばゼーマンコイルであり、磁場発生装置5が発生する磁場は、気体試料が進行する向きに磁場の大きさが増加するような勾配を有する。この場合、気体試料中の特定の同位体を減速させることができる。
【0021】
より好ましくは、図1に示す同位体分離装置1を備える分析装置は、気体通路6において磁場発生装置5を挟んで配置される第1シャッタ4および第2シャッタ7と、特定の同位体を検出する検出部9とをさらに備える。試料室2と検出部9との間には、気体通路6が配置される。分析装置は、第1シャッタ4および第2シャッタ7を同期して開閉する制御装置10をさらに備える。
【0022】
制御装置10は、メモリ(ROM(Read Only Memory)およびRAM(Random Access Memory))とCPU(Central Processing Unit)と、入出力バッファなどを含んで構成される。CPUは、ROMに格納されているプログラムをRAM等に展開して実行する「制御部」に対応する。ROMに格納されるプログラムは、CPUの処理手順が記されたプログラムである。ROMには、各種演算に用いられる各種テーブル(マップ)も格納されている。CPUは、これらのプログラムおよびテーブルに従って、制御装置10が実行するシャッタ開閉処理を実行する。処理については、ソフトウェアによるものに限られず、専用のハードウェア(電子回路)で実行することも可能である。
【0023】
試料室2の試料には、分析対象の同位体12と分析対象でない同位体11とが混在している。同位体11と同位体12とは気体通路6を同じ方向に進むが、レーザー光13の照射により、選択的に同位体11が減速される。
【0024】
シャッタ4を開いた後、分析対象である同位体12が検出部9に到達した時点でシャッタ7を閉めれば、選択的に同位体12を検出部9で検出することができる。このようなタイミングとなるように、制御装置10は、第1シャッタ4および第2シャッタ7を同期して開閉する。
【0025】
図2は、一般的なゼーマン減速器のイメージを示す図である。図2では、原子オーブン等の試料室2から出た原子を減速する際の構成を示している。試料室2から出た原子は、アパーチャ3を通り進行方向が制限される。原子の進行方向に対して逆向きに減速用のレーザー光13が照射されている。原子11A,11Bは進行距離に応じて変化する勾配磁場を作る磁場発生装置5の中を通る。磁場発生装置5は、進行方向に進むに従って巻き数の密度が大きくなっているので、気体通路内の磁場は次第に強度が増す。アパーチャ3通過後の原子は、レーザー光13を照射されながら勾配磁場の中を進んでいくことになる。
【0026】
図2中の矢印の大きさで示されるように、原子11Aは、原子11Bの位置に進むと減速される。
【0027】
ここでゼーマン減速器の原理について簡単に説明し、それが本実施の形態でどのように応用されているかを示す。原子に光を照射するとき、光吸収に伴い光子から原子に運動量が移行し原子は光から力を受ける。この力は輻射圧と呼ばれる。光を吸収した原子は一定時間の後に光を自然放出し、その際に放出した光子と反対方向の運動量(反跳運動量)を受けとる。反跳運動量は等方的であるため、時間平均をとると反跳運動量はゼロとみなすことができ、原子は、光による輻射圧の力のみ感じることになる。これにより光を照射している方向のみの成分を有する力を原子に加えることができる。
【0028】
図3は、輻射圧の大きさとレーザー周波数の関係を示す図である。輻射圧は入射光の周波数が原子の離散的なエネルギー準位間のエネルギー差に一致するとき、即ち光の共鳴吸収が生じるとき最も大きくなる。輻射圧は、入射光の周波数が共鳴周波数から外れると指数関数的に急激に低下する。図2図3では、共鳴周波数frA,frBから入射光の周波数が外れると輻射圧が急激に低下することが示される。また、原子11Aの共鳴周波数frAに対して、原子11Bの共鳴周波数frBは、周波数が低い方にシフトすることが示される。
【0029】
運動している原子が感じる光の周波数は、運動速度が変化すると、ドップラー効果により変化する。従って、運動中の原子が輻射圧によって減速されると、原子が感じる光の周波数が輻射圧を与える共鳴周波数から変化してしまう。このため、輻射圧を安定的に与え続けることは難しい。ドップラー効果による共鳴周波数からの変化幅は、原子の光の吸収線幅よりも大幅に大きいため、光源側の周波数調整で対応することは困難である。
【0030】
本実施の形態では、原子が感じる周波数の共鳴周波数からのズレを勾配磁場によるゼーマンシフトで補償することで常に共鳴条件が成り立つようにする。すなわち原子が感じる周波数がずれた分だけ、共鳴周波数をゼーマンシフトによってずらす。図4は、原子のエネルギー準位の印加磁場強度に対する変化(ゼーマンシフト)の例を示した図である。
【0031】
ゼーマンシフトとは原子に磁場を印加するとき印加磁場強度に応じてエネルギー準位が上昇または下降する現象である。ゼーマンシフトの生じるエネルギー準位は決まっており、印加磁場強度に対して上昇するか、下降するか、またはゼーマンシフトが生じないかは磁気副準位の値によって決まっている。図4において、エネルギー準位B1を基準の準位とする。ゼーマンシフトによって、磁場強度がMF1からMF2,MF3,MF4と増加するに従って、エネルギー準位B2は、BU2,BU3,BU4に示すように次第に上昇するか、またはBD2,BD3,BD4に示すように次第に下降する。エネルギー準位の変化に伴って、共鳴周波数にもズレが生じる。
【0032】
図5は、ゼーマンシフトの原理を説明するための図である。図5に示すように、原子の進行方向A1に対して逆向きにレーザー光13を照射しているので、原子からみるとドップラー効果によるシフト分だけレーザー光の周波数が高くなったように見える。レーザー光13の周波数f0は、共鳴周波数frから磁場印加前の原子の速度におけるドップラーシフト分を引いた周波数にしておく。原子は磁場発生装置5内をレーザー光13により減速されながら進んでいく。減速によりドップラーシフト量がΔfd1、Δfd2、Δfd3のように次第に減少していくが、原子の進行方向に進むに従って磁場発生装置5内の磁場が大きくなるように磁場発生装置5が設計されているため、原子が進むに従ってゼーマンシフトfzの周波数低下量が大きくなる。これにより、原子の速度減速により減少したドップラーシフト量Δfdが補償されるので、常に共鳴吸収が生じ、原子に効率的に輻射圧がかかるようになる。
【0033】
このように、ドップラー効果で原子が感じる光の周波数変化分をゼーマンシフトで補償することで、常に原子に光を共鳴吸収させることができる。そのため原子にレーザー光による輻射圧を効率よく与え続けることができ、短時間かつ短距離で減速が可能となる。
【0034】
なお、図1図2および図5では、磁場発生装置5が原子の進行方向に対して磁場が大きくなる構成となっているが、これは光吸収に利用している原子の2準位間のエネルギー差が、図4のBD2,BD3,BD4に示したように、印加磁場が大きくなるほど小さくなる場合の例であって、逆の場合もある。即ち光吸収させる2準位のエネルギー差が、図4のBU2,BU3,BU4に示したように、印加磁場に対して大きくなる場合もある。このため、使用する2準位の磁場に対する応答を考慮して勾配磁場の勾配の向きを決めて磁場発生装置5を設計する必要がある。
【0035】
図6は、本実施の形態の同位体分離装置の適用対象を説明するための図である。ゼーマン減速器は、核スピン量子数の値が0の原子には適用できない。核スピン量子数が0となる原子とは、陽子数と中性子数が共に偶数である原子である。このような原子の代表的な同位体としては12C、14C、16Oなどが挙げられる。図6に、ゼーマン減速器が適用できる同位体、適用できない同位体の例を示した。
【0036】
ところで、同位体の種類によりエネルギー準位構造はそれぞれ異なるため、同位体の種類ごとに異なる周波数のレーザーを使用する必要がある。このため、同位体の種類ごとに減速度合いが異なるため、磁場発生装置5の勾配磁場の勾配の変化率などを変える必要がある。逆に言うと1つのゼーマン減速器は同位体1種類に対してのみ選択的に機能する。これがゼーマン減速器を同位体の分離に使用できる理由である。
【0037】
図1に示す同位体分離装置1では、ゼーマン減速器による減速を分析対象でない同位体11に生じさせ、分析対象の同位体12と分析対象でない同位体11とを分離する。まず、圧力差を加えることなどにより、分析対象の同位体12と分析対象でない同位体11とが混合された気体試料を試料室2から引き出し、検出部9まで送る。このとき、分析対象でない同位体11のみゼーマン減速の原理により進行を遅らせる。その結果、分析対象の同位体12が多く含まれる気体集団と、分析対象でない同位体11が多く含まれる気体集団とが空間的に分離される。シャッタを用いてこれらの気体集団を切り分け、分析対象の同位体12が多く含まれる気体集団のみ検出部9に導入する。これにより検出部9では通常より分析対象の同位体12が多く含まれる試料を分析できることになる。検出部9としてはたとえば、キャビティリングダウン分光装置(CRDS)などが好適と考えられる。
【0038】
実施の形態1の同位体分離装置1は、前処理などによって、含まれる同位体が限定された試料を分析する場合に特に有効である。このような試料としては、たとえば12Cと14Cとが混在する試料などが考えられる。
【0039】
[実施の形態2]
実施の形態1では、レーザー光を原子の減速に用いたが、原子の加速に用いても良い。
【0040】
図7は、実施の形態2の同位体分離装置の構成を示す図である。図7に示す同位体分離装置100は、複数の同位体120,130が含まれる気体試料から特定の同位体120を分離する装置である。同位体分離装置100は、気体試料を収容する試料室102と、試料室102から放出された気体試料が通過する気体通路106と、気体通路106の少なくとも一部分の周囲に配置され、気体通路106の一部分の延在方向に沿って勾配を有する磁場を気体通路に発生させる磁場発生装置105と、レーザー光源108とを備える。レーザー光源108は、気体通路内に、少なくとも気体通路106の一部分の延在方向に沿う方向にレーザー光113を照射する。
【0041】
好ましくは、図7の同位体分離装置100において、レーザー光源108は、気体通路106内を気体試料が進行する向きに、レーザー光113を照射するように構成される。磁場発生装置105が発生する磁場は、気体試料が進行する向きに磁場の大きさが増加するような勾配を有する。この場合、気体試料中の特定の同位体を加速することができる。
【0042】
より好ましくは、図7に記載の同位体分離装置100を備える分析装置は、特定の同位体を検出する検出部109をさらに備える。試料室102と検出部109との間には、気体通路106が配置される。
【0043】
試料室102には試料導入用バルブ115から試料が導入される。試料には、分析対象の同位体120と分析対象でない同位体130が混在している。気体通路106の下流側には、排気用バルブ116が設けられる。
【0044】
図7に示す例では、ゼーマン減速器を原子の減速ではなく加速に用いて、分析対象の同位体のみを取り出すことに利用する。試料室102に分析対象の同位体120と分析対象でない同位体130とが混合された気体を用意する。そこにレーザー光113を照射し、輻射圧で分析対象の同位体120のみを試料室102から磁場発生装置105側に引き出す。磁場発生装置105内に引き出された原子は、ゼーマン減速器と逆の原理により輻射圧を受け続けて加速しながら検出部109まで導かれる。
【0045】
図8は、実施の形態2の同位体分離装置の原理を説明するための図である。
レーザー光113の周波数は原子が静止している時(平衡状態)の共鳴周波数f0に一致させる。これは試料室にある同位体120を磁場発生装置105側に押し出すことが必要であるためである。熱平衡状態にある同位体120は温度に依存した速度をもつが、その方向はランダムであるためそれによるレーザー光周波数のドップラーシフト量は考慮しなくても良い。
【0046】
図8に示すように、原子の進行方向A100に対して同じ向きにレーザー光113を照射しているので、原子からみるとドップラー効果によるシフト分だけレーザー光の周波数が低くなったように見える(f1,f2,f3)。レーザー光113の周波数f0は、原子の速度がゼロ(平衡状態)である共鳴周波数frと一致させる。原子は磁場発生装置105内をレーザー光113により加速されながら進んでいく。加速によりドップラーシフト量(低下量)がΔfd11、Δfd12、Δfd13のように次第に増加していくが、原子の進行方向に進むに従って磁場発生装置105内の磁場が大きくなるように磁場発生装置105が設計されているため、原子が進むに従ってゼーマンシフトfzの周波数低下量が大きくなる。これにより、原子の加速により増加したドップラーシフト量Δfdが補償されるので、常に共鳴吸収が生じ、原子に効率的に輻射圧がかかるようになる。
【0047】
試料室102にありランダムな運動をしている同位体120は、レーザー光113に垂直な方向に速度成分を持たないとき、レーザー光113による輻射圧を受けて試料室102から磁場発生装置105側に押し出されていく。磁場発生装置105側に押し出された原子は、レーザーの輻射圧を受けて次第に矢印121,122,123に示すように加速していく。レーザー光113の方向と同位体120の進行方向とが一致しているため、ドップラー効果により同位体120の感じるレーザー周波数は、加速されるにつれ低下していく。このドップラーシフトによる低下分を勾配磁場によるゼーマンシフトで補償することで、同位体120は常に光を共鳴吸収することができ、効率的に輻射圧を受けて加速することができる。
【0048】
実施の形態2の同位体分離装置100は、分析対象である同位体120を選択的に加速して検出部109に送り込むことができるため、気体試料中の特定の同位体を分離して分析することができる。
【0049】
[実施の形態3]
図9は、実施の形態3の同位体分離装置の構成を示す図である。図9に示す同位体分離装置200は、図7図8で説明した原子に対する加速を、分析対象でない原子に生じさせる。
【0050】
同位体分離装置200は、複数の同位体220,230が含まれる気体試料から特定の同位体220を分離する装置である。同位体分離装置200は、気体試料を収容する試料室202と、試料室202から放出された気体試料が通過する気体通路206と、気体通路206の少なくとも一部分の周囲に配置され、気体通路206の一部分の延在方向に沿って勾配を有する磁場を気体通路に発生させる磁場発生装置205と、レーザー光源208とを備える。レーザー光源208は、気体通路内に、少なくとも気体通路206の一部分の延在方向に沿う方向にレーザー光213を照射する。
【0051】
図9に示す同位体分離装置200を備える分析装置は、特定の同位体220を検出する検出部209と、試料室202から気体通路206を介さずに気体試料を検出部209に放出する試料放出用バルブ217とをさらに備える。
【0052】
同位体分離装置200は、図7で用いたものと同様なゼーマン減速器を、分析対象でない同位体230を取り出すために使用する。従って、図7では、気体通路106を分析対象の同位体120が通過したが、図9では、分析対象でない同位体230が気体通路206を通過する。レーザー光213の照射により試料室202から磁場発生装置205側に押し出された同位体230は、矢印231,232,233に示されるように次第に加速しながら進み、排気用バルブ216を通って廃棄される。その結果、試料室202には分析対象の同位体220が多く含まれた気体が残る。十分に時間が経った後、遮断用バルブ215をと排気用バルブ216とを閉め試料放出用バルブ217を開けて試料室202に残った気体を検出部209に導く。
【0053】
実施の形態3の同位体分離装置200は、分析対象でない同位体230を選択的に加速して試料室202から排出することができるため、気体試料中の特定の同位体を分離して分析することができる。同位体分離装置200は、実施の形態1の同位体分離装置1と同様に、前処理などによって、含まれる同位体が限定された試料を分析する場合に特に有効である。このような試料としては、たとえば12Cと14Cとが混在する試料などが考えられる。
【0054】
[実施の形態4]
実施の形態4では、ゼーマン減速器を2つ以上用いて2種類以上の同位体を分離する変形例について説明する。
【0055】
図10は、実施の形態4の同位体分離装置の構成を示す図である。図10に示す同位体分離装置300は、複数の同位体320A,320Bが含まれる気体試料から特定の同位体320A,320Bの各々を分離する装置である。同位体分離装置300は、気体試料を収容する試料室302と、試料室302から放出された気体試料が通過する少なくとも1つの気体通路(306A,306B)と、気体通路(306A,306B)の少なくとも一部分の周囲に配置され、気体通路(306A,306B)の一部分の延在方向に沿って勾配を有する磁場を気体通路(306A,306B)に発生させる少なくとも1つの磁場発生装置(305A,305B)と、少なくとも1つのレーザー光源(308A,308B)とを備える。レーザー光源(308A,308B)は、気体通路(306A,306B)内に、少なくとも気体通路(306A,306B)の一部分の延在方向に沿う方向にレーザー光(313A,313B)を照射する。
【0056】
同位体分離装置300において、少なくとも1つの気体通路は、複数の気体通路306A,306Bである。少なくとも1つのレーザー光源は、複数の気体通路306A,306Bにそれぞれ対応する複数のレーザー光源308A,308Bである。少なくとも1つの磁場発生装置は、複数の気体通路306A,306Bにそれぞれ対応する複数の磁場発生装置305A,305Bである。複数の気体通路306A,306Bは、試料室302から互いに異なる複数の方向にそれぞれ延在するように配置される。
【0057】
より好ましくは、図10に記載の同位体分離装置300を備える分析装置は、互いに異なる特定の同位体を検出する検出部309A,309Bをさらに備える。試料室302と検出部309Aとの間には、気体通路306Aが配置される。試料室302と検出部309Bとの間には、気体通路306Bが配置される。
【0058】
図10に示す同位体分離装置300は、図7の同位体分離装置100に対してゼーマン減速器を1個追加し、2つの異なる同位体を個別に分離および検出するように構成される。図10では、試料導入バルブおよび排気用バルブは省いている。また、図10では2つの直交する方向に磁場発生装置305A,305Bおよび検出部309A,309Bを配置しているが、必ずしも直交する必要はなく、レーザー光の光軸と磁場発生装置のコイルの軸が同軸であれば、直交しない異なる方向でもよい。従って機械的に干渉しない範囲で複数のゼーマン減速器を追加することが可能である。
【0059】
図11は、実施の形態4の変形例の構成を示す図である。図11に示す同位体分離装置400は、気体試料を収容する試料室402と、試料室402から放出された気体試料が通過する複数の気体通路406A~406Eと、複数の磁場発生装置405A~405Eと、複数のレーザー光源408A~408Eとを備える。複数の磁場発生装置405A~405Eは、複数の気体通路406A~406Eの周囲にそれぞれ配置され、気体通路の延在方向に沿って勾配を有する磁場を複数の気体通路406A~406Eにそれぞれ発生させる。レーザー光源408A~408Eは、複数の気体通路406A~406Eの内部に、気体通路の延在方向に沿う方向にレーザー光413A~413Eをそれぞれ照射する。なお、レーザー光源408D,408Eは、図11には図示していないが、試料室402を挟んで気体通路406D,406Eの反対側に設けられている。
【0060】
同位体分離装置400は、図10に示す構成を3種類以上の同位体を分離する場合に拡張したものである。
【0061】
図10図11に示した構成によれば、試料から、複数の同位体を別々に分離することが可能となる。
【0062】
以上説明したように、本実施の形態の同位体分離装置は、以下の利点がある。
第1の利点は、同重体を区別した分離が可能であることである。ゼーマン減速の適用可否は原子の核スピン量子数によって決まっている。核スピン量子数は、同重体であっても同位体により異なるため、選択的に目的の同位体のみに輻射圧を加え、分離することができる。この点で、本実施の形態の同位体分離装置は電磁的分離法よりも優れている。
【0063】
第2の利点は、レーザーによるイオン化効率が低いという問題が発生しないことである。ゼーマン減速器では原子をイオン化する必要がないため、高強度、高繰り返し率のパルスレーザーを必要とせず、光強度と線幅のトレードオフのような問題が生じない。また、規模という観点でも半導体レーザーを連続波駆動して使用すれば減速用または加速用レーザーとして使用できるため、装置の小型化、低消費電力化に優れている。この点で、本実施の形態の同位体分離装置はレーザー分離法よりも優れている。
【0064】
[態様]
上述した例示的な実施の形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0065】
(第1項) 本開示の第1の態様は、複数の同位体が含まれる気体試料から特定の同位体を分離する同位体分離装置に関する。同位体分離装置は、気体試料を収容する試料室と、長手方向を有し、試料室から長手方向に沿う方向に向けて放出された気体試料が通過する内部空間を画定する気体通路と、気体通路の周囲に配置され、長手方向に沿って勾配を有する磁場を気体通路の内部空間に発生させる磁場発生装置と、レーザー光源とを備える。レーザー光源は、気体通路内に、長手方向に沿う方向にレーザー光を照射する。
【0066】
第1項の同位体分離装置によれば、同重体であっても分離することができるとともに、同位体のイオン化が不要であるので、小型のレーザー光源を使用可能となる。
【0067】
(第2項) 第1項に記載の同位体分離装置において、レーザー光源は、気体通路内を気体試料が進行する向きと反対の向きに、レーザー光を照射するように構成される。磁場発生装置が発生する磁場は、気体試料が進行する向きに磁場の大きさが増加するような勾配を有する。
【0068】
第2項の同位体分離装置によれば、気体試料中の特定の同位体を減速することができる。
【0069】
(第3項) 本開示の分析装置は、第2項に記載の同位体分離装置と、気体通路において磁場発生装置を挟んで配置される第1シャッタおよび第2シャッタと、特定の同位体を検出する検出部とを備える。試料室と検出部との間には、気体通路が配置される。分析装置は、第1シャッタおよび第2シャッタを同期して開閉する制御装置をさらに備える。
【0070】
第3項の分析装置によれば、速度が異なる気体集団を分離して検出部に入れることができる。
【0071】
(第4項) 第1項に記載の同位体分離装置において、レーザー光源は、気体通路内を気体試料が進行する向きに、レーザー光を照射するように構成される。磁場発生装置が発生する磁場は、気体試料が進行する向きに磁場の大きさが増加するような勾配を有する。
【0072】
第4項の同位体分離装置によれば、気体試料中の特定の同位体を加速することができる。
【0073】
(第5項) 本開示の分析装置は、第4項に記載の同位体分離装置と、特定の同位体を検出する検出部とを備える。試料室と検出部との間には、気体通路が配置される。
【0074】
第5項の分析装置によれば、分析対象の同位体を分離して検出部に送り込むことができる。
【0075】
(第6項) 本開示の分析装置は、第4項に記載の同位体分離装置と、特定の同位体を検出する検出部と、試料室から気体通路を介さずに気体試料を検出部に放出する試料放出用バルブとを備える。
【0076】
第6項の分析装置によれば、試料室の気体試料から分析対象以外の同位体を分離して排出することができる。
【0077】
(第7項) 第1項に記載の同位体分離装置において、少なくとも1つの気体通路は、複数の気体通路であり、少なくとも1つのレーザー光源は、複数の気体通路にそれぞれ対応する複数のレーザー光源であり、少なくとも1つの磁場発生装置は、複数の気体通路にそれぞれ対応する複数の磁場発生装置であり、複数の気体通路は、試料室から互いに異なる複数の方向にそれぞれ延在するように配置される。
【0078】
第7項の同位体分離装置によれば、1つの試料室の気体試料から複数の種類の同位体を別々に分離することができる。
【0079】
なお、本明細書の各実施の形態に記載された構成は、自由に組み合わせて使用しても良い。
【0080】
今回開示された実施の形態は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0081】
1,100,200,300,400 同位体分離装置、2,102,202,302,402 試料室、3 アパーチャ、4,7 シャッタ、5,105,205,305A,305B,405A,405E 磁場発生装置、6,106,206,306A,306B 気体通路、8,108,208,308A,308B,408A,408E レーザー光源、9,109,209,309A,309B 検出部、10 制御装置、11,12,120,130,220,230,320A,320B 同位体、11A,11B 原子、13,113,213,413A,413E レーザー光、14 ミラー、115 試料導入用バルブ、116,216 排気用バルブ、215 遮断用バルブ、217 試料放出用バルブ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11