(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】薄膜のX線回折方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/207 20180101AFI20241126BHJP
G01N 23/20025 20180101ALI20241126BHJP
【FI】
G01N23/207
G01N23/20025
(21)【出願番号】P 2021039479
(22)【出願日】2021-03-11
【審査請求日】2023-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101465
【氏名又は名称】青山 正和
(72)【発明者】
【氏名】三田 昌明
(72)【発明者】
【氏名】二田 伸康
【審査官】田中 秀直
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-052223(JP,A)
【文献】特開2015-129666(JP,A)
【文献】特開2014-178137(JP,A)
【文献】特開2016-111324(JP,A)
【文献】特開2018-132491(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の表面に
酸化銅からなる薄膜より密度の大きい物質
であって、酸化インジウムスズ、酸化亜鉛、酸化錫、酸化チタン、酸化ニオブのうちのいずれかからなる下地膜を形成するとともに、該下地膜の上に前記薄膜を形成しておき、前記薄膜に、前記下地膜の全反射臨界角と前記薄膜の全反射臨界角との間の入射角でX線を入射させて、前記薄膜の結晶相を同定することを特徴とする薄膜のX線回折方法。
【請求項2】
前記下地膜は非晶質であることを特徴とする請求項
1に記載の薄膜のX線回折方法。
【請求項3】
前記基板はガラス製であり、前記薄膜における回折角2θが20°以上35°以下の回折ピークを含んで測定することを特徴とする請求項1
又は2に記載の薄膜のX線回折方法。
【請求項4】
前記下地膜の表面粗さRaが5nm以下であることを特徴とする請求項1から
3のいずれか一項に記載の薄膜のX線回折方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜の結晶相同定のためのX線回折方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄膜は各種デバイスに応用されている。そのデバイスの特性が薄膜の結晶構造等に依存する場合が多い。その薄膜の結晶相同定には一般にX線回折法が用いられる。薄膜が数nmオーダーの厚さの場合、入射角の小さいIn-Plane XRD(X-ray diffraction)法やGI-XRD(Grazing incidence X-ray diffraction, Out -of-Plane GI-XRDともいう)法が用いられる。これらのX線回折法は、数nmの薄膜試料をガラス等任意の基板上に成膜したものを測定対象物とし、測定に用いるX線回折装置のX線入射角度(ω)を0.1°~1°に固定することで薄膜についての情報を選択的に取得する測定手法である。
【0003】
例えば特許文献1には、被測定薄膜が基板上に形成されている試料に対してX線を照射し、薄膜と基板との境界面でX線を全反射させ、その回折X線をX線検出器で測定して、X線検出強度をカウントする方法が開示されている。この場合、二つの物質が十分平滑な境界面で接している場合、電子密度が疎な物質から密な物質に向かって、X線が境界面に対して微小な角度で入射すると、X線の全反射現象が起こると記載されている。そして、薄膜の表面では全反射せずに、基板で全反射するようなエネルギーでX線を照射している。また、基板としてはガラスが用いられ、その上に金属や有機物の薄膜を形成している。
【0004】
また、特許文献2には、試料の密度等を算出するための方法ではあるが、X線を試料表面の膜に対し所定角度で入射させ、試料を表面に対し垂直方向に移動させながら、第1の検出器により、反射されたX線の強度を測定するとともに、第2の検出器により、入射したX線のうち回折されたX線の強度を測定し、回折X線の強度の微分信号が最大となる試料の高さ位置と、反射X線の強度が最大となる試料の高さ位置との差から膜厚を算出し、その膜厚と、それぞれの位置におけるX線の強度に基づき、試料表面の膜の密度を算出することが開示されている。この場合、基板を形成している材料は、密度が2.0~2.3g/cm3のシリコンやガラス等であり、膜を形成している材料は、密度が約1g/cm3のカーボンナノチューブや有機材料であると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第2591650号公報
【文献】特許第6171940公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、測定対象物に成膜している膜の密度が低いとX線が基板まで貫通し、基板の情報も検出することになる。例えば、膜の密度が低い極薄膜材料の基板にガラスを用いたような場合、X線が膜を貫通してしまい、試料によるX線回折ピークのみでなくガラスに由来するハロー(環状の回折像)も同時に検出するといった具合である。
この点、両特許文献とも、全反射する臨界角でX線を照射しているが、回折角が小さい領域では基板のハローの影響を受けるため、その影響を受けない回折角2θで測定できる対象物(例えば特許文献2に記載のようなカーボン等)に適用が制限される。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、基板からの影響を低減させて、測定対象物を正確に解析し、対象物の適用範囲を広げることができる薄膜のX線回折方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の薄膜のX線回折方法は、基板の表面に測定対象の薄膜より密度の大きい物質からなる下地膜を形成するとともに、該下地膜の上に前記薄膜を形成しておき、前記薄膜に、前記下地膜の全反射臨界角と前記薄膜の全反射臨界角との間の入射角でX線を入射させて、前記薄膜の結晶相を同定する。
【0009】
基板の表面に測定対象物を成膜する場合、基板の表面でX線を全反射させるには、基板の密度より小さい対象物しか適用できない。そこで、基板の表面に測定対象の薄膜より密度の大きい物質からなる下地膜を形成し、その下地膜と薄膜との界面で全反射させるようにしている。この方法を採用することにより、基板からの影響を低減し、回折X線を的確に捉えて、正確な解析を行うことができる。また、下地膜の材質を適切に選択することにより、入射角も基板の表面を界面とする場合よりも大きくすることが可能になり、測定対象物の適用範囲も広げることができる。
【0010】
この薄膜のX線回折方法において、前記下地膜を酸化インジウムスズ膜とすることができる。酸化インジウムスズ膜は、透明電極として広く用いられており、蒸着等により成膜も容易である。
また、酸化インジウムスズ膜はガラスよりも密度が大きい(例えばガラスが2.5g/cm3に対して、酸化インジウムスズは7.18g/cm3)ため、ガラス製の基板の表面に下地層として用いることにより、ガラスより密度が大きい物質の薄膜についての解析を正確に行うことができる。
【0011】
この薄膜のX線回折方法において、前記薄膜を酸化銅からなる膜とすることができる。酸化銅からなる膜の密度は例えば約3g/cm3であり、ガラス製の基板に直接成膜してX線回折すると、ガラスのハローの影響を受けるが、下地膜に酸化インジウムスズ膜を用いることにより、測定対象物の酸化銅を正確に解析することができる。
【0012】
この薄膜のX線回折方法において、前記下地膜が非晶質であるとよい。下地膜を非晶質とすることにより、その上に成膜される測定対象物の結晶成長や成分等に影響を与えることが防止され、測定対象物を正確に解析することができる。
【0013】
この薄膜のX線回折方法において、前記基板はガラス製であり、前記薄膜における回折角2θが20°以上35°以下の回折ピークを含んで測定する。
下地膜を用いない場合、基板のガラスの大きなハローが回折角2θが20°以上35°以下の範囲に現れるため、測定対象物の回折線のわずかなピークではそのハローの中に埋没してしまい識別できない。この回折方法であれば、ガラス製基板の表面に下地膜が形成されているため、基板のハローの影響をなくし、薄膜のわずかなピーク線を捉えることができる。
【0014】
この薄膜のX線回折方法において、前記下地膜の表面粗さRaが5nm以下である。下地膜の表面粗さRaが5nm以下であると、下地膜での散乱を抑制して、回折X線の検出を容易にし、正確な解析を行わせることができる。
【0015】
この場合、前記薄膜の厚さは10nm以下とすることができる。
酸化銅の薄膜であっても正確な解析を行うことができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、基板からの影響を低減させて、測定対象物を正確に解析し、対象物の適用範囲を広げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態における測定試料を示す斜視断面図である。
【
図2】酸化インジウムスズからなる下地膜に酸化銅からなる薄膜を形成して測定したX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を説明する。
実施形態で測定対象とする物質は例えば酸化銅であり、
図1に示す測定試料において、基板1の表面に下地膜2を介して酸化銅からなる薄膜3が形成されている。
基板1には、XRD回折法一般に用いられているガラス製のものを好適に用いることができる。
下地膜2は、例えば、酸化インジウム(III)(In
2O
3)と酸化スズ(IV)(SnO
2)の無機混合物である酸化インジウムスズ(ITO)膜が用いられる。この下地膜2の上に成膜される測定対象物の結晶成長等に影響を与えないように(例えばエピタキシャル成長や科学的な反応が起こらないように)、酸化インジウムスズは非晶質構造のものが好ましい。下地膜2の膜厚は20nm以上とするのが好ましい。また、表面が鏡面であるのがよく、算術平均粗さRaで5nm以下が好ましい。
測定対象となる薄膜3は、下地膜2の表面におよそ8nmの厚さで形成される。
【0019】
このように構成した試料に対して、In-Plane XRD法又はGI-XRD法により、結晶相の同定を行う。
In-Plane XRD法又はGI-XRD法において、正確な解析を行うには、測定対象物の薄膜3と下地膜2との間でX線の全反射を起こさせることが重要である。
膜の全反射臨界角αは入射X線の波長と対象材料の質量密度の根号を掛け合わせたもので計算できることが知られている。具体的には、全反射のための臨界角αは、次式で表される。
【0020】
【0021】
酸化インジウムスズ膜による下地膜2は、酸化銅の薄膜3との界面で全反射を起こさせるのに効果的である。すなわち、酸化銅の薄膜3は密度がおよそ3g/cm3であり、酸化インジウムスズからなる下地膜2の密度はおよそ7g/cm3である。酸化インジウムスズの場合、全反射臨界角αはおよそ0.4°となる。したがって、この全反射臨界角αより小さい角度でX線を入射させれば下地膜2の表面で全反射することになる。なお、X線に対する物質の屈折率はほぼ1であるため、屈折の影響は無視している。
一方、測定対象物質の酸化銅の薄膜3の場合は、全反射臨界角αはおよそ0.25°となる。
したがって、これら下地膜2の全反射臨界角と測定対象の薄膜3の全反射臨界角との間の入射角度ω、例えば今回の場合では0.3°でX線を入射させるとよい。
【0022】
このように、下地膜2の全反射臨界角と測定対象の薄膜3の全反射臨界角との間の入射角(ω)で薄膜3にX線を入射させることにより、下地膜2と薄膜3との界面でほぼ全反射させることができる。全反射現象がおこるとX線は試料面に平行なエバネッセント波を生じて試料中にほとんど侵入しなくなる。つまり、測定対象の直下に成膜した下地膜2表面で全反射現象を引き起こすことによって下地膜2並びに基板1による回折X線、非晶質ハロー、並びに特性X線の発生を低減することができる。したがって、測定対象の薄膜3の結晶相を正確に同定することができる。
【0023】
そして、このように下地膜2を設けて入射角ωで測定することで、より正確な解析を実施することができ、測定対象物としても、酸化銅のみにとどまらず入射角ωを満たす材料に広く適用することができ、例えば、窒化膜等にも適用可能となる。
【0024】
なお、本発明は、上記実施形態の構成のものに限定されるものではなく、細部構成においては、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
たとえば、基板をガラスにより構成したが、シリコン製としてもよい。あるいはシリコンウエハにアモルファス(非晶質)シリコンをコーティングしたものを基板としてもよい。また、下地膜を形成するので、基板の材質については表面を平滑にできるものであれば、特に限定されない。
【0025】
また、下地膜2としては、全反射臨界角が大きいもの(例えばガラスより大きいもの)であればよく、実施形態で述べた酸化インジウムスズ膜以外に、酸化亜鉛(ZnO)、酸化錫(SnO2)、酸化チタン(TiO2)、酸化ニオブ(NbO2)等からなる膜を用いてもよい。
【実施例】
【0026】
本発明の具体的効果を確認するために、酸化銅からなる薄膜について、In-Plane XRD法を用いた定性分析結果を以下に示す。
基板はガラス製のものを用い、下地膜には酸化インジウムスズを用いた。下地膜の厚さは40nmとした。その表面の算術平均粗さRaはおよそ2nmであった。この下地膜の上に酸化銅からなる薄膜を厚さ8nmで形成した。比較例として、ガラス製の基板の上に直接、酸化銅からなる薄膜をスパッタにより形成したものも作製した。
【0027】
図1に模式的に示したように、測定角度範囲(走査軸の角度)2θは10°~90°、X線入射角ωは0.3°とした。
実施例、比較例の回折パターンを
図2に示す。横軸は回折角(2θ)、縦軸は回折X線強度(counts:1秒間に検出器が取り込んだ回折X線数)である。実施例の回折パターンを符号E、比較例の回折パターンを符号Cで示している。P1~P6は酸化銅による回折ピーク位置を示す。
【0028】
比較例の場合、Hで示す2θ=20°付近の領域にガラスのハローによる影響を受けてブロードなピークが観測されている。これは、成膜されている酸化銅薄膜のX線侵入深さがω=0.3°の場合において400nm程度(材料はCu2Oとして、入射X線に対する回折X線強度が99%以上得られる深さをX線侵入深さとして計算)であり、膜厚8nmを大きく上回っているため基板のガラス層までX線が貫通してしまっていることを示している。
【0029】
これに対して、ガラス製の基板と酸化銅からなる薄膜との間に、前述した要件を満たす物質である非晶質の酸化インジウムスズからなる下地膜を形成した実施例の場合は、
図2のEで示すように、ガラスハローの影響が見られていないことは明らかである。さらに、下地膜である非晶質酸化インジウムスズ膜からの回折線が生じた場合は2θ=32°付近にブロードなピークが見られるはずであるが、それも現れていないことがわかる。また、バックグラウンドの上昇も抑えられている。
【0030】
さらに、比較例の場合には、前述したようにガラスのハローの影響により、2θ=10°~35°付近の領域において、酸化銅の回折ピークと想定されるピークを視認できなかったが、実施例の場合には、2θ=30°付近(P1参照)のCu2Oに由来する小さい回折ピークを視認することができる。
【0031】
この回折結果から本実施形態の方法は、nmオーダーの酸化銅薄膜について、基板や下地膜の影響を限りなく低減させて高感度に測定ができる手法であると言える。また、前述の式(1)で示されるように、酸化インジウムスズ膜の全反射臨界角α≒0.4°と酸化銅の薄膜との全反射臨界角α≒0.25°との関係から、この実験で設定したX線入射角ω=0.3°で理論的に全反射が十分に起こっていると推定され、8nmという極薄膜試料についても視認性高い回折ピークを取得できることがわかった。
【符号の説明】
【0032】
1 基板
2 下地膜
3 測定対象の薄膜