(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】水添加式スクロール圧縮機
(51)【国際特許分類】
F04C 18/02 20060101AFI20241126BHJP
【FI】
F04C18/02 311S
F04C18/02 311Y
F04C18/02 311T
(21)【出願番号】P 2021044698
(22)【出願日】2021-03-18
【審査請求日】2023-12-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000175272
【氏名又は名称】三浦工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100145713
【氏名又は名称】加藤 竜太
(72)【発明者】
【氏名】笹尾 智浩
(72)【発明者】
【氏名】岡本 裕介
(72)【発明者】
【氏名】井上 陽貴
【審査官】岩田 健一
(56)【参考文献】
【文献】実開平04-062386(JP,U)
【文献】特開2008-163896(JP,A)
【文献】国際公開第2018/211567(WO,A1)
【文献】米国特許第04477238(US,A)
【文献】特開平09-088851(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04C 18/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
空気圧縮用の水添加式スクロール圧縮機であって、
旋回側基板部の板面に渦巻き状の旋回ラップが設けられる旋回スクロールと、
固定側基板部の板面に前記旋回ラップに噛み合う渦巻き状の固定ラップが設けられる固定スクロールと、
前記旋回ラップ及び前記固定ラップのうち、少なくとも一方の歯先面に沿って形成された溝部に収容されるチップシールと、
少なくとも前記チップシールの摺動領域を含むように、前記旋回側基板部又は前記固定側基板部に装着される渦巻き状の
耐食性のある金属によって構成されるボトムプレートと、を備え、
前記旋回スクロール及び前記固定スクロールは、アルミニウム合金により形成されるとともに、その表面に
バインダー樹脂及び固体潤滑剤を含み、かつ導電性物質を含まない摺動部材用組成物により形成される樹脂被膜が形成され
、
前記ボトムプレートは、前記樹脂被膜の表面に装着される水添加式スクロール圧縮機。
【請求項2】
前記ボトムプレートは、
前記旋回ラップ及び前記固定ラップのうち、少なくとも一方の歯底面に沿って形成された溝部に収容されるとともに、前記ボトムプレートの巻き始めの始端部及び巻き終わりの終端部が、前記旋回側基板部又は前記固定側基板部に対してボルトで固定される請求項1に記載の水添加式スクロール圧縮機。
【請求項3】
前記ボルトの基端側の軸部が挿通され、前記ボルトの頭部と前記ボトムプレートとの間に介在する第1シールリングと、
前記ボルトの先端側の軸部が挿通され、前記ボトムプレートと前記旋回側基板部又は前記固定側基板部との間に介在する第2シールリングと、を備える請求項2に記載の水添加式スクロール圧縮機。
【請求項4】
前記樹脂被膜は、アルミニウム合金の表面の研削面に形成される塗膜である請求項1~3のいずれかに記載の水添加式スクロール圧縮機。
【請求項5】
前記チップシールは、絶縁性の樹脂成形品である請求項1~4のいずれかに記載の水添加式スクロール圧縮機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水添加式スクロール圧縮機に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、旋回スクロール及び固定スクロールを備える水添加式スクロール圧縮機が知られている。この種の技術が記載されるものとして例えば特許文献1がある。特許文献1には、旋回スクロール及び固定スクロールをアルミニウム合金(Al-Si-Mg-Mn系等)の鋳物で形成することにより軽量化を図ることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
圧縮室内に供給される潤滑水は、空気中の炭酸ガスの溶解により弱酸性水になりやすいことから、旋回スクロールや固定スクロール等のスクロール体の耐食性を高める目的で、素材表面に硬質アルマイト皮膜を形成することが検討されてきた。素材表面に硬質アルマイト皮膜を形成することにより、スクロール体の耐摩耗性を改善する効果も期待できる。
【0005】
しかしながら、硬質アルマイト皮膜は、スクロール体の形状が複雑であるほど、均一な膜厚と均質な組織を有する皮膜を形成させることが困難である。そのため、硬質アルマイト皮膜に薄膜部分や組織欠陥等の不良が生じていると、潤滑水によるエロージョン(浸食)により皮膜の剥離が起こり、アルミニウム合金の露出部分で腐食が発生してしまう。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたもので、潤滑水の存在下でスクロール体の腐食を防止できる水添加式スクロール圧縮機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、空気圧縮用の水添加式スクロール圧縮機であって、旋回側基板部の板面に渦巻き状の旋回ラップが設けられる旋回スクロールと、固定側基板部の板面に前記旋回ラップに噛み合う渦巻き状の固定ラップが設けられる固定スクロールと、前記旋回ラップ及び前記固定ラップのうち、少なくとも一方の歯先面に沿って形成された溝部に収容されるチップシールと、少なくとも前記チップシールの摺動領域を含むように、前記旋回側基板部又は前記固定側基板部に装着される渦巻き状の耐食性のある金属によって構成されるボトムプレートと、を備え、前記旋回スクロール及び前記固定スクロールは、アルミニウム合金により形成されるとともに、その表面にバインダー樹脂及び固体潤滑剤を含み、かつ導電性物質を含まない摺動部材用組成物により形成される樹脂被膜が形成され、前記ボトムプレートは、前記樹脂被膜の表面に装着される水添加式スクロール圧縮機に関する。
【0008】
前記ボトムプレートは、前記旋回ラップ及び前記固定ラップのうち、少なくとも一方の歯底面に沿って形成された溝部に収容されるとともに、前記ボトムプレートの巻き始めの始端部及び巻き終わりの終端部が、前記旋回側基板部又は前記固定側基板部に対してボルトで固定されることが好ましい。
【0009】
水添加式スクロール圧縮機は、前記ボルトの基端側の軸部が挿通され、前記ボルトの頭部と前記ボトムプレートとの間に介在する第1シールリングと、前記ボルトの先端側の軸部が挿通され、前記ボトムプレートと前記旋回側基板部又は前記固定側基板部との間に介在する第2シールリングと、を備えることが好ましい。
【0010】
前記樹脂被膜は、アルミニウム合金の表面の研削面に形成される塗膜であることが好ましい。
【0012】
前記チップシールは、絶縁性の樹脂成形品であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、滑水の存在下でスクロール体の腐食を防止できる水添加式スクロール圧縮機を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態に係る水添加式スクロール圧縮機の斜視図である。
【
図2】本実施形態の水添加式スクロール圧縮機が備えるハウジングの分解斜視図である。
【
図3】本実施形態の水添加式スクロール圧縮機の縦断面図である。
【
図4】本実施形態の水添加式スクロール圧縮機が備える固定スクロールの正面図である。
【
図5】本実施形態の水添加式スクロール圧縮機が備えるボトムプレートの正面図である。
【
図6】本実施形態の固定スクロールにボトムプレートが取り付けられた状態を模式的に示す拡大縦断面図である。
【
図7】本実施形態のボトムプレートにおけるボルトが締結される箇所を模式的に示す拡大横断面図である。
【
図8】本実施形態の水添加式スクロール圧縮機が備える旋回スクロールの正面図である。
【
図9】本実施形態の旋回スクロールにボトムプレートが取り付けられた状態を模式的に示す拡大縦断面図である。
【
図10】本実施形態のボトムプレートにおけるボルトが締結される箇所を模式的に示す拡大横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好ましい実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0016】
<スクロール圧縮機の全体構成>
図1は、本発明の一実施形態に係る水添加式スクロール圧縮機1の斜視図である。
図2は、本実施形態の水添加式スクロール圧縮機1が備えるハウジング10の分解斜視図である。
図3は、本実施形態の水添加式スクロール圧縮機1の縦断面図である。
【0017】
水添加式スクロール圧縮機1は、取り込む空気に潤滑水が添加される圧縮機であり、外部から供給される駆動力によって駆動される。水添加式スクロール圧縮機1は、ハウジング10と、旋回スクロール30と、クランク軸70と、固定スクロール50と、固定スクロール150と、を備える。
【0018】
ハウジング10は、第1ハウジング部15と、第2ハウジング部20と、によって構成される。第1ハウジング部15に形成される開口部16には固定スクロール50が取り付けられる。第2ハウジング部20に形成される開口部21には固定スクロール150が取り付けられる。なお、
図2では、固定スクロール50の図示を省略している。
【0019】
旋回スクロール30は、その旋回中心が中央に位置するようにハウジング10の内部に収容される。本実施形態の旋回スクロール30は、その軸方向が横向き(水平方向)を向くようにハウジング10によって保持されている。旋回スクロール30には、複数のクランク軸70が連結される。
【0020】
クランク軸70は、偏芯軸部71と、この偏芯軸部71の両側に配置される基軸部72と、を備える。本実施形態では、基軸部72には、旋回スクロール30の旋回運動を円滑にするウェイトバランサ75が設けられる。ウェイトバランサ75は、その形状や重さがクランク軸70の取り付ける位置によって適宜調整されている。偏芯軸部71が旋回スクロール30に軸支されるとともに基軸部72がハウジング10のハウジング軸受部26に軸支される。
【0021】
クランク軸70は、周方向で等間隔に合計3本配置される。3本のクランク軸70は、同一の構造となっており、偏芯軸部71の位置を揃えた状態で、プーリ76、タイミングベルト77及びテンションローラ78等からなる回転同期機構により同期回転する。外部モータの動力によりクランク軸70が回転すると、旋回スクロール30が固定スクロール50に対して旋回する。
【0022】
固定スクロール50は旋回スクロール30の軸方向の一側に配置され、固定スクロール150は旋回スクロール30の軸方向の他側に配置される。即ち、旋回スクロール30は、固定スクロール50と固定スクロール150によって挟み込まれた状態となる。
【0023】
本実施形態では、旋回スクロール30の旋回により、外部から配管(図示省略)を通じて潤滑水が添加された空気(流体)が導入される。水添加式スクロール圧縮機1の圧縮室90に導入された空気は、旋回スクロール30と固定スクロール50,150の間で圧縮されながら、その渦巻きの外端側から内端側へ移動し、中央開口部60から吐出される。
【0024】
<固定スクロール>
次に、固定スクロール50の構成について説明する。
図4は、本実施形態の水添加式スクロール圧縮機が備える固定スクロール50の正面図である。
【0025】
固定スクロール50は、円板状の固定側基板部51と、固定側基板部51における旋回側基板部31に対向する板面(片面)に設けられる1又は複数の固定ラップ52と、固定ラップ52を取り囲む環状の外周ラップ55と、ボトムプレート40と、を備える。
【0026】
固定側基板部51には、その中央に厚み方向に貫通する中央開口部60が形成される。中央開口部60は、水添加式スクロール圧縮機1の外側と圧縮室90を連通する貫通孔である。また、固定側基板部51の外周側には外周側開口部61が設けられる。
【0027】
固定ラップ52は、旋回スクロール30の旋回ラップ32に対応した個数、形状及び大きさで形成される。固定ラップ52は、固定側基板部51の板面から垂直(軸方向)に延出するとともに、固定側基板部51の中央部から外周部へ向けて、インボリュート曲線の渦巻き状に湾曲して構成される。
【0028】
固定ラップ52の先端には、旋回スクロール30の旋回側基板部31との隙間を埋めるためのチップシール54が設けられる。チップシール54は、固定ラップ52の渦巻きに沿って配置される。
【0029】
本実施形態のチップシール54は、ポリテトラフルオロエチレンを主成分とする絶縁性の樹脂成形品である。チップシール54は、その耐摩耗性を向上させるため、絶縁性を阻害しない範囲で、カーボンファイバーやグラファイト等の固体潤滑剤を含んでいてもよい。
【0030】
外周ラップ55は、固定ラップ52を取り囲む円筒状に形成される。旋回側基板部31、固定側基板部51及び外周ラップ55に囲まれた空間が水添加された空気(流体)を圧縮する圧縮室90として機能する。
【0031】
外周ラップ55の先端には、旋回スクロール30の旋回側基板部31との隙間を埋めるための外周シール80が設けられる。外周シール80は、圧縮室90を取り囲む環状に形成され、圧縮室90の外側への水漏れを防止する。
【0032】
外周ラップ55には、内周面には切欠部510が設けられる。切欠部510は、外周シール80の径方向内側に位置し、円弧状に形成される。切欠部510の一側の端部512の近傍には、圧縮室90の外部に連通する排水口520が形成される。排水口520は、切欠部510の旋回側基板部31側を向く端面に開口している。排水口520は、固定側基板部51の外側面まで貫通しており、内部に溜まった水を圧縮室90の外側に排出する流路となる。
【0033】
ボトムプレート40は、固定スクロール50の固定側基板部51に装着される。
図5は、本実施形態の水添加式スクロール圧縮機1が備えるボトムプレート40の正面図である。
【0034】
図5に示すように、ボトムプレート40は、インボリュート曲線の渦巻き状に湾曲して形成される金属製プレートである。ボトムプレート40は、耐食性のある金属であることが好ましい。本実施形態のボトムプレート40は、ステンレス鋼によって構成される。
【0035】
ボトムプレート40の渦巻の中心側に位置する巻き始めの始端部には、始端部側締結孔41が形成される。また、ボトムプレート40の渦巻の外側に位置する巻き終わりの終端部には、終端部側締結孔42が形成される。
【0036】
図6は、本実施形態の固定スクロール50にボトムプレート40が取り付けられた状態を模式的に示す拡大縦断面図である。
図6は、
図3における鎖線で囲まれた領域Aの位置に対応している。
【0037】
図6に示すように、内側に位置する固定ラップ52の歯壁面52aと外側に位置する固定ラップ52の歯壁面52bの間の領域である歯底面57には、ボトムプレート40を収容する収容溝部58が形成される。収容溝部58は、ボトムプレート40の形状に応じた渦巻き状に延びるように形成されており、収容溝部58の深さD1は、ボトムプレート40の厚みに対応するように設定される。
【0038】
また、収容溝部58は、後述する旋回スクロール30の旋回ラップ32の摺動領域Z1に対応するように形成される。旋回ラップ32の歯先面39に形成される溝部36にはチップシール34が収容されており、摺動領域Z1はチップシール34が固定側基板部51に接触する範囲を少なくとも含む領域である。
【0039】
ボトムプレート40は、収容溝部58に収容された状態で固定側基板部51に装着される。
図4に示すように、ボトムプレート40の渦巻きの始端部がボルト45により固定されるとともに終端部がボルト46により固定される。ボトムプレート40のボルト45が締結される始端部は中央開口部60の近傍に位置し、ボルト46が締結される終端部は外周側開口部61の近傍に位置する。
【0040】
図7は、本実施形態のボトムプレート40におけるボルト45(ボルト46)が締結される箇所を模式的に示す拡大横断面図である。
図7に示すように、ボルト45(ボルト46)は、ボトムプレート40の始端部側締結孔41(終端部側締結孔42)を貫通して固定側基板部51に締結される軸部450と、軸部450の基端側に形成される頭部451と、を有する。
【0041】
本実施形態では、頭部451とボトムプレート40の間には第1シールリング101が配置され、ボトムプレート40と固定側基板部51の間には第2シールリング102が配置される。
【0042】
第1シールリング101は、頭部451とボトムプレート40の双方に接触するとともに軸部450を囲うリング形状の弾性部材である。
【0043】
第2シールリング102は、ボトムプレート40と固定側基板部51の双方に接触するとともに軸部450を囲うリング形状の弾性部材である。本実施形態では、固定スクロール50の表面に樹脂被膜100が形成されており、この樹脂被膜100を介して第2シールリング102が固定側基板部51に接触する状態となる。なお、樹脂被膜100の構成については後述する。
【0044】
固定スクロール50と固定スクロール150は、上下方向等の所定方向を対称軸とする線対称の鏡像関係となっている以外は同様の構成である。固定スクロール150の構成において、固定スクロール50と共通又は同様の構成については同じ符号を付す。
【0045】
固定スクロール150も、円板状の固定側基板部51と、固定側基板部51における旋回側基板部31に対向する板面(片面)に設けられる固定ラップ52と、固定ラップ52を取り囲む環状の外周ラップ55と、ボトムプレート40と、を備える。
【0046】
固定スクロール150のボトムプレート40は、固定スクロール50のボトムプレート40と同じ形状のものが裏返した状態で装着される。即ち、上述の鏡像関係を利用することにより、固定スクロール50と固定スクロール150のそれぞれに固定されるボトムプレート40は同じ形状のものを使用することが可能となっている。
【0047】
<旋回スクロール>
次に、旋回スクロール30の構成について説明する。旋回スクロール30は、円板状の旋回側基板部31と、旋回側基板部31の両面のそれぞれに設けられる旋回ラップ32と、旋回スクロール外周部35と、旋回側基板部31の両面のそれぞれに配置されるボトムプレート40と、を備える。
【0048】
旋回ラップ32は、旋回側基板部31の板面から垂直(軸方向)に延出するとともに、旋回側基板部31の中央部から外周部へ向けてインボリュート曲線の渦巻き状に湾曲する板状に構成される。両側の旋回ラップ32は、互いに対応した形状となっている。
【0049】
各旋回ラップ32の先端には、固定スクロール50の固定側基板部51との隙間を埋めるためのチップシール34が設けられる。チップシール34は、旋回ラップ32の渦巻きに沿って配置される。
【0050】
本実施形態のチップシール34は、ポリテトラフルオロエチレンを主成分とする絶縁性の樹脂成形品である。チップシール54は、その耐摩耗性を向上させるため、絶縁性を阻害しない範囲で、カーボンファイバーやグラファイト等の固体潤滑剤を含んでいてもよい。
【0051】
旋回スクロール外周部35は、旋回側基板部31を取り囲む略三角形の枠状に形成されており、その内側に旋回側基板部31が位置する。本実施形態では、旋回スクロール外周部35と旋回側基板部31は、一体的に構成される、旋回スクロール外周部35の略三角形の頂点部分(角部)に相当する位置のそれぞれにはクランク軸70が連結される連結孔301が形成される。
【0052】
図9は、本実施形態の旋回スクロール30にボトムプレート40が取り付けられた状態を模式的に示す拡大縦断面図である。
図9は、
図3における鎖線で囲まれた領域Bの位置に対応している。
【0053】
図9に示すように、内側に位置する旋回ラップ32の歯壁面32aと外側に位置する旋回ラップ32の歯壁面32bの間の領域である歯底面37には、ボトムプレート40を収容する収容溝部38が形成される。収容溝部38は、ボトムプレート40の形状に応じた渦巻き状に延びるように形成されており、収容溝部38の深さD2は、ボトムプレート40の厚みに対応するように設定される。
【0054】
また、収容溝部38は、上述の固定スクロール50又は固定スクロール150の固定ラップ52の摺動領域Z2に対応するように形成される。固定ラップ52の歯先面59に形成される溝部56にはチップシール54が収容されており、摺動領域Z2はチップシール54が旋回側基板部31に接触する範囲を少なくとも含む領域である。
【0055】
ボトムプレート40は、収容溝部38に収容された状態で旋回側基板部31の両側に装着される。旋回側基板部31に固定されるボトムプレート40は、固定側基板部51に固定されるボトムプレート40と同じ形状のものを利用している。本実施形態では、旋回側基板部31における対面する固定側基板部51に固定されるボトムプレート40を裏返した状態のものが旋回側基板部31に装着される。
【0056】
即ち、固定スクロール150だけではなく、旋回スクロール30に装着される2枚のボトムプレート40についても、固定スクロール50に装着されるボトムプレート40と同じ形状のものとなる。このように、本実施形態では、固定スクロール50及び固定スクロール150のそれぞれの片面に配置されるボトムプレート40の2枚と、旋回スクロール30の両側面に配置される2枚と、が全て同じ形状のものを利用することが可能となっている。
【0057】
図8に示すように、ボトムプレート40の渦巻きの始端部がボルト47により固定されるとともに、渦巻きの終端部がボルト48により固定される。ボトムプレート40の渦巻きの始端部は中央開口部33の近傍に位置する。
【0058】
図10は、本実施形態のボトムプレート40におけるボルト47(ボルト48)が締結される箇所を模式的に示す拡大横断面図である。
図10に示すように、ボルト47(ボルト48)の頭部451とボトムプレート40の間には第1シールリング101が配置され、ボトムプレート40と旋回側基板部31の間には第2シールリング102が配置される。
【0059】
第1シールリング101は、頭部451とボトムプレート40の双方に接触するとともに軸部450を囲うリング形状の弾性部材である。第2シールリング102は、ボトムプレート40と旋回側基板部31の双方に接触するとともに軸部450を囲うリング形状の弾性部材である。旋回スクロール30の表面にも樹脂被膜100が形成されており、この樹脂被膜100を介して第2シールリング102が旋回側基板部31に接触する状態となる。
【0060】
<樹脂被膜>
次に、樹脂被膜100について説明する。上述のように、固定スクロール50及び固定スクロール150の表面には樹脂被膜100が形成される(
図7参照)とともに、旋回スクロール30の表面にも樹脂被膜100が形成される(
図10参照)。
【0061】
樹脂被膜100は、素材表面に被せた膜であり、従来技術の硬質アルマイト皮膜のような素材表面を酸化等の化学変化を伴うことにより改質した膜とは異なっている。本実施形態の樹脂被膜100は、バインダー樹脂、固体潤滑剤を含む一方、導電性物質を含まない摺動部材用組成物を樹脂材料として用いている。
【0062】
樹脂被膜100の成分について例示する。樹脂被膜100は、例えば、バインダー樹脂100重量部、固体潤滑剤5~100重量部及び充填剤20~40重量部を含有してなる摺動部材用組成物によって構成される。
【0063】
バインダー樹脂は、例えば、ポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂又はフェノール樹脂を用いることができる。固体潤滑剤は、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体等のフッ素化ポリマーを用いることができる。充填剤は、例えば、層状構造を有する焼成カオリン、乾式カオリンやマイカ等であり、その吸油量が40~100ml/100gであるものを用いることができる。なお、この例示した吸油量は、米国試験材料協会(ASTM)の規格D281-12(2016)により測定されるものである。
【0064】
更に、本実施形態の樹脂被膜100は、ブラスト処理されたアルミニウム合金の表面に対して塗装により形成される。ブラスト処理では、アルミニウム合金である旋回スクロール30、固定スクロール50,150に対して研削材を投射し、表面に研削面103を形成する(
図7及び
図10参照)。この研削面103に対して塗装により樹脂被膜100が形成される。ブラスト処理によって表面積が増大しているので、アンカー効果によって樹脂被膜100の旋回スクロール30、固定スクロール50,150に対する高い密着性が実現される。
【0065】
なお、本実施形態では、旋回スクロール30と固定スクロール50,150の間で同じ組成の樹脂被膜100を用いる例を説明したが、この例に限定される訳ではない。例えば、旋回スクロール30の樹脂被膜100は、固定スクロール50,150の外周シール80の摺接があるため耐久性が重要となるが、固定スクロール50,150側はチップシール34の摺接のみなので、コストを重視して旋回スクロール30の樹脂被膜100とは組成が異なる樹脂被膜を形成してもよい。
【0066】
以上説明したように本実施形態の水添加式スクロール圧縮機1は、旋回側基板部31の板面に渦巻き状の旋回ラップ32が設けられる旋回スクロール30と、固定側基板部51の板面に旋回ラップ32に噛み合う渦巻き状の固定ラップ52が設けられる固定スクロール50,150と、旋回ラップ32及び固定ラップ52のうち、少なくとも一方の歯先面39,59に沿って形成された溝部36,56に収容されるチップシール34,54と、少なくともチップシール34の摺動領域Z1を含むように固定側基板部51に装着されるボトムプレート40と、少なくともチップシール54の摺動領域Z2を含むように旋回側基板部31に装着される渦巻き状のボトムプレート40と、を備える。旋回スクロール30及び固定スクロール50,150は、アルミニウム合金により形成されるとともに、その表面に樹脂被膜100が形成される。
【0067】
このように、従来のスクロールの表面に形成されていた硬質アルマイト皮膜に替えて、樹脂被膜100を旋回スクロール30及び固定スクロール50,150の表面に形成する構成とした。これにより、均一な膜厚と均質な組織の保護被膜を有する旋回スクロール30及び固定スクロール50,150を安価に製作することができる。また、固定ラップ52の歯底面57におけるチップシール34の摺動領域(摺接面)Z1にはボトムプレート40が配置され、旋回ラップ32の歯底面37におけるチップシール54の摺動領域(摺接面)Z2にもボトムプレート40が配置される構成とした。これにより、樹脂被膜100の摩耗や剥離を阻止できる。特に、ボトムプレート40に耐食性のある金属(例えば、ステンレス鋼)を用いることにより、樹脂被膜100の摩耗や剥離を阻止でき、潤滑水に基因するアルミニウム合金の腐食を確実に防止することができる。
【0068】
また、本実施形態のボトムプレート40は、旋回ラップ32及び固定ラップ52のうち、少なくとも一方の歯底面37,57に沿って形成された収容溝部38,58に収容されるとともに、ボトムプレート40の巻き始めの始端部及び巻き終わりの終端部が、旋回側基板部31又は固定側基板部51に対してボルト45~48で固定される。
【0069】
ボトムプレート40を収容溝部38,58に収容し、かつボトムプレート40の始端部と終端部をボルト止めする構成とすることにより、チップシール34,54摺接時の位置ずれが防止される。これにより、樹脂被膜100の摩耗や剥離を確実に阻止することができる。
【0070】
また、本実施形態の水添加式スクロール圧縮機1は、ボルト45~48の基端側の軸部450が挿通され、ボルト45~48の頭部451とボトムプレート40との間に介在する第1シールリング101と、ボルト45~48の先端側の軸部450が挿通され、ボトムプレート40と旋回側基板部31又は固定側基板部51との間に介在する第2シールリング102と、を備える。
【0071】
このように、第1シールリング101及び第2シールリング102を配置することで、ボルト45~48の軸部450への潤滑水の侵入を防ぐことができるので、旋回ラップ32の歯壁面32a,32bや固定ラップ52の歯壁面52a,52b等に生じる異種金属接触腐食が防止される。また、チップシール34,54の摺動時にボトムプレート40が帯電すると、スパークが発生して旋回ラップ32の歯壁面32a,32bや固定ラップ52の歯壁面52a,52bやボトムプレート40を損傷する虞があるが、ボトムプレート40と旋回側基板部31又は固定側基板部51をボルト45~48で導通させることにより、ボルト45~48がアースの役割を果たす。ボトムプレート40の帯電は、ハウジング10を介して放電されることになり、スパークの発生が回避される。
【0072】
また、本実施形態の樹脂被膜100は、アルミニウム合金の表面の研削面103に形成される塗膜である。
【0073】
ブラスト処理されたアルミニウム合金の表面に樹脂被膜100を塗装により形成されることになるので、母材である旋回スクロール30又は固定スクロール50,150と樹脂被膜100の密着性を高めることができる。
【0074】
また、本実施形態では、旋回スクロール30に形成される樹脂被膜100は、バインダー樹脂及び固体潤滑剤を含み、かつ導電性物質を含まない摺動部材用組成物により形成される。
【0075】
例えば、バインダー樹脂(例えば、ポリアミドイミド樹脂)中に固体潤滑剤(例えば、ポリテトラフルオロエチレン)を含む摺動部材用組成物を用いて樹脂被膜100を形成することにより、スクロール体の耐摩耗性(特に、固定ラップ52の歯壁面52a,52bと旋回ラップ32の歯壁面32a,32bの接触部分や外周シール80の摺動面の耐摩耗性)を向上させることができる。また、この摺動部材用組成物は、グラファイト等の導電性物質を含んでいないので、潤滑水の存在時にボトムプレート(ステンレス鋼)と相手側ラップ(アルミニウム合金)の導通によってチップシールの溝部36,56等に生じる異種金属接触腐食の防止にも寄与する。特に、旋回スクロール30は、固定スクロール50,150の外周ラップ55の先端に位置する外周シール80の摺接があり、耐久性が必要となるので樹脂被膜100が上述の構成をとることが好適である。
【0076】
また、本実施形態のチップシール34,54は、絶縁性の樹脂成形品である。
【0077】
例えば、チップシール34,54は、自己潤滑性のあるポリテトラフルオロエチレンを主成分とし、かつ絶縁性を阻害しない範囲で、カーボンファイバーやグラファイト等の固体潤滑剤を含んで形成される。固体潤滑剤の配合により、耐摩耗性に優れたシール効果を発揮できる。また、チップシール34,54は、絶縁性を発揮可能な組成が選ばれているので、潤滑水の存在時にステンレス鋼で形成されるボトムプレートと相手側のラップ(アルミニウム合金)の導通によってチップシール34,54の溝部36,56等に生じる異種金属接触腐食の防止にも寄与する。
【0078】
以上、本実施形態について説明したが、本発明は、上述の実施形態に制限されるものではなく、適宜変更が可能である。例えば、上記実施形態では、旋回スクロール30及び固定スクロール50,150の全てにボトムプレート40が装着される構成の例を示したが、旋回スクロール30及び固定スクロール50,150の何れか一方にボトムプレート40を配置する構成としてもよい。
【符号の説明】
【0079】
1 水添加式スクロール圧縮機
30 旋回スクロール
31 旋回側基板部
32 旋回ラップ
34 チップシール
36 溝部
37 歯底面
38 溝部
39 歯先面
40 ボトムプレート
45~48 ボルト
450 軸部
451 頭部
50,150 固定スクロール
51 固定側基板部
52 固定ラップ
54 チップシール
56 溝部
57 歯底面
58 溝部
59 歯先面
100 樹脂被膜
101 第1シールリング
102 第2シールリング
103 研磨面
Z1,Z2 摺動領域