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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】安定性に優れた変異型逆転写酵素
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/12 20060101AFI20241126BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
C12N9/12 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12N15/54
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2021536980
(86)(22)【出願日】2020-07-21
(86)【国際出願番号】 JP2020028319
(87)【国際公開番号】W WO2021020245
(87)【国際公開日】2021-02-04
【審査請求日】2023-07-06
(31)【優先権主張番号】P 2019137768
(32)【優先日】2019-07-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】肥山 貴圭
(72)【発明者】
【氏名】横江 奨
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0312822(US,A1)
【文献】Protein Engineering, Design & Selection,2017年,vol. 30, no. 8,,p. 551-557
【文献】Biochemical and Biophysical Research Communications,2014年,Volume 454, Issue 2,p.269-274
【文献】Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry,2017年,Vol. 81, No. 12,p.2339-2345
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 9/00
C12N 1/15
C12N 1/19
C12N 1/21
C12N 5/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、90位、157位、236位、262位、310位、409位、495位、及び635位からなる群より選ばれる少なくとも一つに相当する位置におけるシステイン残基が改変されているアミノ酸配列からなる変異型逆転写酵素であって、前記システイン残基の改変が、アラニン、グリシン、バリン、イソロイシン、フェニルアラニン、プロリン、メチオニン、及びトリプトファンからなる群より選択される少なくとも一つの非極性アミノ酸残基への置換である、変異型逆転写酵素
【請求項2】
前記システイン残基の改変が、アラニン、グリシン、バリン、及びイソロイシンからなる群より選択される少なくとも一つの非極性アミノ酸残基への置換である、請求項に記載の変異型逆転写酵素。
【請求項3】
前記システイン残基の改変が、アラニン残基への置換である、請求項1又は2に記載の変異型逆転写酵素。
【請求項4】
配列番号1に記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、少なくとも310位に相当する位置のシステイン残基が改変されていることを特徴とする、請求項1からのいずれかに記載の変異型逆転写酵素。
【請求項5】
前記310位に相当する位置のシステイン残基の改変がアラニン、グリシン、バリン、及びイソロイシンからなる群より選択される非極性アミノ酸残基への置換である、請求項に記載の変異型逆転写酵素。
【請求項6】
前記310位に相当する位置のシステイン残基の改変がアラニン残基への置換である、請求項4又は5に記載の変異型逆転写酵素。
【請求項7】
RNase活性を欠く、請求項1からのいずれかに記載の変異型逆転写酵素。
【請求項8】
25℃で35日間保存した場合に30%以上の残存活性率を示す、請求項1から7のいずれかに記載の変異型逆転写酵素。
【請求項9】
25℃で35日間保存した場合に50%以上の残存活性率を示す、請求項1から8のいずれかに記載の変異型逆転写酵素。
【請求項10】
請求項1からのいずれかに記載の変異型逆転写酵素をコードするポリヌクレオチド。
【請求項11】
請求項10に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項12】
請求項11に記載のベクターで形質転換された細胞。
【請求項13】
請求項1からのいずれかに記載の変異型逆転写酵素、請求項10に記載のポリヌクレオチド、請求項11に記載のベクター、及び請求項12に記載の細胞からなる群より選択される少なくとも1つを含む試薬。
【請求項14】
請求項10に記載のポリヌクレオチド、請求項11に記載のベクター、請求項12に記載の細胞、及び請求項13に記載の試薬からなる群より選択される少なくとも1つを用いて、請求項1からのいずれかに記載の変異型逆転写酵素を製造する方法。
【請求項15】
請求項1からのいずれかに記載の変異型逆転写酵素を用いて、RNAのテンプレートからcDNAを合成することを特徴とする逆転写方法。
【請求項16】
請求項1からのいずれかに記載の変異型逆転写酵素を含むキット。
【請求項17】
RNAをテンプレートとしてcDNAを合成するために用いられる、請求項16に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】

本発明は、変異型逆転写酵素に関する。さらに詳しくは、本発明は、経時的な保存安定性や熱安定性に優れた変異型逆転写酵素、並びに該変異型逆転写酵素を用いる逆転写方法、該変異型逆転写酵素をコードするポリヌクレオチド、該変異型逆転写酵素を含むキット等に関する。
【背景技術】
【0002】

逆転写酵素は、一般的に、RNAをテンプレートとしてcDNAを合成する活性(以下、「RNA依存性DNAポリメラーゼ活性」という)と、RNA:DNAハイブリッド中のRNA鎖を分解する活性(以下、「RNaseH活性」という)を有している。逆転写酵素は、例えば、生体で発現しているタンパク質のアミノ酸配列を直接反映しているmRNAの塩基配列の解析、cDNAライブラリーの構築、RT-PCRなどの用途に用いられている。このような用途に用いる逆転写酵素としては、従来より、モロニーマウス白血病ウイルス逆転写酵素(MMLV)またはトリ骨髄芽球症ウイルス逆転写酵素(AMV)等が知られている。
【0003】

また、mRNAが二次構造を形成しやすい塩基配列を有する場合、逆転写酵素によるcDNAの合成が前記二次構造によって妨げられることから、反応温度を高くすることによって二次構造の形成を抑制しながらcDNAを合成することが望まれる。しかしながら、前記モロニーマウス白血病ウイルス逆転写酵素およびトリ骨髄芽球症ウイルス逆転写酵素は、熱安定性が低いことが多く、RNAの二次構造の形成が抑制されるような高い温度では、失活してしまうことがある。そこで、近年では逆転写酵素に複数のアミノ酸変異を導入するなどの工夫により、野生型逆転写酵素よりも高い熱安定性を保有し、通常は安定性に乏しかった42~60℃でも反応性が改善した変異型逆転写酵素等が種々開発されている(特許文献1、2、非特許文献1)。
【0004】

また、逆転写酵素は保存安定性が低いことが知られており、RNAの二次構造の形成が抑制されるような高い温度のみならず、4℃、25℃といった比較的穏やかな条件下で保存中でも徐々に失活し、酵素活性を失ってしまうことがある。そのため、保管中や輸送中の厳重な温度管理や使用期限管理等が必要となる。
【0005】

上述の理由により、従来よりも、熱安定性が向上した逆転写酵素及び/又は保存中の経時的な安定性が向上した、更なる有用な新規の逆転写酵素の開発が待ち望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】

【文献】特開2000-139457号公報
【文献】特許第6180002号
【非特許文献】
【0007】

【文献】Journal of Biotechnology,Vol.150,Issue 3,Pages 299-306,(2010年発刊)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】

本発明は上記の従来技術に鑑みてなされたものであり、経時的な保存安定性及び/又は熱安定性が向上した、更なる有用な新規の変異型逆転写酵素の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】

本発明者らは、上記課題に鑑み、鋭意研究の結果、逆転写酵素の特定部位におけるシステイン残基を改変することで、経時的な保存安定性及び/又は熱安定性が向上した逆転写酵素が得られることを見出し、本発明に到達した。
【0010】

すなわち、代表的な本発明は以下の構成からなる。

[項1] 配列番号1に記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、90位、157位、236位、262位、310位、409位、495位、及び635位からなる群より選ばれる少なくとも一つに相当する位置におけるシステイン残基が改変されているアミノ酸配列からなる変異型逆転写酵素。

[項2] 配列番号1に記載のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸残基の欠失、置換及び/又は付加を有するアミノ酸配列において、90位、157位、236位、262位、310位、409位、495位、及び635位からなる群より選ばれる少なくとも一つに相当する位置におけるシステイン残基が改変されているアミノ酸配列からなる、項1に記載の変異型逆転写酵素。

[項3] 前記システイン残基の改変が、システイン残基の欠失及び/又は他のアミノ酸残基への置換である、項1又は2に記載の変異型逆転写酵素。

[項4] 前記システイン残基の改変が、アラニン、グリシン、バリン、ロイシン、及びイソロイシンからなる群より選択される少なくとも一つの非極性アミノ酸残基への置換である、項1から3のいずれかに記載の変異型逆転写酵素。

[項5] 前記システイン残基の改変が、アラニン残基への置換である、項1から4のいずれかに記載の変異型逆転写酵素。

[項6] 配列番号1に記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、少なくとも310位に相当する位置のシステイン残基が改変されていることを特徴とする、項1から5のいずれかに記載の変異型逆転写酵素。

[項7] 前記310位に相当する位置のシステイン残基の改変がアラニン、グリシン、バリン、ロイシン、及びイソロイシンからなる群より選択される非極性アミノ酸残基への置換である、項1から6のいずれかに記載の変異型逆転写酵素。

[項8] 前記310位に相当する位置のシステイン残基の改変がアラニン残基への置換である、項1から7のいずれかに記載の変異型逆転写酵素。

[項9] RNase活性を欠く、項1から8のいずれかに記載の変異型逆転写酵素。

[項10] 25℃で35日間保存した場合に30%以上の残存活性率を示す、変異型逆転写酵素。

[項11] 25℃で35日間保存した場合に50%以上の残存活性率を示す、変異型逆転写酵素。

[項12] 項1から8のいずれかに記載の逆転写酵素をコードするポリヌクレオチド。

[項13] 項12に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。

[項14] 項13に記載のベクターで形質転換された細胞。

[項15] 項1から11のいずれかに記載の変異型逆転写酵素、項12に記載のポリヌクレオチド、項13に記載のベクター、及び項14に記載の細胞からなる群より選択される少なくとも1つを含む試薬。

[項16] 項12に記載のポリヌクレオチド、項13に記載のベクター、項14に記載の細胞、及び項15に記載の試薬からなる群より選択される少なくとも1つを用いて、項1から11のいずれかに記載の変異型逆転写酵素を製造する方法。

[項17] 項1から11のいずれかに記載の変異型逆転写酵素を用いて、RNAのテンプレートからcDNAを合成することを特徴とする逆転写方法。

[項18] 項1から11のいずれかに記載の変異型逆転写酵素を含むキット。

[項19] RNAをテンプレートとしてcDNAを合成するために用いられる、項18に記載のキット。
【発明の効果】
【0011】

本発明により、経時的な保存安定性及び/又は熱安定性が向上した新規の有用な変異型逆転写酵素が提供される。本発明の変異型逆転写酵素は、経時的な保存安定性に優れるので保管時や輸送時等の取扱いをより容易なものとし、利便性が高い試薬とすることができる。また、本発明の変異型逆転写酵素は、熱安定性に優れるので、例えば、反応温度を高くする工程を含む核酸合成法においても効率よく逆転写反応を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】

図1】実施例4における野生型逆転写酵素(WT)の安定性試験の結果を示す図である。
図2】実施例4における本発明の変異型逆転写酵素(C310A)の安定性試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】

以下に本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0014】

本発明の変異型逆転写酵素は、野生型逆転写酵素における特定位置のシステイン残基が改変されていることを特徴とする。本発明では、システイン残基を改変することで経時的な保存安定性が向上し、熱安定性にも優れた逆転写酵素とすることができるという新たな知見に基づく。システインはチオール基を有し、一般にジスルフィド結合の形成などを通じてタンパク質の三次構造の維持に寄与する。本発明は、このようなシステイン残基を改変(例えば、欠失及び/又は他のアミノ酸に置換)することによって逆転写酵素の性能を変え、熱安定性及び/又は保存安定性を向上させるというものである。
【0015】

従って、本発明では、野生型逆転写酵素において所定の位置のシステイン残基を改変すればよく、本発明の効果を奏する限り、システイン残基の改変の態様は限定されない。一例として、システイン残基の改変は、当該システイン残基の欠失及び/又は他のアミノ酸への置換であり得る。より確実に高い安定化効果が奏され得るという観点から、好ましくは、他のアミノ酸残基への置換であるのがよく、なかでも、非極性アミノ酸残基への置換であることが好ましい。前記のような本発明の変異型逆転写酵素は、逆転写活性を有し、かつ改変前の逆転写酵素に比べて熱安定性及び/又は保存安定性が向上していることを特徴としている。
【0016】

なお、本発明において、「野生型逆転写酵素」(以下、「WT」ともいう。)とは、人為的に変異が導入されていない逆転写酵素をいう。前記野生型逆転写酵素としては、配列番号1に記載するアミノ酸配列からなる逆転写酵素などがあげられる。ここで、「配列番号1に記載のアミノ酸配列」とは、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列(モロニーマウス白血病ウイルス逆転写酵素)をいう。さらに、「モロニーマウス白血病ウイルス逆転写酵素」を「MMLV逆転写酵素」と表すこともある。本発明は、モロニーマウス白血病ウイルス逆転写酵素のアミノ酸配列に由来する変異型逆転写酵素であり得るが、アミノ酸配列の同一性等の観点から配列番号1に記載のアミノ酸配列と所定の関係にあり高い相同性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質(例えば、オルソログ、ホモログ等)に由来する変異型逆転写酵素であってもよい。より確実に高い安定性向上効果が得られ易いという観点から、好ましくは、モロニーマウス白血病ウイルス逆転写酵素のアミノ酸配列に由来する変異型逆転写酵素である。
【0017】

一つの実施形態において、本発明の変異型逆転写酵素は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、90位、157位、236位、262位、310位、409位、495位、及び635位からなる群より選ばれる少なくとも一つに相当する位置のシステイン残基において改変を含む変異型逆転写酵素であることを特徴とする。改変前のアミノ酸配列は、配列番号1と完全に同一である場合に限られるものではなく、逆転写活性が失われていない限り特に制限されないが、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列との同一性が90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、更に好ましくは97%以上、更により好ましくは98%以上、なかでも99%以上であるアミノ酸配列から構成されるものが好適である。ここで、アミノ酸配列の同一性は、当該分野で公知の任意の手段で評価することができる。例えば、市販の又は電気通信回線(インターネット)を通じて利用可能な解析ツールを用いて算出することができ、一例として、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/においてデフォルト(初期設定)のパラメータを用いることにより、アミノ酸配列の同一性を算出することが可能である。さらに、改変前のアミノ酸配列は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、及び/又は付加されたアミノ酸配列であってもよい。ここで「1又は数個」とは、逆転写活性が失われていない限り特に制限されないが、例えば、1~20個、好ましくは1~10個、より好ましくは1~5個、更に好ましくは1~3個である。前記のような改変前のアミノ酸配列は、例えば、遺伝子工学的な手法により人為的に作製するものであってもよいし、天然に由来するタンパク質のアミノ酸配列であってもよい。
【0018】

本明細書においては、塩基配列、アミノ酸配列およびその個々の構成因子については、アルファベット表記による簡略化した記号を用いる場合があるが、いずれも分子生物学・遺伝子工学分野における慣行に従う。また、本明細書においては、アミノ酸配列の変異を簡潔に示すため、例えば「C90A」などの表記を用いる。「C90A」は、第90番目のシステインをアラニンに置換したことを示しており、すなわち、置換前のアミノ酸残基の種類、その場所、置換後のアミノ酸残基の種類を示している。また、配列番号は、特に断らない限り、配列表に記載された配列番号に対応する。また、多重変異体の場合は、上記の表記を「/」でつなげて表す。なお、本明細書において、配列番号1に示されるアミノ酸配列と完全同一ではないアミノ酸配列おける、配列番号1上のある位置(順番)に相当する部位とは、配列の一次構造を比較(アラインメント)したときに、配列番号1の当該位置と対応する位置をいうものとする。
【0019】

また、本明細書において「変異型逆転写酵素」又は「改変型逆転写酵素」という場合の「変異型」又は「改変型」は互換可能に用いられ、従来知られた逆転写酵素とは異なるアミノ酸配列を備えることを意味するものであり、人為的変異によるか自然界における変異によるかを区別するものではない。従って、本発明の変異型逆転写酵素は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1以上のアミノ酸が改変されて、配列番号1とは異なるアミノ酸配列を有する逆転写酵素をいい、当該変異型逆転写酵素が、人為的変異により得られた逆転写酵素であるか、自然界における変異により得られた逆転写酵素であるかを問わない。
【0020】

特定の好ましい実施形態において、本発明の逆転写酵素は、配列番号1のアミノ酸配列又はアミノ酸配列同一性等の観点から配列番号1に記載のアミノ酸配列と所定の関係にあるアミノ酸配列において、90位、157位、236位、262位、310位、409位、495位及び635位からなる群より選ばれる少なくとも一つに相当する位置のシステイン残基を改変したものである。従って、本発明の変異型逆転写酵素は、本発明の効果を奏する限り、前記のようなアミノ酸配列において、2つ以上の位置に相当する部位のシステイン残基を改変したものであってもよいし、3つ以上、4つ以上、5つ以上、6つ以上、7つ以上の位置に相当する部位のシステイン残基を改変したものであってもよいし、前記で特定した8つ全ての位置に相当する部位のシステイン残基を改変したものであってもよい。後述の実施例の結果に示されるように、配列番号1において310位に相当する位置のシステイン残基を改変することにより、特に高い安定化効果が奏されることが示されている。従って、特定の好ましい実施形態では、前記のようなアミノ酸配列において少なくとも310位に相当する位置におけるシステイン残基が改変されたものとすることができる。
【0021】

特定の好ましい実施形態において、本発明の変異型逆転写酵素は、配列番号1のアミノ酸配列又はアミノ酸配列同一性等の観点から配列番号1に記載のアミノ酸配列と所定の関係にあるアミノ酸配列において、90位、157位、236位、262位、310位、409位、495位及び635位からなる群より選ばれる少なくとも一つに相当する位置のシステイン残基を非極性アミノ酸に置換したものである。好ましくは、90位、157位、236位、262位、310位、409位、495位及び635位からなる群より選ばれる少なくとも一つに相当する位置のシステイン残基を、グリシン、アラニン、イソロイシン、ロイシン、バリン、フェニルアラニン、プロリン、メチオニン、又はトリプトファンに置換したものであり;より好ましくは、グリシン、アラニン、イソロイシン、ロイシン、バリン、フェニルアラニン、又はプロリンに置換したものであり;更に好ましくは、グリシン、アラニン、イソロイシン、ロイシン、又はバリンに置換したものであり;更により好ましくは、グリシン、アラニン又はイソロイシンであり、なかでも好ましくは、アラニン又はイソロイシンである。グリシン、アラニン、イソロイシン、ロイシン、バリンは、非極性アミノ酸であって、いずれも等電点が約6.0であることが知られており、共通の性質を示し得るアミノ酸として同等の効果が発揮されることが期待できる。
【0022】

本発明の変異型逆転写酵素は、例えば、配列番号1のアミノ酸配列又はアミノ酸配列同一性等の観点から配列番号1に記載のアミノ酸配列と所定の関係にあるアミノ酸配列において、90位、157位、236位、262位、310位、409位、495位及び635位からなる群より選ばれる少なくとも一つに相当する位置のシステイン残基を改変したタンパク質を製造することによって得ることができる。アミノ酸配列においてアミノ酸改変を導入する方法は、当該分野で公知の任意の手法により、当業者に適宜行われ得る。例えば、野生型逆転写酵素をコードする遺伝子に変異を導入して、タンパク質工学的手法により、所定の位置にアミノ酸改変を導入した新たな変異型逆転写酵素のタンパク質を製造することができる。アミノ酸の改変を導入する方法の一態様としては、Inverse PCR法に基づく部位特異的変異導入法を用いることができる。例えば、KOD -Plus- Mutagenesis Kit(東洋紡製)は、(1)目的とする遺伝子を挿入したプラスミドを変性させ、該プラスミドに変異プライマーをアニーリングさせ、続いてKOD DNAポリメラーゼを用いて伸長反応を行う、(2)(1)のサイクルを15回繰り返す、(3)制限酵素DpnIを用いて鋳型としたプラスミドのみを選択的に切断する、(4)新たに合成された遺伝子をリン酸化、Ligationを実施し環化させる、(5)環化した遺伝子を大腸菌に形質転換することで、目的とする変異の導入されたプラスミドを保有する形質転換体を取得することのできるキットであり、本発明の変異型逆転写酵素の作製に好適に用いることができる。
【0023】

特定の実施形態において、本発明の変異型逆転写酵素は、RNase活性を欠くものであってもよい。RNase活性を欠く変異型逆転写酵素の一例として、524位に相当する位置のアスパラギン酸をアラニンに置換したものが挙げられるが、これに限定するものではない。野生型逆転写酵素が一般に有するRNase活性は、逆転写反応のテンプレートであるRNAを分解する場合があり、特に、長鎖RNA(例えば、完全長RNA)をテンプレートとしてcDNAを合成する際に問題となり得る。RNase活性を欠くように改変した変異型逆転写酵素であれば、長鎖RNAをテンプレートとする逆転写反応において、その反応途中にRNA鎖のテンプレートが分解されてしまうのを抑制することができるので好ましい。
【0024】

後述の試験例の結果に示されるように、本発明により、保存安定性及び/又は熱安定性が向上した変異型逆転写酵素を提供することができる。好ましい実施形態では、本発明により提供される変異型逆転写酵素は、保存安定性及び熱安定性の両方に優れた性質を有する変異型逆転写酵素である。
【0025】

具体的に、本発明により提供される経時的な保存安定性に優れた変異型逆転写酵素としては、例えば、25℃で35日間保存した場合に20%以上の残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。好ましくは30%以上の残存活性率、より好ましくは40%以上の残存活性率、更に好ましくは50%以上の残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。更には、本発明の経時的な保存安定性に優れた変異型逆転写酵素は、例えば、25℃で25日間保存した場合に、20%以上の残存活性率、好ましくは30%以上の残存活性率、より好ましくは40%以上の残存活性率、更に好ましくは50%以上の残存活性率を示すを示す変異型逆転写酵素であり得る。また本発明の経時的な保存安定性に優れた変異型逆転写酵素は、例えば、25℃で10日間保存した場合に、40%以上の残存活性率、好ましくは45%以上の残存活性率、よりに好ましくは50%以上の残存活性率、更に好ましくは60%以上の残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。長期間保存後にこのように高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素は、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列又はアミノ酸配列同一性等の観点から配列番号1に記載のアミノ酸配列と所定の関係にあるアミノ酸配列においてアミノ酸を改変し、得られた変異型逆転写酵素について以下に説明するような残存活性率の測定で評価することにより、当業者により適宜取得され得る。
【0026】
特定の実施形態において、本発明により提供される経時的な保存安定性に優れた変異型逆転写酵素は、例えば、25℃で10日間、25日間、又は35日間にわたり保存した場合に、野生型逆転写酵素の残存活性率と比較して高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。具体的には、例えば、25℃で10日間保存した場合に、野生型逆転写酵素の残存活性率と比較して約1.1倍以上、好ましくは約1.2倍以上、より好ましくは、1.3倍以上、更に好ましくは約1.4倍以上高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。さらに例えば、25℃で25日間保存した場合に、野生型逆転写酵素の残存活性率と比較して約1.1倍以上、好ましくは約1.5倍以上、より好ましくは約2倍以上、なかでも好ましくは4倍以上高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。また例えば、25℃で35日間保存した場合に、野生型逆転写酵素の残存活性率と比較して約1.1倍以上、好ましくは約1.5倍以上、より好ましくは約2倍以上、なかでも好ましくは約4倍以上高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。25℃での長期保存後にこのように高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素は、野生型逆転写酵素とアミノ酸残基を改変した変異型逆転写酵素の両方について、以下に説明するような残存活性率の測定で評価し、野生型逆転写酵素の残存活性率の値と比較することにより、当業者により適宜取得され得る。
【0027】

更なる実施形態において、本発明により提供される熱安定性に優れた変異型逆転写酵素は、例えば、45℃で5分間熱処理した場合に70%以上の残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。更には、本発明の熱安定性に優れた変異型逆転写酵素は、例えば、45℃で10分間熱処理した場合にも65%以上の残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。さらに、本発明の熱安定性に優れた変異型逆転写酵素は、例えば、50℃で5分間熱処理した場合に、65%以上の残存活性率、好ましくは68%以上の残存活性率を示す変異型逆転写酵素であってもよい。また、本発明の熱安定性に優れた変異型逆転写酵素は、例えば、55℃で5分間熱処理した場合に20%以上の残存活性率、好ましくは25%以上の残存活性率を示す変異型逆転写酵素であってもよい。熱処理後にこのように高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素は、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列又はアミノ酸配列同一性等の観点から配列番号1に記載のアミノ酸配列と所定の関係にあるアミノ酸配列においてアミノ酸を改変し、得られた変異型逆転写酵素について以下に説明するような残存活性率の測定で評価することにより、当業者により適宜取得され得る。
【0028】

特定の実施形態において、本発明により提供される熱安定性に優れた変異型逆転写酵素は、例えば、45℃で5分間、50℃で5分間、又は55℃で5分間にわたり熱処理した場合に、野生型逆転写酵素の残存活性率と比較して高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。具体的には、例えば、45℃で5分間熱処理した場合に、野生型逆転写酵素の残存活性率と比較して約1.1倍以上、好ましくは約1.2倍以上、より好ましくは、1.3倍以上、更に好ましくは約1.4倍以上高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。さらに例えば、50℃で5分間熱処理した場合に、野生型逆転写酵素の残存活性率と比較して約1.1倍以上、好ましくは約1.2倍以上高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。また例えば、55℃で5分間熱処理した場合に、野生型逆転写酵素の残存活性率と比較して約1.1倍以上、好ましくは約1.2倍以上、より好ましくは約1.4倍以上、なかでも好ましくは約1.6倍以上高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素であり得る。熱処理後にこのように高い残存活性率を示す変異型逆転写酵素は、野生型逆転写酵素とアミノ酸残基を改変した変異型逆転写酵素の両方について、以下に説明するような残存活性率の測定で評価し、野生型逆転写酵素の残存活性率の値と比較することにより、当業者により適宜取得され得る。
【0029】

[逆転写活性の測定方法]

本明細書において、逆転写酵素の逆転写活性は、以下の操作により測定することができる。本測定方法において、酵素活性が高い場合は、測定対象を含むサンプルを適宜希釈して測定を行えばよい。
【0030】

先ず、予め調製した下記のA液10μL、B液22μL、C液1μL、及び滅菌水12μLを、マイクロチューブ等の反応容器に加えて攪拌混合後、測定対象を含むサンプル液又はその希釈液5μLを加えて、42℃で10分間反応させる。その後、冷却し、下記のD液150μLを加えて、攪拌後さらに10分間氷冷する。この液をガラスフィルター(ワットマン製GF/Cフィルター)でろ過し、0.1N塩酸及びエタノールで十分洗浄し、フィルターの放射活性を液体シンチレーションカウンター(パッカード製Tri-Carb2810 TR)を用いて計測し、ヌクレオチドの取り込みを測定する。酵素活性の1単位はこの条件下で10分当たり1nmoleのヌクレオチドを酸不溶性画分に取り込む酵素量とする。(逆転写酵素活性測定用試薬)

・A液:250mM Tris-HCl(pH8.3)、375mM 塩化カリウム、15mM 塩化マグネシウム、50mM ジチオスレイトール、

・B液:1mg/mL polyA、1pmol/μL dT20、10mM dTTP、

・C液:[3H]-dTTP、

・D液:0.07M ピロリン酸ナトリウム、0.7M トリクロロ酢酸。
【0031】

[逆転写活性の残存活性率の測定]

測定対象となる各変異型逆転写酵素を、保存緩衝液(50mM Tris-HCl(pH7.5)、300mM KCl、50% glycerol、0.1mM EDTA)により100U/μLに希釈した後、前記逆転写活性の測定方法に記載の手順に従い、保存前の逆転写活性値を測定する。次いで、上記の保存緩衝液に希釈した測定対象の各変異型逆転写酵素を、所定の保存条件下(具体的には、経時的な保存安定性を評価する場合には、例えば、25℃のインキュベータ内で10日間~35日間保存する条件下;熱安定性を評価する場合には、例えば、45℃~55℃のインキュベータ内で5分間保存する条件下)に置いて保存する。保存開始から所定時間経過後(具体的には、経時的な保存安定性を評価する場合には、例えば10日~35日後;熱安定性を評価する場合には、例えば5分後)に、保存前と同様に前記逆転写活性の測定方法に記載の手順に従い、保存後の逆転写活性値を測定する。次いで、以下の式Iに記載のように、保存後の逆転写活性値を保存前の逆転写活性値で除算することにより、残存活性率を算出できる。

残存活性率(%)=(保存後の逆転写活性値/保存前の逆転写活性値)×100・・・(式I)
【0032】

更なる実施形態において、本発明は、前記のような本発明の変異型逆転写酵素をコードするポリヌクレオチドを提供する。ここで、変異型逆転写酵素をコードするポリヌクレオチドとは、例えばそれを常法により発現させた場合に、本発明の変異型逆転写酵素のタンパク質が得られるポリヌクレオチドをいう。即ち、本発明の変異型逆転写酵素のタンパク質のアミノ酸配列に対応する塩基配列から構成されるポリヌクレオチドを指す。当業者は、当該分野で周知のコドン表などに従って、所定のアミノ酸配列に対応する塩基配列を容易に決定することができる。また、本発明の変異型逆転写酵素をコードするポリヌクレオチドは、コドンの縮重により相違するポリヌクレオチドも包含する。ポリヌクレオチドとしては、DNA、RNA等の任意の核酸ポリマーであり得る。
【0033】

更なる実施形態において、本発明は、前記ポリヌクレオチドを含むベクターを提供する。具体的には、上記変異型逆転写酵素をコードするポリヌクレオチドを必要に応じてベクター(例えば、発現ベクター、クローニングベクター等)に移し替える。該ベクターは、本発明の変異型逆転写酵素のクローニング及び/又は発現等を可能とするものであればいかなるものでもよく、例えばプラスミドが挙げられる。プラスミドとしてはpUC118、pUC18、pBR322、pBluescript、pLED-M1、p73、pGW7、pET3a、pET8cなどが挙げられるがこれに限定するものではない。
【0034】

更なる実施形態において、本発明は、前記ベクターで形質転換された細胞を提供する。このような細胞は、本発明の変異型逆転写酵素をコードするタンパク質を発現させるために好適に使用され得る。特定の好ましい実施形態において、本発明の組換え宿主細胞は、上記発現ベクターを用いて宿主細胞を形質転換することにより得られるものである。該宿主細胞としては、大腸菌、酵母などが挙げられるが、特に大腸菌が好ましい。大腸菌としては、例えばエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)DH5α、JM109、HB101、XL1Blue、PR1、HS641(DE3)、BL21(DE3)などが挙げられる。すなわち、本発明においては、上記の変異型逆転写酵素をコードする遺伝子を上記ベクターに挿入して発現ベクターとし、さらに該発現ベクターにて宿主細胞を形質転換することが好ましい。
【0035】

一つの実施形態において、本発明の発現ベクターは、変異型逆転写酵素の精製をより容易にするためのエレメント、例えば、細胞外分泌シグナル、Hisタグなどを含有していてもよい。
【0036】

更なる実施形態では、前記ポリヌクレオチド、前記ベクター、前記形質転換細胞、及び/又はこれらの1つ以上を含む試薬を用いて、前記変異型逆転写酵素を製造する方法をも提供する。例えば、該発現ベクターを用いて宿主細胞を形質転換した後、アンピシリン等の薬剤を含む寒天培地に塗布し、コロニーを形成させる。コロニーを栄養培地、例えばLB培地や2×YT培地に接種し、37℃で12~20時間培養した後、菌体を破砕して粗酵素液を抽出する。菌体を破砕する方法としては公知のいかなる手法を用いても良いが、例えば超音波処理、フレンチプレスやガラスビーズ破砕のような物理的破砕法やリゾチームのような溶菌酵素を用いることができる。得られた粗酵素液から精製逆転写酵素を取得する方法は、いかなる手法を用いてもよいが、例えば、遠心分離、超遠心分離、限外濾過、塩析、透析、イオン交換カラムクロマトグラフィー、吸着カラムクロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲル濾過カラムクロマトグラフィーなどに供することにより、本発明の変異型逆転写酵素を単離することができる。
【0037】

本発明は更に、前記変異型逆転写酵素を用いることを特徴とする逆転写方法をも提供する。本発明の逆転写方法は、本発明の変異型逆転写酵素を用いてRNAのテンプレートからcDNAを合成することを特徴としている。本発明の変異型逆転写酵素は、野生型逆転写酵素と比べて高い熱安定性を有している。そのため、本発明の逆転写方法によれば、RNAの二次構造の形成を抑制するのに十分な高い温度を含む幅広い温度範囲で逆転写反応を行なうことができる。したがって、本発明の逆転写方法は、RNAの種類によらず、逆転写反応を効率よく行なうことができ、汎用性が高い。
【0038】

一つの好ましい実施形態において、本発明の逆転写方法では、前記変異型逆転写酵素と、テンプレートとなるRNAと、前記RNAの一部に相補的なオリゴヌクレオチドプライマーと、4種のデオキシリボヌクレオシドトリホスフェートとを、逆転写反応用緩衝液中でインキュベーションすることにより逆転写反応を行なうことができる。
【0039】

逆転写反応における反応温度は、用いられるRNAの種類、用いられる変異型逆転写酵素の種類などによって異なるため、用いられるRNAの種類、用いられる変異型逆転写酵素の種類などに応じて適宜設定することが好ましい。前記反応温度は、例えば、用いられるRNAが二次構造を形成しにくいRNAである場合、37~45℃となるように設定することができる。また、前記反応温度は、例えば、用いられるRNAが二次構造を形成しやすいRNAである場合、野生型逆転写酵素に適した反応温度よりも高い温度、例えば、45~60℃となるように設定することができる。本発明の変異型逆転写酵素は高い熱安定性を有しているため、このように反応温度が高い条件であっても、十分に逆転写反応を行うことができるというメリットがある。前記反応時間は、例えば、1分間~1時間程度、好ましくは5分間~30分間程度とすることができるが、限定されない。
【0040】

本発明の逆転写方法に用いられる前記逆転写反応用緩衝液は、2価の陽イオン、例えば、マグネシウムイオン、マンガンイオンなどを含有してもよい。2価の陽イオンの濃度は、変異型逆転写酵素の種類や逆転写反応緩衝液に含まれる他の成分などに応じて適宜設定することが好ましい。例えば、逆転写反応用緩衝液中における2価の陽イオン濃度は、1~30mMで設定される。また、前記逆転写反応用緩衝液は、本発明の目的を妨げない範囲で、必要に応じて、還元剤(例えば、ジチオスレイトールなど)、安定化剤(例えば、グリセロール、トレハロースなど)、有機溶媒(例えば、ジメチルスルホキシド、ホルムアミドなど)などの成分を含有していてもよい。
【0041】

更なる実施形態において、本発明は、前記変異型逆転写酵素、前記ポリヌクレオチド、前記ベクター、及び/又は前記細胞を含む試薬を提供する。これらの試薬は使用目的等に応じて他に任意の成分(例えば、安定化剤、防腐剤等の任意の添加剤)を含むことができる。例えば、前記変異型逆転写酵素を含む試薬は、前記逆転写反応用緩衝液等を更に含むものであってもよい。本発明の前記試薬の用途は特に限定されず、例えば、RNAをテンプレートとしてcDNA合成を行う逆転写反応に好適に使用することができる。更には、本発明の前記試薬は、本発明の変異型逆転写酵素を製造するために好適に使用することができる。
【0042】

更なる実施形態において、本発明は、前記変異型逆転写酵素、前記ポリヌクレオチド、前記ベクター、前記細胞、及び/又はこれらの1つ以上を含む試薬で構成されたキットを提供する。本発明の前記キットは、例えば、RNAをテンプレートとしてcDNA合成を行う逆転写反応を行うためのキット、本発明の変異型逆転写酵素を製造するためのキット等であり得るが、好ましくは、RNAをテンプレートとしてcDNAを合成するために用いられるキット(これを、逆転写反応キット等ともいう)である。
【0043】

一つの実施形態において、本発明の逆転写反応キットは、逆転写反応を行なうためのキットであって、本発明の変異型逆転写酵素(当該変異型逆転写酵素を含む試薬として提供される場合も含む)を含有することを一つの特徴としている。本発明の逆転写反応キットは、高い熱安定性を有する本発明の変異型逆転写酵素を含有しているため、RNAの二次構造の形成を抑制するのに十分な高い温度を含む幅広い温度範囲での逆転写反応であっても好適に使用され得る。また、保存中の安定性が向上している逆転写酵素を含有しているため、キットの輸送中や保管中の管理が従来よりも容易となり、長期保存にも適したキットとなり得るため、利便性が高い。本発明の前記キットは更に、本発明の変異型逆転写酵素を使用して逆転写反応を行う場合の使用説明書等を含み得る。本発明のキットは、前記変異型逆転写酵素等を例えば一つの包装体に梱包し、当該キットの使用方法に関する情報を含む態様で提供することができる。
【0044】

特定の実施態様において、例えば、逆転写反応キットにおいて、前記逆転写反応を行なうのに必要な試薬は、変異型逆転写酵素が入った容器とは異なる容器中に封入されていてもよく、また、前記試薬の保存中における逆転写反応の進行が停止されているのであれば、前記変異型逆転写酵素と同じ容器に封入されていてもよい。前記試薬は、逆転写反応を行なうのに適した量となるように容器に封入されていてもよい。これにより、各試薬を逆転写反応に適した量となるように混合する必要がなくなるので、取り扱いを容易にすることができる。
【実施例
【0045】

以下、本発明を実施例により具体的に説明する。なお、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
【0046】

実施例1 MMLV逆転写酵素プラスミドの作製

モロニ―マウス白血病ウイルス由来逆転写酵素をコードするDNA(配列番号2)をpET-23b(+)にクローニングし、野生型MMLVを組み込んだプラスミド(pMMLV)を作成した。変異を持つプラスミドの作製には、pMMLVを鋳型に、KOD -PLUS- Mutagenesis Kit(Toyobo製)を用いて、方法は取扱説明書に準じて行った。作成したプラスミド及びその際に使用したプライマーを表1に示す。得られたプラスミドはBL21-CodonPlus Competent Cells(Agilent Technologies)に形質転換し、酵素調製に用いた。
【0047】

【表1】
【0048】

実施例2 逆転写酵素の取得

実施例1で得られた菌体の培養は、以下の通り実施した。まず、滅菌処理した100μg/mLのアンピシリンを含有するTB培地(Molecular cloning 2nd edition,p.A.2)80mLを、500mL坂口フラスコに分注した。この培地に、あらかじめ100μg/mLのアンピシリンを含有する3mLのLB培地(1%バクトトリプトン、0.5%酵母エキス、0.5%塩化ナトリウム)で37℃、16時間培養したプラスミド形質転換株を播種し、30℃で16時間通気培養した。その後、IPTG(ナカライテスク製)を終濃度1mMになるように添加し、30℃でさらに4時間通気培養した。培養液より菌体を遠心分離により回収し、50mLの破砕緩衝液(10mM Tris-HCl(pH7.5)、300mM KCl、5% glycerol)に懸濁後、ソニケーション処理により菌体を破砕し、細胞破砕液を得た。次に、細胞破砕液をHis GraviTrap(GEヘルスケア)によって精製した。洗浄条件は10mM Tris-HCl(pH7.5)、300mM KCl、5% glycerol、50mM imidazole、溶出条件は10mM Tris-HCl(pH7.5)、300mM KCl、5% glycerol、300mM imidazoleで実施した。最後に保存緩衝液(50mM Tris-HCl(pH7.5)、300mM KCl、50% glycerol、0.1mM EDTA)に置換し、各変異型逆転写酵素を得た。
【0049】

上記で精製した逆転写酵素の活性測定は、以下の操作で行った。また、酵素活性が高い場合はサンプルを希釈して測定を行った。
【0050】

(逆転写酵素活性測定用試薬)

A液:250mM Tris-HCl(pH8.3)、375mM 塩化カリウム、15mM 塩化マグネシウム、50mM ジチオスレイトール

B液:1mg/mL polyA、1pmol/μL dT20、10mM dTTP、

C液:[3H]-dTTP

D液:0.07M ピロリン酸ナトリウム、0.7M トリクロロ酢酸
【0051】

(逆転写酵素活性測定方法)

A液10μL、B液22μL、C液1μL、および滅菌水12μLを、マイクロチューブに加えて攪拌混合後、上記精製酵素希釈液5μLを加えて、42℃で10分間反応する。その後、冷却し、D液150μLを加えて、攪拌後さらに10分間氷冷する。この液をガラスフィルター(ワットマン製GF/Cフィルター)でろ過し、0.1N塩酸及びエタノールで十分洗浄し、フィルターの放射活性を液体シンチレーションカウンター(パッカード製Tri-Carb2810 TR)を用いて計測し、ヌクレオチドの取り込みを測定した。酵素活性の1単位はこの条件下で10分当たり1nmoleのヌクレオチドを酸不溶性画分に取り込む酵素量とした。
【0052】

上記測定の結果、本発明の改変型MMLV逆転写酵素は全て、野生型MMLV逆転写酵素と同程度に十分な逆転写活性を有することが確認された。
【0053】

実施例3 変異型逆転写酵素の安定性試験

各変異型逆転写酵素を、保存緩衝液を用いて100U/μLに希釈し、25℃インキュベータ内で保存した。保存開始から10日後、25日後および35日後に各変異型逆転写酵素の逆転写酵素活性測定を行った。以下の式Iに従って、保存後の活性値を保存前の活性値で割ることで残存活性率を求めた。

残存活性率(%)=(保存後の逆転写活性値/保存前の逆転写活性値)×100・・・(式I)
【0054】

【表2】
【0055】

表2に各変異型逆転写酵素の残存活性率を示す。野生型のMMLV逆転写酵素(WT)は25℃で保存中の安定性が低く、10日後で39%、35日後で8%まで活性が低下していた。一方で、表2に示す所定位置におけるシステイン残基をアラニン残基に改変(置換)した各変異型逆転写酵素は10日後でいずれも45%以上、35日後でも24%以上の活性が残存していた。また各変異型逆転写酵素の中でも特にC310Aは安定性向上への寄与が大きく、35日後でも50%の活性の残存を示した。本発明の逆転写酵素が野生型逆転写酵素より向上した保存中の安定性を有していることが示された。上記結果は25℃保存中での安定性であるが、4℃や-20℃といった通常用いられる保管・輸送条件でも安定性が向上していると考えられ、非常に有用である。
【0056】

実施例4 変異型逆転写酵素の安定性試験

実施例3と同じ方法で調製した100U/μLの変異型逆転写酵素(C310A)及び野生型逆転写酵素(WT)を25℃インキュベータ内で10日間または30日間保存した。保存前および保存後の各変異型逆転写酵素を非還元SDS-PAGEで解析した。変異型逆転写酵素200UをSample Buffer(125mM Tris-HCl(pH6.8)、4%(w/v)SDS、20%glycerol、0.01%BPB)と混合し、25℃で1時間インキュベート後、SDS-PAGE解析に供した。SDS-PAGE解析にはSuperSep Ace、10%(富士フィルム和光純薬株式会社)を使用した。
【0057】

図1にWTの保存前(0day)および30日保存後(30days)の非還元SDS-PAGE解析の結果を、図2にC310Aの保存前(0day)および30日保存後(30days)の非還元SDS-PAGE解析の結果を示す。WTの解析結果から、30日間25℃でインキュベート後は、逆転写酵素のバンド(図中の実線矢印)が薄くなり、逆転写酵素の上方のバンド(図中の点線矢印)が濃くなる現象が確認された。これは、保存中に逆転写酵素が変性・失活していることに起因する。一方でC310A変異型逆転写酵素の解析結果から、C310A変異型逆転写酵素では上方のバンド(図1の点線矢印に相当する位置におけるバンド)が出現しないことが分かった。本結果からも、C310Aは保存中の安定性が向上していることが示された。
【0058】

実施例5 変異型逆転写酵素の耐熱性試験

C90A、C157A、C236A、C262A、C409A、C495A及びC635Aの各種変異型逆転写酵素を保存緩衝液(50mM Tris-HCl(pH7.5)、300mM KCl、50% glycerol、0.1mM EDTA)にて10U/μLに希釈し、45℃5分間熱処理を行った。その後、逆転写活性測定を行い、各変異型逆転写酵素の熱処理後の残存活性率求めた。C310A変異型逆転写酵素に関しては、45℃5分間の熱処理の他に、50℃又は55℃5分間の熱処理を実施し、同様に残存活性率を測定した。残存活性率は、熱処理後の活性測定結果を熱処理前の活性測定結果で割ることで求めた。
【0059】

【表3】

【表4】
【0060】

表3から、WTでは45℃5分間の熱処理によって、残存活性率が65%であったが、各変異型逆転写酵素はいずれも80%から95%程度の非常に高い残存活性率を示した。このことから、各変異型逆転写酵素は耐熱性が著しく向上していることが分かった。表4に示したC310Aでは、45℃5分間で93%、50℃5分間で70%、55℃5分間で29%の残存活性を示し、WTよりも大きく熱安定性が向上していることが分かった。以上から、いずれの変異型逆転写酵素も熱安定性が向上しており、特にC310Aが熱安定性の向上に対する寄与が特に大きいことが分かった。
【0061】

実施例6 変異型逆転写酵素(C310A、C310I、C310G)の耐熱性試験

実施例1と同様の手順で、pMMLVを鋳型にして、KOD -PLUS- Mutagenesis Kit(Toyobo製)を用いて、310位のシステイン残基をイソロイシン残基に改変するように設計した変異型MMLVプラスミドを作成した。次いで、このプラスミドをBL21-CodonPlus Competent Cells(Agilent Technologies)に形質転換し、実施例2と同様にして培養を行い、変異型MMLV逆転写酵素(C310I)の調製を行った。このようにして得られたC310I変異体について逆転写酵素活性を測定したところ、野生型のMMLV逆転写酵素と同程度に十分な逆転写活性を有することを確認した。
【0062】

実施例2で調製したC310A変異体と上記C310I変異体を保存緩衝液(50mM Tris-HCl(pH7.5)、300mM KCl、50% glycerol、0.1mM EDTA)にて10U/μLに希釈し、50℃5分間熱処理を行った。その後、逆転写活性測定を行い、それぞれの熱処理後の残存活性率を、上記式(I)に従って算出した。比較例として、野生型のMMLV逆転写酵素(WT)についても同様に50℃5分間の熱処理を行い、熱処理後の残存活性率を求めた。
【0063】

この結果、比較例である野生型MMLV逆転写酵素(WT)と比較して、50℃5分間の熱処理後のC310A変異型逆転写酵素の残存活性率は約1.19倍となり、C310I変異型逆転写酵素は約1.26倍となることが示された。この結果から、310位のシステイン残基(C)をアラニン残基(A)に改変する場合だけでなく、イソロイシン残基(I)に置換した場合にも逆転写酵素の安定性が向上することが確認された。アラニンとイソロイシンは、共に等電点が約6.0の非極性アミノ酸で共通の性質を示すアミノ酸であることが知られている。よってMMLV逆転写酵素におけるシステイン残基を、このようなアミノ酸残基に改変することで特に高い安定性が得られることが分かる。また、同様にして310位のシステイン残基をグリシン残基に改変した変異型MMLV逆転写酵素(C310G)を新たに調製して、50℃5分間の熱処理条件下の安定性を評価したところ、野生型MMLV逆転写酵素の残存活性率よりも高い残存活性を示し、安定性が向上していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0064】

本発明により、分子生物学分野において有用な安定性に優れる改変された逆転写酵素、及びその逆転写酵素を含む試薬、キット等が提供される。本発明は、遺伝子発現解析に際して特に有用であり、汎用性が高く利便性も高いいことから、研究用とのみならず、臨床診断や環境検査等にも利用できる。
図1
図2
【配列表】
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