(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】固体電解質およびガスセンサ
(51)【国際特許分類】
C04B 35/486 20060101AFI20241126BHJP
H01B 1/06 20060101ALI20241126BHJP
G01N 27/409 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
C04B35/486
H01B1/06 A
G01N27/409 100
(21)【出願番号】P 2023525657
(86)(22)【出願日】2022-04-21
(86)【国際出願番号】 JP2022018401
(87)【国際公開番号】W WO2022254989
(87)【国際公開日】2022-12-08
【審査請求日】2023-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2021092313
(32)【優先日】2021-06-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 充宏
【審査官】浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/087735(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/087736(WO,A1)
【文献】特開平09-026409(JP,A)
【文献】特開昭63-210063(JP,A)
【文献】特開昭56-111455(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/486
H01B 1/06
G01N 27/409
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
安定化剤がジルコニアに固溶した部分安定化ジルコニアより構成される固体電解質(1)であって、
以下の式1および式2の関係を満たす、固体電解質(1)。
0.05≦I
M1/I
CT1≦0.4・・・式1
-0.5≦(I
M3×I
CT2)/(I
M2×I
CT3)-1≦-0.1・・・式2
但し、式1および式2中、
I
M1:27℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
I
CT1:27℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
I
M2:500℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
I
CT2:500℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
I
M3:850℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
I
CT3:850℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
【請求項2】
上記安定化剤がイットリアであり、
上記イットリアの含有量が3モル%以上11モル%以下である、
請求項1に記載の固体電解質。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の固体電解質を有する、ガスセンサ(2)。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、2021年6月1日に出願された日本出願番号2021-92313号に基づくもので、ここにその記載内容を援用する。
【技術分野】
【0002】
本開示は、固体電解質およびガスセンサに関する。
【背景技術】
【0003】
従来、イットリアなどの安定化剤がジルコニアに固溶した部分安定化ジルコニアからなる固体電解質が知られている。この種の固体電解質は、表面に金属層が形成されて使用されることがある。例えば、自動車分野などでは、イットリア部分安定化ジルコニアからなる固体電解質の表面にPt等からなる電極やリード線を形成したガスセンサが公知である。
【0004】
ガスセンサとしては、具体的には例えば、特許文献1に、固体電解質と、固体電解質に対して一体的に設けたアルミナ基板とからなるガスセンサが記載されている。特許文献1において、固体電解質は、C相、M相、および、T相とが混在する部分安定化ジルコニアからなる。アルミナ基板と部分安定化ジルコニアとの間の熱膨張率差は、0%~0.2%の範囲内にある。部分安定化ジルコニアにおける、C相の(111)面のX線回折強度に対するM相の(11-1)面のX線回折強度の回折強度比であるI(11-1)/I(111)は、0.05以上0.4以下である。固体電解質を200℃に1000時間加熱後の上記回折強度比の変化は、-0.05~+0.10の範囲内にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【0006】
近年、固体電解質は、従来よりも厳しい冷熱サイクルに晒されるようになっている。例えば、上述のガスセンサでは、厳しい燃費・排ガス規制への対応から、エンジンや触媒装置により近づくようなセンサ搭載位置の変更などにより、センサ使用温度が高温化している。また、頻繁にエンジンが停止・始動するハイブリッド車やアイドリングストップ車では、低消費電力化などの観点から、エンジン停止時にヒータがオフとされる。そのため、近年のガスセンサでは、高温のセンサ使用温度から急激に冷却されて低温になり、再度、低温からセンサ使用温度まで加熱されるという冷熱サイクルの繰り返し数が増加している。したがって、近年のガスセンサは、従来以上に室温とセンサ使用温度との温度変化に繰り返し晒されるようになっている。
【0007】
固体電解質の表面に金属層が形成される場合、上述のような従来よりも厳しい冷熱サイクルに晒されると、固体電解質と金属層との熱膨張係数の違いなどにより界面接合強度が低下し、固体電解質から金属層が剥離しやすくなる。例えば、ガスセンサの場合、固体電解質から電極が剥離すると、抵抗変動が大きくなり、センサ精度が低下する。
【0008】
本開示は、表面に金属層が形成された状態で従来よりも厳しい冷熱サイクルに晒された場合でも、金属層の剥離を抑制可能な固体電解質、また、これを用いたガスセンサを提供することを目的とする。
【0009】
本開示の一態様は、安定化剤がジルコニアに固溶した部分安定化ジルコニアより構成される固体電解質であって、
以下の式1および式2の関係を満たす、固体電解質にある。
0.05≦IM1/ICT1≦0.4・・・式1
-0.5≦(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1≦-0.1・・・式2
但し、式1および式2中、
IM1:27℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
ICT1:27℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
IM2:500℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
ICT2:500℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
IM3:850℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
ICT3:850℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
【0010】
本開示の他の態様は、上記固体電解質を有する、ガスセンサにある。
【0011】
上記固体電解質は、上記構成を有する。そのため、上記固体電解質は、表面に金属層が形成された状態で従来よりも厳しい冷熱サイクルに晒された場合でも、相転移に伴う体積変化によって使用中における固体電解質と金属層との界面の接合強度が維持され、金属層の剥離を抑制することができる。
【0012】
また、上記ガスセンサは、上記固体電解質を有している。そのため、上記ガスセンサは、エンジン停止・始動時(ハイブリッド車やアイドリングストップ機能搭載車の再始動時も含む)の低温とセンサ使用温度の高温との間の冷熱サイクルの繰り返し数が増加しても、金属層からなる電極やリード線の剥離を抑制することができる。それ故、上記ガスセンサによれば、抵抗変動が抑制され、高いセンサ精度を有するガスセンサが得られる。
【0013】
なお、請求の範囲に記載した括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものであり、本開示の技術的範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
本開示についての上記目的およびその他の目的、特徴や利点は、添付の図面を参照しながら下記の詳細な記述により、より明確になる。その図面は、
【
図1】
図1は、実施形態1の固体電解質(温度27℃)の微構造を模式的に示した説明図であり、
【
図2】
図2は、実施形態1の固体電解質のXRDパターン(温度850℃)の一例を示した説明図であり、
【
図3】
図3は、実施形態1の固体電解質と従来の固体電解質とについて、温度とI
M/I
CT値との関係を模式的に示した説明図であり、
【
図4】
図4は、表面に金属層が形成された従来の固体電解質が初期状態から850℃に温度変化した際の挙動を模式的に示した説明図であり、
【
図5】
図5は、表面に金属層が形成された実施形態1の固体電解質が初期状態→850℃→27℃に温度変化した際の挙動を模式的に示した説明図であり、
【
図6】
図6は、実施形態1の固体電解質の製造方法の概要を模式的に示した説明図であり、
【
図7】
図7は、Y
2O
3が固溶したジルコニアの相図の一部を示した説明図であり、
【
図8】
図8は、実施形態1の固体電解質の製造方法の具体例を模式的に示した説明図であり、
【
図9】
図9は、実施形態1の固体電解質における結晶相比率の一例を模式的に示した説明図であり、
【
図10】
図10は、実施形態1の固体電解質におけるM相の平均粒径の求め方についての説明図であり、
【
図11】
図11は、実施形態2に係るガスセンサ(コップ型)の断面図であり、
【
図12】
図12は、
図11のガスセンサが備えるガスセンサ素子の一部を拡大して示した断面図であり、
【
図13】
図13は、実施形態3に係るガスセンサ(積層型)の断面図であり、
【
図14】
図14は、
図13のガスセンサが備えるガスセンサ素子を拡大して示した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(実施形態1)
実施形態1の固体電解質について、
図1~
図10を用いて説明する。なお、以下では、本実施形態1の固体電解質1以外についての符号は、特に図面に言及している説明部分においてのみ付すことにする。
【0016】
図1に例示されるように、本実施形態の固体電解質1は、安定化剤がジルコニアに固溶した部分安定化ジルコニアより構成されている。
【0017】
安定化剤としては、例えば、イットリア(Y2O3)、カルシア(CaO)、マグネシア(MgO)、スカンジア(Sc2O3)、イッテルビア(Yb2O3)などを例示することができる。これらは1種または2種以上併用することができる。安定化剤の含有量は、例えば、3mol%以上11mol%以下とすることができる。なお、上記安定化剤の含有量は、固体電解質1全体に含まれる安定化剤量(固体電解質1にドープされている安定化剤量)を意味する。安定化剤は、化学的安定性などの観点から、好ましくは、イットリアを含むことができ、より好ましくは、イットリアであるとよい。イットリアの含有量は、固体電解質1の強度、固体電解質1の表面に形成される金属層との熱膨張係数差の低減による金属層の剥離抑制などの観点から、3mol%以上11mol%以下とすることができる。
【0018】
本実施形態の固体電解質1は、以下の式1および式2の関係を満たす。
0.05≦IM1/ICT1≦0.4・・・式1
-0.5≦(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1≦-0.1・・・式2
但し、式1および式2中、
IM1:27℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
ICT1:27℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
IM2:500℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
ICT2:500℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
IM3:850℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度
ICT3:850℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度
【0019】
なお、C相、M相、T相は、結晶相のことであり、C相は立方晶相(キュービック(Cubic)相)、M相は単斜晶相(モノクリニック(Monoclinic)相)、T相は正方晶相(テトラゴナル(Tetragonal)相)である。結晶構造における結晶面を示すミラー指数は、一般的に、マイナス(-)がつく場合には、数字の上にバーをつけて表されるが、本明細書では、数字の前にマイナス(-)をつけて表すことにする(例えば、上記M相の(11-1)における-1)。
【0020】
式1および式2には、次の技術的意義がある。部分安定化ジルコニアより構成される固体電解質1では、27℃において、C相、M相およびT相、あるいは、C相およびM相が混在しうる。27℃を低温、850℃を高温としたとき、M相における安定化剤の固溶量によっては、低温から高温へ温度が変化する際にM相がT相に相転移して体積収縮し、高温から低温へ温度変化する際にT相がM相に相転移して体積膨張することが起こり得る。M相とT相との間の相変態の温度は、600℃程度である。本発明者は、後述する種々の実験の結果、27℃の低温においてM相が特定の存在率で存在しており、かつ、バラつきを考慮して相転移温度よりも低い温度である500℃を基準温度とした場合に、500℃におけるM相の存在率に対して500℃から850℃の高温への温度変化によりM相の存在率がどれだけ減少したかを示すM→T相変化率が特定の範囲であるときに、従来よりも厳しい冷熱サイクルに晒された場合であっても、金属層の剥離を抑制することができるという点を見出した。
【0021】
ここで、27℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度に対する、27℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度の回折強度比を、I
M1/I
CT1とする。I
M1/I
CT1は、27℃(300K)におけるM相の存在率を意味する。また、500℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度に対する、500℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度の回折強度比を、I
M2/I
CT2とする。I
M2/I
CT2は、500℃(773K)におけるM相の存在率を意味する。850℃におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度に対する、850℃におけるM相の(11-1)面のX線回折強度の回折強度比を、I
M3/I
CT3とする。I
M3/I
CT3は、850℃(1123K)におけるM相の存在率を意味する。所定温度におけるC相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度に対する、所定温度におけるM相の(11-1)面のX線回折強度の回折強度比を、I
M/I
CTとする。I
M/I
CTは、所定温度におけるM相の存在率を意味する。なお、各温度における所定結晶相の特定結晶面のX線回折強度は、固体電解質を番手#1500にて研磨した表面について、X線回折法(X線源:CuKα、2θ/θ測定)を用いて、各温度でのX線回折パターン(XRDパターン)を測定し、所定結晶相の特定結晶面のピーク強度から求めることができる。
図2に、固体電解質1の850℃におけるX線回折パターンの一例を示す。
図2において、符号1Mは、M相(11-1)面のピークであり、符号1CTは、C相の(111)面およびT相の(101)面の合計ピークである。
【0022】
式1に示されるように、IM1/ICT1は、0.05以上0.4以下とされる。固体電解質1を例えばガスセンサに適用する場合、電極やリード線等のPtなどからなる金属層が固体電解質1の表面に形成される。また、固体電解質1は、上記金属層だけでなく、アルミナ等の他部材(異種材料)とともに用いられることがある。IM1/ICT1が0.05未満になると、固体電解質1全体におけるM相の量が少なくなり過ぎ、400℃から600℃の温度範囲における固体電解質1の熱膨張係数が大きくなって他部材との熱膨張係数の整合性が低下する。一方、IM1/ICT1が0.4超になると、固体電解質1全体におけるM相の量が多くなり過ぎ、400℃から600℃の温度範囲における固体電解質1の熱膨張係数が小さくなって他部材との熱膨張係数の整合性が低下する。固体電解質1は、金属層や他部材との熱膨張係数の整合性などの観点から、好ましくは、0.07≦IM1/ICT1≦0.38、より好ましくは、0.09≦IM1/ICT1≦0.35、さらに好ましくは、0.1≦IM1/ICT1≦0.3の関係を満たすことができる。なお、固体電解質1の熱膨張係数は、具体的には例えば、7.0ppm/℃以上9.5ppm/℃以下とすることができる。固体電解質1の熱膨張係数の測定方法については、実験例にて後述する。
【0023】
式2に示されるように、(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1は、-0.5以上-0.1以下とされる。(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1は、具体的には、次のように導き出されたものである。500℃におけるM相の存在率に対して500℃から850℃の高温への温度変化によりM相の存在率がどれだけ減少したか(M相がどれだけT相に変化したか)を示すM→T相変化率は、以下の式から計算することができる。
(IM3/ICT3-IM2/ICT2)/(IM2/ICT2)
この式を計算すると、式2に示される(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1が導き出される。
したがって、(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1は、M→T相変化率を意味する。
【0024】
従来、固体電解質全体で3mol%~11mol%程度のイットリア等の安定化剤を含む部分安定化ジルコニアからなる固体電解質が知られている。この従来の固体電解質は、一般に、ZrO
2と所定量の安定化剤とを混合、造粒、成形、焼成を経て作製される。このように作製される従来の固体電解質は、27℃において少なくともC相とM相とが混在している。しかしながら、上述のような作製方法による固体電解質では、M相は、ほとんど安定化剤を含んでおらず、ガスセンサの使用温度を超えるような温度にならないとT相に相転移しない。そのため、従来の固体電解質は、
図3のL1に示されるように、500℃から850℃までの温度範囲において、M相の存在率を示す回折強度比I
M/I
CTがほとんど変化しない。そのため、
図4に示されるように、従来の固体電解質9は、低温の初期状態において、固体電解質9の表面に金属層91(ガスセンサの例では、電極やリード線を形成するPtめっき等)が接合していたとしても、高温の850℃になると、固体電解質9と金属層91の熱膨張係数の違いにより、固体電解質9から金属層91が剥離し、剥離部92が生じる。なお、例えば、イットリア部分安定化ジルコニアの線熱膨張係数は約8ppm/Kであり、Ptの線熱膨張係数は約10ppm/Kである。
図4に示される両端矢印Y1は、イットリア部分安定化ジルコニアの線熱膨張係数の大きさを模式的に例示したものであり、
図4に示される両端矢印Y2は、Ptの線熱膨張係数の大きさを模式的に示したものである。このように金属層を構成する金属の線熱膨張係数は、固体電解質の線熱膨張係数よりも大きい。ガスセンサの場合、固体電解質から電極が剥離すると、抵抗変動が大きくなり、センサ精度が低下する。また、固体電解質からリード線が剥離すると、リード線の断線によりセンサ機能が損なわれるおそれもある。
【0025】
これに対し、本実施形態の固体電解質1は、式1を満たす範囲内でM相が存在している。そして、そのM相の存在率を示す回折強度比I
M/I
CTは、
図3のL2に示されるように、500℃から850℃までの温度範囲において大きく変化する。具体的には、本実施形態の固体電解質1は、500℃から850℃の高温への温度変化により、式2を満たす範囲内で、M相がT相に相転移することができる。そのため、本実施形態の固体電解質1は、
図5に示されるように、固体電解質1の表面に金属層91(ガスセンサの例では、電極やリード線を形成するPtめっき等)が接合していた場合において、低温の初期状態から高温の850℃になった際には、固体電解質1内に含まれていたM相の一部がT相に相転移して体積減少が生じ、その周囲に隙間93が発生する。そして、高温で軟化した金属層91の一部がその隙間に入り込む。その後、低温になると、T相がM相に相転移して体積膨張が生じ、隙間93に入り込んだ金属層91の一部の周囲に圧縮応力94が発生し、金属層91の一部が固体電解質1の表面に食い込むことによってアンカー効果が生じる。
【0026】
以上の推定メカニズムにより、本実施形態の固体電解質1は、表面に金属層が形成された状態で従来よりも厳しい冷熱サイクルに晒された場合でも、相転移に伴う体積変化によって使用中における固体電解質と金属層との界面の接合強度が維持され、金属層の剥離を抑制することが可能になる。
【0027】
式2に示される(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1が-0.5未満になると、IM1/ICT1が比較的大きいときに相転移歪が大きくなり、固体電解質1の強度が低下する。一方、式2に示される(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1が-0.1を超えると、厳しい冷熱サイクルに晒された場合に固体電解質1と金属層との界面の接合強度が低下し、金属層の剥離が生じる。その結果、抵抗変動が大きくなる。固体電解質1は、強度と冷熱サイクル時における金属層の剥離抑制とのバランスなどの観点から、好ましくは、-0.48≦(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1≦-0.12、より好ましくは、-0.45≦(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1≦-0.15、さらに好ましくは、-0.43≦(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1≦-0.17、さらにより好ましくは、-0.4≦(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1≦-0.2の関係を満たすことができる。
【0028】
本実施形態の固体電解質1は、例えば、以下のようにして製造することができる。従来の固体電解質の製造方法では、最終的に必要な所定量xmol%(例えば、7mol%の安定化剤が固溶された部分安定化ジルコニアを作製する場合にはx=7mol%)のY2O3等の安定化剤と、ZrO2とを混合、造粒、成形、焼成して固体電解質を製造する。
【0029】
これに対し、本実施形態の固体電解質1の製造方法では、
図6にその概要が示されるように、500℃から850℃までの温度変化でM相からT相に相転移することができる量の安定化剤を含むZrO
2(以下、これを易相転移M相102ということがある。)を別途作製する。易相転移M相102に含まれる安定化剤量をymol%としたとき、0<y<xを満たす。つまり、部分安定化ジルコニア原料のうちの一部を先に易相転移M相102とする。そして、最終的に必要な所定量xmol%の安定化剤が固溶された部分安定化ジルコニアが得られるように、安定化剤103とZrO
2104とを含む混合原料に対して易相転移M相102を添加し、造粒し、造粒粉末105とする。次いで、造粒粉末105を成形し成形体とする。次いで、成形体を焼成して焼成体とする。これにより本実施形態の固体電解質1を製造することができる。
【0030】
本実施形態の固体電解質1がイットリア部分安定化ジルコニアからなる場合を例に用いて、固体電解質1の製造方法をより具体的に説明する。
図7に、Y
2O
3が固溶されたジルコニアの相図の一部を示す。相図において、横軸はY
2O
3固溶量(mol%)、縦軸は温度(℃)である。相図によれば、Y
2O
3が固溶していない場合、M相は、500℃から850℃までの温度域においてT相に相転移しないことがわかる。これに対して、Y
2O
3固溶量が1mol%以上であると、850℃までにM相からT相に相転移することがわかる。なお、Y
2O
3固溶量が2mol%を超えると、易相転移M相の作製工程以降の工程でY
2O
3が高濃度化し、M相ではなくT相化する傾向がある。したがって、易相転移M相は、1mol%以上2mol%以下のY
2O
3が固溶したZrO
2より構成されているとよい。なお、ここでは、安定化剤としてY
2O
3を選択した場合について示したが、他の安定化剤についても各相図に基づいて同様の考え方により易相転移M相を構成することが可能である。
【0031】
図8に、本実施形態の固体電解質1の製造方法の具体例を示す。ここでは、例えば1mol%のY
2O
3が固溶したZrO
2からなる易相転移M相102を用いて、全体として例えば7mol%のY
2O
3が固溶した部分安定化ジルコニアからなる固体電解質1を作製する場合を用いて説明するが、これに限定されない。
図8に示されるように、出発原料として、Y
2O
3103yの粉末、ZrO
2104の粉末を準備する。先ず、第1粉砕工程、第1焼成工程、第2粉砕工程を経ることにより、易相転移M相102の粉末を作製する。
【0032】
第1粉砕工程では、ZrO2104の粉末に対して安定化剤であるY2O3103yの粉末を1mol%になるように添加し、乾式にて粉砕、混合することにより、易相転移M相用原料を作製する。
【0033】
易相転移M相用原料の平均粒径は、0.1μm以上1μm以下とすることができる。易相転移M相用原料の平均粒径が0.1μm以上であると、27℃でM相化しやすい固体電解質1が得られる。また、易相転移M相用原料の平均粒径が1μm以下であると、易相転移M相102の粒子が局在化し難い固体電解質1が得られる。易相転移M相用原料の平均粒径は、レーザー回折・散乱法により測定した体積基準の累積度数分布が50%を示すときの粒子径(直径)d50である。
【0034】
第1焼成工程では、第1粉砕工程にて作製した易相転移M相用原料を焼成し、M相中にY2O3103yを固溶させる。焼成温度としては、後述する第2焼成工程の焼成温度以下、かつ、1200℃以上1400℃以下とすることができる。
【0035】
第2粉砕工程では、第1焼成工程にて得られた原料の凝集をほぐす。これにより、易相転移M相102の粉末を作製することができる。
【0036】
次に、第3粉砕工程、混合工程、造粒工程、成形工程、第2焼成工程を経ることにより、固体電解質1を作製する。
【0037】
第3粉砕工程では、ZrO2104の粉末に対して安定化剤であるY2O3103yの粉末を添加し、乾式にて粉砕、混合し、混合原料粉末106を作製する。この際、第3粉砕工程後に添加する易相転移M相102の粉末に含まれるY2O3固溶量を考慮して、最終的に所定のY2O3固溶量(ここでは7mol%)のY2O3103yが固溶された部分安定化ジルコニアが得られるように、Y2O3103yの粉末の添加量を調整することができる。
【0038】
混合工程では、第3粉砕工程にて得られた混合原料粉末106と、第2粉砕工程にて得られた易相転移M相102の粉末と水とを混合し、スラリーを作製する。
【0039】
造粒工程では、混合工程にて得られたスラリーから流動性を有する顆粒状の造粒粉末105を作製する。造粒粉末105は、ZrO2104の粒子とY2O3103yの粒子と易相転移M相102の粒子とを含む。造粒粉末105は、例えば、圧粉成形に適したスプレードライ粉などとすることができる。
【0040】
成形工程では、造粒粉末105を、例えば、任意の形状に成形し、成形体を作製する。成形体は、例えば、ガスセンサ素子に用いられる固体電解質1の形状に成形することができる。また、成形体は、適宜研削などを行うことができる。
【0041】
第2焼成工程では、成形工程にて得られた成形体を焼成し、焼成体を作製する。焼成温度は、1300℃~1500℃とすることができる。以上により、本実施形態の固体電解質1を製造することができる。
【0042】
上述した固体電解質1の製造方法において、最終のY2O3固溶量、第2焼成工程の焼成温度などを調整することにより、固体電解質1における式1のIM1/ICT1の値を調整することができる。具体的には、最終のY2O3固溶量を増加させると、IM1/ICT1の値を小さくすることができる。また、第2焼成工程の焼成温度を上げると、IM1/ICT1の値を小さくすることができる。また、混合工程における固体電解質原料全体のうち、易相転移M相の粉末の添加量を調整することにより、固体電解質における式2の(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1の値を調整することができる。具体的には、易相転移M相の粉末の添加量を増やすと、(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1の値を小さくすることができる。
【0043】
上述した製造方法により得られる固体電解質1は、
図1、
図6、
図9に例示されるように、27℃において、少なくともC相11およびM相10を含んでいる。さらに、M相10は、具体的には、イットリアをほとんど含まず、T相に転移しない通常M相101と、イットリアを含み、500℃から850℃までの温度変化でM相からT相に相転移することができる易相転移M相102とを含む。C相11は、主に固体電解質1の酸素イオン伝導性に寄与する相である。易相転移M相102は、上述した推定メカニズムによる金属層の剥離抑制効果の発現に寄与する相である。C相11および通常M相101は、上述した第3粉砕工程にて作製した混合原料粉末106から主に形成される。易相転移M相102は、上述した第2粉砕工程にて作製した易相転移M相102の粉末から主に形成される。なお、
図1、
図6では、より具体的には、C相11の粒子と、M相10の粒子とを含む固体電解質1が例示されている。M相10の粒子は、通常M相101の粒子と易相転移M相102の粒子とを含んでいる。
図1、
図6に例示されるように、固体電解質1は、気孔13(空隙)を含んでいてもよい。
【0044】
上述した固体電解質1の製造方法では、混合工程までの工程(混合工程も含む)において、シリカ、アルミナ等の添加剤を1種または2種以上添加することができる。この場合には、シリカ、アルミナ等の添加剤を1種または2種以上含む部分安定化ジルコニアより構成される固体電解質1が得られる。
【0045】
固体電解質1には、上述したC相およびM相以外にもT相が少量含まれることがある。このT相は、第2焼成工程における降温過程において周囲の粒子に押され、膨張できずにM相に戻ることができなかったものである。固体電解質1がシリカを含む場合、シリカは固体電解質1における粒界に存在し得る。この場合、固体電解質1表面にエッチング処理を行うことにより、粒界のシリカを溶解させ、粒界を切断する(粒界を広げる)ことにより、T相をM相に戻すことができる。つまり、このM相は、低温までT相で存在することができる、イットリアを固溶したM相であり、上記推定メカニズムによる作用効果を発現することができる。したがって、固体電解質1がシリカを含む場合には、固体電解質1の表面にシリカが抜けた粒界を存在させることにより、金属層の剥離抑制効果を高めることができる。シリカの含有量は、100質量部の固体電解質1に対して、例えば、0.01質量部以上1質量部以下、好ましくは、0.01質量部以上0.6質量部以下とすることができる。
【0046】
また、固体電解質1がアルミナを含む場合には、固体電解質1の粒径を細かくし、上述したアンカー効果を発現させる粒界面積を増加させることができる。そのため、この場合には、金属層の剥離抑制効果を高めることができる。アルミナの含有量は、100質量部の固体電解質1に対して、例えば、0.1質量部以上10質量部以下、好ましくは、0.5質量部以上10質量部以下とすることができる。
【0047】
固体電解質1において、M相の平均粒径は、27℃においてM相化しやすいなどの観点から、0.1μm以上とすることができる。また、M相の平均粒径は、M相粒子の局在化を抑制し、上述した作用効果を得やすくするなどの観点から、1μm以下とすることができる。
【0048】
M相の平均粒径は、次のようにして測定される値を用いる。固体電解質1から測定試料を切り出す。測定試料の大きさは、例えば、幅5mm、長さ20mm、厚み2mmとすることができる。この測定試料の表面を研磨後、サーマルエッチング処理を行う。サーマルエッチング処理は、温度1200℃にて測定試料を1時間加熱することにより行う。次いで、SEM/EDX分析による組成分析を行い、安定化剤に由来する特定元素についての元素マッピングを5か所の領域について行う。例えば、安定化剤がイットリアの場合、Y元素について元素マッピングを行うことができる。次いで、観察された各粒子について、粒子中心の特定元素濃度からM相を特定し、当該M相について粒径を測定する。なお、M相と特定される特定元素濃度は特定元素が固溶したジルコニアの相図より決定することができる。例えば、安定化剤がY
2O
3の場合、M相の最大Y
2O
3量はM相、M相-T相、M相-C相の境界となるイットリウム濃度が4.7mol%以下である粒子(Y
2O
3換算でY
2O
3濃度が2.35mol%以下)をM相とすることができる。
図7の相図において、丸印をつけた点が、Y
2O
3濃度(固溶量)が2.35mol%である点である。なお、粒子の中心は、
図10に示されるように、水平方向および垂直方向での粒子Pの最大幅で覆われた長方形の重心である。SEMの観察条件は、加速電圧:5kV、WD設定:8.0mm、電流:10mA、倍率:20000倍とすることができる。SEMには、例えば、日立ハイテクノロジーズ社製のSU8220などを用いることができる。また、EDXによる測定条件は、加速電圧:5kV、WD設定:14mm、電流:5~15mA、倍率:50000倍とすることができる。なお、電流は、検出量が40~55kcpsとなるように調整される。EDXには、例えば、ブルカー社製のXflash6160などを用いることができる。M相の平均粒径は、
図10で示されるように、水平方向および垂直方向での粒子Pの最大幅で覆われた長方形における水平方向の長さT1と垂直方向の長さT2の算術平均値で表されるM相の粒径測定値の算術平均値である。
【0049】
(実施形態2)
実施形態2のガスセンサについて、
図11および
図12を用いて説明する。なお、実施形態2以降において用いられる符号のうち、既出の実施形態において用いた符号と同一のものは、特に示さない限り、既出の実施形態におけるものと同様の構成要素等を表す。
【0050】
図11および
図12に例示されるように、本実施形態のガスセンサは、本実施形態1の固体電解質1を適用した固体電解質1Aを有している。
【0051】
ガスセンサ2は、具体的には、固体電解質1Aを有するガスセンサ素子3と、ガスセンサ素子3を内側に挿通して保持するハウジング4と、ガスセンサ素子3の先端部を保護するカバー5と、ガスセンサ素子3を加熱するヒータ6とを有するように構成することができる。
【0052】
ガスセンサ2は、例えば、
図11に例示されるようなコップ型のガスセンサ2として構成することができる。この場合、ガスセンサ素子3は、
図11および
図12に例示されるように、一端が閉塞し他端が開口した有底筒状(いわゆるコップ型)に形成された固体電解質1Aと、固体電解質1Aの筒内面に設けられ、大気等の基準ガスを接触させるための基準電極31と、固体電解質1Aの筒外面に設けられ、測定対象となる排ガスを接触させるための測定電極32と、を備えることができる。基準電極31には、固体電解質1Aの筒内面に形成されたリード線(不図示)が接続している。また、測定電極32には、固体電解質1Aの筒外面に設けられたリード線(不図示)が接続している。基準電極31、測定電極32、各リード線は、例えば、Pt、Pt合金等より構成することができる。
【0053】
図12において、測定電極32の表面は、1層または2層以上の保護層33により覆われていてもよい。
図12では、測定電極32の表面が第1保護層331にて覆われ、第1保護層331の表面が第2保護層332にて覆われ、第2保護層332の表面が第3保護層333にて覆われた構成が例示されている。保護層33は、排ガス中に含まれる硫黄(S)、リン(P)、ガラス状被毒物質等から測定電極32を保護したり、測定電極32へのガス到達量を調整したりするため、多孔質に構成することができる。各保護層33の材質、気孔率、厚み等は、目的に応じて適宜変更することが可能である。なお、ガスセンサ2におけるその他の構成については、公知技術を適宜適用することができる。
【0054】
本実施形態のガスセンサ2は、本実施形態1の固体電解質1を適用した固体電解質1Aを有している。そのため、本実施形態のガスセンサ2は、エンジン停止・始動時(ハイブリッド車やアイドリングストップ機能搭載車の再始動時も含む)の低温とセンサ使用温度の高温との間の冷熱サイクルの繰り返し数が増加しても、金属層からなる電極(基準電極31や測定電極32)やリード線の剥離を抑制することができる。それ故、本実施形態のガスセンサ2によれば、抵抗変動が抑制され、高いセンサ精度を有するコップ型のガスセンサ2が得られる。
【0055】
(実施形態3)
実施形態3のガスセンサについて、
図13および
図14を用いて説明する。
図13および
図14に例示されるように、本実施形態のガスセンサ2は、本実施形態1の固体電解質1を適用した固体電解質1Bを有している。
【0056】
ガスセンサ2は、積層型のガスセンサ2として構成されている。この場合、ガスセンサ素子3は、
図14に例示されるように、層状の固体電解質1Bと、固体電解質1Bの一方面に設けられ、大気等の基準ガスを接触させるための基準電極31と、固体電解質1Bの他方面に設けられ、測定対象となる排ガスを接触させるための測定電極32と、を備えている。基準電極31には、固体電解質1Bの一方面に形成されたリード線(不図示)が接続している。また、測定電極32には、固体電解質1Bの他方面に設けられたリード線(不図示)が接続している。
【0057】
図14において、ガスセンサ素子3の先端には、内部に排ガスを導入するために配置された排ガス導入部(不図示)が形成されている。固体電解質1Bの一方面には、基準ガスが流通する基準ガス空間310が設けられ、基準ガス空間310側に基準電極31が配置される。固体電解質1Bの他方面には、排ガスが流通する排ガス空間320が設けられ、排ガス空間320側に測定電極32が配置される。固体電解質1Bの他方面側は、絶縁性の保持層34によって保持されている。保持層34中には、ガスセンサ素子3を加熱するヒータ6が内蔵されている。ガスセンサ素子3の外周面には、被毒や被水などからガスセンサ素子3を保護するため、保護層33が形成されている。なお、ガスセンサ2におけるその他の構成については、公知技術を適宜適用することができる。
【0058】
本実施形態のガスセンサ2は、本実施形態1の固体電解質1を適用した固体電解質1Bを有している。そのため、本実施形態のガスセンサ2は、エンジン停止・始動時(ハイブリッド車やアイドリングストップ機能搭載車の再始動時も含む)の低温とセンサ使用温度の高温との間の冷熱サイクルの繰り返し数が増加しても、金属層からなる電極(基準電極31や測定電極32)やリード線の剥離を抑制することができる。それ故、本実施形態のガスセンサ2によれば、抵抗変動が抑制され、高いセンサ精度を有する積層型のガスセンサ2が得られる。
【0059】
(実験例1)
上述した製造方法に従い、試料1-1~試料1-7の固体電解質を作製した。なお、本実験例では、固体電解質の種類は、イットリアの含有量が3モル%以上11モル%以下の範囲内にあるイットリア部分安定化ジルコニアとした。各固体電解質について、X線回折強度の測定を行い、式1のIM1/ICT1の値を求めた。また、各固体電解質について、熱膨張係数を測定した。
【0060】
<固体電解質のX線回折強度>
X線回折装置としてリガク社製、「UltimaIII」を、検出器として水平ゴニオメータ(D/teX)を用い、各固体電解質について、M相の(11-1)面のX線回折強度、C相の(111)面およびT相の(101)面の合計のX線回折強度を測定した。この際、X線回折強度は、サンプル表面温度を27℃、500℃、850℃として測定した。また、2θ/θ走査の連続走査にて2θ=27.5~32.5°の範囲でサンプリング間隔を0.02°として測定を行った。また、X線源には、CuKα線を使用し、加速電圧:40kV、電流:30mAとした。測定した各X線回折強度から、各試料の固体電解質における式1のIM1/ICT1(X線回折強度比)を求めた。
【0061】
<固体電解質の熱膨張係数>
各固体電解質を幅5mm程度、長さ45mm程度の大きさにカットした。このサンプルについて、27℃と1050℃との間における熱膨張挙動を熱機械分析(TMA)により測定した。この際、標準サンプルにはアルミナ焼結体を用いた。なお、測定は、各試料についてそれぞれ5回ずつ行った。熱膨張挙動における400℃から600℃までの直線区間の傾きを熱膨張係数と定義し、熱膨張係数測定値の算術平均値を、各試料の熱膨張係数として求めた。異種材料との熱膨張係数の整合性の観点から、熱膨張係数が7.0ppm/℃以上9.5ppm/℃以下の場合を、合格とした。
【0062】
以上の結果をまとめて表1に示す。
【0063】
【0064】
表1によれば、以下のことがわかる。試料1-2~試料1-6の固体電解質は、式1を満たしている。そのため、試料1-2~試料1-6の固体電解質は、金属層やアルミナ等の他部材との熱膨張係数の整合性を確保することができる。これに対して、試料1-1の固体電解質は、式1に示されるIM1/ICT1が0.05未満であるため、他部材との熱膨張係数の整合性を確保することが難しい。これは、固体電解質全体におけるM相の量が少なくなり過ぎ、400℃から600℃の温度範囲における固体電解質の熱膨張係数が大きくなったためである。また、試料1-7の固体電解質は、式1に示されるIM1/ICT1が0.4超であるため、他部材との熱膨張係数の整合性を確保することが難しい。これは、固体電解質全体におけるM相の量が多くなり過ぎ、400℃から600℃の温度範囲における固体電解質の熱膨張係数が小さくなったためである。
【0065】
(実験例2)
上述した製造方法に従い、試料2-1~試料2-10の固体電解質を作製した。なお、本実験例では、固体電解質の種類は、イットリアの含有量が3モル%以上11モル%以下の範囲内にあるイットリア部分安定化ジルコニアとした。各固体電解質について、実験例1と同様にして、X線回折強度の測定を行い、式1のIM1/ICT1(X線回折強度比)、式2の(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1(M→T相変化率)を求めた。また、各固体電解質について、以下の試験方法による抵抗変化率、曲げ強度を測定した。
【0066】
<固体電解質の抵抗変化率>
各固体電解質の表面に金属層を形成し、抵抗変化率を測定した。具体的には、固体電解質の電気抵抗測定には、ガスセンサ素子を想定したPtめっきからなる電極を形成したコップ型形状を有する固体電解質を使用した。本実験例では、上述した固体電解質の製造方法における成形工程にて、ラバープレス法により、顆粒状の造粒粉末をコップ型形状に成形し、研削して、コップ型の成形体を得た。このコップ型の成形体を第2焼成工程にて焼成し、コップ型の固体電解質を形成した後、表面にPtめっきからなる電極(平均膜厚1μm)を形成した。
【0067】
得られた各試料について、次の測定装置および測定ソフトを用いて、初期および冷熱サイクル後の固体電解質体の電気抵抗を測定した。測定装置としては、Solartron Analytical社製のインピーダンス/ゲイン-位相アナライザー「1260」、および、Solartron Analytical社製のポテンショスタット/ガルバノスタット「SI1287」を用い、測定ソフトとしては、Solartron Analytical社製の「Z Plot」を用いた。測定条件は、Initial Frequency(Hz):0.1、Final Frequency(Hz):106、DC Potential(Volts):0、AC Amplitude(mV):20、VS Reference、Logarthimic、steps/Decade:10とした。なお、VS Referenceは、0Vを基準に電圧を印加すること、Logarthimicは、対数で出力することを設定すること、steps/Decade:10は、対数表示の周波数の桁が上がるたびに測定点を10個にすることを意味する。
【0068】
上記電気抵抗の測定では、27℃から1100℃までの冷熱サイクルを昇降温速度±300℃/hにて1000回繰り返した。耐久初期に対する電気抵抗の変化率が30%以下である場合には、厳しい冷熱サイクルに晒されても電極の剥離を抑制することができており、ガスセンサ素子としての出力機能も維持できるため、合格とした。一方、耐久初期に対する電気抵抗の変化率が30%を超える場合には、厳しい冷熱サイクルにより電極が剥離し、電極の剥離を抑制することができないとして、不合格とした。
【0069】
<冷熱サイクル後の固体電解質の強度>
各固体電解質を幅5mm程度、長さ45mm程度の大きさにカットした。このサンプルについて、27℃から1100℃までの冷熱サイクルを昇降温速度±300℃/hにて1000回繰り返した。次いで、このサンプルからJIS R 1601に規定される四点曲げ試験に準拠して、強度評価用の試験片を作製して四点曲げ試験を行い、各固体電解質の四点曲げ強度を測定した。なお、四点曲げ試験は各試験片について10回実施し(N=10)、その算術平均値を各試験片の曲げ強度とした。曲げ強度が250MPa以上である場合には、厳しい冷熱サイクルに晒されても亀裂の発生を抑制することができており、固体電解質として機能を発現することができるとして合格とした。一方、曲げ強度が250MPa未満である場合には、厳しい冷熱サイクルにより固体電解質が破壊し、固体電解質として機能を発現することができないとして不合格とした。
【0070】
以上の結果をまとめて表2に示す。
【0071】
【0072】
表2によれば、以下のことがわかる。試料2-1~試料2-9の固体電解質は、部分安定化ジルコニアより構成されており、式1および式2の関係を満たす。そのため、試料2-1~試料2-10の固体電解質は、表面に金属層が形成された状態で従来よりも厳しい冷熱サイクルに晒された場合でも、相転移に伴う体積変化によって使用中における固体電解質と金属層との界面の接合強度が維持され、金属層の剥離を抑制することができることがわかる。これらに対し、試料2-9の固体電解質は、式2に示される(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1が-0.1を超えているため、抵抗変動が大きくなった。これは、厳しい冷熱サイクルに晒されたことにより、固体電解質と金属層との界面の接合強度が低下し、金属層の剥離が生じたためである。また、試料2-10の固体電解質は、式2に示される(IM3×ICT2)/(IM2×ICT3)-1が-0.5未満であるため、固体電解質の強度が低下した。これは、相転移歪が過度に大きくなったためである。
【0073】
なお、本実験例における固体電解質の抵抗変化率の測定では、固体電解質の表面にめっきにより金属層を形成したが、成形体表面にペーストを塗布し焼成することによって固体電解質の表面に金属層を形成した場合でも、上記と同様の結果が得られた。
【0074】
本開示は、上記各実施形態、各実験例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。すなわち、本開示は、実施形態に準拠して記述されたが、本開示は、当該実施形態や構造等に限定されるものではないと理解される。本開示は、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。加えて、様々な組み合わせや形態、さらには、それらに一要素のみ、それ以上、あるいはそれ以下、を含む他の組み合わせや形態をも、本開示の範疇や思想範囲に入るものである。また、各実施形態、各実験例に示される各構成は、それぞれ任意に組み合わせることができる。また、実施形態2、3では、実施形態1の固体電解質をガスセンサに適用した例を示したが、実施形態1の固体電解質は、他にも例えば、固体酸化物形燃料電池(SOFC)などに適用することも可能である。