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特許7593592血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/42 20060101AFI20241126BHJP
   A61K 41/00 20200101ALI20241126BHJP
   A61K 47/22 20060101ALI20241126BHJP
   A61K 47/28 20060101ALI20241126BHJP
   A61K 9/127 20060101ALI20241126BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20241126BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20241126BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20241126BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20241126BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
A61K38/42
A61K41/00
A61K47/22
A61K47/28
A61K9/127
A61K47/24
A61P17/00
A61P17/02
A61P9/00
A61P35/00
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020206156
(22)【出願日】2020-12-11
(65)【公開番号】P2022093069
(43)【公開日】2022-06-23
【審査請求日】2023-12-05
(73)【特許権者】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(73)【特許権者】
【識別番号】500481031
【氏名又は名称】一般財団法人食品薬品安全センター
(73)【特許権者】
【識別番号】520490864
【氏名又は名称】医療法人社団淳英会
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100125081
【弁理士】
【氏名又は名称】小合 宗一
(72)【発明者】
【氏名】酒井 宏水
(72)【発明者】
【氏名】力久 直昭
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 義明
【審査官】星 浩臣
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-269665(JP,A)
【文献】国際公開第2012/137834(WO,A1)
【文献】Journal of Functional Biomaterials,2017年,8(2), 14, doi: 10.3390/jfb8020014,pp.1-10
【文献】Transplantation,2015年,99(4),pp.687-692
【文献】Bioconjugate Chemistry,2009年,20(8),pp.1419-1440
【文献】Optics and Spectroscopy,2010年,109(2),pp.237-242
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00-38/58
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一酸化炭素(CO)を結合したヘモグロビン(以下、「COHb」という。)を含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤。
【請求項2】
COHb水溶液をカプセルに内包したカプセル化ヘモグロビンとして前記COHbを含む、請求項1に記載の光増感剤。
【請求項3】
前記水溶液は、ピリドキサル5’-リン酸を含む、請求項2に記載の光増感剤。
【請求項4】
メトヘモグロビンを還元する酵素活性が実質的にない、請求項2又は3に記載の光増感剤。
【請求項5】
前記水溶液は、NADH及び/又はNADPHを含む、請求項4に記載の光増感剤。
【請求項6】
前記水溶液は生分解性蛍光色素を含む、請求項2ないし5のいずれか1項に記載の光増感剤。
【請求項7】
前記水溶液中のヘモグロビンの濃度は1.6mM~7.0mMである、請求項2ないし6のいずれか1項に記載の光増感剤。
【請求項8】
前記カプセルは、リポソーム、ポリマーソーム又は高分子薄膜である、請求項2ないし7のいずれか1項に記載の光増感剤。
【請求項9】
前記リポソームは、ホスファチジルコリン型リン脂質である1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine、コレステロール、負電荷脂質である1,5-O-dihexadecyl-N-succinyl-glutamate、及び、ポリエチレングリコールを結合した脂質である1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphatidylethanolamine-N-poly(oxyethylene)5000(ポリエチレングリコール鎖の分子量5000)を含む、請求項8に記載の光増感剤。
【請求項10】
重合型修飾ヘモグロビン、水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビン及び分子内架橋ヘモグロビンからなる群から選択される少なくとも1つの非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体にCOが結合した、COを結合した非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体の水溶液として前記COHbを含む、請求項1に記載の光増感剤。
【請求項11】
前記非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体は、重合型修飾ヘモグロビン及び/又は水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビンである、請求項10に記載の光増感剤。
【請求項12】
0.46mM~3.6mMのヘモグロビン濃度で投与される、請求項1ないし11のいずれか1項に記載の光増感剤。
【請求項13】
体重1kg当たり0.004mmol(ミリモル)~0.36mmol(ミリモル)の一酸化炭素を投与する、請求項1ないし12のいずれか1項に記載の光増感剤。
【請求項14】
単純性血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、ウンナ母斑、血管腫、port wine stain、スタージーウエバー症候群、クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群その他の毛細血管の過形成による皮膚病変と、酒さ及び毛細血管拡張症と、肥厚性瘢痕、外傷性瘢痕及び植皮後瘢痕に伴う病的な血管拡張と、いちご状血管腫及び皮膚の乳児血管腫と、房状血管腫、血管拡張性肉芽腫その他の皮膚の血管性腫瘍性病変とからなる群から選択される少なくとも1つの疾患の治療のための請求項1ないし13のいずれか1項に記載の光増感剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー照射療法用光増感剤に関し、具体的には、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤に関する。
【背景技術】
【0002】
毛細血管を治療標的とするレーザー照射療法は1983年に提唱された(非特許文献1)。前記療法の原理は以下のとおりである。オキシヘモグロビンの吸収波長の光を短時間照射できるレーザー照射装置を用意する。レーザー光源から照射された光子は毛細血管内の赤血球オキシヘモグロビンに吸収され、熱エネルギーに変換される。該熱エネルギーが血管壁の内皮細胞を破壊するため、最終的に毛細血管は壊死吸収されて消滅する。前記熱エネルギーは血管内に止まるので、毛細血管周囲の組織には熱影響の障害を及ぼすことは少ない。ヘモグロビンへの光の吸収率と皮膚内のその他の治療標的となりうる水分・コラーゲン・メラニンへの吸収率の関係、また光線の皮膚への深達度といった条件から577nm、585nm又は595nmの波長をもつパルス色素レーザー(pulsed dye laser。以下、「PDL」という。)が単純性血管腫の治療に用いられてきた。光学技術の進歩に伴って、レーザー照射のパルス幅を広げたり、サブパルスの頻度を高める、照射ハンドピースの大口径化、レーザー装置のハイパワー化等レーザー照射装置の改良も進んだ。皮膚深部に存在する血管病変にたいしては波長が長い1064nmの光を治療に用いるなど罹患した皮膚の状態に合わせて波長を変えてレーザーを照射している施設もある。630nm又は664nmの波長の光に反応して組織を障害する活性酸素を産生する色素化合物と、前記波長の光レーザー光照射装置とを組み合わせた光線力学療法(photodynamic therapy)を単純性血管腫の治療に用いる試みもある。このように毛細血管のPDLを含むレーザー照射療法について様々な改良が施されてきたが、過去30年余の間、クリアランス(傷跡なく患部を健常な皮膚に近づけること)の成績に大きな進歩がみられていない(非特許文献2)。
【0003】
単純性血管腫又は毛細血管奇形は皮膚毛細血管の拡張による平坦な赤色斑である。新生児の0.3%にみられ、新生児の色素性皮膚病変として頻度が高い。単純計算では年間30万人もの患者が国内で発症する。傷跡なく患部を健常な皮膚に近づけること(クリアランス)を目標にレーザー照射療法が行われているが、一定の効果を得るためには複数回治療を行うことが必要である。本発明の発明者の自験例708症例の治療成績をまとめたところ、治療回数が2回以下の症例は69%、3~5回は20%、6回以上治療を行った治療抵抗性の症例は11%だった。これは、治療抵抗性の病変が5~20%ほど存在するとする非特許文献3の記載と矛盾しない。具体的に590nmの波長の光を皮膚に照射した場合を想定し、100万個の光子を皮膚モデルに照射するシュミレーションを行うと、約56%が生体に吸収され、約47%がメラニンや真皮に吸収され、約9%が血管に吸収される。患部に照射されたレーザー光エネルギーのうち生体に吸収されるエネルギーは約56%だが、大半は血管周辺組織に吸収され、血管に吸収されるレーザー光エネルギーは患部に照射されたレーザー光エネルギーのうち約9%にすぎない。血管周囲組織に熱傷の後遺症を残さないで単純性血管腫を完全に除去するためには、血管に吸収されるレーザー光エネルギーの割合を高め、かつ、血管周囲組織の熱傷を軽減できる光増感剤を開発する必要がある。
【0004】
カプセル化ヘモグロビンは、10~50g/dL(1.6mL~7.6mM)の高濃度精製ヘモグロビン水溶液を内包した粒子径数百nmの粒子である。カプセル化ヘモグロビンのうちヘモグロビンがリポソームに内包された粒子をヘモグロビンベシクルという。ヘモグロビン水溶液のリポソームへの内包、内包されなかったヘモグロビンの除去、光反応によるCO除去、脱酸素化などの工程を経て長期保存可能なヘモグロビンベシクルが製造される。ヘモグロビンベシクルは、ヘモグロビンを精製する工程で血液型物質や感染源を完全に排除してあり、また、長期間備蓄が可能なので、緊急時に直ちに使用できる利点を有する。またCO(一酸化炭素)をヘモグロビンに結合させたカルボキシヘモグロビン(以下、「COHb」という。)がリポソームに内包された粒子(以下、「COHb-V」という。)は、循環血中に投与後数時間COを徐々に放出して血管拡張作用や抗炎症作用をもたらすとともに、CO放出後は酸素運搬体として機能する(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Anderson R.R.及びParrish J.A.、Science、220:524-527(1983)
【文献】van Raath M.I.ら、J. Eur. Acad. Dermatol. Venereol.、33:1369-77(2019)
【文献】Ting, P. T.及びRao, J., Vascular Lesions, in Basics in Dermatological Laser Applications (I. Bogdan Allemann and D. J. Goldberg ed., Current Problems in Dermatology, Vol. 42 (2011))
【文献】Sakai H.、J. Funct. Biomater.、8:10(2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、血管を治療標的とするレーザー照射療法の治療効果を増強するための新規の光増感剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、COHbを含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤を提供する。
【0008】
本発明の光増感剤は、COHb水溶液をカプセルに内包したカプセル化ヘモグロビン(以下、「COHb-C」という。)として前記COHbを含むことができる。
【0009】
本発明の光増感剤において、前記水溶液は、ピリドキサル5’-リン酸(以下、「PLP」という。)を含むことができる。
【0010】
本発明の光増感剤は、メトヘモグロビンを還元する酵素活性が実質的にないことがある。
【0011】
本発明の光増感剤において、前記水溶液は、NADH及び/又はNADPHを含むことができる。
【0012】
本発明の光増感剤において、前記水溶液は生分解性蛍光色素を含むことができる。
【0013】
本発明の光増感剤において、前記水溶液中のヘモグロビン濃度は1.6mM~7.0mM(10g/dL~45g/dL)とすることができる。
【0014】
本発明の光増感剤において、前記カプセルは、リポソーム、ポリマーソーム又は高分子薄膜とすることができる。
【0015】
本発明の光増感剤において、前記リポソームは、ホスファチジルコリン型リン脂質である1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine、コレステロール、負電荷脂質である1,5-O-dihexadecyl-N-succinyl-glutamate、及び、ポリエチレングリコールを結合した脂質である1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphatidylethanolamine-N-poly(oxyethylene)5000(ポリエチレングリコール鎖の分子量5000)を含むことができる。
【0016】
本発明の光増感剤は、COを結合した非細胞性(acellular)ヘモグロビン由来酸素運搬体(Hb based O carrier)の水溶液として前記COHbを含むことができる。前記非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体は、重合型修飾ヘモグロビン、水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビン及び分子内架橋ヘモグロビンからなる群から選択される少なくとも1つとすることができる。
【0017】
本発明の光増感剤において、前記非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体は、重合型修飾ヘモグロビン及び/又は水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビンとすることができる。
【0018】
本発明の光増感剤は、0.46mM~3.6mM(3g/dL~23g/dL)のヘモグロビン濃度で投与することができる。
【0019】
本発明の光増感剤は、体重1kg当たり0.004mmol(ミリモル)~0.36mmol(ミリモル)の一酸化炭素を投与することができる。
【0020】
本発明の光増感剤は、単純性血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、ウンナ母斑、血管腫、port wine stain、スタージーウエバー症候群、クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群その他の毛細血管の過形成による皮膚病変と、酒さ及び毛細血管拡張症と、肥厚性瘢痕、外傷性瘢痕及び植皮後瘢痕に伴う病的な血管拡張と、いちご状血管腫及び皮膚の乳児血管腫と、房状血管腫、血管拡張性肉芽腫その他の皮膚の血管性腫瘍性病変とからなる群から選択される少なくとも1つの疾患の治療のために使用されることがある。
【0021】
本発明は、本発明の光増感剤を投与した後にレーザー照射を行う工程を含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法を提供する。
【0022】
本発明のレーザー照射療法は、単純性血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、ウンナ母斑、血管腫、port wine stain、スタージーウエバー症候群、クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群その他の毛細血管の過形成による皮膚病変と、酒さ及び毛細血管拡張症と、肥厚性瘢痕、外傷性瘢痕及び植皮後瘢痕に伴う病的な血管拡張と、いちご状血管腫及び皮膚の乳児血管腫と、房状血管腫、血管拡張性肉芽腫その他の皮膚の血管性腫瘍性病変とからなる群から選択される少なくとも1つの疾患の治療に使用されることがある。
【0023】
本発明は、COHbの血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤の製造のための使用を提供する。
【0024】
本発明の血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤の製造のための使用において、前記COHbを、COHb-Cとすることができる。あるいは、本発明の血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤の製造のための使用において、重合型修飾ヘモグロビン、水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビン及び分子内架橋ヘモグロビンからなる群から選択される少なくとも1つの非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体にCOが結合した、COを結合した非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体の水溶液として前記COHbを前記光増感剤に含むことができる。
【0025】
本発明の血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤の製造のための使用は、単純性血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、ウンナ母斑、血管腫、port wine stain、スタージーウエバー症候群、クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群その他の毛細血管の過形成による皮膚病変と、酒さ及び毛細血管拡張症と、肥厚性瘢痕、外傷性瘢痕及び植皮後瘢痕に伴う病的な血管拡張と、いちご状血管腫及び皮膚の乳児血管腫と、房状血管腫、血管拡張性肉芽腫その他の皮膚の血管性腫瘍性病変とからなる群から選択される少なくとも1つの疾患の治療のための前記光増感剤の製造のための使用とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1-A】完全に酸素を除去したヘモグロビンベシクル(以下、図面の簡単な説明及び実施例では「Hb-V」という)を投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の照射部位1の耳介皮膚外表写真。
図1-B】COHb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の照射部位1の耳介皮膚外表写真。
図2-A】Hb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の照射部位2の耳介皮膚外表写真。
図2-B】COHb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の照射部位2の耳介皮膚外表写真。
図3-A】Hb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の照射部位3の耳介皮膚外表写真。
図3-B】COHb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の照射部位3の耳介皮膚外表写真。
図4-A】Hb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の照射部位4の耳介皮膚外表写真。
図4-B】COHb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の照射部位3の耳介皮膚外表写真。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の1つの実施態様は、COHbを含む、血管を治療標的とするレーザー治療用光増感剤である。
【0028】
血管を治療標的とするレーザー照射療法は、Anderson R.R.及びParrish J.A.(非特許文献1)により提唱された。毛細血管又はメラノーマに適切な波長、強度及び照射時間等の設定条件でレーザー光を照射することにより、毛細血管又はメラノーマだけに熱エネルギーを集中させて周辺組織に影響を与えずに毛細血管又はメラノーマを除去する治療方法である。毛細血管の場合にはオキシヘモグロビン(以下、「OHb」という。)を標的としてレーザー光を照射する。レーザー光が血管内赤血球のOHbに吸収され、熱エネルギーに変換される。この熱エネルギーが血管壁に伝わり血管内皮が破壊され、最終的に異常血管が壊死し吸収される。熱エネルギーは血管内に止まるため血管周囲の組織に熱影響の障害を及ぼすことは少ない。OHbへの光の吸収率と皮膚内のその他の標的となりうる水分・コラーゲン・メラニンへの吸収率の関係、また光線の皮膚への深達度といった条件から577nm、585nm、595nm又は1064nmの波長をもつレーザーが血管を治療標的とするレーザー照射療法に用いられる。
【0029】
血管壁近傍での血液の流速は血管中央部でのそれに比べて遅い。壁面付近では流れのせん断応力が大きいため、赤血球は変形しながら管中心へ移動し血管の中央を流れるようになる。この結果、管内壁面付近では赤血球の存在しない血漿層が形成される。これを「cell free layer」又は「endothelial surface layer」と呼ぶ(Kim, S.ら、Biorheology 46: 181-189 (2009))。カプセル化ヘモグロビン及び/又は非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体(重合型修飾ヘモグロビン、水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビン及び分子内架橋ヘモグロビンを含む)は、赤血球よりサイズが小さいので、赤血球とは異なり、管壁近傍のcell free layerを流れることができる。また毛細血管では、血漿はその内腔を連続的に流れているが、赤血球は連続的に流れているわけではなく、その形を変形させながら断続的に流れる。これに対し、カプセル化ヘモグロビンは、血漿の流れに乗って毛細血管中を連続的に流れることができる(Hyakutake, T.ら、J Biomech Eng., 130: 011014 (2008))。非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体は血漿に溶解又は懸濁された状態で血漿とともに毛細血管中を連続的に流れることができる。このように、カプセル化ヘモグロビン及び/又は非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体の血管内投与は、自然発生している血管断面のヘモグロビン濃度分布を均一化する作用があり、レーザー光を吸収して熱に変換するヘモグロビン(光吸収体兼発熱体)を血管内皮近くに配置することを可能にする。光吸収体/発熱体と血管壁がこれまでになく近い距離となり効率的に熱が血管壁に伝わる。これは血管壁を治療標的とするレーザー照射療法に有利である。
【0030】
血管を治療標的とするレーザー照射療法に使用する光源は、577、585又は595nmのPDL、755nmのアレキサンドライトレーザー、810nmのダイオードレーザー及び1064nmのロングパルスNd:YAGレーザーを含む。レーザーの種類によって光エネルギーが到達する皮膚表面からの距離が異なり、皮膚表面から浅い毛細血管を治療標的とする治療にはPDLが最も好ましい。しかしPDL以外の光源も血管を治療標的とするレーザー照射療法の光源の選択肢である(非特許文献3)。
【0031】
本発明の血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤は、血管を治療標的とするレーザー照射療法の効果を増強するために用いられる。本発明の光増感剤は静脈又は動脈への注射によって血管内に投与される。本発明の光増感剤を静脈に投与するときには、静脈内に投与された前記光増感剤は、心臓から動脈を経て治療対象の毛細血管に到達するため、大量の光増感剤を投与する必要がある。その量は循環血液量の5%~20%にも達する。循環血液量は患者の体重の約13分の1なので、例えば体重20kgの小児であれば循環血液量が約1.5kgすなわち約1.5Lとなる。したがって、循環血液量の5%~20%は約77mL~307mLに相当する。治療対象の毛細血管の上流の動脈に本発明の光増感剤を投与する場合には、静脈投与よりは少量の光増感剤で治療上有効な局所濃度とすることができる。
【0032】
本発明のレーザー治療用光増感剤に用いるヘモグロビンの調製方法は、Sakai H.ら(Methods Enzymol. 465:363-84(2009))及び国際公開公報第WO2012/137834号パンフレットに説明されている。
【0033】
簡潔には、本発明のレーザー治療用光増感剤に用いるヘモグロビンは、ヒト又は家畜由来の血液から精製濃縮される。あるいは遺伝子組み換え技術により微生物に産生させたものを精製濃縮させる。精製濃縮は、例えば、以下の手順で行われることがあるが、この手順に限定されず、当業者に知られたいかなる手順によって行われても構わない。ヒト又は家畜由来の血液を元に、まず遠心分離をして上澄みの血漿成分とバッフィーコートを除去し、等張液(生理食塩水やリン酸緩衝生理食塩水)を添加して穏やかに攪拌したのち、再度遠心分離をして上澄みを除去する操作を3回繰り返し、洗浄赤血球を得る。低張液(純水など)を添加すると、赤血球は溶血し、ヘモグロビンが遊離する。超遠心分離によって膜成分を沈殿除去するか、或いは限外濾過膜(分画分子量1,000,000程度)によってヘモグロビンのみ透過させて膜成分を除去する。
【0034】
本発明のレーザー治療用光増感剤に用いるヘモグロビンの調製において、ヒト又は家畜由来の血液からヘモグロビンを精製濃縮した後、ウィルス不活化のための加熱処理及び/又はウィルス除去のためのナノフィルトレーション処理を行う。ウィルス不活化のための加熱処理は、例えば、前記精製濃縮されたヘモグロビン溶液を60℃にて10~12時間加熱することにより行われる場合がある。ヘモグロビンを耐熱化するために、加熱処理の前に、前記精製濃縮されたヘモグロビン溶液を耐熱性密封容器に移し、一酸化炭素ガスを充填して撹拌する操作を繰り返し、OHbをCOHbに置換する。ウィルス除去のためのナノフィルトレーション処理は、例えば、前記精製濃縮され、さらに、ウィルス不活化のための加熱処理を施したヘモグロビン溶液を孔径15~50nmの精密ろ過膜(Nanofiltration Membrane)でろ過することにより行われることがある。
【0035】
加熱処理とナノフィルトレーションの操作によって、不活化率・除去率(Log Reduction Value)の総計は9を上回り、ウィルスクリアランスバリデーションとして必要とされる規定をクリアする。これらの操作によって、解糖系、メトヘモグロビン還元系、脱炭酸酵素、及び、活性酸素を消去する酵素類は全て排除される。特に、本発明に関わるNADHを基質とするNADH-cytochrome b reductase、及び、電子伝達体であるcytochrome bが耐熱性に乏しいことはよく知られており(Arinc E.ら、Comp Biochem Physiol B. Jan-Feb;101(1-2):235-42. (1992))、加熱処理中に変性、失活する。加熱処理によってヘモグロビン溶液のタンパク質純度は極めて高くなる(99.8%以上)。また、NADH-cytochrome b reductase及びNADPH-flavin reductaseの酵素活性を測定しても、活性がないことを確認できる。
【0036】
上記ウィルス不活化工程及び除去工程を経たCOHb溶液は、透析、pH調整などを経て、限外濾過膜によって濃縮される。このときの分画分子量は、8,000~30,000程度で効率良く実施することができる。得られたCOHb溶液は、Hb濃度が30~45g/dLと濃厚である。この溶液をアニオン交換樹脂処理させ、孔径0.22μmの滅菌フィルタに透過させる。
【0037】
本発明の1つの実施態様は、COHb水溶液をカプセルに内包したカプセル化ヘモグロビン(COHb-C)として前記COHbを含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0038】
本発明のレーザー照射療法用光増感剤において、前記カプセルは、リポソーム、ポリマーソーム又は高分子薄膜とすることができる。
【0039】
前記カプセルがリポソームのとき、該リポソームにはさまざまな組成とすることができる(Sakai H.ら、Methods Enzymol. 2009;465:363-84.)、Djordjevich, L.及びMiller, I.F.、Fed. Proc., 36:567(1977))。カプセル化ヘモグロビンのカプセルがリポソームのとき、カプセル化ヘモグロビンはヘモグロビンベシクルという。ヘモグロビンベシクルの1つの例では、前記リポソームは、1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine (DPPC)と、cholesterolと、1,5-O-dihexadecyl-N-succinyl-L-glutamate (DHSG)と、1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphatidylethanolamine-N-PEG5000(DSPE-PEG5000)という4つの成分からなる。
【0040】
前記カプセルがポリマーソームのとき、該ポリマーソームは、親水性高分子と疎水性高分子が共重合した両親媒性高分子、例えば、ポリブタジエン-ポリエチレンオキシド(PBD-PEO)の両親媒性ジブロック共重合体が形成するカプセルである(Arifin, D.R.及びPalmer., A.F.、Biomacromolecules,; 6:2172-81(2005))。
【0041】
前記カプセルが高分子薄膜のとき、該高分子薄膜は、ポリスチレン、アラビアゴム、ナイロン、シリコーンなどの高分子、ゼラチンなどの生体由来材料、ポリεカプロラクタムやポリエチレングリコールと生分解性高分子であるポリ乳酸やポリグリコール酸などの共重合体、多糖類、アミノ酸高分子の共重合体を含むが、これらに限定されない高分子を用いることができる(Chang T.M.S.、Eur. J. Pharm. Biopharm. 45:3-8.(1998))。
【0042】
ヘモグロビンをカプセル化する手段としては、超音波処理法(プローブ法、浴槽法)、有機溶媒注入法、界面活性剤除去法、凍結融解法、逆相蒸発法、押出し法(extrusion法)、乾燥脂質粉末-水和法、高圧乳化分散法、遊星運動による混錬法などが知られている。ヘモグロビンを変性させずに、カプセル化させるには、乾燥脂質粉末-水和法、押し出し法、混錬法などが好ましい。
【0043】
本発明のレーザー照射療法用光増感剤において、前記COHb-Cのサイズは、血管内壁面付近に形成される血漿層(cell free layer又はendothelial surface layer)に分散して流動することが可能な程度に赤血球より小さいサイズであることが必要とされる。前記COHb-Cの平均サイズは、動的光散乱法による測定で約50nm~約500nm、あるいは、約220nm~約280nm、あるいは、約250nm~約280nm、あるいは約250nmである。
【0044】
COHb-Cに内包されるCOHb溶液には添加物を添加することができる。該添加物には、PLP、NADH及びNADPHが含まれるが、これらに限定されない。
【0045】
カプセル化工程の後、カプセルの中に封入されなかったヘモグロビンは、限外濾過膜処理(例えば分画分子量1000kDa)により濾過除去することができる。あるいは、遠心分離操作によってカプセル化ヘモグロビンを沈降させ、上澄みのヘモグロビン溶液を除去し、沈殿に生理食塩水などを添加しカプセル化ヘモグロビンを再分散させてもよい。カプセル化ヘモグロビンを再分散させた溶液には、電解質、糖質、アミノ酸及び/又は膠質を含ませてもよく、またこれらに限定されない添加物を添加することができる。
【0046】
COを結合しないヘモグロビンが必要な場合には、酸素気流下、光反応によりCOHbをOHbに変換することができる。液膜を形成させる、或いは透析膜を通過中に可視光を照射することで反応は速やかに進行する(特許第3682072号公報)。
【0047】
本発明の1つの実施態様は、前記カプセル化ヘモグロビンに内包させるヘモグロビン水溶液がピリドキサル5’-リン酸(PLP)を含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0048】
PLPは、ヘモグロビンの酸素親和度を調節するためのアロステリック因子として、ヘモグロビンに対するモル比が0.5~3となるように添加できる。あるいは、本発明の人工赤血球に内包されるPLP及びヘモグロビンのモル濃度を、それぞれ、[PLP]及び[Hb]と表すとき、
【数1】
となるように添加することができる。
好ましいヘモグロビンに対するPLPのモル比は約1である。
【0049】
本発明の1つの実施態様は、メトヘモグロビンを還元する酵素活性が実質的にない、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0050】
本明細書の「メトヘモグロビンを還元する酵素」は、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)を基質とするNADH系メトヘモグロビン還元酵素と、NADPH系メトヘモグロビン還元酵素とを含むが、これらに限定されない。NADH系メトヘモグロビン還元酵素としては、NADH-methemoglobin reductaseが報告されたが、これはNADH-cytochrome b reductaseの作用とcytochrome bが電子媒体となってmetHbが還元される機構であることが明らかになっている。酸化型のNADはEmbden Myerhof 経路によってNADHに復元される。NADH cytochrome b reductaseは、赤血球膜中に存在するものと、赤血球中に溶解しているものがある。NADPH系メトヘモグロビン還元酵素は、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドフォスフェート(NADPH)を基質とするNADPH methemoglobin reductaseの作用でmetHbが還元され、酸化型のNADPはpentose phosphate経路によってNADPHに復元される。本発明の「NADをNADHに変換可能な酵素系」及び「NADPをNADPHに変換可能な酵素系」は、それぞれ、Embden Myerhof 経路のglyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase (GAPDH)と、pentose phosphate経路のglucose-6-phosphate dehydrogenase (G6PDH) 及び6-phosphogluconate dehydrogenase (6PGDH)とである。したがって、「メトヘモグロビンを還元する酵素」と、「NAD及び/又はNADPをNADH及び/又はNADPHに変換可能な酵素系」とは異なる酵素である。
【0051】
本明細書のメトヘモグロビンを還元する酵素について、「酵素活性が実質的にない」とは、ヒト又は家畜由来の血液から精製濃縮されたヘモグロビン溶液の酵素活性の10%、5%、3%、1%、0.5%、0.2%、0.1%、0.05%又は0.03%以下か、あるいは、メトヘモグロビン還元酵素の酵素活性の検出限界以下かの酵素活性をいう。ここで、本明細書のメトヘモグロビンを還元する酵素の酵素活性は、例えば、以下の手順で決定することができる。
【0052】
NADH-cytochrome b reductase活性の測定は、Beutler, E.(RED CELL MTABOLISM: A MANUAL OF BIOCHEMICAL METHOD, Grune &Stratton, Inc. pp.81-82(1987))にしたがって行うことができる。測定原理は、NADH methemoglobin reductaseを本方法では、NADH-ferricyanide reductase活性として測定する。
【化1】
の反応において、酵素を含有する検体の添加によって促進される程度を追跡することから活性測定する。消費されるNADHの特性吸収340nmの吸光度変化(減少)を測定する。
【0053】
また、NADPH-flavin reductase活性の測定は、Beutler, E.(RED CELL MTABOLISM: A MANUAL OF BIOCHEMICAL METHOD, Grune &Stratton, Inc.pp. 79-80(1987)))にしたがって行うことができる。測定原理は、NADH methemoglobin reductase を本方法では、NADH diaphorase活性として測定する。メチレンブルー(MB)がルーコメチレンブルー(LeukMB)に還元される反応である、
【化2】
は遅い反応として知られているが、酵素を含有する検体の添加によって促進される程度を追跡することによって活性を測定する。具体的には、消費されるNADPH特性吸収340nmの吸光度変化(減少)を測定し、上記原理に基づいて活性を決定する。
【0054】
本明細書のメトヘモグロビンを還元する酵素の活性が実質的にない状態は、ヒト又は家畜由来の血液からヘモグロビンを精製濃縮した後、ウィルス不活化のための加熱処理及び/又はウィルス除去のためのナノフィルトレーション処理により達成することができる。
【0055】
本発明の1つの実施態様は、前記カプセル化ヘモグロビンに内包させるヘモグロビン水溶液が、NADH及び/又はNADPHを含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0056】
本発明のNADH及び/又はNADPHは、本発明のカプセル化ヘモグロビンに内包されるヘモグロビン溶液中のヘモグロビンに対してモル比で0.5~10の量を添加される。あるいは、前記カプセル化ヘモグロビンに内包されるヘモグロビン水溶液中のヘモグロビンに対してモル比で1~3の量を添加される。前記カプセル化ヘモグロビンに内包されるNADH、NADPH及びヘモグロビンのモル濃度を、それぞれ、[NADH]、[NADPH]及び[Hb]と表すとき、
【数2】
あるいは
【数3】
となるように添加することができる。本発明において、「NADH及び/又はNADPH」の代わりに、「NAD及び/又はNADPをNADH及び/又はNADPHに変換可能な酵素系と、NAD及び/又はNADPと」で置換可能であることは当業者に周知である。NADH及び/又はNADPHが、カプセル化ヘモグロビンに内包されるヘモグロビン水溶液に添加されるだけでなく、カプセル化ヘモグロビンを分散した溶液中にも添加される場合には、さらなるヘモグロビンの保護効果が期待できる。
【0057】
本発明の1つの実施態様は、前記ヘモグロビン水溶液は生分解性蛍光色素を含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0058】
前記生分解性蛍光色素は、例えば、フルオレセインナトリウムその他の従来から臨床的に使用されている蛍光造影剤を含むが、これらに限られない。前記生分解性蛍光色素は、577~595nmの波長をもつレーザー照射による本発明の血管を治療標的とするレーザー照射療法による治療において、本発明の色素レーザー治療用光増感剤の効果を損なわないことが望ましい。その点、フルオレセインナトリウムは極大吸収波長が494nmで、550nmでは488nmでの吸光度のほぼ0%となるので前記レーザー照射の影響は想定し難い。前記生分解性蛍光色素を含むレーザー治療用光増感剤は、治療対象の毛細血管におけるヘモグロビン粒子の濃度をリアルタイムで非侵襲的に確認することができ、最も濃度が高いときにレーザー照射を行うことができるという利点がある。前記生分解性蛍光色素の1つであるフルオレセインナトリウムを蛍光眼底造影剤として用いる場合には、200mg~500mgを肘静脈から投与することが添付文書に記載されている。したがって本発明の光増感剤を後述する用量で使用するとき、患者の全投与量中に前記生分解性蛍光色素が最大で200mg~500mg含むように配合することが好ましい。
【0059】
本発明の1つの実施態様は、カプセル化ヘモグロビンに内包させる水溶液中のヘモグロビン濃度が1.6mM~7.0mMである、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0060】
最初に赤血球を溶血して精製したヘモグロビン溶液の濃度は30g/dL~50g/dLである。前記ヘモグロビン溶液を生理食塩水のような水性溶媒で希釈した後にカプセルに内包することにより、カプセルに内包されるヘモグロビン水溶液のヘモグロビン濃度を10g/dL~45g/dLとすることができる。このヘモグロビン濃度はモル濃度に換算すると、1.6mM~7.0mMに相当する。前記モル濃度は、ヘモグロビンの分子量が64500であることから計算される。ヘモグロビン1分子は、グロビンポリペプチド4本からなるので、ヘモグロビン1モルに結合する酸素あるいは一酸化炭素は4倍の4モルとなる。
【0061】
カプセル化ヘモグロビンを分散させる膠質の水溶液は、前記カプセル化ヘモグロビンの分散液に膠質浸透圧を付与することができる。前記膠質は、アルブミン(5g/dL以下)、ヒロドキシエチルスターチ(10g/dL以下)、デキストラン(10g/dL以下)、修飾ゼラチン(5g/dL以下)を含むが、これらに限定されない。晶質浸透圧は300mOsmに調節されることが望ましい。
【0062】
上述のとおり、本発明の光増感剤を静脈に投与するときには、静脈内に投与された前記光増感剤は、心臓から動脈を経て治療対象の毛細血管に到達するため、大量の光増感剤を投与する必要がある。その量は循環血液量の5%~20%にも達する。循環血液量を患者の体重の約13分の1とすると、例えば体重20kgの小児であれば循環血液量が約1.5kgすなわち約1.5Lとなるので、循環血液量の5%~20%は約77mL~307mLに相当する。つまり、患者の体重1kgあたりの光増感剤の投与量は3.85mL~15.35mLとなる。したがって本発明の光増感剤の用量は、最終的には処置を行う医師の判断によるが、一般的には、静脈投与の場合で患者の体重1kgあたり2mL~25mL、あるいは、3.85mL~15.35mLとすることができる。
【0063】
本発明の1つの実施態様は、前記カプセルが、リポソーム、ポリマーソーム又は高分子薄膜である、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0064】
本発明のカプセル化ヘモグロビンのカプセルがポリマーソームのとき、該ポリマーソームは、親水性高分子と疎水性高分子が共重合した両親媒性高分子、例えば、ポリブタジエン-ポリエチレンオキシド(PBD-PEO)の両親媒性ジブロック共重合体が形成するカプセルである。
【0065】
本発明のカプセル化ヘモグロビンのカプセルが高分子薄膜のとき、該高分子薄膜は、ポリスチレン、アラビアゴム、ナイロン、シリコーンなどの高分子、ゼラチンなどの生体由来材料、ポリεカプロラクタムやポリエチレングリコールと生分解性高分子であるポリ乳酸やポリグリコール酸などの共重合体、多糖類、アミノ酸高分子の共重合体を含むが、これらに限定されない高分子を用いることができる。
【0066】
本発明の1つの実施態様は、前記リポソームが、ホスファチジルコリン型リン脂質、コレステロール、負電荷脂質及び、ポリエチレングリコールを結合した脂質を含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。ここで前記ホスファチジルコリン型リン脂質は1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholineであり、前記負電荷脂質は1,5-O-dihexadecyl-N-succinyl-L-glutamateであり、前記ポリエチレングリコールを結合した脂質は1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphatidylethanolamine-N-Poly(oxyethylene)5000(ポリエチレングリコール鎖の分子量5000)である。またここで、前記リポソームは、高濃度Hb溶液を内包するベシクルが毛細血管を容易に通過できるように、粒径が制御され、血中分散安定性が向上される。前記リポソームは、ヘモグロビン水溶液を内包し、かつ、該リポソームが水溶液に懸濁できるいずれかの構造のリン脂質二分子膜のベシクルでもかまわない。リポソームは単一のリン脂質二分子膜からなるベシクルであってもよい。
【0067】
ホスファチジルコリン型リン脂質としては、過酸化脂質の生成を抑制するため、グリセロール骨格の1,2位水酸基にエステル結合している脂肪酸が飽和型であることが好ましく、1,2-dimyristoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine (DMPC)のほか、1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine (DPPC)、1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine (DSPC)、1-palmitoyl-2-myristoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine (PMPC)、1-stearoyl-2-myristoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine (SMPC)、また大豆由来の水素添加レシチン(HSPC)、また、不飽和型リン脂質でも、比較的安定な脂肪酸であるオレイン酸が結合したリン脂質として、1-stearoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine (SOPC)、1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine (POPC)などが好ましい。これらリン脂質の中でも、得られる小胞体の安定性と、マクロファージに捕捉された後の蓄積性の回避を考慮すると、DPPCが好ましいとされてきた。しかし、製造の簡便さの観点からは、DPPCの相転移温度(Tc=41℃)よりも低いホスファチジルコリン型リン脂質が分散性や粒子径の制御の点で好ましく、例えば、SMPC(Tc=30℃)、PMPC(28℃)、DMPC(23℃)、SOPC(6℃)、POPC(-3℃)などが挙げられる。従来、相転移温度の低いホスファチジルコリン型脂質では、得られるベシクルの構造が不安定とみなされてきたが、実際の使用目的の観点から安定性が十分かどうか判断する必要がある。
【0068】
負電荷脂質としては、1,5-O-dihexadecyl-N-succinyl-L-glutamate(DHSG)を利用することが好ましい。負電荷脂質は、リポソームの被覆層数(Lamellarity)の低減と生体適合性の付与に必要である。
【0069】
コレステロール(CHO)は、ホスファチジルコリン型リン脂質の明確な相転移温度をなくし、脂質膜を安定化させる。
【0070】
また、前記リポソームは、血中滞留性の向上、ヘモグロビンベシクル粒子間の凝集の抑制、分散安定性の向上等の目的のために、ポリアルキレングリコールで、典型的にはポリエチレングリコールで修飾(PEG修飾)されていてもよい。リポソームのPEG修飾は一般的な方法、例えばPEGを結合させた適当な脂質を脂質二重膜の構成脂質としてリポソームを調製することで行うことができる。本発明にかかるリポソームの場合、PEG修飾は、1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphatidylethanolamine(DSPE)にPEGを結合させた(PEG-DSPE)を脂質二重膜の構成脂質として利用することで行うことが好ましい。ポリエチレングリコールの分子量は、400 Daから12000 Da程度、好ましくは1000Daから5000Daである。PEG修飾脂質として、ポリエチレングリコール鎖の分子量が5000の1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphatidylethanolamine-N-Poly(oxyethylene)5000(PEG-DSPE)を用いることが好ましい。また、前記PEG修飾に関連して、医用高分子として汎用されているPEGの代替材料として、ポリ(2―オキサゾリン)や、ポリサルコシンなどの高分子をDSPEなどの脂質類に結合した物質を使用してリポソームの表面を修飾してもよい。
【0071】
本発明のリポソームの脂質二重膜を構成する好ましい脂質の一例は、DPPC、CHO、DHSG及びPEG-DSPEであり、その構成比は、モル比で5:4:0.9:0.03である。
【0072】
本発明の1つの実施態様は、COを結合した非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体の水溶液として前記COHbを含む、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。ここで、前記非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体は、重合型修飾ヘモグロビン、水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビン及び分子内架橋ヘモグロビンからなる群から選択される少なくとも1つである。
【0073】
前記非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体は、Taguchi、K.ら(J. Funct. Biomater. 8, 11(2017))及びChang T.M.(Wiley Interdiscip Rev Nanomed Nanobiotechnol. 2:418-30 (2010))に詳しく説明される。
【0074】
本発明の1つの実施態様は、前記非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体が、重合型修飾ヘモグロビン及び/又は水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビンである、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0075】
前記重合型修飾ヘモグロビンは、グルタルアルデヒド等の架橋剤でヘモグロビンの表面のリジン残基と結合させたヘモグロビン重合体(Gould S.A.ら、J. Am. Coll. Surg.,195:445-52(2002))、及び、Hbのグロビン鎖の末端カルボン酸とリジン残基を分子間で直接結合させたHb重合体(Matheson B.ら、J. Appl. Physiol.,93:1479-86(2002))に一酸化炭素を結合させたものを含むが、これらに限定されない。
【0076】
前記水溶性高分子結合型修飾ヘモグロビンは、ヘモグロビンとヒドロキシエチルスターチとの共重合体(Hu T.ら、Biochem. J.、392:555-64(2005))、及び、ヘモグロビンの表面に片末端メトキシ基ポリエチレングリコール(PEG)を結合させたPEG結合ヘモグロビン(Chang, T.M.、Appl. Biochem. Biotechnol., 10:5-24(1984))に一酸化炭素を結合させたものを含むが、これらに限定されない。
【0077】
本発明の1つの実施態様は、0.46mM~3.6mMのヘモグロビン濃度で投与される、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。ここで0.46mM~3.6mMのヘモグロビン濃度(3g/dL~23g/dL)は、COHbを、カプセルに内包されるか否かを問わず、電解質、糖質、アミノ酸及び/又は膠質その他を含む水性溶媒に分散した、本発明の光増感剤の製剤全体積中のヘモグロビンの濃度である。
【0078】
前記光増感剤がCOを結合した非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体の水溶液のとき、前記本発明の光増感剤の製剤全体積の中のヘモグロビンのモル濃度とは、前記非細胞性ヘモグロビン由来酸素運搬体中のヘモグロビン重合体又は共重合体に含まれるヘモグロビンを全てヘモグロビン単量体に換算した場合のモル濃度をいう。
【0079】
本発明の1つの実施態様は、体重1kg当たり0.004~0.36mmol(ミリモル)の一酸化炭素量で投与される、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0080】
COはほぼ全てがヘモグロビンに結合した状態で投与されるので、CO投与総量が容易に管理できる。本発明の光増感剤製剤に含有されるヘモグロビンは、血管拡張作用のあるCOHbを含み、投与後次第に、COガスを遊離し、OHbに変換される。COHbもOHbと同等の光吸収を示し、またレーザー照射療法の増強効果を奏することができる。さらに、可視光領域のレーザー照射により、COHbが光解離してCOを遊離し、CO濃度を局所的に高めることができる。COガスは毒性も示すので、投与に際しては血行動態や血液ガス組成を継続してモニタリングする。また、投与されたCOHbから解離したCOは体内で薬理効果を示した後、最終的には呼気として排出されるのみであるので、呼吸状態の維持管理が重要である。血中のCOHb量の推移は、採血液の可視吸収スペクトルにおいてソレー帯又はQ帯におけるデオキシHbとの吸光度比から容易に算出できる。本発明の光増感剤の製剤の投与量としては、COとして、体重1kg当たり0.004mmol(ミリモル)~0.36mmol(ミリモル)となる量である。
【0081】
本発明の血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤に含まれる有効成分であるCOHbは、血液から精製濃縮されたヘモグロビン溶液をウィルス不活化のための加熱処理に供する前に、ヘモグロビンの耐熱化の目的でOHbから置換されている。したがって本発明の光増感剤において、有効成分であるCOHbは、本発明の光増感剤に含まれるヘモグロビンの約100%か、少なくとも60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%又は97%かである。そこで本発明の光増感剤が0.46mM~3.6mM(3g/dL~23g/dL)のヘモグロビン濃度で投与される場合には、本発明の光増感剤の製剤全体に占める有効成分であるCOHbの重量百分率は、Hbの約100%がCOHbのとき、約3%~約23%となる。本発明の光増感剤の製剤全体に占める有効成分であるCOHbの重量百分率は、Hbの少なくとも65%がCOHbのとき、約1.95%~約14.95%となる。すなわち、本発明の光増感剤の製剤全体に占める有効成分であるCOHbの重量百分率は、約1.95%~約23%の範囲内である。
【0082】
本発明の1つの実施態様は、単純性血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、ウンナ母斑、血管腫、port wine stain、スタージーウエバー症候群、クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群その他の毛細血管の過形成による皮膚病変と、酒さ及び毛細血管拡張症と、肥厚性瘢痕、外傷性瘢痕及び植皮後瘢痕に伴う病的な血管拡張と、いちご状血管腫及び皮膚の乳児血管腫と、房状血管腫、血管拡張性肉芽腫その他の皮膚の血管性腫瘍性病変とからなる群から選択される少なくとも1つの疾患の治療のための血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤である。
【0083】
本発明の光増感剤は、COHbの吸収波長の色素レーザーで照射された光子を吸収してCOを放出し、該COは血管を拡張してCOHb-V及び赤血球の流量を増大させる。COを放出後のHbは、照射された光子を吸収して熱エネルギーに変換し、該熱エネルギーは血管壁に伝わり血管内皮を破壊する。一方、放出されたCOは血管を拡張させるだけでなく、血管周囲組織において抗炎症作用を発揮する。そのため、本発明の光増感剤は、レーザー照射による血管周囲組織の熱傷に伴う炎症を抑制して、血管周囲組織の損傷を軽減すると同時に異常血管を壊死吸収させる。その結果、従来の血管を治療標的とするレーザー照射療法と比較して、血管への効果はより高いが血管周囲組織への副作用はより少ない。したがって本発明の光増感剤を適用できる疾患は、体表の毛細血管の過形成による疾患である。体表とは、レーザー光線が到達可能な、皮膚表面から150~400μmまでの深さを指す。
【0084】
体表の毛細血管の過形成による疾患は、具体的には、単純血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、ウンナ母斑、血管腫、port wine stain、スタージーウエバー症候群及びクリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群と呼ばれる、出生時又は新生児の間に顕在化する、毛細血管の過形成による、ピンク色、紅色、又は紫色の平坦な皮膚病変と、酒さを含む毛細血管拡張症と、肥厚性瘢痕、外傷性瘢痕及び植皮後瘢痕に伴う病的な血管拡張と、いちご状血管腫及び皮膚の乳児血管腫と、房状血管腫及び血管拡張性肉芽腫を含むその他の皮膚の血管性腫瘍性病変とを含むが、これらに限定されない。本発明の光増感剤を適用できる疾患は、単純血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、血管腫及び/又はport wine stainが好ましい。
【0085】
本発明の1つの実施態様は、COHbの、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤の製造のための使用である。
【0086】
本発明の光増感剤の使用は、単純性血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、ウンナ母斑、血管腫、port wine stain、スタージーウエバー症候群、クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群その他の毛細血管の過形成による皮膚病変と、酒さ及び毛細血管拡張症と、肥厚性瘢痕、外傷性瘢痕及び植皮後瘢痕に伴う病的な血管拡張と、いちご状血管腫及び皮膚の乳児血管腫と、房状血管腫、血管拡張性肉芽腫その他の皮膚の血管性腫瘍性病変とからなる群から選択される少なくとも1つの疾患の治療のための使用とすることができる。
【0087】
本発明の1つの実施態様は、本発明の光増感剤を血管内に投与すること、及び、処置をすべき血管を治療標的としてレーザーを照射することを含む、単純性血管腫、毛細血管奇形、サーモンパッチ、ウンナ母斑、血管腫、port wine stain、スタージーウエバー症候群、クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群、その他の毛細血管の過形成による皮膚病変と、酒さ及び毛細血管拡張症と、肥厚性瘢痕、外傷性瘢痕及び植皮後瘢痕に伴う病的な血管拡張と、いちご状血管腫及び皮膚の乳児血管腫と、房状血管腫、血管拡張性肉芽腫その他の皮膚の血管性腫瘍性病変とからなる群から選択される少なくとも1つの疾患の治療方法である。
【0088】
本明細書において数値について修飾する連体詞「約」は、当該数値の90%以上、かつ、110%以内の数値範囲であることを意味する。例えば、COHb-Cの平均サイズが「約250nm」であるとは、前記COHb-Cの平均サイズは、225nm及び275nmをそれぞれ下限及び上限として、該下限及び上限を含む数値範囲内のいずれかの数値であることを指す。
【0089】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0090】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例
【0091】
実施例1 本発明の色素レーザー治療用光増感剤の調製
本発明の色素レーザー治療用光増感剤に含まれるヘモグロビンベシクルは、既報(Sakai H.ら、J. Pharmacol. Exp. Ther., 2004; 311:874-84)に従って調製した。先ず、ヒト赤血球に生理食塩水を等量添加し、遠心分離をして上澄を除去する操作を3回行い、洗浄赤血球を得た。これに注射用蒸留水を添加して溶血させて、限外濾過膜処理を行い、ストローマフリーヘモグロビン溶液を得た。該ストローマフリーヘモグロビン溶液に一酸化炭素を結合させて60℃にて10時間の加熱処理を行い、さらに限外濾過膜処理により高純度高濃度Hb溶液(40g/dL)を得た。これにアロステリック因子としてピリドキサル5’-リン酸をヘモグロビンに対して等モル量添加した。次いで、混合脂質粉末(ジパルミトイルホスファチジルコリン/コレステロール/負電荷脂質/ポリエチレングリコール結合型ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン)を添加し、国際公開第WO2012/137834号パンフレットで説明した混錬法によりヘモグロビンベシクルを形成させ、平均粒径を250nmに制御した。リポソームに内包されなかったヘモグロビンを限外濾過膜で除去し、ヘモグロビン濃度を10g/dLに調節し、COHb-Vを調製した。また、COHb-Vを酸素気流下、可視光の照射によりHbに結合した一酸化炭素を光解離させ、酸素と置換させた。最後に、ガラス容器に封入して、窒素ガスを通気して完全に酸素を除去して保存した。以下の実施例では、完全に酸素を除去したヘモグロビンベシクルを「Hb-V」という。
【0092】
実施例2 ウサギ耳介への色素レーザー照射に対する光増感剤の効果
以下の動物実験は、千葉大学の大学動物実験実施規程に従って承認された実験計画(動物実験計画書承認番号: 動1-98)に則って実施された。
【0093】
20週齢のウサギ(Slc:JW/CSK、オス、日本エスエルシー)3匹に吸入麻酔を導入して10~15分後に、左耳介の4か所に可変式ロングパルス色素レーザーを照射した。左耳介へのレーザー照射から約15分後に、ヘモグロビンベシクルHb-V若しくはCOHb-Vを10mL、又は、Hb-V5mL及びCOHb-V5mLの混合物(以下、「Mixed」という。)をそれぞれウサギ1匹ずつに静脈投与した。ヘモグロビンベシクルの投与約30分後に各個体の右耳介の4か所に可変式ロングパルス色素レーザーを照射した。使用した可変式ロングパルス色素レーザーは、Candela Corp (米国、マサチューセッツ州、Wayland)製Vbeam(登録商標)であった。照射条件は直径7ミリの円形の照射エリアに照射パルス幅を1.5ms、照射エネルギーを10J/cmとし、照射30ms前に20ms間照射皮膚表面を寒剤で冷却した(ダイナミッククーリングディバイス)。各個体の耳介の4か所に可変式ロングパルス色素レーザーを照射した。照射部位1~4は、耳介の照射部位のうち、最も近位側の照射部位を照射部位1とし、順に遠位側にナンバリングを行い、最も遠位側の照射部位を照射部位4とした。照射後4日目に、照射部の耳介皮膚の外表観察して写真に記録するとともに、照射部組織を採取してホルマリン固定し、パラフィン包埋HE染色標本を作製した。組織切片は、各照射部位から亜連続で5枚、合計120枚作製した。
【0094】
耳介動脈及び耳介静脈の組織所見は、血管壁の変性・壊死(Degeneration/necrosis, vascular wall)とした。また、血管周囲組織の変化は、浮腫、出血、膠原線維束の壊死及び炎症細胞浸潤に着目した。各所見は、下記に示す定義に基づいて評価した。なお、炎症細胞浸潤については視野あたりの数や分布の度合いを指標として-~3+の5段階で評価した。また、その他の所見が認められた場合にも記録した。
【0095】
血管壁の変性・壊死
-:変化なし
±:内皮細胞の一部変性・壊死
+:内皮細胞の脱落
2+:内皮細胞の脱落、中膜及び外膜の変性・壊死 (細胞成分の残存)
3+:内皮細胞の脱落、中膜及び外膜の変性・壊死 (細胞成分の消失)
【0096】
血管周囲組織の浮腫
-:変化なし
±:血管周囲にわずかにみられる
+:血管から表皮側にやや広範性にみられる
2+:血管を中心として広範性にみられる
3+:照射部 (組織切片) 全般にみられる
【0097】
血管周囲組織の出血
-:変化なし
±:小血管を含む血管周囲のわずかな漏出
+:血管周囲や真皮層に散在性にみられる
2+:血管周囲や真皮層に散在性又は集簇巣がみられる
3+:広範性にみられる
【0098】
膠原線維束の壊死
-:変化なし
±:血管周囲のわずかな凝固壊死
+:血管周囲から広がりを持った凝固又は融解壊死
2+:広範性の凝固又は融解壊死
3+:照射部 (組織切片) 全般の凝固又は融解壊死
【0099】
データの解析
グレード分けした組織所見はMann-WhitneyのU検定により、また陽性グレードの合計値はFisherの直接確立の片側検定により、Hb-V又はCOHb-V投与と非投与との間及びHb-V投与とCOHb-V投与との間の有意差検定を行った(有意水準:5%)。
【0100】
試験成績(1)Hb-V投与
所見を以下の表1に示す。
【0101】
【表1】
【0102】
表1のHb-V(-)は、Hb-Vを投与した個体について、Hb-V投与前にレーザー照射を行った(非投与)部位を意味し、Hb-V(+)は、Hb-Vを投与した個体について、Hb-V投与後にレーザー照射を行った(投与)部位を意味する。
【0103】
非投与耳介組織20枚中4枚、Hb-V投与耳介組織20枚中2枚の組織切片上に耳介動脈がなかったため、これらについて評価できなかった。前記6枚を除く標本の耳介動脈及び全標本の耳介静脈いずれにも血管壁の変性・壊死が認められ、Hb-V投与では耳介静脈の変性・壊死の程度が非投与と比較して有意に増強した。周囲組織では炎症細胞浸潤、水腫、出血及び膠原線維束の壊死が非投与及びHb-V投与いずれにも認められたが、炎症細胞浸潤の発現頻度、水腫及び膠原線維束の壊死の程度がHb-V投与で有意に軽減した。
【0104】
試験成績(2) COHb-V投与
所見を以下の表2に示す。
【0105】
【表2】
【0106】
表2のCOHb-V(-)は、COHb-Vを投与した個体について、COHb-V投与前にレーザー照射を行った(非投与)部位を意味し、COHb-V(+)は、COHb-Vを投与した個体について、COHb-V投与後にレーザー照射を行った(投与)部位を意味する。
【0107】
非投与及びCOHb-V投与の全標本について、耳介動脈及び耳介静脈いずれにも軽度又は中等度以上の血管壁の変性・壊死が認められたが、非投与とCOHb-V投与の間に頻度、程度の差はなかった。一方、周囲組織では炎症細胞浸潤、水腫、出血及び膠原線維束の壊死の発現頻度及び程度がCOHb-V投与で有意に軽減した。
【0108】
試験成績(3) Hb-V投与個体とCOHb-V投与個体の組織学的変化の比較
所見を以下の表3に示す。
【0109】
【表3】
【0110】
表3のHb-V(+)は、Hb-Vを投与した個体について、Hb-V投与後にレーザー照射を行った部位を意味し、COHb-V(+)は、COHb-Vを投与した個体について、COHb-V投与後にレーザー照射を行った部位を意味する。
【0111】
血管壁の変性・壊死は、耳介動脈ではHb-V投与とCOHb-V投与との間に頻度及び程度の差は認められなかったが、耳介静脈ではCOHb-V投与で所見の程度が増強した。周囲組織では水腫、出血及び膠原線維束の壊死の発現頻度及び程度がCOHb-V投与で有意に軽減した。
【0112】
試験成績(4) Hb-V及びCOHb-V等量(以下、「Mixed」という。)投与個体とCOHb-V投与個体との組織学的変化の比較
所見を以下の表4に示す。
【0113】
【表4】
【0114】
表4のMixed(+)は、Hb-V及びCOHb-V等量ずつを投与した個体について、投与後にレーザー照射を行った部位を意味し、COHb-V(+)は、COHb-Vを投与した個体について、COHb-V投与後にレーザー照射を行った部位を意味する。
【0115】
血管壁の変性・壊死は、耳介動脈ではMixed投与とCOHb-V投与との間に頻度及び程度の差は認められなかったが、耳介静脈ではCOHb-V投与で血管壁の変性・壊死の程度が増強した。周囲組織では水腫、出血及び膠原線維束の壊死の発現頻度及び程度がCOHb-V投与で有意に軽減した。
【0116】
以上の病理学的、統計学的な結果から、Hb-V投与、COHb-V投与及びMixed投与いずれも非投与と比較して血管周囲組織の傷害性は弱く、COHb-V投与ではHb-V投与及びMixed投与に比べ傷害性がさらに減弱した。また静脈損傷程度についてCOHb-V投与をHb-V投与及びMixed投与を比較すると、COHb-V投与のほうが強く障害された。血管を強く熱損傷しながら、一方で血管以外の組織に対する熱作用を軽減するCOHb-Vは、Hb-Vと比較して、血管を治療標的とするレーザー照射療法用光増感剤として優れている。
【0117】
試験成績(5) 照射部位の耳介皮膚外表所見
図1-A、図2-A、図3-A及び図4-Aは、Hb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の、それぞれ、照射部位1、照射部位2、照射部位3及び照射部位4の耳介皮膚外表写真である。図1-B、図2-B、図3-B及び図4-Bは、COHb-Vを投与したウサギ耳介に色素レーザーを照射して4日後の、それぞれ、照射部位1、照射部位2、照射部位3及び照射部位4の耳介皮膚外表写真である。図の黒いリングは、耳介皮膚にフェルトペンで書き込んだ照射範囲の目印である。図の白いリングは、撮影した写真の照射部位の中心の血管の位置を示すために写真に張り付けた。図1-B、図2-B、図3-B及び図4-Bの矢印は、照射により狭窄又は閉塞が認められた血管の位置を示す。
【0118】
図1-A、図2-A、図3-A及び図4-Aを対比すると、照射部位1から照射部位4への順に皮膚の紫斑・発赤の程度が弱くなる傾向が認められた。図1-B、図2-B、図3-B及び図4-Bの対比でも同様の傾向が認められた。しかし、同じ照射部位どうし、すなわち、図1-A対図1-B、図2-A対図2-B、図3-A対図3-B、及び、図4-A対図4-Bを対比すると、COHb-Vを投与したウサギ(図1-B、図2-B、図3-B及び図4-B)のほうが、Hb-Vを投与したウサギ(図1-A、図2-A、図3-A及び図4-A)よりも皮膚の紫斑・発赤の程度が弱かったが、血管は細くなり、図1-B、図2-B、図3-B及び図4-Bの矢印で示すとおり、血管の狭窄又は閉塞が認められた。
【0119】
本試験成績の照射部位の耳介皮膚外表所見は、血管への効果はより高いが血管周囲組織への副作用はより少ないという本発明の光増感剤の効果を裏付けている。
【0120】
COHbから解離されるCOガスが血管を拡張したり抗炎症作用を示すことは知られている。しかし本発明の光増感剤に含まれるCOHbの光解離の量子収率は0.5~1と極めて高く、レーザー光も極めて強いので、本発明の光増感剤を用いるレーザー照射療法では、照射部位の血管内のCOHbに結合していたCOのほぼ全てが同時に解離すると考えられる。その結果、照射部位に局所的に極めて高い濃度のCOが発生し、血管拡張作用及び血管周囲組織での抗炎症作用が増強されたため、血管壁の損傷効果は大きいが、照射部位の皮膚への副作用は抑制された。以上のとおり本明細書の実施例は、本発明の光増感剤が血管を治療標的とするレーザー照射療法の治療効果を増強することを証明した。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明によれば、照射部位に局所的に極めて高い濃度のCOを発生させることにより、血管を拡張できるとともに血管周囲組織での抗炎症作用を増強できるため、血管を治療標的とするレーザー照射療法の治療効果を増強することができる。したがって、本発明は血管を治療標的とするレーザー照射療法を用いる臨床医学の治療手段として極めて有用である。
図1-A】
図1-B】
図2-A】
図2-B】
図3-A】
図3-B】
図4-A】
図4-B】