(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】Na+/H+アンチポーターの特異的阻害剤スクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20241126BHJP
C12N 15/03 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12N15/03 Z
(21)【出願番号】P 2020026178
(22)【出願日】2020-02-19
【審査請求日】2023-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 政博
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-503765(JP,A)
【文献】特開2003-180373(JP,A)
【文献】特開2010-200680(JP,A)
【文献】国際公開第2008/143192(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/126517(WO,A1)
【文献】特開2000-157287(JP,A)
【文献】Chong WAI LIEW et al.,“Expression of the Na+/H+ antiporter gene (g1-nhaC) of alkaliphilicBacillussp. G1 inEscherichia coli”,FEMS Microbiology Letters,2007年11月,Vol. 276, No. 1,p.114-122,DOI: 10.1111/j.1574-6968.2007.00925.x
【文献】Inmaculada MESEGUER et al.,“Specific Inhibition of the Halobacterial Na+/H+ Antiporter by Halocin H6”,Journal of Biological Chemistry,1995年03月,Vol. 270, No. 12,p.6450-6455,DOI: 10.1074/JBC.270.12.6450
【文献】Seibutsu Butsuri,“The Physiological Role of Two Sodium Channels MotPS and NavBP of Alkaliphilic Bacillus”,Masahiro ITOH,2006年,Vol. 46, No. 1,p.20-25,DOI: 10.2142/BIOPHYS.46.20
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00-1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非大腸菌Na
+/H
+アンチポーターに対する特異的阻害剤のスクリーニング方法であって、
(a-1)内因性Na
+/H
+アンチポーター遺伝子が欠損しており、かつ、非大腸菌Na
+/H
+アンチポーター遺伝子が導入された試験大腸菌を、試験化合物の存在下で、かつ、10mM未満である第1のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、
(a-2)前記試験大腸菌を、前記試験化合物の存在下で、かつ、50~500mMの範囲内である第2のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、
(a-3)前記試験大腸菌を、前記試験化合物の非存在下で、前記第1のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、
(a-4)前記試験大腸菌を、前記試験化合物の非存在下で、前記第2のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと
を含み、さらに、
(b)前記(a-1)における前記試験大腸菌の生育度と前記(a-3)における前記試験大腸菌の生育度、および前記(a-2)における前記試験大腸菌の生育度と前記(a-4)における前記試験大腸菌の生育度を比較すること
を含むアッセイを、複数種類の試験化合物について行うことを含
み、前記(a-3)における前記試験大腸菌の生育度と比較して前記(a-1)における前記試験大腸菌に生育阻害がなく、かつ、前記(a-4)における前記試験大腸菌の生育度と比較して前記(a-2)における前記試験大腸菌に生育阻害がある場合に、前記試験化合物を特異的阻害剤の候補として同定する、
方法。
【請求項2】
前記非大腸菌Na
+/H
+アンチポーターがMrp型Na
+/H
+アンチポーターである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記試験大腸菌は、内因性のnhaA遺伝子およびnhaB遺伝子が欠損している、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
少なくとも40種類の試験化合物について、前記(a-1)~(a-4)の培養を同時に行う、請求項1~
3のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、Na+/H+アンチポーターに対する特異的阻害剤のスクリーニング方法に関する。より具体的には、本開示は、多くの真正細菌や古細菌に広く存在するNa+/H+アンチポーター、特にMrp(Multiple Resistance and pH adaptation)型Na+/H+アンチポーターに対する特異的阻害剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カチオン/H+アンチポーターは、細胞の膜に存在し、その膜を通してカチオンとプロトン(H+、水素イオンともいう)を互いに逆方向に輸送する機能を有する膜貫通型タンパク質である。例えば、細胞膜に存在するNa+/H+アンチポーターの場合、細胞外から細胞内へのH+の輸送と、細胞内から細胞外へのナトリウムイオン(Na+)の輸送とをカップリングさせることにより、細胞膜を通じたイオンの輸送を媒介する機能を有する。カチオン/H+アンチポーターはこの機能を通じて、細胞のカチオン耐性および細胞内pH恒常性を含む様々な生理的役割を果たしている。
【0003】
個々の生物種は通常、それぞれ複数種類のNa+/H+アンチポーター遺伝子を有し、複数種類のNa+/H+アンチポータータンパク質を発現している、または発現する能力を有している。それらのタンパク質のほとんどは、それぞれ一遺伝子によりコードされた単一のポリペプチドまたはそのホモ多量体から構成される。
【0004】
そのなかにあってユニークなのは、Mrp型Na+/H+アンチポーターである。Mrp型Na+/H+アンチポーターは、多くの原核生物(真正細菌および古細菌)に見出される進化的に保存されたMrpファミリーに属するNa+/H+アンチポーターであるが、各原核生物種において、そのタンパク質は、オペロン内で隣接した複数個の遺伝子(通常は7個または6個)によりコードされる複数個のサブユニットにより構成されるという特徴を有する。これら複数個のサブユニットは、それぞれ互いに構造が異なる疎水性ポリペプチドであり、MrpのNa+/H+アンチポート活性には、それら複数のサブユニットのすべてが必要となる。本明細書では、Mrp型Na+/H+アンチポーターのことを単に「Mrp」ともいうが、過去の研究では異なる生物種のMrp型Na+/H+アンチポーターがMrp以外の名称で呼ばれていることもあることに留意すべきである。なお、Mrpファミリーには、Na+の代わりに、あるいはNa+に加えて、他の種類のカチオン(例えばK+またはCa2+)を輸送するものもある。
【0005】
細菌感染症は、人類の歴史のなかでありふれた病気であり続けてきた。様々な抗生物質の発見および発明のおかげで、細菌感染症に対する対処は大きく改善されてきた。しかし現代においても、多剤耐性を伴う深刻な細菌感染症が、院内感染などのかたちで顕在化しており、社会問題にもなっている。このことから、従来の抗生物質の作用部位をターゲットとする新規抗生剤の創薬は、限界を見せ始めている、あるいは少なくとも多剤耐性獲得に効率的に対処しきれなくなっていると言える。
【0006】
典型的な院内感染の原因菌である黄色ブドウ球菌および緑膿菌では、Mrpが欠損すると、感染症モデル動物であるマウスでの感染率および病原性の低減が引き起こされ得ることが報告されている(非特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Journal of Bacteriology, 2005, Vol. 187, No. 15, p. 5242-5248
【文献】Journal of Bacteriology, 2018, Vol. 200, Issue 5, e00611-17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、Na+/H+アンチポーター、特にMrp型Na+/H+アンチポーターが、感染症および多剤耐性の治療または予防等において新規ターゲットとなる可能性に着目した。Na+/H+アンチポーターの阻害剤をスクリーニングにより見出す研究の報告例はこれまで見当たらなかったところ、本開示は、これらのNa+/H+アンチポーターを特異的に阻害する化合物の候補を探索するための効果的なスクリーニング方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は少なくとも以下の実施形態を包含する。
[1]
非大腸菌Na+/H+アンチポーターに対する特異的阻害剤のスクリーニング方法であって、
(a-1)内因性Na+/H+アンチポーター遺伝子が欠損しており、かつ、非大腸菌Na+/H+アンチポーター遺伝子が導入された試験大腸菌を、試験化合物の存在下で、かつ、10mM未満である第1のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、
(a-2)前記試験大腸菌を、前記試験化合物の存在下で、かつ、50~500mMの範囲内である第2のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、
(a-3)前記試験大腸菌を、前記試験化合物の非存在下で、前記第1のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、
(a-4)前記試験大腸菌を、前記試験化合物の非存在下で、前記第2のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと
を含み、さらに、
(b)前記(a-1)における前記試験大腸菌の生育度と前記(a-3)における前記試験大腸菌の生育度、および前記(a-2)における前記試験大腸菌の生育度と前記(a-4)における前記試験大腸菌の生育度を比較すること
を含むアッセイを、複数種類の試験化合物について行うことを含む、
方法。
[2]
前記非大腸菌Na+/H+アンチポーターがMrp型Na+/H+アンチポーターである、[1]に記載の方法。
[3]
前記試験大腸菌は、内因性のnhaA遺伝子およびnhaB遺伝子が欠損している、[1]または[2]に記載の方法。
[4]
前記(a-3)における前記試験大腸菌の生育度と比較して前記(a-1)における前記試験大腸菌に生育阻害がなく、かつ、前記(a-4)における前記試験大腸菌の生育度と比較して前記(a-2)における前記試験大腸菌に生育阻害がある場合に、前記試験化合物を特異的阻害剤の候補として同定する、[1]~[3]のいずれか一項に記載の方法。
[5]
少なくとも40種類の試験化合物について、前記(a-1)~(a-4)の培養を同時に行う、[1]~[4]のいずれか一項に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】
図1は、0~600mMの異なる濃度のナトリウム塩を添加したLBK培地における、野生型大腸菌(DH5α)、pGEM7zf(+)ベクターを導入したKNabc株(KNabc/pGEM)、および黄色ブドウ球菌由来mnh1アンチポーター遺伝子を有するベクターを導入したKNabc株(KNabc/pGEMmnh1)の生育曲線を示す。培養液の濁度(OD
600)に基づいて、培養開始からの時間経過に応じた生育度を測定している。
【
図1B】
図1は、0~600mMの異なる濃度のナトリウム塩を添加したLBK培地における、野生型大腸菌(DH5α)、pGEM7zf(+)ベクターを導入したKNabc株(KNabc/pGEM)、および黄色ブドウ球菌由来mnh1アンチポーター遺伝子を有するベクターを導入したKNabc株(KNabc/pGEMmnh1)の生育曲線を示す。培養液の濁度(OD
600)に基づいて、培養開始からの時間経過に応じた生育度を測定している。
【
図2】
図2は、
図1と同じ生育曲線を、菌株ごとに示している。実施例で使用した、NaCl添加濃度300mM・試験化合物非存在の条件における生育曲線を矢印で示している。各パネルの下部に、NaCl添加濃度をM単位で示している。
【
図3】
図3は、一実施形態によるスクリーニング方法で用いられ得る、96穴マイクロプレートの試料配置(プレートフォーマット)の一例である。この例では、第2~11レーンの合計80ウェルにおいて80種類の試験化合物がアッセイされている。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示において、非大腸菌Na+/H+アンチポーターとは、天然の大腸菌(Escherichia coli)が有するものとは異なるNa+/H+アンチポーターを意味する。非大腸菌Na+/H+アンチポーターは、典型的には、大腸菌以外の原核生物(真正細菌または古細菌)に由来するNa+/H+アンチポーターである。本実施形態における非大腸菌Na+/H+アンチポーターは、大腸菌に対応オーソログ(ortholog)が存在するものでもあり得るが、大腸菌にはオーソログが存在しないNa+/H+アンチポーターであることがより好ましい。非大腸菌Na+/H+アンチポーターは、全長にわたり95%以上のアミノ酸配列同一性を有するタンパク質が天然の大腸菌には存在しないものであり得る。
【0012】
一実施形態において特に好ましい非大腸菌Na+/H+アンチポーターは、Mrp型Na+/H+アンチポーターである。Mrpは元々、好アルカリ性菌Bacillus halodurans C-125のアルカリ感受性変異体にアルカリ耐性を再付与できるタンパク質として発見された(J. Bacteriol., 1990, 172, 7282-7283)。天然の大腸菌は、Mrp型Na+/H+アンチポーターの遺伝子を有していない。すなわち、大腸菌にはMrp型Na+/H+アンチポーターの進化系統上のオーソログが存在していない。そのため、本実施形態のように大腸菌のバックグラウンドでアッセイあるいはスクリーニングを行うことにより、外部から導入されたMrp型Na+/H+アンチポーターに対する特異的な効果を高い感度で識別できるようになったと考えられる。Mrp型Na+/H+アンチポーターの具体例としては、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)のMnh1、および緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)のShaが挙げられる。なお、ヒトをはじめとする真核生物のゲノムも、Mrp型Na+/H+アンチポーターの遺伝子を有していない。
【0013】
本実施形態で使用される試験大腸菌は、内因性Na+/H+アンチポーター遺伝子が欠損した大腸菌(以下、「欠損株」ともいう)に基づくものである。ここでいう内因性(endogenous)とは、大腸菌が自然の状態で本来有する遺伝子であることを意味する。試験大腸菌は、少なくとも、大腸菌における主要なNa+/H+アンチポーターの遺伝子であるnhaAおよびnhaBが欠損していることが好ましい。試験大腸菌は、nhaAおよびnhaBに加えて、chaA遺伝子も欠損していると、スクリーニングの感度がさらに向上し得るため好ましい。
【0014】
内因性遺伝子の欠損とは、その内因性遺伝子の一部または全部が欠如または変異することにより、機能的な遺伝子産物を発現できなくなっている状態を表す。大腸菌の任意の内因性遺伝子を欠損させる技術は当業者の通常の技量の範囲内である。例えば、内因性遺伝子のコーディング領域および/またはプロモーター領域の全部または一部の配列が単純に削除されていてもよいし、あるいは、その配列が別の異質な配列(例えば、抗生物質耐性マーカー遺伝子配列)で置き換えられていてもよい。本実施形態において好適な欠損株の一例は、KNabc株である。KNabc株は、K-12株に由来し、内因性のnhaA、nhaB、およびchaA遺伝子がそれぞれKmR、CmR、およびErmR遺伝子によって置き換えられることにより欠損しているものである。
【0015】
試験大腸菌は、上記のように内因性Na+/H+アンチポーター遺伝子が欠損している代わりに、非大腸菌Na+/H+アンチポーター遺伝子が導入されている。上述したように、好ましくは非大腸菌Na+/H+アンチポーターはMrp型Na+/H+アンチポーターであるが、その場合はMrp型Na+/H+アンチポーターの全サブユニットをコードする遺伝子複合体が(典型的にはオペロンのかたちで)大腸菌に導入される。
【0016】
本実施形態において、大腸菌に非大腸菌遺伝子を導入することは、大腸菌がその遺伝子の産物を発現できるように、その遺伝子の核酸を大腸菌細胞内に導入することを意味する。具体的には、非大腸菌Na+/H+アンチポーターの遺伝子を上記大腸菌の欠損株に導入して試験大腸菌を形成すると、非大腸菌Na+/H+アンチポーターの遺伝子産物が発現されるため、大腸菌の内因性Na+/H+アンチポーターが欠損しているにも関わらずNa+耐性が確保される。本実施形態における非大腸菌Na+/H+アンチポーターは、天然あるいは野生型の非大腸菌生物(例えば非大腸菌原核生物)に見られるものと配列が必ずしも完全に同一でなくてもよく、野生型に対する変異型でもあり得ることが理解される。
【0017】
本実施形態で使用される試験大腸菌は、LBK培地に200mMのNaCl(Na+イオン源)を添加した培地に、600nmにおける吸光度(OD600)が0.01になるように植菌して37℃で16時間振盪培養した場合に、同条件で培養した野生型大腸菌(例えばDH5α株またはK-12株)と比べて50%以上または75%以上のOD600を達成できるものであることが好ましい。ここでいう野生型大腸菌は、内因性Na+/H+アンチポーターの遺伝子が欠損しておらず、上記Na+イオン源の添加の有無にかかわらず正常に生育することができる大腸菌である。LBK培地は、10gのトリプトン、5g酵母エキス、6gのKClを水に溶かして1LとしてpHを7.5に調整して得られる、実質的にNa+を含まない液体培地である。
【0018】
大腸菌に非大腸菌遺伝子を導入する具体的な方法は当業者に多数知られている。例えば、プラスミドの形態で非大腸菌遺伝子を大腸菌に導入することが好ましい。プラスミドは、大腸菌細胞あたり200以上のコピーを複製することができるハイコピープラスミドであることが特に好ましい。好適なプラスミドの具体例の1つは、プロメガ社から入手できるpGEMである。発現用のプロモーターは、その非大腸菌遺伝子固有のプロモーターであってもよいし、異種(heterologous)のプロモーターであってもよい。
【0019】
本実施形態のスクリーニング方法で用いられるアッセイは、試験大腸菌を、(a-1)試験化合物の存在下で、かつ、10mM未満である第1のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、(a-2)同じ試験化合物の存在下で、かつ、50~500mMの範囲内である第2のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、(a-3)上記試験化合物の非存在下で、上記第1のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することと、(a-4)上記試験化合物の非存在下で、上記第2のナトリウムイオン濃度域のもとで培養することを含む。
【0020】
第1のナトリウムイオン濃度域は、好ましくは5mM以下であり、より好ましくは1mM以下であり、さらに好ましくは実質的に0mMである。ここでいう「実質的に0mM」あるいは「実質的にNa+を含まない」とは、意図的にナトリウムイオンを追加することはしていないことを意味し、培地の材料(例えばトリプトン、酵母エキス、水等)に不可避的に付随し得る微量のナトリウムイオン源は考慮しない。従って、本明細書においてナトリウム塩またはナトリウムイオンの添加の有無が言及される場合、培地の材料に不可避的に付随し得る微量のナトリウム塩またはナトリウムイオンは考慮しないことが理解されるべきである。
【0021】
第2のナトリウムイオン濃度域は、好ましくは100~450mMの範囲内にあり、より好ましくは150~400mMの範囲内にあり、さらに好ましくは200~350mMの範囲内にある。これらの濃度範囲内とすると、特に感度がよく再現性の高いスクリーニングを行うことができる。(a-2)と(a-4)における現実のナトリウムイオン濃度を実質的に同じにし(例えば互いに10mMの誤差範囲内)、(a-1)と(a-3)における現実のナトリウムイオン濃度を実質的に同じにすることができる(例えば互いに5mMの誤差範囲内)。
【0022】
上記(a-3)および(a-4)の培養は、試験化合物の非存在下で支障なく生育した場合の生育度の参照点を提供する培養である。
【0023】
上記(a-1)~(a-4)の培養は、比較をより簡単にするためには、ナトリウム塩濃度(ナトリウムイオン濃度)と試験化合物の有無以外は条件を同じにすることが好ましい。これは、基礎培地および培養温度を揃えることを意味し得る。本開示を参照する当業者は、試験大腸菌の生育度(増殖度)に関して、ナトリウムイオン濃度と試験化合物の存在の有無の影響を観察するための適切な基礎培地および培養温度を決定することができる。基礎培地とは、ナトリウム塩と試験化合物の添加を省いた場合の培地を意味する。上述したLBK培地は好適な基礎培地である。(a-1)~(a-4)の培養の基礎培地および培養温度を同一とし、(a-1)と(a-3)のナトリウム塩濃度を同一として(a-2)と(a-4)のナトリウム塩濃度を同一とし、(a-1)と(a-2)の試験化合濃度を同一とすることにより、最も比較がしやすくなると考えられる。
【0024】
(a-1)~(a-4)の培養、特に、(a-1)と(a-3)の間および(a-2)と(a-4)の間、ならびに(a-1)と(a-2)の間および(a-3)と(a-4)の間では、試験化合物の添加を省略してOD600が0.01になるように植菌して37℃で16時間振盪培養した場合に、互いに±25%の範囲内のOD600の達成をサポートできる培地組成を有することが好ましく、また、LBK培地中で同条件で培養した野生型大腸菌(例えばDH5α株またはK-12株)と比べてそれぞれ50%以上、または75%以上のOD600の達成をサポートできる培地組成を有することがさらに好ましい。そのような培地組成は通常、5~200mMのカリウムイオン(K+)濃度を有し、好ましくは50~100mMのカリウムイオン濃度を有する。培地のpHは通常は7.0~8.0である。
【0025】
(a-1)~(a-4)の培養はいずれも、30~38℃の温度で行われることが好ましく、35~37.5℃の温度で行われることがより好ましい。(a-1)~(a-4)の培養の温度は、互いに1℃の誤差範囲内で揃えることができる。
【0026】
(a-1)および(a-2)の培養における試験化合物の濃度は、ユーザーがスクリーニング対象とすることを意図する具体的化合物の種類および力価の範囲等、様々な要素に応じて異なり得るが、例えば1μM~1mM、あるいは20μM~100μMであり得る。(a-1)および(a-2)における試験化合物の濃度は、互いに10%の誤差範囲内で揃えることができる。
【0027】
本実施形態による方法に用いられるアッセイは、次なるステップ(b)として、(a-1)における試験大腸菌の生育度と(a-3)における試験大腸菌の生育度を比較すること、および(a-2)における試験大腸菌の生育度と(a-4)における試験大腸菌の生育度を比較することを含む。この比較を通じて、(a-4)と比べて(a-2)の生育度が低下しているが、(a-3)と比べて(a-1)の生育度が低下していないかまたは低下幅が上記より小さい試験化合物を探索できる。この系により、非大腸菌Na+/H+アンチポーターに依存するナトリウムイオン耐性に対して特異的な阻害を同定することを通じて、非大腸菌Na+/H+アンチポーターの機能に対して特異的な阻害剤の候補を同定することができる。
【0028】
比較をより簡単にするためには、(a-1)~(a-4)の培養がそれぞれ培養開始から同じ時間だけ経過した時点での生育度について比較することが好ましい。従って、(a-1)~(a-4)の培養は、同条件で同時に開始することが好ましい。培養の開始とは、通常、液体培地の場合は菌体または前培養液を本培養液に植菌して振盪培養を開始することを意味し、固形培地の場合は菌体または前培養液を固形培地に植菌して静置培養を開始することを意味すると理解される。
【0029】
例えば、(a-1)~(a-4)の培養がそれぞれ培養開始から3~24時間、4~20時間、または8~18時間経過した時点での生育度を比較することが好ましい。特に、第2のナトリウムイオン濃度域を100mM以下とする場合には、培養開始から3~6時間または3~16時間経過した時点での生育度を比較することが好ましくなり得る。第2のナトリウムイオン濃度を400mM以上とする場合には、培養開始から8~24時間または14~24時間経過した時点での生育度を比較することが好ましくなり得る。最適な比較時点は、スクリーニング対象とする非大腸菌Na+/H+アンチポーターの具体的な種類によって変動し得るが、当業者が適宜決定することができる。例えば、非大腸菌Na+/H+アンチポーターを導入していない他は同条件である対照培養と比較して、(a-4)の培養のOD600の値が0.2以上、好ましくは0.25以上、より好ましくは0.3以上、さらに好ましくは0.4以上高くなる時点で上記生育度の比較を行い得る。
【0030】
(a-3)における試験大腸菌の生育度と比較して(a-1)における試験大腸菌の生育に生育阻害がなく、かつ、(a-4)における試験大腸菌の生育度と比較して(a-2)における試験大腸菌の生育で生育阻害がある場合に、その試験化合物を特異的阻害剤の候補として同定し得る。(a-4)と比較した(a-2)において生育阻害が見られ、(a-3)と比較した(a-1)においても生育阻害が見られる場合には、非大腸菌Na+/H+アンチポーターの存在を生育のために要しない条件でも生育阻害が起こっていると解されるから、その試験化合物は、非大腸菌Na+/H+アンチポーターに対する特異的な阻害剤ではなく、他の機序を通じて大腸菌の生育を阻害していると考えられる。
【0031】
ここで、液体培地を用いる場合、「生育阻害がない」とは、培地の濁度が比較対象の50%以下になっていないことを意味し、「生育阻害がある」とは、培地の濁度が比較対象の50%以下になっていることを意味する。培地の濁度は、細胞密度を反映し、例えばOD600として定量化することができる。同じ分光光度計を使用して同じ条件で測定を行う限り、濁度の相対的な比較を行い得ることが当業者に理解される。生育度(増殖度)の指標となる培地濁度は、培地そのものと測定容器(キュベット、プレートのウェル等)による吸光度を差し引いた値として定量化されることも、当業者には周知である。
【0032】
より特異性および/または力価の高い阻害剤を探索するスクリーニングの実施形態では、(a-3)における培地の濁度と比較して(a-1)における培地の濁度が75%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上であり、および/または、(a-4)における培地の濁度と比較して(a-2)における培地の濁度が25%以下、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下である場合に、その試験化合物を特異的阻害剤の候補として同定し得る。
【0033】
別の具体的な実施形態では、下記の式で表される条件を満たす試験化合物を特異的阻害剤の候補として同定し得る。
[(a-1)における培地の濁度]/[(a-3)における培地の濁度]×100-[(a-2)における培地の濁度]/[(a-4)における培地の濁度]×100≧x
ここで、xは50であり、好ましくは60、より好ましくは70、さらに好ましくは80である。
【0034】
本実施形態のスクリーニング方法は、液体培地を用いて行うことが好ましいが、寒天培地等の固形培地を用いる態様も企図される。固形培地を用いる場合、「(a-3)における試験大腸菌の生育度と比較して(a-1)における試験大腸菌に生育阻害がない」とは、(a-3)においても(a-1)においてもコロニー形成が観察されることを意味し、「(a-4)における試験大腸菌の生育度と比較して(a-2)における試験大腸菌の生育で生育阻害がある」とは、(a-4)においてはコロニー形成が観察されるが(a-2)においてはコロニー形成が観察されないことを意味する。コロニー形成の有無は、本技術分野の慣例に従って肉眼で判別することができる。固形培地は、上述した液体培地に寒天を添加してゲル化させたものであり得る。
【0035】
本実施形態のスクリーニング方法では、(a-1)~(a-4)および(b)という同じアッセイのセットが複数種類の試験化合物に対して行われることが理解される。好ましくは少なくとも40種類、より好ましくは少なくとも80種類の試験化合物について、(a-1)~(a-4)の培養を同時に行い得る。液体培地が用いられる場合、個々のアッセイ、すなわち(a-1)~(a-4)の培養の体積は、好ましくは1mL以下であり、より好ましくは200μL以下であり、さらに好ましくは100μL以下である。このスクリーニング方法は、多穴プレート、例えば96穴プレートを培養容器および/または測定容器として用いることができる。(a-3)および(a-4)の培養は、必ずしも試験化合物の数だけ行う必要はない。すなわち、(a-1)および(a-2)の培養はそれぞれ、スクリーニングされる試験化合物の数だけ行われるが、試験化合物を含有しない比較対象である(a-3)および(a-4)の培養は、それぞれ、複数の試験化合物のために共通のものを提供してもよい。
【0036】
本開示の実施形態は、低い偽陽性率で特徴付けられ得る。本開示の実施形態は、ハイスループットスクリーニング系として実施することにも適しており、創薬の研究または開発に直結し得るものである。
【0037】
また、本開示の実施形態は、微生物の生育の有無または生育の程度を指標として阻害剤化合物候補を評価・同定できるものであるから、比較的単純な設備で、低コストでスクリーニングを行うことができる。
【0038】
本開示において、数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値をそれぞれ下限値および上限値として含むことを意味する。「A~B」「C~D」というように可能な複数の数値範囲が別々に記載されている場合、一方の下限または上限を他方の上限または下限と組み合わせた数値範囲(例えば「A~D」、「C~B」、および「B~D」)も本明細書に開示されているものとして解されるべきである。また、第1の要素と第2の要素の組合せが記載されており、第1の要素と第2の要素のそれぞれについて複数の可能な選択肢が記載されている場合、第1の要素の各選択肢と、第2の要素の各選択肢との、すべての可能な組合せが本明細書に開示されているものとして解されるべきである。
【実施例】
【0039】
ここでは、黄色ブドウ球菌由来のMrp型Na
+/H
+アンチポーターの阻害剤の探索例を記述する。黄色ブドウ球菌由来のmrp遺伝子(mnh1)のオペロンを大腸菌のハイコピープラスミドベクターにクローニングし、そのプラスミドを常法により大腸菌KNabc株に導入して形質転換を行った。KNabc株は、大腸菌の主要なNa
+/H
+アンチポーターを欠損させた株であり、pH7.5の条件下では、培地のNaCl濃度を約50mMまで上げると生育の明らかな遅延を見せ始め、100mMのNaClの存在下では著しい生育阻害を見せ、200mM以上のNaClの存在下ではほぼ完全に生育が阻害される。それに対して、野生型大腸菌、および黄色ブドウ球菌由来のMrpを発現させたKNabc株は、600mMに至るNaClの存在下でも生育することができる(
図1、2)。
図1、2は、後述するように前培養を行い本培養液への植菌を経て、異なる濃度のNaClの存在下で本培養を行い、本培養開始後の時間に応じた生育度を示している。
【0040】
KNabcの親株であるK12株をはじめ、野生型の大腸菌は、本来、Mrp型Na+/H+アンチポーターを有さない。本実施例は、内因性Na+/H+アンチポーターが欠損しMrp型Na+/H+アンチポーターが導入された試験大腸菌におけるNa+耐性の変化を利用すると、Mrpに関する特異的阻害活性を示す阻害剤候補がきわめて明確に区別され得ることを実証するものである。
【0041】
1.試薬
・Bacto Tryptone(Difco Laboratories No. 211705)
・Bacto Yeast Extract(Difco Laboratories No. 212750)
・NaCl(特級、和光純薬 No. 191-01665)
・KCl(特級、和光純薬 No. 161-03541)
・水酸化カリウム(特級、和光純薬No. 162-21813)
【0042】
2.使用菌株・プラスミド
・大腸菌KNabc株(K-12由来、ΔnhaA::KmR、ΔnhaB::CmR、ΔchaA::ErmR)
・pGEMmnh1プラスミド(プロメガ社から入手できるpGEM7zf(+)ベクターに、S. aureusのmnh1オペロンをクローニングしたもの。Mnh1はS. aureusのMrpである。pGEM7zf(+)はアンピシリン耐性遺伝子も含有する。)
常法によりpGEMmnh1をKNabc株に導入することにより、mnh1で形質転換されたKNabc株を試験大腸菌として得た。この試験大腸菌をKNabc/pGEMmnh1と呼ぶ。
【0043】
3.器具・機器
・96穴透明ポリスチレンプレート(Greiner No. 650901)
・Biotek Powerwave XS プレートリーダー
・紫外可視分光光度計 UV 1800(島津製作所)
・15 mLポリスチレンチューブ(アズワンNo. 34184015D)
【0044】
4.実験手順
(1)LBK培地(pH 7.5)およびLBK+NaCl培地(pH 7.5)の作成
Bacto Tryptone 10 g、Bacto Yeast Extract 5 g、およびKCl 6 gを、MilliQ水800 mLに溶解した。LBK+NaCl培地の場合は、さらにNaClを所定の最終濃度(例えば300 mM)となるように添加した。4M KOHでpHを7.5に調整した。さらにMilliQ水を加えることにより体積を1 Lに調整した。得られた液体培地を200 mLずつ耐圧ビンに分注して、オートクレーブ(121℃、20分)により滅菌した。
【0045】
(2)培養
(2-1)
それぞれ100 mg/mLのアンピシリンおよびカナマイシン溶液を2μLずつ添加したLBK培地(pH 7.5)2 mLを15 mL培養チューブに入れ、KNabc/pGEMmnh1株を植菌し、200 rpmで振盪しながら37℃で7~8時間、前培養を行った。
【0046】
(2-2)
前培養液の濁度を分光光度計で測定し、濁度(OD600)が0.01になるように前培養液を本培養液に植菌した。本培養液は、LBK培地またはLBK+NaCl培地に上記と同濃度の抗生物質を添加したものである。
【0047】
(2-3)
DMSO溶媒に溶解された異なる試験化合物が別々の穴に入れられた96穴マイクロプレートに、植菌された上記本培養液を40μLずつ分注して、試験化合物含有試料を提供した(試験化合物終濃度50μM)。各マイクロプレートの両端のレーンには、試験化合物含有試料から試験化合物を省いたもの、すなわち試験化合物のDMSO溶液の代わりにDMSO溶媒のみを加えたものである「Control」、および、試験化合物だけでなく試験大腸菌の添加も省いた「Background」の試料も、それぞれ複数(n≧4)提供した(
図3)。LBK培地とLBK+NaCl培地のそれぞれについて、試験化合物含有試料ならびに「Control」および「Background」の試料を提供した。
【0048】
(2-4)
Biotek Powerwave XSプレートリーダーに上記マイクロプレートをセットして、37℃で17時間、570 r/minにて振盪培養を行った(本培養)。0.5時間または1時間ごとにOD600を測定する自動モードで実験を行って、培地の濁度すなわち試験大腸菌の生育度を測定した。
【0049】
5.データ処理
(1)データのクオリティコントロール
プレートごとに複数設けた「Background」と「Control」の試料の測定値に基づいて、プレートごとのS/B、CV(Background)、CV(Control)、Z'を算出した(n≧4)。
ここで、
・S/B = MeanC /MeanB
・CV (%) = 100(SDB/MeanB)または100(SDC/MeanC)
・Z' = 1-(3SDB+3SDC)/(MeanC-MeanB)
であり、MeanBはBackgroundの平均値、MeanCはControlの平均値、SDBはBackgroundの標準偏差、SDCはControlの標準偏差である。
【0050】
(2)阻害率計算
試験化合物含有試料の測定値からBackgroundの平均値を引いた値(A)を、Controlの平均値からBackgroundの平均値を引いた値(B)で割って100倍した値を、阻害率(%)とした。すなわち、阻害率(%) = (A/B)×100である。この阻害率の数字が小さいほど、試験化合物により試験大腸菌の生育が低下した、すなわち阻害が大きかったことを意味する。
【0051】
6.結果
第1のナトリウムイオン濃度を0 mMとし(NaClを添加しないLBK培地により提供される)、第2のナトリウムイオン濃度を300 mMとし(NaClを300 mM添加したLBK培地により提供される)、本培養開始後16時間経過した時点でのOD600測定値に基づいて行ったスクリーニング試験の結果の実例を表1に示す。
【0052】
【0053】
非大腸菌Na+/H+アンチポーターの存在に依存してNa+耐性が確保された状態で試験化合物のスクリーニングを行うと、かなりの頻度で生育阻害陽性が観察され、スクリーニング方法としての効率が不十分となり得る(表1の第3列目参照)。しかしながら、その陽性化合物の大半は、非大腸菌Na+/H+アンチポーターの活性を要しない低Na+濃度条件においても生育阻害を起こすことが分かり、目的とする特異的阻害剤候補から除外することができる。
【0054】
表1の試験化合物9、16、20のように、低ナトリウムイオン濃度のもとでは実質的に正常な生育を許容するにもかかわらず、高ナトリウムイオン濃度のもとでは試験大腸菌の著しい生育抑制を起こさせる試験化合物を、多数の試験化合物の中から明確に区別して同定できることが明らかになった。このような結果は必ずしも予測できなかったものである。Mrpの特徴の一つとして、イオン輸送に関与すると推定されたサブユニットが、呼吸鎖複合体の複合体I(NADH酸化還元酵素)のプロトン輸送サブユニットであるNuoL、NuoM、およびNuoNと相同性を有するという事実がある(Mathiesen & Hagerhall, BBA, 2002)。呼吸鎖複合体の複合体IのNuoL、NuoM、NuoNは、「アンチポートサブユニット」とも呼ばれており、2013年にBaradaran とSazanovらの結晶構造解析によりその詳細なH+輸送経路が明らかになった(Baradaran et al., Nature, 2013)。MrpA、MrpD、NuoL、NuoM、NuoNは、共通のNDH-Iドメインを持ち、イオン輸送にかかわると推定される荷電アミノ酸残基も高度に保存されている。大腸菌とミトコンドリアには当然ながら呼吸鎖複合体Iが存在するところ、Mrp型Na+/H+アンチポーターのイオン輸送を阻害するような化合物は、呼吸鎖複合体Iにも阻害的影響を与えることが想定される。そのような阻害剤はヒトへの投与も困難となり得る。本実施例の結果は、真にMrp型Na+/H+アンチポーターに対して選択的な阻害剤が存在し得ること、そしてそのような阻害剤を明確に同定し得ることを初めて示した例である。