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特許7593795コポリマーをベースとしたプロトン伝導性電解質膜及び燃料電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】コポリマーをベースとしたプロトン伝導性電解質膜及び燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/1018 20160101AFI20241126BHJP
   H01M 8/1023 20160101ALI20241126BHJP
   H01M 8/1048 20160101ALI20241126BHJP
   H01M 8/1067 20160101ALI20241126BHJP
   C08F 293/00 20060101ALI20241126BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20241126BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20241126BHJP
【FI】
H01M8/1018
H01M8/1023
H01M8/1048
H01M8/1067
C08F293/00
H01B1/06 A
H01M8/10 101
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2020196798
(22)【出願日】2020-11-27
(65)【公開番号】P2022085223
(43)【公開日】2022-06-08
【審査請求日】2023-08-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100147555
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 公一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100133835
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 努
(72)【発明者】
【氏名】中村 直樹
(72)【発明者】
【氏名】野呂 篤史
(72)【発明者】
【氏名】梶田 貴都
(72)【発明者】
【氏名】徳永 真登
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-068130(JP,A)
【文献】特開2010-257598(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0307659(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロトン伝導性電解質膜であって、
共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマー、並びに
可塑剤
を含み、
前記第1の部分は、前記プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成しており、かつ前記ドメイン間を前記第2の部分が橋架けしており、
前記第2の部分が、プロトン受容性基を有し、
前記ドメインの少なくとも一部が、一次元的又は二次元的に延在しており
前記可塑剤が、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含み、それによって、前記可塑剤が、前記第2の部分に浸透して、前記可塑剤を含まない場合に比べて前記コポリマーのガラス転移温度が下がっており
前記ドメインの少なくとも一部が、シリンダー状又はラメラ状の構造を有する、
プロトン伝導性電解質膜。
【請求項2】
前記コポリマーが、ブロック共重合体であり、かつ前記第1の部分及び前記第2の部分がそれぞれ、前記ブロック共重合体のAブロック及びBブロックである、請求項1に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項3】
前記Aブロックからなるホモポリマーを更に含む、請求項2に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項4】
プロトン伝導性電解質膜であって、
共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマー、並びに
可塑剤
を含み、
前記第1の部分は、前記プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成しており、かつ前記ドメイン間を前記第2の部分が橋架けしており、
前記第2の部分が、プロトン受容性基を有し、
前記ドメインの少なくとも一部が、一次元的又は二次元的に延在しており
前記可塑剤が、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含み、それによって、前記可塑剤が、前記第2の部分に浸透して、前記可塑剤を含まない場合に比べて前記コポリマーのガラス転移温度が下がっており
前記コポリマーが、ブロック共重合体であり、かつ前記第1の部分及び前記第2の部分がそれぞれ、前記ブロック共重合体のAブロック及びBブロックであり、かつ
前記Aブロックからなるホモポリマーを更に含む、
プロトン伝導性電解質膜。
【請求項5】
前記ドメインの少なくとも一部が、シリンダー状又はラメラ状の構造を有する、請求項4に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項6】
前記ブロック共重合体は、前記Aブロック及び前記Bブロックによって構成されているA-B-A型のトリブロック共重合体である、請求項2~5のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項7】
前記ドメインが、ガラス状態又は結晶状態である、請求項1~6のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項8】
面方向について等方性である、請求項1~7のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項9】
前記プロトン伝導性電解質膜に存在する全てポリマーにおける前記第1の部分の体積分率が、10%以上70%以下である、請求項1~8のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項10】
非フッ素系多孔質シートを更に含み、かつ前記コポリマー及び前記可塑剤が、前記非フッ素系多孔質シートに含浸されている、請求項1~9のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項11】
前記プロトン受容性基に対する前記プロトン供与性化合物のモル比が、1.0以上10.0以下である、請求項1~10のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項12】
前記コポリマー及び前記可塑剤の組合せが、少なくとも50℃以上100℃以下の温度範囲において、粘弾性固体である、請求項1~11のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項13】
前記コポリマー及び前記可塑剤の合計を100質量部としたときの前記可塑剤の含有量が、50質量部以上90質量部以下である、請求項1~12のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項14】
前記プロトン供与性化合物は、硫酸及びリン酸から選択される1種以上である、請求項1~13のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項15】
前記プロトン受容性基は、含窒素複素環基である、請求項1~14のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【請求項16】
前記第1の部分は、ポリスチレン系ポリマーである、請求項1~15のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、プロトン伝導性電解質膜及び燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、燃料電池用の電解質材料に用いられるプロトン伝導性電解質膜として、例えば、ナフィオン(登録商標、以下同じ)等のパーフルオロスルホン酸樹脂膜が知られている。しかしながら、このようなパーフルオロスルホン酸樹脂膜で高いプロトン伝導率を実現するには、水の存在が不可欠となる。そのため、このようなパーフルオロスルホン酸樹脂膜を備えた燃料電池は、使用温度を水の沸点未満に制限する必要があった。
【0003】
そこで、低湿又は無水の環境下で使用できるプロトン伝導性電解質膜が開発されている。
【0004】
例えば、特許文献1では、低湿又は無水の環境下でも高いプロトン伝導性を示す、プロトン伝導性電解質膜が開示されている。より具体的には、特許文献1のプロトン伝導性電解質膜は、「共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するポリマー、並びに可塑剤を含み、前記第1の部分は、前記プロトン伝導膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成しており、かつ前記ドメイン間を前記第2の部分が橋架けしており、前記第2の部分が、プロトン受容性基を有し、かつ前記可塑剤が、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含み、それによって、前記可塑剤が、前記第2の部分に浸透して、前記可塑剤を含まない場合に比べて前記ポリマーのガラス転移温度が下がっている、プロトン伝導膜」である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2020-068130号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のプロトン伝導性電解質膜は、高いプロトン伝導性を示しているが、製造時に膜面方向にしわが発生してしまう場合がある。これによって、製造されたプロトン伝導性電解質膜の取り扱い上におけるハンドリング性が悪くなり、また、場合によっては所望の大面積のプロトン伝導性電解質膜を製造することは困難になってしまう可能性がある。
【0007】
本開示は上記の事情を改善しようとするものであり、その目的は、製造時にしわが生じにくく、ハンドリング性の良好なプロトン伝導性電解質膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成する本開示は、以下のとおりである。
【0009】
〈態様1〉
プロトン伝導性電解質膜であって、
共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマー、並びに
可塑剤
を含み、
前記第1の部分は、前記プロトン伝導膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成しており、かつ前記ドメイン間を前記第2の部分が橋架けしており、
前記第2の部分が、プロトン受容性基を有し、
前記ドメインの少なくとも一部が、一次元的又は二次元的に延在しており、かつ
前記可塑剤が、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含み、それによって、前記可塑剤が、前記第2の部分に浸透して、前記可塑剤を含まない場合に比べて前記コポリマーのガラス転移温度が下がっている、
プロトン伝導性電解質膜。
〈態様2〉
前記ドメインが、ガラス状態又は結晶状態である、態様1に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様3〉
前記ドメインの少なくとも一部が、シリンダー状又はラメラ状の構造を有する、態様1又は2に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様4〉
前記コポリマーが、ブロック共重合体であり、かつ前記第1の部分及び前記第2の部分がそれぞれ、前記ブロック共重合体のAブロック及びBブロックである、態様1~3のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様5〉
前記ブロック共重合体は、前記Aブロック及び前記Bブロックによって構成されているA-B-A型のトリブロック共重合体である、態様1~4のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様6〉
前記Aブロックからなるホモポリマーを更に含む、態様4又は5に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様7〉
面方向について等方性である、態様1~6のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様8〉
前記プロトン伝導性電解質膜に存在する全てポリマーにおける前記第1の部分の体積分率が、10%以上70%以下である、態様1~7のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様9〉
非フッ素系多孔質シートを更に含み、かつ前記コポリマー及び前記可塑剤が、前記非フッ素系多孔質シートに含浸されている、態様1~8のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様10〉
前記プロトン受容性基に対する前記プロトン供与性化合物のモル比が、1.0以上10.0以下である、態様1~9のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様11〉
前記コポリマー及び前記可塑剤の組合せが、少なくとも50℃以上100℃以下の温度範囲において、粘弾性固体である、態様1~10のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様12〉
前記コポリマー及び前記可塑剤の合計を100質量部としたときの前記可塑剤の含有量が、50質量部以上90質量部以下である、態様1~11のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様13〉
前記プロトン供与性化合物は、硫酸及びリン酸から選択される1種以上である、態様1~12のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様14〉
前記プロトン受容性基は、含窒素複素環基である、態様1~13のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
〈態様15〉
前記第1の部分は、ポリスチレン系ポリマーである、態様1~14のいずれか一項に記載のプロトン伝導性電解質膜。
【発明の効果】
【0010】
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、製造時にしわが生じにくく、ハンドリング性が良好である。
【0011】
したがって、本開示のプロトン伝導性電解質膜は、特に、燃料電池におけるプロトン伝導性電解質膜としての使用に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本開示のプロトン伝導性電解質膜が機能を発現する機構を説明するための概略図である。
図2図2は、シリンダー状構造のイメージを例示的に示す図である。
図3図3は、ラメラ状構造のイメージを例示的に示す図である。
図4図4は、実施例1のコポリマー(SPS-1膜)のナノ構造を透過型電子顕微鏡で観察した写真である。
図5図5は、実施例1のプロトン伝導性電解質膜の写真である。
図6図6は、実施例1~3及び比較例1のプロトン伝導性電解質膜のプロトン伝導率を示す図である。
図7図7は、実施例1~4及び比較例1のプロトン伝導性電解質膜の応力-ひずみ曲線を示す図である。
図8図8は、比較例1のコポリマー(SPS-2膜)のナノ構造を透過型電子顕微鏡で観察した写真である。
図9図9は、比較例1のプロトン伝導性電解質膜の写真である。
図10図10は、実施例2のコポリマー(SPS-3膜)のナノ構造を透過型電子顕微鏡で観察した写真である。
図11図11は、実施例3のコポリマー(SPS-4膜)のナノ構造を透過型電子顕微鏡で観察した写真である。
図12図12は、実施例5~6のプロトン伝導性電解質膜のプロトン伝導率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
《プロトン伝導性電解質膜》
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、
共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマー、並びに
可塑剤
を含み、
第1の部分は、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成しており、かつドメイン間を第2の部分が橋架けしており、
第2の部分が、プロトン受容性基を有し、
ドメインの少なくとも一部が、一次元的又は二次元的に延在しており、かつ
可塑剤が、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含み、それによって、可塑剤が、第2の部分に浸透して、可塑剤を含まない場合に比べてコポリマーのガラス転移温度が下がっている、
プロトン伝導性電解質膜である。
【0014】
本開示において、「プロトン伝導性電解質膜の使用温度」とは、プロトン伝導性電解質膜を使用する際の温度であり、例えば室温以上、又は50℃以上であって、また200℃以下、150℃以下、又は120℃以下の範囲で所望の温度とすることができる。
【0015】
「ドメイン」とは、コポリマーの第1の部分が共有結合以外の分子間力により凝集している部分を指し、温度等の環境の変化に応じて可逆的に生じる凝集部分のことである。ここで、共有結合以外の分子間力としては、例えばファン・デル・ワールス(van der Waals)力、電荷移動力、クーロン力、疎水結合力、水素結合力、イオン結合力、若しくは配位結合力、又はこれらの組み合わせ等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
「橋架け」とは、コポリマーの第2の部分が、上記のドメイン間を橋架けしている構造を指す。
【0017】
したがって、本開示のプロトン伝導性電解質膜は、その使用温度において、上記のような「ドメイン」を形成している第1の部分と、「橋架け」をしている第2の部分とが、全体として、疑似的な架橋構造を形成している。
【0018】
なお、本開示の効果を損なわない限り、本開示のコポリマーは、化学架橋(共有結合架橋)を含んでもよく、物理架橋のみからなるプロトン伝導性電解質膜作製後に化学架橋を生成させてもよい。
【0019】
プロトン輸送に関わるプロトン供与性化合物を含んだ可塑剤は、コポリマーである第2の部分とよく溶解し、十分に浸透していることが好ましい。ここで、「よく溶解」する、とはそれぞれの分子(可塑剤、コポリマーである第2の部分)同士が分子レベルで自発「混合」していることであり、混合のギブズエネルギーΔmixGが絶対値の大きな負の値となることを意味する。ΔmixG=ΔmixH-TΔmixS(ΔmixHは混合のエンタルピー、ΔmixSは混合のエントロピー、Tは混合時の絶対温度)で表されるため、ΔmixHが負で大きな絶対値、TΔmixSが大きな正の値となれば、ΔmixGは負の大きな絶対値となるため、分子レベルでよく混合されており、可塑剤が液体であればよく溶解された状態を実現する。
【0020】
また、「浸透」とは、浸透媒体(通常液体)と被浸透媒質のΔmixGが絶対値の大きな負の値を採ることにより促進されるものであり、浸透媒体と被浸透媒質を接触させるだけで浸透媒体が被浸透媒質に対して自発的に浸みこみ、分子レベルでの均一混合を実現することである。浸透媒体が可塑剤で、被浸透媒質がポリマーである第2の部分である場合、通常ΔmixGの値は、主に正となるΔmixSの大きさの程度に依存するが、このΔmixGは負の値とはなっても大きな絶対値とはならず、ゆえに大きな浸透は生じない。
【0021】
しかし、本開示の場合、第2の部分がコンフォメーション変化を生じやすいフレキシブルなポリマーであってプロトン受容性基を有しており、かつ可塑剤が、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含むため、第2の部分のプロトン受容性基とプロトン供与性化合物との間でイオン性の引力相互作用を生ずるペアとなっている。コンフォメーション変化を生じやすいフレキシブルなポリマーである第2の部分と可塑剤との混合を考えたとき、第2の部分のフレキシブルさに由来し、TΔmixSは中程度の大きさの正の値となるのでΔmixGは負の値を採り、更に第2の部分と可塑剤とは混合すると発熱するペアであるため、そのペア数の数にも依存してΔmixHは絶対値の大きな負の値をとり、このイオン性の引力相互作用の寄与によってΔmixGも絶対値の大きな負の値となり、可塑剤が第2の部分に「浸透」しやすくなる。また浸透した後も第2の部分のプロトン受容性基と、可塑剤中のプロトン供与性化合物間のイオン性の引力相互作用の寄与によってΔmixGが負であることが維持されることから可塑剤は自然に浸みだしていくことはない。
【0022】
「可塑剤」とは、コポリマーのガラス転移温度を下げることができるものである。なお、本開示では、コポリマーのガラス転移温度は、コポリマーの第2の部分のガラス転移温度に相当する。
【0023】
また、本開示のプロトン伝導性電解質膜において、コポリマーの第1の部分が相互に凝集して形成されているドメインの少なくとも一部は、一次元的又は二次元的に延在している。このような一次元的又は二次元的に延在しているドメインは、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含む可塑剤にも溶解せず、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、ガラス状態又は結晶状態であることができ、それによって、プロトン伝導性電解質膜の自重又はプロトン伝導性電解質膜に加えられる荷重によっても、製造された本開示のプロトン伝導性電解質膜は変形しにくく、したがってハンドリング性を向上させることができると考えられる。このような一次元的に又は二次元的なドメインは、コポリマーが適度な割合の第1の部分を有すること(すなわち、コポリマーにおける第1の部分の体積分率を一定の範囲にすること)によって、得ることができる。なお、「コポリマーにおける第1の部分の体積分率を一定の範囲にすること」は、コポリマーを合成する際に原料の割合を調整することによっても達成することができ、又は後述するホモポリマーを適度に混合させることによっても達成することができる。
【0024】
本開示のプロトン伝導性電解質膜の、少なくとも一部が一次元的又は二次元的に延在しているコポリマーの第1の部分とは対照的に、例えば特許文献1に記載されているプロトン伝導性電解質膜は、そのポリマー(本開示の「コポリマー」に相当する)の第1の部分のドメインが点在している(すなわち、第1の部分のドメインがスフェア構造を有している)。この差異ゆえに、本開示のプロトン伝導性電解質膜は、特許文献1に記載されているプロトン伝導性電解質膜と比較して、ハンドリング性向上効果や破断伸度及び/又は引張強度の向上効果をより顕著に発揮することができる。
【0025】
このように、本開示のプロトン伝導性電解質膜は、低湿又は無水の環境下でも高いプロトン伝導性を示しながら、製造時にしわが生じにくく、ハンドリング性が良好である。以下では、図1を用いて、本開示のプロトン伝導性電解質膜が機能を発現する機構を説明する。ただし、以下に説明する機構は、本開示を限定するものではない。
【0026】
図1は、本開示のプロトン伝導性電解質膜が機能を発現する機構を説明するための概略図である。
【0027】
図1のプロトン伝導性電解質膜は、共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマー、並びに可塑剤(なお、図1では、「プロトン供与性化合物」と表示されている)を含んでいる。第1の部分は、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成している。そして、プロトン伝導性電解質膜の中では、第1の部分が形成しているドメイン間を第2の部分が橋架けしている。第2の部分は、プロトン受容性基を有している。また、第1の部分が形成されているドメインの少なくとも一部は、一次元的に延在している。図1のプロトン伝導性電解質膜では、この第1の部分のドメインの少なくとも一部は、シリンダー状の構造を有している。
【0028】
図1に示されているように、本開示のプロトン伝導性電解質膜では、コポリマーの第2の部分は、プロトン受容性基を有しているため、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含む可塑剤とイオン性相互作用をすることができ、また、過剰な可塑剤からプロトンが遊離することもできる。なお、可塑剤からのプロトンの遊離に関しては、後述する。図1に示されているように、コポリマーの第2の部分と、可塑剤及び可塑剤から遊離されたプロトンとは、連続した均一の混合溶融相を形成している。その一方で、コポリマーの第1の部分は、この可塑剤に溶解せず、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成しており、この場合はシリンダー状のようなハードドメインからなる連続した固体相(ガラス相)を形成している。このように、第1の部分と、第2の部分を含む均一の混合溶融相とは、ナノメーターレベルで相分離している。このため、図1に示されているプロトン伝導性電解質膜は、全体として流動せずに膜形状を維持し、かつ第2の部分を含む均一の混合溶融相では遊離プロトンが無水環境下でも容易に移動し、無水環境下においても高いプロトン伝導度を示すことができ、無水系プロトン伝導性電解質膜として用いることができる。
【0029】
また、このような疑似的な架橋構造を形成している第1の部分と第2の部分からなるコポリマーは、共有結合によって化学架橋したポリマーとは異なり、溶液キャストにより加工が可能であり、全体として流動性のあるホットメルトともできるため、溶媒キャスト法、スピンコート法、又はホットメルト法によって作製することができる。
【0030】
したがって、本開示のプロトン伝導性電解質膜は、製造時にしわが生じにくく、ハンドリング性が良好である。
【0031】
ハンドリング性に関しては、例えば、目視で自重又は接触時の荷重程度での変形の有無等によって判断することができる。また、本開示のプロトン伝導性電解質膜のヤング率を、ハンドリング性の指標の一つとすることもできる。これは、本開示の本発明者らの鋭意研究によれば、プロトン伝導性電解質膜のヤング率が大きいほど、プロトン伝導性電解質膜の粘着性が下がるため、取り扱い易くなり、すなわちハンドリング性が良くなることが見出された。
【0032】
本開示にかかる可塑剤は、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物を含む。このようなプロトン供与性化合物からは、プロトンが遊離することができる。プロトンが遊離すると、プロトン供与性化合物はアニオンとなる。また、コポリマーの第2の部分にプロトン受容性基が存在しているため、一部の遊離プロトンがプロトン受容性基に結合することができる。これによって、第2の部分のプロトン受容性基がカチオンとなる。図1に示されているように、本開示のプロトン伝導性電解質膜中では、アニオン化されたプロトン供与性化合物と、遊離プロトンと、カチオン化されたプロトン受容性基との間でイオン性相互作用生じることができる。このようなイオン性相互作用は、プロトン伝導性電解質膜の膜内全体にわたって存在しているため、無水の環境下でも遊離プロトンがイオン間を容易に移動することができる。すなわち、本開示のプロトン伝導性電解質膜に高いプロトン伝導性を付与できると考えられる。
【0033】
このように形成されているアニオンとカチオンとの間でイオン性相互作用が働くため、pKa2.5以下のプロトン供与性化合物は、膜内に留まることができる。すなわち、可塑剤としてのpKa2.5以下のプロトン供与性化合物は、本開示のプロトン伝導性電解質膜から漏出しにくい又は漏出しないものであると考えられる。
【0034】
また、上述したように、イオン性相互作用によって、可塑剤が第2の部分に「浸透」しやすくなる。本開示の本発明者らの鋭意研究によれば、本開示にかかるコポリマーと可塑剤とを接触させるだけで、可塑剤がコポリマーに自発的に浸透していて、均一な混合相となることが見出された。なお、本開示のプロトン伝導性電解質膜では、コポリマーと可塑剤とが共存していても、可塑剤は主にコポリマーの第2の部分に浸透しており、コポリマーの第1の部分のドメインの状態は維持されていると考えられる。
【0035】
そして、この「浸透」が進むと、すなわち可塑剤が大量に第2の部分に浸透していくと、可塑剤を含まない場合に比べてコポリマーのガラス転移温度が下がることになる。コポリマーのガラス転移温度が下がることで、ポリマー鎖のセグメント運動も活発になり、本開示のプロトン伝導性電解質膜に高いプロトン伝導性を付与できるとも考えられる。
【0036】
なお、図1では、プロトン供与性化合物としては、プロトン供与性の二塩基酸として描かれているが、これには限定されない。
【0037】
〈コポリマー〉
本開示のプロトン伝導性電解質膜に含まれるコポリマーは、共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有する。
【0038】
(第1の部分)
本開示のプロトン伝導性電解質膜において、コポリマーの第1の部分は、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成しており、かつドメイン間をコポリマーの第2の部分が橋架けしている。
【0039】
本開示では、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、コポリマーの第1の部分が相互に凝集して形成しているドメインは、ガラス状態又は結晶状態であってよい。ここで、「ガラス状態」とは、固体の非晶質状態を指す。なお、ドメインがガラス状態であるか又は結晶状態であるかは、示差走査熱量(DSC)測定によって判断できる。より具体的には、吸熱ステップが見られる場合(ピークが見られる場合もある)は「ガラス状態」となっており、吸熱ステップはなく、シャープな吸熱ピークのみが見られる場合は「結晶状態」となっている。
【0040】
また、本開示プロトン伝導性電解質膜において、第1の部分のドメインの少なくとも一部は、一次元的又は二次元的に延在している。ここで、「一次元的に延在している」とは、コポリマーの第1の部分によって形成されたドメインが、一次元的な連続相(例えば、柱状又は線状のような連続相)を形成していることを意味し、また、「二次元的に延在している」とは、二次元的な連続相(例えば、面状のような連続相)を形成していることを意味する。
【0041】
本開示の効果をより発揮させる観点から、第1の部分のドメインが、一次元的又は二次元的に延在している部分が多ければ多いほどが好ましい。すなわち、第1の部分のドメインは、その少なくとも一部が一次元的又は二次元的に延在していればよく、好ましくは第1の部分のドメインは、第1の部分の全体の10mol%以上、20mol%以上、30mol%以上、40mol%以上、50mol%以上、60mol%以上、70mol%以上、80mol%以上、90mol%以上、又は100mol%(すなわち、第1の部分の全部)が一次元的又は二次元的に延在している。なお、第1の部分では、その一部が一次元的に延在しているドメインと、その一部が二次元的に延在しているドメインとは、混在していてもよい。
【0042】
本開示プロトン伝導性電解質膜において、第1の部分のドメインが「一次元的に延在している」の好ましい態様の一つは、第1の部分のドメインの少なくとも一部は、シリンダー状の構造を有している態様である。なお、図2は、シリンダー状構造のイメージを例示的に示す図である。
【0043】
また、本開示プロトン伝導性電解質膜において、第1の部分のドメインが「二次元的に延在している」の好ましい態様の一つは、第1の部分のドメインの少なくとも一部は、ラメラ状の構造を有している態様である。なお、図3は、ラメラ状構造のイメージを例示的に示す図である。
【0044】
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、面方向について等方性であることが好ましい。このような構造を有する本開示のプロトン伝導性電解質膜は、第1の部分がナノメーターオーダーで規則的かつ周期的に配置されることができるため、不規則的かつ非周期的に配置された共有結合性架橋点を含むプロトン伝導性電解質膜に比べて、より大きな破断伸度及び/又は引張強度を有することができる。
【0045】
本開示のプロトン伝導性電解質膜に含まれるコポリマーは、第1の部分の体積分率が、10%以上であってよく、また70%以下であってよい。より具体的には、例えば、第1の部分の体積分率は、10%以上、11%以上、12%以上、13%以上、14%以上、15%以上、16%以上、17%以上、18%以上、19%以上、20%以上、21%以上、22%以上、23%以上、24%以上、25%以上、26%以上、27%以上、28%以上、29%以上、30%以上、31%以上、32%以上、33%以上、34%以上、35%以上、36%以上、37%以上、38%以上、39%以上、40%以上、42%以上、又は44%以上であってよい。また、第1の部分の体積分率は、70%以下、65%以下、60%以下、55%以下、又は50%以下であってよい。
【0046】
また、本開示のプロトン伝導性電解質膜は、コポリマー以外に他のポリマーを含む場合、例えば後述するAブロックからなるホモポリマーを更に含む場合には、本開示のプロトン伝導性電解質膜に存在する全てのポリマー(コポリマー及びホモポリマー)における第1の部分の体積分率は、10%以上であってよく、また70%以下であってよい。より具体的には、上述したコポリマーにおける第1の部分の体積分率のとりうる値であってよい。
【0047】
なお、第1の部分の体積分率φは、以下の式から求めることができる:
【数1】

ここで、w、ρ、N、Mn,monomerは、それぞれ第n(1又は2)の部分の重量分率、密度、重合度、モノマー単位の分子量を表す。
【0048】
本開示において、共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマーは、例えばブロック共重合体であってもよい。
【0049】
バリエーションの多様性や取り扱い易さの観点、及び本開示の効果をより発揮させる観点から、共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマーは、ブロック共重合体であることが好ましい。特に、適度な割合で第1の部分を有するブロック共重合体を自己集合させたときに、第1の部分と第2の部分とが膜内において連続相を形成することができる。このようなブロック共重合体の膜と、無水系液状の強酸性電解質とを接触させることによって、第2の部分からなる相が、液状の強酸性電解質により膨潤させられて無水系電解質膜となり、また無水系電解質膜の全体に亘り、強酸性電解質に溶解しない第1の部分からなる連続した固体相(例えば、ガラス状態又は結晶状態)が存在している。ゆえに、このような本開示のプロトン伝導性電解質膜は、不織布やフィラ等を含まなくとも、しわを生じにくく、高いヤング率、高い強度、低粘着質で良好ハンドリング性を示すことができる。
【0050】
以下では、この共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマーがブロック共重合体である場合を例として、本開示のプロトン伝導性電解質膜について説明する。この場合、第1の部分及び第2の部分は、それぞれ、ブロック共重合体のAブロック及びBブロックであってよい。このため、下記の説明では、「ブロック共重合体」との文言は、「第1の部分及び第2の部分を有するコポリマー」に対応しており、「Aブロック」との文言は、「第1の部分」に対応しており、「Bブロック」との文言は、「第2の部分」に対応している。
【0051】
〈ブロック共重合体〉
ブロック共重合体は、Aブロック及びBブロックを有してよい。
【0052】
(Aブロック)
本開示において、Aブロックは、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成している。
【0053】
換言すると、Aブロックは、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してドメインを形成できるものであれば、特に限定されない。したがって、Aブロックとしては、例えばポリスチレン系ポリマー、ポリアクリル酸エステル系ポリマー、ポリメタクリル酸エステル系ポリマー、又はポリオレフィン系ポリマー等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0054】
ポリスチレン系ポリマーとしては、繰り返し単位としてのスチレン部分を50mol%以上有するポリマーを意味し、例えばポリスチレン、ポリアセチルスチレン、ポリアニソイルスチレン、ポリベンゾイルスチレン、ポリビフェニルスチレン、ポリブロモエトキシスチレン、ポリブロモメトキシスチレン、ポリブロモスチレン、ポリブトキシメチルスチレン、ポリtert-ブチルスチレン、ポリブチリルスチレン、ポリクロロフルオロスチレン、ポリクロロメチルスチレン、ポリクロロスチレン、ポリシアノスチレン、ポリジクロロスチレン、ポリジフルオロスチレン、ポリジメチルスチレン、ポリエトキシメチルスチレン、ポリエトキシスチレン、ポリフルオロメチルスチレン、ポリフルオロスチレン、ポリヨードスチレン、ポリメトキシカルボニルスチレン、ポリメトキシメチルスチレン、ポリメチルスチレン、ポリメトキシスチレン、ポリパーフルオロスチレン、ポリフェノキシスチレン、ポリフェニルアセチルスチレン、ポリフェニルスチレン、ポリプロポキシスチレン、ポリトルオイルスチレン、又はポリトリメチルスチレン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0055】
ポリアクリル酸エステル系ポリマーとしては、繰り返し単位としてのアクリル酸エステル部分を50mol%以上有するポリマーを意味し、例えばポリアクリル酸アダマンチル、ポリアクリル酸-tert-ブチル、ポリアクリル酸-tert-ブチルフェニル、ポリアクリル酸シアノヘプチル、ポリアクリル酸シアノヘキシル、ポリアクリル酸シアノメチル、ポリアクリル酸シアノフェニル、ポリアクリル酸フルオロメチル、ポリアクリル酸メトキシカルボニルフェニル、ポリアクリル酸メトキシフェニル、ポリアクリル酸ナフチル、ポリアクリル酸ペンタクロロフェニル、又はポリアクリル酸フェニル等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0056】
ポリメタクリル酸エステル系ポリマーとしては、繰り返し単位としてのメタクリル酸エステル部分を50mol%以上有するポリマーを意味し、例えばポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、ポリメタクリロニトリル、ポリメタクリル酸アダマンチル、ポリメタクリル酸ベンジル、ポリメタクリル酸-tert-ブチル、ポリメタクリル酸-tert-ブチルフェニル、ポリメタクリル酸シクロエチル、ポリメタクリル酸シアノエチル、ポリメタクリル酸シアノメチルフェニル、ポリメタクリル酸シアノフェニル、ポリメタクリル酸シクロブチル、ポリメタクリル酸シクロデシル、ポリメタクリル酸シクロドデシル、ポリメタクリル酸シクロブチル、ポリメタクリル酸シクロヘキシル、ポリメタクリル酸シクロオクチル、ポリメタクリル酸フルオロアルキル、ポリメタクリル酸グリシジル、ポリメタクリル酸イソボルニル、ポリメタクリル酸イソブチル、ポリメタクリル酸フェニル、ポリメタクリル酸トリメチルシリル、又はポリメタクリル酸キシレニル等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0057】
ポリオレフィン系ポリマーとしては、繰り返し単位としてのオレフィン部分を50mol%以上有するポリマーを意味し、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、又はポリα-オレフィン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0058】
なお、本開示において、接頭辞の「ポリ」は、2以上のモノマーを含むポリマーを指す。
【0059】
上述した中で、プロトン伝導性電解質膜の使用温度に応じて、ガラス転移温度又は融解温度がそのプロトン伝導性電解質膜の使用温度より高いものを選択して、Aブロックとすることができる。また、例えばプロトン供与性化合物を含む可塑剤との混和性の低さ、取り扱い易さ、又は低コスト等の観点から、Aブロックは、ポリスチレン系ポリマーであることが好ましい。
【0060】
(Bブロック)
本開示において、Bブロックは、プロトン受容性基を有する。したがって、Bブロックは、プロトン受容性基を有するものであれば、特に限定されない。
【0061】
プロトン受容性基は、含窒素複素環基であってよい。含窒素複素環基は、例えば、ピリジン環基、イミダゾール環基、ピラゾール環基、イミダゾリン環基、オキサゾール環基、ピリミジン環基、ピラジン環基、トリアゾール環基、又はテトラゾール環基等であってよい。これらの含窒素複素環基は、含窒素複素芳香環基であることが好ましく、特に好ましくは、ピリジン環基又はイミダゾール環基である。
【0062】
Bブロック1g当たりのプロトン受容性基の量(モル数)は、特に限定されず、例えば、0.1mmol/g以上、0.5mmol/g以上、1.0mmol/g以上、2.5mmol/g以上、又は5.0mmol/g以上であってよい。また、Bブロックの合成を容易にし、かつ、得られるポリマーのハンドリング性を確保する観点から、Bブロック1g当たりのプロトン受容性基の量(モル数)は、例えば、50mmol/g以下、40mmol/g以下、30mmol/g以下、又は25mmol/g以下であってよい。
【0063】
Bブロックを構成する繰り返し単位は特に限定されず、例えばビニル系モノマー、エーテル系モノマー、エステル系モノマー、アミド系モノマー、シリコーン系モノマー等に由来するものであってよい。これらのうち、モノマーの入手性に優れ、分子修飾が容易なことから、ビニル系モノマーに由来するものであることが好ましい。
【0064】
Bブロックとなり得るポリマーの例示は、以下のとおりに示すがこれらに限定されない。
【0065】
ピリジン環を有するビニルポリマー:ポリ(2-ビニルピリジン)、又はポリ(4-ビニルピリジン)等。
【0066】
イミダゾール環を有するビニルポリマー:ポリ(1-ビニルイミダゾール)、ポリ(2-メチル-1-ビニルイミダゾール)、ポリ(2-ビニルイミダゾール)、ポリ(4-ビニルイミダゾール)、ポリ(2-フェニル-1-ビニルイミダゾール)、ポリ(1-ビニルカルバゾール)、又はポリ((メタ)アクリル酸2-(1H-イミダゾール-1-イル)エチル)等。
【0067】
ピラゾール環を有するビニルポリマー:ポリ(1-ビニルピラゾール)、又はポリ(3-ビニルピラゾール)等。
【0068】
イミダゾリン環を有するビニルポリマー:ポリ(1-ビニル-2-イミダゾリン)、ポリ(1-ビニル-2-メチルイミダゾリン)、ポリ(2-ビニル-2-イミダゾリン)、又はポリ((メタ)アクリル酸2-(1H-イミダゾリン-1-イル)エチル)等。
【0069】
オキサゾール環を有するビニルポリマー:ポリ(2-フェニル-5-ビニルオキサゾール)等。
【0070】
ピリミジン環を有するビニルポリマー:ポリ(5-ビニルピリミジン)、又はポリ(2,4-ジクロロ-6-ビニルピリミジン)等。
【0071】
ピラジン環を有するビニルポリマー:ポリ(2-ビニルピラジン)、ポリ(2,5-ジメチル-3-ビニルピラジン)、又はポリ(2-メチル-5-ビニルピラジン)等。
【0072】
トリアゾール環を有するビニルポリマー:ポリ(2,4-ジアミノ-6-ビニルトリアジン)等。
【0073】
テトラゾール環を有するビニルポリマー:ポリ(1-ビニル-1H-テトラゾール)、ポリ(2-ビニル-2H-テトラゾール)、ポリ(5-ビニル-1H-テトラゾール)、又はポリ(1-メチル-5-ビニル-1H-テトラゾール)等。
【0074】
これらの中で、ポリ(2-ビニルピリジン)、ポリ(4-ビニルピリジン)又はポリ(1-ビニルイミダゾール)がより好ましい。
【0075】
なお、本明細書において、「(メタ)アクリル酸」とは、アクリル酸及びメタクリル酸の双方を包含する概念である。「(メタ)アクリレート」、「(メタ)アクリルアミド」等についてもこれに準じて理解されるべきである。
【0076】
Bブロックにおいて、より高いプロトン伝導率を確保し、かつイオン性相互作用によって可塑剤の漏出をより抑制できる観点から、プロトン受容性基は、Bブロックを構成する繰り返し単位の10mol%以上の割合で存在することが好ましい。
【0077】
また、プロトン受容性基のこの存在割合は、15mol%以上、20mol%以上、30mol%以上、40mol%以上、50mol%以上、60mol%以上、70mol%以上、80mol%以上、90mol%以上、95mol%以上、96mol%以上、又は97mol%以上であってよい。また、この存在割合は、99.5mol%以下、99mol%以下、98mol%以下、95mol%以下、90mol%以下、80mol%以下、70mol%以下、60mol%以下、50mol%以下、40mol%以下、又は35mol%以下であってよい。
【0078】
Bブロックは、後述の可塑剤と組み合わさって、プロトン伝導性電解質膜を形成し、それによって高い分子運動性を提供している。したがって、Bブロック単独のガラス転移温度Tgは、比較的高くてもよい。しかしながら、Bブロックのガラス転移温度が過度に高いと、可塑剤と混合された後にも分子運動性が十分に向上しない可能性がある。
【0079】
したがって、Bブロックのガラス転移温度は、400℃以下、350℃以下、300℃以下、又は250℃以下であってよい。Bブロックは、ガラス転移温度を2つ以上有していてもよい。Bブロックが可塑剤と混ざることで、この混合物が低いガラス転移温度を有し、それによって、得られるプロトン伝導性電解質膜の使用時に、Bブロックが高い分子運動性を維持することができる。更に遊離プロトンが存在することによって、高いプロトン伝導性を実現することができる。
【0080】
(ブロック共重合体の配列)
Aブロック及びBブロックによって構成されるブロック共重合体の配列は、特に限定されず、例えば「AA…AABB…BB」のようなジブロック共重合体(「A-B型」ともいう)、「AA…AABB…BBAA…AA」のようなトリブロック共重合体(「A-B-A型」ともいう)、又は「BB…BBAA…AABB…BB」のようなトリブロック共重合体(「B-A-B型」ともいう)であってよい。
【0081】
本開示の効果をより発揮される観点から、ブロック共重合体は、Aブロック及びBブロックによって構成されているA-B-A型のトリブロック共重合体であることが好ましい。
【0082】
A-B-A型のトリブロック共重合体の一例を、以下の式1に示す。
【化1】
式中、pは、2以上の整数であり、例えば2以上、10以上、30以上、50以上、100以上、200以上、500以上、800以上、1000以上、1500以上、又は2000以上であってよく、また20000以下、15000以下、10000以下、8000以下、5000以下、又は4000であってよい。また、qは、1以上の整数であり、例えば1以上、5以上、15以上、25以上、50以上、又は75以上であってよく、また1000以下、500以下、400以下、250以下、又は150以下であってよい。
【0083】
また、本開示の効果を損なわない限り、ブロック共重合体には、Aブロック及びBブロックと異なる、他のモノマー又はポリマーを更に有してもよく、ブロック共重合体を製造する際に使用する開始剤、カップリング剤、又は連鎖移動剤等の残基を更に有してもよい。
【0084】
ブロック共重合体に連鎖移動剤の残基を更に有する場合の例を、以下の式2に示す。
【化2】
式中、mは、1以上の整数であり、例えば1以上、5以上、15以上、25以上、50以上、100以上、250以上、400以上、500以上、750以上、又は1000以上であってよく、また10000以下、7500以下、5000以下、4000以下、2500以下、又は2000であってよい。また、nは、1以上の整数であり、例えば1以上、5以上、15以上、25以上、50以上、又は75以上であってよく、また1000以下、500以下、400以下、250以下、又は150以下であってよい。また、-R及び-S-C(S)-S-は、連鎖移動剤の残基である。
【0085】
(ブロック共重合体の合成)
Aブロック及びBブロックを有するブロック共重合体の合成方法としては、特に限定されず、例えば以下の方法を用いることができるが、これには限定されない。
【0086】
すなわち、少量の重合開始剤の存在下、RAFT剤(可逆的不可開裂連鎖移動剤)と、Aブロック(又はBブロック)を構成するモノマーとを重合させた後、単離精製してAブロック(又はBブロック)を含むマクロRAFT剤を合成する。そして、このマクロRAFT剤とBブロック(又はAブロック)を構成するモノマーとを、少量の重合開始剤存在下重合させることによって、Aブロック及びBブロックを有するブロック共重合体を合成することができる。
【0087】
重合開始剤としては、例えばアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス(2-シクロプロピルプロピオニトリル)、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、及びジメチル2,2’-アゾビスイソブチレート等のアゾ系ラジカル重合開始剤、ベンゾイルパーオキサイド、t-ブチルハイドロパーオキサイド、及びクメンハイドロパーオキサイド等の過酸化物系ラジカル重合開始剤等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0088】
RAFT剤としては、例えばジチオエステル、ジチオカルバメート、トリチオカルボナート、及びキサンタート等のチオカルボニルチオ化合物が挙げられる。また、RAFT剤具体例としては、ビス(n-オクチルメルカプト-チオカルボニル)ジスルフィド、4-シアノ-4-[(ドデシルスルファニルチオカルボニル)スルファニル]ペンタン酸、2-(ドデシルチオカルボノチオイルチオ)-2-メチルプロピオン酸、S,S’-ビス(α,α’-ジメチル-α’’-酢酸)トリチオカーボネート、2-シアノ-2-プロピルドデシルトリチオカーボネート、4-シアノ-4-(フェニルカルボノチオイルチオ)ペンタン酸、シアノメチルドデシルトリチオカーボネート、又は2-シアノ-2-プロピルベンゾジチオネート等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0089】
また、RAFT剤を適宜に選択することによって、目的とするブロック共重合体の配列を合成することができる。例えば、ジチオエステル又はジチオカルバメート等のRAFT剤を用いる場合、A-B型のジブロック共重合体を合成することができる。また、トリチオカルボナート等のRAFT剤を用いる場合、A-B-A型又はB-A-B型のトリブロック共重合体を合成することができる。
【0090】
Aブロックの平均重合度は、特に限定されず、例えば2以上、10以上、30以上、50以上、100以上、又は150以上であってよく、また2000以下、1000以下、800以下、500以下、又は300以下であってよい。Aブロックの平均重合度は2以上であれば、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、Aブロックが相互に凝集してドメインを形成しやすくなる。また、Aブロックの平均重合度は10000以下であれば、試料として取り扱いやすくなる。なお、例えばA-B-A型のトリブロック共重合体の場合、「Aブロックの平均重合度」は、含まれるAブロックの成分の合計平均重合度の値とする。
【0091】
Bブロックの平均重合度は、特に限定されず、例えば2以上、10以上、30以上、50以上、100以上、200以上、500以上、800以上、1000以上、1500以上、又は2000以上であってよく、また20000以下、15000以下、10000以下、8000以下、5000以下、又は4000であってよい。Bブロックの平均重合度は2以上であれば、可塑剤と混合してより均一な混合相を形成されやすくなる。また、Bブロックの平均重合度は20000以下であれば、プロトン伝導性電解質膜の酸性度又は塩基性度を調整しやすくなる。
【0092】
なお、本開示において、平均重合度は、H-NMR法によって求めることができる。
【0093】
〈ホモポリマー〉
本開示において、プロトン伝導性電解質膜は、ブロック共重合体の他に、上述したAブロックからなるホモポリマーを更に含んでよい。
【0094】
例えば、コポリマーは、A-B-A型のブロック共重合体である場合には、Aブロックからなるホモポリマーを更に含むことによって、相分離しているA-B-A型のブロック共重合体に対して、ホモポリマーは、ブロックAからなる相に入ることができる。これによって、プロトン伝導性電解質膜に存在する全てのポリマー(コポリマー及びホモポリマー)において、Aブロックの体積分率を所望の範囲に調整することができる。また、このAブロックの体積分率を調整することによって、Aブロックによって形成されているドメインの連続相の次元(一次元又は二次元)を調整することができる。
【0095】
なお、ホモポリマーが含まれる場合のその含有量は、本開示の効果を損なわない限り特に限定されない。例えば、コポリマー100mol%に対して、1mol%~80mol%であってよい。
【0096】
〈可塑剤〉
本開示のプロトン伝導性電解質膜に含まれる可塑剤は、pKa2.5以下、pKa2.3以下、pKa2.1以下、pKa2.0以下、pKa1.0以下、pKa0.0以下、pKa-1.0以下、又はpKa-2.0以下のプロトン供与性化合物を含む。したがって、この可塑剤は、酸性度が大きいプロトン供与性化合物、すなわちプロトンを放出する傾向が大きい化合物を含む。
【0097】
なお、本開示において、pKaとは25℃水中での酸解離定数とし、硫酸又はリン酸のように多段階解離する化合物は、第一段階解離における値pKaのことである。例えば、硫酸のpKaは-3.0、リン酸のpKaは1.83である(参考文献:「化学便覧」、改訂5版、日本化学会、pp.II-332-333、「Evans group pKa table,Harvard University」)。
【0098】
プロトン供与性化合物は、硫酸、リン酸、又はエタンジスルホン酸若しくは4-ヒドロキシベンゼン-1,3-ビス(スルホン酸)等の有機酸であってよい。これらの中で、プロトン供与性化合物は、硫酸及びリン酸から選択される1種以上であることが好ましい。
【0099】
プロトン供与性化合物は、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において揮発蒸散又は分解しない程度の高い沸点又は分解温度を有することが好ましい。この観点から、プロトン供与性化合物の沸点又は分解温度は、例えば、120℃超、150℃以上、又は200℃以上であってよい。
【0100】
プロトン供与性化合物は、硫酸及びリン酸から選択される1種以上であってよく、硫酸又はリン酸であってよい。なお、硫酸の沸点は約290℃(分解)であり、リン酸の沸点は約213℃(分解)である。
【0101】
可塑剤は、プロトン供与性化合物のみから構成されていてよく、プロトン供与性化合物とその他の可塑剤とから構成されていてもよい。その他の可塑剤は、プロトン供与性を有さない可塑剤であってよく、具体的には、例えばポリアルキレングリコール、ポリビニルエーテル、ポリオールエステル等であってよい。その他の可塑剤の使用割合は、可塑剤の全質量を100質量部としたときに、例えば、50質量部以下、30質量部以下、10質量部以下、5質量部以下、又は1質量部以下であってよく、又はその他の可塑剤を全く使用しなくてもよい。
【0102】
なお、本明細書において、「アルキレン基」とは、メチレン基、アルキルメチレン基、及びジアルキルメチレン基を包含する概念である。
【0103】
(プロトン受容性基に対するプロトン供与性化合物のモル比)
プロトン受容性基に対するプロトン供与性化合物のモル比(プロトン供与性化合物/プロトン受容性基)は、特に限定されず、プロトン供与性化合物が可塑剤としての機能を確保する観点から、例えば1.0以上、1.1以上、1.3以上、1.4以上、1.5以上、1.6以上、1.7以上、1.8以上、1.9以上、2.0以上、2.1以上、2.2以上、2.3以上、2.4以上、2.5以上、2.6以上、2.7以上、2.8以上、2.9以上、3.0以上、3.1以上、3.4以上、3.5以上、3.6以上、3.7以上、3.8以上、3.9以上、4.0以上、4.1以上、4.2以上、又は4.3以上であってよい。また、このモル比の上限は、特に限定されず、膜強度を維持し、膜としての安定性を確保する観点から、例えば10.0以下、9.0以下、8.5以下、8.0以下、7.5以下、7.0以下、6.5以下、6.0以下、5.5以下、5.0以下、4.5以下、4.4以下、又は4.3以下であってよい。
【0104】
〈本開示のコポリマーと可塑剤との割合〉
本開示のコポリマー(すなわち、共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマー)と可塑剤との使用割合は、得られるプロトン伝導性電解質膜の分子運動性を高め、十分に高いプロトン伝導性を得る観点から、コポリマー及び可塑剤の合計100質量部に対する可塑剤の使用割合として、50質量部以上、60質量部以上、65質量部以上、70質量部以上、75質量部以上、又は80質量部以上であってもよい。一方で、膜強度を維持し、膜としての安定性を確保する観点から、コポリマー及び可塑剤の合計100質量部に対する可塑剤の使用割合は、90質量部以下、85質量部以下、82質量部以下、80質量部以下、75質量部以下、70質量部以下、又は65質量部以下であってもよい。
【0105】
また、本開示において、可塑剤に含まれるpKa2.5以下のプロトン供与性化合物によって供与可能なプロトンの総モル数は、上述プロトン受容性基によって受容可能なプロトンの総モル数よりも多いことが好ましい。
【0106】
〈非フッ素系多孔質シート〉
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、非フッ素系多孔質シートを更に含んでよい。この際、コポリマー及び前記可塑剤が、非フッ素系多孔質シートに含浸されていることが好ましい。なお、「コポリマー及び可塑剤が非フッ素系多孔質シートに含浸」の好ましい態様の一つは、コポリマー及び可塑剤が、非フッ素系多孔質シートに染み込み、かつ非フッ素系多孔質シートの表面を覆っている状態である。本開示のプロトン伝導性電解質膜は、非フッ素系多孔質シートを含むことによって、製造時にしわがより生じにくくなり、ハンドリング性が更に向上され、すなわち、より本開示の効果を発揮することができる。
【0107】
本開示にかかる非フッ素系多孔質シートは、好ましくは炭化水素系繊維からなる。
【0108】
より具体的には、本開示にかかる非フッ素系多孔質シートは、好ましくは、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ナイロン樹脂、ポリアミド樹脂、アクリル樹脂、セルロース樹脂、ビニロン樹脂、ポリオレフィン樹脂、レーヨン樹脂、ビニル樹脂、及び合成ゴムからなる群より選択される少なくとも一つの樹脂の繊維からなり、より好ましくは、ポリプロピレン樹脂及びポリエチレン樹脂から選択される少なくとも一つの樹脂の繊維からなる。
【0109】
また、本開示にかかる非フッ素系多孔質シートの非フッ素系不織布であってもよく、非フッ素系メッシュであってもよい。
【0110】
本開示において、非フッ素系不織布としては、例えば市販の使い捨てマスク等に使用されている汎用の不織布、日本マタイ株式会社製の家庭用園芸不織布、又は旭・デュポン フラッシュスパン プロダクツ株式会社製のタイベック(登録商標)1442R等を用いてもよいが、これらに限定されない。
【0111】
また、非フッ素系メッシュはとしては、例えば株式会社NBCメッシュテック社製のPP70等を用いてもよいが、これには限定されない。
【0112】
本開示にかかる非フッ素系多孔質シートの繊維の太さは、特に限定されず、例えば約0.0005mm以上約0.50mm以下であってもよい。より具体的には、プロトン移動が円滑に行われ、プロトン伝導性電解質膜の全体の厚さを抑える観点から、かかる繊維の太さは、例えば0.50mm以下、0.40mm以下、0.30mm以下、0.20mm以下、0.15mm以下、0.10mm以下、0.08mm以下、0.05mm以下、0.04mm以下、0.03mm以下、0.02mm以下、0.01mm以下、0.025mm以下、又は0.02mm以下であってよい。また、繊維一本あたりの引張強度を強くする観点から、かかる繊維の太さは、例えば0.0005mm以上、0.001mm以上0.005mm以上、0.01mm以上、0.015mm以上、0.02mm以上、0.03mm以上、0.04mm以上、0.05mm以上、0.08mm以上、0.10mm以上、0.15mm以上、又は0.20mm以上であってよい。
【0113】
なお、用いる非フッ素系多孔質シートの種類(例えば、不織布である場合又はメッシュである場合)の性質に合わせて、上述した繊維の太さを適宜設定することが好ましい。
【0114】
非フッ素系多孔質シートの厚さは、特に限定されず、プロトン伝導性電解質膜の全体の厚さを抑える観点からは、例えば0.50mm以下、0.45mm以下、0.40mm以下、0.35mm以下、0.30mm以下、0.25mm以下、0.20mm以下、0.18mm以下、0.15mm以下、0.10mm以下、0.09mm以下、又は0.08mm以下であってよく、また、プロトン伝導性電解質膜の全体の引張強度を強くする観点からは、例えば0.05mm以上、0.08mm以上、0.09mm以上、0.10mm以上、0.15mm以上、0.16mm以上、0.17mm以上、0.18mm以上、0.19mm以上、0.20mm以上、又は0.30mm以上であってよい。
【0115】
本開示のプロトン伝導性電解質膜において、上述したコポリマー、可塑剤及び非フッ素系多孔質シートの合計を100質量部としたときの、非フッ素系多孔質シートの含有量は、特に限定されないが、製造時にしわ発生を抑制し、プロトン伝導性電解質膜のハンドリング性を向上させる観点からは、例えば1.0質量部以上、1.5質量部以上、2.0質量部以上、2.1質量部以上、2.2質量部以上、2.5質量部以上、3.0質量部以上、3.5質量部以上、4.0質量部以上、4.5質量部以上、5.0質量部以上、5.5質量部以上、6.0質量部以上、6.5質量部以上、7.0質量部以上、7.5質量部以上、8.0質量部以上、8.5質量部以上、9.0質量部以上、9.5質量部以上、10.0質量部以上、12.0質量部以上、14.0質量部以上、16.0質量部以上、又は18.0質量部以上であってよく、また、プロトン移動が円滑に行われ、プロトンの伝導率を向上させる観点からは、例えば50.0質量部以下、40.0質量部以下、30.0質量部以下、又は20.0質量部以下であってよい。
【0116】
〈プロトン伝導性電解質膜の性質〉
(ヤング率)
本開示のプロトン伝導性電解質膜のヤング率は、0.10MPa超であることが好ましく、より具体的には、0.15MPa以上、0.25MPa以上、0.50MPa以上、0.70MPa以上、0.90MPa以上、1.0MPa以上、1.5MPa以上、1.8MPa以上、2.0MPa以上、2.2MPa以上、2.5MPa以上、2.8MPa以上、3.0MPa以上、3.5MPa以上、4.0MPa以上、4.5MPa以上、5.0MPa以上、5.3MPa以上、5.5MPa以上、6.0MPa以上、6.5MPa以上、7.0MPa以上、7.5MPa以上、7.9MPa以上、8.0MPa以上、8.5MPa以上、9.0MPa以上、9.5MPa以上、10.0MPa以上、11.0MPa以上、12.0MPa以上、13.0MPa以上、14.0MPa以上、15.0MPa以上、16.0MPa以上、17.0MPa以上、18.0MPa以上、19.0MPa以上、20.0MPa以上、25.0MPa以上、30.0MPa以上、又は35.0MPa以上であってよい。また、ヤング率の上限は、特に限定されず、例えば50.0MPa以下、又は40.0MPa以下であってよい。
【0117】
なお、プロトン伝導性電解質膜ヤング率は、例えば実施例で行われた「引張試験」から求めることができる。
【0118】
(形態)
本開示のプロトン伝導性電解質膜を形成するコポリマー及び可塑剤の組合せは、少なくとも50℃以上100℃以下の温度範囲において、粘弾性固体であることが好ましい。
【0119】
ここで、「粘弾性固体」は、粘性及び弾性を有する固体であって、流動性を示さず、かつ形状を維持する固体を意味している。より具体的には、この「粘弾性固体」である物質は、応力を加えて小さな変形を生じさせたときに、変形に対する応力が、変形直後に最大になり、かつ時間の経過とともに低下するものの、最終的に0ではない一定値となり、またその状態で変形させていた応力を取り除くと、変形が小さくなり、場合によっては元の形に戻る性質を有している。
【0120】
本開示のプロトン伝導性電解質膜では、可塑剤としてのプロトン供与性化合物がプロトンを供与してアニオン化し、かつBブロックのプロトン受容性基がプロトンを受容してカチオン化することによって、それらの間の静電気的相互作用によって可塑剤としてのプロトン供与性化合物がプロトン伝導性電解質膜に留まり、それによってプロトン伝導性電解質膜の全体として粘弾性固体の状態を維持できていると考えられる。このような粘弾性固体は、その特徴的な力学特性(柔軟性)によりプロトン伝導性電解質膜内での分子運動を促進し、それによってプロトン伝導性を促進していると考えられる。
【0121】
(膜厚)
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、成形加工性に優れ、ホットメルト法や溶媒キャスト法により製膜できることから、薄膜化することができる。
【0122】
したがって、本開示のプロトン伝導性電解質膜の膜厚は、例えば1.50mm以下、1.40mm以下、1.30mm以下、1.20mm以下、1.00mm以下、0.90mm以下、0.80mm以下、0.75mm以下、0.74mm以下、0.73mm以下、0.72mm以下、0.71mm以下、0.70mm以下、0.69mm以下、0.68mm以下、0.65mm以下、0.60mm以下、0.58mm以下、0.56mm以下、0.55mm以下、0.53mm以下、0.50mm以下、0.45mm以下、0.40mm以下、0.35mm以下、0.30mm以下、0.28mm以下、0.25mm以下、0.23mm以下、0.21mm以下又は0.20mm以下であることができる。また、この膜厚は、例えば0.05mm以上、又は0.10mm以上であってよい。
【0123】
(ガラス転移温度)
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、ブロック共重合体及び可塑剤を含むことにより、膜の全体として高い分子運動性を示す。プロトン伝導性電解質膜の高い分子運動性は、ガラス転移温度Tgが低いことによって評価することができる。
【0124】
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、導入されている可塑剤自身の分子運動性が高いことと並んで、第2の部分と可塑剤とからなる混合物としてのガラス転移温度Tgが低いことにより、低温においても分子運動性を維持することができ、したがって高いプロトン伝導性を得ることができる。プロトン伝導性電解質膜のガラス転移温度Tgは、プロトン伝導性電解質膜の使用温度の下限値以下であることが好ましく、例えば、室温未満、5℃未満、2℃以下、0℃以下、-20℃以下、-40℃以下、-60℃以下、-65℃以下、-70℃以下、-75℃以下、-80℃以下、-84℃以下、-85℃以下、又は-85℃未満であってもよい。
【0125】
なお、本明細書におけるガラス転移温度Tgは、10℃/分の昇温速度で測定して得られたDSC曲線に基づいて、JIS K 7121:2012に準拠して得られた値である。
【0126】
(プロトン伝導率)
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、低湿又は無水環境下で高いプロトン伝導率を示す。本開示のプロトン伝導性電解質膜のプロトン伝導率は、50℃の低湿又は無水環境下において0.003S/cm以上であってよい。この値は、例えば、0.0032S/cm以上、0.005S/cm以上、0.010S/cm以上、0.014S/cm以上、0.015S/cm以上、0.016S/cm以上、0.017S/cm以上、0.020S/cm以上、0.024S/cm以上、0.030S/cm以上、0.033S/cm以上、0.040S/cm以上、0.045S/cm以上、0.047S/cm以上、0.050S/cm以上、0.052S/cm以上、又は0.060S/cm以上であってよい。
【0127】
また、本開示のプロトン伝導性電解質膜のプロトン伝導率は、80℃の低湿又は無水環境下において、例えば、0.010S/cm以上、0.015S/cm以上、0.019S/cm以上、0.020S/cm以上、0.024S/cm以上、0.027S/cm以上、0.029S/cm以上、0.030S/cm以上、0.035S/cm以上、0.040S/cm以上、0.043S/cm以上、0.046S/cm以上、0.048S/cm以上、0.050S/cm以上、0.059S/cm以上、0.060S/cm以上、0.063S/cm以上、0.070S/cm以上、0.076S/cm以上、0.080S/cm以上、0.082S/cm以上、0.090S/cm以上、0.093S/cm以上、又は0.100S/cm以上であってよい。
【0128】
更に、本開示のプロトン伝導性電解質膜のプロトン伝導率は、120℃の低湿又は無水環境下において、例えば、0.050S/cm以上、0.060S/cm以上、0.062S/cm以上、0.070S/cm以上、0.075S/cm以上、0.080S/cm以上、0.085S/cm以上、0.088S/cm以上、0.097S/cm以上、0.100S/cm以上、0.120S/cm以上、0.130S/cm以上、0.140S/cm以上、0.150S/cm以上、0.160S/cm以上、0.170S/cm以上、又は0.200S/cm以上であってよい。
【0129】
(水含有率)
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、膜中に水を含有しない場合でも、高いプロトン伝導率を示す。したがって、プロトン伝導性電解質膜の水含有率は、膜の全質量を100質量部としたときに、例えば、10質量部以下、5質量部以下、1質量部以下、0.1質量部以下、0.01質量部以下、又は0.001質量部以下であってよい。
【0130】
〈プロトン伝導性電解質膜の作製〉
本開示のプロトン伝導性電解質膜は、例えば、共有結合で繋がれている第1の部分及び第2の部分を有するコポリマーに可塑剤を導入することによって、作製することができる。
【0131】
以下では、コポリマーとしてA-B-A型のブロック共重合体を用いた、本開示のプロトン伝導性電解質膜を例として、その作製方法について説明する。
【0132】
まず、Aブロックを構成するための単位モノマーを重合させ、Aブロックの前駆体であるポリマーを合成する。次に、Bブロックを構成するための単位モノマーをAブロックの前駆体であるポリマーに重合させることによって、A-B-A型のブロック共重合体を作製する。そして、A-B-A型のブロック共重合体を作成する際に用いられる溶媒等を除去して、ブロック共重合体の膜を得る。ここで、溶媒を除去する手段としては、特に限定されず、例えば室温又は加熱による蒸発であってよい。また、適宜乾燥等の操作を加えてもよい。
【0133】
次に、ブロック共重合体の膜に可塑剤を導入する。ここで、可塑剤の導入は、特に限定されず、例えば以下に示す方法(i)~(ii)によって行うことができる。
【0134】
(i)可塑剤を溶媒中に溶解又は分散させて、可塑剤の溶液又は分散液を調製すること。ここで、用いる溶媒は、ブロック共重合体及び可塑剤との親和性が高く、かつ強酸に安定な極性溶媒から選択されてよく、また、比較的容易に蒸発するものが好ましい。例えば溶媒としては、メタノール又はエタノール等アルコール系溶媒、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、又はテトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒等が挙げられるが、これらに限定されない。また、ここでの溶媒の使用量は、可塑剤及びブロック共重合体の膜の合計100質量部に対して、例えば、500質量部以上、750質量部以上、1,000質量部以上、1,250質量部以上、又は1,500質量部以上であってよく、例えば、5,000質量部以下、4,500質量部以下、4,000質量部以下、3,500質量部以下、又は3,000質量部以下であってよい。
【0135】
(ii)ブロック共重合体の膜を、上記(i)で調製した可塑剤の溶液又は分散液中に浸漬させて、そして、溶媒を除去することによって、本開示のプロトン伝導性電解質膜を得ることができる。ここで、溶媒を除去する手段としては、特に限定されず、例えば室温又は加熱による蒸発であってよい。また、適宜に乾燥等の操作を加えてもよい。
【0136】
〈燃料電池〉
本開示の燃料電池は、本開示のプロトン伝導性電解質膜を有する。特に本開示の燃料電池は、燃料流路を有する燃料極側セパレータ、燃料極側触媒層、本開示のプロトン伝導性電解質膜、空気極側触媒層、及び空気流路を有する空気極側セパレータがこの順で積層された積層体を有する。また特に本開示の燃料電池は、燃料流路を有する燃料極側セパレータ、燃料極側ガス拡散層、燃料極側触媒層、本開示のプロトン伝導性電解質膜、空気極側触媒層、空気極側ガス拡散層、及び空気流路を有する空気極側セパレータがこの順で積層された積層体を有する。
【実施例
【0137】
以下、本開示について実施例の形式で詳細に説明する。以下の実施例は、本開示の用途を何ら限定するものではない。
【0138】
《実施例1》
〈実施例1のプロトン伝導性電解質膜の作製〉
実施例1では、下記スキーム1にしたがって、ABAトリブロック共重合体として、30%程度の比較的大きなポリスチレン体積分率(以下、φとも称する。)を有するポリスチレン-b-ポリ(4-ビニルピリジン)-b-ポリスチレン(以下、「SPSトリブロック共重合体」とも称する。)を合成し(第1の工程)、このSPSトリブロック共重合体膜(単に「SPS膜」とも称する。)を硫酸(HSO)で膨潤させることによって、実施例1のプロトン伝導性電解質膜を作製した(第2の工程)。
【0139】
なお、「SPS」との文言において、両端の「S」は、ポリスチレンの略号であり、「S」はプロトン受容性基を有さず、プロトン伝導性電解質膜の使用温度において、相互に凝集してガラス状態のドメインを形成しており、すなわち本開示でいう「Aブロック」である。また、中央の「P」は、ポリ(4-ビニルピリジン)の略号であり、プロトン受容性基を有するポリマーであり、すなわち本開示でいう「Bブロック」である。
【0140】
【化3】
【0141】
(1)第1の工程
(工程1-1)
塩基性アルミナを充填したカラムに未精製のスチレンモノマーを通すことで、スチレンモノマーを精製した。この精製したスチレンモノマー、RAFT剤、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を、それぞれ90.6g(0.869mol)、502mg(0.906mmol)、17.1mg(0.104mmol)ずつ量り取り、コック付き丸底フラスコ内で混合させることによって溶液を調製した。そして、窒素ガスで30分間バブリングを行い、常圧でオイルバスを用いて130℃において、500rpmで攪拌させながら重合を行った。8時間後にフラスコを液体窒素中に漬けることで重合反応を完全に停止させた。
【0142】
なお、RAFT剤としては、トリチオ炭酸ビス{4-[エチル-(2-ヒドロキシエチル)カルバモイル]ベンジル}を使用した。また、スチレンモノマーとRAFT剤とのモル比は、およそ959:1であった。
【0143】
上記の反応溶液にテトラヒドロフラン(THF)を添加し、約8質量%のポリマー溶液を調製した。このポリマー溶液を約2000mLのメタノール中に滴下して、粉末状のポリマー(粗ポリスチレン)を析出させた。得られたポリマーを吸引濾過して分離し、真空乾燥によって十分に乾燥させた後に、再びTHF中に溶解させ、メタノール中に滴下してポリマーを析出させた。ポリマーを析出させる作業を計3回行い、未反応のモノマーや低分子オリゴマーを除去し、精製したポリスチレンを得た。
【0144】
この精製したポリスチレンを重クロロホルムに溶解して約2質量%の溶液を調製し、プロトン核磁気共鳴分光(H-NMR)法により平均重合度を決定した。平均重合度は240、平均分子量は約2.5万であった。
【0145】
この精製したポリスチレンをN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に溶解して約0.3質量%の溶液を調製し、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により分子量分布(Mw/Mn)を決定した。分子量較正用に標準ポリスチレンを用いた。その結果、Mw/Mn=1.15であった。なお、溶出液はDMF、流速は1mL/minとし、東ソー(株)製のTSK-GELカラム4000HHRを3本連結させた状態で測定を行った。
【0146】
(工程1-2)
上述した工程1-1で得られた精製ポリスチレンは、中央部にRAFT剤残基が導入されているため、これをマクロRAFT剤(分子量の大きなRAFT剤であるので、「マクロRAFT剤」と呼ぶ。)として、4-ビニルピリジンモノマーとの重合を行った。
【0147】
より具体的には、4-ビニルピリジンモノマーは、塩基性アルミナを通すことで精製した。精製した4-ビニルピリジンモノマー、マクロRAFT剤、AIBNを、それぞれ19.8g(0.188mol)、1.37g(0.0548mmol)、19.5mg(0.119mmol)ずつ量り取り、コック付き丸底フラスコ内で混合させることで溶液を調製した。そして窒素ガスで60分間バブリングを行い、常圧でオイルバスを用いて70℃、500rpmにおいて攪拌させながら重合を行った。1時間5分後にフラスコを液体窒素中に漬けることで重合反応を完全に停止させた。
【0148】
なお、4-ビニルピリジンモノマーとマクロRAFT剤とのモル比は、おおよそ3430:1であった。
【0149】
上記の反応溶液にクロロホルムを添加し、約8質量%のポリマー溶液を調製した。このポリマー溶液を約800mLのヘキサン中に滴下して、粉末状の粗SPSトリブロック共重合体を析出させた。得られたポリマーを吸引濾過して分離し、真空乾燥によって十分に乾燥させた後に、再びクロロホルム中に溶解させ、ヘキサン中に滴下してポリマーを析出させた。ポリマーを析出させる作業を計3回行い、未反応のモノマーや低分子オリゴマーを除去し、精製したSPSトリブロック共重合体を得た。なお、実施例1の精製したSPSトリブロック共重合体を「SPS-1」とも称する。
【0150】
SPS-1を重クロロホルムに溶解して約2質量%の溶液を調製し、H-NMR法により平均重合度を決定した。Aブロック成分の合計の平均重合度は240、Bブロック成分鎖の平均重合度は640であり、全体の数平均分子量は約9.2万であった。
【0151】
ポリスチレンの密度は1.05g/cm、ポリ(4-ビニルピリジン)の密度は1.17g/cmであることから、SPS-1におけるポリスチレンの体積分率は29%であった。
【0152】
また、SPS-1をDMFに溶解して約0.5質量%の溶液を調製し、GPCによりMw/Mnを決定したところ、Mw/Mn=1.56であった。なお、溶出液はDMF、流速は1mL/minとし、東ソー(株)製のTSK-GELカラムG4000HHRを3本連結させた状態で測定を行った。
【0153】
(3)第2工程
上記で得られたSPS-1約0.6gを、ピリジン溶媒約6gに溶解させた。この溶液をポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと称する)製ビーカー(内径4.3cm)に注ぎ、50℃で約2日間静置させることで揮発性溶媒(ピリジン)を蒸発させた。その後、真空乾燥器を用いて50℃で約1日間乾燥させることで揮発性溶媒を完全に除去し、SPS-1膜を得た。
【0154】
SPS-1膜のナノ構造を観察するために透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行った。ミクロトーム法により、SPS-1膜から超薄切片(厚さ約80nm)を作製した。ヨウ素(I)の蒸気を用いて超薄切片のP成分を染色し、加速電圧120kVにてTEM観察(装置:JEOL JEM-1400)を行った。得られたTEM像を図4に示す。Iで蒸気染色しているため、S相に明るい、P相に暗いコントラストがついており、SPS-1膜はラメラ構造を有していることが分かった。
【0155】
なお、SPS-1膜の詳細な分子特性については、下記の表1に示す。
【0156】
濃硫酸(98%)0.140gをメタノール1.24gに溶解した溶液をPTFE製容器(内径4.3cm)に注ぎ、その溶液中にSPS-1膜49.2mgを浸漬させ、50℃で約2日間静置させることで揮発性溶媒(メタノール)を蒸発させた。その後、真空乾燥器を用いて50℃で約1日間乾燥させることで揮発性溶媒を完全に除去し、SPS-1膜をHSOで膨潤させたSPS-1/HSO膜0.189g(厚さ0.56mm)を実施例1のプロトン伝導性電解質膜として得た。膨潤時、HSOはSPS-1のP成分のみに浸透するために、膨潤後のSPS-1/HSO膜の相分離界面形態、すなわちモルフォロジーは膨潤前のSPS-1膜のラメラ構造から変化しないと考えられる。
【0157】
なお、実施例1のプロトン伝導性電解質膜では、SPS-1とHSOの重量比は26:74であり、ピリジル基(すなわち、ピリジン環基)に対する硫酸のモル比は4.3であった。
【0158】
〈評価〉
(目視による評価)
実施例1で得られたプロトン伝導性電解質膜は、図5の写真に示されているように自重や接触時に加わる荷重程度では試料変形を生じにくく、自立性を有しており、高粘着質でもないことが分かった。それゆえ、ハンドリング性も良好であり、大面積の膜を比較的容易に作製することができる。
【0159】
(交流インピーダンス測定)
厚さ0.1mmの白金網を電極として用い、実施例1のプロトン伝導性電解質膜の試料に対して交流インピーダンス測定を行った。
【0160】
電極間距離を0.70cmとして対向配置した一対の電極間に、短冊状に切り取った実施例1のプロトン伝導性電解質膜の試料(厚さ0.56mm、幅1.25mm、長さ10mm)を挟み込んだ。電極間に挟み込んだ試料を自然対流式恒温乾燥器中に入れて、温度120℃、相対湿度が実質0%RHの条件下で1時間以上乾燥させた。なお、温度、相対湿度の測定にはプロフェッショナル温湿度計testo635-2(テストー社製)を用いた。
【0161】
FRA(周波数特性分析)オプション付きのポテンショ/ガルバノスタット VERSASTAT 4-400(Prinston Applied Research社製)を用いて、電圧80mV、周波数を10Hzから10Hzの範囲で変化させて、無加湿条件下で交流インピーダンス測定を行った。抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値を読み取ったところ、8.3×10Ωであった。
【0162】
そして、下記数式(1)によってこのプロトン伝導性電解質膜の試料のプロトン伝導率を求めたところ、0.12S/cmであった。この結果は、加湿したナフィオン(登録商標)膜に匹敵する非常に高いプロトン伝導率である。
プロトン伝導率=電極間距離/(膜の厚さ×膜の幅×抵抗値) (1)
【0163】
次いで、測定条件を温度110℃、相対湿度が実質0%RHで交流インピーダンス測定を行ったところ、抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値は9.1×10Ωであり、プロトン伝導率は0.11S/cmであり、高いプロトン伝導率を示した。
【0164】
また、測定条件を温度95℃、相対湿度2.3%RHで交流インピーダンス測定を行ったところ、抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値は1.2×10Ωであり、プロトン伝導率は0.085S/cmであった。
【0165】
また、測定条件を温度80℃、相対湿度2.4%RHで交流インピーダンス測定を行ったところ、抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値は1.6×10Ωであり、プロトン伝導率は0.063S/cmであった。
【0166】
また、測定条件を温度50℃、相対湿度3.0%RHで交流インピーダンス測定を行ったところ、抵抗値の絶対値がほぼ一定となる周波数領域における抵抗値は3.0×10Ωであり、プロトン伝導率は0.033S/cmであった。
【0167】
実施例1のプロトン伝導率の測定結果は、下記の表2及び図6に示されており、図6中では黒丸と実線で表されている。
【0168】
図6に示されているように、実施例1のプロトン伝導性電解質膜は、温度の上昇に伴ってプロトン伝導率が大きくなる傾向が見られた。これは、温度の上昇に伴って擬流動状態のプロトン伝導混合相の分子運動性が上がり、その結果プロトン伝導性が向上したことによると考えられる。
【0169】
(引張試験)
実施例1のプロトン伝導性電解質膜の試料を打抜き刃型で打ち抜き、4mm幅のドッグボーン型試験片を作製した。試験片の厚さは約0.56mmであった。測定装置として島津製作所製のAGS-X、50Nロードセル、50Nクリップ式つかみ具を用い、つかみ具間距離約4.0mm、初期歪み速度0.33/s(引張速度1.3mm/s)にて行った。
【0170】
実施例1のプロトン伝導性電解質膜の試料の引張試験の結果では、ヤング率、破断歪み、引張強度、応力-歪み曲線の内面積値(材料の丈夫さの指標)はそれぞれ、7.9MPa、130%、2.2MPa、2.0MJ/mであった。この結果は、下記の表3及び図7にも示されており、図7中では実線で表されている。
【0171】
なお、図7中の「×」印は、破断点を表している。
【0172】
また、ヤング率は応力-ひずみ曲線の初期勾配(ひずみ10%以内)、最大応力は応力の最大値、破断伸びは破断が生じたときの伸びより求めた。
【0173】
《比較例1》
〈比較例1のプロトン伝導性電解質膜の作製〉
比較例1では、スチレンモノマーの量及び4-ビニルピリジンモノマーの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にして、φが比較的小さいSPSトリブロック共重合体(数平均分子量17.5万、Mw/Mn=1.95、φ=7%、以下、「SPS-2」と称する)を合成し、SPS-2膜を調製した。
【0174】
実施例1と同様にしてSPS-2膜のナノ構造をTEMで観察したところ、図8に示す像が得られ、SPS-2膜はスフェア構造を有していることが分かった。
【0175】
SO及びメタノールの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にして、SPS-2膜をHSOで膨潤させ、プロトン伝導性電解質膜(「SPS-2/HSO膜」とも称する、厚さ0.50mm)を作製した。なお、SPS-2とHSOの重量比は21:79であり、ピリジル基に対する硫酸のモル比は4.2で、そのモル比が実施例1とほぼ等しいものを得た。膨潤時、HSOはSPS-2のP成分のみに浸透するために、膨潤後のSPS-2/HSO膜のモルフォロジーは膨潤前のSPS-2膜のスフェア構造から変化しないと考えられる。
【0176】
〈評価〉
(目視による評価)
比較例1で得られたプロトン伝導性電解質膜は、図9の写真に示されているように、柔らかいために自重で試料変形を生じ、自立性が低く、高粘着質であった。それゆえ、ハンドリング性は比較的悪く、大面積の膜は取り出しにくく、取り扱いにくいものである。
【0177】
(交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定を実施例1と同様に行い、無加湿下でのプロトン伝導率を測定した。測定結果は表2及び図6に示す。図6中では×と点線で表されている。無加湿条件下かつ50~120℃の温度の領域において、比較例1の膜は0.052~0.17S/cmの伝導率を示した。
【0178】
この結果から、実施例1のプロトン伝導性電解質膜は、比較例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて遜色ない高いプロトン伝導率を示すことが分かった。
【0179】
(引張試験)
比較例1のプロトン伝導性電解質膜の試料に対して、実施例1と同様にして引張試験を行った。比較例1のプロトン伝導性電解質膜の試料のヤング率、破断歪み、引張強度、応力-歪み曲線の内面積値はそれぞれ、0.002MPa、77%、0.01MPa、0.004MJ/mであり、比較例1のプロトン伝導性電解質膜は、φが大きいSPS-1を用いた実施例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて、ヤング率や、引張強度はそれぞれ3950分の1、220分の1倍程度低いことが分かった。比較例1の結果は、表3及び図7に示されており、図7中では点線で表されている。
【0180】
実施例1のプロトン伝導性電解質膜が比較例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて高いヤング率や引張強度を示したのは、SPS-1が形成するラメラ構造におけるS成分の板状ハードドメインは、SPS-2が形成するスフェア構造におけるS成分の球状ハードドメインと比べて高い連続性を示すためと考えられる。
【0181】
比較例1のプロトン伝導性電解質膜は、その低いヤング率のために、高粘着質で接触時に生じる荷重で容易に大きく変形し、ハンドリング性が悪かった。
【0182】
その一方で、実施例1のプロトン伝導性電解質膜は、比較例1のプロトン伝導性電解質膜よりも高く、0.1MPaを超えるヤング率を有するため、粘着性が比較的低く、接触時に生じる荷重程度では容易には変形せず、ゆえにハンドリング性が比較的良好であったと考えられる。
【0183】
《実施例2》
実施例2では、スチレンモノマーの量及び4-ビニルピリジンモノマーの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にして、SPSトリブロック共重合体(数平均分子量7.3万、Mw/Mn=1.42、φ=16%、以下、「SPS-3」と称する)を合成し、SPS-3膜を調製した。
【0184】
実施例1と同様にしてSPS-3膜のナノ構造をTEMで観察したところ、図10に示す像が得られ、SPS-3膜はシリンダー構造を有していることが分かった。
【0185】
SO及びメタノールの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にして、SPS-3膜をHSOで膨潤させ、プロトン伝導性電解質膜(「SPS-3/HSO膜」とも称する、厚さ0.53mm)を作製した。なお、SPS-3とHSOの重量比は20:80であり、ピリジル基に対する硫酸のモル比は5.0で、SPSとHSOの重量比が比較例1とほぼ等しいものを得た。膨潤時、HSOはSPS-3のP成分のみに浸透するために、膨潤後のSPS-3/HSO膜のモルフォロジーは膨潤前のSPS-3膜のシリンダー構造から変化しないと考えられる。
【0186】
〈評価〉
(目視による評価)
実施例2で得られたプロトン伝導性電解質膜は、自重や接触時に加わる荷重による試料変形を生じにくく、高粘着質でもないことが分かった。それゆえ、ハンドリング性も比較的良好であった。このようなプロトン伝導性電解質膜の特性ゆえに、大面積の膜を比較的容易に作製することが可能である。
【0187】
(交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定を実施例1と同様に行い、無加湿下でのプロトン伝導率を測定した。測定結果は表2及び図6に示す。図6中では黒四角と破線で表されている。無加湿条件下かつ50~120℃の温度の領域において、実施例2のプロトン伝導性膜は0.047~0.14S/cmの伝導率を示し、比較例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて遜色ない高いプロトン伝導率を示すことが分かった。
【0188】
(引張試験)
実施例2のプロトン伝導性電解質膜の試料に対して、実施例1と同様にして引張試験を行った。実施例2のプロトン伝導性電解質膜の試料のヤング率、破断歪み、引張強度、応力-歪み曲線の内面積値はそれぞれ、0.18MPa、114%、0.22MPa、0.14MJ/mであり、実施例2のプロトン伝導性電解質膜は、φが小さいSPS-2を用いた比較例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて、ヤング率や引張強度はそれぞれ90、22倍程度高いことが分かった。この結果は、表3及び図7にも示されており、図7中では破線で表されている。
【0189】
実施例2のプロトン伝導性電解質膜が比較例1のプロトン伝導性電解質膜よりも高い力学特性を示したのは、SPS-3が形成するシリンダー構造におけるS成分の柱状ハードドメインは、SPS-2が形成するスフェア構造におけるS成分の球状ハードドメインと比べて高い連続性を示したためと考えられる。
【0190】
実施例2のプロトン伝導性電解質膜は、比較例1のプロトン伝導性電解質膜よりも2桁程度高いヤング率を有するため、比較例1の膜と比べて粘着性が低く、接触時に生じる荷重による変形が生じにくいためにハンドリング性が比較的良好であったと考えられる。
【0191】
《実施例3》
実施例3では、スチレンモノマーの量及び4-ビニルピリジンモノマーの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にしてSPSトリブロック共重合体(数平均分子量7.9万、Mw/Mn=1.51、φ=44%、以下、「SPS-4」と称する)を合成し、SPS-4膜を調製した。
【0192】
実施例1と同様にしてSPS-4膜のナノ構造をTEMで観察したところ、図11に示す像が得られ、SPS-4膜はラメラ構造を有していることが分かった。
【0193】
SO及びメタノールの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にして、SPS-4膜をHSOで膨潤させ、プロトン伝導性電解質膜(「SPS-4/HSO膜」とも称する、厚さ0.53mm)を作製した。なお、SPS-4とHSOの重量比は28:72であり、ピリジル基に対する硫酸のモル比は4.7であった。膨潤時、HSOはSPS-4のP成分のみに浸透するために、膨潤後のSPS-4/HSO膜のモルフォロジーは膨潤前のSPS-4膜のラメラ構造から変化しないと考えられる。
【0194】
〈評価〉
(目視による評価)
実施例3で得られたプロトン伝導性電解質膜は、自重や接触時に加わる荷重程度では試料変形を生じにくく、自立性を有しており、高粘着質でもないことが分かった。それゆえ、ハンドリング性も良好であった。このようなプロトン伝導性電解質膜の特性ゆえに、大面積の膜を比較的容易に作製することも可能である。
【0195】
(交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定を実施例1と同様に行い、無加湿下でのプロトン伝導率を測定した。測定結果は表2及び図3に示す。図3中では黒三角と鎖線で表されている。無加湿条件下かつ50~120℃の温度の領域において、実施例3のプロトン伝導性電解質膜は0.031~0.097S/cmの伝導率を示し、比較例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて遜色ない高いプロトン伝導率を示すことが分かった。
【0196】
(引張試験)
実施例3のプロトン伝導性電解質膜の試料に対して、実施例1と同様にして引張試験を行った。実施例3のプロトン伝導性電解質膜の試料のヤング率、破断歪み、引張強度、応力-歪み曲線の内面積値はそれぞれ、35MPa、19%、4.5MPa、0.69MJ/mであり、実施例3のプロトン伝導性電解質膜は、φが小さいSPS-2を用いた比較例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて、破断歪みは小さかったが、ヤング率や引張強度はそれぞれ17500、450倍程度高いことが分かった。この結果は、表3及び図7にも示されており、図7中では鎖線で表されている。
【0197】
実施例3のプロトン伝導性電解質膜が比較例1プロトン伝導性電解質膜よりも高いヤング率や引張強度を示したのは、SPS-4が形成するラメラ構造におけるS成分の板状ハードドメインは、SPS-2が形成するスフェア構造におけるS成分の球状ハードドメインと比べて高い連続性を示すためと考えられる。
【0198】
実施例3のプロトン伝導性電解質膜は、比較例1のプロトン伝導性電解質膜よりも4桁以上高いヤング率(1MPa以上)を有するため、比較例1の膜と比べて粘着性が低く、接触時に生じる荷重による変形が生じにくく、ゆえにハンドリング性が良好であった。
【0199】
《実施例4》
実施例4では、スチレンモノマーの量及び4-ビニルピリジンモノマーの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にして、SPSトリブロック共重合体(数平均分子量17.1万、Mw/Mn=1.54、φ=21%、以下、「SPS-5」と称する)を合成し、SPS-5膜を調製した。SPS-5はその組成からシリンダー構造のモルフォロジーを形成していると予想される。
【0200】
SO及びメタノールの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にしてSPS-5膜をHSOで膨潤させ、プロトン伝導性電解質膜(「SPS-5/HSO膜」とも称する、厚さ0.74mm)を作製した。なお、SPS-5とHSOの重量比は23:77であり、ピリジル基に対する硫酸のモル比は4.5であった。膨潤時、HSOはSPS-5のP成分のみに浸透するために、膨潤後のSPS-5/HSO膜のモルフォロジーは膨潤前から変化しないと考えられる。
【0201】
〈評価〉
(目視による評価)
実施例4で得られたプロトン伝導性電解質膜は、自重や接触時に加わる荷重による試料変形を生じにくく、高粘着質でもないことが分かった。それゆえ、ハンドリング性も良好であった。このようなプロトン伝導性電解質膜の特性ゆえ、大面積の膜を比較的容易に作製することができる。
【0202】
(交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定を実施例1と同様に行い、無加湿下でのプロトン伝導率を測定した。測定結果は表2及び図12に示す。図12中では黒丸と実線で表されている。無加湿条件下かつ80~120℃の温度の領域において、実施例4のプロトン伝導性電解質膜は0.050~0.10S/cmの伝導率を示し、比較例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて遜色ない高いプロトン伝導率を示すことが分かった。
【0203】
〈評価〉
(目視による評価)
実施例4のプロトン伝導性電解質膜は、接触時に生じる荷重による変形が生じにくいためにハンドリング性が比較的良好であった。
【0204】
(引張試験)
実施例4のプロトン伝導性電解質膜の試料に対して、実施例1と同様にして引張試験を行った。実施例4のプロトン伝導性電解質膜の試料のヤング率、破断歪み、引張強度、応力-歪み曲線の内面積値はそれぞれ、0.90MPa、264%、0.61MPa、1.2MJ/mであり、実施例4のプロトン伝導性電解質膜は、φが小さいSPS-2を用いた比較例1のプロトン伝導性電解質膜と比べて、ヤング率や引張強度はそれぞれ450、61倍程度高いことが分かった。この結果は、表3及び図7にも示されており、図7中では二点鎖線で表されている。
【0205】
実施例4のプロトン伝導性電解質膜が比較例1プロトン伝導性電解質膜よりも高いヤング率や引張強度を示したのは、SPS-5のφが21%と大きく、シリンダー構造を形成しているためと考えられ、S成分の柱状ハードドメインは、SPS-2が形成するスフェア構造におけるS成分の球状ハードドメインと比べて高い連続性を示すためと考えられる。
【0206】
実施例4のプロトン伝導性電解質膜は、比較例1のプロトン伝導性電解質膜よりも2桁以上高いヤング率を有するため、比較例1の膜と比べて粘着性が低く、接触時に生じる荷重による変形が生じにくいためにハンドリング性が比較的良好であった。
【0207】
《実施例5》
実施例5では、実施例4で合成したSPS-5と、非フッ素系の炭化水素系高分子であるポリプロピレン樹脂の不織布(繊維の太さが約0.02mm、厚さが0.18mmであり、使い捨てマスク等で使用されている不織布である。以下、「PP不織布」とも称する)とのハイブリッド膜(以下、単に「SPS-5/PP不織布膜」とも称する。)を調製した。その後、SPS-5/PP不織布膜をHSOで膨潤させることによって、実施例5のプロトン伝導性電解質膜を作製した。
【0208】
実施例4で得られたSPS-5を1.21gとり、ピリジン溶媒約12gに溶解させた。この溶液を4cm角のシリコーン製カップに注いだ。24.6mgのPP不織布(厚さ0.18mm)をその溶液中に沈め、50℃で約2日間静置させることで揮発性溶媒(ピリジン)を蒸発させた。その後、真空乾燥器を用いて50℃で約1日間乾燥させることで揮発性溶媒を完全に除去し、この後、不織布を含まないSPS-5のみからなる膜の一部部分を切り除いてSPS-5/PP不織布膜(重量比94.4/5.6)を得た。
【0209】
SO及びメタノールの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にしてSPS-5/PP不織布膜をHSOで膨潤させ、プロトン伝導性電解質膜(「SPS-5/PP不織布/HSO膜」とも称する、厚さ1.5mm)を作製した。
【0210】
なお、実施例5のプロトン伝導性電解質膜では、SPS-5とHSOの重量比は22:78であり、ピリジル基(すなわち、ピリジン環基)に対する硫酸のモル比は4.6であった。また、SPS-5とPP不織布とHSOの重量比は22:1.3:77であった。
【0211】
〈評価〉
(目視による評価)
実施例5で得られたプロトン伝導性電解質膜は、不織布を含んでいても均質性は悪くなく、高粘着質でもないことが分かった。また、自重や接触時に加わる荷重程度では試料変形を生じにくく、ハンドリング性も良好であった。
【0212】
(交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定を実施例1と同様に行い、無加湿下でのプロトン伝導率を測定した。測定結果は表2及び図12に示す。図12中では黒菱形と二点鎖線で表されている。無加湿条件下かつ80~120℃の温度の領域において、実施例5のプロトン伝導性電解質膜は0.029~0.062S/cmの伝導率を示し、0.01S/cm以上の比較的高いプロトン伝導率を示すことが分かった。
【0213】
《実施例6》
実施例6では、実施例4で用いたSPS-5と、ポリスチレンホモポリマー(以下、単に「Sホモポリマー」とも称する。)との混合膜(以下、単に「SPS-5/Sホモポリマー膜」とも称する。)を調製した。なお、Sホモポリマーは実施例1の工程1-1と同様にしてRAFT重合により合成され、その数平均分子量は1.4万、Mw/Mn=1.12であった。その後、SPS-5/Sホモポリマー膜をHSOで膨潤させることによって、実施例6のプロトン伝導性電解質膜を作製した。
【0214】
より具体的には、実施例4で得られたSPS-5を0.253gとり、ピリジン溶媒約2.5gに溶解させた。また、Sホモポリマーを0.0130gとり、ピリジン溶媒約0.13gに溶解させた。これらの溶液を混合した後、4cm×2cmのPTFE製カップに混合した溶液を注ぎ、50℃で約2日間静置させることで揮発性溶媒(ピリジン)を蒸発させた。その後、真空乾燥器を用いて50℃で約1日間乾燥させることで揮発性溶媒を完全に除去し、SPS-5/Sホモポリマー膜(重量比95.1/4.9)を得た。このSPS-5/Sホモポリマー膜におけるφは24%であった。
【0215】
SO及びメタノールの量を適宜変更した以外は実施例1と同様にしてSPS-5/Sホモポリマー膜をHSOで膨潤させ、プロトン伝導性電解質膜(「SPS-5/Sホモポリマー/HSO膜」とも称する、厚さ0.25mm)を作製した。
【0216】
なお、実施例6のプロトン伝導性電解質膜では、SPS-5とHSOの重量比は22:78、SPS-5とSホモポリマーとHSOの重量比は22:1.3:73であり、ピリジル基(すなわち、ピリジン環基)に対する硫酸のモル比は3.8であった。
【0217】
〈評価〉
(目視による評価)
実施例6で得られたプロトン伝導性電解質膜は、Sホモポリマーを含んでいても均質性は悪くなく、高粘着質でもないことが分かった。また、自重や接触時に加わる荷重程度では試料変形を生じにくく、ハンドリング性も良好であった。
【0218】
(交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定を実施例1と同様に行い、無加湿下でのプロトン伝導率を測定した。測定結果は表2及び図12に示す。図12中では黒四角と破線で表されている。無加湿条件下かつ50~120℃の温度の領域において、実施例6のプロトン伝導性電解質膜は0.017~0.088S/cmの伝導率を示し、0.01S/cm以上の比較的高いプロトン伝導率を示すことが分かった。
【0219】
《実施例7》
実施例7では、重量比をSPS-5/Sホモポリマー/HSO=28/2.8/69(SPS-5/Sホモポリマー=91/9、SPS-5/HSO=29/71)、ピリジル基に対する硫酸のモル比を4.5とした以外は実施例6と同様にして、SPS-5/Sホモポリマー/HSO膜(厚さ0.49mm)を実施例7のプロトン伝導性電解質膜として作製した。なお、SPS-5/Sホモポリマー膜のφは27%であった。
【0220】
〈評価〉
(目視による評価)
実施例7で得られたプロトン伝導性電解質膜は、Sホモポリマーを含んでいても均質性は悪くなく、高粘着質でもないことが分かった。また、自重や接触時に加わる荷重程度では試料変形を生じにくく、ハンドリング性も良好であった。
【0221】
(交流インピーダンス測定)
交流インピーダンス測定を実施例1と同様に行い、無加湿下でのプロトン伝導率を測定した。測定結果は表2及び図12に示す。図12中では黒三角と鎖線で表されている。無加湿条件下かつ50~120℃の温度の領域において、実施例7のプロトン伝導性電解質膜は0.016~0.085S/cmの伝導率を示し、0.01S/cm以上の比較的高いプロトン伝導率を示すことが分かった。
【0222】
なお、上記各実施例及び比較例で作製したプロトン伝導性電解質膜の基本構成は、下記表1に示す。
【0223】
【表1】
【0224】
【表2】
【0225】
【表3】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12