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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-25
(45)【発行日】2024-12-03
(54)【発明の名称】追跡装置
(51)【国際特許分類】
   G01S 17/66 20060101AFI20241126BHJP
   G01S 13/66 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
G01S17/66
G01S13/66
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021081239
(22)【出願日】2021-05-12
(65)【公開番号】P2022175094
(43)【公開日】2022-11-25
【審査請求日】2023-12-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】楠本 哲也
(72)【発明者】
【氏名】清水 辰吾
(72)【発明者】
【氏名】小川 高志
(72)【発明者】
【氏名】米田 雅樹
【審査官】梶田 真也
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-072858(JP,A)
【文献】特開2011-123551(JP,A)
【文献】特開2016-114988(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0035088(US,A1)
【文献】国際公開第2011/101945(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/113265(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/012575(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 1/72 - 1/82
G01S 3/80 - 3/86
G01S 5/18 - 7/64
G01S 13/00 - 17/95
G01C 21/00 - 21/36
G01C 23/00 - 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理サイクル毎に、車両の周囲に存在する物標の状態を観測するセンサから観測情報を取得するように構成された情報取得部(20:S100)と、
前記情報取得部により前記観測情報が取得された複数の観測点である観測点群のうち、予め設定された生成条件を満たす前記観測点について、前記観測情報の状態を確率的に示した状態分布を有する追跡子を生成するように構成された追跡子生成部(20:S180)と、
前回の処理サイクルまでに生成された前記追跡子である現存追跡子のそれぞれについて、前記現存追跡子が有する前記状態分布から、前記現存追跡子の今回の処理サイクルでの前記観測情報の状態を予測した前記状態分布である予測分布を生成するように構成された状態予測部(20:S110)と、
前記現存追跡子のそれぞれについて、前記状態予測部にて生成された前記予測分布、及び今回の処理サイクルで得られた前記観測点群の前記観測情報を用いて、前記現存追跡子が有する前記状態分布を更新するように構成された状態更新部(20:S130~S170)と、
を備え、
前記状態更新部は、
前記情報取得部にて取得された前記観測情報と前記予測分布が示す前記観測情報との距離に従って、前記現存追跡子のそれぞれに、前記観測点を排他的に割り当てるように構成された観測割当部(20:S130,S144)と、
対象追跡子毎に、対象観測点が対象物標を観測した結果であるとする第1の仮説、及び前記対象観測点が前記対象物標を観測した結果ではないとする第2の仮説を含む仮説群に属する仮説のそれぞれについて、前記仮説の尤度である仮説尤度、及び前記仮説が正しいと仮定して更新した前記状態分布である仮説分布を生成するように構成された仮説生成部(20:S310~S320)と、
を備え、
前記対象追跡子は、前記観測割当部により前記観測点が割り当てられた前記現存追跡子であり、前記第1の仮説は、対象観測点が対象物標を観測した結果であるとする仮説であり、前記第2の仮説は、前記対象観測点が前記対象物標を観測した結果ではないとする仮説であり、前記対象観測点は、前記対象追跡子に割り当てられた前記観測点であり、前記対象物標は、前記対象追跡子に対応づけられる物標である、
追跡装置。
【請求項2】
請求項1に記載の追跡装置であって、
前記状態更新部は、
前記仮説生成部にて前記仮説群に属する仮説毎に生成された前記仮説分布を、前記仮説尤度を用いた畳み込みによって統合することで、更新後の前記状態分布を生成するように構成された仮説統合部(20:S340~S350)を更に備える
追跡装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の追跡装置であって、
前記観測割当部は、前記現存追跡子のそれぞれに、前記観測点を最大で1つ割り当てるように構成された、
追跡装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の追跡装置であって、
前記追跡子のそれぞれについて、該追跡子に対応づけられる物標が存在するか否かの判定に用いる存在判定値を算出するように構成された判定値生成部(20:S110,S150,S180)と、
前記存在判定値が剪定閾値以下となる前記追跡子を除去するように構成された追跡子剪定部(20:S190)と、
を更に備える追跡装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の追跡装置であって、
前記観測割当部は、前記現存追跡子のそれぞれについて探査範囲を設定するように構成された範囲設定部(20:S120)を更に備え、
前記観測割当部は、前記探査範囲内に存在する前記観測点を割り当てるように構成された
追跡装置。
【請求項6】
請求項5に記載の追跡装置であって、
前記探査範囲内に存在する全ての前記観測点を用いて前記追跡子の状態を更新するように構成された精密更新部(20:S152~S154)と、
前記探査範囲が他と重複する前記追跡子については、前記状態更新部が適用され、前記探査範囲が他と重複しない前記追跡子については、前記精密更新部が適用されるように、前記追跡子を振り分けるように構成された振分部(20:S142)と、
を更に備える
追跡装置。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の追跡装置であって、
前記状態分布は、混合ガウス分布によって表される
追跡装置。
【請求項8】
請求項7に記載の追跡装置であって、
前記状態分布を表す前記混合ガウス分布の構成要素となる複数のガウス分布のそれぞれについて、前記ガウス分布の尤度である混合尤度を算出するように構成された混合尤度算出部(20:S354)と、
前記混合尤度が極大値剪定値以下となる前記ガウス分布を前記状態分布から除去する極大値剪定部(20:S195)と、
を更に備える追跡装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、物標を追跡する追跡装置に関する。
【背景技術】
【0002】
追跡中の物標候補を表す追跡子の状態を、観測点の情報を用いて逐次更新するトラッキングとして、NNトラッキング、及びRFSトラッキングが知られている。NNは、Nearest Neighborの略であり、RFSは、Random Finite Setの略である。
NNトラッキングでは、追跡子の状態の更新に、追跡子に最も近い1つの観測点の情報を用いる。RFSトラッキングでは、RFS追跡子から一定の範囲内にあるすべての観測点の情報を用いる。RFSトラッキングは、例えば、特許文献1に開示されている。
【0003】
RFSトラキングでは、複数の観測点それぞれの検知確率と、複数の追跡子それぞれの存在確率を用いて、複数の追跡子と複数の観測点との対応関係を表す複数の仮説を生成し、各仮説の尤度演算を行い、すべての仮説を考慮したトラッキングが実行される。また、各仮説に従って更新される追跡子の状態を、各仮説の尤度を用いて畳み込むことで、次回の処理サイクルに伝搬する仮説の数を削減する手法も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許出願公開第2019/0035088号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、発明者の詳細な検討の結果、RFSトラッキングでは、観測点や追跡子の数が増加するに従って仮説の数、ひいてはトラッキングに要する演算量、特に仮説の尤度の算出に要する演算量が指数関数的に増大する。その結果、RFSトラッキングは、リアルタイムでの処理が要求される車載の追跡装置等への適用が困難であるという課題が見出された。
【0006】
本開示の1つの局面は、トラッキングの精度を維持しつつ演算量を抑制する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の1つの局面は、追跡装置であって、情報取得部(20:S100)と、追跡子生成部(20:S180)と、状態予測部(20:S110)と、状態更新部(20:S130~S170)と、を備える。
【0008】
情報取得部は、処理サイクル毎に、車両の周囲に存在する物標の状態を観測するセンサから観測情報を取得するように構成される。追跡子生成部は、情報取得部により観測情報が取得された1つ以上の観測点である観測点群のうち、予め設定された生成条件を満たす観測点について、観測情報の状態を確率的に示した状態分布を有する追跡子を生成するように構成される。状態予測部は、前回の処理サイクルまでに生成された追跡子である現存追跡子のそれぞれについて、現存追跡子が有する状態分布から、現存追跡子の今回の処理サイクルでの観測情報の状態を予測した状態分布である予測分布を生成するように構成される。状態更新部は、現存追跡子のそれぞれについて、状態予測部にて生成された予測分布、及び今回の処理サイクルで得られた観測点群の観測情報を用いて、現存追跡子が有する状態分布を更新するように構成される。
【0009】
また、状態更新部は、観測割当部(20:S130,S144)と、仮説生成部(20:S310~S320)と、を備える。
観測割当部は、情報取得部にて取得された観測情報と予測分布が示す観測情報との距離に従って、現存追跡子のそれぞれに、観測点を排他的に割り当てるように構成される。仮説生成部は、対象追跡子毎に、第1の仮説、及び第2の仮説を含む仮説群に属する仮説のそれぞれについて、仮説の尤度である仮説尤度、及び仮説が正しいと仮定して更新した状態分布である仮説分布を生成するように構成される。第1の仮説は、対象観測点が対象物標を観測した結果であるとする仮説である。第2の仮説は、対象観測点が対象物標を観測した結果ではないとする仮説である。対象追跡子は、観測割当部により観測点が割り当てられた現存追跡子である。対象観測点は、対象追跡子に割り当てられた観測点である。対象物標は、対象追跡子に対応づけられる物標である。
【0010】
このような構成によれば、一つの観測点が複数の追跡子に割り当てられることがないため、追跡子と観測点との組み合わせの数、すなわち仮説の数が削減され、追跡処理の演算負荷を軽減できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】レーダシステムの構成を示すブロック図である。
図2】PMBフィルタによる処理の概要を示す説明図である。
図3】多数の追跡子及び観測点が存在する場合に処理の対象となる仮説が急激に増大することを示す説明図である。
図4】FMBフィルタにおいて処理の対象となる仮説を示す説明図である。
図5】FMBフィルタによる処理の概要を示す説明図である。
図6】第1実施形態における追跡処理を示すフローチャートである。
図7】探査範囲の設定の仕方を示す説明図である。
図8】第1実施形態における追跡子更新処理を示すフローチャートである。
図9】状態分布としてガウス分布を用いた場合に、追跡子更新処理によって状態分布が変化する様子を例示する説明図である。
図10】追跡処理に要する演算時間をシミュレーションにより算出した結果を、従来手法による結果と比較して示すグラフである。
図11】演算時間を処理の種類毎に算出した結果を、従来手法による結果と比較して示すグラフである。
図12】シミュレーションの条件を示すグラフである。
図13】第2実施形態における追跡処理を示すフローチャートである。
図14】探査範囲を利用した追跡子のグループ化を示す説明図である。
図15】探査範囲の重複がない追跡子において考慮する仮説を示す説明図である。
図16】第3実施形態における追跡処理を示すフローチャートである。
図17】第3実施形態における追跡子更新処理を示すフローチャートである。
図18】状態分布として混合ガウス分布を用いた場合に、追跡子処理によって状態分布が変化する様子を例示する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本開示の実施形態を説明する。
[1.第1実施形態]
[1-1.構成]
本実施形態のレーダシステム1は、車両に搭載され、当該レーダシステム1を搭載する車両の周囲に存在する種々の物標を検出するために用いられる。
【0013】
検知エリアは、例えば車両の前方に設定される。但し、検知エリアは、車両の前方に限定されるものではなく、車両の後方、右側方、左側方、右前方、右後方、左前方、左後方のいずれかが検知エリアとなるように一つ又は複数設定されてもよい。また、検知エリアが複数存在する場合、各検知エリアは互いに異なるように設定されてもよいし、検知エリアの一部が互いに重なり合うように設定されてもよい。
【0014】
図1に示すように、レーダシステム1は、レーダセンサ10と、追跡装置20とを備える。
レーダセンサ10は、検知エリアにレーザ光を照射し、反射光を受光することで、レーザ光を反射した点を表す観測点の位置情報を生成するLiDARが用いられる。LiDARは、Light Detection and Rangingの略である。但し、レーダセンサ10は、LiDARに限定されるものではなく、観測点の位置情報が得られればよく、ミリ波レーダ、超音波レーダ等であってもよい。
【0015】
検知エリアは、例えば車両の前方に設定される。但し、検知エリアは、車両の前方に限定されるものではなく、車両の後方、右側方、左側方、右前方、右後方、左前方、左後方のいずれかが検知エリアとなるように一つ又は複数設定されてもよい。検知エリアが複数存在する場合、検知エリア毎にレーダセンサ10を備えてもよい。各検知エリアは互いに重なり合うことがないように設定されてもよいし、検知エリアの一部が互いに重なり合うように設定されてもよい。検知エリアの範囲は、水平角度範囲θh及び垂直角度範囲θvによって規定される。
【0016】
レーダセンサ10は、検知エリア内を、水平方向には角度分解能Δθh、垂直方向には角度分解能Δθで走査する。すなわち、レーダセンサ10は、予め設定された処理サイクル毎に、検知エリア内に、(θh/Δθh)×(θv/Δθv)本の光線を照射し、光線毎に所定回のサンプリングを実施する。サンプリング間隔は、指定された距離分解能ΔRを満たすように設定される。つまり、レーダセンサ10は、最大検距離Rmaxを光が往復するのに要する時間を、サンプリング間隔で除した回数(すなわち、2×Rmax/c/ΔR回)のサンプリングを1秒間に実行する。
【0017】
そして、光線毎にサンプリングされた値によって示される波形から、ピーク閾値以上の信号強度を有するピークを抽出して、そのピークのサンプリングタイミング(すなわち距離)、照射した光線の水平角度及び垂直角度を用いて、観測点の位置情報を生成する。ピーク閾値は、所望のS/Nが得られるように設定される。位置情報は、必ずしも、距離、水平角度、垂直角度を用いた3次元の極座標系で表されている必要はなく、3次元の直交座標系で表されてもよい。
【0018】
追跡装置20は、CPU21と、RAM、ROM、フラッシュメモリ等の半導体メモリ(以下、メモリ22)とを有するマイクロコンピュータを備える。追跡装置20は、コプロセッサを備えてもよい。
【0019】
追跡装置20は、CPU21がメモリ22に記憶されたプログラムを実行することで、少なくとも追跡処理を実行する。
追跡処理は、レーダセンサ10から得られる観測点の位置情報に基づいて、検知エリア内に存在する物標に関する情報である物標情報を生成する。
【0020】
追跡処理によって生成された物標情報は、運転支援のために実施される種々の処理や、レーダセンサ10の軸ずれを推定する処理等に用いられる。運転支援には、例えば、車間距離制御(すなわち、ACC)、車線維持支援(すなわち、LKA)、車線変更支援(すなわち、LCA)、車線逸脱警報、追越支援、介入制御、自動制動、及び自動運転等が含まれる。ACCは、Auto Cruise Controlの略であり、LKAは、Lane Keeping Assistの略であり、LCAはLane Change Assistの略である。
【0021】
[1-2.トラッキングの概要]
追跡処理にて採用するRFSトラッキングの一種であるFMBフィルタを用いた処理(以下、FMB)の概要について説明する。FMBは、PMBフィルタを用いた既存の処理(以下、PNB)を改良して処理を高速化した手法である。FMBは、Fast Multi-Bernoulliの略であり、PMBは、Poisson Multi-Bernoulliの略である。
【0022】
ここでは、推定する物標の状態として、物標の位置を用いる。但し、推定する物標の状態は、位置に限られるものではない。また、ここでは、理解を容易にするため、2つの物標を追跡子A,Bで追跡中に、2つの観測点が得られた場合を例にして説明する。
【0023】
RFSトラッキングでは、図2に示すように、2つの追跡子A,Bと2つの観測点との組み合わせを表す7個の仮説が考慮される。すなわち、仮説iをKi(追跡子Aを観測した観測点,追跡子Bを観測した観測点)で表し、2つの観測点を「観1」,「観2」、いずれの観測点にも対応しない場合を「未」で表すものとする。7個の仮説は、K1(観1,観2)、K2(未,観2)、K3(観1,未)、K4(観2,観1)、K5(未,観1)、K6(観2,未)、K7(未,未)となる。
【0024】
そして、PMBでは、仮説K1~K7のそれぞれについて、状態分布及び仮説尤度を算出し、算出した仮説尤度を用いて全ての仮説K1~K7の状態分布を畳みこむことで、仮説K1~K7を一つに統合する。なお、状態分布は、追跡子の状態(すなわち、位置)を確率的に表した分布である。状態分布には、例えば、ガウス分布が用いられる。状態分布は、観測によって得られる観測情報に基づき拡張カルマンフィルタ(以下、EKF)等を用いて前回の処理サイクルで得られた状態分布を更新することで算出される。但し、前回の処理サイクルで得られた状態分布に対して、仮説毎に、各仮説が正しいと仮定して更新された状態分布がそれぞれ生成される。仮説尤度は、着目する仮説のもっともらしさを表す値である。仮説尤度は、追跡子から観測点までの近さ、観測に用いたセンサの誤差、検知確率、誤検知確率、前回の処理サイクルでの追跡子の存在確率等から算出される。
【0025】
次に、前述の処理を、n個の追跡子で物標を追跡中に、n個の観測が得られた場合に一般化すると、PMBにおいて考慮すべき仮説の数Knumは、(1)式で表される。
【0026】
【数1】
【0027】
例えば、n=5の場合、図3に示すように、仮説の数は1545個となる。LiDARの観測では、n=300前後となり、組み合わせ爆発により仮説の数は、リアルタイムでの処理が可能な演算量を超えてしまう。
【0028】
そこで、FMBでは、追跡の対象となる路上障害物は「静止」しており、予測不能な動きをしないこと、及び、LiDARの測距精度は極めて高いが、未検知及び誤検知は無視できない程度に発生することを前提とする。
【0029】
これらの前提の下では、図4に示すように、着目する追跡子には、必ず最近傍の観測点が割り当てられ、追跡子に最近傍の観測点以外が割り当てられる仮説4~6の尤度は、必ず0に近い値となる。
【0030】
すると、図5に示すように、追跡子毎に考慮が必要な仮説は、最近傍の観測点にて観測されたか、観測されなかったかの2パターンのみとなる。つまり、考慮すべき仮説の数Knumは、(1)式で算出される数から2n個に減少する。
【0031】
[1-3.処理]
次に、追跡装置20が実行する追跡処理について、図6のフローチャートを用いて説明する。
【0032】
追跡処理は、レーダセンサ10にて、検知エリア全体の走査に要する時間(以下、処理サイクル)毎に実行される。
追跡処理が開始されると、S100では、追跡装置20は、レーダセンサ10から観測結果を表す観測情報を取得する。観測情報には、検知エリアの中で、信号強度が閾値を超えるすべての観測点(以下、観測点群)が含まれる。
【0033】
続くS110では、追跡装置20は、前回の処理サイクルまでに生成された追跡子(以下、現存追跡子)の数をnとして、現存追跡子T1~Tnのそれぞれについて、今回の処理サイクルにおける現存追跡子の状態分布を予測する。更に、追跡装置20は、現存追跡子T1~Tnのそれぞれについて、現存追跡子Tiに対応づけられる物標の存在確率を、(2)式に従って算出する。
【0034】
【数2】
【0035】
k|k-1は、予測後の現存追跡子の存在確率、rk―1|k-1は、予測前の現存追跡子の存在確率、Psは、物標の生存確率を表す定数であり、1未満であるが1に近い値が用いられる。
【0036】
状態分布の予測は、拡張カルマンフィルタ(以下、EKF)で使用される手法を用いる。なお、状態分布は、ガウス分布で表される。EKFでは、前回の処理サイクルでの追跡子の状態分布におけるピークの位置(すなわち、状態分布の平均値)を、追跡子が持つ速度情報に従って、1サイクルの時間経過分だけ移動させる。更に、EKFでは、状態分布の広がり(すなわち、ガウス分布の分散)を、1サイクルの時間経過分だけ拡散させることで、状態分布の予測値(以下、予測分布)が得られる。
【0037】
続くS120では、追跡装置20は、現存追跡子T1~Tnのそれぞれについて、予測分布の平均値が示す位置からの距離が上限距離以下となる探査範囲を設定する。距離は、マハラノビス距離を用いる。但し、ユークリッド距離等、その他の距離を用いてもよい。
【0038】
続くS130では、追跡装置20は、現存追跡子T1~Tnのそれぞれに、観測点群に属する観測点を排他的に割り当てる。具体的には、着目する現存追跡子について設定された探査範囲内に存在する観測点のうち、探査範囲の中心に最も近い観測点を、着目する現存追跡子に割り当てる。この処理をゲーティングともいう。ゲーティングの結果、各現存追跡子には、最大で1つの観測点が割り当てられる。また、各観測点は、いずれか1つの現存追跡子に割り当てられる場合と、いずれの現存追跡子にも割り当てられない場合とがある。
【0039】
探査範囲を規定する上限距離は、例えば、図7に示すように、ガウス分布において、それより外側での存在確率がほぼ0となる範囲である5σに相当する距離を用いる。但し、誤検知を抑制するために、上限距離を5σより小さく設定してもよい。つまり、上限距離を大きくするほど、存在するにも関わらず検知できない未検知確率は減少するが、着目する現存追跡子に対して、その現存追跡子を観測したものではない観測点が対応づけられる誤検知確率が増大する。逆に、上限距離を小さくするほど、未検知確率は増大するが誤検知確率が減少する。
【0040】
続くS140では、追跡装置20は、現存追跡子T1~Tnを識別する識別子iを1に設定する。
続くS150では、追跡装置20は、現存追跡子Tiの状態分布を更新する追跡子更新処理を実行する。
【0041】
ここで、追跡子更新処理の詳細を図8のフローチャートを用いて説明する。追跡子更新処理では、先に説明したFMBが適用される。
S310では、追跡装置20は、現存追跡子Tiに割り当てられた観測点が、現存追跡子Tiを観測したものであるとの仮説(以下、検知仮説)に基づいて現存追跡子Tiの状態を更新する。具体的には、現存追跡子Tiの状態分布を、EKFによって更新し、現存追跡子Tiに対応づけられる物標の存在確率rrdetを(3)式に従って更新する。
【0042】
【数3】
【0043】
続くS320では、追跡装置20は、現存追跡子Tiに割り当てられた観測点が、現存追跡子Tiを観測したものではないとの仮説(以下、未検知仮説)に基づいて現存追跡子Tiの状態を更新する。具体的には、S120では、S210で算出された予測分布を、現存追跡子Tiの推定分布とし、現存追跡子Tiに対応づけられる物標の存在確率rrmisを(4)式に従って更新する。
【0044】
【数4】
【0045】
Pdは、レーダセンサ10の検知確率、すなわち、実在する物標を検知できる確率を表す。検知確率Pdは、レーダセンサ10の性能によって決まる定数である。なお、未検知には、現存追跡子Tiに対応する物標がそもそも存在しない場合と、現存追跡子Tiに対応する物票は存在するが、レーダセンサ10によって検知されなかった場合とがあり、(4)式は、後者の場合の確率を示す。
【0046】
続くS330では、追跡装置20は、未検知仮説に基づく新規の追跡子を生成する。具体的には、追跡装置20は、観測点の位置を分布の平均、レーダセンサ10の誤差分散を分布の分散とする新規追跡子の状態分布を生成する。更に、追跡装置20は、新規追跡子に対応付けられる物標の存在確率rrnewを、(5)式に従って算出する。
【0047】
【数5】
【0048】
newは、バースレートであり、走査範囲内の決められた方位に照射される複数の光線について、1つの光線における1サンプル当たり何個の観測点が検知されるかを表す。Cは、レーダセンサ10の誤検知確率、すなわち、実在しない物標を検知する確率を表し、クラッタレートともいう。バースレートDnew及び誤検知確率Cは、いずれも実験的に決定される定数である。
【0049】
続くS340では、追跡装置20は、検知仮説の仮説尤度W、及び未検知仮説の仮説尤度Wを算出する。具体的には、検知仮説に関する正規化前の仮説尤度WDは、(6)式により算出され、未検知仮説に関する正規化前の仮説尤度WDは、(7)式により算出される。更に、(8)(9)式により、仮説尤度WD,WDを正規化することで、合計値が1となる仮説尤度W,Wが算出される。
【0050】
【数6】
【0051】
続くS350では、追跡装置20は、現存追跡子Tiについて生成された2つの仮説を統合することで、状態分布を更新する。具体的には、現存追跡子Tiの状態分布p(i)を、(10)式に従って生成し、現存追跡子Tiに対応づけられる物標の存在確率rを(11)式に従って算出する。
【0052】
【数7】
【0053】
つまり、図9に示すように、二つの仮説に基づく二つの状態分布(以下、仮説分布)の平均μ,μを、仮説尤度W,Wを用いて合成した(すなわち、畳み込んだ)値が、更新後の状態分布p(i)における分布の平均となる。また、二つの仮説分布の分散P,Pを、仮説尤度W,Wを用いて合成した(すなわち、畳み込んだ)値が、更新後の状態分布p(i)における分布の分散となる。
【0054】
続くS360では、追跡装置20は、S330で生成された新規追跡子の存在確率を、(12)式に従って統合して、追跡子更新処理を終了する。
【0055】
【数8】
【0056】
追跡子更新処理が終了すると、図6に戻り、続くS160では、追跡装置20は、識別子iをインクリメントする。
続くS170では、追跡装置20は、識別子iが現存追跡子の数nより大きいか否かを判定する。追跡装置20は、i>nであれば、全ての現存追跡子に対して追跡子更新処理が実行されたものとして処理をS180に移行し、i≦nであれば、追跡子更新処理が実行されていない現存追跡子が存在するため、処理をS150に戻す。
【0057】
S180では、追跡装置20は、先のS130にて、現存追跡子T1~Tnに割り当てられなかったことを生成条件とし、生成条件を満たす観測点のそれぞれに基づいて、新規の追跡子を生成する。具体的には、追跡装置20は、観測点の位置を分布の平均、レーダセンサ10の誤差分散を分布の分散とするガウス分布で示される新規追跡子の状態分布を生成する。更に、追跡装置20は、新規追跡子に対応づけられる物標の存在確率を、(5)式に従って算出する。
【0058】
続くS190では、追跡装置20は、前回の処理サイクルから引き継いだ現存追跡子T1~Tn、及び今回の処理サイクルにて生成された新規追跡子のうち、追跡子に対応づけられる物標の存在確率rが追跡子剪定閾値以下である追跡子を消去する。追跡子剪定閾値は、次回の処理サイクルに伝搬される追跡子の数が、追跡装置20にて処理可能な数に収まるように、追跡装置20の処理能力に応じて設定される。
【0059】
続くS200では、追跡装置20は、S190にて消去されずに残った追跡子のうち、該追跡子に対応づけられる物標の存在確率rが物標化閾値以上である追跡子を抽出し、該抽出された追跡子のそれぞれに対応づけられる物標を、実在する物標として認識する。
【0060】
続くS210では、追跡装置20は、S200にて、実在すると認識された物標(以下、認識物標)が有るか否かを判定し、認識物標が有れば処理をS220に移行し、認識物標が無ければ処理を終了する。
【0061】
S220では、追跡装置20は、認識物標に対応づけられる追跡子の情報を用いて認識物標に関する情報である物標情報を生成して、処理を終了する。物標情報には、少なくとも位置情報が含まれる。
【0062】
[1-4.用語の対応]
本実施形態において、S100が本開示における情報取得部に相当し、S110が本開示における状態予測部に相当し、S120が本開示における範囲設定部に相当し、S130~S170が本開示における状態更新部に相当する。また、S180が本開示における追跡子生成部に相当し、S190が本開示における追跡子剪定部に相当し、S130が本開示における観測割当部に相当する。更に、S310~S320が本開示における仮説生成部に相当し、S340~S350が本開示における仮説統合部に相当し、S110、S150、S180が本開示における判定値生成部に相当する。なお、S130にて、観測点が割り当てられた現存追跡子が、本開示における対象追跡子に相当し、対象追跡子に割り当てられた観測点が、本開示における対象観測点に相当し、対象追跡子に対応づけられる物標が、本開示における対象物標に相当する。検知仮説が本開示における第1の仮説に相当し、非検知仮説が本開示における第2の仮説に相当する。
【0063】
[1-5.効果]
以上詳述した第1実施形態によれば、以下の効果を奏する。
(1a)追跡装置20では、現存追跡子T1~Tnに対して観測点を割り当てるときに、着目する現存追跡子Tiについて設定された探査範囲内に存在する観測点を対象として、最も近い距離にある観測点を割り当てる。つまり、現存追跡子Tiとの距離が遠いため仮説尤度がほぼ0となるような観測点に関する仮説は、生成されることがなく、演算をする前に除去されるため、追跡処理の演算負荷を軽減できる。
【0064】
(1b)追跡装置20では、現存追跡子Ti毎に、現存追跡子Tiに割り当てられた1つの観測点に対する検知仮説及び非検知仮説の2つの仮説を生成する。つまり、観測点の割り当て方についての仮説数が2n個となり、現存追跡子の数nに対して仮説数が指数関数的に増大するPMBと比較して、追跡処理で扱う仮説数を大幅に削減できる。なお、追跡処理では、仮説毎に算出する必要がある仮説尤度の演算負荷が最も重いため、仮説数を削減することで、演算負荷を大幅に削減できる。その結果、PMBと比較して低負荷で、かつ、非検知仮説を考慮しないNNと比較して高性能な追跡処理を実現できる。
【0065】
(1c)追跡装置20では、現存追跡子Ti毎に生成される2つの仮説を畳み込みによって統合することで、仮説の数、ひいては追跡子の数を半減させ、更に、現存追跡子及び新規追跡子のうち、存在確率が追跡子剪定閾値以下となる追跡子を削除する。これにより、次回の処理サイクルに伝搬される追跡子の数が削減されるため、追跡処理に要する演算負荷を更に軽減できる。
【0066】
(1d)追跡装置20では、処理サイクル毎に、現存追跡子Tiに対応づけられる物標の存在確率を、仮説尤度を用いて更新するため、現存追跡子Tiに対応づけられる物標が実在するか実在しない(すなわち、ノイズである)かの切り分け性能を向上させることができる。
【0067】
[1-6.実験]
フレーム毎に追跡処理に要する演算時間を、本実施形態に対応するFMBを用いた場合、従来技術であり仮説統合を行わないPMB、及び従来技術であり仮説統合を行うPHDを用いた場合について、シミュレーションによって算出した結果を図10図11に示す。PHDは、Probability Hypothesis Densityの略である。
【0068】
シミュレーションの条件は、図12に示すように、観測点の抽出に用いる閾値レベルを2.40σ、水平方向の視野角を19.4°、垂直方向の視野角を1.3°、水平方向の角度分解能及び垂直方向の角度分解能をいずれも0.1°とした。つまり、走査に用いる光線本数は、水平方向に194本、垂直方向に13本となる。各光線においてA/D変換のサンプリング間隔は、距離分解能が1.9mに相当する時間とし、最大検知距離を250mとして、光線一本当たりのサンプリング数を132個とした。また、本処理の適用範囲を103.2m~131.7mの範囲として、適用範囲内の最大サンプル数を37364個、想定雑音量を306個とした。
【0069】
図10に示すように、FMBを適用した場合、PMBを適用した場合と比較して、演算時間が1/10程度に減少する。また、PHDと比較しても減少することがわかる。
図11に示すように、予測、ゲーティング、仮説生成、更新、剪定に分けて演算時間を測定した結果、PMBに足しては、仮説生成及び更新で大幅に演算時間が削減されていることがわかる。また、PHDと略同様な演算時間となるが、剪定の演算時間が削減されることがわかる。なお、S110が予測、S120がゲーティング、S130が仮説生成、S150が更新、S190が剪定に相当する。
【0070】
[2.第2実施形態]
[2-1.第1実施形態との相違点]
第2実施形態は、基本的な構成は第1実施形態と同様であるため、相違点について以下に説明する。なお、第1実施形態と同じ符号は、同一の構成を示すものであって、先行する説明を参照する。
【0071】
前述した第1実施形態では、すべての追跡子に対してFMBを適用している。これに対し、第2実施形態では、組み合わせ爆発が生じない追跡子に対してはPMBを適用する点で、第1実施形態と相違する。
【0072】
[2-2.処理]
次に、第2実施形態の追跡装置20が、図6に示した第1実施形態の追跡処理に代えて実行する追跡処理について、図13のフローチャートを用いて説明する。
【0073】
S100~S120は、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行する。
続くS140では、追跡装置20は、現存追跡子T1~Tnの識別に用いる識別子iを1に初期化する。
【0074】
続くS142では、追跡装置20は、現存追跡子Tiの探査範囲は、他の追跡子の探査範囲との重複があるか否かを判定し、重複がある場合は処理をS144に移行し、重複がない場合は、処理をS152に移行する。例えば、図14に示すように、追跡子A~Hと、観測点1~18とが位置する場合、追跡子A,B,D~Gは、探査範囲に重複があると判定され、追跡子C,Hは、探査範囲に重複がないと判定される。
【0075】
S144では、追跡装置20は、現存追跡子Tiの探査範囲内に存在する直近の観測点を、現存追跡子Tiに割り当てる。例えば、図13では、追跡子Aには「観1」、追跡子Bには「観2」、追跡子Dには「観8」、追跡子Eには「観10」、追跡子Fには「観12」、追跡子Gには「観14」が割り当てられる。
【0076】
続くS150では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様に追跡子更新処理を実行して、S160に処理を進める。
S152では、追跡装置20は、現存追跡子Tiについて設定された探査範囲内に存在するすべての観測点を、現存追跡子Tiに割り当てる。例えば、図13では、追跡子Cには「観3」「観4」「観5」「観6」、追跡子Hには「観15」「観16」が割り当てられる。
【0077】
続くS154では、追跡装置20は、PMBを用いた追跡子更新処理を実行して、処理をS160に進める。
探査範囲が他の追跡子の探査範囲と重複しない追跡子では、図15に示すように、割り当てられた観測点の数をmとすると、生成される仮説の数はm+1個となる。つまり、組み合わせ爆発は生じないため、すべての仮説を考慮するPMBの手法を用いて計算することが可能となる。
【0078】
以下、S160~S220の処理は、第1実施形態の場合と同様である。
[2-3.用語の対応]
本実施形態において、S142が本開示における振分部に相当し、S144が本開示における観測割当部に相当し、S152~S154が本開示における精密更新部に相当する。
【0079】
[2-4.効果]
以上詳述した第2実施形態によれば、前述した第1実施形態の効果(1a)~(1d)を奏し、さらに、以下の効果を奏する。
【0080】
(2a)本実施形態では、探査範囲が他とは重ならないことを条件として、部分的にPMBを適用することで、処理負荷を大幅に増大させることなく、PMBを適用した追跡子に対する追跡処理の精度を向上させることができる。
【0081】
[3.第3実施形態]
[3-1.第1実施形態との相違点]
第2実施形態は、基本的な構成は第1実施形態と同様であるため、相違点について以下に説明する。なお、第1実施形態と同じ符号は、同一の構成を示すものであって、先行する説明を参照する。
【0082】
前述した第1実施形態では、追跡子の状態分布としてガウス分布を使用している。これに対し、第3実施形態では、ガウス分布の代わりに混合ガウス分布を用いる点で、第1実施形態と相違する。
【0083】
[3-2.処理]
次に、第3実施形態の追跡装置20が、図6に示す第1実施形態の追跡処理に代えて実行する追跡処理について、図16のフローチャートを用いて説明する。
【0084】
S100では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行する。
続くS115では、追跡装置20は、第1実施形態のS110の処理に加えて、状態分布に含まれる各極大値の尤度(以下、混合尤度)を、(13)式を用いて更新する。
【0085】
【数9】
【0086】
つまり、前記の処理サイクルで算出された混合尤度、すなわち予測前の混合尤度を、そのまま、予測分布における混合尤度として用いる。なお、(13)式におけるjは、状態分布に存在する極大値(すなわち、混合ガウス分布を形成する個々のガウス分布のピーク)を識別するための識別子である。ここでは、状態分布に存在する極大値の数をm個とする。
【0087】
続くS120~S140では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行する。
続くS155では、追跡装置20は、状態分布として混合ガウス分布を用いる追跡子更新処理を実行する。
【0088】
ここで、追跡子更新処理の詳細を図17のフローチャートを用いて説明する。追跡子更新処理では、図8に示した第1実施形態の追跡子更新処理と相違する点について説明する。
S310では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行する。
【0089】
続くS315では、追跡装置20は、検知仮説で更新された状態分布(すなわち、仮説分布)における各極大値の尤度を、(14)(15)式を用いて算出する。
【0090】
【数10】
【0091】
(14)式は、現存追跡子Tiに割り当てられた観測点と、その現存追跡子Tiの予測分布において着目する極大値が示す距離に応じて、各極大値の混合尤度が更新されることを意味する。(15)式は、同じ予測分布に属する複数の極大値の混合尤度の合計値が1となるように、各混合尤度を正規化することを意味する。
【0092】
続くS320では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行する。
続くS325では、追跡装置20は、未検知仮説を採用した場合、予測分布をそのまま更新後の状態分布(すなわち、仮説分布)として用い、仮説分布における各極大値の混合尤度を、(16)式を用いて算出する。
【0093】
【数11】
【0094】
つまり、未検知仮説による仮説分布の混合尤度も、S115にて算出された予測分布の混合尤度がそのまま用いられる。
続く330~S340では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行する。
【0095】
続くS352では、追跡装置20は、現存追跡子Tiについて生成された仮説を統合する。具体的には、現存追跡子Tiの更新後の状態分布p(i)を、(17)式に従って生成し、現存追跡子Tiに対応づけられる物標の存在確率rを(18)式に従って算出する。
【0096】
【数12】
【0097】
(17)式は、図18に示すように、更新後の状態分布が、検知仮説の仮説分布における各極大値を個別に表すm個のガウス分布、及び非検知仮説の仮説分布における各極大値を個別に表すm個のガウス分布を、単純に足し合わせた分布となることを意味する。(18)式は、(11)式と同じである。
【0098】
続くS354では、追跡装置20は、S350にて更新された状態分布中の各極大値の混合尤度を、(19)(20)式を用いて算出する。
【0099】
【数13】
【0100】
(19)式は、検知仮説の仮説分布に基づく極大値の混合尤度であり、(20)式は、未検知仮説の仮説分布に基づく各極大値の混合尤度である。つまり、本実施形態では、追跡更新処理を行う毎に、更新後の状態分布に含まれる極大値の数は、更新前の状態分布に含まれる極大値の数の2倍になる。
【0101】
続くS360では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行して、追跡子更新処理を終了する。
図16に戻り、追跡子更新処理が終了すると、続くS160~S190では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行する。
【0102】
続くS195では、追跡装置20は、S155にて更新された状態分布中において混合尤度が極大値剪定閾値以下となる極大値を消去する。更に、追跡装置20は、一つでも極大値が消去された状態分布については、その状態分布中の各極大値の混合尤度を、混合尤度の合計が1となる(すなわち、正規化される)ように再計算する。
【0103】
続くS200~S220では、追跡装置20は、第1実施形態の場合と同様の処理を実行して、追跡処理を終了する。
[3-3.用語の対応]
本実施形態において、S354が本開示における混合尤度算出部に相当し、S195が本開示における極大値剪定部に相当する。
【0104】
[3-4.効果]
以上詳述した第3実施形態によれば、前述した第1実施形態の効果(1a)~(1d)を奏し、さらに、以下の効果を奏する。
【0105】
(3a)本実施形態では、状態分布として、単純なガウス分布の代わりに混合ガウス分布を用いているため、仮説の統合による情報の消失を抑制でき、ロバスト性を向上させることができる。
【0106】
(3b)本実施形態では、状態分布に含まれる極大値毎に混合尤度を算出し、混合尤度が極大値剪定閾値以下となる極大値を除去するため、状態分布が必要以上に複雑化すること、ひいては、極大値の数が増大することによる演算負荷の増大を抑制できる。
【0107】
[4.他の実施形態]
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は前述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0108】
(3a)上記実施形態では、追跡処理によって更新の対象となる状態として、観測点の位置を用いているが、本開示は、観測点の位置に限定されるものではなく、観測点の速度や加速度等、物標から得られる情報であればよい。
【0109】
(3b)上記実施形態では、追跡子の状態を、PMBフィルタを用いて更新しているが、追跡子の状態は、RFSの理論において使用されるPMBフィルタ以外のフィルタ、例えば、PHDフィルタ、LMBフィルタ、PMBMフィルタ等を用いてもよい。LMBは、Labeled Multi-Bernoulliの略であり、PMBMは、Poisson Multi-Bernoulli Mixtureの略である。
【0110】
(3c)上記実施形態では、追跡子に対応づけられる物標が存在するか否かの判定に用いる存在判定値として、0~1の値で表される存在確率を用いているが、本開示は存在確率に限定されるものではない。例えば、存在判定値として、1以上の値も許容される基数情報を用いてもよい。
【0111】
(3d)本開示に記載の追跡装置20及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の追跡装置20及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の追跡装置20及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されてもよい。追跡装置20に含まれる各部の機能を実現する手法には、必ずしもソフトウェアが含まれている必要はなく、その全部の機能が、一つあるいは複数のハードウェアを用いて実現されてもよい。
【0112】
(3e)上記実施形態における1つの構成要素が有する複数の機能を、複数の構成要素によって実現したり、1つの構成要素が有する1つの機能を、複数の構成要素によって実現したりしてもよい。また、複数の構成要素が有する複数の機能を、1つの構成要素によって実現したり、複数の構成要素によって実現される1つの機能を、1つの構成要素によって実現したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加又は置換してもよい。
【0113】
(3f)前述した追跡装置20の他、当該追跡装置20を構成要素とするシステム、当該追跡装置20としてコンピュータを機能させるためのプログラム、このプログラムを記録した半導体メモリ等の非遷移的実体的記録媒体、物標追跡方法など、種々の形態で本開示を実現することもできる。
【符号の説明】
【0114】
1…レーダシステム、10…レーダセンサ、20…追跡装置、21…CPU、22…メモリ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18