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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-26
(45)【発行日】2024-12-04
(54)【発明の名称】溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20241127BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20241127BHJP
   B23K 35/368 20060101ALI20241127BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20241127BHJP
   B23K 9/16 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
C22C38/00 301H
B23K35/368 B
C22C38/54
B23K9/16 G
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020170056
(22)【出願日】2020-10-07
(65)【公開番号】P2022061854
(43)【公開日】2022-04-19
【審査請求日】2023-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132230
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 一也
(74)【代理人】
【氏名又は名称】成瀬 勝夫
(74)【代理人】
【識別番号】100198269
【弁理士】
【氏名又は名称】久本 秀治
(74)【代理人】
【識別番号】100088203
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 英一
(74)【代理人】
【識別番号】100100192
【弁理士】
【氏名又は名称】原 克己
(72)【発明者】
【氏名】加茂 孝浩
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 耕太郎
(72)【発明者】
【氏名】川本 雄三
(72)【発明者】
【氏名】星野 学
(72)【発明者】
【氏名】白幡 浩幸
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-049387(JP,A)
【文献】特開2017-193740(JP,A)
【文献】特開2018-039025(JP,A)
【文献】特開2013-018012(JP,A)
【文献】特表2017-508876(JP,A)
【文献】特公平08-025061(JP,B2)
【文献】国際公開第2015/068261(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/154122(WO,A1)
【文献】特開2008-087031(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/16,35/30、35/368
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.100~0.350%;
Si:0.10~1.00%;
Mn:0.50~1.50%;
P:0.020%以下;
S:0.005%以下;
Al:0.010~0.100%;
B:0.0005~0.0030%;
N:0.008%以下;
O:0.0050%以下;
Cu:0~1.0%;
Ni:0~3.0%;
Cr:0~2.0%;
Mo:0~2.0%;
Nb:0~0.100%;
V:0~0.100%;
Ti:0~0.100%;
Ca:0~0.005%;
Mg:0~0.005%;
REM:0~0.005%;
残部:Fe及び不純物;
であり、板厚が12~100mmの耐摩耗鋼板に対して、鋼製外皮にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤを用いてガスシールド溶接を行い、溶接継手を製造する方法であって、
(a)前記耐摩耗鋼板は、表面から1mm深さ位置におけるブリネル硬さである表層ブリネル硬さYが400~550であると共に、該耐摩耗鋼板の厚み方向の中心位置である板厚中心部でのブリネル硬さである中心部ブリネル硬さYと前記表層ブリネル硬さYとの差(Y-Y)は前記表層ブリネル硬さYに対して40%以内であり、かつ、連続鋳造により製造されて、前記板厚中心部を含む板厚方向2mmの範囲を電子プローブマイクロアナライザーにより線分析して求められるMnの偏析量が2.0%以下であり、
(b)前記フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対して弗化物をF換算値で0.10~2.50%含有すると共に、水分含有量が300ppm以下であり、かつ、前記鋼製外皮にスリット状の隙間がないシームレス形状を有しており、
(c)前記溶接継手の溶接金属の化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.15%;
Si:0.10~2.00%;
Mn:0.50~2.00%;
P:0.050%以下;
S:0.020%以下;
Al:0.003~0.100%;
N:0.015%以下;
B:0.0100%以下;
O:0.100%以下;
Ti:0.010~0.100%;
Cu:0~1.0%;
Ni:0~3.0%;
Cr:0~2.0%;
Mo:0~2.0%;
Nb:0~0.100%;
V:0~0.100%;
Ca:0~0.005%;
Mg:0~0.005%;
REM:0~0.005%;
残部:Fe及び不純物;
であり、
下記式(1)で求められるCeqが0.35~0.70%であることを特徴とする、溶接継手の製造方法。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 ・・・(1)
【請求項2】
前記耐摩耗鋼板は、前記板厚中心部を中央にして板厚方向2mm、幅10mmの範囲を光学顕微鏡により観察される長径10μm以上の非金属介在物の個数密度が5.0個/mm以下である、請求項1に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項3】
前記耐摩耗鋼板に対してガスシールド溶接を行う際に、予熱処理を行わずに溶接継手を製造する、請求項1又は2に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項4】
5℃以下の低温環境下において前記耐摩耗鋼板に対してガスシールド溶接を行う際に、予熱処理を行わずに溶接継手を製造する、請求項1~3のいずれかに記載の溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、建設機械や産業機械分野で利用される耐摩耗性に優れた高硬度鋼板を溶接する際に、低温割れの発生し難い溶接金属を得ることができる溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、鉱山での掘削や土木作業用の建設機械に用いられる鋼板は、摩耗のために交換を要するが、その使用寿命を極力長くするために、鋼板の硬さを高めた耐摩耗鋼が用いられる。
【0003】
耐摩耗鋼は、耐摩耗性を確保するため、すなわち硬さを増すために、炭素量(C含有量)が多くなる。そのため、溶接時には低温割れが問題になる。特に、建設機械のような厚鋼板を母材とする溶接では、拘束力が強くなることも低温割れが発生し易い要因となる。
【0004】
この低温割れを回避するために、一般には、溶接に先立って予熱が行われる。ところが、建設機械等で用いられる耐摩耗鋼のような厚鋼板では(Cを主体とする合金添加量が非常に多く)低温割れ感受性が非常に高いため、より高温であったり、長時間の予熱作業が強いられる。そのため、作業環境の改善や作業効率の観点から、できるだけ予熱作業を減らすことが望まれている。
【0005】
一方で、鋼製外皮にフラックスを充填してなるフラックス入りワイヤでは、フラックスとしてアーク安定剤や合金材、脱酸材等を含有させることで、例えばビード外観を美麗なものにしたり、スパッタの発生を少なくするなど、溶接時に様々な機能を付与することができる。しかしながら、フラックスが水素の吸着源ともなり得ることから、耐摩耗鋼の溶接では低温割れを引き起こしてしまうおそれがある。耐力690MPa以上の高強度鋼を溶接する場合の例であるが、溶接金属の拡散性水素量が4ml/100gを超えると、高強度鋼の溶接金属では低温割れの感受性が高まるとされている(特許文献1参照)。
【0006】
このようなフラックス入りワイヤにおいて、弗化物を適量添加することで、低温割れを抑制する方法が知られている(例えば特許文献2参照)。すなわち、弗化物が溶接アークにより分解し、分解により生成したフッ素が水素と結合してHFガスとなり、このHFガスが大気中に散逸したり、溶接金属中に水素がHFとして固定されることで、溶接金属の拡散性水素が低減されると考えられる。
【0007】
また、ブリネル硬さが450~600クラスの耐摩耗鋼を溶接した場合、溶接部、特に溶接熱影響部(HAZ)が著しく硬化することが低温割れの発生に影響するとして、それに対応するために、溶接直後の溶接金属中の拡散性水素量が1.0ml/100g未満となるようにした溶接継手の製造方法が提案されている(特許文献3参照)。すなわち、この方法では、溶接金属の拡散性水素量を十分低くするために、所定量の弗化物と酸化物をフラックスに含有させると共に、これらの配合比を所定の範囲内にしたフラックス入りワイヤを用いるようにしている。
【0008】
更には、耐摩耗鋼を溶接するにあたり、上記と同様に溶接金属中の拡散性水素量を十分低くすることができるフラックス入りワイヤを用いると共に、溶接金属中の合金成分で規定されるCENを所定の範囲となるようにすることで、低温割れを防いで耐摩耗鋼を溶接する方法が提案されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第5136466号
【文献】特許第5644984号
【文献】国際公開第2017/154122号
【文献】特許第5696824号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
先に述べたように、耐摩耗鋼は溶接の際に低温割れを発生し易いと言った一面を有している。一方で、フラックス入りワイヤは、フラックスを用いないコアードワイヤに比べて水素を持ち込み易い。そのため、フラックス入りワイヤを用いて耐摩耗鋼を溶接するには、溶接前の予熱作業が必要となるが、建設機械等で用いられる耐摩耗鋼のような厚鋼板では、予熱作業に多大な負荷が掛かってしまう。このような予熱作業を減らすために、上述した特許文献3や特許文献4では、所定のフラックス入りワイヤを用いることで、予熱温度を低下させたり、予熱作業を行わずに耐摩耗鋼を溶接することができる方法を提案している。
【0011】
ところが、これらのフラックス入りワイヤを用いても、予熱作業を行わなければ、低温割れを確実に抑えるまでには至らないことがある。例えば、建設機械に用いられる耐摩耗鋼を作業現場で交換するような場合であったり、寒冷地や外気が5℃を下回るような低温環境等では、予熱作業が十分でなければ、低温割れが発生してしまうことがある。そのため、まだ改善の余地があると言える。
【0012】
このような状況のもと、本発明者らは、低温環境のように溶接に不向きな環境下であっても、予熱作業による負荷を減らして、耐摩耗鋼の溶接施工が可能になる方法について鋭意検討した。その際、溶接対象となる耐摩耗鋼についても着目し、低温割れの改善には、溶接材料であるフラックス入りワイヤのみならず、鋼材についても対策が必要であると考えて、種々の実験を繰り返した結果、鋼材の板厚中心部における凝固偏析による局所的な合金濃化域および非金属介在物の存在が、耐摩耗鋼における低温割れの起点となることが明らかとなった。そのため、これを制御した耐摩耗鋼を所定のフラックス入りワイヤを用いて溶接することで、上記のような課題が解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
したがって、本発明の目的は、耐摩耗鋼を溶接するにあたり、予熱作業の負荷を実質的に減らして、溶接継手を製造することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.100~0.350%;
Si:0.10~1.00%;
Mn:0.50~1.50%;
P:0.020%以下;
S:0.005%以下;
Al:0.010~0.100%;
B:0.0005~0.0030%;
N:0.008%以下;
O:0.0050%以下;
Cu:0~1.0%;
Ni:0~3.0%;
Cr:0~2.0%;
Mo:0~2.0%;
Nb:0~0.100%;
V:0~0.100%;
Ti:0~0.100%;
Ca:0~0.005%;
Mg:0~0.005%;
REM:0~0.005%;
残部:Fe及び不純物;
であり、板厚が12~100mmの耐摩耗鋼板に対して、鋼製外皮にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤを用いてガスシールド溶接を行い、溶接継手を製造する方法であって、
(a)前記耐摩耗鋼板は、表面から1mm深さ位置におけるブリネル硬さである表層ブリネル硬さYが400~550であると共に、板厚中心部でのブリネル硬さである中心部ブリネル硬さYと前記表層ブリネル硬さYとの差(Y-Y)は前記表層ブリネル硬さYに対して40%以内であり、かつ、連続鋳造により製造されて板厚中心部におけるMnの偏析量が2.0%以下であり、
(b)前記フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対して弗化物をF換算値で0.10~2.50%含有すると共に、水分含有量が300ppm以下であり、かつ、前記鋼製外皮にスリット状の隙間がないシームレス形状を有しており、
(c)前記溶接継手の溶接金属の化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.15%;
Si:0.10~2.00%;
Mn:0.50~2.00%;
P:0.050%以下;
S:0.020%以下;
Al:0.003~0.100%;
N:0.015%以下;
B:0.0100%以下;
O:0.100%以下;
Ti:0.010~0.100%;
Cu:0~1.0%;
Ni:0~3.0%;
Cr:0~2.0%;
Mo:0~2.0%;
Nb:0~0.100%;
V:0~0.100%;
Ca:0~0.005%;
Mg:0~0.005%;
REM:0~0.005%;
残部:Fe及び不純物;
であることを特徴とする、溶接継手の製造方法。
(2)前記耐摩耗鋼板は、板厚中心部において観察される長径10μm以上の非金属介在物の個数密度が5.0個/mm以下である、(1)に記載の溶接継手の製造方法。
(3)前記耐摩耗鋼板に対してガスシールド溶接を行う際に、予熱処理を行わずに溶接継手を製造する、(1)又は(2)に記載の溶接継手の製造方法。
(4)5℃以下の低温環境下において前記耐摩耗鋼板に対してガスシールド溶接を行う際に、予熱処理を行わずに溶接継手を製造する、(1)~(3)のいずれかに記載の溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、低温環境のように溶接に不向きな環境下であっても、予熱温度を低下させたり、予熱作業の時間を短縮したり、或いは、予熱作業を行わないようにするなど、予熱作業の負荷を実質的に減らしながら、低温割れを防いで耐摩耗鋼の溶接を行うことができるようになる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
一般に、耐摩耗鋼の耐摩耗性を上げるためには各種金属や合金の添加が必要であり、C含有量も多くなるが、それに伴い、溶接時の低温割れが起こり易くなってしまう。耐摩耗性の向上と耐低温割れ性との両立を図る上で、鋼材自体での対応には限界があり、溶接材料であるフラックス入りワイヤにおける検討が、これまで主になされてきた。
それに対して、本発明では、主として、鋼材である耐摩耗鋼板と、溶接材料であるフラックス入りワイヤと、これら両方の成分が影響する溶接金属との3つの観点に基づき溶接継手を製造するようにして、低温環境のように溶接に不向きな環境下であっても、予熱作業の負荷を実質的に減らして、低温割れを防ぐことができるようにする。
以下、それぞれについて詳しく説明する。
【0017】
〔耐摩耗鋼板〕
本発明では、母材とする耐摩耗鋼板について、表面から1mm深さ位置におけるブリネル硬さである表層ブリネル硬さYが400~550、好ましくは420~530であると共に、板厚中心部でのブリネル硬さである中心部ブリネル硬さYと表層ブリネル硬さYとの差(Y-Y)が表層ブリネル硬さYに対する割合〔(Y-Y)/Y〕で40%以内、好ましくは37%以内、より好ましくは35%以内であるようにする。
【0018】
この表層ブリネル硬さYが400~550であれば、耐摩耗鋼板として必要な耐摩耗性の要件を満たすことができる。400未満では耐摩耗性が不足し、550を超えると鋼板自体の靱性確保が困難となり建設機械等での実用性に課題が生じる。また、中心部ブリネル硬さYと表層ブリネル硬さYとの差(Y-Y)が表層ブリネル硬さYに対して40%以内であれば、長期間の使用による板厚減少後においても良好な耐摩耗性の確保が可能である。ここで、中心部ブリネル硬さYについては、上記の割合〔(Y-Y)/Y〕を満たせばよいが、その値として、好ましくはY=300~550であるのがよい。なお、ここでのブリネル硬さは、JIS Z2243-1:2018及びJIS Z2243-2:2018で規定のブリネル硬さ試験により測定されるブリネル硬さ(HBW10/3000)を表す。
【0019】
また、本発明における溶接継手の製造方法では、耐摩耗鋼板として、連続鋳造により製造されたものを用いるが、板厚中心部におけるMnの偏析量が2.0%以下のものを使用する。鋼材の製造方法としては、一般に、分塊法と連続鋳造法がある。このうち、製造コストの観点から連続鋳造法が用いられることが多いいが、連続鋳造法では、その製造過程において最終凝固部になる板厚中心部に凝固偏析に起因する合金元素濃化域が形成される。そして、本発明者らは、これらが低温割れの起点になると考えた。すなわち、低温割れ試験に用いられるJIS Z3158:1993規定のy形溶接割れ試験方法では、板厚中心部で低温割れが発生することから、板厚中心部における局所的な合金元素濃化域は、溶接時に硬化組織となって低温割れの起点になると考えられる。凝固偏析は元素の種類によりその傾向が異なるが、特に、本発明における溶接材料との組み合わせにおいては、Mnの偏析が低温割れに影響すると考えられる。そこで、予熱作業の負荷を低減させるために、板厚中心部でのMn偏析量が2.0%以下のものを用いるようにする。なお、Mn偏析量の求め方については後述の実施例で記載するように、耐摩耗鋼板の断面で厚み方向の中心位置を中央値とする板厚方向2mm以上の範囲について電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)によりMn濃度を線分析して、最高値(C)を全体の平均値(Co)で除した成分値比(C/Co)を求め、これをMn偏析量とした。
【0020】
また、板厚中心部には、合金元素の濃化のみならず、介在物も存在する。このような介在物のうち、粗大なものの数が増えると低温割れの起点になる。特に、MnSのように圧延方向に延伸するものは起点として作用しやすい。そこで、Mnの偏析量に加えて、MnSのようなMn系の粗大介在物(非金属介在物)についても制御するのがよく、具体的には、板厚中心部において観察される長径10μm以上のMn系の粗大介在物(非金属介在物)の個数密度が5.0個/mm以下であるのが好ましい。より好ましくは4.0個/mm以下である。ここで、板厚中心部におけるMnの偏析量と長径10μm以上の非金属介在物の単位面積当たりの個数は、いずれも後述する実施例に記載する方法で測定することができる。また、板厚中心部におけるMnの偏析や非金属介在物の制御方法としては、現時点においては、連造鋳造時の凝固組織制御と鋼板素材であるスラブの高温熱処理とが有効であると考えられる。ちなみに、これまで低温割れは、鋼材の硬さに比例して発生するとして、溶接金属の硬さを如何に制御するかが重要であるとマクロ的に考えられてきたところ、本発明では、Mnの偏析や金属介在物のようなミクロ的な視点で制御する点で特徴がある。なお、長径10μm以上のMn系の粗大介在物(非金属介在物)を制御する方法は上述したとおりであるが、その個数密度を確実にゼロにするのは難しく、下限値としては0.01個/mm、或いは0.1個/mmが実質的な値である。
【0021】
耐摩耗鋼板の板厚については、一般に厚鋼板と言われて、土木・建築機械や産業機械分野等で耐摩耗性が必要な個所で広く用いられている12~100mmのものを使用する。また、耐摩耗鋼板の化学組成を特定する理由については、次に説明するとおりである。なお、これらの説明における「%」は、特に断りがない限り「質量%」を表す。
【0022】
(C:0.100~0.350%)
Cは、耐摩耗鋼板の表面硬さの向上に最も有効であり、かつ安価な元素である。C含有量が0.100%未満の場合、他の合金元素を含有させて硬さ低下を補う必要が生じるためコスト増となる。一方、その含有量が0.350%を超えると、加工性を著しく劣化させると共に、耐遅れ破壊性が著しく阻害されてしまう。
【0023】
(Si:0.10~1.00%)
Siは、耐摩耗鋼板の表面硬さと耐遅れ破壊性のそれぞれの向上に寄与する。Si含有量が0.10%未満ではこれらの効果が不十分である。反対に、その含有量が1.00%を超えると、加工性を著しく劣化させると共に耐熱亀裂発生性に影響を与える靱性を劣化させてしまう。
【0024】
(Mn:0.50~1.50%)
Mnは、焼入れ性向上を通じて耐摩耗鋼板の表面硬さを向上させる。Mn含有量が0.50%未満では、他の合金元素を含有させて硬さを補う必要が生じてコスト増となる。一方で、その含有量が1.50%を超えると、加工性を著しく劣化させると共に耐遅れ破壊性能を著しく損なわせてしまう。
【0025】
(P:0.020%以下)
Pは、鋼中に不可避的不純物として存在し、結晶粒界に偏析して鋼の耐遅れ破壊性および靱性を劣化させるため、その含有量はできるだけ低いことが望ましい。特に、P含有量が0.020%を超えると劣化が著しくなる。
【0026】
(S:0.005%以下)
Sは、鋼の延性及び靱性を劣化させる不可避的不純物元素である。その含有量が0.005%を超えると、このような悪影響が顕在化してくる。
【0027】
(Al:0.010~0.100%)
Alは、スラブ加熱時にAlNを生成することにより初期オーステナイト粒の過成長を効果的に抑制する。Al含有量が0.010%未満ではその効果が少ない。一方、その含有量が0.100%を超えると、加工性を著しく劣化させると共に靱性が著しく劣化してしまう。
【0028】
(B:0.0005~0.0030%)
Bは、焼入れ性の向上に有効な元素である。マルテンサイトの生成を促進し、耐摩耗鋼板のブリネル硬さを高めるために、B含有量を0.0005%以上とする。一方、B含有量が過剰であると母材及び溶接部の靭性が劣化するため、0.0030%を上限とする。
【0029】
(N:0.008%以下)
Nは、鋼中に不可避的に含有する不純物である。多量に存在する場合にはHAZ靭性の悪化原因となる。また、N含有量が0.008%を超えると、加工性を著しく劣化させると共に母材、HAZともに靱性が劣化するのを避けることができなくなる。
【0030】
(O:0.0050%以下)
Oも、鋼中に不可避的に含有する不純物である。O含有量が0.0050%を超えると鋼中の非金属介在物が増して、加工性を著しく劣化させると共に低温靱性が損なわれる。
【0031】
(Cu:0~1.0%、Ni:0~3.0%、Cr:0~2.0%、Mo:0~2.0%)
Cu、Ni、Cr、及び、Moは、母材の強度と靱性を向上させる効果があるので、必要に応じて含有させてもよい。但し、その含有量が過剰な場合、特にHAZの硬さが高まり、靱性が損なわれるおそれがあるため、それぞれ上記のように上限を規定する。添加の効果を得るための好ましい含有量(下限)としては、Cuであれば0.05%、Niであれば0.05%、Crであれば0.05%、Moであれば0.02%である。
【0032】
(Nb:0~0.100%、V:0~0.100%、Ti:0~0.100%)
Nb、V、及び、Tiは、炭化物や窒化物を形成することで結晶粒の粗大化を抑制する効果があるので、必要に応じて含有させてもよい。但し、その含有量が過剰な場合、析出物の粗大化が顕著になり、靱性を低下させてしまうおそれがあるため、それぞれ上記のように上限を規定する。添加の効果を得るための好ましい含有量(下限)としては、Nbであれば0.010%、Vであれば0.010%、Tiであれば0.005%である。
【0033】
(Ca:0~0.005%、Mg:0~0.005%、REM:0~0.005%)
Ca、Mg、及び、REMは、含有させると非金属介在物が球状化し、低温靱性を向上させることができるので、必要に応じて含有させてもよい。但し、その含有量が過剰な場合、介在物が粗大になるため破壊の起点となり、靱性を損なう恐れがあるため、それぞれ上記のように上限を規定する。添加の効果を得るための好ましい含有量(下限)としては、Caであれば0.001%、Mgであれば0.001%、REMであれば0.001%である。ここでREMとは、原子番号57~71の15元素、ならびにScおよびYの2元素の合計17元素をさし、そのうちの任意の1種類、あるいは2種類以上の混合物を用いることができる。REMの含有量は前記17元素の合計含有量である。
【0034】
上記成分の残部は、鉄(Fe)及び不純物である。ここで、不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0035】
また、下式(1)で表されて鋼成分(質量%)から計算される炭素当量式(Ceq)は0.35~0.70%であることが望ましい。Ceqを0.35%以上とすることにより耐摩耗性の確保が容易になる。一方、Ceqを0.70%以下とすることにより、低温割れをより一層確実に抑制することができる。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 ・・・(1)
〔C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo及びVは、各元素の含有量(質量%)を表し、含有しない場合は0とする。〕
【0036】
〔フラックス入りワイヤ〕
本発明において、溶接材料とするのは、鋼製外皮にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤであり、このフラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対して弗化物をF換算値で0.10~2.50%、好ましくは0.15~2.00%含有する。上述したように、一般に、フラックス入りワイヤにおいては、フラックスが水素の吸着源となるために低温割れを発生し易いが、弗化物を適量添加することで溶接中のアーク雰囲気における水素量を低減させることができる。これは溶接中に弗素と水素が化合物を形成するためと考えられる。このような働きを発現させるためには、F換算値での弗化物の含有量がフラックス入りワイヤの全質量に対して0.10%以上であることが必要である。一方で、過剰な添加はスパッタの発生等の溶接性を阻害するおそれがあるため、その上限は2.50%以下とする。なお、フラックス入りワイヤの説明における「%」は、特に断りがない限り「質量%」を表す。
【0037】
この弗化物について特に制限はないが、好ましくは、CaF、BaF、SrF、MgF、LiF、NaF、KZrF、KSiF、NaAlF等を挙げることができ、これらの1種又は2種以上を用いるのがよい。これら弗化物が電離して生じたCa、Ba、Sr、Mg、Li、Na、K、Zr、Si、及びAlは、酸素と結合して溶接金属中の酸素量を低減させる脱酸元素として作用するため、これらの弗化物であれば溶接金属の靱性を向上させる点でも有利である。なお、F換算値は、弗化物に含まれる弗素(F)の量をフラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で示すものであることから、例えば上記のような弗化物の場合、このF換算値は次の式(2)より求めることができる。ここで、式(2)中の弗化物の化学式は、各化学式に対応する弗化物の、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%を示す。また、各弗化物の化学式の係数は、各弗化物の化学式量から算出したものである。
0.487×CaF+0.610×MgF+0.732×LiF+0.452×NaF+0.402×KZrF+0.217×BaF+0.517×KSiF+0.543×NaAlF … …式(2)
【0038】
また、本発明で用いるフラックス入りワイヤは、水分含有量が300ppm以下、好ましくは250ppm以下となるようにする。先に述べたように、フラックス入りワイヤでは、特にフラックス中に多くの水素が含まれる可能性があり、これが低温割れの原因となる。そこで、本発明のように、予熱作業の負荷を減らすことを目的とし、特に、低温環境のように溶接に不向きな条件下においても、予熱作業による負荷を減らして耐摩耗鋼の溶接施工を可能にするために、所定の弗化物の添加に加えて、上記のようにワイヤ中の水分含有量の低減が必要である。
【0039】
ここで、フラックス入りワイヤの製造段階において低水素化を図った場合でも、実際の溶接施工までの経時変化で吸湿が生じるおそれがある。なかでも、ワイヤにフラックスを充填する際に採用されることがあるかしめでは、製造後のフラックス入りワイヤを長期間保管するような場合に吸湿の問題が顕著となる。そのため、本発明では、鋼製外皮にスリット状の隙間がない、シームレス形状を有したフラックス入りワイヤを用いるようにする。
【0040】
このようなシームレスタイプのフラックス入りワイヤとするには、例えば、鋼製外皮となる鋼帯を長手方向に送りながら成形ロールにより成形してオープン管(U字型)とし、これを鋼製外皮とする。その際、鋼帯の成形の途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、鋼帯の成形の後に、開口部の相対するエッジ面を突合せシーム溶接して、継目無し管を得る。次いで、この継目無し管を伸線して、この伸線を行う伸線工程の途中又は伸線工程の完了後に継目無し管を焼鈍処理することで、シームレスタイプのフラックス入りワイヤを得ることができる。このように、シームレス形状として内部のフラックスを完全密閉することで、例えば上記のような焼鈍処理により、フラックスが内部に持ち込んだ水分を除去することが可能になる。なお、水分含有量の低減を図るには、このような焼鈍処理に限られずに、例えば、フラックスとして充填するフラックス成分をアークで溶解したり、高周波誘導加熱で溶解するなどしてるつぼに取り出し、これを粉砕して非晶質の粉体としたり、ガスアトマイズ法により非晶質の粉体にし、吸湿し難い溶融フラックスにして充填する方法等を挙げることができる。
【0041】
また、フラックス中には、溶接ビード形状を良好に維持する効果を有するスラグ形成材として、TiO、SiO、ZrO、MgO、Al、CaO等の金属酸化物を1種又は2種以上含有してもよい。更には、フラックスの造粒に使用されるバインダー等に含まれる金属酸化物を含有してもよい。これら以外にも、フラックス中には、例えば鉄粉やその他合金粉末を添加してもよく、また、金属炭酸塩(CaCO3)等をアーク安定剤として含有するようにしてもよい。
【0042】
〔溶接金属〕
本発明では、上述したように、所定の耐摩耗鋼板に対して、上記のようなフラックス入りワイヤを用いてガスシールド溶接を行うことで、溶接継手を製造するが、低温割れを抑制するには、溶接金属における成分値にも配慮が必要である。特に、溶接金属の化学成分は溶接材料からの供給と母材希釈とにより決定されるため、フラックス入りワイヤと耐摩耗鋼板の成分を設定するにあたり、目標とする溶接金属の化学組成は次に説明するとおりである。なお、これらの説明における「%」は、特に断りがない限り「質量%」を表す。
【0043】
(C:0.01~0.15%)
Cは、溶接金属の硬さに最も影響する元素である。鋼材を耐摩耗鋼とした場合、予熱省略のためにはこのC量を0.15%以下とする必要がある。一方で、C量の過剰な低下は溶接金属強度の低下を招くため0.01%以上とする。
【0044】
(Si:0.10~2.00%)
Siは、脱酸元素であり、溶接金属のO含有量を低減して清浄度を高めるために、フラックス入りワイヤのフラックスには一定量添加する必要があり0.10%以上とする必要がある。一方で、過剰な添加は溶接金属の靱性を劣化させるため2.00%以下とする必要がある。
【0045】
(Mn:0.50~2.00%)
Mnは、MnSを形成してSによる粒界脆化を抑制する効果がある。また、Mnは溶接金属の焼入性を確保して強度を高める効果のある元素であるので、硬さを安定的に得るために必要であるため0.50%以上とする。一方、過剰に含有すると、粒界脆化感受性が増加して溶接金属の靱性が劣化するため2.00%以下とする。
【0046】
(P:0.050%以下)
Pは不純物元素であり、靱性を劣化させる。そのため極力低減する必要があるが、靱性への悪影響が許容できる範囲として、溶接金属のP含有量は0.050%以下とする。
【0047】
(S:0.020%以下)
Sも不純物元素であり、溶接金属中に過大に存在すると靱性と延性とを共に劣化させるため、極力低減することが好ましい。靱性、延性への悪影響が許容できる範囲として、溶接金属のS含有量は0.020%以下とする。
【0048】
(Al:0.003~0.100%)
Alは脱酸元素であり、Siと同様に、溶接金属中のO含有量を低減することにより、溶接金属の清浄度を向上させる効果があるので、0.003%以上含有させる必要がある。一方、過剰に含有させると、窒化物や酸化物を形成して、溶接金属の靱性を劣化させるために0.100%以下とする。
【0049】
(N:0.015%以下)
Nは、溶接金属中には不可避的に含有されるが、過剰に含有すると粗大なAlNやBNを形成して靭性を低下させるため0.015%以下とする。
【0050】
(B:0.0100%以下)
Bは、溶接金属中に適正量含有させると、固溶Nと結びついてBNを形成して、固溶Nの靭性に対する悪影響を減じる効果がある。また、Bは、焼入性を高めて強度向上に寄与する効果もある。これらの効果を得るため、選択元素として含有させることができる。一方、B含有量が0.0100%超になると、溶接金属中のBが過剰となり、粗大なBNやFe23(C、B)等のB化合物を形成して靭性を逆に劣化させるため、好ましくない。そこで、Bを含有させる場合のB含有量の上限は0.0100%とする。また、このような効果を得るための好ましい下限は0.0003%である。なお、フラックス入りワイヤがBを含まずに、耐摩耗鋼板でのBの含有量が下限に近い値の場合、溶接金属中のBが分析限界を下回るようなごく微量になる可能性があるため、ここでの下限は規定していない。
【0051】
(O:0.100%以下)
Oは、溶接金属中には不可避的に含有されるが、過剰に含有すると靱性、延性への悪影響が避けられないため、O含有量の上限は0.100%とする。
【0052】
(Ti:0.010~0.100%)
TiもAlと同様、脱酸元素として有効であり、溶接金属中のO含有量を低減させる効果があるので、0.010%以上を含有させる必要がある。一方で過剰になると、粗大な酸化物の形成に起因した靱性劣化、過度な析出強化による靱性劣化が生じるため上限を0.100%とする。
【0053】
(Cu:0~1.0%、Ni:0~3.0%、Cr:0~2.0%、Mo:0~2.0%)
Cu、Ni、Cr、及び、Moは、固溶元素として溶接金属の強度と靭性とを向上させることができるので、選択元素として含有できる。一方で過剰に含有させた場合には経済性を損なうばかりでなく靱性の低下を招く場合があるため、それぞれ上記のように上限を規定する。添加の効果を得るための好ましい含有量(下限)としては、Cuであれば0.05%であり、Niであれば0.05%であり、Crであれば0.05%であり、Moであれば0.03%である。
【0054】
(Nb:0~0.100%、V:0~0.100%)
Nb、及び、Vは、固溶元素として又は炭窒化物形成により溶接金属の硬さ向上に有効な元素であり、選択元素として含有できる。一方、過剰に含有させると、靱性を低下させることがあるため、それぞれ上記のようにその上限が規定される。添加の効果を得るための好ましい含有量(下限)としては、Nbであれば0.010%であり、Vであれば0.010%である。
【0055】
(Ca:0~0.005%、Mg:0~0.005%、REM:0~0.005%)
Mg、Ca、及び、REMは、溶接金属中での硫化物の構造を変化させ、また、硫化物、酸化物のサイズを微細化して延性及び靭性向上に有効であり、選択元素として含有できる。一方、過剰に含有すると、硫化物や酸化物の粗大化を生じ、延性、靭性の劣化を招くので、それぞれ上記のように上限を規定する。添加の効果を得るための好ましい含有量(下限)としては、Caであれば0.001%であり、Mgであれば0.001%であり、REMでは0.001%である。なお、REMについては前述した内容と同様である。
【0056】
以上の化学組成を有する溶接金属は、鉄(Fe)を主成分とする残部が本実施形態に係る溶接継手の特性を阻害しない範囲で、製造過程等で混入する不純物を含有してもよい。
【0057】
本発明においては、所定のフラックス入りワイヤを溶接材料として用いるだけではなく、鋼材についても所定の耐摩耗鋼板を用いることで、予熱作業の負荷を実質的に減らして、低温割れを防ぐことができる。例えば、予熱温度を低下させたり、予熱作業の時間を短縮できるようになるほか、予熱作業を行わずに溶接継手を製造しても低温割れを防ぐことができるようになる。特に、本発明によれば、低温環境のように溶接に不向きな状況であっても、予熱作業による負荷を減らすことができる。これまで、通常、低温割れの評価にはJIS Z3158:1993規定のy形溶接割れ試験方法が採用されているところ、このときは入熱量17kJ/cm及び室温での評価である。一方で、実施工時では、更なる低温環境、更なる小入熱量となる状況もあり得るため、本発明では、後述する実施例で示すように、5℃以下の低温環境下であっても予熱作業の負荷を減らして、低温割れを防ぐことができるようにしている。
【0058】
また、本発明において、ガスシールドアーク溶接の方法については特に制限されず、通常用いられる方法を採用することができる。例えば、シールドガスとしては、100%COガスのほか、Arガスと3~20vol%のCOガスとの混合ガスなどを用いることができる。シールドガスの流量は、通常の条件、すなわち約15~30L/minとすることができる。また、電流や電圧等の溶接条件についても特に制限はなく、例えば、電流200~350A、電圧25~35V等である。その際、溶接入熱が10~50kJ/cmとなるように、溶接速度を制御してもよい。
【0059】
更には、製造される溶接継手の形状は用途等に応じて決定され、特に限定されるものではない。通常の突合せ継手、角継手、T継手など、開先を形成する溶接継手に適用できる。したがって、溶接される鋼板の形状も、少なくとも溶接継手を形成する部分が板状であればよく、全体が板でなくともよく、例えば、形鋼なども含むものである。また、別々の鋼板から構成されるものに限定されず、1枚の鋼板を管状などの所定の形状に成形したものの突合せ溶接継手であってもよい。
【実施例
【0060】
次に、実施例に基づいて本発明について説明するが、本発明はこれらの内容に制限されるものではない。
【0061】
(試験例1)
表1-1に示す成分(残部はFe及び不純物である)と表1-2に示す板厚等を有した鋼板1~35を母材(被溶接材)として使用した。なお、溶接の裏当金には母材と同じ鋼板を使用した。また、表1-1中のCeqは、上述した式(1)で表される炭素当量である。
【0062】
これらの鋼板を得るにあたり、それぞれ250mm厚のスラブを連続鋳造法にて作製した。その際、板厚中心位置の介在物制御の観点より、連続鋳造過程においては、溶鋼の温度を過度に高くせず、溶鋼組成から決まる凝固温度に対し、その差が50℃以内になるように管理して、更に凝固直前の電磁攪拌、凝固時の圧下を行った。スラブは必要に応じて1200~1300℃で5時間以上保持する加熱処理を行うことで中心偏析の制御を行った。続いて、熱間圧延により厚さ12~100mmの鋼板を製造した。圧延した鋼板は900~1000℃で加熱後水冷することで表層硬さを調整した。なお、鋼板の作りこみは、圧延後直接水冷を行ってもよい。
【0063】
得られた鋼板1~35について、それぞれ鋼板の圧延垂直方向(C方向)の断面で板厚中心部におけるMnの偏析量を求めると共に、長径10μm以上の非金属介在物の測定を行った。このうち、Mnの偏析量を求めるにあたっては電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)により測定した。具体的には、耐摩耗鋼板の断面で厚み方向の中心位置を中央値とする板厚方向2mm以上の範囲について電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)によりMn濃度を線分析して、最高値(C)を全体の平均値(Co)で除した成分値比(C/Co)を求め、これをMn偏析量とした。一方で、長径10μm以上の非金属介在物の測定は、厚み方向の中心位置を中央する板厚方向2mm、幅10mmの範囲を光学顕微鏡により観察して、長径が10μm以上の非金属介在物の数をカウントして、単位面積(mm)あたりの数を求めた。
【0064】
また、これら鋼板1~35の表面から1mm深さ位置におけるブリネル硬さである表層ブリネル硬さYと、板厚中心部でのブリネル硬さである中心部ブリネル硬さYを測定した。このうち、表層ブリネル硬さYの測定では、板厚方向に研削を行い、表面から1mm深さ位置の試験面として、この試験面を研磨した後、JIS Z2243-1:2018及びJIS Z2243-2:2018に準拠してブリネル硬さを測定した。また、中心部ブリネル硬さYの測定では、板厚中心部まで研削及び切削を行い、板厚中心部での試験面として、この試験面を研磨した後、JIS Z2243-1:2018及びJIS Z2243-2:2018に準拠してブリネル硬さを測定した。これらの結果を表1-2に示すと共に、表層ブリネル硬さYと中心部ブリネル硬さYとの差の表層ブリネル硬さYに対する割合を示した。なお、ブリネル硬さの測定には直径10mmのタングステン硬球を使用し、荷重は3000kgfとし、各試験面について5点で試験を行い、それぞれの平均値をブリネル硬さHBW(10/3000)とした。
【0065】
【表1-1】
【0066】
【表1-2】
【0067】
また、溶接材料であるフラックス入りワイヤとしては表2に示したワイヤ1~35を使用した。これらは以下の方法により製造した。
先ず、フラックスはボンド型とし、酸化物、弗化物及び金属の粉体を混合し、粘結剤で粒状化させ、乾燥させてフラックスとした。フラックス中の弗化物については、CaF、BaF、SrF、MgF、LiF、NaF、KZrF、KSiF、及びNaAlFから選ばれるいずれか1種又は2種以上を使用し、F換算値は表2に記したとおりである。その他、スラグ形成材およびアーク安定剤としての金属酸化物を含有させた。
【0068】
また、鋼製外皮として鋼帯を成形してU型のオープン管とし、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ両端を突合せて溶接して(シーム溶接して)、継ぎ目の無いシームレス管とした。その際、一部は比較材として、シーム溶接を行うかわりにかしめて、隙間を有した管とした。これらについて、それぞれ伸線することで、最終ワイヤ径がφ1.2mmフのラックス入りワイヤを得た。その際、継ぎ目の無いシームレス管については、伸線作業の途中で650~950℃の温度範囲で4時間以上の焼鈍を行った。
【0069】
上記で得られたワイヤ1~35について、水分含有量(水分量)を測定した。水分はJIS K 0068:2001に準拠したカールフィッシャー法(KF法)により測定した。測定試料はワイヤを1~2mmの長さに切断し、1~5gとなるだけ採取した。測定試料を900℃に加熱した炉内に挿入し、気化させた水分を電量滴定法にて測定した。
【0070】
【表2】
【0071】
このフラックス入りワイヤを用い、上記の鋼板を、ルートギャップ16mm、開先角度20°で突き合わせ、裏当金を用いて溶接した。溶接条件は、電流値270A、電圧30V、溶接速度30cm/minとした。また、シールドガスとしては100%COを使用し、流量25L/minとした。予熱は実施せず、溶接パス間温度は200℃以下とした。得られた溶接金属の化学成分分析結果を表3に示す。なお、この溶接試験の各試験番号は、母材である鋼板の番号とフラックス入りワイヤの番号との組み合わせを示している。つまり、試験番号1-1は、鋼板1を母材とし、ワイヤ1を溶接材料として溶接することを意味し、以下同様に、試験番号は「鋼板番号-ワイヤ番号」の組み合わせを表す。
【0072】
また、鋼板とフラックス入りワイヤとの組み合わせを上記と同じにした試験番号での溶接について、低温割れ試験を行った。低温割れ試験は、JIS Z3158:2016(y形溶接割れ試験方法)に準拠した。但し、試験温度は5℃とした。その際、フラックス入りワイヤ側がプラスとなるようにし、溶接姿勢は下向き、電流値270A、電圧30V、溶接速度30cm/minとした。また、シールドガスとしては100%COを使用し、流量25L/minとした。そして、表面及び断面のいずれにも割れがないことをもって合格(割れ無し)とし、いずれか一方でも割れが確認されたときは不合格(割れあり)とした。更には、鋼板とフラックス入りワイヤとの組み合わせを上記と同じにして溶接したときの溶接金属の質量当たりの拡散性水素量を測定した。測定は、JIS Z 3118:2007(鋼溶接部の水素量測定方法)に準拠したガスクロマトグラフ法にて実施し、その際、シールドガスとしては100%COを使用して流量25L/minとし、溶接姿勢は下向き、電流値270A、電圧30V、溶接速度35cm/minとした。これらの結果を表4に示す。
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
表4に示した通り、本発明に係る方法であれば、試験温度を5℃としたy形溶接割れ試験方法において、割れの無い溶接継手が得られることが分かる。したがって、板厚中心部でのMnの偏析量が少ない耐摩耗鋼板に対して、所定のフラックス入りワイヤを用いてガスシールド溶接を行うことで、溶接に不向きな低温環境下であっても、予熱温度を低下させたり、予熱作業の時間を短縮したり、或いは、予熱作業を行わないようにして、予熱作業の負荷を実質的に減らしながら、低温割れを防いで耐摩耗鋼の溶接を行うことができるようになる。