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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-26
(45)【発行日】2024-12-04
(54)【発明の名称】藻礁用基材
(51)【国際特許分類】
   A01G 33/00 20060101AFI20241127BHJP
   A01K 61/77 20170101ALI20241127BHJP
【FI】
A01G33/00
A01K61/77
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021045329
(22)【出願日】2021-03-19
(65)【公開番号】P2022144362
(43)【公開日】2022-10-03
【審査請求日】2023-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】吉村 航
(72)【発明者】
【氏名】小杉 知佳
【審査官】大澤 元成
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-129642(JP,A)
【文献】特開昭62-210934(JP,A)
【文献】特開2010-220588(JP,A)
【文献】特開2008-000944(JP,A)
【文献】特開2008-263928(JP,A)
【文献】特開平10-000043(JP,A)
【文献】特開2001-299129(JP,A)
【文献】特開2014-100103(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0250017(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 33/00-33/02
A01K 61/70-61/78
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
海中での波浪に対する耐浸食性の異なる素材が組み合わされてなる藻礁用基材であって、
耐浸食性の低い素材が、耐浸食性の高い素材の一部を包含して組み合わされてなり、
前記耐浸食性の低い素材が、浚渫土と製鋼スラグと高炉スラグ微粉末とからなる浚渫土固化体である、
藻礁用基材。
【請求項2】
耐浸食性の低い素材が、耐浸食性の高い素材を包含して組み合わされてなることを特徴とする請求項1に記載の藻礁用基材。
【請求項3】
前記耐浸食性の高い素材の表面が、凹凸を有していることを特徴とする請求項1又は2に記載の藻礁用基材。
【請求項4】
前記耐浸食性の高い素材が、モルタルであるか、又は、製鋼スラグと高炉スラグ微粉末とを含む水和固化体であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の藻礁用基材。
【請求項5】
前記基材は、水槽内で海藻の胞子が含まれた海水とともに前記基材を一定期間培養することで、海藻の胞子または発芽体をあらかじめ付着させたものであることを特徴とする請求項1からのいずれか1項に記載の藻礁用基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潮流や波浪の有る海域で使用する藻礁用基材に関する。
【背景技術】
【0002】
海域では、緑藻、褐藻、紅藻などの種々の海藻が群落を形成している。これらは藻場と呼ばれ、魚介類の棲息場所や産卵場所として、海域の生態系の維持に大きな役割を果たしている。
【0003】
しかし近年では、日本各地の沿岸域において、自然環境の変化に起因すると考えられる海中の藻場の衰退・消失が頻発している。こうした現象は磯焼けと呼ばれ、漁場の衰退と漁獲量の減少につながることから大きな問題となっている(非特許文献1)。
【0004】
そこで、海中の衰退した藻場を回復し、また従来藻場が存在しなかった場所に新たな藻場を創出する取り組みが行われている。そのひとつの方法として、海藻が着生することを期待して、基材を人為的に海中に沈め、藻礁とすることが一般的に行われている(非特許文献1)。
【0005】
これらの藻礁用基材には、天然石の他に、様々な人工物が用いられている。これらの基材には、海中での耐久性に優れていること、ある程度の重量があり設置した地点に安定的に留まること、周辺の環境に悪影響を及ぼさないことなどが求められる。一般的には、コンクリート、モルタル、セメントなどで作製されたブロックが上記基材として用いられている。その他に、金属製廃材、木材、ゴムタイヤ、などの廃棄物が上記基材として利用されることもある。
【0006】
こうした人工的基材に対する海藻の着生を促すために、基材の形状を工夫する方法がいくつも考案されている。そのなかでも、基材の表面に突出部を設けることで、海藻の付着性を高めるという方法がよく用いられている(非特許文献1、特許文献1、特許文献2)。稜角部は、海流の流れが速い場合には、浮泥が堆積しにくいことから、大型の褐藻類が付着しやすいことが知られている。また、基材を表面粗度が高い素材や、多孔質の素材で構成するという方法もよく用いられる(非特許文献1、特許文献3、特許文献4)。基材表面の凹凸は、海藻胞子が付着可能な基材の表面積を増やす効果があり、海藻の着生数を増すことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2001-275506号公報
【文献】特開2002-45080号公報
【文献】特許第4389629号公報
【文献】特許第3087925号公報
【文献】特開2019-41739号公報
【文献】特許第4367773号公報
【文献】特開2004-121195号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】水産庁「改訂 磯焼け対策ガイドライン」H27.03
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、従来の藻礁用基材には以下の課題がある。これらの基材を海中に設置しておくと、基材表面が新鮮である間は海藻がよく着生する。しかし、時間が経つにつれて、基材表面が種々の汚れや浮泥、海藻以外の固着性の生物などによって被覆され、海藻が着生可能な表面積が減少することで、新たに海藻が着生しにくくなる(非特許文献1、特許文献5)。
【0010】
これに対して非特許文献1では、定期的に基材の表面を削ることで、表面の汚れや固着性生物を除去し、新たに新鮮な面を露出させ、基材を再生するという方法が提案されている。しかし、海中でそのような研磨や斫作業を行うためには、船舶や特殊な機材が必要であり、人手とコストの面から非常に負担が大きく、実施には困難が伴う。また、海中でそのような作業を行うことは、環境や生態系への悪影響も懸念される。また、海中から基材を引き上げて、陸上で同様の処理を行うという方法も考えられるが、この方法でも、基材を引き上げるための船舶や機材が必要であることから、同様に人手とコストの面での課題が大きい。別の方法として、特許文献6、特許文献7では、海中に設置した基材に対して、定期的に新しい基材片を取り付けることが提案されている。しかし、この方法を実施するためには、やはり船舶や特殊な機材が必要であり、前述したのと同様、人手とコストの面で大きな課題がある。
【0011】
したがって本発明の目的は、このような従来の課題を解決し、長期間海中に設置しても、維持管理のための人為的な操作を必要とせず、かつ海藻の付着性が長期間持続する藻礁用基材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題に対して、本発明者らは、海中では潮流・波浪によって海水や海底の砂礫などが絶えず藻礁用基材に接触することで、藻礁用基材に対して常に浸食作用が働くことに着目し、これを利用して、常に表面が更新するような藻礁用基材を開発することを考えた。基材に浸食作用に対する耐久性が低い素材を用いることで、海中において基材の表面が潮流・波浪により徐々に浸食され、表面に付着した汚れや固着性の生物などが除去されることで、海藻が付着可能な新鮮な表面が継続的に露出する。
【0013】
ただし、上記の浸食に対する耐久性は低ければ低いほどよいとは限られない。海藻の成長にはある程度時間が掛かるためである。したがって、海藻が十分に成長するまでの間は基材が浸食に耐えうることが好ましい。例えば、多くの海藻は数か月から2、3年程度の寿命をもつことが知られている。そのような観点から、基材の耐久性は海中でその表面が数か月から2、3年程度で更新されるようなものであることが好ましい。基材の耐久性が低すぎると、たとえ基材上に海藻が着生しても、海藻が大きく成長する前に、海藻が着生した表面が浸食され、海藻が基材から脱落してしまう可能性がある。そのような場合、基材上に海藻を大きく成長させることができない。そこで、基材上での海藻の成長と、表面の更新による汚れの除去効果を両立するためには、海藻が大きく成長できる程度の長期間、基材表面が更新されずに維持されることが好ましい。
【0014】
また、基材が上記のような耐久性の要件を満たすものであっても、基材が単一の素材のみで構成される場合、例えば基材を浸食に対する耐久性が低い素材のみで構成することには以下のような課題も存在する。基材に対する海藻の着生を促進するために、基材表面に突出部や凹凸を設けることが効果的であることは既に述べたが、こうした構造を、浸食に対する耐久性が低い素材のみで構成された基材上に設けても、こうした構造は一般的に比表面積が大きいために浸食作用を受けやすく、短期間で浸食されて消失し、それらが海藻の着生を促進する効果は失われてしまう。また、基材を長い期間、海中に設置しておいた後では、最終的には浸食に対する耐性が低い部分が全て浸食されて、流亡してしまうため、もはや藻礁用基材として機能することはできない。一方、基材を浸食に対する耐久性が高い素材のみで構成した場合、基材表面が長期間更新されず、海藻が着生するための表面積を維持できない可能性がある。
【0015】
本発明者らは、海中では潮流・波浪によって海水や海底の砂礫が接触することで、藻礁用基材に浸食作用が常に働くことに着目し、浸食に対する耐性が異なる複数の素材を組み合わせた基材を考案した。このような基材を海中に設置すると、浸食に対する耐性が低い素材(以下、低浸食耐性の素材)で形成された部分は、浸食によりその表面が徐々に更新される一方で、浸食に対する耐性が高い素材(以下、高浸食耐性の素材)で形成された部分はほとんど浸食されない。そのため、基材を長期間海中に設置しても、浸食に対する耐性が低い部分の浸食が進むにつれて、基材表面に海藻が付着可能な新鮮な表面が常に露出するとともに、基材表面には浸食に対する耐性が高い素材に由来する稜角部や凹凸が表出する。このことによって、基材に対する海藻の付着性が長期間維持される。また、基材を長い期間、海中に設置しておくと、最終的には浸食に対する耐性が低い部分が全て浸食され、流亡するが、浸食に対する耐性が高い部分はその後も長期間にわたり海中に残存するため、藻礁用基材としての最低限の機能は維持される。
【0016】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、以下を要旨とする。
[1]海中での波浪に対する耐浸食性の異なる複数の素材が組み合わされてなる藻礁用基材であって、耐浸食性の低い素材が、耐浸食性の高い素材の一部を包含して組み合わされてなり、前記耐浸食性の低い素材が、浚渫土と製鋼スラグと高炉スラグ微粉末とからなる浚渫土固化体である、藻礁用基材
]耐浸食性の低い素材が、耐浸食性の高い(ひとつながりの)素材を包含して組み合わされてなることを特徴とする[1]に記載の藻礁用基材。
]前記耐浸食性の高い素材の表面が、凹凸を有していることを特徴とする[]又は[]に記載の藻礁用基材。
]前記耐浸食性の高い素材が、モルタルであるか、又は、製鋼スラグと高炉スラグ微粉末とを含む水和固化体であることを特徴とする[]から[]のいずれか1項に記載の藻礁用基材。
]前記基材は、水槽内で海藻の胞子が含まれた海水とともに前記基材を一定期間培養することで、海藻の胞子または発芽体をあらかじめ付着させたものであることを特徴とする[1]から[]のいずれか1項に記載の藻礁用基材。
【発明の効果】
【0017】
本発明の藻礁用基材によれば、一度海中に設置したあとも、人為的な維持管理を行う必要がなく、長期間にわたって海藻の着生効果が高い状態が維持され、藻礁として有効に機能させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の実施形態に係る藻礁用基材の一例の模式説明図である。
図2】本発明の実施形態に係る藻礁用基材の一例の模式説明図である。
図3】本発明の実施形態に係る藻礁用基材の一例の模式説明図である。
図4】本発明の実施形態に係る藻礁用基材の一例の模式説明図である。
図5】本発明の実施形態に係る藻礁用基材の一例の模式説明図である。
図6】モルタル、鉄鋼スラグ水和固化体、浚渫土固化体平板の加速浸食試験後の写真である。
図7】モルタル、鉄鋼スラグ水和固化体、浚渫土固化体平板の加速浸食試験における浸食度を示すグラフである。
図8】モルタル、鉄鋼スラグ水和固化体、浚渫土固化体平板へのスサビノリの着生の様子を示す写真である。
図9】モルタルと浚渫土固化体による複合基材の仕様を表す模式説明図である。
図10】モルタルと浚渫土固化体による複合基材の加速浸食試験後の写真である。
図11】加速試験前後のモルタルと浚渫土固化体による複合基材へのスサビノリの着生の様子を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明について詳しく説明する。
【0020】
本発明において藻礁用基材とは、海藻類をその表面ないしは内部に着生、生育させることを目的に海中に設置される構造物のことを指す。
【0021】
本発明において対象とする海藻とは緑藻、褐藻、または紅藻に属する海洋性の多細胞性の藻類を指す。藻場造成という観点では比較的大型になる海藻が好ましく、緑藻類であればアオサ目の海藻が好適であり、褐藻類であれば特にコンブ目、ヒバマタ目の海藻が好適であり、紅藻類であればウシケノリ目、テングサ目の海藻が好適である。
【0022】
本発明において使用する高浸食耐性の素材は、海中での浸食に対して、十分に高い耐性を有するものであれば、特に制限なく使用することができる。具体的には、ある素材で作製された長さ80mm、幅60mm、厚さ15mmの平板を、後述する試験例1と同様の条件で試験した際に、2mm未満の浸食度を示すとき、本発明ではそれを高浸食耐性の素材と定義する。浸食度の下限は特に制限されない。ここで、浸食度とは、後述する試験例1の試験を行った場合に、試験片の厚さの試験前後での変動量を意味する。また、海中での潮流や波浪による作用を受けても、基材が安定的に設置した場所に留まるためには、ある程度比重が高い素材であることが好ましい。この観点からは、比重が1.5トン/m以上であることが好適である。また、基材を海中に設置した際に、生物に有害な成分の溶出がない、もしくは少ないなど、周辺の環境や生態系に悪影響を与えないことが好ましい。上記の観点から、高浸食耐性の素材は、セメント系の素材である、モルタルやコンクリートなどが好適である。また、上記の条件を満たす種々の天然石も同様に好適である。具体的には、火成岩が好ましく、大理石、安山岩などを用いることができる。また、結合剤として高炉スラグの微粉末を、骨材として製鋼スラグを用いて、アルカリ刺激剤や混和剤を用いて固化させた固化体である鉄鋼スラグ水和固化体も好適である。このような鉄鋼スラグ水和固化体としては、例えば、試験例1で用いた配合の水和固化体が挙げられる。
【0023】
本発明において使用する低浸食耐性の素材は、海中での浸食により表面が更新されるものであれば、特に制限することなく使用することができる。具体的には、試験例1で示す浸食試験において、ある素材で作製された長さ80mm、幅60mm、厚さ15mmの平板が、試験例と同様の条件で試験した際に、2mm以上の浸食度を示すとき、本発明ではそれを浸食耐性が低い素材と定義する。素材の浸食に対する耐久性が低すぎる場合には、その基材上に海藻が着生し、また十分に成長する前に、基材表面が浸食されて、海藻が基材から脱落する可能性がある。そうした観点から、浸食耐性の低い素材は前述の試験において2mm以上、10mm以下の浸食度を示す素材であることが好ましい。
基材が藻礁として効果的に機能するためには、基材の表面上に着生した海藻が大きく成長する程度の期間、好ましくは数か月から2、3年の間、基材の表面部分が基材に留まることが好ましい。例えば、スサビノリやホンダワラ、アカモクなどの一年生の海藻を対象とした藻礁用基材であれば、半年から1年の間、基材の表面部分が基材に留まることが好ましい。また、マコンブやアラメ、カジメなどの多年生の海藻を対象とした藻礁用基材であれば、1年から2、3年の間、基材の表面部分が基材に留まることが好ましい。そのような観点から、低浸食耐性の素材は、海中での浸食作用に対してある程度の耐久性を有するものがより好適である。そのような素材として、港湾などの海底の浚渫作業により発生した浚渫土に、骨材として製鋼スラグを加え、結合剤として高炉スラグ微粉末やアルカリ刺激剤を用いて固化させた固化体である浚渫土固化体が好適である。このような浚渫土固化体としては、例えば、試験例1で用いた配合の浚渫土固化体が挙げられる。浚渫土固化体の圧縮強度は、その配合によって異なるが、低浸食耐性の素材が自重や海中での水圧に対して安定に構造を保てるという観点からは、材齢28日における圧縮強度が10N/m以上であるものが好ましい。このような素材としてその他に、上記の条件を満たす天然石も用いることができる。具体的には、浸食性の観点からは堆積岩が好ましく、石灰岩、砂岩などを用いることができる。
【0024】
本発明における基材は、浸食に対する耐久性の異なる素材を複合的に用いたものである。本発明における基材において、海中での浸食作用による表面の更新という効果が発現するためには、基材を海底に設置する前の段階において、基材表面に低浸食耐性の素材が、少なくとも一部表出していることが必要である。このことから、高浸食耐性の素材が、低浸食耐性の素材を包含した基材は本発明の範囲には含まれない。基材の表面に、浸食により常に更新される面と、浸食されにくい面が併存し、基材への海藻の付着性を高めるという観点からは、耐久性の異なる素材が基材表面に同時に表出するような形状であることが好ましい。または、基材の浸食に対する耐性の低い素材からなる部分が、海中で浸食されていく過程において、前記の条件を満たすような形状が生成し維持される形態であってもよい。例えば、低浸食耐性の素材が、高浸食耐性の素材を包含した基材は、その浸食の過程において、いずれ高浸食耐性の素材が基材表面に露出することから、本発明の範囲に含まれる。本発明における基材を海中に設置して十分に長い時間が経過すると、海中での浸食作用によって基材の浸食に対する耐性が低い素材からなる部分は完全に浸食されて消失し、基材の浸食に対する耐性が高い素材からなる部分のみが残存するが、当該部分のみで藻礁として有効に機能するためには、基材の浸食に対する耐性が高い素材からなる部分の形状が、その表面に稜角部や凹凸を備えた形状であることが好適である。
また、海中での潮流や波浪による作用を受けても、基材が設置した場所に安定的に留まるためには、基材の表面の一部に、基材を設置する際の底面とすることができる、比較的平坦な面をもつことが好ましい。この観点からは、基材は、基材の表面の一部に比較的平坦な面をもち、それ以外の面に凹凸などの複雑な形状をもつことが好ましい。このような観点から、本発明における基材の形状として想定されるものを図1図2図3図4図5に示した。これらの図において、符号1は高浸食耐性の素材部を示し、符号2は低浸食耐性の素材部を示し、符号3は高浸食耐性の素材部における凹凸部ないし稜角部を示す。高浸食耐性の素材部1は基材の骨格を構成しており、低浸食耐性の素材部2は高浸食耐性の素材部1の周囲に設けられている。図1に示す例では、高浸食耐性の素材部1が平板部及び円錐型の突出部を有し、低浸食耐性の素材部2が突出部の周囲に充填されている。図2に示す例では、高浸食耐性の素材部1が平板部及び台形型の突出部を有し、低浸食耐性の素材部2が突出部の周囲に充填されている。図3に示す例では、高浸食耐性の素材部1が大きさの異なる複数の平板部を積層した形状を有しており、低浸食耐性の素材部2が各平板部の周囲に充填されている。図4に示す例では、高浸食耐性の素材部1が籠状に形成されており、低浸食耐性の素材部2が高浸食耐性の素材部1の中空部分に充填されている。図5に示す例では高浸食耐性の素材部1が略矩形の環状部分と当該環状部分の四隅から延びる柱部分とで構成され、低浸食耐性の素材部2が高浸食耐性の素材部1の中空部分に充填されている。これらの形状をその一部分として含む、より大きな基材も当然、本発明の範囲に含まれる。また、これらは本発明における基材の形状をなんら制限するものではない。
【0025】
本発明における基材の寸法は、特に制限されない。海中での潮流や波浪に対して設置した場所に長期的に留まることができる安定性を有するためには、基材はある程度の大きさと重量をもつことが好ましい。このような観点から、少なくとも各辺が1m以上の大きさであり、重量として100kg以上の重さをもつことが好ましい。基材が大きいことによって藻礁として機能が低下することは想定されないが、設置の際にクレーンなどの重機を用いて海中に設置することを想定した際には、大きすぎることや、重量が重すぎることは、取り扱いを難しくする要因となりうる。そのような観点からは、各辺が10m以下であり、重量として100t以下であることが好ましい。
【0026】
本発明における基材の高浸食耐性の素材が成す部分の稜角部や凹凸の寸法については特に制限されない。しかし、小さな稜角部や凹凸は汚れや固着性の生物による被覆、または浸食作業によって、海藻の付着性を向上する効果が短期間で失われてしまうことから、基材表面の稜角部や凹凸の寸法は、その凸部と凹部の高低差や間隔が1cm以上であることが好適である。また、基材の表面にはこれらの稜角部や凹凸が多数存在することが好ましい。しかし、それらの寸法が基材に対して大きすぎる場合には、多数の稜角部や凹凸を基材に設けることが困難になる。したがって、基材表面の稜角部や凹凸の寸法は、その凸部と凹部の高低差や間隔が1cm以上であり1m以下であることが好ましい。
【0027】
本発明における基材の作製方法は、特に限定されない。一例として、浸食に対する耐性が低い素材を浚渫土固化体、浸食に対する耐性が高い素材をモルタルまたはコンクリートとして、基材を作製する場合、次のような方法により基材を作製することができる。まず型枠を用いて、モルタルまたはコンクリートを所望の形状に固化させる。この際に、型枠に凹凸の形状を設けることによって、部材の表面に凹凸を付加することができる。次に、浚渫土固化体をそれに接合するように固化させることで、2種類の素材から成る基材を作製することができる。上記の作成方法は一例であって、固化させる順番を入れ替えることが可能である。場合によっては、2種類の素材を同時に固化させることで、基材を作製することもできる。また、あらかじめ固化させた部材に対し、削る、割るなどの加工を施して、形状を変更することも当然可能である。
【0028】
本発明における基材の設置方法は特に制限されない。これまで藻礁用基材の設置方法として用いられてきた方法を用いることができる。一例として、岸壁または船上からクレーンを用いて、海底に吊り下ろすことで設置する方法をとることができる。また、基材は、水槽内で海藻の胞子が含まれた海水とともに基材を一定期間培養することで、海藻の胞子または発芽体をあらかじめ付着させたものであってもよい。
【0029】
以上説明した通り、本実施形態によれば、基材を長期間海中に設置しても、浸食に対する耐性が低い部分の浸食が進むにつれて、基材表面に海藻が付着可能な新鮮な表面が常に露出するとともに、基材表面には浸食に対する耐性が高い素材に由来する稜角部や凹凸が表出する。このことによって、基材に対する海藻の付着性が長期間維持される。また、基材を長い期間、海中に設置しておくと、最終的には浸食に対する耐性が低い部分が全て浸食され、流亡するが、浸食に対する耐性が高い部分はその後も長期間にわたり海中に残存するため、藻礁用基材としての最低限の機能は維持される。したがって、本実施形態の藻礁用基材によれば、一度海中に設置したあとも、人為的な維持管理を行う必要がなく、長期間にわたって海藻の着生効果が高い状態が維持され、藻礁として有効に機能させることができる。
【実施例
【0030】
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明する。なお、本発明はこれらの内容に制限されるものではない。
【0031】
<試験例1>モルタル、鉄鋼スラグ水和固化体、浚渫土固化体の浸食試験
表1の配合に従い、モルタル、鉄鋼スラグ水和固化体、浚渫土固化体で、長さ80mm、幅60mm、厚さ15mmの平板をそれぞれ作製した。平板は型枠に打設し、25℃で3日間養生した後、脱枠し、さらに材齢28日まで、流水中で養生したものを試験に用いた。125mm径の排水用硬質ポリ塩化ビニル管(VU管)を長さ150mmに切断し、片側から125mm径の排水用硬質ポリ塩化ビニルキャップ(VUキャップ)を嵌めて接着し、容器を作製した。この容器に、前述した平板をその長辺方向が容器の軸方向に一致するように入れ、さらに1Lの海水、200gの6号砕石、200gの7号砕石、および200gの標準砂を入れた。容器の開口部を125mm径の排水用硬質ポリ塩化ビニルキャップで密閉し、往復式の振盪器に、容器の軸方向が振盪方向と垂直になるよう設置して固定し、200rpmで100時間振盪した。振盪後、平板を容器から取り出して厚さを測定し、振盪前後の厚さの減少幅から、浸食度を評価した。試験後の固化体の写真を図6に、計測結果を図7に示した。
【0032】
【表1】
【0033】
図6の写真において、左がモルタルの平板であり、中央が鉄鋼スラグ水和固化体の平板であり、右が浚渫土固化体の平板である。図6の写真から、浚渫土固化体がモルタル、鉄鋼スラグ水和固化体に比べ、顕著に浸食されていることが確認できる。また図7の結果から、試験に用いた素材のうち、最も浸食に対する耐性が高いのはモルタルであり、次いで鉄鋼スラグ水和固化体であり、最も浸食に対する耐性が低いのは浚渫度固化体であることが明らかになった。本発明の定義から、モルタルと鉄鋼スラグ水和固化体は高浸食耐性の素材であり、浚渫土固化体は低浸食耐性の素材である。
【0034】
<試験例2>モルタル、鉄鋼スラグ水和固化体、浚渫土固化体に対するスサビノリの着生試験
試験例1で作製した平板をそれぞれ10L容のプラスチックコンテナの底に並べた。そこに、オートクレーブで滅菌した天然海水5Lに強化栄養培地(ダイゴIMK(富士フイルム和光純薬工業株式会社)を規定量の100倍の濃度で溶解したもの)を50ml加えた栄養強化海水を入れ、スサビノリ(Pyropia yezoensis)の単胞子を約2.5百万個を加えた。コンテナの対角上の角2箇所に水流ポンプ(マキシジェットウェーブ1、NEWA Tecno Industria)を設置し、コンテナ内に循環する水流を発生させた。人工気象器(株式会社日本医科器械製作所、LPH-411PFD-SP)内にコンテナを設置し、温度が15℃、光量子束密度が約100μmol/m/s、明暗周期が明期10時間、暗期14時間の条件下で20日間培養を行い、ブロック上に着生したスサビノリの発芽体を、実体顕微鏡(オリンパス株式会社、SMZ745T)で観察し、接続したデジタルカメラで撮影を行った。培養後の平板表面の実態顕微鏡写真を図8に示した。
【0035】
図8において、Aがモルタルの平板表面の写真であり、Bが鉄鋼スラグ水和固化体平板表面の写真であり、Cが浚渫土固化体平板表面の写真である。写真右下のスケールバーは500μmを示しており、スサビノリ葉状体の一部を矢印で示している。図8の結果から、いずれの平板の上にもスサビノリの葉状体が観察された。スサビノリの単胞子は、基質に付着器で着生することにより、多細胞の葉状体へ成長する。このことから、モルタル、水和固化体、浚渫土固化体の表面上にはいずれもスサビノリが着生可能であることが確認できた。
【0036】
<試験例3>モルタルと浚渫土固化体からなる藻礁用基材の浸食試験
高浸食耐性の素材としてモルタルを、低浸食耐性の素材として浚渫土固化体を用い、浸食に対する耐性が異なる2種類の素材からなる基材を作製した。基材の寸法を図9に示した。6個の円錐状の突出部を有するモルタル平板上に、浚渫土固化体をモルタルの突出部を包含するように接合した基材である。モルタルは試験例1と同じ配合のものを用い、浚渫土固化体は表2の配合表に基づいて作製した。型枠内に厚さ3cmで浚渫土固化体を打設し、その上面から6本の15ml容プラスチック遠沈管を1.5cmの間隔をあけて垂直に底まで挿入した。25℃で2日間養生した後、遠沈管を取り外し、遠沈管で生じた穴部および浚渫土固化体上部に厚さ1cmとなるようモルタルを打設した。3日25℃で3に日間養生した後脱枠し、さらに材齢28日まで流水中で養生した。この基材を試験に用いた。なお、基材は複数作製した。
これらの基材を、試験例1で用いた容器に、モルタルの面が容器の外側方向になるように、かつ長辺方向が容器の軸方向と一致するように入れ、そこに1Lの天然海水、200gの6号砕石、200gの7号砕石、および200gの標準砂を入れた。容器の開口部を125mm径の排水用硬質ポリ塩化ビニルキャップで密閉し、往復式の振盪器に、容器の軸方向が振盪方向と垂直になるよう設置して固定し、200rpmで振盪した。振盪開始後、50時間後と、75時間後にそれぞれ基材を1個ずつ取り出した。試験前後の基材の写真を図10に示した。
【0037】
【表2】
【0038】
図10において、左が加速浸食試験前の基材であり、中央が50時間の加速浸食試験に供した後の基材であり、右が75時間の加速浸食試験に供した後の基材である。75時間の加速浸食試験に供した後の基材の表面に露出したモルタルからなる部分の突出部を矢印で示した。図10の写真から、基材のうち浚渫土固化体からなる部分が浸食されたのに対して、モルタルからなる部分が浸食されにくいことにより、モルタルからなる部分の突出部の先端が基材表面に露出する様子が観察された。
【0039】
<試験例4>モルタルと浚渫土固化体からなる藻礁用基材に対するスサビノリの着生試験
試験例3で作製した基材、およびそれを試験例3の浸食試験にそれぞれ25時間と50時間供した基材の計3個について、スサビノリの着生試験を行った。これらの基材を10L容のプラスチックコンテナの底に並べ、そこにオートクレーブで滅菌した天然海水5Lに強化栄養培地(ダイゴIMK(富士フイルム和光純薬工業株式会社)を規定量の100倍の濃度で溶解したもの)を50ml加えた栄養強化海水を入れ、スサビノリ(Pyropia yezoensis)の単胞子を約2.5百万個を加えた。コンテナの対角上の角2箇所に水流ポンプ(マキシジェットウェーブ1、NEWA Tecno Industria)を設置し、コンテナ内に循環する水流を発生させた。人工気象器(株式会社日本医科器械製作所、LPH-411PFD-SP)内にコンテナを設置し、温度が15℃、光量子束密度が約100μmol/m/s、明暗周期が明期10時間、暗期14時間の条件下で30日間培養を行い、ブロック上に着生したスサビノリの発芽体を、実態顕微鏡で観察し、写真を撮影した。培養後の平板表面の実態顕微鏡写真を図11に示した。
【0040】
図11において、Aが加速浸食試験前の基材表面の写真であり、Bが50時間の加速浸食試験に供した後の基材表面の写真であり、Cが75時間の加速浸食試験に供した後の基材表面の写真である。いずれの写真も、基材の浚渫土固化体からなる部分の表面を撮影したものである。写真右下のスケールバーは250μmを示しており、スサビノリ葉状体の一部を矢印で示している。図11の写真から、いずれの基材の表面上にもスサビノリの発芽体が確認できた。このことから、モルタルと浚渫土固化体でできた複合基材は、浸食される前の常態においても、またその浸食の過程においても、スサビノリが着生可能であることが示された。よって、モルタルと浚渫土固化体でできた複合基材はその浸食の過程を通じて藻礁用基材として機能することが確認できた。
【0041】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0042】
1 高耐食性の基材
2 低耐食性の基材
3 稜角部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11