IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特許7594199チタン合金部材、及びチタン合金部材の製造方法
<>
  • 特許-チタン合金部材、及びチタン合金部材の製造方法 図1
  • 特許-チタン合金部材、及びチタン合金部材の製造方法 図2
  • 特許-チタン合金部材、及びチタン合金部材の製造方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-26
(45)【発行日】2024-12-04
(54)【発明の名称】チタン合金部材、及びチタン合金部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 14/00 20060101AFI20241127BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20241127BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20241127BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20241127BHJP
   B22F 10/28 20210101ALI20241127BHJP
   B22F 10/36 20210101ALI20241127BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20241127BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20241127BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20241127BHJP
【FI】
C22C14/00 Z
C22F1/18 H
B22F1/00 R
B22F3/24 C
B22F10/28
B22F10/36
B33Y10/00
B33Y70/00
C22F1/00 621
C22F1/00 628
C22F1/00 630C
C22F1/00 630G
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 630M
C22F1/00 601
C22F1/00 624
C22F1/00 623
C22F1/00 626
C22F1/00 631A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 692A
C22F1/00 694Z
C22F1/00 694A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022570813
(86)(22)【出願日】2020-12-22
(86)【国際出願番号】 JP2020047923
(87)【国際公開番号】W WO2022137334
(87)【国際公開日】2022-06-30
【審査請求日】2023-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】奥井 利行
(72)【発明者】
【氏名】國枝 知徳
(72)【発明者】
【氏名】森 健一
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/179912(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0019558(KR,A)
【文献】国際公開第2016/084980(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/044858(WO,A1)
【文献】特開2018-154922(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 14/00
C22F 1/18
B22F 1/00
B22F 3/24
B22F 10/28
B22F 10/36
B33Y 10/00
B33Y 70/00
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が、質量%で、
Al:4.0~9.0%、
Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上:合計で0.5~2.5%、
C:0~0.100%、
N:0~0.100%、
H:0~0.100%、並びに
O:0~0.500%
を含有し、残部がTiおよび不純物からなり、
ビッカース硬さが350HV以上である硬質部を有し、
前記硬質部の断面における金属組織が、短辺幅5μm以上ないし積層された集合形態のα相からなる板状結晶と、前記板状結晶以外のα相からなる針状結晶と、α相以外の残部組織とからなり、
前記硬質部の断面における前記板状結晶と前記残部組織との合計量が10.0面積%以下であり、
前記硬質部の断面における前記板状結晶が0~2.0面積%であるチタン合金部材。
【請求項2】
前記硬質部が、前記チタン合金部材の表面から深さ0.5mm以上の位置に配されていることを特徴とする請求項1に記載のチタン合金部材。
【請求項3】
メッシュ形状部、極薄板形状部、及び中空形状部から選択される一種以上を有することを特徴とする請求項1又は2のいずれか一項に記載のチタン合金部材。
【請求項4】
化学成分が、質量%で、
Al:4.0~9.0%、
Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上:合計で0.5~2.5%、
C:0~0.100%、
N:0~0.100%、
H:0~0.100%、及び
O:0~0.500%
を含有し、残部がTiおよび不純物からなる原料粉末に、入熱量30.0J/mm以下となる条件でレーザー照射して、前記原料粉末を溶融させる工程と、
溶融した前記原料粉末を急冷する工程と、
を備える請求項1~のいずれか一項に記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項5】
請求項1~のいずれか一項に記載のチタン合金部材を中間素材とし、50℃/秒以上の平均昇温速度で、(β変態点温度-200)℃以上(β変態点温度-100)℃以下の温度範囲内にある到達温度まで加熱する工程と、
前記温度範囲内にある前記チタン合金部材を、ひずみ速度0.10~10/秒、且つ合計ひずみが0.50超である条件で熱間加工する工程と、
熱間加工された前記チタン合金部材を、20℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する工程と、を備え、
前記チタン合金部材が前記到達温度まで加熱された時点から10秒以内に、前記熱間加工を開始するチタン合金部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン合金部材、及びチタン合金部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
強度特性と延性のバランスに優れるTi-6Al-4V系合金が、実用的な構造用チタン合金の使用量の約7割を占めている。このTi-6Al-4V系合金では、その強度特性をさらに向上させるための手段として、β相からの焼き入れ処理を活用して微細なマルテンサイト組織を生成する手法を用いることができる(例えば、特許文献1、2)。
【0003】
一方で、汎用合金であるTi-6Al-4V系合金は、構成元素に高価なVを含む。従って、Vを、より廉価で入手性に優れるFe、Cr、Niなどの汎用元素に代替することが検討されている(例えば特許文献3)。
【0004】
しかしながら、VをFeに置き換えたTi-Al-Fe系合金を代表とする、α+β型チタン合金に対して、β相温度域に加熱してから急冷する処理を行なった際の強度(硬さ及び疲労強度)は、Ti-6Al-4V系合金に劣る傾向にある。例えば、非特許文献1の図2「Effect of cooling rates on Vickers hardness at room temperature in β heat treated Ti-5Al-1Fe」には、β域から室温まで一定の冷却速度で冷却した試料の室温硬度が示されている。この図2に関し、非特許文献1では「Ti-5Al-1Feの室温硬度は、冷却速度0.5~1℃/sでは、本実験範囲では最低硬度値の約300HVであり、冷却速度の上昇と共に室温硬度は緩やかに上昇し、300℃/sでは約330HVであり、冷却速度依存性はTi-6Al-4Vに比べ小さかった。これは、β安定化元素であるFeを約0.2mass%しか含有しないTi-5Al-2.5Snと同様の傾向であり、Ti-6Al-4Vで確認されている特定の冷却速度(10℃/s)以上での急激な硬度上昇は認められなかった」と報告されている。
【0005】
β相から急冷する処理を行なったTi-Al-Fe系合金の強度がTi-6Al-4V系合金に劣る傾向にある理由は、マルテンサイト組織を主体とする金属組織を生じさせることができないからであると考えられている。Ti-Al-Fe系合金においてマルテンサイト組織を生じさせにくい理由は、β-Ti中におけるFeの拡散速度が極めて速いからである。α+β型チタン合金に一般的な手法でβ相から急冷する処理を行なっても、Feの拡散によって、速やかにα+β二相組織が生成されることとなる。
【0006】
このため、Ti-Al-Fe系合金を代表とするα+β型チタン合金では、Ti-6Al-4V系合金で実現されるような高硬度、及び高疲労特性が実現できなかった(非特許文献1の図2参照)。Vの一部をFeで代替すると生じる上記問題は、Vの一部をCr又はNiで代替した場合も同様に生じる
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本国特許第4766408号公報
【文献】日本国特許第5419098号公報
【文献】日本国特許第3076697号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】立澤吉紹ら「Ti-5Al-1Feの連続冷却変態特性」、鉄と鋼、日本、日本鉄鋼協会、2016年、Vol.102、No.5、p12
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、従来のα+β型のTi-Al-Fe系合金よりも高硬度なチタン合金部材、及びその製造方法を提供することを課題とする。さらに本発明は、従来のα+β型のTi-Al-Fe系合金よりも高い疲労特性を有するチタン合金部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は以下の構成を採用する。
【0011】
(1)本発明の一態様に係るチタン合金部材は、化学成分が、質量%で、Al:4.0~9.0%、Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上:合計で0.5~2.5%、C:0~0.100%、N:0~0.100%、H:0~0.100%、並びにO:0~0.500%を含有し、残部がTiおよび不純物からなり、ビッカース硬さが350HV以上である硬質部を有する。
(2)上記(1)に記載のチタン合金部材では、前記硬質部の金属組織が、針状結晶と、板状結晶と、残部組織とからなり、前記硬質部の断面における前記板状結晶と前記残部組織との合計量が10.0面積%以下であり、前記硬質部の断面における前記板状結晶が0~2.0面積%であってもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載のチタン合金部材では、前記硬質部が、前記チタン合金部材の表面から深さ0.5mm以上の位置に配されていてもよい。
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載のチタン合金部材は、メッシュ形状部、極薄板形状部、及び中空形状部から選択される一種以上を有してもよい。
(5)本発明の別の態様に係るチタン合金部材の製造方法は、上記(1)~(4)のいずれか一項に記載のチタン合金部材の製造方法であって、化学成分が、質量%で、Al:4.0~9.0%、Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上:合計で0.5~2.5%、C:0~0.100%、N:0~0.100%、H:0~0.100%、及びO:0~0.500%を含有し、残部がTiおよび不純物からなる原料粉末に、入熱量30.0J/mm以下となる条件でレーザー照射して、前記原料粉末を溶融させる工程と、溶融した前記原料粉末を急冷する工程と、を備える。
(6)本発明の別の態様に係るチタン合金部材の製造方法は、上記(1)~(4)のいずれか一項に記載のチタン合金部材を、50℃/秒以上の平均昇温速度で、(β変態点温度-200)℃以上(β変態点温度-100)℃以下の温度範囲内にある到達温度まで加熱する工程と、前記温度範囲内にある前記チタン合金部材を、ひずみ速度0.10~10/秒、且つ合計ひずみが0.50超である条件で熱間加工する工程と、熱間加工された前記チタン合金部材を、20℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する工程と、を備え、前記チタン合金部材が前記到達温度まで加熱された時点から10秒以内に、前記熱間加工を開始する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来のα+β型のTi-Al-Fe系合金よりも高硬度なチタン合金部材、及びその製造方法を提供できる。さらに本発明によれば、従来のα+β型のTi-Al-Fe系合金よりも高い疲労特性を有するチタン合金部材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、試験例3の電子顕微鏡写真である。
図2図2は、試験例3の電子顕微鏡写真であって、図1とは別の視野の写真である。
図3図3は、硬質部の組織の評価方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
従来技術によれば、Ti-Al-Fe系合金から構成される部材の一部または全部のビッカース硬さを350HV以上とすることはできなかった。これは、β-Ti中におけるFeの拡散速度が極めて速いからであると考えられている。Ti-Al-Fe系合金をβ単相領域(金属組織が全てβ相となる温度域)に加熱してから急冷したとしても、Feの急速な拡散に起因して、その金属組織が速やかにα+β二相組織となる。このため、Ti-Al-Fe系合金に対してβ単相領域から急冷する処理を行った場合の硬さは、同様にβ単相から急冷する処理を行なうことによってマルテンサイト組織を得ることのできるTi-6Al-4V系合金に比べて、劣ると考えられている。このことは、Feに加えて、又はFeに代えてNi及び/又はCrを含有するTi合金にも当てはまると考えられる。
【0015】
本発明者らは、Fe等の合金元素の拡散速度よりも早い速度で合金を冷却する方法を検討したところ、三次元積層造形技術に着目した。三次元積層造形技術は、通常の溶解・鍛造・切削のプロセスを経ることなく、ニアネット成形が可能なプロセスである。このように三次元積層造形技術は通常の溶解プロセスを利用しない。そのため三次元積層造形では、Feなどの合金元素のミクロ偏析が生じる可能性が低いことが判明した。そして、三次元積層造形技術を用い、かつ製造条件を最適化して製造されたTi-Al-Fe系合金部材では、通常の製造プロセスでは実現が不可能であった350HV以上のビッカース硬さを達成することができた。これは、部材が凝固した後に、Ti中においてFeが拡散するよりも早く冷却が完了するので、高温でのβ相がFeを多く含んだまま冷却されて硬質なマルテンサイト組織を生成し、金属組織における硬質相の量が増大したからであると推定される。また、Feに代えてCr及び/又はNiが含まれるチタン合金部材においても、同様の成果が得られた。
【0016】
しかしながら、Ti-Al-Fe系合金に三次元積層造形技術を適用して製造された部材には、割れを生じることがあった。ここで、凝固後の冷却速度が比較的に緩やかな電子ビーム式の三次元積層造形法を用いた場合には割れを抑制することが可能であったが、本発明が目的とする350HV以上のビッカース硬さを達成することができなかった.一方で凝固後の冷却速度が速いレーザー式の三次元積層造形法を用いた場合には多くの場合で割れを生じた.割れが生じた部材は、美観、及び強度などが極めて劣るほか、外力によって割れが進展し破壊に至るので、実用に供することができない。
Feに代えてCr及び/又はNiが含まれるチタン合金部材においても、割れの発生を抑制することはできなかった。なお、Ti-Al-Fe系合金に鋳造法を適用したチタン合金部材において、割れの発生が問題視された例はない。割れは、Ti-Al-Fe系合金に三次元積層造形技術を適用した場合に特有の問題であると考えられた。
【0017】
そこで本発明者らは、割れを生じさせることなくチタン合金部材の硬さを向上させる手段について一層の検討を重ねた。その結果、三次元積層造形におけるレーザー出力を極めて小さい値に制御することにより、割れの発生を回避することができた。
【0018】
以下、本発明の一実施形態であるチタン合金部材について説明する。
本実施形態のチタン合金部材は、化学成分が、質量%で、Al:4.0~9.0%、Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上:合計で0.5~2.5%、C:0~0.100%、N:0~0.100%、H:0~0.100%、並びにO:0~0.500%を含有し、残部がTiおよび不純物からなり、ビッカース硬さが350HV以上である硬質部を有する。なお、本実施形態において「チタン合金部材」とは、部材の使用上問題となる割れ(例えば、硬質部を含む箇所の最大厚さの20%を超えるような亀裂)が含まれない部材であると解される。部材の使用上問題となる割れが含まれる部材は、実用に供することができず、従って通常の意味での部材とみなすことはできないからである。
【0019】
以下、本実施形態のチタン合金部材の化学成分について説明する。特に断りのない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0020】
Al:4.0~9.0%
チタン合金部材の強度確保のため、Alの下限は4.0%以上とする。Alが4.0%未満では、ビッカース硬さが低下し、所望の強度特性を得ることが困難になる。また、Alが9.0%を超えると、チタン合金部材の延性が大幅に低下するおそれがある。従ってAl量は4.0~9.0%の範囲が好ましい。Al量を4.2%以上、4.5%以上、4.8%以上、又は5.0%以上としてもよい。Al量を8.0%以下、7.0%以下、6.5%以下、又は6.0%以下としてもよい。
【0021】
Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上:合計で0.5~2.5%
チタン合金部材は、Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上を含有する。これら元素はいずれも、本実施形態に係るチタン合金部材において、強度確保のために用いられる。そのため、本実施形態に係るチタン合金部材においては、これら元素の合計量が既定される。
【0022】
Fe、Cr、及びNiの合計量は0.5%以上とする。Fe、Cr、及びNiの合計量が0.5%未満では、チタン合金部材のビッカース硬さが低下し、所望の強度特性を得ることが困難になる。また、Fe、Cr、及びNiの合計量が2.5%を超えると、β相が安定化してしまい、所望の強度特性を得ることが困難になる。さらには、Fe、Cr、及びNiの合計量が2.5%を超え、且つFeの量が過剰である場合、平衡相である金属間化合物相(TiFe、TiFe)が生成しやすくなるおそれがある。金属間化合物相がチタン合金部材に含まれる場合、温度変化による熱膨張によって金属間化合物が脆性的に破壊して割れを生じたり、疲労特性の極端な低下を生じたりするおそれがある。また、Fe、Cr、及びNiの合計量が2.5%を超え、且つCrまたはNiの量が過剰である場合、平衡相である金属間化合物相(TiNi、TiCr)が生成しやすくなり、これにより温度変化による熱膨張によって脆性的に破壊して割れを生じたり、疲労特性の極端な低下を生じたりするおそれがある。従ってFe、Cr、及びNiの合計量は0.5~2.5%の範囲とする。Fe、Cr、及びNiの合計量を0.6%以上、0.7%以上、0.8%以上、又は1.0%以上としてもよい。Fe、Cr、及びNiの合計量を2.2%以下、2.0%以下、1.8%以下、1.7%以下、又は1.5%以下としてもよい。
【0023】
上述の合計量の規定が満たされる限り、Fe、Cr、又はNiの個別の含有量は特に限定されない。例えば、上述の合計量の規定が満たされる限り、Fe、Cr、又はNiのうち一種又は二種の元素の含有量が0%であってもよい。
【0024】
チタン合金部材が、化学成分として、Cを含有してもよい。本実施形態に係るチタン合金部材は、Cを含むことなく、その課題を解決することができる。従って、Cの含有量は0%であってもよい。一方、精錬コストの軽減や強度確保のために、チタン合金部材においては例えば0.100%程度のCが許容される。C含有量が0.001%以上、0.003%以上、又は0.005%以上であってもよい。C含有量が0.080%以下、0.050%以下、又は0.010%以下であってもよい。
【0025】
チタン合金部材が、化学成分として、Nを含有してもよい。本実施形態に係るチタン合金部材は、Nを含むことなく、その課題を解決することができる。従って、Nの含有量は0%であってもよい。一方、精錬コストの軽減や強度確保のために、チタン合金部材においては例えば0.100%程度のNが許容される。N含有量が0.001%以上、0.002%以上、又は0.003%以上であってもよい。N含有量が0.080%以下、0.050%以下、又は0.010%以下であってもよい。
【0026】
チタン合金部材が、化学成分として、Hを含有してもよい。本実施形態に係るチタン合金部材は、Hを含むことなく、その課題を解決することができる。従って、Hの含有量は0%であってもよい。一方、精錬コストの軽減のために、チタン合金部材においては例えば0.100%程度のHが許容される。H含有量が0.001%以上、0.002%以上、又は0.003%以上であってもよい。H含有量が0.080%以下、0.050%以下、又は0.010%以下であってもよい。
【0027】
チタン合金部材が、化学成分として、Oを含有してもよい。本実施形態に係るチタン合金部材は、Oを含むことなく、その課題を解決することができる。従って、Oの含有量は0%であってもよい。一方、精錬コストの軽減や強度確保のために、チタン合金部材においては例えば0.500%程度のOが許容される。O含有量が0.010%以上、0.050%以上、又は0.100%以上であってもよい。O含有量が0.300%以下、0.250%以下、又は0.200%以下であってもよい。
【0028】
本実施形態に係るチタン合金部材の化学成分の残部は、Tiおよび不純物を含む。不純物とは、例えばチタン合金部材を工業的に製造する際に、原料、又は製造工程等の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に係るチタン合金部材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。種々の要因によって混入する成分の例としては、Cl、Mn、Mg、Si、V、Cu、Sn、Mo、Nb、Ru及びPdが挙げられる。
【0029】
次に、本実施形態に係るチタン合金部材の硬質部について説明する。本実施形態に係るチタン合金部材は、ビッカース硬さが350HV以上である硬質部を有する。即ち、本実施形態に係るチタン合金部材は、その一部または全部のビッカース硬さが350HV以上である。従って、本実施形態に係るチタン合金部材は高強度を有し、様々な機械構造部品として用いることができる。硬質部の硬さが360HV以上、380HV以上、又は400HV以上であってもよい。
【0030】
硬質部の大きさ、形状、位置、及び部材に占める範囲などは特に限定されず、チタン合金部材の用途に応じて種々選択することができる。チタン合金部材の全ての領域が硬質部とされていてもよい。一方、チタン合金部材のうち、強度が要求される領域のみに硬質部を設け、その他の領域におけるビッカース硬さを350HV未満に抑制してもよい。例えばチタン合金部材を三次元積層造形技術によって製造する場合、硬質部の大きさ、形状、位置、及び部材に占める範囲などを柔軟に設計することができる。例えば、硬質部が、チタン合金部材の表面から深さ0.5mm以上、深さ0.8mm以上、又は深さ1.0mm以上の位置に配されていてもよい。ここで、「深さ」とは、硬質部とチタン合金部材の表面との最短距離のことである。
【0031】
チタン合金部材のビッカース硬さは、任意の箇所で部材を切断し、切断面を研磨し、切断面にビッカース圧子を圧入して圧痕を形成し、圧痕のサイズを計測することにより測定される。ビッカース圧子を圧入する荷重は例えば5kgfとする。ビッカース硬さが350HV以上と判定された箇所が1以上あるチタン合金部材は、ビッカース硬さが350HV以上である硬質部を有するチタン合金部材である。また、ビッカース硬さが350HV以上と判定された箇所における圧痕の中心が、チタン合金部材の切断面の外縁から0.5mm以上離れているチタン合金部材は、ビッカース硬さが350HV以上である硬質部が、表面から深さ0.5mm以上の位置に配されているチタン合金部材である。
【0032】
化学成分が上述の範囲内であり、且つビッカース硬さが350HV以上である硬質部を備える限り、本実施形態に係るチタン合金部材の他の構成は特に限定されないが、以下に、チタン合金部材の一層好適な形態を例示する。
【0033】
例えば、本実施形態のチタン合金部材では、硬質部の金属組織が、針状結晶と、板状結晶と、残部組織とからなり、硬質部の断面における板状結晶と残部組織との合計量が10.0面積%以下であり、硬質部の断面における板状結晶が0~2.0面積%であってもよい。
板状結晶とは、X線回折法やEBSD法によってα相と判断される結晶であって、
断面観察によって測定される短辺幅が5μm超である結晶、及び
断面観察によって測定される短辺幅が5μm以下であり、且つ、断面観察によって積層された集合形態をなすと判断される結晶
の両方を意味する。
針状結晶とは、X線回折法やEBSD法によってα相と判断される、板状結晶以外の結晶を意味する。
残部組織とは、X線回折法やEBSD法によってα相以外の相と判断される組織を意味する。
【0034】
[針状結晶]
本実施形態において、針状結晶は、所謂ウィッドマンステッテン状の組織とも呼ばれるものである。X線回折法やEBSD法で針状結晶を解析した場合は、α相と判別される。ただし、通常のα相に比べて、針状結晶は、そのビッカース硬さが極めて高い。従って本実施形態に係るチタン合金部材において、針状結晶はα相ではなく、Fe等の合金元素が拡散しないまま凝固したα’マルテンサイト組織であると推測される。
本実施形態のチタン合金部材の硬質部の金属組織を、針状結晶を主体とする組織とすることにより、硬質部は、従来のα+β型のチタン合金に比べて一層高いビッカース硬さを有するものになる。
なお、針状結晶と、後述される板状結晶とは、その形状に基づいて区別される。針状結晶は、その短辺幅が板状結晶より小さい結晶である。ただし、針状結晶及び板状結晶の幅を正確に把握することは容易ではない。チタン合金部材の断面において針状結晶及び板状結晶を観察すると、切断面とこれら結晶とがなす角度に応じて、切断面におけるこれら結晶の幅の測定値が変化するからである。針状結晶及び板状結晶の判別は図3に示されたフローチャートに基づいて行われ、その詳細は後述される。
【0035】
[板状結晶]
板状結晶は、本実施形態のチタン合金部材がβ単相温度域から急冷された際に、Fe等のβ安定化元素の一部が拡散した結果、β安定化元素の欠乏した部位がα相に変態して形成された組織である。X線回折法やEBSD法で板状結晶を解析した場合には、α相と判別される。即ち、X線回折法やEBSD法で板状結晶と針状結晶とを評価すると、いずれもα相であると評価されるので、X線回折法やEBSD法によって両者を判別することはできない。板状結晶及び針状結晶は、見かけ上の短辺幅、及びその集合状態に基づいて判別される。
板状結晶はビッカース硬さが針状結晶よりも低い。そのため、硬質部における板状結晶の面積率は、2.0面積%以下であることが好ましい。硬質部における板状結晶の面積率は、1.8面積%以下、1.5面積%以下、又は1.0面積%以下であってもよい。チタン合金部材の強度を一層高める観点からは、硬質部における板状結晶は少なければ少ないほどよい。従って、硬質部における板状結晶の面積率の下限が0面積%であってもよい。一方、硬質部における板状結晶の面積率が0.1面積%以上、0.2面積%以上、又は0.5面積%以上であってもよい。
【0036】
[残部組織]
本実施形態のチタン合金部材の硬質部の残部組織は、その一部または全部がβ相である。β相以外の残部組織としては、残留ひずみ等に起因して、EBSDで相同定できなかった部位が挙げられる。β相以外の残部組織は極微量である。β相は軟質であるので、チタン合金部材の強度を一層高める観点からは、硬質部における残部組織は少なければ少ないほどよい。本実施形態では、硬質部における板状結晶と残部組織との合計量が10.0面積%以下であることが好ましい。硬質部における板状結晶と残部組織との合計量を10.0面積%以下とすることにより、硬質な針状結晶の面積率が増大して、一層高いビッカース硬さを得ることができる。硬質部における残部組織の面積率は、9.0面積%以下、8.5面積%以下、又は8.0面積%以下であってもよい。残部組織は少なければ少ないほどよく、下限が0面積%であってもよい。一方、硬質部における残部組織の面積率が2.5面積%以上、3.0面積%以上、又は4.0面積%以上であってもよい。
【0037】
本実施形態のチタン合金部材の、硬質部における結晶組織は、断面の金属組織観察と、EBSD(電子線後方散乱回折;Electron Backscatter Diffraction)を併用することで測定する。図3に示されるように、まずEBSDを用いて、α相と判定される針状結晶及び板状結晶と、α相以外の組織を残部組織とし区別する。次に、断面の金属組織観察によって、針状結晶と板状結晶とを区別する。以下、結晶組織の評価方法について詳細に述べる。
まず、硬質部の断面を観察面とする試験片を採取する。なお、上述の手段による硬さ測定によって硬質部のおおよその位置を特定してから、硬質部の断面に対して以下に述べる組織評価を行ってもよい。一方、硬質部と推定される箇所に対して以下に述べる組織評価を行ってから、上述の手段による当該箇所の硬さ測定をして、当該箇所が硬質部であるか否かを判定してもよい。
【0038】
次に、試験片の観察面の測定箇所における、縦3mm横3mmの矩形の領域を視野とし、測定間隔は1.0μm、加速電圧15kVで、EBSDを用いて測定する。EBSDにおけるピクセルは1.0μm四方とする。CI値(Confidence interval)が0.1以下のピクセルは、ノイズとみなして除去した。
【0039】
得られた測定結果から、菊池パターン解析よりPQ(パターンクオリティ)マップと相マップを作成し、α相とβ相を分離抽出する。なお、菊池パターン解析は、α相とβ相のみを対象として行う。
【0040】
得られた相マップからα相とβ相の各々の面積率、ならびにα相とβ相のどちらにも分類されなかった面積率を残部組織の面積率として求める。
【0041】
次に、EBSD測定の相マップからα相と識別された結晶粒について、これらがα相からなる板状組織か、α’マルテンサイト相からなる針状組織かを区別するために、硬質部の断面をエッチング処理して結晶組織を現出させる。観察する断面は、厚さ方向に平行な任意の断面とし、エッチングは、例えば、2.0mass%のフッ化水素酸と6.0mass%の硝酸を含む常温の水溶液を硬質部の断面に塗布して、2~10秒程度反応させることにより実施する。そして、短辺幅が5μm超の結晶粒を抽出し、短辺幅が5μm超の結晶粒の面積を求める。断面において、見かけ上の短辺幅が5μm超の結晶は板状結晶と判定される。なお、本実施形態に係るチタン合金部材の厚さ方向とは、三次元積層造形において積層が進行する方向であり、粉末床と垂直な方向を指す。厚さ方向に垂直な方向(即ち、三次元積層造形における粉末床に平行な方向)では、全ての方向が等価であると考えられるので、組織観察用の断面は、厚さ方向に平行な任意の断面とすればよい。
【0042】
断面において、見かけ上の短辺幅が5μm以下の結晶粒に関して、その短辺幅のみからは針状結晶か板状結晶か判定することはできない。板状結晶の板面に対して垂直に観察面が形成されている場合、板状結晶の短辺幅が、見かけ上5μm以下となるからである。一方、結晶の集合形態を評価することにより、針状結晶と板状結晶との区別をすることができる。針状結晶は、図1及び図2に示されるように、様々な方向に向かって延在している。板状結晶は、平板状の結晶粒が積層された集合形態をとる。そのため、板状結晶の板面に対して垂直に観察面が形成されている場合、板状結晶は観察面において、規則正しく並んだ様相を呈する。例えば、非特許文献のFig.3(d)において判定記号「α」が付された領域においては、板状結晶の板面に対して垂直に形成された観察面において、板状結晶が規則正しく並んでいる。従って、規則正しく並んでいる結晶粒は、板状結晶であると推定することができる。このように、結晶粒が積層された集合形態をとるか、それ以外の集合形態をとるかに基づいて、結晶粒が針状結晶か板状結晶かを推定することができる。
【0043】
次に、本実施形態のチタン合金部材の形状について説明する。本実施形態のチタン合金部材は、後述するように三次元積層造形技術を用いて製造するものであるため、その形状は特に限定さない。例えば、チタン合金部材は、板状、棒状、筒状のような単純な形状であってもよい。一方、チタン合金部材は、メッシュ形状部、極薄板形状部、及び中空形状部から選択される一種以上を有するような、複雑な部品形状であってもよい。本実施形態のチタン合金部材は、高強度を有し、且つ形状を柔軟に設計することができるので、構造用部材として好適に用いることができる。チタン合金部材の大きさも特に限定されないが、例えば厚さ1mm以上の箇所を有し、この箇所に硬質部が設けられていてもよい。
【0044】
次に、チタン合金部材の製造方法の一例を説明する。チタン合金部材の製造方法は特に限定されないが、例えばレーザー式の三次元積層造形技術を用いて製造することが好ましい。
本実施形態のチタン合金部材の製造は次のようにして行う。まず、上記の化学成分が平均組成となる原料粉末を堆積させて原料粉末層を形成する。次いで、原料粉末層の一部をレーザービームによって溶融してから凝固させることで凝固層を形成する。次いで、溶融凝固後の原料粉末層の上に新たな原料粉末層を積層し、新たな原料粉末層に対してレーザービームによる溶融凝固を行う。このように、原料粉末層の積層とレーザービームによる溶融凝固を複数回繰り返したのち、未凝固状態の原料粉末を除去する。これにより、レーザービームによって溶融凝固された凝固層が積層されてなるチタン合金部材を製造する。レーザービームの照射範囲を調整することで、チタン合金部材を所望の形状とすることができる。
【0045】
レーザービームを原料粉末層に照射すると、レーザービームにより原料粉末が溶融して液体金属となる。その後、レーザービームが別の場所に移動することで、溶融した液体金属の温度が低下し、β相からなる凝固層になる。その後も凝固層の温度低下は継続し、α+β相領域に至る。ここで、凝固層が急冷された場合には、α+βの二相状態とならずにマルテンサイト組織を形成する。凝固層の冷却速度を例えば1000K/秒以上の高速度にすることで、Feの拡散が抑制されてビッカース硬さが350HV以上である硬質部が形成される。
ただし、本実施形態に係るチタン合金部材の成分を有する原料粉末に、上述の製造方法を適用すると、チタン合金部材に割れが発生する。これは、通常の三次元積層造形の実施条件によれば、溶融した液体金属の温度が上がり過ぎて、溶融した部位とその周辺部との温度差が大きくなり、凝固後の冷却に伴う、チタン合金部材の内部における熱収縮量の差が大きくなるからであると推定される。割れの抑制のためには、入熱量30.0J/mm以下となる条件でレーザー照射して、原料粉末を溶融させる必要がある。この入熱量は通常よりも低い値であり、製造効率を考慮すると不利であるが、本実施形態に係るチタン合金部材の製造方法においては、割れの抑制の観点から、上記条件を採用することが極めて望ましい。
【0046】
原料粉末は、例えば、平均粒径が10~50μm、粒径の標準偏差が5~15μm程度の粉末を用いる。このような原料粉末は、例えばガスアトマイズ法などの手段によって製造する。原料粉末は、上記の化学成分を有するチタン合金粉末でもよく、金属チタン粉、金属アルミニウム粉、鉄粉、金属クロム粉、及び金属ニッケル粉、ならびに各々の一部を含む合金粉を上記の化学成分になるように調合した混合粉末でもよい。
【0047】
原料粉末を基体上に堆積させて原料粉末層を形成する。1層目の原料粉末層を積層する基体は、三次元積層造形装置のベッド床とすればよく、2層目以降の原料粉末層を積層する基体は、先に形成した原料粉末層とすればよい。原料粉末層の一層あたりの厚みは、例えば、10~50μmとすればよい。
【0048】
次に、原料粉末層の上方から所定の走査速度でレーザービームを照射する。レーザービームの照射条件は、凝固後の冷却速度を制御する上で重要である。本実施形態では、P/(V・d・t)×10で表される入熱量(J/mm)を30.0(J/mm)以下に制限する。入熱量が30.0(J/mm)を超えると、原料粉末層の凝固後の冷却に伴う熱収縮量が大きくなり、凝固部とその周辺部との間のひずみ差によって割れを生じる。ここで、Vは、レーザービームの走査速度(mm/s)であり、Pはレーザービームの出力(W)であり、dは、レーザービームを走査する際のレーザービームの軌跡のピッチ(μm)であり、tは原料粉末層の平均溶け込み深さ(μm)である。
【0049】
走査速度Vは400~900mm/sの範囲が好ましい。レーザービームの出力Pは70~150Wの範囲でもよく、80~120Wの範囲でもよい。レーザービームのピッチdは50~150μmの範囲が好ましい。平均溶け込み深さtは50~150μmの範囲が好ましい。
【0050】
また、レーザービームのビーム径は、30~70μmの範囲がよく、40~60μmでもよく、45~55μmでもよい。
【0051】
また、レーザービームを照射する際の雰囲気は、チタン合金の酸化を防止するためにアルゴン等の不活性ガス雰囲気とすることが好ましい。
【0052】
以上の工程を経ることで、ビッカース硬さが350HV以上である硬質部を有するとするチタン合金部材を製造できる。
【0053】
本実施形態のチタン合金部材によれば、金属組織が針状結晶を主体とするものであり、この針状結晶はチタンのα相よりもビッカース硬さが高い組織であるので、高い強度特性を発揮することができる。なお、本実施形態のチタン合金部材における針状結晶は、α’マルテンサイト組織と推測される。
また、本実施形態のチタン合金部材は、Vを含まず、Fe、Cr、Niのいずれか一種以上とAlとを含み、かつ残部がTi及び不純物である化学組成を有するものであり、Vを含有しないにもかかわらず、α’マルテンサイト組織と推測される針状結晶を有しており、従来のα+β型のTi-Al-Fe系合金よりも高強度なチタン合金部材を実現できる。
【0054】
上述した通り、本実施形態に係るチタン合金部材は、それ自体が機械構造部品として極めて有用である。一方、本実施形態に係るチタン合金部材を中間素材として使用し、これとは別の特性を有するチタン合金部材を製造することも極めて有用である。具体的には、本実施形態に係るチタン合金部材を急速加熱して、熱間加工して、次いで急冷することにより、結晶方位がランダムであり、かつ微細な等軸結晶粒を有するチタン合金部材が得られることが分かった。そして、得られたチタン合金部材は、高強度であり、且つ疲労強度に優れた。
【0055】
以上の知見に基づいて得られた、本発明の別の実施形態に係るチタン合金部材の製造方法について説明する。本発明の別の実施形態に係るチタン合金部材の製造方法は、上述した本実施形態に係るチタン合金部材を、50℃/秒以上の平均昇温速度で、(β変態点温度-200)℃以上(β変態点温度-100)℃以下の温度範囲内にある到達温度まで加熱する工程と、この温度範囲内にあるチタン合金部材を、ひずみ速度0.10~10/秒、且つ合計ひずみが0.50超である条件で熱間加工する工程と、熱間加工された前記チタン合金部材を、20℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する工程と、を有する。以下、便宜上、この製造方法において中間素材として用いられるチタン合金部材を「第一のチタン合金部材」と称し、この製造方法により得られるチタン合金部材を「第二のチタン合金部材」と称する。
【0056】
まず、中間素材である第一のチタン合金部材を、50℃/秒以上の平均昇温速度で、(β変態点温度-200)℃以上(β変態点温度-100)℃以下の温度範囲内にある到達温度まで加熱する。50℃/秒以上の平均昇温速度で中間素材を急速加熱することで、α’マルテンサイト組織からFeなどの合金元素が拡散する前に、熱間加工に適した高温域にまで中間素材を加熱することができ、α’マルテンサイト組織から直接、微細なα+β組織を形成させることができる。中間素材を加熱する際の平均昇温速度が低いと、昇温中にα’マルテンサイト組織からFe等の合金元素が拡散して、α相に変態し、粗大なα結晶粒が成長する。これにより、第二のチタン合金部材の疲労強度が低下する。平均昇温速度は速いほど好ましく、60℃/秒以上がより好ましく、80℃/秒以上が更に好ましい。なお、ここでいう平均昇温速度は、中間素材の表面温度が700℃から到達温度に至るまでの平均昇温速度のことである。即ち、到達温度から700℃を引いた値を、中間素材の表面温度が700℃から到達温度に到達するまでの所要時間で除した値が、平均昇温速度である。
【0057】
急速加熱した後の到達温度(最高加熱温度)は、(β変態点温度-200)℃以上、(β変態点温度-100)℃以下の範囲が好ましい。到達温度が(β変態点温度-200)℃未満では、その後の熱間加工において加工に要する荷重が増大するとともに、材料の変形能が低下する。そのため、材料内部にボイドや亀裂が生じ、第二のチタン合金部材の疲労特性が低下する。また、到達温度が(β変態点温度-100)℃を超えると、強度及び疲労特性が低下する。これは、第一のチタン合金部材の加工中にα’マルテンサイト組織の一部がα+β組織に変態して成長してしまい、α’マルテンサイト組織から直接、微細なα+β組織を形成させることができず、α相が過度に成長して、等軸結晶粒の平均円相当径が大きくなるからであると推定される。より好ましい到達温度は、(β変態点温度-150)℃以上、(β変態点温度-100)℃以下の範囲である。なお、到達温度は、中間素材の表面温度とする。
【0058】
加熱された第一のチタン合金部材は、次いで熱間加工される。熱間加工の回数は、1回でもよいし、2回以上でもよい。また、熱間加工は、中間素材が到達温度に達したら直ちに開始することが好ましく、例えば中間素材が到達温度に到達した時点から10秒以内に熱間加工を開始することが好ましい。到達温度に達した時点から熱間加工の開始時までの時間が長くなると、α’マルテンサイト組織からFe等の合金元素が拡散してα+β相に変態してしまい、好ましい金属組織が得られなくなると考えられる。より好ましくは、到達温度の到達時点から5秒以内に熱間加工を開始するとよい。
【0059】
熱間加工する際のひずみ速度は、0.10~10/秒の範囲が好ましい。ひずみ速度が0.10/秒未満であると、第二のチタン合金部材の強度及び疲労特性が低下する。これは、第一のチタン合金部材の熱間加工中にα’マルテンサイト組織の一部がα+β組織に変態して成長してしまい、α相が過度に成長して、等軸結晶粒の平均円相当径が大きくなるからであると推定される。ひずみ速度は高いほど好適である。ただし、ひずみ速度が10/秒を超えると、強度及び疲労特性の向上効果が飽和する。そのため、熱間圧延時のひずみ速度の上限は10/秒以下とする。
【0060】
また、1回または2回以上の熱間加工を行う際の合計のひずみ量は0.50超とすることが好ましい。ひずみ量の合計が0.50以下では、チタン合金部材の疲労特性が低下する。これは、α’マルテンサイト組織から直接、微細なα+β組織を形成するにあたって十分な核生成が得られず、一部が未再結晶のまま残留してしまうからであると推定される。
【0061】
第一のチタン合金部材を、熱間加工後に直ちに冷却する。これにより、組織を凍結させる。冷却方法は水冷がよい。冷却する際の平均冷却速度は20℃/秒以上とすることが好ましい。平均冷却速度が20℃/秒未満であると、チタン合金部材の疲労特性が低下する。これは、冷却中に等軸結晶粒の平均円相当径が大きくなるからであると推定される。なお、平均冷却速度は、冷却開始から700℃までの平均冷却速度である。即ち平均冷却速度は、冷却開始時の中間素材の表面温度と、700℃との温度差を、中間素材の冷却開始から中間素材の表面温度が700℃まで低下するのに要した時間で除した値とする。冷却終了温度は特に限定されないが、例えば700℃以下とすることが好ましい。
【0062】
熱間加工終了時から冷却開始時までの所要時間はできるだけ短いことが好ましく、例えば5秒以内、より好ましくは3秒以内がよい。熱間加工終了時から冷却開始時までの所要時間が長くなると、第二のチタン合金部材の疲労特性が低下する。これは、等軸結晶粒の平均円相当径が増大するからであると推定される。なお「冷却開始時」とは、熱間加工が完了した第一のチタン合金部材に加速冷却を開始した時点のことである。加速冷却の手段が水冷である場合は、加速冷却を開始した時点とは、熱間加工が完了した第一のチタン合金部材に冷却水をかけ始めた時点のことである。
【0063】
以上の工程を順次行うことによって、第二のチタン合金部材が得られる。
【実施例
【0064】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明する。本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0065】
(実施例1:第一のチタン合金部材)
原料粉末として、表1に記載の化学成分を有するチタン合金粉末を用意した。原料粉末の平均粒径は表1に記載の通りとした。また、原料粉末の粒径の標準偏差は5~15μmの範囲内とした。表1、及び後述する他の表において、発明範囲外の値には下線を付した。
【0066】
準備した原料粉末を用いて、三次元積層造形法により第一のチタン合金部材を製造した。具体的には、まず、原料粉末を堆積させて30μm厚の原料粉末層を形成し、次いで、原料粉末層の一部をレーザービームによって溶融してから凝固させることで凝固層を形成した。次いで、溶融凝固後の原料粉末層の上に新たな原料粉末層を30μmの厚みで積層し、新たな原料粉末層に対してレーザービームによる溶融凝固を行った。このように、原料粉末層の積層とレーザービームによる溶融凝固を複数回繰り返したのち、未凝固状態の原料粉末を除去した。これにより、レーザービームによって溶融凝固された凝固層が積層されてなる第一のチタン合金部材を製造した。以下、本実験においては、第一のチタン合金部材を単にチタン合金部材と称する。
【0067】
チタン合金部材の形状は、長さ32mm、幅6.25mm、厚さ4.0mmの棒状の評価部と、評価部の長手方向両端に設けられた、最大幅15mm、長さ19mmの把持部とを有する形状とした。ここで厚さ方向とは、三次元積層造形において積層が進行する方向であり、粉末床と垂直な方向を指す。
【0068】
レーザービームの照射条件は、表2に記載の通りとした。また、レーザービームのビーム径は50μmとし、レーザービームを照射する際の雰囲気は、アルゴンガス雰囲気とした。
【0069】
得られたチタン合金部材の結晶組織を測定した。
まず、チタン合金部材の評価部の幅3.13mmから、厚さ方向に平行な断面を観察面とする試験片を採取した。観察面における測定箇所は、評価部の厚さtの方向のt/4の深さの位置とした。次に、試験片の観察面の測定箇所における、縦3mm横3mmの矩形の領域を視野とし、測定間隔は2.0μm、加速電圧15kVで、EBSDを用いて測定した。得られた測定結果から、菊池パターン解析よりPQ(パターンクオリティ)マップと相マップを作成し、β相を抽出して、金属組織中のβ結晶粒の面積率を求めた。β結晶粒の面積率を残部組織の面積率とした。なお、全ての試料においてβ結晶粒以外の残部組織は確認されなかった。
本実施形態では、厚さ方向に垂直な方向では全ての方向が等価であると考えられるので、厚さ方向に平行な任意の断面を観察面としてよい。本実施例ではチタン合金部材の評価部の幅の中央位置から試験片を作成した。
【0070】
EBSD測定の相マップからα相と識別された結晶粒について、これらがα相からなる板状組織か、α’マルテンサイト相からなる針状組織かを区別するために、同サンプルの観察面をエッチング処理して結晶組織を現出させた。観察する断面は、EBSD測定と同様に、厚さ方向に平行な断面とした。2.0mass%のフッ化水素酸と6.0mass%の硝酸とを含む常温の水溶液を硬質部の断面に塗布して、2~10秒程度反応させることにより、試験片の観察面をエッチング処理して、硬質部の結晶組織を現出させた。そして、図3に記載の手順に基づき、針状結晶と板状結晶とを判別した。
【0071】
また、各チタン合金部材のビッカース硬さを測定した。ビッカース圧子を圧入する荷重は5kgfとした。
結果を表3に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
【表2】
【0074】
【表3】
【0075】
表3に示すように、試験例2~4、6~16、及び18~24のチタン合金部材は、化学成分が本発明の範囲を満たしており、また、入熱量が30.0J/mm以下であり、これにより、ビッカース硬さが350HV以上である硬質部が形成された。
【0076】
図1及び図2に、試験例3の電子顕微鏡写真を示す。図1及び図2は別視野で撮影した写真である。図1及び図2に示すように、試験例3の金属組織には、針状結晶が主体として含まれていることが分かる。
【0077】
一方、試験例1は、製造時の入熱量が30.0J/mm以下であったが、Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上の元素の量が発明範囲よりも少なかったため、ビッカース硬さが350HV以上となる硬質部を有しなかった。
【0078】
また、試験例5は、製造時の入熱量が30.0J/mm以下であったが、Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上の元素の量が発明範囲よりも過剰であったため、ビッカース硬さが350HV以上となる硬質部を有しなかった。
【0079】
試験例17は、化学成分が本発明の範囲を満たしたが、入熱量が30.0J/mmを超えたため、ビッカース硬さが350HV以上となる硬質部を有しなかった。
【0080】
また、試験例25は、表2に記載の化学成分からなるチタン合金をβ相温度域まで加熱した後、300℃/秒の冷却速度で急冷処理したものである。そのため、試験例25に関し、積層造型条件は「-」と表記した。試験例25は、化学成分が本発明の範囲を満たしたが、ビッカース硬さが350HV以上となる硬質部を有しなかった。これは、冷却速度が不足したからであると推定される。
【0081】
(実施例2:第二のチタン合金部材)
上述の試験例1~25と同じ手順によって、長さ80mm、幅25mm、厚みさ25mmの第一のチタン合金部材作製し、これを中間素材に用いて、これらに表4に記載の条件で熱間加工を行い、第二のチタン合金部材を製造した。具体的には、中間素材に対して、急速加熱して到達温度に到達させてから1回以上の熱間加工を行い、熱間加工の終了後に直ちに急冷した。中間素材の表面温度が到達温度に達した時点から熱間加工の開始時までの所要時間は5秒以内とし、また、熱間加工の終了時点から冷却開始時までの所要時間も5秒以内とした。このようにして、試験例1~25の第二のチタン合金部材を製造した。以下、本実験においては、第二のチタン合金部材を単にチタン合金部材と称する。
【0082】
また、試験例1~25のチタン合金部材の疲労強度を測定した。疲労強度の測定対象は、これらチタン合金部材から採取した円形断面の丸棒試験片とした。丸棒試験片の平行部の長手方向は、チタン合金部材の長手方向に一致させた。また、丸棒試験片の平行部の表面粗さが研磨紙#600以上となるよう研磨した。25℃の大気中で、360rpm、応力比R=-1.0の条件で小野式回転曲げ試験機により、回転曲げ疲労試験を行った。1×10回まで応力負荷を繰り返しても疲労破壊しない最大応力を疲労強度とした。結果を表5に示す。疲労強度が625MPa以上のチタン合金部材を、疲労強度に関して合格とした。合否基準に満たない値には下線を付した。
【0083】
更に、試験例1~25のチタン合金部材の引張強度を測定した。引張強度の測定対象は、チタン合金部材から採取されたASTMハーフサイズ引張試験片(平行部幅6.25mm、平行部長さ32mm、標点間距離25mm)とした。引張試験片の平行部の長手方向は、チタン合金部材の長手方向に一致させた。25℃の大気中で、ひずみ速度を、ひずみ1.5%までを0.5%/min、その後破断までを30%/minで行った。このときの引張強度を測定した。結果を表5に示す。引張強度が1100MPa以上のチタン合金部材を、引張強度に関して合格とした。合否基準に満たない値には下線を付した。
【0084】
表5に示すように、試験例2~4、6~16及び18~20のチタン合金部材は、化学成分が本発明の範囲を満たしており、また、製造条件が本発明の範囲を満たしていたので、疲労強度及び引張強度が高い値を示した。
【0085】
一方、試験例1は、Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上の元素の量が少なく、中間素材が硬質部を有しなかった。その結果、試験例1のチタン合金部材の疲労強度及び引張強度が不足した。また、試験例5は、Fe、Cr、及びNiからなる群から選択される1種以上の元素の量が過剰であり、中間素材が硬質部を有しなかった。その結果、試験例5のチタン合金部材の疲労強度及び引張強度が不足した。試験例17は、中間素材の製造時の入熱量が30.0J/mmを超えたので、中間素材が硬質部を有しなかった。その結果、試験例17のチタン合金部材の疲労強度及び引張強度が不足した。
【0086】
試験例21は、中間素材の熱間加工前の平均昇温速度が低かったので、疲労強度及び引張強度が不足した。試験例22は、中間素材の熱間加工時のひずみ速度が低かったので、疲労強度及び引張強度が不足した。試験例23は、中間素材の熱間加工時の合計ひずみ量が少なかったので、疲労強度及び引張強度が不足した。試験例24は、熱間加工後の平均冷却速度が低く、冷却に長時間を要したので、疲労強度及び引張強度が不足した。
【0087】
試験例25は、その中間素材がレーザー式三次元積層造形法によって製造したものではなく、チタン合金の鋳造品を中間素材としたものである。そのため、試験例25では、疲労強度及び引張強度が不足した。
【0088】
【表4】
【0089】
【表5】
図1
図2
図3