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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-26
(45)【発行日】2024-12-04
(54)【発明の名称】ベータコロナウイルス弱毒株
(51)【国際特許分類】
   C12N 7/01 20060101AFI20241127BHJP
   C12N 7/04 20060101ALI20241127BHJP
   C12N 15/50 20060101ALI20241127BHJP
   A61K 39/215 20060101ALI20241127BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20241127BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
C12N7/01
C12N7/04
C12N15/50 ZNA
A61K39/215
A61P31/14
A61P37/04
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023558098
(86)(22)【出願日】2022-11-07
(86)【国際出願番号】 JP2022041445
(87)【国際公開番号】W WO2023080246
(87)【国際公開日】2023-05-11
【審査請求日】2024-06-07
(31)【優先権主張番号】P 2021182051
(32)【優先日】2021-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022133080
(32)【優先日】2022-08-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼集会名:第7回日経・FT感染症会議 開催場所:https://channel.nikkei.co.jp/kansen2020/2563.html(オンライン開催・発表会場URL) 開催日:令和2年11月6日~7日 ▲2▼刊行物名:第24回 日本ワクチン学会学術集会 プログラム・抄録集第64頁 発行者名:日本ワクチン学会 発行日:令和2年11月17日 ▲3▼集会名:第24回 日本ワクチン学会学術集会 開催場所:https://www.cs-oto.com/jsvac24/web.html(オンライン開催) 開催日:令和2年12月19日~20日 ▲4▼ウェブサイト名:bioRxiv 掲載アドレス:https://doi.org/10.1101/2021.02.15.430863 掲載日:令和3年2月16日 ▲5▼刊行物名:日本薬学会 第141年会(広島) Web要旨集27V07-pm15頁 発行者名:公益社団法人日本薬学会 掲載日:令和3年3月5日 ▲6▼集会名:日本薬学会第141年会(広島) 開催場所:https://www.rogbank.jp/3/3/index.html?id=WGtXADLWxPKrlPKpoY2Y7hCu2016(オンライン開催) 開催日:令和3年3月26日~29日 ▲7▼刊行物名:日刊工業新聞 第11頁 発行者名:株式会社日刊工業新聞社 発行日:令和3年7月2日 ▲8▼ウェブサイト名:Vaccine 掲載アドレス:https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2021.08.018 掲載日:令和3年8月11日 ▲9▼ウェブサイト名:医薬経済WEB 掲載アドレス:https://risfax.co.jp/iyakukeizai/173815 掲載日:令和3年10月15日 ▲10▼ウェブサイト名:第68回日本ウイルス学会学術集会ホームページ 掲載アドレス:https://web.apollon.nta.co.jp/jsv68/certif_pp/index.html 掲載日:令和3年11月15日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲11▼ウェブサイト名:第68回日本ウイルス学会学術集会ホームページ 掲載アドレス:https://www.rogbank.jp/3/6/index.html?id=jsv68m4yz9bY2w6AF7Z7LWgUEp214 掲載日:令和3年11月16日~18日(オンデマンド配信) ▲12▼ウェブサイト名:第69回日本実験動物学会総会ホームページ 掲載アドレス:https://jalas69.jp/downloads/pdf01_jp.pdf 掲載日:令和4年5月13日 ▲13▼集会名:第69回日本実験動物学会総会 開催場所:仙台国際センター(仙台市青葉区青葉山無番地) 開催日:令和4年5月18日~20日 ▲14▼ウェブサイト名:第69回日本ウイルス学会学術集会ホームページ 掲載アドレス:https://confit.atlas.jp/guide/event/jsv69/top https://confit.atlas.jp/guide/event/jsv69/subject/2R411/tables?cryptoId= 掲載日:令和4年10月14日 ▲15▼ウェブサイト名:iScience掲載アドレス:https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.105412 掲載日:令和4年10月20日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000173692
【氏名又は名称】一般財団法人阪大微生物病研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】竹河 志郎
(72)【発明者】
【氏名】蝦名 博貴
(72)【発明者】
【氏名】岡村 真弥
(72)【発明者】
【氏名】吉田(柏原) 秋穂
【審査官】坂井田 京
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第22/80413(WO,A1)
【文献】国際公開第22/80414(WO,A1)
【文献】OKAMURA S at al.,Live attenuated SARS-CoV-2 vaccine candidate: Protective immunity without serious lung lesions in Sy,bioRixiv,2021年02月16日
【文献】岡村真弥ほか,弱毒生ワクチンの開発を目指したSARS-CoV-2低温馴化株の分離と解析,日本薬学会年会要旨集,2021年03月05日,Vol.141,27V07-pm15
【文献】OKAMURA S and EBINA H,Could live attenuated vaccines better control COVID-19?,Vaccine,2021年08月11日,Vol.39,p.5719-5726
【文献】DENG X et al.,Analysis of Coronavirus Temperature-Sensitive Mutants Reveals an Interplay between the Macrodomain a,Journal of Virology,2019年,Vol.93, No.12 e02140-18,p.1-16
【文献】FLOWER TG et al.,Structure of SARS-CoV-2 ORF8, a rapidly evolving immune evasion protein,PNAS,2020年12月23日,Vol.118, No.2 e2021785118,p.1-6
【文献】JOHNSON BA et al.,Loss of furin cleavage site attenuates SARS-CoV-2 pathogenesis,Nature,Vol.591,p.293-299
【文献】SEO SH et al.,Cold-Adapted Live Attenuated SARS-Cov-2 Vaccine Completely Protects Human ACE2 Transgenic Mice from,Vaccines,2020年10月03日,Vol.8, No.4, 584,p.1-17
【文献】SAWICKI SG et al.,Functional and genetic analysis of coronavirus replicase-transcriptase proteins,PloS Pathogens,Vol.1, No.4, e39,p.310-322
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 7/00
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(b)の変異、(e)及び(f)の変異の組み合わせ、並びに(h)の変異の、3種の変異又は変異の組み合わせから選択される温度感受性変異を有する非構造タンパク質と、
以下の(g)、(n)、(о)、(p)、(q)、び(r)の変異を有する構造タンパク質、付属タンパク質及び非構造タンパク質と、
を含み、
前記温度感受性変異が、前記(e)及び(f)の変異の組み合わせのみからなるSARS-CoV-2ウイルス弱毒株:
(b)NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第445位のロイシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(e)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第248位のグリシンに相当するアミノ酸残基のバリンへの変異、
(f)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第416位のグリシンに相当するアミノ酸残基のセリンへの変異、
(g)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第504位のアラニンに相当するアミノ酸残基のバリンへの変異、
(h)NSP16における、配列番号3に示すアミノ酸配列の第67位のバリンに相当するアミノ酸残基の変異、
(n)ORF8の機能欠失変異、
(о)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第681位~第684位に相当するアミノ酸配列の欠失、
(p)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第679位~第680位及び第685~686位に相当するアミノ酸配列の欠失を含む変異、
(q)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第687位のバリンに相当するアミノ酸残基のイソロイシンへの変異、
(r)NSP1における、配列番号8に示すアミノ酸配列の第32位~第39位に相当するアミノ酸配列の欠失。
【請求項2】
前記(n)の変異が、配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列に相当するアミノ酸配列の欠失である、請求項1に記載のSARS-CoV-2ウイルス弱毒株。
【請求項3】
請求項1に記載のSARS-CoV-2ウイルス弱毒株を含む、弱毒生ワクチン。
【請求項4】
経鼻投与される、請求項に記載の弱毒生ワクチン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベータコロナウイルス弱毒株に関する。
【背景技術】
【0002】
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)はパンデミックを引き起こし、今なお社会的な問題となっている。本感染症に対するワクチンとしては、ロシアで承認されたアデノウイルスベクターワクチンであるスプートニクV(非特許文献1)を皮切りとして、アデノウイルスベクターワクチン及びmRNAワクチンといった遺伝子ワクチンが承認され、世界中で接種が進められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】THE LANCET, VOLUME 396, ISSUE 10255, P887-897, SEPTEMBER 26,2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、遺伝子ワクチンは従来型のワクチンとは異なる次世代型のワクチンであり、発熱及び血栓症等の副反応が報告されている。このため、引き続き新たなワクチン開発は重要だと考えられる。
【0005】
そこで本発明は、新たなベータコロナウイルスワクチンとして有用な株を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討の結果、弱毒性に関する所定の変異として、温度感受性に関する所定の置換変異と、増殖低減性その他の弱毒性に関する所定の欠失変異とを組み合わせて有する新規のベータコロナウイルスが、弱毒性に優れたベータコロナウイルスのワクチン株として有用であることを見出した。本発明は、この知見に基づいて、さらに検討を重ねることにより完成された発明である。すなわち、本発明は以下に掲げる態様の発明を提供する。
【0007】
項1. 以下の(b)の変異、(e)及び(f)の変異の組み合わせ、並びに/若しくは(h)の変異を有する非構造タンパク質と、
以下の(n)、(о)及び/又は(r)の変異を有する構造タンパク質、付属タンパク質及び/又は非構造タンパク質と、
を含む、ベータコロナウイルス弱毒株:
(b)NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第445位のロイシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(e)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第248位のグリシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(f)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第416位のグリシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(h)NSP16における、配列番号3に示すアミノ酸配列の第67位のバリンに相当するアミノ酸残基の変異、
(n)ORF8の機能欠失変異、
(о)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第681位~第684位に相当するアミノ酸配列の欠失、
(r)NSP1における、配列番号8に示すアミノ酸配列の第32位~第39位に相当するアミノ酸配列の欠失。
項2. 前記(b)の変異、前記(e)及び(f)の変異の組み合わせ、前記(h)の変異、前記(n)の変異、前記(о)の変異、及び前記(r)の変異の6種の変異又は変異の組み合わせのうち、4種の変異又は変異の組み合わせが選択される、項1に記載のウイルス弱毒株。
項3.前記(b)の変異、前記(e)及び(f)の変異の組み合わせ、前記(h)の変異の3種の変異又は変異の組み合わせのうち、1~2種の変異又は変異の組み合わせが選択される、項1又は2に記載のウイルス弱毒株。
項4. 前記構造タンパク質がさらに以下の(p)及び/又は(q)の変異を含む、項1~3のいずれかに記載のウイルス弱毒株:
(p)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第679位~第680位及び第685~686位に相当するアミノ酸配列の欠失を含む変異、
(q)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第687位のバリンに相当するアミノ酸残基の変異。
項5. 前記(e)及び(f)の変異の組み合わせと以下の(g)の変異とを含む、項4に記載のウイルス弱毒株:
(g)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第504位のアラニンに相当するアミノ酸残基の変異。
項6. 前記(n)の変異が、配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列に相当するアミノ酸配列の欠失である、項4又は5に記載のベータコロナウイルス弱毒株。
項7. 前記(b)の変異がフェニルアラニンへの置換であり、前記(e)の変異がバリンへの置換であり、前記(f)の変異がセリンへの置換であり、前記(h)の変異がイソロイシンへの置換である、項1~6のいずれかに記載のウイルス弱毒株。
項8. 前記(q)の変異がイソロイシンへの置換である、項4~7のいずれかに記載のウイルス弱毒株。
項9. 前記ベータコロナウイルスが、SARS-CoV-2ウイルスである、項1~8のいずれかに記載のウイルス弱毒株。
項10. 項1~9のいずれかに記載のウイルス弱毒株を含む、弱毒生ワクチン。
項11. 経鼻投与される、項10に記載の弱毒生ワクチン。
項12. 筋肉内投与、皮下投与又は皮内投与される、項10に記載の弱毒生ワクチン。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、新たなベータコロナウイルスワクチンとして有用な株が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】SARS-CoV-2の温度感受性化方法を示す。
図2】SARS-CoV-2の温度感受性の確認結果(CPE像)を示す。
図3A】各々のウイルス株の変異解析結果を示す。
図3B】温度感受性株(A50-18[参考例])の復帰変異の可能性がある株によるCPE像を示す。
図3C】温度感受性株(A50-18[参考例])の復帰変異の可能性がある株によるCPE像を示す。
図3D】温度感受性株(A50-18[参考例])における変異を導入した組換えウイルスの温度感受性の確認結果を示す。
図3E】温度感受性株(A50-18[参考例])における変異を導入した組換えウイルスの温度感受性の確認結果を示す。
図4A】温度感受性株(A50-18[参考例])の増殖性解析結果を示す。
図4B】温度感受性株(A50-18[参考例])の増殖性解析結果を示す。
図5】温度感受性株(A50-18[参考例])感染ハムスターの体重変動を示す。
図6】温度感受性株(A50-18[参考例])感染ハムスターの体重変動を示す。
図7】温度感受性株(A50-18[参考例])感染ハムスターの肺内又は鼻腔洗浄液のウイルス量を示す。
図8】温度感受性株(A50-18[参考例])感染ハムスターの肺画像を示す。
図9】温度感受性株(A50-18[参考例])感染ハムスターの肺組織学的解析結果を示す。
図10】温度感受性株(A50-18[参考例])感染ハムスターの肺組織学的解析(HE染色及びIHC染色)を示す。
図11】温度感受性株(A50-18[参考例])再感染ハムスターの体重変動を示す。
図12】温度感受性株(A50-18[参考例])感染後ハムスターの体重変動を示す。
図13】温度感受性株(A50-18[参考例])感染後回復ハムスター血清の中和抗体価を示す。
図14】SARS-CoV-2の温度感受性化方法(G~L50シリーズ[実施例])を示す。
図15】SARS-CoV-2(G~L50シリーズ[実施例])の温度感受性の確認結果(CPE像)を示す。
図16A】追加分離株(H50-11、L50-33、L50-40[実施例])の変異解析結果を示す。
図16B】温度感受性株(H50-11[実施例])の復帰変異の可能性がある株によるCPE像を示す。
図16C】温度感受性株(L50-33、L50-40[実施例])の復帰変異の可能性がある株によるCPE像を示す。
図17】温度感受性株(H50-11、L50-33、L50-40[実施例])に関連して見出された塩基配列の欠失を示す。
図18図17で示した塩基配列の欠失及びそれにコードされるアミノ酸配列の欠失の概要図を示す。
図19】温度感受性株(H50-11、L50-33、L50-40[実施例])の増殖性解析結果を示す。
図20】温度感受性株(A50-18[参考例]、及び、H50-11、L50-33、L50-40[実施例])感染ハムスターの体重変動を示す。
図21】温度感受性株(A50-18[参考例]、及び、H50-11、L50-33、L50-40[実施例])感染ハムスターの肺重量を示す。
図22】温度感受性株(A50-18[参考例]、及び、H50-11、L50-33、L50-40[実施例])感染ハムスターの肺内又は鼻腔洗浄液のウイルス量を示す。
図23】温度感受性株(A50-18[参考例]、及び、H50-11、L50-33、L50-40[実施例])再感染ハムスターの体重変動を示す。
図24】温度感受性株(A50-18[参考例]、及び、H50-11、L50-33、L50-40[実施例])感染後ハムスター血清の中和抗体価を示す。
図25】温度感受性株(A50-18株[参考例])の、SARS-CoV-2変異株に対する中和活性評価を示す。
図26】温度感受性株(A50-18株[参考例])の投与経路による免疫誘導能の比較を示す。
図27】温度感受性株(A50-18株[参考例])の投与量による免疫誘導能の比較を示す。
図28】温度感受性株(A50-18株[参考例])の、SARS-CoV-2変異株に対する中和活性評価を示す。
図29】温度感受性株(A50-18株[参考例])の、SARS-CoV-2変異株に対する中和活性評価を示す。
図30】ワクチン候補株1~7[実施例]作出後、回復培養時のCPE像を示す。
図31A】ワクチン候補株1~7[実施例]の温度感受性評価を示す。
図31B】rTs-all株[実施例]の温度感受性評価を示す。
図32】ワクチン候補株1,3,4,6,7[実施例]の低力価、低用量投与時の中和抗体誘導能を示す。
図33】ワクチン候補株7[実施例]の低力価、低用量投与免疫後の感染防御試験の結果を示す。
図34】ワクチン候補株2,5[実施例]の高力価、高用量投与時の中和抗体誘導能を示す。
図35】ワクチン候補株2[実施例]の各温度における増殖性評価を示す。
図36】ワクチン候補株2[実施例]の投与により誘導された液性免疫の持続性試験結果を示す。
図37】ワクチン候補株2[実施例]の投与による感染防御試験結果(感染ハムスターの体重変動)を示す。
図38】ワクチン候補株2[実施例]のin vivo継代時における毒力復帰検討結果(CPE有無)を示す。
図39】ワクチン候補株2[実施例]のin vivo継代時における毒力復帰検討結果(各鼻腔洗浄液から抽出したウイルスRNAの配列)を示す。
図40】ワクチン候補株2[実施例]のin vivo継代時における毒力復帰検討結果(体重変動)を示す。
図41】ワクチン候補株2[実施例]による組織障害性評価(鼻腔level1)を示す。
図42】ワクチン候補株2[実施例]による組織障害性評価(鼻腔level2)を示す。
図43】ワクチン候補株2[実施例]による組織障害性評価(鼻腔level3)を示す。
図44】ワクチン候補株2[実施例]による組織障害性評価(肺)を示す。
図45】ワクチン候補株2[実施例]の投与により誘導された中和抗体価を示す。
図46】ワクチン候補株2[実施例]の投与による感染防御試験結果(感染ハムスターの体重変動)を示す。
図47】ワクチン候補株2[実施例]の投与により誘導された中和抗体価を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.ベータコロナウイルス弱毒株
本発明のベータコロナウイルス弱毒株は、弱毒性に関する所定の変異として、温度感受性に関する所定の置換変異を有する非構造タンパク質と、増殖低減性その他の弱毒性に関する所定の欠失変異を有する構造タンパク質、付属タンパク質及び/又は非構造タンパク質と、を組み合わせで有するベータコロナウイルスであることを特徴とする。以下において、温度感受性に関する所定の置換変異を「温度感受性変異」とも記載し、増殖低減性に関する所定の欠失変異を「増殖低減性変異」とも記載し、増殖低減性変異以外の所定の欠失変異を「他の弱毒性変異」とも記載する。
【0011】
なお、本発明において、「弱毒性」とは、ウイルスの宿主病原性を減弱する特性をいう。また、本発明において、「温度感受性」とは、ヒトの体温(いわゆる下気道温度)での増殖性が制限され低温(典型的にはヒトの上気道温度以下)特異的に増殖能を有する特性をいう。また、本発明において、「増殖低減性」とは、増殖性が制限された特性であって且つその特性が温度特異的でないものをいう。
【0012】
本発明のベータコロナウイルス弱毒株は、上記の弱毒性に関する所定の変異を有することでワクチンとしての有効性を奏するだけでなく、置換変異に、復帰変異しにくい欠失変異が組み合わされていることで、毒力復帰が生じる可能性が極めて低くなっている。この点で、ヒトへの応用を想定した場合の有用性が顕著に高まっている。
【0013】
コロナウイルスは、形態学的には、直径約100~200nmの球形で、表面に突起を有する。コロナウイルスは、ウイルス学的には、ニドウイルス目・コロナウイルス亜科・コロナウイルス科に分類される。脂質二重膜のエンベロープの中に、ヌクレオカプシドタンパク質(以下において、「ヌクレオカプシド」又は「Nucleocapsid」ともいう)に巻きついたプラス鎖の一本鎖RNAのゲノムがあり、エンベロープの表面にはスパイクタンパク質(以下において、「スパイク」又は「Spike」ともいう)、エンベロープタンパク質(以下において、「エンベロープ」又は「Envelope」ともいう)、メンブレンタンパク質(以下において、「メンブレン」又は「Membrane」ともいう)が配置されている。ウイルスゲノムの大きさは、RNAウイルスの中で最長の約30kbである。ヌクレオカプシド、スパイク、エンベロープ及びメンブレンが、コロナウイルスの構造タンパク質である。NSP1~NSP16が、コロナウイルスの非構造タンパク質である。また、ORF7a、ORF7b、ORF8などがコロナウイルスの付属タンパク質である。なお、付属タンパク質はアクセサリータンパク質と呼ぶこともできる。
【0014】
コロナウイルスは遺伝学的特徴から、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタのグループに分類される。ヒトに感染するコロナウイルスとしては、風邪の原因ウイルスとしてヒトコロナウイルス229E、OC43、NL63、HKU-1の4種類、並びに、重篤な肺炎を引き起こす2002年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス及び2012年に発生した中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスが知られている。アルファコロナウイルス属にはヒトコロナウイルス229E及びNL63が分類され、ベータコロナウイルス属にはヒトコロナウイルスOC43、HKU-1、SARSコロナウイルス及びMERSコロナウイルスが分類される。
【0015】
2019年武漢にて発生した新型コロナウイルス感染症の原因ウイルスとして、SARSコロナウイルスに分類されるSARS-CoV-2が分離及び同定されている。SARS-CoV-2は、初期の武漢株から変異を繰り返しており、英国で検出された株、南アフリカで検出された株、インドで検出された株などの変異株が見つかっている。いまだ検出されていない変異株や、今後新たに変異株が発生する可能性も考えられる。本発明において、ベータコロナウイルス属に含まれるウイルスは、上記のSARS-CoV-2の株に限定されず、それ以外の全てのベータコロナウイルス(例えば、今後新たに検出される他のSARS-CoV-2変異株及びSARS-CoV-2以外のベータコロナウイルス、並びに、SARS-CoV-2又はSARS-CoV-2以外のベータコロナウイルスのスパイクタンパク質を、他のSARS-CoV-2及びSARS-CoV-2以外のベータコロナウイルス(今後新たに検出されるウイルスを含む)の少なくともいずれかのスパイクタンパク質に入れ替えた組換えウイルスなど)も含む。
【0016】
本発明のベータコロナウイルス弱毒株が有する、当該弱毒性に関する所定の変異について、下記表1に基づいて説明する。表1で「温度感受性変異」として示される、変異(b)、変異(e)と変異(f)との組み合わせ、及び/又は変異(h)は、置換変異であり、本発明のベータコロナウイルス弱毒株が必須で含む、温度感受性能の付与に寄与する責任変異である。つまり、本発明において、温度感受性変異としては、「変異(b)」と、「変異(e)及び変異(f)の組み合わせ」と、「変異(h)」との3種が挙げられる。本発明の典型的なベータコロナウイルス弱毒株は、これら3種の温度感受性変異のうち、1種又は2種を有する。表1で「増殖低減性変異」及び「他の弱毒性変異」として示される、変異(n)、変異(о)及び/又は変異(r)は、欠失変異であり、本発明のベータコロナウイルス弱毒株が必須で含む、増殖低減性その他の弱毒性の付与に寄与すると考えられ(特に、変異(r)は増殖低減性の付与に寄与すると考えられ)且つ温度感受性変異との組み合わせで優れた弱毒性を発現する変異である。表1で「他の変異」として示される、変異(a),(c),(d),(g),(i)~(m),(p),(q)は、本発明のベータコロナウイルス弱毒株が任意で含むことができる変異であり、本発明のベータコロナウイルス弱毒株は、他の変異の少なくともいずれかを、含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。
【0017】
【表1】
【0018】
すなわち、本発明のベータコロナウイルスが有する必須の弱毒性に関する変異は、温度感受性変異である、以下の(b)の変異、(e)及び(f)の変異の組み合わせ、並びに/若しくは(h)の変異と;増殖低減性その他の弱毒性変異である、以下の(n)、(о)及び/又は(r)の変異である。
(b)NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第445位のロイシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(e)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第248位のグリシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(f)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第416位のグリシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(h)NSP16における、配列番号3に示すアミノ酸配列の第67位のバリンに相当するアミノ酸残基の変異、
(n)ORF8の機能欠失変異、
(о)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第681~684位に相当するアミノ酸残基の欠失、
(r)NSP1における、配列番号8に示すアミノ酸配列の第32~39位に相当するアミノ酸配列の欠失。
【0019】
上記(n)の変異は、ORF8の機能が欠失する変異であればいかなる変異も許容されるが、好ましくは、配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列に相当するアミノ酸配列の欠失が挙げられる。
【0020】
本発明の好ましい形態においては、温度感受性のレベルを好ましい程度に制御する観点から、上記の温度感受性変異(すなわち、(b)の変異、(e)及び(f)の変異の組み合わせ、(h)の変異の3種の変異又は変異の組み合わせ)のうち、1~2種の変異又は変異の組み合わせが選択される。
【0021】
本発明の好ましい形態においては、上記の増殖低減性その他の弱毒性変異の中でも、好ましくは、(о)の変異、(r)の変異が挙げられる。
【0022】
本発明の好ましい形態においては、好ましい弱毒性を奏しつつ、併せて、好ましい免疫原性も奏する観点から、上記弱毒性に関する所定の変異6種(すなわち、(b)の変異と、(e)及び(f)の変異の組み合わせと、(h)の変異と、(n)の変異と、(о)の変異と、(r)の変異との6種)のうち、4種の変異又は変異の組み合わせが選択される。
【0023】
本発明のベータコロナウイルス弱毒株は、上記必須の変異に加え、さらに、他の変異として、以下の(a)、(c)、(d)、(g)、(i)~(m)、(p)、(q)の少なくともいずれかの変異を含むことができる。
(a)NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第404位のバリンに相当するアミノ酸残基の変異、
(c)NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第1792位のリシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(d)NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第1832位のアスパラギン酸に相当するアミノ酸残基の変異、
(g)NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第504位のアラニンに相当するアミノ酸残基の変異、
(i)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第54位のロイシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(j)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第739位のトレオニンに相当するアミノ酸残基の変異、
(k)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第879位のアラニンに相当するアミノ酸残基の変異、
(l)エンベロープにおける、配列番号5に示すアミノ酸配列の第28位のロイシンに相当するアミノ酸残基の変異、
(m)ヌクレオカプシドにおける、配列番号6に示すアミノ酸配列の第2位のセリンに相当するアミノ酸残基の変異、
(p)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第679位~第680位及び第685~686位に相当するアミノ酸残基の欠失を含む変異、
(q)スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第687位のバリンに相当するアミノ酸残基の変異。
【0024】
本発明のベータコロナウイルス弱毒株が他の変異を有する場合、温度感受性を増強する観点から、上記の他の変異の中でも、(g)の変異を有することが好ましい。本発明のベータコロナウイルス弱毒株が他の変異として(g)の変異を有する場合、温度感受性を増強する観点から、(g)の変異は、(e)及び(f)の変異の組み合わせと共に用いられることが好ましい。
【0025】
配列番号1は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2におけるNSP3のアミノ酸配列であり;配列番号2は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2におけるNSP14のアミノ酸配列であり;配列番号3は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2におけるNSP16のアミノ酸配列である。
【0026】
また、配列番号4は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2におけるスパイクのアミノ酸配列であり;配列番号5は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2におけるエンベロープのアミノ酸配列であり;配列番号6は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2におけるヌクレオカプシドのアミノ酸配列である。
【0027】
さらに、配列番号7は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2のオープンリーディングフレームの一部、具体的には、ORF7aの一部分と、ORF7b全体と、ORF8の大部分とにわたる塩基配列であり;配列番号8は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2におけるNSP1のアミノ酸配列である。
【0028】
「相当するアミノ酸残基」とは、本発明のベータコロナウイルス弱毒株がNC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2の変異株である場合は、配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列中の、上記所定位置に存在するアミノ酸残基をいい、本発明のベータコロナウイルス弱毒株が上記変異株以外の他のベータコロナウイルス変異株である場合は、他のベータコロナウイルスが有するポリペプチドの上記配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列中の、上記所定位置に対応する位置に存在するアミノ酸残基をいう。当該対応する位置は、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2の配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列を有するタンパク質若しくは配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質と、当該タンパク質に対応する他のベータコロナウイルスのタンパク質と、についてアミノ酸配列のアラインメントを行うことで、特定することができる。
【0029】
本発明のウイルス弱毒株は、配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列における上記所定位置に対応するアミノ酸残基又はアミノ酸配列が変異していればよいため、NC_045512(NCBI)に収載されている特定のSARS-CoV-2の変異株に限定されるものではなく、他のベータコロナウイルス変異株[つまり、他の任意のSARS-CoV-2の変異株、及びベータコロナウイルス属に含まれるSARS-CoV-2以外のウイルスの変異株]を含む。NC_045512(NCBI)に収載されている特定のSARS-CoV-2の変異株とは、当該特定のSARS-CoV-2における配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列中の上記所定位置の少なくともいずれかのアミノ酸残基又はアミノ酸配列が変異した変異株であり、他のベータコロナウイルス変異株とは、他の任意のSARS-CoV-2の変異株[つまり、他の任意のSARS-CoV-2における上記配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列中の、上記所定位置に対応するアミノ酸残基又はアミノ酸配列が変異した変異株]と、ベータコロナウイルス属に含まれるSARS-CoV-2以外のウイルスの変異株[つまり、ベータコロナウイルス属に含まれるSARS-CoV-2以外のウイルスにおける上記配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列中の、上記所定位置に対応するアミノ酸残基又はアミノ酸配列が変異した変異株]との両方をいう。他の任意のSARS-CoV-2の変異株及びベータコロナウイルス属に含まれるSARS-CoV-2以外のウイルスの変異株には、SARS-CoV-2又はSARS-CoV-2以外のベータコロナウイルスのスパイクタンパク質を、他のSARS-CoV-2及びSARS-CoV-2以外のベータコロナウイルス(今後新たに検出されるウイルスを含む)の少なくともいずれかのスパイクタンパク質に入れ替えた組換えウイルスの変異株も含まれる。
【0030】
他のベータコロナウイルス変異株における上記配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列に対応する配列は、それぞれ、ポリペプチドの特性に大きく影響しない限り、配列番号1~4(又は1~6)、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列と相違していることが許容される。ポリペプチドの特性に大きく影響しないとは、それぞれの非構造タンパク質、構造タンパク質、及び付属タンパク質としての機能を保った状態をいう。具体的には、配列番号1~4、8のアミノ酸配列若しくは配列番号7に示す塩基配列における、上記弱毒性に関する所定の変異に対応するアミノ酸又は塩基配列以外の部位、若しくは、他の変異をさらに有する場合にあっては、さらに、上記の配列番号5、6における他の変異に対応するアミノ酸残基以外の部位(これら変異に対応するアミノ酸残基又は塩基以外の部位を、以下において、「任意相違部位」とも記載する。)において、配列番号1~4、7、8(又は1~8)との相違が許容される。許容される相違には、置換、付加、挿入、及び欠失の中から選択される1種類の相違(例えば置換)であってもよいし、2種以上の相違(例えば、置換及び挿入)を含んでいてもよい。他の任意のSARS-CoV-2における上記配列番号1~4(又は1~6)、8に対応するアミノ酸配列又は配列番号7に示す塩基配列と、配列番号1~4(又は1~6)、8に示すアミノ酸配列又は配列番号7に示す塩基配列との任意相違部位のみを比較して算出される配列同一性としては、50%以上であればよい。他の任意のSARS-CoV-2においては、当該配列同一性としては、好ましくは60%以上又は70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%以上又は90%以上、一層好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、又は98%以上、より一層好ましくは99%以上、特に好ましくは99.3%以上、99.5%以上、99.7%以上、99.9%以上が挙げられる。残りの任意のベータコロナウイルスにおいては、当該配列同一性としては、好ましくは60%以上が挙げられる。ここで、「配列同一性」とは、BLASTPACKAGE[sgi32 bit edition,Version 2.0.12;available from National Center for Biotechnology Information(NCBI)]のbl2seq program(Tatiana A.Tatsusova,Thomas L.Madden,FEMS Microbiol.Lett.,Vol.174,p247-250,1999)により得られるアミノ酸配列の同一性の値を示す。パラメーターは、Gap insertion Cost value:11、Gap extension Cost value:1に設定すればよい。
【0031】
つまり、本発明のベータコロナウイルス弱毒株は、より具体的には以下の通りである:
以下の(I)、(II)及び(III)の少なくともいずれかのポリペプチドからなる非構造タンパク質、付属タンパク質及び構造タンパク質を含む、ベータコロナウイルス弱毒株:
(I)以下の(I-1)~(I-3)のポリペプチドの少なくともいずれかと、以下の(I-4)~(I-6)のポリペプチドの少なくともいずれか:
(I-1)配列番号1に示すアミノ酸配列において、第445位ロイシンの置換変異(b')を温度感受性変異として有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(NSP3)、
(I-2)配列番号2に示すアミノ酸配列において、第248位グリシンの置換変異(e')及び第416位グリシンの置換変異(f')を温度感受性変異として有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(NSP14)、
(I-3)配列番号3に示すアミノ酸配列において、第67位バリンの置換変異(h')を温度感受性変異として有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(NSP16)、
(I-4)配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列の欠失変異(n')を他の弱毒性変異として有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(ORF)、
(I-5)配列番号4に示すアミノ酸配列において、第681位~第684位の欠失変異(о')を他の弱毒性変異として有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(スパイク)、
(I-6)配列番号8に示すアミノ酸配列において、第32位~第39位の欠失変異(r')を増殖低減性変異として有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(NSP1);
(II)前記(I)のポリペプチドのアミノ酸配列において、前記温度感受性変異に係るアミノ酸残基及び前記増殖低減性その他の弱毒性変異に係るアミノ酸配列以外の1個又は複数個のアミノ酸残基が、置換、付加、挿入又は欠失されてなり、温度感受性能及び弱毒化能を獲得したベータコロナウイルスを構成するポリペプチド;
(III)前記(I)のポリペプチドのアミノ酸配列における前記温度感受性変異に係るアミノ酸残基及び前記増殖低減性その他の弱毒性変異に係るアミノ酸配列を除いたアミノ酸配列の配列同一性が50%以上であり、温度感受性能及び弱毒化能を獲得したベータコロナウイルスを構成するポリペプチド。
【0032】
上記のより具体的なベータコロナウイルス弱毒株が、温度感受性変異及び増殖低減性その他の弱毒性変異に加え他の変異も含む場合は、以下に示す通り、上記(I-1)及び(I-2)のポリペプチド(非構造タンパク質)並びに上記(I-5)のポリペプチド(構造タンパク質)が、それぞれ、温度感受性変異及び増殖低減性その他の弱毒性変異に加え他の変異も有する以下の(I-1a)及び(I-2a)並びに(I-5a)のポリペプチドであってもよく、上記(I)のポリペプチドが、さらに、他の変異を有する以下の(I-7a),(I-8a)のポリペプチド(構造タンパク質)を包含していてもよい。
以下の(I)、(II)及び(III)の少なくともいずかのポリペプチドからなる、構造タンパク質、付属タンパク質及び非構造タンパク質を含む、ベータコロナウイルス弱毒株:
(I)以下の(I-1a),(I-2a),(I-3)の少なくともいずれかと、以下の(I-4),(I-5a),(I-6)のポリペプチドの少なくともいずれか、又はそれらに加えて以下(I-7a),(I-8a)の少なくともいずれかのポリペプチド:
(I-1a)配列番号1に示すアミノ酸配列において、温度感受性変異として第445位ロイシンの変異(b’)と、他の変異として、第404位バリンの変異(a’)、第1792位リシンの変異(c’)、及び第1832位アスパラギン酸の変異(d’)の少なくともいずれかの変異とを有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(NSP3)、
(I-2a)配列番号2に示すアミノ酸配列において、温度感受性変異として第248位グリシンの変異(e’)及び第416位グリシンの変異(f’)と、他の変異として第504位アラニンの変異(g’)とを有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(NSP14)、
(I-3)配列番号3に示すアミノ酸配列において、温度感受性変異として第67位バリンの変異(h’)を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(NSP16)、
(I-4)他の弱毒性変異として配列番号7に示す塩基配列にコードされるアミノ酸配列の欠失変異(n’)を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(ORF)、
(I-5a)配列番号4に示すアミノ酸配列において、他の弱毒性変異として第681位~第684位の欠失変異(о’)と;他の変異として、第54位ロイシンの変異(i’)、第739位トレオニンの変異(j’)、及び第879位アラニンの変異(k’)の少なくともいずれかの変異、並びに第679位~第680位及び第685位~第686位のアミノ酸配列の欠失変異(p’)及び第687位バリンの変異(q’)の少なくともいずれかの変異と、を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(スパイク)、
(I-6)配列番号8に示すアミノ酸配列において、増殖低減性変異として第32位~第39位の欠失変異(r’)を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(NSP1)
(I-7a)配列番号5に示すアミノ酸配列において、他の変異として第28位ロイシンの変異(l’)を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(エンベロープ)、
(I-8a)配列番号6に示すアミノ酸配列において、他の変異として第2位セリンの変異(m’)を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド(ヌクレオカプシド);
(II)前記(I)のポリペプチドのアミノ酸配列において、前記温度感受性変異、前記増殖低減性その他の弱毒性変異に係るアミノ酸配列及び他の変異に係るアミノ酸残基又はアミノ酸配列以外の1個又は複数個のアミノ酸残基が、置換、付加、挿入又は欠失されてなり、温度感受性能及び弱毒化能を獲得したベータコロナウイルスを構成するポリペプチド;
(III)前記(I)のポリペプチドのアミノ酸配列における前記温度感受性変異、前記増殖低減性その他の弱毒性変異に係るアミノ酸配列及び他の変異に係るアミノ酸残基又はアミノ酸配列を除いたアミノ酸配列の配列同一性が50%以上であり、温度感受性能及び弱毒化能を獲得したベータコロナウイルスを構成するポリペプチド。
【0033】
上記(a’)~(r’)の変異は、それぞれ、(a)~(r)の変異が具体的に配列番号1~6のアミノ酸配列、配列番号7の塩基配列、及び配列番号8のアミノ酸配列に存在する場合の変異を指す。つまり、上記(I)のポリペプチドは、NC_045512(NCBI)のSARS-CoV-2が有する配列番号1~6のアミノ酸配列、配列番号7の塩基配列にコードされるアミノ酸配列、及び配列番号8のアミノ酸配列からなるポリペプチドに、温度感受性変異及び増殖低減性その他の弱毒性変異、又はそれらに加えて他の変異が導入されたものである。また、上記(II)及び(III)のポリペプチドは、他のベータコロナウイルスが有する配列番号1~6のアミノ酸配列、配列番号7の塩基配列にコードされるアミノ酸配列、及び配列番号8のアミノ酸配列に対応するアミノ酸配列からなるポリペプチドに、温度感受性変異及び増殖低減性その他の弱毒性変異、又はそれらに加えて他の変異が導入されたものである。上記(II)及び(III)のポリペプチドの配列同一性の好ましい範囲は、既に述べた通りである。
【0034】
ベータコロナウイルスは、上記の温度感受性変異を有することで温度感受性を獲得し、上記の温度感受性変異とともに上記の増殖低減性その他の弱毒性変異を有することで優れた弱毒性を獲得することができる。本発明のウイルス弱毒株は、ヒトの下気道温度での増殖能が、ヒトの下気道温度よりも低い温度での増殖能よりも少なくとも低下しており、好ましくは、ヒトの下気道温度での増殖能を有しない。本発明において、温度感受性能は、ヒトの下気道温度にてウイルス弱毒株をMOI=0.01でVero細胞に感染させた後、ヒトの下気道温度にて1日培養させた後の培養上清中のウイルス力価(TCID50/mL)が、ヒトの上気道温度にてウイルス弱毒株をMOI=0.01でVero細胞に感染させた後、ヒトの上気道温度にて1日培養させた後の培養上清中のウイルス力価と比較して、例えば、102以上、好ましくは103以上減少していることにより確認することができる。
【0035】
典型的には、本発明のウイルス弱毒株は、ヒトの下気道温度での増殖能が、上記温度感受性変異を有しない場合におけるヒトの下気道温度での増殖能に比べて低下している。このことは、ヒトの下気道温度にてウイルス弱毒株をMOI=0.01でVero細胞に感染させた後、ヒトの下気道温度にて1日培養させた後の培養上清中のウイルス力価(TCID50/mL)が、ヒトの下気道温度にて上記温度感受性変異を有しない株をMOI=0.01でVero細胞に感染させた後、ヒトの下気道温度にて1日培養させた後の培養上清中のウイルス力価と比較して、例えば、102以上、好ましくは103以上減少していることにより確認することができる。
【0036】
ヒトの下気道温度の代表例としては約37℃が挙げられ、具体的には後述の上気道温度より高い温度、好ましくは36~38℃、より好ましくは36.5~37.5℃又は37~38℃が挙げられる。また、本発明のウイルス弱毒株は、ヒトの下気道温度未満の温度での増殖能は有していてもよい。例えば、ヒトの下気道温度より低い温度としては、例えばヒトの上気道温度(具体例として、約32℃~35.5℃)を包含していてもよい。
【0037】
上記の温度感受性変異は、ウイルスが細胞に感染する際に重要な、ウイルス表面に存在するスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン上には存在しない。そのため、NC_045512(NCBI)に収載されている特定のSARS-CoV-2だけでなく、他のベータコロナウイルスにおいても、上記の温度感受性変異を導入することで、温度感受性化することができると合理的に予想される。つまり、世界的な感染症の流行により、ウイルスの免疫原性が変化するような変異が生じた場合においても、当該変異ウイルスにさらに上記の温度感受性変異を導入することで、当該変異ウイルスに対して温度感受性を付与できると合理的に予想される。
【0038】
また、温度感受性変異に関して、上記(b)の変異はロイシン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(e)の変異はグリシン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(f)の変異はグリシン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(h)の変異はバリン以外のアミノ酸残基への置換であればよい。他の変異に関して、上記(a)の変異はバリン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(c)の変異はリシン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(d)の変異はアスパラギン酸以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(g)の変異はアラニン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(i)の変異はロイシン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(j)の変異はトレオニン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(k)の変異はアラニン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(l)の変異はロイシン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(m)の変異はセリン以外のアミノ酸残基への置換であればよく、上記(q)の変異はバリン以外のアミノ酸残基への置換であればよい。
【0039】
本発明のウイルス弱毒株の好ましい例においては、温度感受性変異は、前記(b)の変異がフェニルアラニンへの置換であり、前記(e)の変異がバリンへの置換且つ前記(f)の変異がセリンへの置換であり、及び/又は、前記(h)の変異がイソロイシンへの置換である。当該好ましい例がさらに他の変異を有する場合においては、他の変異は、前記(a)の変異がアラニンへの置換であり、前記(c)の変異がアルギニンへの置換であり、前記(d)の変異がアスパラギンへの置換であり、前記(g)の変異がバリンへの置換であり、前記(i)の変異がトリプトファンへの置換であり、前記(j)の変異がリシンへの置換であり、前記(k)の変異がバリンへの置換であり、前記(l)の変異がプロリンへの置換であり、前記(m)の変異がフェニルアラニンへの置換であり、及び/又は、前記(q)の変異がイソロイシンへの置換である。
【0040】
本発明のウイルス弱毒株の別の例においては、前記置換は、いわゆる保存的置換であってもよい。保存的置換とは、構造及び/又は特性の類似したアミノ酸で置換されることをいい、例えば、保存的置換の例として、置換前のアミノ酸が非極性アミノ酸であれば他の非極性アミノ酸へ置換、置換前のアミノ酸が非電荷アミノ酸であれば他の非電荷アミノ酸へ置換、置換前のアミノ酸が酸性アミノ酸であれば他の酸性アミノ酸へ置換、及び置換前のアミノ酸が塩基性アミノ酸であれば他の塩基性アミノ酸へ置換されることが挙げられる。なお、一般的に、「非極性アミノ酸」には、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、フェニルアラニン、及びトリプトファンが含まれ、「非電荷アミノ酸」には、グリシン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、及びグルタミンが含まれ、「酸性アミノ酸」には、アスパラギン酸及びグルタミン酸が含まれ、「塩基性アミノ酸」には、リジン、アルギニン、及びヒスチジンが含まれる。
【0041】
本発明のウイルス弱毒株のより好ましい例としては、NC_045512(NCBI)に収載されているSARS-CoV-2の変異株であって、前記(b)の変異(つまり(b’)の変異)が、NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第445位のロイシンのフェニルアラニンへの置換(L445F)であり;前記(e)の変異(つまり(e’)の変異)が、NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第248位のグリシンのバリンへの置換(G248V)、且つ、前記(f)の変異(つまり(f’)の変異)が、NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第416位のグリシンのセリンへの置換(G416S)であり;及び/又は、前記(h)の変異(つまり(h’)の変異)が、NSP16における、配列番号3に示すアミノ酸配列の第67位のバリンのイソロイシンへの置換(V67I)であるものが挙げられる。当該より好ましい例が他の変異も有する場合の例としては、さらに、前記(a)の変異(つまり(a’)の変異)が、NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第404位のバリンのアラニンへの置換(V404A)であり;前記(c)の変異(つまり(c’)の変異)が、NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第1792位のリシンのアルギニンへの置換(K1792R)であり;前記(d)の変異(つまり(d’)の変異)が、NSP3における、配列番号1に示すアミノ酸配列の第1832位のアスパラギン酸のアスパラギンへの置換(D1832N)であり;前記(g)の変異(つまり(g’)の変異)が、NSP14における、配列番号2に示すアミノ酸配列の第504位のアラニンのバリンへの置換(A504V)であり;前記(i)の変異(つまり(i’)の変異)が、スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第54位のロイシンのトリプトファンへの置換(L54W)であり;前記(j)の変異(つまり(j’)の変異)が、スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第739位のトレオニンのリシンへの置換(T739K)であり;前記(k)の変異(つまり(k’)の変異)が、スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第879位のアラニンのバリンへの置換(A879V)であり;前記(l)の変異(つまり(l’)の変異)が、エンベロープにおける、配列番号5に示すアミノ酸配列の第28位のロイシンのプロリンへの置換(L28P)であり;前記(m)の変異(つまり(m’)の変異)が、ヌクレオカプシドにおける、配列番号6に示すアミノ酸配列の第2位のセリンのフェニルアラニンへの置換(S2F)であり;及び/又は、前記(q)の変異(つまり(q’)の変異)が、スパイクにおける、配列番号4に示すアミノ酸配列の第687位のバリンのイソロイシンへの置換(V687I)であるものが挙げられる。
【0042】
本発明のウイルス弱毒株の特に好ましい例としては、以下の株が挙げられる。
・温度感受性変異として、前記(e)の変異(好ましくは(e’)の変異及び/又はG248V)及び前記(f)の変異(好ましくは(f’)の変異及び/又はG416S)、及び前記(h)の変異(好ましくは(h’)の変異及び/又はV67I)と;増殖低減性その他の弱毒性変異として、前記(n)の変異(好ましくは(n’)の変異)、前記(о)の変異、及び前記(r)の変異とを有する株;若しくはさらに他の変異として、前記(g)の変異(好ましくは(g’)の変異及び/又はA504V)、前記(p)の変異、及び前記(q)の変異(好ましくは(q’)の変異及び/又はV687I)を有する株
・温度感受性変異として、前記(e)の変異(好ましくは(e’)の変異及び/又はG248V)及び前記(f)の変異(好ましくは(f’)の変異及び/又はG416S)と;増殖低減性その他の弱毒性変異として、前記(n)の変異(好ましくは(n’)の変異)、前記(о)の変異、及び前記(r)の変異とを有する株;若しくはさらに他の変異として、前記(g)の変異(好ましくは(g’)の変異及び/又はA504V)、前記(p)の変異、及び前記(q)(好ましくは(q’)の変異及び/又はV687I)の変異を有する株
・温度感受性変異として、前記(e)の変異(好ましくは(e’)の変異及び/又はG248V)、前記(f)の変異(好ましくは(f’)の変異及び/又はG416S)、及び前記(h)の変異(好ましくは(h’)の変異及び/又はV67I)と;他の弱毒性変異として、前記(n)の変異(好ましくは(n’)の変異)、及び前記(о)の変異とを有する株;若しくはさらに他の変異として、前記(g)の変異(好ましくは(g’)の変異及び/又はA504V)、前記(p)の変異、及び前記(q)(好ましくは(q’)の変異及び/又はV687I)の変異を有する株
・温度感受性変異として、前記(b)の変異(好ましくは(b’)の変異及び/又はL445F)、前記(e)の変異(好ましくは(e’)の変異及び/又はG248V)及び前記(f)の変異(好ましくは(f’)の変異及び/又はG416S)と;他の弱毒性変異として、前記(n)の変異(好ましくは(n’)の変異)、及び前記(о)の変異とを有する株;若しくはさらに他の変異として、前記(c)の変異(好ましくは(c’)の変異及び/又はK1792R)、前記(g)の変異(好ましくは(g’)の変異及び/又はA504V)、前記(p)の変異、及び前記(q)(好ましくは(q’)の変異及び/又はV687I)の変異を有する株
・温度感受性変異として、前記(b)の変異(好ましくは(b’)の変異及び/又はL445F)、及び前記(h)の変異(好ましくは(h’)の変異及び/又はV67I)と;他の弱毒性変異として、前記(n)の変異(好ましくは(n’)の変異)、及び前記(о)の変異とを有する株;若しくはさらに他の変異として、前記(c)の変異(好ましくは(c’)の変異及び/又はK1792R)、前記(p)の変異、及び前記(q)(好ましくは(q’)の変異及び/又はV687I)の変異を有する株
・温度感受性変異として、前記(e)の変異(好ましくは(e’)の変異及び/又はG248V)、前記(f)の変異(好ましくは(f’)の変異及び/又はG416S)、及び前記(h)の変異(好ましくは(h’)の変異及び/又はV67I)と;増殖低減性その他の弱毒性変異として、前記(n)の変異(好ましくは(n’)の変異)、及び前記(r)の変異(好ましくは(r’)の変異)とを有する株;若しくはさらに他の変異として、前記(g)の変異(好ましくは(g’)の変異及び/又はA504V)を有する株
【0043】
本発明のウイルス弱毒株の最も好ましい例としては、以下の株が挙げられる。
温度感受性変異として、前記(e)の変異(好ましくは(e’)の変異及び/又はG248V)及び前記(f)の変異(好ましくは(f’)の変異及び/又はG416S)と;増殖低減性その他の弱毒性変異として、前記(n)の変異(好ましくは(n’)の変異)、前記(о)の変異、及び前記(r)の変異とを有する株;並びにさらに他の変異として、前記(g)の変異(好ましくは(g’)の変異及び/又はA504V)、前記(p)の変異、及び前記(q)(好ましくは(q’)の変異及び/又はV687I)の変異を有する株
【0044】
2.ワクチン
2-1.弱毒化ワクチンの有効成分
上述のとおり、「1.ベータコロナウイルス弱毒株」で述べたベータコロナウイルス弱毒株は、温度感受性変異を有することで、ヒトの下気道温度よりも低い温度でしか効率的に増殖できないため、少なくとも生体深部、中でも、重大な障害を引き起こす肺を含む下気道においては効率的に増殖することができず、病原性が著しく低下していることが期待できる。それに加え、当該ベータコロナウイルス弱毒株は、増殖低減性その他の弱毒性変異を有することで、温度に関わらず増殖性が制限されており、上記の温度感受性変異との複合によって、優れた弱毒性を有する。このような複合形態をとることで、当該ベータコロナウイルス弱毒株は、弱毒生ワクチンが宿主体内で増殖を伴う場合に、仮に温度感受性変異が失われた場合であっても、増殖低減性その他の弱毒性変異である欠失変異が復帰変異しにくい特性を有するため、弱毒性を維持できることが期待できる。
【0045】
従って、当該ウイルス弱毒株はそれ自体が弱毒化されたウイルスとして、生体に感染させることで弱毒生ワクチンとして使用することができる。従って、本発明は、上記のベータコロナウイルス弱毒株を有効成分として含むワクチンも提供する。有効成分の詳細については、「1.ベータコロナウイルス弱毒株」で述べた通りである。
【0046】
2-2.遺伝子ワクチンの有効成分
上記「1.ベータコロナウイルス弱毒株」で述べた通り、所定の変異は、弱毒性の付与に寄与する。従って、本発明は、上記の所定の変異を有する非構造タンパク質、付属タンパク質及び構造タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む、ベータコロナウイルス遺伝子ワクチンも提供する。有効成分に含まれる所定の変異の詳細については、「1.ベータコロナウイルス弱毒株」で述べた通りである。
【0047】
2-3.標的とするウイルス
本発明のワクチンは、SARS-CoV-2ウイルスの初期の武漢株だけでなく、2020年9月に英国で検出され、2020年10月に南アフリカで検出された変異株、及びその他の公知の変異株、並びにその他未だ検出されていない未知の変異株を含む、広範囲のSARS-CoV-2ウイルス関連株及びベータコロナウイルス属に含まれるSARS-CoV-2以外のウイルスにも有効であることが合理的に期待できる。従って、本発明のワクチンは、ベータコロナウイルスを標的とする。
【0048】
2-4.他の成分
本発明のワクチンには、上記の有効成分の他に、目的及び用途等に応じて、アジュバント、緩衝剤、等張化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、矯臭剤、光吸収色素、安定化剤、炭水化物、カゼイン消化物、各種ビタミン等の他の成分を含むことができる。
【0049】
アジュバントとしては、例えば、動物油(スクアレン等)又はそれらの硬化油;植物油(パーム油、ヒマシ油等)又はそれらの硬化油;無水マンニトール・オレイン酸エステル、流動パラフィン、ポリブテン、カプリル酸、オレイン酸、高級脂肪酸エステル等を含む油性アジュバント;PCPP、サポニン、グルコン酸マンガン、グルコン酸カルシウム、グリセロリン酸マンガン、可溶性酢酸アルミニウム、サリチル酸アルミニウム、アクリル酸コポリマー、メタクリル酸コポリマー、無水マレイン酸コポリマー、アルケニル誘導体ポリマー、水中油型エマルジョン、第四級アンモニウム塩を含有するカチオン脂質等の水溶性アジュバント;水酸化アルミニウム(ミョウバン)、リン酸アルミニウム、硫酸アルミニウム等のアルミニウム塩又はその組み合わせ、水酸化ナトリウム等の沈降性アジュバント;コレラ毒素、大腸菌易熱性毒素などの微生物由来毒素成分;その他の成分(ベントナイト、ムラミルジペプチド誘導体、インターロイキン等)が挙げられる。
【0050】
緩衝剤の例としては、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等が挙げられる。等張化剤の例としては、塩化ナトリウム、グリセリン、D-マンニトール等が挙げられる。無痛化剤の例としては、ベンジルアルコール等が挙げられる。防腐剤の例としては、チメロサール、パラオキシ安息香酸エステル類、フェノキシエタノール、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸、抗生物質、合成抗菌剤等が挙げられる。抗酸化剤の例としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸等が挙げられる。
【0051】
光吸収色素の例としては、リボフラビン、アデニン、アデノシン等が挙げられる。安定化剤の例としては、キレート剤、還元剤等が挙げられる。炭水化物の例としては、ソルビトール、ラクトース、マンニトール、デンプン、シュークロース、グルコース、デキストラン等が挙げられる。
【0052】
さらに、本発明のワクチンは、COVID-19等のベータコロナウイルス感染症以外の他の疾患を発症するウイルス又は細菌に対する1又は複数の他のワクチンを含んでいてもよい。つまり、本発明のワクチンは、他のワクチンを含む混合ワクチンとして調製されてもよい。
【0053】
2-5.剤型
本発明のワクチンの剤型については特に限定されず、投与方法及び保存条件等に基づいて適宜決定することができる。剤型の具体例としては、液体製剤及び固体製剤等が挙げられ、より具体的には、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、丸剤、液剤、シロップ剤等の経口投与剤;凍結乾燥製剤等の乾燥製剤、注射剤、噴霧剤、貼付剤等の非経口投与剤(具体的には、筋肉内投与剤、皮内投与剤、皮下投与剤、経鼻投与剤、経皮投与剤等)が挙げられる。
【0054】
2-6.投与方法
本発明のワクチンの投与方法としては特に限定されず、筋肉、腹腔内、皮内及び皮下等の注射投与、鼻腔及び口腔からの吸入投与、並びに経口投与等のいずれであってもよいが、好ましくは筋肉、皮内及び皮下等の注射投与(筋肉内投与、皮内投与及び皮下投与)、鼻腔からの吸入投与(経鼻投与)、皮膚からの吸収投与(経皮投与)が挙げられ、より好ましくは、経鼻投与が挙げられる。
【0055】
2-7.適用対象
本発明のワクチンの適用対象としては、ベータコロナウイルス感染による諸症状を引き起こしうる対象(好ましくはSARS-CoV-2ウイルス感染によりCOVID-19症状を引き起こしうる対象)であれば特に限定されず、例えば哺乳類が挙げられ、より具体的には、ヒト;イヌ及びネコ等の愛玩動物;ネズミ、マウス、ハムスター等の実験動物等が挙げられる。
【0056】
2-8.用量
本発明のワクチンの用量としては特に限定されず、有効成分の種類、投与方法、投与対象(年齢、体重、性別、基礎疾患の有無等の条件)に応じて適宜決定することができる。
【0057】
また、本発明のワクチンのヒトに対する1回当たりの用量として、1×10PFU/body以上、好ましくは1×102PFU/body以上、より好ましくは2×102PFU/body以上、さらに好ましくは1×103PFU/body以上、さらに好ましくは2×103PFU/body以上が挙げられる。また、本発明のワクチンのヒトに対する1回当たりの用量としては、6×1011PFU/body以下、好ましくは1×1011PFU/body以下、より好ましくは6×1010PFU/body以下、さらに好ましくは1×1010PFU/body以下も挙げられる。
【0058】
また、本発明のワクチンの1回当たりのヒトに対する用量として、1×10TCID50/body以上、好ましくは1×102TCID50/body以上、より好ましくは2×102TCID50/body以上、より好ましくは1×103TCID50/body以上、より好ましくは2×103TCID50/body以上が挙げられる。また、本発明のワクチンのヒトに対する1回当たりの用量としては、6×1011TCID50/body以下、好ましくは1×1011TCID50/body以下、より好ましくは6×1010TCID50/body以下、さらに好ましくは1×1010TCID50/body以下も挙げられる。
【0059】
3.ベータコロナウイルス弱毒株の製造方法
本発明のベータコロナウイルス弱毒株の製造方法としては、特に限定されず、上述のアミノ酸配列情報に基づいて当業者が適宜決定することができる。例えば、比較的安価にかつロット差の少ないワクチンを製造する観点から、好ましくは、細菌人工染色体(BAC)又はイースト人工染色体(YAC)などの人工染色体、若しくはベータコロナウイルスのゲノムフラグメントを用いたCPER法などを利用したリバースジェネティクス法が挙げられる。
【0060】
リバースジェネティクス法によるウイルスの再構築方法においては、まず、ベータコロナウイルス弱毒株の、いずれの温度感受性変異及び増殖低減性その他の弱毒性変異も有しない株(親株)のゲノムをクローニングする。この際に使用する親株としては、ベータコロナウイルスであればよく、具体的には、上記のNC_045512(NCBI)に収載されている特定のSARS-CoV-2、上記の他の任意のSARS-CoV-2、及びベータコロナウイルス属に含まれるSARS-CoV-2以外のウイルスからなる群より選択することができる。
【0061】
さらに、リバースジェネティクス法において人工染色体を利用する場合、ウイルスゲノムの全長DNAをBAC DNA又はYAC DNAなどにクローニングし、ウイルスの配列の上流に真核細胞用の転写プロモーター配列を挿入する。プロモーター配列としてはCMVプロモーター及びCAGプロモーターなどが挙げられる。ウイルスの配列の下流にはリボザイム配列並びにポリA配列を挿入する。リボザイム配列としてはD型肝炎ウイルスリボザイム及びハンマーヘッドリボザイムなどが挙げられる。ポリA配列としてはシミアン40ウイルスのポリAなどが挙げられる。
【0062】
一方、リバースジェネティクス法においてCPER法を利用する場合、ウイルスゲノムの全長DNAを複数のフラグメント断片に分けて、クローニングする。フラグメント断片を獲得する方法としては、核酸の人工合成法、上記人工染色体又はフラグメント断片をクローニングしたプラスミドをテンプレートとするPCR法などが挙げられる。
【0063】
上記の手法によりクローニングされたウイルスゲノムに対して上記少なくともいずれかの温度感受性変異、増殖低減性その他の弱毒性変異、及び必要に応じて他の変異を導入するには、ダブルクロスオーバー及びλ/REDリコンビネーション等の相同組換え法、オーバーラップPCR法、CRISPR/Cas9法など、公知の点変異導入法を用いることができる。
【0064】
続いて、温度感受性変異、増殖低減性その他の弱毒性変異、及び必要に応じて他の変異を導入した人工染色体を宿主細胞にトランスフェクションし、組換えウイルスを再構築させる。CPER法によるリバースジェネティクス法の場合、温度感受性変異、増殖低減性その他の弱毒性変異、及び必要に応じて他の変異を導入したフラグメントをDNAポリメラーゼを用いた反応により連結した後、宿主細胞にトランスフェクションすることで、組換えウイルスを再構築させる。トランスフェクションの方法としても特に限定されず、公知の方法を用いることができる。また、宿主についても特に限定されず、公知の細胞を用いることができる。
【0065】
続いて、再構築した組換えウイルスを培養細胞に添加して、組換えウイルスを継代培養する。その際に用いる培養細胞としても特に限定されないが、例えば、Vero細胞、VeroE6細胞、TMPRESS2の発現を補ったVero細胞、TMPRESS2の発現を補ったVeroE6細胞、Calu-3細胞、ACE2の発現を補った293T細胞、BHK細胞、104C1細胞、マウス神経芽細胞腫由来NA細胞、Vero細胞等が挙げられる。ウイルスの回収は、遠心分離及び膜ろ過など、公知の方法により行うことができる。また、回収したウイルスをさらに培養細胞に添加することにより、組換えウイルスの大量生産が可能になる。
【実施例
【0066】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0067】
[試験例1:SARS-CoV-2の温度感受性株A50-18株(参考例)]
[試験例1-1]SARS-CoV-2の温度感受性株A50-18株の分離
図1の手法に基づき、SARS-CoV-2の臨床分離株(B-1株[比較例])(LC603286、本実施例において、B-1株、野生株(臨床分離株)、欧州型野生株(B-1株)、B-1株(D614G型:pre-alpha欧州株)ともいう)に、2種類の突然変異誘導剤5-fluorouracil(以下、5-FU)及び5-azacytidine(以下、5-AZA)を添加することで、32℃にて馴化させたA~F50シリーズ及びA~F500シリーズのウイルス集団を取得した。更に、各々のウイルス集団の継代を複数回行い、得られた406の候補株の中から、32℃で増殖できる一方、37℃で増殖性が著しく低下しているウイルス株(A50-18株。以下においてTs株と記載する場合もある。)を見出し、分離、選択した(図2)。
【0068】
[試験例1-2]次世代シーケンスによる温度感受性株A50-18株の解析
(1-2-1)各々のウイルス株の変異解析
次世代シークエンサーを用いて、以下のウイルス株の変異解析を行った。SARS-CoV-2を感染させたVero細胞の培養上清からRNAを抽出することで、当該解析を行った。Referenceとして、武漢臨床分離株であるWuhan-Hu-1(NC045512)を用いた。
B-1 :野生株(臨床分離株)
A50-18 :温度感受性株
F50-37 :非温度感受性株
C500-1 :非温度感受性株
F500-53 :非温度感受性株
F500-40 :非温度感受性株
F500-2 :非温度感受性株
(B-1以外は、変異誘導させたウイルス)
【0069】
(1-2-2)温度感受性株の変異
(1-2-1)より、図3Aの解析結果を取得した。D614Gの点変異はB-1株にも見られるため、温度感受性株に特徴的な点変異ではない。一方、温度感受性株(A50-18)の特徴的な点変異として、NSP14のG248V、G416S、A504V、SpikeのA879V、EnvelopeのL28P、及びNucleocapsidのS2Fが見出された。
【0070】
(1-2-3)復帰変異株の解析1
「復帰変異」とは、変異したウイルスに更なる変異が入ることにより、変異する前の最初のウイルスと同じ表現型に戻ることをいう。本明細書においては、「復帰変異」は、温度感受性株に更なる変異が入ることで、温度感受性の特性が失われることをいう。更なる変異には、温度感受性化した際に入った変異箇所のアミノ酸が、変異前のアミノ酸に戻ることを含む。
【0071】
B-1株又はA50-18株をMOI=0.01にてVero細胞に感染させ、32℃、34℃、37℃での増殖性を評価した結果、A50-18株の中から、37℃の増殖性が回復しているサンプル(以下、「復帰変異株」という)を見出した。復帰変異株では、温度感受性を獲得した温度感受性株(A50-18株)が有する変異のうち、一部のアミノ酸残基が、変異前のアミノ酸に復帰変異(以下、単に「復帰変異」という)することで、温度感受性が低下し、37℃の増殖性が回復したと思われる。このことを示すCPE像を図3Bに示した。得られたサンプルのシークエンスを確認したところ、NSP14におけるG248Vの変異が野生型のGに復帰変異している一方、NSP14におけるG416S、A504V及びEnvelopeにおけるL28Pの変異は維持されていることが明らかとなった。このことから、NSP14のG248V変異が温度感受性に寄与する責任変異(温度感受性変異)であることが示唆された。
【0072】
(1-2-4)分離株の復帰変異の解析2
A50-18株をmoi=1にてVero細胞に感染させ、37℃、38℃での増殖性を評価した。その結果、37℃及び38℃での増殖性が回復しているサンプル(復帰変異株)を見出した。取得した復帰変異株を37℃で3日培養した後のCPE像を図3Cに示した。得られた復帰変異株のシークエンスを確認したところ、以下<1>及び<2>の2種類の復帰パターンが見出された。
<1>NSP14におけるG248Vの変異が野生型のGに復帰変異している一方でG416SやA504Vの変異は維持
<2>NSP14におけるG416Sの変異が野生型のGに復帰変異している一方でG248VやA504Vの変異は維持
【0073】
NSP14のG248VとG416Sのうち、少なくとも1つが復帰変異すると温度感受性を失ったことから、NSP14のG248V変異とG416S変異の組み合わせが温度感受性に寄与する責任変異(温度感受性変異)であることが示唆された。
【0074】
(1-2-5)野生型に変異を導入した組換えウイルスの解析
野生型のSARS-CoV-2全ゲノムを有するBAC DNAに対し、A50-18株由来のNSP14、Spike、Nucleocapsid、Envelopeを相同組換えにより導入した。得られた組換えBAC DNAを293T細胞にtransfectionすることでウイルスを再構築した。組換えウイルスをVero細胞に感染させ、37℃と32℃でのCPEを観察することで温度感受性を評価した。その結果を図3Dに示した。A50-18株由来のNSP14を導入することで、37℃培養時にCPEを示さない温度感受性株が得られたことから、NSP14が温度感受性に寄与する責任変異(温度感受性変異)であることが明らかとなった。一方で、A50-18株由来のEnvelopeを導入しても温度感受性にはならなかったことから、Envelopeの変異は温度感受性に寄与していないと考えられる。
【0075】
(1-2-6)野生型に変異を導入した組換えウイルスの解析2
CPER法にて、NSP14の変異を導入したウイルスを再構築した。以下の各々のNSP14の変異を有する、3種類の組換えウイルスを再構築した。
・G248Vのみ
・G416Sのみ
・G248V及びG416S(以下において、「二重変異株」とも記載する。)
それぞれの組換えウイルスをVero細胞に感染させ、37℃又は32℃で3日間培養後のCPEを観察した。図3-Eより、G248Vのみ変異を有するウイルス、及びG416Sのみ変異を有するウイルスでは、37℃及び32℃にてB-1株と同様、CPEが観察されたため、温度感受性化されていないことがわかった。一方で、G248V及びG416Sの変異を有する二重変異株のウイルスでは、32℃にてCPEが観察されたが、37℃ではCPEがわずかに観察された程度で、32℃と比べ明らかにCPEが弱くなっていた。上記結果より、G248V及びG416Sの変異を有することで、37℃でのウイルス増殖性が低下し、温度感受性化することが明らかとなった。これより、NSP14のG248V変異とG416S変異の組み合わせが、温度感受性に寄与する責任変異(温度感受性変異)であることがわかった。
【0076】
(1-2-7)サンガーシークエンスによる温度感受性株の解析
サンガーシークエンスを用いて、A50-18株の変異解析を行った。SARS-CoV-2を感染させたVero細胞の培養上清からRNAを抽出することで当該解析を行った。その結果、後述する試験例2-2の(2-2-5)で認められたような欠失は見いだされなかった。
【0077】
(1-2-8)温度感受性株の変異まとめ
温度感受性株A50-18株では、下記表2に示す通り、表示の配列番号のアミノ酸配列においてチェックマークを付した変異が見出され、その中で、二重チェックマークを付した変異が温度感受性変異として見出された。また、下記表2に示すとおり、NSP14の温度感受性変異のみを有する二重変異株も温度感受性株であることが見出された。
【0078】
【表2】
【0079】
[試験例1-3]温度感受性株A50-18株の増殖性解析
(1-3-1)32℃及び37℃における解析
臨床分離株(B-1株[比較例])及び温度感受性株(A50-18株)を、MOI=0.01又は0.1の条件下で、6well plateを用いて、Vero細胞に感染させた(N=3)。37℃又は32℃で培養させた後、0~5dpiにて、それぞれの培養上清を回収した。0~5dpiの培養上清ウイルス力価をTCID50/mLにて、Vero細胞を用いて測定した。結果を図4Aに示した。
図4Aより、A50-18株は37℃における感染後3日目のウイルス力価が検出限界以下であり、37℃での増殖性が著しく低下していることがわかった。
【0080】
(1-3-2)32℃、34℃及び37℃における解析
臨床分離株(B-1株[比較例])及び温度感受性株(A50-18株)を、MOI=0.01の条件下で、6well plateを用いて、Vero細胞に感染させた(N=3)。37℃、34℃又は32℃で培養させた後、0~5dpiにて、それぞれの培養上清を回収した。0~5dpiの培養上清ウイルス力価をTCID50/mLにて、Vero細胞を用いて測定した。結果を図4Bに示した。
図4Bより、A50-18株は32℃、34℃で臨床分離株と同程度に増殖する一方、37℃での増殖性を著しく欠損していることがわかった。
【0081】
[試験例1-4]温度感受性株A50-18株の病原性解析
(1-4-1)SARS-CoV-2感染ハムスターの体重変動
4週齢雄性シリアンハムスター (n=4) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])及び温度感受性株(A50-18株)(1x104 or 1x106 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与し、10日間の体重変動を観察した。同用量のD-MEM培地を経鼻投与した群を非感染コントロール (MOCK)とした。結果を図5に示した。
図5より、A50-18株を感染させた際に体重減少はみられず、病原性が著しく低いことが示唆された。
【0082】
(1-4-2)SARS-CoV-2感染ハムスターの肺内又は鼻腔内のウイルス量
4週齢雄性シリアンハムスター (n=3) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])及び温度感受性株(A50-18株)(1x106 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。3日間の体重変動を観察した結果を図6に示した。3 dpiにてハムスターを安楽死させた後、鼻腔洗浄液をD-PBS 1mLで回収した。また、ハムスターの肺を摘出し、右肺を破砕、D-MEM 1 mLによる懸濁の後、遠心分離にて上清を肺破砕液として回収した。これらの鼻腔洗浄液及び肺破砕液中のウイルス量をVero細胞にてプラークフォーメーションアッセイにて評価した結果を図7に示した。更に、摘出した左肺を10%ホルマリンにて固定し、撮影したものを図8に示した。
【0083】
図7より、鼻腔洗浄液ではB-1株とA50-18株でウイルス量に差がみられない一方、肺内ではA50-18株のウイルスが顕著に少ないことがわかった。また、図8より、B-1株が感染し、体重が減少しているハムスターは肺に膨潤や黒色変がみられる一方で、A50-18株感染ハムスターは体重変動や肺に著変はみられないことがわかった。以上の結果より、温度感受性株は上気道で増殖する一方、下気道では増殖することができない弱毒株であると推定された。
【0084】
(1-4-3)SARS-CoV-2感染ハムスターの組織学的解析
(1-4-2)にて実施したハムスターへの感染実験により得られたホルマリン固定肺から切片を作製し、HE染色することによりSARS-CoV-2感染による肺の組織学的な病原性を解析した。その結果を図9に示した。
【0085】
図9に示す通り、臨床分離株(B-1株[比較例])に感染したハムスターから得られた肺において、赤血球の浸潤や肺胞構造の崩壊が観察された。一方で、温度感受性株(A50-18株)感染ハムスターの肺では、これらのような激しい病状は観察されなかった。このことからも、A50-18株は感染時に肺にて激しい炎症を誘発せず、病原性が低いことが強く示唆された。
【0086】
(1-4-4)免疫化学染色によるSARS-CoV-2感染ハムスターの組織学的解析
(1-4-3)にて観察された組織学的な病原性について、ウイルスの増殖と病原性の関連性を評価するため、免疫化学染色を行う事でウイルスタンパク質を検出した。4週齢雄性シリアンハムスター (B-1, A50-18: n=5, MOCK: n=3) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])及び温度感受性株(A50-18株)(1x106 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。3 dpiにてハムスターを安楽死させた後、摘出した左肺を10%ホルマリンにて固定し、連続切片を作製した。得られた連続切片についてHE染色並びに免疫化学染色(Immunohistochemistry(IHC)染色ともいう)を実施した。免疫化学染色にはウサギ抗スパイクポリクローナル抗体(Sinobiological: 40589-T62)を用いた。HE染色像及び免疫化学染色像を図10に示した。(1-4-3)と同様にB-1株感染ハムスターでは赤血球の浸潤や肺胞構造の崩壊がみられ、免疫化学染色にて広範囲にスパイクタンパク質が検出された。一方で、A50-18株感染ハムスターではこのような組織障害は見られず、スパイクタンパク質も局所的に限られた領域でのみ検出された。これらの結果からも、B-1株は肺組織中においてウイルスが顕著に増殖して組織障害性を示している一方で、A50-18株は肺組織中で効率的にウイルスが増殖できず、肺組織障害性が低いことが明らかとなった。
【0087】
[試験例1-5]温度感受性株A50-18株の免疫原性解析
(1-5-1)温度感受性株感染ハムスターへの野生株攻撃試験
次の手順で、温度感受性株感染ハムスターへの野生株(臨床分離株)攻撃試験を行った。
4週齢雄性シリアンハムスター (n=4) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])又は温度感受性株(A50-18株)(1x104 or 1x106 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。21日後、再度臨床分離株(B-1株)(1x106 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与し、10日間の体重変動を観察した。この際に、同週齢の非感染ハムスター (n=3)をナイーブコントロールとして用いた。その結果を図11に示した。
【0088】
図11に示す通り、ナイーブハムスターはB-1株の感染により、体重の減少が観察された一方で、B-1株又はA50-18株に1度感染したハムスターは体重が減少することがなかった。このことから、野生株であるB-1株だけでなく、病原性の低いA50-18株による感染においても、感染防御に寄与する免疫を誘導することが明らかとなった。
【0089】
(1-5-2)温度感受性株感染ハムスターの中和抗体誘導解析
4週齢雄性シリアンハムスター (n=5) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])又は温度感受性株(A50-18株)(1x106 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。感染後の体重変動を図12に示した。これまでの結果と同様に、B-1株の感染により体重が減少する一方、A50-18株の感染では体重の減少は観察されなかった。
【0090】
感染後21日時点にて、全血を採取し、血清を分離したのち、56℃で30分間熱による血清の非働化を行った。100 TCID50のB-1株と段階希釈した非働化血清を混和し、37℃で1時間反応させた。反応後の培養液をVero細胞に播種し、37℃培養の後、CPEを観察することでウイルスの中和活性を評価した。CPEを生じない最高の希釈倍率を中和抗体価(Neutralizing antibody titer)とした。結果を図13に示した。非感染ハムスターの血清はB-1株に対する中和活性を示さない一方で、B-1株又はA50-18株感染ハムスター血清は中和抗体を誘導できた。
【0091】
[試験例2:SARS-CoV-2温度感受性株H50-11株,L50-33株,L50-40株(実施例)]
[試験例2-1]SARS-CoV-2温度感受性株H50-11株,L50-33株,L50-40株の追加分離
更なる候補株の分離を目的とし、図14の手法にて温度感受性株の分離を行った。SARS-CoV-2の臨床分離株(B-1株[比較例])をVero細胞に感染させ、突然変異誘導剤5-FUを添加した状態で、32℃にて馴化させたG~L50シリーズのウイルス集団を取得した。更に、各々のウイルス集団の継代を複数回行い、得られた253の株の中から、32℃で増殖できる一方で、37℃で増殖性が著しく低下しているウイルス株(H50-11株, L50-33株, L50-40株)を見出し、分離、選択した(図15)。
【0092】
[試験例2-2]次世代シーケンスによる温度感受性追加分離株H50-11株,L50-33株,L50-40株の解析
(2-2-1)追加分離株の変異解析法
次世代シークエンサーを用いて、以下のウイルス株の変異解析を行った。SARS-CoV-2を感染させたVero細胞の培養上清からRNAを抽出することで、当該解析を行った。Referenceとして、武漢臨床分離株であるWuhan-Hu-1(NC045512)を用いた。
H50-11株: 温度感受性株
L50-33株: 温度感受性株
L50-40株: 温度感受性株
【0093】
(2-2-2)温度感受性株変異解析結果
(2-2-1)にて、図16Aの解析結果を取得した。H50-11株の特徴的な点変異として、NSP3のV404A及びD1832N、NSP16のV67I、並びにSpikeのT739Kが見出された。また、L50-33株の特徴的な点変異として、NSP3のL445F、K1792Rが、L50-40株の特徴的な点変異として、NSP3のL445F、K1792R、SpikeのL54Wが見出された。
【0094】
(2-2-3)追加分離株の復帰変異株の解析(H50-11株)
H50-11株をmoi=1にてVero細胞に感染させ、37℃、38℃での増殖性を評価した。その結果、37℃及び38℃での増殖性が回復しているサンプル(復帰変異株)を見出した。取得した復帰変異株を38℃で3日培養した後のCPE像を図16Bに示した。得られたサンプルのシークエンスを確認したところ、NSP16 V67Iの変異が野生型のVに復帰変異していた一方、その他のアミノ酸変異は維持されていた。このことから、NSP16のV67I変異が温度感受性に寄与する責任変異(温度感受性変異)であることが示唆された。
【0095】
(2-2-4)追加分離株の復帰変異株の解析(L50-33株及びL50-40株)
L50-33株及びL50-40株をMOI=0.01にてVero細胞に感染させ、32℃、34℃、37℃での増殖性を評価した。その結果、L50-33株及びL50-40株の中から、37℃の増殖性が回復しているサンプル(以下、復帰変異株)を見出した。それぞれの株を37℃で3日培養した後のCPE像を図16Cに示した。L50-33株及びL50-40株の復帰変異株を、それぞれ、L50-33株 Rev1、2及びL50-40株 Rev1、2と示す。得られたサンプルのシークエンスを確認したところ、NSP3におけるL445Fの変異が野生型のL又はCに変異している一方、NSP3におけるK1792Rの変異は維持されていることが明らかとなった。このことから、NSP3のL445F変異が温度感受性に寄与する責任変異(温度感受性変異)である可能性が示唆された。
【0096】
(2-2-5)サンガーシークエンスによる温度感受性株の解析
サンガーシークエンスを用いて、H50-11株、L50-33株及びL50-40株の変異解析を行った。SARS-CoV-2を感染させたVero細胞の培養上清からRNAを抽出することで当該解析を行った。
【0097】
その結果、3株すべてに、図17に示すような27549~28251位の塩基配列(配列番号7)の欠失が見出された。27549~28251位の塩基配列の欠失及びそれにコードされるアミノ酸配列の欠失の概要図を図18に示した。また、図18において、ORF7aは27394~27759位の塩基配列であり、ORF7bは27756~27887位の塩基配列であり、ORF8は27894~28259位の塩基配列である。
【0098】
図18に示す通り27549~28251位の塩基配列領域は、ORF7aの一部分(53番目から末端のアミノ酸配列。以下同様)、ORF7b全体、及びORF8の大部分のアミノ酸配列に該当する。本領域の欠失はフレームシフトを伴うため、ORF7aの1-52番目のアミノ酸配列と、ORF8の3’末端8塩基及び遺伝子間領域とヌクレオカプシドの塩基配列がコードするアミノ酸配列が融合したタンパク質が産生されたと考えられた。また、ORF7bは全体が欠失し、ORF8の本来の配列も全体が欠失した。
【0099】
(2-2-6)温度感受性株の変異まとめ
温度感受性株H50-11株、L50-33株及びL50-40株では、下記表3に示す通り、表示の配列番号のアミノ酸配列においてチェックマークを付した変異が見出され、その中で、二重チェックマークを付した変異が温度感受性変異として見出された。
【0100】
【表3】
【0101】
[試験例3]追加分離株H50-11株,L50-33株,L50-40株の増殖性解析(実施例)
追加分離株を、MOI=0.01の条件下でVero細胞に感染させた(N=3)。37℃、34℃又は32℃で培養後、0~5 d.p.i.において、それぞれの培養上清を回収した。これらの培養上清ウイルス力価をTCID50/mLにて、Vero細胞を用いて測定した。その結果を図19に示した。これにより、得られた追加分離株は、32℃、34℃で増殖性を示す一方、37℃では増殖性が低下した。
【0102】
[試験例4]各温度感受性株の病原性解析
(4-1) 温度感受性株感染ハムスターの体重変動
4週齢雄性シリアンハムスター (n=5) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])又は温度感受性株(A50-18株[参考例]、並びに、L50-33株、L50-40株、及びH50-11株[実施例])(3x105 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与し、10日間の体重変動を観察した。同用量のD-MEM培地を経鼻投与した群を非感染コントロール(MOCK)とした。結果を図20に示した。B-1株を感染させたハムスターでは7日間で20%程度の体重低下が認められたのに対し、温度感受性株を感染させたハムスターではすべての群で顕著な体重低下はみられず、病原性が著しく低いことが示唆された。
【0103】
(4-2) 温度感受性株感染ハムスターの肺内又は鼻腔内のウイルス量
4週齢雄性シリアンハムスター (n=5) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])又は温度感受性株(A50-18株[参考例]、並びに、L50-33株、L50-40株、及びH50-11株[実施例])(3x105 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。3 dpiにてハムスターを安楽死させた後、鼻腔洗浄液をD-PBS 1mLで回収した。また、ハムスターの肺を摘出し、肺重量を測定したのち、右肺を破砕、D-MEM 1 mLによる懸濁の後、遠心分離にて上清を肺破砕液として回収した。ハムスターの総体重あたりの肺重量を図21に示した。またこれらの鼻腔洗浄液及び肺破砕液中のウイルス量をVero細胞にてプラークフォーメーションアッセイにて評価した結果を図22に示した。
【0104】
ハムスターの総体重量あたりの肺重量を比較した結果、B-1株感染ハムスターは肺重量が増加しており、炎症などにより肺が膨潤していることが強く示唆された。一方で、温度感受性株感染ハムスターではこのような肺重量の増加は観察されなかった。また、鼻腔洗浄液中のウイルス量を比較した結果、B-1株感染ハムスターとH50-11株を除く温度感受性株感染ハムスターでは顕著な差がなく、H50-11株感染ハムスターは鼻腔洗浄液中のウイルス量が少なかった。更に、温度感受性株感染ハムスターはB-1株感染ハムスターより顕著に肺内ウイルス量が少ないことが明らかとなった。これらの結果から、各温度感受性株は試験例1におけるA50-18株と同様に下気道では増殖することができない弱毒株であることが推察された。
【0105】
[試験例5]各温度感受性株の免疫原性解析
(5-1) 温度感受性株感染ハムスターへの野生株攻撃試験
4週齢雄性シリアンハムスター (n=5) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])又は温度感受性株(A50-18株[参考例]、並びに、L50-33株、L50-40株、及びH50-11株[実施例])(3x105 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。21日後、再度臨床分離株(B-1株)(3x105 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与し、9日間の体重変動を観察した。この際に、同週齢の非感染ハムスター (n=5)をナイーブコントロールとして用いた。その結果を図23に示した。ナイーブハムスターはB-1株の感染により、体重の減少が観察された一方で、B-1株及び各温度感受性株に1度感染したハムスターの体重は減少しなかった。このことから、野生株であるB-1株だけでなく、病原性の低い各温度感受性株による感染においても、感染防御に寄与する免疫を誘導できることが明らかとなった。
【0106】
(5-2) 温度感受性株感染ハムスターの中和抗体誘導解析
4週齢雄性シリアンハムスター (n=5) を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])又は温度感受性株(A50-18株[参考例]、並びに、L50-33株、L50-40株、及びH50-11株[実施例])(3x105 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。20日後に部分採血を実施し、得られた血清を用いて臨床分離株(B-1株)に対する中和活性を測定した。中和活性の測定方法は(1-5-2)と同様の手法を用いた。測定結果を図24に示した。B-1株の感染のみならず、各温度感受性株感染ハムスターでも中和活性を有する抗体が誘導されることが明らかとなった。
【0107】
[試験例6]SARS-CoV-2変異株への有効性解析(参考例)
温度感受性株感染ハムスター血清のSARS-CoV-2変異株に対する中和活性評価
4週齢雄性シリアンハムスター(n=3又は5)を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])又は温度感受性株(A50-18株[参考例])(3x105 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。感染後3週間のハムスターから部分採血を実施し、得られた血清を用いてSARS-CoV-2欧州型臨床分離株(B-1)及びブラジル型変異株(hCoV-19/Japan/TY7-503/2021株)の生ウイルスに対する中和活性を測定した結果を図25に示した。中和活性の測定方法は(1-5-2)と同様の手法を用いた。B-1株や温度感受性株に感染したハムスターはブラジル型変異株に対しても中和活性を示すことが明らかとなった。このことから、本弱毒生ワクチンはSARS-CoV-2変異株に対しても有効であることが推察された。
【0108】
[試験例7]投与経路、投与量の比較検討実験(参考例)
(7-1) 投与経路による免疫誘導能の比較
4週齢雄性シリアンハムスター(n=5)を一週間飼育した後、臨床分離株(B-1株[比較例])又は温度感受性株(A50-18株[参考例])(3x105 TCID50)を100 μLの用量で経鼻、又は皮下投与した。未処置群をナイーブコントロール(naive)とした。3週間後、ハムスターから部分採血により得られた血清を用いて、SARS-CoV-2ブラジル型変異株(hCoV-19/Japan/TY7-503/2021株)に対する中和活性を評価した。中和活性の測定方法は(1-5-2)と同様の手法を用いた。中和活性の結果を図26に示した。i.nは経鼻投与、S.Cは皮下投与を示す。B-1株やA50-18株の経鼻投与では生ウイルスに対して中和抗体を誘導できた。皮下投与については、試験した用量ではほとんど中和抗体を誘導できなかったが、経鼻投与での結果に鑑みると、用量を増やすと皮下投与でも中和抗体を誘導できると考えられた。
【0109】
(7-2) 投与量による免疫誘導能の比較
4週齢雄性シリアンハムスター (n=5) を一週間飼育した後、温度感受性株(A50-18株)を経鼻、又は皮下投与した。投与量を表4に示した。
【0110】
【表4】
【0111】
感染後3週間のハムスターから部分採血を実施し、得られた血清を用いてSARS-CoV-2ブラジル型変異株(hCoV-19/Japan/TY7-503/2021株)の生ウイルスに対する中和活性を測定した結果を図27に示した。i.nは経鼻投与、S.Cは皮下投与を示す。中和活性の測定方法は(1-5-2)と同様の手法を用いた。(7-1)と同様に、経鼻投与では1x102 TCID50/10 μLの低用量投与群でも中和抗体価の上昇が観察された。このことから、温度感受性株は少量の鼻腔投与でも十分な免疫を誘導できる可能性が示唆された。皮下投与については、試験した用量ではほとんど中和抗体を誘導できなかったが、経鼻投与での結果に鑑みると、用量を増やすと皮下投与でも中和抗体を誘導できると考えられた。
【0112】
[試験例8]SARS-CoV-2変異株への有効性解析(参考例)
4週齢雄性シリアンハムスター (n=4) を一週間飼育した後、1x104 TCID50又は1x102 TCID50の温度感受性株(A50-18株[参考例])を10 μLの用量で経鼻投与した。感染後3週間のハムスターから部分採血を実施し、得られた血清を用いてSARS-CoV-2 欧州型野生株(B-1株)、インド型変異株(自家分離株)、ブラジル型変異株(hCoV-19/Japan/TY7-503/2021株)の生ウイルスに対する中和活性を測定した結果を図28に示した。中和活性の測定方法は(1-5-2)と同様の手法を用いた。親株であり野生型であるB-1株のみならず、A50-18株を少量経鼻投与した個体でも、インド型変異株やブラジル型変異株に対する中和抗体を用量依存的に誘導できたことが明らかとなった。
【0113】
また、各個体の血清の各株に対する中和抗体価を比較した結果を図29に示した。ブラジル型変異株に対しては一部の個体で中和抗体価の減少がみられるものの、すべての個体で中和抗体を保有していることが明らかとなった。これらの結果から温度感受性株の経鼻投与による免疫は交差防御を示す可能性が示唆された。
【0114】
[試験例9]CPER反応によるワクチン候補株の作出(実施例)
本来、弱毒生ワクチンは宿主体内で増殖を伴うため、核酸複製の際に発生する突然変異により、強毒型の野生株が発生する可能性がある。その可能性を低減するため、温度感受性変異と増殖低減性その他の弱毒性変異を複合した株を構築した。このような株は、温度感受性変異が失われた場合であっても弱毒性を維持できるように構築した。温度感受性変異及び増殖低減性その他の弱毒性変異、並びに他の変異として、表5にチェックで示す変異[つまり、NSP3のL445F、NSP14のG248V及びG416S、及びNSP16のV67I;NSP1の32~39番目の8アミノ酸欠失、スパイクのfurin cleavage site(FCS)の欠失(具体的には、スパイクの679~686番目の欠失及びV687I)、ORF8の機能欠失;温度感受性株で見出された他の変異(NSP3 K1792R及びNSP14 A504V)のいずれか]を用いた。
【0115】
【表5】
【0116】
CPERを用いたリバースジェネティクス法により、上記温度感受性変異と増殖低減性その他の弱毒性変異とを他の変異とともに複合して有する株を構築した (Torii et al. cell report 2020)。SARS-CoV-2 B-1株 のゲノムを断片化し、プラスミドにクローニングした。inverse PCRを用いて、クローニングされたフラグメントに目的の変異を導入した。野生型のフラグメントをクローニングしたプラスミドをテンプレートとして、PCRによりSARS-CoV-2野生型ゲノム断片フラグメントを獲得した。また、変異が導入されたプラスミド、又は目的の変異を有するSARS-CoV-2変異株のゲノムをテンプレートとして、PCR又はRT-PCRを行うことでSARS-CoV-2変異型ゲノム断片フラグメントを獲得した。
【0117】
得られた断片フラグメント及びCMV promoterを含むリンカーフラグメントを混合し、PrimeStar GXL polymeraseを用いてCPERを行う事で、複数の断片を環状化した。反応液をBHK/hACE2細胞にトランスフェクションし、34℃で培養を行うことで目的のウイルスを再構築した。得られた細胞の培養上清をVeroE6/TMPRSS II細胞に添加し、34℃で培養することで、再構築されたウイルスの回復培養を行った。各候補株に導入した温度感受性株変異及び/又は増殖低減性その他の弱毒性変異並びにCPE像を図30に示す。VeroE6/TMPRSS II細胞でCPEが観察されていることから、ウイルスが再構築されたことが明らかとなった。
【0118】
[試験例10]候補株の温度感受性評価(実施例)
(10-1)候補株1~7の温度感受性
試験例9で得られた候補株1~7(実施例)の温度感受性を評価するため、それぞれの候補株の回復培養の上清2μLをVero細胞に感染させ、34℃、37℃での増殖性を比較した。3日間培養した後のCPE像を図31Aに示した。全ての株が34℃でCPEを示したのに対し、候補株1、2、3、6、7は37℃でCPEを示さなかった。候補株4、5は、わずかにCPEを生じたものの、その程度は34℃よりも弱かった。このことから、ワクチン候補株が温度感受性を示すことが確かめられた。
【0119】
(10-2)すべての温度感受性変異を導入し再構築した株の温度感受性
すべての温度感受性変異を導入し再構築した株(rTs-all株[実施例])を得た。rTs-all株は、温度感受性変異として、(b)の変異と、(e)及び(f)の変異の組み合わせと、(h)の変異との3種が導入され、且つ、他の弱毒性変異として、(n)の変異のみが導入され、他の変異は導入されていない。
【0120】
rTs-all株をVero細胞にMOI=0.01で感染させ、32、37、39℃で5日間培養し、培養上清を経時的にサンプリングした(n=3)。各時点でのウイルス力価をTCID50法で測定した。比較対象には、CPER法で作製したB-1株(rB-1株)を用いた。得られた増殖曲線を図31Bに示した。図31Bに示されるとおり、rTs-all株は32℃で増殖する一方、37℃及び39℃の増殖性が著しく低下した(day1に検出限界を下回り、以降増殖しなかった)。なお、rTs-all株は、32℃における増殖がrB-1株と比較してやや遅延していたことから、温度感受性のレベルとしては、好ましい程度(つまり、32℃での増殖性がrB-1株と同程度)よりも強く発現したと認められる。この結果から、温度感受性のレベルを好ましい程度に制御するためには、温度感受性変異(すなわち、(b)の変異、(e)及び(f)の変異の組み合わせ、(h)の変異の3種の変異又は変異の組み合わせ)のうち、3種を選択するよりも、1種又は2種を選択する方が好ましいことが判った。
【0121】
[試験例11]候補株1,3,4,6,7の低力価、低用量時の免疫原性評価(中和抗体価誘導)(実施例)
試験例9で得られた候補株のうち、候補株1,3,4,6,7(実施例)の免疫原性を評価するため、5週齢雄性ハムスター5匹に100 TCID50の各候補株を10μL経鼻投与した。また、陽性対照としてSARS-CoV-2温度感受性株A50-18株を同力価、同用量で経鼻投与した。3週間後に部分採血を実施して得られた血清のSARS-CoV-2 B-1株に対する中和活性を評価した。中和活性は段階希釈血清と100 TCID50のSARS-CoV-2を混合し、1時間反応した後、Vero細胞に添加、4日間培養後のCPEを観察することで感染性ウイルスの有無を判定する方法により評価した。CPEが見られず、ウイルスの感染性を中和することができた血清の最大希釈倍率を中和抗体価とした。その結果を図32に示した。
【0122】
陽性対象群であるA50-18株(参考例)の感染ハムスターでは全個体で中和活性の陽転が観察された。候補株1及び候補株3では、本試験例での投与条件では中和活性の陽転が観察されなかったため、免疫原性を発現させるためには、さらに高用量で投与する必要があることが示唆される。一方、候補株4、6、7はいずれも、一部個体又は全個体で中和活性の陽転が観察されており、本試験例のような低用量でも免疫原性を有していたことが判った。特に、候補株7(実施例)の感染ハムスターではA50-18株と同様に全個体で中和活性の陽転が観察されていたため、免疫原性の程度が、特に優れていた。つまり、本試験例での投与条件で中和活性の陽転が観察された候補株のうち、候補株4、6は温度感受性変異と他の弱毒性変異とを組み合わせて構築されることで安全性が向上しており、特に候補株7については、温度感受性変異と増殖低減性その他の弱毒性変異とを組み合わせて構築されることで、体内での増殖性が著しく低下しているにも関わらず優れた免疫原性を維持していた。
【0123】
[試験例12]候補株7の低力価、低用量時の免疫原性評価(攻撃試験)(実施例)
候補株7で誘導された免疫が感染防御に寄与しているかどうか評価するため、免疫後のハムスター(雄性8週齢)に3×105 TCID50のSARS-CoV-2 B-1株を100μL経鼻投与することで攻撃試験を実施した。その際のハムスターの体重変動を図33に示した。陽性対照として用いたA50-18株(参考例)と同様に、候補株7(実施例)に感染したハムスターはSARS-CoV-2 B-1株に感染させた際に体重が低下しなかった。この結果から、候補株7(実施例)はA50-18株(参考例)同様に感染防御に寄与する免疫を誘導できたことが明らかとなった。
【0124】
[試験例13]候補株2,5の高力価、高用量時の免疫原性評価(実施例)
候補株2、5(実施例)について、高力価、高用量で実験した際の免疫原性を評価した。5週齢雄性ハムスター5匹に1×103又は1×104 TCID50の候補株を20μL経鼻投与した。また、陽性対象としてSARS-CoV-2温度感受性株A50-18株(参考例)1×103 TCID50を同用量で経鼻投与した。3週間後の感染回復ハムスターから部分採血を実施し、得られた血清の中和活性を評価した。中和活性の測定は試験例3と同等の方法で実施した。その結果を図34に示した。
【0125】
候補株2では1×103 TCID50の投与により、5匹中4匹の個体で中和抗体の陽転が観察され、1×104 TCID50を投与した際には全個体で中和抗体の陽転が観察された。候補株5では1×103 TCID50の投与では5匹中1匹でのみ血清の中和活性が確認されたものの、1×104 TCID50のウイルスを投与することにより、5匹中3匹で中和抗体の誘導が観察された。これらの結果から、温度感受性変異と増殖低減性その他の弱毒性変異とを複合したワクチン候補株は、温度感受性変異のみを有する株と比較して同用量では免疫原性が低いものの、用量を上げることで中和抗体の誘導に必要な免疫原性を示すことが明らかとなった。また、候補株2は、サルにおいても中和活性が確認されたため、免疫誘導を示すことがわかった。
【0126】
[試験例14]候補株2の各温度における増殖性評価
臨床分離株(B-1株[比較例])及び候補株2([実施例])を、MOI=0.01の条件下で、6well plateを用いて、Vero細胞に感染させた(N=3)。37℃、又は32℃で培養し、0~5dpiにて、それぞれの培養上清を回収した。0~5dpiの培養上清ウイルス力価をTCID50/mLにて、Vero細胞を用いて測定した。結果を図35に示した。
【0127】
図35より、候補株2([実施例])は32℃で臨床分離株(B-1株[比較例])と同程度に増殖する一方、37℃での増殖性が著しく低下した。
【0128】
[試験例15]候補株2の投与により誘導された液性免疫の持続性試験(実施例)
4週齢雄性シリアンハムスター(n=10)を一週間飼育した後、麻酔条件下で候補株2(実施例)(1x103 TCID50 又は 1x104 TCID50)を20 μLの用量で経鼻投与した。2回投与の群においては、1回目投与後4週の時点において、麻酔条件下で再度候補株2(1x103 TCID50 又は 1x104 TCID50)を20 μLの用量で経鼻投与した。経時的に部分採血を行い、得られた血清を56℃で30分間熱処理することで非働化を行った。100 TCID50のB-1株(D614G型: pre-alpha欧州株)又はTY38-873株(オミクロンバリアント)と段階希釈した非働化血清を混和し、37℃で1時間反応させた。反応後の培養液をVero細胞に播種し、37℃培養の後、CPEを観察することでウイルスの中和活性を評価した。CPEを生じない最低の希釈倍率を中和抗体価(Neutralizing antibody titer)とした。その結果を図36に示した。
【0129】
図36より、候補株2の単回投与により、血清の中和抗体価が6~12まで上昇した。また、1回目投与後4週の時点において、2回目の投与を行った際に、中和抗体価の上昇は見られず、単回投与により十分な液性免疫を誘導していることが示唆された。また、このようにして得られた血清中和抗体は投与後4か月時点においても、顕著に減少することはなかった。これらの結果から候補株2はハムスターモデルにおいて、1x103 TCID50の単回投与で十分な液性免疫を誘導し、その液性免疫は投与後少なくとも4か月まで持続することが明らかとなった。また、候補株2感染ハムスターの脾臓細胞をスパイク抗原ペプチドで刺激することで抗原特異的なIFN-γの産生が誘導された。この結果から候補株2の投与により、抗原特異的なTh1細胞が誘導されており、候補株2は細胞性免疫も誘導することが明らかとなった。
【0130】
[試験例16]候補株2投与による感染防御試験(実施例)
試験例13にて1×103、1×104 TCID50の候補株2、又は1×103 TCID50のSARS-CoV-2温度感受性株A50-18株を20μL経鼻投与したハムスターについて、初回投与の3週間後にSARS-CoV-2 B-1株(3x105 TCID50)を麻酔条件下で100μLの用量で経鼻投与することで攻撃試験を実施した。攻撃試験実施後のハムスターの体重を投与後6日まで測定した。その結果を図37に示した。
【0131】
図37より、候補株2又はA50-18株を感染させたハムスターはSARS-CoV-2 B-1株の感染時に体重が低下することがなく、感染防御に寄与する免疫を誘導できていることが明らかとなった。
【0132】
[試験例17]候補株2のin vivo継代時における毒力復帰検討(実施例)
4週齢雄性シリアンハムスター(n=5)を一週間飼育した後、麻酔条件下で温度感受性株A50-18株又は候補株2(1x105 TCID50)を100 μLの用量で経鼻投与した。この投与量は、ハムスター無有害作用量からヒト無有害作用量を外挿する除数30を用いたヒト等価用量で、2×105PFU/doseに相当する。体重変動を観察するとともに、投与後3日の時点においてハムスターを安楽死させたのち、500 μLのPBSを用いて鼻腔洗浄液を回収した。得られた鼻腔洗浄液を0.22 μmのフィルターでろ過滅菌したのち、その100 μLの鼻腔洗浄液を次代のハムスターに麻酔条件下で経鼻投与した。同様の操作を3回行うことで、1回~4回のin vivo継代を行った際の鼻腔洗浄液を獲得した。得られた鼻腔洗浄液をVero細胞に播種し、各温度で培養することで感染性のウイルスの有無及びそのウイルスの温度感受性を評価した。また、鼻腔洗浄液からウイルスRNAを抽出し、サンガーシークエンス法により、目的部位の塩基配列を確認した。各継代後の鼻腔洗浄液を播種したVero細胞におけるCPEの有無を図38、4回目のin vivo継代を行った際の鼻腔洗浄液から抽出したウイルスRNAの配列確認結果を図39、各in vivo継代時のハムスターの体重変動の結果を図40に示した。
【0133】
A50-18株は温度感受性株であるため、Vero細胞に感染させた後、37℃や39℃で培養した際にCPEを引き起こさないが、図38より、A50-18株を感染させたハムスターの鼻腔洗浄液をVero細胞に添加し、37℃や39℃で培養した際にはCPEを引き起こすことが観察された。また、図39より、in vivo継代後の鼻腔洗浄液中に含まれるウイルスRNAの配列を確認した結果、温度感受性をもたらす変異であるNSP14の変異のうち、G416SやG248Vの変異が失われていることが明らかとなった。さらに、図40より、in vivo継代時のハムスターの体重変動を評価すると、A50-18株のin vivo継代後の鼻腔洗浄液を感染させたハムスターは体重が低下することが観察された。これらの結果から、A50-18株はハムスターの体内において、温度感受性をもたらす変異が失われることで、温度感受性を失った毒力復帰株が発生し別の個体に伝播する可能性があることが示唆された。
【0134】
一方で、候補株2においては、図38より、1回目のin vivo継代後の鼻腔洗浄液からは温度感受性を示すウイルスが検出される一方、2回目以降のin vivo継代後の鼻腔洗浄液からはウイルスがほとんど検出されなかった。また、図39より、in vivo継代後の鼻腔洗浄液中に含まれるウイルスRNAの配列を確認した結果、温度感受性をもたらす変異の一部が失われていたものもあった(但し、そのような継代株でも、NSP14における248位及び416位の変異の組み合わせの一方が失われたのみであった)。一方、弱毒性をもたらす変異であるNSP1の一部欠失(増殖低減性変異)、スパイクのフリン開裂部位の欠失、及びORF7a-8の欠失は保たれていた。さらに、図40より、候補株2のin vivo継代後の鼻腔洗浄液を感染させたハムスターでも体重の低下は認められなかった。これらの結果から、候補株2は、温度感受性をもたらす変異のみを有するA50-18株と比較して、毒力復帰が生じる可能性の少ない候補株であることが示唆された。この結果から、本発明のベータコロナウイルス弱毒株は、所定の温度感受性変異(置換変異)に、さらに所定の増殖低減性その他の弱毒性変異(欠失変異)が組み合わせられていることで、当該ウイルスを生ワクチンとしてヒトに接種した場合も、毒力復帰したウイルスが伝播する可能性が低い点でワクチンとしての有用性が顕著に向上したことが推測できる。
【0135】
[試験例18]候補株2による組織障害性評価(実施例)
4週齢雄性シリアンハムスター(n=4)を一週間飼育した後、麻酔条件下でSARS-CoV-2 B-1株[比較例]、温度感受性株A50-18株[参考例]又は候補株2[実施例](1x105 TCID50)を20 μLの用量で経鼻投与した。この投与量は、ハムスター無有害作用量からヒト無有害作用量を外挿する除数30を用いたヒト等価用量で、4×104PFU/doseに相当する。非感染群(naive)には麻酔条件下で同用量の培地を経鼻投与した。また、ポジティブコントロールとして、SARS-CoV-2 B-1株(1x105 TCID50)を麻酔条件下で100 μLの用量で経鼻投与した。20 μLの用量で経鼻投与することによりハムスターの上気道までウイルス液が到達し、100 μLの用量で経鼻投与することによりハムスターの下気道までウイルス液が到達した。投与後3日時点において、安楽死させたのち頭部ならびに肺をホルマリン固定し、HE染色にて組織障害性を評価するとともに、Rabbit anti-spike RBD antibody(Sinobiological(40592-T62))を用いたIHC染色にてウイルス抗原を検出した。各個体の鼻腔、肺部における病変ならびにIHCによるウイルス抗原の検出のスコアを表6に示した。本表のLevel1は鼻腔の先端部、Level2は鼻腔の中部、Level3は鼻腔の奥を示す。また、各ウイルス感染ハムスターの各部位における代表例について、Level1を図41、Level2を図42、Level3を図43、肺を図44に示した。
【0136】
図41図44より、SARS-CoV-2 B-1株(比較例)を投与した系では、下気道までウイルス液を経鼻投与したポジティブコントロールのみならず、上気道にウイルス液を経鼻投与したハムスターにおいて、鼻腔の先端部から深部ならびに肺において組織障害及びウイルスの抗原が検出された。A50-18株(参考例)又は候補株2(実施例)を上気道に経鼻投与したハムスターでは鼻腔先端部でのみ軽度の組織障害及びウイルス抗原が検出された一方で、鼻腔深部及び肺では組織障害及びウイルス抗原は検出されなかった。これらの結果から、候補株2(実施例)及び温度感受性株A50-18株(参考例)は、外気温に近い鼻腔先端部ではウイルスの増殖やそれに伴う組織障害が生じる一方、体温に近い鼻腔深部や肺ではウイルス増殖及びそれに伴う組織障害が抑制されること、及び、候補株2(実施例)の方が、ウイルスの増殖及びそれに伴う組織障害の抑制効果がより高いこと、更に嗅覚障害が起こるリスクが低いことが強く示唆された。
【0137】
【表6】
【0138】
[試験例19]候補株2による免疫原性評価(ヘテロ株による攻撃試験)
候補株2で誘導された免疫がSARS-CoV-2 オミクロンバリアントの感染防御に寄与しているかどうかを評価した。4週齢雄性シリアンハムスターを一週間飼育した後、麻酔条件下で候補株2(1x103 PFU)を20 μLの用量で経鼻投与した。投与後4週の時点において、部分採血により血清を採取した。得られた血清を56℃で30分間熱処理することで非働化を行った。100 TCID50のB-1株(D614G型:pre-alpha欧州株)又はTY41-702株(オミクロンバリアント:BA.5)と段階希釈した非働化血清を混和し、37℃で1時間反応させた。反応後の培養液をVero細胞に播種し、37℃培養の後、CPEを観察することでウイルスの中和活性を評価した。CPEを生じない最低の希釈倍率を中和抗体価(Neutralizing antibody titer)とした。その結果を図45に示す。また、投与後4週の時点において、候補株2投与ハムスターとナイーブハムスターに対して、麻酔条件下でTY41-702株(3x105 PFU)を100 μLの用量で経鼻投与することで攻撃試験を実施した。経時的に体重を測定し、攻撃試験の実施後4日の時点において、ハムスターを安楽死した後、肺内および鼻腔洗浄液中の感染性ウイルスを定量した。その際の体重変動を図46に示す。
【0139】
図45より、中和抗体価の測定の結果、候補株2を投与することによってB-1株に対する中和抗体だけでなく、オミクロンバリアントBA.5に対する中和抗体もある程度誘導することが明らかとなった。更に、これらの候補株2を投与したハムスターに対してオミクロンバリアントBA.5による攻撃試験を実施したところ、図46より、ナイーブハムスターと比較して体重の回復が早い傾向が見られた。また、感染後4日における肺内、鼻腔洗浄液中のウイルス量を定量した結果、ナイーブハムスターと比較して候補株2を投与したハムスターでは体内ウイルス量が少ないことが示唆された。
【0140】
[試験例20] 候補株2による免疫原性評価(ヘテロ株による中和活性評価)
候補株2で誘導された免疫が、SARS-CoV-2 デルタバリアント及びガンマバリアントに有効かどうかを評価した。試験例13にて得られた候補株2免疫血清のガンマバリアント及びデルタバリアントに対する中和活性を測定した。100 TCID50のBK325株(デルタバリアント)又はTY7-501株(ガンマバリアント)と段階希釈した非働化血清を混和し、37℃で1時間反応させた。反応後の培養液をVero細胞に播種し、37℃培養の後、CPEを観察することでウイルスの中和活性を評価した。CPEを生じない最低の希釈倍率を中和抗体価(Neutralizing antibody titer)とした。その結果を、試験例13における野生株に対する中和活性評価と並べて図47に示す。図47中、Lowは1×103 TCID50の候補株を20μL経鼻投与した結果であり、Highは1×104 TCID50の候補株を20μL経鼻投与した結果である。
【0141】
図47より、候補株2により誘導された免疫はガンマバリアント及びデルタバリアントに対して中和活性を示し、有効であることが示された。これらの結果から、候補株2の投与により誘導される免疫はヘテロ株のバリアントに対しても有効性を示すことが示唆された。
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16A
図16B
図16C
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31A
図31B
図32
図33
図34
図35
図36
図37
図38
図39
図40
図41
図42
図43
図44
図45
図46
図47
【配列表】
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