(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-27
(45)【発行日】2024-12-05
(54)【発明の名称】核酸増幅方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/686 20180101AFI20241128BHJP
C12N 15/33 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z ZNA
C12N15/33
(21)【出願番号】P 2021002015
(22)【出願日】2021-01-08
【審査請求日】2023-12-26
(31)【優先権主張番号】P 2020002506
(32)【優先日】2020-01-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上原 裕也
(72)【発明者】
【氏名】井上 高良
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/008319(WO,A1)
【文献】特表2009-535053(JP,A)
【文献】PICHE, C. and SCHERNTHANER, J. P.,Optimization of in Vitro Transcription and Full-Length cDNA Synthesis Using the T4 Bacteriophage Gene 32 Protein,Journal of Biomolecular Techniques,2005年,Vol.16, No.3,P.239-247
【文献】CHANDLER, D. P. et al.,Reverse Transcriptase (RT) Inhibition of PCR at Low Concentrations of Template and Its Implications for Quantitative RT-PCR,APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,1998年,Vol. 64, No. 2,P.669-677
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68-1/6897
C12N 15/33
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸増幅方法であって、
皮膚表上脂質由来RNAから逆転写
反応によりcDNAを合成すること;及び、
該cDNAをマルチプレックスPCRにより増幅すること、
を含み、
該逆転写
反応及び該マルチプレックスPCRが、一本鎖核酸結合タンパク質の存在下で行われ、該一本鎖核酸結合タンパク質が、T4GP32又はその改変体であり、
該T4GP32又はその改変体が、配列番号1のアミノ酸配列又は当該配列と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつ一本鎖核酸に結合するタンパク質である、
方法。
【請求項2】
前記逆転写反応が、ランダムプライマーを含む反応液中で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記逆転写
反応と前記マルチプレックスPCRの反応液中における前記一本鎖核酸結合タンパク質の初期濃度が1~100μg/mLである、請求項1又は2記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸増幅方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マルチプレックスPCRは、複数のプライマー対を同時に使用したPCR反応により、1つのDNAサンプルから複数の領域を同時に増幅する方法である。RNAからcDNAへの逆転写(RT)反応をマルチプレックスPCRと組み合わせたマルチプレックスRT-PCRは、遺伝子発現解析やジェノタイピングなどに利用されている。
【0003】
RNAは、一般に組織サンプルから抽出される。さらに最近、より簡便かつ非侵襲的なRNA採取方法として、皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)からRNAを採取する方法が開示された(特許文献1)。SSLに含まれるRNAは遺伝子発現解析等のためのRNAサンプルとして有用である。しかし、1被験体から回収できるSSLの量は多くなく、またそこに含まれるRNAの量も多くはないため、1被験体のSSLから調製できるRNAの量は微量である。
【0004】
非特許文献1には、BSA及びT4 gene 32 protein(T4GP32)が阻害物質存在下でのPCRの反応を改善することが記載されている。非特許文献2には、DMSOとベタインがPCRの特異性と収量を向上させたことが記載されている。非特許文献3、4には、RT-PCRの際に、RT系にT4GP32を添加しておくことでRT-PCR産物の収量が顕著に増加したが、RT後のPCR系にT4GP32を添加しても明らかな収量の増加はみられなかったことが記載されている。特許文献2には、RNAを鋳型としてcDNAを増幅させる増幅逆転写法(RT-RamDA法)において、鋳型RNAから剥がされた1本鎖cDNAにT4GP32を結合させることで該cDNAをヌクレアーゼ分解から保護して、cDNAの収量を増加させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開公報第2018/008319号
【文献】国際公開公報第2016/052619号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Appl Environ Microbiol, 1996, 62(3):1102-1106
【文献】PLOS ONE, 2010, 5(6):e11024
【文献】Appl Environ Microbiol, 1998, 64(2):669-677
【文献】BioTechniques, 2001, 31(1):81-86
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
マルチプレックスRT-PCRにおける感度及び収量の向上が望まれる。本発明は、高感度かつ高収量なRNAからの核酸増幅方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、マルチプレックスRT-PCRでのRT及びPCRの両方の反応をT4GP32の存在下で行うことによって、微量のRNAサンプルからでも高収量が達成できることを見出した。
【0009】
したがって、本発明は、核酸増幅方法であって、
サンプルRNAから逆転写によりcDNAを合成すること;及び、
該cDNAをマルチプレックスPCRにより増幅すること、
を含み、該逆転写及び該マルチプレックスPCRが、一本鎖核酸結合タンパク質の存在下で行われ、該一本鎖核酸結合タンパク質が、T4GP32又はその改変体である、
方法を提供する。
また本発明は、一本鎖核酸結合タンパク質を有効成分とする、マルチプレックスRT-PCRの収量改善剤であって、該一本鎖核酸結合タンパク質がT4GP32又はその改変体であり、かつ逆転写及びマルチプレックスPCRの両方の反応液に添加される、改善剤を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、マルチプレックスRT-PCRの感度及び収量を向上させる。本発明の方法は、SSL由来RNAのような微量RNAサンプルの効率良い増幅と解析を可能にする。本発明は、RNA試料を用いた解析(例えば、遺伝子解析、診断等)の感度と精度、及び効率を向上させる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0012】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列に関する「少なくとも90%の同一性」とは、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性をいう。
【0013】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の同一性は、リップマン-パーソン法(Lipman-Pearson法;Science,1985,227:1435-41)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0014】
本発明は、RNAからの核酸増幅方法を提供する。当該方法は、サンプルRNAから逆転写によりcDNAを合成すること、及び、該cDNAをマルチプレックスPCRにより増幅することを含む。
【0015】
本発明の方法で用いられるサンプルRNAは、いかなる種類のRNAであってもよく、例えば、動物、植物、微生物、ウイルス等に由来するRNAが挙げられる。該サンプルRNAは、mRNA、tRNA、rRNA、small RNA(例えば、microRNA(miRNA)、small interfering RNA(siRNA)、Piwi-interacting RNA(piRNA)等)、long intergenic non-coding(linc)RNA、などを含み得る。上記に上げたRNAの1種又は2種以上が該サンプルRNAに含まれ得る。
【0016】
該サンプルRNAは、動物、植物、微生物、ウイルス等から通常の手段で抽出することができる。例えば、該RNAの抽出には、フェノール/クロロホルム法、AGPC(acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction)法、又はそれらの変法、シリカをコーティングした特殊な磁性体粒子を用いる方法、Solid Phase Reversible Immobilization磁性体粒子を用いる方法、あるいは市販のRNA精製用試薬(例えばTRIzol(登録商標)Reagent、RNeasy(登録商標)、QIAzol(登録商標)、ISOGEN等)、などを用いることができる。
【0017】
好ましい一実施形態において、該サンプルRNAは、皮膚表上脂質由来RNAである。本明細書において、「皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)」とは、皮膚の表上に存在する脂溶性画分をいい、皮脂と呼ばれることもある。一般に、SSLは、皮膚にある皮脂腺等の外分泌腺から分泌された分泌物を主に含み、皮膚表面を覆う薄い層の形で皮膚表上に存在している。SSLには、被験体の皮膚細胞に由来するRNAが含まれており、これを用いて生体の解析が可能である(特許文献1)。
【0018】
該SSL由来RNAが採取される被験体は、皮膚上にSSLを有する生物であればよい。被験体の例としては、ヒト及び非ヒト哺乳動物を含む哺乳動物が挙げられ、好ましくはヒトである。例えば、該被験体は、自身の核酸の解析を必要とするか又は希望するヒト又は非ヒト哺乳動物であり得る。あるいは、該被験体は、皮膚における遺伝子発現解析、又は核酸を用いた皮膚もしくは皮膚以外の部位の状態の解析を必要とするか又は希望するヒト又は非ヒト哺乳動物であり得る。
【0019】
被験体のSSLが採取される皮膚の部位としては、頭、顔、首、体幹、手足等の身体の任意の部位の皮膚、アトピー、ニキビ、乾燥、炎症(赤み)、腫瘍等の疾患を有する皮膚、創傷を有する皮膚、などが挙げられるが、特に限定されない。本明細書において、「皮膚」とは、特に限定しない限り、体表の表皮、真皮、毛包、ならびに汗腺、皮脂腺及びその他の腺などの組織を含む領域の総称である。
【0020】
被験体のSSLは、該被験体の皮膚細胞で発現したRNAを含み、好ましくは該被験体の表皮、皮脂腺、毛包、汗腺、及び真皮のいずれかで発現したRNAを含み、より好ましくは該被験体の表皮、皮脂腺、毛包、及び汗腺のいずれかで発現したRNAを含む(特許文献1参照)。したがって、本発明の方法により調製されるSSL由来RNAは、好ましくは被験体の表皮、皮脂腺、毛包、汗腺及び真皮から選択される少なくとも1部位由来のRNAであり、より好ましくは表皮、皮脂腺、毛包及び汗腺から選択される少なくとも1部位由来のRNAである。
【0021】
被験体の皮膚からのSSLの採取には、皮膚からのSSLの回収又は除去に用いられているあらゆる手段を採用することができる。好ましくは、後述するSSL吸収性素材、SSL接着性素材、又は皮膚からSSLをこすり落とす器具を使用することができる。SSL吸収性素材又はSSL接着性素材としては、SSLに親和性を有する素材であれば特に限定されず、例えばポリプロピレン、パルプ等が挙げられる。皮膚からのSSLの採取手順のより詳細な例としては、あぶら取り紙、あぶら取りフィルム等のシート状素材へSSLを吸収させる方法、ガラス板、テープ等へSSLを接着させる方法、スパーテル、スクレイパー等によりSSLをこすり落として回収する方法、などが挙げられる。SSLの吸着性を向上させるため、脂溶性の高い溶媒を予め含ませたSSL吸収性素材を用いてもよい。一方、SSL吸収性素材が水溶性の高い溶媒や水分を含んでいると、SSLの吸着が阻害されるため好ましくない。SSL吸収性素材は、乾燥した状態で用いることが好ましい。
【0022】
被験体から採取されたRNA含有SSLは、後述するRNA調製に用いるまで保存されてもよい。該SSLは、SSL吸収性素材又はSSL接着性素材に吸収又は接着させた状態のまま保存することができる。該SSLは、従来一般的なRNAの保存条件(例えば-80℃)で保存されてもよいが、よりもマイルドな条件で保存することが可能である(国際出願番号PCT/JP2019/043040)。例えば、該RNA含有SSLの保存の温度条件は、0℃以下であればよく、好ましくは-10℃以下、より好ましくは-20℃以下であればよい。該保存の期間は、特に限定されないが、好ましくは12ヶ月以下、より好ましくは6ヶ月以下、さらに好ましくは3ヶ月以下である。
【0023】
SSLからのRNAの抽出には、上述した通常のRNA抽出手段、例えばフェノール/クロロホルム法、AGPC法、及び市販のRNA精製用の試薬、カラムもしくは磁性粒子を用いることができる。
【0024】
本発明の方法では、該サンプルRNAから逆転写(RT)によってcDNAを合成し、次いで、該cDNAをマルチプレックスPCR(MPCR)により増幅する。これらのRT反応及びMPCRは、いずれも一本鎖核酸結合タンパク質の存在下で行われる。
【0025】
該サンプルRNAの逆転写は、反応系に一本鎖核酸結合タンパク質を添加する以外は、通常の手順で行うことができる。例えば、該サンプルRNA、プライマー、逆転写酵素、及び基質を含有する反応液をインキュベートして、該サンプルRNAに逆転写酵素を作用させてcDNAを合成すればよい。該プライマーとしては、解析したい特定のRNAを標的としたプライマーを用いてもよいが、より包括的な核酸の保存及び解析のためにはオリゴdTプライマー、ランダムプライマー、又はそれらの混合物を用いることが好ましい。該逆転写酵素としては、一般的な逆転写酵素を使用することができるが、逆転写の正確性及び効率性の高い逆転写酵素(例えばM-MLV Reverse Transcriptase及びその改変体、あるいは後述する市販の逆転写反応用酵素)を使用することが好ましい。該基質は、該逆転写酵素の基質であり、好ましくはデオキシリボヌクレオチド、例えばdATP、dCTP、dGTP、及びdTTP、ならびにそれらの混合物を使用することができる。該デオキシリボヌクレオチドは修飾されていてもよい。本発明において、RTのための酵素及びその他の試薬としては、市販の逆転写反応用酵素及び逆転写試薬キット、例えばPrimeScript(登録商標)Reverse Transcriptaseシリーズ(タカラバイオ社)、SuperScript(登録商標)Reverse Transcriptaseシリーズ(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)等が挙げられ、SuperScript(登録商標)III Reverse Transcriptase、SuperScript(登録商標)VILO cDNA Synthesis kit(いずれもライフテクノロジーズジャパン株式会社)を好ましく用いることができる。RT反応の温度及び時間は、用いる酵素又は試薬の種類、サンプルRNA、合成すべきcDNAなどに応じて適宜設定することができる。例えば、市販の逆転写反応用試薬を用いて、そのマニュアルに従って反応液を調製し、該反応液に一本鎖核酸結合タンパク質を添加すればよい。RTの条件も該試薬のマニュアルに従って設定すればよい。
【0026】
該RTで合成されたcDNAをMPCRにより増幅する。MPCRは、反応系に一本鎖核酸結合タンパク質を添加する以外は、通常の手順で行うことができる。例えば、cDNA、複数のプライマーペア、DNA合成酵素、及び基質を含有する反応液をPCRにかければよい。該プライマーペアは、標的DNA配列に応じて適宜設計され得る。該DNA合成酵素としては、一般的なDNA合成酵素を使用することができるが、増幅の正確性及び効率性の高いDNA合成酵素(例えば後述する市販のマルチプレックスPCR用酵素)を使用することが好ましい。該基質は、該DNA合成酵素の基質であり、好ましくはデオキシリボヌクレオチド、例えばdATP、dCTP、dGTP、及びdTTP、ならびにそれらの混合物を使用することができる。該デオキシリボヌクレオチドは修飾されていてもよい。本発明において、MPCRのための酵素及びその他の試薬としては、市販のマルチプレックスPCR用酵素及び試薬、例えば、Ion AmpliSeq Transcriptome Human Gene Expression Kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いることができる。反応の温度及び時間は、用いる酵素又は試薬の種類、鋳型cDNAなどに応じて適宜設定することができる。例えば、市販のマルチプレックスPCR用試薬を用いて、そのマニュアルに従って反応液を調製し、該反応液に一本鎖核酸結合タンパク質を添加すればよい。PCRの条件も該試薬のマニュアルに従って設定すればよい。
【0027】
本発明の方法において、上記RT反応及びMPCRは、いずれも一本鎖核酸結合タンパク質の存在下で行われる。該一本鎖核酸結合タンパク質としては、T4GP32(T4 gene 32 protein)、及びその改変体が挙げられる。T4GP32は、代表的には配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質であり、一本鎖DNAに対して結合する。T4GP32の改変体としては、T4GP32のアミノ酸配列上の任意のアミノ酸に対して修飾又は変異を加えて得られるタンパク質が挙げられる。T4GP32の改変体の例としては、配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつ一本鎖核酸、好ましくは一本鎖DNAに結合するタンパク質が挙げられる。T4GP32は購入することができる(例えばNEW ENGLAND BioLabs Inc.、Sigma-Aldrichなどより)。該RTとMPCRの反応液中における該一本鎖核酸結合タンパク質の初期濃度は、好ましくは1μg/mL以上、より好ましくは5μg/mL以上、さらに好ましくは7μg/mL以上であればよく、他方、好ましくは100μg/mL以下、より好ましくは20μg/mL以下、さらに好ましくは15μg/mL以下であればよく、あるいは、好ましくは1~100μg/mLであればよく、より好ましくは5~20μg/mLであればよく、さらに好ましくは7~15μg/mLであればよい。
【0028】
本発明の方法において、該RTとMPCRは、別々の反応系(2ステップ)で行われることが好ましいが、簡便さの点では1反応系(1ステップ)で行われてもよい。1ステップ反応の場合、RTに用いた一本鎖核酸結合タンパク質をそのままMPCRに用いることができる。
【0029】
該MPCRで得られた産物の精製は、反応産物のサイズ分離によって行われることが好ましい。サイズ分離により、目的のPCR産物を、MPCR反応液中に含まれるプライマーやその他の不純物から分離することができる。DNAのサイズ分離は、例えば、サイズ分離カラムや、サイズ分離チップ、サイズ分離に利用可能な磁気ビーズなどによって行うことができる。サイズ分離に利用可能な磁気ビーズの好ましい例としては、Ampure XP等のSolid Phase Reversible Immobilization(SPRI)磁性ビーズが挙げられる。Ampure XPとDNA溶液を混合すると、DNAは磁性ビーズの表面にコーティングされたカルボキシル基に吸着され、マグネットを用いて磁性ビーズのみを回収することでDNAが精製される。またAmpure XP溶液とDNA溶液の混合比を変化させると磁性ビーズに吸着するDNAの分子サイズが変化する。この原理を利用することで、捕捉したい特定の分子サイズのDNAを磁性ビーズ上に回収し、それ以外の分子サイズのDNAや不純物を精製することが可能である。
【0030】
精製したPCR産物に対して、その後の解析を行うために必要なさらなる処理を施してもよい。例えば、DNAのシーケンシングやフラグメント解析のために、精製したPCR産物を、適切なバッファー溶液へと調製したり、PCR増幅されたDNAに含まれるPCRプライマー領域を切断したり、増幅されたDNAにアダプター配列をさらに付加したりしてもよい。例えば、精製したPCR産物をバッファー溶液へと調製し、増幅DNAに対してPCRプライマー配列の除去及びアダプターライゲーションを行い、得られた反応産物を、必要に応じて増幅して、各種解析のためのライブラリーを調製することができる。これらの操作は、例えば、SuperScript(登録商標)VILO cDNA Synthesis kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)に付属している5×VILO RT Reaction Mix、及びIon AmpliSeq Transcriptome Human Gene Expression Kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)に付属している5×Ion AmpliSeq HiFi Mix、及びIon AmpliSeq Transcriptome Human Gene Expression Core Panelを用いて、各キット付属のプロトコルに従って行うことができる。
【0031】
本発明による核酸増幅方法は、RNAを用いる各種の解析又は診断に応用することができる。好ましくは、本発明の方法は、マルチプレックスPCRを応用することができるあらゆる解析、例えば、遺伝子発現解析、トランスクリプトーム解析、被験体の機能解析、疾患の診断、被験体に投与した薬物の効能評価などの、遺伝子の網羅的解析又は特定の遺伝子を標的とした発現解析に用いることができる。
【0032】
本発明の例示的実施形態として、以下の物質、製造方法、用途、方法等をさらに本明細書に開示する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0033】
〔1〕核酸増幅方法であって、
サンプルRNAから逆転写によりcDNAを合成すること;及び、
該cDNAをマルチプレックスPCRにより増幅すること、
を含み、該逆転写及び該マルチプレックスPCRが、一本鎖核酸結合タンパク質の存在下で行われ、該一本鎖核酸結合タンパク質が、T4GP32又はその改変体である、
方法。
〔2〕好ましくは、前記T4GP32又はその改変体が、配列番号1のアミノ酸配列又は当該配列と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつ一本鎖核酸に結合するタンパク質である、〔1〕記載の方法。
〔3〕前記逆転写が、
好ましくは、オリゴdTプライマー、ランダムプライマー、又はそれらの混合物を含む反応液中で行われ、
より好ましくは、ランダムプライマーを含む反応液中で行われる、
〔1〕又は〔2〕記載の方法。
〔4〕好ましくは、前記サンプルRNAが皮膚表上脂質由来RNAである、〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載の方法。
〔5〕前記逆転写と前記マルチプレックスPCRの反応液中における前記一本鎖核酸結合タンパク質の初期濃度が、好ましくは1μg/mL以上、より好ましくは5μg/mL以上、さらに好ましくは7μg/mL以上であり、他方、好ましくは100μg/mL以下、より好ましくは20μg/mL以下、さらに好ましくは15μg/mL以下であるか、あるいは、好ましくは1~100μg/mL、より好ましくは5~20μg/mL、さらに好ましくは7~15μg/mLである、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
【0034】
〔6〕一本鎖核酸結合タンパク質を有効成分とする、マルチプレックスRT-PCRの収量改善剤であって、該一本鎖核酸結合タンパク質がT4GP32又はその改変体であり、かつ逆転写及びマルチプレックスPCRの両方の反応液に添加される、改善剤。
〔7〕好ましくは、前記T4GP32又はその改変体が、配列番号1のアミノ酸配列又は当該配列と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつ一本鎖核酸に結合するタンパク質である、〔6〕記載の改善剤。
〔8〕前記逆転写が
好ましくは、オリゴdTプライマー、ランダムプライマー、又はそれらの混合物を含む反応液中で行われ、
より好ましくは、ランダムプライマーを含む反応液中で行われる、
〔6〕又は〔7〕記載の改善剤。
〔9〕好ましくは、皮膚表上脂質由来RNAを用いたマルチプレックスRT-PCRの収量を改善する、〔6〕~〔8〕のいずれか1項記載の改善剤。
〔10〕前記逆転写及びマルチプレックスPCRの反応液中における前記一本鎖核酸結合タンパク質の初期濃度が、好ましくは1μg/mL以上、より好ましくは5μg/mL以上、さらに好ましくは7μg/mL以上であり、他方、好ましくは100μg/mL以下、より好ましくは20μg/mL以下、さらに好ましくは15μg/mL以下であるか、あるいは、好ましくは1~100μg/mL、より好ましくは5~20μg/mL、さらに好ましくは7~15μg/mLである、〔6〕~〔9〕のいずれか1項記載の改善剤。
〔11〕好ましくは、マルチプレックスRT-PCRの感度及び収量を改善する、〔6〕~〔10〕のいずれか1項記載の改善剤。
【0035】
〔12〕マルチプレックスRT-PCRの収量改善のための一本鎖核酸結合タンパク質の使用であって、該一本鎖核酸結合タンパク質がT4GP32又はその改変体であり、かつ逆転写及びマルチプレックスPCRの両方の反応液に添加される、使用。
〔13〕好ましくは、前記T4GP32又はその改変体が、配列番号1のアミノ酸配列又は当該配列と少なくとも90%配列同一なアミノ酸配列からなり、かつ一本鎖核酸に結合するタンパク質である、〔12〕記載の使用。
〔14〕前記逆転写が
好ましくは、オリゴdTプライマー、ランダムプライマー、又はそれらの混合物を含む反応液中で行われ、
より好ましくは、ランダムプライマーを含む反応液中で行われる、
〔12〕又は〔13〕記載の使用。
〔15〕好ましくは、前記一本鎖核酸結合タンパク質が皮膚表上脂質由来RNAを用いたマルチプレックスRT-PCRの収量改善のために使用される、〔12〕~〔14〕のいずれか1項記載の使用。
〔16〕前記逆転写及びマルチプレックスPCRの反応液中における前記一本鎖核酸結合タンパク質の初期濃度が、好ましくは1μg/mL以上、より好ましくは5μg/mL以上、さらに好ましくは7μg/mL以上であり、他方、好ましくは100μg/mL以下、より好ましくは20μg/mL以下、さらに好ましくは15μg/mL以下であるか、あるいは、好ましくは1~100μg/mL、より好ましくは5~20μg/mL、さらに好ましくは7~15μg/mLである、〔12〕~〔15〕のいずれか1項記載の使用。
〔17〕好ましくは、前記一本鎖核酸結合タンパク質がマルチプレックスRT-PCRの感度及び収量改善のために使用される、〔12〕~〔16〕のいずれか1項記載の使用。
【実施例】
【0036】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0037】
実施例1 マルチプレックスPCRに対するT4GP32の効果
1)SSLからのRNA抽出
健常な成人女性又は男性それぞれ1名を被験者とした。あぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3Mジャパン)を用いて、被験者の顔全体から皮脂を回収した。皮脂を含む該あぶら取りフィルムは、まとめてガラスバイアルに移し、RNA精製まで-80℃で保存した。該あぶら取りフィルムに含まれるSSL中RNAを精製した。該あぶら取りフィルムを適当な大きさに切断し、QIAzol(登録商標)Lysis Reagent(QIAGEN)を用いて該フィルムからRNAを含む水相を回収した。回収した水相から、RNeasy(登録商標)(QIAGEN)に付属のプロトコルに準じてRNAを抽出した。
【0038】
2)逆転写及びマルチプレックスPCR
抽出されたRNAから、SuperScript(登録商標)VILO cDNA Synthesis kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて42℃、30分間逆転写を行い、cDNAを合成した。逆転写反応のプライマーには、キットに付属しているランダムプライマーを使用した。得られたcDNAからマルチプレックスPCRにより、20802遺伝子に由来するDNAを含むライブラリーを調製した。マルチプレックスPCRは、Ion AmpliSeq Transcriptome Human Gene Expression Kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて、PCR改善剤と共に[99℃、2分→(99℃、15秒→60℃、16分)×20サイクル→4℃、Hold]の条件で行った。PCR改善剤としては、既報(非特許文献1、2)に従い、BSA(lyophilized powder,essentially IgG-free,low endotoxin,BioReagent,suitable fwor sell culture)(Sigma aldrich、カタログ番号:A2058)、ベタイン塩酸塩(富士フィルム和光純薬株式会社)、及びT4GP32(NEW ENGLAND BioLabs Inc.)を表1記載の濃度で用いた。調製したライブラリーのPCR産物濃度をTapeStation(アジレント・テクノロジー株式会社)とHigh Sensitivity D1000 ScreenTape(アジレント・テクノロジー株式会社)を用いて測定した。対照(PCR改善剤未添加)に対するPCR産物の相対収量を求めた。
【0039】
3)結果
PCR改善剤存在下でのPCR産物の相対収量を表1に示す。なお、表1中、BSAとベタインの結果は女性被験者由来のSSL中RNA、T4GP32の結果は男性被験者由来のSSL中RNAを用いた場合の結果である。T4GP32を添加した場合、対照に対するPCR産物の相対収量は1.41に増加した。一方、BSA又はベタインを添加した場合、対照ではPCR産物が検出されたのに対して、PCR産物は検出限界以下に減少した。既報(非特許文献3、4)では、RT後のPCR系にT4GP32を添加しても明らかな収量の増加はみられないことが報告されているが、本発明のような複数領域を対象とするマルチプレックスPCRの場合には、T4GP32の添加が反応の感度及び収量に顕著な効果を奏すると推測された。
【0040】
【0041】
実施例2 逆転写及びマルチプレックスPCRに対するT4GP32の効果
1)逆転写及びマルチプレックスPCR
健常な成人男性1名を被験者とした。あぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3Mジャパン)を用いて、被験者の顔全体から皮脂を回収した。該あぶら取りフィルムから実施例1と同様の手順でRNAを抽出した。逆転写は、T4GP32を添加(0.0010w/v%)又は未添加の条件下で実施例1と同様に実施した。マルチプレックスPCRについても、T4GP32(0.0010w/v%)を添加又は未添加の条件下で実施例1と同様に実施し、PCR産物濃度を測定した。対照(逆転写及びPCRでT4GP32未添加)に対するPCR産物の相対収量を求めた。
【0042】
2)結果
結果を表2に示す。逆転写のみにT4GP32を添加した場合、及びマルチプレックスPCRのみにT4GP32を添加した場合には、対照に対する相対収量は、それぞれ1.06と1.41であった。これに対し、逆転写とマルチプレックスPCR双方の行程にT4GP32を添加した場合、相対収量は2.19へと顕著に増加した。
【0043】
【配列表】