(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-27
(45)【発行日】2024-12-05
(54)【発明の名称】Cu-Ni-Al系銅合金板材、その製造方法および導電ばね部材
(51)【国際特許分類】
C22C 9/06 20060101AFI20241128BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20241128BHJP
H01B 1/02 20060101ALI20241128BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241128BHJP
【FI】
C22C9/06
C22F1/08 B
H01B1/02 A
C22F1/00 602
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630F
C22F1/00 661A
C22F1/00 682
C22F1/00 681
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2021012409
(22)【出願日】2021-01-28
【審査請求日】2023-12-01
(73)【特許権者】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】笠谷 周平
(72)【発明者】
【氏名】首藤 俊也
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 宏
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 宏治
(72)【発明者】
【氏名】成枝 宏人
(72)【発明者】
【氏名】菅原 章
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-002042(JP,A)
【文献】国際公開第2020/066371(WO,A1)
【文献】特開2020-079436(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/06
C22F 1/08
H01B 1/02
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Ni:10.0~30.0%、Al:1.0~6.5%、Ag:0~0.5%、B:0~0.1%、Be:0~0.15%、Co:0~2.0%、Cr:0~0.5%、Fe:0~2.0%、Ga:0~0.5%、Ge:0~0.5%、In:0~0.5%、Mg:0~0.5%、Mn:0~2.0%、P:0~0.2%、Si:0~0.8%、Sn:0~2.0%、Ti:0~2.0%、Zn:0~2.0%、Zr:0~0.3%、残部がCuおよび不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式を満たす化学組成を有し、板面のX線回折パターンにおいて下記(2)式のX
A値が1.5×10
-3以上である銅合金板材。
Ni/Al≦9.0 …(1)
ここで、(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量値が代入される。
X
A=I{110}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(2)
ここで、I{110}はNi
3Al型析出物{110}結晶面の回折ピークの積分強度、それ以外の上記I{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi
3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【請求項2】
板面のX線回折パターンにおいて下記(3)式のX
B値が0.20以上である請求項1に記載の銅合金板材。
X
B=I{220}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(3)
ここで、I{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi
3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【請求項3】
板面に平行な観察面において長径1μm以上の粗大析出物粒子の個数密度が3.0×10
4個/mm
2以下である、請求項1または2に記載の銅合金板材。
【請求項4】
板面に平行な観察面において長径5~50nmの微細析出物粒子の個数密度が1.0×10
7個/mm
2以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項5】
圧延方向の引張強さが900MPa以上である、請求項1~4のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項6】
板厚が0.02~0.40mmである請求項1~5のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項7】
質量%で、Ni:10.0~30.0%、Al:1.0~6.5%、Ag:0~0.5%、B:0~0.1%、Be:0~0.15%、Co:0~2.0%、Cr:0~0.5%、Fe:0~2.0%、Ga:0~0.5%、Ge:0~0.5%、In:0~0.5%、Mg:0~0.5%、Mn:0~2.0%、P:0~0.2%、Si:0~0.8%、Sn:0~2.0%、Ti:0~2.0%、Zn:0~2.0%、Zr:0~0.3%、残部がCuおよび不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式を満たす化学組成の鋳片を、1000~1150℃で加熱する工程(鋳片加熱工程)、
最終圧延パスでの圧延温度が800℃以上となる条件で熱間圧延を行う工程(熱間圧延工程)、
冷間圧延を施す工程(冷間圧延工程)
5~25N/mm
2の張力を付与しながら950~1100℃で30~360秒保持したのち、900℃から300℃までの平均冷却速度が80℃/s以上となる条件で冷却する工程(溶体化処理工程)、
300℃から400℃までの平均昇温速度が40℃/h以上となる条件で昇温し、400~650℃で0.1~75時間保持する工程(時効処理工程)、
1パス当たりの圧延率が12%以上の圧延パスを4回以上含むパススケジュールで総圧延率40%以上の冷間圧延を施す工程(最終冷間圧延工程)、
70~150N/mm
2の張力を付与しながら400~700℃で10~600秒保持する工程(最終熱処理工程)、
を上記の順で含む製造工程により、下記(2)式のX
A値が1.5×10
-3以上である板材を得る、銅合金板材の製造方法。
Ni/Al≦9.0 …(1)
ここで、(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量値が代入される。
X
A=I{110}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(2)
ここで、I{110}はNi
3Al型析出物{110}結晶面の回折ピークの積分強度、それ以外の上記I{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi
3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【請求項8】
前記(2)式のX
A値が1.5×10
-3以上であり、かつ下記(3)式のX
B値が0.20以上である板材を得る、請求項7に記載の銅合金板材の製造方法。
X
B=I{220}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(3)
ここで、I{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi
3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【請求項9】
前記最終冷間圧延工程で板厚が0.02~0.40mmである板材を得る、請求項7または8に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項10】
請求項1~6のいずれか1項に記載の銅合金板材を材料に用いた導電ばね部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部品加工時のエッチング速度を改善したCu-Ni-Al系銅合金板材およびその製造方法に関する。また、その板材を用いた導電ばね部材に関する。
【背景技術】
【0002】
Cu-Ni-Al系銅合金は、Ni-Al系の析出物により高強度化が可能であり、また、銅合金のなかでも白銀色に近い金属外観を呈する。この成分系の銅合金は、リードフレーム、コネクタ、VCMアクチュエータ用板ばねなどの導電ばね部材や非磁性高強度部材として有用である。しかし、高強度と、優れた耐変色性を実現するためには多量のNi、Alを含有させる必要がある。そのため、薄肉部品に適した高強度のCu-Ni-Al系銅合金板材では、部品を作製する際に行われるエッチング加工において、エッチング速度が遅く、部品の生産性が低いという問題があった。
【0003】
これまでに、Cu-Ni-Al系銅合金の高強度特性を活かしながら、他の諸特性を改善する検討が種々行われてきた。
例えば、特許文献1には、所定量のSiを含有するCu-Ni-Al系銅合金において、700~1020℃での溶体化処理と400~650℃での時効処理を施す工程により、Siを含むγ’相を平均粒径100nm以下で析出させることにより、高強度、加工性、高導電性に優れる材料を得る技術が示されている。しかし、特許文献1にはエッチング速度の向上に有効な技術は開示されていない。
【0004】
特許文献2には、Cu-Ni-Al系銅合金において、エッチング性に優れた板材の製造技術が開示されている。その製造工程では、溶体化処理時に急速加熱を行い、時効処理後に冷間圧延を施し、その後、昇温速度が過大とならないように仕上熱処理を施す手法が採用されている。これによりKAM値の大きい組織状態となり、平滑性の高いエッチング面が得られるという。また、粗大析出物の生成を低減することも平滑性の高いエッチング面の形成に有効であることが教示されている。しかし、特許文献2に開示の技術ではエッチング速度の向上は不十分である。
【0005】
特許文献3には、Cu-Ni-Al系銅合金において、「強度-曲げ加工性バランス」に優れ、かつ耐変色性にも優れる板材を製造する技術が開示されている。その製造工程では、溶体化処理を施した材料に必要に応じて冷間圧延歪を付与した後、高めの温度域での第1時効処理と、従来一般的な温度域での第2時効処理とを続けて施す手法が採用されている。この2段階の時効処理により粒界反応型の不連続析出が生じにくくなるとともに、強度向上に寄与する微細第二相粒子の粒内析出が十分に起こり、優れた強度-曲げ加工性バランスが実現できるという。しかし、特許文献3にはエッチング速度の向上に有効な技術は開示されていない。
【0006】
特許文献4には、Cu-Ni-Al系銅合金において、高いヤング率を有する板材の製造技術が開示されている。具体的には、中間焼鈍を挟んだ冷間圧延を特定条件で行い、溶体化処理をゆっくりとした昇温速度で行い、かつ圧延率が低めにコントロールされた条件で仕上冷間圧延を行ったのちに時効処理を施すことによって特定の結晶配向が得られ、高いヤング率が実現できるという。しかし、特許文献4にもエッチング速度の向上に有効な技術は開示されていない。
【0007】
特許文献5には、Ni含有量15重量%以下、Al含有量2重量%以下のCu-Ni-Al系銅合金において、強度と曲げ加工性を改善する技術が開示されている。しかし、エッチング速度については言及がない。特許文献5の技術では、特にNiやAlを更に多量に含有する高強度、耐変色性に優れたCu-Ni-Al系銅合金において、エッチング速度の低下が問題となり得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2012/081573号
【文献】特開2019-2042号公報
【文献】特開2020-50923号公報
【文献】特開2020-79436号公報
【文献】特開平5-320790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
Cu-Ni-Al系銅合金の板材はコネクタ等の導電ばね部材に有用であるが、エッチング速度が遅いという問題があった。本発明は、エッチング速度を改善したCu-Ni-Al系銅合金板材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
Cu-Ni-Al系銅合金では、L12型規則構造のNi3Al系金属間化合物(以下、「Ni3Al型析出物」と呼ぶことがある。)を主体とするNi-Al系析出物が、板材の製造中に生成する。その析出物のうち、特に長径が5~50nmの微細析出物粒子は高強度化に寄与するものであるが、長径が50nmを超えるサイズの析出物粒子も多数生成する。Cu-Ni-Al系銅合金板材のエッチング速度を向上させるためには、(i)エッチング液に対する母相(金属素地)の溶解速度が大きいこと、(ii)エッチング中にNi-Al系析出物の母相からの脱離が起こりやすいこと、が重要となる。発明者らの研究によれば、これら(i)(ii)を実現するには、板面(圧延面)に対するNi-Al系析出物の結晶配向ができるだけ一定方向に揃っており、かつ、規則度の高い(すなわちL12型規則構造にできるだけ近い原子配列を有する)Ni-Al系析出物が、できるだけ多量に存在することが、極めて有利である。そして、そのような金属組織は、後述の(2)式によるX線回折強度比XA値によって特定できることがわかった。また、そのような金属組織を有する板材は、製造条件を厳しく制御することによって工業的に製造できることが確認された。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0011】
本明細書において、「板材」とは金属の展性を利用して成形されたシート状の金属材料を意味する。薄いシート状の金属材料は「箔」と呼ばれることもあるが、そのような「箔」もここでいう「板材」に含まれる。コイル状に巻き取られた長尺のシート状金属材料も「板材」に含まれる。本明細書ではシート状の金属材料の厚さを「板厚」と呼んでいる。また、「板面」とは板材の板厚方向に対して垂直な表面である。「板面」は「圧延面」と呼ばれることもある。
【0012】
上記目的は、質量%で、Ni:10.0~30.0%、Al:1.0~6.5%、Ag:0~0.5%、B:0~0.1%、Be:0~0.15%、Co:0~2.0%、Cr:0~0.5%、Fe:0~2.0%、Ga:0~0.5%、Ge:0~0.5%、In:0~0.5%、Mg:0~0.5%、Mn:0~2.0%、P:0~0.2%、Si:0~0.8%、Sn:0~2.0%、Ti:0~2.0%、Zn:0~2.0%、Zr:0~0.3%、残部がCuおよび不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式を満たす化学組成を有し、板面のX線回折パターンにおいて下記(2)式のXA値が1.5×10-3以上である銅合金板材によって達成される。
Ni/Al≦9.0 …(1)
ここで、(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量値が代入される。
XA=I{110}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(2)
ここで、I{110}はNi3Al型析出物{110}結晶面の回折ピークの積分強度、それ以外の上記I{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【0013】
上記の板材は、下記(3)式によるX線回折強度比XB値が例えば0.20以上である。
XB=I{220}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(3)
ここで、I{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【0014】
上記銅合金板材において、板面に平行な観察面において長径1μm以上の粗大析出物粒子の個数密度が3.0×104個/mm2以下であることが好ましい。
板面に平行な観察面において長径5~50nmの微細析出物粒子の個数密度が1.0×107個/mm2以上であることが好ましい。
圧延方向の引張強さは900MPa以上であることが好ましい。
上記銅合金板材の板厚は例えば0.02~0.40mmである。
【0015】
上記銅合金板材は、以下の製造方法によって得ることができる。
上記の化学組成を有する鋳片を、1000~1150℃で加熱する工程(鋳片加熱工程)、
最終圧延パスでの圧延温度が800℃以上となる条件で熱間圧延を行う工程(熱間圧延工程)、
冷間圧延を施す工程(冷間圧延工程)
5~25N/mm2の張力を付与しながら950~1100℃で30~360秒保持したのち、900℃から300℃までの平均冷却速度が80℃/s以上となる条件で冷却する工程(溶体化処理工程)、
300℃から400℃までの平均昇温速度が40℃/h以上となる条件で昇温し、400~650℃で0.1~75時間保持する工程(時効処理工程)、
1パス当たりの圧延率が12%以上の圧延パスを4回以上含むパススケジュールで総圧延率40%以上の冷間圧延を施す工程(最終冷間圧延工程)、
70~150N/mm2の張力を付与しながら400~700℃で10~600秒保持する工程(最終熱処理工程)、
を上記の順で含む製造工程により、上記(2)式のXA値が1.5×10-3以上である板材を得る、銅合金板材の製造方法。
また、上記(3)式によるX線回折強度比XB値が0.20以上である板材としてもよい。
【0016】
前記最終冷間圧延工程で得る板材の板厚は、例えば0.02~0.40mmとすることができる。
【0017】
また本発明では、上記の銅合金板材を材料に用いた導電ばね部材が提供される。
【0018】
上記(2)式のX線回折強度比XA値は以下のようにして求めることができる。
[X線回折強度比XA値の求め方]
板面(圧延面)について、X線回折装置により、Cu-Kα線、管電圧30kV、管電流10mA、測定ステップ0.04°、1ステップ当たりの測定時間1秒の条件で、回折角2θが30~150°である範囲を含むX線回折パターンを測定する。ただし、得られたX線回折パターンのS/N比が1.5未満であった場合は、1ステップ当たりの測定時間を10秒として測定する。ここでS/N比とは、Kα2線除去後の{110}ピークのピーク強度をシグナル(単位:cps)、2θが110~115°の範囲におけるX線強度の最大値と最小値の差をノイズ(単位:cps)として、シグナルをノイズで除した値である。測定は板厚方向を回転軸として、試料を30回転/分で回転させながら実施する。得られたX線回折パターンのデータに基づき、X線回折パターン解析ソフトウェアにより、Kα2線を除去したのちに擬フォークト(Pseudo Voigt)関数でフィッティングし、各{hkl}ピークの積分強度I{hkl}を求める。各I{hkl}の値を下記(2)式に代入し、X線回折強度比XA値を算出する。
XA=I{110}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(2)
ここで、金属素地である母相と、L12型規則構造のNi3Al金属間化合物とは、格子定数のミスフィットが約0.75%と小さいことから、X線回折パターンにおいて両者の{hkl}回折ピークはそれぞれ重畳して現れる。ただし、母相はfcc構造(面心立方格子)であるからh、k、lの指数に偶数と奇数が混在する結晶面については回折ピークが現れない。そのため、当該X線回折パターンに現れる{110}ピークは析出物のみからの回折ピークである。すなわち、上記(2)式において、I{110}はNi3Al型析出物{110}結晶面の回折ピークの積分強度、それ以外のI{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【0019】
上記(3)式のX線回折強度比XB値は、上掲の「X線回折強度比XA値の求め方」に準じた方法により求めることができる。
【0020】
参考のため、表1に、Cu-Ni-Al系銅合金の母相(fcc)とNi3Al金属間化合物(L12)について、Cu-Kα線による回折角2θの計算値を例示する。
【0021】
【0022】
「長径1.0μm以上の粗大析出物粒子の個数密度」および「長径5~50nmの微細析出物粒子の個数密度」は、それぞれ以下のようにして求めることができる。
【0023】
[粗大析出物粒子の個数密度の求め方]
板面を下記の電解研磨条件で電解研磨してCu素地のみを溶解させることにより析出物粒子を露出させたのちエタノール中で20分間の超音波洗浄を施して得た観察面について、FE-SEM(電界放出形走査電子顕微鏡)により倍率2000倍で観察し、FE-SEM画像上に観測される長径1.0μm以上の析出物粒子の総個数を観察総面積(mm2)で除した値を、粗大析出物粒子の粒子個数密度(個/mm2)とする。ここで長径とは、FE-SEM画像上の析出物粒子の外縁上の任意の2点を結ぶ線分の中で、最も長い線分の長さである。観察は無作為に設定した重複しない20以上の視野について実施する。観察視野から一部がはみ出している析出物粒子は、観察視野内に現れている部分の長径が1.0μm以上であればカウント対象とする。
(電解研磨条件)
・電解液:蒸留水、リン酸、エタノール、2-プロパノールを10:5:5:1で混合
・液温:20℃
・電圧:15V
・電解時間:20秒
【0024】
[微細析出物粒子の個数密度の求め方]
板面を下記電解研磨条件で電解研磨したのちエタノール中で20分間の超音波洗浄を施して得た観察面について、FE-SEM(電界放出形走査電子顕微鏡)により倍率10万倍で観察し、長径1.0μm以上の粒子の一部または全部が視野中に含まれない観察視野を無作為に設定する。その観察視野について、粒子の輪郭全体が見えている粒子のうち長径が5~50nmである析出物粒子の数をカウントする。この操作を領域が重複しない10以上の観察視野について行い、観察した全視野での前記カウント数の合計NTOTALを観察視野の総面積で除した値を、1mm2あたりの個数に換算し、これを微細析出物粒子の個数密度(個/mm2)とする。
(電解研磨条件)
・電解液:蒸留水、リン酸、エタノール、2-プロパノールを10:5:5:1で混合
・液温:20℃
・電圧:15V
・電解時間:20秒
【0025】
ある板厚t0(mm)からある板厚t1(mm)までの圧延率は、下記(4)式により求まる。
圧延率(%)=[(t0-t1)/t0]×100 …(4)
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、白色調の金属外観を呈する組成域の高強度Cu-Ni-Al系銅合金板材において、エッチング速度を従来よりも顕著に向上させることができた。
【発明を実施するための形態】
【0027】
[化学組成]
本発明では、Cu-Ni-Al系銅合金を対象とする。以下、合金成分に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0028】
Niは、CuとともにCu-Ni-Al系銅合金のマトリックス(金属素地)を構成する主要な元素である。また、合金中のNiの一部はAlと結合してNi-Al系析出物を形成し、その微細な粒子は強度の向上に寄与する。十分な強度を得るためには10.0%以上のNi含有量を確保することが望ましい。また、Ni含有量の増大に伴って、他の一般的な銅合金と比べ白色調の金属外観を呈するようになる。ただし、他の銅合金と同様、高湿環境に曝されると金属表面に薄い酸化皮膜が形成され、外観として判る程度に変色することがある。その場合、美麗な白色外観が損なわれる。特に耐変色性を重視する場合、Ni含有量を12.0%以上と高くし、かつAl含有量を後述のように確保することがより好ましい。15.0%以上のNi含有量とすることがより効果的である。一方、Ni含有量が多くなると熱間加工性が悪くなる。Ni含有量は30.0%以下に制限され、25.0%以下に制限してもよい。また、Ni含有量を18.0%以上22.0%以下に管理してもよい。
【0029】
Alは、Ni-Al系析出物を形成する元素である。Al含有量が少なすぎると強度向上が不十分となる。一方、Al含有量が過大になると熱間加工性が悪くなる。また、Ni含有量の増加に伴ってAl含有量も増加させることによって、耐変色性を改善することができる。種々検討の結果、Al含有量は1.0~6.5%の範囲とし、かつ下記(1)式を満たすNi/Al比とする必要がある。下記(1)’式を満たすことがより好ましい。
Ni/Al≦9.0 …(1)
2.0≦Ni/Al≦8.0 …(1)’
ここで、(1)式、(1)’式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量値が代入される。
【0030】
その他の元素として、必要に応じてAg、B、Be、Co、Cr、Fe、Ga、Ge、In、Mg、Mn、P、Si、Sn、Ti、Zn、Zr等を含有させることができる。これらの元素の含有量範囲は、Ag:0~0.5%、B:0~0.1%、Be:0~0.15%、Co:0~2.0%、Cr:0~0.5%、Fe:0~2.0%、Ga:0~0.5%、Ge:0~0.5%、In:0~0.5%、Mg:0~0.5%、Mn:0~2.0%、P:0~0.2%、Si:0~0.8%、Sn:0~2.0%、Ti:0~2.0%、Zn:0~2.0%、Zr:0~0.3%である。また、これら任意添加元素の総量は2.0%以下とすることが望ましく、1.2%以下、あるいは1.0%以下、更には0.5%以下としてもよい。
【0031】
[X線回折強度比XA値]
本発明の銅合金板材は、下記(2)式に従うX線回折強度比XA値が1.5×10-3以上であることを要件とする。
XA=I{110}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(2)
ここで、I{110}は上述のようにNi3Al型析出物{110}結晶面の回折ピークの積分強度、それ以外の上記I{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【0032】
発明者らの研究によれば、Cu-Ni-Al系銅合金の板材では、上記XA値が1.5×10-3以上である組織状態に調整されている場合において、エッチング性の顕著な向上が認められることがわかった。XA値は2.0×10-3以上であることがより好ましく、2.5×10-3以上であることが更に好ましい。5.0×10-3以上であることがより効果的である。XA値の上限については特に制限しないが、本発明規定の組成において、XA値は例えば50.0×10-3以下の範囲で制御すれば十分である。
【0033】
本発明に従うCu-Ni-Al系銅合金板材では、上記のXA値が従来のものより高くなっている。XA値が高くなる要因としては以下のことが挙げられる。
(a)Ni-Al系析出物の生成量自体が多い。
(b)生成しているNi-Al系析出物は、Ni3Al型析出物{110}結晶面の板面(圧延面)への配向度合いが大きい。
(c)規則度の高い(すなわちL12型規則構造にできるだけ近い原子配列を有する)Ni-Al系析出物粒子が多い。
【0034】
Cu-Ni-Al系銅合金板材のエッチングは、主として「母相の溶解」と「析出物の脱離」によって進行すると考えられる。発明者らは、XA値を高める上記(a)~(c)の要因について、以下のような作用によってエッチング速度の向上に寄与しているものと推察している。
(a)について
析出物の量が多いことは、母相中に固溶している溶質原子(Ni、Al)の量が少なくなっていることを意味する。Cu-Ni-Al系銅合金のエッチング速度が遅い大きな原因の1つに、母相中の溶質原子濃度が高いことが挙げられる。母相中の溶質原子の量が少なくなっていることは、母相の溶解速度向上に有利に働く。また、析出物の量が多いことは、「析出物の脱離」によるエッチングの促進にも有効となる。
(b)について
析出物の結晶方位が、母相から比較的脱離しやすい一定方向に揃っていると、エッチング速度の向上に有利になると考えられる。発明者らは、Ni3Al型析出物{110}結晶面の板面(圧延面)への配向度合いが大きいことが、析出物の脱離を促進させる一因になっているのではないかと考えている。
(c)について
析出物の規則度が低いと、析出物の特性が母相のそれに近づき、析出物が母相から脱離しにくくなると推測される。そのため、析出物の規則度が高いことは、析出物の脱離促進に寄与すると考えられる。
【0035】
[X線回折強度比XB値]
上述のXA値は、析出物の量や結晶配向に関連する指標である。これとは別に、母相(金属素地)の結晶配向、すなわち集合組織を特定するための指標として、下記(3)式によるX線回折強度比XB値を挙げることができる。
XB=I{220}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311}+I{331}+I{420}) …(3)
ここで、I{hkl}は母相{hkl}結晶面の回折ピークとNi3Al型析出物{hkl}結晶面の回折ピークが重畳した回折ピークの積分強度である。
【0036】
本発明に従うCu-Ni-Al系銅合金板材では、通常、上記XB値が0.20以上である組織状態が得られている。Ni3Al型析出物は、母相とのミスフィット(格子定数の差)が小さいことから、サイズの大きいNi3Al型析出物も母相との整合性が高いと考えられる。上述のXA値を所定以上に高める上で、母相{110}面の板面(圧延面)への配向が大きいことは、有利に働くと推察される。母相{110}面の配向は、X線回折パターンでは母相{220}面の相対的な回折強度I{220}によって把握される。それを表す指標が(3)式により定まるX線回折強度比XB値である。XB値は0.20以上であればよく、0.30以上であることがより好ましい。本発明で規定する組成の板材では、通常、XB値は0.80以下の範囲となる。
【0037】
参考のため、後述の実施例のNo.4で得られた本発明の板材のX線回折パターンから算出した、各回折ピークの積分強度を例示すると、以下の通りである。
結晶面指数 回折ピークの積分強度
{110} 63.5
{111} 485.1
{200} 42.1
{220} 1565.8
{311} 70.5
{331} 506.2
{420} 158.1
この例では、X線回折強度比XA値=63.5/(485.1+42.1+1565.8+70.5+506.2+158.1)≒22.5×10-3と算出される。
また、X線回折強度比XB値=1565.8/(485.1+42.1+1565.8+70.5+506.2+158.1)≒0.55と算出される。
【0038】
[長径1.0μm以上の粗大析出物粒子の個数密度]
エッチング加工によって平滑性の高いエッチング面を形成するためには、粗大な析出物の存在量ができるだけ少ないことが有利となる。具体的には、長径1.0μm以上の粗大析出物粒子の存在密度が3.0×104個/mm2以下であることが好ましく、1.0×104個/mm2以下であることがより好ましい。
【0039】
[長径5~50nmの微細析出物粒子の個数密度]
高強度のCu-Ni-Al系銅合金板材を実現するためには、板面に平行な観察面において長径5~50nmの微細析出物粒子の個数密度が1.0×107個/mm2以上であることが好ましく、2.0×107個/mm2以上であることがより好ましい。高強度化を特に重視する場合は、長径5~50nmの微細析出物粒子の個数密度を4.0×107個/mm2以上とすることが効果的であり、6.0×107個/mm2以上とすることが更に効果的である。ただし、多量の微細析出物粒子を存在させるためには組成や製造条件の制約が厳しくなる。長径5~50nmの微細析出物粒子の個数密度は、通常、15.0×107個/mm2以下の範囲で調整すればよい。
【0040】
[引張強さ]
高強度の通電ばね部材の用途に適用するためには、圧延方向の引張強さが900MPa以上であることが好ましく、1000MPa以上であることがより好ましい。圧延方向の引張強さを1300MPa以上に調整することも可能である。
【0041】
[製造方法]
以上説明した銅合金板材は、例えば以下のような製造工程により作ることができる。
鋳造→鋳片加熱→熱間圧延→冷間圧延→(中間焼鈍→冷間圧延)→溶体化処理→時効処理→最終冷間圧延→最終熱処理
なお、上記工程中には記載していないが、熱間圧延後には必要に応じて面削が行われ、各熱処理後には必要に応じて酸洗、研磨、あるいは更に脱脂が行われる。以下、各工程について説明する。
【0042】
[鋳造]
連続鋳造、半連続鋳造等により鋳片を製造すればよい。Alの酸化を防止する観点から、チャンバー内で不活性ガス雰囲気下または真空下での溶解を行うことが好ましい。
【0043】
[鋳片加熱]
鋳片を1000~1150℃で加熱保持する。その温度範囲での加熱保持時間は1.5時間以上とすることが効果的であり、2~5時間の範囲とすることがより好ましい。その後、炉から抽出して熱間圧延を行う。
【0044】
[熱間圧延]
熱間圧延では、最終パスの圧延温度を800℃以上とする。各圧延パスの温度は、その圧延パスでワークロールから出た直後の材料の表面温度によって表すことができる。上述の鋳片加熱と、800℃以上での熱間圧延により、粗大な第二相(Ni-Al系析出相)の存在量を低減することができ、最終的に粗大析出物の個数密度が少ない板材とすることができる。また、この段階での粗大な第二相の低減は、最終的な板材において、十分に高い上記XA値を実現するためにも有効である。量産現場の操業において800℃以上の最終パス圧延温度を安定して実現する観点から、熱間圧延後の板厚(仕上板厚)は例えば5~20mmの範囲とすることが好ましく、7~20mmの範囲とすることがより好ましい。
【0045】
[冷間圧延]
溶体化処理の前に、冷間圧延を施し、板厚を調整しておくことが望ましい。必要に応じて「中間焼鈍→冷間圧延」の工程を1回または複数回加えてもよい。溶体化処理前に行う冷間圧延での圧延率(中間焼鈍を行う場合は最後の中間焼鈍後の冷間圧延での圧延率)は例えば80%以上とすることができる。圧延率の上限は、ミルの能力に応じて、例えば99.5%以下の範囲で設定すればよい。このようにして、溶体化処理に供するための中間製品板材を用意することができる。溶体化処理に供する材料の板厚は例えば0.20~0.60mmとしておくことが好ましい。
【0046】
[溶体化処理]
本発明における溶体化処理では、第二相として存在しているNi、Alを十分に固溶させるとともに、適度な残留応力を導入させる。この残留応力の導入は、その後の時効処理工程で、Ni3Al型析出物{110}結晶面が圧延面と概ね平行となっている析出物粒子(以下これを「{110}//圧延面の析出物粒子」と言う。)の生成を容易にする作用を発揮する。十分な溶体化と適度な残留応力の導入のために、本発明では、所定範囲の張力を付与した状態で比較的高温域での溶体化を行い、その後、急速に冷却させるという、厳密な条件制御にて溶体化処理を行う。
【0047】
具体的には、950~1100℃の温度域に材料が保持される時間を30~360秒とし、かつ、この加熱保持中の材料に5~25N/mm2の張力を付与する。張力は、例えば連続熱処理炉を通板させながら加熱ゾーンの両端にあるブライドルロールの駆動力によって制御することができる。張力の方向は圧延方向となる。上記のような高温域に加熱すると、保持時間が比較的短くても第二相を十分に固溶させることができる。張力が低すぎると残留応力が不足し、時効処理工程で{110}//圧延面の析出物粒子を十分に生成させることができない。張力が高すぎると残留応力が過大となり、続く時効処理工程で{110}//圧延面の析出物粒子を安定して十分に生成できない場合がある。また、加熱保持の後は、900℃から300℃までの平均冷却速度が80℃/s以上となる条件で冷却する。この冷却速度が遅すぎると、冷却過程において析出粒子の核生成および成長が必要以上に生じてしまい、この場合も続く時効処理工程で{110}//圧延面の析出物粒子を十分に生成させることが難しくなる。
【0048】
[時効処理]
溶体化処理に続き、時効処理を施す。この時効処理では、溶体化処理によって導入した残留応力が回復する前に析出温度に到達させるために300℃から400℃までの平均昇温速度を40℃/h以上とする。その後、400~650℃で0.1~75時間保持したのち、冷却する。これにより、析出物の方位を制御することができ、{110}//圧延面の析出物粒子に富んだ時効組織を実現することができる。
【0049】
この時効処理を終えた段階では、従来の製法と比較して、XA値は向上しているものの、十分なエッチング速度の向上を達成するには不十分である。この後、最終冷間圧延、最終熱処理を実施することで、XA値を更に高め、エッチング速度の更なる向上を図る。
【0050】
[最終冷間圧延]
時効処理後に、最終的な目標板厚まで冷間圧延を行う。この冷間圧延を本明細書では「最終冷間圧延」と呼ぶ。最終冷間圧延後の板厚は、例えば0.02~0.40mmの範囲で調整することが好ましい。板厚0.25mm以下の範囲に設定してもよい。0.10mm以下の非常に薄い板材を得ることもできる。
【0051】
最終冷間圧延工程で析出物粒子の{110}//圧延面配向化を十分に進行させるためには、1パス当たりの圧延率が12%以上の圧延パスを4回以上含むパススケジュールで総圧延率40%以上の冷間圧延を施すことが効果的である。この手法により析出物粒子の{110}//圧延面配向化が効率良く進行するものと推察される。この配向化が不十分であると、続く最終熱処理において、XA値の十分な向上が難しくなる場合がある。総圧延率の上限は、ミルの能力に応じて、例えば99%以下の範囲で設定すればよい。
【0052】
[最終熱処理]
最終冷間圧延を終えた板材に対し最終熱処理を施し、XA値の更なる向上を図る。この熱処理は、70~150N/mm2の張力を付与しながら400~700℃で10~600秒保持する条件で行う。張力は、例えば連続熱処理炉を通板させながら加熱ゾーンの両端にあるブライドルロールの駆動力によって制御することができる。上記所定の張力付与によって、{110}//圧延面の析出物粒子が多数生成するものと考えられ、最終的に、(2)式によるXA値が十分に高い組織状態が得られる。またXA値の制御に加えて、最終熱処理による形状矯正効果を得るためにも、厳密な張力の制御が必要である。上記所定の張力を付与することにより、精密部品に加工したときに高い寸法精度が得られる性質を具備した、形状の良好な薄板材を得ることができる。
【0053】
以上のようにして得られた本発明に従う板材を素材として、エッチングを含む加工を施し、寸法精度の高い導電ばね部材を効率良く得ることができる。
【実施例】
【0054】
表2に示す化学組成の銅合金を溶製し、縦型半連続鋳造機を用いて鋳造した。得られた鋳片を表3、表4に示す温度、時間で加熱保持したのち抽出して、熱間圧延を施し、水冷した。トータルの熱間圧延率は75~98%である。最終パスの圧延温度および熱間圧延後の仕上板厚は表3、表4中に示してある。熱間圧延で割れが生じた一部の例(No.36、37、38)では、その時点で製造を中止した。
熱間圧延後、表層の酸化層を機械研磨により除去(面削)し、表3、表4に示す圧延率の冷間圧延を施した。
【0055】
得られた各冷間圧延材に、加熱ゾーンと強制冷却ゾーンを備える連続式の焼鈍炉を用いて表3、表4に示す条件で溶体化処理を施した。加熱ゾーンでは、加熱ゾーンの両端にあるブライドルロールの駆動力によって材料に所定の張力を付与しながら、所定温度で所定時間保持する加熱を行った。その後、強制冷却ゾーンでファンにより強制対流させた窒素ガスを通板中の板材表面に吹き付ける方式で強制冷却を行った。対流強度の調整により冷却速度をコントロールすることができる。通板中に、強制冷却開始直前の材料表面温度T0(℃)および強制冷却終了直後の材料表面温度T1(℃)を測定した。各例においてT0が900℃以上であり、T1が300℃以下であることが確認された。そこで、上記のT0、T1、および通板速度から定まる冷却曲線に基づき、900℃から300℃までの平均冷却速度を求めた。
【0056】
溶体化処理後には、冷間圧延歪を加えることなく直接、時効処理を施した。時効処理はバッチ式の焼鈍炉を用いて表3、表4に記載の温度で同表に記載の時間保持する条件にて行った。雰囲気は窒素とした。時効処理の昇温時には300℃から400℃までの平均昇温速度をコントロールした。加熱保持後に炉内で300℃より低温となるまで概ね一定の冷却速度で冷却を行った。
次いで、表3、表4に記載の条件で最終冷間圧延を施し、同表に記載の最終板厚とした。表3、表4中の「≧12%パス数」の欄には1パス当たりの圧延率が12%以上である圧延パスの数を記載してある。
その後、加熱ゾーンと強制冷却ゾーンを備える連続式の焼鈍炉を用いて表3、表4に示す条件で最終熱処理を施した。加熱ゾーンでは、加熱ゾーンの両端にあるブライドルロールの駆動力によって材料に所定の張力を付与しながら、所定温度で所定時間保持する加熱を施した。加熱ゾーンを出たのち、強制冷却ゾーンでファンにより強制対流させた窒素ガスを通板中の板材表面に吹き付ける方式で強制冷却を行った。
【0057】
このようにして、表3、表4に示す最終板厚の板材製品(供試材)を得た。各供試材について以下の調査を行った。
【0058】
(X線回折強度比XA値)
前掲の「X線回折強度比XA値の求め方」に従い、各供試材から切り出したサンプル(20mm×20mm)の板面(圧延面)について、X線回折装置(Burker AXS社製、D2 Phaser 2nd Generation)を用いてX線回折パターンを測定した。そのX線回折パターンのCu-Kα2線を除去した後、各{hkl}ピークの積分強度I{hkl}を求め、上記(2)式によりX線回折強度比XA値を求めた。Cu-Kα2線の除去およびS/N比の計算に用いるシグナルの算出には、Burker AXS社製、DIFFRAC.EVA(Ver.4.2.1.10)を使用した。Cu-Kα2線の除去条件は「最大:1、強度比:0.5、最小:0」とした。Kα2線の除去後、2θが30~40°の範囲において、「バックグラウンド」ツールを用いて「曲率:1.000、しきい値:1.000」という条件でバックグラウンドを除去し、「エリアの作成」ツールを用いて{110}ピーク強度(単位:cps)を算出し、シグナルとした。X線回折パターン解析ソフトウェアとして、Burker AXS社製、Topas(Ver.5)を使用した。
Ni3Al型析出物の{110}回折ピークの積分強度I{110}については、Position(初期値:35)、Area(初期値:50)、Cry size L(初期値:10)を変化させ、2θが30°から40°の範囲でPseudo Voigt関数をフィッティングして算出した。バックグラウンド処理は、「Chebychev」と「1/X Bkg」を使用し、「Order」は0とした。フィッティングを5回実行した後のAreaの値をI{110}とした。
その他のI{hkl}については、2θが40°から150°の範囲で、各{hkl}回折ピーク位置をPositionの初期値とし、Cry size Lは200に固定して、PositionとAreaを変化させフィッティングし、算出した。バックグラウンド処理は「Chebychev」を使用し、「Order」は1とした。フィッティングを1回実行した後の、各{hkl}回折ピークのAreaの値を、I{hkl}とした。
【0059】
(X線回折強度比XB値)
上記XA値と同様の手法により、各供試材のX線回折パターンに基づき、上記(3)式によりX線回折強度比XB値を求めた。
【0060】
(粗大析出物粒子の個数密度)
上掲の「粗大析出物粒子の個数密度の求め方」に従い、電解研磨および超音波洗浄により調製した観察面をFE-SEM(日本電子株式会社製;JSM-7200F)により観察し、長径1.0μm以上の粗大析出物粒子の個数密度を求めた。観察は倍率2000倍で、20視野について行った。上記電解研磨は、BUEHLER社製の電解研磨装置(ElectroMet 4)を用いて行った。上記超音波洗浄は、超音波洗浄機「BRANSONIC M2800-J」を用いてエタノール中で20分間行った。
【0061】
(微細析出物粒子の個数密度)
上掲の「微細析出物粒子の個数密度の求め方」に従い、電解研磨および超音波洗浄により調製した観察面をFE-SEM(日本電子株式会社製;JSM-7200F)で観察し、長径が5~50nmである微細第二相粒子の個数密度(個/mm2)を求めた。観察は倍率10万倍で、10視野について行った。上記電解研磨は、BUEHLER社製の電解研磨装置(ELECTROPOLISHER POWER SUPPLUY、ELECTROPOLISHER CELL MODULE)を用いて行った。上記超音波洗浄は、超音波洗浄機「BRANSONIC M2800-J」を用いてエタノール中で20分間行った。
【0062】
(引張強さ)
供試材から圧延方向(LD)の引張試験片(JIS 13号B)を採取し、試験数n=5でJIS Z2241に準拠した引張試験を行い、引張強さを測定した。n=5の平均値を当該供試材の成績値とした。
【0063】
(エッチング速度)
供試材から幅約10mm、長さ約50mmの試験片を切り出し、その表面(圧延面)をスプレー式エッチング装置によりエッチングする試験に供した。エッチング前後の板厚を測定し板厚減少量を求めた。エッチング液はボーメ度が42Bhの塩化第二鉄水溶液である。液温は50℃、スプレー圧は0.15MPa、スプレー時間は板厚減少量が10~50μmの範囲となるように設定した。板厚減少量(μm)をスプレー時間(min)で除した値を、当該供試材のエッチング速度(μm/min)とした。Cu-Ni-Al系銅合金の薄板材において、このエッチング試験でのエッチング速度が例えば12μm/min以上であれば、従来のものと比べエッチング速度の顕著な向上効果が認められると評価できる。
これらの試験結果を表5、表6に示す。
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
本発明例のCu-Ni-Al系銅合金板材はいずれも、X線回折強度比XA値が高く、各比較例のものと比べ、エッチング速度の顕著な向上が認められた。強度レベルも高かった。
【0070】
比較例No.31は溶体化処理において張力が低かった例である。No.32は時効処理での昇温速度が小さかった例である。No.33は最終熱処理での張力が低かった例である。No.34は熱間圧延での最終パス温度が低く、更に溶体化処理において張力が低く、冷却速度が小さかった例である。No.40は溶体化処理での保持時間が短く、時効処理での昇温速度が小さかった例である。No.41は最終冷間圧延で1パス当たりの圧延率が12%以上であるパス数が4パスに満たなかった例である。これらはいずれも、X線回折強度比XA値が低く、エッチング速度の向上は不十分であった。
【0071】
比較例No.35はNi含有量が低かった例である。No.39はAl含有量が低く、Ni/Alの量比が高くなった例である。これらの例では、本発明で規定する適正な製造条件を採用したにもかかわらず十分に高いX線回折強度比XA値が得られず、エッチング速度は低かった。
【0072】
比較例No.36はAl含有量が高かった例である。No.37はNi含有量が高かった例である。No.38は鋳片加熱温度が高すぎた例である。これらの例では、熱間圧延において材料に割れが生じたので、その後の工程へ進めることができなかった。