(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-27
(45)【発行日】2024-12-05
(54)【発明の名称】金属板の曲げ加工方法、金属板用曲げ加工装置および曲げ加工部品
(51)【国際特許分類】
B21D 11/20 20060101AFI20241128BHJP
【FI】
B21D11/20 B
(21)【出願番号】P 2021057395
(22)【出願日】2021-03-30
【審査請求日】2023-11-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】507308902
【氏名又は名称】ルノー エス.ア.エス.
【氏名又は名称原語表記】RENAULT S.A.S.
【住所又は居所原語表記】122-122 bis, avenue du General Leclerc, 92100 Boulogne-Billancourt, France
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100114177
【氏名又は名称】小林 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】宮本 健二
(72)【発明者】
【氏名】三輪 紘敬
(72)【発明者】
【氏名】岩瀬 孝邦
【審査官】石田 宏之
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-284720(JP,A)
【文献】特開平05-131281(JP,A)
【文献】特開2011-073013(JP,A)
【文献】特開平02-089522(JP,A)
【文献】特表2014-512963(JP,A)
【文献】特開昭57-072728(JP,A)
【文献】特開昭63-212070(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106424324(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 11/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板に曲げ加工を施す方法であって、
前記金属板の主面に溝を有する被加工材に対して前記主面の側から前記溝に沿って入熱をすることで入熱側に曲げる熱曲げ工程を有し、
前記熱曲げ工程は、前記被加工材を前記溝の位置で入熱側に曲げるとともに、前記溝表面の金属を溶融して溝開口部を一体化
し且つ前記溝の開口部が消失するように入熱をすることを特徴とする金属板の曲げ加工方法。
【請求項2】
前記熱曲げ工程は、
前記入熱により前記溝表面の金属を溶融させる溝表面溶融行程と、
前記入熱により前記溝およびその近傍への加熱による熱膨張を前記溝の周囲にて拘束させる熱膨張拘束行程と、
前記熱膨張拘束行程の後に、冷却によって前記溝およびその近傍が収縮することで前記金属板を前記溝の位置で入熱側に曲げるとともに前記溝表面溶融行程で溶融された前記溝の開口部が消失するように一体化された曲げ部を形成する曲げ部形成行程と、
を含む請求項1に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項3】
前記溝の曲げ加工前の形状は、前記溝の形成による板厚の減少量が、曲げ加工後における曲げ部の板厚と、該曲げ部にその近傍で連続する被加工材の板厚と、が略同一となる形状である請求項1または2に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項4】
前記溝の表面の横断面形状は、凹曲面形状である請求項1~3のいずれか一項に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項5】
前記曲げ部は、当該曲げ部の内側から順に、切欠きを残さない状態で一体化されている溶融凝固部と、塑性変形部と、を有し、
前記曲げ部での前記塑性変形部の横断面積は、溶融凝固部の横断面積よりも広くなっている、請求項1~4のいずれか一項に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項6】
前記入熱による曲げ加工の前に、工具での押圧による塑性変形で前記金属板の主面に前記溝を形成する溝形成工程を更に含む請求項1~5のいずれか一項に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項7】
前記熱曲げ工程は、前記溝の表面での最も深い凹面から裏面までの前記金属板の厚みを100%とするとき、前記凹面から14%以上86%以下の領域に限って溶融される温度勾配を形成するように前記入熱を行う請求項1~6のいずれか一項に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項8】
前記熱曲げ工程は、前記入熱がレーザ光線によって施され、前記温度勾配を形成するように前記レーザ光線を照射する範囲のフォーカス径または前記溝への加熱温度の制御条件が設定されている請求項7に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項9】
前記熱曲げ工程は、前記溝に対する前記入熱を、同一箇所に複数回に分けて行う請求項1~8のいずれか一項に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項10】
前記熱曲げ工程は、前記溝に対する曲げ加工前の初期板面への前記入熱の方向が、最終的な曲げにより立ち上がる側の面に対して斜め方向内側から入熱する請求項1~8のいずれか一項に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項11】
曲げ加工後、前記曲げ部の板厚が増加される請求項2に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項12】
金属板に曲げ加工を施すための曲げ加工装置であって、
前記金属板の表面に溝が設けられた被加工材に対して該溝に沿って入熱を付与する入熱手段を備え、
前記入熱手段は、前記被加工材を前記溝の位置で入熱側に曲げるとともに、前記溝表面の金属を溶融して溝開口部を一体化
し且つ前記溝の開口部が消失するように入熱を施すことを特徴とする金属板用曲げ加工装置。
【請求項13】
前記金属板の表面に前記溝を形成する溝形成手段を更に備える請求項
12に記載の金属板用曲げ加工装置。
【請求項14】
前記入熱手段による入熱処理を制御する制御手段を更に備え、
前記制御手段は、前記溝形成手段での溝形成情報に基づいて、前記金属板の表面に設けられた溝に沿った入熱処理を実行させる請求項
12または
13に記載の金属板用曲げ加工装置。
【請求項15】
請求項1~
11のいずれか一項に記載の金属板の曲げ加工方法で製造された曲げ加工部品であって、
当該曲げ加工部品は、曲げ部の内側から、切欠きを残さない状態で一体化されている溶融凝固部と、塑性変形部と、をこの順に有することを特徴とする曲げ加工部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車車体用の薄板等の金属板の曲げ加工技術に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の技術として、例えば特許文献1に記載の技術が開示されている。
同文献記載の技術では、ヘミングフランジ部の折曲基部近傍において成形不良(だれ、しゃくれ等)が発生するという問題に対し、フランジ部の曲げ加工に際し、ブランク材の主面の角部内側に、Vノッチを同時に加工して曲げ部のプレス曲げを行っている。これにより、Vノッチを設けて曲げ易くすることで曲げ特性を向上させ、ヘミングフランジ部での成形不良の発生を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、プレス曲げの特性を向上させるために、ブランク材にVノッチを予め設けることにより、以下の(1)、(2)のような問題点が生じる。
(1)曲げ部の板厚が、Vノッチの深さの分だけ減少する。そのため、曲げ部近傍での強度が低下する。
(2)Vノッチの付与部は、曲げ加工後においても切欠きの状態として残存する。そのため、切欠きに応力集中が生じ、亀裂の発生や疲労特性の低下が生じる(特に、高降伏点材料(低靱性)で顕著となる。)。
【0005】
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、曲げによる成形不良を防止または抑制しつつ曲げ部に高強度を得ることができる、金属板の曲げ加工方法、金属板用曲げ加工装置および曲げ加工部品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る金属板の曲げ加工方法は、前記金属板の主面に溝を有する被加工材に対して前記主面の側から前記溝に沿って入熱をすることで入熱側に曲げる熱曲げ工程を有し、前記熱曲げ工程は、前記被加工材を前記溝の位置で入熱側に曲げるとともに、前記溝表面の金属を溶融して溝開口部を一体化するように入熱をすることを特徴とする。
【0007】
また、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る金属板用曲げ加工装置は、金属板に曲げ加工を施すための曲げ加工装置であって、前記金属板の表面に溝が設けられた被加工材に対して該溝に沿って入熱を付与する入熱手段を備え、前記入熱手段は、前記被加工材を前記溝の位置で入熱側に曲げるとともに、前記溝表面の金属を溶融して溝開口部を一体化するように入熱を施すことを特徴とする。
【0008】
また、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る曲げ加工部品は、本発明のいずれか一の態様に係る曲げ加工方法で製造された曲げ加工部品であって、当該曲げ加工部品は、曲げ部の内側から、切欠きを残さない状態で一体化されている溶融凝固部と、塑性変形部と、をこの順に有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、曲げによる成形不良を抑制しつつ高強度を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一態様に係る金属板の曲げ加工方法を実施するための金属板用曲げ加工装置の一実施形態を説明する模式図(a)、(b)であり、同図(a)は、金属板用曲げ加工装置を構成する溝形成装置の模式図、(b)は金属板用曲げ加工装置を構成する入熱装置の模式図である。
【
図2】
図1の金属板用曲げ加工装置を用いた金属板の曲げ加工方法の工程を説明する模式図(a)~(d)であり、同図(a)、(b)は、溝形成工程の模式図、(c)、(d)は入熱工程の模式図である。
【
図3】本発明の一態様に係る金属板の曲げ加工方法による曲げ加工の作用機序を説明する模式図(a)~(c)である。
【
図4】本発明の一態様に係る金属板の曲げ加工方法で曲げ加工が施された曲げ加工部品の曲げ部を構成する組織を説明する横断面の写真であって、同図(a)は曲げ加工前の状態を示し、(b)は曲げ加工後の状態を示している。
【
図5】入熱工程での入熱深さと曲げモーメントとの関係を説明する図(a)~(c)であり、同図(a)は入熱工程での板厚と入熱深さとが対向した位置関係のイメージを模式的に示し、(b)は(a)の要部拡大図を示し、(c)は入熱深さと曲げモーメントとの関係のグラフを示している。
【
図6】入熱工程におけるレーザ光線の入熱深さ並びに走査方向および走査数などの制御パラメータを説明する模式図である。
【
図7】入熱工程におけるレーザ光線の入熱角度の一例を説明する模式図(a)~(c)である。
【
図8】入熱工程におけるレーザ光線の入熱角度の他の例を説明する模式図(a)~(c)である。
【
図9】本発明の一態様に係る金属板の曲げ加工方法で曲げ加工が施された曲げ加工部品の曲げ部の状態を説明する模式図(a)~(c)であって、同図は、
図2の好適例と比べて溝形成工程での溝の形成による板厚の減少量が大きい場合のイメージを示している。
【
図10】本発明の一態様に係る金属板の曲げ加工方法で曲げ加工が施された曲げ加工部品の曲げ部の状態を説明する模式図(a)~(c)であって、同図は、
図2の好適例と比べて溝形成工程での溝の形成による板厚の減少量が小さい場合のイメージを示している。
【
図11】溝形成工程で形成される溝形状の例を説明する模式図(a)~(c)であって、同図(a)は溝表面が凹曲面のイメージを示し、(b)は溝表面が凹矩形面のイメージを示し、(c)は溝表面がV字状の凹面のイメージを示している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態について、図面を適宜参照しつつ説明する。なお、図面は模式的なものである。そのため、厚みと平面寸法との関係、比率等は現実のものとは異なることに留意すべきであり、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれている。
また、以下に示す実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記の実施形態に特定するものではない。
【0012】
[金属板用曲げ加工装置]
まず、本発明の一態様に係る金属板の曲げ加工方法を実施するための金属板用曲げ加工装置の一実施形態について説明する。
本実施形態の曲げ加工装置は、金属板に曲げ加工を施すための金属板用曲げ加工装置であって、
図1に示すように、同図(a)に示す溝形成装置30と、同図(b)に示す入熱装置40と、入熱装置40による入熱処理を制御する制御装置50と、を備える。
【0013】
溝形成装置30は溝形成工程を実施する溝形成手段である。本実施形態の溝形成装置30は、同図(a)に示すように、金属板10の主面11に対向配置されるローラや棒状工具等の押圧工具31を有する。本実施形態の溝形成装置30は、この押圧工具31を主面11との対向方向に昇降可能に且つ主面11に沿った方向に移動可能な移動機構を含んで構成されている。
溝形成装置30は、
図2(a)、(b)に、金属板10の主面11に溝12が塑性変形で加工される状態を示すように、押圧工具31の先端部31sの押圧による塑性変形により、溝開口部が凹部とされた溝形状を金属板10の主面11に形成可能に構成されている。
【0014】
本実施形態の溝形成装置30では、予め設定されている溝形成情報に基づいて、押圧工具31を主面11との対向方向に昇降させるとともに、主面11に沿った方向に移動させて、必要な溝12の形状を金属板10の主面11の必要な箇所に適切に形成可能になっている。これにより、溝形成装置30は、入熱装置40での熱曲げ加工前に、押圧工具31の押圧による塑性変形で、所望する溝12の形状を金属板10の主面11に予め形成できる。
【0015】
入熱装置40は、熱による曲げ加工を実現するための入熱手段である。
図1(b)の例では、入熱装置40として、レーザ照射装置を備える構成例を示している。特に、本実施形態の入熱装置40では、入熱装置40によるレーザ光線Lの入熱処理を制御する制御装置50を備える。制御装置50は、コンピュータを含んで構成された制御手段である。
入熱装置40は、
図2(c)、(d)に、溝12が加工された部分が熱曲げ加工される状態を示すように、金属板10の表面に溝12が設けられた被加工材に対し、その溝12に沿って入熱(この例ではレーザ光線Lの照射)が可能になっている。なお、レーザ光線Lの照射状態のイメージおよび入熱された部分のイメージを網掛け表示にて図示している(以下、他の図において同様)。
【0016】
本実施形態の入熱装置40は、制御装置50による制御下で、被加工材である金属板10を溝12に沿った位置で入熱側に曲げるように所定の入熱を施すとともに、溝表面12bを入熱により溶融して一体化させる入熱処理を実行可能になっている。特に、本実施形態の制御装置50は、溝形成装置30での溝形成情報に基づいて、金属板10の表面に設けられた溝12に沿った入熱処理を入熱装置40実行させることができる。
【0017】
本実施形態の加工装置によれば、入熱手段として入熱装置40を備え、入熱装置40は、金属板10の表面の溝12に沿って入熱をすることで入熱側への曲げを生じさせ、さらに、溝表面12bの金属を入熱により溶融して溝開口部を一体化して消失させることができるので、曲げ加工後には曲げ部13に切欠きを残さない状態で一体化できる。そのため、本実施形態の加工装置を用いた金属板の曲げ加工方法で製造された曲げ加工部品は、曲げ部13での応力集中が生じない上、曲げ部13の板厚を確保することにより強度を維持できる。
【0018】
[金属板の曲げ加工方法]
次に、上記曲げ加工装置を用いた金属板の曲げ加工方法について説明する。なお、本発明に係る曲げ加工技術が適用される金属板は、例えば、自動車車体用の薄板が適用対象として好適である。
本実施形態の金属板の曲げ加工方法では、上記溝形成装置30により、
図2(a)、(b)に示すように、金属板10の主面11に、例えばヘミングフランジ部の折曲線に沿って、予め溝12を設けておき、これにより、金属板10をその形成された溝12に沿って曲げやすくしておく(溝形成工程)。
次いで、本実施形態の金属板の曲げ加工方法では、
図2(c)、(d)に示すように、上記溝形成工程で曲げやすくしてある金属板10の溝12およびその近傍に、入熱装置40によって入熱を付与(この例ではレーザ光線Lを照射)することで入熱側に曲げる(熱曲げ工程)。
【0019】
詳しくは、本実施形態の金属板の曲げ加工方法では、熱曲げ工程において、
図3(a)に示すように、金属板10の主面11に溝12を有する被加工材に対し、溝12に沿って入熱(レーザ光Lを照射)する。その際、溝表面12bおよび溝表面12b近傍の金属を溶融させる(溝表面溶融行程)。
さらに、金属板10の溝12に沿って所定強度のレーザ光Lを入熱することで、同図(a)に、熱膨張が溝12の周囲に拘束されるイメージを主面11に沿った矢印で示すように、溝12およびその近傍への加熱による熱膨張が周囲に拘束される(熱膨張拘束行程)。
【0020】
その後、同図(b)に、冷却によって溝12に向けてその近傍が収縮するイメージを矢印で示すように、冷却によって溝12に向けてその近傍が収縮することで入熱側に凹となる曲げが生じる(曲げ部形成行程))。そのため、金属板10に形成された溝12に沿って金型を使用せずに曲げ加工を施すことができる。
【0021】
本実施形態の金属板の曲げ加工方法では、曲げ部形成行程において、金属板10が入熱側に凹となるように曲げられる際に、これとともに、溶融された溝表面12bおよび溝表面12b近傍の材料が溝部に流入してくる。これにより、同図(c)に示すように、溝開口端部12aが一体化されて溶融凝固部15が形成される。また、溶融凝固部15よりも外側の領域には塑性変形部16が形成される。
【0022】
特に、本実施形態の入熱装置40は、制御装置50による制御下で、上記入熱処理を実行するため、入熱により溝表面12bの金属を溶融させる溝表面溶融行程と、入熱により溝12およびその近傍への加熱による熱膨張を溝12の周囲にて拘束させる熱膨張拘束行程と、熱膨張拘束行程の後に、冷却によって溝12およびその近傍が収縮することで金属板10を溝12の位置で入熱側に曲げるとともに溝表面溶融行程で溶融された溝12の開口部が消失するように一体化された曲げ部13を形成する曲げ部形成行程と、を含む熱曲げ工程を安定的に管理できる。
【0023】
これにより、本実施形態の金属板の曲げ加工方法では、金属板10の主面11の側に面内収縮を生じさせて金属板10の溝12に沿って所望の曲げを生じさせつつ、溝表面12bの金属を溶融して溝12の凹部に金属材料の流入を生じさせて溝開口部を一体化して消失させることができる。
【0024】
ここで、金属板10を大きく曲げる(例えばヘミングフランジ部など)場合、曲げ部での成形不良(だれ、しゃくれ等)が発生するため、特許文献1に例示したように、従来は、フランジ曲げ加工の際に、角部内側にVノッチ(溝)を形成してプレス曲げをすることで、成形不良の発生を抑制する方法が取られている。
【0025】
しかし、曲げ部にVノッチを形成することで、上述したように、Vノッチの分だけ曲げ部の板厚が減少して曲げ部近傍の強度が低下するため、特に車両などの高強度が求められる分野では改善の余地がある。
これに対し、本実施形態の曲げ加工方法によれば、曲げ特性の向上と機械特性(強度、疲労)の向上の両立が可能となるので、例えばヘミングフランジ部などを成形するための金属板10を大きく曲げる際に、成形不良(だれ、しゃくれ等)を抑制しつつ車両に求められる強度を得ることができる、優れた曲げ加工技術であるといえる。
【0026】
すなわち、本実施形態の金属板の曲げ加工方法では、
図3に示したように、溝12の溝面12bを入熱で溶融し、溝開口部では、左右の溝開口端部12a、12aが一体化して溝開口部が消失するように溶融凝固部15を形成する。このようにして、本実施形態の金属板の曲げ加工方法によれば、溶融凝固部15を形成しつつ、溶融凝固部15よりも外側の領域に塑性変形部16が形成されるように溝12に沿って金属板10を曲げることができる。
【0027】
曲げ部13を構成する組織を説明する横断面の写真を
図4に示す。同図(a)は熱曲げ加工の前の状態、(b)は熱曲げ加工後の状態を示している。同図(b)に示すように、本実施形態の金属板の曲げ加工方法によれば、曲げ部13の内側に溶融凝固部15が形成されるとともに、溶融凝固部15の外側に塑性変形部16が形成されていることがわかる。
【0028】
このように、本実施形態の金属板の曲げ加工方法によれば、曲げによる成形不良を防止または抑制しつつ、溝開口端部12a、12aの一体化により高強度を得ることができる。
さらに、入熱による曲げ加工では、急速な加熱、冷却によって金属板が収縮することで入熱側への曲げが生じる(いわば「自動」で曲る)ため、金属板10をプレス曲げするような力を外部から付与する必要がなく、そのため、加工の反力が加わらず、また、金型も不要なので、曲げ加工装置の簡素化も可能となる。
【0029】
ここで、熱曲げ工程は、熱曲げの効率的な条件範囲として、
図6に示す、溶融凝固部15を形成するための入熱部Lhの入熱範囲(入熱深さTh)を所定に管理する。
つまり、本実施形態の金属板の曲げ加工方法においては、
図2(b)に示すように、溝12の表面12bでの最も深い凹面12dから裏面18までの金属板10の厚みteを100%とするとき、
図5にグラフを示すように、凹面から14%以上86%以下の領域に限って溶融される温度勾配を形成するように加熱する。
【0030】
つまり、本実施形態の金属板の曲げ加工方法は、熱膨張・収縮を利用する曲げ加工である。そのため、板の断面中心に対する曲げモーメントを有効に発現させる必要がある。さらに、製品面側(曲げの凸側(換言すれば、レーザビーム非照射側))での熱影響を抑えるとともに所期の品質を保つ必要がある。例えば、亜鉛めっき鋼板の場合であれば、亜鉛層を確実に残さないと耐食性にも影響が及ぶからである。
特に、本実施形態の金属板の曲げ加工方法において、溶融凝固部15とされる溶接領域が浅すぎる(14%未満)と曲げ変形が生じにくくなる。また、深すぎる(86%を超える)と、曲げたい方向とは反対側の曲げモーメントが発生して、曲げ変形が生じにくくなるとともに、製品面側の亜鉛めっきや、材料自体に熱影響が及び表面品質に影響する。
【0031】
溶融凝固部15とされるような入熱範囲(入熱深さTh)は、より好ましくは凹面から20%以上80%以下となる溶接領域、さらに好ましくは凹面から29%以上71%以下となる溶接領域とすることが好適である。本実施形態の例では、入熱範囲(入熱深さTh)を、溝形状の凹面から裏面18までの厚み(100%)の内、凹面から29%以上71%以下の領域が溶融凝固部15となる温度勾配を形成するように加熱する。なお、同図(b)の要部拡大図では、左右の溝開口端部12a、12aの一方をa、他方をbとしている。
【0032】
入熱部Lhでの入熱範囲(入熱深さTh)をこのように制御すれば、これにより、不要な入熱量を低減して、プロセスのエネルギ効率を向上させることができる。よって、金属板(被加工材)10への熱影響を可及的に抑制しつつ、適正な曲げモーメントを塑性変形部16に生じさせて効率的に曲げることができる。
【0033】
また、本実施形態の金属板の曲げ加工方法においては、入熱がレーザ光線Lによって施される際、入熱部位での熱伝導を考慮し、上記制御装置50は、熱曲げの効率的な条件範囲として、上述した溶接領域で溶融凝固部15が形成される温度勾配を形成するように、レーザ光線Lを照射する範囲のフォーカス径および/または溝12への加熱温度の制御条件(レーザ出力、走査速度V、繰り返し数N)が制御パラメータとして設定される。走査方向は溝12の延在する方向に沿って行うことが好ましい。
【0034】
図6にレーザ光線Lを上記制御パラメータに基づき適宜に照射するイメージを示す。これにより、凹面から14%以上86%以下の領域に限って溶融される温度勾配を形成した所望の溶融凝固部15を形成できる。そのため、所望する曲げ部13とし得る曲げに必要な曲げモーメントを確保して、効率的に曲げることができる。
【0035】
特に、本実施形態の金属板の曲げ加工方法においては、
図6に示すように、曲げ角度の増大と熱影響の低減の両立させる上で、熱曲げ工程は、溝12に対する入熱を、溝12の同一箇所に、繰り返し数Nにて複数回に分けて行っている。入熱(レーザ光線)を付与させる際、曲げに必要な熱を溝12の同一箇所に一度に付与せず、複数回に分けて入熱することにより、曲げ角度の増大にあっても、所期の曲げ変形性を確保しつつ、材料やめっき部への熱影響を可及的に抑えることができる。
【0036】
また、本実施形態の金属板の曲げ加工方法においては、
図7に示すように、入熱するレーザ光線Lの照射方向を、加工前の初期板面に対して、主面11に直交する方向Cを基準とするとき、最終的な曲げにより立ち上がる側(例えばフランジ面14側)に対して斜め方向内側(同図の符号θ)から入熱している。
【0037】
つまり、例えば
図8に比較例を示すように、単に主面11に垂直に照射した場合に、最終的な曲げにより立ち上がる側(例えばフランジ面側)14にレーザ光線Lが干渉して所期の入熱ができず、作業性が低下するばかりか、意図しない入熱部Lmによって所望の温度勾配を形成できないおそれがある。なお、
図7,
図8では、熱曲げによってフランジ面14側が次第に入熱側に曲がっていくイメージを順((a)~(c))に示している。
【0038】
そこで、本実施形態では、入熱により立ち上がる側(例えばフランジ面14側)に入熱(レーザ光線)が当たらないように、初期面に略直角な方向(主面11に直交する方向C)ではなく、少し傾けて斜め方向内側から入熱する。これにより、入熱の作業性が向上するとともに、入熱のエネルギをよりの効率的に利用できる。そして、入熱が不要な箇所へのレーザ光線照射を防止して、被加工材の表面性状(めっき)や、機械特性(強度、靱性)への影響を抑制できるため、曲げ部品の品質を確保する上でも好適である。
【0039】
このように、本実施形態の曲げ加工方法によれば、金属板10の主面11に溝12を設けることで金属板10の曲げ特性が向上する。そして、最終的な曲げ加工部品において、
図2(d)、
図3(c)などに示したように、前加工として設けた溝12による板厚減少の影響を抑えることができる。また、曲げ部13に、前加工として溝12を設けたことによる切欠きを消失できるため、曲げ部13での応力集中を回避でき、曲げ加工部品の機械特性(強度、疲労)を維持できる。
【0040】
[熱を利用した曲げ加工部品]
次に、本実施形態の曲げ加工方法で製造された曲げ加工部品の特徴について説明する。
本実施形態の曲げ加工部品は、
図2から
図5に示したように、上述した曲げ加工方法で製造されることで、曲げ部13は、内側から溶融凝固部15と、塑性変形部16と、をこの順に有する。なお、塑性変形部16の外側に、更にメッキ部を設けることは好ましい。
【0041】
すなわち、溶融凝固部15は、金属板10の主面11に溝12を有した被加工材の溝12に沿って入熱(レーザ光線含)を付与し、金属板10を入熱側に凹となるように曲げると共に、溝表面12bを入熱により溶融して、溝表面12bの金属を左右の溝開口端部12a、12aを一体化させて形成されている。これにより、本実施形態に係る曲げ加工部品によれば、上述したように、前加工の溝12による切欠きが消失されているので、曲げ部13での応力集中を回避でき、曲げ部の板厚を確保することにより、曲げ加工部品の機械特性(強度、疲労)を維持できる。
【0042】
ここで、本実施形態の曲げ加工方法で製造された曲げ加工部品において、塑性変形部16は、曲げ部13での溶融凝固部15の横断面積よりも塑性変形部16の横断面積が広いことが望ましい。このような構成であれば、曲げ部13での曲げ変形において塑性変形が支配的となる。
すなわち、本実施形態の曲げ加工部品は、
図3を参照して説明したように、入熱部およびその近傍における、加熱による熱膨張が周囲に拘束され、冷却によって収縮することで入熱側に凹となる曲げが生じる塑性変形部16を形成するとともに、曲げ部13には、塑性変形部16の内側に、溝表面12bの金属を入熱により溶融させて入熱部およびその近傍の材料が流入してなる溶融凝固部15が形成される。
【0043】
これにより、被加工材に対して入熱側とは反対側においては、面内収縮、角曲げといった塑性変形を主に利用する曲げ加工がなされる。つまり、被加工材の大部分を溶融凝固させて曲げ部を形成させることなく塑性変形が支配的となる。そのため、本実施形態の曲げ加工部品は、溶融凝固組織に見られるような材質劣化や欠陥が生じないため、材質劣化(溶融凝固組織形成)を抑制できる上、塑性変形部16の外側にめっき部を残すことにより耐食性を維持できるという優れた機械性能を発揮できる。
【0044】
換言すれば、本実施形態の曲げ加工部品は、曲げ部13の大部分を非溶融組織としつつ、熱による収縮、角曲げを利用することで材質の劣化を抑制するとともに、入熱側とは反対側の面に、めっき部を残存させて耐食性を維持できる。また、プレス曲げ同様に、圧延による繊維効果を塑性変形部16に残すことができる。
【0045】
このように、本実施形態の曲げ加工部品によれば、金属板10をプレス曲げするような力を外部から付与する必要なく曲げ部13が形成される。そして、入熱による面内収縮による角曲げ加工がなされて、塑性変形部16の形成により曲げ部13の板厚が増加される。
【0046】
そして、本実施形態に係る曲げ加工部品によれば、金属板10の主面11に溝12を設けることで曲げ特性が向上して加工性に優れる上、曲げ部13の内側に溶融凝固部15が形成されることで、前加工として設けた溝12が消失されているので、応力集中の懸念が解消され、さらに、溝12を入熱により溶融して、溝表面12bの金属が一体化されていることで溝12による板厚減少の影響が抑制されている。
【0047】
特に、切欠きの先端Rが小さくなるほど応力集中が大きくなるところ、本実施形態に係る曲げ加工部品によれば、曲げ部13に前加工として設けた溝12による「切欠き」を消失できる結果、曲げ部13での応力集中を回避でき、曲げ加工部品の機械特性(強度、疲労)を維持できる。
【0048】
以上説明したように、本実施形態に係る金属板の曲げ加工方法および金属板用曲げ加工装置、並びに、これらにより製造された本実施形態に係る曲げ加工部品によれば、曲げによる成形不良を防止または抑制しつつ曲げ部に高強度を得ることができる。
なお、本発明に係る曲げ加工方法および曲げ加工装置並びに曲げ加工部品は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。
【0049】
例えば、上記実施形態では、入熱手段がレーザ光線照射装置の例を示したが、入熱はレーザ光線に限定されず、溝12に沿って線状に加熱できる熱源であれば本発明に適用可能である。例えば電子ビーム、アーク、バーナなどによって入熱手段を構成してもよい。
【0050】
また、本発明に係る曲げ加工方法および曲げ加工装置並びに曲げ加工部品では、入熱工程前に予め形成される溝12の表面形状やその深さについても限定されるものではない。但し、本発明に係る金属板の曲げ加工技術において、溝表面12bの形状やその深さは、曲げ加工後の曲げ部の板厚と、その近傍の連続位置の被加工材の板厚とが略同一となるような形状であることが望ましい。換言すれば、最終的な曲げ加工部品の曲げ部13の板厚が初期板厚と同等となる溝12を予め設けておくことが望ましい。
【0051】
すなわち、
図2に示した曲げ加工の際に、溶融および塑性変形によって溝12に生じる材料の流入量を想定し、熱曲げ工程後の曲げ部厚さtcが、金属板10の初期板厚tと略同じになる溝12を予め設ける。これにより、曲げ加工品の曲げ部板厚tcが初期板厚tと同等となるため、優れたヘム曲げ特性が得られる。
【0052】
より具体的には、
図2において、曲げ加工後の曲げ部の板厚と、その近傍の連続位置の被加工材の板厚とが略同一とは、熱曲げ加工前の被加工材の断面積Dk、熱曲げ加工後の被加工材の断面積Dmとすれば、Dk≒Dmとなることであり、さらに、初期板厚t、曲げ部13の中央での厚さtcが、tc≒tとなることである。
【0053】
また、
図2において、溝12の開口幅Wは、曲げ角度に応じて、最終的に溝12の開口部の両端部12a、12aが重なる位置となるような開口部の幅である。さらに、溝表面12bでの任意の箇所の溝深さdsと、溝中央の最も深い位置での溝深さdmとの関係は、dm≧ds、となる溝であることが望ましい。つまり、熱曲げ時には、被加工材が曲げ方向内側に縮んで曲げ部13の中央側に寄ってくるため、曲げ部13の中央に近い部分ほど溝深さが深くなっていることが好ましいといえる。
【0054】
これに対し、例えば
図9に示すように、熱曲げ工程前の溝12が深すぎれば(同図(b))、熱曲げ工程後の溶融凝固部15に凹部が残存することになる(同図(c))。また、
図10に示すように、熱曲げ工程前の溝12が浅すぎれば(同図(b))、熱曲げ工程後の溶融凝固部15に凸部が残存することになる(同図(c))。
【0055】
また、溝12の溝表面12bの横断面形状についても限定されるものではない。例えば、
図11(a)~(c)に示すように、種々の横断面形状を採用できる。但し、本実施形態の曲げ加工方法において、レーザ光線の反射を抑制してレーザエネルギを効率的に被加工材吸収させる上では、溝表面12bの横断面形状を平面(同図(b))ではなく、同図(a)に示すように、溝表面12bの横断面形状は凹曲面形状(二次元的、三次元的な凹曲面を含む)であることが望ましい。
【0056】
溝表面12bの横断面形状を凹曲面形状とすれば、単なる平面形状と比較して、入熱(レーザ光線)の反射を防止または抑制できる。レーザの反射抑制による効率的なレーザの照射によって吸収エネルギを向上させることができる。これにより、入熱(レーザ光線)を効率的に被加工材に吸収させて、入熱分布の均一性と吸収率を向上させる両立により、効率の良い曲げ変形を促進できる。
【0057】
なお、レーザ光線の入射角が大きいほど吸収率が大きくなる。レーザ光線の吸収率はブリュースター角で最大になる。よって、ブリュースター角を考慮して溝表面12bの横断面形状を設定することは好ましい。また、レーザ光線の吸収を良くするために、溝表面の面粗度を粗くしたり、溝表面に吸収材を塗布したりしてもよい。
【0058】
また、本発明に係る曲げ加工技術が適用される金属板は自動車車体用に限定されるものではない。但し、自動車用の薄板等の金属板はプレス成形が可能であるため、この種の薄板に対して熱曲げ加工が適用されることはなかったところ、自動車車体の構成部品のような薄板であっても面内収縮、角曲げにより、曲げ部への料の流入を生じさせて板厚を増加させることができる。そして、この種の薄板であっても板厚方向に温度勾配を生じさせ、溝に沿って精度良く曲げ加工ができる。
よって、自動車車体の構成部品における適用部位の形状を考慮し、その特徴(例えば、フランジ部位の種々の特徴(幅、板厚、ライン形状(直線、曲線)、材種など)に応じて本発明に係る曲げ加工技術を適用することができる。
【符号の説明】
【0059】
10 金属板(被加工材)
11 主面
12 溝
12a 溝開口端部
12b 溝表面
13 曲げ部
14 ヘミングフランジ部
15 溶融凝固部
16 塑性変形部
18 裏面
20 曲げ加工装置(金属板用曲げ加工装置)
30 押圧装置(溝形成手段)
31 押圧工具(溝形成手段)
40 レーザ照射装置(入熱装置:入熱手段)
50 制御装置(制御手段)
t 板厚
tc 曲げ加工後の曲げ部中央での厚み
te 曲げ加工前の溝凹部中央での厚み
Th 入熱深さ
N 繰り返し数
L レーザ光線
V 走査速度
C 主面に直交する方向
Lh 入熱部
Lm 意図しない入熱部