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特許7595013オトフェリン遺伝子を回復させるAAV媒介遺伝子治療
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-27
(45)【発行日】2024-12-05
(54)【発明の名称】オトフェリン遺伝子を回復させるAAV媒介遺伝子治療
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/76 20150101AFI20241128BHJP
   A61P 27/16 20060101ALI20241128BHJP
   C12N 15/864 20060101ALI20241128BHJP
   C12N 7/01 20060101ALI20241128BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
A61K35/76
A61P27/16
C12N15/864 100Z
C12N7/01
C12N15/12 ZNA
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2021541524
(86)(22)【出願日】2020-01-20
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-04-21
(86)【国際出願番号】 EP2020051283
(87)【国際公開番号】W WO2020148458
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2022-11-21
(31)【優先権主張番号】19305071.3
(32)【優先日】2019-01-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】501173391
【氏名又は名称】アンスティテュ・パストゥール
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT PASTEUR
(73)【特許権者】
【識別番号】594016872
【氏名又は名称】サントル、ナショナール、ド、ラ、ルシェルシュ、シアンティフィク、(セーエヌエルエス)
(73)【特許権者】
【識別番号】599176506
【氏名又は名称】アンセルム(アンスチチュ ナショナル ドゥ ラ サンテ エ ドゥ ラ ルシェルシュ メディカル)
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】サーイド、サフィーディーヌ
(72)【発明者】
【氏名】クリスティーヌ、プチ
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/204734(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/039375(WO,A1)
【文献】特表2016-520311(JP,A)
【文献】特表2018-536420(JP,A)
【文献】Hearing Research,2016年,Vol.335,pp.53-63
【文献】EMBO Molecular Medicine,Vol.11,e9396 (pp.1-13),Published online 2018.12.03
【文献】Molecular Therapy,2011年,Vol.19, No.2,pp.293-301
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS (STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
DFNB9難聴に罹患している患者を治療するために、又はDFNB9変異を有する患者においてDFNB9難聴を予防するために使用するための医薬組成物であって、
前記医薬組成物が、少なくとも2種のAAV粒子を含むベクターシステムを含み、前記少なくとも2種のAAV粒子のうち、i)1種が、100~500ヌクレオチドで構成されるサイズを有する組換え誘導領域と、オトフェリンポリペプチドのN末端部分をコードする部分的コード配列とを含むポリヌクレオチドを含み、且つ、ii)別の1種が、100~500ヌクレオチドで構成されるサイズを有する組換え誘導領域と、オトフェリンポリペプチドのC末端部分をコードする部分的コード配列とを含むポリヌクレオチドを含み、
前記患者が、発達及び成熟した聴覚系を有する3か月~25歳のヒト患者であり、
前記医薬組成物が、内有毛細胞における全長オトフェリンポリペプチドの発現を可能にする、前記医薬組成物。
【請求項2】
前記組換え誘導領域が、配列番号9の配列又は配列番号9と少なくとも90%の配列同一性を有する相同配列を有する、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記オトフェリンポリペプチドが配列番号1の配列を有する、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記オトフェリンポリペプチドが配列番号5の配列を有する、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記少なくとも2種のAAV粒子のうち、
a)1種が、第1のポリヌクレオチドであって、前記第1のポリヌクレオチドの各末端に逆方向末端反復を含むとともに、前記逆方向末端反復の間に5’から3’に向かって、適切なプロモーターと、それに続く、オトフェリン遺伝子のN末端部分を含む部分的コード配列と、スプライスドナー部位とを含む前記第1のポリヌクレオチドを含み、
b)別の1種が、第2のポリヌクレオチドであって、前記第2のポリヌクレオチドの各末端に逆方向末端反復を含むとともに、前記逆方向末端反復の間に5’から3’に向かって、スプライスアクセプター部位と、オトフェリン遺伝子のC末端部分を含む部分的コード配列と、それに続くポリアデニル化配列とを含む前記第2のポリヌクレオチドを含み、
前記第1及び第2のポリヌクレオチドが、それぞれ、前記第1のポリヌクレオチド中の前記スプライスドナー部位の後に位置する組換え誘導配列、及び、前記第2のポリヌクレオチド中の前記スプライスアクセプター部位の前に位置する組換え誘導配列を含み、且つ、
前記第1及び第2のポリヌクレオチド中の前記コード配列が、組み合わさると、前記全長オトフェリンポリペプチドをコードする、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記オトフェリン遺伝子が配列番号2の配列を有する、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記オトフェリン遺伝子の前記N末端部分が配列番号3の配列であり、前記オトフェリン遺伝子の前記C末端部分が配列番号4の配列である、請求項5又は6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記オトフェリン遺伝子が配列番号22の配列を有する、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記オトフェリン遺伝子の前記N末端部分が配列番号3の配列であり、前記オトフェリン遺伝子の前記C末端部分が配列番号23の配列である、請求項5又は8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記AAV粒子がAAV2血清型又はAAV8血清型である、請求項1~9のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
チロシンアミノ酸残基をフェニルアラニンアミノ酸残基に置換することによってキャプシドが修飾されているAAV2粒子を含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
前記ヒト患者が、新生児、幼児、小児、ティーンエイジャー又は成人である、請求項1~11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項13】
前記ヒト患者が、幼児又は小児である、請求項1~11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項14】
前記ヒト患者が、言語習得後にDFNB9難聴であると診断されている、請求項1~11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
前記ヒト患者が、温度感受性変異によって誘発されるDFNB9難聴に罹患しているティーンエイジャー又は成人である、請求項1~11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項16】
前記温度感受性変異が、P.Q994VfsX6、P.I515T、p.G541S、PR1607W又はp.E1804delである、請求項15に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
非症候性の重度の先天性難聴(nonsyndromic profound congenital deafness)に関する症例の半数以上には遺伝的原因があり、ほとんど(~80%)は常染色体劣性(DFNB)型である(Duman D. & Tekin M, Front Biosci (Landmark Ed) 17:2213-2236 (2012))。難聴(deafness)の遺伝子診断は、蝸牛の遺伝子治療に不可欠な情報を提供し、過去数年間で遺伝子検査の正確性及び利用しやすさの両方において急速な進歩がなされた。症候群性の難聴遺伝子における変異の同定は、患者において症状が出現する何年も前のことであり得、疾患管理を計画するための時間を与える。
【0002】
難聴遺伝子は、蝸牛が機能するのに不可欠な幅広い分子機能(例えば、感覚器官の発達、有毛細胞の不動毛における音の伝達、蝸牛内電位(EP)及び高濃度の細胞外カリウムの維持、有毛細胞及びらせん神経節ニューロン(SGN:spiral ganglion neuron)の間のシナプス神経伝達)を有するタンパク質をコードする。難聴遺伝子から作られた主要なタンパク質には、イオンチャネル及びトランスポーター、ギャップジャンクション及びタイトジャンクション、細胞骨格及び分子モーターにおけるタンパク質サブユニット並びに蝸牛の発達において一過的に発現する転写因子が含まれる。変異が蝸牛の初期の発達に影響を及ぼし、重大な細胞変性を引き起こすか否かは、この治療分野において重大な問題である「治療時間枠(treatment time window)」を決定する際の主要な要因である。
【0003】
補綴の人工内耳が、現在リハビリテーションに使用されているが(Kral A & O’Donoghue GM N Engl J Med 363(15):1438-1450 (2010))、聴覚の回復には、特に、騒がしい環境での発話の知覚又は音楽の知覚に関しては、完全にはほど遠い。これは、チャネル間の電気的干渉によって課される周波数分解能の内在的な限界のためである。
【0004】
生物学的治療を開発する主な動機は、任意の補綴デバイスを移植することなく聴覚を回復し、人工内耳によって現在達成可能なものよりもはるかに優れた音分解能の質(sound resolution quality)及び単価を達成することである。特に、局所的にアデノ随伴ウイルス(AAV)が媒介する遺伝子治療による遺伝子治療が、ヒト型の難聴を治療するために既に提案されている(Zhang et al, Frontiers in Molecular Neuroscience, vol.11, Art.221, 2018)。
【0005】
アッシャータイプ1C疾患を研究するためのUsh1c c.216G>Aノックインマウスモデルを使用して、Pan et al. Nature biotechnology; 35(3):264-272 (2017)では、蝸牛の遺伝子治療を使用して有毛細胞を標的にし、難聴表現型を修正することができるか否かが試験された。新規の合成AAVであるAnc80L65は、90%を超える有毛細胞に形質導入することができた。治療により蝸牛の形態学的な保護を示し、組換えウイルスベクターがP0~P1(すなわち、マウスが生まれた日又はその翌日、「生後0日又は1日」と呼ばれる)において注射された場合に、可聴閾値が、治療されていない耳と比較して60~70dB改善された。P10~P12(すなわち、生後10日又は12日、聴覚の発現直前-この種ではP12頃に聴覚の発現が起こる)において実施された同じ注射は、まったく治療効果をもたらさなかった(Pan et al. Nature biotechnology; 35(3):264-272 (2017))。
【0006】
Akil et al. Neuron 75:283-293 (2012)では、内有毛細胞のシナプス伝達障害を治療するために、AAV2/1を使用して小胞グルタミン酸トランスポーター3(Vglut3)cDNAを新生児(すなわち、生後1~12日)のKOマウスの蝸牛に送達した。聴性脳幹反応(ABR)及び聴覚性驚愕反射からのデータに基づいて、著者らは注射された耳の聴覚機能が2週間以内に回復したことを示した。
【0007】
これらの2つの研究によって、組換えウイルスベクターが出生後の初期段階(すなわち、マウス有毛細胞の成熟前)に注射された場合に、蝸牛における細胞変性の顕著な軽減が確認されている。
【0008】
今日まで、マウスにおける内耳治療を評価したすべての遺伝子治療研究は、これらの治療が成体動物において効果的でないと結論付けている。したがって、遺伝子治療が聴覚の保護又は回復に効果的であるための臨界期が存在し、治療の機会の窓は、胎児期又は出生後の初期段階、すなわち聴覚の発現が起こる前のマウスにのみ存在するというコンセンサスがある(Ahmed et al, JARO 18:649-670 (2017))。
【0009】
マウスの内耳は、出生時にはまだ構造的及び機能的に未成熟であり、この動物種では生後12日(P12)に聴覚の発現が起こり、生後20日(P20)頃に完了することがよく知られている(Shnerson and Willott, J. Comp. Physiol. Psychol. 94, 36-40 (1980))。しかしながら、聴覚の発現及び成熟は、ヒトではまったく異なるタイミングで起こる。実際のところ、ヒトの内耳は、子宮内で早くも4.5か月で聴覚機能を発揮し、出生時には完了している(図6及びHepper PG & Shahidullah BS Arch Dis Child71(2):F81-87 (1994)を参照)。
【0010】
このことは、聴覚の発現前又は蝸牛の成熟の完了前に聴覚機能を回復することを目的とする先行技術の実験は、ヒトの試験に置き換えられたときに子宮内で実行される必要があることを意味する(図6)。これまでのところ、出生後又は幼年期(すなわち、聴覚系が完全に成熟して機能的であるとき)に聴覚を回復させることは不可能であると考えられていたため、これまで有毛細胞の遺伝子治療により治療されたヒトは存在しない。
【0011】
それにもかかわらず、蝸牛の遺伝子治療の最終的な目標は、遺伝的に誘発された可能性がある難聴が検出又は診断された後、すなわち、ほとんどの場合、出生後のヒトにおける一般的な遺伝性難聴の治療である。
【0012】
蝸牛への治療の子宮内における送達を含む遺伝子治療プロトコルを開発することは実際には不可能である。なぜなら、この外科手術はいくつかの副作用を誘発する可能性があり、その中には決定的な聴覚低下(definitive hearing loss)がある(Zhang et al, Frontiers in Molecular Neuroscience, vol.11, Art.221, 2018)。さらに、DFNB難聴は通常、新生児期の間に、すなわち、出生後0~4か月の間にヒトにおいて診断されることがよく知られている。
【0013】
したがって、ヒトに置き換え可能であるためには、遺伝子治療アプローチが試験され、例えば、出生からP20より後のマウス(若人又は成人に相当)に投与された場合に、成熟した聴覚系を侵している確立された難聴表現型を逆転させるのに効率的である必要がある。
【0014】
これは、聴覚系が完成している出生後のヒト、小児及び成人に投与可能であるため、時間枠が人間の倫理及び福祉に適合している治療を特定する唯一の方法である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A図1Aは、この研究で使用された組換えAAVベクターのペアと、同時感染細胞における全長タンパク質オトフェリンを生成する組換え、転写、スプライシング及び翻訳のプロセスとの概略図である。
図1B図1Bは、デュアルAAVベクター送達後のHEK293細胞におけるオトフェリンの発現を示す図である。
図2a図2aは、P70において免疫染色された共焦点画像である。
図2b図2bは、ABR閾値及びクリック音刺激に対する聴覚閾値を示す図である。
図2c図2cは、ABRトレースとABR I波の潜時及び正規化されたABR I波の振幅とを示す図である。
図3a図3aは、P80において免疫染色された共焦点画像である。
図3b図3bは、ABR閾値及びクリック音刺激に対する聴覚閾値を示す図である。
図3c図3cは、ABRトレースとABR I波の潜時及び正規化されたABR I波の振幅とを示す図である。
図4a図4aは、P40において免疫染色された共焦点画像である。
図4b図4bは、ABR閾値を示す図である。
図4c図4cは、ABRトレースとABR I波の潜時及び正規化されたABR I波の振幅とを示す図である。
図5図5は、Otofts/tsマウスにおけるデュアルAAV媒介遺伝子治療が、オトフェリンの正常な発現及び聴力を回復させることを示す図である。
図6図6は、ヒト及びマウスの聴覚系の成熟度の相違を示す図である。
図7図7は、これまでに同定されたDFNB9遺伝子の変異のいくつかを示す図である。
図8図8は、(A)Otofts/tsマウスの内有毛細胞におけるオトフェリンのタンパク質凝集及びミスフォールディング、及び(B)Otof+/ts及びOtofts/tsマウスにおける聴性脳幹反応(ABR)を示す図である。
図9図9は、Otofts/tsマウスに対するAAV-Otof NT組換えベクター及びAAV-Otof CT組換えベクターのペアの片側性の注射(unilateral injection)の影響を示す図である。
図10図10は、野生型、Otofts/ts及び処置されたOtofts/tsのIHCにおける(A)ICaの電位-活性化曲線(voltage-activation curve)及び(B)対応するΔCm応答(ΔCm response)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、聴覚系(特に蝸牛)が成熟している対象(特にヒト)における聴覚低下(hearing loss)を効率的に予防する又は逆転させる現実的な見込みを有する治療であって、さらに、胎児期の遺伝子導入を伴わない治療を特定するために代替研究を開発した。これに関連して、本発明者らは、内有毛細胞におけるオトフェリンタンパク質の組換え発現によって、出生からP20より後(若人又は成人に相当)に治療されたモデルマウスにおいて聴覚を回復可能であることを実証することができた。
【0017】
オトフェリンは、蝸牛の感覚性の内有毛細胞(IHC)において豊富に発現されている。また、中枢神経系のその他の細胞においても発現されている。それは、蝸牛有毛細胞シナプスにおける、求心性のらせん神経節ニューロンとのシナプス小胞融合の最終段階において重要な役割を果たす。より正確には、聴覚リボンシナプスにおけるエキソサイトーシスにとって重要である(Roux et al, Cell 127(2):277-89, 2006)。
【0018】
ヒトにおいて、オトフェリン遺伝子(「OTOF遺伝子」)に影響を与える変異は、出生後、言語の習得前に発症する重度の非症候性の両側性の(bilateral)聴覚低下をもたらす。それらのいくつかはまた、体温が大きく上昇したときに誘発される温度感受性の非症候性オーディトリーニューロパチー(auditory neuropathy)をもたらす(例えば、発熱の場合、Marlin S. et al, Biochemical and Biophysical Research Communications, 394 (2010) 737-742 及び Varga R. et al, J. Med. Genet 2006; 43:576-581を参照)。今までのところ、少なくとも60種の変異が同定されており(図7を参照)、そのうちの5種は温度感受性であることが知られている(Pangrsic T. et al, Trends in Neurosciences, 2012, col.35, No.11に記載のように、P.Q994VfsX6、P.I515T、p.G541S、PR1607W、p.E1804del)。
【0019】
これらの2つの難聴表現型(構成性及び誘導性)は世界中で見られ、「Deafness,Autosomal Recessive 9」又は「DFNB9」難聴として知られている。
【0020】
DFNB9難聴は、一部の西洋人集団における常染色体劣性非症候性の聴覚低下の最大8%を占めており、それにより、依然として治療的介入が必要な遺伝性の聴覚低下の上位5位以内に存在する。
【0021】
本発明者らは、本明細書で、DFNB9マウスモデル(OTOFノックアウトマウス)において、聴覚系が成熟した後(P30)、十分に投与したときに、デュアルAAVベクターアプローチを介した、断片化されたcDNAの蝸牛送達により、これらのマウスの重度の難聴表現型を効果的且つ長期的に修正可能であるという初めての原理証明を報告する。この結果は、DFNB9による先天性難聴の患者における局所的な遺伝子導入の治療域が実際に当初予想されていたよりも長いことを示唆している。
【0022】
実際のところ、本発明のベクターの投与は、それぞれがOTOF遺伝子の一部を提供し、出生後後期(P30)において、OTOFノックアウトマウスのトランスフェクトされた内有毛細胞における全長OTOFタンパク質の発現を可能にし、より若いマウスを治療した場合よりも良い結果をもたらす。
【0023】
遺伝性難聴に侵されたマウスにおける局所的な遺伝子導入に関する治療域は、胎児期又は出生後早期であることが多くの研究において教示されたこと(Ahmed et al, JARO 18:649-670 (2017); Zhang et al, Frontiers in Molecular Neuroscience, vol.11, Art.221, 2018)を考えると、これは非常に驚くことである。
【0024】
マウスでは、全範囲の応答周波数がP14(すなわち、生後14日)までに観察され得ることが知られている。反応潜時(response latency)及びピーク間の間隔(interpeak interval)は、生後2週目及び3週目の間に急速に成熟し、P18には成獣のような特徴となる(Song L. et al, J Acoust Soc Am 119(4):2242-2257 (2006))。したがって、P30において、マウスの聴覚系は完全に成熟している。これは、小児又は成人の聴覚系に相当する(図6を参照)。
【0025】
したがって、本発明者らによって得られた結果は、本発明において使用される遺伝子治療が、出生前の時間枠におけるヒトだけでなく、先天性DFNB9難聴に罹患していると診断された小児患者においても、又は、例えばOTOF遺伝子に温度感受性変異があるために、さらに後で診断された成人患者においても効果的であり得る。
【0026】
第1の態様において、本発明は、DFNB9難聴に罹患している患者を治療するために使用するための、内有毛細胞における全長オトフェリンポリペプチド又はその機能的フラグメントの発現を可能にするベクターシステムであって、前記患者は、好ましくは幼児、小児、ティーンエイジャー又は成人である、前記ベクターシステムに関する。
【0027】
本明細書で使用される場合、「オトフェリン」という用語は、オトフェリンポリペプチドを指す。本明細書では「OTOF」と略記する。このポリペプチドはまた、「AUNB1」、「DFNB6」、「DFNB9」、「NSRD9」及び「FER1L2」としても知られている。
【0028】
野生型ヒトオトフェリンポリペプチドのアイソフォーム1の全長は、配列番号1(Genbank番号AF183185.1に対応)に示されている。このポリペプチドは、膜貫通タンパク質であるFerlinファミリーのメンバーであり、シナプトタグミン、PKC及びPLCとしてC2ドメインを有する。この長いフォームには、6つのC2ドメインが含まれる。上記のように、それは蝸牛有毛細胞及び求心性のらせん神経節ニューロンの間のシナプス小胞融合に関与している(Roux et al, Cell 127(2):277-89, 2006; Michalski et al, Elife, 2017 Nov 7;6 e31013)。
【0029】
「オトフェリンポリペプチド」という用語は、本文脈において目的のオトフェリンポリペプチドの少なくとも1つの生物学的機能を保持する、配列番号1のオトフェリンポリペプチド及びその相同配列を指す。例えば、この生物学的機能は、一次聴覚ニューロンを活性化する蝸牛内有毛細胞のリボンシナプスにおける小胞融合の調節に関連している(Roux et al 2006; Michalski et al, Elife, 2017 Nov 7;6 e31013)。この調節は、古典的なex vivoにおける電気生理学的測定により評価可能である。
【0030】
好ましい実施形態において、本発明のベクターシステムは、アミノ酸配列が少なくとも70%の配列番号1との同一性及び/又は類似性を共有する相同ポリペプチドの発現を可能にする。上記相同配列は、より好ましくは少なくとも75%、さらにより好ましくは少なくとも80%、又は少なくとも90%の配列番号1との同一性及び/又は類似性を共有する。相同ポリペプチドが配列番号1よりもはるかに短い場合、ローカルアラインメントを考慮してもよい。
【0031】
上記相同ポリペプチドは、例えば、配列番号5(Genbank番号NP_001274418に対応)に提示されるアミノ酸配列を有することができる。上記配列は、野生型ヒトオトフェリンポリペプチドのアイソフォームe(バリアント5)を特徴付ける。このアイソフォームeは、配列番号22の配列を有するcDNAバリアントによってコードされている。このバリアントは、3’コード領域に選択的なインフレームエクソンを欠いており、配列番号1と比較して下流の終止コドンを使用する。それは、配列番号1と比較して、異なるC末端をコードする(が、そのN末端部分は同じである)。
【0032】
上記相同ポリペプチドはまた、配列番号6(Genbank番号NP_004793.2に対応)に示されるアミノ酸配列又は配列番号24(Genbank番号NP_919303.1に対応)に示されるアミノ酸配列を有することができる。これらは、それぞれ短いアイソフォームb及びc(バリアント2及び3)に対応している。より正確には、配列番号6は、アイソフォームb(バリアント2、「ショートフォーム1」とも呼ばれる)を表し、配列番号1と比較すると、より短いN末端を有し、セグメントを1つ欠いている。一方、配列番号24は、アイソフォームc(バリアント3、「ショートフォーム2」とも呼ばれる)を表し、配列番号1と比較すると、より短く、異なるC末端を有するため、バリアント1(配列番号1)と比較すると、5’UTR及びコード配列が異なる。
【0033】
上記相同配列はまた、例えば、別の動物種のオトフェリンポリペプチド、例えば、オトフェリンポリペプチドのマウス全長アイソフォーム1である配列番号7(Genbank番号NP_001093865.1に対応)であり得る。このアイソフォームは、配列番号16(NM_1100395)のcDNAによってコードされている。
【0034】
本発明の文脈において、上記2種の相同配列間の同一性パーセンテージが、配列全体のグローバルアラインメントによって特定され得る場合(例えば、配列がほぼ同じサイズである場合)、このアラインメントは、当業者によく知られているアルゴリズム、例えば、Needleman and Wunsch(1970)に開示されているアルゴリズムによって実行され得る。したがって、2種のアミノ酸配列又は2種のヌクレオチド配列間の配列比較は、当業者に知られている任意のソフトウェア、例えば、「ギャップオープン」パラメータ10、「ギャップエクステンド」パラメータ0.5及び「Blosum62」マトリックスを使用する「needle」ソフトウェアを使用することによって実行され得る。
【0035】
配列のローカルアラインメントが考慮されるべきである場合(例えば、本発明の配列よりも小さいサイズを有する相同体の場合)、上記アラインメントは、従来のアルゴリズム、例えば、Smith and Waterman (J. Mol. Evol. 1981; 18(1) 38-46)に開示されているアルゴリズムによって実行され得る。
【0036】
本発明は、配列番号1又は配列番号5又は配列番号6又は配列番号24に「類似する」相同アミノ酸配列をコードするシステムを提供する。2種の標的アミノ酸配列の「類似性」は、2種のアミノ酸配列に関する類似性スコアを算出することによって決定可能である。本明細書で使用される場合、「類似性スコア」は、2種の配列が最適にアラインメントされた場合に、BLOSUM62アミノ酸置換マトリックス、ギャップ存在ペナルティ11及びギャップ延長ペナルティ1を使用して2種の配列に対して生成されたスコアを指す。2種の配列は、その配列のペアに対して可能な最大スコアを生成するようにアラインメントされる場合に「最適にアラインメント」される。その最大スコアを達成するには、一方又は両方の配列にギャップを導入する必要がある場合がある。類似性スコアが特定の閾値を超える場合、2種のアミノ酸配列は実質的に類似している。閾値は、特定の参照配列(例えば、配列番号1)に対して、少なくとも1190から可能な最高スコアまでの範囲の任意の整数であってよい。例えば、類似性スコアの閾値は、1190、1200、1210、1220、1230、1240、1250、1260、1270、1280、1290、1300、1310、1320、1330、1340、1350、1360、1370、1380、1390、1400、1410、1420、1430、1440、1450、1460、1470、1480、1490、1500又はそれ以上であってもよい。本発明の特定の実施形態において、閾値スコアが例えば1300に設定され、参照配列が配列番号1であるとき、任意のアミノ酸配列が配列番号1と「類似」している場合とは、任意のアミノ酸配列が配列番号1と最適にアラインメントされて、1300を超える類似性スコアを生成することができる場合である。2種の配列間の類似性を定量化する際のアミノ酸置換マトリックス及びその使用は、当技術分野において周知であり、例えば、Dayhoff et al. (1978), “A model of evolutionary change in proteins”, “Atlas of Protein Sequence and Structure,” Vol. 5, Suppl. 3 (ed. M. O. Dayhoff), pp. 345-352. Natl. Biomed. Res. Found., Washington, D.C. 及び Henikoff et al. (1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89:10915-10919に記載されている。最適なアラインメント及びスコアリングは手動で実行可能であるが、このプロセスは、コンピュータにより実行されるアラインメントアルゴリズム、例えば、gapped BLAST 2.0(Altschul et al., (1997) Nucleic Acids Res. 25:3389-3402に記載され、アメリカ国立生物工学情報センターのWebサイトで一般に入手可能にされている)の使用により容易になる。NCBI BLASTを使用して正確な類似性スコアを生成するには、あらゆるフィルタリング(例えば、複雑度の低いフィルタリング(low complexity filtering))をオフにし、構成ベースの統計データ(composition based statistics)の使用を無効にすることが重要である。また、正しい置換マトリックス及びギャップペナルティが使用されていることを確認する必要がある。最適なアラインメント(複数のアラインメントを含む)は、例えば、PSI-BLAST(NCBIのインターネットサイトを通じて入手可能であり、Altschul et al., (1997) Nucleic Acids Res. 25:3389-3402に記載されている)を使用して作成可能である。
【0037】
別の実施形態において、本発明のベクターシステムは、オトフェリンポリペプチドの機能的フラグメントの発現を可能にすることができる。本明細書における「機能的フラグメント」という用語は、ヒトオトフェリンポリペプチドの任意のフラグメント又は上記で定義された相同配列を有するポリペプチドの任意のフラグメントを指し、上記フラグメントは、本文脈における目的のオトフェリンポリペプチドの少なくとも1つの生物学的機能を保持している。例えば、この生物学的機能は、一次聴覚ニューロンを活性化する蝸牛内有毛細胞のリボンシナプスにおける小胞融合の調節に関与している(Roux et al 2006; Michalski et al, Elife, 2017 Nov 7;6 e31013)。この調節は、古典的なex vivoにおける電気生理学的測定により評価可能である。
【0038】
例えば、上記機能的フラグメントは、配列番号6(Genbank番号NP_004793.2を有するアイソフォームbに対応)又は配列番号24(Genbank番号NP_919303.1を有するアイソフォームcに対応)に提示されるアミノ酸配列を有し得る。上記配列は、3つのC2ドメインのみを含む、野生型ヒトオトフェリンポリペプチドの短いアイソフォームを特徴付ける。
【0039】
本発明のこの態様において、本発明のベクターシステムは、DFNB9難聴に罹患している患者に投与される。「DFNB9難聴に罹患している患者」とは、本明細書において、構成的オトフェリン遺伝子に変異を有すると考えられる(又は有すると診断されている)患者、特にヒト患者を意味し、上記変異は、オトフェリンタンパク質の異常な発現、機能又はその両方を誘発する。特定の実施形態において、上記変異は温度感受性であり得る。
【0040】
現在までに、オトフェリンでは60種を超える病原性変異が報告されている(図7参照)。これらの中には、発熱によって条件付けられた発作性の難聴に侵されている患者において同定された、少なくとも5種の温度感受性変異がある(P.Q994VfsX6、P.I515T、p.G541S、PR1607W、p.E1804del)。
【0041】
これらの患者は、例えば、聴性脳幹反応(ABR)の電気生理学的試験及び/又はOTOF遺伝子における変異を特定するための遺伝子検査の組み合わせを使用して、熟練した医師によって特定され得る。いくつかの実施形態において、患者は、OTOF遺伝子に以下のナンセンス又はミスセンス変異:TYR730TER、GLN829TER、PRO1825ALA、PRO50ARG、LEU1011PRO、ILE515THR、ARG1939GLN又はGLY541SERのうちの1種又は2種以上を有する。いくつかの実施形態において、患者は、イントロン8/エクソン9接合部(IVS8-2A-G)におけるAからGへのトランジション、又はエクソン5のスプライスドナー部位における最初のイントロンヌクレオチドである、位置+1におけるGからAへのトランジション、又はイントロン39のドナースプライス部位におけるGからCへのトランスバージョンを有する。いくつかの実施形態において、患者は、エクソン16に終止コドンをもたらす1塩基対の欠失(1778G)及びエクソン48にARGからGLNへの置換をもたらす6141のGからAへの変化を有する。
【0042】
本発明のベクターシステムが投与される患者は、聴覚系、特に蝸牛が既に発達して成熟している患者、特にヒト患者である。したがって、これらの患者、特にヒト患者は、投与が子宮内で行われることを意図していないため、ヒトの胚又は胎児ではない。図7によれば、本発明の対象となる患者は、DFNB9難聴がその齢で診断された場合、好ましくはヒト新生児であり、典型的には生後6か月未満、又は生後3か月未満でさえある。これらのヒトの赤子は、より好ましくは生後3か月~1年である。
【0043】
注目すべきことに、ヒトの蝸牛は全体として、妊娠17~19週で成体のサイズに達し、30~36週(マウスにおける生後12日に相当)で完全に形態学的に成熟する。内有毛細胞のリボンシナプスの機能的成熟は、ABR測定のI波をモニターすることによって評価可能であり、これは、ヒトの妊娠28週目頃に測定され得る。ABRのI波(一次聴覚ニューロンとの内有毛細胞シナプスの機能を反映)の記録及び分析は、出生時(マウスの出生後20日に相当)のヒトの赤子の完全な機能的成熟を示す。これは当技術分野でよく知られている(例えば、Pujol et Lavigne-Rebillard, Acta oto-laryngologica. Supplementum ・ February 1991を参照されたい)。
【0044】
したがって、本発明のベクターシステムを、年齢を重ねたヒト患者、例えば、幼児(2~6歳)、小児(6~12歳)、ティーンエイジャー(12~18歳)又は成人(18歳以上)に投与することも可能である。
【0045】
したがって、全体として、3か月~25歳のヒト患者に本発明のベクターシステムを投与することが好ましい。
【0046】
本発明の患者は、特に、言語習得後にDFNB9難聴に侵されていると診断されたヒトの乳児である。
【0047】
別の特定の実施形態において、本発明の患者は6歳以上のヒトであり、すなわち、中枢神経系が完全に成熟しているときに治療の投与が行われる(図7を参照)。
【0048】
特定の実施形態において、本発明のベクターシステムは、温度感受性変異によって誘発されるDFNB9難聴に罹患しているヒト患者、好ましくは上記のオトフェリン温度感受性変異の少なくとも1種を保有するティーンエイジャー又は成人に投与される。
【0049】
本明細書で使用される場合、「治療する」という用語は、患者の聴覚を部分的又は完全に回復させるために、治療有効量の本発明のベクターシステムの1つをDFNB9難聴に罹患している患者への投与を意味することを意図する。上記の回復は、電気生理学的デバイスにより聴性脳幹反応(ABR)を試験することによって評価され得る。「DFNB9難聴の治療」は、特に、関与する細胞メカニズムに関係なく、聴覚機能の完全な回復を指すことを意図する。
【0050】
温度感受性変異を有する患者の場合、本発明のベクターシステムを投与して、体温調節によって誘発される聴覚低下を予防することもできる。本発明の文脈において、「予防する」という用語は、可聴周波数範囲内の聴覚低下を弱めるか又は遅らせることを指す。
【0051】
これら及びその他のDFNB9患者において、本発明のベクターシステムは、聴覚低下が発生する前に予防するため、及び聴覚低下が既に発生している場合に聴力を回復させるための両方に投与可能である。
【0052】
内耳への複数の送達経路が検討されてきた。これらには、正円窓膜(RWM)及び卵円窓を介した外リンパ腔への注射、並びに蝸牛切開による鼓室階又は前庭階への注射が含まれる。外リンパ腔全体への分布は、これらすべての送達経路に対して実証されている。さらに、蝸牛及び前庭器官を通る移流の流れは、注射部位から内耳のより離れた領域への治療薬の分布を容易にすることができることが実証されている。内リンパ腔への送達は、蝸牛切開を介した中央階への送達、カナロストミー(canalostomy)及び注射による内リンパ嚢への送達も検討されてきた。これらのアプローチもまた幅広い分布をもたらしたが、高カリウムの内リンパと外リンパとの間のバリアを破るという追加の課題に直面している。バリアの破壊は、2つの潜在的な問題を引き起こす。第一に、有毛細胞及びニューロンの外底面を浸す外リンパ腔への高カリウムの漏出は、これらの細胞を慢性的に脱分極させ、細胞死を引き起こす可能性がある。第二に、内リンパと外リンパとの間のタイトジャンクションの破れは、通常+80~+120mVの範囲である蝸牛内電位の低下につながり得る。蝸牛内電位の低下は、有毛細胞における感覚伝達の駆動力を低下させ、したがって、蝸牛感度の低下及び聴覚閾値の上昇につながる。これらの合併症を回避することは、成人の蝸牛では特に困難である。しかしながら、蝸牛内直流電位を有しないが、蝸牛の内リンパ腔と連続している前庭系の内リンパ腔を標的にすることにより、蝸牛内に十分な分布を依然として提供しながら、これらの交絡問題を最小限に抑えることができる(Ahmed et al, JARO 18:649-670 (2017))。
【0053】
蝸牛は高度に区画化されており、血液蝸牛関門(BCB)によって身体の残りの部分から分離されている。これにより、治療注射量及び身体の全身循環系への漏出が最小限に抑えられ、蝸牛の免疫特権が保護され、全身性の悪性の免疫応答の可能性が低くなる。蝸牛の有毛細胞及び支持細胞は通常は、分裂しないため、蝸牛の細胞は安定したままであり、したがって、持続的な導入遺伝子発現のために非組み込みウイルスベクター(例えば、AAV)を使用することが可能である。
【0054】
後半規管はヒトにおいてもアクセス可能であると思われるため、三半規管アプローチは、ヒトの治験における将来の蝸牛遺伝子治療のための有望な注射経路として提案されている(Suzuki et al., Sci. Rep. 7:45524 (2017); Yoshimura et al., Sci. Rep. 8:2980 (2018))。
【0055】
本発明の好ましい実施形態において、本発明のベクターシステムは、臨床の耳鼻科手術の実務において日常的に使用される2つの一般的でよく確立された技術のうちの1つを介してヒトの耳に投与される。より正確には、これらのアプローチは、外リンパ腔を対象とするために採用される。この目的のために、マイクロカテーテルを使用した注射は、レーザーアブミ骨切除術(アブミ骨を横切って(trans-stapes))を使用した卵円窓、又は乳様突起を横切って(transmastoid)/正円窓を横切って(trans-round window)のいずれかを通じて実施される(Dai C. et al, JARO, 18:601-617, 2017)。
【0056】
静脈内注射又は注入による全身投与も可能である。
【0057】
本発明のベクターシステムは、内有毛細胞において全長オトフェリンポリペプチド又はその機能的フラグメントの発現を誘発することができる少なくとも1種のポリヌクレオチドベクターを含む。好ましくは、上記ポリヌクレオチドベクターは、上記細胞における遺伝子の発現を特異的に可能にするプロモーターと作動可能に連結された、上記ポリペプチド又はその機能的フラグメントをコードするコード配列を含む。
【0058】
上記コード配列は、例えば、ヒト野生型オトフェリン遺伝子のアイソフォーム1のcDNA配列に対応する配列番号2のヒトオトフェリン遺伝子である(NM_19248.2=アイソフォームa又はバリアント1。これは、最も長いアイソフォームである。)。
【0059】
上記コード配列はまた、配列番号22のより短い、cDNA配列NM_0011287489.1(アイソフォームe若しくはバリアント5)、cDNA配列NM_004802.3(アイソフォームb若しくはバリアント2)、cDNA配列NM_194322.2(アイソフォームc若しくはバリアント3)又はcDNA配列NM_194323.2(アイソフォームd若しくはバリアント4)であり得る。
【0060】
様々な組織及び器官における遺伝物質の送達のために、いくつかのウイルス及び非ウイルスベクターが開発されてきた。ほとんどの場合、これらのベクターは複製能力がなく、ウイルス誘発性疾患の脅威はほとんどない。むしろ、ウイルスゲノムは部分的又は完全に削除されており、ウイルスキャプシド内に治療用DNAカーゴを含めることができるように拡張されている。一本鎖DNAを含むベクターもあれば、二本鎖DNAを含むベクターもある。本発明の文脈において特に好ましいベクターは、Ahmed et al, JARO 18:649-670 (2017)に開示されているように、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)である。
【0061】
具体的には、AAVは、パルボウイルス科の小型の複製欠損アデノウイルス依存性ウイルスである。それらは、直径20~25nmのicosaedricalキャプシド及び2つの逆方向末端反復(ITR)に隣接されている4.8kbのゲノムを有する。宿主細胞内で脱被膜後、AAVゲノムは、高分子量のヘッドトゥーテールの円形コンカテマーを形成することにより、安定したエピソーム状態で存続し得るか、又は宿主細胞ゲノムに組み込まれ得る。どちらのシナリオも、長期的且つ高レベルの導入遺伝子発現を提供する。
【0062】
AAVは、眼の遺伝子治療のヒト治験において得られた結果に基づくと、蝸牛遺伝子治療に対する有望なウイルスであるように思われる。ヒトの眼の遺伝子治療におけるAAVの成功の理由には、(1)証明された安全性プロファイル(多数のヒト試験により、AAVは病原性を欠き、免疫原性が非常に低いことが示されている)、(2)非分裂細胞における長期間の導入遺伝子発現、(3)小さなサイズであるAAV(約20nm、これはアデノウイルスの5分の1である)は、細胞の障壁を越えて拡散し、標的細胞に到達するのに役立つ(Zhang et al, Frontiers in Molecular Neuroscience, vol.11, Art.221, 2018)。
【0063】
好ましい実施形態において、本発明のベクターシステムは、上記のように、全長オトフェリンポリペプチド又はその機能的フラグメントをコードするポリヌクレオチドを含む少なくとも1種のAAV粒子を含む。
【0064】
別の好ましい実施形態において、本発明のベクターシステムは、少なくとも2種のAAV粒子を含み、それらのうち、i)1種は、オトフェリンポリペプチド若しくはその機能的フラグメントのN末端部分をコードする部分的コード配列を含むポリヌクレオチドを含み、且つ、ii)別の1種は、オトフェリンポリペプチド若しくはその機能的フラグメントのC末端部分をコードする部分的コード配列を含むポリヌクレオチドを含む。
【0065】
ヒトAAVの12種の自然発生血清型が、これまでに特徴付けられている。これらの血清型は、筋肉、肺、肝臓、脳、網膜及び血管系において異なる固有の指向性及び形質導入効率を有する。AAVのシュードタイプ決定及びキャプシドの操作についての複数の試みは、指向性及び形質導入の効率のかなりの改善をもたらした。内耳の細胞に関して、AAV1~4、7及び8は、in vivoでらせん板縁、らせん靭帯及びらせん神経節細胞に感染することが示された。IHCの感染は、AAV1~3、5、6及び8についても示された。AAV1は最も効率的であり、時折OHC及び支持細胞に感染した。また、AAV5は、クラウジウス細胞、らせん神経節及び内らせん溝細胞にも効率的であることが示された。シュードタイプベクターの中で、AAV2/1は前駆細胞に効率的に形質導入してマウス蝸牛にIHC及びOHCを生じさせることが見出され、AAV2/2はモルモット蝸牛のIHCに最適であった(Ahmed et al, JARO 18:649-670 (2017))。
【0066】
したがって、好ましい実施形態において、本発明のベクターシステムは、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9及びAAV10からなる群において選択されるAAVベクターを含む。
【0067】
より好ましい実施形態において、上記ベクターの血清型は、AAV2、AAV8、AAV5又はAAV1である。さらにより好ましい実施形態において、上記ベクターの血清型は、AAV2又はAAV8である。本発明の文脈において最も好ましい血清型であるAAV8は、現在、in vivoで試験されている。
【0068】
遺伝子発現の有効性を高め、ウイルスの意図しない拡散を防ぐために、AAVの遺伝子改変を行うことができる。これらの遺伝子改変には、E1領域の欠失、E2又はE4領域のいずれかの欠失を伴うE1領域の欠失、又はシス作用性の逆方向末端反復及びパッケージングシグナルを除くアデノウイルスゲノム全体の欠失が含まれる。そのようなベクターは、本発明に有利に含まれる。
【0069】
さらに、変異キャプシドタンパク質を有する遺伝子改変されたAAVを使用して、遺伝子発現を特定の組織タイプ、例えば聴細胞に向けることができる。この目的では、ウイルスエンベロープ内のチロシン残基がアラニン残基で置換されている、改変された血清型-2及び-8のAAVベクターを使用することができる。チロシン変異血清型-2の場合には、チロシン444をアラニンで置換することができる(AAV2-Y444A)。血清型8の場合には、チロシン733をアラニン残基で置換することができる(AAV8-Y733A)。AAV2-Y444A又はAAV8-Y733Aを使用することにより、遺伝子導入を最大10,000倍に増やすことができ、蝸牛の感覚有毛細胞に感染するために必要なAAVの量を減らすことができる。
【0070】
好ましい実施形態において、オトフェリンポリペプチド又は遺伝子又はその機能的フラグメントを発現する本発明のポリヌクレオチドは、すべてのチロシン残基がフェニルアラニン残基で置換された組換えAAV2粒子(Petrs-Silva H et al, Mol. Ther. 19, 293-301 (2011)及び実施例に記載されるAAV2(Y->F)又はQuad Y-F)に含まれる。キャプシドタンパク質の外表面上の変異チロシン残基には、例えば、Tyr252からPhe252(Y252F)、Tyr272からPhe272(Y272F)、Tyr444からPhe444(Y444F)、Tyr500からPhe500(Y500F)、Tyr700からPhe700(Y700F)、Tyr704からPhe704(Y704F)、Tyr730からPhe730(Y730F)及びTyr733からPhe733(Y733F)の変異が含まれるが、これらに限定されない。これらの改変されたベクターは、正円窓膜を横切るベクターの浸透を促進し、これにより、蝸牛の有毛細胞/らせん神経節ニューロンへのベクターの非侵襲的送達が可能になる。これらの変異ベクターはプロテアソームによる分解を回避し、それらの形質導入効率が大幅に向上する。
【0071】
天然の血清型1~10に由来するその他の組換えAAV粒子には、AAV2-AAV3ハイブリッド、AAVrh.10、AAVhu.14、AAV3a/3b、AAVrh32.33、AAV-HSC15、AAV-HSC17、AAVhu.37、AAVrh.8、CHt-P6、AAV2.5、AAV6.2、AAV2i8、AAV-HSC15/17、AAVM41、AAV9.45、AAV6(Y445F/Y731F)、AAV2.5T、AAV-HAE1/2、AAVクローン32/83、AAVShH10、AAV8(Y733F)、AAV2.15、AAV2.4、AAVM41及びAAVr3.45が含まれる(Asokan A. et al, Mol. Therapy, vol.20 n°4, 699-708, 2012)。
【0072】
これまでに報告されている内耳有毛細胞の形質導入に最も高い効率を有することが示されている合成ベクターAnc80L65を使用することも可能である(Suzuki et al., Sci. Rep. 7:45524 (2017))。Gyorgy et al, Mol. Ther. 25(2):379-391, 2017によって提案されたように、エクソソーム関連AAVを使用することもできる。
【0073】
パッケージング能力を高めるためにキャプシドが改変されているオーバーロードされたAAV/PHP.Bベクター(overloaded AAV/PHP.B vector)を使用することもできる。
【0074】
異種ポリヌクレオチド又はコンストラクトを含むウイルス及びビリオンを調製する方法は、当技術分野で知られている。AAVの場合には、AAVヘルパー機能に適したアデノウイルス遺伝子を含むアデノウイルス又はポリヌクレオチドコンストラクトを細胞に同時感染させる又はトランスフェクトすることができる。材料及び方法の例は、例えば、US8,137,962及びUS6,967,018に記載されている。
【0075】
当業者は、本発明のベクターの投与前に、標的細胞に応じて、WO2011/075838で提案されているように正円窓膜の透過性を増強することが必要か否かを容易に決定するであろう。
【0076】
AAVが使用される場合でさえ、本発明のシステムは、1つのベクターシステムであり得る。この場合には、改変されたキャプシドを使用してもよい(AAV/PHP.Bベクター参照)。
【0077】
選択されたAAVキャプシドが、5キロ塩基の制限されたパッケージング容量を有する場合、例えば、参照により本明細書に組み込まれるWO2013/075008に開示されるようなデュアルベクターシステムを使用することがより良い。
【0078】
本発明者らは、上記デュアルAAVベクターアプローチを使用して、オトフェリン遺伝子の2つの半分の部分を内有毛細胞に提供し、内有毛細胞において相同組換えが起こり、全長タンパク質が発現される。本発明者らの結果は、2種の異なるAAVベクターが標的の内有毛細胞を効率的に形質導入することができ、内有毛細胞においてオトフェリンタンパク質が産生され、DFNB9の無効化(invalidation)による先天性難聴に罹患しているOTOF KOマウスの重度の難聴表現型を長期的に回復させ得ることを示している。
【0079】
したがって、本発明のベクターシステムは、好ましくは、少なくとも2種のAAV粒子を含み、
前記AAV粒子のそれぞれが、
a)第1のポリヌクレオチドであって、前記第1のポリヌクレオチドの各末端に逆方向末端反復を含むとともに、前記逆方向末端反復の間に5’から3’に向かって、適切なプロモーターと、それに続く、オトフェリン遺伝子のN末端部分を含む部分的コード配列と、スプライスドナー部位とを含む前記第1のポリヌクレオチド、又は
b)第2のポリヌクレオチドであって、前記第2のポリヌクレオチドの各末端に逆方向末端反復を含むとともに、前記逆方向末端反復の間に5’から3’に向かって、スプライスアクセプター部位と、オトフェリン遺伝子のC末端部分を含む部分的コード配列と、場合により、それに続くポリアデニル化配列とを含む前記第2のポリヌクレオチド
のいずれかを含み、
前記第1及び第2のポリヌクレオチドが、それぞれ、前記第1のポリヌクレオチド中の前記スプライスドナー部位の後に位置する組換え誘導配列、及び、前記第2のポリヌクレオチド中の前記スプライスアクセプター部位の前に位置する組換え誘導配列(recombinogenic sequence)を含み、且つ、
前記第1及び第2のポリヌクレオチド中の前記コード配列が、組み合わさると、前記全長オトフェリンポリペプチドをコードする。
【0080】
この好ましい実施形態は、「第1」及び「第2」のポリヌクレオチドを使用する。しかしながら、「第1」及び「第2」は、特に明記されていない限り、特定の順序又は重要性を意味するものではないことを理解されたい。
【0081】
図1及びWO2013/075008において説明されるように、この特定の実施形態において使用される第1及び第2のポリヌクレオチドは、標的細胞におけるオトフェリンタンパク質の適切な組換え及び発現を誘導するために特定の遺伝的成分を含む必要がある。
【0082】
これらの特定の成分は以下のとおりである。
【0083】
・ITR
本発明のいくつかの実施形態において、OTOF遺伝子の部分的又は全長のcDNAが、2つのITR含有プラスミドに挿入される。
【0084】
AAVベクターを使用する場合、本明細書に記載のポリヌクレオチドのITR配列は、任意のAAV血清型(例えば、1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10)に由来してもよく、或いは複数の血清型に由来してもよい。本明細書で提供されるポリヌクレオチドのいくつかの実施形態において、ITR配列は、AAV2に由来する。ITR配列及びITR配列を含むプラスミドは当技術分野で知られており、市販されている。
【0085】
発現コンストラクトの5’末端に隣接する例示的なAAV2のITR配列は、配列番号10の配列を含む。発現コンストラクトの3’末端に隣接する例示的なAAV2のITR配列は、配列番号11の配列を含む。
【0086】
このようなITRはまた、本発明のポリヌクレオチドが単一のベクターシステムである場合にも有利に使用することができる。
【0087】
・適切なプロモーター
本発明のベクターシステムにおける使用が企図されるプロモーターには、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、SV40プロモーター、ラウス肉腫ウイルス(RSV)プロモーター、キメラCMV/ニワトリβ-アクチンプロモーター(CBA)及びトランケートフォームのCBA(smCBA)(米国特許第8,298,818号)が含まれるが、これらに限定されない。特定の実施形態において、プロモーターは、CMV及びβ-アクチンプロモーターを含むキメラプロモーターである。
【0088】
好ましい実施形態において、本発明のベクターシステムにおいて使用されるプロモーターは、配列番号8のトランケートされたキメラCMVβアクチン(smCBA)プロモーター、又は配列番号8と少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%又は100%の配列同一性を含むプロモーターである。
【0089】
そのようなプロモーターはまた、本発明のポリヌクレオチドが単一のベクターシステムである場合に有利に使用され得る。
【0090】
プロモーターは、当技術分野で知られている標準的な技術を使用してベクターに組み込むことができる。プロモーターの複数のコピー又は複数種のプロモーターを本発明のベクターシステムにおいて使用することができる。一実施形態において、プロモーターは、その天然の遺伝的環境における転写開始部位からの距離とほぼ同じ転写開始部位からの距離に配置可能である。この距離におけるいくらかの変動は、プロモーター活性を実質的に低下させることなく許容される。転写開始部位は通常、ベクターに含まれる。
【0091】
・in vivoにおいてcDNAの2つの半分の配列の相同組換えを促進して、トランスフェクトされた内有毛細胞内でOTOFポリペプチドの全コード配列を生成し、その発現を生じる組換え誘導配列
いくつかの実施形態において、本発明の2種のポリヌクレオチド(例えば、第1及び第2のポリヌクレオチド)は、細胞に送達された2種のポリヌクレオチド間の相同組換えを促進することができる、いわゆる「組換え誘導領域(recombinogenic region)」を含む(例えば、Ghosh et al. Hum Gene Ther. 2011 Jan;22(l):77-83を参照)。
【0092】
この組換え誘導領域は、典型的には、第2のポリヌクレオチド中に相同領域を有する第1のポリヌクレオチドの第1の領域であり、又はその逆である。2種の領域は、好ましくは、上で定義したように少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%又は100%の同一性を互いに有する配列同一性の閾値レベルを有する。
【0093】
この組換え誘導領域は、好ましくは、50~500、50~400、50~300、100~500、100~400、100~300、200~500、200~400又は200~300ヌクレオチドで構成されるサイズを有する。
【0094】
好ましい実施形態において、2種の領域は同一であり、200~300ヌクレオチドで構成されるサイズを有する。
【0095】
これらの組換え誘導配列は、標準的なストリンジェントな条件下及び標準的な方法の下で互いにハイブリダイゼーションを可能にするのに十分に相同である配列を有する。
【0096】
本明細書で使用される場合、ハイブリダイゼーションの「ストリンジェントな」条件は、ハイブリダイゼーションが、通常、6xSSPE、5xデンハルト溶液、0.1%SDS、0.1mg/mL変性DNA中のDNAハイブリッドの融解温度(Tm)より20~25℃下の温度で一晩行われる条件を指す。融解温度は以下の式:Tm=81.5C+16.6Log[Na+]+0.41(%G+C)-0.61(%ホルムアミド)-600/塩基対中の二重鎖の長さによって表される。
【0097】
洗浄は通常、以下のように行われる。(1)1xSSPE、0.1%SDS中で室温において15分間を2回(低ストリンジェンシー洗浄)。(2)0.2xSSPE、0.1%SDS中でTm-20℃において15分を1回(中程度のストリンジェンシー洗浄)。
【0098】
より好ましい実施形態において、2種の領域は同一であり、配列番号9の配列又は配列番号9と少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%又は100%の配列同一性を有する相同配列を有する。
【0099】
・スプライスドナー部位及びスプライスアクセプター部位
in vivoで組換えられると、全長のcDNAには、組換え誘導領域からのスプライシングを引き起こすスプライスドナー/スプライスアクセプターのペアが含まれる。本発明のデュアルベクターシステムに含まれるポリヌクレオチドは、スプライスドナー部位又はスプライスアクセプター部位を含む。好ましい実施形態において、スプライスドナー部位及び/又はスプライスアクセプター部位は、スプライスコンセンサス配列を含む。より好ましい実施形態において、本発明のベクターシステムに含まれるポリヌクレオチドによって有されるスプライスドナー部位及び/又はスプライスアクセプター部位は、アルカリホスファターゼ酵素に由来するスプライスコンセンサス配列を含む。
【0100】
好ましい実施形態において、本発明のデュアルベクターシステムに含まれるポリヌクレオチドは、それぞれスプライスドナー部位及びスプライスアクセプター部位として配列番号12及び/又は配列番号13を含むか、或いは、配列番号12及び/又は配列番号13と少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%又は100%の配列同一性を含むスプライス部位を含む。
【0101】
シングル又はデュアルベクターシステムのいずれかに含まれる本発明のポリヌクレオチド配列は、ベクターが発現される内有毛細胞において機能的であるその他の調節成分(regulatory component)を含み得る。当業者は、ヒト内有毛細胞において使用するための調節エレメントを選択することができる。調節エレメントには、例えば、内部リボソーム進入部位(IRES)、転写終結配列、翻訳終結配列、エンハンサー及びポリアデニル化エレメントが含まれる。
【0102】
転写終結領域は、通常、真核生物又はウイルスの遺伝子配列の3’非翻訳領域から取得され得る。転写終結配列は、コード配列の下流に配置されて、効率的な終結を提供することができる。シグナルペプチド配列は、作動可能に連結されたポリペプチドを、特定のオルガネラコンパートメントからタンパク質の作用部位及び細胞外環境に至るまで、広範囲の翻訳後の細胞目的地に再配置するのに関与する情報をコードするアミノ末端配列である。エンハンサーは、遺伝子の転写を増加させるシス作用性エレメントであり、ベクターに含まれ得る。エンハンサーエレメントは当技術分野で知られており、CaMV 35Sエンハンサーエレメント、サイトメガロウイルス(CMV)初期プロモーターエンハンサーエレメント及びSV40エンハンサーエレメントが含まれるが、これらに限定されない。
【0103】
構造遺伝子によってコードされるmRNAのポリアデニル化を指示するDNA配列もベクターに含まれ得る。
【0104】
デュアルベクターアプローチは、限られたパッケージング容量を有するビリオンにより簡単にパッケージングするために、OTOF遺伝子のコード配列を2つの部分に分割するのに有利である。AAVキャプシドを使用する場合、5キロ塩基以下、4キロ塩基以下、さらにより好ましくは3キロ塩基以下を含むOTOFコード配列を含むポリヌクレオチドを使用することが好ましい。
【0105】
ヒトOTOF遺伝子のコード配列は、好ましくは、天然のスプライシング部位において切断される。
【0106】
例えば、配列番号2のヒトOTOF遺伝子アイソフォーム1は、配列番号3に示されるヌクレオチド配列を有するN末端部分(配列番号2のヌクレオチド1~2676)と、配列番号4に示されるヌクレオチド配列を有するC末端部分(配列番号2のヌクレオチド2677~5994)とに分割され得る。そして、配列番号22を有するヒトOTOF遺伝子アイソフォーム5は、配列番号3のN末端部分と配列番号23のC末端部分とに分割され得る。
【0107】
本発明のベクターシステムにおいて第1及び第2のポリヌクレオチドとして使用可能な例示的なポリヌクレオチドは、例えば、それぞれ、配列番号19及び配列番号20である。これら2種のポリヌクレオチドは、オトフェリンヒトタンパク質のアイソフォーム1のN末端部分及びC末端部分をそれぞれコードしている。
【0108】
配列番号19は、
・配列番号10の配列を有するAAV2の5’ITR配列(nt 20~162)、
・CMVエンハンサー(nt 186~440)、ニワトリβ-アクチンプロモーター(nt 441~835)、β-アクチンタンパク質のエクソン1及びキメライントロン(nt 836~1130)(3つすべてで「smCBA」と呼ばれ、配列番号8の配列に対応する)、
・配列番号3の配列を有するヒトオトフェリンアイソフォーム1コード配列の5’部分(nt 1153~3558)、
・配列番号12の配列を有するアルカリホスファターゼのスプライスドナー部位(nt 3559~3642)、
・配列番号9の配列を有する組換え誘導配列(nt 3649~3935)、及び
・配列番号11の配列を有するAAV2の3’ITR配列
を含む。
【0109】
他方、配列番号20は、
・配列番号10の配列を有するAAV2の5’ITR配列(nt 20~162)、
・配列番号9の配列を有する組換え誘導配列(nt 207~493)、
・配列番号13の配列を有するアルカリホスファターゼのスプライスアクセプター部位(nt 516~564)、
・配列番号4の配列を有するヒトオトフェリンアイソフォーム1のコード配列の3’部分(nt 565~4152)、
・ウシ成長ホルモンのポリアデニル化シグナル(nt 4190~4411)、及び
・配列番号11の配列を有するAAV2の3’ITR配列
を含む。
【0110】
本発明のベクターシステムにおいて第1及び第2のポリヌクレオチドとして使用可能な例示的なポリヌクレオチドは、例えば、それぞれ、配列番号19及び配列番号21である。これら2種のポリヌクレオチドは、配列番号22のオトフェリンヒト遺伝子のアイソフォーム5のN末端部分及びC末端部分をそれぞれコードしている(アイソフォーム1及び5のN末端部分は同一であるため、配列番号19を使用して2種のアイソフォームの発現を誘導することができる)。
【0111】
配列番号21は、
・配列番号10の配列を有するAAV2の5’ITR配列(nt 20~162)、
・配列番号9の配列を有する組換え誘導配列(nt 207~493)、
・配列番号13の配列を有するアルカリホスファターゼのスプライスアクセプター部位(nt 516~564)、
・配列番号23を有するヒトオトフェリンアイソフォーム5のコード配列の3’部分(nt 565~4152)、
・ウシ成長ホルモンのポリアデニル化シグナル(nt 4190-4411)、及び
・配列番号11の配列を有するAAV2の3’ITR配列
を含む。
【0112】
本発明の医薬組成物
別の態様において、本発明は、上記のような本発明のベクターシステム(すなわち、ポリヌクレオチド又はそれを含むビリオン)を含む、成熟した聴覚系を有し、DFNB9難聴に罹患している患者、特にヒト患者を治療するための、又はDFNB9変異を有する患者においてDFNB9難聴を予防するための医薬組成物を対象とする。
【0113】
より一般的には、この医薬組成物は、DFNB59遺伝子発現の変化又は欠損による先天性の聴覚低下に罹患しているヒト対象に投与可能である。上記欠損は、例えば、オトフェリンが正常レベルで発現されているが機能していない場合に観察され得る。
【0114】
言い換えれば、本発明は、成熟した聴覚系を有し、DFNB59遺伝子発現の変化又は欠損に関連する上記に記載された障害に罹患している患者、特にヒトを予防及び/又は治療することを目的とした医薬組成物を製造するための、上記の本発明のベクターシステムの使用に関する。
【0115】
本明細書で使用される場合、「薬学的に許容可能な担体」には、生理学的に適合性のあるありとあらゆる溶媒、分散媒、コーティング、抗菌剤及び抗真菌剤、等張剤及び吸収遅延剤等が含まれる。薬学的に許容可能な担体の例には、水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、デキストロース、グリセロール、エタノール等のうちの1種又は2種以上、並びにそれらの組み合わせが含まれる。多くの場合において、等張剤、例えば、糖、多価アルコール(例えば、マンニトール、ソルビトール)、又は塩化ナトリウムを組成物に含めることが好ましい場合がある。薬学的に許容可能な担体は、抗酸化化合物又はそれを含む医薬組成物の貯蔵寿命又は有効性を高める少量の補助物質、例えば、湿潤剤又は乳化剤、防腐剤又は緩衝剤をさらに含むことができる。
【0116】
本発明の医薬組成物は、様々な形態であり得る。これらには、液体、半固体及び固体の剤形、例えば、液体溶液(例えば、注射可能及び注入可能な溶液)、分散液又は懸濁液、錠剤、ピル、粉末、リポソーム及び坐剤が含まれる。使用される形態は、意図される投与様式及び治療用途に依存する。典型的な組成物は、注射可能又は注入可能な溶液の形態である。
【0117】
医薬組成物は、通常、製造及び保管の条件下で無菌且つ安定でなければならない。本発明の医薬組成物は、好ましくは、溶液、マイクロエマルジョン、分散液、リポソーム又は高薬物濃度に適したその他の規則正しい構造として調合される。滅菌注射液は、本発明のベクターを必要な量で適切な溶媒に、必要に応じて上に列挙した成分の1種又は組み合わせとともに組み込み、次いで、濾過滅菌することによって調製され得る。一般に、分散液は、本発明のベクターを、基本的な分散媒及び上に列挙されたものからの必要なその他の成分を含む滅菌ビヒクルに組み込むことによって調製される。無菌の注射可能な溶液を調製するための無菌の凍結乾燥粉末の場合、好ましい調製方法は、真空乾燥及び噴霧乾燥であり、これにより、その事前に滅菌濾過された溶液からの有効成分及び任意の追加の所望の成分の粉末が得られる。溶液の適切な流動性は、例えば、コーティング、例えば、レシチンの使用によって、分散液の場合には必要な粒子サイズの維持によって、及び界面活性剤の使用によって維持され得る。注射可能な組成物の長期吸収は、吸収を遅らせる薬剤、例えば、モノステアリン酸塩及びゼラチンを組成物に含めることによって達成可能である。
【0118】
本発明の文脈において、本発明の組成物の典型的な投与様式は、鼓室内(中耳)、蝸牛内又は非経口(例えば、静脈内、皮下、腹腔内、筋肉内、髄腔内)である。一例において、本発明の医薬組成物は、静脈内注入又は注射によって投与される。別の例において、本発明の医薬組成物は、定位送達(stereostatic delivery)を使用して、特に中耳に鼓膜又は乳様突起(mastoid)を介して、特定の場所に送達される。
【0119】
より正確には、本発明の組成物は、レーザーアブミ骨切除術(アブミ骨を横切って)を使用した卵円窓、又は乳様突起を横切って/正円窓を横切ってのいずれかを通じて実施されるマイクロカテーテルを使用して投与され得る(Dai C. et al, JARO, 18:601-617, 2017)。
【0120】
本発明の好ましい実施形態において、本発明の医薬組成物は、蝸牛内投与を介して、より正確には、前庭系の内リンパ腔を標的とすることによって、又は上記の三半規管アプローチによって、ヒトの耳に投与される。
【0121】
本発明の医薬組成物は、典型的には、「治療有効量」又は「予防有効量」の本発明のベクターを含む。「治療有効量」は、所望の治療結果を達成するために、この場合、許容することができない毒性又は望ましくない副作用なしに聴覚低下の予防及び治療の両方に対して、必要な投与量及び期間で有効である本発明のベクターの量を指す。
【0122】
本発明のベクターの治療有効量は、要因、例えば、対象の病状、年齢、性別及び体重、並びに同様に所望の応答を誘発する上記化合物の能力に従って変化し得る。治療有効量はまた、特許請求の範囲の化合物の毒性又は有害な効果を、治療的に有益な効果が上回る量であり得る。「予防有効量」は、所望の予防結果を達成するために、必要な投与量及び期間で有効である本発明のベクターの量を指す。典型的には、予防用量は、疾患になる前又は疾患の初期段階の対象に使用可能であるため、予防有効量は、通常、治療有効量よりも少ない。
【0123】
投与計画を調製して、最適な所望の応答(例えば、治療的又は予防的応答)を提供することができる。例えば、単一のボーラスを投与することができ、いくつかの分割された用量を経時的に投与することができ、或いは治療状況の緊急性によって示されるように、用量を相対的に減少又は増加させることができる。本明細書で使用される投与単位形態は、治療される哺乳動物対象の単一投与量として適した物理的に別個の単位を指す。各単位は、必要な医薬担体とともに、所望の治療効果又は予防効果を生み出すように計算された、本発明の所定量のベクター化合物を含む。投与単位形態の仕様は、(a)ベクターの固有の特性及び達成される特定の治療効果又は予防効果、並びに(b)対象における聴覚低下を治療又は予防するためのそのようなベクターを調合する技術に固有の制限によって決定され、直接依存する場合がある。
【0124】
第1及び第2のAAV粒子が使用されるいくつかの実施形態において、第1及び第2のAAVポリヌクレオチド/粒子は、同じ組成物内又は異なる組成物内に含まれ得、一緒に又は別々に投与され得る。
【0125】
いくつかの実施形態において、本発明の組成物は、10~1014粒子/mL若しくは1010~1015粒子/mL、又はいずれか範囲の間の任意の値、例えば、約10、10、10、10、1010、1011、1012、1013又は1014粒子/mLを含む。一実施形態において、本発明の組成物は、1013AAV粒子/mL超を含む。
【0126】
いくつかの実施形態において、第1のポリヌクレオチドを含む第1のAAV粒子及び第2のポリヌクレオチドを含む第2のAAV粒子が投与される場合、投与される量は、両方の粒子について同じである。
【0127】
本発明はまた、成熟した聴覚系を有し、DFNB9難聴に罹患している患者、特にヒト患者への、ベクターシステム及びそれを含む医薬組成物の投与を含む治療方法に関する。上に開示されたすべての実施形態は、上記治療方法に適用される。
【0128】
図面の簡単な説明
図1は、デュアルAAVベクター送達後のHEK293細胞におけるオトフェリンの発現を示す。
(A)この研究で使用された組換えAAVベクターのペアと、同時感染細胞における全長タンパク質オトフェリンを生成する組換え、転写、スプライシング及び翻訳のプロセスとの概略図。組換えAAV-Otof NT及びAAV-Otof CTベクターには、それぞれオトフェリンcDNAの5’部分及び3’部分が含まれる。2種の組換えベクターに存在する組換え誘導性のブリッジ配列(bridging sequence)は、灰色の球により示されている。タンパク質の図の下の赤いバーは、オトフェリンのN末端部分及びC末端部分に対する抗体を生成するために使用された2種のペプチドを示す。略語:ITR、逆方向末端反復;smCBA、サイトメガロウイルス前初期/ニワトリβ-アクチンキメラプロモーター;SA、スプライスアクセプター部位:SD、スプライスドナー部位;polyA、ポリアデニル化シグナル;C2、C2ドメイン;TM、膜貫通ドメイン。
(B)HEK293細胞に、AAV-Otof NT単独で(上のパネル)、AAV-Otof CT単独で(中央のパネル)、又はAAV-Otof NT及びAAV-Otof CTを合わせて(下のパネル)感染させた。48時間後に、タンパク質のC末端部分に対して作製されたポリクローナル抗体によってオトフェリン(緑)に対してHEK293細胞を染色し、DAPI(青)によって細胞核を標識した。同時感染した細胞のみがオトフェリンを産生する。スケールバー:15μm。
【0129】
図2は、P10のOtof-/-マウスにおけるデュアルAAV媒介遺伝子治療が、オトフェリンの発現を回復させ、難聴を予防することを示す。
(a)左パネル:P70においてオトフェリン(緑)に対して免疫染色された、注射された蝸牛の中回転及び頂回転(middle and apical turns)のモザイク共焦点画像。細胞核はDAPI(青)により染色されている。IHCの大部分は、オトフェリンを発現しているが、外有毛細胞(OHC)のいずれもオトフェリンを発現していない。矢頭は、形質導入されていないIHCを示す。挿入図:ボックスで囲われた領域の高倍率。スケールバー:50μm及び10μm(挿入図)。右パネル:オトフェリン(緑)、リボンタンパク質リブアイ(ribeye)(青)、及びシナプス後グルタミン酸受容体のGluA2サブユニット(赤)に対して共免疫染色されたIHCの画像。シナプスの活性帯(active zone)は、オトフェリンを発現する形質導入されたIHCにおいて通常の分布を有するが、形質導入されていないIHC(破線で示されている)ではクラスター(矢頭)を形成する傾向がある。スケールバー:5μm。
(b)左パネル:デュアルAAV注射の4週間後、Otof-/-マウス(緑色のドット、n=8)は、クリック音又は8kHz、16kHz及び32kHzの周波数におけるトーンバーストに応答して、野生型マウス(黒色のドット、n=8)に近いABR閾値を示した。対照的に、AAV-Otof NT(オレンジ色のドット、n=3)を投与された又は注射なし(青色のドット、n=6)のOtof-/-マウスには、86dB SPLの音響強度まで識別可能なABR波が見られなかった。右パネル:P10において処置されたOtof-/-マウス(矢印)において、クリック音刺激に対する聴覚閾値は回復後少なくとも6か月間安定していた。
(c)左パネル:野生型マウス、Otof-/-マウス(Otof-/-)、及びレスキューされたOtof-/-マウス(注射されたOtof-/-)における、治療用注射の3週間後に記録されたABRトレースは、野生型マウス及びレスキューされたマウスで同様の波形を示す。右パネル:レスキューされたOtof-/-マウス(灰色、n=8)及び野生型マウス(黒色、n=5)におけるABR I波の潜時及び正規化されたABR I波の振幅を示す棒グラフ。
【0130】
図3は、P17のOtof-/-マウスにおけるデュアルAAV媒介遺伝子治療が、オトフェリンの発現及び聴覚を永続的に回復させることを示す。
(a)左パネル:P80においてオトフェリン(緑)に対して免疫染色された、注射された蝸牛の中回転及び頂回転のモザイク共焦点画像。細胞核はDAPI(青)により染色されている。ほとんどのIHCは、オトフェリンを発現しているが、外有毛細胞(OHC)は、オトフェリンを発現していない。矢頭は、形質導入されていないIHCを示す。挿入図:ボックスで囲われた領域の高倍率。スケールバー:50μm及び10μm(挿入図)。右パネル:オトフェリン(緑)、リボンタンパク質リブアイ(青)、及びシナプス後グルタミン酸受容体のGluA2サブユニット(赤)に対して共免疫染色されたIHCの画像。シナプスの活性帯は、オトフェリンを発現する形質導入されたIHCにおいて通常の分布を有するが、形質導入されていないIHC(破線で示されている)ではクラスター(矢頭)を形成する傾向がある。スケールバー:5μm。
(b)左パネル:処置されたマウスにおける組換えベクターのペアの蝸牛内注射の4週間後の、処置されていないOtof-/-マウス(青色、n=5)、処置されたOtof-/-マウス(緑色、n=5)及び野生型マウス(黒色、n=5)における、クリック音又は8kHz、16kHz及び32kHzの周波数におけるトーンバースト刺激に対する応答のABR閾値。右パネル:P17(矢印)に注射を受けたOtof-/-マウスの聴覚回復の時間経過。ほぼ野生型レベルへの聴覚回復は、注射後少なくとも20週間維持される。
(c)左パネル:野生型マウス(黒)、Otof-/-マウス(Otof-/-)及びレスキューされたOtof-/-マウス(注射されたOtof-/-)における、治療用注射の2週間後に記録されたABRトレースは、野生型マウス及びレスキューされたマウスで同様の波形を示す。右パネル:レスキューされたOtof-/-マウス(n=5)のABR I波の潜時が野生型マウス(n=5)の潜時と類似しているのに対し、その正規化された振幅は野生型マウスの約半分であることを示す棒グラフ。
【0131】
図4は、P30のOtof-/-マウスにおけるデュアルAAV媒介遺伝子治療が、オトフェリンの発現及び聴力を持続的に回復させることを示す。
(a)左パネル:P40においてオトフェリン(緑)に対して免疫染色された、注射された蝸牛の中回転及び頂回転のモザイク共焦点画像。細胞核はDAPI(青)により染色されている。ほとんどのIHCは、オトフェリンを発現しているが、外有毛細胞(OHC)は、オトフェリンを発現していない。矢頭は、形質導入されていないIHCを示す。挿入図:ボックスで囲われた領域の高倍率。スケールバー:50μm及び10μm(挿入図)。右パネル:オトフェリン(緑)、リボンタンパク質リブアイ(青)、及びシナプス後グルタミン酸受容体のGluA2サブユニット(赤)に対して共免疫染色されたIHCの画像。シナプスの活性帯は、オトフェリンを発現する形質導入されたIHCにおいて通常の分布を有するが、形質導入されていないIHC(破線で示されている)ではクラスター(矢頭)を形成する傾向がある。スケールバー:5μm。
(b)処置されたマウスにおける組換えベクターのペアの蝸牛内注射の3週間後(左パネル)、14週間後及び20週間後(右パネル)の、処置されていないOtof-/-マウス(青色、n=3)、処置されたOtof-/-マウス(緑色、n=3)及び野生型マウス(黒色、n=3)における、クリック音又は8kHz、16kHz及び32kHzの周波数におけるトーンバースト刺激に対する応答のABR閾値。これらのマウスにおいて、ほぼ野生型レベルへの聴覚回復は、注射後少なくとも20週間維持される。
(c)左パネル:野生型マウス(黒)、Otof-/-マウス(Otof-/-)及びレスキューされたOtof-/-マウス(注射されたOtof-/-)における、治療用注射の7週間後に記録されたABRトレースは、野生型マウス及びレスキューされたマウスで同様の波形を示す。右パネル:レスキューされたOtof-/-マウス(n=3)のABR I波の潜時が野生型マウス(n=3)の潜時と類似しているのに対し、その正規化された振幅は野生型マウスの約半分であることを示す棒グラフ。
【0132】
図5は、Otofts/tsマウスにおけるデュアルAAV媒介遺伝子治療が、オトフェリンの正常な発現及び聴力を回復させることを示す。
(A)野生型(Otof+/+)マウス(左パネル)、Otofts/tsマウス(中央パネル)、及び処置されたOtofts/ts(右パネル)からの中回転の蝸牛(mid-turn cochlea)に位置する、オトフェリン(緑)に対して免疫染色されたIHCの共焦点画像(破線で囲まれている)。オトフェリンは、処置されていないOtofts/tsマウスにおけるIHCの基底(IHC base)で異常な凝集を示すが、処置されたマウスのIHCにおけるその発現はほぼ正常である。
(B)野生型マウス(黒)、Otofts/tsマウス(青)及びレスキューされたOtofts/tsマウス(緑)における、治療用注射の4週間後に記録されたABR波形は、野生型及びレスキューされたマウスにおいて同様の波形を示すが、処置されていない変異体ではABR波は検出されない。
【0133】
図6の図解は、ヒト及びマウスの聴覚系の成熟度の相違を示す(Shnerson and Willott, J. Comp. Physiol. Psychol. 1980 Feb; 94(1):36-40)。
【0134】
図7は、これまでに同定されたDFNB9遺伝子の変異のいくつかを示す。これらの変異は、言語習得前難聴DFNB9の劣性型に内在する。
【0135】
図8は、(A)Otofts/tsマウスの内有毛細胞におけるオトフェリンのタンパク質凝集及びミスフォールディング、及び(B)Otof+/ts及びOtofts/tsマウスにおける聴性脳幹反応(ABR)を示す(図5も参照)。
【0136】
図9は、Otofts/tsマウスに対するAAV-Otof NT組換えベクター及びAAV-Otof CT組換えベクターのペアの片側性の注射の影響を示す。注射の5週間後、3匹のOtofts/tsマウスの処置された蝸牛の感覚上皮を顕微解剖し、オトフェリンに対して免疫標識した。処置された蝸牛のIHCにおけるオトフェリンの発現が測定され、処置されていないOtofts/tsマウスにおけるその発現と比較された(図5も参照)。
【0137】
図10は、野生型、Otofts/ts及び処置されたOtofts/tsのIHCにおける(A)ICaの電位-活性化曲線及び(B)対応するΔCm応答を示す。細胞膜静電容量(ΔCm)の変化は、エキソサイトーシス中のシナプス小胞の融合をモニターするために使用された。
【実施例
【0138】
I.材料と方法
動物
C57BL/6系統において作製されたオトフェリンノックアウト(Otof-/-)マウス(Roux I. et al, Cell, 127, 277-289 (2006))は、均一なFVB遺伝的バックグラウンドを得るために、FVBマウスと10世代以上戻し交配された。これは、C57BL/6バックグラウンドとは異なり、このバックグラウンドは生後10か月以内の安定した聴覚閾値に関連しているためである(Kommareddi, P., et al. J Assoc Res Otolaryngol 16, 695-712 (2015))。組換えAAV2ベクターは、FVB遺伝的バックグラウンドにおけるOtof-/-マウスに送達された。すべての手順及び動物の取り扱いは、Institut National de la Sante et de la Recherche Medicale、パスツール研究所及びNIHの福祉ガイドラインに準拠し、カリフォルニア大学サンフランシスコ校で承認されたプロトコル要件に準拠した。手術前に、塩酸ケタミン(Ketaset、100mg/kg)、塩酸キシラジン(Xyla-ject、10mg/kg)及びアセプロマジン(2mg/kg)の混合物の腹腔内注射により、マウスを麻酔した。つま先をつまむことに対する深部組織の反応をモニターすることにより、麻酔深度をチェックした。手術前及び手術後24時間ごとに一週間、マウスにカルプロフェン(2mg/kg)を皮下注射して炎症及び痛みを軽減させた。手術後の苦痛及び異常な体重減少の兆候について動物をモニターした。
【0139】
C2Fドメインに温度感受性変異(p.E1804del)を有するマウスモデル(Otofts/ts)を作製した。Otofts/tsマウスは重度の難聴である。図8に示す結果は、これらのマウスのIHCにおけるオトフェリンの分布が、異常である/強く障害されている(そのタンパク質が内有毛細胞において凝集し、ミスフォールディングしている)ことを強調している。さらに、聴性脳幹反応(ABR)をOtof+/ts及びOtofts/tsマウスにおいて記録して、一次聴覚ニューロンの電気的応答及びクリック音刺激に対する中枢聴覚経路の連続的なニューロン伝達をモニターすると、1か月齢では、試験した様々な強度(40~86dB)でOtof+/tsマウスのABRの特徴的な波形が得られるが、Otofts/tsマウスにおいては100dBでさえ応答が得られないことが観察される。
【0140】
組換えAAV2ベクターのコンストラクト及びパッケージング
マウスオトフェリンcDNAの全長コード配列(Otof1アイソフォーム1;NM_001100395.1)を5’フラグメント(ヌクレオチド1~2448)と3’フラグメント(ヌクレオチド2449~5979)とに分割し、これらのフラグメントを合成した(Genscript、Piscataway、NJ)。5’コンストラクトは、Otof1のcDNAの5’部分(タンパク質のC2A、C2B及びC2Cドメインを含むアミノ酸1~816をコードする)とスプライスドナー(SD)部位とを含み、3’コンストラクトは、Otof1のcDNAの3’部分(タンパク質のC2D、C2E、C2F及び膜貫通ドメインを含むアミノ酸817~1992をコードする)と、スプライスアクセプター部位(SA)とを含む。さらに、両方のコンストラクトは、アルカリホスファターゼ組換え誘導性のブリッジ配列を含む[Lay Y et al, Hum Gene Ther 17, 1036-1042 (2006); Ghosh A. et al, Hum Gene Ther 22, 77-83 (2011); Dyka F.M. et al, Hum Gene Ther Methods 25, 166-177 (2014)]。NotI/NheI及びMfeI/KpnI制限エンドヌクレアーゼの認識部位をこれらのコンストラクトに追加し、次いで、以前に記載されたようにこれらのコンストラクトをAAVpTR22ベクタープラスミドに挿入し[Lay Y et al, Hum Gene Ther 17, 1036-1042 (2006); Ghosh A. et al, Hum Gene Ther 22, 77-83 (2011); Dyka F.M. et al, Hum Gene Ther Methods 25, 166-177 (2014)]、AAV-Otof NT及びAAV-Otof CTを指す組換えベクターのペアを作製する。緑色蛍光タンパク質(GFP)のcDNAを含む追加の組換えベクターを設計して、細胞形質導入のポジティブコントロールとした。組換えベクターをAAV2 quadY-Fキャプシドにパッケージし(Petrs-Silva H. et al, Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 19, 293-301 (2011))、以前に記載されたように、フロリダ大学のOcular Gene Therapy Coreによって組換えウイルスを精製及び力価測定した[Zolotukhin S. et al, Methods 28, 158-167 (2002); Jacobson SG et al., Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 13, 1074-1084 (2006)]。
【0141】
トランスフェクトされたHEK293細胞における導入遺伝子の発現
1x非必須アミノ酸、10%ウシ胎児血清(Gibco)及びペニシリン-ストレプトマイシン(Pen/Strep、Invitrogen)を補充したダルベッコ改変イーグル培地中でポリリジンコーティングカバースリップ上の6ウェルプレートにおいてHEK293細胞を増殖させた。翌日、以前に記載されたように細胞を感染させた(Lopes V.S. et al, Gene Ther 20, 824-833 (2013))。簡単に説明すると、AAV2-Otof組換えウイルス(各ベクターに10000ゲノム含有粒子/細胞)のいずれか1種又は両方を含む無血清培地200μL中で、75%コンフルエンスの細胞を含むカバースリップを37℃、5%COでインキュベートした。2時間後、1mLの完全培地を添加した。翌日、培地を交換し、細胞をさらに48時間インキュベートした。細胞を4%パラホルムアルデヒドの0.1Mリン酸緩衝生理食塩水(PBS)溶液、pH7.4により、4℃で2時間固定し、PBSにより3回リンスし、0.25%TritonX-100及び5%正常ヤギ血清を含むPBSにより室温で1時間インキュベートした。次いで、細胞を、オトフェリンのN末端部分(アミノ酸196~211)及びC末端部分(アミノ酸1848~1978)に対してそれぞれ作製された、既に特徴付けられているウサギポリクローナル抗体、14cc及びC19(Roux I. et al, Cell, 127, 277-289 (2006))(希釈1:200)とともに4℃で一晩インキュベートした。サンプルをPBSにより2回リンスし、Cy3コンジュゲートヤギ抗ウサギIgG二次抗体(Life Technologies、希釈率1:2000)を含む液と室温で2時間インキュベートした。次いで、サンプルをPBSにより2回リンスし、4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)により染色して細胞核を可視化し、Fluorsave溶剤(Biochem Laboratories、フランス)の滴下によりスライドガラスにマウントし、オリンパス共焦点免疫蛍光顕微鏡により観察した。
【0142】
蝸牛へのベクター送達
以前に記載されたように、ウイルスを左蝸牛に送達した(Akil O. et al, Neuron 75, 283-293 (2012))。麻酔をかけたOtof-/-マウスに対して、正円窓膜を介してP10、P17又はP30の蝸牛の鼓室階にAAV2-Otofベクターペアを注射した。耳には背側切開を介してアプローチした(Duan M et al, Gene Ther 11 Suppl 1, S51-56 (2004))。18Gの針によってブラ(bulla)に小さな穴を開け、鉗子によって拡張した。正円窓膜をホウケイ酸毛細管ガラスピペットにより穏やかに穿刺し、次いで、それを取り除いた。外リンパの流出が止まったら、AAV2-Otof NT(6.3x1012vg/mL)及びAAV2-Otof CT(4.5x1012vg/mL)のベクターのペアを含む固定容量(2μL)を、細いガラスマイクロピペット(外側の先端の直径は10μm)により鼓室階に1分間かけて注入した。ピペットを引き抜いて、隙間を筋膜及び脂肪組織により迅速に塞いだ。創傷は、6-0吸収性クロミック縫合糸(Ethicon)により層状に縫合された。
【0143】
聴覚検査
麻酔をかけたOtof+/+マウス、Otof-/-マウス及びレスキューされたOtof-/-マウスに、以前に記載されたように、防音チャンバー内において、様々なタイムポイントで聴覚検査を実施した(Akil O. et al, Neuron 75, 283-293 (2012))。塩酸ケタミン(Ketaset、100mg/mL)及び塩酸キシラジン(Xyla-ject、10mg/mL)の混合物の腹腔内注射によりマウスに麻酔をかけ、次いで、必要に応じて初期用量の5分の1を注射した。体温を加熱パッドにより維持し、記録中は直腸プローブによりモニターした。聴性脳幹反応(ABR)は、TDT BioSig IIIシステム(Tucker Davis Technologies)と、マウスの頭皮に配置された3つの皮下針電極(頭頂に1つ、左耳の耳介の下に1つ(参照電極)及び反対側の耳の下(接地電極))とを使用して記録された。音刺激は、クリック音(5ms持続時間、31Hz)と8kHz、16kHz及び32kHzにおけるトーンピップ(10ms持続時間、コサイン二乗形(cosine squared shaping)、21Hz)とであった。それらは無響条件で伝達され、左耳から片耳の応答が記録された(記録の間、右耳はブロックされた)。各音刺激について、脳波(EEG)活動は、フィルタリング(0.3~3kHz)を使用して25kHzのサンプリングレートにおいて20ミリ秒間記録された。512刺激及び1000刺激のEEG波形は、それぞれクリック音及びトーンバーストに対して平均化された。試験された最大強度(86dB SPL(音圧レベル))から5dB音圧レベル(SPL)間隔で音刺激強度を減少させた。目視検査時にI~V波のABRピークが明確且つ繰り返し存在する最低刺激レベルとして、聴覚閾値を定義した。保存された波形のオフライン分析によって、これらの閾値の評価を確認した。ABR I波の潜時は、クリック音刺激とI波のピーク振幅との間の時間間隔として測定された。さらに、レスキューされたOtof-/-マウスと野生型マウスとの比較に関して、ABRトレースにおけるI波ピーク振幅の値を、対照の野生型マウスの平均値(100%と見なす)に対して正規化した。
【0144】
内有毛細胞及びシナプスリボンの計数
マウス蝸牛を4%パラホルムアルデヒドの0.1M PBS(pH7.4)溶液により灌流し、同じ固定液中で4℃2時間インキュベートした。蝸牛をPBSにより3回リンスし、5%エチレンジアミン四酢酸(EDTA)の0.1M PBS溶液と4℃で一晩インキュベートすることによりカルシウムを除去した。蝸牛感覚上皮(コルチ器)を表面標本に顕微解剖し、0.25%TritonX-100及び5%正常ヤギ血清を含むPBS(ブロッキングバッファー)により室温で1時間プレインキュベートし、一晩4℃で一次抗体によりインキュベートした。以下の抗体:ウサギ抗オトフェリンC末端部分(C19、1:250希釈)1、マウス(lgG1)抗CtBP2/リブアイ、マウス(lgG2a)抗グルタミン酸受容体サブユニットA2(ミリポア、1:200希釈)及びウサギ抗GFP(Invitrogen、A11122;1:250希釈)を使用した。サンプルをPBSにより3回リンスし、適切な二次抗体:Alexa Fluor488標識抗マウスlgG1、Alexa Fluor568標識抗マウスlgG2a(Life Technologies、1:1000希釈)又はAtto Fluor647標識抗ウサギIgG(Sigma、1:200希釈)とインキュベートした。サンプルをPBSにより3回洗浄し、細胞核を染色するためにDAPIを使用して、1滴のFluorsaveによりスライドガラス上にマウントした。高解像度の対物レンズ(開口数1.4、60x油浸対物レンズ)を備えたLSM 700共焦点顕微鏡(Zeiss、Oberkochen、ドイツ)によって、コルチ器の蛍光共焦点zスタックを取得した。0.2μmのzステップにより512x512又は1024x1024ラスター(x及びyにおいてピクセルサイズ=0.036μm)で画像を取得した。最大20の共焦点画像のzスタックの3Dレンダリングによって、オトフェリン及びシナプスリボンを生成する内有毛細胞(IHC)を計数した。オトフェリン導入遺伝子を発現するIHCの割合を計算するために、オトフェリンを産生するIHCの総数を、DAPI染色された細胞核によって特定されたIHCの総数により割った(最低150回の連続分析)。
【0145】
逆転写酵素-ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)
6匹のOtof+/+マウス及びP10においてレスキューされた6匹のOtof-/-マウスの左蝸牛から、トータルmRNAを抽出した(Trizol、Invitrogen)。逆転写(RT)は、oligo dTプライマー及びsuperscript II RNaseH(Invitrogen)を使用して42℃で50分間行った。2マイクロリットルのRT反応生成物を35サイクル(94℃で30秒間、60℃で45秒間、72℃で60秒間)及び72℃で10分間の最終伸長からなるポリメラーゼ連鎖反応(PCR;TaqDNAポリメラーゼ、Invitrogen)に使用した。オトフェリンcDNA(GenBankアクセッション番号NM_001100395.1)の、AAV-Otof NTインサートとAAV-Otof CTインサートとの間の接合部を包含する2676bp中間フラグメント(ヌクレオチド27~2702)を増幅するように、PCRプライマーのペア(フォワードプライマーTGTCTCAGAGCTCCGAGGCA(配列番号14)及びリバースプライマーATCGTGGAGGAGGAACTGGGCA(配列番号15))を設計した。PCR産物を、0.5mg/mL臭化エチジウムを含む2%アガロースゲルでの電気泳動により精製し(Qiaquickゲル抽出キット、QIAGEN)、配列決定し(Elim Biopharmaceuticals)、オトフェリンcDNA配列との配列同一性を確認した。
【0146】
統計分析
データを平均±標準偏差(SD)として表す。ノンパラメトリックなマンホイットニーU検定により、すべての統計分析を実施した。統計的有意性は、図に以下のように示されている。n.s.、有意差なし;、p<0.05;**、p<0.01;***、p<0.001。
【0147】
II.結果
キメラCMV-ニワトリβ-アクチンプロモーターの制御下で緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子を発現するように、AAV2ベースのベクターを設計した。この発現カセットは、AAV2キャプシドの4つの表面チロシン(Y)残基がフェニルアラニン(F)残基に置換されている、AAV2 quadY-Fキャプシドにパッケージされており、網膜における遺伝子導入の効率を高めることが示されている(Petrs-Silva H. et al, Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 19(2):293-301 (2011))。組換えウイルスは、P2において5匹の野生型マウスの左蝸牛に正円窓膜を通じて注射された。注射の3週間後の感覚上皮のGFP免疫染色により、IHCを含む様々なタイプの細胞の形質導入を明らかにした。IHCの形質導入率は78±6%(平均±SD)であり、これらの細胞に治療遺伝子を送達するためのこのAAV血清型の適合性を実証した(図示せず)。マウスオトフェリンcDNAのコード配列を5’フラグメント(Otof NT、ヌクレオチド1~2448)と3’フラグメント(Otof CT、ヌクレオチド2449~5979)とに分割し、それらのそれぞれを組換え誘導性のブリッジ配列を有するAAVベクターに挿入した。(Ghosh A. et al, Hum Gene Ther 22(1):77-83 (2011); Dyka FM et al, Hum Gene Ther Methods 25(2):166-177 (2014))。AAV-Otof NTの組換えベクターはcDNAの5’部分に続いてスプライスドナー部位を有し、AAV-Otof CTの組換えベクターはスプライスアクセプター部位に続いてcDNAの3’部分を有する(方法及び図1を参照)。これらの組換えベクターのそれぞれは、AAV2 quadY-Fキャプシドにパッケージされた。HEK293細胞をAAV-Otof NT、AAV Otof CT又はこれらの両方の組換えウイルスに感染させ、48時間後にオトフェリンに対して免疫染色を行った。タンパク質のC末端部分又はN末端部分に対して作製された2種の異なる抗体を使用して(Roux I, et al, Cell 127:277-289 (2006))、同じ結果が得られた。オトフェリンは両方のウイルスに同時に感染した細胞でのみ検出されたため、2種のベクターが組換えされ、逆方向末端反復を介してコンカテマーを生じ、得られた転写産物を正しくスプライシングしてタンパク質を産生することができたことを示した(図1)。
【0148】
AAV-Otof NT及びAAV-Otof CT組換えベクターのペアの片側性の注射を、Otof-/-マウスに対して正円窓膜を通じて左蝸牛に、聴覚の発現前(P10)又は聴覚の発現後に単回投与した。IHCリボンシナプスの成熟はP17で依然として進行中である(the maturation of IHC ribbon synapses is still underway at P17)が(Kros CJ et al, Nature 394(6690):281-284 (1998); Wong AB et al, EMBO J 33(3):247-264 (2014))、蝸牛はP30で成熟する(the cochlea is mature at P30)ため(Song L. et al, J Acoust Soc Am 119(4):2242-2257 (2006))、聴覚の発現後の注射は、P17及びP30の2つの異なるタイムポイントのいずれかで実施された。P10において組換えベクターのペアを注射してから8週間後、3匹のOtof-/-マウスの処置された蝸牛の感覚上皮を顕微解剖し、オトフェリンを(オトフェリンタンパク質のC末端部分に対して作製された抗体によって)免疫標識して、IHC形質導入率を評価した。オトフェリンタンパク質はIHCの60%以上(64±6%、平均±SD、n=3(蝸牛))において検出されたが、その他の細胞タイプでは検出されなかった(図2a、左パネル)。この結果は、in vivoにおいて組換えAAV-ベクターのペアを局所的に送達すると、大きなcDNAが蝸牛感覚細胞中で効率的に再構成され、その細胞の大部分がそのタンパク質を持続的且つ広範囲に産生することができるという証拠を提供する。形質導入された細胞におけるプレmRNAスプライシングプロセスの精度を、RT-PCRによってチェックし、Otof NT及びOtof CTのcDNAの間の接合部を含むオトフェリン転写物の大きな断片の配列分析を行った(図示せず)。
【0149】
P10の注射から4週間後のマウスにおける聴性脳幹反応(ABR)の測定は、すべての処置されたマウス(n=8)においてクリック音刺激及びトーンバースト刺激(8kHz、16kHz及び32kHz)に応答して聴覚閾値の実質的な回復を示したが、AAV-Otof NT又はAAV-Otof CTのいずれかを単独で投与されたマウス(各n=3)、又は注射を行わなかったマウス(n=6)では回復しなかった(図2b、2c)。処置されたマウスにおけるクリック音刺激及びトーンバースト刺激の両方のABR閾値は、コントロールの野生型マウスの閾値と同様であった(n=8;マンホイットニーU検定、すべての比較についてp>0.15)。1~30週間の間の注射後のいくつかのタイムポイントにおいて、クリック音に対するABRの測定を実施することによって遺伝子治療の長期的な有効性を評価した。4週目以降から、処置されたマウスのABR閾値は、野生型マウスの閾値と有意に相違しなかった(マンホイットニーU検定、すべての段階での比較についてp>0.05)(図2b)。しかしながら、音刺激に対する一次聴覚ニューロンの電気的応答を反映するABRのI波の振幅は、野生型マウスについての平均値の39±7%(平均±SD)であった(マンホイットニーU検定、p=0.002)。一方、I波の潜時(1.15±0.09ms)は、野生型マウス(1.27±0.05ms)と同様であった(マンホイットニーU検定、p=0.06)(図2c)。
【0150】
注射から30週間後、P10において注射を受けた8匹のマウスのうちの6匹は、野生型マウスの聴覚閾値から10dB以内の聴覚閾値を有していた。したがって、聴覚の発現前の遺伝子治療は、Otof-/-マウスにおける難聴を予防する。本発明者らは、IHCリボンの約半分がOtof-/-マウスにおいて変性していることを以前に示した(Roux I, et al, Cell 127:277-289 (2006))。(シナプス後グルタミン酸受容体とともに)シナプス前リボンの数を、P10における注射から8週間後の処置されたOtof-/-蝸牛の形質導入されているIHC及び形質導入されていないIHCにおいて、免疫蛍光及び3D共焦点顕微鏡イメージングによって分析した(図2a、右パネル)。形質導入されている細胞におけるIHCあたりのリボンの数(12.5±1.8、平均±SD、n=48(3匹のマウスからの細胞))は、形質導入されていない細胞におけるIHCあたりのリボンの数(6.9±1.3、n=48(3匹のマウスからの細胞))に対してほぼ2倍であったが(マンホイットニーU検定、p<10-4)、野生型IHCあたりのリボンの数(16±1.3、n=48(3匹のマウスからの細胞))よりも低いままであった(マンホイットニーU検定、p<10-4)。これは、ABR測定におけるI波の振幅の不完全な回復を説明する可能性がある。
【0151】
組換えベクターのペアをP17又はP30のOtof-/-マウスの蝸牛に注射した後、オトフェリンは、処置された蝸牛全体のIHCでは検出されたが、反対側の蝸牛のIHCでは検出されなかった(図示せず)。IHC形質導入率は、2つの群のマウスにおいて同様であり(P17及びP30において処置されたn=5及びn=3の蝸牛についてそれぞれ82±9%及び85±7%)、P10において注射を受けたマウスよりも高かった(マンホイットニーU検定、両方の比較についてp<0.05)(図3a及び4a)。注射から4週間後のABR測定は、P17において注射を受けたすべてのマウス(n=5)で聴覚回復を示し、クリック音刺激又はトーンバースト刺激に応答したABR閾値は、野生型マウス(n=5)と著しく類似している(マン-ホイットニーU検定、すべての比較についてp>0.2)。クリック音に応答した聴覚閾値は、注射後20週間変化しなかった。これは、ABR I波の振幅の平均が野生型マウスの約半分(47±10%)であるにもかかわらず、これらのマウスにおける聴覚の持続的な回復を示している(図3b、c)。
【0152】
同様に、P30において注射を受けたOtof-/-マウスは、注射後3週間で同様の聴覚回復を示し、ABR I波の振幅の平均が野生型マウスの約半分(55±10%)であるにもかかわらず、クリック音刺激又はトーンバースト刺激に応答したABR閾値が、野生型レベルで注射後20週間持続した(n=3、マンホイットニーU検定、すべての段階比較についてp>0.5)(図4b、c)。(シナプス後グルタミン酸受容体とともに)シナプス前リボンの数を、P17及びP30において処置されたOtof-/-蝸牛の形質導入されているIHC及び形質導入されていないIHCにおいて、免疫蛍光及び3D共焦点顕微鏡イメージングによって分析した(図3a及び4a)。形質導入されている細胞におけるIHCあたりのリボンの数(10.0±1.3、平均±SD、n=48(P17において処置されてP80において分析された3匹のマウスからの細胞)、及び8.9±2.3、n=48(P30において処置されてP40において分析された3匹のマウスからの細胞))は、同じ蝸牛からの形質導入されていない細胞におけるIHCあたりのリボンの数(それぞれ、6.2±1.3、n=48細胞、及び5.8±0.7、n=48細胞)よりも高かったが(マンホイットニーU検定、両方の比較についてp<10-4)、10週齢の野生型マウスのIHC(16±1.3、n=48(3匹のマウスからの細胞))よりも低かった(マンホイットニーU検定、両方の比較についてp<10-4)。IHCあたりのリボンの数は、P15において分析された処置されていないOtof-/-マウスにおいて既に著しく減少しており(8.2±1.0、n=48(3匹のマウスからの細胞))、処置されたマウスの形質導入されていない後期におけるIHCでは予想外に安定したままであり(上記のP40、P70及びP80の値を参照)、Otof-/-マウスのIHCにおける遺伝子治療は、変性を防ぐのではなく、生成を促進することによってリボンの数を増やしたと推測され得る。
【0153】
動物にp30で投与される上記のデュアルAAV遺伝子治療を使用すると、DFNB9遺伝子にヒトの温度感受性変異を有するマウスモデル(Otofts/tsマウス)において、オトフェリンの正常な分布を回復させ、且つ、聴覚機能をほぼ正常なABR閾値まで回復させることも可能であった(図5)。
【0154】
より正確には、デュアルウイルス遺伝子治療は、上記DFNB9マウスモデルにおけるヒトの温度感受性変異によるオトフェリン凝集体を上書きすることが示された(図9)。この実験では、聴覚の発現が起きた後(P30)に、AAV-Otof NT及びAAV-Otof CT組換えベクターのペアの片側性の注射を、Otofts/tsマウスに対して正円窓膜を通じて左蝸牛に単回投与した。注射から5週間後、3匹のOtofts/tsマウスの処置された蝸牛の感覚上皮を顕微解剖し、オトフェリンに対して免疫標識した(図9を参照)。処置された蝸牛のIHC(破線)におけるオトフェリンの発現は、Otofts/tsマウスの処置されていない蝸牛におけるオトフェリン凝集体(矢印)と比較した場合、ほぼ正常であることが見出された。
【0155】
図10に示すように、この動物モデルでは、上記のデュアルウイルス遺伝子治療によってIHCのカルシウム電流及びエキソサイトーシスが回復することが最終的に見出された。
図1A
図1B
図2a
図2b
図2c
図3a
図3b
図3c
図4a
図4b
図4c
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
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