(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-28
(45)【発行日】2024-12-06
(54)【発明の名称】血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7004 20060101AFI20241129BHJP
A23L 33/125 20160101ALI20241129BHJP
A61P 3/06 20060101ALI20241129BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20241129BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241129BHJP
【FI】
A61K31/7004
A23L33/125
A61P3/06
A61P9/10 101
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2019029686
(22)【出願日】2019-02-21
【審査請求日】2022-01-13
【審判番号】
【審判請求日】2023-05-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000188227
【氏名又は名称】松谷化学工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【上記1名の代理人】
【識別番号】000188227
【氏名又は名称】松谷化学工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】金崎 茜
(72)【発明者】
【氏名】北村 範子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 匡央
【合議体】
【審判長】前田 佳与子
【審判官】池上 京子
【審判官】渕野 留香
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-530600(JP,A)
【文献】J Sci Food Agric,2017年,Vol.98,pp.2020-2026
【文献】Journal of Lipid Research,2003年,Vol.44,pp.2109-2119
【文献】Experimental Cell Research,2018年,Vol.366,pp.152-160
【文献】PNAS,2005年,Vol.102,No.15,pp.5374-5379
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K A61P A23L
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
D-プシコースを有効成分とする血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物。
【請求項2】
1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを摂取させるための請求項1記載の組成物。
【請求項3】
1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを少なくとも28日継続して摂取させるための請求項1記載の組成物。
【請求項4】
D-プシコースを有効成分とする血中PCSK9濃度上昇抑制剤。
【請求項5】
1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを摂取させるための請求項4記載の剤。
【請求項6】
1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを少なくとも28日継続して摂取させるための請求項4記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高カロリー・高コレステロール型食への変化や生活習慣の乱れから生じる肥満等により脂質異常症(高コレステロール血症、高脂血症)、及びこれに起因する動脈硬化症を発症する患者が急増しており、対策が急務となっている。
【0003】
現在、高コレステロール血症の治療薬の一つとして、HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)が認められている。しかし、スタチンは強力にLDL(低密度リポタンパク質)コレステロールを低下させるが、その副作用として横紋筋融解症のリスクが高まるため、高用量を投与することができないという問題がある。そこで、スタチンとは作用機序の異なる、LDLコレステロール低下作用を有する薬剤の開発が求められていた。
【0004】
一方、LDL受容体と結合して分解することによりその代謝を調節するPCSK9(Proprotein Convertase Subtilisin / Kexin type 9;前駆蛋白質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型)が最近注目されている。このPCSK9の体内での役割は未だ不明な点もあるが、PCSK9の発現を抑制することにより、血中LDLコレステロールが低減する効果は明らかになっている。血中LDLコレステロールは、細胞表面に存在するLDL受容体によって細胞内に取り込まれるが、PCSK9が過剰発現するとLDL受容体の分解が進み、その受容体は不足する。そうすると、血中LDLコレステロールの細胞内への取り込みは不十分となり、その結果、血中LDLコレステロールは増加するので、動脈硬化性疾患などのリスクが増加する。
【0005】
そこで、現在、血中のPCSK9の活性を阻害する又はPCSK9の発現を抑制する医薬品等の開発が進められており、例えば、特許文献1には、ヒトPCSK9(hPCSK9)に特異的に結合する完全ヒトモノクローナル抗体(mAbs)及びその抗原結合フラグメントが、特許文献2には、PCSK9mRNAを標的とするアンチセンスヌクレオチドおよびそれらのコンジュゲートが開示されている。
【0006】
しかし、これらの抗体医薬品や核酸医薬品は、特異性が高く効果が高いものの、現状では生産性が低く高価であるため、長期間の治療を必要とする患者にとっては経済的負担が大きく、また、患者によっては副作用の問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2012-511913号公報
【文献】特表2016-523094号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
よって、本発明の目的は、安価で副作用の少ない、血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物又は剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、PCSK9について種々検討した結果、思いがけなくもD-プシコースを継続的に摂取することにより、血中のPCSK9濃度の上昇を抑制できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下の[1]~[7]から構成されるものである。
[1]D-プシコースを有効成分とする血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物。
[2]1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを摂取させるための上記[1]記載の組成物。
[3]1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを少なくとも28日継続して摂取させるための上記[1]記載の組成物。
[4]D-プシコースを有効成分とする血中PCSK9濃度上昇抑制剤。
[5]1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを摂取させるための上記[4]記載の剤。
[6]1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを少なくとも28日継続して摂取させるための上記[4]記載の剤。
[7]1日に体重1kg当たり0.1g~0.5gのD-プシコースを少なくとも28日継続して摂取させる、PCSK9の血中濃度上昇を抑制する方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のD-プシコースを有効成分とする血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物を摂取することにより、PCSK9の血中濃度の上昇を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】試料(D-プシコース15g)継続摂取の初日及び最終日における試験(実施例3)の手順を示す図である。
【
図2】試料継続摂取の初日及び最終日に採血した全被験者(14名)の血中PCSK9濃度の平均値(実施例3)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明における血中PCSK9濃度の「上昇抑制」とは、試料摂取後に血中のPCSK9濃度が相対的に上昇しないことをいう。具体的には、一定期間試料を摂取し、試料摂取前後の採血した各被験者の血液中のPCSK9濃度を市販キット(例えば、サイクレックス社製の「CircuLex Human PCSK9 ELISA Kit」や、「CircuLex Mouse/Rat PCSK9 ELISA Kit」)等で測定した結果、試料摂取後の血中PCSK9濃度が、試料摂取前の血中PCSK9濃度と比較して、上昇しないことをいう。
【0014】
本発明におけるD-プシコースは、もっとも簡便には、D-フラクトースを原料に酵素(エピメラーゼ)によって生産されるが、酵素的に生産されたものに限らず、化学的に生産されたものでもよい。
【0015】
本発明の有効成分であるD-プシコースの摂取量は、少なくとも一日当たり0.05g/kg体重が必要であり、好ましくは0.1g~0.5g/kg体重、より好ましくは0.2~0.5g/kg体重、さらに好ましくは0.2~0.4g/kg体重である。本発明の組成物又は剤は、当該用量を摂取できるよう設計されるのが好ましい。
【0016】
本発明における血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物の摂取期間は、少なくとも14日であり、好ましくは28日であり、より好ましくは56日である。
【0017】
本発明における血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物又は剤の摂取方法は、特に限定されないが、例えば、水溶液、錠剤、顆粒等の形状により経口摂取することが可能であり、また、水溶液であれば、皮下注射による投与も可能である。また、摂取タイミングは、食事前、食事中、食事後のいずれでも構わないが、食事前又は食事中が好ましく、食事前であることがより好ましい。
【0018】
本発明における血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物又は剤は、飲食品に配合することもできる。例えば、ベーカリー食品、麺類、お好み焼き、たこ焼き、ホットケーキ等のスナック食品、和菓子、練り物、揚げ物のバッター、フリッター、ヨーグルト、プリン、ゼリー、マヨネーズやソース等を含めたドレッシング類、あんかけ類、アイスクリーム等の氷菓、畜肉製品、米飯類、粉末飲料、清涼飲料、炭酸飲料、ゼリーなどの各種ドリンク等への配合が例示されるが、これらに特に限定されるものではない。
【0019】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、これらによって本発明が限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
<ハムスターにおけるD-プシコース継続摂取試験>
D-プシコース摂取によるハムスターの血中のPCSK9濃度に対する影響を確認した。実験動物は5週齢の雄のGolden Syrian hamster(以下、ハムスターという。)16匹及び4週齢のハムスター16匹とした。まず、5週齢のハムスター16匹を1週間予備飼育した後、コントロール摂取群及び3%D-プシコース摂取群の2群(1群あたり8匹)に分け、表1の組成に従った通常の実験飼料(以下、通常食という。)と水を自由摂取として8週間飼育した。その後、各ハムスターから採血を行った。次に4週齢のハムスター16匹を1週間予備飼育した後、表1の組成に従った高脂肪の実験飼料(以下、高脂肪食という。)と水を4週間自由摂食させ、肥満を誘導した。
【0021】
肥満誘導後、コントロール摂取群及び3%D-プシコース摂取群の2群(1群あたり8匹)に分け、高脂肪食と水を自由摂取として4週間飼育した。その後、各ハムスターから採血を行った。
【0022】
【0023】
<ハムスターの血中PCSK9濃度の測定及び結果>
上述のハムスター(32匹)の血中のPCSK9濃度を、市販キット(サイクレックス社製「CircuLex Mouse/Rat PCSK9 ELISA Kit」)を用いて測定した。各個体の血中PCSK9濃度を群ごとに平均した値を表2に示す。
【0024】
【0025】
その結果、通常食における3%D-プシコース摂取群は、コントロール摂取群と比較し、血中のPCSK9濃度が有意に減少していた(実施例1)。また高脂肪食における3%D-プシコース摂取群も、コントロール摂取群と比較し、血中のPCSK9濃度が有意に減少していた(実施例2)。
【0026】
なお、飼育したハムスターは、一日当たり平均205kcal/kg体重の餌を摂取しており、その一日当たりの摂取エネルギーは、ヒト(体重60kg)の約6.1倍と算出された。飼育したハムスターは、一日当たり平均1.5g/kg体重のD-プシコースを摂取しており、これは、ヒト(体重60kg)がD-プシコースを15g/日摂取した場合の摂取量(0.25g/kg体重)の6倍である。よって、飼育したハムスターのD-プシコース摂取量は、ヒト(体重60kg)が一日にD-プシコースを15g摂取する場合と同等である。
【0027】
<ヒトにおけるD-プシコース継続摂取試験>
次に、D-プシコース継続摂取によるヒトの血中のPCSK9濃度に対する影響を確認した。被験者は20歳以上70歳未満の男性であり、高コレステロール血症の未治療者(120mg/dl≦空腹時LDL-C<160mg/dl:7名)及びLDLコレステロール値の上昇が予想される糖尿病境界型の未治療者(110mg/dl≦空腹時血糖値<126mg/dl、又は6.2<HbA1c(NGSP)<6.5:7名)とした。
【0028】
全摂取期間は56日間とし、摂取初日及び最終日を除いた54日間の摂取方法については、1日1回いずれかの食事前1時間以内に、試料であるD-プシコース15gを水などと共に摂取した。
【0029】
D-プシコース15gの摂取初日及び最終日の2日間については、試験実施機関にて以下の試験を実施した(
図1)。被験者は、試験開始1時間前に実施機関で医師の診察を受けた後、D-プシコース15gを摂取し(摂取開始時点を試験開始時とする。)、試験開始直前~10時間後までの2時間ごとに各被験者の血液を採取した。なお、D-プシコース15g摂取直後には、指定の朝食を水150mlと共に15分間かけて摂取し、試験開始時から4時間後には指定の昼食を、8時間後には指定の夕食を、それぞれ水150mlと共に15分間かけて摂取した。また、試験開始時から6時間後には、水150mlを摂取した。採血した各被験者の血液は、PCSK9の測定に用いた。
【0030】
<ヒトの血中PCSK9濃度の測定及び結果>
上述の全被験者(14名)の血中PCSK9濃度を市販キット(サイクレックス社製「CircuLex Human PCSK9 ELISA Kit」)を用いて測定した。各個体の血中PCSK9濃度の全被験者の平均値及び標準偏差を表3及び
図2に示す。
【0031】
【0032】
その結果、最終日の試験開始直前に採血した血中のPCSK9濃度は、初日の同時間帯と比較して、減少していた(
図2:0hr)。また、最終日の試験開始時から2時間及び4時間後の血中のPCSK9濃度は、初日の同時間帯と比較して有意に減少していた(
図2:2~4hr)。さらに、最終日における試験開始時から6~10時間後の血中のPCSK9濃度は、初日の同時間帯と比較してさらに有意に減少した(
図2:6~10hr)。
【0033】
以上より、D-プシコースを摂取することにより血中PCSK9濃度の上昇は抑制されるので、D-プシコースを有効成分とする血中PCSK9濃度上昇抑制用組成物等を提供することができ、その組成物等を摂取すれば、血中のLDLコレステロールが低減することが期待される。