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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-28
(45)【発行日】2024-12-06
(54)【発明の名称】再処理部品及び再処理部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/80 20060101AFI20241129BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20241129BHJP
   C21D 1/09 20060101ALI20241129BHJP
   C23C 8/46 20060101ALI20241129BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20241129BHJP
   C21D 9/02 20060101ALN20241129BHJP
   C21D 9/18 20060101ALN20241129BHJP
   C21D 9/28 20060101ALN20241129BHJP
   C21D 9/30 20060101ALN20241129BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20241129BHJP
   C21D 9/40 20060101ALN20241129BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20241129BHJP
   C22C 38/44 20060101ALN20241129BHJP
【FI】
C23C8/80
C21D1/06 A
C21D1/09 A
C23C8/46
C21D9/00 A
C21D9/02 A
C21D9/18
C21D9/28 A
C21D9/30 A
C21D9/32 A
C21D9/40 A
C22C38/00 301N
C22C38/44
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023517596
(86)(22)【出願日】2022-04-27
(86)【国際出願番号】 JP2022019085
(87)【国際公開番号】W WO2022230937
(87)【国際公開日】2022-11-03
【審査請求日】2023-10-13
(31)【優先権主張番号】P 2021076702
(32)【優先日】2021-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】金澤 智尚
(72)【発明者】
【氏名】ヴィニャス ダン
(72)【発明者】
【氏名】ベルトラン ダニーロ
(72)【発明者】
【氏名】吉本 光宏
(72)【発明者】
【氏名】畑 典仁
(72)【発明者】
【氏名】菅原 道雄
(72)【発明者】
【氏名】早川 正夫
【審査官】隅川 佳星
(56)【参考文献】
【文献】特開昭55-44555(JP,A)
【文献】特開平3-39459(JP,A)
【文献】特開2006-9145(JP,A)
【文献】国際公開第2015/199599(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/154964(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/88207(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第111041406(CN,A)
【文献】MATSUI, Katsuyuki, et al.,Increase in Fatigue Limit of Gears by Compound Surface Refining Using Vacuum Carburizing, Contour In,JSME International Journal,日本,2002年,第45巻,第2号,p.290-297,https://doi.org/10.1299/jsmea.45.290
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/06 - 1/10
9/32 - 9/40
C22C 38/00
C22C 38/44
C23C 8/20 - 8/32
8/80
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に浸炭層を備え、
前記浸炭層内において、表面から深さ方向に、いずれも心部よりも硬度が高い第1硬化層、第2硬化層及び第3硬化層の三層を順に隣接して有し、
前記第1硬化層は前記三層の中で硬度が最も高く、かつ、前記第2硬化層は前記三層の中で硬度が最も低く、
前記第1硬化層の旧γ粒径が5μm以上、15μm以下であり、前記第1硬化層の残留オーステナイトの体積率が10%以上、35%以下である、再処理部品。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記第1硬化層の厚みは50μm以上、300μm以下である、請求項1に記載の再処理部品。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
請求項1または請求項3に記載の再処理部品を製造する方法であって、
表面に浸炭層を有する浸炭処理部品を準備する工程と、
前記浸炭処理部品に瞬間焼入れを行い、前記浸炭層内に前記三層を形成する工程と、を有する、再処理部品の製造方法。
【請求項7】
前記瞬間焼入れをレーザーによって行うものであって、
前記瞬間焼入れを行う際のレーザーの出力の範囲を、前記第1硬化層に割れが入らず、かつ、前記第1硬化層の厚みが所定の厚さとなるように決定する工程と、
決定した出力の範囲内でレーザーによる瞬間焼入れを行う工程と、を有する、請求項6に記載の再処理部品の製造方法。
【請求項8】
前記再処理部品は、一定時間の使用により経時的に負荷を受けた浸炭処理部品である請求項1または請求項3に記載の再処理部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再処理部品及び再処理部品の製造方法に関する。
本願は、2021年4月28日に、日本に出願された特願2021-076702号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
減速機などを構成する歯車やベアリングは使用数が多く高額である。そのため、再利用することが求められている。欠損した部品に対しては、肉盛り技術による修復方法が提案されているが、高コストあるいは低品質であるため、ほとんど適用されていない。また、欠損を伴わない部品も再利用されているが、想定寿命よりも短時間での破損に至ってしまうものもある。
【0003】
欠損を伴わない歯車やベアリングの再利用に関しては、これまで余寿命を測定し余寿命の範囲内での再利用のみ実施されてきたが、機能復元や長寿命化する試みはこれまで全くない。その理由は、簡便かつ安価な手法で機能の復元や長寿命化を達成することは、実現が困難であることが常識とされているからである。
【0004】
一方、欠損した部品の再利用化の技術に関して、部品の欠損部を様々な技術で修復する方法が知られている。例えば、特許文献1には、ガスタービンエンジンに用いられる耐熱金属合金の溶接による補修方法が記載されている。特許文献2には、既設鋼構造物の鋼材に発生した亀裂にレーザー光を照射して亀裂を溶融させて補修する技術が記載されている。特許文献3には、高温部材の余寿命評価法が記載されており、さらに、この評価法によりメンテナンスされる信頼性の高い高温機器及びこの評価法で検知された損傷の再熱処理法(補修法)が記載されている。特許文献4には、ガスタービン動翼に関して、使用後の組織を未使用材の組織の形態と同様に再生し、未使用材と同等の強度を有するガスタービン動翼及びその再熱処理法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-216457号公報
【文献】特開2013-86163号公報
【文献】特開平8-271501号公報
【文献】特開2000-80455号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の技術は高コスト、精密工程を要するものであり、また、主に航空機、発電用部品に関するものである。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、浸炭処理部品が熱処理のみの簡便かつ安価な方法によって機能の復元や長寿命化が図られた再処理部品及び再処理部品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の手段を提供する。
【0009】
本発明の第1態様に係る再処理部品は、表面に浸炭層を備え、前記浸炭層内において、表面から深さ方向に、いずれも心部よりも硬度が高い第1硬化層、第2硬化層及び第3硬化層の三層を順に隣接して有し、前記第1硬化層は前記三層の中で硬度が最も高く、かつ、前記第2硬化層は前記三層の中で硬度が最も低い。
【0010】
上記態様に係る再処理部品において、前記第2硬化層の硬度の最小値が前記心部の硬度よりも高くてもよい。
【0011】
上記態様に係る再処理部品において、前記第1硬化層の厚みは50μm以上、300μm以下であってもよい。
【0012】
上記態様に係る再処理部品において、前記第1硬化層の旧γ粒径が5μm以上、15μm以下であってもよい。
【0013】
上記態様に係る再処理部品において、前記第1硬化層の残留オーステナイトの体積率が10%以上、35%以下であってもよい。
【0014】
本発明の第2態様に係る再処理部品の製造方法は、上記態様に係る再処理部品を製造する方法であって、表面に浸炭層を有する浸炭処理部品を準備する工程と、前記浸炭処理部品に瞬間焼入れを行い、前記浸炭層内に前記三層を形成する工程と、を有する。
【0015】
上記態様に係る再処理部品の製造方法は、前記瞬間焼入れをレーザーによって行うものであって、前記瞬間焼入れを行う際のレーザーの出力の範囲を、前記第1硬化層に割れが入らず、かつ、前記第1硬化層の厚みが所定の厚さとなるように決定する工程と、決定した出力の範囲内でレーザーによる瞬間焼入れを行う工程と、を有してもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、浸炭処理部品が熱処理のみの簡便かつ安価な方法によって長寿命化が図られた再処理部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本実施形態の再処理部品を示す断面模式図である。
図2】本実施形態の再処理部品の典型的な断面深さ方向の硬度分布のグラフである。
図3】(a)はレーザー焼入れ工程を行うための装置構成の一例の概略構成図であり、(b)はレーザー焼入れ工程後、評価体における瞬間冷却を説明するための概念である。
図4】(a)は摺動疲労試験のフロー図であり、(b)は各ステップを説明するための概念図である。
図5】摺動疲労試験の概略を示す概略構成図であり、(a)は平面模式図であり、(b)は側面模式図である。
図6】各評価体について、摺動疲労試験を行い、ピッチングが発生したピッチング発生サイクル数を測定した結果を示すグラフである。
図7】レーザー焼入れによる残留γ率の増加と摺動疲労寿命の向上との関係を示すグラフである。
図8】評価体のステップ1段階及びステップ3後の深さ方向の硬度分布を示す図である。
図9】(a)は評価体のステップ1段階のSEM像であり、(b)は評価体のステップ3後のSEM像である。
図10】(a)はステップ1段階のSEM像、(b)ステップ2後のSEM像、(c)ステップ3後のSEM像、(d)ステップ4後のSEM像である。
図11】(a)はステップ1段階の評価体のSEM像であり、(b)はステップ3後の評価体のSEM像である。
図12】STEM(走査型透過電子顕微鏡)による第1硬化層の内部組織の観察結果である。
図13】TEM(透過電子顕微鏡)による第1硬化層の内部組織の観察結果である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本実施形態について、図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材質、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0019】
[再処理部品]
図1は、本実施形態の再処理部品を示す断面模式図である。
図1に示すように、本実施形態の再処理部品100は、表面に浸炭層10を備え、浸炭層10内において、表面から深さ方向に、いずれも心部20よりも硬度が高い第1硬化層1、第2硬化層2及び第3硬化層3の三層を順に隣接して有し、第1硬化層1は三層の中で硬度が最も高く、かつ、第2硬化層2は三層の中で硬度が最も低い。
ここで、「第1硬化層は三層の中で硬度が最も高く」とは、第1硬化層内に三層の中で最も硬度が高い領域を有することを意味する。また、「第2硬化層は三層の中で硬度が最も低い」とは、第2硬化層内に三層の中で最も硬度が低い領域を有することを意味する。なお、第1硬度層、第2硬度層及び第3硬度層の各平均硬度の大小関係は、第1硬度層>第3硬度層>第2硬度層の関係にある。本明細書においては、層の平均硬度とは、層の厚み方向(深さ方向)に2点以上の測定点で得た硬度に基づいて得られた、厚み方向の硬度分布のグラフを用いて、その層における最大硬度と最小硬度の平均の硬度をいう。
【0020】
再処理部品100は、「浸炭処理部品」を一定時間使用後、又は、未使用の段階において、その浸炭処理部品に対して後述する瞬間焼入れ処理を施すことによって得ることができる。本明細書において、再処理部品のうち、使用後の「浸炭処理部品」に対して瞬間焼入れ処理を施すことによって得られたものを「再利用部品」という。
なお、本明細書において、「浸炭処理部品」とは、鋼製部品の表面から炭素を拡散浸透させることにより、炭素含有量が高い表層(浸炭層)を形成され、その後に焼入れされて浸炭層が硬化された部品を指す。「浸炭処理部品」は表層に浸炭層が形成された部品であればよく、浸炭処理された部品に限定されず、炭素と共に他の元素を拡散浸透させた部品も含まれ、例えば、窒素を拡散浸透させる窒化処理された部品も含まれる。また、「浸炭処理部品」は、鋼製部品に対して、表面焼入れと熱拡散処理に分類される表面熱処理を施すことによって製造されるが、この表面焼入れには高周波焼入れ等の公知の表面焼入れが含まれ、また、熱拡散処理には浸炭処理等の公知の熱拡散処理が含まれる。かかる部品としては鋼製部品であれば特に制限されないが、典型的には、歯車やベアリング等の機械部品が挙げられる。また、これに限らず、刃物類、ばね、ホイールスピンドル、ピストンリング溝、コンロッド、シャフトやプーリーなどを例示することができる。浸炭処理され、表面に浸炭層を有する鋼製部品を焼入れすれば、浸炭層はマルテンサイト組織が多くなり、心部に比べて硬度が高くなり、耐摩耗性が向上する。一方、焼入れの際にすべてを変態させずに一部にオーステナイト組織を残すことができる(残留オーステナイト)。オーステナイト組織は柔らかく展延性に富んでいるため、残留オーステナイトの部分がショックアブソーバーとなって、靭性が向上する。
また、浸炭処理部品は浸炭層と心部とを有し、浸炭層と心部からなる場合には、浸炭層とは、浸炭処理部品の表面から、硬度の大きさが心部と区別できない深さまでの部分を指し、また、心部とは、浸炭層よりも深い位置にある部分を指すものとする。
【0021】
<構造上の特徴>
再処理部品100は、浸炭層10と心部20とを有する点は浸炭処理部品と共通する。
再処理部品100は、硬度が最も高い第1硬化層1に隣接して、硬度が最も低い(換言すると第1硬化層1及び第3硬化層に比べて相対的に軟らかい)第2硬化層2を備える。また、再処理部品100は、硬度が高い第1硬化層と第3硬化層との間に相対的に軟らかい第2硬化層2を備える。いわば硬化層と軟化層がラメラ状に構成されることによって複合強化をなして靭性の点で有利に働いている。すなわち、硬いだけでは脆いが、硬い層の中に軟い層があって全体として靭性を上げている。
かかる構造上の特徴は、従来の浸炭処理部品(すなわち、表面に浸炭層を有する部品)に対して、一定時間使用後、又は、未使用の段階において、その浸炭処理部品に対して後述する「瞬間焼入れ」処理を施すによって得ることができる。
【0022】
<浸炭層>
浸炭層10は、後述する「瞬間焼入れ」処理を施す前の段階で既に存在していたものである。浸炭層10は、心部20より硬度が高い。
浸炭層10の厚さは限定するものではないが、通常は数mm程度であり、典型的には2~5mm程度である。
【0023】
歯車やベアリング等では長寿命化のため、一般に浸炭処理や高周波焼入れ等が施されており、最表面から数mm程度の範囲まで表層部位が硬化され、浸炭層10が形成されている。表層部位に配置して心部よりも硬度が高い浸炭層は、稼働中、経時的に負荷を受け、組織や機械的性質が変化する。表層部位の組織的な変化としては、残留オーステナイト(γ)相の加工誘起マルテンサイト変態が例示でき、機械的性質の変化としては、残留応力や半価幅の値(転位密度を反映している)の変化が例示できる。
【0024】
稼働中、経時的に負荷を受ける浸炭処理部品の表層部位では、残留γ相が減少し加工誘起マルテンサイト相の割合が増加するが、この時点では部品に欠損は生じていない。例えば、減速機について、定期メンテナンスが遵守されている1回目あるいは2回目のメンテナンス時においては、多くの歯車やベアリングでは残留γ相は減少しても欠損は生じていない。
本発明者は、欠損を伴わない浸炭処理部品(一定時間使用後のものだけでなく、未使用の段階のものを含む)を対象に、熱処理のみの簡便かつ安価な手法で表層組織のみを制御し、大幅な寿命向上を図ることを達成した。本発明者は、浸炭処理部品のリマニュファクチャリング(再生利用)において、瞬間焼入れ(瞬間加熱及び瞬間冷却)を適用し、大幅な寿命向上を図ることを達成した。
【0025】
図2に、本実施形態に係る再処理部品の典型的な断面深さ方向の硬度分布のグラフを示す。横軸は表面からの深さ(mm)であり、縦軸はビッカース硬度(Hv)である。
図2中の(1)は使用前の浸炭処理部品の深さ方向の硬度分布であり、(2)は使用後の浸炭処理部品の深さ方向の硬度分布であり、(3)は使用後の浸炭処理部品について瞬間焼入れ(再熱処理)を行った本実施形態に係る再処理部品の深さ方向の硬度分布である。
【0026】
図2で示す再処理部品の深さ方向の硬度分布において、深さ方向において符号Aで示す領域は第1硬化層を指し、深さ方向において符号Bで示す領域は第2硬化層を指し、深さ方向において符号Cで示す領域は第3硬化層を指し、深さ方向において符号Dで示す領域は浸炭層を指す。
【0027】
本明細書において、第1硬化層、第2硬化層及び第3硬化層は図2で示す典型的な断面深さ方向の硬度分布を用いて、以下のように定義する。
第2硬化層は硬度の極小値(符号b)を含む範囲とする。この極小の硬度(符号b)と第1硬化層内の最大の硬度(符号a)の1/2(中間)の硬度である位置を、第1硬化層と第2硬化層の境界の位置(符号Aの領域と符号Bの領域との境界位置)とする。また、第2硬化層の極小の硬度(符号b)と第3硬化層の最大の硬度(符号c1)の1/2(中間)の硬度(符号P)の位置を、第2硬化層と第3硬化層の境界の位置(符号Bの領域と符号Cの領域との境界位置)とする。また、第3硬化層の内部側の境界の位置は、第3硬化層の最大の硬度(符号c1)を示す位置より深い内部において、第2硬化層の極小の硬度(符号b)と第3硬化層の最大の硬度(符号c1)の1/2(中間)の硬度(符号P)を示す位置(符号c2)とする。
なお、第3硬化層と心部との間に第3硬化層の硬度より低く、心部の硬度より高い硬度の層4(図1参照)がある。
【0028】
<第1硬化層>
第1硬化層は、上記三層中で最も表面側に配置する層であり、三層中で最も硬度が高い領域を有する。また、第1硬化層は、平均硬度も三層中で最も高い。
第1硬化層の硬度は典型的には、ビッカース硬度(Hv)でHv700以上、Hv900以下である。Hv700は表層硬度の焼入れ硬さに相当し、Hv900はレーザー焼入れの硬化層域の硬さに相当する。
図2に示す例では、第1硬化層の硬度の最大値はビッカース硬度(Hv)でHv900程度である。レーザー焼入れ(再熱処理)前に第1硬化層近傍の硬度はHv700程度であったものが、それよりも硬度が高くなっており、第1硬化層の耐摩耗性はレーザー焼入れ(再熱処理)前よりも向上している。
【0029】
第1硬化層の厚みは50μm以上、300μm以下であることが好ましい。
第1硬化層の厚みを適度に制御することにより、第1硬化層より内側の第2硬化層(相対的に軟相)との巨視的な複合強化を発現し、強靭性に寄与するからである。
図2に示す例では、第1硬化層の厚みは200μm程度である。
【0030】
本発明者は、第1硬化層について、瞬間加熱・瞬間冷却による焼入れ処理を施すことにより、浸炭処理より受け継いだ高濃度の炭素の含有状態を保持させ、新品材(未使用材)と同等もしくはそれ以上の高頻度の割合で残留γ相を現出させることに成功した。また、個々の残留γ相のサイズは新品材と同等もしくはそれ以下に微細化され、均一に分散されている。なお、瞬間加熱・瞬間冷却は雰囲気を制御する必要はなく、大気中にて実施できる。
【0031】
また、瞬間加熱・瞬間冷却により、第1硬化層では新品の浸炭処理部品よりも旧オーステナイト(γ)粒径の微細化が達成されている。
実施例において、浸炭された鋼材の旧γ粒径は10μm程度であったものが、瞬間加熱・瞬間冷却による焼入れ処理により、旧γ粒径は5μm程度に微細化された場合を例示した。
瞬間加熱・瞬間冷却による第1硬化層はビッカース高度(Hv)でHv900と硬化するものの、結晶粒微細化効果、残留γ相(軟相)とマルテンサイト相(硬相)の複合強化効果により、高い靭性を保持できる。金属材料は一般に粒界から破壊されやすい。微細化され粒径を小さくなり、粒界がたくさんあると一つの粒界に力が集中しない。そのため、相対的に粒界がたくさんある方が壊れにくくなり、粒界破壊を起こしにくくなる。その結果、疲労寿命が延びる。
【0032】
また、瞬間加熱・瞬間冷却により、第1硬化層では残留γ相の体積率が新品の浸炭処理部品よりも増大する。
実施例において、摺動疲労前に第1硬化層の残留γ相の体積率は20%程度であったが、摺動疲労によって残留γ相の体積率は10%程度まで減少し、瞬間加熱・瞬間冷却によって、残留γ相の体積率は30%程度に増加した場合を例示した。また、粗大な残留γ(例えば、2μm以上)は形成されなかった。
【0033】
<第2硬化層>
第2硬化層は、第1硬化層に隣接して第1硬化層より深い位置に配置する層であり、三層中で極小の硬度の領域を含む。また、第2硬化層は、平均硬度も三層中で最も低い。第2硬化層2は、硬度が高い第1硬化層1と第3硬化層3との間に配置する相対的に軟らかい層であり、硬い層の中にあって全体としての靭性を向上している。
第2硬化層の硬度の最小値は心部の硬度よりも高いことが好ましい。この場合、硬化層として耐摩耗性にも寄与できるからである。
第2硬化層の硬度は、ビッカース硬度(Hv)でHv500以上、Hv700未満であることが好ましい。Hv500以上であると心部よりも硬度が高く、Hv700未満であると第1硬化層より相対的に軟硬度であり(最大硬度に対して概ね約Hv300の差であることが靭性向上のために好ましい。)、第1硬化層の下限値を第2硬化層の上限値とすることができる。
図2に示す例では、第2硬化層の硬度の最小値はビッカース硬度(Hv)でHv530程度である。レーザー焼入れ(再熱処理)前に第1硬化層近傍の硬度はHv700弱程度であったものが、それよりも硬度が低くなっており、強靭性に寄与している。
【0034】
第2硬化層の厚みは焼入れ条件に依存するが、典型的には、200μm以上、300μm以下程度である。
【0035】
<第3硬化層>
第3硬化層は、第2硬化層に隣接して第2硬化層より深い位置に配置する層であり、第1硬化層よりも硬度が低く、第2硬化層よりも硬度が高い。
第3硬化層の硬度は典型的には、ビッカース硬度(Hv)でHv550以上、Hv600以下である。Hv550は第2硬化層の下限値よりも典型的にはHv50ほど高く、Hv600は、硬度として、第1硬化層の下限値よりも低く、第2硬化層や深さ1.5mmの硬度よりも高い状態である。
【0036】
(再処理部品の製造方法)
本発明に係る再処理部品の製造方法は、表面に浸炭層を有する浸炭処理部品を準備する工程と、浸炭処理部品に瞬間焼入れを行い、浸炭層内に前記三層を形成する工程(瞬間焼入れ工程)と、を有する。瞬間焼入れ工程は雰囲気を制御することなく、大気中にて実施できる。
【0037】
本明細書において、「瞬間焼入れ」とは、レーザー光や電子線や中性子線等の粒子線(以下、まとめて「レーザー光等」ということがある)を部品の表面に照射し、瞬間加熱及び瞬間冷却によって焼入硬化させる焼入れを意味する。この原理は、レーザー光等の照射により表層が局部的に且つごく短時間に熱処理温度に到達し(「瞬間加熱」)、レーザー光等の照射を中断すると熱が部品内部に速やかに伝導して表層が急速に冷却(自然冷却)され(すなわち、「瞬間冷却」)、焼入れされるというものである。
【0038】
本発明の再処理部品の製造方法において、瞬間焼入れは、簡便さ及びコストの観点で、レーザーで行うことが好ましい。
本明細書においては、レーザーによる瞬間焼入れを単に「レーザー焼入れ」と称することがあり、瞬間焼入れ工程をレーザー焼入れ工程と称することがある。
【0039】
瞬間焼入れをレーザーによって行う場合、瞬間焼入れを行う際のレーザーの出力の範囲を、第1硬化層に割れが入らず、かつ、第1硬化層の厚みが所定の厚さとなるように決定する工程を有することが好ましい。かかる工程を有することで、装置等ごとに本発明に係る再処理部品を得るのに必要なレーザーの出力範囲を確認した後に瞬間焼入れ工程を行うことが可能になり、装置や環境依存の問題を回避することができる。
この所定の厚さは、上述したような、浸炭層内に特徴的な深さ方向の硬度分布を有する構成が得られる厚さである。第1硬化層は、厚すぎると硬度が硬くなって割れが入ることがあり、一方で、薄すぎると焼入れの効果が得られない。かかる厚さは例えば、100μm以上、300μm以下である。
【0040】
かかるレーザーの出力の範囲は典型的には、750W~1150Wの範囲である。この場合、1150Wを超えると出力が大き過ぎて割れが入ることがあり、また、750W未満の場合には焼入れ効果が得られない。
【0041】
図3(a)に、レーザー焼入れ工程を行うための装置構成の一例の概略図を示す。図3(b)はレーザー焼入れ工程後、評価体における瞬間冷却を説明するための概念図である。
レーザー発振器101からのレーザー光を光ファイバー102で搬送し、集光レンズ103で収束し、収束したレーザー光Lを評価体Sに照射する。レーザー光Lに照射された評価体の表層では局所的に瞬間加熱が生じ、次いで、レーザー照射の中断により瞬間冷却が生じて、表層の焼入れがなされる。
レーザー焼入れを行うレーザー装置としては公知の装置を用いることができる。
【実施例
【0042】
〔実施例〕
本発明に係る再処理部品を作製し、摺動疲労試験を実施して疲労寿命を評価した。
【0043】
図4(a)に実施した摺動疲労試験のフロー図を示す。また、図4(b)は各ステップを説明する概念図である。
摺動疲労試験は以下の4つのステップで構成されている;
ステップ1:評価体(浸炭処理部品)を準備するステップ。
ステップ2:摺動接触を行うステップ。
ステップ3:ステップ2の後、レーザー焼入れを行うステップ。
ステップ4:ステップ3の後、再度、摺動接触を行うステップ(再稼働ステップ)。
【0044】
ステップ1において準備する評価体は、浸炭処理部品に相当する。
ステップ2における摺動接触は、浸炭処理部品の稼働を模擬するものである。実施例では、評価体とローラ(図5参照)との摺動面の幅は約2mmであった。
ステップ3を実施することは、一定時間稼働後の浸炭処理部品に対して、レーザーを用いた瞬間焼入れを行い、浸炭層内に第1硬化層、第2硬化層及び第2硬化層の三層構造を形成して、本発明に係る再処理部品を作製することに相当する。実施例では、レーザー焼入れの際のレーザー光の出力は1050W(ピーク出力)であり、レーザー光の評価体上の移動速度は1500mm/minであった。
ステップ4は、ステップ3で作製した再処理部品について再度、摺動接触を行うステップである。
【0045】
<疲労寿命評価法>
疲労寿命評価としては、評価体(テストピース)200とローラRとを用いて「滑り(摺動)疲労試験」を行った。図5にその概略を示す。図5(a)は平面模式図であり、(b)は側面模式図である。
【0046】
評価体200としては、JIS規格SCM420の鋼素材を用いた。
具体的には、以下の組成の鋼を用いた;
C:0.18-0.23%、Mn:0.60-0.85%、Si:0.15-0.35%、Cr:0.90-1.20%、Mo:0.15-0.30%、P≦0.030%、Si≦0.030%、Ni≦0.25%、Cu≦0.30%;以上の%は、質量%(mass%)である。
【0047】
評価体200は、浸炭後に歯研(研削)を行い、表面(摺動面)200aを整えた。用いた評価体200の形状および寸法は図5(b)に示した。浸炭処理は、評価体200の表面(摺動面)200aに4mm~5mm程度の浸炭層が形成されるように行った。
【0048】
また、摺動疲労試験時に評価体200と組み合わせて用いたローラRの形状および寸法についても図5(b)に示した。このローラRは、JIS規格SCM420の鋼素材のものを用いた。尚、図1中の寸法数字の単位は、全てミリメートル[mm]である。
【0049】
摺動疲労試験は、評価体200の摺動面(摺動面の幅は約2mm(図4参照)にローラRの外径表面を3.4[GPa]の面圧荷重で当接させた状態で、両者の当接表面がそれぞれ1890rpm、2700rpmの回転速度となるように、評価体200とローラRとをそれぞれ軸回りに回転させ、摺動(滑り)を伴う接触(摺動接触)が生じるようにした。尚、本試験では、この摺動接触部分に温度80±5[℃]の潤滑油(GL490(ENEOSホールディング株式会社製))をフロー速度300-450[mm/分]で供給しながら、試験を行った。
【0050】
摺動疲労試験の試験条件をまとめると、以下の通りである;
・荷重:3.4[GPa]
・すべり率:30%(=100×(2700rpm-1890rpm)/2700rpm)
・潤滑油:GL490(ENEOSホールディング株式会社製)
・潤滑油温度:80±5[℃]
・フロー速度:300-450[mm/分]
【0051】
以上の構成および条件で評価体200について摺動疲労試験を行い、摺動面200aに径が1mm以上のピッチング(剥離痕)が発生した時点で試験を停止し、その時点での総回転数をピッチング発生サイクル数(摺動疲労寿命)とした。ここで、1mm以上の径における“径”とは、ピッチング(剥離痕)の平面視形状のうち、一端から他端までの径のうち最大径である。
【0052】
図6は、評価体1~6について、摺動疲労試験を行い、ピッチング(剥離痕)が発生したピッチング発生サイクル数(摺動疲労寿命)を測定した結果を示すグラフである。横軸の数字は評価体の番号であり、縦軸はピッチング発生サイクル数を示す。
評価体1は、従来の浸炭処理部品に相当するものであり、図6中の凡例の「浸炭処理品」に対応する。
評価体2~6は、本発明の再処理部品に相当する。そのうち、評価体2~5は、使用済みの浸炭処理部品に対して瞬間焼入れ処理を施したものに相当し、図6中の凡例の「再処理品(中断試験材)」に対応する。また、評価体2~5は上述の「再利用部品」に相当する。評価体6は、未使用の浸炭処理部品に対して瞬間焼入れ処理を施したものに相当し、図6中の凡例の「再処理品(未試験材)」に対応する。
【0053】
評価体1は、ステップ2の段階で、ステップ3(レーザー焼入れ(再熱処理))に進まずに、ピッチング発生サイクル数を測定したものである。
評価体2~5は評価体1の疲労サイクルを基準にして、それぞれ順にその基準サイクルの15%のサイクル、50%のサイクル、75%のサイクル、85%のサイクルまでステップ2(稼働ステップ)を行い、その後、ステップ3(レーザー焼入れ(再熱処理))を行い、さらに、ステップ4(再稼働ステップ)を行ってピッチング発生サイクル数を測定したものである。
評価体6はステップ2(稼働ステップ)を行わずに、ステップ3(レーザー焼入れ(再熱処理))を行い、さらに、ステップ4(再稼働ステップ)を行ってピッチング発生サイクル数を測定したものである。
【0054】
評価体2~5の摺動疲労寿命はそれぞれ、評価体1の摺動疲労寿命に比べて、3.8倍、3.2倍、2.7倍、1.3倍のレーザー焼入れによる再熱処理の寿命向上効果が得られた。この結果から、一定時間稼働しても欠損が生じていない浸炭処理部品は、再瞬間焼入れ処理を施すことにより、寿命が向上することがわかった。
評価体6の摺動疲労寿命は、評価体1の摺動疲労寿命に比べて、8.2倍の寿命向上効果が得られた。
評価体2~6の結果から、使用前、使用後に関わらず、浸炭処理部品に対して瞬間焼入れ処理を施すことによって、浸炭処理部品は長寿命化された部品として生まれ変わることがわかった。瞬間焼入れ処理による長寿命化の効果は、使用前が最も大きく、使用後は使用時間が短いほど大きいことがわかった。
【0055】
図7は、レーザー焼入れによる残留γ相の割合と摺動疲労寿命との関係を示すグラフである。横軸は評価体1(従来の浸炭処理部品に相当(評価体2~6のステップ2実施前(稼働前)の状態に相当))の残留γ相の割合に対する評価体2~6のステップ3(レーザー焼入れ)後の残留γ相の割合の比、縦軸は評価体1の摺動疲労寿命に対する評価体2~6の摺動疲労寿命の比である。残留γ相の割合は、X線回折法(XRD)により決定した。
【0056】
評価体1~6は、上述の通りである。
図7において、摺動疲労寿命比が1.3、2.7、3.2、3.8はそれぞれ、評価体5、4、3、2のそれぞれの結果であり、摺動疲労寿命比が8.2は評価体6の結果である。
図7から、残留γ相の割合が所定の範囲までは残留γ相の割合の増加とともに、摺動疲労寿命が向上しており、残留γ相と寿命との相関がみられる。
【0057】
図8は、評価体のステップ1段階の深さ方向の硬度分布(従来の浸炭処理部品の深さ方向の硬度分布に相当)、及び、評価体のステップ3(レーザー焼入れ)後の深さ方向の硬度分布を示す図である。
【0058】
レーザー焼入れを行う前の評価体のステップ1段階の深さ方向の硬度分布は、表面からの深さが深くなるにつれて徐々に硬度が低くなり、心部の硬度に漸近していることがわかる。
これに対して、レーザー焼入れ(再熱処理)を行った評価体(本発明の再生処理品に相当)の深さ方向の硬度分布は、最表面に700Hv~900Hvの硬度の第1硬化層があり、第1硬化層よりも心部側に極小の硬度を示す第2硬化層があり、さらに第2硬化層よりも心部側に第2硬化層よりも硬度が高い第3硬化層を有することがわかる。
【0059】
図9(a)はステップ1段階の評価体の断面の電子顕微鏡(SEM)像であり、(b)はレーザー焼入れ(再熱処理)を行った評価体の断面のSEM像である。
図9(b)のSEM像ではその濃淡において、表面から深さ200μm程度まで、レーザー焼入れによる組織の違いに相当する濃い部分が存在する。この層が第1硬度層に相当する。一方、図9(a)のSEM像ではこのような濃い部分は存在しない。
【0060】
図10(a)~(d)、ステップ1~ステップ4に関する評価体のSEM観察による断面組織を示す。
SEM像中の矢印は残留γ相の領域を示す。
SEM像に基づくと、ステップ1において高い割合で存在していた残留γ相はステップ2(摺動接触(稼働)後に減少したが、ステップ3(レーザー焼入れ)後に再び高い割合に回復していることがわかる。
【0061】
また、X線回折法(XRD)により、各ステップ後の評価体について表層部位の組織変化の評価(残留γ相の割合、残留応力、FWHM)を行った結果を表1に示す;
【0062】
【表1】
【0063】
XRDによる解析の結果、ステップ1において18%程度存在していた残留γ相はステップ2(摺動接触(稼働)後に10%程度にまで減少したが、ステップ3(レーザー焼入れ)後には摺動接触前より高い28%程度にまで増加していることがわかった。
【0064】
図11(a)にステップ1段階の評価体のSEM像、(b)にステップ3後の評価体のSEM像を示す。それぞれのSEM像で囲んでいる箇所が結晶粒である。
図11(a)から、摺動接触(稼働)前に旧γ粒径(第1硬化層内)は10μm程度であることがわかる。また、図11(b)から、レーザー焼入れ(再熱処理)によって5μm程度に微細化されていることがわかる。
瞬間焼入れによって第1硬化層のビッカース硬度が700Hv~900Hvと硬化するものの、結晶粒微細化効果、残留γ相(軟相)とマルテンサイト相(硬相)の複合強化効果により、高い靭性を保持できる。
【0065】
図12は、STEM(走査型透過電子顕微鏡)による第1硬化層の表層からの深さ10μm程度の内部組織の観察結果である。ステップ1の低倍率像において、黄色の矢印で示した帯状かつ同一のコントラストで並列に配列しているのが、ラスマルテンサイトである。これらは、結晶方位が同じ向きで並んでおり、配列されている向きに応じて、いくつかのパケットの存在もわかる。一方で高倍率の画像では、ラスマルテンサイト内でコントラストの不均一性も視認出来る。これは転位密度が高いことを示している。摺動疲労を伴うステップ2では、AとBの領域における赤矢印の通り、すべり線を伴い粒界に沿った形で、双晶変形の様相を呈していることがわかる。これらのすべり線は、200nmのスケールに対して、概ね10のラインを確認できる。したがって、すべり線の間隔は、約10nmと想定され、これは1サイクル毎のき裂進展速度に対応すると考えらえる。対して、すべり線が視認できないCの様な領域もあり、この視野像より、すべり線が未導入であり局在化していることを反映されている。ステップ3では、赤矢印部近傍における一部のパケット領域にて、すべり線が一部残存しているが、全体を見渡すと全域にわたってすべり線は漸減しており、その間隔も広くなりステップ1の状態へ回復していることが明瞭に確認出来る。これはレーザー焼き入れ処理による特徴的な効果の一つといえる。最後にステップ4では、経時的な負荷に伴い塑性流動の影響が大きく、すべり線が不明瞭な状態となり、サブグレイン化が進行している。これらは、摺動疲労の進行と共に、等方的形状に伸長されることで形成し、再配列によりサブグレイン化していると考えられる。また、すべり線は視野全体に一方向に見えている。
【0066】
図13は、TEM(透過電子顕微鏡)による第1硬化層の内部組織の観察結果である。ステップ1では、図12の組織像と同様に試験前は、ラスマルテンサイト(黄色矢印)が顕在化している。その後にステップ2での摺動疲労と共にサブグレイン化(橙色の矢印)していく。しかし、レーザー焼き入れ処理を施したステップ3では、サブグレインが減少する反面、ラスマルテンサイトが回復し、そのラス内のコントラストは、一様となっている。最終的にピッチングを呈する段階となるステップ4では、過度な塑性流動に伴い、ラスマルテンサイトも不明瞭な程にサブグレイン化が顕著に進行することがTEMの組織像から確認できた。
【0067】
本発明の再処理部品を模擬する評価体は、浸炭処理部品が熱処理のみの簡便かつ安価な方法によって、靭性、耐摩耗性が向上し、また、機能の復元や長寿命化が図れていることがわかった。
【符号の説明】
【0068】
1 第1硬化層
2 第2硬化層
3 第3硬化層
10 浸炭層
20 心部
100 再処理部品
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13