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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-29
(45)【発行日】2024-12-09
(54)【発明の名称】凍害リスク評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 99/00 20110101AFI20241202BHJP
   E21D 11/00 20060101ALI20241202BHJP
   G01W 1/10 20060101ALI20241202BHJP
   G01N 33/38 20060101ALI20241202BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
E21D11/00
G01W1/10 K
G01N33/38
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022016132
(22)【出願日】2022-02-04
(65)【公開番号】P2023114050
(43)【公開日】2023-08-17
【審査請求日】2024-03-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】303043276
【氏名又は名称】株式会社雪研スノーイーターズ
(74)【代理人】
【識別番号】100100413
【弁理士】
【氏名又は名称】渡部 温
(72)【発明者】
【氏名】嶋本 敬介
(72)【発明者】
【氏名】浦越 拓野
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 佳彦
(72)【発明者】
【氏名】西田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】布川 大暉
【審査官】佐々木 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-156547(JP,A)
【文献】特開2014-026625(JP,A)
【文献】特開2003-161693(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0249788(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第113361766(CN,A)
【文献】特開2022-054927(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105046051(CN,A)
【文献】特開平08-062343(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E21D11/00-19/06
23/00-23/26
G01M13/00-13/045
99/00
G01N33/00-33/46
G01W 1/00- 1/18
G01N17/00-19/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の近傍における過去の気象データに基づいて、前記構造物の設置箇所における過去の気温時系列データを作成し、
前記過去の気温時系列データに基づいて、前記構造物の特定箇所における過去の温度時系列データを作成し、
前記構造物の近傍における将来の気候変動予測データに基づいて、前記構造物の設置箇所における将来の気温時系列データを作成し、
前記将来の気温時系列データに基づいて、前記特定箇所における将来の温度時系列データを作成し、
前記過去の温度時系列データから求められる過去の凍結融解頻度と、前記将来の温度時系列データから求められる将来の凍結融解頻度とを用いて、前記構造物の凍害リスクを評価すること
を特徴とする凍害リスク評価方法。
【請求項2】
前記過去の凍結融解頻度と、前記将来の凍結融解頻度との比に基づいて、前記構造物の凍害リスクを評価すること
を特徴とする請求項1に記載の凍害リスク評価方法。
【請求項3】
前記凍害リスクの評価において、前記構造物の前記特定箇所近傍の表面の状態を加味すること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載の凍害リスク評価方法。
【請求項4】
前記特定箇所は、前記構造物の表面から所定の深度を有する内部に設定され、
前記過去の温度時系列データ及び前記将来の温度時系列データは、前記過去の気温時系列データ及び前記将来の気温時系列データに基づいて、熱伝導モデルを用いて作成されること
を特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の凍害リスク評価方法。
【請求項5】
前記構造物の近傍における過去の気象データの少なくとも一部は、前記構造物の周囲の複数箇所における過去の気象データから空間内挿をして求めること
を特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の凍害リスク評価方法。
【請求項6】
前記過去の気温時系列データの前期側の一部は、前記過去の気温時系列データの後期側の一部と、前記構造物に隣接する箇所における過去の気象データとで回帰分析を行って作成すること
を特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の凍害リスク評価方法。
【請求項7】
前記将来の温度時系列データは、前記将来の気候変動予測データと、前記構造物の近傍における気温の日振幅の実績値の分布とを用いて作成すること
を特徴とする請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の凍害リスク評価方法。
【請求項8】
前記構造物は、レンガ、コンクリートの少なくとも一方により覆工がなされたトンネルであり、
前記特定箇所は、前記トンネルの坑口付近に設定されること
を特徴とする請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載の凍害リスク評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物の凍害リスク評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
寒冷地等において、れんがやコンクリートにより構築されたトンネル覆工が剥離する凍害が発生する場合がある。
このような凍害は、地山から供給される漏水等の水分が、トンネル覆工表面付近に存在する場合、その水分が凍結融解を繰り返すことによって発生する。
【0003】
凍害の対策に関する技術として、例えば非特許文献1には、トンネル覆工表面に断熱材を設置する方法が記載されている。
このような対策を実施すれば、凍害の進行を防止できるが、断熱材の設置に要するコストの問題や、断熱材の耐火性の問題、断熱材の厚さ分トンネル内空断面が侵食される問題などから、断熱材の設置箇所は厳選する必要がある。
【0004】
構造物の凍害に関する技術として、例えば、特許文献1には、凍害によるコンクリートの劣化を検知するため、コンクリートの内部に光ファイバセンサを埋設し、光ファイバセンサ内を伝搬する光波の特性変化に基づいてコンクリートのひずみを測定し、ひずみの経時的変化の特性に基づいて、凍害によるコンクリートの劣化を検知することが記載されている。
特許文献2には、コンクリートの劣化を検知するため、コンクリートの表面のデジタル画像を経時的に取得し、取得されたデジタル画像に基づき、デジタル画像相関法を用いてひずみを算出し、最大主ひずみの分布を得ることが記載されている。
特許文献3には、凍害劣化予測装置において、自然環境下で基準地点における暴露試験に基づくコンクリートの凍害劣化曲線を基準に、コンクリート構造データに基づく特性値を反映させた予測地点での凍害劣化曲線を予測することが記載されている。また、骨材、結合材の品質、AE剤の影響、水セメント比、及び、ひび割れについて、コンクリートの凍結融解破壊サイクル数との関係を特性値として定量的に求め、これら特性値を部分係数として劣化予測曲線の算出に反映させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-113516号公報
【文献】特開2019- 74339号公報
【文献】特開2008-249733号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】鉄道総合技術研究所:トンネル補修・補強マニュアル,2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1,2に記載された技術は、いずれもコンクリートの劣化の検知に関する技術であり、凍害による剥落危険性そのものを評価することはできない。
また、特許文献3に記載された技術は、コンクリートの凍害を予測する手法に係るものではあるが、凍害要因として最も寄与度が大きいと考えられる凍結融解回数については、最も凍結融解回数が多かった年のデータを用いており、気候変動の影響を考慮できていない。また、骨材、水セメント比等の多くの情報が必要であり、一般的に建設時の情報がほとんど残っていない古い鉄道トンネル(例えば、第二次世界大戦前に建設されたもの)には適用することが困難である。
【0008】
また、従来は将来的な凍害の進行性を評価する方法はなく、定期的な検査により凍害が進行しているかどうかを個別に判断し、措置の要否を決定していた。
特に、気温条件に関しては、冬季に氷点下に到達するかは確認するものの、気温の将来予測はなされておらず、今後、凍害が収束傾向となるのか、さらに進行するのかは予測できなかった。
上述した問題に鑑み、本発明の課題は、将来的な凍害リスクを適切に評価可能な凍害リスク評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するため、本発明の凍害リスク評価方法は、構造物の近傍における過去の気象データに基づいて、前記構造物の設置箇所における過去の気温時系列データを作成し、前記過去の気温時系列データに基づいて、前記構造物の特定箇所における過去の温度時系列データを作成し、前記構造物の近傍における将来の気候変動予測データに基づいて、前記構造物の設置箇所における将来の気温時系列データを作成し、前記将来の気温時系列データに基づいて、前記特定箇所における将来の温度時系列データを作成し、前記過去の温度時系列データから求められる過去の凍結融解頻度と、前記将来の温度時系列データから求められる将来の凍結融解頻度とを用いて、前記構造物の凍害リスクを評価することを特徴とする。
これによれば、例えば気象台などの公的機関や、地域気象観測システム(例えばアメダス等)から入手可能な過去の気象データ、及び、将来の気候変動予測データを利用することにより、構造物の設置箇所における凍害の発生しやすさが将来的にどのように推移するかを予測し、凍害リスクを適切に評価することができる。
例えば、従来は冬季長期間にわたって連続的に凍結状態にあったものが、気候の温暖化により日中気温が上昇して融解する頻度が増加すると、凍害が発生しやすい傾向となるが、本発明によればこのような傾向を反映させたうえで、凍害が将来に向けて収束傾向となるのか、あるいはさらに悪化するのかを評価することができる。
なお、凍結融解頻度として、例えば所定期間(一例として一年間)の凍結融解回数(温度が氷点を超えて上下した回数)を用いることができる。
【0010】
本発明において、前記過去の凍結融解頻度と、前記将来の凍結融解頻度との比に基づいて、前記構造物の凍害リスクを評価する構成とすることができる。
これによれば、簡単なロジックにより適切に凍害リスクの評価を行うことができる。
【0011】
本発明において、前記凍害リスクの評価において、前記構造物の前記特定箇所近傍の表面の状態を加味する構成とすることができる。
これによれば、過去及び将来の気象データに加えて、構造物の特定箇所の表面の状態を考慮することにより、凍害リスクの評価精度を向上することができる。
例えば、構造物の表面(典型的にはトンネルの覆工)の材料の品質や、漏水状態(湿潤状態)を評価に必要な情報として加えることができる。
【0012】
本発明において、前記特定箇所は、前記構造物の表面から所定の深度を有する内部に設定され、前記過去の温度時系列データ及び前記将来の温度時系列データは、前記過去の気温時系列データ及び前記将来の気温時系列データに基づいて、熱伝導モデルを用いて作成される構成とすることができる。
これによれば、凍害の状態に対して表面温度や周囲の気温よりも支配的である構造物の内部の温度を求めることにより、凍害リスクをより精度よく評価することができる。
【0013】
本発明において、前記構造物の近傍における過去の気象データの少なくとも一部は、前記構造物の周囲の複数箇所における過去の気象データから空間内挿をして求める構成とすることができる。
これによれば、構造物の設置箇所の気象データを入手できない場合であっても、周囲の複数箇所における気象データから空間内挿をして求めることにより、構造物の設置箇所の気象データを精度よく推定することができる。
この場合、複数箇所の気象データの観測地点間や、気象データの観測地点と構造物の設置箇所との間に標高差がある場合には、高度補正を行う構成とすることができる。
【0014】
本発明において、前記過去の気温時系列データの前期側の一部は、前記過去の気温時系列データの後期側の一部と、前記構造物に隣接する箇所における過去の気象データとで回帰分析を行って作成する構成とすることができる。
これによれば、例えば、比較的遠い過去の気象データにおける情報量(例えば観測箇所の数や温度推移の時間分解能など)が低い場合に、情報量が多い比較的近い過去の気象データと回帰分析を行うことにより、遠い過去であっても信頼性の高い気温時系列データを作成することができる。
【0015】
本発明において、前記将来の温度時系列データは、前記将来の気候変動予測データと、前記構造物の近傍における気温の日振幅の実績値の分布とを用いて作成する構成とすることができる。
一般に、気候変動予測データは、長期の気候変動の予測に主眼をおくものであるため、気温の日変動の信頼性が不十分であることが多い。
この点、本発明によれば、気温の日振幅の実績値の分布を将来の気候変動予測データとともに用いることにより、将来の温度時系列データを精度よく推定することができる。
例えば、気温の日振幅が正規分布に従うランダム値として仮定し、気温の日振幅の実績値に基づいて平均、分散を得ることにより、将来の気温の日振幅を推定することができる。
これにより、将来の温度時系列データにおける気温の日変動を適切に予測することができる。
【0016】
本発明において、 前記構造物は、レンガ、コンクリートの少なくとも一方により覆工がなされたトンネルであり、前記特定箇所は、前記トンネルの坑口付近に設定される構成とすることができる。
これによれば、トンネルの覆工の凍害リスクを適切に評価し、覆工材料の剥落などによる事故を適切に予防することができる。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、本発明によれば、将来的な凍害リスクを適切に評価可能な凍害リスク評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明を適用した凍害リスク評価方法の実施形態の手順を示すフローチャートである。
図2】実施形態における凍害による健全度判定(リスク評価)の評価基準を示す図である。
図3】1981年から現在までの坑口位置の気温の1時間毎の時系列データを作成する手法を示すフローチャートである。
図4】1881年から1980年までの坑口位置の気温の1時間毎の時系列データを作成する手法を示すフローチャートである。
図5】2021年から2080年までの坑口位置の気温の1時間毎の時系列データを作成する手法を示すフローチャートである。
図6】アメダスによる気温推定値と、CMIP6を使用した気温予測値の比較を示す図である。
図7】アメダスによる気温推定値とCMIP6を使用した気温予測値から求めた凍結融解回数の比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を適用した凍害リスク評価方法の実施形態について説明する。
実施形態の凍害リスク評価方法は、一例として、れんがまたはコンクリートにより覆工された鉄道用のトンネルにおいて、剥落などの原因となる凍害による将来的なリスクを評価するものである。
図1は、実施形態の凍害リスク評価方法の手順を示すフローチャートである。
以下、ステップ毎に順を追って説明する。
【0020】
<ステップS01:対象トンネル坑口付近の気象データ取得>
先ず、凍結リスクの評価対象となる構造物であるトンネルの坑口位置に近い複数地点(一例として5地点)での地域気象観測システム(例えば、日本の場合にはアメダス等)、及び、気象台のデータ等を収集する。
その後、ステップS02に進む。
【0021】
<ステップS02:気温時系列データ作成>
収集したデータをもとに、過去については空間内挿(IDW)及び高度補正を行う。
高度補正は、例えば、所定の気温減率(一例として、0.65℃/100m)をもとに行うことができる。
また、将来については、例えばIPCCの第6次報告書に用いられた最新の将来の温暖化予測の気候モデル相互プロジェクト(CMIP6)等の気候予測情報を活用することで、トンネル完成時から将来(一例として2080年)に至るまでの、坑口位置の1時間毎の気温の時系列データを作成する。この手法の詳細は後述する。
その後、ステップS03に進む。
【0022】
<ステップS03:坑口位置の覆工の深度5cm温度時系列データ作成>
一次元熱伝導モデルにより、坑口位置の覆工の深度5cm(特定箇所)における1時間毎の温度の時系列データを作成する。
その後、ステップS04に進む。
【0023】
<ステップS04:トンネル完成から現在までの凍結融解回数N1算出>
坑口位置の覆工の所定の深度(一例として5cm)における、トンネル完成後から現在までの凍結融解回数の年平均回数(凍結融解頻度)N1を算出する。
例えば、特定箇所における温度が、0℃超の状態から0℃未満となり、その後再び0℃超の状態となったときに、特定箇所において凍結、融解が生じたものとして、凍結融解回数を1回カウントアップする。(ステップS05においても同様)
その後、ステップS05に進む。
【0024】
<ステップS05:現在から50年間の凍結融解回数N2算出>
坑口位置の覆工の所定の深度(一例として5cm)における、現在から所定の期間(一例として50年間)の将来の凍結融解回数の年平均回数(凍結融解頻度)N2を算出する。
その後、ステップS06に進む。
【0025】
<ステップS06:凍結融解比N2/N1算出>
ステップS05において算出した将来の凍結融解回数N2の、ステップS04において算出した過去の凍結融解回数N1に対する比である、凍結融解比N2/N1を算出する。
その後、ステップS07に進む。
【0026】
<ステップS07:覆工措置要否判定(凍害リスク評価)>
ステップS06において算出した凍結融解比N2/N1、現状の覆工の健全度、れんが等の覆工の品質、漏水状況を組み合わせることで、図2からそのトンネルに対する措置の要否を判定する。
図2は、実施形態における凍害による健全度判定(リスク評価)の評価基準を示す図である。
図2に示すように、実施形態では、凍結融解比N2/N1、及び、現地で取得した覆工の状況に基づいて、健全度の判定を行う。
例えば、凍結融解比は、0.9以下、0.9超1.1未満、1.1以上の三段階に層別される。
【0027】
また、覆工の状況は、悪い側から順に、以下の三段階に層別される。
(1)凍害による剥離が生じている
(2)凍害による剥離は生じていないが、覆工材料の品質は悪い
(3)凍害による剥離はなく、覆工材料の品質は悪くない
なお、覆工材料の品質は、例えば、覆工の反発硬度測定等の手段により判断することができる。
【0028】
上述した凍結融解比、及び、覆工の状況から、図2に示すように、健全度を、悪い側から順に、三段階に層別する。
(1)健全度α:措置を必要とするレベル
(2)健全度β:直ちに措置を必要としないが、経過観察を必要とするレベル
(3)健全度γ:健全であり、経過観察を必要としないレベル
なお、最終的な凍害リスクの評価に際しては、漏水の状況を加味することができる。
例えば健全度αであっても、覆工の表面が乾燥している場合には、措置として監視を行い、冬季の漏水、凍結状況や、凍害の進行状況を確認する。
【0029】
以下、坑口位置における1時間毎の気温の時系列データを作成する手法についてより詳細に説明する。
図3は、1981年から現在(一例として2021年)まで(後期過去・比較的近い過去)の坑口位置の気温の1時間毎の時系列データを作成する手法を示すフローチャートである。
【0030】
1981年から現在までの、アメダス、気象台等からのデータを入力し(ステップS101)、収集したデータをもとに線形補間によって各観測所の気温時系列データを作成し(ステップS102)、空間内挿(IDW)、高度補正(ステップS103)をすることにより、1981年から現在に至るまでの、坑口位置の1時間毎の気温の時系列データを作成する(ステップS104)。
基準となる標高は、データ収集に用いた5地点の各観測所の標高の平均値とする。
ここで、例えば3時間毎の測定データしかない観測所のデータや、欠測のあるデータに対しては、線形補間することにより、1時間毎の時系列データを作成する。(欠測時間が12時間以上の場合、線形補間による日変動を考慮できないため、そのまま欠測とする。)
【0031】
図4は、1881年から1980年まで(前期過去・比較的遠い過去)の坑口位置の気温の1時間毎の時系列データを作成する手法を示すフローチャートである。
1881年から1980年については、例えば日本の場合には、気象台等の気象官署のみで観測されており、観測所の数が少ないため、空間内挿では精度が期待できない。
そこで、トンネルに最も近くかつ1881年より観測されている観測所の気温データを入力し(ステップS201)、これに対して線形補間を行って得た1時間間隔の気温データ(ステップS202)と、上述した1981年から現在までのトンネル坑口位置の1時間毎の気温の時系列データとで回帰分析を行い、回帰式を得て(ステップS203)、それを用いて、1881より観測されている観測所の気温データを補正(ステップS204)することで、1881年から1980年のトンネル坑口位置の1時間毎の気温データを得る(ステップS205)。
【0032】
図5は、2021年から2080年までの坑口位置の気温の1時間毎の時系列データを作成する手法を示すフローチャートである。
将来(2021年から2080年)については、気候温暖化の予測データであるCMIP6-SSP245(以下、「CMIP6」と称する)において、100km格子のグリッドの気温の平均値が3時間間隔で示されている。
ただし、CMIP6では、3時間間隔の気温が示されてはいるものの、より長期の気候変動を予測したものであることから、日平均気温には信頼性があっても、気温の日変動の信頼性は不十分である。
実際に、CMIP6で示される気温の日振幅(1日の最高気温と最低気温の差分)は、実際の日振幅よりも明らかに小さい値となっており、そのまま使用することはできない。
そこで、CMIP6については、トンネルが位置するグリッドにおける日平均気温のデータのみを用いる。
なお、CMIP6の予測データは、2015年より存在する。
以上を踏まえ、以下の手順で、2021年から2080年のトンネル坑口位置での気温の1時間毎の時系列データを得る。
【0033】
a)CMIP6で示される対象トンネル坑口位置のグリッドの日平均気温を求める(ステップS301,S302,S303)。
b)1981年から現在までと同様の手法により、トンネル坑口位置の日平均気温を求める(ステップS304)。
c)2015年から2020年について、a)とb)の日平均気温の回帰分析を行い、バイアス補正を行うことで、2021年から2080年のトンネル坑口位置の1日毎の気温の時系列データを得る(ステップS305)。
このようなバイアス補正の手法は、例えば、Piani, C., G. P. Weedon, M. Best, S. M. Gomes, P. Viterbo, S. Hagemann, J. O. Haerter, 2010: Statistical bias correction of global simulated daily precipitation and temperature for the application of hydrological models. J. Hydrology, 395, pp. 199-215,に記載されている。
d)2015年から2020年の6年間について、上述した手法により求めたトンネル坑口位置の気温データにおける1~12月の格別の、気温の日振幅を整理する。
e)1~12月の月毎の気温の日振幅のデータを、正規分布に当てはめ、平均、分散を得る(ステップS306)。(各月約30データ×6年分=180データの分布)
f)求めた平均、分散の正規分布に従うランダム値として、2015年から2080年の各日の気温の日振幅を得る(ステップS307)。
g)e)で得られた日振幅の1/2を、b)で求めた日平均気温に加減することで、その日の最高気温、最低気温とする(ステップS308)。
h)0時が最低気温、12時が高気温として、線形補間により、1時間毎の気温データを得る(ステップS309)。
【0034】
以下、上述した将来の気温推定の妥当性について説明する。
図6は、アメダスによる気温推定値と、CMIP6を使用した気温予測値の比較を示す図である。
図6は、一例として、2015年1月のデータを比較している。
図6に示すように、アメダスによる気温推定値と、CMIP6を使用した気温予測値とは概ね一致しており、CMIP6を用いた予測が妥当であることが確認できる。
【0035】
図7は、アメダスによる気温推定値とCMIP6を使用した気温予測値から求めた凍結融解回数の比較を示す図である。
CMIP6を使用した気温予測値から求めた凍結融解回数は、アメダスによる気温推定値から求めた凍結融解回数よりも若干多くなる傾向はあるが、これはリスク評価の観点からは安全サイドであることから、問題はないと考えられる。
【0036】
以上説明した実施形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)気象台、地域気象観測システムから入手可能な過去の気象データ(気温データ)、及び、将来の気候変動予測データを利用することにより、トンネルの坑口付近における凍害の発生しやすさが、気候変動の影響を踏まえて将来的にどのように推移するかを予測し、凍害リスクを適切に評価することができる。
(2)過去の凍結融解回数の年平均値と、将来の凍結融解回数の年平均値との比に基づいて、トンネル覆工の凍害リスクを評価することにより、簡単なロジックにより適切に凍害リスクの評価を行うことができる。
(3)凍結リスクの評価に覆工の材料の品質、及び、漏水状態を加味することにより、凍害リスクの評価精度を向上することができる
(4)トンネル坑口付近の覆工の所定深度の箇所の温度に着目して凍結融解回数を算出することにより、覆工の剥離などの凍害によるリスクを精度よく評価することができる。
(5)トンネル坑口の周囲の複数の地点における過去の気象データ(気温データ)を用いて、空間内挿、高度補正を行ってトンネル坑口における気温時系列データを作成することにより、トンネル坑口そのものの気象データを入手できない場合であっても、トンネル坑口の気温時系列データを精度よく作成することができる。
(6)1980年以前の気象台の気象データと、1981年以降のアメダスの気象データとを回帰分析して1980年以前の気温時系列データを得ることにより、1980年以前の気象台の気象データのように観測箇所数などの情報量が少ない場合であっても、1981年以降のアメダスによる気象データと回帰分析を行うことにより、遠い過去であっても信頼性の高い気温時系列データを作成することができる。
(7)将来の気温時系列データを、将来の気候変動予測データと、トンネル坑口付近における気温の日振幅の実績値の分布とを用いて作成することにより、気温の日変動の信頼性が不十分であることが多い気候変動予測データから、将来の気温の日変動を適切に予測することができる。
【0037】
(他の実施形態)
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、種々の応用や変形が考えられる。
(1)凍害リスク評価方法の具体的構成は、上述した実施形態に限定されず、適宜変更することができる。
例えば、過去及び将来の気象データの出所や、具体的な演算処理の内容は、実施形態の構成に限定されず適宜変更することができる。
(2)実施形態では、凍害リスクの評価対象となる構造物は、一例としてレンガ、コンクリートによる覆工がなされた鉄道トンネルであったが、本発明はこれに限らず、例えば、道路トンネル、人道トンネルなどの鉄道用以外のトンネルや、建物や橋梁などのトンネル以外の構造物にも適用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7