(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-29
(45)【発行日】2024-12-09
(54)【発明の名称】ヒト肝臓様立体構造体、肝毒性を評価する方法およびヒト肝臓様複合体
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20241202BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20241202BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20241202BHJP
C12Q 1/6837 20180101ALI20241202BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02 ZNA
C12Q1/686 Z
C12Q1/6837 Z
(21)【出願番号】P 2021502202
(86)(22)【出願日】2020-02-21
(86)【国際出願番号】 JP2020007156
(87)【国際公開番号】W WO2020171220
(87)【国際公開日】2020-08-27
【審査請求日】2022-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2019030240
(32)【優先日】2019-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1) (1)開催日:平成30年2月23日 (2)集会名、開催場所:iCell Hepatocytes2.0を使って3D(スフェロイド)培養を実感するセミナー、神奈川県川崎市川崎区殿町3-25-22ライフイノベーションセンター410号 (3)公開者:井出 いずみ (4)公開された発明の内容:井出 いずみが、セルラー・ダイナミクス・インターナショナル・ジャパン株式会社が開催した「iCell Hepatocytes2.0を使って3D(スフェロイド)培養を実感する」と題するセミナーにて、「バイオ3Dプリンターを利用した細胞立体構造物の構築と肝毒性評価」について公開した。 (2-1) (1)開催日:平成30年5月25日 (2)集会名、開催場所:第25回HAB研究機構学術年会、産業技術総合研究所 つくば中央第一共用講堂(茨城県つくば市東1丁目1-1) (3)公開者:井出 いずみ (4)公開された発明の内容:井出 いずみが、特定非営利活動法人 エイチ・エー・ビー研究機構が開催した第25回HAB研究機構学術年会にて、「バイオ3Dプリンタを用いた創薬支援ツールの開発」について公開した。 (2-2) (1)発行日:平成30年5月8日 (2)刊行物:第25回HAB研究機構学術年会 人体模倣システムを用いた創薬研究基盤技術の新基軸、第56~57頁 (3)公開者:井出 いずみ (4)公開された発明の内容:井出 いずみが、第25回HAB研究機構学術年会 人体模倣システムを用いた創薬研究基盤技術の新基軸、第56~57頁にて、「バイオ3Dプリンターを用いた創薬支援ツールの開発」について公開した。 (3-1) (1)開催日:平成30年7月18日 (2)集会名、開催場所:第45回日本毒性学会学術年会、大阪国際会議場(大阪府大阪市北区中之島5丁目3-51) (3)公開者:鍛治山 咲良、長尾 映里、溝口 奈津美、島村 満、岸井 保人、井出 いずみ (4)公開された発明の内容:鍛治山 咲良、長尾 映里、溝口 奈津美、島村 満、岸井 保人および井出 いずみが、第45回日本毒性学会学術年会にて、「バイオ3Dプリンターで作製したヒト肝臓モデルの構築:新鮮ヒト肝細胞(キメラマウス由来ヒト肝細胞)を用いた肝臓構造体の毒性評価」について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (3-2) (1)発行日:平成30年6月27日 (2)刊行物:第45回日本毒性学会学術年会 プログラム・要旨集、第217頁 (3)公開者:鍛治山 咲良、長尾 映里、溝口 奈津美、島村 満、岸井 保人、井出 いずみ (4)公開された発明の内容:鍛治山 咲良、長尾 映里、溝口 奈津美、島村 満、岸井 保人および井出 いずみが、第45回 日本毒性学会学術年会 プログラム・要旨集、第217頁にて、「バイオ3Dプリンターで作製したヒト肝臓モデルの構築:新鮮ヒト肝細胞(キメラマウス由来ヒト肝細胞)を用いた肝臓構造体の毒性評価」について公開した。(4-1) (1)開催日:平成30年7月18日 (2)集会名、開催場所:第45回日本 毒性学会学術年会、大阪国際会議場(大阪府大阪市北区中之島5丁目3-51) (3)公開者:長尾 映里、鍛治山 咲良、溝口 奈津美、島村 満、井出 いずみ (4)公開された発明の内容:長尾 映里、鍛治山 咲良、溝口 奈津美、島村 満および井出 いずみが、第45回日本毒性学会学術年会にて、「バイオ3Dプリンタで作製したヒト肝臓モデルの構築:ヒト凍結初代肝細胞を用いた構造体とスフェロイドの毒性評価比較」について公開した。 (4-2) (1)発行日:平成30年6月27日(2)刊行物:第45回日本毒性学会学術年会 プログラム・要旨集、第217頁 (3)公開者:長尾 映里、鍛治山 咲良、溝口 奈津美、島村 満、井出 いずみ (4)公開された発明の内容:長尾 映里、鍛治山 咲良、溝口 奈津美、島村 満および井出 いずみが、第45回日本毒性学会学術年会 プログラム・要旨集、第217頁にて、「バイオ3Dプリンタで作製したヒト肝臓モデルの構築:ヒト凍結初代肝細胞を用いた構造体とスフェロイドの毒性評価比較」について公開した。 (5) (1)開催日:平成30年7月18~20日 (2)集会名、開催場所:第45回日本毒性学会学術年会、大阪国際会議場(大阪府大阪市北区中之島5丁目3-51)、積水メディカル社展示ブース内 (3)公開者:長尾 映里、鍛治山 咲良 (4)公開された発明の内容:長尾 映里及び鍛治山 咲良が、第45回日本毒性学会学術年会の積水メディカル株式会社展示ブースにて、「サイフューズの3D構造体を使った創薬支援」について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (6)(1)ウェブサイトの掲載日:平成30年11月1日 (2)ウェブサイトのアドレス:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpstj/78/6/78_275/_article/-char/ja (3)公開者:長尾 映里、國富 芳博 (4)公開された発明の内容:長尾 映里および國富 芳博は、薬剤学Vol.78,No.6,275-278(2018)にて、「バイオ3Dプリンタが描く創薬研究および再生医療の未来」について公開した。 (7-1) (1)開催日:平成31年1月10日 (2)集会名、開催場所:第1回医薬品毒性機序研究会、名古屋大学 野依記念学術交流館(愛知県名古屋市千種区不老町) (3)公開者:長尾 映里、鍛治山 咲良、溝口 奈津美、島村 満、井出 いずみ (4)公開された発明の内容:長尾 映里、鍛治山 咲良、溝口 奈津美、島村 満および井出 いずみは、第1回医薬品毒性機序研究会にて、「バイオ3Dプリンタで作製したヒト肝臓モデルの構築:ヒト凍結初代肝細胞を用いた構造体とスフェロイドの毒性評価比較」について公開した。 (7-2)(1)発行日:平成31年1月5日 (2)刊行物:第1回医薬品毒性機序研究会 講演プログラム・要旨集、第81頁 (3)公開者:長尾 映里、鍛治山 咲良、溝口 奈津美、島村 満、井出 いずみ (4)公開された発明の内容:長尾 映里、鍛治山 咲良、溝口 奈津美、島村 満及び井出いずみは、第1回医薬品毒性機序研究会 講演プログラム・要旨集、第81頁にて、「バイオ3Dプリンタで作製したヒト肝臓モデルの構築:ヒト凍結初代肝細胞を用いた構造体とスフェロイドの毒性評価比較」について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (8-1) (1)開催日:平成31年1月10日 (2)集会名、開催場所:第1回医薬品毒性機序研究会、名古屋大学 野依記念学術交流館(愛知県名古屋市千種区不老町) (3)公開者:鍛治山 咲良、長尾 映里、溝口 奈津美、島村 満、岸井 保人、井出 いずみ (4)公開された発明の内容:鍛治山 咲良、長尾 映里、溝口 奈津美、島村 満、岸井 保人及び井出 いずみは、第1回医薬品毒性機序研究会にて、「バイオ3Dプリンタで作製したヒト肝臓モデルの構築:新鮮ヒト肝細胞(キメラマウス由来ヒト肝細胞)を用いた肝臓構造体の毒性評価」について公開した。 (8-2) (1)発行日:平成31年1月5日 (2)刊行物:第1回医薬品毒性機序研究会 講演プログラム・要旨集、第82頁 (3)公開者:鍛治山 咲良、長尾 映里、溝口 奈津美、島村 満、岸井 保人、井出 いずみ (4)公開された発明の内容:鍛治山 咲良、長尾 映里、溝口 奈津美、島村 満、岸井 保人及び井出 いずみは、第1回医薬品毒性機序研究会 講演プログラム・要旨集、第82頁にて、「バイオ3Dプリンタで作製したヒト肝臓モデルの構築:新鮮ヒト肝細胞(キメラマウス由来ヒト肝細胞)を用いた肝臓構造体の毒性評価」について公開した。 (9) (1)展示日:平成30年10月10~12日 (2)展示会名、開催場所:Bio Japan2018、パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1丁目1-1) (3)公開者:鍛治山 咲良、鳥井 蓉子、大島 恵美、國富 芳博、岸井 保人、油谷 篤志、鴨下 里美、星野 友紀、渡辺 麻里恵、三條 真弘、横地 貴弘 (4)出品内容:鍛治山 咲良、鳥井 蓉子、大島 恵美、國富 芳博、岸井 保人、油谷 篤志、鴨下 里美、星野 友紀、渡辺 麻里恵、三條 真弘及び横地 貴弘が、Bio Japan2018にて、「サイフューズの3D構造体を使った創薬支援」について公開した。
(73)【特許権者】
【識別番号】511155187
【氏名又は名称】株式会社サイフューズ
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100186897
【氏名又は名称】平川 さやか
(72)【発明者】
【氏名】前川 敏彦
(72)【発明者】
【氏名】長尾 映里
(72)【発明者】
【氏名】井出 いずみ
(72)【発明者】
【氏名】鍛治山 咲良
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-504769(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0166870(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0316093(US,A1)
【文献】国際公開第2018/115533(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/200111(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/067970(WO,A1)
【文献】長尾映里ほか,バイオ3Dプリンタで作成したヒト肝臓モデルの構築:ヒト凍結初代肝細胞を用いた構造体とスフェロイドの毒性評価比較,第45回日本毒性学会学術年会 発表ポスター,2018年07月18日
【文献】清水 一郎,小柴胡湯による肝線維化および肝発癌阻止機構,医学のあゆみ 現代西洋医学からみた東洋医学13,vol.203, no.3,藤田 勝治 医歯薬出版株式会社,2002年,214-218
【文献】西藤 有希奈,抗線維化物質テトランドリンによるオートファジー経路制御機構の解明 ,日本農芸化学会 2014年度大会講演要旨集(オンライン)DVD-R,公益社団法人日本農芸化学会,2014年,講演番号2A05a05
【文献】MOSEDALE, Merrie et al.,miR-122 release in exosomes precedes overt tolvaptan-induced necrosis in a primary human hepatocyte,Toxicological Sciences,2018年,vol.161,no.1,p.149-158
【文献】COSTA DE FREITAS,Renata C. et al.,Modulation of miR-26a-5p and miR-15b-5p exosomal expression associated with clopidogrel-induced hepa,Frontiers in Pharmacology,2017年,vol.8,906/1-906/11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 1/70
C12N 5/00- 5/28
C12N 15/00- 15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト肝細胞と、ヒト肝細胞以外の他のヒト由来細胞とを凝集させたヘテロスフェロイド
からなるヒト肝臓様立体構造体であって、
前記他のヒト由来細胞が、ヒト肝星細胞、ヒト肺線維芽細胞、ヒト大動脈外膜線維芽細胞、ヒト歯周靱帯線維芽細胞、ヒト腸筋線維芽細胞、ヒト腱細胞、ヒトアストロサイト、ヒト新生児皮膚線維芽細胞、ヒト滑膜間質細胞、ヒト脳毛細血管周皮細胞、ヒト腎メサンギウム細胞、ヒト心臓線維芽細胞、ヒト大動脈血管平滑筋細胞、ヒト骨芽細胞、正常ヒト骨格筋細胞、ヒト歯髄幹細胞、ヒト髄核細胞、ヒト線維輪細胞、ヒト靱帯細胞、ヒト軟骨細胞、ヒトクッパー細胞、ヒト類洞内皮細胞、ヒト胆管上皮細胞、ヒト成人皮膚線維芽細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞およびヒト脂肪由来間葉系幹細胞からなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記ヒト肝細胞に対する前記他のヒト由来細胞の細胞数の比が、0.05~0.1である、
ことを特徴とする、ヒト肝臓様立体構造体。
【請求項2】
前記ヘテロスフェロイドが、積層または配合されてなる、請求項1に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項3】
前記ヒト肝細胞と前記他のヒト由来細胞とが、均一に分布している、請求項1または2に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項4】
前記他のヒト由来細胞がヒト肝星細胞を含んでいる、請求項3に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項5】
前記ヒト肝星細胞が集合した集合部が、最大で100μmの投影面積円相当径を有する、請求項4に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項6】
前記ヘテロスフェロイドの投影面積円相当径が300~1000μmである、請求項1~5のいずれか一項に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項7】
前記ヘテロスフェロイドの投影面積円相当径が400~600μmである、請求項6に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項8】
立体構造体の投影面積円相当径が少なくとも1.0mmの大きさを有する略球状のものである、請求項1~7のいずれか一項に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項9】
投影面積円相当径が1.1~10.0mmの大きさを有する略球状のものである、請求項8に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項10】
投影面積円相当径が1.2~5.0mmの大きさを有する略球状のものである、請求項9に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項11】
中空または中実の略円柱状または略多角柱状であり、
断面の直径の平均値が1.0~10.0mmである、請求項1~7のいずれか一項に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項12】
リング状であり、
底面と天面の短径の平均値が1.0~10.0mmである、請求項1~7のいずれか一項に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項13】
平均厚みが少なくとも300μmのシート状である、請求項1~7のいずれか一項に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項14】
平均厚みが少なくとも500μmのシート状である、請求項13に記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項15】
ヒトに対する被検物質の肝毒性を評価する方法であって、
(1)請求項1~14のいずれか一項に記載のヒト肝臓様立体構造体に、前記被検物質を接触させる接触工程、
並びに、
(2)該ヒト肝臓様立体構造体の障害の有無またはその程度を
、ATP活性に基づく肝細胞の生存率と、ALT、AST、アルブミン及び尿素から選ばれる肝障害マーカーと、エクソソームに含まれるmiRNAとの組み合わせを指標として測定する測定工程、
を含むことを特徴とする、方法。
【請求項16】
前記
エクソソームに含まれるmiRNAを指標として測定する測定工程が、前記立体構造体から放出されたエクソソームを回収するエクソソーム回収工程、及び、前記エクソソームに含まれるmiRNAを解析するmiRNA解析工程を含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記miRNA解析工程が、マイクロアレイまたはPCRによるものである、請求項
16に記載の肝臓毒性評価方法。
【請求項18】
請求項1~14のいずれか一項に記載のヒト肝臓様立体構造体が2個以上連結されてなる、ヒト肝臓様複合体。
【請求項19】
2つ以上の前記ヘテロスフェロイドが融合されてなる、請求項1~14のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項20】
前記他のヒト細胞がヒト肝星細胞を含み、該ヒト肝星細胞が静止状態である、上記請求項4~14のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
【請求項21】
ヒトに対する被検物質の肝毒性を評価する方法であって、
(1)請求項20に記載のヒト肝臓様立体構造体に、前記被検物質を接触させる接触工程、および、
(2)該ヒト肝臓様立体構造体の障害の有無またはその程度を測定する測定工程、
を含むことを特徴とする、方法。
【請求項22】
ヒト肝細胞と、ヒト肝細胞以外の他のヒト由来細胞とを、前記ヒト肝細胞に対する前記他のヒト由来細胞の細胞数の比が0.05~0.1となる量で混合して培養し、前記ヒト肝細胞と前記他のヒト由来細胞とが凝集したヘテロスフェロイドを得る工程、および
前記ヘテロスフェロイドを配合又は積層する工程
からなり、
前記他のヒト由来細胞が、ヒト肝星細胞、ヒト肺線維芽細胞、ヒト大動脈外膜線維芽細胞、ヒト歯周靱帯線維芽細胞、ヒト腸筋線維芽細胞、ヒト腱細胞、ヒトアストロサイト、ヒト新生児皮膚線維芽細胞、ヒト滑膜間質細胞、ヒト脳毛細血管周皮細胞、ヒト腎メサンギウム細胞、ヒト心臓線維芽細胞、ヒト大動脈血管平滑筋細胞、ヒト骨芽細胞、正常ヒト骨格筋細胞、ヒト歯髄幹細胞、ヒト髄核細胞、ヒト線維輪細胞、ヒト靱帯細胞、ヒト軟骨細胞、ヒトクッパー細胞、ヒト類洞内皮細胞、ヒト胆管上皮細胞、ヒト成人皮膚線維芽細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞およびヒト脂肪由来間葉系幹細胞からなる群から選択される少なくとも1種である、ヒト肝臓様立体構造体の製造方法。
【請求項23】
請求項22に記載の製造方法により得られた、ヒト肝臓様立体構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘテロスフェロイドを含むヒト肝臓様立体構造体、該構造体を用いて肝毒性を評価する方法並びに該構造体を2個以上連結させたヒト肝臓様複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
製薬企業では、多額の費用と時間を要する臨床試験において、毒性や代謝物の試験の対象となる創薬候補化合物を絞り込むためのin vitroヒト肝臓モデルのニーズが高い。臨床試験での毒性を予測可能なヒト肝臓モデルは、創薬研究を効率化、加速化するツールとして期待されている。
【0003】
現在、既存のin vitroヒト肝臓モデルの製法の一つとして、肝細胞をマウス線維芽細胞と共培養して高機能化する方法が知られている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
しかしながら、これらの方法により得られるヒト肝臓モデルは、ヒト肝細胞以外にマウス由来細胞を含む。このため、薬物の毒性試験や代謝物の評価において、マウス特有の代謝系の影響を考慮する必要があった。この際、対照としてマウス由来細胞のみをネガティブコントロールに用いる方法が採用されているが、共培養がもたらすマウス細胞への影響が考慮されていないため、厳密には正確なネガティブコントロールと言い難く、得られた薬物評価結果へのマウス細胞の影響を完全には排除できなかった。
【0005】
特許文献1には、ヒト肝細胞と、ヒト肝細胞以外のヒト由来細胞とを用いて作製されたヒト肝臓様立体構造体が提案されている。特許文献1のヒト肝臓様立体構造体によれば、ヒト肝細胞とマウス線維芽細胞を用いた共培養系で懸念されていたマウス特有の代謝系の影響を考慮することなく、ヒト特異的な毒性の評価等を正確かつ簡便に実施可能であるが、改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Khetani S. R. et al., Nat. Biotechnol. 26: 120-126 (2008)
【文献】Ohkura T. et al., Drug Metab. Pharmacokinet. 29: 373-378 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ヒト特異的な毒性の評価等を正確かつ簡便に実施することを可能にする、ヒト肝臓様立体構造体の提供が待たれている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち、本発明は、以下のとおりである。
[1]ヒト肝細胞と、ヒト肝細胞以外の他のヒト由来細胞とを凝集させたヘテロスフェロイドを含むヒト肝臓様立体構造体であって、
前記他のヒト由来細胞が、ヒト肝星細胞、ヒト肺線維芽細胞、ヒト大動脈外膜線維芽細胞、ヒト歯周靱帯線維芽細胞、ヒト腸筋線維芽細胞、ヒト腱細胞、ヒトアストロサイト、ヒト新生児皮膚線維芽細胞、ヒト滑膜間質細胞、ヒト脳毛細血管周皮細胞、ヒト腎メサンギウム細胞、ヒト心臓線維芽細胞、ヒト大動脈血管平滑筋細胞、ヒト骨芽細胞、正常ヒト骨格筋細胞、ヒト歯髄幹細胞、ヒト髄核細胞、ヒト線維輪細胞、ヒト靱帯細胞、ヒト軟骨細胞、ヒトクッパー細胞、ヒト類洞内皮細胞、ヒト胆管上皮細胞、ヒト成人皮膚線維芽細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞およびヒト脂肪由来間葉系幹細胞からなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記ヒト肝細胞に対する前記他のヒト由来細胞の細胞数の比が、0.01以上であり且つ1より小さい、
ことを特徴とする、ヒト肝臓様立体構造体。
[2]前記ヘテロスフェロイドが、積層または配合されてなる、上記[1]に記載のヒト肝臓様立体構造体。
[3]前記ヒト肝細胞と前記他のヒト由来細胞とが、均一に分布している、上記[1]または[2]に記載のヒト肝臓様立体構造体。
[4]前記他のヒト由来細胞がヒト肝星細胞を含んでいる、上記[3]に記載のヒト肝臓様立体構造体。
[5]前記ヒト肝星細胞が集合した集合部が、最大で100μmの投影面積円相当径を有する、上記[4]に記載のヒト肝臓様立体構造体。
[6]前記ヘテロスフェロイドの投影面積円相当径が300~1000μmである、上記[1]~[5]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
[7]前記ヘテロスフェロイドの投影面積円相当径が400~600μmである、上記[6]に記載のヒト肝臓様立体構造体。
[8]投影面積円相当径が少なくとも1.0mmの大きさを有する略球状のものである、上記[1]~[7]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
[9]投影面積円相当径が1.1~10.0mmの大きさを有する略球状のものである、上記[8]に記載のヒト肝臓様立体構造体。
[10]投影面積円相当径が1.2~5.0mmの大きさを有する略球状のものである、上記[9]に記載のヒト肝臓様立体構造体。
[11]中空または中実の略円柱状または略多角柱状であり、
断面の直径の平均値が1.0~10.0mmである、上記[1]~[7]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
[12]リング状であり、
底面と天面の短径の平均値が1.0~10.0mmである、上記[1]~[7]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
[13]平均厚みが少なくとも300μmのシート状である、上記[1]~[7]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
[14]平均厚みが少なくとも500μmのシート状である、上記[13]に記載のヒト肝臓様立体構造体。
[15]ヒトに対する被検物質の肝毒性を評価する方法であって、
(1)上記[1]~[14]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体に、前記被検物質を接触させる接触工程、および、
(2)該ヒト肝臓様立体構造体の障害の有無またはその程度を測定する測定工程、
を含むことを特徴とする、方法。
[16]前記測定工程が、前記立体構造体から放出されたエクソソームを回収するエクソソーム回収工程、及び、前記エクソソームに含まれるmiRNAを解析するmiRNA解析工程を含む、上記[15]に記載の方法。
[17]前記miRNA解析工程が、マイクロアレイまたはPCRによるものである、上記[15]または[16]に記載の肝臓毒性評価方法。
[18]上記[1]~[14]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体が2個以上連結されてなる、ヒト肝臓様複合体。
[19]2つ以上の前記ヘテロスフェロイドが融合されてなる、上記[1]~[14]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
[20]前記他のヒト細胞がヒト肝星細胞を含み、該ヒト肝星細胞が静止状態である、上記[4]~[14]のいずれかに記載のヒト肝臓様立体構造体。
[21]ヒトに対する被検物質の肝毒性を評価する方法であって、
(1)上記[20]に記載のヒト肝臓様立体構造体に、前記被検物質を接触させる接触工程、および、
(2)該ヒト肝臓様立体構造体の障害の有無またはその程度を測定する測定工程、
を含むことを特徴とする、方法。
[22]ヒト肝細胞と、ヒト肝細胞以外の他のヒト由来細胞とを、前記ヒト肝細胞に対する前記他のヒト由来細胞の細胞数の比が0.01以上1未満となる量で混合して培養し、前記ヒト肝細胞と前記他のヒト由来細胞が凝集したヘテロスフェロイドを得る工程、および
前記ヘテロスフェロイドを配合又は積層する工程を含み、
前記他のヒト由来細胞が、ヒト肝星細胞、ヒト肺線維芽細胞、ヒト大動脈外膜線維芽細胞、ヒト歯周靱帯線維芽細胞、ヒト腸筋線維芽細胞、ヒト腱細胞、ヒトアストロサイト、ヒト新生児皮膚線維芽細胞、ヒト滑膜間質細胞、ヒト脳毛細血管周皮細胞、ヒト腎メサンギウム細胞、ヒト心臓線維芽細胞、ヒト大動脈血管平滑筋細胞、ヒト骨芽細胞、正常ヒト骨格筋細胞、ヒト歯髄幹細胞、ヒト髄核細胞、ヒト線維輪細胞、ヒト靱帯細胞、ヒト軟骨細胞、ヒトクッパー細胞、ヒト類洞内皮細胞、ヒト胆管上皮細胞、ヒト成人皮膚線維芽細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞およびヒト脂肪由来間葉系幹細胞からなる群から選択される少なくとも1種である、ヒト肝臓様立体構造体の製造方法。
[23]上記[22]に記載の製造方法により得られた、ヒト肝臓様立体構造体。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、ヒト体内における肝機能に類似した機能を発揮できるヒト肝臓様立体構造体、および、該ヒト肝臓様立体構造体を使用し、ヒトに対する被検物質の肝毒性を評価する方法が提供される。また、ヒト肝臓様立体構造体を複数連結してなる、ヒト肝臓様複合体も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実験例4における、ヒト肝臓様立体構造体Aの遺伝子発現解析の結果を示す図である。
【
図2】実験例4における、ヒト肝臓様立体構造体Bの遺伝子発現解析の結果を示す図である。
【
図3】実験例5における、培地中のアルブミン濃度の変化を示す図である。
【
図4】実験例5における、ヒト肝臓様立体構造体に含有されるATP量変化を示す図である。
【
図5】実験例5における、ヒト肝臓様立体構造体の免疫染色像である。
【
図6】実験例6における、エクソソームの粒子数と粒度分布測定結果を示す図である。
【
図7】実験例4´における、ヒト肝臓様立体構造体A中のCYP3A4酵素の活性を示すグラフである。
【
図8】実験例5´における、毒性検出結果を示す図である。
【
図9】実験例7において、ヒト肝臓様立体構造体にフェニトインを与えたときの、各代謝生成物のマスクロマトグラムである。
【
図10】実験例8において、ヒト肝臓様立体構造体にトルセトラピブを与えたときの、各代謝生成物のマスクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をできる。
なお、本明細書において引用した全ての文献、および公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込むものとする。
【0013】
本発明は、ヒト肝細胞と、ヒト肝細胞以外の他のヒト由来細胞とを凝集させたヘテロスフェロイドを含むヒト肝臓様立体構造体に関する。ヘテロスフェロイドに含まれる細胞はヒト由来であり、マウス由来の細胞は含まれない。本発明においては、ヒト肝細胞と、ヒト肝星細胞などの他のヒト由来細胞とを共培養するだけでよく、これにより、高い肝機能を獲得したヒト肝臓モデルを作製できる。
【0014】
1.培養条件
本発明においては、ヒト由来肝細胞(第一細胞)と、当該肝細胞以外のヒト由来細胞(第二細胞)とを共培養することにより、当該肝細胞とヒト由来細胞とが混在したスフェロイドを作製する。作製されたスフェロイドには種類の異なる細胞が混在しているため、このスフェロイドを「ヘテロスフェロイド」という。但し、本明細書では単に「スフェロイド」ともいう。
【0015】
本発明において使用する肝細胞(Hepatocyte;Hepともいう)は、ヒト由来の細胞であり、生検された肝細胞、市販の凍結肝細胞などが用いられるが、その他にも、ES細胞、iPS細胞、生体由来細胞等から試薬、遺伝子、mRNA、microRNA等を用いて分化誘導させた肝細胞、リプログラミングされた肝細胞などを用いることができる。
【0016】
他方、本発明において用いられる第二細胞である、ヒト肝細胞以外の他のヒト由来細胞は、ヒト肝星細胞、ヒト肺線維芽細胞、ヒト大動脈外膜線維芽細胞、ヒト歯周靱帯線維芽細胞、ヒト腸筋線維芽細胞、ヒト腱細胞、ヒトアストロサイト、ヒト新生児皮膚線維芽細胞、ヒト滑膜間質細胞、ヒト脳毛細血管周皮細胞、ヒト腎メサンギウム細胞、ヒト心臓線維芽細胞、ヒト大動脈血管平滑筋細胞、ヒト骨芽細胞、正常ヒト骨格筋細胞、ヒト歯髄幹細胞、ヒト髄核細胞、ヒト線維輪細胞、ヒト靱帯細胞、ヒト軟骨細胞、ヒトクッパー細胞、ヒト類洞内皮細胞、ヒト胆管上皮細胞、ヒト成人皮膚線維芽細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞及びヒト脂肪由来間葉系幹細胞からなる群から選択される少なくとも1種である。これらの第二細胞は、正常、病態の由来を問わない。第二細胞は、ES細胞、iPS細胞、生体由来細胞等から試薬、遺伝子、mRNA、microRNA等を用いて分化誘導させた細胞や、リプログラミングされた細胞であってもよい。また、市販の細胞でもよく、ヒト組織から酵素または物理的な処理によって調製してもよい。
【0017】
第二細胞は、ヒト肝星細胞、ヒトクッパー細胞、ヒト類洞内皮細胞、ヒト胆管上皮細胞、ヒト成人皮膚線維芽細胞およびヒト脂肪由来間葉系幹細胞からなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましく、ヒト肝星細胞を含むことが特に好ましい。
【0018】
上記第一細胞及び第二細胞は、それぞれの細胞に適した培地中で培養又は維持し、混合する。混合後培養すると、第一細胞と第二細胞とは集合して細胞凝集体、すなわちヘテロスフェロイドを形成する。
【0019】
本発明において、第一細胞の培養培地は、一般に肝細胞の培養に使用される培地を採用できる。そのような培地としては、例えばDMEM、RPMI―1640、DMEM/F12、Williams’Medium Eなどが挙げられる。また、市販の肝細胞培養培地(Primary Hepatocyte Maintenance Supplements(CMシリーズ、Life Technologies社))などが挙げられる。
【0020】
また、第二細胞の培地は、それぞれの細胞の種類に応じて適宜選択される。例えば、ヒト骨芽細胞(NHOST)の培養培地はOGM Bullet Kit(Lonza)、正常ヒト腱細胞(TEN)の培養培地はTenocyte Growth Medium(Zenbio)、正常ヒト脳毛細血管周皮細胞(HBMPC)の培養培地はCSC Complete Recombinant Medium(Cell Systems Corporation)、正常ヒト胆管上皮細胞(IHBEC)の培養培地はIntra―Hepatic Biliary Epithelial Cell Growth Medium(Zenbio)、正常ヒト類洞内皮細胞(SEC)の培養培地はPrigrow I(Applied Biological Materials Inc.)などを使用できる。
【0021】
培地には、例えば、各種抗生物質、ウシ胎児血清などの血清を添加してもよい。
【0022】
ここで「混合」とは、第一細胞と第二細胞とが接触し得る状況にあれば特に限定されるものではなく、例えば、(i)それぞれの細胞の細胞懸濁液を1つの容器に入れて混合する態様、(ii)第一細胞及び第二細胞の一方の培養容器中に他方の細胞の細胞懸濁液を添加する態様、(iii)一方の細胞を培養容器に接着又は沈殿させておいて培地の全部又は一部を取り除き、他の細胞の細胞懸濁液をその培養液に添加する態様などがある。
【0023】
ヘテロスフェロイドを作製するための細胞の混合比については、第一細胞(肝細胞)の数を第二細胞(肝細胞以外の他のヒト由来細胞)の数よりも多くする。好ましくは、第一細胞に対する第二細胞(第二細胞/第一細胞)の割合を、0.01~1.0とする。より好ましくは、0.01以上であり且つ1未満とし、さらに好ましくは0.02~0.5とする。最も好ましくは、0.05~0.1とする。
【0024】
第一細胞の共培養培地中の濃度は、少なくとも0.4×105個/ml以上が好ましく、0.6×105~2.0×105個/mlがより好ましく、0.8×105~1.2×105個/mlが最も好ましい。この第一細胞の細胞数に対して、上記比率となるように第二細胞を調製し、両者を混合することが好ましい。
なお、上記の濃度範囲は、共培養開始前の濃度を意味する。
【0025】
3.測定及び選抜指標
スフェロイドの形成能は、光学顕微鏡による形態検査により調べることができる。
また、スフェロイドが所定の機能を有するか否かは、スフェロイド中の遺伝子発現を指標として調べることができる。指標とする遺伝子は特に限定されるものではないが、肝機能関連遺伝子、薬物代謝関連遺伝子などを利用することが好ましい。薬物代謝関連遺伝子としては、例えばCYP1A2,CYP2A6,CYP2B6,CYP2C9,CYP2C19,CYP2D6、CYP3A4、CYP2E1、GSTM1、GSTT1、SULT2A1、UGT1A1、UGT2B4、BCRP、BSEP、MRP2、MATE1、MRP6、MDR1、NTCP、OCT1、OATP1B1、OATP1B3などが好ましい。肝機能関連遺伝子としてはHNF1A、HNF3A、HNF4A、HNF6、PROX1、CEBPA、CAR、ALBなどが挙げられる。但し、薬物代謝関連遺伝子及び肝機能関連遺伝子はこれらに限定されるものではない。
【0026】
遺伝子発現の確認方法は、一般的手法、例えばRT―PCR、ノーザンブロッティングなどを単独で、又は適宜組み合わせて行うことができる。
【0027】
あるいは、スフェロイドが所定の機能を有しているかどうかは、ATPの量、アルブミンの分泌、アンモニア代謝、尿素の産生、薬物の代謝、タンパク質の発現などを指標として評価してもよい。
【0028】
4.ヒト肝臓様立体構造体の製造
本発明においては、前記のように形成させたスフェロイドを配合又は積層することにより、ヒト肝臓様立体構造体を作製できる。
【0029】
スフェロイドを立体的に配合又は積層する方法は、特に限定されるものではない。例えばスフェロイドを立体的に配合する方法としては、チューブなどにスフェロイドを入れて培養する方法が挙げられる。これにより、スフェロイド同士が融合してさらに大きなスフェロイドの塊となり、本発明のヒト肝臓様立体構造体となる。
【0030】
また、スフェロイドを任意の3次元空間に配置することにより、スフェロイドを積層して細胞の立体構造体を作製する方法が知られている(WO2008/123614号)。この方法は、基板に針状体を剣山状に配置させて、その針状体に細胞塊を突き刺すか、細胞塊に針状体を突き刺すことによりスフェロイドを配置させるというものである。この方法により、スキャフォールドフリーの立体構造体を得ることを可能にする。
なお、本明細書において「積層」とは、スフェロイドを縦方向、横方向ならびに高さ方向に合計2個以上好ましくは9個以上配置させることで構造体を形成することを意味する。
【0031】
本発明においては、上記の針状体を用いる方法を利用して肝臓様立体構造体(3次元構造体)を作製することが好ましい。既に上記方法を実現するための自動積層ロボットが知られているので(バイオ3Dプリンター「レジェノバ」(登録商標)、「S-PIKE」(登録商標)、いずれも株式会社サイフューズ)、このロボットを用いることが好ましい。
【0032】
ここで、上述の好適な方法の例を、簡単に説明する。かかる好適な方法の例では、自動積層ロボット「レジェノバ」(登録商標)を用い、本発明のヒト肝臓様立体構造体を、例えば工程I~工程IVにより作製する。
【0033】
工程Iでは、前述のスフェロイドを提供する。提供するスフェロイドの大きさとしては、投影面積円相当径が300~1000μmであることが好ましく、300~800μmであることがより好ましく、400~600μmであることが特に好ましい。
投影面積円相当径は、光学顕微鏡による観測で投影面積の円相当直径である。上記した自動積層ロボットを使用する場合においては、装置に搭載されている測定機能を使用して測定できる。それ以外の場合は、実体顕微鏡により測定できる。
【0034】
工程IIと工程IIIは、剣山方式のBioprintingで構造体前駆体を作製するアプローチである。工程IIでは、スフェロイドを所定ピッチの剣山(例えばステンレス製、タングステン製)を用いて積層する。
【0035】
工程IIIは、剣山にスフェロイドを刺した状態での灌流培養プロセスであり、これにより積層したスフェロイドが融合して賽子状やパッチ状などのBioprinting構造を形成する。灌流培養プロセスにおける培地の流速は、1~4ml/分が好ましい。灌流培養に際しては、培地成分を効率的に供給する観点から、専用の循環培養装置(例えばサイフューズ社製、製品名灌流培養器タイプ1 PC1004)を使用するとよい。
【0036】
工程IVでは、前記潅流培養後にスフェロイド同士が融合していることを確認してから剣山から構造体前駆体を引き抜き、引き抜いた構造体前駆体を振盪培養して、目的のヒト肝臓様立体構造体を得る。
【0037】
上記工程I~工程IVは一例であり、本発明のヒト肝臓様立体構造体が得られる限り、適宜工程の内容を変更してもよく、工程を省略してもよく、工程を追加してもよい。
【0038】
例えば、工程IIにおいて、スフェロイドを剣山に突き刺すかわりに、剣山をスフェロイドに刺してもよい。工程IIIにおいて、灌流培養に変えて振とう培養を行ってもよい。また、同じく工程IIIにおいて、培養時に培養系に超音波を照射してもよい。工程IVにおいて、剣山から構造体を引き抜かずそのまま振盪培養もしくは灌流培養を行っても良い。
【0039】
スフェロイドの配置数及び配置形状は特に限定するものではなく、任意である。
【0040】
ヒト肝星細胞を第二細胞として用いる場合、製造時においてヒト肝星細胞を活性化状態から静止状態(不活化状態ともいう)に転換する星細胞静止化剤を培地成分に添加することが好ましい。
本明細書において、静止状態とは、細胞が分裂を行わない状態を意味する。細胞周期におけるG0期にある細胞は、静止状態にあると言える。
【0041】
ヒト肝星細胞は、ヒトの体内において肝臓内のディッセ腔と呼ばれる肝細胞と類洞内皮細胞の間隙に存在する線維芽細胞である。ヒト肝星細胞は、受容体platelet-derived growth factor receptor-β(PDGFRβ);酵素lecithin retinol acyltransferase(LRAT);細胞骨格蛋白desminやglial fibrillary acidic protein;転写因子heart-and neural crest derivatives-expressed proteinsやグロビン、cytoglobin(CYGB)等の分子を発現するという点で、肝内の他の細胞と区別される。肝星細胞は、肝障害時や初代培養を行う際に活性化し、筋線維芽細胞(myofibroblast:MFB)様細胞へと形質転換する。ヒト体内の肝臓において、活性化した肝星細胞は増殖し,炎症反応に加担し,自らがTGF(transforming growth factor)-β等の線維化誘導因子を産生しつつ,ECMを過剰産生し,線維化反応の鍵となる。ヒトの生体において、炎症が起こっていない通常の肝内では星細胞は静止状態である。
【0042】
ヒト肝星細胞は通常の培養条件下では活性化状態にある。即ち、通常の培養条件下にあるヒト肝星細胞は、高い増殖性や線維化を示し、生体の肝臓において何らかの炎症が起きている時に匹敵する状態となっている。よって、肝毒性評価などに利用するにあたって、本態様のヒト肝臓様立体構造体は、通常の肝臓に近い状態にあることが好ましい。
また、ECMの産生はヒト肝臓様立体構造体を形成しやすくするが、ヒト肝臓様立体構造体完成後に過剰量のECMが構造体中に存在すると、肝毒性の評価等に影響する虞がある。
よって、ヒト肝臓様立体構造体の製造時には、ヒト星細胞を静止状態にするために、星細胞静止化剤を使用することが好ましい。
【0043】
本発明において、細胞静止化剤としては、星細胞の静止化剤(不活性化剤)として知られている化合物群から選ぶことができる。例えば、TGFβ阻害剤であるA83-01、SB-431542、SB-505124、SB-522334;血管新生阻害剤TNP-470;LDHA阻害剤FX-11;解糖系阻害剤2デオキシグルコース;などがあげられる。
【0044】
星細胞静止化剤の添加は、その種類や培養条件等に応じて、スフェロイドの形成開始から肝毒性評価までの間に任意のタイミングで行えばよい。しかしながら、星細胞の静止化は、静止剤の添加から時間がかかる一方、静止状態のタイミングが早すぎると、製造直後の構造体の活性は高いが、活性の持続性が損なわれる虞がある。そのため、静止化剤の添加は、スフェロイドの形成開始から2日目以降肝毒性評価の開始前に行うことが好ましい。
前述の工程I~IVを含む好適な方法の例の場合であれば、下記のタイミングで星細胞静止化剤を添加することが特に好ましい。
・工程Iのスフェロイド形成開始から二日目;
・工程III開始時;または
・工程IVで剣山から構造体前駆体を引き抜き、引き抜いた構造体前駆体の振盪培養開始時。
【0045】
星細胞静止化剤の濃度は、培地中において0.1~3(μmol/l)の範囲内であることが好ましい。
【0046】
星細胞静止化剤を添加してから星細胞の静止化には時間(培養条件にもよるが、通常2~7日程度)を要するので、この期間に培地交換をする場合、星細胞静止化剤を添加した培地に交換することが好ましい。
【0047】
星細胞の静止化が達成されたことの確認では、スフェロイドもしくは構造体の遺伝子として、α―SMA(ACTA2)の発現をマーカーとすることが好ましい。この場合、α-SMA遺伝子発現量が静止化剤添加前の1/10~1/100に低下すると肝星細胞が静止化したと判断できる。肝毒性の評価を開始するまでには、肝星細胞の静止化状態への転換を完了することが好ましい。
【0048】
5.ヒト肝臓様立体構造体
本発明のヒト肝臓様立体構造体は、スキャフォールド(足場)フリーとすることでき、細胞同士は、直接または細胞外マトリクス若しくはEカドヘリンを介して接着することができる。本発明のヒト肝臓様立体構造体中の細胞外マトリクスは、乾燥重量で、I型コラーゲンを1~3質量%、III型コラーゲンを1~3質量%含んでいることが好ましい。Eカドヘリンを介する場合、Eカドヘリンは、肝細胞と肝細胞の境界面もしくは胆管様構造などの接合部分に局在する傾向にある。
なお、細胞外マトリクスとEカドヘリンは、どちらもヒト肝臓様立体構造体を構成する細胞に由来するものである。
【0049】
また、本発明のヒト肝臓様立体構造体は、完成時に第一細胞を第二細胞より多く有しており、第一細胞(ヒト肝細胞)に対する第二細胞(他のヒト由来細胞)の数の比が0.01以上であり且つ1より小さくなっている。好ましくは0.01~0.1、より好ましくは0.01~0.05となっている。
【0050】
本発明のヒト肝臓様立体構造体においては、共培養条件や使用する細胞種類などを調節することにより、第一細胞と第二細胞とを均一に分布させることが好ましい。より好ましくは、第二細胞がヒト肝星細胞を含んでいるという条件の下、第一細胞と第二細胞とが均一に分布している。
【0051】
第一細胞と第二細胞とが均一に分布しているか否かは、以下の方法で判断できる。即ち、ヒト肝臓様立体構造体をホルマリンで固定し、パラフィンで固めて組織のブロックを作製する。得られたブロックから切片を切り出し、組織切片を作製する。得られた組織切片を、HE染色と免疫染色し、撮影する。免疫染色には、第一細胞を認識する一次抗体と第二細胞を認識する一次抗体を使用するとよい。例えば、肝細胞に対しては、抗アルブミン抗体を使用することが好ましい。第二細胞が肝星細胞を含んでいる場合には、肝星細胞を認識する抗デスミン抗体を用いることが好ましい。得られた染色像について、200μm×200μmの領域ごとに第一細胞領域と第二細胞領域の面積を測定し、下記式を用い、第一細胞と第二細胞の領域の面積比率Rを算出する。
R=(第二細胞の面積)/{(第二細胞の面積)+(第一細胞の面積)}×100(%)
それぞれの領域で計測された面積比R(%)のヒストグラムが正規分布に従った分散状態となっており、かつ、Rの標準偏差(σ)が3.0未満、特に1.5~2.0である場合に、第一細胞と第二細胞とが均一に分布していると判断する。
【0052】
さらに、面積比Rのヒストグラムが正規分布に従った分散状態となっており、かつ、σが上記の数値範囲を満たすという条件のもと、ヒト肝星細胞などの第二細胞が集合した集合部が、最大で100μm、特に20~100μmの投影面積円相当径を有していることが特に好ましい。
【0053】
本発明のヒト肝臓様立体構造体は、スキャフォールド(足場)フリーにできるにも関わらず、大きなサイズを有することができる。上述した好適な製造方法によれば、スキャフォールド(足場)フリーで大きなヒト肝臓様立体構造体を作製することが可能である。
【0054】
例えば、本発明のヒト肝臓様立体構造体を略球体状とする場合、投影面積円相当径を少なくとも1.0mmとすることが好ましく、1.1~10.0mmとすることがより好ましく、1.2~5.0mmとすることが特に好ましい。
【0055】
本発明のヒト肝臓様立体構造体を中空または中実の略円柱状とする場合、長さ方向等間隔で3箇所切断したときの断面(中空の場合は断面の外周)の直径は、平均で、1.0~10.0mmであることが好ましく、1.2~5mmであることがより好ましい。断面がゆがみを有する楕円等である場合、「断面の直径」としては、断面の短径を測定する。
【0056】
本発明のヒト肝臓様立体構造体を中空または中実の略多角柱状とする場合、長さ方向等間隔で3箇所切断したときの断面(中空の場合は切断面の外周)の外接円の直径は、平均で、1.0~10.0mmであることが好ましく、1.2~5mmであることがより好ましい。外接円がゆがみを有する楕円等である場合、「外接円の直径」としては、外接円の短径を測定する。
【0057】
本発明のヒト肝臓様立体構造体をリング状とする場合、底面の外周円の直径と、天面の外周円の直径の平均値を1.0~10.0mmとすることが好ましく、1.2~5mmとすることがより好ましい。外周円がゆがみを有する楕円等である場合、「外周円の直径」としては、外周円の短径を測定する。
【0058】
なお、本明細書において、リング状は、胴部の長さが底面の外周円の直径より短い形状を意味し、胴部の長さが底面の外周円の直径以上の場合は、中空の円柱状に分類する。
【0059】
本発明のヒト肝臓様立体構造体は、ヘテロスフェロイドを平面方向に配列することで、シート状とすることもできる。ヘテロスフェロイドは、細胞単体に比べて大きいことから、ヘテロスフェロイドを平面方向に配列してできるシートも、ある程度の厚みを有する立体的なシートとなっている。その厚みは、平均で少なくとも300μmであることが好ましく、少なくとも500μmであることがより好ましく、500~1000μmであることが特に好ましい。厚みは、光学顕微鏡により測定することができる。
【0060】
本発明のヒト肝臓様立体構造体が、肝臓モデルとして機能しうるか否かは、上述の3.測定及び選抜指標においてスフェロイドの選抜指標として説明した手法と同じ手法により判断することができる。指標とする遺伝子としては、CYP3A4、CYP1A2、CYP2D6、CYP2C9等の薬物代謝におけるphase1酵素遺伝子;UGT1A1等の薬物代謝におけるphase2酵素遺伝子;またはOATP1B1、OATP1B3等のトランスポーター遺伝子が好ましい。
【0061】
また、ヒト肝臓様立体構造体特有の指標として、検出蛍光プローブ(MAR、五稜化薬)により構造体内部の酸素濃度をモニタリングしてもよい。
【0062】
さらにまた、生体内の肝細胞でリファンピシン暴露によりCYP3A4酵素の発現が高くなるという知見に基づき、ヒト肝臓様立体構造体にリファンピシンを接触させてCYP3A4の発現量を確認してもよい。
【0063】
本発明のヒト肝臓様立体構造体は、長期培養後もヒト肝臓に類似した機能を維持しており、生存率も高い。
【0064】
本発明のヒト肝臓様立体構造体は、肝臓モデルとして、ヒト体内における被検物質の代謝の評価、ヒトに対する被検物質の肝毒性の評価等の各種用途に使用できる。
【0065】
例えば代謝を評価する際には、本発明のヒト肝臓様立体構造体に後述の被検物質を接触させ、被検物質の代謝産物が構造体内部もしくは構造体の外に反応生成物として検出された場合に、被検物質が代謝されたと判定される。被検物質の代謝産物としては、被検物質の第1相代謝産物、第2相代謝産物が挙げられる。検出には、例えばLC/MS/MS等の公知の手段を利用することができる。
【0066】
本発明のヒト肝臓様立体構造体は、好適には、第2細胞としてヒト肝星細胞を含んでおり、且つ、ヒト肝星細胞が静止状態にある。
【0067】
本発明のヒト肝臓様立体構造体は、好ましくは、ヒトに対する被検物質の肝毒性を評価する方法に使用される。
【0068】
5.ヒト肝臓様複合体
本発明のヒト肝臓様立体構造体は、そのまま各種用途に適用してもよいが、ヒト肝臓様立体構造体同士を2個以上連結して、融合させ、ヒト肝臓様複合体としてもよい。本発明のヒト肝臓複合体は、ヒト肝臓様立体構造体の場合と同様の用途に適用できる。
【0069】
6.肝毒性を評価する方法
ヒトに対する被検物質の肝毒性を評価する方法としては、例えば、以下の(1)(2)工程を含む方法が挙げられる。以下、この方法を「本発明の肝毒性を評価する方法」と呼ぶことがある。
(1)本発明のヒト肝臓様立体構造体に、被検物質を接触させる接触工程。
(2)本発明のヒト肝臓様立体構造体の障害の有無またはその程度を測定する測定工程。
【0070】
本発明の肝毒性を評価する方法で用いる被検物質に、特に制限はなく、例えば、天然化合物;有機化合物;無機化合物;高分子化合物;タンパク質;ペプチド;化合物ライブラリー;遺伝子ライブラリーの発現産物;細胞抽出物;細胞培養上清;発酵微生物産生物;海洋生物抽出物;植物抽出物;等や、これらを含む薬物、食品添加物などの生体異物を用いることができる。本明細書において「生体異物」は、生体にとって異物である限り、あらゆる物質を含む。また、生体異物とリポソームや合成高分子とを用いてドラッグデリバリーシステムの検討を行うこともできる。
【0071】
薬物としては、例えば、分子量が2,000以下の低分子医薬品;分子量が2,000より大きく数千程度であるもしくは一部のペプチドからなる中分子医薬品;抗体医薬品や高分子を結合させた高分子医薬品;アンチセンスオリゴヌクレオチド、RNAi、アプタマー、デコイなどの核酸医薬品;体性幹細胞に代表される細胞医薬品;などが挙げられる。
【0072】
薬物の具体的な化合物としては、例えば、リファンピシン、デキサメタゾン、フェノバルビタール、シグリタゾン、フェニトイン、エファビレンツ、シンバスタチン、β-ナフトフラボン、オメプラゾール、クロトリマゾール、3-メチルコラントレンアセトアミノフェン、トロバフロキサシン、エストロン、ニフェディピン、ジクロフェナック、インドメタシン、メトトキサレート、トログリタゾン、CCl4、パラセタノール、ハロタン、アミオダロン、チオライダジン、メチルドーパ、イソニアジド、レボフロキサシン、スタブディン、フェルバメート、シクロフォスファミド、ピオグリタゾン、ロジグリタゾン、ケトコナゾール、ペリヘキシリン、ベノキサプロフェン、アセトアミノフェン、クロミプラミン、フェノフィブレート、イミプラミン、ジロートン、トログリタゾン、アルベンダゾール、フルコナゾール、グラフェミン、グリソフラビン、ラベタロール、等が例示できる。
【0073】
接触工程(1)において、ヒト肝臓様立体構造体と被検物質との接触は、通常、培地や培養液に被検物質を添加することによって行うが、この方法に限定されない。被検物質がタンパク質等の場合には、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより、接触を行うこともできる。
【0074】
測定工程(2)では、本発明のヒト肝臓様立体構造体の障害の有無またはその程度を測定する。障害の有無またはその程度は、例えば肝細胞の生存率、肝障害マーカー、エクソソームを指標に測定できる。また、HE染色や抗体染色によっても確認できる。
【0075】
例えば、ヒト肝臓様立体構造体の培養液に被検物質を添加することにより、ヒト肝臓様立体構造体中の細胞の生存率が低下する場合、該被検物質は肝毒性を有すると判定される。生存率に有意な変化がない場合、該被検物質は肝毒性を有さないと判定される。生存率は、例えばATP活性を測定することにより確認できる。
【0076】
肝障害マーカーとしては、ALT、AST、アルブミン、尿素等が挙げられる。例えば、ヒト肝臓様立体構造体の培養液に被検物質を添加後、培養液中のALTやASTが上昇する場合、該被検物質は肝毒性を有すると判定される。ALTやASTに有意な変化がない場合、該被検物質は肝毒性を有さないと判定される。また、ヒト肝臓様立体構造体の培養液に被検物質を添加後、培養液中のアルブミンや尿素の量が低下する場合、該被検物質は肝毒性を有すると判定される。アルブミンや尿素に有意な変化がない場合、該被検物質は肝毒性を有さないと判定される。
【0077】
エクソソームは、生体内で細胞外に放出される直径約30~100nm程度の超小型の膜小胞である。培地中に放出されたエクソソームの数、大きさ、内包成分等をモニタリングすることにより、肝毒性の有無またはその程度を測定できる。
【0078】
モニタリング対象とする内包成分としては、miRNAやタンパク質が挙げられる。特に、エクソソームに内包されるmiRNAの解析は、既に血液中から回収された疾患特異的なエクソソーム中に含まれるmiRNAがその病態や進行度と関係することが癌やC型慢性肝炎などで報告され、疾患バイオマーカーとしての利用が検討されている。このように、miRNAが細胞に起こるイベントに応答しているという観点から、肝毒性の有無またはその程度の判断手法として好適である。
【0079】
解析対象とするmiRNAは、肝毒性の程度に応じて細胞から分泌される量が変化するものであれば特に限定されない。また、このようなmiRNAとしては、細胞の種類等によってそれぞれ適切なものが選択され得る。
【0080】
例えば、第二細胞としてヒト肝星細胞を用い、ヒト肝細胞とヒト肝星細胞とを含むヒト肝臓様立体構造体の場合、下記実施例に記載されるように、配列番号1~6に示される塩基配列からなるmiRNA;miR-122、miR-192、miR-224は、肝毒性が高い程培養上清への分泌が増加する。
【表1】
【0081】
肝毒性の有無またはその程度を判断する指標としては、miRNAをいずれか1種類のみ測定してもよいし、複数種類測定してもよい。
【0082】
細胞から放出されたエクソソーム中のmiRNAを測定する際の工程としては、例えば、以下が挙げられる。
(2-1)前記立体構造体から放出されたエクソソームを回収するエクソソーム回収工程。
(2-2)エクソソームに含まれるmiRNAを解析するmiRNA解析工程。
【0083】
エクソソーム回収工程(2-1)では、例えば培養上清の一部をサンプリングし、超遠心分離法、市販のエクソソーム単離キットの利用等公知の手法により、サンプリングした培養上清からエクソソームを回収する。
【0084】
miRNA解析工程(2-2)では、まず、市販のmiRNA抽出キットを用いるなど公知の手法により、回収したエクソソームからmiRNAを抽出する。次に、miRNA用マイクロアレイや定量的リアルタイムPCR、デジタルPCRに代表されるPCR等の公知の手段を利用し、抽出した全miRNA中の特定のmiRNAの発現レベルを測定する。
【0085】
肝毒性の程度によって増減することが判明している特定のmiRNAについて、そのmiRNAの発現レベルを、被験物質と接触していない状態の細胞が分泌するmiRNAの発現レベル(基準値)と比較して、肝毒性の程度を評価することができる。また、基準値以外に、miRNAの種類毎に適切な閾値を決め、その値を超える又は下回る値になった場合に肝毒性を有する等と判断をすることもできる。
【0086】
複数種のmiRNAの発現プロファイルを網羅的に確認することができるという観点から、miRNA用のマイクロアレイが好ましい。
【0087】
また、miRNA回収工程(2-2)においては、更に、複数種の被験物質について、それぞれで検出されたmiRNA発現量の配列データから主成分分析を行ってもよい。例えば第一主成分PC1と第二主成分PC2の相関図を作製することにより、被験物質の毒性機構ごとの相関関係を確認することができる。
【0088】
本発明の肝毒性を評価する方法により、臨床では肝毒性があることが分かっているが従来の方法では肝毒性を検出できない被検物質でも、肝毒性があることを確認することができる。
【実施例】
【0089】
以下、実験例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実験例に制限されるものではない。
【0090】
[実験例1]ヒト肝臓様立体構造体の前駆体の作製
細胞非接着処理を施したスフェロイド作製用プレート(Nunclon Sphera製マイクロプレート96well)に、1ウェルあたり凍結ヒト肝臓細胞(Sekisui XenoTech社製Cryopreserved Human Hepatocytes)1×104個とヒト肝星細胞(ScienCell Research Laboratories社製Human Hepatic Stellate Cells)5×102個を播種し、37℃、5%CO2下で3~5日間培養して直径(投影面積円相当径)500μmのスフェロイドを得た。
次に、得られたスフェロイドと三次元細胞積層システムRegenova(株式会社サイフューズ製)を用いて、縦3個、横3個、合計9個のスフェロイドを配列し、潅流培養装置内で5日間培養した。
【0091】
9個のスフェロイドが融合して1つの塊状になり、ヒト肝臓様立体構造体の前駆体Aが得られた。
【0092】
[実験例2]ヒト肝臓様立体構造体の前駆体の作製
細胞非接着処理を施したスフェロイド作製用プレート(Nunclon Sphera製マイクロプレート96well)に、1ウェルあたり凍結ヒト肝臓細胞(Sekisui XenoTech社製Cryopreserved Human Hepatocytes)1×104個とヒト肝星細胞(ScienCell Research Laboratories社製Human Hepatic Stellate Cells)5×102個を播種し、37℃、5%CO2下で3~5日間培養して直径(投影面積円相当径)500μmのスフェロイドを得た。
次に、得られたスフェロイドと三次元細胞積層システムRegenova(株式会社サイフューズ製)を用いて、縦3個、横3個、高さ3個、合計27個のスフェロイドを配列し、潅流培養装置内で5日間培養した。
【0093】
27個のスフェロイドが融合して1つの塊状になり、ヒト肝臓様立体構造体の前駆体Bが得られた。
【0094】
[実験例3]ヒト肝臓様立体構造体の振とう培養による作製
実験例1もしくは実験例2で作製した前駆体A,Bを剣山から抜き取った後、1mLの培地を分注したザルスタット8mLチューブに別々に入れ、CO2インキュベーター内で5日間振とう培養した。
【0095】
前駆体の剣山の針跡は振とう培養中に消失し、また形状が球状に変化し、ヒト肝臓様立体構造体A,Bが得られた。ヒト肝臓様立体構造体Aの球相当直径は、1.0mm、ヒト肝臓様立体構造体Bの球相当直径は、1.5mmであった。
【0096】
[実験例3´]
実験例1で作製した前駆体Aを剣山から抜き取った後、3μmol/lになるようにTGFβ阻害剤A83-01を添加した1mLの培地を、分注したザルスタット8mLチューブに別々に入れ、CO2インキュベーター内で5日間振とう培養した。得られた肝臓様立体構造体を肝臓様立体構造体A´と呼ぶ。
【0097】
[実験例4]ヒト肝臓様立体構造体の遺伝子の発現解析
実験例3で作製した各ヒト肝臓様立体構造体A,Bに発現している遺伝子として、CYP3A4、CYP1A2、CYP2C9、CYP2D6、UGT1A1、MRP2、BSEP、OATP1B1、OATP1B3をリアルタイムPCR法で計測した。
【0098】
ヒト肝臓様立体構造体Aの結果を
図1に、ヒト肝臓様立体構造体Bの結果を
図2に示した。実験例3で作製したヒト肝臓様立体構造体A,Bでは、作製してから20日以上、原料の凍結肝臓細胞を解凍してから30日以上の長い間、それぞれの遺伝子が持続的に発現していた。平面培養した細胞では、解凍後7~10日で死滅することと対照的であった。
実験例3で作製したヒト肝臓様立体構造体A,Bは、肝臓が本来有している代謝、抱合、細胞への取り込みと排泄に関わる機能を極めて高いレベルと長期間維持できる点で優勢であることが判明した。
【0099】
[実験例4´]ヒト肝臓様立体構造体A´のCYP3A4酵素活性
実験例3´で作製したヒト肝臓様立体構造体A´中のCYP3A4酵素の活性をCYP3A4 Activity Assay Kit (Bio Vision)で評価した。結果を
図7に示した。比較対象として、TGFβ阻害剤A83-01を添加せず、星細胞が静止状態にない処方(処方A。実験例3で作製したヒト肝臓様立体構造体Aに相当。)の結果を示した。
A83-01の添加によってCYP3A4の活性は約10倍程度高くなり、さらにこの酵素活性は28日間経ても、初期値の70%以上の高い値を示していた。星細胞を静止状態にすることで肝臓構造体の代謝機能をより高くでき、かつ長期間維持できることがわかった。
【0100】
[実験例5]肝毒性の評価
ヒトに投与すると肝毒性を示すことが既知の薬剤であるトロバフロキサシンのDMSO溶液を調液した。得られた薬剤入りDMSO溶液を、実験例3で作製したヒト肝臓様立体構造体Aの培養培地に、培地中の濃度が5~1000μmol/lとなるように添加した。対照として実験例3で作製したヒト肝臓様立体構造体の培養培地にDMSO溶液のみを添加したものを準備した。薬剤添加後24日までの培地中のアルブミン濃度の変化、並びに、実験終了後の構造体に含有されるATP量をCellTiter-Glo 3D substrateを用いて計測した。さらに構造体の組織切片を作製し、HE染色、アルブミンの免疫染色像を得た。
【0101】
トロバフロキサシンを含有する培地中のアルブミン濃度の変化を
図3に示した。また、ヒト肝臓様立体構造体に含有されるATP量変化を
図4に示した。ヒト肝臓様立体構造体の免疫染色像を
図5に示した。
アルブミン濃度の薬剤濃度依存的な減少が観測され、薬物毒性を検出できることがわかった。比較対象とした平面培養系ではアルブミン濃度の減少は観測されない(詳細は記載せず)ことから、本発明の毒性評価方法の毒性評価能が優れていることが示された。
【0102】
[実験例5´]肝毒性の評価
ヒトに投与すると肝毒性を示すことが既知の薬剤20種のDMSO溶液を調液した。得られた薬剤入りDMSO溶液を、実験例3で作製したヒト肝臓様立体構造体Aの培養培地に、培地中の濃度がそれぞれの薬剤のヒト臨床で報告されている最大血中濃度(Cmax)の20~50倍となるように添加した。対照として実験例3で作製したヒト肝臓様立体構造体の培養培地にDMSO溶液のみを添加したものを準備した。薬剤添加後7日、14日の培地中のアルブミン濃度の変化をDMSOのみを添加したものを100%に規格化して
図8に示した。14日後には、全ての化合物でDMSOのみを添加したときに比べて統計的に有意な差がある80%以下となり、優れた毒性検出能を有することが示された。
【0103】
[実験例6]エクソソームによる肝毒性の評価
実験例5の培養培地を4℃にて2,000xg,20分間遠心し,回収した上清を続けて15,000xgにて30分間遠心した。回収した試料溶液各2.2mLに対し,ExoCap Ultracentrifugation/Storage Booster(登録商標) 1.1mLおよび超純水7.7mLを加え均一に撹拌した後,超遠心分離操作(35,000rpm,70分,4°C)にそれぞれ供した。遠心後,デカンテーションおよびアスピレーターにて上清を取り除いた後,超純水で10倍希釈したExoCap Ultracentrifugation/Storage Booster(登録商標)溶液にて再懸濁し,エクソソーム溶液75μLをそれぞれ得た。
エクソソームの粒子数と粒度分布測定には、qNano(ナノ粒子マルチアナライザー)を用いた。また、回収されたエクソソームについて、ウェスタンブロット法でCD9の発現を確認した。RNA抽出キットを用いてエクソソームから抽出した試料中のmiRNAをデジタルPCRで計測した。さらにエクソソームに含まれるマイクロRNAを取り出し、miR-122、miR-192およびmiR-1の量を定量PCR法で計測した。尚、miR-1は毒性と関係しないと言われているmiRNAであり、miR-122やmiR-192の増減を判断する際の基準としての役割を果たすものである。
【表2】
【0104】
結果を
図6に示した。
図6(a)は、実験例5でDMSOのみを添加3日後に培養培地から回収されたエクソソームの粒度分布結果を示す図である。
図6(b)は、トロバフロキサシンDMSO溶液を添加3日後に培養培地から回収されたエクソソームの粒度分布結果を示す図である。
図6(c)は、各条件で回収されたエクソソーム粒子数濃度を示す図である。薬剤添加してわずか3日後には培地中のエクソソーム粒子数濃度の上昇を観測した。さらに回収されたエクソソームからmiR-122を検出した。
【0105】
下記表に、薬物としてトロバフロキサシンの他、インドメタシン、ジクロフェナック、ベノキサプロフェン、ジロートン、トログリタゾンを培地に添加し、添加3日後、10日後に培地から回収したエクソソームから検出されたmiR-122-5pの濃度をデジタルPCRで定量した結果を示した。いずれの化合物を添加した場合もmiR-122-5pが検出され、miRNAが毒性評価の1つの指標となることが示された。
【表3】
【0106】
[実験例7]フェニトインの代謝反応生成物の化学構造解析
フェニトインのDMSO溶液を調液した。得られた薬剤入りDMSO溶液を、実験例3´で作製したヒト肝臓様立体構造体A´の培養培地に、培地中の濃度が10μmol/lとなるように添加した。薬剤添加後6日までの培地をサンプリングし、培地中の代謝生成物をLC/MS/MS法で分離・構造解析を実施した。
図9に各代謝生成物のマスクロマトグラムを示した。各ピーク検出の同定に用いた質量数を下記表に示した。ここで、各代謝物の略称は、次の構造を示す。
DPH;5,5-diphenylhydantoin(フェニトイン)、
DPH-Glu;DPH-N-glucuronide、
4‘-HPPH;(4’-hydroxyphenyl)phenylhydantoin、
4‘-HPPH-O-Glu;(4’-hydroxyphenyl)phenylhydantoin-O-glucuronide。
【表4】
4種の代謝生成物と原料のフェニトインがLCで分離検出された。また、分離された各ピーク位置のMS/MS測定から得られた質量分析結果から、代謝生成物の化学構造を推定した。
最終的に得られたフェニトインの代謝反応機構を以下に示した。
【化1】
このように、本ヒト肝臓様立体構造体を用いてヒト肝臓中で起こる代謝反応をin vitro評価系で予測することができる。
【0107】
[実験例8]トルセトラピブの代謝反応生成物の化学構造解析
トルセトラピブのDMSO溶液を調液した。得られた薬剤入りDMSO溶液を、実験例3´で作製したヒト肝臓様立体構造体A´の培養培地に、培地中の濃度が10μmol/lとなるように添加した。薬剤添加後6日までの培地をサンプリングし、培地中の代謝生成物をLC/MS/MS法で分離・構造解析を実施した。
図10に各代謝生成物のマスクロマトグラムを示した。各ピーク検出の同定に用いた質量数を下記表に示した。
【表5】
【0108】
2種の代謝生成物M2とM5、原料のトルセトラピブがLCで分離検出された。また、分離された各ピーク位置のMS/MS測定から得られた質量分析結果から、代謝生成物の化学構造を推定した。最終的に得られたトラセトラピブの代謝反応機構を以下に示した(Drug Metab Dispos. 2008 Oct;36(10):2064-79.)。
【化2】
代謝生成物M2、M5は、トルセトラピブ(M)をヒトに投与した時に検出されるものである(Drug Metab Dispos. 2010 Oct;38(10):1900-5.)。従って、本肝臓様立体構造体によれば、ヒト肝臓中で起こる代謝反応をin vitro評価系で予測することができる。
【配列表】