(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-29
(45)【発行日】2024-12-09
(54)【発明の名称】燃料電池用電極触媒
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20241202BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20241202BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20241202BHJP
B01J 23/62 20060101ALI20241202BHJP
B01J 35/33 20240101ALI20241202BHJP
B01J 35/45 20240101ALI20241202BHJP
B01J 35/77 20240101ALI20241202BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20241202BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M4/86 B
H01M4/90 M
H01M4/92
B01J23/62 M
B01J35/33
B01J35/45
B01J35/77
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2022030249
(22)【出願日】2022-02-28
【審査請求日】2023-11-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】竹下 朋洋
(72)【発明者】
【氏名】土屋 公宏
(72)【発明者】
【氏名】大久保 慶一
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-522884(JP,A)
【文献】特開2017-174562(JP,A)
【文献】特開2011-253723(JP,A)
【文献】特開2005-270864(JP,A)
【文献】特開2003-036857(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/90
H01M 4/92
H01M 8/10
B01J 35/45
B01J 23/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子伝導性材料からなる担体と、
前記担体の表面に担持された触媒粒子と、
前記触媒粒子の表面を修飾する酸化物ナノ粒子と
を備
え、
前記酸化物ナノ粒子の結晶子径は、2nm以上10nm以下であり、
前記酸化物ナノ粒子の含有量は、1mg/m
2
以上20mg/m
2
である
燃料電池用電極触媒。
但し、前記「酸化物ナノ粒子の含有量」とは、前記担体の表面積(S[m
2
])に対する、前記酸化物ナノ粒子の質量(M
2
[mg])の比(=M
2
/S)をいう。
【請求項2】
前記担体は、カーボン、導電性酸化物、導電性窒化物、導電性ホウ化物、及び、導電性炭化物からなる群から選ばれるいずれか1以上を含む請求項1に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項3】
前記担体の平均粒径は、10nm以上500nm以下である請求項1又は2に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項4】
前記触媒粒子は、
(a)貴金属、
(b)2種以上の貴金属元素を含む貴金属合金、及び、
(c)1種又は2以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素とを含む貴金属-卑金属合金
からなる群から選ばれるいずれか1以上を含む請求項1から3までのいずれか1項に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項5】
前記触媒粒子の結晶子径は、2nm以上10nm以下である請求項1から4までのいずれか1項に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項6】
前記触媒粒子の含有量は、0.1mg/m
2以上10mg/m
2以下である請求項1から5までのいずれか1項に記載の燃料電池用電極触媒。
但し、前記「触媒粒子の含有量」とは、前記担体の表面積(S[m
2])に対する、前記触媒粒子の質量(M
1[mg])の比(=M
1/S)をいう。
【請求項7】
前記酸化物ナノ粒子は、酸化スズナノ粒子、及び/又は、ドーパントを含む酸化ススナノ粒子を含む請求項1から6までのいずれか1項に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項8】
圧粉体の電子伝導度が0.15S/cm以上である
請求項1から7までのいずれか1項に記載の燃料電池用電極触媒。
但し、「圧粉体の電子伝導度」とは、前記燃料電池用電極触媒からなる圧粉体に2MPaのプレス圧力をかけた状態で、前記圧粉体に一定の電流を流しながら電圧を測定し、前記電流と前記電圧とを用いて算出された電子伝導度をいう。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用電極触媒に関し、さらに詳しくは、低湿度環境下における活性が高く、かつ、耐久性に優れた燃料電池用電極触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒層が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。触媒層の外側には、通常、ガス拡散層が配置される。さらに、ガス拡散層の外側には、ガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層及び集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子型燃料電池において、触媒層は、一般に、担体表面に白金などの触媒粒子を担持させた電極触媒と、アイオノマとの混合物からなる。担体には、通常、カーボンブラック、アセチレンブラックなどの炭素材料が用いられている。しかし、カーボン担体は、高電位に曝されると酸化腐食し、担体上に担持された触媒粒子が脱落するという問題、及び、これによって電極性能が低下するという問題がある。また、燃料電池の作動環境下において、触媒粒子は、溶解・再析出を繰り返して粗大化し、触媒の有効表面積が低下するという問題がある。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、カーボンと、カーボンの表面に担持された白金微粒子と、白金微粒子の周囲を取り巻くように形成された金属酸化物層とを備え、白金微粒子中の白金原子と金属酸化物とが結合を有する複合触媒が開示されている。
同文献には、
(A)このような複合触媒は、従来の白金合金触媒やコアシェル触媒よりも、優れた触媒性能及び触媒耐久性を発揮できる点、及び、
(B)白金微粒子が金属酸化物層に埋もれることなく、酸素還元能を発揮させるためには、金属酸化物層の厚さは白金微粒子の平均粒径の20~60%が好ましい点
が記載されている。
【0005】
特許文献2には、カーボン材料の表面に粒径が20nm以下の酸化スズが修飾された酸化スズ修飾カーボン材料と、酸化スズ修飾カーボン材料の表面に担持された粒径が5nm以下の白金微粒子とを備えた複合電極触媒が開示されている。
同文献には、このような構成を備えた複合電極触媒は、従来の複合電極触媒に比べて性能が向上し、かつ、耐久性が2倍以上になる点が記載されている。
【0006】
さらに、非特許文献1には、Pt-Cu-Ni合金表面に酸化スズ粒子を修飾することにより得られるSnOx/Pt-Cu-Niヘテロ接合触媒が開示されている。
同文献には、SnOx/Pt-Cu-Niヘテロ接合触媒は、純粋なPt-Cu-Niと比べて、見かけの比活性が最大で40%向上する点が記載されている。
【0007】
特許文献1、2には、カーボンの表面をある種の金属酸化物で被覆すると、電極触媒の性能が向上する点が記載されている。しかしながら、特許文献1、2に記載の電極触媒において、金属酸化物はカーボン表面に担持されており、活性種(白金微粒子)を被覆していない。そのため、このような電極触媒を燃料電池の触媒層に用いた場合、プロトン伝導体であるアイオノマと活性種との接触を回避することができない。その結果、触媒がアイオノマにより被毒され、触媒活性が低下する場合がある。また、アイオノマはpHが低いため、触媒粒子とアイオノマとが接触すると、燃料電池の作動時において活性種(白金微粒子)の溶解を加速させると考えられる。
【0008】
他方、非特許文献1には、酸化スズにより活性種(Pt-Cu-Ni合金)を被覆することで、酸素還元活性が向上することが報告されている。しかしながら、この効果は、酸化スズ表面とPt-Cu-Ni合金表面との両面で、それぞれ、別の素反応が生じること、及び、これによりトータルの酸素還元反応のエネルギー障壁が低減されることで得られる効果であり、アイオノマ被毒の抑制によるものではない。また、酸化スズの被覆量は、担体表面積あたり0.3mg/m2未満であり、アイオノマ被毒の抑制効果はないと考えられる。そのため、これを実際のセルに適用しても、その触媒活性は発揮されないと考えられる。
【0009】
さらに、従来の電極触媒を含む触媒層は、低湿度環境下において活性が低下しやすい。これは、低湿度環境下においては、アイオノマのプロトン伝導度が低下し、触媒粒子にプロトンが供給されにくくなるためと考えられる。
しかしながら、低湿度環境下においても相対的に高い活性を示し、アイオノマ被毒による活性低下、及び、アイオノマに起因する触媒粒子の劣化を抑制することが可能な電極触媒が提案された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2013-098091号公報
【文献】特開2012-000525号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】J.Am.Chem.Soc. 2019, 141, 9463-9467:Dual-Site Cascade Oxygen Reduction Mechanism on SnOx/Pt-Cu-Ni for Promoting Reaction Kinetics
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、低湿度環境下においても相対的に高い活性を示し、アイオノマ被毒による活性低下、及び、アイオノマに起因する触媒粒子の劣化を抑制することが可能な燃料電池用電極触媒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明に係る燃料電池用電極触媒は、
電子伝導性材料からなる担体と、
前記担体の表面に担持された触媒粒子と、
前記触媒粒子の表面を修飾する酸化物ナノ粒子と
を備えている。
【発明の効果】
【0014】
触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾すると、低湿度環境下における活性の低下が抑制される。これは、酸化物ナノ粒子が親水性であるために、低湿度環境下においてもプロトン伝導に必要な水が触媒粒子の周囲に保持されやすくなるためと考えられる。
また、触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾すると、アイオノマ被毒による活性低下が抑制される。これは、触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾することによって、触媒粒子の表面にアイオノマの酸基が吸着するのが抑制されるためと考えられる。
さらに、触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾すると、触媒粒子の溶解・再析出に起因する触媒粒子の劣化が抑制される。これは、触媒粒子と低pHのアイオノマとの接触が抑制されることにより、触媒粒子の溶解が起こりにくくなるためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例1で得られた燃料電池用電極触媒の高角散乱環状暗視野(HAADF)像(左上図)、Ptの元素マッピング(左下図)、Oの元素マッピング(右上図)、及び、Snの元素マッピング(右下図)である。
【
図2】電位変動試験のサイクル数に対するECSA維持率を示す図である。
【
図3】温度:60℃、湿度:80%RH、電圧:0.84Vの条件下における電位変動試験前後の質量活性を示す図である。
【
図4】温度:82℃、湿度:30%RH、電圧:0.84Vの条件下における電位変動試験前後の質量活性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 燃料電池用電極触媒]
本発明に係る燃料電池用電極触媒は、
電子伝導性材料からなる担体と、
前記担体の表面に担持された触媒粒子と、
前記触媒粒子の表面を修飾する酸化物ナノ粒子と
を備えている。
【0017】
[1.1. 担体]
[1.1.1. 材料]
本発明において、担体の材料は、電子伝導性を有する材料である限りにおいて、特に限定されない。ここで、「電子伝導性を有する」とは、電子伝導度が1.0×10-5S/cm以上であることをいう。
【0018】
担体の材料としては、例えば、
(a)カーボン、
(b)TixO2x-1(x≧1)、SnO2などの導電性酸化物、
(c)TiN、ZrN、TaNなどの導電性窒化物、
(d)TiB2、ZrB、TaB2、NbB2、WB、MoB、CrBなどの導電性ホウ化物、
(e)TiC、SiC、WC、ZrCなどの導電性炭化物、
などがある。
担体は、これらのいずれか1種からなるものでも良く、あるいは、2種以上の混合物であっても良い。
【0019】
[1.1.2. 平均粒径]
「平均粒径」とは、100個以上の粒子について顕微鏡観察を行うことにより測定された、粒子の短軸方向の長さの平均値をいう。
【0020】
本発明において、担体の平均粒径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、担体の平均粒径が小さくなり過ぎると、電極を構成する担体粒子間の隙間が小さくなり、その隙間を移動する反応物や生成物の移動抵抗が増加する場合がある。従って、担体の平均粒径は、10nm以上が好ましい。平均粒径は、さらに好ましくは、30nm以上、さらに好ましくは、50nm以上である。
一方、担体の平均粒径が大きくなりすぎると、表面積が小さくなり、活性種を微粒子状で高分散に担持できなくなる場合がある。従って、担体の平均粒径は、500nm以下が好ましい。平均粒径は、さらに好ましくは、200nm以下、さらに好ましくは、100nm以下である。
【0021】
[1.2. 触媒粒子]
[1.2.1. 材料]
本発明において、触媒粒子の材料は、酸素還元反応及び/又は水素酸化反応に対して活性を有する材料である限りにおいて、特に限定されない。
【0022】
触媒粒子の材料としては、例えば、
(a)貴金属(Pt、Au、Ag、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)2種以上の貴金属元素を含む貴金属合金、
(c)1種又は2種以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素(例えば、Fe、Co、Ni、Cr、V、Tiなど)とを含む貴金属-卑金属合金、
などがある。
触媒粒子は、これらのいずれか1種からなるものでも良く、あるいは、2種以上の混合物であっても良い。
【0023】
これらの中でも、触媒粒子は、Pt又はPt合金が好ましい。これは、燃料電池の電極反応に対して高い活性を有するためである。
Pt合金としては、例えば、Pt-Fe合金、Pt-Co合金、Pt-Ni合金、Pt-Pd合金、Pt-Cr合金、Pt-V合金、Pt-Ti合金、Pt-Ru合金、Pt-Ir合金などがある。
【0024】
[1.2.2. 結晶子径]
「結晶子径」とは、X線回折ピークに基づいて、シェラーの式により算出される結晶子のサイズをいう。
【0025】
本発明において、触媒粒子の結晶子径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、触媒粒子の結晶子径が小さくなりすぎると、触媒粒子が溶解しやすくなり、燃料電池の耐久性が低下する場合がある。従って、触媒粒子の結晶子径は、2nm以上が好ましい。結晶子径は、さらに好ましくは、3nm以上である。
一方、触媒粒子の結晶子径が大きくなりすぎると、触媒粒子の反応表面積が小さくなり、性能確保に必要な触媒量が多くなる場合がある。従って、触媒粒子の結晶子径は、10nm以下が好ましい。結晶子径は、さらに好ましくは、5nm以下である。
【0026】
[1.2.3. 含有量]
「触媒粒子の含有量」とは、担体の表面積(S[m2])に対する、触媒粒子の質量(M1[mg])の比(=M1/S)をいう。
【0027】
本発明において、触媒粒子の含有量は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、触媒粒子の含有量が少なくなりすぎると、電極が厚くなり、電極の表面に対して垂直方向(厚さ方向)の物質移動抵抗が増加する場合がある。従って、触媒粒子の含有量は、0.1mg/m2以上が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、0.40mg/m2以上、さらに好ましくは、1.0mg/m2以上である。
一方、触媒粒子の含有量が過剰になると、活性種を微粒子状で高分散に担持できなくなり、触媒の反応表面積が小さくなる場合がある。従って、触媒粒子の含有量は、10mg/m2以下が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、5.0mg/m2以下、さらに好ましくは、2.0mg/m2以下である。
【0028】
[1.3. 酸化物ナノ粒子]
[1.3.1. 修飾]
触媒粒子の表面は、酸化物ナノ粒子で修飾されている。
ここで、「触媒粒子の表面が酸化物ナノ粒子で修飾されている」とは、アイオノマと触媒粒子との接触が妨げられるように、触媒粒子の外側に酸化物ナノ粒子が配置していることをいい、触媒粒子と酸化物ナノ粒子とが必ずしも接触していることを意味しない。但し、触媒粒子と酸化物ナノ粒子との間に大きな隙間があると、その大きな隙間からアイオノマが侵入し、触媒粒子を被毒する場合がある。そのため、触媒粒子と酸化物ナノ粒子は、接触しているのが好ましい。
【0029】
触媒粒子の表面が酸化物ナノ粒子で修飾されている電極触媒は、担体表面に触媒粒子を担持し、次いで、触媒粒子が担持された担体表面に、さらに酸化物ナノ粒子を担持させることにより得られる。電極触媒の製造方法の詳細については、後述する。
【0030】
[1.3.2. 材料]
触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾すると、低湿度環境下における活性の低下が抑制される。これは、酸化物ナノ粒子が親水性であるために、低湿度環境下においてもプロトン伝導に必要な水が触媒粒子の周囲に保持されやすくなるためと考えられる。
【0031】
本発明において、酸化物ナノ粒子の材料は、特に限定されない。酸化物ナノ粒子は、電子伝導性を有する材料であっても良く、あるいは、絶縁性材料であっても良い。酸化物ナノ粒子が絶縁性材料であっても、触媒粒子に電子を供給するための電子伝導パスが確保されている限りにおいて、電極反応に支障はない。
しかしながら、酸化物ナノ粒子が絶縁性材料である場合において、酸化物ナノ粒子による修飾量が過剰になると、触媒粒子への電子伝導パスが途切れる場合がある。従って、酸化物ナノ粒子は、電子伝導性を有する材料が好ましい。
【0032】
酸化物ナノ粒子の材料としては、例えば、
(a)酸化スズナノ粒子、ドーパントを含む酸化ススナノ粒子、
(b)酸化チタンナノ粒子、ドーパントを含む酸化チタンナノ粒子
などがある。酸化物ナノ粒子は、これらのいずれか1種の材料からなるものでも良く、あるいは、2種以上の材料の混合物であっても良い。
これらの中でも、酸化物ナノ粒子は、酸化スズナノ粒子、及び/又は、ドーパントを含む酸化ススナノ粒子が好ましい。これは、反応溶液中の溶存酸素や担体表面の含酸素官能基によって容易にナノ粒子を形成でき、また、ナノ粒子生成後の加熱処理の温度と時間とによって、ナノ粒子の粒径を制御できるためである。
【0033】
[1.3.3. 結晶子径]
本発明において、酸化物ナノ粒子の結晶子径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、酸化物ナノ粒子の結晶子径が小さくなりすぎると、最密充填を仮定した時の酸化物ナノ粒子間の隙間のサイズが過度に小さくなる。その結果、外部から触媒粒子への物質移動抵抗が大きくなる場合がある。従って、酸化物ナノ粒子の結晶子径は、2nm以上が好ましい。結晶子径は、さらに好ましくは、3nm以上である。
一方、酸化物ナノ粒子の結晶子径が大きくなりすぎると、最密充填を仮定した時の酸化物ナノ粒子間の隙間のサイズが過度に大きくなる。その結果、隙間からアイオノマが侵入し、触媒粒子を被毒するおそれがある。従って、酸化物ナノ粒子の結晶子径は、10nm以下が好ましい。結晶子径は、さらに好ましくは、5nm以下である。
【0034】
[1.3.4. 含有量]
「酸化物ナノ粒子の含有量」とは、担体の表面積(S[m2])に対する、酸化物ナノ粒子の質量(M2[mg])の比(=M2/S)をいう。
【0035】
本発明において、酸化物ナノ粒子の含有量は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、酸化物ナノ粒子の含有量が少なくなりすぎると、表面が酸化物ナノ粒子で修飾されていない触媒粒子の割合が増大する。その結果、低湿度環境下における性能低下、アイオノマによる触媒被毒、あるいは、触媒劣化が起きやすくなる。従って、酸化物ナノ粒子の含有量は、1mg/m2以上が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、1.5mg/m2以上である。
一方、酸化物ナノ粒子の含有量が過剰になると、触媒粒子の表面が酸化物ナノ粒子で厚く覆われるために、物質移動抵抗が増大する場合がある。従って、酸化物ナノ粒子の含有量は、20mg/m2以下が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、5mg/m2以下である。
【0036】
[1.4. 圧粉体の電子伝導度]
「圧粉体の電子伝導度」とは、燃料電池用電極触媒からなる圧粉体に2MPaのプレス圧力をかけた状態で、圧粉体に一定の電流を流しながら電圧を測定し、その時に得られた電流と電圧とを用いて算出された電子伝導度をいう。
【0037】
一般に、触媒粒子表面において電極反応が進行するためには、触媒表面に電子を供給し、あるいは、触媒表面から電子を取り出す必要がある。そのため、燃料電池用電極触媒の電子伝導度は高いほど良い。
後述する方法を用いると、圧粉体の電子伝導度が0.15S/cm以上である燃料電池用電極触媒が得られる。
【0038】
[1.5. 用途]
本発明に係る燃料電池用電極触媒は、空気極用の電極触媒及び燃料極用の電極触媒のいずれにも用いることができる。本発明に係る燃料電池用電極触媒は、電位変動が生じた場合であっても触媒粒子が劣化しにくいので、空気極用の電極触媒として好適である。
【0039】
[2. 燃料電池用電極触媒の製造方法]
本発明に係る燃料電池用電極触媒は、
(a)担体表面に触媒粒子を担持させ、
(b)触媒粒子が担持された担体表面に、さらに酸化物ナノ粒子を担持させる
ことにより製造することができる。
【0040】
[2.1. 第1工程]
まず、担体表面に触媒粒子を担持させる。担体表面への触媒粒子の担持方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法を用いることができる。また、市販の電極触媒(担体表面に触媒粒子が担持されているもの)をそのまま用いても良い。
【0041】
[2.2. 第2工程]
次に、触媒粒子が担持された担体の表面に、さらに酸化物ナノ粒子を担持させる。酸化物ナノ粒子の担持方法は、特に限定されるものではなく、触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾することが可能な方法であれば良い。
【0042】
例えば、酸化物ナノ粒子が酸化スズナノ粒子である場合、塩化スズ水溶液に触媒粒子が担持された担体を分散させ、大気中において攪拌すると、担体表面の含酸素官能基や溶存酸素により塩化スズが酸化されて酸化スズナノ粒子となり、所定時間攪拌すると触媒粒子表面が酸化スズナノ粒子で修飾される。所定時間経過後、分散液から固形分を分離し、固形分を乾燥させると、本発明に係る燃料電池用電極触媒が得られる。
【0043】
触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾するその他の方法としては、例えば、
(a)原子層堆積(Atomic Layer Deposition)法、
(b)ゾル・ゲル法、
などがある。
【0044】
[3. 作用]
触媒層は、電極触媒とアイオノマとの複合体からなる。燃料電池で発電を行う際には、触媒粒子表面にはアイオノマを介してプロトンが供給される。しかし、低湿度環境下においてはアイオノマのプロトン伝導度が低下し、触媒粒子表面にプロトンが供給されにくくなる。そのため、一般に、低湿度環境下において発電を行うと、触媒粒子の活性が低下しやすい。
【0045】
また、触媒粒子の表面にアイオノマのスルホン酸基が吸着すると、触媒活性が低下することが知られている。しかも、この触媒被毒による活性低下は、低湿度環境下において、より大きくなることが知られている。さらに、触媒粒子が電位変動に曝されると、触媒粒子に含まれる金属元素が溶解・再析出を繰り返し、触媒粒子が粗大化することが知られている。特に、アイオノマは低pHであるため、アイオノマが触媒粒子に接触すると、触媒粒子の溶解が加速される場合がある。
【0046】
一方、特許文献1には、担体表面に担持された白金微粒子の周囲を取り囲むように、金属酸化物層を形成することにより得られる電極触媒が開示されている。また、特許文献2には、カーボン担体の表面を酸化スズで修飾し、その表面に白金微粒子をさらに担持させることにより得られる電極触媒が開示されている。しかしながら、特許文献1、2に記載された電極触媒は、いずれも、白金微粒子が最表面に露出しているので、低湿度環境下における活性低下、アイオノマ被毒による活性低下、及び/又は、触媒粒子が粗大化することによる活性の低下を抑制するのは困難と考えられる。
【0047】
これに対し、触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾すると、低湿度環境下における活性の低下が抑制される。これは、酸化物ナノ粒子が親水性であるために、低湿度環境下においてもプロトン伝導に必要な水が触媒粒子の周囲に保持されやすくなるためと考えられる。
また、触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾すると、アイオノマ被毒による活性低下が抑制される。これは、触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾することによって、触媒粒子の表面にアイオノマの酸基が吸着するのが抑制されるためと考えられる。
さらに、触媒粒子の表面を酸化物ナノ粒子で修飾すると、触媒粒子の溶解・再析出に起因する触媒粒子の劣化が抑制される。これは、触媒粒子と低pHのアイオノマとの接触が抑制されることにより、触媒粒子の溶解が起こりにくくなるためと考えられる。
【実施例】
【0048】
(実施例1、比較例1)
[1. 試料の作製]
[1.1. 電極触媒の作製]
[1.1.1. 実施例1]
酸化スズナノ粒子を担持する前の電極触媒(以下、これを「未修飾触媒」ともいう)には、Pt/C(田中貴金属工業(株)製、TEC10V30E)を用いた。未修飾触媒を洗浄するために、未修飾触媒を80℃の温水に分散させ、超音波処理を5分行った。その後、吸引ろ過で未修飾触媒を回収した。この処理を3回実施した後、100℃×2時間の条件下で未修飾触媒の真空乾燥を行った。
【0049】
次に、純水:200mLに、35mass%HCl溶液:5.6mLを加え、そこに塩化スズ(II):1.4gと、未修飾触媒(Pt/C):0.2gを加え、スターラを用いて、室温、大気中で2時間攪拌した。その後、吸引ろ過で回収したろ物を、未修飾触媒の洗浄及び真空乾燥と同一条件下で洗浄及び真空乾燥を行い、電極触媒を得た。以下、実施例1で得られた電極触媒を「酸化スズ修飾触媒」ともいう。
【0050】
[1.1.2. 比較例1]
実施例1で得られた洗浄及び真空乾燥後の未修飾触媒をそのまま試験に供した。
【0051】
[1.2. MEAの作製]
[1.2.1. 触媒シートの作製]
実施例1又は比較例1で得られた電極触媒に、水/エタノールの混合溶媒(体積比:0.65)、アイオノマ(Chemours社製、D2020)をそれぞれ加え、超音波処理により触媒の分散液を調製した。ここで、アイオノマの添加量は、担体カーボンの質量に対するアイオノマの質量の比(I/C)が0.7となる量とした。
次に、塗工機を用いて、触媒の分散液をポリテトラフルオロエチレンシート上に塗工し、大気中で1時間放置した。その後、さらに80℃の乾燥器で1時間乾燥させ、空気極触媒シートを得た。
燃料極触媒シートは、市販の電極触媒を用いた以外は、空気極触媒シートと同様の方法で作製した。
【0052】
[1.2.2. ホットプレス]
空気極触媒シート及び燃料極触媒シートから、それぞれ、1cm四方の空気極触媒層及び燃料極触媒層を切り出した。電解質膜(Chemours社製、NR211)を空気極触媒層及び燃料極触媒層で挟み込み、ホットプレスを行い、MEAを得た。ホットプレスは、120℃での予熱:5分、プレス圧力:50kPa、プレス時間:5分の条件下で行った。
【0053】
[2. 試験方法]
[2.1. 電極触媒のキャラクタリゼーション]
[2.1.1. 結晶子径]
酸化スズ修飾触媒及び未修飾触媒についてX線解析(XRD)を行った。XRD測定には、Rigaku製、Ultima IVを用いた。
酸化スズナノ粒子の結晶子径は、(211)の回折ピークを用いて、シェラーの式から算出したた。他方、Pt粒子の結晶子径は、(111)の回折ピークを用いて算出した。
【0054】
[2.1.2. 修飾量(単位表面積あたりのPt又は酸化スズの含有量)]
酸化スズ修飾触媒及び未修飾触媒について熱重量測定(TG)を行った。TG測定には、Rigaku製、Thermplus IIを用い、Airフロー下(100mL/m)、昇温速度:5℃/minで900℃まで昇温した。
【0055】
次に、TG測定前後の試料の質量から、以下の式(1)及び式(2)により、Ptのカーボンに対する質量比率(RPt)及び酸化スズのカーボンに対する質量比率(RSnO2)を算出した。さらに、得られた質量比率をカーボン1gの表面積(250m2)で除すことで、修飾量(単位表面積あたりのPt又は酸化スズの質量)を算出した。
【0056】
RPt(mass%)=W2×100/(W1-W2) …(1)
RSnO2(mass%)=Q2×100/(Q1-Q2)-RPt …(2)
但し、
W1は、未修飾触媒のTG測定前の質量、
W2は、未修飾触媒のTG測定後の質量、
Q1は、酸化スズ修飾触媒のTG測定前の質量、
Q2は、酸化スズ修飾触媒のTG測定後の質量。
【0057】
[2.1.3. 修飾状態]
酸化スズ修飾触媒の修飾状態をSTEM-EDX分析により調べた。STEM-EDX分析には、日本電子(株)製、JEM-2100Fを用いた。
【0058】
[2.1.4. 電子伝導度]
酸化スズ修飾触媒及び未修飾触媒について、それぞれ、圧粉体を作製し、圧力が2MPaの時の抵抗値を測定した。この抵抗値と厚さから、見かけの電子伝導度を算出した。
【0059】
[2.2. セル評価]
まず、以下の評価装置を用いて慣らし運転を行った。その後、以下の評価装置を用いて発電性能を評価した。以下に評価の詳細を記す。
【0060】
[2.2.1. 評価装置]
評価装置の詳細は、以下の通りである。
<評価ベンチ>
CO評価ベンチ(CHINO製)
<電気化学測定装置>
ポテンショスタット:2100((株)東方技研製)
交流抵抗測定器:FC-100R(CHINO製)
<単セル>
セル:1cm2用角セル
拡散層:カーボンペーパー(マイクロポーラスレイヤ付き)
集電体:流路一体型金メッキ銅板(流路:0.4mmピッチの直線流路)
【0061】
[2.2.2. 慣らし運転]
発電電流掃引でMEAの慣らし運転を行った。条件は以下の通りである。
セル温度/相対湿度(両極):60℃/80%RH
空気極ガス:21%O2/N2、1000mL/min、大気圧
燃料極ガス:H2、500mL/min、大気圧
電流掃引:開回路電圧から-0.1Vになるまで50mA/(s・cm2)で掃引を30回実施
【0062】
[2.2.3. 発電性能評価]
電流掃引でI-V曲線を測定した。IR補正を行うため、電流掃引と同時にセル抵抗を測定した。測定条件は以下の通りである。
セル温度/相対湿度(両極):60℃/80%RH、又は82℃/30%RHの2条件
空気極ガス:Air、2000mL/min、50kPa-G
燃料極ガス:H2、500mL/min、30kPa-G
電流掃引:開回路電圧から-0.1Vになるまで10mA/(s・cm2)で掃引を3回実施(3回目のデータを発電性能として採用)
セル抵抗測定周波数:10kHz
【0063】
[2.2.4. 電位変動試験]
電位変動試験を行い、その間のECSA維持率の推移を調べた。測定条件は以下の通りである。
セル温度/相対湿度(両極):60℃/80%RH
空気極ガス:N2、1000mL/min
燃料極ガス:10%H2/N2、1000mL/min
電位制御:下限電位0.6V vs RHE、3s保持→上限電位1.0V vs RHE、3s保持を500サイクル実施後、サイクリックボルタモグラム(115mV vs RHE⇔1000mV vs RHE、50mV/s)を5サイクル測定。以上を20セット実施。
【0064】
なお、電圧変動試験中のECSAは、CVの水素の脱離領域の電気量を、多結晶Ptの単位面積あたりの水素の吸脱着の電気量である210μC/cm2で除することで求めた。
【0065】
[3. 結果]
[3.1. 電極触媒のキャラクタリゼーション]
[3.1.1. 修飾量、結晶子径、及び、電子伝導度]
表1に、酸化スズ修飾触媒(実施例1)及び未修飾触媒(比較例1)の修飾量、結晶子径、及び、電子伝導度を示す。表1より、以下のことが分かる。
【0066】
(1)酸化スズ修飾触媒のPt修飾量は、1.6mg/m2であった。また、酸化スズ修飾量は、2.6mg/m2であった。
(2)酸化スズナノ粒子の結晶子径は2.6nmであり、Pt粒子の結晶子径2.3nmより僅かに大きかった。
(3)酸化スズ修飾触媒の電子伝導度は未修飾触媒のそれと同等であり、酸化スズ修飾層による電子伝導性の低下は見られなかった。
【0067】
【0068】
[3.1.2. 修飾状態]
図1に、実施例1で得られた燃料電池用電極触媒の高角散乱環状暗視野(HAADF)像(左上図)、Ptの元素マッピング(左下図)、Oの元素マッピング(右上図)、及び、Snの元素マッピング(右下図)を示す。Ptの周囲にSnが分布していることから、SnO
2がPtを修飾していると考えられる。
【0069】
[3.2. セル性能]
図2に、電位変動試験のサイクル数に対するECSA維持率を示す。
図3に、温度:60℃、湿度:80%RH、電圧:0.84Vの条件下における電位変動試験前後の質量活性を示す。
図4に、温度:82℃、湿度:30%RH、電圧:0.84Vの条件下における電位変動試験前後の質量活性を示す。
図2~
図4より、以下のことが分かる。
【0070】
(1)酸化スズ修飾触媒(実施例1)を空気極に用いたMEAの方が、未修飾触媒(比較例1)を用いた場合よりも、電圧変動に対するECSA維持率の低下が小さくなった。このことから、酸化スズでPtを修飾することで、Ptの表面積低下を抑制できることが分かった。
【0071】
(2)高湿度条件下(温度:60℃、湿度:80%RH)において、実施例1のMEAの電位変動試験前の質量活性は、比較例1のそれと同等であった。一方、低湿度条件下(温度:82℃、湿度:30%RH)において、実施例1のMEAの電位変動試験前の質量活性は、比較例1のそれより高くなった。
図3及び
図4より、酸化スズでPtを修飾すると、高湿度条件下では質量活性への影響はほとんどないが、低湿度条件下では酸化スズでPtを修飾することにより質量活性が向上することが分かった。
【0072】
(3)高湿度条件下及び低湿度条件下のいずれにおいても、実施例1のMEAの耐久試験後の質量活性は、比較例1のそれより高くなった。これは、酸化スズでPtを修飾することにより、Ptの溶解・再析出が抑制されたためと考えられる。
【0073】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明に係る燃料電池用電極触媒は、固体高分子形燃料電池の空気極触媒層の電極触媒、あるいは、燃料極触媒層の電極触媒として用いることができる。