(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-29
(45)【発行日】2024-12-09
(54)【発明の名称】エポキシ樹脂組成物の製造方法、そのエポキシ樹脂組成物を用いた液体吐出ヘッド、及びその液体吐出ヘッドの製造方法
(51)【国際特許分類】
C08G 59/66 20060101AFI20241202BHJP
C08G 59/56 20060101ALI20241202BHJP
C08L 63/00 20060101ALI20241202BHJP
B41J 2/16 20060101ALI20241202BHJP
B41J 2/14 20060101ALI20241202BHJP
C09J 163/00 20060101ALI20241202BHJP
【FI】
C08G59/66
C08G59/56
C08L63/00 C
B41J2/16 503
B41J2/14
C09J163/00
(21)【出願番号】P 2020182573
(22)【出願日】2020-10-30
【審査請求日】2023-10-23
(31)【優先権主張番号】P 2020005947
(32)【優先日】2020-01-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】今村 功
(72)【発明者】
【氏名】山内 幸子
(72)【発明者】
【氏名】木原 博樹
(72)【発明者】
【氏名】山持 晴加
(72)【発明者】
【氏名】飯島 康
【審査官】中川 裕文
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-211969(JP,A)
【文献】国際公開第01/098411(WO,A1)
【文献】特許第6620273(JP,B1)
【文献】特開2009-051954(JP,A)
【文献】特開2017-095571(JP,A)
【文献】特開2000-230112(JP,A)
【文献】特開2009-292881(JP,A)
【文献】国際公開第2018/079466(WO,A1)
【文献】特開2015-221541(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 59/00 - 59/72
C08K 3/00 - 13/08
C08L 1/00 -101/14
C09J 1/00 - 5/10
9/00 -201/10
B41J 2/015- 2/16
2/205
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシ樹脂と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含むエポキシ樹脂組成物の製造方法であって、
前記エポキシ樹脂と前記固体塩基性化合物を混練して混合物1を製造する工程と、前記混合物1に前記ポリチオールを混練して混合物2を製造する工程と、
を有
し、
前記ポリチオールがエーテル骨格を有するポリチオールであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項2】
エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含むエポキシ樹脂組成物の製造方法であって、
前記エポキシ樹脂と前記チクソ剤を混練した混合物3を製造する工程と、
前記混合物3に前記固体塩基性化合物を混練し混合物4を製造する工程と、
前記混合物4に前記ポリチオールを混練して混合物5を製造する工程と
を
有し、
前記ポリチオールがエーテル骨格を有するポリチオールであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項3】
エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含むエポキシ樹脂組成物の製造方法であって、
前記エポキシ樹脂と前記固体塩基性化合物を混練し混合物1を製造する工程と、
前記ポリチオールと前記チクソ剤を混練し混合物6を製造する工程と、
前記混合物1と
前記混合物6を混練して混合物7を製造する工程と、
を有し、
前記ポリチオールがエーテル骨格を有するポリチオールであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項4】
エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含むエポキシ樹脂組成物の製造方法であって、
前記エポキシ樹脂と
前記チクソ剤を混練した混合物3を製造する工程と、
前記混合物3に
前記固体塩基性化合物を混練し混合物4を製造する工程と、
前記ポリチオールと
前記チクソ剤を混練し混合物6を製造する工程と、
前記混合物4と
前記混合物6を混練して混合物8を製造する工程と、
を有し、
前記ポリチオールがエーテル骨格を有するポリチオールであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項5】
前記エポキシ樹脂100質量部に対して、前記チクソ剤の含有量が1~20質量部となるように混合する
請求項2~4のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項6】
前記エポキシ樹脂のエポキシ1当量に対して、前記ポリチオールのチオール当量が0.5~1当量である請求項1~5のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項7】
シランカップリング剤をさらに添加する工程を含む請求項1~
6のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項8】
前記シランカップリング剤が、エポキシ基、及び/またはメルカプト基を有するシランカップリング剤である請求項
7に記載のエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項9】
前記チクソ剤が、無機系シリカまたは、無機系シリカ及び有機系のチクソ剤である
請求項2~5のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項10】
前記エポキシ樹脂100質量部に対して、前記固体塩基性化合物の含有量が3~10質量部となるように混合する請求項1~
9のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項11】
前記ポリチオールは、ペンタエリスリトールトリプロパンチオールである請求項1~10のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂組成物の製造方法。
【請求項12】
インクを吐出する記録素子基板、前記記録素子基板を支持し前記記録素子基板にインクを供給する供給流路を有する支持部材、および前記供給流路にインクを供給する流路部材を有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、
請求項1~11のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂組成物の製造方法により接着剤を製造する工程と、
前記記録素子基板、前記支持部材および前記流路部材のいずれか2つの部材間の少なくとも一つの接合面に該接着剤を塗布して該2つの部材を貼り合わせる工程と
を含む液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項13】
インクを吐出する記録素子基板、前記記録素子基板を支持し前記記録素子基板にインクを供給する供給流路を有する支持部材、および前記供給流路にインクを供給する流路部材を有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、
エポキシ樹脂と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含む接着剤を製造する工程と、
前記記録素子基板、前記支持部材および前記流路部材のいずれか2つの部材間の少なくとも一つの接合面に前記接着剤を塗布して前記2つの部材を貼り合わせる工程と、
を含み、
前記接着剤を製造する工程は、前記エポキシ樹脂と前記固体塩基性化合物を混練して混合物1を製造する工程と、前記混合物1に前記ポリチオールを混練して混合物2を製造する工程と、を含むことを特徴とする液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項14】
インクを吐出する記録素子基板、前記記録素子基板を支持し前記記録素子基板にインクを供給する供給流路を有する支持部材、および前記供給流路にインクを供給する流路部材を有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、
エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含む接着剤を製造する工程と、
前記記録素子基板、前記支持部材および前記流路部材のいずれか2つの部材間の少なくとも一つの接合面に前記接着剤を塗布して前記2つの部材を貼り合わせる工程と、
を含み、
前記接着剤を製造する工程は、前記エポキシ樹脂と前記チクソ剤を混練した混合物3を製造する工程と、前記混合物3に前記固体塩基性化合物を混練し混合物4を製造する工程と、前記混合物4に前記ポリチオールを混練して混合物5を製造する工程と、を含むことを特徴する液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項15】
インクを吐出する記録素子基板、前記記録素子基板を支持し前記記録素子基板にインクを供給する供給流路を有する支持部材、および前記供給流路にインクを供給する流路部材を有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、
エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含む接着剤を製造する工程と、
前記記録素子基板、前記支持部材および前記流路部材のいずれか2つの部材間の少なくとも一つの接合面に前記接着剤を塗布して前記2つの部材を貼り合わせる工程と、
を含み、
前記接着剤を製造する工程は、前記エポキシ樹脂と前記固体塩基性化合物を混練し混合物1を製造する工程と、前記ポリチオールと前記チクソ剤を混練し混合物6を製造する工程と、前記混合物1と前記混合物6を混練して混合物7を製造する工程と、を含むことを特徴とする液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項16】
インクを吐出する記録素子基板、前記記録素子基板を支持し前記記録素子基板にインクを供給する供給流路を有する支持部材、および前記供給流路にインクを供給する流路部材を有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、
エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含む接着剤を製造する工程と、
前記記録素子基板、前記支持部材および前記流路部材のいずれか2つの部材間の少なくとも一つの接合面に前記接着剤を塗布して前記2つの部材を貼り合わせる工程と、
を含み、
前記接着剤を製造する工程は、前記エポキシ樹脂と前記チクソ剤を混練した混合物3を製造する工程と、前記混合物3に前記固体塩基性化合物を混練し混合物4を製造する工程と、前記ポリチオールと前記チクソ剤を混練し混合物6を製造する工程と、前記混合物4と前記混合物6を混練して混合物8を製造する工程と、を含むことを特徴とする液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項17】
前記接着剤を用い、前記2つの部材間を仮止めする第一の熱硬化と、該第一の熱硬化よりも時間が長い本硬化である第二の熱硬化を二段階で行う
請求項12~16のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エポキシ樹脂組成物の製造方法、そのエポキシ樹脂組成物を用いた液体吐出ヘッド、およびその液体吐出ヘッドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エポキシ系接着剤は、接着性が高く、耐薬品性も高いため幅広く用いられている。特に、精密部品の接合には、位置ずれが起こさない様に短時間での硬化性(仮止め性ともいう)が求められる。
この様な特性を有するエポキシ系接着剤の代表としては、光カチオン重合型のエポキシ樹脂接着剤が挙げられる。この接着剤は、1液で可使時間が長く、数秒の加熱で硬化するので工業的に好適に用いられている。例えば、常温での粘度などの物性変化が小さいため、被着体に接着剤を安定して塗布できる。また、塗布後UV照射を行い被着体を積層し100℃数秒の加熱で硬化するので、位置ずれも生じ難く、被着体を長く保持する必要もないため次工程に素早く移れる。必要に応じ追加加熱を行うことにより、より架橋密度が上がり、機械物性や耐薬品性も向上する。このように、二段硬化をすることにより生産性と信頼性を向上させている。
【0003】
光カチオン重合型エポキシ樹脂は、エポキシ環の開環によるエーテル結合が形成されるため、耐薬品性に優れている。しかしながら、エーテル結合が形成される分、水酸基等の接着に寄与する官能基が減少し、接着性が十分でない場合がある。
エポキシ樹脂の重合反応の中で反応速度が速いものとして、ポリチオールを硬化剤として用いるチオール硬化が挙げられる。ポリチオールは、塩基性触媒または硬化促進剤の存在下でエポキシ樹脂と高速で反応するアニオン重合である。このチオール硬化を用いた接着剤として、特許文献1に記載の接着剤が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
チオール硬化は反応性が著しく高いものの、複数の被着体に塗布している間にシリンジ内で硬化してしまうなど、可使時間が短く、実用面において、何かしらの工夫が必要となる。このようなチオール硬化においては、可使時間を延ばす手段として、固体の塩基性触媒または硬化促進剤を選択する方法がある。例えば、チオール硬化に固体の塩基性化合物を用いると、溶解して塩基性触媒となるまでの時間がかせげる。しかしながら、主剤であるエポキシ樹脂と共に、硬化剤のポリチオールも通常液体である。特に比較的低粘度のポリチオールには固体の塩基性化合物が溶解しやすく、反応開始をやや遅らせることができても、可使時間としては依然として不十分である場合がある。また、塩基性化合物の量を減らすなどして可使時間を延ばすことに成功したとしても、短時間加熱の硬化性に劣り、仮止め性が十分でない場合もある。可使時間の問題を解決するために、接着剤を1液ではなく2液にした場合には、毎回混練し、シリンジ詰めをして、装置にセットする必要があり生産性が著しく低い。さらに混練後は反応が進むため、可使時間も短く、一段と生産性に劣る。
【0006】
本発明の目的は、1液で十分な可使時間があり、短時間加熱による硬化性を有するエポキシ樹脂組成物を提供するものである。また、本発明はそのエポキシ樹脂組成物を用いた液体吐出ヘッド、及びその液体吐出ヘッドの製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成する本発明は、
エポキシ樹脂と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含むエポキシ樹脂組成物の製造方法であって、前記エポキシ樹脂と前記固体塩基性化合物を混練して混合物1を製造する工程と、前記混合物1に前記ポリチオールを混練して混合物2を製造する工程と、を有し、
前記ポリチオールがエーテル骨格を有するポリチオールであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物の製造方法に関する。
また、本発明は、エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含むエポキシ樹脂組成物の製造方法であって、前記エポキシ樹脂と前記チクソ剤を混練した混合物3を製造する工程と、前記混合物3に前記固体塩基性化合物を混練し混合物4を製造する工程と、前記混合物4に前記ポリチオールを混練して混合物5を製造する工程とを有し、前記ポリチオールがエーテル骨格を有するポリチオールであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物の製造方法に関する。
さらに、本発明は、エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含むエポキシ樹脂組成物の製造方法であって、前記エポキシ樹脂と前記固体塩基性化合物を混練し混合物1を製造する工程と、前記ポリチオールと前記チクソ剤を混練し混合物6を製造する工程と、前記混合物1と前記混合物6を混練して混合物7を製造する工程と、を有し、前記ポリチオールがエーテル骨格を有するポリチオールであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物の製造方法に関する。
あるいは、エポキシ樹脂と、チクソ剤と、固体塩基性化合物と、ポリチオールと、を含むエポキシ樹脂組成物の製造方法であって、前記エポキシ樹脂と前記チクソ剤を混練した混合物3を製造する工程と、前記混合物3に前記固体塩基性化合物を混練し混合物4を製造する工程と、前記ポリチオールと前記チクソ剤を混練し混合物6を製造する工程と、前記混合物4と前記混合物6を混練して混合物8を製造する工程と、を有し、前記ポリチオールがエーテル骨格を有するポリチオールであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物の製造方法関する。
上記の製造方法のいずれか用いると、少なくともエポキシ樹脂、固体塩基性化合物、およびポリチオールからなるエポキシ樹脂で、エポキシ樹脂100質量部に対し、固体塩基性化合物の含有量が3~10質量部でありながら、1液のエポキシ樹脂組成物が得られる。
加えて、本発明は、インクを吐出する記録素子基板、前記記録素子基板を支持し前記記録素子基板にインクを供給する供給流路を有する支持部材、および前記供給流路にインクを供給する流路部材を有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、上記方法でのエポキシ樹脂組成物の製造方法により接着剤を製造する工程と、前記記録素子基板、前記支持部材および前記流路部材のいずれか2つの部材間の少なくとも一つの接合面に該接着剤を塗布して該2つの部材を貼り合わせる工程とを含む液体吐出ヘッドの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0008】
1液で十分な可使時間があり、短時間での加熱硬化性に優れ、接着信頼性の高い接着剤として有用なエポキシ樹脂組成物が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図3】突き当て方式による接着強度の測定時の様子を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、エポキシ樹脂、固体塩基性化合物、およびポリチオールを含むエポキシ樹脂組成物(接着剤)を提供するものである。
しかしながら、比較的低粘度のポリチオールには固体塩基性化合物が溶解し易く、溶解時にはポリチオールに固体塩基性化合物が配位して、極めて速やかにエポキシ樹脂とポリチオールとが反応する。したがって、このような固体塩基性化合物を触媒に用いても可使時間が十分に得られないと思われていた。
【0011】
ところが本発明者らの検討によれば、固体塩基性化合物の表面をエポキシ樹脂で包むことで、固体塩基性化合物の比較的低粘度のポリチオールへの溶解を抑制できることを見出した。エポキシ樹脂で包まれた固体塩基性化合物はポリチオールへ溶解して塩基性触媒となり、エポキシ樹脂とポリチオールとの反応開始までには時間がかかる。したがって、1液で常温下にあっても粘度上昇が遅く、十分な可使時間が得られる。さらに、固体塩基性化合物の表面をエポキシ樹脂で包むことにより可使時間が十分に確保できるため、これまでであれはありえなかった量で固体塩基性化合物を配合でき、反応開始点が増えるため、さらに短時間の加熱で硬化が可能になる。このように一液でありながら、十分な可使時間と短時間での硬化が両立する。特に、チクソ剤を添加した系では、チクソ性の発現により広がらず塗布、接着することができるため、細かい部位への適用性に優れる。また、チクソ剤でエポキシ樹脂および/またはポリチオールの粘度を上げて、固体塩基性化合物のポリチオールへの溶解をより抑制でき、可使時間がより長くなる。
【0012】
本発明の方法により得られる接着剤は、塩基性のチオール硬化であるため、硬化反応による水酸基等の接着に寄与する官能基の減少が起こりにくく、優れた接着性を有する。
このため、本発明の一実施形態に係る接着剤の製造方法は、エポキシ樹脂と固体塩基性化合物を混練した混合物1を調製し、該混合物1にポリチオールを混練する工程を経ることを特徴とする。この工程を経るとこにより、固体塩基性化合物がエポキシ樹脂で覆われるため、ポリチオールによる固体塩基性化合物の溶解接触を抑制することができ、1液で常温下にあっても粘度上昇が遅く、本発明の接着剤には十分な可使時間が得られる。
【0013】
また本発明の接着剤の製造方法の別の実施形態では、エポキシ樹脂および/またはポリチオールに予めチクソ剤を混練する工程を経ることで、ポリチオールへの固体塩基性化合物の溶解接触をより抑制することができる。この結果、1液での可使時間がより担保できる。このチクソ剤により、固体塩基性化合物をより多量に配合でき、元来反応性が高いエポキシのチオール硬化性をさらに向上させることができる。1液でありながら、100℃程度の温度でかつ数秒で硬化でき、優れた仮止め性を発揮することができる。一方で十分な可使時間を有する接着剤を得ることができる。
【0014】
本発明の接着剤はチオール硬化(アニオン重合反応)であり、硬化後も水酸基等の接着に寄与する官能基が残存し、またチオール由来の-S-には柔軟性があり、過酷な環境下でも被着体への強い接着力が期待できる。例えば、インクジェットヘッドに代表される液体吐出ヘッドの部品を貼り合わせる接着剤に適用できる。インクジェットヘッドに用いられるインクは極性溶媒、水、および色材からなり、インクと接触する部位を貼り合わせる接着剤には強い接着力の維持が求められる。さらに、分離された液流路間で異なる色どうしが混ざらないためにも、被着体と接着剤の界面では強い接着力の維持が望まれる。被着体と接着剤の界面に隙間ができると、その隙間を毛管力で各色の液流路からインクが侵入し、異なる色どうしが混ざる可能性が高くなるというのが理由である。
【0015】
またインクジェットヘッドの製造工程では、小さい部品が動かない程度に接着剤で固定し、次の部品の貼り合わせ工程に回すという工程を繰り返し、最後に比較的長い時間をかけて接着剤を硬化させる。部品が動かない程度に接着剤で固定する工程を仮止めと呼び、比較的長い時間をかけて接着剤を硬化させる工程を本硬化と呼んでいる。例えば、100℃数秒で仮止めをし、最後に150℃2時間で本硬化を行う。本発明の接着剤は100℃程度の温度でかつ数秒で硬化するため、インクジェットヘッドの仮止め工程に適している。
【0016】
それぞれの構成成分について説明する。
(エポキシ樹脂)
主剤であるエポキシ樹脂は1種類でもよいし、2種類以上含まれていてもよい。
触媒としての固体塩基性化合物を覆う必要があるので、固体塩基性化合物を混練する工程ではエポキシ樹脂組成物は液状である必要がある。常温で固体のエポキシ樹脂を用いる場合は、固体塩基性化合物が融解しない温度に加温して液状にするか、液状の他のエポキシ樹脂に溶解させるとよい。
【0017】
エポキシ樹脂としては、ビスフェノールA型、ビスフェノールF型、ビスフェノールAD型のエポキシ樹脂、またこれらに更にアルキレンオキサイドを付加させた化合物のグリシジルエーテル、エポキシノボラック樹脂、ビスフェノールAノボラックジグリシジルエーテル、ビスフェノールFノボラックジグリシジルエーテル等のグリシジルエーテル型やグリシジルアミン型エポキシ樹脂、脂環式エポキシ樹脂などが挙げられる。常温で固体のエポキシ樹脂としては、ビフェニル骨格、ナフタレン骨格、クレゾールノボラック骨格、トリスフェノールメタン骨格、ジシクロペンタジエン骨格、フェノールビフェニレン骨格等を有するエポキシ樹脂が挙げられる。
【0018】
(ポリチオール)
硬化剤であるポリチオールとしては、特に制限は無いが、通常、反応性が高く、比較的低分子量のポリチオールを選択する。このようなポリチオールは、常温で液体であることが多い。
例えば、ペンタエリスリトール トリスプロパンチオール(PEPT)、トリメチロールプロパン トリス(3-メルカプトプロピオネート)(TMMP)、ペンタエリスリトール テトラキス(3-メルカプトプロピオネート)、P-キシレン ジチオールなどが挙げられる。
市販品としては、PEPT(SC有機化学社製)、TMMP(SC有機化学社製)、カップキュア3-800(商品名、三菱ケミカル社製)、QX11(商品名、三菱ケミカル社製)などが挙げられる。
より耐薬品性が必要な部位に本発明の接着剤を用いる場合、より耐薬品性のあるエーテル骨格を有するポリチオールが好ましい。エーテル骨格を有するポリチオールとは、側鎖に2つ以上のチオール基をもち、主鎖に加水分解性のあるエステル結合を含まず、結合力が高いために耐薬品性等の特性の優れるエーテル結合を有する化合物を指す。
【0019】
ポリチオールの含有量は、エポキシ樹脂のエポキシ1当量に対して、ポリチオールのチオール当量が0.5~1当量となる量であることが好ましい。エポキシ樹脂に対してポリチオールの量が少なくなると、エポキシ樹脂とポリチオールの反応の割合が減少するため系全体としては、反応が遅くなり、短時間での硬化が望めない場合がある。また、ポリチオールの当量が少ないと、エポキシ樹脂とポリチオールとの重合反応が主反応ではなく、エポキシ樹脂と固体塩基性化合物由来の塩基との重合反応が主反応となることがある。そのため、ポリチオール由来のチオエーテル構造(-S-)が有する柔軟性が減少するので接着性の観点では、好ましくない。エポキシ樹脂に対してポリチオールの当量が多くなりすぎると、エポキシ樹脂と反応できないポリチオールが増えることになる。未反応のポリチオールは、可塑剤として残るので、接着力の低下等、機械物性が劣化する場合がある。又、インクと接触する部位に接着剤を使う場合、未反応のポリチオールがインク中へ溶出し、溶出したポリチオールの空間に代わりにインクが侵入し、接着剤がインクで膨潤することがあるため、好ましくない。
【0020】
(固体塩基性化合物)
硬化触媒である固体塩基性化合物としては、常温で固体であれば特に制限は無いが、エポキシ樹脂には溶解しにくいものが好適に用いられる。
例えば、一般的に潜在性硬化剤として用いられているジシアンジアミド、ジヒドラジド化合物、ジアミノジフェニルメタン(DDM)やジアミノジフェニルスルフォン(DDS)などの固体芳香族アミン、各種イミダゾール類、各種アミンアダクト系潜在性硬化剤が挙げられる。
【0021】
固体塩基性化合物の含有量は、エポキシ樹脂100質量部に対して、3~10質量部が好ましい。エポキシ樹脂に対して固体塩基性化合物の量が少なくなりすぎると、短時間での硬化が望めなくなる。エポキシ樹脂に対して固体塩基性化合物の量が多くなりすぎると、固体塩基性化合物のエポキシ樹脂により保護しているもののポリチオールに溶けだす固体塩基性化合物の量が多くなり、可使時間が短くなる。特に、本発明の製造方法により、可使時間を十分に維持しつつ、エポキシ樹脂100質量部に対して、固体塩基性化合物は3~10質量部というように多量に添加できるようになる。
【0022】
(チクソ剤)
液体成分の流動性を低下させ、ポリチオールへの固体塩基性化合物の溶解をより抑制する目的で、上記のエポキシ樹脂、固体塩基性化合物、およびポリチオール以外の成分として、チクソ剤をエポキシ樹脂組成物(接着剤)に加えてもよい。
【0023】
チクソ剤としては、一般的なヒュームドシリカ等に代表される無機微細物を用いることができる。又、粘度をあまり上げずにチクソ性を付与できる液状タイプがあるが、この場合は、ガラス、酸化チタン、アルミナ、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、タルク、マイカ、シリカなどの他のフィラーが必要になる。液状タイプとしては、ポリアミド系、エステル系、水素添加ひまし油系、酸化ポリエチレン系、界面活性剤系等を用いることができる。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上組合せで用いても良い。
【0024】
チクソ剤の含有量は、エポキシ樹脂100質量部に対して、1~20質量部が好ましい。チクソ剤が多いほど可使時間が長くなる傾向がある。そのため所望する可使時間に合わせて、チクソ剤の量を調整するとよい。チクソ剤の混合方法については後述する。
【0025】
(エポキシ樹脂組成物の製造方法)
本発明に係るエポキシ樹脂組成物(接着剤)の製造方法では、ポリチオールへの固体塩基性化合物の溶解を抑制する目的で、接着剤の各原材料を以下の順番で混合する。
【0026】
(チクソ剤を含まない接着剤)
本実施形態に係る接着剤の製造方法では、エポキシ樹脂と固体塩基性化合物を混練した混合物1を製造する工程と、該混合物1にポリチオールを混練して混合物2を製造する工程とを有する。上記のような順番を取らずにエポキシ樹脂、固体塩基性化合物、およびポリチオールを一度にまとめて混練したときと比べて、上記の順で混練した接着剤では常温で保管しても粘度の上昇が進みにくく、十分な可使時間を有していた。上記の順で混練した接着剤では十分な可使時間を有している分、一度に混練した接着剤では考えられない量の固体塩基性化合物を添加でき、さらに短時間での硬化が期待できる。
【0027】
(チクソ剤を含む接着剤)
また、チクソ剤を含む接着剤の製造では、次のような工程順で実施することができる。まず、エポキシ樹脂とチクソ剤を混練し混合物3を製造する工程、
該混合物3に固体塩基性化合物を混練して混合物4を製造する工程、
該混合物4にポリチオールを混練して混合物5を製造する工程。
この順で混練した接着剤ではより長い可使時間を有していた。
また別の方法としては、エポキシ樹脂と固体塩基性化合物を混練した混合物1を製造する工程と、ポリチオールとチクソ剤を混練し混合物6を製造する工程と、上記混合物1と混合物6を混練して混合物7を製造する工程とを含む製造方法でもよい。この場合、ポリチオールがチクソ剤により粘度が上昇し、エポキシ樹脂で被覆された固体塩基性化合物とポリチオールとの接触がさらに抑制される。あるいは上記の混合物4を調製し、混合物4と混合物6を混練して、混合物8を製造する方法であってもよい。この場合、より多くのチクソ剤を混練でき、可使時間をさらに延ばすことができる。
【0028】
(シランカップリング剤)
本発明に係る接着剤には、さらにシランカップリング剤を加えてもよい。
シランカップリング剤としては、エポキシ基、メルカプト基、イソシアネート基、フルオレン骨格を有するシランカップリング剤を用いることができる。但し、シランカップリング剤は低粘度液状であるため、例えば、アミン化合物の様な塩基性シランカップリング剤は触媒の役割を果たし、直ちに反応が開始され、可使時間が短くなるため、用いることは適当でない。
【0029】
被着体と接着剤との界面でより強い接着性を求める場面で本発明の接着剤を用いる場合、シランカップリング剤としては、エポキシ基、またはメルカプト基を有するものが好ましい。主剤がエポキシ樹脂であり、硬化剤がポリチオールであることから、これらのシランカップリング剤との馴染みがよく、被着体と接着剤との界面での剥離が起こりにくくなると思われる。
シランカップリング剤の混合順序は特に制限されないが、エポキシ基含有シランカップリング剤は主剤のエポキシ樹脂と、メルカプト基含有シランカップリング剤はポリチオールと同じタイミングで混合することが好ましい。
【0030】
(その他の成分)
以上の成分を含む樹脂組成物には、エポキシ系接着剤に通常用いられている希釈剤や他の添加剤を任意に加えてもよい。例えば、必要に応じ適時行われるフィラーの添加などを実施することができる。
【0031】
(インクジェットヘッド)
本発明のエポキシ樹脂組成物は、インクジェットヘッドの部品を貼り合わせる接着剤として好適に使用できる。
図1はインクジェットヘッドの一形態を示す斜視図、
図2はインクジェットヘッドの一形態を示す概略断面図である。インクジェットヘッド1とは、インクを吐出する記録素子基板2、記録素子基板2を支持し、かつ記録素子基板にインクを供給する供給流路3を有する支持部材4、および供給流路3にインクを供給する流路部材5とを含む。
流路部材5は、複数の部品から構成されていてもよい。例えば、
図2に示すように、第一流路部材6、第二流路部材7、および第三流路部材8からなる流路部材5でもよい。
【0032】
インクジェットヘッドの製造工程では各流路部材など2つの部材間を精度よく貼り合わせる必要があるため、以下のような手順で組み立てられることがある。支持部材4に接着剤を塗布し、記録素子基板を短時間で仮止めし、その後、本硬化させる。第三流路部材8と第二流路部材7とを貼り合わせ、さらにその第二流路部材7に第一流路部材6とを貼り合わせ、流路部材5を作る。次に支持部材4と流路部材5の第一流路部材6とを仮止めする。最後に、本硬化させる。
【0033】
本発明のエポキシ樹脂組成物は一液として調整した後に十分な可使時間を有し、さらに仮止め性にも優れるため、特に、支持部材4と第一流路部材6との接合面に接着剤として好適に使用できる。第一流路部材6と第二流路部材7との接合面、第二流路部材7と第三流路部材8との接合面など、2つの部材間の少なくとも一つの接合面に好適に使用できる。もちろん、支持部材4と記録素子基板2との接合面にも好適に使用できる。
支持部材4および流路部材5には、アルミナ等のセラミックスや変性ポリフェニレンエーテル樹脂(「ザイロン」(登録商標)、旭化成社製等)などの寸法精度に優れた樹脂(エンジニアプラスチック)が使われている。本発明の接着剤は塩基性のチオール硬化であるため、水酸基等の接着に寄与する官能基が硬化反応により比較的失われず、インクジェットヘッドの部品を貼り合わせる接着剤に好適に使用できる。
【実施例】
【0034】
次に本発明の接着剤の製造方法に関して実施例を挙げ説明を行う。
(実施例1~13、比較例1~9)
表1には、実施例の組成比、表2には、比較例の組成比をそれぞれ示す。
また、混合方法は、各混合物の混合順序を矢印で示した。
混合物1(主剤+硬化触媒)、混合物2(混合物1+硬化剤)、混合物3(主剤+チクソ剤)、混合物4(混合物3+硬化触媒)、混合物5(混合物4+硬化剤)、混合物6(硬化剤+チクソ剤)、混合物7(混合物1+混合物6)、混合物8(混合物4+混合物6)。
【0035】
実施例1、2、7は、主剤であるエポキシ樹脂と触媒である固体塩基性化合物を混練し、12時間後、硬化剤であるポリチオールを混練した(混合物1→2)。
実施例3~6、8~12は、主剤であるエポキシ樹脂とチクソ剤を混練し、その後触媒である固体塩基性化合物を混練し、12時間後、硬化剤であるポリチオールを混練した(混合物3→4→5)。
実施例13は、主剤であるエポキシ樹脂と触媒である固体塩基性化合物を混練し混合物1とし、別途、硬化剤であるポリチオールとチクソ剤であるシリカフィラーを混錬し混合物6とし、12時間後、混合物1と混合物6とを混錬した(混合物1→6→7)。
主剤であるエポキシ樹脂にチクソ剤を混練するには、その後の触媒である固体塩基性化合物を混練することを踏まえると限界がある。実施例14では、主剤であるエポキシ樹脂100質量部に対して、チクソ剤であるシリカフィラー10質量部を混練した混合物3を調製後、触媒である固体塩基性化合物を混練した混合物4を調製した。これとは別に硬化剤であるポリチオール66質量部に対して、チクソ剤であるシリカフィラー6.6質量部混練した混合物6を調製した。12時間後、混合物4と混合物6とを混練して混合物8とした(混合物3→4→6→8)。
それに対して比較例1~9では全ての材料を同時に混練している。
【0036】
主剤であるエポキシ樹脂とチクソ剤との混練は、プライミクス社製 HIVIS MIX model3において、真空で60rpm 60分間、エポキシ樹脂とチクソ剤以外の混練は、真空で60rpm 5分間行った。
【0037】
常温(25℃)下で粘度が2倍になる時間を測定し、接着剤の可使時間とした。100℃で加温した際のゲルタイムを測定し、接着剤の短時間での硬化性(仮止め性)を評価した。
【0038】
判定は、以下の通りとした。
◎:可使時間が8時間以上、かつゲルタイムが3秒以下、
〇:可使時間が3時間以上8時間未満、かつゲルタイムが3秒超え10秒未満、
×:可使時間が3時間未満、またはゲルタイムが10秒以上。
【0039】
比較例1、2では、触媒として液体塩基性化合物を用いた。比較例1では触媒量が少ないため、ゲルタイムが長い。比較例2のように触媒の添加量を増やすと、可使時間が短い割には、ゲルタイムは短くならない。エポキシ樹脂、液体塩基性化合物、およびポリチオールを混練した時点で、液体塩基性化合物とポリチオールが混ざり合うため、可使時間と仮止め性の両立ができないと考えられる。
【0040】
比較例7~9では、固体塩基性化合物を用いた。比較例1と比較例9では、粘度が2倍になる時間が14時間と同じであるが、ゲルタイムは比較例9の方が短い。液体塩基性化合物ではなく固体塩基性化合物を用いると、可使時間と仮止め性の両立にやや近づいた。しかし、比較例9のゲルタイムは78秒で、仮止め工程の時間としては長い。十分な可使時間があるが、仮止め性のある接着剤とはいえない。
比較例9の仮止め性を上げるため、比較例6~8では固体塩基性化合物の量を増やした。固体塩基性化合物の量が多いほど、ゲルタイムは短くなり、仮止め性が向上した。一方、可使時間は短くなった。エポキシ樹脂、ポリチオール、および固体塩基性化合物からなる樹脂で、全ての材料を同時に混合する場合、十分な可使時間を得るためにはエポキシ樹脂100質量部に対して固体塩基性化合物は3質量部未満、さらには0.5質量部以下であることが好ましい。固体塩基性化合物の量を3質量部未満にすると、十分な可使時間があるが、仮止め性のある接着剤とはいえない。
【0041】
実施例1と比較例3、実施例2と比較例6では、同じ組成で、製造方法を変えた。実施例1と比較例3、実施例2と比較例6との比較から分かる通り、ゲルタイムは変わらないが、本発明の実施例ではそれぞれ可使時間が著しく伸びている。固体塩基性化合物がエポキシ樹脂で覆われるため、ポリチオールへ固体塩基性化合物が溶解することを抑制することができ、1液で常温下にあっても粘度上昇が遅く、可使時間が長くなったと考えられる。一方、組成は同じなので、ゲルタイムは変わらなかった。主剤であるエポキシ樹脂と触媒である固体塩基性化合物を混練し混合物とし、その混合物に硬化剤であるポリチオールを混練する工程を経ることで、可使時間と仮止め性とが両立する接着剤となった。
【0042】
触媒である固体塩基性化合物の添加量としては、比較例6~9にあるように、硬化剤が比較的反応性が遅いエステル型硬化剤の組成で観ると、3質量部以上ならゲルタイムが10秒以下になっている。固体塩基性化合物の添加量が多いほどゲルタイムは、短くなる。10質量部より多いと接着剤自体の粘度も上がり、さらに未反応の触媒量も増加するため、3~10質量部が好ましい。ただし、比較例6~9では、固体塩基性化合物をあらかじめエポキシ樹脂で覆う工程を経ていないため、可使時間が短い。
【0043】
実施例3~5では、触媒である固体塩基性化合物の種類の影響を検討した。いずれの固体塩基性化合物においても、可使時間と仮止め性が両立した。
実施例5と6では、硬化剤であるポリチオールの種類の影響を検討した。いずれのポリチオールでも、可使時間と仮止め性が両立した。エステル骨格を有するポリチオールに比べて、エーテル骨格を有するポリチオールでは仮止め時間が短くなった。より短時間での仮止め性を求める場合、反応性が高いエーテル型のポリチオールが好ましい。
【0044】
実施例7~14までチクソ剤の量を検討している。
実施例7の無添加(0質量部)に対して、実施例8および9の1、2.5質量部までは、可使時間がのびた。エポキシ樹脂へのチクソ剤の添加により、固体塩基性化合物を覆っているポキシ樹脂を高粘度化し、チクソ性を上げることができる。その結果、ポリチオールへ固体塩基性化合物が溶解することを抑制し、固体塩基性化合物が塩基性触媒となりエポキシ樹脂とポリチオールの重合反応が開始するまでに時間がかかったためと思われる。実施例10~12では2,5質量部を越えても(5、10、15質量部まで)、可使時間はほとんど変化がない。ポリチオールへ固体塩基性化合物が溶解することを抑制する効果が飽和しているためと考えられる。
実施例13ではポリオールへチクソ剤を添加した。実施例7の無添加に対して、可使時間がやや伸びた。ポリチオールへのチクソ剤の添加により、ポリオールへの固体塩基性化合物の溶解が抑制されたと思われる。
実施例14のエポキシ樹脂にチクソ剤を10質量部、ポリチオールにチクソ剤を6.6質量部それぞれ添加した。エポキシ樹脂100質量部に対してチクソ剤の含有量を合計16.6質量部にすることで可使時間がさらに延びている。エポキシ樹脂およびポリチオールの両方へチクソ剤を添加することより、固体塩基性化合物のポリチオールへの溶解をさらに抑制したものと考えられる。チクソ剤を添加しなくても可使時間と仮止め性の両立は可能であるが、より長い可使時間を望む場合、主剤、硬化剤の種類にもよるが、チクソ剤を添加することが好ましく、その含有量としては、1から20質量部が好ましいことが確認された。
【0045】
【0046】
【0047】
表中の略号は以下の通りである。以下の表も同様。
jER828:商品名、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(エポキシ当量:184~194)三菱ケミカル社製
jER152商品名、三菱ケミカル社製
アエロジル200:商品名「AEROSIL200」、日本アエロジル社製
PEPT:ペンタエリスリトール トリプロパンチオール(チオール当量:約115)、SC有機化学社製
TMMP:トリメチロールプロパン トリス(3-メルカプトプロピオネート)(チオール当量:約133)、SC有機化学社製
PN23J:商品名「アミキュアPN-23J」、味の素ファインテクノ社製
MY-24:商品名「アミキュアMY-24」、味の素ファインテクノ社製
MY-25:商品名「アミキュアMY-25」、味の素ファインテクノ社製
PN40J:商品名「アミキュアPN-40J」、味の素ファインテクノ社製
1B2PZ:商品名「キュアゾール1B2PZ」、四国化成工業社製
【0048】
(実施例15~27)
表3及び4に、実施例15~27の組成比を示す。実施例5,6の組成比も合わせて示す。
実施例15、17~19は、実施例14と同様に、混合物3を調製後、混合物3にシランカップリング剤を添加して混練して、次に触媒である固体塩基性化合物を添加して混練して混合物4を調製した。また、硬化剤であるポリチオールにチクソ剤の残りを混練した混合物6を調製した。12時間後、混合物4に混合物6を混練した混合物8とした。
実施例16はメルカプト基含有シランカップリング剤を用いるため、シランカップリング剤の添加を混合物6に対して実施した以外は実施例14と同様にして混合物8とした。また、実施例20、21、23~27は、実施例11と同様に、混合物3を調製後、混合物3にシランカップリング剤を添加して混練して、次に触媒である固体塩基性化合物を添加して混練して混合物4を調製した。12時間後、混合物4に硬化剤であるポリチオールを混練した混合物5とした。実施例22は混合物5とする段階で硬化剤であるポリチオールと共にメルカプト系シランカップリング剤を混練した。
【0049】
主剤であるエポキシ樹脂とチクソ剤との混練は、プライミクス社製 HIVIS MIX model3において、真空で60rpm 60分間、エポキシ樹脂とチクソ剤以外の混練は、真空で60rpm 5分間行った。
【0050】
接着剤の評価は以下の方法で評価した。
可使時間及びゲルタイム、両者が両立する接着剤であるかの評価は上記と同様に実施した。
また、160℃で2時間加温した硬化物2gをインク(サービスヘッド用インク キヤノン製)20gに浸漬させ、121℃で10時間加温した。浸漬後の硬化物の質量を測定し、浸漬前の質量との比較により質量変化率を計算した。
さらにインクジェットヘッドを構成する部品(アルミナとアルミナ)を接着剤で貼り合わせ、160℃で2時間加温した。ここでは、
図3に示すように、台座24上に接着剤23で貼り合わせたアルミナ板21と22を載置し、アルミナ板21に空けた孔部から測定治具で押し込む突き当て方式で接着強度を測定した。その際、剥離の状態も観察した。なお、部品破壊の場合は正確な剥離強度を測定できないため、剥離強度はNDと表示した。また、部品を接着剤で貼り合わせ、160℃で2時間加温した後、上記のインクに浸漬し、121℃で60時間加温した。水で洗浄し、乾燥の後、突き当て方式で接着強度を測定するとともに、剥離の状態を観察した。
【0051】
インクジェットヘッドに適した接着剤の判定は、
◎:接着強度1.0kgf/mm2(9.8N/mm2)では剥離せず、さらに押圧して部品破壊で終端
〇:接着強度が1.0kgf/mm2(9.8N/mm2)以上、かつ界面剥離とした。
【0052】
前述の通り、実施例5ではエステル骨格を有するポリチオール(TMMP)を、実施例6ではエーテル骨格を有するポリチオール(PETE)を用いた。PETEとTMMPは、チオール基に対する分子量が異なるため、異なる質量部で各ポリチオールを混練した。エステル骨格のTMMPに比べて、エーテル骨格のPETEを用いたところ、質量変化率が小さく、インク接触後の接着強度は強かった。エステル骨格に比べて、エーテル骨格は耐薬品性が高く、反応性が高く架橋密度が高くなるためと考えられる。エステル骨格を有するポリチオールに比べて、エーテル骨格を有するポリチオールの方がインクジェットヘッドの部品を貼り合わせる接着剤として好ましい。
【0053】
実施例15~22では、シランカップリング剤の種類の影響を検討した。いずれのシランカップリング剤でも、可使時間と仮止め性が両立し、また十分な接着強度を有していた。なかでも、シランカップリング剤としてエポキシ基またはメルカプト基を含有するものを用いたとき、インク接触後に接着強度を測定したところ、界面剥離ではなく部品破壊となった。インクジェットヘッドの部品を貼り合わせる場合、異なる色どうしが混ざらないためにも、界面剥離する接着剤より、部品破壊する接着剤が好ましい。インクジェットヘッドの部品を貼り合わせる接着剤として、エポキシ基またはメルカプト基含有シランカップリング剤が添加された接着剤がより好ましい。接着剤には主剤としてエポキシ樹脂が、硬化剤としてポリチオールが含まれるため、エポキシ基またはメルカプト基含有シランカップリング剤は主剤および硬化剤との馴染みがよく、界面剥離しなかったと考えられる。
【0054】
実施例20、23~25では、ポリチオールの添加量を検討した。いずれのポリチオール量でも、可使時間と仮止め性が両立していた。ポリチオールの量が少なくなると、ゲルタイムが長くなった。仮止め性を維持するためにも、エポキシ樹脂のエポキシ1当量に対して、ポリチオールのチオール当量は0.5以上であることが好ましい。ポリチオールの量が多くなると、質量変化率が大きくなった。エポキシ樹脂と反応できなかったポリチオールが増え、反応できなかったポリチオールがインクへ溶出し、ポリチオールが抜けた空間にインクが侵入し、質量変化が大きくなったと考えられる。反応できないポリチオールを増やさないために、エポキシ樹脂のエポキシ1当量に対して、ポリチオールのチオール当量は1以下であることが好ましい。
【0055】
実施例20、26、および27では、2種類のエポキシ樹脂の混合比をふった。いずれの比でも、可使時間と仮止め性が両立していた。またインクジェットヘッドの部品を貼り合わせる接着剤にも適していた。
【0056】
【0057】
【0058】
表中のシランカップリング剤は以下の通り。
A-186:商品名「Silquest A-186」、モメンティブパフォーマンスマテリアルジャパン社製
A-187:商品名「Silquest A-187」、モメンティブパフォーマンスマテリアルジャパン社製
KBM-803:商品名、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、信越化学工業社製
KBE-9007:商品名、3-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、信越化学工業社製
X-12-1156:商品名、多官能メルカプト基型シランカップリング剤、信越化学工業社製
X-12-1159L:商品名、多官能イソシアネート基型シランカップリング剤、信越化学工業社製
OCG-157-3:フルオレン系シランカップリング剤、大阪ガスケミカル社製
【0059】
(実施例28)
一般的に、接着剤の配合成分が液体と固体の混合物である場合、被着体と被着体との間が数十μmと狭い箇所に使用すると、固体成分の動きが狭い隙間で制限され、配合の分離がおこり、硬化反応中にブリードし、硬化不良が発生する。本発明では硬化触媒が固体であり、ブリードの懸念があったため、以下の手順でブリードの有無を確認した。本発明の実施例に関し、所定のサイズのスペーサを介して貼り合わせを行った。スペーサ無し、5、10、20、30μmで厚みを振ってブリード有無、硬化の有無を確認した。
いずれもブリードは観られず、未硬化成分も確認できなかった。これは、固体成分が触媒であり微量で反応が進むためであり、本発明の方法では、触媒が多量に入っており、又、硬化剤がポリチオールなので反応性が非常に高いことが起因していると推察している。
【0060】
本発明の接着剤は、その反応性から、仮止めである第一の熱硬化、該第一の熱硬化よりも時間が長い本硬化である第二の熱硬化を二段階で行うことにより、特に精密貼り合わせの接合等に適している。
例えば、インク吐出圧力発生素子及び電気パルスを印加する配線が形成されたSi基板上に、インク流路及び吐出口が設けられている記録素子に対して、アルミナでインク供給系などを接合することがある。このような場合において、流路同士を精度良く貼り合わせるには、位置合わせ後、その状態を保持し硬化させる必要がある。接着剤の耐インク性を発現できるまでの硬化には、少なくとも一時間程度を要し、治具等で位置合わせして熱硬化炉で保持するのは、困難を極める。そこで、本発明の接着剤を用いれば、ヒートツールを直に記録素子のSi基板に当てて加熱し、100℃であれば数秒で硬化し仮止めを行うことができる。
仮止めを行った後は、接着剤が硬化しているため、治具を外してもずれないので、熱硬化炉で本硬化を行うことができる。本硬化である第二の熱硬化は、接着剤を十分に硬化させるため、仮止めである第一の熱硬化よりも当然長い時間を要する。第二の熱硬化は、第一の熱硬化よりも高い温度であることが好ましい。硬化時間及び硬化温度は、組み合わせる主剤、硬化剤、固体塩基性化合物の種類及び組成比、その他の添加剤に応じて適宜最適な条件を選択すればよい。また、特にチクソ剤を添加した系であれば、インクジェットヘッドの細かい流路への接着剤の流れ込みも制御でき、エーテル型ポリチオールを使用すれば高い耐インク性も期待でき、接着信頼性も確保される。
【0061】
表5に示すように、実施例21において、固体塩基性化合物のPN40Jを5質量部から3質量部に変更した以外は同様にして接着剤を調製した。この接着剤を用いて、インクジェットヘッドの部品として2枚の変性ポリフェニレンエーテル樹脂板(商品名「ザイロン(登録商標)L564Z」、旭化成社製、略称:m-PPE)を貼り合わせた。150℃で2時間硬化させた。
突き当て方式で部品をはがしたところ、接着剤の凝集破壊となった。本発明の接着剤はm-PPE樹脂板との十分な接着性を有していた。
【0062】
【0063】
(実施例29~37)
実施例29~37では、厚塗り性に関し、検討した。被着体に凹凸やうねりがある場合、接着剤厚が薄いと、接着剤が十分濡れ広がらず、使用途中で剥がれる可能性があるため、接着剤を厚く塗る必要がある。そのため、接着剤が厚く塗れるかに関し、検討した。
表6に、実施例29~37の組成比を示す。実施例16の組成比も合わせて示す。実施例29は充填剤の溶融シリカの添加以外は実施例16と同じ方法で調製した。実施例30~35は、実施例14と同様に、主剤であるエポキシ樹脂100質量部に対して、チクソ剤であるシリカフィラー10質量部、有機系チクソ剤を混練した混合物3を調製後、触媒である固体塩基性化合物を混練した混合物4を調製した。これとは別に硬化剤であるポリチオール66質量部に対して、チクソ剤であるシリカフィラー6.6質量部混練した混合物6を調製した。12時間後、混合物4と混合物6とを混練して混合物8とした(有機系チクソ剤混合は混合物3)。
【0064】
実施例36は、主剤であるエポキシ樹脂100質量部に対して、チクソ剤であるシリカフィラー10質量部を混練した混合物3を調製後、触媒である固体塩基性化合物を混練した混合物4を調製した。これとは別に硬化剤であるポリチオール66質量部に対して、チクソ剤であるシリカフィラー6.6質量部、有機系チクソ剤を混練した混合物6を調製した。12時間後、混合物4と混合物6とを混練して混合物8とした。(有機系チクソ剤混合は混合物6)。
【0065】
実施例37は、主剤であるエポキシ樹脂100質量部に対して、チクソ剤であるシリカフィラー10質量部、有機系チクソ剤1.5質量部を混練した混合物3を調製後、触媒である固体塩基性化合物を混練した混合物4を調製した。これとは別に硬化剤であるポリチオール66質量部に対して、チクソ剤であるシリカフィラー6.6質量部、有機系チクソ剤1.5質量部を混練した混合物6を調製した。12時間後、混合物4と混合物6とを混練して混合物8とした。(有機系チクソ剤混合は混合物3、6)。
【0066】
主剤であるエポキシ樹脂とチクソ剤との混練は、プライミクス社製 HIVIS MIX model3において、真空で60rpm 60分間、エポキシ樹脂とチクソ剤以外の混練は、真空で60rpm 5分間行った。
接着剤の厚塗りの評価は以下の方法で評価した。
粘度計でチクソを測定した。具体的には、粘度計で回転数10rpmと50rpmで測定し、(10rpmでの粘度)/(50rpmでの粘度)をチクソの値とした。チクソの値が大きいと、形状保持性が高くなり、接着剤を厚く塗ることが可能となる。更に常温で2時間おきにチクソを測定し、8時間経ってもチクソが3以上のものを◎とした。3未満のものは〇とした。3未満では、厚く塗布することが難しいため、薄塗り用の用途限定となる。更に、厚塗り可能の確認の為、0.7mm厚の塗布が可能であるかを確認した。ニードル18G(内径0.84mm)で塗布し、塗布高さが0.7mm以上は◎、0.7mm未満のものは〇とした。
【0067】
実施例16では、チクソが1程度であり、0.7mm以上の厚塗りはできなかった。同様に、実施例29は、実施例16の組成に充填剤として、シリカを高充填し高粘度としたが、チクソは1程度であり、厚塗り塗布性も実施例16と同様であった。一方、実施例30~37は無機系のチクソ剤に加え、有機系のチクソ剤も使用した。両者を用いることでチクソが3以上となり、0.7mm以上の厚塗りが可能であった。これは、無機系チクソ剤のシリカ表面には、水酸基が無数にあり、有機系チクソ剤が持つ官能基との相互作用によって、高チクソとなったと想定される。
【0068】
【0069】
表中のチクソ剤、フィラーは以下の通り。
RHEOCIN、RHEOBYK-430, RHEOBYK-431, RHEOBYK-R606:BYK社製商品名
ディスパロン3600N、3900EF:楠本化成社製商品名
FB-5D:デンカ製商品名
【符号の説明】
【0070】
1 インクジェットヘッド
2 記録素子基板
3 供給流路
4 支持部材
5 流路部材
6 第一流路部材
7 第二流路部材
8 第三流路部材