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特許7596309少なくとも2つの接触している要素を有する時計組立体
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  • 特許-少なくとも2つの接触している要素を有する時計組立体 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-29
(45)【発行日】2024-12-09
(54)【発明の名称】少なくとも2つの接触している要素を有する時計組立体
(51)【国際特許分類】
   G04B 31/08 20060101AFI20241202BHJP
   C10M 105/76 20060101ALI20241202BHJP
   C10N 40/06 20060101ALN20241202BHJP
【FI】
G04B31/08 Z
C10M105/76
C10N40:06
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2021568819
(86)(22)【出願日】2020-07-10
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-09-13
(86)【国際出願番号】 IB2020056500
(87)【国際公開番号】W WO2021005564
(87)【国際公開日】2021-01-14
【審査請求日】2023-05-24
(31)【優先権主張番号】19185385.2
(32)【優先日】2019-07-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】501099611
【氏名又は名称】パテック フィリップ ソシエテ アノニム ジュネーブ
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【弁理士】
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100144451
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 博子
(74)【代理人】
【識別番号】100168871
【弁理士】
【氏名又は名称】岩上 健
(72)【発明者】
【氏名】ペレー ジュリアン
【審査官】藤澤 和浩
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-518921(JP,A)
【文献】国際公開第2010/142602(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0331107(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 1/00- 99/00
C10M 101/00-177/00
C10N 40:06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに接触して移動可能な少なくとも2つの要素(1)を備えた時計組立体であって、前記要素(1)の一方が、乾式潤滑条件下で他方の前記要素の少なくとも第2の接触面と摩擦するように意図された少なくとも第1の接触面を有する、前記時計組立体において、
前記第1及び第2の接触面(2)の少なくとも一方は、水との接触角が90°より大きく、摩擦係数が0.15未満の疎水性コーティング(3)で覆われており、相対湿度の関数としての前記摩擦係数の変動は、25%未満である、
ことを特徴とする時計組立体。
【請求項2】
前記疎水性コーティング(3)が、1から30nmの間の厚さを有することを特徴とする、請求項1に記載の時計用組立体。
【請求項3】
前記疎水性コーティング(3)が、10nN未満の接着強度を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の時計組立体。
【請求項4】
前記疎水性コーティング(3)が、10GPa未満の弾性係数を有することを特徴とする、請求項1から3の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項5】
前記疎水性コーティング(3)が、少なくとも共有結合によって前記第1及び第2の接触面(2)の一方に結合されていることを特徴とする、請求項1から4の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項6】
前記疎水性コーティング(3)が、頭部(5)、分離鎖(6)及び末端基(7)を含む分子(4)の少なくとも1つの集合体によって形成された少なくとも第1の層を備え、前記分子(4)の頭部(5)の少なくとも一部は、共有結合によって前記第1及び第2の接触面(2)の一方に結合されており、前記分離鎖(6)は、互いに実質的に平行に配置されて、前記第1及び第2の接触面(2)の前記一方に対して実質的に垂直に配向されていることを特徴とする、請求項1から5の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項7】
前記分子(4)が、オルガノシラン前駆体から誘導されることを特徴とする、請求項6に記載の時計組立体。
【請求項8】
前記分離鎖(6)が、直鎖状の無置換のアルキル鎖又はフルオロアルキル鎖である、請求項6又は7に記載の時計組立体。
【請求項9】
前記疎水性コーティング(3)が単層を含み、前記末端基(7)が非極性基であることを特徴とする、請求項6から8の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項10】
前記分子(4)が、n-ドデシルトリクロロシラン、n-ドデシルトリメトキシシラン、n-ドデシルトリエトキシシラン、パーフルオロドデシルトリクロロシラン n-トリデシルトリクロロシラン、n-トリデシルトリメトキシシラン、n-トリデシルトリエトキシシラン、パーフルオロトリデシルトリクロロシラン、n-テトラデシルトリクロロシラン、n-テトラデシルトリメトキシシラン、n-テトラデシルトリエトキシシラン、パーフルオロテトラデシルトリクロロシラン、n-ペンタデシルトリクロロシラン、n-ペンタデシルトリメトキシシラン、n-ペンタデシルトリエトキシシラン、パーフルオロペンタデシルトリクロロシラン、n-ヘキサデシルトリクロロシラン、n-ヘキサデシルトリメトキシシラン、n-ヘキサデシルトリエトキシシラン、パーフルオロヘキサデシルトリクロロシラン、n-ヘプタデシルトリクロロシラン、n-ヘプタデシルトリメトキシシラン、n-ヘプタデシルトリエトキシシラン、パーフルオロヘプタデシルトリクロロシラン、n-オクタデシルトリクロロシラン、n-オクタデシルトリメトキシシラン、n-オクタデシルトリエトキシシラン、及びパーフルオロオクタデシルトリクロロシランを含む群から選ばれた有機シラン前駆体から誘導されることを特徴とする、請求項6から9の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項11】
前記疎水性コーティング(3)が、少なくとも第1の層と第2の層を含み、前記第1の層の分子(4)の末端基(7)が、前記第1の層と前記第2の層との間の連結基であることを特徴とする、請求項6から8の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項12】
前記第2の層は、前記第1の層の分子(4)の末端基(7)に結合された頭部と、分離鎖と、非極性の末端基とを有する分子を含み、前記分離鎖は、互いに実質的に平行に配置され且つ前記第1及び第2の接触面(2)の前記一方に対して実質的に垂直に配向されていることを特徴とする、請求項11に記載の時計組立体。
【請求項13】
前記第1の層の分子の集合体が、前記第1及び第2の接触面(2)のうちの前記一方に自己組織化された単層であることを特徴とする、請求項6から12の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項14】
前記第1及び第2の接触面(2)のうちの前記一方が、1014OHサイト/cm2を超える密度の活性-OHサイトを含むことを特徴とする、請求項1から13の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項15】
少なくとも、前記疎水性コーティング(3)で覆われた接触面(2)を有する前記要素は、ケイ素、セラミック、ガラス、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化チタン、金属合金、及び金属ガラスを含む群から選択された材料から生成された基板を含むことを特徴とする、請求項1から14の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項16】
前記第1及び第2の接触面(2)の一方が、少なくとも2nmの粗さRaを有することを特徴とする、請求項1から15の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項17】
前記時計組立体が、脱進機を構成することを特徴とする、請求項1から16の何れか1項に記載の時計組立体。
【請求項18】
請求項1から17の何れか1項に記載の時計組立体を備える時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、互いに接触して移動可能な少なくとも2つの要素を備えた時計組立体であって、上記要素の一方は、乾式潤滑条件下で他方の要素の少なくとも第2の接触面と摩擦するように意図された少なくとも第1の接触面を有する時計組立体に関する。また、本発明は、このような時計組立体を備えた時計に関する。
【0002】
このような時計組立体では、2つの要素が互いに擦れることにより、2つの要素の間でエネルギー損失及び摩耗が発生することになり、これらは、時計組立体の長期的な良好な動作に悪影響を及ぼす。
【0003】
時計師にとって周知であるこの問題を解決するために最も一般的な解決策は、例えばオイル又はグリースの形態の液体又はペースト状の潤滑剤を使用して「ウェット」な潤滑条件下で動作することからなる。市販のオイルでは、0.1未満の摩擦係数を達成することが可能であり、要素に対するエネルギー損失及び摩耗を抑えることができる。例えば、メビウス(登録商標)から発売されているオイル「9010」が知られている。しかしながら、液体又はペースト状の潤滑剤は、様々な欠点があり、すなわち、一般的に接触面の外に移行しないようにエピラメ(epilame)を使用する必要があり、汚損作用があり、経年変化の影響を受けやすく、また、定期的なメンテナンスの必要性が課せられる。
【0004】
そこで、すなわち、液体又はペースト状の潤滑剤、或いは溶剤などの他の何れかの流体助剤を添加することなく、乾式潤滑又は自動潤滑条件下で動作する解決策が提案されている。例えば、物理蒸着(PVD)により堆積されるMoS2の層を使用することが提案されている。しかしながら、このような層のトライボロジー特性(摩擦、摩耗)は、湿度によって劣化する。欧州特許第732635号明細書には、例えば、シリコンベースのパレット上に堆積されたダイヤモンド又は非晶質カーボン(DLC)の形で結晶化した炭素コーティングを使用することが記載されている。他の酸化物系、窒化物系、又は炭化ケイ素系のコーティングも試験されている。しかしながら、2018年10月15日に公開された瑞国特許出願公開第713671号明細書により示されるように、これらのコーティングは何れも、トライボロジーレベルで満足できるものではなかった。瑞国特許出願公開第713671号では、オイル又はグリースを用いる潤滑に戻すことを提案している。
【0005】
従って、現時点では、従来の潤滑で得られるトライボロジー特性(摩擦、摩耗)を維持しながら、時計組立体の2つの要素を乾式潤滑条件下で動作させることを可能にする解決策は存在しないと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】欧州特許第732635号明細書
【文献】瑞国特許出願公開第713671号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、時計組立体の2つの要素を乾式潤滑条件下で動作させることを可能にし、トライボロジー特性及びひいてはクロノメーター性能の点で少なくとも標準的な潤滑油で得られるものと同等の結果を得ることを可能にする解決策を提案することにより、この問題を解決することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この目的のために、本発明は、互いに接触して移動可能な少なくとも2つの要素を含む時計組立体であって、上記要素のうちの一方は、乾式潤滑条件下で他方の要素の少なくとも第2の接触面と摩擦するように意図された少なくとも第1の接触面を有する時計組立体に関する。
【0009】
本発明によれば、上記第1及び第2の接触面の少なくとも1つは、水との接触角が90°よりも大きく、摩擦係数が0.15を下回る疎水性コーティングで覆われており、相対湿度の関数としての上記摩擦係数の変動は、25%を下回り、好ましくは10%を下回り、より好ましくは5%を下回る。
【0010】
理論に拘束されることを望むものではないが、このような疎水性コーティングは、時計組立体の要素の表面に日常的に存在し、良好な動作に有害な影響を及ぼす水を追い払うことができる。本発明によって提案される疎水性コーティングは、周囲湿度に対して効果的な物理的障壁を生成し、大気中に存在する水との相互作用から接触面を保護し、従って摩擦及び摩耗を低減することが可能である。
【0011】
本発明はまた、このような時計組立体を備えた時計に関する。
【0012】
本発明の他の特徴及び利点は、非限定的な実施例として与えられ、添付図面を参照して行われる本発明の以下の詳細な説明を読めば明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の時計組立体の要素の接触面を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1を参照すると、本発明による時計組立体は、互いに接触して移動可能な少なくとも2つの要素1を備えており、上記要素の一方は、乾式潤滑条件下(すなわち、潤滑剤、特にオイル、グリース、又は溶剤などの液体又はペースト状のものを添加することのない自動潤滑条件下)で他方の要素の第2の接触面と摩擦することを意図した第1の接触面2を有する。
【0015】
本発明によれば、上記第1及び第2の接触面2の少なくとも1つは、水との接触角が90°よりも大きい、好ましくは95°よりも大きい、より好ましくは98°よりも大きい疎水性コーティング3によって覆われている。
【0016】
特に好ましい様態では、上記疎水性コーティング3は、100°よりも大きい、好ましくは105°よりも大きい、より好ましくは110°よりも大きい水との接触角を有する。
【0017】
水との接触角は、当業者に知られている任意の技術によって測定することができ、特に、いわゆる「液滴法」によって測定することができる。本方法によれば、水との接触角は、疎水性コーティング3の表面に水滴を付着させることによって測定される。接触角は、接触点における水滴の接線とコーティングの表面との間の角である。接触角は、例えば、ゴニオメーターにより測定することができる。
【0018】
更に、上記疎水性コーティング3は、0.15を下回る、好ましくは0.12を下回る、好ましくは0.1を下回る、より好ましくは0.07を下回る摩擦係数を有し、相対湿度の関数としての上記摩擦係数の変動は、25%を下回る、好ましくは10%を下回る、好ましくは5%を下回る。特に有利な点として、この摩擦係数は、時計組立体が置かれている空気の相対湿度に関係なく、実質的に一定である。
【0019】
摩擦係数は、例えば、直径5mmのガラスボールを有するボール摩擦計を用いて、本発明の要素に対応する平坦なサンプルに対して摩擦して測定される。ヘルツ応力は200MPa、相対湿度20%~50%の常温(20℃~22℃)条件下で、速度は2cm/sである。
【0020】
摩耗に関しては、二酸化ケイ素の層で覆われ、上記で定義された疎水性コーティングで覆われた接触面を有するシリコン基板を備えた本発明の要素は、相対湿度が50%よりも大きいレベルで、未処理の二酸化ケイ素層で覆われた単純なシリコン基板よりも摩耗が少ない。
【0021】
好ましくは、少なくとも接触面2が疎水性コーティング3で覆われている素子は、ケイ素、セラミック、ガラス、二酸化ケイ素、ルビーなどの酸化アルミニウム、酸化チタン、NiPなどの金属合金、及び金属ガラスを含む群から選択された材料から製造された基材を含む。
【0022】
必要に応じて、接触面2上の疎水性コーティング3の堆積の質を向上させるために、少なくとも、疎水性コーティング3でその接触面2が覆われている要素の基板と、上記疎水性コーティング3との間に、少なくとも1つの中間アンカー層を設けることができる。
【0023】
好ましくは、中間アンカー層は、ケイ素、二酸化ケイ素、Al23などの酸化セラミック、SiC、Si34などの非酸化セラミック、金、チタン、銅などの金属、及び上記金属の合金を含む群から選択された材料から製造される。アンカー層の材料は、有利には、基板の材料に応じて選択される。
【0024】
アンカーリング層は、例えば、フラッシュ法によって基板上に堆積させることができる。
【0025】
特に好ましい様態では、少なくとも、疎水性コーティング3で覆われた接触面2を有する要素は、シリコン系である。つまり、要素は、全体が(単結晶又は多結晶、ドープ又は非ドープの)ケイ素で製造されるか、又は主としてケイ素で製造することができるということである。例えば、要素は、複合材であり、天然素材であるか又は例えば欧州特許第1422436号明細書に記載されているように熱酸化によってシリコン上に形成された二酸化ケイ素の層で覆われたシリコンの基板を含むことができる。
【0026】
選択された用途に応じて、時計組立体の一方又は両方の要素は、上記で定められた材料から製造することができる。当業者であれば、用途に応じて適切な材料の組み合わせを選択する方法は既知である。
【0027】
疎水性コーティング3は、有利には、1~33nmの間、好ましくは15nmを下回る、より好ましくは5nmを下回る厚さを有する。特に好ましい様態では、疎水性コーティング3は、3nmを下回る厚さを有する。
【0028】
疎水性コーティング3は、有利には、10nNを下回る、好ましくは6nNを下回る接着強度を有する。測定は、Si34チップを装着した原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、常温及び定格負荷条件下で相対湿度25%~30%のレベルで行うことができる。
【0029】
疎水性コーティング3は、有利には、10GPaを下回る、好ましくは5GPaを下回る弾性係数を有する。測定は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて行うことができる。
【0030】
特に好ましい様態では、疎水性コーティング3は、少なくとも疎水性コーティング3の接触面2への化学的グラフトを確実にする共有結合によって、上記第1及び第2の接触面2の一方に結合される。これらの共有結合の存在が必須であることは、疎水性コーティング3と接触面2との間のファンデルワールス相互作用又は水素結合タイプの相互作用のような単純な物理的相互作用の存在を排除するものではない。
【0031】
疎水性コーティング3は、好ましくは、頭部5、分離鎖6及び末端基7を含む分子4の少なくとも1つの集合体によって形成された少なくとも第1の層を含み、分子4の頭部5の少なくとも一部は、共有結合によって第1及び第2の接触面2のうちの上記一方に結合されており、分離鎖6は、互いに実質的に平行に配置され、第1及び第2の接触面2のうちの上記一方に対して実質的に垂直に配向されている。
【0032】
本発明の第1の実施形態によれば、疎水性コーティング3は、上述の第1の層に対応する単層を含み、末端基7は非極性基である。この非極性基は、好ましくは-CH3又は-CF3であり、より好ましくは-CH3である。
【0033】
特に有利な様態では、分子4の頭部5は、接触面2上に可能な限り多く連続したフィルムを形成するために、主として、好ましくは本質的に互いに架橋されている。また、共有結合によって接触面2に結合された頭部5は、3次元のネットワークを形成する。
【0034】
上記で定められた分子4の集合体は、疎水性障壁を構成する。従って、時計組立体の要素1の接触面2と水との間のいかなる相互作用も防止される。
【0035】
分子4による第1及び第2の接触面2の上記の一方の被覆レベル(例えば、間接的なXPS測定、光電子分光法によって測定される)は、好ましくは少なくとも80%、好ましくは少なくとも95%、及びより好ましくは少なくとも99%である。従って、接触面2の表面に存在する水の最大量は、多くても20%、好ましくは5%以下、より好ましくは1%未満である。
【0036】
有利な様態では、分子4は、少なくとも1つの加水分解可能な極性基を有する頭部5を含むオルガノシラン前駆体から誘導され、要素1のSi/SiO2表面とオルガノシラン誘導分子4との間のシロキサンSi-O-Si共有結合によって、分子4が接触面2上の活性-OHサイトに結合することを可能にする。
【0037】
有利な様態では、接触面2は、活性-OHサイトが極めて豊富である。好ましくは、1014OHサイト/cm2を上回る密度で活性-OHサイトを含んでいる。この目的のために、接触面2は、疎水性コーティング3の堆積の前に、例えば、プラズマ法による表面水酸化処理を受けることができる。このような水酸化法は当業者に知られている。水酸化処理の前に、処理される要素の表面を洗浄し、続いて乾燥させる最初のステップを実施することができる。
【0038】
特に好ましい様態では、分子4は、一方で接触面2との共有結合を形成し、他方で分子4の頭部5間の架橋を提供して接触面2上に実質的に連続したフィルムを形成するために、少なくとも2つ、好ましくは3つの加水分解可能な極性基を有する頭部5を含むオルガノシラン前駆体から誘導される。
【0039】
加水分解性基は、異なっていても同一であってもよい。有利には、加水分解性基は、-Cl基及び-OR基を含む群から選択することができ、ここでRは好ましくはMe又はEtである。加水分解性基は好ましくは同一である。
【0040】
有利な様態では、分離鎖6は、直鎖状の、好ましくはC7-C29、より好ましくはC11-C29、更に好ましくはC11-C17の無置換アルキル又はフルオロアルキル鎖である。
【0041】
分離鎖6は、好ましくは直鎖状の-(CH2)n-、好ましくはC7-C29、好ましくはC11-C29、より好ましくはC11-C19の無置換アルキル鎖である。特に好ましい様態では、分離鎖6は、直鎖状のC11-C17の無置換アルキル鎖である。これらの分離鎖に結合された末端基7は、好ましくは-CH3である。特に、-CH3の末端基を有する-(CH217-分離鎖が好ましいので、特に分子4の頭部5に結合された完全なオクタデシル鎖が特に好ましい。より詳細には、分子4のケイ素頭部5に結合されたフルオクタデシル鎖が特に好ましい。
【0042】
別の変形形態によれば、分離鎖6は、直鎖状の-(CH2)x-(CF2)y-フルオロアルキル鎖であり、ここでx≧0及びy≧1で、好ましくは7≦x+y≦29である。好ましくはx=0、1、2で且つ11≦x+y≦29であり、好ましくは11≦x+y≦19、より好ましくは11≦x+y≦17である。好ましくは、x=2及び9≦y≦15である。特に好ましいのは-(CH22-(CF29-分離鎖である。この場合、末端基7は好ましくは-CF3である。
【0043】
別の変形形態によれば、分離鎖6は脂肪族鎖である。
【0044】
従って、分子4は、n-ドデシルトリクロロシラン、n-ドデシルトリメトキシシラン、n-ドデシルトリエトキシシラン、パーフルオロドデシルトリクロロシラン、n-トリデシルトリクロロシラン、n-トリデシルトリメトキシシラン、n-トリデシルトリエトキシシラン、パーフルオロトリデシルトリクロロシラン、n-テトラデシルトリクロロシラン、n-テトラデシルトリメトキシシラン、n-テトラデシルトリエトキシシラン、パーフルオロテトラデシルトリクロロシラン、n-ペンタデシルトリクロロシラン、n-ペンタデシルトリメトキシシラン、n-ペンタデシルトリエトキシシラン、パーフルオロペンタデシルトリクロロシラン、n-ヘキサデシルトリクロロシラン、n-ヘキサデシルトリメトキシシラン、n-ヘキサデシルトリエトキシシラン、パーフルオロヘキサデシルトリクロロシラン、n-ヘプタデシルトリクロロシラン、n-ヘプタデシルトリメトキシシラン、n-ヘプタデシルトリエトキシシラン、パーフルオロヘプタデシルトリクロロシラン、n-オクタデシルトリクロロシラン、n-オクタデシルトリメトキシシラン、n-オクタデシルトリエトキシシラン、及びパーフルオロオクタデシルトリクロロシランを含む群から選ばれた有機シラン前駆体から誘導されることが好ましい。
【0045】
分子4は、n-オクタデシルトリクロロシラン又はパーフルオロドデシルトリクロロシランから誘導されるものであることが好ましい。特に好ましい様態では、分子4は、n-オクタデシルトリクロロシランから誘導される。
【0046】
本発明の別の実施形態によれば、疎水性コーティング3は、少なくとも第1の層及び第2の層を含み、第1の層の分子4の末端基7は、第1の層と第2の層との間の連結基である。この末端連結基7は、例えば、末端-OH又はNH2基のような化学修飾基とすることができる。
【0047】
第1の層の分子の頭部は、上述した第1の実施形態の単層に用いたものと同様である。
【0048】
第1の層の分離鎖は、上述した第1の実施形態の単層に用いられたものと同じタイプの直鎖状の-(CH2)n-無置換アルキル鎖である。しかしながら、より短くてもよく、例えばC2-C3である。
【0049】
このように、第1の層の分子は、3-アミノプロピルトリエトキシシラン及び1,2-ビス(トリエトキシシリル)エタンを含む群から選ばれた有機シラン前駆体から誘導することができる。
【0050】
有利な様態において、第2の層は、第1の層の分子の末端基に、好ましくは本質的に共有結合によって結合された頭部と、分離鎖と、非極性の末端基とを有する分子を含み、分離鎖は、互いに実質的に平行に配置され、第1及び第2の接触面のうちの一方に対して実質的に垂直に配向されている。
【0051】
第2の層の分離鎖は、上述した第1の実施形態の単層に用いられたものと同じタイプの直鎖状の-(CH2)n-無置換アルキル鎖(好ましくはC12-C18鎖)である。第2の層の非極性末端基は、上述した第1の実施形態の単層に用いられたものと同じタイプのもの(好ましくは-CH3又は-CF3、より好ましくは-CH3)である。
【0052】
このように、第2の層の分子は、n-オクタデシルトリクロロシラン及びステアリン酸を含む群から選ばれた前駆体から誘導することができる。
【0053】
疎水性コーティングは、少なくとも第3の層を含むことができる。この第3の層は、第1の層に第2の層をグラフト化するのと同様の方法で第2の層に分子をグラフト化することによって付加することができる。第3の層の分子は、得られたコーティングが必要な疎水性とトライボロジー特性を有するように、上述の第2の層の分子と同様の方法で選択されることになる。
【0054】
特に有利な様態では、疎水性コーティング3の第1の層の分子の集合体は、接触面2上で自己組織化された単層である。このタイプの集合体は、SAM(自己組織化単分子膜)として知られている。この単層は、接触面の表面に吸着することで自然に形成される。液相法は、ディップコート、スピンコート、スプレーコート、その他などの任意の含浸方法で行うことができる。気相法は、例えば化学蒸着(CVD)法によって行うことができる。加熱後にリンスすることで、堆積の品質を向上させることができる。
【0055】
このようなSAMの蒸着方法は、当業者にはよく知られており、これ以上の詳細な説明は必要ない。しかしながら、上述の特徴を有する疎水性コーティングを得るために、当業者は本方法のためのパラメータを選択しなければならないことが記載されている。特に、前駆体の濃度、反応温度、反応時間は、所望の自動潤滑効果を得るために必要とされる疎水性及びトライボロジー特性を有するコーティングを得ることを可能にする高密度で均質なSAMを得るように選択される。
【0056】
疎水性コーティング3は、当業者に知られている任意の適切なグラフト法によって、時計組立体の要素のうちの少なくとも1つの要素の接触面に堆積させることができることは極めて明白である。
【0057】
時計組立体の要素は、疎水性コーティング3を堆積させるために、製造後に直接処理することができる(例えば、DRIE(ディープ反応性イオンエッチング)の後、二酸化ケイ素層を形成する処理ステップにより)。時計組立体の処理された要素は、洗浄工程を必要とすることなく取り付けることができる。
【0058】
接触面2は、滑らかであるか、又はある一定の粗さを有することができる。
【0059】
特に有利な一実施形態によれば、接触面2は、少なくとも2nm、好ましくは少なくとも5nmの粗さRa(平均算術粗さ)を有することができる。
【0060】
粗さの測定は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて実施することができる。
【0061】
好ましくは接触面2に必要とされる粗さは、標準DRIE法、スキャロップ加工、及び当業者に知られている他の何れかの表面テクスチャリング法によって、時計組立体の要素の製造により直接得ることができる。
【0062】
適切な粗さはまた、接触面として機能するように切り取られたエッジが、リブとトラフの交互配列を含むリブ付き表面を有する、時計組立体の要素を用いて得ることができ、リブ及びトラフは直線であり、リブを互いに分離するスペースが第1の距離に等しい複数の第1の間隔と、リブのスペースが第1の距離とは異なる第2の距離に等しい少なくとも1つの第2の間隔とを含む千鳥パターンを形成し、第1の距離は、200nmから5μmの間である。このような表面テクスチャリング並びにその製造方法は、引用により本明細書に組み込まれる欧州特許出願第18155609号明細書に記載されている。
【0063】
適切な粗さは、以下のステップを含むシリコン表面をテクスチャリングする方法によって得られた時計組立体の要素を用いて得ることもできる。
(a)所望の表面の形態に応じてテクスチャーを施すべき表面上の特定の場所を露出させるように、シリコン表面上に開口付きエッチングマスクを生成するステップと;
(b)表面の露出した場所及びエッチングマスク上に犠牲樹脂層を堆積させるステップであって、犠牲樹脂層が樹脂の露出又は硬化なしに生成されるようにする、ステップと;
(c)ディープ反応性イオンエッチング(DRIE)により犠牲樹脂層を攻撃し、犠牲層の不均一性をテクスチャー化されるべきシリコン表面の範囲に移送して所望の形態に応じて上記範囲が粗くされるようにするのに十分な長さでステップ(c)を継続するステップ。
【0064】
ステップc)は、好ましくは、犠牲層が硬化して完全に使い果たされるポイントまでシリコン表面の温度を上昇させることによって実施される。
【0065】
ステップc)は、有利には、以下のサブステップを含む。
(i). 犠牲層及び/又はシリコン表面を空洞化するために、マスクの開口部を介して犠牲層及び/又はシリコン表面を反応性イオンエッチングによって侵食するステップと;
(ii). 前ステップの間エッチングにより露出された表面に化学的に不活性なパッシベーション層を堆積させるステップと;
(iii). 反応性イオンエッチングによりマスクの開口部を介してパッシベーション層を付着させ、前のサブステップ(i)の間に深化された空洞部の底部にて犠牲層及び/又はシリコン表面を露出させるようにするステップと;
(iv). ステップc)が終了するまで、ステップ(i)、(ii)、及び(iii)を含む一連のサブステップの実行を繰り返すステップ。
【0066】
このようなテクスチャリング法は、引用により本明細書に組み込まれる本出願人の欧州特許出願第19185364号に記載されている。
【0067】
時計組立体の要素のうちの少なくとも1つの要素の接触面のみが、疎水性コーティング3によって覆われることができる。互いに摩擦することが意図されている時計の2つの要素のうち接触面が、疎水性コーティング3によって覆われることが好ましい。また、製造プロセスを簡略化したい場合には、時計組立体の要素の表面全体を疎水性コーティング3で覆うことも可能である。
【0068】
疎水性コーティング3は、時計組立体の要素の別の接触面と摩擦することを意図したあらゆる接触面に堆積させることができる。
【0069】
例えば、上記時計組立体は、脱進機ホイール及びパレットを含む脱進機を構成することができ、要素の1つは脱進機ホイールであり、他方はパレットである。より詳細には、第1及び第2の接触面の一方は、脱進機ホイールの歯のうちの少なくとも1つの歯に属することができ、上記第1及び第2の接触面の他方は、パレットの入口パレット石又は出口パレット石に属することができる。
【0070】
詳細には、疎水性コーティング3で覆われた上記第1及び第2の接触面の少なくとも1つは、ロッキング面、インパルス面、ロッキングビーク、脱進機ホイールの歯のうちの少なくとも1つの歯のインパルスビーク、ロッキング面、インパルス面、パレットの入口パレット石又は出口パレット石のロッキングビーク及びインパルスビーク、ロッキング面、インパルス面、パレットの出口パレット石のロッキングビーク及びインパルスビークを含む群から選択することができる。
【0071】
上記の接触面の1つが疎水性コーティング3で覆われている場合、これと摩擦することが意図された対応する接触面もまた、好ましくは上記疎水性コーティング3で覆われている。
【0072】
本発明の時計組立体はまた、ガードピン及びプレートを有するパレットを備えた脱進機を構成することができ、要素の一方はガードピンであり、他方はプレートである。
【0073】
本発明の時計組立体は、要素の一方がテンプのシャフトであり、他方の要素がその枢動軸である、テンプ枢動軸配置を構成することができる。
【0074】
以下の実施例は、本発明を例証するものであるが、その範囲を限定するものではない。
【0075】
二酸化ケイ素層で覆われたシリコンから生成され、DRIEにより生成されたスイス製レバー脱進機の脱進機ホイール及びパレットを、プラズマ処理し、次いで、均質な単層を得るようにディップコーティングによって堆積されたn-オクタデシルトリクロロシランの自己組織化単層により覆った。
【0076】
この脱進機は、本発明による乾式潤滑条件下でのムーブメントにおいて使用される。平均振幅が、初期状態と長期にわたって、6つの位置で測定され、要素は0hである。
【0077】
同じ脱進機を用いて同じ試験を湿潤潤滑条件下で行い、脱進機はMoebius 9010オイルを用いた従来の方法で潤滑される。
【0078】
測定の結果、本発明による脱進機では、従来の方法で潤滑された脱進機で得られるものと少なくとも同等又はそれよりも優れた振幅が得られることが分かった。本発明による乾式潤滑下の脱進機は、潤滑剤の使用に関連する欠点なしで、標準的潤滑油で得られるものと少なくとも同等のクロノメーター性能及びひいてはトライボロジー特性の結果を得ることが可能である。
図1